0000_,18,055a01(00):厭求上人行狀記
0000_,18,055a02(00):
0000_,18,055a03(00):師諱は貞憶後に厭求と改む。眞蓮社廣譽心阿は本宗
0000_,18,055a04(00):恒式の別號なり。俗姓は村上源氏。平安城の人な
0000_,18,055a05(00):り。寬永十年癸酉二月四日に誕生す。幼稚なりし時
0000_,18,055a06(00):伯父武藤氏に就て射を學ぶ。伯父篤信にして時時一
0000_,18,055a07(00):僧を宅に請じて供養し身を屈して給仕すること君父に
0000_,18,055a08(00):事るが如くす。師或日彼僧の草庵に行て見るに獨住
0000_,18,055a09(00):單丁の野僧なり。師ひそかに思へらく伯父は是衆人
0000_,18,055a10(00):の長にして從者數輩あり。然るに身を謙りて獨庵の
0000_,18,055a11(00):僧を恭敬すること奴婢の主人に事るが如くす。佛法の
0000_,18,055a12(00):威力妙なるかな奇なるかな言語の及ぶ所にあらずわ
0000_,18,055a13(00):れ誓ふて必ず出家すべし仕官の榮を期すべからず
0000_,18,055a14(00):と。是より後毎夜夢中に一僧來り告て云く。出家修
0000_,18,055a15(00):道は一大事因縁なり小縁の事にあらずたとひ燒火僧
0000_,18,055a16(00):も一千戸の官人に勝れり汝早く出家すべしと。故を
0000_,18,055a17(00):以て師父母に告て素懷をとげん事を乞ふ。父母堅く
0000_,18,055b18(00):許さず。已ことを得ずして師自から髻を截て切に入道
0000_,18,055b19(00):を願求す。父大ひに瞋りて一室に籠居させ永く外出
0000_,18,055b20(00):を禁ず。其後幾ならざるに父卒去しぬ。師歎息して
0000_,18,055b21(00):云く我家に在て父に仕へて孝を行ふことあたはず。既
0000_,18,055b22(00):に孝道を欠。又出家して父の後世を吊ふことを得ず現
0000_,18,055b23(00):當の大事兩ながら失却すいかがせんいかがせんとて哭泣悶
0000_,18,055b24(00):絶す。母見て驚歎して云く。異しひかな吁汝は我子
0000_,18,055b25(00):にあらじ幼年にしてよく是の如きの善語を吐出せり
0000_,18,055b26(00):我何んぞ汝が出家を障んや。然共今年は期の喪一周忌ま
0000_,18,055b27(00):でを期の喪と云を守りて宜しく老父の命に隨ふべし明年にい
0000_,18,055b28(00):たらば我汝が素意を遂るに任すと。爰におゐて師欣
0000_,18,055b29(00):然たり光陰程なく遷り往て期の喪既に畢りぬ。正保
0000_,18,055b30(00):二年乙酉五月二日歳十三にして洛の專念寺信譽上人
0000_,18,055b31(00):に投じて剃染受戒す。信譽則ち淨土三部妙典六時禮
0000_,18,055b32(00):懺を授けて讀誦せしむ數月ならずして暗誦し更に一
0000_,18,055b33(00):字を失せずその聰明絶倫なること是の如し見聞の者歎
0000_,18,055b34(00):じて異人とす。師偶一日過あり信譽是を咎めて責る
0000_,18,056a01(00):に大灸を以てす艾草百目を束ねて一壯とすその大さ
0000_,18,056a02(00):拳の如し。是を脊の上に置て火を點ず師怡然として
0000_,18,056a03(00):是を受て堪忍し面色變ぜず小苦なきに似たり。諸人
0000_,18,056a04(00):怪みて灸火の盡るを待てその苦熱を問ふ。師答へて
0000_,18,056a05(00):云く小苦あることなしと。諸人驚き見るに都て灸の跡
0000_,18,056a06(00):なし但懷中なる守袋より煙の出るあり守袋の内外燒
0000_,18,056a07(00):拔たり。即ち是此守袋の佛代りて苦を受るのみ吁奇
0000_,18,056a08(00):なる哉。此守は法印何某の加持する所なり。師の母
0000_,18,056a09(00):歡喜して此由を彼法印に語る。法印の云く我曾て守
0000_,18,056a10(00):護を施與すること許若千人なりき終にいまだ師の如き
0000_,18,056a11(00):代受苦の事ある事を聞ず是はこれ他にあらず師の信
0000_,18,056a12(00):力強盛の感應なりと。その幼齡にして但信徹骨なる
0000_,18,056a13(00):事是の如し。他日他力本願を仰信する事も又是の如
0000_,18,056a14(00):くなるべき旨ここにあらはれたり。栴檀は二葉より
0000_,18,056a15(00):香しといふは實に虚語にあらず
0000_,18,056a16(00):○師歳漸く長じて十七なりしかば。宗の式法に任せ
0000_,18,056a17(00):て修學の爲武州江戸に下り靈巖寺の珂山和尚に隨
0000_,18,056b18(00):ふ。和尚一見器許し一宗の秘賾宗戒布薩これを傳へ
0000_,18,056b19(00):て餘蘊なし。師自から淨敎を研究して晝夜をわかた
0000_,18,056b20(00):ず又兼て諸經論を探りて其幽致を究む。惠解天然に
0000_,18,056b21(00):して錐囊を脱するが如し是を講ずる時は辨懸河のご
0000_,18,056b22(00):とく人心を感動せしむ。既にして飯沼弘經寺に行き
0000_,18,056b23(00):宗閑和尚に就て修學す其後又靈巖寺に歸る
0000_,18,056b24(00):○明曆二年丁酉正月十八十九兩日江戸大火にて城中
0000_,18,056b25(00):并に城外諸侯の亭館商家民屋一時に煨燼す。逃遁る
0000_,18,056b26(00):る道なふして燒死する者數萬人に及ぶ靈巖寺も又火
0000_,18,056b27(00):裡にあり。師走り出て河邊に至る橋既に燒落て又船
0000_,18,056b28(00):筏なし惘然として佇立せり。忽ち男女數輩小船に棹
0000_,18,056b29(00):して河岸に寄來る。師喜びてこれに乘り漸く火災を
0000_,18,056b30(00):脱れて既に中流にいたる。更閑夜深て竿を折き橈を
0000_,18,056b31(00):絶つ。水深して底なくいかんともすべきやうなし。運
0000_,18,056b32(00):に任せて遙に海上に出づ暴風船を簸て波濤山の如し
0000_,18,056b33(00):忽ち水底に沈沒せんとす。時に何くともなく船一艘
0000_,18,056b34(00):衝來りて行違ふ。其間相去ること一丈ばかりなり師即
0000_,18,057a01(00):ち佛力を念し力を策して彼舟に飛移り始めて存命す
0000_,18,057a02(00):ることを得たり。先に乘所の小舟をかへりみれば既に
0000_,18,057a03(00):沈沒して跡方なし唯叫喚の聲を聞のみなり
0000_,18,057a04(00):○爰に於て師大いに省悟して思へらく。現今目前三
