0000_,17,090a01(00):法然上人傳
0000_,17,090a02(00):
0000_,17,090a03(00):そののち鴈塔をたてて鳧鐘をならし又烏瑟の妙相を
0000_,17,090a04(00):あらはして鷲嶺の眞文を開題し鷲子が智辨をむかへ
0000_,17,090a05(00):てとりの方にをくらむことをねかひ僧衆を招請して
0000_,17,090a06(00):九品の妙果をいのり施行をいとなみて非人の餓をや
0000_,17,090a07(00):すむこれ即過去幽靈成等正覺のためなり
0000_,17,090a08(00):
0000_,17,090a09(00):ととまらぬ月日なれは中陰もやうやくすきぬわかれ
0000_,17,090a10(00):のなみたはかはくときなけれともなき人のおもかけ
0000_,17,090a11(00):はいやとをさかりゆくにつけてもかなしさはなをせ
0000_,17,090a12(00):んかたなし小兒はちちの遺言をわすれす入學のため
0000_,17,090a13(00):にとて當國菩提寺の院主觀覺得業か坊におくりぬ得
0000_,17,090a14(00):業うけとりて内外典の文ををしうるにさとくならへ
0000_,17,090a15(00):ること心やすし
0000_,17,090a16(00):
0000_,17,090a17(00):得業この小兒をみるたひに聰明利智にして一ををし
0000_,17,090b18(00):うるに萬をしるたた人にあらすとて天養二年の比生
0000_,17,090b19(00):年十三のとし比叡山延曆寺へのほせつかはすへきよ
0000_,17,090b20(00):しを得業小兒を母のもとにくしてゆきていとまをこ
0000_,17,090b21(00):はするになき人のなこりとてまたなきかたみなれは
0000_,17,090b22(00):朝夕みまほしく身をはなつへき心ちもし侍ぬにはる
0000_,17,090b23(00):はると雲井のよそになりなはなき人のわかれにうち
0000_,17,090b24(00):そひてさらになからふへき心地もし侍らしとてゆる
0000_,17,090b25(00):さぬもことはりなから大師釋尊は王宮をいてて檀德
0000_,17,090b26(00):山にいりたまふ眞如親王は宮城をはなれて西海のな
0000_,17,090b27(00):みにしつみ給き是皆棄恩入無爲眞實報恩者のことは
0000_,17,090b28(00):り也なと觀覺もつともになくさめ侍けることはりに
0000_,17,090b29(00):まけてなくなくゆるしてけれは兒もみやこへのほり
0000_,17,090b30(00):侍ことは心つよくおもひたちなからまたならはぬた
0000_,17,090b31(00):ひなれはかねても心ほそくあはれに侍けり母もゆ
0000_,17,090b32(00):るしなからもとをさかるへきなこり袖よりあまる涙
0000_,17,090b33(00):の露はをき所なくそみへ侍ける觀覺もなこりををし
0000_,17,090b34(00):みつつ本山にをくるところにつくりみちにて殿下鳥
0000_,17,091a01(00):羽殿への御出にまいりあゑり小童下馬したりけるを
0000_,17,091a02(00):御覽するにたいはいまなしりよりはしめて凡たた物
0000_,17,091a03(00):にあらすいかなるものそと御たつねありけれはしか
0000_,17,091a04(00):しかのものの子にてなん侍る學問のために登山する
0000_,17,091a05(00):よしをそおそるるところなくまうしける殿ふしきの
0000_,17,091a06(00):ものにおほしめして御ゑしやくありてすきさせ給ぬ
0000_,17,091a07(00):得業叡山にをくる狀には大聖文殊像一體をくりたて
0000_,17,091a08(00):まつるとかきたりけれはかの像をたつぬるに小童な
0000_,17,091a09(00):り奇異のおもひに住しぬ
0000_,17,091a10(00):
0000_,17,091a11(00):
0000_,17,091a12(00):
0000_,17,091a13(00):
0000_,17,091a14(00):
0000_,17,091a15(00):
0000_,17,091a16(00):
0000_,17,091a17(00):
0000_,17,091b18(00):法然上人傳
0000_,17,091b19(00):
0000_,17,091b20(00):近衞院御宇久安三年仲冬のころ延曆寺にして出家則
0000_,17,091b21(00):大乘戒をうけて比丘僧となり給其後功德院の阿闍梨
0000_,17,091b22(00):皇圓に天台六十卷を傳受して止觀の義理をさとりた
0000_,17,091b23(00):まひぬ
0000_,17,091b24(00):
0000_,17,091b25(00):おなしき六年生ねん十八のとしより道念やうやくお
0000_,17,091b26(00):こるあひた黑谷の上人叡空の禪室にたつねいたる上
0000_,17,091b27(00):人發心のはしめをとひ給に先考已卒のときより多年
0000_,17,091b28(00):住山の今にいたるまて世上の無常をみきくにかなし
0000_,17,091b29(00):み銘肝すなと申つつけらるれはさては法然具足のひ
0000_,17,091b30(00):しりにこそとのたまふけるよりそ名はつき給にける
0000_,17,091b31(00):かくしつつ遁世したまふにけれはしつかに華嚴經を
0000_,17,091b32(00):轉讀せらるるに虵いてきたるをみて弟子源空上人あ
