0000_,13,702a01(00):當麻曼陀羅縁起
0000_,13,702a02(00):
0000_,13,702a03(00):當麻寺のおこりは、用明天皇の第三皇子麿子の親王
0000_,13,702a04(00):の建立の寺なり、そののち夢想のつげありて、伇行
0000_,13,702a05(00):者のむかしのあとをしめて、この寺をうつしたてま
0000_,13,702a06(00):つれり、それよりこのかた、大炊天皇御宇に、よこ
0000_,13,702a07(00):はぎのおとどといふ人のむすめいますがりけり、深
0000_,13,702a08(00):窓のうちにやしなはれて、たまだれのほかにいだし
0000_,13,702a09(00):たてまつらず、この君をきずなきたまと、おぼしか
0000_,13,702a10(00):しづくに、よるのつるの、この中になき、野邊のき
0000_,13,702a11(00):ぎすのけぶりにむせぶおもひにすぎたり、しかれど
0000_,13,702a12(00):も、はるのはなに心をそめず、あきのつきにおもひ
0000_,13,702a13(00):をよせず、ふかく佛のみちをたづねて、法のさとり
0000_,13,702a14(00):をもとむ、これによりて、稱讚淨土經一千卷をかき
0000_,13,702a15(00):て、玉の軸をととのへ、花のひもをひらきて、この
0000_,13,702a16(00):寺をおさめたてまつる、
0000_,13,702a17(00):畵
0000_,13,702b18(00):そののち天平寳字七年六月十五日、ついにはなのか
0000_,13,702b19(00):ざりをおとして、こけのたもとになせり、すなはち
0000_,13,702b20(00):ちかいていはく、われもし生身の如來をみたてまつ
0000_,13,702b21(00):らずば、この寺門をいでじ、かさねてちかふ、七日
0000_,13,702b22(00):の期をかぎりて、一心の誠をこらせり、しかるあひ
0000_,13,702b23(00):だ 同月廿日、ひとりの比丘尼來りていはく、祈念
0000_,13,702b24(00):のこころざしを見るに、隨喜のおもひにたえずして、
0000_,13,702b25(00):われここにきたれり、九品の敎主をおがみたてまつ
0000_,13,702b26(00):らんとおもはば、われその相をあらはすべし、すみ
0000_,13,702b27(00):やかに、はすのくき百駄をあつむべしといへり、願
0000_,13,702b28(00):主の尼この事をうけて、天聽におよぼすに、忍海連
0000_,13,702b29(00):におほせて、近江の國の課役として、たちまちにも
0000_,13,702b30(00):よをしあつめたり、ここに化尼、さとりをえてきた
0000_,13,702b31(00):れり、みづからはすのくきをおりて、いとをいだす
0000_,13,702b32(00):わづらひなし、ももわくにくりいだし、ちぢわくに
0000_,13,702b33(00):あまることをみたり、
0000_,13,702b34(00):畵
0000_,13,703a01(00):はじめて井をほるに、みづ湛湛としてなみ溶溶たり
0000_,13,703a02(00):いとをひたしてそむるに、そのいろ五色をそめいだ
0000_,13,703a03(00):せり、人力の所爲にあらず、神通の方便也、みる人奇
0000_,13,703a04(00):特のおもひをなし、願主不覺のなみだにおぼる、こ
0000_,13,703a05(00):の地の奇瑞をおもふに、むかし天智天皇御時、井の
0000_,13,703a06(00):ほとりによなよなひかりをはなつ石あり、すなはち
0000_,13,703a07(00):勅使をさして、そのところをみせらる、その石のか
0000_,13,703a08(00):たち、佛像をなせり、よりて彌勒の三尊に彫刻して、
0000_,13,703a09(00):精舍一堂の建立をなせり、名づくるにそめ寺といへ
0000_,13,703a10(00):り、この井の本縁によりてつけらるるところなり、
0000_,13,703a11(00):伇行者この佛庭に、末代の法苗のため、一本の櫻樹
0000_,13,703a12(00):をうへられたり、人みな靈木といへり、花のいろ芬
0000_,13,703a13(00):馥せり、そののち多くのよよをへて、かけのくちき
0000_,13,703a14(00):となれり、しかれども、そのたねおひかはりて、は