0000_,18,057a05(00):途の苦憐むべく生死の業縁恐るべし。無常の殺鬼は
0000_,18,057a06(00):時處をゑらばず賴むべきは本願なり修すべきは念佛
0000_,18,057a07(00):なり空しく此地に留るべからずと。是より直ちに濃
0000_,18,057a08(00):州大垣の大運寺に行。德を匿し光を韜みて常念佛の
0000_,18,057a09(00):結衆に入り日夜に稱名するのみ。師なりと知るもの
0000_,18,057a10(00):なし。或時城主僧を選ぶことあり。爰に於て始めて師
0000_,18,057a11(00):を知る又其志を感ず。仍て本主等師の説法を請求す
0000_,18,057a12(00):師固く辭す衆人再三懇請す。師已ことを得ずして始め
0000_,18,057a13(00):て法輪を轉ず貴賤歡喜して發心念佛す。專修一行是
0000_,18,057a14(00):より弘通す。邪執の安心。謬解の一念自然に亡泯し
0000_,18,057a15(00):日課念佛日日月月に盛なり翻邪歸正の僧侶多く弟子
0000_,18,057a16(00):と稱し渴仰して師とす。又勢州桑名に行正源寺に住
0000_,18,057a17(00):して敎化すること數日。城中城外の貴賤男女席を爭ひ
0000_,18,057b18(00):群を成し信伏歸敬して念佛するもの勝て計ふへから
0000_,18,057b19(00):ず。正源寺は信譽の師。源譽上人所住の地なり則ち
0000_,18,057b20(00):故松平越中守曾て源譽を洛の專念寺より此寺に招請
0000_,18,057b21(00):す。師は是源譽の法孫なる故に諸人共に請じて此寺
0000_,18,057b22(00):に住持せしめんと願ふ。師耳を塞ぎて聞入れず急に
0000_,18,057b23(00):走り去る。是より矢田に行。時晩冬なり師七七日別
0000_,18,057b24(00):時念佛す。夜寒忍びがたく又睡催す時は衣服を脱ぎ
0000_,18,057b25(00):庭を巡りて稱名せらる。霜雪膚を侵し寒風骨に徹す
0000_,18,057b26(00):れども確乎として撓む事なし是の如くして障なく七
0000_,18,057b27(00):七日を修滿す諸人舌を卷て凡人に非ずと稱讃す
0000_,18,057b28(00):○習年濃州の片山に往き寂靜の地に草庵を結び住居
0000_,18,057b29(00):する事數年なり。此間常に法衣を脱ず無益の事を談
0000_,18,057b30(00):ぜず日課六萬返六時勤行永く自業とす是より以來終
0000_,18,057b31(00):に懈怠せず。時時尾州の熱田。遠州の荒井に遊化
0000_,18,057b32(00):す。或は攝州鮎川茨木高槻芥川に往き又洛陽に至
0000_,18,057b33(00):る。縁に隨ひ機に應じて接化無究なり有智無智信伏
0000_,18,057b34(00):歸敬する事草の風に偃すが如し當世仰いで念佛の大
0000_,18,058a01(00):導師とす。師に投じて出家するもの男女老少數百人
0000_,18,058a02(00):なり。濃州大垣領庭田の圓滿寺も師を以て中興とす
0000_,18,058a03(00):彼地に師の畵く所の吉水大師の尊影あり
0000_,18,058a04(00):○師或時攝州鮎川に在て楞嚴維摩を披閲す。聲を
0000_,18,058a05(00):聞て忽然として省悟あり。是より知解奮發す。深文
0000_,18,058a06(00):奧義竹を破がごとく七通八達ならずといふことなし。
0000_,18,058a07(00):長水法安と并せ案ずべし
0000_,18,058a08(00):○大凡師の性たるや度量廣大にして風韻凡ならず質
0000_,18,058a09(00):直無欲。孝順慈愛天然なり。唯今日ある事を知つて明
0000_,18,058a10(00):日を期せず都て物を蓄へず又悋惜なし得るに隨ひて
0000_,18,058a11(00):是を施す。直言にして佞曲ならす人情に乖くに似た
0000_,18,058a12(00):り。他人の苦しみあるを見聞しては己が事の如くす
0000_,18,058a13(00):禽獸といへども又然り。德ありて莊ならず柔和にし
0000_,18,058a14(00):て瞋る事なし。衆を愛して閑を好み人に對して世事
0000_,18,058a15(00):を語らず。常に世智の者を誡めて云く人間の貧富は
0000_,18,058a16(00):過去の宿業による世人是を知らずみだりに貧を厭ひ
0000_,18,058a17(00):富を願ひ非分に貪り求む。然るに若貧窮の報を受べき
0000_,18,058b18(00):人はたとひ財寶を積て自から守るといへども種種の
0000_,18,058b19(00):災難來りて貧人と成る又福報有人はたとひ貧家に生
0000_,18,058b20(00):るといへ共自然に財寶充溢して豐饒自在なり。因て
0000_,18,058b21(00):みだりに寶を求る事なかれ若又寶あらばみだりに惜
0000_,18,058b22(00):むことなかれ。皆是法界の物なり以て法界に任すべ
0000_,18,058b23(00):し。又たとひ財寶を盜るることありとも強て歎くことな
0000_,18,058b24(00):かれ己に福分あれば財寶去ても又來る。己に貧分あ
0000_,18,058b25(00):るときはたまたま得ても是を失ふ三世因果决定の
0000_,18,058b26(00):報。業に循ふて發現す努力疑ふことなかれ。但俗は念
0000_,18,058b27(00):佛の暇に世務を營むべし僧は常に念佛して世事を思
0000_,18,058b28(00):ふことなかれと。師京都にありし時しばしば大雲院に
0000_,18,058b29(00):て説法す法雨等しく沾ふて信芽を增長せざるものな
0000_,18,058b30(00):し
0000_,18,058b31(00):○萬治二年己亥老母に隨ふて攝州有馬の溫泉に浴す
0000_,18,058b32(00):るの序。請を得て極樂寺に説法すること一七日。貴賤
0000_,18,058b33(00):歡喜し遠近感動して未曾有なりと稱す。時に寺主榮
0000_,18,058b34(00):譽。老に至りて弟子の繼席すべき者なし。師をして
0000_,18,059a01(00):爰に住持せしめんことを欲す。衆人と共に懇請して云
0000_,18,059a02(00):く此地は四方より浴客の來會する處。放逸無慚貪欲
0000_,18,059a03(00):熾盛にして尤難化の衆生なり。唯五欲に耽著して後
0000_,18,059a04(00):世を思はず他力を信ぜず因て念佛未だ弘通せず。師
0000_,18,059a05(00):にあらずんば誰か是を度すべきや伏して乞ふ大悲を
0000_,18,059a06(00):垂て此寺に住し群迷を救濟し給へと。師堅く辭す。
0000_,18,059a07(00):其請再三に及ぶ。師告て云く予が固辭する事別に子
0000_,18,059a08(00):細あり。予一生涯水雲のごとく住處を定むべからざ
