0000_,18,302a01(00):學信和尚行狀記 0000_,18,302a02(00): 0000_,18,302a03(00):師諱は學信。字は敬阿。正蓮社。行譽は。嗣法の嘉 0000_,18,302a04(00):號なり。中頃三縁山豐譽大僧正より。華王道人の印 0000_,18,302a05(00):章を賜り。晩年又みづから無爲と稱せらる。その本 0000_,18,302a06(00):貫氏族はいまだ詳ならず。享保七年壬寅其月日。伊 0000_,18,302a07(00):豫國今治近邊鳥生村に誕生す。 0000_,18,302a08(00):伴嵩蹊畸人傳にいはく。今治の淨土宗の寺に新亡 0000_,18,302a09(00):の婦人を葬しが。其夜赤子の呱呱の聲頻に聞へけ 0000_,18,302a10(00):れば。住僧あやしみて。聲をしるべに尋ねしに。彼 0000_,18,302a11(00):新亡の墓也しかばいそぎほりうがたしめて。棺を 0000_,18,302a12(00):ひらき見るに。男兒生れ出てありけり。住僧よろ 0000_,18,302a13(00):こび。こは我授り得し子なりとて。乳母を付て養 0000_,18,302a14(00):しに。よく生立して此和尚となりたりと記せり。あ 0000_,18,302a15(00):る人のいはく。こはもはら人のいひ傳へたること 0000_,18,302a16(00):なれどもあやまりなり。師の母姙身して。臨月の 0000_,18,302a17(00):頃その祖先の墓に詣られしに。其墓所にてたちま 0000_,18,302b18(00):ち出生せられし也。そをかくいひ傳へたりと。いま 0000_,18,302b19(00):だいづれが是なることをしらず。このゆえにここ 0000_,18,302b20(00):にしるして異聞に備ふ。本傳その疑しきを闕のみ。 0000_,18,302b21(00):幼にして超然として。獨群ならず。みづから塵俗に 0000_,18,302b22(00):混ずることをいとひ。頻に出家を懇望せられしか 0000_,18,302b23(00):ば。父母その志のうばふべからざるを知りて。これ 0000_,18,302b24(00):を許せり。この時に。今治寺町圓淨寺。眞譽上人を 0000_,18,302b25(00):師として。剃染せらる。其才智常人に勝れ。記憶こ 0000_,18,302b26(00):とに強かりしかは。見聞の人皆これを稱讃せり。さ 0000_,18,302b27(00):れば讀經誦文の勤めすみやかになりし故密寺禪院に 0000_,18,302b28(00):遊びて。内外の典籍を學習せられけり。 0000_,18,302b29(00):今治の近邊。桂の里といへるに。靈驗いちじるき釋 0000_,18,302b30(00):迦如來の瑞像あり。師十五六歳の時。學業增心。道 0000_,18,302b31(00):心堅固のためにとて。そこに參籠し。一七日を期し 0000_,18,302b32(00):て。斷食禮誦せられしこと。すべて三度なりけり。 0000_,18,302b33(00):又左手の小指を燃として供養し。勇猛の大願を激發 0000_,18,302b34(00):せらる。 0000_,18,303a01(00):師年二十宗規に凖じ。東武三縁山增上寺に掛籍し。 0000_,18,303a02(00):もはら自他の聖敎を學はるるに。博學多識。頴悟敏 0000_,18,303a03(00):捷にして。精勤進修さらに比類なし。入ては螢雪の 0000_,18,303a04(00):窓に寢食を廢して。繩錐苦學さらに怠らず。出ては論 0000_,18,303a05(00):塲の會に席を重ねて。慧解秀逸の譽高く濟輩欽崇し 0000_,18,303a06(00):て歎伏せざるものなし。その頃華嚴の覺州。江戸に 0000_,18,303a07(00):て唯識論述記の講莚を開れしに。師もその聽衆にて 0000_,18,303a08(00):有けるが講主の所解いささか意に適せざる事ありし 0000_,18,303a09(00):故。或時殊更に行て謁を乞て。覺州を難して論義せ 0000_,18,303a10(00):らる。師覺州に屈せずしていへらく。我若百日閉關 0000_,18,303a11(00):せば。述記を講ぜんこと難からじ座主の講は聞に足ず 0000_,18,303a12(00):とてされり。其後覺州和泉の堺にて。重て述記を講 0000_,18,303a13(00):せられし時。此事を語出て他日師の學解さだめて增 0000_,18,303a14(00):進せん後世怖べしと讃歎せられけるとぞ。 0000_,18,303a15(00):師法漸たけにしかは。宗戒兩脈の禀受も障碍なく 0000_,18,303a16(00):成し後。ひたすら名利の榮進をいとひ。もはら潜修 0000_,18,303a17(00):密證の志操深かりしゆゑ。やがて衆僧の交をさけ。 0000_,18,303b18(00):學席を辭して。一包飄然として。京師に登り。洛西 0000_,18,303b19(00):長時院の湛慧和上を拜し。菩薩の大戒を重受し。盡 0000_,18,303b20(00):形壽の八齋戒を受得せらる。これより日夜法衣を脱 0000_,18,303b21(00):ことなく。誓て脇席に附す。解行精修已往に倍して 0000_,18,303b22(00):日新の功をはげまれたり。 0000_,18,303b23(00):師初には地薩菩薩を信敬して。常に深く二世の悉地 0000_,18,303b24(00):をいのられしが。世の富貴などいふものは。人によ 0000_,18,303b25(00):りて害ともなるなれば。あながちに願ふべきにもあ 0000_,18,303b26(00):らず。さらば此世のことは貧にしてよからんには貧 0000_,18,303b27(00):ならしめ。賤にしてよからんには賤ならしめ。とに 0000_,18,303b28(00):もかくにもただよからんやうにまもらせ給へとな 0000_,18,303b29(00):ん。祈念せられける。 0000_,18,303b30(00):評云。今時の人。萬事宿業の所感なることを辨 0000_,18,303b31(00):ず。佛菩薩等に對して。非理の福壽を祈求するも 0000_,18,303b32(00):の多し。思はざるの甚しきなり。ただ萬般存此 0000_,18,303b33(00):道。一味信前縁の漢ならば。何の福壽をしも祈 0000_,18,303b34(00):らんや。古人のいへることあり。學者惟恐己眼 0000_,18,304a01(00):不明。己眼若明。雖獨對聖僧喫飯。又何慊 0000_,18,304a02(00):焉とみつべしそのただ道德を樂欲すること。今人 0000_,18,304a03(00):の名利を祈求するにひとしきを。志士重慚愧を生 0000_,18,304a04(00):じ。師の地藏尊に祈念せる。その意今人にくらべ 0000_,18,304a05(00):ていかんと思惟すべし。 0000_,18,304a06(00):かくて澆末の弊風。破戒滿州の懸記に應ぜるありさ 0000_,18,304a07(00):まを見聞して。心志安からず。これによりて護法の 0000_,18,304a08(00):志願涌がごとく。律身淸嚴。雪きよく。梅かぐはし 0000_,18,304a09(00):といふべし。自他の知識に參じ。身心を琢磨し。聖 0000_,18,304a10(00):淨二門の深底を探りて。如來の正法を光顯す。吉水 0000_,18,304a11(00):の正風を扶起して。普く群生の救濟せんとちかひ 0000_,18,304a12(00):て。野鶴孤雲の遊戯するがごとく。法のひかりをか 0000_,18,304a13(00):かげんと。しらぬ火の筑紫かたにいたり。二祖鎭西 0000_,18,304a14(00):上人の芳跡をとふらひ。吉水正流のもとの心をけが 0000_,18,304a15(00):さしとねがひ。金光上人の遺蹤にいたりては。光明 0000_,18,304a16(00):の餘輝末の世に消ざることを欲し。道情いやまし、 0000_,18,304a17(00):に。修行さらに怠ることなし。その頃日向國に。古 0000_,18,304b18(00):月禪師といへる。臨濟家の碩德あり。篤實謹行の 0000_,18,304b19(00):聞え高き。明眼の老宿なりけり。師かしこにいたり 0000_,18,304b20(00):相見して。佛祖不傳の頥をさぐり。西來直指の活法 0000_,18,304b21(00):を會得し。自己密證の眞理を打開せられしかば。禪 0000_,18,304b22(00):師稱歎して。師が所入の深きを許可證明せられけ 0000_,18,304b23(00):り。一朝茶話のちなみ。禪師語ていはく。長門國。 0000_,18,304b24(00):厚狹郡。妙慶寺の雲説和尚は。淨家の眞善知識にし 0000_,18,304b25(00):て。念佛弘通の大導師なり。彼は實に地藏菩薩の化 0000_,18,304b26(00):現なり。師何ぞ往て拜せざるやとまうされしゆゑ。 0000_,18,304b27(00):それより歸路。長門にいたり。妙慶寺を訪ひ。和尚 0000_,18,304b28(00):を拜して。淸益策進せらる。 0000_,18,304b29(00):評云。昔閭丘胤。たまたま豐干禪師にあふ。禪師 0000_,18,304b30(00):しめしていはく。國淸寺の寒山。拾得は文殊普賢 0000_,18,304b31(00):なり。台州にいたらば相見せよといへり。胤かしこ 0000_,18,304b32(00):にいたり。二人を禮拜す。