0000_,15,502a01(00):菩提心集上 0000_,15,502a02(00): 0000_,15,502a03(00):珍 海 已 講 述 0000_,15,502a04(00): 0000_,15,502a05(00):問我等この世にありて何事をか思ひ出にはすべき。 0000_,15,502a06(00):答古のものはをば捨山の月をみてぞ此世の思ひ出 0000_,15,502a07(00):とはいひける。今はしからず。此世の思ひ出とは。 0000_,15,502a08(00):父母といふ事をしり。佛法にあひ奉り。法花涅槃の 0000_,15,502a09(00):もろもろの大乘經などを聞奉れる。此世の思ひでな 0000_,15,502a10(00):り。其ゆへはおほくの生を經けんに父母といふ事を 0000_,15,502a11(00):わきまへざりけん。罪深き者は無量劫を經れ共父母 0000_,15,502a12(00):三寳の名を聞かずと經の中には説ればなり。鷄の子 0000_,15,502a13(00):はそだちて父といさかひ。犬の子は大きになれば親 0000_,15,502a14(00):を啀みくふ。鳥獸のいづれか父母を敬ひ養ふ。皆わ 0000_,15,502a15(00):が身に經しことなり。又むかしの人はわづかに母を 0000_,15,502a16(00):知りて父をしらざりき。賢き帝世に出おはしてより 0000_,15,502a17(00):敎へしらせいひ傳へたり。更にもいはず。佛法は多生 0000_,15,502a18(00):曠劫の間にも聞がたく逢ひ難し十方國土の中にも弘 0000_,15,502b19(00):め行ふ事希なり。近くは我國にも欽明天皇の治天下 0000_,15,502b20(00):十三年壬申の歳冬十月の一ひの日佛經わたり給ひし 0000_,15,502b21(00):より三寳の御名をは聞きはじむ。其のち大治三年今 0000_,15,502b22(00):年に至るまで都て五百八十一年然ればそれよりあな 0000_,15,502b23(00):たの人は佛法の名字をも聞かざりき。佛法の中にも 0000_,15,502b24(00):更に大乘の法はいろいろ聞き難きなり。しかるをか 0000_,15,502b25(00):かる佛法流布の世に生れあひて苟も人の形を備へ聾 0000_,15,502b26(00):にもならずして聽受奉る此世の思出唯之に在べし。 0000_,15,502b27(00):問いかにいひいかにすとも三惡道を離れん事のあ 0000_,15,502b28(00):るまじく思ゆれば何事もよしなく思ゆるをは如何 0000_,15,502b29(00):すべきや。三惡道に墮んはもともしかるべし惡業 0000_,15,502b30(00):煩惱の離れがたければ惡道の苦を受くべきことは 0000_,15,502b31(00):り遁るべからず。然れども慚愧の衣惡業の膚をか 0000_,15,502b32(00):くし。懺悔の光衆罪のつゆを消す事あり。然れば 0000_,15,502b33(00):諸の賢聖に愧恐れて罪を悔ゐ惡をとどめてこれよ 0000_,15,502b34(00):り後をつつしめ。現在にありながら常に行末を畏 0000_,15,502b35(00):よ。これを良藥とす。衆惡の病を癒す方術なり。又 0000_,15,503a01(00):聞ずや大乘經を信ずるは衆罪をほろぼす。佛を念じ 0000_,15,503a02(00):奉れば惡業を消すといふ事をば知るべし。佛法の淸 0000_,15,503a03(00):き水に生死の垢を洗ふ時には初に惡道の大なる垢を 0000_,15,503a04(00):おとして後に人天の少しの垢を淸む。そののち無量 0000_,15,503a05(00):の功德の色には染めなす者なり。しかれば三寳の利 0000_,15,503a06(00):益をかうふる手はじめには先惡道をまぬかるる理あ 0000_,15,503a07(00):きらけし佛法に信をそなふるに二あり。一には提婆 0000_,15,503a08(00):達多實に惡人にあらずと信ず。二には如來常住にし 0000_,15,503a09(00):て滅度し給はずと信ずるなり。異一切の法を信ずと 0000_,15,503a10(00):も。この二の事を信ぜざれば信不具足と云て信心滿 0000_,15,503a11(00):たずこれを信ずる時始て具足の信といふ。かかれば 0000_,15,503a12(00):法花には聞妙法華經提婆達多品淨心信敬不生疑 0000_,15,503a13(00):惑者不墮地獄餓鬼畜生といひ。涅槃には若有 0000_,15,503a14(00):得聞如是大乘微妙經典生信敬心當知是等 0000_,15,503a15(00):於未來世百千億劫不墮惡道といへり。又阿彌 0000_,15,503a16(00):陀を念じ奉れば念念の中に八十億の生死の罪を消す 0000_,15,503a17(00):と説き。文殊の形像を見る者は惡道に墮ちず。其御 0000_,15,503b18(00):名をたもてば縱ひ重き障あれ共地獄におちずと説け 0000_,15,503b19(00):り。又佛の形像を造り供養する者は。かならず惡道 0000_,15,503b20(00):におちず。唯し逆罪を造れる者をば除く。若逆罪の 0000_,15,503b21(00):人の佛を造れるは。地獄に墮たれ共。須臾に出る事 0000_,15,503b22(00):植木の本にして仰ひで木の葉を射るに其矢しばらく 0000_,15,503b23(00):ととこほらざるが如く(とりはこえての)おちてすな 0000_,15,503b24(00):はちおどりあがるが如し。これを信ぜん人は前きを 0000_,15,503b25(00):あらため。後を愼みて佛經のままに懺悔して惡道を 0000_,15,503b26(00):まぬかれなん。實に罪は種のごとし。角ぐみ莖立ち 0000_,15,503b27(00):枝葉さしひろがり。花さき實る事疑ひなし。されど 0000_,15,503b28(00):も水にあはたされ火にこがれぬれば同じ種と見えい 0000_,15,503b29(00):くばくの事なけれ共永く生ひ出ることなきまたこと 0000_,15,503b30(00):はりなり。因果の理みなかくの如し。業力のいきを 0000_,15,503b31(00):ひは大きなれ共懺悔の火に焦れ慚愧の水にあはたさ 0000_,15,503b32(00):れぬれば。其業には永く果報の生ひ出るなし。又一 0000_,15,503b33(00):つの戒をたもち一盛の物を施しても深く惡道を離れ 0000_,15,503b34(00):んと願ひて即ながく離るる人ありといへり。 0000_,15,504a01(00):問この世の人は何なる行をしてか生死を速かにはな 0000_,15,504a02(00):るべき。答大乘經の中に速かに生死を離るる事おほ 0000_,15,504a03(00):く見えたり。しかも此世に於て最いたれる要を取ら 0000_,15,504a04(00):ば念佛の門に入るべし。法照禪師といふ人淸凉山に 0000_,15,504a05(00):登りて大聖竹林寺といふ寺の門口に到れり。常の人 0000_,15,504a06(00):になべて見ゆる處にあらず。そこに二りの童子出で 0000_,15,504a07(00):來れり。一りは善財と名のり。一りは難陀と名のる。 0000_,15,504a08(00):其二りの童法照を道引て寺の内へ入れつ。徐く講堂 0000_,15,504a09(00):にまいり臨みて見れば。普賢菩薩無數の眷屬に圍繞 0000_,15,504a10(00):せられておはしまし。文殊師利一萬の菩薩にうやま 0000_,15,504a11(00):はれておはします。法照恭み敬ひて文殊に問奉る。代 0000_,15,504a12(00):の末の人は何なる行ひを專にすべきと。文殊の曰末 0000_,15,504a13(00):世の衆生は唯念佛を專にすべし。謂く西方の阿彌陀 0000_,15,504a14(00):を念じ奉れとのたまへり。今のことに隨ふべし。 0000_,15,504a15(00):問此世の人は念佛ばかりにて經を讀み布施を行ずべ 0000_,15,504a16(00):からずや答念佛をもはらにせよといは。念佛をむね 0000_,15,504a17(00):として異行をはこれによせよとなり。帝の幸といふ 0000_,15,504b18(00):に百官みな從ふが如し。念佛を君として經をよみて 0000_,15,504b19(00):も念佛を進め助け。布施持戒をも念佛の道に入れよ 0000_,15,504b20(00):と也。 0000_,15,504b21(00):問何かやうにか念佛をばすべき。答知べし念といは 0000_,15,504b22(00):思ふ也おもひ意にあり。然も思ひをなすに由あるべ 0000_,15,504b23(00):し。廣くこれをいはん。或は身に禮拜をなす。謂く 0000_,15,504b24(00):西にむかいて遙かに拜み若は彌陀の形像にちかづき 0000_,15,504b25(00):てぬかづく。或は口に御名を稱へて功德利益を嘆め 0000_,15,504b26(00):奉る。此身口の業をも念佛にかぞふ。念より起るが 0000_,15,504b27(00):故に。念を起したすくるが故に。念と同じく往生の 0000_,15,504b28(00):業にそなはれば念佛といふ。然も心に色相光明を念 0000_,15,504b29(00):じ。本願大悲を念じ。或は唯御名をおもひ。或はお 0000_,15,504b30(00):ほよすに隨ひ仰ぐ。又菩薩聲聞の大衆を稱念し。宮 0000_,15,504b31(00):殿寳池の莊嚴を讚歎する皆念佛の内也。又經を讀て 0000_,15,504b32(00):も布施を行じても。功德善根は皆往生淨土の因縁と 0000_,15,504b33(00):思へば淨土を念ずる也。淨土を念ずるは彌陀を念ず 0000_,15,504b34(00):る也。況や佛に法身の功德あり。經法はすなはち是 0000_,15,505a01(00):なり。佛に所作の利益あり。説法敎化これなり。こ 0000_,15,505a02(00):れを念佛といふ。皆往生の業因也。故に淨影大師の 0000_,15,505a03(00):曰或は念じ或は禮し。或は讃め奉り或は其名を稱す 0000_,15,505a04(00):る者悉く往生することを得と。 0000_,15,505a05(00):問禮拜のありさま委しく承らん答五體を地にいた 0000_,15,505a06(00):す。謂く二の手二の膝及び頭これなり。ぬかとは額 0000_,15,505a07(00):の名なり。額を地にあつればぬかづくといふ。數は 0000_,15,505a08(00):いくつと定まらず。されども龍樹の禮によらば十二 0000_,15,505a09(00):を數とすべし。或はひざまづきて掌を合せ。或は居 0000_,15,505a10(00):ながら手をつかね。或は立ながら片手を擧る皆拜む 0000_,15,505a11(00):うちなり。むかし耆婆大臣天に生れて後。とふ車に 0000_,15,505a12(00):乘りて行に路に目連尊者おはし逢ひたりしに。車に 0000_,15,505a13(00):乘ながら片手を捧げたりき。これを下品の禮といふ。 0000_,15,505a14(00):法華經に乃至擧一手といふは是なり。念佛の人はい 0000_,15,505a15(00):かにも心を專にすべし。又口に稽首といひ頂禮とい 0000_,15,505a16(00):はんも口業なれ共亦禮拜に入りぬ。又心に禮拜と思 0000_,15,505a17(00):へば禮拜をそなふ。又數珠をめぐらし。舌の端を動か 0000_,15,505b18(00):すも身業の禮拜におさむべし。異事をもこれに准へ 0000_,15,505b19(00):てよく意得べし。 0000_,15,505b20(00):問口業の稱讃また細しくうけたまはらん 答南無大 0000_,15,505b21(00):悲阿彌陀佛とも南無阿彌陀佛とも大悲阿彌陀佛とも 0000_,15,505b22(00):阿彌陀佛ともまうす。これを稱名といふ。南無とは歸 0000_,15,505b23(00):命する心なり。多の義をこめたれど大旨歸命なり。歸 0000_,15,505b24(00):命とはわが身を彌陀に寄せ放ちつるなり。阿彌陀と 0000_,15,505b25(00):は無量なり。佛は覺なり。しかれば經には無量覺と 0000_,15,505b26(00):もいへり。無量とは光明も壽命も無量なればこめて 0000_,15,505b27(00):無量といふなり。いそぎていへばなまみだぶといは 0000_,15,505b28(00):る。はやくいへば聞なさるるぞと思ひしか共。うるは 0000_,15,505b29(00):しき詞もかくうつる事ありけり。文字かへすとてか 0000_,15,505b30(00):く囀りなすことあり。