0000_,18,059a09(00):るの誓ひを立たり又再びいふべからずと。爰におい
0000_,18,059a10(00):て寺主等いかんともすることあたはず甚だ是を憂へ師
0000_,18,059a11(00):の老母に就て方便慰諭して是を請ずることやまず。母
0000_,18,059a12(00):公元より身に痼疾あり常に溫泉に浴せんことを思ふ。
0000_,18,059a13(00):幸に此事を悅び師に語りて云く我さて命期も程あら
0000_,18,059a14(00):じ身恒に病あり溫泉に浴する時は快し。師此寺に住
0000_,18,059a15(00):せば我又常に浴して餘年を保つことを得ん願はくは我
0000_,18,059a16(00):爲に強て衆請に應じ給へと。師玆におゐて默然とし
0000_,18,059a17(00):て思惟すらく。自の誓ひは輕し老母の命は至りて重
0000_,18,059b18(00):し。我既に出家する故に孝道を行ふことあたはずと
0000_,18,059b19(00):も。なんすれぞ此命にそむくべきやと。即ち請に應
0000_,18,059b20(00):じて住持する事九年。寺内修補する所多し師を以て
0000_,18,059b21(00):中興とす。師六時に勤行す是より永く寺法と成る。
0000_,18,059b22(00):寺主たりといへども常に香衣を用ひず故ありて著用
0000_,18,059b23(00):する事兩三度。その謙讓なること知んぬべし。平日勸
0000_,18,059b24(00):誘を以て作業とす。而しより以來本願に歸して念佛
0000_,18,059b25(00):するもの甚だ多し往生の素懷を遂るもの數を知ら
0000_,18,059b26(00):ず。老母別室に住して恒に歡喜念佛す多歳安然た
0000_,18,059b27(00):り。一日少惱あり本尊に向ひて合掌念佛すること數聲
0000_,18,059b28(00):寂然として逝す法譽性遠法尼と號す寬文七年二月十
0000_,18,059b29(00):日なり。爰におゐて師自から惟へらく我既に老母の
0000_,18,059b30(00):命を全し畢れり速に退院すべしと。此旨を衆人に告
0000_,18,059b31(00):ぐ衆人堅く留めて許さず。師夜に紛れて寺を捨遁れ
0000_,18,059b32(00):去る。諸人是を聞て考妣を喪するが如し。諸檀家集
0000_,18,059b33(00):り議して師の弟子をして席を繼しむ善阿了阿相續て
0000_,18,059b34(00):住持し師の門風遠く仰ぎ化益倍盛なり
0000_,18,060a01(00):○師有馬極樂寺に住せし日。洛の富山氏某本宅は勢州射和に
0000_,18,060a02(00):あり溫泉に浴するの序。師に謁して數數敎示を蒙り信
0000_,18,060a03(00):感髓に徹す是よりして歸依常倫に超たり。師の極樂
0000_,18,060a04(00):寺を捨去ことをはるかに傳へ聞て洛の西北。梅が畑の
0000_,18,060a05(00):導故院を再興し師を召請して供養せらる。師即ち來
0000_,18,060a06(00):り寓ずること年あり。此地は元觀智國師の弟子了的導
0000_,18,060a07(00):故大和尚。黑谷より幽棲し給ふ所なり導故和尚の法
0000_,18,060a08(00):弟。縁山現住廓山大和尚遷化たるにより 台命に因
0000_,18,060a09(00):て此地より直に縁山へ移轉し給へり。其後荒蕪に屬
0000_,18,060a10(00):せしを富山氏方へ求め得て草屋を構へ置れしなり。
0000_,18,060a11(00):導故院といふ三大字の額あり知恩院宮良純法親王
0000_,18,060a12(00):後水尾院第八の皇子の御筆なり。此地のありさま綠樹蓊欝とし
0000_,18,060a13(00):て後山に覆ひ。脩竹瀟洒として前溪を圍み眼下に村
0000_,18,060a14(00):里を見渡して風景絶勝なり。中央に石窟あり其内に
0000_,18,060a15(00):開山導故上人の名號石六字を石にえりて立たる也中興厭求上人の名
0000_,18,060a16(00):號石あり左に當院歷代の墳墓有右に富山氏代代の墓あり人家を去こと遠からず右
0000_,18,060a17(00):に五智山を見左に仁和寺を望む絶塵の佳境壺中の乾
0000_,18,060b18(00):坤にして隱者の盤旋すべき處なり。本尊は坐像三尺
0000_,18,060b19(00):の彌陀佛なり兩祖の畫像上人の木像皆悉く自作な
0000_,18,060b20(00):り。又別に檀主念譽淨仙菴主照譽春光法尼の木像あ
0000_,18,060b21(00):り是は佛祖へ常隨給仕供養の爲なりとぞ是又上人の作なり其子孫即
0000_,18,060b22(00):ち當院の檀越たり
0000_,18,060b23(00):○師或時勢州射和富山内室法名心榮逝去の節。贈り給へ
0000_,18,060b24(00):る書壹通あり。彼家の兒孫。珍藏して今に所持す。そ
0000_,18,060b25(00):の文にいはく。心榮往生ノ由承リ。何レモ愁歎力落ノ
0000_,18,060b26(00):段令推察候。乍去神妙ニ殊勝ナル臨終ノ由扨扨目出
0000_,18,060b27(00):度存候。人界ヘ生ヲ受テハ生死ヲハナレ菩提ニ至ル
0000_,18,060b28(00):是ヲ諸佛如來ノ本意トシ玉フニ。若キ人ノ目出度臨
0000_,18,060b29(00):終ハ佛ノ冥加ニ御叶ヒ候ト感入存候。但シ一旦ノ別
0000_,18,060b30(00):レハナゲカハシキニ似タレトモ皆是迷ヒテ歎クコト也悟
0000_,18,060b31(00):リテ見レバ本來不生不滅也。喩ヘバ夢ニ生ルルト見
0000_,18,060b32(00):死ヌルト見ルニサメテ後夢ノ中ノ事ヲ思フニ生レモ
0000_,18,060b33(00):セズ死モセズ唯夢也。ソレガ如クニ今生ト云ハ迷ノ
0000_,18,060b34(00):夢也迷ノ中ニ居テハ生ルルト思ヒ死ルト思ヘトモ。極
0000_,18,060b35(00):樂ニ往生シテ見レバ生レモセズ死モセズ。唯速カニ往
0000_,18,061a01(00):生スレバ一切ハ皆迷ノ夢ナルコトヲ知ル。往生セザレ
0000_,18,061a02(00):バ夢ヨリ又夢ヲ見ル是ヲ無量壽經ニ從冥入冥ト説玉
0000_,18,061a03(00):フ。クラキヨリクラキニ入ト云事也。タトヒ今生ニ
0000_,18,061a04(00):テ歎キヲ引替テ悅ニシテモ夢也。悅ヲ引替テ歎トシ
0000_,18,061a05(00):テモ夢也。凡夫ハアサマシクテ一切皆夢ナルコトヲ知
0000_,18,061a06(00):ラズ凶ヲ歎キ幸ヲ悅也。一切ハ皆夢ナリト知レバ凶
0000_,18,061a07(00):モ幸モ共ニ夢ナルガ故ニ悅モナク亦憂モナシ悅モナ
0000_,18,061a08(00):ク憂モナケレバ是ヲ無爲ト名ク是眞實ノ悅也。然ル
0000_,18,061a09(00):ニ衆生アヤマリテ夢ノ中ノ悅ニマドイテ往生極樂ノ