二人呵呵大笑云。豐干 0000_,18,304b33(00):饒舌饒舌。彌陀をしらずして。我を禮して何にかせ 0000_,18,304b34(00):んといひてされりとなん。古月禪師人に向ては。 0000_,18,305a01(00):道俗となく。必ず雲説和尚を讃して。地藏ぼさつ 0000_,18,305a02(00):なりといふ。みづから古佛なることをしらずし 0000_,18,305a03(00):て。何の饒舌ぞや。思ふに兩鏡相照らして。中に 0000_,18,305a04(00):影像を見ざるものか。内鑑冷然。他の知る所にあ 0000_,18,305a05(00):らず。ただあふひで信ずべきものなり。 0000_,18,305a06(00):師安藝國嚴島の明神に參詣し。法種增長を祈念し。 0000_,18,305a07(00):其奇絶なる佳境に心をすましめ。ちなみに光明院に 0000_,18,305a08(00):いたり。五時勤行の規則。威儀甚嚴誠殊勝なるあり 0000_,18,305a09(00):さまを見聞して。匡廬の古風。ただ此寺に留りある 0000_,18,305a10(00):かとまでに思はれしとなん。 0000_,18,305a11(00):師ある年高野山にのぼり。密門阿闍梨にしたがひ 0000_,18,305a12(00):て。瑜伽三密の秘法を傳受せらる。 0000_,18,305a13(00):師年三十ばかりの頃。備後國。尾道。何某氏の家に 0000_,18,305a14(00):寄宿して。一大藏經を披閲せらる。その間小齋二 0000_,18,305a15(00):時ともに。粥のみを食して。飯を受用せずして。精 0000_,18,305a16(00):覽せらる。これ睡眠を除きて。身心輕安ならんとて 0000_,18,305a17(00):なるべし。かくて遂に閲藏功終りて。またまた聖道 0000_,18,305b18(00):自力の解行。末世の機根に堪ず。淨土他力の信行。 0000_,18,305b19(00):我曹に相應せることを决心し。頓敎一乘一世成就の 0000_,18,305b20(00):妙策は。ただ往生極樂の修行にありけりと。更に感 0000_,18,305b21(00):喜せられけり。 0000_,18,305b22(00):伊豫國岩城島。淨光寺の檀越。師の芳名を聞傳へ來り 0000_,18,305b23(00):て。かの寺に住職せられんことを願ひしかば。師い 0000_,18,305b24(00):はく。我に老父あり。これを養ふほどの。資縁あり 0000_,18,305b25(00):やと尋ねられしに。彼等。そはともしからず供養し 0000_,18,305b26(00):奉らんと。輙くこれを首肯ければ。師すぐに彼寺に 0000_,18,305b27(00):往て住持せられけり。やがて老父を迎へて。孝養心 0000_,18,305b28(00):を盡されしに。その父篤く師の勸誘に歸して。專修 0000_,18,305b29(00):念佛誓て怠らず。薰修功深して。遂に寶曆七年。丁丑 0000_,18,305b30(00):十二月十日に。臨末正念にして命終せらる。師常に 0000_,18,305b31(00):人にかたりて。我父直によく本願を信じ。念佛勇進 0000_,18,305b32(00):して。吉祥に死去せり。往生淨土少も疑なしとまう 0000_,18,305b33(00):されけり。思ふに靈告にてもありしなるべし。その 0000_,18,305b34(00):母は。父に先達て世を早ふし給ひけり。師日日誦經 0000_,18,306a01(00):念佛して。その母に回向したまふこと。ことに懇 0000_,18,306a02(00):切なりけり。ある時慧滿にかたりていはく。都て女 0000_,18,306a03(00):人は愛執殊に深くして。容易に得脱しがたきもの 0000_,18,306a04(00):也。我母をしばしば。夢に見るに。いつもくるしき 0000_,18,306a05(00):體なり。これによりて。日日誦經念佛して回向せし 0000_,18,306a06(00):故にや。近來漸く善處に轉生せられしか。夢に見る 0000_,18,306a07(00):ごとに。いつにても歡喜のありさまに見へぬれば。 0000_,18,306a08(00):すこしは我心もやすく思ふなりとて。隨喜せられけ 0000_,18,306a09(00):り。 0000_,18,306a10(00):評云。世出世の孝。ふたつながらを全くする事。 0000_,18,306a11(00):古人といへども難とする所なり。さるに今師。こ 0000_,18,306a12(00):れをかね全ふせられしは。うらやましきことなら 0000_,18,306a13(00):ずや。唐土の陳尊宿。我朝の元政上人などの類に 0000_,18,306a14(00):も恥ざるべしと。いと有難く覺侍る 0000_,18,306a15(00):師此寺にありて。彌陀本願の難遭なる旨口稱念佛の 0000_,18,306a16(00):易行なる趣を。敎諭せられしかば。一島こぞりてそ 0000_,18,306a17(00):の化導に隨ふことあたかも草の風になびくがごと 0000_,18,306b18(00):く。大かた皆深く因果の道理を信じ。願生淨土の志 0000_,18,306b19(00):を生じ。日課念佛を誓約して勤修せり。 0000_,18,306b20(00):直道といへる發心者あり。一文不知のものなりけれ 0000_,18,306b21(00):ども。深く師の敎を信じて勇猛に念佛して三昧を發 0000_,18,306b22(00):得し。種種未曾有の好相を感見し。猒離の心涌がご 0000_,18,306b23(00):とく。遂に遺身往生せり。これ偏に師の化導の力な 0000_,18,306b24(00):り。其事狀は別に圖を附して。今玆これを梓にきざ 0000_,18,306b25(00):めり。つぶさにかれをひらきて見るべし 0000_,18,306b26(00):初め此島に。加摩羅疾を煩ふ者。常に數多ありて斷 0000_,18,306b27(00):ざりしに。師ここに來りて念佛を弘通されしより。 0000_,18,306b28(00):彼惡疾をうくるものたえて一人もなくなりにけり。 0000_,18,306b29(00):今にいたるまで。四五十年を經れども。ふたたび彼病 0000_,18,306b30(00):を得たるものなし。島中の風儀となりて。送葬。追善 0000_,18,306b31(00):及び。諸諸の佛事作福。殷重如法なる事。他境には類 0000_,18,306b32(00):すくなし。今にいたりて變改せず。かかれば存亡殘ら 0000_,18,306b33(00):ず攝取の光益を蒙り。往生はさらにいはず。斯不求自 0000_,18,306b34(00):得の現益を得るなるべしこれ彌陀大悲不共の利益に 0000_,18,307a01(00):して。實に今師敎導の餘澤なり。 0000_,18,307a02(00):師此寺に住持せられしは。老父孝養のためなりし 0000_,18,307a03(00):に。既に往生せられし故。今は速に退院すべしと 0000_,18,307a04(00):て。その翌年戊寅正月廿五日。元祖大師の御忌を勤 0000_,18,307a05(00):修し。法話をなして諸人に別れをつげ。直に寺を出 0000_,18,307a06(00):られしに。諸人皆父母にはなるるがごとく。別れを 0000_,18,307a07(00):惜みてかなしみなげくさま。いとあはれなりけり。 0000_,18,307a08(00):その中に壯年の二男二女あり。時にあたりて發心し 0000_,18,307a09(00):て。海邊にてみづからもとどりを斷て。其志をあらは 0000_,18,307a10(00):しけるが。それより浮世をいとふ思ひ深く。淨土を 0000_,18,307a11(00):願ふ心彌增にして。年經て後。ともに出家の素志を 0000_,18,307a12(00):遂たり。およそこれらをもて。師のいたる所。化導 0000_,18,307a13(00):の盛なりしことはかり知ぬべし。師それより。京師 0000_,18,307a14(00):華頂山に登り。信冏上人を吹擧して。淨光寺の席を補 0000_,18,307a15(00):はしめ。みづからは所所に遊歷して。學業を勵み。 0000_,18,307a16(00):修行を勇進せらる。 0000_,18,307a17(00):明和三年。丙戌夏。洛東獅ケ谷。法然院。住僧を闕 0000_,18,307b18(00):ければ。華頂山前大僧正。順眞尊者隱室にましまし 0000_,18,307b19(00):けるが。師を推出し給ひければ。大衆法親等ともに 0000_,18,307b20(00):懇請せしに。廬山の遺風を復び興さばやと思はれけ 0000_,18,307b21(00):れば。やがて請に應ぜられて。六月十七日進山せら 0000_,18,307b22(00):れしかども。いささか意に愜ぬことのありしかば。 0000_,18,307b23(00):さらぬことに托して。同年十一月二日に。忽ち寺を 0000_,18,307b24(00):退かれしを。老隱智了和尚いさめて。夏にして住持 0000_,18,307b25(00):し秋にして退去せられんは。餘りに輕輕しなど。さ 0000_,18,307b26(00):りがたく聞えしに。師云。我聞く淨土の莊嚴は。寶 0000_,18,307b27(00):殿逐身飛とかや。しかも此松徑竹關の寺。いかでか 0000_,18,307b28(00):我身を逐ふことを得んや逐ざるもまたよしと笑ひてさ 0000_,18,307b29(00):れり。