それも本の言をうしなはずた 0000_,15,505b31(00):がふ事なし。南無阿といふ程に毛阿の二文字はやく 0000_,15,505b32(00):て摩のこゑになる。佛のことばいひはてられずして 0000_,15,505b33(00):初のこゑにてやむなり。あまりにはやくいへば彌は 0000_,15,505b34(00):又牟のこゑに囀らる。上みに南摩といひつれば彌の 0000_,15,506a01(00):こゑは摩につづきて牟のこゑにうつるなり。かくう 0000_,15,506a02(00):つりなれども南無阿彌陀佛とたがふべからず。又は 0000_,15,506a03(00):南無無量壽佛とも申す。又は無量光佛とも無邊 0000_,15,506a04(00):光佛とも無碍光佛とも無對光佛とも炎王光佛とも淸 0000_,15,506a05(00):淨光佛とも歡喜光佛とも智惠光佛とも不斷光佛とも 0000_,15,506a06(00):難思光佛とも無稱光佛とも超日月光佛ともまうす。 0000_,15,506a07(00):これ十二光の御名なり。又南無西方極樂化主阿彌陀 0000_,15,506a08(00):如來。大慈大悲觀音勢至諸菩薩淸淨大海衆ともまう 0000_,15,506a09(00):す。數は取りて知るも好し。取らずともあるべし。 0000_,15,506a10(00):ふるき人の云ひ傳へたる事なり。又數をとるに或は 0000_,15,506a11(00):數珠しても取る。或は指を折ても取るべし。或は小 0000_,15,506a12(00):豆して何石とかぞふる事やんごとなき智者のしたま 0000_,15,506a13(00):へる事なり。その敎へにていにしへ或は三十石。或 0000_,15,506a14(00):は五十石。或は八十石九十石まうしたりける。人人 0000_,15,506a15(00):堪たるに隨て品品ありけり。又むかし淸涼山に僧お 0000_,15,506a16(00):はしけり。前に十石の甕を置て一たび阿彌陀佛を念 0000_,15,506a17(00):じては豆一つぶなげ入れなげ入れしてもたいに滿ほど 0000_,15,506b18(00):に。阿彌陀ほとけ來り迎へ給ひて去りにき。人その 0000_,15,506b19(00):事をまなぶべし。聲をたかくひき澄して心を伸べ遣 0000_,15,506b20(00):る事もあり。又緊しく強くいひて心をはげます事あ 0000_,15,506b21(00):り。皆むかしの聖の敎へどもなり。今これをおもふ 0000_,15,506b22(00):に折節に隨ふべし。心闇く緩はばきびしく申せ。若 0000_,15,506b23(00):こころ躁しく散らばほそく舒て引け。又しづかなら 0000_,15,506b24(00):ん夜などはよくほそく澄して申せ。若は常には短く。 0000_,15,506b25(00):聲聞えずとも唯舌をはたらかす樣もあり。或は息に 0000_,15,506b26(00):つきて心に阿彌陀佛とまうすやうにおもふべし。是 0000_,15,506b27(00):は聖敎に見えたり。必しも舌をはたらかさず大方は 0000_,15,506b28(00):心をしづめんとするを源とせり。かかればいそがし 0000_,15,506b29(00):くずずをくりて數を足さんとさわぐいとよき事には 0000_,15,506b30(00):あらず。但少くともたしかに明かにすべし。又百萬 0000_,15,506b31(00):遍の念佛人こぞりてする由あり。七日念佛を阿彌 0000_,15,506b32(00):陀經に勸めたり。七日の間夜晝たしかにまうすに。 0000_,15,506b33(00):日に十四五萬遍づづにて百萬遍にあたると古き聖傳 0000_,15,506b34(00):へ給へり。七日は究をいふ。念佛は一日にても二日 0000_,15,507a01(00):にてもありなん。若一日若二日といへば。若といふ 0000_,15,507a02(00):一しなならざる事を顯はす。或は乃至十念といふ事 0000_,15,507a03(00):もあり。十度阿彌陀佛と申すなり。又乃至一念とも 0000_,15,507a04(00):いふ。今これをおもふに人に隨て念佛の熟する品異 0000_,15,507a05(00):なるべし。普賢を見るに七日に見る人もあり。二七日 0000_,15,507a06(00):にも見。三七日にも障重く輕きに隨ひて異なるが如 0000_,15,507a07(00):し。然るに障の品暗にわきまへがたし。只佛ぞ知り 0000_,15,507a08(00):たまへらん。然れば重きに就て七日百萬遍とせらん 0000_,15,507a09(00):最好し。又十石二十石。若は生る一生も立居に明暮 0000_,15,507a10(00):まうさば熟する種を得てん。これを稱名といふ。讚 0000_,15,507a11(00):嘆とは佛をほめ國のありさま古への本願今の利益を 0000_,15,507a12(00):申し立て嘆る是なり。讚に云。阿彌陀佛身。金色相 0000_,15,507a13(00):好端嚴無等倫。白毫宛轉五須彌。紺目澄淸四大海。 0000_,15,507a14(00):觀彼世界相。勝過三界道。究竟如虚空。廣大無 0000_,15,507a15(00):邊際といふかくの如き等の偈頌を讚といふ。又この 0000_,15,507a16(00):世の博士のつくれるもあれども煩しければ出さず。 0000_,15,507a17(00):又和讚とて日本詞を本として作れるもあり。其讚に 0000_,15,507b18(00):云。娑婆世界の西の方 十萬億の國すぎて 淨土あ 0000_,15,507b19(00):るなり極樂界 佛在ます彌陀尊などいふ是なり。 0000_,15,507b20(00):問意業の中には何にか觀じ奉るべきや答口に嘆めつ 0000_,15,507b21(00):る事の心を思ふべし。然も此觀念をまさしき念佛と 0000_,15,507b22(00):いふ。重て要の節を顯はさん。これに二つあるべし。 0000_,15,507b23(00):初には阿彌陀佛の名を念ずべし。此名に無量無邊の 0000_,15,507b24(00):功德を攝めたり。これをいへば。すなはち無量の功德 0000_,15,507b25(00):よばれてわが身に來り集る。その時無始よりこのか 0000_,15,507b26(00):たの煩惱惡業逃去りぬ。たとへば善き藥ある處には 0000_,15,507b27(00):惡鬼のにげさるがごとし。又彼佛よばれてわが前に 0000_,15,507b28(00):來りたまふと觀ずべし。又かの佛の光明無量壽命無 0000_,15,507b29(00):量にましますことを聲につけて觀ぜよ。かくのごと 0000_,15,507b30(00):くおほやうに想ふべし。後には靜なる處。をそりな 0000_,15,507b31(00):き室の内にて。西にむかひ。うるはしく居て。手を 0000_,15,507b32(00):あざへ目をとぢ息を調へ身をやすめて。心の眼を開 0000_,15,507b33(00):て。佛の三十二相。八十隨好を見せしめよ。喩へは 0000_,15,507b34(00):鏡の影。夢の前の事の如くにして目の前に見ゆ。心 0000_,15,508a01(00):の眼ひらきぬれば。必しかり。又八萬四千の相好光 0000_,15,508a02(00):明を見る。又大慈悲の心を知る。是を終の觀とすべ 0000_,15,508a03(00):し。又蓮華の寳座。瑠璃の大地。宮殿寳池。寳樹羅 0000_,15,508a04(00):網。及び九品往生の人。並に大菩薩衆。觀音勢至二 0000_,15,508a05(00):りの大士を見。又諸の音樂。波風の聲。皆妙なる法 0000_,15,508a06(00):を説を觀ずへし。又四十八の大願。十力無畏の功德。 0000_,15,508a07(00):甚深常樂の法性の身を觀ずべし凡十六想觀あり觀無 0000_,15,508a08(00):量經に説が如し。其十六想觀の初には日想觀を明す。 0000_,15,508a09(00):日の西に傾きて入らんとするを觀ずるなり。其故は 0000_,15,508a10(00):光を見せて彼國の淨き色。佛の明かにまします光を 0000_,15,508a11(00):心の眼にならはしむるなり。次には池の水のいさぎ 0000_,15,508a12(00):よくすめるをみせしむ。これは此國の水を見せて彼 0000_,15,508a13(00):國の瑠璃の地に喩へ顯はして心をならはす初とする 0000_,15,508a14(00):なり。而して後に彼地を見。植木。池の水。宮殿等 0000_,15,508a15(00):の物を見る。其後寳座を見。佛菩薩のかたちを見。 0000_,15,508a16(00):こののちわが往生を想ひ。又他人のを見て九の品の 0000_,15,508a17(00):往生を觀ずるなり。これらの事具には經文及び古き 0000_,15,508b18(00):聖の書き集め置けるが如し。 0000_,15,508b19(00):問今こころに觀をならはんと思ふに。事しげくして 0000_,15,508b20(00):具へ難くきこゆ。麁麁だにも爾り。いはんや事ごと 0000_,15,508b21(00):に覺束なからずせば定めていよいよ煩はしからん。 0000_,15,508b22(00):しからばかづかづ一つの事につきて明らめ知らんと 0000_,15,508b23(00):思ふ。答まことにしかり。一つを述ん。まづ淸く澄 0000_,15,508b24(00):る池の中に一つの蓮の花あざやかに開たり。花のあ 0000_,15,508b25(00):りさま此世の花に准へて然も具に了かに心の眼にみ 0000_,15,508b26(00):せしめよ。其上に一つの丈六の佛像を見よ。そのか 0000_,15,508b27(00):たち世に作り顯はせるをかたぎとせよ。其後佛像漸 0000_,15,508b28(00):く鮮かになり增りて光を演べ流し給ふ。又脣を開て 0000_,15,508b29(00):法をとい給ふ。其法は般若法華などの意をとい給ふ 0000_,15,508b30(00):とき。其形像のありさまは。頂は笠の角の如くあが 0000_,15,508b31(00):れる骨。肉の髻ありて綠のかんざし筋ごとに卷き出 0000_,15,508b32(00):てかひの如し。髮際あざやかにして金色と紺靑と界 0000_,15,508b33(00):あきらかなり。額に白きさほけ玉の形に卷き縮りて 0000_,15,508b34(00):あり。其めぐりに白きひかり金色の膚に映ぜり。二 0000_,15,509a01(00):つの眉三日月のごとくにして左り右りに相わかれた 0000_,15,509a02(00):り。眼きよくして半靑く周は白くして界あざやかな 0000_,15,509a03(00):り。めぐりに靑き睫ととのひめぐれり。鼻脩く高く 0000_,15,509a04(00):して男の好き貌を具ふ。赤き脣上下相かなひて。髭 0000_,15,509a05(00):かへる子の狀なり。耳のめぐり美しく鮮かに。面ま 0000_,15,509a06(00):とかに秋の月に似たり。頸の胸につづき。肩の頸に 0000_,15,509a07(00):かなへるさま。肘腕のつづき。指の端まで延びやか 0000_,15,509a08(00):にまします事を見よ。其印相は世に作れるに准へよ。 0000_,15,509a09(00):又その胸腹腰䏶膝脛踝足のひらのつづき相うけて居 0000_,15,509a10(00):ずまゐ足をくましめよ。まづ左を置き後に右を置た 0000_,15,509a11(00):るかたちなり。二つの跗あらはに見えて千輻輪の文 0000_,15,509a12(00):あざやかなり。肩に掛れる袈裟胸にめぐり。腹にまと 0000_,15,509a13(00):ひて腰にめぐり。膝におほへるさま。衣文うるはし 0000_,15,509a14(00):く整へり。下に著給へる裳のすそ。足のくびよりな 0000_,15,509a15(00):がれて蓮の花に垂たり。めぐれる光り頂にあり。身 0000_,15,509a16(00):の上の光りあまねく圓なり。顯なる相好かくのごと 0000_,15,509a17(00):くこれをいふ。これらの容を見をはらば但まづ眉間 0000_,15,509b18(00):白毫に心をかけて明かにせよ。其毛一筋長さ一丈五 0000_,15,509b19(00):尺。端を取りて引延れば。直にうるはしくして中に 0000_,15,509b20(00):穴あき虚なり。ゆるせばまくり縮りて玉の如くにて 0000_,15,509b21(00):眉の間にあり。周り三寸なり。其毛白くして雪のご 0000_,15,509b22(00):とし。たをやかにして右に旋れり。内に光りを包み 0000_,15,509b23(00):て外に流し照す。