0000_,17,241a01(00):卷一 0000_,17,241a02(00): 0000_,17,241a03(00):盖以三世におほく佛出給ひて若干衆生をすくひまし 0000_,17,241a04(00):ます賢劫の千佛第四に南州中印度に淨飯王の御宇癸 0000_,17,241a05(00):丑七月十五日にきさきの夢に金色の天子白馬に乘て 0000_,17,241a06(00):右の脇に入給と見て次年甲寅四月八日佛出胎のとき 0000_,17,241a07(00):寶蓮御あしをうけて七步を行し給て唱て云天上天下 0000_,17,241a08(00):唯我獨尊三界皆苦我當安足と震旦には周昭王日本に 0000_,17,241a09(00):は鸕鴳草葺不合の御こと八十三萬四千三十六年甲寅 0000_,17,241a10(00):に相當ふたたひ往事をかへりみれは悉達太子十九に 0000_,17,241a11(00):して城をこへ三十にして成道し給て一代五時の説法 0000_,17,241a12(00):し給ける事は聞ものはおほけれとも達するものはす 0000_,17,241a13(00):くなしつたふるものはおほけれ共さとるものはまれ 0000_,17,241a14(00):なり此ゆへに末代の我等かために阿難唱導して復説 0000_,17,241a15(00):せしむるに相好あらたに如來のことし四辨八音鮮にし 0000_,17,241a16(00):て辨泉なかれみなきり五百の羅漢筆をそめて一點を 0000_,17,241a17(00):おとさす記し給へるを正法千年五天竺に盛にして尸 0000_,17,241b18(00):那國には漢の明帝に摩騰迦竺法蘭優陀演王宮に現し 0000_,17,241b19(00):給し白の佛像をむかへたてまつり給に佛像大光明 0000_,17,241b20(00):を放給き漢の永平七年甲申にあたれり同十年丁亥白 0000_,17,241b21(00):馬寺をたてられそれよりこのかた四百八十餘歳を過 0000_,17,241b22(00):て本朝の　欽明天皇の御時むまやとの王子四天王寺 0000_,17,241b23(00):を建立し給へりそののち　聖武天皇東大寺を建立し 0000_,17,241b24(00):給て佛法興隆すあたかも在世にことならすして良久 0000_,17,241b25(00):しくなりにけり如來滅後二千八十年人皇七十五代 0000_,17,241b26(00):崇德院の御宇に父美作國久米の押領使漆間朝臣時國 0000_,17,241b27(00):母秦氏子なき事をうれへて夫妻心をひとつにしてつ 0000_,17,241b28(00):ねに佛神に祈る妻の夢に剃刀をのむと見てはらみぬ 0000_,17,241b29(00):夢みるところをもつて夫にかたる夫のいはく汝かは 0000_,17,241b30(00):らめる子さためて男子にて一朝の戒師たるへき表事 0000_,17,241b31(00):也今よりこのかたその母ひとへに佛法に歸して出胎 0000_,17,241b32(00):の時にいたるまて葷腥ものをくはす長承二年癸丑四 0000_,17,241b33(00):月七日午正中におほへすして誕生するとき二のはた 0000_,17,241b34(00):天よりふる奇異の瑞相也權化の再誕なりみるものた 0000_,17,242a01(00):なこころをあはす四五歳より後其心成人のことし同 0000_,17,242a02(00):稚の黨に逴躒せり人皆之を嘆歡す又ややもすれはに 0000_,17,242a03(00):しのかたにむかふくせあり親疎みてあやしむいま法 0000_,17,242a04(00):然上人と號する是也上人十三にして叡山の雲によち 0000_,17,242a05(00):のほりて天台の金花にほひをほとこし二九にして黑 0000_,17,242a06(00):谷の流をくみて佛法の玉泉に心をすますみつから經 0000_,17,242a07(00):藏に入て一切經をひらきみること五遍爰に智證大師將 0000_,17,242a08(00):來の善導の觀經の疏四卷を見給ふに男女貴賤善人惡 0000_,17,242a09(00):人きらはす平生臨終行住座臥をゑらはす心を極樂に 0000_,17,242a10(00):かけて口に彌陀を唱もの必往生すといふ釋の心をみ 0000_,17,242a11(00):て生年四十三より一向專修に入自行化他ひとへに念 0000_,17,242a12(00):佛をこととす仍南都北嶺碩德みな上人の敎訓にしたか 0000_,17,242a13(00):ひ花洛砂塞の緇素あまねく念佛の一行に歸すこの故 0000_,17,242a14(00):に世こそりて智惠第一の法然得大勢至の化身とそ申 0000_,17,242a15(00):ける上人誕生のはしめより遷化の後に至るまて繪を 0000_,17,242a16(00):つくりて九卷とす 0000_,17,242a17(00):
産室、色旗二旒飜る圖
0000_,17,242b18(00):諸佛の世を利し給ふ機を鑒て益をほとこし日月の州 0000_,17,242b19(00):をてらす時をはかりてひかけをめくらす北州に日赫 0000_,17,242b20(00):たれは南州に影ちかつくより須彌の峰なる鷄可見 0000_,17,242b21(00):路かけろとなくはくらきやみやうやくはれてみち見 0000_,17,242b22(00):へぬへしと唱なり佛敎も正法千年は印度に盛にして 0000_,17,242b23(00):像法のはしめに漢土につたはり本朝　用明天皇の儲 0000_,17,242b24(00):君御手に舍利をにきりむまれ給ふ佛の御誕生になそ 0000_,17,242b25(00):らふへきか其ゆへは舍利現身に説法し神變を示し給 0000_,17,242b26(00):ふこと佛の如くなるをもつて我國の正法のはしめとす 0000_,17,242b27(00):へしたとへは父は都にして世をはやくし子は他國に 0000_,17,242b28(00):まよひてほとをへておとろく亡日は年序をへにけれ 0000_,17,242b29(00):共禁忌聞よりおこり孝養はあらたなれ共中陰はふる 0000_,17,242b30(00):きあとなり爰に一切衆生の父十萬里の西にかくれ其 0000_,17,242b31(00):子三ケ國の東にしのひしよりふち衣俄に色をかへた 0000_,17,242b32(00):るさま多羅葉のおもてに書給へる遺敎ひろしといへ 0000_,17,242b33(00):とも西方淨土の寶樹寶池の水木宮殿樓閣の有樣飯食 0000_,17,242b34(00):經行ゆたか也衣はそめはりぬはねとも春夏秋冬のか 0000_,17,243a01(00):さり藥は服しつけねとも心になやみ患なしかかる都 0000_,17,243a02(00):へさそはむと金烏雲の上よりかけり銀子の莵野の外 0000_,17,243a03(00):にほとはしる此地に襁褓の中より出て竹馬にむちう 0000_,17,243a04(00):ちてあそふところ 0000_,17,243a05(00):
竹馬戯遊の圖
0000_,17,243a06(00):保延七年辛酉春の比時國の朝臣夜うちのためにうた 0000_,17,243a07(00):るその敵は伯耆守源長明か男武者所定明是なり人よ 0000_,17,243a08(00):はて明石源内武者といふ是すなはち　堀川院御在位 0000_,17,243a09(00):の時のたきくち也殺害の造意は定明たかをかの庄の 0000_,17,243a10(00):執務年月をふるといへとも時國廳官として是を蔑如 0000_,17,243a11(00):して面謁せさる遺恨也彼夜討のとき母この少人をは 0000_,17,243a12(00):いたきて後薗の竹の中へわけかくるわりはさみのこ 0000_,17,243a13(00):やをもちて敵の中へいられたるに敵人明石武者のつ 0000_,17,243a14(00):らにしもたちぬ其疵露顯のあひた逐電しぬ人のちに 0000_,17,243a15(00):なつけてこやちこといふ 0000_,17,243a16(00):
敵人夜討時國遭難、敵人負傷の圖
0000_,17,243a17(00):時國ふかき疵をかうふりて今はかきりに成にけれは 0000_,17,243b18(00):九歳なる子にしめして云我はこのきすてにおはりな 0000_,17,243b19(00):んすしかりとはいへとも敵人をうらむることなかれこ 0000_,17,243b20(00):れ先世のむくひなりなを報答をおもふならは流轉無 0000_,17,243b21(00):窮にして世世生生にたかひに在在所所にあらそひて 0000_,17,243b22(00):輪廻たゆることは有へからす凡生あるものは死をいた 0000_,17,243b23(00):むわれ此疵をいたむ人またいたまさらむやわれ此命 0000_,17,243b24(00):をおしむあにおしまさらんや我身にかへて人の思を 0000_,17,243b25(00):知るへきなりむかしはからすしてものの命をころす 0000_,17,243b26(00):人ありけりつきの生にそのむくひをうくといへる願 0000_,17,243b27(00):は今生の妄縁をたちて彼宿意を忘ん意趣をやすめす 0000_,17,243b28(00):は何のよにか生死のきつなをはなれむ汝もし成人せ 0000_,17,243b29(00):は往生極樂を祈て自他平等の利益を思ふへしといひ 0000_,17,243b30(00):おはりて心をたたしくして西方にむかひて高聲念佛 0000_,17,243b31(00):し眠か如くにしておはりぬ 0000_,17,243b32(00):
遺誡臨終の圖
0000_,17,243b33(00):葬送中陰の間念佛報恩をおくりし刻廟塔をたてて鳬 0000_,17,243b34(00):鐘をならし烏瑟妙相をあらはして鷲嶺の眞文を開題 0000_,17,244a01(00):して鶖子か知辨をむかへて西方の寶池におくらんこと 0000_,17,244a02(00):をいのる 0000_,17,244a03(00):
追善の圖
0000_,17,244a04(00): 0000_,17,244a05(00): 0000_,17,244a06(00): 0000_,17,244a07(00): 0000_,17,244a08(00): 0000_,17,244a09(00): 0000_,17,244a10(00): 0000_,17,244a11(00): 0000_,17,244a12(00): 0000_,17,244a13(00): 0000_,17,244a14(00): 0000_,17,244a15(00): 0000_,17,244a16(00): 0000_,17,244a17(00): 0000_,17,244b18(00):卷二 0000_,17,244b19(00):向福寺琳阿彌陀佛 0000_,17,244b20(00):師匠の命によりて比叡山にのほるよし侍けるとて母 0000_,17,244b21(00):儀に暇をこひて云むかし大師釋尊とて十九の御とし 0000_,17,244b22(00):父の大王に忍てひそかに王宮を出給き今の小童は十 0000_,17,244b23(00):三にして生母にいとまを申て二親を佛道に入たてま 0000_,17,244b24(00):つらむそれ流轉三界中恩愛不能斷棄恩入無爲眞實報 0000_,17,244b25(00):恩者とうけたまはれはけふよりのちこひかなしみう 0000_,17,244b26(00):らみおほしめすへからす三河のかみ大江定基は出家 0000_,17,244b27(00):して大唐にわたり侍し時老母にゆるされをかふむり 0000_,17,244b28(00):てこそ彼國にして圓通大師の號をかふふり本朝に名 0000_,17,244b29(00):をもあけしかゆめゆめおしみおほしめすへからすな 0000_,17,244b30(00):とかきくときの給しかは母ことはりにおほしてみと 0000_,17,244b31(00):りなるかみをかきなててなみたはかりそいたたきに 0000_,17,244b32(00):そそきける今おもひあはすれば秘密灌頂とかやにそ 0000_,17,244b33(00):物はいはすして頂に水をはそそくと申はか樣の事に 0000_,17,244b34(00):や侍らん 0000_,17,245a01(00):かたみとてはかなきおやのととめてし 0000_,17,245a02(00):このわかれさへまたいかにせむ 0000_,17,245a03(00):此ことはりを觀覺こそ申さまほしく侍をこまこまと 0000_,17,245a04(00):ありありしくおほせこと侍るめれはそれにつけてもか 0000_,17,245a05(00):しこくのみ御學問のよしをもをもひより侍けるむか 0000_,17,245a06(00):し晋の叡公いとけなくして法花經翻譯の時師匠の人 0000_,17,245a07(00):天接のこと葉かきわつらひ給けるさかしら思合られて 0000_,17,245a08(00):あはれにこそ侍れ母うめる子にをしへらると悉達母 0000_,17,245a09(00):のために摩耶經をとき給ひけむもさこそとよろつを 0000_,17,245a10(00):しのひてちかくはあたか人とならん事をまちとをく 0000_,17,245a11(00):は佛にならむまてをこそなき人のためにはつちのあ 0000_,17,245a12(00):なをほりても申入侍らめされとも有爲の習しのひか 0000_,17,245a13(00):たく浮生のわかれまよひやすし昔釋尊の御わかれに 0000_,17,245a14(00):は得道の羅漢深位の菩薩悲歎の色にたへすまして女 0000_,17,245a15(00):の身にていかに申のへかたく侍にや 0000_,17,245a16(00):
母子訣別。上洛登途圖
0000_,17,245a17(00):夫以天台山は桓武の聖主に傳敎大師ちかひを鷲嶺の 0000_,17,245b18(00):月にをこし法を馬臺の風にひろめ天皇平安城ををし 0000_,17,245b19(00):ひらいて百王の社稷を泰し大師延曆寺をたてて一乘 0000_,17,245b20(00):の垂迹を專にしき佛法王法互に衞護をいたし一乘萬 0000_,17,245b21(00):乘共に同遍を期す故人いへる事ありまつりことしけ 0000_,17,245b22(00):くては神よろこひ芝かれては蘭なく物のあひ感する 0000_,17,245b23(00):事草木もしかなりといへり仍山門には一すちに君と 0000_,17,245b24(00):國とを祈たてまつり皇帝ふた心ましまさす法と人と 0000_,17,245b25(00):をはこくみをはします因縁靈山のむかしよりふかく 0000_,17,245b26(00):芳契朝野のいまにあつし爰こやちこ登山のときつく 0000_,17,245b27(00):りみちにして月輪殿の御出にまいりあひたてまつり 0000_,17,245b28(00):てかたはらにたちより給ひけるを御車よりいかなる 0000_,17,245b29(00):おさなきものにかと御尋ありけれは小童のをくりに 0000_,17,245b30(00):侍りける僧美作の國より學問のために比叡山へまか 0000_,17,245b31(00):りのほる小童にて侍よし申けれはちかくめしてよく 0000_,17,245b32(00):よく學問せらるへし學生になり給はば師匠に賴おほ 0000_,17,245b33(00):しめすへきよし念比に御契ありけりまことに御宿縁の 0000_,17,245b34(00):ふかき程もいとあはれにこそ 0000_,17,246a01(00):（童兒入洛殿下邂逅の圖） 0000_,17,246a02(00):はしめて登山の時ひさしの得業觀覺か狀云進上大聖 0000_,17,246a03(00):文殊の像一體天養二年乙丑月日觀覺か上西塔北谷持 0000_,17,246a04(00):法房の禪下源光この消息を披閲して文殊の像を相た 0000_,17,246a05(00):つぬるところに生十三の少人はかりをさきにたてて 0000_,17,246a06(00):のほるよて奇異の思に住して一文をさつくるに十義 0000_,17,246a07(00):をさとる次第誠にただ人にあらす 0000_,17,246a08(00):
登山。源光對面の圖