其後宮島光明院檀越。京にのぼりて。師を請 0000_,18,307b30(00):じければ。その地先に遊びて。以八。猒求などの。 0000_,18,307b31(00):古德の跡なつかしく。且山淸く海朗にして。觀境心 0000_,18,307b32(00):すみぬべしと。師の素志にかなひければ。すなはち 0000_,18,307b33(00):かしこにいたりて住職せらる。かくて數年の後。上 0000_,18,307b34(00):足俊峯に寺職をとらしめ。みづからは隱寮加祐軒に 0000_,18,308a01(00):ありて。快く淨業を修し。兼て緇素を勸誘化益せら 0000_,18,308a02(00):る。 0000_,18,308a03(00):晩年その德益高く。其名いよいよきこえて。伊豫の 0000_,18,308a04(00):松山。長建寺より招請す。師再三固辭せられしかば。 0000_,18,308a05(00):城下の何某氏。或寺僧とはかりて。護法利人のため 0000_,18,308a06(00):なればとて。強て懇請しける故。止ことを得ず。遂 0000_,18,308a07(00):に彼寺に往て住持せり。しかはあれども。師初めよ 0000_,18,308a08(00):り約定して。檀家の送葬追福等の事には一度も趣か 0000_,18,308a09(00):れず。ただ閑窓無爲に專心念佛し。いとまあれば講説 0000_,18,308a10(00):をもて有縁を化益せられけり。かくて兩三年を經て 0000_,18,308a11(00):後。松山の太守師を請じて。その香華の地大林寺と 0000_,18,308a12(00):いふに移轉せしめ。かねて國中の僧機をも正さんと 0000_,18,308a13(00):おもひ給ひければ。崇敬尤ふかかりけり。師その請に 0000_,18,308a14(00):應ぜしより。その士太夫のためには。政敎資治の要を 0000_,18,308a15(00):賛述し。政に預る人は。老莊の學をも常に明らむべ 0000_,18,308a16(00):しなどまうされ。又緇門法中のためには。戒乘を兼 0000_,18,308a17(00):談し。勸懲をもはらとし。不軌のもの三ケ院まで擯 0000_,18,308b18(00):斥せられしかば。自他宗門僧機大に觀をあらためけ 0000_,18,308b19(00):り。嚴主に悍虜なく。慈母に敗兒あり。寬にして容 0000_,18,308b20(00):ことを要すとも。敎はかならず嚴なるべしと。常にま 0000_,18,308b21(00):うされける。 0000_,18,308b22(00):安永十年。辛丑正月。師洛東岡崎。俊鳳和尚の草庵 0000_,18,308b23(00):にして。大乘圓頓菩薩僧戒。授受の作法をひらかれ 0000_,18,308b24(00):ける。その時和尚護持の寶塔中。白色の佛舍利二 0000_,18,308b25(00):顆。塔中にて相合して動き給はざりけり。これなん 0000_,18,308b26(00):二師至誠の感應にして。亦ただ大乘僧戒佛意に相か 0000_,18,308b27(00):なふ事を證明し給へるなるべし。實に不思議のことに 0000_,18,308b28(00):て侍りける。 0000_,18,308b29(00):此上洛のあとにや。師數月不在の間。弟子の尼何 0000_,18,308b30(00):某。非法のことありときこえければ。歸寺の後。忽 0000_,18,308b31(00):門籍を除き。法衣を脱却せしめ。門前にして擯斥の 0000_,18,308b32(00):法を行へり。あまりに嚴刻に過たりとて。なだむる 0000_,18,308b33(00):ものありけれどもきかず。その尼はしかも。松山勢 0000_,18,308b34(00):要の士の女なりしがども。師道義するどく。氣象た 0000_,18,309a01(00):だしくして。權門勢家を避ざること。皆此類ひなり 0000_,18,309a02(00):き。 0000_,18,309a03(00):師長建寺より。此大林寺にうつりても。もはら弘法 0000_,18,309a04(00):を任とし。一家の經論をはじめ。梵網經。起信論。唯 0000_,18,309a05(00):識論等を講説し夜は儒典。老莊を講述して。大衆を 0000_,18,309a06(00):敎育せらる。これによりて。宗門の光輝一時盛大な 0000_,18,309a07(00):りけり。護法の苦心を盡るる事。これ日もたらずと 0000_,18,309a08(00):す。實に澆末にありて。匡正救弊の一奇人なりとい 0000_,18,309a09(00):ふべし 0000_,18,309a10(00):一年。大に旱して。處處に請雨すれども。その驗あ 0000_,18,309a11(00):ることなし。諸民の患尤甚しかりければ。大守師に 0000_,18,309a12(00):命じて雨を祈らしむ。師これをうけがひ。すなはち 0000_,18,309a13(00):雨ふる迄は。何日にても斷食すべしと誓ひて。日夜 0000_,18,309a14(00):精誠を凝して。無量壽經を讀誦せられしに。その驗 0000_,18,309a15(00):いちじるく。第三日にいたりて。空かきくもり。雷 0000_,18,309a16(00):電はげしくなりとどろき。半日一夜の間暫くも小止 0000_,18,309a17(00):なく。甘雨大にそそぎければ。人皆蘇息のよろこび 0000_,18,309b18(00):をなせり。此事又後にもありて。おなしく驗を得られ 0000_,18,309b19(00):しとなん。經に佛所遊履。國邑丘聚。靡不蒙化。 0000_,18,309b20(00):天下和順。日月淸明。風雨以時。災厲不起。とし 0000_,18,309b21(00):も説給へり金口所説。誠實なること師の至誠にあら 0000_,18,309b22(00):はれ。諺に莫耶の刀も持人によれりといへる宜なる 0000_,18,309b23(00):かな 0000_,18,309b24(00):評云。往昔。延久四年三月。洛北岩藏大雲寺成尋 0000_,18,309b25(00):和尚。宋にいたれり。彼國凞寧五年なり。翌六 0000_,18,309b26(00):年。正二月雨なし。天下大に旱す。神宗皇帝。和 0000_,18,309b27(00):尚に勅して。三月二日より。祈雨の密法を修せし 0000_,18,309b28(00):む。同四日夜。大に雨ふりて。五日の晨にいた 0000_,18,309b29(00):る。帝自ら。道場に詣して。燒香禮拜して。和尚 0000_,18,309b30(00):に善慧大師の號を賜へり。張大保。歎じていは 0000_,18,309b31(00):く。西天の日稱三藏。祈雨五日にして得たり。中 0000_,18,309b32(00):天の慧遠。慧寂。七日にて應ず。いまだ三日の速 0000_,18,309b33(00):なるごときはあらずと。つぶさに釋書に出たり。 0000_,18,309b34(00):今師。勇猛強盛の感驗。實に善惠大師にゆづら 0000_,18,310a01(00):ず。古今同日の美談といふべし。今時流俗の輩。 0000_,18,310a02(00):感驗靈瑞。遠く册子上に看過して。自己に於て修 0000_,18,310a03(00):得するものなし。傳敎大師の御詠に。末の世にい 0000_,18,310a04(00):のりもとむるその事の。しるしなきこそしるしな 0000_,18,310a05(00):りけれと。護法の志士。たれか痛歎せざらんや 0000_,18,310a06(00):師德行のあまり。化他のうへに於て。奇特のことども 0000_,18,310a07(00):猶多く聞えけり。况や自行のうへにも。好相感夢等 0000_,18,310a08(00):の殊勝のこと多かるべしといへども。ただ往生を本 0000_,18,310a09(00):願念佛に决して。その餘のことをかたらず。この故 0000_,18,310a10(00):にその自受用の境界は。他のうかがひしる所にあら 0000_,18,310a11(00):ざれば。いかでかここにしるしもあへん。その養所 0000_,18,310a12(00):のふかきこと。これらにてしりぬべし 0000_,18,310a13(00):一年。大守先君の追福を修し給ふ時にあたり。師。 0000_,18,310a14(00):惣じて罪人の輕重。上中下をとはず。各その罪一等 0000_,18,310a15(00):づづ。かろくなし給はんことを。しばしば乞れし 0000_,18,310a16(00):に。今の矦も先矦に順じて。崇信はあさからざりし 0000_,18,310a17(00):かども。是は國政に預ること也。僧徒のいらふべきに 0000_,18,310b18(00):あらずとて。つひに許なかりければ。師本意なき事 0000_,18,310b19(00):にや思はれけん。ふたたび大林寺に入らず。城門を 0000_,18,310b20(00):いでで。たたちに宮島に歸り。加祐軒に隱栖せられ 0000_,18,310b21(00):けり。人これをそしり笑へどもものの數ともせず。 0000_,18,310b22(00):泰然としてあられけり。 0000_,18,310b23(00):天明元年辛丑。師年六十。法薀殿を建立し。一大藏 0000_,18,310b24(00):經を請して藏せらる。 0000_,18,310b25(00):一年周防國。今市の或精舍にいたりて。諸人に圓頓 0000_,18,310b26(00):菩薩戒をさづけらる。これを初として。