此白毫を見つれば殘の相好は易く 0000_,15,509b24(00):をのづから見る事を得といへり。心に相好を想へば 0000_,15,509b25(00):この心すなはち相好なり。法身の佛こころに入りま 0000_,15,509b26(00):しまして心ほとけに成りぬ。火とり玉の日の影をう 0000_,15,509b27(00):つせば。すなはち火を出すがごとし。これら皆經の 0000_,15,509b28(00):意なり。問心の眼とはいかにいふ事ぞや。眼は面に 0000_,15,509b29(00):あり。心は形なき者をや。答經に心眼をして見る事を 0000_,15,509b30(00):得せしめよといふ。然れば經のままにいふなり。し 0000_,15,509b31(00):かもこれ智惠にて明かに見るをいふにはあらず。心 0000_,15,509b32(00):にいたく想へば文の如くに見ゆ。夢は心の眼にてあ 0000_,15,509b33(00):るなり。しかれば心をしづむれば心眼を開く。これ 0000_,15,509b34(00):智惠に離れねども。ありさま少し但智惠には異なり 0000_,15,510a01(00):此下の一つの問答はかるがるしく人に見せあわくす 0000_,15,510a02(00):まじきなり。 0000_,15,510a03(00):問いかにしてか心眼をひらくべきや。答まづ身を調 0000_,15,510a04(00):へ擧動をしづめよ。齋戒を身に持ち。半跏を居ずま 0000_,15,510a05(00):ゐにせよ。立居起臥に心をしづむれども居るを宗と 0000_,15,510a06(00):せよ。半跏とは片足を上にて居る。右の趺を左の䏶に 0000_,15,510a07(00):置く。うるはしく坐て右の手を左の手の上にかさね 0000_,15,510a08(00):て足の上におく。扨息のいで入りに微の音あるやう 0000_,15,510a09(00):に覺ゆ。徐徐息を出し入るれば有か無かにしづまり。 0000_,15,510a10(00):よそよそに成りぬ。扨目をとづるやうにして心をわ 0000_,15,510a11(00):が面ざまにやり。心散りさわがば強に面に止めんと 0000_,15,510a12(00):もすまじ。但箭一つが内に心を運らし遊ばしめよ。 0000_,15,510a13(00):籠の内の鳥の飛べども出ず。迯ねども遊ぶやうにせ 0000_,15,510a14(00):よ。扨やうやう包みつめて一間が内を想へ。後には 0000_,15,510a15(00):居所ばかり。後には身ひとつ。後に貌に止めよ。扨 0000_,15,510a16(00):しづまらばわが眉の間を想へ。扨後に佛の眉間の相 0000_,15,510a17(00):を想へ。心くらくは。形像の眉間を見よ。能つらつ 0000_,15,510b18(00):らと見へて扨やうやう目をひさぐやうにして想へ。 0000_,15,510b19(00):度かさなればをのづから明らかなるべし。七日ばか 0000_,15,510b20(00):り日ごとに二時三時づづも勤めて。夕さり夜なかな 0000_,15,510b21(00):どに痛く身を苦るしめずして習はかし行かば少しの 0000_,15,510b22(00):しるしを得てん。又鉢に水を入れて物をなげて水を 0000_,15,510b23(00):動かしてやうやうづづ小物を投て後に水をしづめ 0000_,15,510b24(00):て。心の散り動き。心しづまるに喩へ知れ。かくす 0000_,15,510b25(00):れば心しづまりぬ。これを禪定といふ。心しづまり 0000_,15,510b26(00):ぬれば心眼をのづから開けぬ。水しづまりて影あら 0000_,15,510b27(00):はるるが如し。この行ひ佛道の近き門なり。心を一 0000_,15,510b28(00):つにすとは是なり。又阿彌陀佛阿彌陀佛と申し居て 0000_,15,510b29(00):これを得る事もあり。其心を得て申さば今すこし好 0000_,15,510b30(00):かるべし。此生に心眼を開き得ずとも次の生に疾く 0000_,15,510b31(00):ひらけん事。此つとめによるべし。今習はずは後に 0000_,15,510b32(00):も得がたかりなん 上の一ことおもくせよ 0000_,15,510b33(00):問よろづの善事には魔事のさまたげありと聞く。今 0000_,15,510b34(00):めでたき行ひに入らば魔事さだめて競ひなん聞えた 0000_,15,511a01(00):る事はよしなくやあるべき。答さらば萬の功德は皆 0000_,15,511a02(00):すて。惡事をのみして魔の眷屬となるべきか。汝に 0000_,15,511a03(00):絹布をあたふる人あらば盜人つきなんとて投返して 0000_,15,511a04(00):ふるひ居たるべしや。但きぬを重ね著て盜人を防ぐ 0000_,15,511a05(00):わざをぞ構ふべき。魔事を怖れて決定往生を取らざ 0000_,15,511a06(00):らん。魔事や嬉しと思はん。わが爲には何の益ぞ。し 0000_,15,511a07(00):かれば行ひに入らんとては。まづ歸依佛歸依法歸依 0000_,15,511a08(00):僧と申す又阿彌陀如來二りの菩薩と倶に行者の友と 0000_,15,511a09(00):なり給ふと説けり。思ふべしわれ今念佛を行ふ。定 0000_,15,511a10(00):めて來り伴ひたまふらんと念じ言へ。又大師釋迦牟 0000_,15,511a11(00):尼佛かたじけなく二十五の菩薩をつかはして念佛の 0000_,15,511a12(00):人を護り給ふなりと申しおもへ。又梵王帝釋四大天 0000_,15,511a13(00):王は佛法を護り給ふ善神也。われを守りて障りなか 0000_,15,511a14(00):らしめ給へと思ひ言ふべし。しかれば魔のさまたげ 0000_,15,511a15(00):を禱るべし。又いたくいたれば魔事きほふ。時時は 0000_,15,511a16(00):立出つつ心をゆかせといふ。又凡三歸は目出度事な 0000_,15,511a17(00):り。されば怖しく身の毛いよだだん時には必申せ。 0000_,15,511b18(00):夜外に出んにかならず稱へよ。闇き時には羅刹人を 0000_,15,511b19(00):取り噉ふ事あり。世に道心もなく其事となくて敵な 0000_,15,511b20(00):とあるべくもなき人。夜にはかに失て頓て搔けつや 0000_,15,511b21(00):うにてやみにたる事ありと聞ゆ。それは庭の端など 0000_,15,511b22(00):に獨ぼけ出たるを羅刹の取て去るなるべし。さる事 0000_,15,511b23(00):をしるしたるなり。さまでなけれども毒を吐きかけ。 0000_,15,511b24(00):魂の汁を吸ひ取るものあり。能つつしむべし。これ 0000_,15,511b25(00):は魔ともなし。又かの阿修羅の帝釋をせむる時。天 0000_,15,511b26(00):の軍しゆらの勢に怖る時には。帝釋の御前なる幢を 0000_,15,511b27(00):念ずればはたほこの力にて恐を除く。又二りの大臣 0000_,15,511b28(00):あり。伊遮那天婆留那天と名づく。かの左右の前に 0000_,15,511b29(00):をのをの幢あり。軍その幢を念ずれば心猛くなる。 0000_,15,511b30(00):三寳は三つの幢の如し。これを念ずるに魔事の怖れ 0000_,15,511b31(00):なしといへり。 0000_,15,511b32(00):問九品往生はいかに辨ふべき。答あらあらこれをい 0000_,15,511b33(00):はん。其上品の三生は菩薩の位定れる人。中品の三 0000_,15,511b34(00):生は聲聞の善根を行ふ人。下品の三生は凡夫の罪人 0000_,15,512a01(00):のすくはれたるなり。上品上生の人は。三の心。三 0000_,15,512a02(00):の業を具ふ。至誠心誠をいたす心深心深き心回向發願心善を往生に回向し 0000_,15,512a03(00):往生を求る心是を三の心といふ。三つの業とは慈心不殺具 0000_,15,512a04(00):諸戒行物を殺さず戒をたもてり讀誦大乘。方等經典大乘經をよみたてまつる修行 0000_,15,512a05(00):六念。回向發願三寳を念ずる事を三つとし布施と戒行と及び天を念ずるを加へて六とす此功德 0000_,15,512a06(00):を具へて一日乃至七日をふればすなはち佛無數の 0000_,15,512a07(00):化佛。百千の大衆。七寳の宮殿と具に來り迎へ給ふ。 0000_,15,512a08(00):觀音の金剛臺に乘りて。すなはち彼國に生れぬ。妙 0000_,15,512a09(00):なる法を聞て。無生法忍を悟り諸法不生不滅といふ法を悟とるを無生法忍と云ふ深き 0000_,15,512a10(00):心と也上品中生の人は必しも經を讀ず。但よく趣を解 0000_,15,512a11(00):り生れんと願ふ。佛千の化佛。諸の大衆と倶に來て 0000_,15,512a12(00):迎へ給ふ。すなはち彼國の池の中に生れぬ。一夜を 0000_,15,512a13(00):經て蓮ひらけて佛を見。一小劫を經て無生忍を得。 0000_,15,512a14(00):上品下生の者は亦因果を信じ。大乘を謗らず。菩提 0000_,15,512a15(00):心を發してかの國を願ふ。終りに臨んで。佛五百の 0000_,15,512a16(00):化佛。諸の眷屬と倶に來て迎へ給ふ。蓮に乘りて池 0000_,15,512a17(00):の中に生れて一日一夜を經て蓮開き。佛を見。法を 0000_,15,512b18(00):聞て三小劫を經て歡喜地を得。中品上生の人は五戒 0000_,15,512b19(00):八戒を持ち。諸の戒行を行ひ。終りに菩提の心を發 0000_,15,512b20(00):して彼國を願ひて先の善根を回向す。佛比丘の衆と 0000_,15,512b21(00):倶に來て迎へ給ふ。生るるままに花開けて四諦の法 0000_,15,512b22(00):を聞て阿羅漢と成りぬ。中品中生の人は。八戒十戒 0000_,15,512b23(00):具足の戒。一日一夜たもつて回向して生れんと願ふ。 0000_,15,512b24(00):佛眷屬と倶に來り迎へ給ふ。すなはち彼國の池の中 0000_,15,512b25(00):に生れて七日を過て花開け法を聞て半劫を經て阿羅 0000_,15,512b26(00):漢と成りぬ。中品下生の者は父母に孝し世の中の淺 0000_,15,512b27(00):き善を行ふ。終りに臨みて。善知識來りて。極樂の 0000_,15,512b28(00):ありさまを説き聞かせ。法藏比丘の四十八願を説き 0000_,15,512b29(00):聞かす。聞をはりてすなはち彼國に生れぬ。七日を 0000_,15,512b30(00):經て。觀音勢至に遇ひ奉りて法を聞き一小劫を經て 0000_,15,512b31(00):後阿羅漢となる。下品上生の人は諸の惡業を造りて 0000_,15,512b32(00):慚愧ある事なし。但四重ばかりを犯さず。及び五逆 0000_,15,512b33(00):罪を造らざる者善知識の大乘經の首題の名字を説き 0000_,15,512b34(00):聞かするに遇ふて。千劫の重き罪を除き。又敎へて 0000_,15,513a01(00):南無阿彌陀佛と稱へしむ。佛の御名を稱るに五十億 0000_,15,513a02(00):劫の生死の罪を滅しつ。かの佛すなはち化佛化觀世 0000_,15,513a03(00):音化大勢至を遣はして迎へ給ふ生れて七七日を經て 0000_,15,513a04(00):花開けて大悲觀世音菩薩に遇ひ奉りて菩提心を勸め 0000_,15,513a05(00):發ひて十小劫を經て初地に入る事を得。下品中生の 0000_,15,513a06(00):人は。五戒八戒具足戒を破り。僧祇の物をぬすみ。 0000_,15,513a07(00):現前僧の物を取り。不淨に法を説て慚愧ある事なし。 0000_,15,513a08(00):諸の惡法を以てみづから具へたり。此人惡業の故に 0000_,15,513a09(00):地獄に墮べし。終りに臨みて地獄の猛火きたり集る。 0000_,15,513a10(00):善知識の其爲に阿彌陀佛の十力の功德佛の智惠に十の力あり是を十力 0000_,15,513a11(00):と云戒定惠。解脱。解脱知見を是を五分法身といふ説き讚るに遇 0000_,15,513a12(00):ひて。聞き終りて八十億劫の生死の罪を除く。地獄 0000_,15,513a13(00):の猛火化して凉しき風となりて。諸の天の花を散す。 0000_,15,513a14(00):花ごとに化佛菩薩ましまして此人を迎ふ。すなはち 0000_,15,513a15(00):七寳の池の中に生れぬ。