0000_,18,061a10(00):サメタル悅ヲバ願ハズ迷ノ中ノ悅ハ願ヘトモ叶ハズ往
0000_,18,061a11(00):生ノ悅ハ願ヘバ頓テ叶フ也。願ヒテモ叶ハヌ迷ノ悅
0000_,18,061a12(00):ハネガハレテ。遂ルニ安キ往生ノ悅ビヲバ願ハズ是
0000_,18,061a13(00):ヲ顚倒ト云。サカサマニ迷フト云コト也。一切ハ夢ト
0000_,18,061a14(00):云コトヲ知ラヌ故也。サムル處ハ極樂世界。サムル手
0000_,18,061a15(00):ダテハ南無阿彌陀佛也。爰ニ心榮ハ念佛シテ無量劫
0000_,18,061a16(00):ノ迷ノ夢ヲサマシテ極樂ノ蓮臺ニ在テ今生ノ夢ノ境
0000_,18,061a17(00):界ノハカナキ事ヲ悟リ玉フベシ。サゾヤ心ノスズシ
0000_,18,061b18(00):カルラント推量スレバ誠ニ以テ羨シクコソ存候。一
0000_,18,061b19(00):旦ノ別ヲ歎クハ迷也。道理ヲ辨ヘテ悅ブハ悟也。迷
0000_,18,061b20(00):ト悟トイクバクカヘダツ。能能此道理ヲ思ヒ明メテ
0000_,18,061b21(00):愚ナル衆中歎キモ御休候ヘ。淨信ヘモ太郞次殿夫婦
0000_,18,061b22(00):ヘモ傳筆。南無阿彌陀佛
0000_,18,061b23(00):心榮法女の牌前に贈る
0000_,18,061b24(00):花の色に迷ふ心のちりぬれは悟りの身とやなり
0000_,18,061b25(00):榮ゆらん
0000_,18,061b26(00):九月廿七日 猒 求
0000_,18,061b27(00):○延寶の初弟子了縁等。北野聖廟の頭りに於て小庵
0000_,18,061b28(00):を結び。以て兄弟法類集會の所とせんことを願ふ。師
0000_,18,061b29(00):速かに點頭あり庵既に成就す則ち師を請じて導師と
0000_,18,061b30(00):す。師此地に於て法幢を立大いに獅子吼す。遠近雷
0000_,18,061b31(00):同し緇素雲の如くに集り信心を發起し念佛するもの
0000_,18,061b32(00):夥し。師に投じて剃髮入道するもの數百人に及ぶ。
0000_,18,061b33(00):其後漸く地を開きて堂宇を立つ終に一寺と成る今の
0000_,18,061b34(00):專福寺是なり
0000_,18,062a01(00):○師又爰を去り攝州唐櫃に行小庵を結び松風を友と
0000_,18,062a02(00):す。元來此地の男女その性暴悍にして恒に猛獸を狩
0000_,18,062a03(00):し無慚放逸なり。未だ曾て後世をしらず。師時時是
0000_,18,062a04(00):を敎化す始は敢て信ぜず後に漸く因果の道理を聞て
0000_,18,062a05(00):當來を恐れ念佛する者多し。一日師偶遠方にゆき山
0000_,18,062a06(00):路を經て庵に歸る。途にして露身の僧に逢ふ。時晩
0000_,18,062a07(00):冬なり。其由を問ふに答へて云く今朝此山中にして
0000_,18,062a08(00):盜賊の爲に衣服を剥れたり我は是旅僧なり本國に歸
0000_,18,062a09(00):らんと欲す風雪膚を侵し寒苦骨に徹り飢又堪がたし
0000_,18,062a10(00):請ふ慈愍を垂よと。師則ち侍者に命して路資の用金
0000_,18,062a11(00):を施さしむ。師自から着たる所の衣服の半を脱て與
0000_,18,062a12(00):へて云く。我と汝と共に寒苦を分たんのみと。僧禮
0000_,18,062a13(00):謝して去る。師の慈忍斯の如し。其後唐櫃を退いて
0000_,18,062a14(00):又洛の梅が畑に歸る唐櫃の庵今現在して幽松庵と號
0000_,18,062a15(00):す
0000_,18,062a16(00):○天和元年の冬より同二年の春に至る迄飢饉災あ
0000_,18,062a17(00):り。洛中洛外近里遠村餓死する者數をしらず途に橫
0000_,18,062b18(00):り街に滿り。師梅が畑に在て是を聞是を見て默止す
0000_,18,062b19(00):るに忍びず。則ち山を出て專福寺にいたり別時念佛
0000_,18,062b20(00):を修して餓死の亡靈を弔ひ又自身の衣服を脱ぎ日用
0000_,18,062b21(00):の調度をも米錢に代て日日餓者に施行す。餓者歡喜
0000_,18,062b22(00):して來ること市の如し。施財既に盡たり。師則ち手
0000_,18,062b23(00):づから一鉢を持して市中に入り行乞して餓者を救
0000_,18,062b24(00):ふ。諸人是を感じて大いに金銀米錢を送る。師則ち
0000_,18,062b25(00):意に任せて大施行をなす。日日に六七千或は八九千
0000_,18,062b26(00):人皆此施を受て壽命を全ふす。貴賤讃歎して云く大
0000_,18,062b27(00):なる哉法施財施。普く現當二世を救濟す實に大悲薩
0000_,18,062b28(00):埵なりと
0000_,18,062b29(00):○貞享年中洛の專念寺火災に罹りて一宇も殘らず灰
0000_,18,062b30(00):燼して焦土と成りぬ。寺主いかんともすべき方なき
0000_,18,062b31(00):故に夜に紛れて出奔し去る。檀家の輩列參して師に
0000_,18,062b32(00):告て云く。尊師の師跡是の如し。檀家も又燒失する
0000_,18,062b33(00):故に再興を謀るに力なし。伏して願はくは尊師大悲
0000_,18,062b34(00):を垂。枉て人情に隨ひ寺主と成りて再建し給へと。
0000_,18,063a01(00):師答へていはく再興は諸檀の力にあり予は唯法施を
0000_,18,063a02(00):以て是を助けんのみ。寺主は外に求めよ我は决して
0000_,18,063a03(00):領掌せすと。爰に於て諸檀歡喜して退き相議して師
0000_,18,063a04(00):の弟子誓譽をして寺主たらしむ。師則ち瓧礫場に坐
0000_,18,063a05(00):して大法輪を轉ず。貴賤市を成して法義を信受し貨
0000_,18,063a06(00):財を寄捨し幾ならずして堂宇を造立す。是の如きの
0000_,18,063a07(00):興隆唯一二のみにあらず。勢州中萬邑弘道寺も師の
0000_,18,063a08(00):中興する所なり。遠州荒井の念佛寺攝州芥川の萬福
0000_,18,063a09(00):寺。洛北梅が畑の導故院等悉く師の中興せし道塲な
0000_,18,063a10(00):り。然るに皆是師の素意に非ず。或は止ことを得ずし
0000_,18,063a11(00):てこれを成し。或は時の勢に乘じて自然に功をなす
0000_,18,063a12(00):ものなり
0000_,18,063a13(00):○師は常に建立を好まず又常行念佛を嫌へり。平日
0000_,18,063a14(00):徒に示して云く建立は大善功德なりといへ共種種の
0000_,18,063a15(00):煩ひあり猥りに是を作べからず。是を作ば多く魔の