光明院およ 0000_,18,310b27(00):び所所にて大戒を弘通し。念佛を勸進せられけり。 0000_,18,310b28(00):同三年癸卯。同四年甲辰。相續て五糓登ず。天下押 0000_,18,310b29(00):並て飢饉に及べり。宮島殊に甚し。師是を憐み普く 0000_,18,310b30(00):飯食を施して。これをすくはばやと思はれしかども 0000_,18,310b31(00):自力にかなひがたし。依て毎朝徒衆と共に鉢を持し 0000_,18,310b32(00):て市中を行乞せられしに。人人師の慈心をたふとみ 0000_,18,310b33(00):て粳米を施者多かりしかば。師これをもて日日未明 0000_,18,310b34(00):に粥を煮て普く施されけること凡兩月を經たり貧賤 0000_,18,311a01(00):の老若男女。此慈濟を蒙りて。露命を全くするもの 0000_,18,311a02(00):多かりけり。 0000_,18,311a03(00):同七年丁未二月鎭西上人五百五十年忌にあたれり。 0000_,18,311a04(00):師筑紫に下向し。善導寺にいたり。大衆とともに法 0000_,18,311a05(00):筵につらなり。禮誦をなして慈恩を謝せらる。その 0000_,18,311a06(00):往還にも。處處にて宗部を講じ法施をなして化益せ 0000_,18,311a07(00):られければ。その敎導によりて。吉水の正法に潤ふ 0000_,18,311a08(00):もの。もとも多く念佛することの四遠にあまねかりけ 0000_,18,311a09(00):れば。人皆元祖大師の再生し給ふなりとて。あふぎ 0000_,18,311a10(00):たふとみける。 0000_,18,311a11(00):同八年戊申に四月より。師不食の所勞ありて。たた 0000_,18,311a12(00):麫類を受用せらるる外。すべて他物を食せられずし 0000_,18,311a13(00):かれども護法利物の情平生に異ならず。八月病をつ 0000_,18,311a14(00):とめて伊豫にいたり。岩城の淨光寺にて説法五六 0000_,18,311a15(00):席。今治の來迎寺に於て。龍尚舍の神國决疑編を講 0000_,18,311a16(00):演せらる。かくて加祐軒に歸錫し。醫藥加養すとい 0000_,18,311a17(00):へども。病勢漸重りて。その功驗あることなし。こ 0000_,18,311b18(00):れによりてみづからたつべからざるを知りて。弟子 0000_,18,311b19(00):等に後事を屬し。遺誡至切にして護法の素懷をのべ 0000_,18,311b20(00):て策勵せらる。 0000_,18,311b21(00):翌年己酉。寬政改元夏。六月二日より藥食ともに廢 0000_,18,311b22(00):してもはら終焉の用意をなせり。看護の者僅に三人 0000_,18,311b23(00):と定め。多衆の來入を避らる。その一人は枕頭にあ 0000_,18,311b24(00):りて念佛助音し。一人は次にありて事を辨じ。一人 0000_,18,311b25(00):はまたその次にありて内外の事をはからしむ。さて 0000_,18,311b26(00):本院の本堂にて。大衆に。念佛百萬遍を修せしめ。 0000_,18,311b27(00):又知死期をかぞへて。一心待死の用心さらに怠ること 0000_,18,311b28(00):なく。只一向に念佛せられけり。 0000_,18,311b29(00):五日師筆硯をもとめらる。これをきよめて奉るに。 0000_,18,311b30(00):みづから護法の二字を書し。又一偈をつづり。和歌 0000_,18,311b31(00):を詠じて。しるしていはく。 0000_,18,311b32(00):來也來也。我法王家。快樂即是。大白牛車。 0000_,18,311b33(00):いかはかりたのしからまし迎らる 0000_,18,311b34(00):花のうてなの深き御法は 0000_,18,312a01(00):此日弟子俊峰に向ひて。三種の愛心といふものはい 0000_,18,312a02(00):かにともしがたきものなり。しかれども他力本願に 0000_,18,312a03(00):乘じて。多年念佛熏修せるたふとさには。心中一點 0000_,18,312a04(00):の曇りなし。かならず苦慮とすべからず安心すべし 0000_,18,312a05(00):とぞまうされける。古人のいはゆる老僧別有安閑 0000_,18,312a06(00):法。八苦交煎總不妨といへる。思ひ合されてたふ 0000_,18,312a07(00):とし 0000_,18,312a08(00):きのふけふは。師の念佛せらるる聲。たた輕聲。ま 0000_,18,312a09(00):たは寂然として見えしゆゑ。弟子等御心たしかにま 0000_,18,312a10(00):しますかととひければ。師うち笑て。寶池・寶林・ 0000_,18,312a11(00):寶樓・寶閣・大寶宮殿阿彌陀佛。南無阿彌陀佛。阿 0000_,18,312a12(00):彌陀佛。常にこれなりとなん答へられける 0000_,18,312a13(00):師四五年のまへより。みづから此寶池寶林等の廿六 0000_,18,312a14(00):字を一紙にしるして。壁上に粘置せらる。弟子等何の 0000_,18,312a15(00):ためといふことをしらざりしが。今かく告られしをも 0000_,18,312a16(00):て思ふに。平生常に淨土依正の莊嚴を忘失せざるが 0000_,18,312a17(00):ため。かくしるして座右銘に擬せられしなるべし。 0000_,18,312b18(00):今臨末にも正念亂れず。尋常の用心に異ならざるを 0000_,18,312b19(00):見て人皆奇特の思ひをなせり。 0000_,18,312b20(00):評云。師尋常。日課念佛の數を語らず。その念數 0000_,18,312b21(00):をくるだに他見をはばかりて衣裏に包まれしをも 0000_,18,312b22(00):て思ふに。今臨末にいたりても。心念輕聲のみに 0000_,18,312b23(00):て高聲ならざりけるなり。これ師平生の修鍊にあ 0000_,18,312b24(00):りて。攝心自得せるなるべし。我なみ若これに習 0000_,18,312b25(00):ひて。臨終念佛せずともよしなど思はば。やがて 0000_,18,312b26(00):怠りと成ぬべし。ただ師の外相にかかはらず。内 0000_,18,312b27(00):心寂靜として念佛せられしありさまを推知すべ 0000_,18,312b28(00):し 0000_,18,312b29(00):六日。人のもとめに應じて。名號を書寫せらる筆力 0000_,18,312b30(00):平生にたがふことなし。 0000_,18,312b31(00):七日惠滿枕頭にありて看護す。師昨日より頭北面西 0000_,18,312b32(00):にふしたるままにて。少も身を轉ぜず。安靜として在 0000_,18,312b33(00):けるが正午の時にいたりて。たちまち頭をうごか 0000_,18,312b34(00):し。高聲に。ああととなへらるること三遍なりしか 0000_,18,313a01(00):ば。惠滿ちかくよりて。耳底に落るほどに靜かに念 0000_,18,313a02(00):佛しければ。師眼をひらき歡喜の相面にあぶれ。虚 0000_,18,313a03(00):空四維を見めぐらして。宛も至尊に對するがこと 0000_,18,313a04(00):く。其まま眼を閉手を納めて。晏然として入寂せら 0000_,18,313a05(00):れけり。此時定て聖衆の來迎を拜し給ふなるべし。 0000_,18,313a06(00):いとたふとくぞ覺侍る。實に寬政元年。己酉六月七 0000_,18,313a07(00):日正午時。世壽六十八歳。僧若干なり。その死相 0000_,18,313a08(00):うるはしく容貌あたかも生るがごとし 0000_,18,313a09(00):評云。其頃洛東の賴阿上人三十餘年閑居念佛せ 0000_,18,313a10(00):り。其臨末。ああとのみまうされしかば。弟子何 0000_,18,313a11(00):をの給ふぞと尋ねしに。念佛申なりとて。目出度 0000_,18,313a12(00):往生せられけり。今師のああと聞へしも。念佛な 0000_,18,313a13(00):る事なずらへ知ぬべし 0000_,18,313a14(00):十日遺骸を有縁の諸人に拜瞻せしめ。十一日龕に 0000_,18,313a15(00):收。舟にて廿日市潮音寺に送る。此日一天かき曇 0000_,18,313a16(00):り。四方の氣色常に異なり。草木も愁ひをふくみ。 0000_,18,313a17(00):波浪も涙をそゆるがことし。遠近の道俗別を惜み。 0000_,18,313b18(00):心を痛ましめて皆舟にてあつまれり。宮島より廿日 0000_,18,313b19(00):市まで海上三里の間間斷なく。ふねつらなりて群集 0000_,18,313b20(00):せり。其中にあるは天花の亂墮するを見。あるは異 0000_,18,313b21(00):香のかがはしきを聞たる人もとも多くして。おの 0000_,18,313b22(00):おの敬異せずといふものなし。送葬儀式回願終りて 0000_,18,313b23(00):荼毘するに。少も臭氣あることなし。來會の人人。 0000_,18,313b24(00):皆讃歎して奇特の思ひをなせり。 0000_,18,313b25(00):十二日。遺骨を拾ひ收るに。灰は皆。