六劫を經て蓮すなはち開け 0000_,15,513a16(00):て觀音勢至に遇ひ奉る。妙なる御音を出して其人を 0000_,15,513a17(00):こしらへ。大乘の法を説き給ふ。聞てすなはち無上 0000_,15,513b18(00):道の心を開く。下品下生の者は。十惡五逆の諸の不 0000_,15,513b19(00):善を造て。惡道に多くの劫を經て苦を受る事窮りな 0000_,15,513b20(00):かるべし。此愚なる人終りに臨みて。善知識さまさ 0000_,15,513b21(00):まにこしらへて法を説き。佛を念ぜしむるに遇ひぬ。 0000_,15,513b22(00):其人苦に逼られて。佛を念ずるに遑あらず。善知識 0000_,15,513b23(00):敎へて云く。汝もし念ずる事あたはずは。無量壽佛 0000_,15,513b24(00):と稱すべし。かくのごとく心を至して聲をたやさず 0000_,15,513b25(00):十念を具足して南無阿彌陀佛と稱ふ。佛の御名を稱 0000_,15,513b26(00):ふるが故に念念の中に八十億劫の生死の罪を除て。 0000_,15,513b27(00):命終らんとする時。金蓮華を見る。猶日輪の如くにし 0000_,15,513b28(00):て其人の前にあり。すなはち彼國の蓮華の中に生れ 0000_,15,513b29(00):ぬ。十二大劫に滿て蓮はじめて開く。觀音勢至。大悲 0000_,15,513b30(00):の聲を出して爲に罪を除く法を説き賜ふ。聞きをは 0000_,15,513b31(00):りて。すなはち菩提の心を發す。此九品往生の事は經 0000_,15,513b32(00):を釋せる人人。ひろく是を述たり。今は具にせず。 0000_,15,513b33(00):問我等この世の人。九品往生の中には。いづれの品 0000_,15,513b34(00):にか生れぬべき 答下品上生下品中生の間にあるべ 0000_,15,514a01(00):し。其故は四重を犯さず。戒を持てらん者は。下品 0000_,15,514a02(00):上生に生るべし。四重を犯すとも五逆をつくらぬは 0000_,15,514a03(00):下品中生に生るべし。五逆の罪はおぼろけにては造 0000_,15,514a04(00):れる人なければ。下品下生に降らん事は稀なるべし。 0000_,15,514a05(00):聲聞の行ひをせねば中品の三生にはあるまじ。菩薩 0000_,15,514a06(00):の數には入ども。定りたる位に昇らねば。上品の三 0000_,15,514a07(00):生には進み難かるべき歟。 0000_,15,514a08(00):問臨終に善き友に遇ひ。正念に住せん事は求むべし 0000_,15,514a09(00):や 答尤願ふべき事なり。一生の間の罪業を好めど 0000_,15,514a10(00):も。善き友はこれを改め。正念なるは罪をほろぼし 0000_,15,514a11(00):て淨土に生るる者なり。縱ひ一生の間。させる罪も 0000_,15,514a12(00):なくて功德を好めども。終りの一念に。ひがさまに 0000_,15,514a13(00):なりて惡道に入る者あり。其に就ても善友ねがふべ 0000_,15,514a14(00):し。正念これ祈るべき者なり。 0000_,15,514a15(00):問いかでか逢ひ。いかでかおこすべき 答大般若に 0000_,15,514a16(00):云く。正信あれば。まことの善き友を得といへり。 0000_,15,514a17(00):しかれば信心あらん人は。をのづから善知識に逢ひ 0000_,15,514b18(00):なん。惡人の善き友に遇ふは。おぼろけの事にあら 0000_,15,514b19(00):ざるべし。又諸諸の功德かしこけれども□智惠には 0000_,15,514b20(00):及ばず又廣く正敎を聞きて邪見におつべし。しか□ 0000_,15,514b21(00):と知りて。往生すると思ひをなせば。亦生るる事を 0000_,15,514b22(00):得といへり。又かねを打ならして念佛を勸めよ。か 0000_,15,514b23(00):ねは如來の信の鼓なりといふ事あり。又大師の宣は 0000_,15,514b24(00):く。天竺の人は此生の功德を書記して。終りには人 0000_,15,514b25(00):に讀せて聞く。一生の功德を恃みて歡びの心をおこ 0000_,15,514b26(00):すといへり。今これらをおもふに病もせで卒に死な 0000_,15,514b27(00):むは口惜き。兼て終りを知れるに最ねがはしき事な 0000_,15,514b28(00):り。問病ひ人をばいかが看あつかふべき 答その邊 0000_,15,514b29(00):りに香を燒け。穢らはしきを避よ。藥を營み偏に觀 0000_,15,514b30(00):音を念じて病ひ止と祈れ。病ひ人の心を護りて腹を 0000_,15,514b31(00):立ざれといへり。 0000_,15,514b32(00):問往生の業を行ふとも定めて生ん事をば爭でか知る 0000_,15,514b33(00):べき。定業不定業といふ事あるなれば覺束なき事な 0000_,15,514b34(00):り 答云つとめばかならず定業と成なん又藥師如來 0000_,15,515a01(00):を念ぜよ。經に極樂を願ふともいまだ定まらざらん 0000_,15,515a02(00):に。藥師の御名を聞かば八人の菩薩をつかはして道 0000_,15,515a03(00):を示さんといひ。又これ佛の深き境界なり。思議す 0000_,15,515a04(00):べからずといへり。又方等陀羅尼經を書け。又惠心 0000_,15,515a05(00):僧都は丈六の佛を造るをぞ。決定往生の業とはのた 0000_,15,515a06(00):まひける。 0000_,15,515a07(00):問天王寺の西門の念佛は尤すべき事か何にぞや。答 0000_,15,515a08(00):尤すべき事なり 問ただ閑かならん處にて西に向て 0000_,15,515a09(00):念佛せば何れの所なり共さてありぬべし。あながち 0000_,15,515a10(00):にえりくり參りたりとて何事かは有べき。貴き寺。 0000_,15,515a11(00):止ごとなき聖の跡其數あり。天王寺の西門ならんか 0000_,15,515a12(00):らにかならず念佛の處にてあるべきかは。若太子の 0000_,15,515a13(00):御跡をいはば法隆寺橘寺も同じ事にはあらずや 答 0000_,15,515a14(00):太子の御跡いづくよりも芳ばし。わが家は西方にあ 0000_,15,515a15(00):りと宣へる救世觀音出おはしまして佛を始め行ひ給 0000_,15,515a16(00):へり。爾る聖の御跡をだにも尋ずしては。いづこか 0000_,15,515a17(00):求むべきや。太子の御跡の中にも天王寺これ異なる 0000_,15,515b18(00):處也。御手の璽し給へる縁起の文に寳塔金堂は極樂 0000_,15,515b19(00):の東門の最中にあたれりと記されたり。しかれば東 0000_,15,515b20(00):門に向はんとて西門へ參ることはりなり。 0000_,15,515b21(00):問極樂は廣き國。佛大きに人いやしからず。其東門 0000_,15,515b22(00):はかならず天王寺一つにや當らんずる。又かの國の 0000_,15,515b23(00):東の門唯ひとつのみやはあるべき。此大宮だにも十 0000_,15,515b24(00):二の門を開ける者をや 答極樂いまだ見ぬ處。但聖 0000_,15,515b25(00):の御言によるべし。さしりありがほに箇樣の事いふ 0000_,15,515b26(00):もいとしもなき事なり。しかれば國ひろけれとも東 0000_,15,515b27(00):門はせばくもあらん。門はおほかれども此國の人の 0000_,15,515b28(00):入るは一つにてもあらむ。然れば天王寺の西門を出 0000_,15,515b29(00):て極樂界の東門に入んに直く向ひて行けば往生の正 0000_,15,515b30(00):しき道とすべし。これ想ひを勸むる道なり。又外な 0000_,15,515b31(00):り共想ひをすすめば足りぬべし。 0000_,15,515b32(00):問我等佛を念ずる共明かに覺ゆる事なし。わざと疑 0000_,15,515b33(00):ひ謗る事はなけれど。身をかへり見れば。 かなひが 0000_,15,515b34(00):たし。かく思ふ思ふ念佛せんは徒事にやなるべき 0000_,15,516a01(00):答凡夫の意ばえ皆かくのごとし。さながらも大方に 0000_,15,516a02(00):趣きぬれば。往かずといふ事なし。但し疑ひなけれ 0000_,15,516a03(00):ば花開け。疑ひあれば花開けずと龍樹菩薩のたまへ 0000_,15,516a04(00):り。經にもうたがひある者は。母の腹にやどりて久 0000_,15,516a05(00):し。かの國にて蓮の花を母とす。其人花の内にては。 0000_,15,516a06(00):宮殿と思ひて遊ぶ。されど佛を見ねば。かの國の人 0000_,15,516a07(00):これを見ては腹の内にやどれりといふ。 0000_,15,516a08(00):問往生の緩く勤め懈りやするらん人は。得生れすや 0000_,15,516a09(00):答經に云く。極樂の道に懈慢國といふ處あり。往 0000_,15,516a10(00):生の心ゆるやかなる者は。かの國の樂みを見て止ま 0000_,15,516a11(00):りぬといへり。其國極樂には及ばねど樂しき處なり。 0000_,15,516a12(00):佛はましまさず。然も彼人物の命を殺さずして。人 0000_,15,516a13(00):にも其功德を敎ふ。これに依て後に極樂に生るる事 0000_,15,516a14(00):を得る也。 0000_,15,516a15(00):問極樂にまいる事は。菩提心を發せる者のみ歟發さ 0000_,15,516a16(00):ねど但彼國を願へば生るる者もある歟 答大師達の 0000_,15,516a17(00):たまわく。かならず一時も心ひろき無上菩提の心を 0000_,15,516b18(00):發して生ると。然れば菩提心を發さぬ人は生るべか 0000_,15,516b19(00):らず。 0000_,15,516b20(00):問中品三生の人は。彼にて阿羅漢となる。無上菩提 0000_,15,516b21(00):の廣き心を發しては。彼にて心狹き道には入るべか 0000_,15,516b22(00):らず。又下品三生の人は。彼にして花發くる時に。 0000_,15,516b23(00):無上菩提の心を發す。しかれば此世にて又發さぬ人 0000_,15,516b24(00):なれば彼にては發すなるべし 答觀經の九品には發 0000_,15,516b25(00):すといひ殘したる者もあれども。今一つの經には。中 0000_,15,516b26(00):品にも下品にも皆菩提の心を發して後生ると説り。 0000_,15,516b27(00):其を見給ひて大師もかならずとは宣へるなり。然も 0000_,15,516b28(00):中品の人は。暫く羅漢と成りて後には佛に成る。然 0000_,15,516b29(00):れば菩提の心を發して生れたれども違ふ事なし。下 0000_,15,516b30(00):品の人ここにて菩提の心を發せれども。めづらしく 0000_,15,516b31(00):彼國にて。いみじく妙なる事を聞けば本の心よりも 0000_,15,516b32(00):悟りの進み昇るを。重ねて發すといふなり。 0000_,15,516b33(00):問その初の心發し難し。かならず其心によらばいよ 0000_,15,516b34(00):いよ往生はかなひ難き事歟 答往生は苦しみを離る 0000_,15,517a01(00):る道。すみやかに菩提を取る事生を隔てず。久しく 0000_,15,517a02(00):生死に止まりて多くのくるしみを受べきに。思ひも 0000_,15,517a03(00):かけぬ悲願に逢ひて。五道生死を離れなんづるを。 0000_,15,517a04(00):菩提心の人ごとにおもひ止まらるるいかんぞ。たと 0000_,15,517a05(00):ひ發しがたくとも勵みてこそ發さんとおもふべけ 0000_,15,517a06(00):れ。況や菩提心のありさま向に明しをわりにき。中 0000_,15,517a07(00):にも涅槃經の力には。一切衆生に佛性あり。如來は 0000_,15,517a08(00):常住にましますと。一たびも耳にふれつれば。聲の 0000_,15,517a09(00):光り身の内に入りてかならず菩提心を發さしむ。た 0000_,15,517a10(00):とひこれを謗りて心を發さじとすまふ人あるには。 