0000_,18,063a16(00):媒と成る。自然に貪欲を增し富家に對して媚を成
0000_,18,063a17(00):す。或は早く成就せしめんと欲するに工匠我意に任
0000_,18,063b18(00):せざれば覺えず瞋恚を生ず。財ある者は財あるに就
0000_,18,063b19(00):て名聞を愛して往生の大利を障ふ。財なき者は財な
0000_,18,063b20(00):きに就き利養を貪りて後世の大事を失ふ。口に念佛
0000_,18,063b21(00):を修すといへども。心名利に走りて自然に本心を亡
0000_,18,063b22(00):失し永く往生を妨く。若爾らざる人は十が中に一人
0000_,18,063b23(00):或は百が中に五三人のみ。若それ上に利根道心堅固
0000_,18,063b24(00):の人は恒に建立を成といへども功德を增進して速に
0000_,18,063b25(00):往生を得べし。其餘はいまた必すしも然らず。唯念
0000_,18,063b26(00):佛して速に往生を遂べきにはしかず。若已ことを得ず
0000_,18,063b27(00):して建立を作ことあらば仰いで佛力を念じ深く厭欣心
0000_,18,063b28(00):を起し。恒に念佛して是を作べし。但衆人の功によ
0000_,18,063b29(00):りて成るべき時を待べし。若是の如くならずんば必
0000_,18,063b30(00):ず是を止べし。又常念佛は必ず好むべからず。その
0000_,18,063b31(00):故は結衆信心なれば善事なり若不信心なれば惡事た
0000_,18,063b32(00):り。晝夜の念佛は必ず退屈の心を生じて曾て後世を
0000_,18,063b33(00):念はず。世上の産業の如く成りて恒に貪瞋を起し意
0000_,18,063b34(00):名利に走る。檀家も又爾り多分は是名聞にして善人
0000_,18,064a01(00):の名を取らんとおもふのみ故に結衆を敬はず却りて
0000_,18,064a02(00):誹謗するなり。是他なし僧俗共に不信心なる故な
0000_,18,064a03(00):り。若僧俗共に志を同ふして信心に修行せば大善根
0000_,18,064a04(00):と成りて必ず往生の業を成す。然るに初は僧俗共に
0000_,18,064a05(00):信心ありてこれを修すといへども後多く退屈して名
0000_,18,064a06(00):利の穴に落入る。是の如き人何に因てか生死を出べ
0000_,18,064a07(00):きや。是故にわれ是を好まず。恒に是を誡むるの
0000_,18,064a08(00):み。長行を修せんよりは頭陀を行じて草庵に念佛せ
0000_,18,064a09(00):んにはしかじ。又今時世上に祠堂金と號して金子百
0000_,18,064a10(00):兩貳百兩を施主家より寺院へ施入す。寺院より是を
0000_,18,064a11(00):豐饒なる人に預け置。其利息銀を以て常行念佛を執
0000_,18,064a12(00):行する事多し。是甚だ宜しからざる事なり。大凡浮
0000_,18,064a13(00):世の習ひ盛者必衰にして永代豐饒を保つものなし。
0000_,18,064a14(00):其家衰ふるに至りては其預りし祠堂金を返すことあ
0000_,18,064a15(00):たはず。然る時は盜佛物の大罪を得るなり。又其財
0000_,18,064a16(00):物散失するに及びては常行念佛も退轉す。仍て檀家
0000_,18,064a17(00):より施金を受取永代常行念佛退轉有まじなどど誓約
0000_,18,064b18(00):すべからず甚だ不心得なる事なり。唯追善などの志
0000_,18,064b19(00):あらば金子百兩或は貳百兩。檀家より請取置。此金子
0000_,18,064b20(00):にて毎年四十八夜念佛を五度十度但し金拾兩を以四十八夜一度の料物とす執
0000_,18,064b21(00):行し其金子皆盡るを期として惣回向を修行すべし。
0000_,18,064b22(00):檀家も又此意を得て施入する事肝要なりと
0000_,18,064b23(00):○師常に勸むる所は深く厭欣を起し。他力本願を信
0000_,18,064b24(00):じ口常に佛名をとなへて疑ひなく往生をまつ是を要
0000_,18,064b25(00):とす。日課の員數は己が分に隨ひ十返百返より五萬
0000_,18,064b26(00):六萬乃至十萬に至る。又時は一時二時より六時等に
0000_,18,064b27(00):至る唯人をして念佛せしむるを以て要とす。日課を
0000_,18,064b28(00):授るものには血脉を與へて結縁す。凡そ日課を授與
0000_,18,064b29(00):するもの數十萬人なり
0000_,18,064b30(00):○或時師洛より勢州に往んと欲す。因に故醍醐亞相
0000_,18,064b31(00):の母堂後水尾法皇の連枝にして一條前攝政殿下の室なり實照院の請によりて念佛
0000_,18,064b32(00):安心の法語一卷を述し弟子雲竹に命じて淸書せしめ
0000_,18,064b33(00):以て是を進呈す。時に雲竹密に二通を寫し一通をば
0000_,18,064b34(00):深く藏して家寶とす。數年を經て後是を知る者あり
0000_,18,065a01(00):密に乞て梓に鏤め題して念佛安心といふ世に現行
0000_,18,065a02(00):す。一日師偶これを見て失する所あるが如く嗟歎す
0000_,18,065a03(00):る事久し。是より後若記することあれば自から書して
0000_,18,065a04(00):更に他筆を用ひず
0000_,18,065a05(00):○師勢州に往豐原の山中に草庵を結びて住居せら
0000_,18,065a06(00):る。其庵今は念佛寺と號すその草庵尤窄少にして僅に膝を容るるば
0000_,18,065a07(00):かりなり。此内に閑坐して念佛するのみ。その餘は忘
0000_,18,065a08(00):れたるがごとし一向稱名の外餘言なし。近里遠村渴
0000_,18,065a09(00):仰信伏す又射和及び中萬には年來師に歸依するもの
0000_,18,065a10(00):多し仍て師恒に此等の處に遊化せらる。又鷹司前殿
0000_,18,065a11(00):下景興院并に慈受院瑞藤御所故醍醐亞相華光院の請に應じて時
0000_,18,065a12(00):時洛陽に至る。固辭すれども許さず已ことを得ざるに
0000_,18,065a13(00):迫りて然り。徒然草の要草といへる書は此豐原にて
0000_,18,065a14(00):の述作なり。彼書の序に云く。人遠く世に捨られて柴
0000_,18,065a15(00):のあみ戸をささねどとふ人の跡なき草の庵の門に明
0000_,18,065a16(00):暮彌陀の名號をとなへ居れども。心は山の猿に似て
0000_,18,065a17(00):五欲の枝にとび移りてよしなしことのそこはかとなく
0000_,18,065b18(00):おこり。思ひは野の駒のやうに六薼の境にあれはし