靑黄赤白黑紫 0000_,18,313b26(00):色にして。あたかも菊花を散せるがごとし。その奇 0000_,18,313b27(00):麗なること言葉をもてのぶべからず。漸く灰を除き 0000_,18,313b28(00):見るに。胸の間より上の方に舍利百餘粒あり。遠近 0000_,18,313b29(00):の人群集し居けるが。此ありさまを見て。讃譽して 0000_,18,313b30(00):連聲念佛する聲。林野に滿。山海にひびけり。灰舍 0000_,18,313b31(00):利ともに殘らす取收めて歸りぬる其跡にても。人人 0000_,18,313b32(00):をさぐり求むるに舍利五六粒を得たりとなん 0000_,18,313b33(00):或問。師を。荼毘せし後。その袈裟の一片やけざ 0000_,18,313b34(00):りしと聞り。傳中何ぞ此事をもらせるや。答てい 0000_,18,314a01(00):はく。師生涯律制によりて。袈裟を護ること身皮 0000_,18,314a02(00):のごとく。しばらくもはなたれざりしかば。弟子 0000_,18,314a03(00):等その遺骸の袈裟をはなつに忍びずして。そのま 0000_,18,314a04(00):まに荼毘せり。しかるに烈火中に三寸四方ばかり。 0000_,18,314a05(00):やけ殘りけるもいと奇なりけり。抑袈裟を焚燒す 0000_,18,314a06(00):るは非法なること。佛子たるものたれかしらざら 0000_,18,314a07(00):ん。しかはあれど。師の身皮をはぐがごとく思 0000_,18,314a08(00):へる人情より。是非の沙汰にも及ばざりしなり。 0000_,18,314a09(00):さるに此一片のやけ殘りしは。思ふに袈裟はかな 0000_,18,314a10(00):らずやくべからず。やくは非法なることを後にし 0000_,18,314a11(00):らしめんとて。おのづからやけ殘りしにもやあら 0000_,18,314a12(00):んと。弟子等慚汗をながして。その罪を謝し侍り 0000_,18,314a13(00):ぬ 0000_,18,314a14(00):按るに。死屍に袈裟をおぼふべからざることは五 0000_,18,314a15(00):分に。屍には衣を以て根をおぼふべしといへり。 0000_,18,314a16(00):凖ずるに裸露なるべし。五百問に。先僧に白し 0000_,18,314a17(00):て。亡人の泥洹僧。衹支をもて屍をおぼふて送る 0000_,18,314b18(00):べしといへり。僧に白するは。是僧物なるが故な 0000_,18,314b19(00):り。裙衹支今準用すべし。世に五條を披せしむる 0000_,18,314b20(00):といふは非なり。制物を以ては看病を賞ずべきか 0000_,18,314b21(00):故也。極上の看病には上の三衣をあたへ。中下の 0000_,18,314b22(00):看病には下中の衣をあたふべし等とくはしくは。 0000_,18,314b23(00):行事鈔二衣篇。送終篇を披て尋ぬべし有部律に 0000_,18,314b24(00):も。屍を焚燒し。水に投し。地に埋むの外。空野 0000_,18,314b25(00):林中にすつるにも。袈裟は論なし。内衣をも著せ 0000_,18,314b26(00):ずして。ただ裸身の上に。竹草の葉をもて身をお 0000_,18,314b27(00):ぼふべしと見へたり。その亡人物の中に於ては。 0000_,18,314b28(00):六物をもて瞻病の者を賞し。その功量をはかり 0000_,18,314b29(00):て。さづけてもて恩を報ずべしといへり。さらば 0000_,18,314b30(00):埋葬するにも。袈裟は披着せしめさる法也。况や 0000_,18,314b31(00):火葬をや。志士よろしく。律文を研究して。無知 0000_,18,314b32(00):の罪を造ることなかれ。本傳しばらくこれをはぶ 0000_,18,314b33(00):くこころここにあり。今問によりて止ことを得 0000_,18,314b34(00):ず。これをしるして。幸ひ懺摩になずらへ侍るの 0000_,18,315a01(00):み 0000_,18,315a02(00):師護法心ふかく。如來の正法を。古に復するの宿望 0000_,18,315a03(00):ありしかば。大藏經を閲し。かねて諸宗を遍學せられ 0000_,18,315a04(00):しかども。志の歸する處は唯猒欣念佛の一行にあり 0000_,18,315a05(00):けり。この故に常に人にかたりていはく。一大藏經の 0000_,18,315a06(00):要は淨土三部經に歸し。三經の要は吉水繪詞傳四十 0000_,18,315a07(00):八卷に歸し。繪詞傳の要は一枚起請文に歸し。起請 0000_,18,315a08(00):文の要は六字名號に歸するなれば。たた一向に念佛 0000_,18,315a09(00):すべしとのみ申されける。最有がたき敎示ならず 0000_,18,315a10(00):や。心あらん人此語を甘味しよろしく專修念佛し 0000_,18,315a11(00):て。往生の一大事を遂べきものなり。 0000_,18,315a12(00):師平生六時の禮念さらに怠ることなし。寒暑といへ 0000_,18,315a13(00):ども誓てこれを廢せず。又毎年臘月三十日に。明年 0000_,18,315a14(00):の日數をかぞへ置。日別阿彌陀經十餘卷づづ讀誦し 0000_,18,315a15(00):て。一年に五千卷を滿ぜらるかくしてはやく十萬卷 0000_,18,315a16(00):は。壯年の頃よみ終れり。その後の卷數もはかり知 0000_,18,315a17(00):ぬべし。 0000_,18,315b18(00):師日課念佛その定數をかたられしことなし。しかれ 0000_,18,315b19(00):ども數珠の緖をしばしばぬき替られしをもて考るに 0000_,18,315b20(00):日所作數萬遍なるべし。常に袖をもておほひて珠數 0000_,18,315b21(00):くる風情をだに他に見せられしことなし。虚假に落 0000_,18,315b22(00):ざるの行狀。不日にながれざる用心。よろしく標凖 0000_,18,315b23(00):とすべきなり。 0000_,18,315b24(00):師宮島にありては。日日後夜の勤行畢りて。但一人 0000_,18,315b25(00):神祠に參詣せらる。いかなる風雨の日といへどもさ 0000_,18,315b26(00):らに怠ることなし。 0000_,18,315b27(00):評云。往昔弘法大師。此明神に祈りて。末世ここに 0000_,18,315b28(00):參詣して神前にむかふものには。かならず菩提心 0000_,18,315b29(00):を發さしめ給へと願ひ給ひしかば。明神出現まし 0000_,18,315b30(00):ましたしかにうけかはせ給ひしことを思ふに。師 0000_,18,315b31(00):の參詣も自他往生極樂の心念を生ぜしめ給へと。 0000_,18,315b32(00):祈まうされしならんといとたふとし。 0000_,18,315b33(00):師才思優長にして。書字・作文・墨畵などの雜技能 0000_,18,315b34(00):は。はじめ翫ぶいとまもなかりしかど中年にいたり 0000_,18,316a01(00):て。自爾としてこれを能せり。皆頗る雅賞を得たり。 0000_,18,316a02(00):唯世情には淡しくて。財欲薄く。物のあたひの貴賤 0000_,18,316a03(00):をも。つぶさにしられざること。孩童にもしかざる 0000_,18,316a04(00):こと多かりき。 0000_,18,316a05(00):師體氣ゆたかに肥滿して。寬裕なる人なりけれど 0000_,18,316a06(00):も。護法と猒欣との志のみ深く。その扶宗爲人など 0000_,18,316a07(00):に臨みては。最勇敢にして。都て身命のあることを 0000_,18,316a08(00):しらざるがごとし。一年。宗義の事ありし時は。木 0000_,18,316a09(00):曾路を一七日に經歷して。江戸にいたられしことあ 0000_,18,316a10(00):りけり云云されば世人には迂遠なる人なり。我慢な 0000_,18,316a11(00):る人なりなど。常に誚り笑れぬれども。聊もかへり 0000_,18,316a12(00):みず。末後に護法の二字を書遺れしにても。その素 0000_,18,316a13(00):志を察得すべし。 0000_,18,316a14(00):師著述の書。蓮門興學編。一枚起請文符合决。一念 0000_,18,316a15(00):邪正决。幻雲稿等あり。皆密在せり。中にも師が護 0000_,18,316a16(00):法の深志をあらはされしば興學編なり。これに廣略 0000_,18,316a17(00):二本あり。其廣本には。初に大意叙由。次に自他優 0000_,18,316b18(00):劣。反復。護法。禦侮。學意。三寶。弊源の七章あ 0000_,18,316b19(00):り。詮ずるに。諸國に一夏法幢を建て。有志のもの 0000_,18,316b20(00):を推出し。學才あるものを選擧し。宗部を研究し。 0000_,18,316b21(00):心行を鍊磨し。宗規を嚴正し。賞罸を行ひ。軍書復 0000_,18,316b22(00):讐の雜亂談義を停止し。吉水末流の濁亂を淸澄し 0000_,18,316b23(00):て。三代相傳の眞風を永世に振んことを僧綱に懇 0000_,18,316b24(00):救せらるるなり。