0000_,17,246a09(00):源光の云われは是愚鈍の淺智也此奇童の提撕にたら 0000_,17,246a10(00):すすへからく業を碩學にうけて圓宗の義をきはむへ 0000_,17,246a11(00):しとの給て則功德院の阿闍梨はあはたの關白四代の 0000_,17,246a12(00):うち三河權守重兼か嫡男少納言資隆朝臣の長兄隆覺 0000_,17,246a13(00):律師伯父皇覺法橋の弟子一寺の名匠緇徒の龍象なり 0000_,17,246a14(00):闍梨この兒の器量群にて天下の法燈たるへき事を 0000_,17,246a15(00):悅て殊愛翫す奇童おしへをうけてしるところ日日に 0000_,17,246a16(00):おほしつゐに久安三年丁卯中冬に生年十五にして登 0000_,17,246a17(00):壇受戒十六歳の春初て本書をひらきて夜を日につき 0000_,17,246b18(00):ももをさしねふりをわすれて十八歳の秋に至るまて 0000_,17,246b19(00):三箇年の籠居ををくりて六十卷の披覽をきはむ惠解 0000_,17,246b20(00):天性にしてをとをと師の授にこへたり闍梨いよいよ 0000_,17,246b21(00):感嘆して云まけて講説をつとめまさに大業をとけて 0000_,17,246b22(00):圓宗の棟梁たるへしと度度念比にすすむれともさら 0000_,17,246b23(00):に承諾のこと葉なくして忽に遁世の色有師此こころ 0000_,17,246b24(00):さしの深き事を知て云汝しからは黑谷に住して慈眼 0000_,17,246b25(00):坊を師とせよ彼慈眼房叡空眞言と大乘律とにをきて 0000_,17,246b26(00):は當時たくひなき明匠なりといひて則あひ具して叡 0000_,17,246b27(00):空上人の室にいたりぬつふさに彼素意をのふ叡空聞 0000_,17,246b28(00):て隨喜す 0000_,17,246b29(00):
剃髮の圖
0000_,17,246b30(00):件の阿闍梨自身の分際をはからふに輙此たひ生死を 0000_,17,246b31(00):いつへからす若度度生をかへは隔生即忘の故に定て 0000_,17,246b32(00):佛法を忘れなむ歟しかし長命の報をうけて慈尊の出 0000_,17,246b33(00):世にあひたてまつらむと思ひて命なかきものをかむ 0000_,17,246b34(00):かふるに鬼神よりも虵道はまされりとて虵にならむ 0000_,17,247a01(00):とするに大海は中夭あるへししつかに池にすまむと 0000_,17,247a02(00):思ひて遠江國かさはらの庄さくら池といふ所あり領 0000_,17,247a03(00):家にかの池を申こひてちかひにまかせて死期の時水 0000_,17,247a04(00):をこひて掌に入てをはりにけり然に彼池風ふかすし 0000_,17,247a05(00):て俄に大浪たちて池の中のちりことことくはらひあ 0000_,17,247a06(00):く諸人是を見て則此よしをしるして領家にふれ申そ 0000_,17,247a07(00):の時日をかんかふるにかの阿闍梨逝去の日也智惠あ 0000_,17,247a08(00):るかゆへに生死のいてかたき事をしり道心あるか故 0000_,17,247a09(00):に佛の出世にあはん事をねかふ然といへとも今に淨 0000_,17,247a10(00):土の法門をしらさるゆへにかくのことくの意樂に住 0000_,17,247a11(00):するなり我其時に此法門をたつねゑたらましかは信 0000_,17,247a12(00):不信はしらす申侍なましその故は極樂往生の後は十 0000_,17,247a13(00):方の國土心にまかせて經行し一切諸佛思ひにしたか 0000_,17,247a14(00):ひて供養す何そ強に穢土に久處する事をねかはむや 0000_,17,247a15(00):彼阿闍梨は遙に慈尊三會の曉を期して五十六億七千 0000_,17,247a16(00):萬歳の間此池に住給はむとて上人常に悲給き當時に 0000_,17,247a17(00):いたるまて靜なる夜は振鈴のをときこゆとそ申傳は 0000_,17,247b18(00):へる上人後に彼池に尋て御渡ありけるに虵うきいて 0000_,17,247b19(00):て物語ありけりと云云 0000_,17,247b20(00):
阿闍梨掌に水を入れて遷化　上人虵身の闍梨に對面の圖
0000_,17,247b21(00):久安六年庚午九月十二日上人生年十八にして初て黑谷 0000_,17,247b22(00):の叡空上人の深窓にいたる時上人出でむかひて發心 0000_,17,247b23(00):の由來を問給ふに親父の夜うちのために世をはやう 0000_,17,247b24(00):せしよりその遺言にまかせて遁世のよし思たちたる 0000_,17,247b25(00):次第つふさにかきくとき給けれはさては法然具足の 0000_,17,247b26(00):ひしりにこそおはすなれと侍しより法然といふ名を 0000_,17,247b27(00):はつき給けりいみ名は源空是すなはちはしめの師の 0000_,17,247b28(00):源光の初の字と後の師叡空の後の字とをとられたる 0000_,17,247b29(00):也夫黑谷の體たらく谷ふかくしてたかねきよしなか 0000_,17,247b30(00):れにくちすして人すみぬへし道ほそくしてあとかす 0000_,17,247b31(00):か也あとをくらくする輩なんそをらさらむしかのみ 0000_,17,247b32(00):ならす春の花夏の泉秋の月冬の雪四季の感興一處に 0000_,17,247b33(00):をのつから備へたり又甘菓ありかうはしき香ありう 0000_,17,248a01(00):へをささふるに煩なし本尊あり聖敎あり罪を懺する 0000_,17,248a02(00):にたのみあり名をのかれみちをたのしむ人爰をすて 0000_,17,248a03(00):て又何の所にかすまむ云云 0000_,17,248a04(00):
叡空上人と對面の圖
0000_,17,248a05(00):華嚴經披覽の時あやしけなる虵いて來を見て圓明善 0000_,17,248a06(00):信上人是ををそれ給ひける夜の夢にわれは是上人守 0000_,17,248a07(00):護のために靑龍の現する也更にをそれ給へからす法 0000_,17,248a08(00):花三昧修行の時普賢白象道塲に現す 0000_,17,248a09(00):
華嚴披覽法華修行の現瑞。一僧感夢の圖
0000_,17,248a10(00):眞言の敎門に入て道塲觀を修し給しに五相成身の觀 0000_,17,248a11(00):行忽にあらはし給ふ 0000_,17,248a12(00):
道塲觀修行瑞相鈴。鉢。杵三箇の圖
0000_,17,248a13(00):向福寺琳阿彌陀佛 0000_,17,248a14(00):南無阿彌陀佛 0000_,17,248a15(00): 0000_,17,248a16(00): 0000_,17,248a17(00): 0000_,17,248b18(00):卷三 0000_,17,248b19(00):向福寺琳阿彌陀佛 0000_,17,248b20(00):保元元年丙子上人生年廿四の春倩天台の一心三觀の法 0000_,17,248b21(00):門を案するに凡夫の得度たやすからは衆生の出離た 0000_,17,248b22(00):にもゆるさは縱小乘の倶舍婆沙なりとも學せむと思 0000_,17,248b23(00):て求法のために師匠叡空上人に暇をこひて修行に出 0000_,17,248b24(00):給ふとて先嵯峨の釋迦堂に七日參籠す是則一切衆生 0000_,17,248b25(00):の生死をはなれ罪惡凡夫の淨土に生すへき濫觴を大 0000_,17,248b26(00):師釋尊のこの方の發遣彌陀如來の彼方の來迎の敎門 0000_,17,248b27(00):この時にひろまり本願われらに熟すること上人の開悟 0000_,17,248b28(00):によりてあらはれ侍へきにや 0000_,17,248b29(00):
嵯峨淸凉寺參籠の圖
0000_,17,248b30(00):嵯峨より南都の僧正藏俊の許にて法相宗を談し給に 0000_,17,248b31(00):其義深妙にして不可思議なりけれは僧正かへりて上 0000_,17,248b32(00):人に歸して佛陀と稱して毎年に供養をのへ給ふ 0000_,17,248b33(00):
僧正と對談の圖
0000_,17,248b34(00):小乘戒は中河の少將の上人にしたかふて鑒眞和尚の 0000_,17,249a01(00):戒をうく慶雅法橋にあひて華嚴宗の法門の自解義を 0000_,17,249a02(00):述するに慶雅はしめには憍慢して高聲に論談す後に 0000_,17,249a03(00):は舌をまきてをす又大納言の法印寬雅にあひて 0000_,17,249a04(00):三論宗を談し給ふに宗のをきろをさくり師のふかき 0000_,17,249a05(00):心を達するに法印泪をなかし二字してかの宗の血脉 0000_,17,249a06(00):にわか名のうへに上人の名を書給時の人ことわさに 0000_,17,249a07(00):云智惠第一の法然房といへりまことなるかなや 0000_,17,249a08(00):
法印血脉書籍相承の圖
0000_,17,249a09(00):凡南都北嶺にして諸宗の心をうかかふに天台の一心 0000_,17,249a10(00):三觀の法にいてすみな凡夫たやすく生死を出へき法 0000_,17,249a11(00):にはあらすよて本山黑谷に還住して報恩藏に入て一 0000_,17,249a12(00):代五時の諸經はしめ花嚴の法界唯心阿含の四諦縁生 0000_,17,249a13(00):方等の彈呵褒貶般若の染淨虚融法花の唯一佛乘醍醐 0000_,17,249a14(00):捃拾の妙藥惣して自他諸宗の經論章疏眞言止觀のを 0000_,17,249a15(00):きろ心を三觀の彌陀にあらはしてこころさしを九品 0000_,17,249a16(00):の淨界にすまし給ふことのはしめは　高倉院の御宇安 0000_,17,249a17(00):元元年乙未行年四十三の時凡夫出離の要道のために經 0000_,17,249b18(00):藏に入て一切經五遍披見之時善導觀經の疏四卷披見 0000_,17,249b19(00):し給に極樂國土を高妙の報土と定て往生の機分を垢 0000_,17,249b20(00):障の凡夫と判せられたり爰に奇異の思をなして別し 0000_,17,249b21(00):て又彼の疏を三遍ひらき見るに第四卷にいたりて一 0000_,17,249b22(00):心專念彌陀名號行住坐臥不問時節久近念念不捨者是 0000_,17,249b23(00):名正定之業順彼佛願故と云へる文に付て年來所修の 0000_,17,249b24(00):餘宗をなけすててひとへに一向專修に歸して毎日七 0000_,17,249b25(00):萬遍の念佛をとなへてあまねく道俗貴賤をすすめ給 0000_,17,249b26(00):へり 0000_,17,249b27(00):
閲藏。善導來現の圖
0000_,17,249b28(00):阿彌陀佛稱名を本願とたて給へる故をもつてこの故 0000_,17,249b29(00):に稱名にすくるる行あるへからすと上人たて給とき 0000_,17,249b30(00):師範叡空上人云觀佛はすくれ稱名はおとれはなりと 0000_,17,249b31(00):いふ上人なを念佛すくれたる義をたて給ふ叡空はら 0000_,17,249b32(00):たちて拳をにきりて上人のせなかをうちて先師良忍 0000_,17,249b33(00):上人も觀佛はすくれたりとこそ仰られしかとの給上 0000_,17,249b34(00):人云良忍上人もさきにこそむまれ給たれと爰に叡空 0000_,17,250a01(00):上人いよいよはらたちてくつぬきにおりてあしたを 0000_,17,250a02(00):とりて又うち給聖人云聖敎をはよくよく御覽候はて 0000_,17,250a03(00):とあはれなりしこと也 0000_,17,250a04(00):
觀稱優劣論談。叡空枕を　もつて打たんとするの圖
0000_,17,250a05(00):かくて叡空上人臨終の時讓狀を書て上人聖敎往來等 0000_,17,250a06(00):をゆつりてをはり給ぬやや久しく有てよみかへる讓 0000_,17,250a07(00):狀をこひて別紙に進上のことはをくわへてゆつられお 0000_,17,250a08(00):はりぬさためて冥途にさた侍けるかと申あはれける 0000_,17,250a09(00):
叡空上人臨末讓狀書き與ふるの圖
0000_,17,250a10(00):暗夜に經卷を見給に灯明なけれども室のうちをてら 0000_,17,250a11(00):すことひるのことし信空上人おなしくそのひかりを見 0000_,17,250a12(00):る 0000_,17,250a13(00):（此處畵圖を缺く） 0000_,17,250a14(00):治承四年庚子十二月廿八日東大寺炎上の後大勸進のさ 0000_,17,250a15(00):たのあひた當世におきては法然房源空かの精撰にあ 0000_,17,250a16(00):たれりと人おほくののしる　後白河法皇此事をきこ 0000_,17,250b17(00):しめされて勸進たるへき旨先右大辨藤原行隆朝臣を 0000_,17,250b18(00):もて内内仰らるるに上人したいして云貧道もとより 0000_,17,250b19(00):山門の交衆をやめて林叢の幽栖をよみする事はしつ 0000_,17,250b20(00):かに佛道を修行して順次に生死をはなれむかため也 0000_,17,250b21(00):もし大勸進の職にをらは劇務萬端にして自行さため 0000_,17,250b22(00):てすすみかたらむか自行すすますは往生とけかたか 0000_,17,250b23(00):らんいまにおきてはひとへに淨土の法をのへ自のた 0000_,17,250b24(00):めは專稱名の行を修してこの二のほかには他のいと 0000_,17,250b25(00):なみなからむと思ふと云云行隆朝臣その志をしりて 0000_,17,250b26(00):かの詞を奏す　法皇重て仰せて云若然者器量の仁あ 0000_,17,250b27(00):らは奏申されへし上人申給はくしはらく案してすな 0000_,17,250b28(00):はち春乘重源上人醍醐におはしけるをよひくたして 0000_,17,250b29(00):云法皇より東大寺の大勸進の器量の仁御尋あり召に 0000_,17,250b30(00):かなひてむやいなや重源左右なく領承によりて奏達 0000_,17,250b31(00):せらる　法皇きこしめしよろこひて大勸進職に補せ 0000_,17,250b32(00):られおはりぬ補して後上人の給はく重源大勸進にた 0000_,17,250b33(00):る事一定の權者かなと云云 0000_,17,251a01(00):
朝臣來問並重源來謁の圖