0000_,15,517a11(00):文に羅刹の畏しき形を見せて道心を發さずは。取り 0000_,15,517a12(00):食ひてんといふ。これに驚き怖て菩提心を發すとい 0000_,15,517a13(00):へり。すまふすら爾り。況や願はん者をや。又菩提 0000_,15,517a14(00):心を發さんと願はば文殊に祈るべし三世の佛の發心 0000_,15,517a15(00):の初め皆文殊により給ふ。知べし普賢は菩薩の行ひ。 0000_,15,517a16(00):とぢめ究む。文殊は菩提の心を發し初めしむ。法花 0000_,15,517a17(00):經にもしかれば始めをば文殊のひらいたまひ。終り 0000_,15,517b18(00):をば普賢のとぢめ給ふ。此こころなり。今菩提の心 0000_,15,517b19(00):を願はば文殊にいのるべし。 0000_,15,517b20(00):問ことの次なれば問ひあらわさん。普賢文殊は一つ 0000_,15,517b21(00):がひにこそ申せ。聞くが如きならば。普賢文殊一つ 0000_,15,517b22(00):口に申すべからず 答發心畢竟二無別。如是二心先 0000_,15,517b23(00):心難といふ。初めの難き事まことに知り易し。きは 0000_,15,517b24(00):むる事をほめんに又それ明かなり。然れば二りの菩 0000_,15,517b25(00):薩はとりどりの事。いへばひとしきなり。 0000_,15,517b26(00):問此事を聞くになを先の疑ひにかへりぬ。發心畢竟 0000_,15,517b27(00):の中に發心は難さか。なれは易しといふ事又やぶれ 0000_,15,517b28(00):ぬ 答發心の難きは文殊に逢ひ難ければなり。文殊 0000_,15,517b29(00):に遇ふ事を得つれば。發心は易かるべし。 0000_,15,517b30(00):問極樂はいかばかりの處なれば。かならす菩提心を 0000_,15,517b31(00):發して生るるぞ 答彼の樂みは菩提の樂みに近づけ 0000_,15,517b32(00):り。佛淨土の樂を構へて菩提に進むる端とし給へり。 0000_,15,517b33(00):爾れば必菩提心を本として往生すとはいふなり。凡 0000_,15,517b34(00):かの國は。金剛の寳幢ありて瑠璃の大地をささげ如 0000_,15,518a01(00):意珠王の中より八功德の水を出せり。散る花路を失 0000_,15,518a02(00):なへども人天步みてまどはず。光り夜晝なけれども 0000_,15,518a03(00):水鳥さへづり志づまれり。宮殿王を瑩きしらべたり。 0000_,15,518a04(00):忍辱の衣の袖には。戒香の燒物匂ひを移し法喜の鉢 0000_,15,518a05(00):の内には禪悅の味ひ露を含めり。天人聖衆の心の中 0000_,15,518a06(00):に勞ふ事なし。九品往生の輩。喜べどもまた貪ぼら 0000_,15,518a07(00):ず。蓮の濁りにしまず。小鳥の植木に傳ふか如し。 0000_,15,518a08(00):願ふ所は菩提の寶物。憐む者は衆生のひとり子也。 0000_,15,518a09(00):壽は極りなけれども悲願の故には捨も去りぬ。又神 0000_,15,518a10(00):通は恣きままなれども有縁の前には引き止められ 0000_,15,518a11(00):ぬ。煩惱を斷ざる人も一念のまどひを起さず。生死 0000_,15,518a12(00):を離れぬ人も。五道の里をば去り別れたり。凡夫の 0000_,15,518a13(00):身ながらも佛に同しく。有漏のさかひをも無爲のご 0000_,15,518a14(00):とくにせり。かかれば彼に往んと思はば菩提の心を 0000_,15,518a15(00):發せといふなり。 0000_,15,518a16(00):文永五年戊辰五月十二日校合畢 0000_,15,518a17(00): 0000_,15,518b18(00):菩提心集下 0000_,15,518b19(00): 0000_,15,518b20(00):珍 海 已 講 述 0000_,15,518b21(00): 0000_,15,518b22(00):問聞く閻魔法王といふ鬼の君いまして。世の人の善 0000_,15,518b23(00):惡を斷り定むなりと。然らば極樂に生るる人をもや 0000_,15,518b24(00):彼に定むる 答有る人かの國より還り來て語りけ 0000_,15,518b25(00):り。閻魔の宮の僧の像を書て懸たり。こは誰れ人ぞ 0000_,15,518b26(00):と問ひつれば。これは智覺禪師といふ人なり。この 0000_,15,518b27(00):人此世の沙汰にかからず。これは上品上生にうまれ 0000_,15,518b28(00):たる人なり。これ世に絶たる事なれは。その像を見 0000_,15,518b29(00):知らんとて寫さしめて置けるなりとなん。答へつる 0000_,15,518b30(00):となんいひけり。爾れは往生の人にとりて閻魔の定 0000_,15,518b31(00):めに入らぬは希なるべし。然かも生るるばかりの人 0000_,15,518b32(00):は多くは我身みづからかの定めの庭に出る事はある 0000_,15,518b33(00):まし。但罪の注し文に其名の入たるならん。 0000_,15,518b34(00):問罪人は其庭に出て定めを蒙る歟 答定めを見聞く 0000_,15,518b35(00):は。よろしき時の事なり。やがて地獄へ入る者もあ 0000_,15,519a01(00):り。有る氷の地獄には人生れて初め最ことも覺らで 0000_,15,519a02(00):居り。そらに閻魔王形を現して。これは氷の地獄な 0000_,15,519a03(00):りといひかけて失ぬ。それ心細く悲しき事か。 0000_,15,519a04(00):問たれか善惡をは細かに知るぞ 答倶生神といふも 0000_,15,519a05(00):の注してかの王に授く。倶生神に二たりあり。一り 0000_,15,519a06(00):をば同名と名く。人の左の肩の上に在りて善業を注 0000_,15,519a07(00):す。一りをは同生と名づく。右の肩に在りて惡業を 0000_,15,519a08(00):注すと説けり。 0000_,15,519a09(00):問いかに善惡を定むる 答業の籍を業の秤に掛るに 0000_,15,519a10(00):重き輕きを見て。はかり定むるなり。むかし法花經二 0000_,15,519a11(00):卷ばかりを讀めりける人。夏六月に病をうけて二日 0000_,15,519a12(00):を經て死ぬ。六日を經るまで胸前あたたまれり。七日 0000_,15,519a13(00):といふに蘇りて語りたる。物にからめられて閻魔王 0000_,15,519a14(00):の前に至る。王の云く。汝いけりし時。なんの功德か 0000_,15,519a15(00):ありし。答へて云く。但法花經二卷を讀めりし。さら 0000_,15,519a16(00):では功德もなしといふ王之を聞て。罪の籍と經二卷 0000_,15,519a17(00):とを業の秤にかけて見るに經二卷は重かりければ。 0000_,15,519b18(00):王籍をかんがへて。この人は九十年は生るべかりけ 0000_,15,519b19(00):るものを。使のあやまてるなりとて免し歸せりと慥 0000_,15,519b20(00):かなる文にいへり。又業の鏡といふ物あり。罪人に見 0000_,15,519b21(00):すれは。前の世の擧動あきらかに移れり。しかれば敢 0000_,15,519b22(00):てあらがふ道もなしと聖敎の文に説けり。又死せる 0000_,15,519b23(00):人の爲に四十九日の法事をいとなみ年月に隨ひて忌 0000_,15,519b24(00):日しなどするには。かの人其むくひにて罪をまぬか 0000_,15,519b25(00):るや 答經に云く。死する人中有の旅にして。形おさ 0000_,15,519b26(00):なき兒のごとくにて罪福いまだ定らず。人その爲に 0000_,15,519b27(00):幡を懸け火を燃し經をよめば三途八難を遁れて淨土 0000_,15,519b28(00):に往生せしむ。又惡道に定れる人は其功德を七分に 0000_,15,519b29(00):わけて一つを得。生りし時善を信ぜざりしかばなり 0000_,15,519b30(00):といへり。爾れば善を信ぜらん人ならば皆も得べし。 0000_,15,519b31(00):又云く死ねる人の具足を三寳にたてまつれば。福も 0000_,15,519b32(00):つとも強して。地獄をまぬかるべしといふ。又寳篋印 0000_,15,519b33(00):陀羅尼を七遍。うせたる父母の爲に讀めはかならず 0000_,15,519b34(00):地獄の苦を救ふと説けり。其陀羅尼をは塔を造りて 0000_,15,520a01(00):納め奉りて崇むべし。又忌日せぬは菩薩の戒にいめ 0000_,15,520a02(00):る事なり。しかればかならずその日經を讀むべし。 0000_,15,520a03(00):問逆修とて生るおりに四十九日の事するは何事そや 0000_,15,520a04(00):答中有の旅を弔ふ事。其時に親しき人のせんずる功 0000_,15,520a05(00):德を兼てわれ仕置きつれはいよいよ目出たき事な 0000_,15,520a06(00):り。經には逆修三七日といへり。逆とはあらかじめ 0000_,15,520a07(00):といふ事ぞ。預めとは兼てといふ事なり。三七日と 0000_,15,520a08(00):は三七日行ふべしとなり。四十九日は七日七日を足 0000_,15,520a09(00):せば違ふまじ。されは又ただ七日する人も此世には 0000_,15,520a10(00):あり。されども經のままならは本は三七日なり。中 0000_,15,520a11(00):有の旅は程定まりなし。七日も二七日も三七日も四 0000_,15,520a12(00):七日も五七日も六七日も七七日もあり。大方は七七 0000_,15,520a13(00):日にて定むる也。それより久しといふ事もあり。さ 0000_,15,520a14(00):れど七七を打まかせたる事とす。中有の間はいかに 0000_,15,520a15(00):まれ程もなきなり。三七日といは多くはそれには過 0000_,15,520a16(00):ぎぬ。 0000_,15,520a17(00):問藥師經に四十九日の勤にて閻魔王の許より還り來 0000_,15,520b18(00):といふ事を讀む。隨ひて還る人世にもあり。其はい 0000_,15,520b19(00):かなる事ぞや 答閻魔王の許へはいまだ死果ぬおり 0000_,15,520b20(00):にも往くことあり。若死果て後の中有に移りなば還 0000_,15,520b21(00):り難し。生ながら往くとは夢などのやうにて心ばか 0000_,15,520b22(00):り往き還るなりされば經には夢より覺るが如しとい 0000_,15,520b23(00):へり。 0000_,15,520b24(00):問地藏菩薩觀音などの地獄にゆき閻魔王にあひて結 0000_,15,520b25(00):縁の人をこひ請け濟ひ給ふ事を聞く。それは實か 0000_,15,520b26(00):答爾なり大悲の誓ひふかき菩薩の習ひとして。皆露 0000_,15,520b27(00):ばかりの縁をも結ひつれは。それを力にて濟ひ給ひ。 0000_,15,520b28(00):苦にも代るべきには代りたまふなり。 0000_,15,520b29(00):問菩薩はいかなる形にてか地獄の門には至り給ふら 0000_,15,520b30(00):ん 答大師の云く。佛の形と閻魔王の形とに現じて 0000_,15,520b31(00):入給ふ。さらねは獄率ふせいで入れぬなり。 0000_,15,520b32(00):問衆生の苦みに菩薩の代り。又人の親子。知れる人。 0000_,15,520b33(00):功德を作りて逝ける人をとふらふに其功德を得とい 0000_,15,520b34(00):ふ事意得す。佛法の習ひは。自業自得果とて。人の 0000_,15,521a01(00):業をわが得る理りやはある 答業を造りては。三品 0000_,15,521a02(00):の報ひあり。一には異熟果。これ正しき報ひ唯見づ 0000_,15,521a03(00):からのみ身の中に受く。謂く善によりて樂しく惡に 0000_,15,521a04(00):よりて苦しきなり。二には等流果。謂く此世に善を 0000_,15,521a05(00):造れば後にも善を造り。今日惡を造りて後にまた惡 0000_,15,521a06(00):業を造るなり。三には增上果。これは善を造りて善 0000_,15,521a07(00):き國王に逢ひ。善知識に遇ひて。