これをよむものをして。慨歎切齒 0000_,18,316b25(00):して。志を激發せしむ。實に師を知師を罪するもの 0000_,18,316b26(00):は此書なりといふべし。此故に。自宗の僧綱尊宿も 0000_,18,316b27(00):これを寫得珍敬し。他宗の大德碩師も。これをよみ 0000_,18,316b28(00):て護法の深志を感じ。各此趣をもて海衆を攝得し給 0000_,18,316b29(00):ふと聞り。その略本は京師守興隱士の挍正するもの 0000_,18,316b30(00):にして。編目を除き省略して。終りに師より僧綱に 0000_,18,316b31(00):奉るの尺牘一篇を附せり此外蓮門禮樂編。雜談集等 0000_,18,316b32(00):の二三の書あり。そは皆師に託して僞造せるものな 0000_,18,316b33(00):りと知るべし。 0000_,18,316b34(00):師伊豫に居住の時。西條の小野氏の女に。芳鶴とい 0000_,18,317a01(00):ふものあり。生質浮世の榮耀をいとひ。佛門の淸閑 0000_,18,317a02(00):をしたひける。さるから佛神三寶の感應冥加。不可 0000_,18,317a03(00):思議の奇瑞を蒙れること多し。そのことは別記あれ 0000_,18,317a04(00):ば爰にははぶく。此女。後に師に從ひ剃髮して心譽 0000_,18,317a05(00):慈眼と名く。此尼麥藁をもて佛ぼさつの像を造事に 0000_,18,317a06(00):尤妙を得たり。人皆今時の中將姬と稱せり。師かの 0000_,18,317a07(00):尼に命して汝中將法如尼に習ひて。淨土の變相を造 0000_,18,317a08(00):るべしとて。淸海曼陀羅を見せ給ひければ。慈眼。 0000_,18,317a09(00):意を刻み思ひを苦めて。麥わらをもて佛菩薩。寶樹 0000_,18,317a10(00):寶樓等。種種の形を造りこれを縮緬のうへにはり附 0000_,18,317a11(00):て。遂に三年の星霜を經て。其功を成就せり。その 0000_,18,317a12(00):諸相端嚴精細巧妙なる事。凡手になれるものとは見 0000_,18,317a13(00):へず。眞に奇特といふべし。今現に我光明院の寶庫 0000_,18,317a14(00):に珍藏して。實に希代の靈寶也 0000_,18,317a15(00):學士莊海諸國行脚の時。暫く加祐軒に留錫せり。師 0000_,18,317a16(00):にむかひて。おのれ學業增進の志あれども。晩學に 0000_,18,317a17(00):て覺束なしとまうしければ。汝が年いくぞと問給ふ 0000_,18,317b18(00):故。二十三なりと答しかば。師顏色をただして。我 0000_,18,317b19(00):六十に餘るといへども。老てますます盛んに。なほ 0000_,18,317b20(00):日新の志あり死門に臨まで此志誓て怠慢せざるべ 0000_,18,317b21(00):し。汝漸く二十三。何ぞさやうに墮柔弱なるや 0000_,18,317b22(00):と。はげしく呵責せられてその勇猛強盛の勢に。莊 0000_,18,317b23(00):海惣身熱汗を生じて深く慚愧せり。さて請益して。 0000_,18,317b24(00):數數法澤を蒙れり。と後にかたりて師の慈恩を感謝 0000_,18,317b25(00):せられけり。此莊海。後に 台命を蒙り。蝦夷地。 0000_,18,317b26(00):佛法東漸の任を負て。大臼山善光寺の開祖となれ 0000_,18,317b27(00):り。伊勢。松阪。淸光寺。信冏上人。先に師に隨侍 0000_,18,317b28(00):せられけり。ある時師かたりていはく。願生淨土の 0000_,18,317b29(00):志操あるものにあらずんば。はじめより廢立爲正の 0000_,18,317b30(00):法門などみだりに説べからず。愚俗に對しては。た 0000_,18,317b31(00):だまづ因果の道理を敎諭し。その信根を生ぜしめ 0000_,18,317b32(00):て。漸漸に引入して。願生淨土の志を發さしむべし 0000_,18,317b33(00):とかたり給ひき。師爲人に心を用ひられしこと。こ 0000_,18,317b34(00):れらにても察得すべし 0000_,18,318a01(00):評云。或人のいはく。關通和尚はこれに反せり。 0000_,18,318a02(00):ただまづ本願深重の大悲を讃歎して。いかなる惡 0000_,18,318a03(00):人なれども。念佛すれば决定して往生する旨をつ 0000_,18,318a04(00):よくすすめて。さてかねて因果を説べし。斯敎れ 0000_,18,318a05(00):ばたとひその時に入らざれども。忽爾として死門 0000_,18,318a06(00):に臨まん時かならず發心念佛するの下種となるべ 0000_,18,318a07(00):しといへり。いづれにか隨がはん。今いはく。師 0000_,18,318a08(00):の意樂。難弟難兄也惣て因果門には今師尤よし。 0000_,18,318a09(00):別て本願門には通師。又すぐれたり。しかれど 0000_,18,318a10(00):も。今師には別に志所ありて。通師に異なり。ふか 0000_,18,318a11(00):く思ふべし云云。法雨律師曰。眞實に本願を信得 0000_,18,318a12(00):及するもの。かならず因果を深信すべし至誠に 0000_,18,318a13(00):因果を信するもの。决定本願を信ずべし。二のも 0000_,18,318a14(00):の相はなるべからず。或は強く本願を信じて因果 0000_,18,318a15(00):をしらず。深く因果を信して本願を忘るるもの 0000_,18,318a16(00):は。徹底の信心にあらず。半信半疑のものなりと 0000_,18,318a17(00):いふべしとこれもまたよし此ことはなほ別論ある 0000_,18,318b18(00):べししばらくここには略す。 0000_,18,318b19(00):師常にかたりていはく。今人かり初にも口に扶宗護 0000_,18,318b20(00):法といふことをしれり。しかれどもただいたづらに 0000_,18,318b21(00):能扶能護の心のみありて。所扶所護の法に體達せさ 0000_,18,318b22(00):れば。所謂狂簡の願なり。さればかりにも扶宗護法 0000_,18,318b23(00):の志あらは。先報夢五十餘帖に眼をさらし。宗意に通 0000_,18,318b24(00):暢してよろしく解行雙修して。自己の脚根下を堅固 0000_,18,318b25(00):にすべし。しからば期せずして扶宗護法の人となる 0000_,18,318b26(00):べし。ただ初より性相天台華嚴などを學ぶものは。 0000_,18,318b27(00):多くは流れて雜修の徒となりて。聖淨難易の區別を 0000_,18,318b28(00):辨へず。遂に宗祖別開一宗の本意をしらず。家門 0000_,18,318b29(00):を。みづから輕淺して。返りて生死の一大事を失却 0000_,18,318b30(00):するもの目にふれて皆是なり。了譽上人曾てこれを 0000_,18,318b31(00):歎じて。宗致若くらくば雜才も何にかせむとの給へ 0000_,18,318b32(00):り。はやく名利の學業をなげすて。往生淨土の一大 0000_,18,318b33(00):事を决得すべし。其しかして後。遍學護法のため。 0000_,18,318b34(00):一大藏經諸子百家に渡らずんば。何ぞ眞の出家兒た 0000_,18,319a01(00):らん。佛言。勿得隨心所欲。虧負經戒。在人 0000_,18,319a02(00):後也。と深く心腑に銘じて忘るることなかれ 0000_,18,319a03(00):師の文章詩偈は。幻雲稿と題して。別在す。頗る和 0000_,18,319a04(00):歌をも好まれしかば。在京の日和歌者流の徒にもま 0000_,18,319a05(00):みえし人ありとなん。今いささか爰にしるし加ふ 0000_,18,319a06(00):念四坊といふ遁世者。頗る風流の法子にて。行脚に 0000_,18,319a07(00):出る時。笈の内の本尊にとて。短册に六字名號を小 0000_,18,319a08(00):松溪義柳上人の染筆を乞てもちいたりしが。その脇 0000_,18,319a09(00):に染筆を乞ければ。歌一首上下の句を左右にわかち 0000_,18,319a10(00):て書給ふ。 0000_,18,319a11(00):授るもうくるもともに南無阿彌陀 0000_,18,319a12(00):ほとけのちかひへだてなければ 0000_,18,319a13(00):又その時。念四坊念佛をまうさんとすれどもまうす 0000_,18,319a14(00):心の發らぬをいかがせましと問けるに。答られし法 0000_,18,319a15(00):語にいはく。 0000_,18,319a16(00):念佛をまうす心のおこりたらば我も申さめ。さる心 0000_,18,319a17(00):のおこらぬ故に。申さぬとはあやまり也。世間出世 0000_,18,319b18(00):の善事。何事もしひてつとむるにてこそ。やむこと 0000_,18,319b19(00):を得ぬ塲にもいたるなれば。