0000_,17,251a02(00):文治二年の比天台顯眞座主の御許より使者を法然上 0000_,17,251a03(00):人へつかはされて云登山の次に必見參をとけて申承 0000_,17,251a04(00):へき事侍り音信せしめ給へと仍坂本にいたるよしし 0000_,17,251a05(00):めす座主くたりて對面せしめてとて云今度いかてか 0000_,17,251a06(00):生死を解脱し侍へき答云何樣にも御斗にはすくへか 0000_,17,251a07(00):らす又云まことにしか也但先達におはしませはもし思 0000_,17,251a08(00):ひ定給へる旨あらはしめし給へその時自身のために 0000_,17,251a09(00):は聊思ひ定たるむね侍りたたはやく往生極樂をとけ 0000_,17,251a10(00):むと也又云順次往生とけかたきによて此尋をいたす 0000_,17,251a11(00):いかかやすく往生をとけむや答云成佛はかたしとい 0000_,17,251a12(00):へとも往生はえやすし道綽善導の御心によらは佛の 0000_,17,251a13(00):本願をあふひて強縁とするか故に凡夫淨土に生すと 0000_,17,251a14(00):云云其後さらに言説なくして上人歸給ひて後に座主 0000_,17,251a15(00):の御詞に云法然房は智惠深遠なりといへとも聊偏執 0000_,17,251a16(00):のとかありと云云又人來て是をかたるわかしらさる 0000_,17,251a17(00):こといふには必疑心をおこすなり座主此事を聞てまこ 0000_,17,251b18(00):とにしか也と云くわれ顯密の敎におきて稽古をつむ 0000_,17,251b19(00):といへとも併名利のためにて淨土をこころさささり 0000_,17,251b20(00):けりかるかゆへに道綽善導の釋をうかかはす法然房 0000_,17,251b21(00):にあらすは誰人かかくのことき事をいはむ此こと葉を 0000_,17,251b22(00):はちて大原に隱居て百日のほと淨土の章疏を見給へ 0000_,17,251b23(00):りしかうしてのちにわれすてに淨土の法門をみたて 0000_,17,251b24(00):侍り來臨し給へ談したてまつるへしとて座主かねて 0000_,17,251b25(00):只我一人聽聞すへきにあらす處處の智者請しあつめ 0000_,17,251b26(00):んとさためて大原龍禪寺に集會して後法然上人を啒 0000_,17,251b27(00):請するに左右なく來給へり喜悅きはまりなし上人の 0000_,17,251b28(00):御方には東大寺の上人ゐなかれ給へり座主の御かた 0000_,17,251b29(00):には光明山の僧都明遍東大寺三論宗の長者なり侍從 0000_,17,251b30(00):已講貞慶笠置の解脱房なり印西上人大原本生房湛歟 0000_,17,251b31(00):この人人をはいひくちにさためらる嵯峨の往生院の 0000_,17,251b32(00):念佛房天台宗の人なり大原の來迎院の明定坊蓮慶天 0000_,17,251b33(00):台宗の人也蓮契上人弟子十餘人山門久住の人人には 0000_,17,251b34(00):法印大僧都智海法印權大僧都證眞共に天台の碩學也 0000_,17,252a01(00):靜嚴法印覺什僧都淨然法印仙基律師等の外妙覺寺上 0000_,17,252a02(00):人菩提山の藏人入道佛心長樂寺定蓮坊八坂の大和入 0000_,17,252a03(00):道見佛松林院の淸淨房さくらもとの究法房つふさな 0000_,17,252a04(00):る數三百餘人なりその時上人淨土宗義理念佛の功德 0000_,17,252a05(00):彌陀本願の旨を明にこそ説給ふにいひくちとさため 0000_,17,252a06(00):たる本生房默然として信伏しをはりぬ集會の人人こ 0000_,17,252a07(00):とことく歡喜の涙をなかしひとへに歸伏す法藏比丘 0000_,17,252a08(00):のむかしより彌陀如來の今に至るまて本願の趣往生 0000_,17,252a09(00):の子細くらからす是をとき給とき三百餘人一人とし 0000_,17,252a10(00):て疑ふ事なし人人虚空にむかへるか如し言語を出す 0000_,17,252a11(00):人なし碩德達ほめて云かたちを見れは源空上人まこ 0000_,17,252a12(00):とは彌陀如來の應現かとうたかふ座主みつから香爐 0000_,17,252a13(00):をとりて持佛堂にして旋遶行道して高聲念佛を唱へ 0000_,17,252a14(00):給ふに南北の明將西土の敎に歸し老若の諸人心中の 0000_,17,252a15(00):まことをこらしてをのをの異口同音に三日三夜の間 0000_,17,252a16(00):たゆることなく高聲念佛す座主一の大願をおこし給へ 0000_,17,252a17(00):り此寺に五の坊をたて一向專念の行を相續せむ稱名 0000_,17,252b18(00):のほかにさらに餘行をましへす一度はしめてよりこ 0000_,17,252b19(00):のかた今に退轉せす此門に尋入て後に妹の尼御前を 0000_,17,252b20(00):すすめむかために念佛勸進の消息といへる是也湛歟 0000_,17,252b21(00):上人の發起にて來迎院勝林院等に不斷念佛をはしめ 0000_,17,252b22(00):らる是よりこのかた洛中邊土處處の道場に修し勤さ 0000_,17,252b23(00):る所なし大佛の上人一の意樂をおこして云此國の道 0000_,17,252b24(00):俗閻魔宮にひさまつかむとき交名をとはれは其時佛 0000_,17,252b25(00):名を唱へしめむかためにあみた佛をまつ我名をは南 0000_,17,252b26(00):無阿彌陀佛云云我朝に阿彌陀佛名の流布する事は此 0000_,17,252b27(00):時よりはしまれり 0000_,17,252b28(00):
大原談義並行道念佛の圖
0000_,17,252b29(00):高野の明遍僧都上人御造の選擇集を見てよき文にて 0000_,17,252b30(00):侍れとも偏執なる邊ありと云云其後夢に見給天王寺 0000_,17,252b31(00):の西門に病者かすもしらすなやみふせり一人の聖あ 0000_,17,252b32(00):りて鉢にかゆを入て貝をもちて病人の口口ことにい 0000_,17,252b33(00):る誰人そと問へはある人答云法然上人也といふと見 0000_,17,252b34(00):てさめぬ僧都おもはくわれは選擇集を偏執の文なり 0000_,17,253a01(00):と思ひつるを夢にしめし給へるへしこの上人は機を 0000_,17,253a02(00):しり時をしりたる聖にてましける病人の樣ははしめ 0000_,17,253a03(00):には柑子橘梨子ていのものを食すれ共はてにはそれ 0000_,17,253a04(00):もととまりぬ後にはうきうきをもて廅をうるをす 0000_,17,253a05(00):はかりに命をひかへて侍なりこの樣に一向に念佛を 0000_,17,253a06(00):勸られたるこれにたかはす五濁濫漫の世には佛の利 0000_,17,253a07(00):益も次第に减すこの頃はあまりに世くたりて我等は 0000_,17,253a08(00):重病のものの如し三論法相の柑子たちはなもくはれ 0000_,17,253a09(00):す眞言止觀の梨子もくはれねは念佛三昧のうきうき 0000_,17,253a10(00):にして生死を出へきなりけりとて上人に參て懺悔し 0000_,17,253a11(00):專修念佛門に入給にけり 0000_,17,253a12(00):
明遍感夢の圖
0000_,17,253a13(00):またある時明遍僧都善光寺參詣のついてに小松殿の 0000_,17,253a14(00):坊に參して上人に問て云末代惡世の罪濁の我等いか 0000_,17,253a15(00):にして生死をはなれ侍へきや上人答云彌陀の名號を 0000_,17,253a16(00):稱して淨土に往生をするこれをもて其肝心とするな 0000_,17,253a17(00):りと明遍愚案如此信心を決定せむかためにかさねて 0000_,17,253b18(00):此問をいたす也そもそも念佛の時心の散亂するをは 0000_,17,253b19(00):如何し侍へきや上人の給く欲界の散地に生をうけた 0000_,17,253b20(00):るものの心あに散亂せさらむや其條は源空も力をよ 0000_,17,253b21(00):はす唯心は散亂すれとも口に名號を稱すれは佛の願 0000_,17,253b22(00):力に乘して往生疑なし所詮唯念佛の功をつむへき也 0000_,17,253b23(00):明遍悅て則退出後に上人の給はくあなことことしの御 0000_,17,253b24(00):房や生得の目鼻を取捨るやあると云云 0000_,17,253b25(00):
明遍小松谷往問の圖
0000_,17,254a01(00):卷四 0000_,17,254a02(00):向福寺琳阿彌陀佛 0000_,17,254a03(00):上西門院にて上人七日説戒の時前栽の草むらの中に 0000_,17,254a04(00):大なる蛇有て日日にかくる事なくわたかまり居て頗 0000_,17,254a05(00):聽聞の氣色見へけれは人人目もあやに見けり第七日 0000_,17,254a06(00):の結願にあたりてこの蛇からかきの上にのほりてや 0000_,17,254a07(00):がて死にけるほとに其頭の中より蝶の樣なる物出と 0000_,17,254a08(00):見る人もあり天人のほると見る人も有昔遠行するひ 0000_,17,254a09(00):しりその日くれにけれは野中につかあなありけるに 0000_,17,254a10(00):ととまりて夜もすから無量義經をそらに誦するに塚 0000_,17,254a11(00):穴の中に五百の蝙蝠ありけり此經聽聞の功德により 0000_,17,254a12(00):てかうむり五百の天人となりて忉利天に生すとこそ 0000_,17,254a13(00):夢に告侍けれ今一の蛇七日説戒の功力にこたへて蛇 0000_,17,254a14(00):道の報をはなれて雲をわけてのほりぬるにやと人人 0000_,17,254a15(00):隨喜をなす彼は上代なるうへに大國なりこれ末代に 0000_,17,254a16(00):して小國なり勝事たり凡たた人にあらす 0000_,17,254a17(00):
説戒。小蛇解脱の圖
0000_,17,254b18(00):高倉の天皇御受戒その戒の相承南岳大師より傳れる 0000_,17,254b19(00):ところいまたたへす世間流布する戒體是なり彼慈覺 0000_,17,254b20(00):大師　淸和天皇に授たてまつられしとき男女の受者 0000_,17,254b21(00):百餘人利を得益をかうふる今上人當帝に十戒を授たて 0000_,17,254b22(00):まつらしめ給事陳隋二代の國師天台大師大極殿にし 0000_,17,254b23(00):て仁王經を誦し給しに殿上階下稱美讚嘆に殿かまひ 0000_,17,254b24(00):すくそ侍し是も月卿雲客より后妃采女に至るまて粉 0000_,17,254b25(00):粉たる禁中に唱唱たるいきさし堂堂たる宮人面面た 0000_,17,254b26(00):る信敬もろこしのいにしへにもはちすやまとの中こ 0000_,17,254b27(00):ろをしたふ故に九帖の附屬の袈裟福田を我國にひら 0000_,17,254b28(00):き十戒の血脈の相承種子を秋津島にまく抑安然和尚 0000_,17,254b29(00):の戒品を傳しいまた袈裟の附屬をはうけす相應和尚 0000_,17,254b30(00):念佛をひろめし又いまた戒儀をはとかさりき彼此を 0000_,17,254b31(00):兼たるは今の上人也これによりて戒品をうやまひて 0000_,17,254b32(00):帝珠をみかき彌和尚の位にすすみ給へしそれ榮啓期 0000_,17,254b33(00):か三樂をうたひしいまた常樂の門にいたらす皇甫謐 0000_,17,254b34(00):か百王をのへしなを法皇の道にくらかりき唯今源空 0000_,17,255a01(00):上人こそめされてまいられ侍れ何事にか侍らむ大乘 0000_,17,255a02(00):戒とかるへしとこそ承れ剋限よく成てや侍らむ聽聞 0000_,17,255a03(00):に參侍んいつれの殿にてか侍らむ淸凉殿とこそうけ 0000_,17,255a04(00):たまはれ凡この山上洛中近國遠き郡の道俗翕然とし 0000_,17,255a05(00):てかうへをかたふけ戒をうくるもの一朝につもると 0000_,17,255a06(00):ころ稱計すへからす昔剃刀をのみし夢いまさら符合 0000_,17,255a07(00):す 0000_,17,255a08(00):
高倉帝御受戒の圖
0000_,17,255a09(00):後鳥羽院御宇建久元年庚戌の秋淸水寺にして上人説戒 0000_,17,255a10(00):の座に念佛すすめ給けれは寺家の大勸進沙彌印藏瀧 0000_,17,255a11(00):山寺を道場として不斷常行三昧念佛はしめける開白 0000_,17,255a12(00):發願して能信香爐をとりて行道しはしむ願主印藏よ 0000_,17,255a13(00):りはしめて比丘比丘尼其數をしらす仁和寺の入道法 0000_,17,255a14(00):親王の御夢想と云云このたき過去にもこれありき現 0000_,17,255a15(00):在にもこれあり未來にもこれあるへしすなはち大日 0000_,17,255a16(00):如來の鑁字の智水なりと示しておなしく詠し給ふ 0000_,17,255a17(00):淸水の瀧へまいれはをのつから現世安穩後生極樂御 0000_,17,255b18(00):使者大威儀師俊縁 0000_,17,255b19(00):
淸水瀧並瀧山寺説法の圖
0000_,17,255b20(00):淸水寺にて上人説戒の時念佛すすめましましけれは 0000_,17,255b21(00):南都の興福寺に侍る小舍人童出家發心して松苑寺の 0000_,17,255b22(00):邊に草庵をむすひて往生をとく能信如法經のかうそ 0000_,17,255b23(00):をこしなから往生人に結縁せむとて入棺のさき火の 0000_,17,255b24(00):やくをつとめてかへさに異香衣のうへに薰す奇異の 0000_,17,255b25(00):思ひをなす 0000_,17,255b26(00):
小舍人往生の圖
0000_,17,255b27(00):靈山にて三七日不斷念佛のあひた燭なくして光明あ 0000_,17,255b28(00):り第五の夜各行道し給にましはりて大勢至菩薩つら 0000_,17,255b29(00):なりてたち給へる事をある人夢の如くに拜して上人 0000_,17,255b30(00):に此よしを申にさる事侍むと返答あり是より始て人 0000_,17,255b31(00):人恠をなしはへりき 0000_,17,255b32(00):
勢至菩薩列に加り給ふ圖
0000_,17,255b33(00):後白河の法皇にめされて説戒再往生要集を談せしめ 0000_,17,255b34(00):給に往生極樂の敎行は濁世末代の目足也道俗貴賤た 0000_,17,256a01(00):れか歸せさらむと侍けるより各心肝に銘していまは 0000_,17,256a02(00):しめて聞けるやうに隨喜感涙抑かたし仍　太上天皇 0000_,17,256a03(00):院宣をくたして左京權大夫藤原隆信朝臣に眞影をう 0000_,17,256a04(00):つさしめて將來のかたみにとて蓮花王院の寶藏にこ 0000_,17,256a05(00):めらる 0000_,17,256a06(00):
講説の處並寫影の圖
0000_,17,256a07(00):念佛の人おほしといへとも關東には熊谷鎭西には聖 0000_,17,256a08(00):光房淨土の敎門に入しより他家をのそまさる人なり 0000_,17,256a09(00):就中聖光房は一山の同侶猶契あり況證眞法印の門人 0000_,17,256a10(00):なりかの法印は源空か甚深の同侶後世菩提を契たり 0000_,17,256a11(00):し人の弟子にてありしか源空か弟子になりて八ケ年 0000_,17,256a12(00):かあひた受學せし人也と云云後白川院の御菩提のた 0000_,17,256a13(00):めに建久三年の秋やさかのやことの入道見佛やさか 0000_,17,256a14(00):の引導寺にして七日念佛勤行侍けるに禮讚の先達に 0000_,17,256a15(00):心阿彌陀佛助音には沙彌見佛安樂住蓮なりこれは同 0000_,17,256a16(00):音六時禮讚のはしめなる 0000_,17,256a17(00):
御追善禮讚修行の圖