0000_,18,065b19(00):りてあやしく物ぐるほし。是妄念とやせん亦心しば
0000_,18,065b20(00):しばをこるとやいはん。折にふれては此文をひろげ
0000_,18,065b21(00):て見ぬ世の人を友とするはこよなうなぐさむわざな
0000_,18,065b22(00):れど。事しげくてまぎるる方あれば我爲に利ありと
0000_,18,065b23(00):思ふ段をえらびて粗書ぬき私に益ともならむ義理の
0000_,18,065b24(00):うかべば。えかたにとりなししどろもどろに書付と
0000_,18,065b25(00):こなつに無始の煩惱取付身の蚊はらひ扇のしめとも
0000_,18,065b26(00):なれがしと思ひて。すれずれかなめ草と名づけ。腰
0000_,18,065b27(00):づけにしてあふげどあふげど凉しからぬ心のぬるさこそ
0000_,18,065b28(00):いと口おしけれ。腰づけに付て見んとておぼへか
0000_,18,065b29(00):く。いやはやはらの皮のきんちやく。勢州櫛田川。
0000_,18,065b30(00):豐原の里天王山に住する折書すと
0000_,18,065b31(00):○師既に他の開示によらずして自然と敎外の禪關に
0000_,18,065b32(00):徹透せり。因て黄檗山第二代木庵禪師。第三代惠林
0000_,18,065b33(00):禪師。嵯峨獨照和尚。梅畑の淸雲和尚。河州惠極和
0000_,18,065b34(00):尚と常に法話して法喜の遊を成し道契頗る深し。一
0000_,18,066a01(00):日師洛より攝州有馬の溫泉に浴するの因。故人丹州
0000_,18,066a02(00):の大舟別傳和尚を訪ふて法話す。師の弟子に得法の
0000_,18,066a03(00):者一人あり。是別傳和尚の知る所の者なり。和尚の
0000_,18,066a04(00):語。彼に及ぶ。師の云く彼實に未だ得ず。纔に所得
0000_,18,066a05(00):ある時は則ち不可なり。故に古人いふ直に萬重の關
0000_,18,066a06(00):を透りて靑宵裡にも留らずと。彼此意を會得せず。悟
0000_,18,066a07(00):了同未悟無心亦無法の地に至らず。胸中に一物ある
0000_,18,066a08(00):を以て我常に呵責して許さずと。別傳和尚聞て點頭
0000_,18,066a09(00):す。又別傳和尚。觀經の是心是佛是心作佛の意を談じ
0000_,18,066a10(00):て云云す。師是をうけがはず。和尚の云く爾らば師
0000_,18,066a11(00):の意いかんと。師答へていはく淨敎の意は理を以て
0000_,18,066a12(00):これを説ず。則ち事の想心を指て是心等といふなり
0000_,18,066a13(00):理心を指て是心等といふに非ずと。和尚の云く若禪
0000_,18,066a14(00):を以て是を談ぜばいかんと。師の云く若我これを談
0000_,18,066a15(00):ぜば永く和尚に異なり。それ一心是萬法なれば十方
0000_,18,066a16(00):淨土現前にして他にあらず即ち是心是佛なり。萬法
0000_,18,066a17(00):是一心なれば事想心等豈心外とせんや即ち是心作佛
0000_,18,066b18(00):なり一法の他物を見ずして當相即是の本分なり。唯
0000_,18,066b19(00):淨土のみにあらず十方の穢土地獄鬼畜等亦復是心な
0000_,18,066b20(00):り他作といふことなかれ。本心空寂にして一法の定相
0000_,18,066b21(00):なし不可思議の心既に定相なき故に空といひ淸淨と
0000_,18,066b22(00):いふ唯業に循ふて發現するのみ。妄りに分別を生ず
0000_,18,066b23(00):ることなかれ。若一念誤り畢らば野狐心に墮すべし。心
0000_,18,066b24(00):理但空と執じて妄りに因果を撥することなかれ。又因
0000_,18,066b25(00):果に耽著して小乘の見に墮することなかれ。元來生死
0000_,18,066b26(00):なし妄りに生死を執ずる故に生死無窮なり。佛は是
0000_,18,066b27(00):生死の長なり我は是生死の凡夫なり。佛即ち本願を
0000_,18,066b28(00):立つ我即ち他力を信ず。凡夫本願に乘じて速に淨土
0000_,18,066b29(00):に生ずるは不可思議の法即ち是心作佛循業發現なり
0000_,18,066b30(00):若此意を得ば大安樂を得て事理を論ぜす心に内外な
0000_,18,066b31(00):し。生死海に在て大自在を得て正に始めて風流の野
0000_,18,066b32(00):狐なることをしることあるべし。祖師の手段學者をし
0000_,18,066b33(00):て安心の地に至らしめんと欲するの外他事なし。諸
0000_,18,066b34(00):佛の方便我念佛の法亦復是の如し。智愚を論ぜす善
0000_,18,067a01(00):惡を擇ばず是を信じ是を修すれば安心の地に至り大
0000_,18,067a02(00):安樂を得。智者はこれを知る愚者は知らず。是を謗り
0000_,18,067a03(00):是をあざける唯糟粕を食ふて徒に空病を生ず。眼は
0000_,18,067a04(00):盲の如く諸法を見ず。耳は聾者に似て妙法を聞ず。意は
0000_,18,067a05(00):井蛙の如く僅に胸中方寸の地を知りて未だ法界心性
0000_,18,067a06(00):の大海を伺はず。形は佛家に在て心は邪見に墮し自
0000_,18,067a07(00):他共に損ず憐れむべし悲しむべし。是の如きの愚人
0000_,18,067a08(00):は循業發現して當來定めて熱鐵丸を呑日あらん。即
0000_,18,067a09(00):ち是他作にあらず是心是地獄是心獄人なり擬議する
0000_,18,067a10(00):事なかれと。時に別傳和尚舌を吐て云く一別以來未
0000_,18,067a11(00):だ久しからず何ぞ徹透することの玆に至れるや。今日
0000_,18,067a12(00):始めて知る市中の猛虎又頭角を生ずることをと。則ち
0000_,18,067a13(00):大衆をして各各師を拜せしむ。又隨て稱歎して云く
0000_,18,067a14(00):厭長老は淨土の大導師兼て又禪を得たり。實に是自
0000_,18,067a15(00):然悟道の人直に萬重の關を透りて靑霄裡にも留らざ
0000_,18,067a16(00):るの漢にして即ち我法弟なりと。別傳和尚は惠林禪
0000_,18,067a17(00):師の法嗣なり昔年黄檗に在りし日。師と共に法話す。
0000_,18,067b18(00):故に一別以來の詞あり。師の禪林諸大宗師の爲に稱
0000_,18,067b19(00):譽せらるる事是の如し
0000_,18,067b20(00):○或時羽州湯殿山に登る。驛次羽州山形邑の裡に草
0000_,18,067b21(00):苅氏入道勇大と云者あり。元江戸に在て儒醫たり老