ただしひてつとめよか 0000_,18,319b20(00):しとかく 0000_,18,319b21(00):こころしてひけばこそなれ露ふかき 0000_,18,319b22(00):秋の山田にかくるなるこも 0000_,18,319b23(00):山本何某自得の歌なりとて「ありとみれはやかてう 0000_,18,319b24(00):つろふ水の月。なしと思へば底に澄つつ」 0000_,18,319b25(00):と聞えしかば。師かへし 0000_,18,319b26(00):ありといひなしとおもふて水の泡 0000_,18,319b27(00):きえていづこに月は住べき 0000_,18,319b28(00):「明はてて見ればひかりは跡もなし夜すがらめでし 0000_,18,319b29(00):いさよひの月 0000_,18,319b30(00):あともなきそらの光りを尋てそ 0000_,18,319b31(00):こころの月の影はしるべし 0000_,18,319b32(00):「ともすればになひし桶の底ぬけて風より外に何を 0000_,18,319b33(00):いればや」 0000_,18,319b34(00):ぬけはてて何もたまらぬ桶の底に 0000_,18,320a01(00):風のいるこそあやしかりけり 0000_,18,320a02(00):伊豫の奧浦は安西法師の出し所なりとききて 0000_,18,320a03(00):草の葉に露おく浦をいでし身も 0000_,18,320a04(00):たまの臺にけふやすむらむ 0000_,18,320a05(00):船中にてよめる 0000_,18,320a06(00):いかにせむ世渡るわざもなみの上に 0000_,18,320a07(00):あまのたくなわくりはてぬ身を 0000_,18,320a08(00):宇佐へ參りしに稻佐といふ處にて藤の花のさかりな 0000_,18,320a09(00):るを見て 0000_,18,320a10(00):こころにもさきかかりけり雲ならぬ 0000_,18,320a11(00):藤もゆかりのいろそなつかし 0000_,18,320a12(00):託龍上人の淨業を修せられし跡を訪ひ侍るにいと殊 0000_,18,320a13(00):勝なることいはんかたなし 0000_,18,320a14(00):むすばずはいかでかしらんやまずみの 0000_,18,320a15(00):ゐさらひきよき法のこころも 0000_,18,320a16(00):樵者のとみに身まかりけるをききて 0000_,18,320a17(00):朝夕の薪に思ひこりし身も 0000_,18,320b18(00):終のけふりとなれるあはれさ 0000_,18,320b19(00):雪佛畵賛 0000_,18,320b20(00):造るのみ何はかなしと思ふらん 0000_,18,320b21(00):この身此まま雪佛達 0000_,18,320b22(00):少欲知足のこころを 0000_,18,320b23(00):これにても事はたりけり山がつの 0000_,18,320b24(00):あしなるぞふりよしとおもへば 0000_,18,320b25(00):題しらす 0000_,18,320b26(00):中なかにことの葉ぐさのしげければ 0000_,18,320b27(00):とかぬみのりをきく人もかな 0000_,18,320b28(00):浮しづみ我だにしらぬ法のうみ 0000_,18,320b29(00):いかでか人をさしわたすべき 0000_,18,320b30(00):かぎりなく迷ひし年を尋れば 0000_,18,320b31(00):ただ此今のこころなりけり 0000_,18,320b32(00):おく深き道なたかへそたづね入 0000_,18,320b33(00):言の葉匂ふ花の枝折に 0000_,18,320b34(00):法のいとただ一筋のこころより 0000_,18,321a01(00):やがて此世のことも見だれじ 0000_,18,321a02(00):見るめなみかぎりもしらぬ法の海 0000_,18,321a03(00):ふかきこころをいかできはめん 0000_,18,321a04(00):たづね入道のおくにそなほまよふ 0000_,18,321a05(00):のりのこころをたれしるや人 0000_,18,321a06(00):ちりのこる木木の紅葉をいのちにて 0000_,18,321a07(00):あはれや終の風さそふらん 0000_,18,321a08(00):たからとも思はでたれもふみもみぬ 0000_,18,321a09(00):こころに遠き天のはし立 0000_,18,321a10(00):幡磨磐桂禪師不生の佛心といふことをよめる「生な 0000_,18,321a11(00):から死して世をふる人をこそ不生不滅の佛とはいふ 0000_,18,321a12(00):師返しになずらへて 0000_,18,321a13(00):いきながら夏の土用に死したれは 0000_,18,321a14(00):なまごろしやらあついことかな 0000_,18,321a15(00):大黑天賛 0000_,18,321a16(00):大こくの黑き姿は皆しれど 0000_,18,321a17(00):しろき心をしる人そなき 0000_,18,321b18(00):圓頓戒の説戒し侍りし頃 0000_,18,321b19(00):渡り見よ十と三とのいましめは 0000_,18,321b20(00):南無阿彌陀佛の法のかけ橋 0000_,18,321b21(00):宰府の天滿宮に法樂 0000_,18,321b22(00):とははやな今の宮居も春くれて 0000_,18,321b23(00):花ちるころの神のむかしを 0000_,18,321b24(00):神力寺主。彌山にて求聞持を修せられければ 0000_,18,321b25(00):あかの井の深き御法は山すみの 0000_,18,321b26(00):曉ごとにくみてしるらし 0000_,18,321b27(00):臘八に雪いたくふり積りける折から佛名會を修行し 0000_,18,321b28(00):侍るとて 0000_,18,321b29(00):さむき日はなほもとなへておもへかし 0000_,18,321b30(00):これや昔のゆきの山人 0000_,18,321b31(00):うきふしをおもひわびずもくれ竹の 0000_,18,321b32(00):三世のほとけをとなへぬかづけ 0000_,18,321b33(00):としの暮に 0000_,18,321b34(00):あとさきをかぞへかぞへてまたいくつ 0000_,18,322a01(00):殘りすくなのとしの暮かな 0000_,18,322a02(00):鬼僧の念佛する圖畵賛 0000_,18,322a03(00):ただまうせ角はありとも本願の 0000_,18,322a04(00):中にはもれぬおにも十八 0000_,18,322a05(00):自畵像賛 0000_,18,322a06(00):我はただ無量壽佛と相おひの 0000_,18,322a07(00):まつにたれかはちぎりそめけん 0000_,18,322a08(00):わが庵は地獄のとなり餓鬼のそば 0000_,18,322a09(00):よをうしべやとすぢ向ひなり 0000_,18,322a10(00):師一時懺悔和讃をつづりて愚夫痴女の輩にさづけら 0000_,18,322a11(00):る造語至切諷誦するもの感激せざるなし。此故に爰 0000_,18,322a12(00):にしるし加て普く流通せんことをこふ 0000_,18,322a13(00):懺悔和讃 0000_,18,322a14(00):我等此たび極樂へ 往生せんと思ひとり 0000_,18,322a15(00):南無阿彌陀佛と唱へつつ 至心に懺悔したてまつる 0000_,18,322a16(00):一念まよひし初めより 世世にめぐれる六の道 0000_,18,322a17(00):身口意の三業に 積れる罪は數しらず 0000_,18,322b18(00):生るを殺して慈悲もなく 物をばぬすみ不義をなし 0000_,18,322b19(00):僞りかざることの葉に 人の事のみあしくいひ 0000_,18,322b20(00):親しき中をもはなれしめ 慳や貪やの欲ふかく 0000_,18,322b21(00):そむくをいかりしたがふを 愛する愚痴のかなしさよ 0000_,18,322b22(00):理にさへ闇きこころゆゑ 父母師僧三寶の 0000_,18,322b23(00):深き惠みもわすれぬる 不孝の罪のおそろしや 0000_,18,322b24(00):戒を破れるそれのみか 日夜に思ひとおもふこと 0000_,18,322b25(00):作となす業罪なれば 因果の道理たがひなく 0000_,18,322b26(00):頓て命のおはりには 火車獄卒の迎を得 0000_,18,322b27(00):焦熱無間の火に燒れ 紅蓮の氷に閉られて 0000_,18,322b28(00):辛き苦患にあふ時は 佛の敎をききすてし 0000_,18,322b29(00):おのが心のつれなさを 千度悔ともかひなけん 0000_,18,322b30(00):今日よりしては必らずよ かかる罪をば犯すまじ 0000_,18,322b31(00):されど凡夫のかなしさは 若また誤りつくるとも 0000_,18,322b32(00):大慈大悲の阿彌陀佛 捨させ給ふな御本願 0000_,18,322b33(00):慚愧懺悔の心より となふる御名に罪消て 0000_,18,322b34(00):自他もろともに極樂へ 迎へ給へやあみだ佛 0000_,18,323a01(00):南無阿彌陀佛あみだ佛 助たまへやあみだ佛 0000_,18,323a02(00):門門不同八萬四 爲滅無明果業因 0000_,18,323a03(00):利劒即是彌陀號 一聲稱念罪皆除 0000_,18,323a04(00): 0000_,18,323a05(00):學信和尚行狀記 0000_,18,323a06(00): 0000_,18,323a07(00):(本傳序、題、跋) 0000_,18,323a08(00):先師老人の行履。