0000_,17,256b18(00):卷五 0000_,17,256b19(00): 0000_,17,256b20(00):春乘房唐より觀經の曼荼羅ならひに淨土の五祖の影 0000_,17,256b21(00):をわたして東大寺の半作の軒のしたにて供養あるへ 0000_,17,256b22(00):しと風聞しけれは南都の三論法相の學侶數をつくし 0000_,17,256b23(00):てあつまりけるに二百餘人の大衆をのをのはたに腹 0000_,17,256b24(00):卷をき高座のわきになみゐて自宗等をとひかけてこ 0000_,17,256b25(00):たえんに紕繆あらは耻辱にあつへきよし僉議して相 0000_,17,256b26(00):待たてまつるところに上人すみそめの衣に高野ひか 0000_,17,256b27(00):さうちきていとこともなけなる體にてかさうちぬき 0000_,17,256b28(00):て禮盤にのほりてやかて説法はしまりぬ三論法相の 0000_,17,256b29(00):深義をととこほりなくのへて凡夫出離の法口稱念佛 0000_,17,256b30(00):にしくはなし念佛そしらむ輩は地獄に墮在すへきよ 0000_,17,256b31(00):し講説し給けれは二百餘人の大衆よりはしめて覆面 0000_,17,256b32(00):をしのけて隨喜渴仰きはまりなし經藏へいらせ給け 0000_,17,256b33(00):れは各御供して後生たすけさせ給上人とおかみたて 0000_,17,256b34(00):まつる中に惡僧一人上人にたちむかひてたてまつり 0000_,17,257a01(00):て云抑念佛誹謗のもの地獄におつへしとはいつれの 0000_,17,257a02(00):經にとかれて侍やらむと上人答云大佛頂經説これな 0000_,17,257a03(00):り云云又件の僧ふくめむをしのけて手を合せて後生 0000_,17,257a04(00):たすけさせ給へ上人とてあふらくらへ入たてまつる 0000_,17,257a05(00):それよりこのかた南都北嶺しかしなから淨土の敎に 0000_,17,257a06(00):歸し念佛せすといふ事なし又當寺の古德の中に兼夜 0000_,17,257a07(00):靈夢を感する事ありけるあひた件の次第さきたちて 0000_,17,257a08(00):披露し侍けれはいよいよ歸依をなし侍けれとそ申侍 0000_,17,257a09(00):ける 0000_,17,257a10(00):
東大寺説法の圖
0000_,17,257a11(00):無品親王靜忠御所勞の時門徒の高僧共大般若經轉讀 0000_,17,257a12(00):したてまつりをのをの祈請申されけれとも更に御平 0000_,17,257a13(00):愈なかりけれは上人を招請したてまつりて臨終の次 0000_,17,257a14(00):第とも御尋ありける令旨にいはく如何にしてか今度 0000_,17,257a15(00):生死をはなれ侍るへき後生たすけさせ給へと上人御 0000_,17,257a16(00):返事にいはく往生極樂の御願御念佛にはしかす候ま 0000_,17,257a17(00):さしく光明遍照十方世界念佛衆生攝取不捨と説かれ 0000_,17,257b18(00):侍りと其後御念佛をこたらすして御臨終正念にてお 0000_,17,257b19(00):はらせ給き大般若衆には僧正行舜僧正公胤僧正賢實 0000_,17,257b20(00):座主顯眞法眼圓豪法印遺嚴法印譽觀等也 0000_,17,257b21(00):
大般若轉讀。臨終問答の圖
0000_,17,257b22(00):上人自筆の記に云生年六十有六建久九年正月一日や 0000_,17,257b23(00):まももの法橋敎慶かもとより歸て後未申の時はかり 0000_,17,257b24(00):恒例の正月七日念佛是を始行一日明相すこしく現す 0000_,17,257b25(00):例よりもあきらかなりと云云二日水想觀自然成就す 0000_,17,257b26(00):と云云惣て念佛七ケ日のうち地想觀の中に瑠瑠の相 0000_,17,257b27(00):少分これを見る二月四日のあした地分明に現すと云 0000_,17,257b28(00):云六日後夜に瑠璃の宮殿の現す七日の朝かさねて又 0000_,17,257b29(00):現す則この宮殿をもてあらはれてその相現すすへて 0000_,17,257b30(00):水想地想寶樹寶池寶殿の五觀はしめて正月一日より 0000_,17,257b31(00):二月七日にいたるまて三十七ケ日のあひた毎日七萬 0000_,17,257b32(00):返念佛不退にこれをつとむ是によりてこれらの相現 0000_,17,257b33(00):すと云云又別傳に云紫雲廣大にしてあまねく日本國 0000_,17,257b34(00):におほへり雲中より無量の廣大の光を出す白光の中 0000_,17,258a01(00):に百寶色の鳥とひちりて虚空にみてり善導和尚のも 0000_,17,258a02(00):すそよりしもは金色にて現しての給はく汝下劣の身 0000_,17,258a03(00):なりといへとも念佛興行一天下にみてり稱名專修衆 0000_,17,258a04(00):生におよふか故にわれ爰にきたる善導すなはちわれ 0000_,17,258a05(00):なり 0000_,17,258a06(00):
五觀現前の圖
0000_,17,258a07(00):無量壽佛化身無數與觀世音大勢至常來至此行人之所 0000_,17,258a08(00):といへり上人つねに居し給ところをあからさまに立 0000_,17,258a09(00):出て歸り給ひけれは阿彌陀の三尊の木畫像にもあら 0000_,17,258a10(00):すしてかきをはなれいたしきをはなれて天井にもつ 0000_,17,258a11(00):かすしておはしましけりそれより後長時に現したま 0000_,17,258a12(00):ふ 0000_,17,258a13(00):
三尊出現の圖
0000_,17,258a14(00):建久九年戊午正月四日上人聖光房に示ていはく月輪の 0000_,17,258a15(00):殿下敎命によりて選擇集一卷を作ふかく秘すへきよ 0000_,17,258a16(00):し仰を蒙りて流布するにあたはす世にきこゆる事あ 0000_,17,258a17(00):れともうつす人なし汝は法器の仁也我立するところ 0000_,17,258b18(00):此書をうつしてよろしく末代にひろむへし聖光すな 0000_,17,258b19(00):はち命を請て自委細にうつしてうやまて提撕をうく 0000_,17,258b20(00):函杖をえたるかことし水を器にうつすに似たりそれ 0000_,17,258b21(00):よりのち日日に受學すすめて指誨をうく 0000_,17,258b22(00):
選擇集受寫の圖
0000_,17,258b23(00):元久元年仲冬比山門の衆徒の中より念佛停止すへき 0000_,17,258b24(00):よし大衆蜂起して顯眞座主に訴申是によりて上人へ 0000_,17,258b25(00):たつね申さるるにつゐて上人起請文を進せらる叡山 0000_,17,258b26(00):黑谷の沙門源空敬白當寺住持の三寳護法善神の御寶 0000_,17,258b27(00):前右源空壯年のむかしの日は粗三觀のとほそをうか 0000_,17,258b28(00):かふ衰老のいまの時はひとへに九品のさかひをのそ 0000_,17,258b29(00):むこれ先賢の古跡なりさらに下愚か行願にあらすし 0000_,17,258b30(00):かるに近日風聞にいはく源空ひとへに念佛の敎をす 0000_,17,258b31(00):すめて餘の敎法を謗す諸宗これによりて凌遲し諸行 0000_,17,258b32(00):これによりて滅亡すと云云此旨を傳聞に心神を驚す 0000_,17,258b33(00):ついに則事山門にきこへ議衆徒に及へり炳誡をくわ 0000_,17,258b34(00):うへきよし貫首に申されをはりぬ此條一には衆勘を 0000_,17,259a01(00):おそる一には衆恩をよろこふおそるるところは貧道 0000_,17,259a02(00):か身をもて忽に山洛のいきとをりに及む事謗法の名 0000_,17,259a03(00):をけちてなかく花夷のそしりをやめむ事若衆徒の糺 0000_,17,259a04(00):斷にあらすはいかてか貧道か愁歎をやすめむやおほ 0000_,17,259a05(00):よそ彌陁の本願にいはく唯除五逆誹謗正法と云云念 0000_,17,259a06(00):佛をすすむるともからいかてか正法を謗せむ又惠心 0000_,17,259a07(00):要集には一實の道をききて普賢の願海に入と云云淨 0000_,17,259a08(00):土をねかふたくひあに妙法をすてむや就中源空念佛 0000_,17,259a09(00):の餘暇にあたりて天台の敎釋をひらきて信心を玉泉 0000_,17,259a10(00):の流にこらし渴仰を銀池の風にいたす舊執なを存す 0000_,17,259a11(00):本心なんそ忘む唯冥鑒をたのむたた衆察をあふくた 0000_,17,259a12(00):たし老後遁世のともから愚昧出家のたくひあるひは 0000_,17,259a13(00):草庵に入てかみそり或は松室にのそみて心さしをい 0000_,17,259a14(00):ふつゐに極樂をもて所期とすへし念佛をもちて所行 0000_,17,259a15(00):とすへきよし時時もて説諫す是則よはひをとろへて 0000_,17,259a16(00):研精にたへさるあひた暫く難解難入の門を出心みに 0000_,17,259a17(00):易行易道をしめすなり佛智猶方便をまうけ給ふ凡愚 0000_,17,259b18(00):あに斟酌なからむやあえて敎の是非を存するにあら 0000_,17,259b19(00):すひとへに機の堪否を思ふこの條もし法滅の縁たる 0000_,17,259b20(00):へくは向後よろしく停止にしたかふへし愚朦ひそか 0000_,17,259b21(00):にまとへり衆斷よろしくさたむへしいにしへより化 0000_,17,259b22(00):導をこのます天性弘敎をもはらにせすこのほかに僻 0000_,17,259b23(00):説をもて弘通し虚誕をもちて披露せはもとも糺斷あ 0000_,17,259b24(00):るへし尤炳誡あるへしのそむ所なりねかふ所よし此 0000_,17,259b25(00):等の子細先年沙汰のとき起請文を進しおはりぬ又其 0000_,17,259b26(00):後今に變せすかさねて陳するにあたはすといへとも 0000_,17,259b27(00):嚴誡すてに重疊のあひた誓狀また再三かみくだむの 0000_,17,259b28(00):子細一事一言虚誕をくはへ會釋をまうけは毎日七萬 0000_,17,259b29(00):遍の念佛その利をうしなひて三途に墮在して現當二 0000_,17,259b30(00):世の依身常重苦にしつみてなかく楚毒をうけむふし 0000_,17,259b31(00):てこふ當寺の諸尊滿山の護法證明知見し給へ源空う 0000_,17,259b32(00):やまて申す元久元年十一月十三日源空敬白御判在 0000_,17,259b33(00):九條禪定殿下大原の大僧正顯眞におくらるる自筆の 0000_,17,259b34(00):御消息を被副進其詞に云念佛弘行の間の事源空上人 0000_,17,260a01(00):の起請文消息等山門に披露してより動靜いかむ尤不 0000_,17,260a02(00):審に候抑風聞のこときは上人淺深三重の過によりて炳 0000_,17,260a03(00):誡一决僉議に及と云云一には念佛を勸進する惣して 0000_,17,260a04(00):しかるへからす是すなはち眞言止觀にあらす口稱念 0000_,17,260a05(00):佛の權説もてさらに往生をとくへからさるか故にと 0000_,17,260a06(00):云云此條におきては定て滿山の談評にあらすもしこ 0000_,17,260a07(00):れ一兩の邪説歟他の謗法をとかめむためにみつから 0000_,17,260a08(00):かへりて謗法をいたす勿論といひつへし二には念佛 0000_,17,260a09(00):の行者諸行を毀破するあまり經論を焚燒し章疏をな 0000_,17,260a10(00):かしうしなう或は又餘善をもちては九品の因とすと 0000_,17,260a11(00):云云これをきかむ緇素たれか驚歎せざらむや諸宗の 0000_,17,260a12(00):學徒專欝陶するにたれるかたたしこの條にをきては 0000_,17,260a13(00):殆信をとりかたしすてにこれ會昌天子守屋の大臣等 0000_,17,260a14(00):の類歟如是の諸過はまことならすと云云たしかなる 0000_,17,260a15(00):説について眞僞を决せられむにあへてそのかくれあ 0000_,17,260a16(00):るへからす事もし實ならは科斷またかたしとせすひ 0000_,17,260a17(00):とへに浮説をもちてとかを上人にかくる條理盡の沙 0000_,17,260b18(00):汰にあらさるか三には如是の逆罪に及はすといふと 0000_,17,260b19(00):も一向專修の行人餘行を停止すへきよし勸進の條な 0000_,17,260b20(00):をしかるへからす此條におゐては進退相はたるか善 0000_,17,260b21(00):導の意にこのむねをのふるに似たりしかれとも旨趣 0000_,17,260b22(00):甚深也行者おもふへし今上人の弘通はよく疏の意を 0000_,17,260b23(00):さくりて謬訛なししかるを門弟等の中に奧儀をしら 0000_,17,260b24(00):すみたりかはしく偏執をいたすよし聞へあるか是は 0000_,17,260b25(00):なはたもて不可なりとす上人さひきてこれをいたむ 0000_,17,260b26(00):小僧いさめてこれを禁す當時すてに數輩の門徒をあ 0000_,17,260b27(00):つめて七ケ條の起請をしるしをのをの連署をとりて 0000_,17,260b28(00):なかく證據にそなふ上人もし謗法をこのまは禁遏あ 0000_,17,260b29(00):に如是ならんや事ひろく人をほし一時に禁止すへか 0000_,17,260b30(00):らず根元すてにたちぬ舊執の業むしろ繁茂する事 0000_,17,260b31(00):をえんや是をもちてこれをいふに三重の子細一つと 0000_,17,260b32(00):しても過失なし衆徒欝憤なにによりてか強盛ならむ 0000_,17,260b33(00):はやく滿山の停止として來迎の音樂を庶幾すへきか 0000_,17,260b34(00):抑諸宗成立の法各自解をもはらにして餘敎をなむと 0000_,17,261a01(00):もせす弘行のつねのならひ先德の故實なり是を異域 0000_,17,261a02(00):にとふらへは月氏にはすなはち護法淸辨の空有諍論 0000_,17,261a03(00):震旦にはまた慈恩妙樂の權實の立破なりこれを我國 0000_,17,261a04(00):に尋るに弘仁の聖代戒律大小のあらそひ有り天曆の 0000_,17,261a05(00):御宇には諸宗淺深の談あり八家きをいて定凖をなし 0000_,17,261a06(00):三國つたえて軌範とすしかれともあらかしめ末世の 0000_,17,261a07(00):邪亂をかかみて諸宗の討論をととめられしよりこの 0000_,17,261a08(00):かた宗論なかくあとをけつり佛法それかために安全 0000_,17,261a09(00):たり就中淨土の一宗にをきては古來の行者ひとへに 0000_,17,261a10(00):無染無着の淨心をおこし專修專念の一行にまかせて 0000_,17,261a11(00):他宗に對して執論をこのます餘敎に比して是非を判 0000_,17,261a12(00):せすひとり出離をねかひて必往生の直道をとけむと 0000_,17,261a13(00):なりたた弘敎嘆法のならひいささか又その心なきに 0000_,17,261a14(00):あらさるか源心僧都の往生要集の中に三重の問答を 0000_,17,261a15(00):いたして十念の勝業を讃す念佛の至要此釋に結成せ 0000_,17,261a16(00):り禪林の永觀智德惠心に及すといへとも行淨業をつ 0000_,17,261a17(00):けりえらふところの十因にその心また一致なり普賢 0000_,17,261b18(00):觀音の悲願をかむかへ勝知敎信先蹤を引て念佛の餘 0000_,17,261b19(00):行にすくれたる事を證せり彼時に諸宗のともから惠 0000_,17,261b20(00):學はやしをなし禪定水をたたふしかりといへとも惠 0000_,17,261b21(00):心をも破せす永觀をも罸せす諸敎も滅する事なく念 0000_,17,261b22(00):佛もさまたけなし是則世すなをに人うるはしき故也 0000_,17,261b23(00):しかるを今世澆季にをよひ時鬪諍に屬して能破所破 0000_,17,261b24(00):ともに邪執よりをこり正論非論みな喧嘩にをよふ三 0000_,17,261b25(00):毒内にもよをし四魔外にあらはるるかいたす所なり 0000_,17,261b26(00):また或人のいはく念佛もし弘通せられは諸宗たちま 0000_,17,261b27(00):ちに滅盡すへし爰をもちて遏妨すと云云この事しか 0000_,17,261b28(00):るへからず過分の逆類にをきては實によりて禁斷せ 