人の上の事により 0000_,15,521a08(00):ても善き事の來るなり。惡を造りては閻魔獄卒に遇 0000_,15,521a09(00):ひ。邪魔外道に伴ふ。しかれば子の罪を親の受け。 0000_,15,521a10(00):衆生の苦に菩薩の代り給ふ。皆增上縁と成て增上果 0000_,15,521a11(00):を牽く理りなり。自業自得果といは異熟因と成て異 0000_,15,521a12(00):熟果を得る方をいふ。佛法の中にはかならず因縁を 0000_,15,521a13(00):具へて何事をも成す也。因と縁とを辨ふべし。譬へ 0000_,15,521a14(00):ば木の中より火を出せども。かならず人の鑽るによ 0000_,15,521a15(00):り。玉の水を取る。かならず月の光りを待つ。爾れは 0000_,15,521a16(00):種となる方を因といふ。木の中より火を出すが如し。 0000_,15,521a17(00):自の業をばみづから報ゆとはこれをいふ。異物の助 0000_,15,521b18(00):るを縁といふ。人の火をきり出すが如し。人の子の 0000_,15,521b19(00):親をすくふこれなり。因によりては。異熟の果と等 0000_,15,521b20(00):流の果とを得。縁となる方は增上の界を得るなり。 0000_,15,521b21(00):かくいひつれば違ふ事なし。 0000_,15,521b22(00):問人の父母の恩はいかばかりぞや 答經に云く。父 0000_,15,521b23(00):の恩の高き事は山の如し。母の恩の深き事は海の如 0000_,15,521b24(00):しといへり。又いつくしひ思ふ恩ならぶべきもなく。 0000_,15,521b25(00):懷き養ふ德また量もなしといへり。又經に人生れ墮 0000_,15,521b26(00):て後。三つ子になるまでに飮める乳房の數は。一百 0000_,15,521b27(00):八十石なりといへり。舊き人の持たるとへ斗は小さ 0000_,15,521b28(00):しとそいひたる。其程にて六十石と計へたり。其いふ 0000_,15,521b29(00):が如きならば。一年には二十石にぞ當りたる。しかれ 0000_,15,521b30(00):ば二親の中には母の恩はいよいよ深しといふ。設ひ 0000_,15,521b31(00):母なからましかは。父そやしなはまし。昔子を産み 0000_,15,521b32(00):置て失にける人の子を。父のすべき方なく悲ひて。 0000_,15,521b33(00):負ひ懷きしける程に。その父の乳ぶさあゑにけり。 0000_,15,521b34(00):其乳をふくめ育ひてけり。これ父の悲ひ。母に劣ら 0000_,15,522a01(00):ざるしるしなり。誠に母の在すは富るなり。金をつ 0000_,15,522a02(00):めれとも母のなきは貧しとす。父の在すは晝なり。 0000_,15,522a03(00):空に日てれども。父逝ぬれば冥き闇の如し。經に又 0000_,15,522a04(00):曰く。左の肩に父をのせ右の肩に母をのせて千年を 0000_,15,522a05(00):經といふも父母の恩をば報ゆるにあたはじ。經に云 0000_,15,522a06(00):く。親に孝する功德は補處の彌勒を供養するに等し 0000_,15,522a07(00):といふ。然れば少しも供養をいたせば。福を得る事。 0000_,15,522a08(00):量りなく。少しも背けば。罪また量りなし。むかし 0000_,15,522a09(00):慈童女。燒き木を賣て貧しき母を養ひき。日ごとに 0000_,15,522a10(00):二ツの錢を得てこれを養ひ。後には漸く多く得增て 0000_,15,522a11(00):養ふ。寳を求めに海へ往きし人。これが賢きを見て 0000_,15,522a12(00):共にせんといふ。慈童女母にその由を申て暇を乞 0000_,15,522a13(00):ふ。母その孝養のこころあるをみて。よもわれを捨 0000_,15,522a14(00):置ては往かじと思ひて。戯れごとに往けと容しつ。 0000_,15,522a15(00):既にゆかんとするに母啼啼だかへて遣らず。童女 0000_,15,522a16(00):すでに友と契り畢ぬ。虚言はえせじとて引かなぐり 0000_,15,522a17(00):て往く程に母の髮あまた筋かなぐられぬ。遂に海へ 0000_,15,522b18(00):ゆきて還へるに友を離れて。ひとり道に迷ひて瑠璃 0000_,15,522b19(00):の城にいたりぬ。又如意寳の珠ささげたる女。目出 0000_,15,522b20(00):たく淸げにして四人いで來向ひて迎へ入れて四萬 0000_,15,522b21(00):歳。又頗梨の城に八萬歳。銀の城に十六萬歳。金の 0000_,15,522b22(00):城に三十二萬歳づづますます樂む。後にそこを出て 0000_,15,522b23(00):鐵の城に至りぬ。一人の頭に火の輪を戴けるあり。 0000_,15,522b24(00):その輪を童女に戴けて去ぬ。又傍に獄率あり。童女 0000_,15,522b25(00):これに問はく。此火輪をいつか免るべき。獄率答へ 0000_,15,522b26(00):て曰く。世に汝がごとくせる者あらん時にかれ代り 0000_,15,522b27(00):て受べし。若代る人なくばその輪つちに墮ちじとい 0000_,15,522b28(00):ふ。これらにて母の恩德の程をば計るべし。又山中 0000_,15,522b29(00):にて雪にあひて路を失なへりし人。熊の道を敎へて 0000_,15,522b30(00):送り出せるに。山の口に山立する者いき逢ひて鹿や 0000_,15,522b31(00):見えつると問ひければ熊の方に小指をさす。其腕ぬ 0000_,15,522b32(00):けて地に墮にけり。まことに恩をはするるは。親に 0000_,15,522b33(00):あらぬ者にてもいと口惜き事なり。 0000_,15,522b34(00):問人の子。親をうち捨て山林をまじりて行はんをば 0000_,15,523a01(00):罪とやすべき 答ありさまに隨ふべし。偏にわれに 0000_,15,523a02(00):かかりたる親ならば出家入道すとも親を離るべから 0000_,15,523a03(00):ず。いかにも遠く去らで養ふべし。若われ離れたり共 0000_,15,523a04(00):有ぬべくは。只死なばさてこそあらめとおもひなし 0000_,15,523a05(00):て戀ひ慕はんをばかへり見るべからず。爾れば恩を 0000_,15,523a06(00):棄て無爲佛の道なりに入る實に恩を報ゆる者なりといふ。 0000_,15,523a07(00):爾り共夏冬は山寺に住て行ひ。春秋は家にかへりて 0000_,15,523a08(00):親につかへよと佛ゆるい給へり。又法を説き聞かせ 0000_,15,523a09(00):道心を勸めば目出たき報ひなり。又外ながらも功德 0000_,15,523a10(00):善根を行ひて親を祈るべし。又さして祈らずとも。只 0000_,15,523a11(00):行ひ居たるに。自親の爲の功德と成るよしもあなれ 0000_,15,523a12(00):ば。親を離るとも善くだにも行なはば恩を報ゆるに 0000_,15,523a13(00):なりなん。經に云。辟支佛の聖。百億人を供養せんよ 0000_,15,523a14(00):りも。佛の御法して此世の父母を度さんは勝れりと 0000_,15,523a15(00):いふ。阿那律尊者と申す羅漢は。むかし貧しき人に 0000_,15,523a16(00):て。今食んとする粥のなごりもなきを辟支佛の來り 0000_,15,523a17(00):乞ふに供養し奉りたりし故に釋迦の御弟子と成羅漢 0000_,15,523b18(00):の道を得たり。これにて比らべ知るべきなり。然れば 0000_,15,523b19(00):偏へに出家せんことを口惜と思ふまじ。いとしもな 0000_,15,523b20(00):くて迷ひありかば。從ひて仕はれ養はんにはしかじ。 0000_,15,523b21(00):問人の子の出家入道せんに親おしみ妨げば止るべし 0000_,15,523b22(00):や。若まことの報恩ぞとて押してすべしや 答佛の 0000_,15,523b23(00):世に人の子。親に暇も乞はで出家しあひたりしかば。 0000_,15,523b24(00):親ども淨飯王にうれへ申しけり。淨飯王聞き給ひて。 0000_,15,523b25(00):わが太子の出家し給ひしをり惜く悲しかりき。人も 0000_,15,523b26(00):さぞ思ふらんとて佛に申し給ひければ佛それより親 0000_,15,523b27(00):のゆるし蒙らざらん人には。出家を許すまじと定め 0000_,15,523b28(00):たまひてき。しかもその親つつみて出家を妨げざれ。 0000_,15,523b29(00):問人の子。なき親の爲に七月十五日盆供といふ事す 0000_,15,523b30(00):るは。いかなる事ぞ 答目連尊者の始て得道の聖と 0000_,15,523b31(00):成て。うせ去りにし母の在り處を求むるに。餓鬼の中 0000_,15,523b32(00):に生れて飢せまり。骨皮のかぎりにて居たるを見て。 0000_,15,523b33(00):鉢に食ひ物を盛りて食せ給ふ。かれ取りて食はんと 0000_,15,523b34(00):する時に左の手を打おほひて。右の手して飯をつか 0000_,15,524a01(00):みて口によする程に火に成りてもえあがりぬ。目連 0000_,15,524a02(00):尊者かなしひて。佛に申し給ひければ。佛のたまふ 0000_,15,524a03(00):やう。七月十五日は。佛歡喜したまひ。僧自恣する 0000_,15,524a04(00):日なり。其日百味飯食の物を鉢に盛りて。衆僧に供 0000_,15,524a05(00):養せば。母の苦みを救ひてんと仰せらる。目連その 0000_,15,524a06(00):ままにして。母の苦患を濟ひたり。其をかたぎにて。 0000_,15,524a07(00):此世にもするなり。七月の望の日は。佛の喜びたま 0000_,15,524a08(00):ふ日なり。其故はもろもろの僧。安居のつとめを。 0000_,15,524a09(00):四月の十五日に始めて。九十日の程步行かで。をの 0000_,15,524a10(00):をの學問おこなひし。戒行つつがなくして居たり。 0000_,15,524a11(00):其つとめ常よりも勵む。七月十五日に日の數足りて。 0000_,15,524a12(00):事なく行ひ得たり。しかれば佛歡び給ふ。衆僧は自 0000_,15,524a13(00):恣といふ行ひして。潔くしてをのをの外外へ去り趣 0000_,15,524a14(00):く。年の夏ごとにかくしつつ。數をかさねて數まさ 0000_,15,524a15(00):るを上とし。少なきを下にするなり。 0000_,15,524a16(00):問人の子。親の爲に功德造るをば。死に去れる親は 0000_,15,524a17(00):知るや 答知るもあり。しらぬもあり。中有の程本 0000_,15,524b18(00):の家にさすらふには見も知るべし。又天上などに往 0000_,15,524b19(00):けるは見るべし。又論の中に云。人の親死終りて家 0000_,15,524b20(00):の片角に鬼になりて居たり。子ども佛事すれば。生 0000_,15,524b21(00):をかへたれどもわが子供の。われを濟はんとて功德 0000_,15,524b22(00):を造るよと見歡びて。其心によりて苦みをまぬかる 0000_,15,524b23(00):といへり。 0000_,15,524b24(00):問人の法事するに花鬘幡かくるはなんぞ。香花は何 0000_,15,524b25(00):の爲にたてまつるぞ。磬は何の故に鳴すぞ。如意香 0000_,15,524b26(00):爐は何の故に取るぞ。錫杖は何なる物ぞや 答花鬘 0000_,15,524b27(00):はかふりがたなり。花かづらといふ。幡をば幡とい 0000_,15,524b28(00):ふ。これは唐の文字なり。天竺には波多といふ。今 0000_,15,524b29(00):の人はたといふは。本の天竺の名を呼ぶなり。天竺 0000_,15,524b30(00):には御門の居所などに。此幡を懸て莊れり。今佛を 0000_,15,524b31(00):あがむるには。事毎に大王のごとに准へてかれを用 0000_,15,524b32(00):る。然も物の形は皆由あり。幡のかたちいと恠しく 0000_,15,524b33(00):意も得ず。今これを思ふに鳥の形なるべし。先の尖 0000_,15,524b34(00):れるは觜なり。つぎつぎのつぼは身なり。手は羽。 0000_,15,525a01(00):足といふは尾の形なるべし。