0000_,17,091b33(00):やしみおそるる夜のゆめになむちおそるる心なかれ
0000_,17,091b34(00):われは上人守護の靑龍なりといふ又暗夜に經論みた
0000_,17,092a01(00):まふに光明室をてらすことひるのことし末代の不思
0000_,17,092a02(00):儀上古にもありかたくや侍へき
0000_,17,092a03(00):
0000_,17,092a04(00):後白河院御宇保元元年求法のために嵯峨栖霞寺に參
0000_,17,092a05(00):籠藏順贈僧正に法相宗を學し給に師範かへりて上人
0000_,17,092a06(00):に歸す又大納言律師寬雅に三論宗を學したまふまた
0000_,17,092a07(00):眞言敎にいりて道塲觀を修したまふ五相成身の觀行
0000_,17,092a08(00):たちところにあらはし給けりかやうのことともを法
0000_,17,092a09(00):皇きこしめされて御招請ありて終日の御談儀あり法
0000_,17,092a10(00):門さとりのをもむき御かむあさからす卿相雲客も心
0000_,17,092a11(00):ある人は感涙をさへかたし
0000_,17,092a12(00):
0000_,17,092a13(00):上人諸宗のむねをさくり見給に諸敎所讃多在彌陀の
0000_,17,092a14(00):妙偈をえてより濁世の凡夫生死をはなるる敎たた淨
0000_,17,092a15(00):土の要門にしかすとおもひさためて高倉院御在位安
0000_,17,092a16(00):元元年御とし四十三より毎日七萬遍の念佛をこたり
0000_,17,092a17(00):なくつとめ給また門弟にもこの行をさつけらる道俗
0000_,17,092b18(00):にもおなしくこれをすすめ給それよりのち善導和尚
0000_,17,092b19(00):御こしよりしもは金色にて夜なよなきたりたまひて
0000_,17,092b20(00):のりをとき給を畵師にあつらへて影像をうつしとと
0000_,17,092b21(00):め給けり
0000_,17,092b22(00):
0000_,17,092b23(00):
0000_,17,092b24(00):上人あるゆふくれの事なるにひろえんにむかひ念佛
0000_,17,092b25(00):して有けるにみたの三尊繪さうにもあらす木像にも
0000_,17,092b26(00):あらす垣をはなれて天にもつかす地にもつかすして
0000_,17,092b27(00):おはしましける其後拜見したまひ御言葉をかはした
0000_,17,092b28(00):まふ事度度なりけり
0000_,17,092b29(00):
0000_,17,092b30(00):法眼顯眞おほはらに居住のとき諸宗の學者をのをの
0000_,17,092b31(00):群集してたかひに自宗のむねをのへほこさきをあら
0000_,17,092b32(00):そふきさみ上人諸敎まことに殊勝なりといへとも濁
0000_,17,092b33(00):世の凡夫のため散心念佛もとも機にあひかなへるよ
0000_,17,092b34(00):しを談し申さるるに顯眞涙をなかしてみつから香爐
0000_,17,093a01(00):をとり行道して高聲念佛諸宗の人人おなしく三晝夜
0000_,17,093a02(00):勤行のついてに湛叡上人來迎院に不斷念佛を始行せ
0000_,17,093a03(00):らるこれおほはらの念佛のはしめなり
0000_,17,093a04(00):
0000_,17,093a05(00):法眼和尚位顯眞。法印權大僧都智海。法印權
0000_,17,093a06(00):大僧都靜嚴。法印權大僧都證眞。權少僧都明
0000_,17,093a07(00):遍。法眼和尚位靜然。藏人入道。蓮契。念佛
0000_,17,093a08(00):房。湛叡上人。
0000_,17,093a09(00):上西門院の御所には大原の念佛の事をきこしめされ
0000_,17,093a10(00):殊勝におほしめし源空上人をめされ淨土の勘文を御
0000_,17,093a11(00):物かたりありけれは上下かんるいをなかしける其後
0000_,17,093a12(00):七日の御説法有へきよし御けいやくありけり實に有
0000_,17,093a13(00):かたかりける事ともなり
0000_,17,093a14(00):
0000_,17,093a15(00):上人上西門院の御所にめされて七ケ日説戒のとき前
0000_,17,093a16(00):裁の草むらのなかにおほきなるくちなはありけり日
0000_,17,093a17(00):ねもすにはたらかす殆聽問の氣色なりみる人あやし
0000_,17,093b18(00):み思ほとに七ケ日のあひたあからさまにもはたらか
0000_,17,093b19(00):す結願の日にあたりてこのくちなはからかきのうへ
0000_,17,093b20(00):にのほりて死ににけりそのかしらふたつにわれにけ
0000_,17,093b21(00):るなかより蝶のことくなる物とひ出とみる物も侍けり
0000_,17,093b22(00):或はまた天人ののほるとみる人もありけりたたかし
0000_,17,093b23(00):らはかりわれて死にたりとみるものも侍けるとかや
0000_,17,093b24(00):凡かの戒法聽聞の薰修によりて則畜生の苦患をはな
0000_,17,093b25(00):れたちまちに天上の果報を得けるにやと覺も侍こそ
0000_,17,093b26(00):末代といへともことにたとく侍れ
0000_,17,093b27(00):