0000_,17,261b29(00):らるへしまたく淨土宗のいたむところにあらず末學 0000_,17,261b30(00):の邪執にいたりては上人嚴禁をくわへ門徒すてに服 0000_,17,261b31(00):膺すかれといひこれといひなむそ佛法の破滅に及は 0000_,17,261b32(00):むや凡顯密の修學は名利によりて破滅すこれ人間の 0000_,17,261b33(00):さたまれる法なり淨土の敎法におきては名にあらす 0000_,17,261b34(00):利にあらす後世を思人のほかにたれか習學せんや念 0000_,17,262a01(00):佛弘行によりて餘敎滅盡の條戯言歟狂説歟いまた是 0000_,17,262a02(00):非をわきまへすもしこの沙汰熾ならば念佛の行にお 0000_,17,262a03(00):きて一時に失隱すべし因果をわきまへ患苦をかなし 0000_,17,262a04(00):む人あに傷嗟せさらむや寧悲泣せさらむや爰に小僧 0000_,17,262a05(00):行年のむかしより衰暮のいまにいたるまて自行おろ 0000_,17,262a06(00):かなりといへとも本願をたのむ罪業おもしといへと 0000_,17,262a07(00):も往生をねかふにものうからすおこたらすして四十 0000_,17,262a08(00):余廻の星霜ををくるいよいよもとめいよいよすすめ 0000_,17,262a09(00):て數百萬遍の佛號をとなふ頃年よりこのかた病せま 0000_,17,262a10(00):り命もろくして黄泉に歸せむ事ちかきにあり淨土の 0000_,17,262a11(00):敎跡このときにあたりて滅亡せむとこれを見是を聞 0000_,17,262a12(00):ていかてかしのはむ三尺のあきのしもきもをさす一 0000_,17,262a13(00):寸の燈むねをこかす天にあふきて嗚咽し地をたたき 0000_,17,262a14(00):て愁苦すいかに云や上人小僧にをきて出家の戒師た 0000_,17,262a15(00):り念佛の先達たり歸依これふかし尊崇尤切也しかる 0000_,17,262a16(00):をつみなくして濫刑をまねきつとめありて重科に處 0000_,17,262a17(00):せられは法のためには身命をおしむへからす小僧か 0000_,17,262b18(00):はりてつみをうくへしよて師範のとかをすくはむと 0000_,17,262b19(00):おもふをもて淨土の敎をまほらむとおもふおほよそ 0000_,17,262b20(00):その佛道修行の人自他ともに罪業をかへり見へしし 0000_,17,262b21(00):かるをあなかちに諮諍隨事の僞論を訛していよいよ 0000_,17,262b22(00):無明迷理の障に墮せむ事いたましき哉やかなしきか 0000_,17,262b23(00):なやこう學侶の心あらむ理に伏て執を變し法に優し 0000_,17,262b24(00):てつみをなためよならくのみ死罪云云 0000_,17,262b25(00):うやまて申十一月十三日專修念佛沙門圓昭前大僧正 0000_,17,262b26(00):御房 0000_,17,262b27(00):
上人、圓昭對坐の圖
0000_,17,263a01(00):卷六 0000_,17,263a02(00): 0000_,17,263a03(00):あるとき上人瘧病し給ふ事あり種種の療治に一切か 0000_,17,263a04(00):なはす時に月輪の禪定殿下おほきに是をなけきての 0000_,17,263a05(00):給はく我善導の御影を圖繪す上人の前にしてこれを 0000_,17,263a06(00):供養せむとおもふこのよし安居院の僧都のもとへお 0000_,17,263a07(00):ほせらる御返事にいはく聖覺も同日同時に瘧病つか 0000_,17,263a08(00):うまつる事に候しかりといへとも師匠報恩のために 0000_,17,263a09(00):參勤つかまつるへしたたし早旦に御佛事はしめらる 0000_,17,263a10(00):へしと云云辰時より説法はしめて未時に説法をはり 0000_,17,263a11(00):ぬ導師ならひに上人ともに瘧病をちをはりぬ又其説 0000_,17,263a12(00):法の大師は大師釋尊も衆生に同する時は常に病惱を 0000_,17,263a13(00):うけ療治をもちひ給ふへきいはむや凡夫血肉の身い 0000_,17,263a14(00):かかそのうれへなからむしかりといへ共淺智愚鈍の 0000_,17,263a15(00):衆生はこの道理をかへりみす定不信のおもひをいた 0000_,17,263a16(00):さむか上人化道すてに佛意にかなひてまのあたり往 0000_,17,263a17(00):生をとくるもの千萬云云しかれは諸佛菩薩諸天龍神 0000_,17,263b18(00):いかてか衆生の不信をなけかさらむ四天大王佛法を 0000_,17,263b19(00):守護すへくはかならすわか大師上人の病惱をいやし 0000_,17,263b20(00):給へきなり善導の御影の前に異香薰すと云云僧都云 0000_,17,263b21(00):故法印は雨をくたして名をあく聖覺か身にはこの事 0000_,17,263b22(00):も奇特を云云世間の人おほきにをとろきて不思議の 0000_,17,263b23(00):おもひをなすと云云 0000_,17,263b24(00):
導師の御影供養の圖
0000_,17,263b25(00):元久二年乙丑四月五日上人月輪殿に參りて淨土の法門 0000_,17,263b26(00):御談ののち退出のとき地のうへより高く蓮花をふみ 0000_,17,263b27(00):てあゆみ御うしろに頭光赫奕たり禪定殿下くつれを 0000_,17,263b28(00):りさせ給て稽首歸命したてまつりてなみた千萬行な 0000_,17,263b29(00):りしはらくありて茫然としておとろきをきての給は 0000_,17,263b30(00):く上人の頭上に金色の圓光顯現せり希有事各おのこ 0000_,17,263b31(00):れをおかみたてまつるか時にかたはらにはむへるは 0000_,17,263b32(00):戒心房左京權太夫隆信入道大蓮房中納言阿闍梨尋玄二人なりともに啓す 0000_,17,263b33(00):みたてまつらす歸依としふりたりといへともこのの 0000_,17,263b34(00):ちはいよいよ佛のおもひをなしたてまつる 0000_,17,264a01(00):
頭光顯現の圖
0000_,17,264a02(00):上人はしめは戒をとき人にさつけ後には敎をひろめ 0000_,17,264a03(00):て信をなし給ふ日域におきては無畏をほとこす觀自 0000_,17,264a04(00):在王の蒼天をてらすかことし月輪にして光明をしめ 0000_,17,264a05(00):すしりぬ得大勢至の白毫なるへしといふ事を諸佛菩 0000_,17,264a06(00):薩の大悲利生おほくましませとも安立世間のはしめ 0000_,17,264a07(00):より劫末壞劫のすへまてに日月の光にふれさる有情 0000_,17,264a08(00):非情あるへからすこのゆへにいさなきいさなみのみ 0000_,17,264a09(00):こと觀音勢至の垂迹日月としてよをてらしまします 0000_,17,264a10(00):又二菩薩の化をほとこして九品蓮臺をひらき給末代 0000_,17,264a11(00):なりといへとも誰人かうたかひをなさむあふひて信 0000_,17,264a12(00):すへし如是善因しからしめ業報これあらたなるころ 0000_,17,264a13(00):に南北の碩德顯密の法燈あるひは我宗を謗すと號し 0000_,17,264a14(00):あるひは聖道をさまたくと稱して事を左右によせて 0000_,17,264a15(00):とかを縱橫にもとむ源空か門弟等不思儀をしめして 0000_,17,264a16(00):とかを大師にをほせて遠流に處せらる凡往生極樂の 0000_,17,264a17(00):みちまちまちなるあひた名號の一門をひらきてよに 0000_,17,264b18(00):したかひてひろめ機にかふらしめてさつくみつから 0000_,17,264b19(00):邪義をかまへてもて師説と號するきさみ予か一身に 0000_,17,264b20(00):おほせてはかるに萬里の浪にたたようへしたたし此 0000_,17,264b21(00):事をいたむにはあらす昔敎主釋尊は因行のとき檀施 0000_,17,264b22(00):のあまり父の大王にいましめられて幽山にこめられ 0000_,17,264b23(00):給しかともその心さしこりすしてますます修し給し 0000_,17,264b24(00):かは彼山を釋迦山と號して遂に正覺のにはとなりに 0000_,17,264b25(00):けり忍世一人衆生を度せさらむや諸佛菩薩またまた 0000_,17,264b26(00):かくのことしさらにうらむる所なしあへてなけく事 0000_,17,264b27(00):なかれそもそも縁は順逆にわたる引接人をきらはす 0000_,17,264b28(00):來迎に前後あり遲疾は人の心なるへし文に云佛告阿 0000_,17,264b29(00):難汝好持是語持是語者即是持無量壽佛名上人和して 0000_,17,264b30(00):いはく名號をきくといふともこれを信せすはきかさ 0000_,17,264b31(00):るかことし是を信するといふ共となへすは信せさる 0000_,17,264b32(00):かことし唯常に念すへしと云云かかるほとに小松殿 0000_,17,264b33(00):へうつり給に禪定殿下おほきにかなしみなけきまし 0000_,17,264b34(00):ます 0000_,17,265a01(00):
上人小松殿に移り殿下と對坐の圖
0000_,17,265a02(00):元久三年七月よし水をいてて小松殿にうつりて明月 0000_,17,265a03(00):を詠し給けるに權律師隆寬小松殿に參向の時上人御 0000_,17,265a04(00):堂のうしろとに出むかひて一卷の書を隆寬律師のむ 0000_,17,265a05(00):ねのあひたにさしいれたまふ月輪殿の仰によりてえ 0000_,17,265a06(00):らふところの選擇集これなり 0000_,17,265a07(00):
選擇集授與の圖
0000_,17,265a08(00):建永二年丁卯二月廿七日還俗の姓名の春源元彥配所土 0000_,17,265a09(00):佐國に侍りけれとも月輪禪定殿下の御沙汰として法 0000_,17,265a10(00):性寺の小御堂に逗留をなして三月十六日都を出給ふ 0000_,17,265a11(00):しなのの國角はりの成阿彌陀佛沙彌隨蓮力者の棟梁 0000_,17,265a12(00):として惣して我もわれもと參勤の人びと六十余人なり 0000_,17,265a13(00):この次第を見るに人人なけきかなしみ侍けれはかれ 0000_,17,265a14(00):らをいさめんかために驛路はこれ大聖のゆくところ 0000_,17,265a15(00):なり漢には一行阿闍梨日本には役行者謫所は又權化 0000_,17,265a16(00):の栖砌なり震旦には白樂天我朝には菅丞相なり在纒 0000_,17,265a17(00):出纒みな火宅なり眞諦俗諦しかしながら水驛なりこ 0000_,17,265b18(00):こに角はり俗性もいやしからす王家をまほり朝敵を 0000_,17,265b19(00):とりひしく伊州の玄孫なれとも本師上人に隨て又奴 0000_,17,265b20(00):となり僕となれりことさらちからをつくして御こ 0000_,17,265b21(00):しをかく菜つみ水くむ役をいとはす身をすててつ 0000_,17,265b22(00):かへむとす爰に一人の弟子に對して一向專念の義を 0000_,17,265b23(00):のへ給西阿彌陀佛といふ弟子推參していはく如是の 0000_,17,265b24(00):御義ゆめゆめあるへからす候をのをの御返事を申さ 0000_,17,265b25(00):しめ給へからすと云云上人の給はく汝經釋の文をみ 0000_,17,265b26(00):すや西阿かいはく經釋の文はしかりといへとも世間 0000_,17,265b27(00):の機嫌を存するはかりなり上人の給はく我首をきら 0000_,17,265b28(00):るとも此事いはすはあるへからすと云云御氣色もと 0000_,17,265b29(00):も至誠なり見奉る人人なみたをなかして隨喜す時に 0000_,17,265b30(00):信空上人ひそかに啓していはく衰邁の身をもて遠境 0000_,17,265b31(00):のたひに出給ふは師といきなから別離すあひさる事 0000_,17,265b32(00):いくはくそ各各天の一座にあり山海へたてまたなか 0000_,17,265b33(00):し音容ともにいまにかきれり再會なむそしるへき又 0000_,17,265b34(00):うれうらくは師所犯しなすてに流刑の宣を蒙れりあ 0000_,17,266a01(00):とにととまる身のためひとりなむのおもひてのあつ 0000_,17,266a02(00):い事あらむといひてむねをうちて嘆息す上人の給は 0000_,17,266a03(00):く予よはひすてに八旬にせまれりおなし帝畿にあり 0000_,17,266a04(00):ともなかくいきてたれかみむ但因縁はつきすなむそ 0000_,17,266a05(00):又今生の再會なからむうれへされこの時にあたりて 0000_,17,266a06(00):また邊鄙の群類を化せむ事是莫大の利生なり但いた 0000_,17,266a07(00):む所は源空か興する所の淨土の法門は濁世衆生の決 0000_,17,266a08(00):定出離の要道なるかゆへに守護の天等常隨すらむわ 0000_,17,266a09(00):か心には遺恨なしといへともかれらの天等さためて 0000_,17,266a10(00):冥瞰弟子か住蓮安樂斬刑かくのことし前代いまたきかす 0000_,17,266a11(00):事常篇にたえたり因果のむなしからさる事いきて世 0000_,17,266a12(00):に住せられはおもひあはせらるへきなりと云云信空 0000_,17,266a13(00):上人のいはく先師の事はたかはすはたしてそのむく 0000_,17,266a14(00):ひありなにをもてしるとするとならは承久の變亂に 0000_,17,266a15(00):東夷上都にかちし時きみは北海の島の中にましまし 0000_,17,266a16(00):て多年心をいたましめ臣は東土のみちのかたはらに 0000_,17,266a17(00):して一旦いのちをうしなう先言のしるしある後生よ 0000_,17,266b18(00):ろしくききとるへしつきに又云およそ念佛停廢の沙 0000_,17,266b19(00):汰あることに凶厲ならすといふ事なし人皆是を知り 0000_,17,266b20(00):縷にあたはすと云云此事筆端にのせかたしといへ 0000_,17,266b21(00):とも前事のわすれさるは後事の師なりといふをもち 0000_,17,266b22(00):てのゆへによのため人のためははかりなからこれを 0000_,17,266b23(00):記す 0000_,17,266b24(00):
門弟悲嘆上人垂誡。上人花洛を出給ふ圖
0000_,17,266b25(00):同日大納言律師公全も西國へなかされ侍りけるか律 0000_,17,266b26(00):師の船はさきに出けるか上人くたらせ給とききてし 0000_,17,266b27(00):はらくをさへて上人の御船にのりうつりひとめ見あ 0000_,17,266b28(00):けて上人の御ひさにうつふしなくといへとも上人は 0000_,17,266b29(00):なみたもをとさす念佛しておはしける程に律師の舟 0000_,17,266b30(00):よりとくとくと申けれはいよいよなこりおほくても 0000_,17,266b31(00):との舟にのりうつりにけり 0000_,17,266b32(00):
律師公全別れを惜むの圖
0000_,17,266b33(00):攝津の國經の島にとまらせ給けれは男女老少まいり 0000_,17,266b34(00):あつまる事そのかすをしらす其なかに往生の行をす 0000_,17,267a01(00):すむとて上中下の三品のはちすは念佛のなにあらは 0000_,17,267a02(00):し轉妙法輪かちはせは平生にあかむるほとけなりこ 0000_,17,267a03(00):ころは此界一人念佛名のいひなり 0000_,17,267a04(00):