さて風に飛せんとて幢 0000_,15,525a02(00):には懸るなり。これらは佛を嚴れる目出たき功德と 0000_,15,525a03(00):は成る。香花も佛前をいつくしく飾り潔ふするなり。 0000_,15,525a04(00):香爐はわが口の香をかくす。如意は口はたらきて見 0000_,15,525a05(00):ぐるしきをかくす。牛王尊者。牛の生を久しく受て。 0000_,15,525a06(00):人に生れても其すそこりありければ呞むとて。口を 0000_,15,525a07(00):はたらかすを隱さんとて始れるなり。錫杖は聖。人 0000_,15,525a08(00):の家に行きて物乞ふに家、□□ 0000_,15,525a09(00):□かはれるなり。本はそたうばと云ふ。それをそとば 0000_,15,525a10(00):といひなせり。其はじめの言を除てたうばといふ。 0000_,15,525a11(00):たうばを猶つづめて塔といふ。 0000_,15,525a12(00):問塔を造る功德いかがある 答聖敎を見るに。佛像 0000_,15,525a13(00):と塔と堂とをば同じやうにいへり。然も塔は處をあ 0000_,15,525a14(00):らはす。佛像は其ぬしを顯はす。塔には舍利を置く。 0000_,15,525a15(00):同じ塔なれども形像のかぎりをすゑ奉るをば支提と 0000_,15,525a16(00):いふ。舍利を置さ。形像を置かんとて立たる塔なれ 0000_,15,525a17(00):ども。又そのあたり。その境の莊と成る。しかれば 0000_,15,525b18(00):善き處ぞと人に知らせんとては。塔を立て其を示す 0000_,15,525b19(00):なり。若經卷所住之處皆應起七寳塔と説ける 0000_,15,525b20(00):此こころ也。如來の生れ給ひし處。成道し給ひし處。 0000_,15,525b21(00):法説給ひし處。涅槃に入り給ひし處。この四の處を 0000_,15,525b22(00):ば。親り行ても見。若は遠く想ひやりても拜みて。 0000_,15,525b23(00):常に心を係ればかならず天に生るといふ。若天を願 0000_,15,525b24(00):はずば淨土の業にならん。然れば又かしこには塔を 0000_,15,525b25(00):立たりと説ける事あり。 0000_,15,525b26(00):問出家の人は。いくらの戒をか受る 答沙彌と沙彌 0000_,15,525b27(00):尼とは十戒を受く。さきあまは六の戒を習ふ。比丘 0000_,15,525b28(00):は二百五十戒。比丘尼は五百戒を受け持つ。しかる 0000_,15,525b29(00):に此世の尼はこれ沙彌尼なり。比丘尼はあらず。戒 0000_,15,525b30(00):壇に登りて後に比丘尼とはいふなり。然れば只十戒 0000_,15,525b31(00):をうけたる沙彌尼の尼とてはあるなり。 0000_,15,525b32(00):問あまといふ名は故やある十戒とは何ぞ 答天竺に 0000_,15,525b33(00):は阿摩といふ。唐には母といふ。此にはははといふ。 0000_,15,525b34(00):然も比丘尼を敬ひてははといふなり。女を敬ふには 0000_,15,526a01(00):姉といふがごとし。今あまとは天竺の言を傳へたる 0000_,15,526a02(00):なり。十戒とは一者不婬。二者不偸盜。三者不 0000_,15,526a03(00):殺生。四者不妄語。五者不飮酒。六者不塗餝香 0000_,15,526a04(00):鬘。七者不歌舞觀聽。八者不眠坐高廣嚴麗床 0000_,15,526a05(00):座。九者不蓄金銀等寳。十者不非時食。これを沙 0000_,15,526a06(00):彌尼の受る十戒といふ。今少しづづこれを明さん。 0000_,15,526a07(00):初めの五つを且く置て。後の五つをいはば。不塗飾 0000_,15,526a08(00):香鬘といは。かうばしき物を身に塗り。鬘して莊る 0000_,15,526a09(00):事なかれとなり。不歌舞觀聽といは。舞せず。見ず。 0000_,15,526a10(00):歌はず。聽ざれとなり。不眠坐高廣嚴麗床座といは。 0000_,15,526a11(00):高き廣き床に眠も居もせざれとなり。不畜金銀等寳 0000_,15,526a12(00):といは。金銀を蓄へざれとなり。不非時食といは日 0000_,15,526a13(00):の午より後にもの食ざれといふなり。これには淸る 0000_,15,526a14(00):湯水をばいまず。又佛を供養せんとてかうばしき物 0000_,15,526a15(00):を手に塗り。舞ひ歌などを舞ひも歌ひもし。見も聞 0000_,15,526a16(00):きもせんは。過なるべし。又法の爲に高き床に登り。 0000_,15,526a17(00):功德の爲に寳を蓄へんには罪なるべし。 0000_,15,526b18(00):問菩提心を發せらん尼も。只さきの十戒ばかりにて 0000_,15,526b19(00):有べき歟 答菩薩の尼は。あまとはさきの十戒の故 0000_,15,526b20(00):にいふ。菩薩とは菩提心を發せれはいふなり。菩提 0000_,15,526b21(00):心の方には三聚の淨戒を受べし。一攝律儀戒萬の惡を離れんと 0000_,15,526b22(00):契る二者攝善法戒萬の善をなさんと契る三者攝衆生戒萬の人を度さんと契るこ 0000_,15,526b23(00):の三つの戒は。數すくなけれども。事これ廣し。菩 0000_,15,526b24(00):薩の心を發す時。かくちぎり置てやうやうづづ行ふ。 0000_,15,526b25(00):しかれば菩薩の男女はまづ五戒を持つ。菩薩の沙彌 0000_,15,526b26(00):沙彌尼は十戒を持つ。菩薩の比丘比丘尼は二百五十 0000_,15,526b27(00):と五百とを持つ。これらは。並に三が中の初めの惡 0000_,15,526b28(00):を離るる戒の中をやうやう形に隨ひてことに受け持 0000_,15,526b29(00):つなり。又十重禁四十八輕といふ戒あり。三聚戒を 0000_,15,526b30(00):うけてそれを持つさまを知らせんとて委しくいへる 0000_,15,526b31(00):也。しかれば善き師にまれ。若は佛の形像にまれ。 0000_,15,526b32(00):向ひて三聚の淨戒を受け終りて後。月の十五日と。 0000_,15,526b33(00):つごもりとに。度ごとに十重禁をば誦し奉るべし。 0000_,15,526b34(00):問師に遇ひて受けんは爾るべし。形像の佛は。もの 0000_,15,527a01(00):のたまはず。それに向ひて何にか受くる 答みずか 0000_,15,527a02(00):ら申したててこれを受く。しるべし師の受くべき近 0000_,15,527a03(00):き所になくば形像には受べきなり。凡戒の事は細か 0000_,15,527a04(00):に問ひ聞くべし。これにはかぎらず。 0000_,15,527a05(00):問尼は人ばなれて住べしや 答尼の寺をば京の内に 0000_,15,527a06(00):立よと説けり。しかれば平城京にも法華寺といふ尼 0000_,15,527a07(00):の寺は京中にあり。尼その寺に住て法華經よむを勤 0000_,15,527a08(00):とすべし扨法華寺と名づく。六十餘國の國ごとに國 0000_,15,527a09(00):分寺と尼寺とをおふやけは造らせ給へり。その尼寺 0000_,15,527a10(00):を見て法華寺といひて食ひ物着物の沙汰をも。しを 0000_,15,527a11(00):かせ給へり。凡尼の住は。人離るまじ。事に觸れて 0000_,15,527a12(00):おそりあればなり。 0000_,15,527a13(00):問尼もや袈裟をば着る 答爾なり。但沙彌の尼は。 0000_,15,527a14(00):唯ま袈裟を着べし。ま袈裟は。うるはしく縵袈裟と 0000_,15,527a15(00):云。縵とて人の居所に引きへだつる物のやうにて中 0000_,15,527a16(00):にちがへ縫ひたる所もなきなり。又此世の尼などの 0000_,15,527a17(00):懸帶とて打かけたるは。まひろげたらんがなめげな 0000_,15,527b18(00):るをつくろふなるべし。されば只の女もするなり。 0000_,15,527b19(00):帶せるおりにも亦するぞ。袈裟に用ひたるかと覺ゆ 0000_,15,527b20(00):る。かくやうの、□□ 0000_,15,527b21(00):□ふかき山を越え。なゐふり。神鳴らん時には。阿彌 0000_,15,527b22(00):陀佛を念ぜよ。常に死ぬる事をおもふをば。念死と 0000_,15,527b23(00):いふ行ひとせり。 0000_,15,527b24(00):問夢に貴き事罪の事などを見ては。人に語りなどす 0000_,15,527b25(00):べき歟 答眞に貴き夢をば。たやすく。人にかたら 0000_,15,527b26(00):ず。語れば罪を得。それならぬ功德も。わが事を人に 0000_,15,527b27(00):きかせまほしうするは罪なり。しかも同じ心に行ふ 0000_,15,527b28(00):人などの。聞て心發すべきには隱さず。又貴き夢を 0000_,15,527b29(00):見せなどして人を試る魔事もあれば。いたくし得た 0000_,15,527b30(00):り貌には有まじ。罪の事も又佛の告て心得させ給へ 0000_,15,527b31(00):ば。かなしふかなしふ懺悔する目出たし。 0000_,15,527b32(00):問貧しからん者は。何をか三寳に供養して福を得べ 0000_,15,527b33(00):き 答貧女が一燈といふ事あり。佛は心ざしを貴と 0000_,15,527b34(00):ひ給ふ。事を大きにするのみにあらず。又一盛の物 0000_,15,528a01(00):なり共。飢たる人。狗に施す。眞功德なり。佛を供養す 0000_,15,528a02(00):るにも勝れり。さて行末に救はんと思へば。ますます 0000_,15,528a03(00):目出たし。やがて三寳を供養するに成りぬ。又逢ん 0000_,15,528a04(00):人。生き物ごとに菩提心を發せといひ聞かせよ。鳥獸 0000_,15,528a05(00):にも聞き知りて心を發す者あり。まして人はいふべ 0000_,15,528a06(00):きならず。若うち出していはんに。憚あらん時には。 0000_,15,528a07(00):ただ心に思へ。かく相見るゆゑに後の世にすくはん 0000_,15,528a08(00):と。これを法施とす。寳を施すに勝れたる事喩へな 0000_,15,528a09(00):し。又あながちに財施を好まんに物なくは。人の施 0000_,15,528a10(00):さんを見て。したがひ喜べ。その二人の福ひとし。 0000_,15,528a11(00):問聽聞はこのむべしや 答獸すら聞きて心地ごごろ 0000_,15,528a12(00):を發す。況や人をや。縱ひ道心なけれともきけば其 0000_,15,528a13(00):心つきぬ。增て本つちしろあらん人をや。中にも世 0000_,15,528a14(00):に菩提講といふ事好み聞くべし。菩提の名をはこと 0000_,15,528a15(00):に貴べ。菩提子の念珠を好みなどすべし。菩提のこ 0000_,15,528a16(00):ころと志し願はん人。その門に入て勸めよ。 0000_,15,528a17(00):問兜率と極樂とはいづれか勝れる 答極樂ひとへに 0000_,15,528b18(00):淨土なり。惡道も女人もなし。兜率は娑婆のうち。 0000_,15,528b19(00):鬼神も女人もあり。しかれば今少し極樂は勝れり。 0000_,15,528b20(00):問いづこかまゐりやすき 答極樂はやすし。 0000_,15,528b21(00):問淨土の勝れたるを易しといふ事。もぢりさかさま 0000_,15,528b22(00):なるやうに聞こゆ。いかにぞや 答よき淨土を願へ 0000_,15,528b23(00):ば。易く惡業をほろぼす。娑婆の内を願はんには重 0000_,15,528b24(00):き罪をば亡ぼしがたし。兜率をとれりとも。惡道に 0000_,15,528b25(00):あらねば。重き罪を持ながらやは生るべき。されば 0000_,15,528b26(00):罪深からん人は。極樂を願ひて。心たかき。心つよ 0000_,15,528b27(00):き志にて。惡道の業をほろぼして往生を遂ぐべし。 0000_,15,528b28(00):問兜率には鬼神あるなり。鬼は惡道のうちにあらず 0000_,15,528b29(00):や 答四重五逆を持ながら。かしこの鬼にならば兜 0000_,15,528b30(00):率に生れたる甲斐なし。