0000_,18,067b22(00):後に發心出家し山形に幽栖す。遠く師の名を聞上洛
0000_,18,067b23(00):して師の所在を探り求む。人告ていはく師は湯殿山
0000_,18,067b24(00):に登らんと欲して今江戸にあり不日に其地に至るべ
0000_,18,067b25(00):しと。勇大聞得て且泣且喜び晝夜を分たずして山形
0000_,18,067b26(00):に歸り。人を道に出し師の來るを伺はしむ。往來の
0000_,18,067b27(00):僧を見て日日尋問す。一日師果して至る。勇大甚だ
0000_,18,067b28(00):歡喜し地に拜伏しく暫らく此處に留らん事を乞ふ。
0000_,18,067b29(00):師即ち室に入りて其故を問ふ。勇大答へていはく予
0000_,18,067b30(00):始は儒道を學び中比は禪に參じ後には念佛を修す。
0000_,18,067b31(00):然るに佛書を披けば經經異説し諸師の義立解釋多端
0000_,18,067b32(00):なり仍て今大疑團を生ず。明師に謁して此疑團を打
0000_,18,067b33(00):破せんと欲すれども未だ其人にあはず。まさに此生
0000_,18,067b34(00):を誤らんとす。願はくは師慈を垂て我を救濟せよ
0000_,18,068a01(00):と。涙雨衣を沾し至誠外にあらはる師其志を感じ。
0000_,18,068a02(00):問に隨て解釋す。問難往復數番にして彼が疑滯渙然
0000_,18,068a03(00):として氷のごとく解たり。始めて他力にもとづき深
0000_,18,068a04(00):く本願を信じ安心决定して一向稱名す。師此に留る
0000_,18,068a05(00):こと一七日其間日日説法す老若男女晝夜市を成して
0000_,18,068a06(00):信伏歸敬し念佛者と成る。歳を經て勇大念佛功積り
0000_,18,068a07(00):臨終正念と佛迎を感じて大往生を遂たり。勇大曾て
0000_,18,068a08(00):扶桑往生傳二卷を編集して梓行せり今現に流行す
0000_,18,068a09(00):○師是より羽黑山に上らんとす。彼山の麓に所の名を峠と云
0000_,18,068a10(00):念佛の道塲あり。師の弟子蓮休此道塲にありて大衆
0000_,18,068a11(00):を引率して師を迎へ請ず。師即ち寺に入る諸人招ざ
0000_,18,068a12(00):るに門前に來りて群を成す。仍て滯留勸化する事五
0000_,18,068a13(00):日信伏歸敬して念佛するもの數千人なり。又是より
0000_,18,068a14(00):先月山の別當代和合院より一僧を遣し蓮休に告て云
0000_,18,068a15(00):く遙に聞厭求老師其地に來臨ありと未だ實否を知ら
0000_,18,068a16(00):ず若彌實ならば速に我に告知らしめよと。是に依て
0000_,18,068a17(00):蓮休使を馳て今般老師來臨の事を報ず。寺と同山と相去ること二里餘和
0000_,18,068b18(00):合院大ひに悅びて師を召請す。師則ち彼に至る。和合
0000_,18,068b19(00):院深く敬ふて弟子の禮を取慇懃に給仕す。大衆を大
0000_,18,068b20(00):坊に集會せしめ中央に大高座を構へ謹で師の説法を
0000_,18,068b21(00):乞ふ。師固辭して應ぜず。和合院の云く願はくは師堅
0000_,18,068b22(00):く辭する事なかれ我昔日江州飯道寺の學寮にありて
0000_,18,068b23(00):上洛の序に師の説法を聞て發心念佛す。師を拜せん
0000_,18,068b24(00):と欲すること久しけれども寺勢紛冗にして閑暇を得ず
0000_,18,068b25(00):今日幸に志願を遂たり。我は是師の弟子なり此大衆
0000_,18,068b26(00):は則ち我門下なり。夫當山は專ら修驗を以て今日の
0000_,18,068b27(00):要務とす當來の資糧自から疎略なり。出離生死の道
0000_,18,068b28(00):を知らず。大導師願はくは出離の要法を示して愚迷
0000_,18,068b29(00):を敎化し給へと大衆も又共に懇請す。爰に於て師衆
0000_,18,068b30(00):情に應じて高座に陞り大衆に告て云く。和合院は當
0000_,18,068b31(00):時の學匠台敎に通達し兼て餘敎に亘る道心堅固にし
0000_,18,068b32(00):て西方を期す何ぞ我敎示を待ん。然れは座中初學の
0000_,18,068b33(00):衆の爲に予が存念を語るべし。凡そ成佛は得がたく
0000_,18,068b34(00):都率には生じがたし。極樂へは生じ易く念佛はとな
0000_,18,069a01(00):へ易し。當今出離生死の要法は唯彌陀の本願に乘じ
0000_,18,069a02(00):て念佛往生するにあるのみ念佛は是佛の本願なり仍
0000_,18,069a03(00):て念佛をするものは决して順次に往生す。餘行は然
0000_,18,069a04(00):らず本願に非るが故なり。淨土に生せんと欲するも
0000_,18,069a05(00):のは智愚を論ぜず持破をえらばず男女を隔てず善惡
0000_,18,069a06(00):をとはず。唯本願を信じて常に名號をとなふれば一
0000_,18,069a07(00):惑未斷の凡夫といへ共速に淨土に往生す。淨土は是
0000_,18,069a08(00):報身報土なり化身化土に非ず分別思議の及ばざる所
0000_,18,069a09(00):唯仰ひで信ずべきのみ。此念佛は本願なるが故に往
0000_,18,069a10(00):生を得るの法に必定せり。我是のごとくいふといへ
0000_,18,069a11(00):共我又いかなる由ある事をしらず。唯我知らざるの
0000_,18,069a12(00):みにあらず十方諸佛も又是を知り給はず故に是を讃
0000_,18,069a13(00):歎して不可思議功德とのみいふことを得たり。火は
0000_,18,069a14(00):自然にあつく水は自然に凉しその由を知らず。念佛
0000_,18,069a15(00):も又自然に往生すその由を知らず此故に往生を得ん
0000_,18,069a16(00):と欲せば但信じてこれを修せよ毫髮ばかりも疑ふべ
0000_,18,069a17(00):からす。法華經に諸法實相の旨を述。その諸法に十如
0000_,18,069b18(00):是を以て具にこれを説。故に十界因果の諸法なり即
0000_,18,069b19(00):ち實相の因實相の果なるが故に十界の業果皆是實相
0000_,18,069b20(00):なれば衆生の善惡一毫も失せず凡夫の作業大小共に
0000_,18,069b21(00):違はず其業因のごとくその果報を得。譬へ物を打ば
0000_,18,069b22(00):其音出るが如し大ひに打ば大音あり少く打ば小音あ
0000_,18,069b23(00):り即ち是實相打に隨ふて音を出す毫釐も違はず法界
0000_,18,069b24(00):の心性即ち音と成りて出。我等が心性全く他物にあ