經の島説法の圖
0000_,17,267a05(00):むろのとまりにつき給けれは遊君ともまいり侍りけ 0000_,17,267a06(00):りむかしこまつの天皇八人の姬宮を七道につかはし 0000_,17,267a07(00):てけるより君といふなをととめ給ふある時天皇寺の 0000_,17,267a08(00):別當僧正行尊拜堂のためにくたられける日江口神崎 0000_,17,267a09(00):の君達舟にちかくよせけるとき僧の御船にみくるし 0000_,17,267a10(00):くと申けれはかくらをうたひ出侍けるに有漏地より 0000_,17,267a11(00):無漏地へかよふ釋迦たにも羅こらの母はありとこそ 0000_,17,267a12(00):きけとうたひけれはさまさまの纒頭し給けり又同宿 0000_,17,267a13(00):の長者病にしつみて最後のいまやうになにしにわか 0000_,17,267a14(00):みのをひにけむおもへはいとこそかなしけれいまは 0000_,17,267a15(00):西方極樂の彌陀のちかひをたのむへしとうたひけれ 0000_,17,267a16(00):は紫雲うみの浪にたなひきぬ音樂みきりの松にかよ 0000_,17,267a17(00):ひ蓮花そらにふり異香身にかほりつつ往生をとけ侍 0000_,17,267b18(00):りけるもこの上人の御すすめにしたかひたてまつる 0000_,17,267b19(00):ゆへなりわれも上人おかみたてまつりてその縁をむ 0000_,17,267b20(00):すはむとてまいり侍りけり 0000_,17,267b21(00):
遊女化導の圖
0000_,17,268a01(00):卷七 0000_,17,268a02(00):向福寺琳阿 0000_,17,268a03(00):同三月廿六日讃岐國しあくの地頭駿河權守高階の保 0000_,17,268a04(00):遠入道西佛か館に寄宿種種にきらめき溫室いとなみ 0000_,17,268a05(00):美饍なとそなへたてまつる心さしあはれにこそそれ 0000_,17,268a06(00):につけても天魔波旬のいはするか外道邪鬼の思はす 0000_,17,268a07(00):るかたとへは鸚鵡のよくものいへる人のいはさる事 0000_,17,268a08(00):をはいはす山母のよく人のおもひをしるも思はさる 0000_,17,268a09(00):事をさとらす凡大天狗こひてもよき刻限に生たる衆 0000_,17,268a10(00):生をさまたけとらかして大菩薩のたねをうへさるか 0000_,17,268a11(00):ことし不輕大士のことく罵詈にたえてすすむへし杖 0000_,17,268a12(00):木をしのひてもかまへてもむかへはやとちかひしか 0000_,17,268a13(00):ことくいかなるはかりことをもめくらし侍へきと此心 0000_,17,268a14(00):に住して各各末代まて人人をこしらへて念佛をすす 0000_,17,268a15(00):め給へあえて人のためには侍らぬ事そと返返付屬し 0000_,17,268a16(00):給念佛の法門をひろめたまへり爰諸宗の學者我宗を 0000_,17,268a17(00):執して吹毛の科をもとむるところに弟子等か不思儀 0000_,17,268b18(00):を本師におほせて流罪の後邊州にくちなむ事冥鑑の 0000_,17,268b19(00):ははかり有いそきめしかへさるへきよし申あはれけ 0000_,17,268b20(00):れは龍顏逆鱗のいましめをやめてめしかへさるへき 0000_,17,268b21(00):よし宣下せらる 0000_,17,268b22(00):
鹽飽地頭供養の圖
0000_,17,268b23(00):讃岐國小松の庄は弘法大師の建立觀音靈驗の所也生 0000_,17,268b24(00):福寺につき給抑當國おなしき大師父のためになをか 0000_,17,268b25(00):りて善通寺といふ伽藍おはします記文云是にまいら 0000_,17,268b26(00):ん人はかならす一佛土のともたるへきよし侍りけれ 0000_,17,268b27(00):はこのたひのよろこひこれに有とて則參り給けり 0000_,17,268b28(00):
善通寺參詣の圖
0000_,17,268b29(00):上人讚岐國にて三年をへて承元三年己巳八月にめしか 0000_,17,268b30(00):へされ給けり宣旨の狀云左辨官くたす土佐の國はや 0000_,17,268b31(00):くめしかへすへき流人源の元彥か身の事右件の元彥 0000_,17,268b32(00):いにしへ建永二年二月廿七日土佐の國に配流しかる 0000_,17,268b33(00):にいま念訴するところあるによりてめしかへさるる 0000_,17,268b34(00):ところ也者某宣奉勅くたむのめしかへさしむるにい 0000_,17,269a01(00):たりては國よろしく承知すへし宣によりて是をおこ 0000_,17,269a02(00):なふ承元三年八月日左大史小攬宿禰國實辨 0000_,17,269a03(00):
赦免宣下。宣旨到達。出發歸路の圖
0000_,17,269a04(00):此時稱名のこゑいよいよたかしやまひこ五須彌山に 0000_,17,269a05(00):もひひくらん往生の願念いたりてゆかしきここち功 0000_,17,269a06(00):德池にもあまらんやかるかゆへに極樂世界には常に 0000_,17,269a07(00):菩薩聖衆をもよをして上人來迎の雲をこしらえて我 0000_,17,269a08(00):等が往生をさきとすかくていまた入洛にをよはすか 0000_,17,269a09(00):ちおの山に勝如上人往生の地いみしくおほへて暫お 0000_,17,269a10(00):はしけれは華夷の男女道俗貴賤參あつまり侍り住侶 0000_,17,269a11(00):等臨時に七日夜の念佛勤行し侍りけり 0000_,17,269a12(00):
勝尾寺留錫諸人參拜の圖
0000_,17,269a13(00):當山に一切經ましまさるるよし聞召けれは上人所持 0000_,17,269a14(00):の經論をわたし給ふに寺内の老若上下七十餘人を遣 0000_,17,269a15(00):はしてさかむかへに上人の弟子殿法印御房古の住 0000_,17,269a16(00):侶等花を散し香をたき盖をさしてむかへたてまつる 0000_,17,269a17(00):住侶各隨喜悅譽して法印聖覺を唱導として開題讚嘆 0000_,17,269b18(00):の詞に云夫八萬法藏は八萬の衆類をみちひき一實眞 0000_,17,269b19(00):如は一向專修をあらはす　用明天皇の儲君御誕生に 0000_,17,269b20(00):南無佛と唱給ふ其名をあらはさすといへとも心は彌 0000_,17,269b21(00):陀の名號也慈覺大師の念佛傳燈は文をひきて寶池の 0000_,17,269b22(00):波にこゑをたて空也上人の念佛はこゑをたて數をは 0000_,17,269b23(00):しらす惠心僧都の要集には二の道を作りて一心散心 0000_,17,269b24(00):の得失を判す永觀律師の往生十因には十門をたてて 0000_,17,269b25(00):一偏にはつかす良忍上人の融通念佛は神祇をは勸給 0000_,17,269b26(00):へ共凡夫の望はうとし爰に我か大師法然上人行年四 0000_,17,269b27(00):十三より念佛門に入てあまねくひろめ給ふに天子の 0000_,17,269b28(00):いつくしき玉冠を西にかたふけ月卿のかしこき金笏 0000_,17,269b29(00):を東にたたしくす皇后のこひたるいたひけの跡をこ 0000_,17,269b30(00):ひ傾城のことむなき五百の侍女をまなふあひたとめる 0000_,17,269b31(00):はをこりてもてあそひ貧しきはなけきて友とす農夫 0000_,17,269b32(00):か鋤をふむ念佛をもて田謌とし織女かいとをひく念 0000_,17,269b33(00):佛をたてぬきにし鈴をならす驛路には念佛をもちて 0000_,17,269b34(00):馬に擬しふなはたをたたく海上に念佛をもちて魚を 0000_,17,270a01(00):つり雪月花を見る人は西樓に目をかけ琴詩酒のとも 0000_,17,270a02(00):からは西の枝の梨子ををる是みな彌陀をあかめさる 0000_,17,270a03(00):をは瑕瑾とし念珠をくらさるをは耻辱とす爰をもて 0000_,17,270a04(00):花族遊妾といへとも念佛せさるをはおとしめ乞匃非 0000_,17,270a05(00):人といへとも念佛するをはもてなすかるかゆへに八 0000_,17,270a06(00):功德池のうへには念佛のはちすの池にみち三尊來迎 0000_,17,270a07(00):の砌には紫臺をさしをくひまなししかれは我等か念 0000_,17,270a08(00):佛せさるは彼池の荒廢なり我等か欣求せさるは此國 0000_,17,270a09(00):のうみ人也國のにきはひ佛のたのしみ念佛をもちて 0000_,17,270a10(00):本とす人のねかひ我かのそみ念佛をもちてさきとす 0000_,17,270a11(00):仍當座の愚昧公請につかふまつりてかへる夜は念佛 0000_,17,270a12(00):を唱て枕とし私宅を出てわしるひま極樂を念して車 0000_,17,270a13(00):をはすこれ上人の敎誡過去の宿善にあらすやとて鼻 0000_,17,270a14(00):をかみこゑをむせひ舌をまきてととこほるきさみ法 0000_,17,270a15(00):主なみたをなかし聽衆袖をしほることことく念佛門 0000_,17,270a16(00):になひきてしかしなから上人のすすめにかなふ 0000_,17,270a17(00):
一切經の寄與を迎える圖
0000_,17,270b18(00):さて住侶は十餘人面面に上人の興隆を悅て一山のた 0000_,17,270b19(00):め萬代のかためいかてかその廣恩を報せむと思へり 0000_,17,270b20(00):むかし戒成皇子金泥の大般若の供養のみきりに山上 0000_,17,270b21(00):の草木ことことくなひく南なるは北にふし西なるは 0000_,17,270b22(00):東になみよりしかことく西基のまついま西谷に侍り 0000_,17,270b23(00):その谷を上人御經廻のあひた廻向したてまつりて菜 0000_,17,270b24(00):つみ水くむわつらひなくこのみをひろいつま木をこ 0000_,17,270b25(00):るたよりあるへきよし申あはせけるにいくほとなく 0000_,17,270b26(00):して歸京のよしきこへければ一山なこりをおしみて 0000_,17,270b27(00):九重の雲にをくりたてまつる 0000_,17,270b28(00):（一切經開題供養の圖） 0000_,17,270b29(00):源空上人一念停止の書狀そへたり聖覺法印の書狀當 0000_,17,270b30(00):世念佛門におもむく行人等の中におほくもて無智誑 0000_,17,270b31(00):惑輩有いまた一宗の廢立をしらす一法の名目に及は 0000_,17,270b32(00):す心に道心なく身に利養をもとむ是によりて恣に妄 0000_,17,270b33(00):語をかまへて諸人を迷惑す偏に渡世のはかりことの 0000_,17,270b34(00):ためにしてまたく來世の身をかへりみすかたましく 0000_,17,271a01(00):一念の僞法をひろめて無行のとかを謝せす剩無念邪 0000_,17,271a02(00):儀をたててなを一稱の小行をうしなふ微善なりとい 0000_,17,271a03(00):へとも善根にをひてあとをつけり重罪なりといへと 0000_,17,271a04(00):も罪障におひていよいよいきをひをます刹那五欲の 0000_,17,271a05(00):樂をうけむかために永劫三途の業を恐す人を敎化し 0000_,17,271a06(00):て云彌陀の願をたのまむものは五逆をははかる事な 0000_,17,271a07(00):かれ心に任て是をつくるへし袈裟を着すへからすよ 0000_,17,271a08(00):ろしく直垂を着して婬肉を斷すへからすほしきまま 0000_,17,271a09(00):に鹿鳥を食すへしと云弘法大師異生羝羊の心を釋し 0000_,17,271a10(00):ての給はくたた婬欲を思ふ事かの羝羊のことしとい 0000_,17,271a11(00):へり此ともからたた弊欲にふける事ひとへに彼たく 0000_,17,271a12(00):ひの十重心の中に三惡道の心なり誰かかなしまさら 0000_,17,271a13(00):むやたた餘敎をさまたくるのみにあらすかへりて念 0000_,17,271a14(00):佛の行をうしなふ懈怠無慚の業をすすめて捨戒還俗 0000_,17,271a15(00):の縁をしめすこの本朝には外道なし是すてに天魔の 0000_,17,271a16(00):かまへなり佛法を破滅し世人を惑亂す此敎流にした 0000_,17,271a17(00):かはんものは痴鈍のいたす所也いまた敎文を學せす 0000_,17,271b18(00):といふとも心あらむともからは何そ信すへきや善導 0000_,17,271b19(00):和尚所造の觀念法門に云すへからく持戒念佛すへし 0000_,17,271b20(00):と云云和尚弟子三昧發得の懷感法師の群疑論にいは 0000_,17,271b21(00):く兜率を志求せむものは西方の行人を毀事なかれた 0000_,17,271b22(00):た各性欲にしたかひ心にまかせて修學すへしと云云 0000_,17,271b23(00):安養の行人この敎にしたかはむと思はは祖師の跡を 0000_,17,271b24(00):ふみて隨分に戒品をまもりて衆罪をつくらす餘敎を 0000_,17,271b25(00):妨す餘行をかろしむる事なかれ惣て佛法におひて恭 0000_,17,271b26(00):敬の心をなして更に三萬六萬の念佛を修しまさに五 0000_,17,271b27(00):門九品の淨土を期すへしと云云しかるに近日北陸道 0000_,17,271b28(00):の中にひとりの誑法のものあり妄語をかまへて云法 0000_,17,271b29(00):然上人の七萬遍の念佛はたた是をしらすいはゆる彌 0000_,17,271b30(00):陀の本願をしれは身かならす極樂に往生す淨土の業 0000_,17,271b31(00):に滿足しぬ此うへなんそ一遍なりといふとも重て名 0000_,17,271b32(00):號を唱ふへきや彼の上人の禪房にして門人等に三十 0000_,17,271b33(00):人ありて秘義を談せし所に淺智のたくひ性鈍にして 0000_,17,271b34(00):いまたさとらす利根のともからわつかに五人あて此 0000_,17,272a01(00):深法を得たり我そのひとり也彼上人すてに心中の奧 0000_,17,272a02(00):義也たやすく是をさつけす機をえらひて傳受せしむ 0000_,17,272a03(00):へしと云云風聞の説もし實ならはみなもて虚言なり 0000_,17,272a04(00):迷者をあはれまむかためには誓言をたつ貧道もし是 0000_,17,272a05(00):を秘して僞て此旨をのへ不實の事をしるさは十方三 0000_,17,272a06(00):寶まさに知見をたれて毎日七萬遍の念佛をしかしな 0000_,17,272a07(00):からむなしくその利益をうしなはむ圓頓行者のはし 0000_,17,272a08(00):め實相を縁する六度萬行を修して無生忍にいたるい 0000_,17,272a09(00):つれの法か行なくして證をうるやこひねかはくはこ 0000_,17,272a10(00):の疑網に墮せむたくひ邪見の稠林をきりて正直の心 0000_,17,272a11(00):地をみかき將來の鐵城をのかれて終焉の金臺にのほ 0000_,17,272a12(00):れ胡國程遠し思ひを鴈札に通す北陸さかひはるか也 0000_,17,272a13(00):心を像敎にひらく山川雲かさなりて面を千萬里の月 0000_,17,272a14(00):にへたつれとも化導縁あつくして久し一佛土の風に 