四重五逆を失ひて生るべく 0000_,15,528b31(00):は。鬼神とてもやすかるべきにあらず。然ればさわ 0000_,15,528b32(00):やかに極樂を願ふ勝れり。又うるはしく西に打向き 0000_,15,528b33(00):たる穩かにして行ひに便あり。重き罪あらん人。易 0000_,15,528b34(00):く罪をほろぼすべし。しかもいひせめては。阿彌陀 0000_,15,529a01(00):に縁あつくは極樂を願ふべし。彌勒に契ふかくば 0000_,15,529a02(00):兜率を願ふべし。心の引かん方を縁ありとは知るべ 0000_,15,529a03(00):きか。各思ひ得んに隨がへ。いづれをも謗るまじ。 0000_,15,529a04(00):又人に隨ひつつ輙く改めざれ。おもひ定めて久しく 0000_,15,529a05(00):行ひてはいかにもさてあるべし。火を鑚にたゆむが 0000_,15,529a06(00):ごとくせざれ。 0000_,15,529a07(00):問淨土に生れんにはよろづの行ひを兼ぬべきか 答 0000_,15,529a08(00):本は爾るべけれ共。淺き人は唯一つをよくねんごろ 0000_,15,529a09(00):にしてもありなん。それぞよかるべき。野にかかり 0000_,15,529a10(00):山にかかる。由なかるべし。さりとて偏に唯一つを 0000_,15,529a11(00):のみせよとにはあらず。よくこころ得べし。 0000_,15,529a12(00):問淨土の果報は。いと妙なるものを。只一つの事に 0000_,15,529a13(00):ては。いかが到るべき。遠き道を行かんに。旅路の 0000_,15,529a14(00):物の具をそなへざらんがごとし 答般若經に云。一 0000_,15,529a15(00):つの行ひを淨くすれば。すなはちよろづの事をそな 0000_,15,529a16(00):ふ。かくのごときの行ひは。一つなれども。淨土に 0000_,15,529a17(00):生るといへり。 0000_,15,529b18(00):問道心ある人をば。いかが知るべき 答内にその心 0000_,15,529b19(00):あれども。定めてありと見ん事難し。又其ありさま 0000_,15,529b20(00):佛の敎に契へらんをこそは。大方その相にはせめ。 0000_,15,529b21(00):生しと見えて熟る菓もあれば。實にわきまへ難し。 0000_,15,529b22(00):而も有人語りて云く道心ある人に三つの相なん有 0000_,15,529b23(00):る。一には。物最愛がりし心うるはしき。二には。 0000_,15,529b24(00):ともすれば心を澄まし涙もろなる。三には。ともす 0000_,15,529b25(00):れば。あてそはなとて。世の中の事を事ともせぬ。 0000_,15,529b26(00):これらは内に道心ある者の有る事ぞとなん。古き聖 0000_,15,529b27(00):は宣ひしと語る。これ淺はかに。事つきぬやうなれ 0000_,15,529b28(00):ども。善くをもへばさぞあるかしとなん覺ゆる。 0000_,15,529b29(00):問もの頌じて心ゆかし順の讀經する罪か功德か 答 0000_,15,529b30(00):法を輕むる罪ありなん。されども偏の惡業にはあら 0000_,15,529b31(00):ず。而も中中に花だのをびをうたひ。かんなぎの皷 0000_,15,529b32(00):を打て佛に奉らんには劣りなんなどどいへば。深き 0000_,15,529b33(00):を淺くなすは罪なるべし。惡きを善になさんは。深 0000_,15,529b34(00):き心にかなふべしされどもこれらはせでありぬべ 0000_,15,530a01(00):し。凡物いたくいふあしき事なり。 0000_,15,530a02(00):問貴とき歌を心すましてうたひ。若は讀み出すは罪 0000_,15,530a03(00):か 答歌に三品あるべし。人を戀ひ嘆き。花を弄び 0000_,15,530a04(00):などしてよみ歌ふは深き罪なり。只何となくざれて 0000_,15,530a05(00):口をかしき事をいふ。さまでの罪ならず。信心を發 0000_,15,530a06(00):して佛をほめ。法をほむる歌は。伽陀を頌じ唄散花 0000_,15,530a07(00):しなどすると。但同じ事の國國の風に隨ひて易れる 0000_,15,530a08(00):なり。されば全く罪うべきにあらず。 0000_,15,530a09(00):問女身には五の障ふかしといへば。これをいやしむ 0000_,15,530a10(00):程に法華經を聞けば。龍女も佛に成り。藥王品を持 0000_,15,530a11(00):ても往生すと説かれたり。されば又厭ふまじきかと 0000_,15,530a12(00):覺ゆ。これをいかにか定むべき 答龍女が佛になり 0000_,15,530a13(00):しも變成男子といへば。さながらは佛にならず。藥 0000_,15,530a14(00):王品を持て極樂に生るれど。彼國にて男子と成るも 0000_,15,530a15(00):のなり。されば猶いとふべきなり。又涅槃經に云く。 0000_,15,530a16(00):よろづの河は皆ゆがみて流れたり。よろづの女は心 0000_,15,530a17(00):うるはしからずといへ共。此閻浮提の外に倶耶尼と 0000_,15,530b18(00):いふ國にはす繩を引けるやうにうるはしくながれて 0000_,15,530b19(00):海に入れる河あり。女の中にも。慈悲の心あり。戒 0000_,15,530b20(00):行を受持ち。經法を行ふ者ありといへり。而も又有 0000_,15,530b21(00):經には多くの淨土の因縁を明すには。心のうるはし 0000_,15,530b22(00):きを初めとせり。されば淨土には海山もなく平かな 0000_,15,530b23(00):るぞかし。女の心おほくはうるはしからずと見えた 0000_,15,530b24(00):り。淨土を願はば女身をいとふべし。又涅槃經に云 0000_,15,530b25(00):く。男子なれども一切衆生の身に佛性ありと知らず。 0000_,15,530b26(00):如來は常住に在すとしらざるはこれ女人也。女なれ 0000_,15,530b27(00):ども佛性常住をしれるをばおのことすべしと説給へ 0000_,15,530b28(00):り。これにてこころ得べし。いとふべし。又賤しむ 0000_,15,530b29(00):まじきは。女人の身なり 0000_,15,530b30(00):問道心といひ。菩提心といふは異なるか同きか 答 0000_,15,530b31(00):同じ事なり。天竺の言には菩提といふ。唐には道と 0000_,15,530b32(00):いふ。日本にはみちといふなり。つしまと。からと 0000_,15,530b33(00):は。倶にからの言なり。而も對馬は訛れり。わが國 0000_,15,530b34(00):にこれを傳へて常に用ひる。うるはしきをも。音を 0000_,15,531a01(00):ば常にもつかはず。しかれば對馬をも。うるはしき 0000_,15,531a02(00):をも文字の音を讀むをからと今はいふ。訓に讀ぞ日 0000_,15,531a03(00):本ことばにてはある。しかれば道心と菩提心とは一 0000_,15,531a04(00):つ事を二やうにいふなり。されば無上菩提といひ。 0000_,15,531a05(00):無上道といふは同じ事をいふぞかし。其心をいへば 0000_,15,531a06(00):又かはるべからず。凡この文のこころは。よろづを 0000_,15,531a07(00):勸めて菩提の心を發さしめむとなり。これを取りて 0000_,15,531a08(00):も讀み。人の讀んをも聞かん人。實の心を發して誹 0000_,15,531a09(00):り笑ふ事なかれ。其中に多くは經論に説ける事やん 0000_,15,531a10(00):ごとなき人の宣へる言なり。きたなき手にして執り。 0000_,15,531a11(00):あなづらはしくすべからず。又一つをことして。十 0000_,15,531a12(00):を生くといふ事もあり。只利益を先にせよ。それ菩 0000_,15,531a13(00):薩の心とす。利益に遠き近きあり。顯はなる隱れた 0000_,15,531a14(00):る別れたり。今は少し苦をあたへて。後に久しくや 0000_,15,531a15(00):すからしめ。顯には苦しむとみえて。かくれたる利 0000_,15,531a16(00):益のあるをば謗るべからず。 0000_,15,531a17(00):菩提心讚今私につくる 0000_,15,531b18(00):文殊師利大聖尊 三世諸佛以爲母 0000_,15,531b19(00):一切如來初發心 皆是文殊敎化力 0000_,15,531b20(00):聞けばわれらが身の内に 眞如佛性そなはれり 0000_,15,531b21(00):大聖文殊のをしへにて 心のはちすを開くべし 0000_,15,531b22(00):善財童子の遊びしも 覺城娑羅の林にて 0000_,15,531b23(00):文殊のをしへを聞てこそ 初めて心はおこいしか 0000_,15,531b24(00):安養下品のはちすにて 觀音大悲の聲を聞き 0000_,15,531b25(00):無上道心おこせるも なほこれ文殊の力なり 0000_,15,531b26(00):おもへば生死の海ふかく 煩惱惡業波たかし 0000_,15,531b27(00):泥洹道のかの岸に いかにしてかは到るべき 0000_,15,531b28(00):妙法蓮華の船にのり 精進波羅蜜帆をあげて 0000_,15,531b29(00):妙吉祥尊楫を取り 解脱の風にぞまかすべき 0000_,15,531b30(00):無明住地の長き夜に 妄想顚倒夢ふかし 0000_,15,531b31(00):發心菩提のあかつきを いづれの程とか思ふべき 0000_,15,531b32(00):一念刹那のいさぎよき 心をわづかに發すにぞ 0000_,15,531b33(00):法性眞如の山の端に 毗盧の光りは見え給ふ 0000_,15,531b34(00):金銀瑠璃の寳塔を 恒沙の數まで立なめて 0000_,15,532a01(00):鈴鐸幡蓋かざるとも 終には塵とぞ成ぬべき 0000_,15,532a02(00):無上菩提の心をし 須臾刹那も發せれは 0000_,15,532a03(00):月日かさねて終りには 佛の悟りとなりぬなり 0000_,15,532a04(00):皆人はげみてしばらくも 無上道心おこすべし 0000_,15,532a05(00):此たびはかなく過しなは いづれの時とか思ふべき 0000_,15,532a06(00):無數の劫をは送れとも 佛の御法はききがたし 0000_,15,532a07(00):此世にあへるは淺ましき 浮木の龜とぞおもふべき 0000_,15,532a08(00):つらつら思へば誰とても 互ひに恩德あさからず 0000_,15,532a09(00):恩義をしれらん人はみな 萬づの人をぞ救ふべき 0000_,15,532a10(00):五道生死の間には 思ひ捨べき人もなし 0000_,15,532a11(00):鐵城泥犁の底にして 猛火の㷔に身を焦し 0000_,15,532a12(00):阿防羅刹の前に伏し 笞の下にてなきさけぶ 0000_,15,532a13(00):寒氷地獄の谷の底 はげしき氷に閉られて 0000_,15,532a14(00):溫和のあたたかなる空も 寒く悲しきめをぞ見る 0000_,15,532a15(00):飢饉餓鬼の城にして 久しく飮食名もきかず 0000_,15,532a16(00):畜生互爲殘害も おぼろげならねば免れず 0000_,15,532a17(00):おほよそ人中天上も 生老病死ぞ充ち滿る 0000_,15,532b18(00):これらの多の苦しみを 受るはむかしの親子也 0000_,15,532b19(00):いかにも方便めぐらして 生死を度さんと思ふべし 0000_,15,532b20(00):われらは底下の身なれども 大悲心をこころとせん 0000_,15,532b21(00):菩提心とはこれをいふ 瞿支がかゐごの鳴ける聲 0000_,15,532b22(00):佛のちかひとこれをいふ 龍子の七日におこす雲 0000_,15,532b23(00):發心畢竟二無別 如是二心先心難 0000_,15,532b24(00):自未得度先度他 是故我禮初發心 0000_,15,532b25(00):願以此功德 普及於一切 0000_,15,532b26(00):我等與衆生 皆共成佛道 0000_,15,532b27(00): 0000_,15,532b28(00):大治三年歳次戊申八月六日 沙門珍海書記 0000_,15,532b29(00):文永五年戊辰五月十九日 校合畢