さきに西遊記。畸人傳。新選往 0000_,18,323a09(00):生傳等に。しるしのせて世に行る。しかれともいま 0000_,18,323a10(00):だ別傳あらず。このゆゑに。蓮友僧敏上人ととも 0000_,18,323a11(00):にはかりて。その道跡の要をしるし置るをもて。 0000_,18,323a12(00):平安隆圓上人に託す。上人同心隨喜し。みづから 0000_,18,323a13(00):聞ることをも增加し給ひてしかば。今年三十三回 0000_,18,323a14(00):の忌景にあたりしゆゑ。幸ひ上木して世に流布 0000_,18,323a15(00):し。これをもていささか法乳の慈恩。山海を塵露 0000_,18,323a16(00):に報ぜんと思ふのみ 0000_,18,323a17(00):文政四年辛巳四月七日 0000_,18,323b18(00):遺弟 安藝國嚴島光明院慧滿謹記 0000_,18,323b19(00):道影自題 0000_,18,323b20(00):出敎離禪有敎有禪悖儒違神亦儒亦神世所謂者不稀 0000_,18,323b21(00):伍之下士大笑不咲非道道體如是咄咄恠恠應變出沒 0000_,18,323b22(00):畢竟何如大東國裏八不道人 0000_,18,323b23(00):己巳春 無爲自題 0000_,18,323b24(00):學信和尚行狀記序 0000_,18,323b25(00):吾豐譽尊者。知無爲道人者也。昔屢謂道人。 0000_,18,323b26(00):鐵膓石心。以扶宗護法。爲己任。而文字其緖餘 0000_,18,323b27(00):也。然予以未識道人之面爲恨焉。其後曁 0000_,18,323b28(00):盟主於華頂。專念圓慧命者。持一方册來。謁 0000_,18,323b29(00):予乞言以辨。取而覽之。乃道人傳也。即命侍 0000_,18,323b30(00):者。整衣莊誦。誦之一過。予太息而嘆曰。眞護 0000_,18,323b31(00):法道人也。惜乎此人而無其位。此人而無其位。 0000_,18,323b32(00):侍者曰。何謂也。曰。道人甞有言。曰。時屬澆 0000_,18,323b33(00):季。罕達眞宗。愚者昧於罔聞。狂者置諸不 0000_,18,323b34(00):屑。以他力而巧遁。或易行爲駕言。恣情蕩 0000_,18,324a01(00):撿。爲師子身蟲。僧輪絶轉。佛法豈得獨弘 0000_,18,324a02(00):哉。於是護法忘身。務救時獘。憤然染翰。 0000_,18,324a03(00):述興學編。蓋欲警策懦頑。悟覺迷徒。而復 0000_,18,324a04(00):佛祖大道於千歳之昔。而後普度人天也。雖然 0000_,18,324a05(00):又示衆云。予也潜藏林野。閑靜無爲。追思護 0000_,18,324a06(00):法初志。分毫未酬。數年苦心。將付唐喪。此 0000_,18,324a07(00):無他。躬不在其位故也。汝輩努力。以自勉 0000_,18,324a08(00):哉。嗟乎是數言。足以觀道人之志矣。而傳文 0000_,18,324a09(00):逸之者何也。且夫予於豐尊者。則法屬。爰爲 0000_,18,324a10(00):道人。澂言于予。亦非偶然。然則雖不識道 0000_,18,324a11(00):人之面。而幸獲覩道人之行狀。補其缺略。猶 0000_,18,324a12(00):面也。汝好錄是語還之。侍者唯唯而退。時 0000_,18,324a13(00):文政辛巳首夏 0000_,18,324a14(00):華頂山大僧正貞嚴撰 0000_,18,324a15(00):古人の語に國に仁政あればかならず嘉瑞を現じ。 0000_,18,324a16(00):人に德行あるは沒後多く舍利を生ずといへり。我 0000_,18,324a17(00):嚴島の學信和尚。潜修密證の行實を按るに止觀に 0000_,18,324b18(00):いはゆる金具を密藏して。人をして知らしめざる 0000_,18,324b19(00):ものならん。しかれども滅後奇雲異香天華舍利等 0000_,18,324b20(00):の靈瑞ありて。その實德おぼふべからざれば。そ 0000_,18,324b21(00):の名海内に高く。其德四遠に聞へたり。先に橘南 0000_,18,324b22(00):谿。伴蒿蹊乃二氏。これを書にあらはし。浪華の 0000_,18,324b23(00):風航師。新選傳にも。またこれを加へらる。これ 0000_,18,324b24(00):ら皆。大かた傳聞をしるしたれば。其説あやまり 0000_,18,324b25(00):多し。おのれ思へらく。和尚世にいませる時。親く 0000_,18,324b26(00):法澤を蒙りし人も大半故人となれり。これより後 0000_,18,324b27(00):星霜うつりゆくにしたがひ。その嘉言行。口碑 0000_,18,324b28(00):にもまた消うせなんことをふかくうれひ思ひて。 0000_,18,324b29(00):遺弟光明院現住。慧滿長老をそそのかして。その 0000_,18,324b30(00):一化の顚末を筆記せんことをはかる。長老のいは 0000_,18,324b31(00):く。我故和尚に奉事すること晩かりしかば。其一 0000_,18,324b32(00):世の事狀をつぶさにしらず。况やその擧足下足。 0000_,18,324b33(00):何ぞたやすく。うかがひしるところならんやと 0000_,18,324b34(00):て。ふかくいなみ給へり。おのれいふ。橘氏伴氏 0000_,18,325a01(00):だも。なほその德を擧揚せり。しかるに弟子とし 0000_,18,325a02(00):て師の美を傳へざるはあに不仁ならずや。ただ先 0000_,18,325a03(00):その見聞せる。あらましをしるさば足ぬべし。と 0000_,18,325a04(00):てやがておのれとともに。しるしあつめて草稿 0000_,18,325a05(00):なりにしかば。これを洛東專念上人の許に贈り 0000_,18,325a06(00):て。よくよみかうがへて。梓にきざみ給はらんこ 0000_,18,325a07(00):とをこへり。上人はいまだ一面識の人にあらずと 0000_,18,325a08(00):いへども。さきにその選述の近世往生傳をよみ 0000_,18,325a09(00):て。同舟凌海の良友なることをしれるが故なり。 0000_,18,325a10(00):上人たやすくうけがひて。幸に守興。信冏。眞海 0000_,18,325a11(00):等の。同法。往時和尚に隨侍請益せる道話をも聞 0000_,18,325a12(00):書し置りとて。それをも增補して。遂に厥氏に授 0000_,18,325a13(00):けらる。其彫すみやかになりにしかば。これを華 0000_,18,325a14(00):頂山大僧正の淸覽に入奉りて。その證明を請奉ら 0000_,18,325a15(00):れしに。大僧正。深心隨喜ましまし忝も序文をな 0000_,18,325a16(00):して賜へり。我曹らか感喜何にかたぐへん。この 0000_,18,325a17(00):故にその由縁を端書し侍るとて。謹で思ふに深く 0000_,18,325b18(00):も國家聖政の仁澤を蒙り。甘露洗心の法潤を得 0000_,18,325b19(00):し身は。自他もろともに策勵進修して。聖世を祝 0000_,18,325b20(00):し。釋門に報ずること。和尚在世のかしこき跡に 0000_,18,325b21(00):ひとしからん。凡此書の流行する所。讃毀皆とも 0000_,18,325b22(00):に。淨土の良縁を結び。順逆同く彌陀の眞友たら 0000_,18,325b23(00):んとねかひ侍るになむ 0000_,18,325b24(00):文政四年辛巳四月 0000_,18,325b25(00):安藝國嚴島白毫葊僧敏拜題 0000_,18,325b26(00):跋 0000_,18,325b27(00):予竊以謂。無爲尊者。自示寂于西海而來。既 0000_,18,325b28(00):數年矣。其嘉言善行。不可不集而傳也。然而 0000_,18,325b29(00):藁尚未就。惟恐其淪亡也。如今遇光明白毫二上 0000_,18,325b30(00):人。著尊者行狀記。且屬予較而梓焉。仍以予 0000_,18,325b31(00):所見聞者五三。增補之。幸免負宿志云爾。 0000_,18,325b32(00):而有客過我者。閲未終卷。誥曰。我聞尊者生 0000_,18,325b33(00):平履踐。活達不覊。隨意自在。評駁古今。謗議 0000_,18,325b34(00):時獘。放言勵辞。傍若無人。是故儒禪敎律。無 0000_,18,326a01(00):不目爲異物。疾若冠讐。且夫禮誦之暇。手弄 0000_,18,326a02(00):筆而不置。語默動靜。頗異純乎淨業者流者。 0000_,18,326a03(00):是耶非耶。予咲曰。試使尊者對。乃言。嗚呼知 0000_,18,326a04(00):我。罪我者。唯釋迦地藏乎。抑吾子夫與佛論 0000_,18,326a05(00):之乎。與菩薩論之乎。客擬議。會鍥人告成。 0000_,18,326a06(00):因識歳月。附於簡末。 0000_,18,326a07(00):文政四年辛巳夏四月 0000_,18,326a08(00):平安野僧隆圓稽首拜識