0000_,17,272a15(00):ちかつけむしかのみならず誑惑のともからいまた半 0000_,17,272a16(00):卷の書をよます一句の法をうけす弟子と號する甚そ 0000_,17,272a17(00):のいひなしをのか身の智德かけて人をして信用せし 0000_,17,272b18(00):めむかためにほしきままに外道の法をときて師匠の 0000_,17,272b19(00):説とし或はみつから稱して弘願門となつけ或は心に 0000_,17,272b20(00):任て謀書をつくり念佛要文集と號す此書の中にはし 0000_,17,272b21(00):めて僞法を作てあしたに證據にそなふ念佛秘之經也 0000_,17,272b22(00):花嚴等の大乘の中に本經になき所の文を作て云諸善 0000_,17,272b23(00):をなすへからず唯專修一念をつとむへしと云云彼書 0000_,17,272b24(00):いま現に花夷に流布す智者みるといふともわらふへ 0000_,17,272b25(00):し愚人是を信受する事なかれかくのことくの謀書前 0000_,17,272b26(00):代にもいまたきかすなを如來にをきて妄語をよす況 0000_,17,272b27(00):や凡夫にをきて惡言をあたえんをや此猛惡の經一を 0000_,17,272b28(00):持て萬を察すへきもの也是癡闇の輩也いまた邪見と 0000_,17,272b29(00):するに及す誑惑のたくひ也名利のために他をあやま 0000_,17,272b30(00):つ抑貧道山修山學のむかしより五十のあひた諸宗の 0000_,17,272b31(00):章疏等披閲して嶺岳になき所をは之を他門にたつね 0000_,17,272b32(00):てかならす一見をとく讚仰としつもり聖敎殆つくす 0000_,17,272b33(00):しかのみならす或は夏の間四種三昧を修し或は九旬 0000_,17,272b34(00):のうちに六時懺法を行す年來長齋して顯密の諸行を 0000_,17,273a01(00):修練す身すてにつかれて老の後に念佛をつとむ今稱 0000_,17,273a02(00):名の一門に付て易往の淨土を期すといへとも猶他宗 0000_,17,273a03(00):の敎文に悉く敬重をなす況やもとより貴ふところの 0000_,17,273a04(00):眞言止觀をや本山黑谷の法藏傳持するかくる所有聖 0000_,17,273a05(00):敎をはなをかさねて書寫したてまつりて是をおきぬ 0000_,17,273a06(00):ふ然に新發道意の侶愚闇後末の客いまたその往昔を 0000_,17,273a07(00):みす此深奧をしらすわつかに念佛の行儀をききみた 0000_,17,273a08(00):りかはしく偏愚の邪執をなす嗚呼哀哉いたむへしか 0000_,17,273a09(00):なしむへし有智の人是をみて旨を達せよその趣を先 0000_,17,273a10(00):年の比しるすところの七箇條の敎誡の文にのせたり 0000_,17,273a11(00):子細はしおほし毛擧するにあたはす而已一念停止の 0000_,17,273a12(00):書狀承元三年六月十九日沙門源空在判 0000_,17,273a13(00):越後の國より上洛せらるる上人の申さるる旨委承畢 0000_,17,273a14(00):彼國に披露する念佛の義承かことくは悲涙をさへか 0000_,17,273a15(00):たく候者也そのうちに愚僧をもつて惡僧勸進の證人 0000_,17,273a16(00):にもちゐらるる條甚いたみおもひたてまつるもの也 0000_,17,273a17(00):披露のことくは法然上人の御もとに隆寬律師再會合 0000_,17,273b18(00):して此儀をなすと云云此條大無實也彼上人はこと存知 0000_,17,273b19(00):の旨あり菩薩十重禁戒を傳受し奉り畢仍授戒の師範 0000_,17,273b20(00):也其條うたかひなし念佛の業にいたりては一文一義 0000_,17,273b21(00):全以是を傳受せす況や隆寬律師あひともに會合談儀 0000_,17,273b22(00):の事すへてもて無實也小僧説法の頃に時時普通の解 0000_,17,273b23(00):釋の事を述釋する事有粗是を傳聞て直に彼上人に對 0000_,17,273b24(00):して是を傳受せすそのうへ或は一念往生の義をかま 0000_,17,273b25(00):へて念佛往生の義を廢退し或は本願を信すと號して 0000_,17,273b26(00):衆惡を行し此等の義心中に是を存せす口言に是をの 0000_,17,273b27(00):へすかなしきかなやいたましきかなや末世の邪僻た 0000_,17,273b28(00):れ人か此重罪をひらかむ惡鬼その身に入ともからに 0000_,17,273b29(00):あらすは此事をわきまへかたきか今此申のふるとこ 0000_,17,273b30(00):ろもし憍餝あらはながく佛種をたちてよろしく闡提 0000_,17,273b31(00):のたくひたるへし有心の道俗ゆめゆめ彼邪敎に隨順 0000_,17,273b32(00):する事なかれ此趣をもちてつたえひろめしき給へき 0000_,17,273b33(00):狀件のことし 0000_,17,273b34(00):承元三年六月廿三日 0000_,17,274a01(00):前權大僧都聖覺在判 0000_,17,274a02(00):
聖覺書狀を認むるの圖
0000_,17,274a03(00): 0000_,17,274a04(00): 0000_,17,274a05(00): 0000_,17,274a06(00): 0000_,17,274a07(00): 0000_,17,274a08(00): 0000_,17,274a09(00): 0000_,17,274a10(00): 0000_,17,274a11(00): 0000_,17,274a12(00): 0000_,17,274a13(00): 0000_,17,274a14(00): 0000_,17,274a15(00): 0000_,17,274a16(00): 0000_,17,274a17(00): 0000_,17,274b18(00):卷八 0000_,17,274b19(00):向福寺琳阿彌陀佛 0000_,17,274b20(00):建曆元年辛未十一月廿日　龍顏逆鱗のいましめをやめ 0000_,17,274b21(00):て烏頭變毛の宣旨を蒙れり勝尾隱居の後鳳城に還歸 0000_,17,274b22(00):有るへきよし太上天皇順德天皇院宣をうけしめ給へはよ 0000_,17,274b23(00):し水の前大僧正慈鎭御沙汰として大谷の禪坊に居住 0000_,17,274b24(00):し給と云云 0000_,17,274b25(00):
大谷禪房に歸還の圖
0000_,17,274b26(00):むかし釋尊忉利の雲よりをり給しを人天大會よろこ 0000_,17,274b27(00):ひおかみたてまつりしかことく今聖人南海のなみを 0000_,17,274b28(00):さかのほり給へは道俗男女面面に供養をのへたてま 0000_,17,274b29(00):つること一日夜のうちに一千餘人と云云幽國の地を 0000_,17,274b30(00):しむといへとも貴賤高卑のあつまり參事さかりなる 0000_,17,274b31(00):市のことし權中納言光親卿の奉行にて歸京のよしをほ 0000_,17,274b32(00):せ下され侍りける時人人本望やすまりぬ或雲客の夢 0000_,17,274b33(00):に上人内裏御參の時天童五人雲に乘て管紘遊戯す天 0000_,17,274b34(00):蓋をさし覆奉る夢醒て聞に上人内裏へ參し給り不思 0000_,17,275a01(00):儀なりしと也 0000_,17,275a02(00):
夢中參内天童遊戯の圖
0000_,17,275a03(00):建曆貳年壬申正月一日よりは老病そらに期して蒙昧身 0000_,17,275a04(00):にいたれり待ところたのむことまことによろこはしきか 0000_,17,275a05(00):なやとて高聲念佛不退なり或時は弟子に告ての給は 0000_,17,275a06(00):くわれもと天竺にありて聲聞僧にましはりき頭陀を 0000_,17,275a07(00):行しき今日本國に來て天台宗に入て又念佛をすすむ 0000_,17,275a08(00):身心に苦病なく蒙昧忽に分明なり抑我往生は一切衆 0000_,17,275a09(00):生の結縁のため也われもと居せし所なれば歸行へし 0000_,17,275a10(00):唯人を引導せんと思ふ 0000_,17,275a11(00):
病床御物語の圖
0000_,17,275a12(00):十一日の辰の時上人をきいて高聲に念佛し給き愚人 0000_,17,275a13(00):みな涙流す弟子等につけてのたまはく高聲念佛すへ 0000_,17,275a14(00):し阿彌陀佛きたり給へるなりとこの佛の名號をとな 0000_,17,275a15(00):うれは一人も往生せすといふ事なしといひて念佛の 0000_,17,275a16(00):功德を讚嘆し給事あたかも昔のことし上人又の給はく 0000_,17,275a17(00):觀音勢し等の菩薩聖衆現前し給へりおのおのおかみ 0000_,17,275b18(00):たてまつるにやいなやと弟子等おかみたてまつらす 0000_,17,275b19(00):と云云是を聞ていよいよ念佛せよとすすめ給ふ其後 0000_,17,275b20(00):弟子等臨終のために三尺の彌陀の像を病床のみきり 0000_,17,275b21(00):にむかへたてまつりて云此佛を拜し給へしと時に上 0000_,17,275b22(00):人ゆひをもて空をさしての給はくこの佛のほかに又 0000_,17,275b23(00):おはしますおかむやとすなはちかたりていはく凡こ 0000_,17,275b24(00):の十餘年よりこのかた念佛の功つもりて極樂の莊嚴 0000_,17,275b25(00):をよひ佛菩薩等の御身を見たてまつることつねのこ 0000_,17,275b26(00):となりしかれとも年來秘していはすいま沒期にのそ 0000_,17,275b27(00):めりかるかゆへにしめすところなり又弟子等佛の御 0000_,17,275b28(00):手に五色のいとをつけてすすむれはこれをとり給は 0000_,17,275b29(00):す上人の給はく如此のことは是つねの人の儀式なり 0000_,17,275b30(00):我身にをひてはいまかならすしもといひてつゐにこ 0000_,17,275b31(00):れをとり給はす廿日巳の時紫雲靉靆として坊の上に 0000_,17,275b32(00):垂布せりなかくたなひきて又圓形の雲あり圖繪の形 0000_,17,275b33(00):像の圓光のことくして五色鮮潔なり路次往反の人處處 0000_,17,275b34(00):にこれを見る弟子申さくこのうへに紫雲まさにつら 0000_,17,276a01(00):なれり往生のちかつき給へるかと上人ききての給は 0000_,17,276a02(00):くあはれなるかなあはれなるかなわか往生はたた一切衆生をし 0000_,17,276a03(00):て念佛を信せしめむかためなりと未時ことに目をひら 0000_,17,276a04(00):きて西方へ見をくり給こと五六遍看病の人聞ていは 0000_,17,276a05(00):く佛のきたり給かとこたへての給はくしかなり 0000_,17,276a06(00):
紫雲靉靆の圖
0000_,17,276a07(00):抑七八年のそのかみある雲客兼隆朝臣夢に見云云上人御 0000_,17,276a08(00):臨終の時は光明遍照の四句の文を唱給へしと云云爰 0000_,17,276a09(00):上人廿三日以後三日三夜或は一時或は半時高聲念佛 0000_,17,276a10(00):不退のうへことに廿四日酉刻より廿五日の巳刻に至る 0000_,17,276a11(00):迄は高聲念佛體をせめて無間也弟子五六人番番に助 0000_,17,276a12(00):音す助音の人人は窮屈にをよふといへとも老體病腦 0000_,17,276a13(00):の身高聲念佛勇猛にしておこたらす參集せる道俗見 0000_,17,276a14(00):聞せる老少讚嘆せすといふ事なし午時に至りてその 0000_,17,276a15(00):念佛の聲漸かすかにして高聲は時時あひましはる 0000_,17,276a16(00):正しく最後にのそむ時は年來所持の慈覺大師の袈裟 0000_,17,276a17(00):をかけて頭北面西にして光明遍照十方世界念佛衆生 0000_,17,276b18(00):攝取不捨の文を誦して念佛していきたえ給ぬ聲やみ 0000_,17,276b19(00):てのちなを脣舌をうこかすこと十餘へんはかりなり時 0000_,17,276b20(00):に春秋滿八十夏六十六身體柔軟にして容貌常のこ 0000_,17,276b21(00):とし惠燈すてにきえ法舟又沒しぬ貴賤哀慟して考妣 0000_,17,276b22(00):を喪せるかことし爰弟子等憂悲啼哭しなから彼砌に 0000_,17,276b23(00):葬したてまつる季節いかなる比そや釋尊滅をとなへ 0000_,17,276b24(00):給ひ上人滅をとなふるかれは二月中旬の五日也是は 0000_,17,276b25(00):正月下旬の五日なり八旬いかなるとしそや釋尊も滅 0000_,17,276b26(00):をとなへ給上人も滅を唱ふかれも八十なり是も八旬 0000_,17,276b27(00):なり 0000_,17,276b28(00):
御往生の圖
0000_,17,276b29(00):このとき建曆二年壬申正月廿五日午の正中に遷化行年滿八十 0000_,17,276b30(00):伏惟釋尊圓寂の月にすすめる一月荼毗の煙ことなり 0000_,17,276b31(00):といへとも彌陀感應の日にしりそくこと十日利生の風 0000_,17,276b32(00):これおなしきをや觀音垂迹の勝地勢至方便の善巧か 0000_,17,276b33(00):くのことし然して後門弟に世間の風俗にまかせて遺骨 0000_,17,276b34(00):をおさめ中陰の孝行をいたす初七日御導師信蓮房不 0000_,17,277a01(00):動尊を供養す大宮の入道大臣家の御諷誦の文云夫お 0000_,17,277a02(00):もむ見れは先師存在のむかし弟子遁朝の夕一心精誠 0000_,17,277a03(00):をこらして十重戒をうくかるかゆへに濟度を彼岸に 0000_,17,277a04(00):たのみてうやまて諷誦をこの砌に修す小善根ときら 0000_,17,277a05(00):ふことなかれ必大因縁とならむよて蓮臺の妙業をか 0000_,17,277a06(00):さらんかために早鳬鐘の逸韻を叩て別當さきの因防 0000_,17,277a07(00):守源朝臣盛親敬白二七日普賢菩薩の御導師求佛房と 0000_,17,277a08(00):云云建曆二年二月三日夜別當惟方入道のむすめ粟田 0000_,17,277a09(00):口の禪尼の夢に見て上人殯葬のところに詣たれは八 0000_,17,277a10(00):幡宮の御戸をひらくかとおほゆ御正體等もそのうち 0000_,17,277a11(00):におはしますときにこれは上人の葬の所にはあらす 0000_,17,277a12(00):八幡宮なりと思へはかたはらの人その御正體をさし 0000_,17,277a13(00):て云あれこそは法然上人御房の御體よといふ是を聞 0000_,17,277a14(00):て身の毛いよたちてあせをなかしてさめぬこの夢ま 0000_,17,277a15(00):た奇特なり抑神宮皇后元年辛巳大菩薩御誕生のとき八 0000_,17,277a16(00):のはたふりきかるかゆへに八幡大菩薩と號したてま 0000_,17,277a17(00):つるいま上人誕生の時ふたつの幡ふれり大菩薩の御 0000_,17,277b18(00):本地を行敎和尚みたてまつらむと祈願し給しかはた 0000_,17,277b19(00):もとのうへに阿彌陀如來うつり給ひき三七日彌勒御 0000_,17,277b20(00):導師住眞房弟子湛空誦經物をささく義之かすり本一 0000_,17,277b21(00):紙をもて十二行八十餘字 0000_,17,277b22(00):にしへよしゆくへきみちのしるへせよ 0000_,17,277b23(00):むかしもとりのあとはありけり 0000_,17,277b24(00):