0000_,13,703a15(00):るやむかしのいろをのこせり、かの靈地にあひあた
0000_,13,703a16(00):りて、この井をもほられたるにや、
0000_,13,703a17(00):畵
0000_,13,703b18(00):おなじき廿三日のゆふべ、化女一人きたれり、その
0000_,13,703b19(00):かたちみやびかなる事天女のことし、化尼にとひて
0000_,13,703b20(00):いはく、はすのいとすでにとどのへまうけ侍るやと
0000_,13,703b21(00):いふ、すなはちいろいろのいとをささげさづくるに、
0000_,13,703b22(00):わら二はを、あぶら二升にひたして、ともしびとす、
0000_,13,703b23(00):堂のいぬゐのすみをしめて、いろはたをたてて、い
0000_,13,703b24(00):ぬのときより、とらの時に及て、足だまも、てだま
0000_,13,703b25(00):もゆらに、おりいだせり、その後化尼本願尼兩人の
0000_,13,703b26(00):まへに、一丈五尺の曼陀羅一鋪、たけのふしなきを
0000_,13,703b27(00):軸として、かけたてまつる、これをおがみたてまつ
0000_,13,703b28(00):るに、玉をつらねてみがきたるがごとく、金をのべ
0000_,13,703b29(00):てかざりたるがごとし、莊嚴赫奕とし、光明遍照せ
0000_,13,703b30(00):り、ときに化女のはたおりめ、五色のくもにのりて、
0000_,13,703b31(00):いなびかりのきゆるがごとくしてさりぬ、
0000_,13,703b32(00):化尼、此像の深義をときていはく、南のへりには、
0000_,13,703b33(00):序分をあらはし、北のへりには、三昧正受のむねを
0000_,13,703b34(00):のべ、中臺には、四十八願の淨土の相をととのへ、
0000_,13,704a01(00):下方には、上中下品の來迎の義をつくせりとなり、
0000_,13,704a02(00):これをきくに、なみだ三のそでをしぼることいへごとも、
0000_,13,704a03(00):心は九品の土にまうづるがごとし、本願の尼、つら
0000_,13,704a04(00):つらこの事をおもふに、彌陀の智願として、大聖の
0000_,13,704a05(00):定通なりとおもへり、すなはちこれ生身の如來をお
0000_,13,704a06(00):がみたてまつりて、極樂の莊嚴をみるにあらずや、
0000_,13,704a07(00):ここに化尼四句偈をつくりていはく
0000_,13,704a08(00):往昔迦葉説法所 基今來作佛事
0000_,13,704a09(00):郷懇西方故我來 一入是場永離苦
0000_,13,704a10(00):この偈をきくに、なみだをながし、たましひをけす、
0000_,13,704a11(00):ときに本願尼、なくなくその由來をとふに、化尼の
0000_,13,704a12(00):いはく、われは西方極樂の敎主なり、おりめは、わ
0000_,13,704a13(00):が左脇の弟子觀音なりといひて、西方をさしてさり
0000_,13,704a14(00):ぬ、そのわかれをしたふに、ふでしてかくといふと
0000_,13,704a15(00):も、ことばをもみちてのぶといふとも、ことのたる
0000_,13,704a16(00):まじきにはべり、ただなみだのかはかむをもちてか
0000_,13,704a17(00):ぎりとせり、
0000_,13,704b18(00):畵
0000_,13,704b19(00):光仁天皇の御宇、寳龜六年三月十四日、本願尼おも
0000_,13,704b20(00):ふがごとくに往生す、靑天たかくはれて、紫雲なな
0000_,13,704b21(00):めにそびけたり、音樂にしよりきこゆ、迦陵頻伽の
0000_,13,704b22(00):さゑづりをなし、聖衆ひんがしにむかふ、攝取不捨
0000_,13,704b23(00):のちかひあやまたず、異香ひさしく薰ず、奇瑞ひと
0000_,13,704b24(00):つにあらず、末世の珍事、前代いまだきかずとなら
0000_,13,704b25(00):し、
0000_,13,704b26(00):
0000_,13,704b27(00):群書類從卷第四百三十四載此縁起云
0000_,13,704b28(00):右當麻曼陀羅縁起以相模國鎌倉光明寺所藏後京極殿眞蹟書寫一校
0000_,13,704b29(00):畢畵圖住吉法眼慶雲筆云