初七日二七日追善。禪尼　夢に八幡宮を拜する圖
0000_,17,277b25(00):四五七日しけきによりて是を略す六七日法印大僧都 0000_,17,277b26(00):聖覺無動寺の大僧正慈圓御諷誦あけらるる七七日御 0000_,17,277b27(00):導師園城寺の長吏法務大僧正公胤信空の願文に云先 0000_,17,277b28(00):師廿五歳のむかし弟子十二歳のときかたしけなく師 0000_,17,277b29(00):資約契をむすひ久しく五十の年序をつむ一旦の生死 0000_,17,277b30(00):をへたてて九廻の膓をたたむとす叡山黑谷の草庵に 0000_,17,277b31(00):宿せしより東都白川の禪房へうつりしにいたるまて 0000_,17,277b32(00):其間撫育の恩といひ提撕の志といひ報謝の思昊天を 0000_,17,277b33(00):のつからきはまりぬここをもて彌陀迎接十一軀の形 0000_,17,278a01(00):像をあらはして胎藏金剛兩部の種子を安す又摺寫の 0000_,17,278a02(00):妙法蓮華經書寫の金光明經各一部開眼開題一心懇志 0000_,17,278a03(00):三寶知見し給と云云凡この間佛事いとなみ諷誦行す 0000_,17,278a04(00):る人これおほし僧正唱導をのそみ給へる故は上人所 0000_,17,278a05(00):造の選擇集を破せむかために淨土一决疑抄三卷をつ 0000_,17,278a06(00):くる上人面謁の時重重の問答に悉くつかへされて悔 0000_,17,278a07(00):かなしみて見つから燒すてて歸伏しぬ猶猶そのとか 0000_,17,278a08(00):をかなしみて沒後の導師を勤られけり 0000_,17,278a09(00):
七七の追薦の圖
0000_,17,278a10(00):その夜の夢に上人公胤に告て云往生の業の中に一日 0000_,17,278a11(00):六時刻一心不亂念功驗最第一六時稱名者往生必決定 0000_,17,278a12(00):雜善不決定專修決定善源空爲孝養公胤能説法成善不 0000_,17,278a13(00):可盡臨終先迎接源空本地身大勢至菩薩衆生敎化故來 0000_,17,278a14(00):此界度度 0000_,17,278a15(00):
公胤夢に上人の告を蒙る圖
0000_,17,278a16(00): 0000_,17,278a17(00): 0000_,17,278b18(00):卷九 0000_,17,278b19(00):向福寺琳阿彌陀佛 0000_,17,278b20(00):建保四年丙子閏六月廿日種種の瑞相を示して僧正公　胤七十二 0000_,17,278b21(00):禪林寺の邊にして往生をとく于時紫雲はるかにたな 0000_,17,278b22(00):ひきて姑射山槐門に見へて太上天皇院使山つかはさ 0000_,17,278b23(00):れ准后の宮土御門の内大臣家方方より車馬をとほし 0000_,17,278b24(00):花洛邊土の貴賤上下耳目を驚し侍けり 0000_,17,278b25(00):
公胤往生の圖
0000_,17,278b26(00):延曆寺のなしもとは實相圓融の坊靑蓮院は黄門皇胤 0000_,17,278b27(00):の跡なり各各四明一山の貫主にそなはり兩門三千の 0000_,17,278b28(00):棟梁にてまします賢哲なり或は在世のむしろには上 0000_,17,278b29(00):人をもて念佛の先達とし或は歿後の庭には諷誦を捧 0000_,17,278b30(00):て往生の後會をちきる縱楞嚴の衣は墳墓をかたふく 0000_,17,278b31(00):へくとも彼此果後なかれいかてか遺骸をおろそかに 0000_,17,278b32(00):する事をえんや本山のためいかなるあやまりかきこ 0000_,17,278b33(00):へけむ後堀河院の御宇金剛壽院座主僧正圓基治山の 0000_,17,278b34(00):時嘉祿三年六月廿一日に山の所司專當をつかはして 0000_,17,279a01(00):大谷の廟堂をこほちすつべきよし侍りけるに東隅の 0000_,17,279a02(00):入道出向て問答す又右兵衞尉藤原の盛政法師はせ向 0000_,17,279a03(00):て問答して云事の子細あらはすへからく天聽を驚し 0000_,17,279a04(00):たてまつり別しては武家に相ふれて是非に隨て左右 0000_,17,279a05(00):すへき處にみたりに狼藉をいたすこと自由速に惡行を 0000_,17,279a06(00):ととむへし是關東御下知の趣なりもしこの制法にか 0000_,17,279a07(00):かはらすは法にまかすへし更にうらむる事なかれと 0000_,17,279a08(00):云にととまらす 0000_,17,279a09(00):
廟堂破壞制止の圖
0000_,17,279a10(00):兼てそのよしを申侍しうへは醫王山王もきこしめせ 0000_,17,279a11(00):念佛守護の赤山大明神にかはりたてまつりて四魔三 0000_,17,279a12(00):障うちはらはむ僞て四明三千の使と號して魔縁のむ 0000_,17,279a13(00):らかり來るもととりは主君のためにそのかみきりに 0000_,17,279a14(00):き命は唯今師範の爲にすつへし縱萬騎の兵むかふと 0000_,17,279a15(00):も爭か一人當千の手にかかるへき思きや武勇のみち 0000_,17,279a16(00):にして師匠の恩を報し往生の門出せんとははかりき 0000_,17,279a17(00):や凶惡の輩をもて善知識の因縁とすへしと云事を各 0000_,17,279b18(00):南無阿彌陀佛と稱すへし唯今汝か命を一一にほろほ 0000_,17,279b19(00):してむ自他もろともに九品蓮臺の同行也善惡不二の 0000_,17,279b20(00):をしへ邪正一如のをきては山門の使ならは聞知ぬら 0000_,17,279b21(00):ん顯には關東の御家人弓箭をとりて狼藉をふせく冥 0000_,17,279b22(00):には西土の念佛者魔軍を爭かはらはさらむ死人には 0000_,17,279b23(00):宣命をふくむとも遺骨には誰か威勢をほとこさむと 0000_,17,279b24(00):云て子息一人郞等をあひくしてかけけるに面をむく 0000_,17,279b25(00):るものなしくものこをちらすかことくうせにけり 0000_,17,279b26(00):
狼藉者を追拂ふ圖
0000_,17,279b27(00):件の夜の改葬に宇津の宮の入道守護のために遁世の 0000_,17,279b28(00):身なれともいてにし家の子郞等を招て俄の事なれは 0000_,17,279b29(00):五六百騎の兵等をもて宿直すとて哀哉昔は死生不知 0000_,17,279b30(00):の譽をほとこさんとおもひしかとも今は往生極樂の 0000_,17,279b31(00):名をととめむと願す宿習のたすくるところたた事に 0000_,17,279b32(00):はあらし御廟はこほちて御棺はかりに成て御弟子等 0000_,17,279b33(00):并兵士等めくりけり倩往事を思へは祖父金吾朝綱は 0000_,17,279b34(00):東大寺の脇士觀世音菩薩を造立し奉りてかたみを東 0000_,17,280a01(00):海にととめ孫子賴綱は西方界の敎主阿彌陀如來に歸 0000_,17,280a02(00):依して神を西刹にすましむ宿縁契ふかく前途賴あり 0000_,17,280a03(00):しかうして御棺を荷て洛中をとをしたてまつるに面 0000_,17,280a04(00):面に涙をなかし各各袖をしほるおそらくは雙樹林の 0000_,17,280a05(00):夕の色拔提河の曉の浪もかくやと哀にそみへける惣 0000_,17,280a06(00):して但念佛の行人一向欣求のともから千餘人なりか 0000_,17,280a07(00):の月氏栴檀の尊容をぬすみ奉りし時若干の軍兵をお 0000_,17,280a08(00):こしてうははんと企き此日域本師遺骸を改葬したて 0000_,17,280a09(00):まつる時災難なからむや嵯峨にて火葬し奉るにさま 0000_,17,280a10(00):さまの奇瑞共あり靈雲そらにみち異香庭にかほる其 0000_,17,280a11(00):後眞影をうつして遠忌を修し禮賛をまうけて月忌を 0000_,17,280a12(00):いとなむに門門戸戸に誰人か三五夜中の光をおしま 0000_,17,280a13(00):さる國國處處に何の堺か六八弘誓の雲をのそまさら 0000_,17,280a14(00):むや遺弟の一念をあらそふ遙に末法萬年の命をつき 0000_,17,280a15(00):累葉の六字を唱ふるすみやかに本願三心の旨をあら 0000_,17,280a16(00):はす 0000_,17,280a17(00):
遺骸奉移の圖
0000_,17,280b18(00):上人修行の初先當伽藍に詣て給ふ定て御祈精の旨侍 0000_,17,280b19(00):けむ釋迦彌陀契ふかく此土他土縁あさからすして遂 0000_,17,280b20(00):に遺骨を件の地におさむ初從此佛菩薩結縁還前此佛 0000_,17,280b21(00):菩提成就と云へりまことなるかなや抑西霞館は嵯峨天 0000_,17,280b22(00):皇の御跡なり則阿彌陀堂を建立して西霞寺と號すか 0000_,17,280b23(00):たはらにおなしき御まやを食堂とし雁屋を鐘樓とし 0000_,17,280b24(00):泉殿を閼伽井とすいまの釋迦堂はいつみのなをかり 0000_,17,280b25(00):て淸凉寺とす聖骨をおさめ奉らむかために敬て寶塔 0000_,17,280b26(00):一基を建立し念佛三昧を勤修して阿波院の御骨おな 0000_,17,280b27(00):しく是をおさめ奉るをくら山のふもと中院の靈場は 0000_,17,280b28(00):大乘善根の堺なり今二尊院と號する是なり 0000_,17,280b29(00):
遺骸荼毘嵯峨鴈塔の圖
0000_,17,280b30(00):凡上人の德行自他諸宗ゆゆしき事勝計すへからすま 0000_,17,280b31(00):つ法相には贈僧正藏俊三論には大納言法印寬雅天台 0000_,17,280b32(00):には座主顯眞薗城寺には長吏僧正公胤花嚴には法橋 0000_,17,280b33(00):慶雅眞言には少將の上人實範はしめは謗してのちに 0000_,17,280b34(00):は歸す仁和寺の法親王御歸依尤ふかし竹林房の靜嚴 0000_,17,281a01(00):は上人にあふて念佛の信をとる誰の人か慈覺大師の 0000_,17,281a02(00):御袈裟を相傳せんや南岳大師相承也誰人か帝王の御ため御受 0000_,17,281a03(00):戒の師となるや誰人か法皇の御ため眞影をうつしと 0000_,17,281a04(00):とめらるるや誰人か他門のため歸敬せらるるや誰人 0000_,17,281a05(00):か現身に光を放や是則かしこに彌陀の智用をみかき 0000_,17,281a06(00):勢至菩薩とここに勢至をほめて無邊光と申す智惠の 0000_,17,281a07(00):光をもちて一切を照か故也上人を譽るに智惠第一と 0000_,17,281a08(00):稱す碩德の用をもちて七道をうるほす故也彌陀は勢 0000_,17,281a09(00):至に勅して濟度の使とし善導は上人を遣して順縁の 0000_,17,281a10(00):機をととのへ給へりはかりしりぬ十方三世無央數界 0000_,17,281a11(00):有性無性和尚の興世にあひてはしめて五乘齊入のみ 0000_,17,281a12(00):ちをさとり三界空居四禪八定天王天衆上人の誕生に 0000_,17,281a13(00):よりて忝五衰退沒の苦をぬきいてむ何況末代惡世の 0000_,17,281a14(00):衆生彌陀稱名の一行によりて悉往生の素懷をとくる 0000_,17,281a15(00):事源空上人傳説興行の故なり仍未來弘通のために錄 0000_,17,281a16(00):之又上人御沒後に歸依いよいよ盛にして明禪法印は 0000_,17,281a17(00):偏に上人勸化のこと葉を信して臨終の時政信上人を 0000_,17,281b18(00):善知識として極重惡人無他方便の四句の文を唱へし 0000_,17,281b19(00):め念佛祈て往生をとけらると云又沙彌隨蓮は上人の 0000_,17,281b20(00):配所へ御供したりしものなり出家ののち常に上人の 0000_,17,281b21(00):御坊へ參りけりそのあひたに諸人のまいりたるにむ 0000_,17,281b22(00):かふことに常におほせられて云念佛はたた樣なきをも 0000_,17,281b23(00):て樣とする也只常に念佛の行をもちて詮とすへしと 0000_,17,281b24(00):云隨蓮偏に此仰の旨を信して二心なく念佛を申けり 0000_,17,281b25(00):上人御往生の後は彌念佛のほかすこしも餘念なくて 0000_,17,281b26(00):三箇年をへける程に世間の念佛者共いかに念佛申と 0000_,17,281b27(00):も學問して三心をしらすは往生すへからすと云爰に 0000_,17,281b28(00):隨蓮その人にむきて云故上人の御房は念佛は樣なき 0000_,17,281b29(00):をもて樣とす只偏に佛語を信して念佛すれは必往生 0000_,17,281b30(00):するなりとて全三心の事をもおほせられさりきと申 0000_,17,281b31(00):せは彼仁の云それは一切こころうましきもののため 0000_,17,281b32(00):に方便して仰られけるなり御存知の旨とて經釋の文 0000_,17,281b33(00):を少少ゆゆしけに申聞せけれは隨蓮か心に誠にさも 0000_,17,281b34(00):やありけんと聊疑心をおこして誰人にか此事をたつ 0000_,17,282a01(00):ね申へきと思て一兩月の間此事心にかかりて念佛も 0000_,17,282a02(00):申されすして過る程に或夜の夢に法勝寺の西門をさ 0000_,17,282a03(00):し入てみれは池の中にやうやうの蓮華ひらけてよに 0000_,17,282a04(00):めてたかりけれは西の廊のかたへあゆみよりてみあ 0000_,17,282a05(00):けたれは僧徒あまたならひゐて淨土の法門談らせらる 0000_,17,282a06(00):るを隨蓮きた橋にのほりあかりてみれは故上人の御 0000_,17,282a07(00):房北なる座に南むきにましますと隨蓮みつけまいら 0000_,17,282a08(00):せてかしこまるに上人隨蓮を御覽してまちかくまい 0000_,17,282a09(00):れとめしけれは御かたはらにまいりぬしかるに隨蓮 0000_,17,282a10(00):か存する旨いまた申ささるさきに上人おほせられて 0000_,17,282a11(00):云汝この程心におもひなけく事ありゆめゆめなけく 0000_,17,282a12(00):へからすと云此事一切に人にも申さす如何にして知 0000_,17,282a13(00):食たるにかと思なから上件の樣を申けれは上人仰に 0000_,17,282a14(00):云縱若僻事を云ものありてあの池なる蓮花を蓮花に 0000_,17,282a15(00):はあらす梅そ櫻そといはむをは汝はその定に蓮花に 0000_,17,282a16(00):はあらさりけりと思はんするか隨蓮申云現に蓮花に 0000_,17,282a17(00):候はんものをはいかに人申候ともいかか信候へきと 0000_,17,282b18(00):云上人の給はく念佛の業もみなみなかくの如し源空 0000_,17,282b19(00):か汝に念佛して往生する事はうたかひなしといひし 0000_,17,282b20(00):ことを信したるは蓮花蓮花と思はんか如しふかく信 0000_,17,282b21(00):して念佛を申へきなり惡儀邪義の見を梅櫻をはゆめ 0000_,17,282b22(00):ゆめ信すへからすと仰事ありと見て夢さめぬ其時隨 0000_,17,282b23(00):蓮むかしの御詞を深く信してすこしのふしんもなし 0000_,17,282b24(00):日來の疑心のこりなく散し畢て二心なく念佛して終 0000_,17,282b25(00):に往生をとけ畢 0000_,17,282b26(00):
隨蓮夢境の圖