0000_,18,069b25(00):らず。同一法性。業に循ふて變現す地獄天宮森羅萬像
0000_,18,069b26(00):十界依正亦復是の如し故に諸法といふ即ち實相也古
0000_,18,069b27(00):人或は實相は無相なり諸法を泯絶して一物もなき眞
0000_,18,069b28(00):理を指といふは然らず。實とは眞實にして虚妄なら
0000_,18,069b29(00):ざる義なり。相とは相狀にして名名の法相を顯はす。
0000_,18,069b30(00):事は事のごとく諸法の相狀なり理は理のごとく但理
0000_,18,069b31(00):空理一理圓理等の相狀なり今は圓理をいふしかも其
0000_,18,069b32(00):法のごとくこれを顯はして分つべきこれを相といふ
0000_,18,069b33(00):なり。然るに是の如き實相の因果の諸法又分別思議
0000_,18,069b34(00):の及ぶべき所にあらず故に妙法といふ。妙は是不可
0000_,18,070a01(00):思議の義なり。諸法一一に實相なり一一に妙法なり
0000_,18,070a02(00):念佛往生も即ち是實相なり。又妙法なり。物を打は實
0000_,18,070a03(00):相の因なり音を出すは實相の果なり。磬を打ば磬の
0000_,18,070a04(00):音を出す餘の音にあらず。皷を打ば皷の音を出す笛
0000_,18,070a05(00):の音にあらず。一切是の如く善因善果惡因惡果衆生
0000_,18,070a06(00):の作業一切善惡亦復實相なり。諸法一一法位を失せ
0000_,18,070a07(00):ず其法位に住してそのまま實相なり故に法華經に是
0000_,18,070a08(00):法住法位世間相常住といふ。是の如き諸法唯一實相
0000_,18,070a09(00):にして差別なく佛界衆生界平等一心なり唯作業によ
0000_,18,070a10(00):つて其果を發現す。果報儼然として即ち十界あり作
0000_,18,070a11(00):業無量なれば果も又無量なり故に楞嚴に循業發現と
0000_,18,070a12(00):いふ其業報や分別思議の及ぶ所にあらず。故に無量
0000_,18,070a13(00):壽經に云く衆生行業果報不可思議諸佛世界亦是不可
0000_,18,070a14(00):思議と云云。念佛往生も又是の如し分別すべからず
0000_,18,070a15(00):思議すべからず唯信じて念佛を修するは物を打が如
0000_,18,070a16(00):し是實相の因なり淨土に往生するは音を出すが如し
0000_,18,070a17(00):是實相の果なり。千人念佛を修すれば千人往生し。萬
0000_,18,070b18(00):人念佛を修すれば萬人往生す皷を打ば則ち音出るが
0000_,18,070b19(00):ごとく永く相違なし少しも疑ふべきにあらず。然る
0000_,18,070b20(00):に世上の人人世間の事においては妄りに信じて疑は
0000_,18,070b21(00):ず念佛往生におゐては多く疑ふて信ぜず。吁世人薄
0000_,18,070b22(00):俗にして玆に不急の事を諍ひ日夜忩忩として唯世務
0000_,18,070b23(00):を營むのみ。無常の殺鬼俄にいたりなばいかがせん
0000_,18,070b24(00):や僧俗共に斯の如し未だ眞實に後世を思はざるな
0000_,18,070b25(00):り。或は本願念佛往生の理を信ずといへども手を下
0000_,18,070b26(00):して身に行はず大經に易往而無人と説給ふは寔にそ
0000_,18,070b27(00):れ宜なり。その本願といふは無量壽經にいはく設
0000_,18,070b28(00):我得佛十方衆生至心信樂欲生我國乃至十念若不生者
0000_,18,070b29(00):不取正覺と云云是のごとく誓ひ給ふて其願既に成就
0000_,18,070b30(00):し今現に阿彌陀と成りて安住し給へり。若念佛の行
0000_,18,070b31(00):者淨土に往生すること能はざる時は此本願破れ畢るな
0000_,18,070b32(00):り本願若破れば正覺も破るるなり。正覺若破れば阿
0000_,18,070b33(00):彌陀は却りて凡夫と成り給ふべし十方佛土の中に一
0000_,18,070b34(00):度成覺の佛再び退轉して凡夫と成るものなし。故に
0000_,18,071a01(00):楞嚴經には是を金鑛灰木に譬へ玉へり。謂く既に鑪
0000_,18,071a02(00):に入る金をば好金といふ。未だ鑪に入らざる金をば
0000_,18,071a03(00):山鑛と云ふ鑛は凡夫にたとへ金は佛果にたとふ。山
0000_,18,071a04(00):鑛一度鑪鍛に入りて好金と成れば再び元の山鑛とは
0000_,18,071a05(00):成らざるなり。凡夫一度正覺を取て佛と成りて後は
0000_,18,071a06(00):再び凡夫とは成らざるなり。又凡夫は木の如く佛果
0000_,18,071a07(00):は灰のごとし一度木を燒て灰となす此灰再び元の木
0000_,18,071a08(00):とは成ならざるが如く。一度成佛して後は却りて又
0000_,18,071a09(00):再び元の凡夫とは成らざるなり。故に知んぬ一度彌
0000_,18,071a10(00):陀の正覺を取て後は又再び凡夫と成るの理あること
0000_,18,071a11(00):なし。然らば則ち本願成就して一切衆生往生する事
0000_,18,071a12(00):决定不改の道理なり。本願に乃至十念といふ上は一
0000_,18,071a13(00):形を盡し下は十念一念に至るまで往生する事决定の
0000_,18,071a14(00):道理なり。本願に十方衆生といふ僧俗貴賤持破善惡
0000_,18,071a15(00):男女老少を擇ばず皆悉く往生を得る事决定の道理な
0000_,18,071a16(00):り。故に深 此本願を信じ常に罪惡を恐れ一心不亂
0000_,18,071a17(00):に念佛すれば十人が十人ながら順次往生に相違な
0000_,18,071b18(00):きなり。世に一類の人ありていふ深く本願を信じて
0000_,18,071b19(00):一度彌陀を賴み念佛する人は罪惡を恐るべからず。
0000_,18,071b20(00):若罪惡を恐るる時は本願を疑ふに成る本願は五逆を
0000_,18,071b21(00):も救ふ。我等いかに惡を作れども未だ五逆を作ら
0000_,18,071b22(00):ず。然らば十惡を作るは全く恐るる所にあらずと。
0000_,18,071b23(00):是の如き人は大邪見なり附佛法の外道なり必ず信受
0000_,18,071b24(00):すべからず。祖師上人の云く惡人も往生すれども惡
0000_,18,071b25(00):業は往生の障りなりと。深く此語を信受すべし。一
0000_,18,071b26(00):念顚倒すれば地獄に入る事矢の如し恐れ愼まずんば
0000_,18,071b27(00):あるべからず。又妄念異念を止て念佛せよといふに
0000_,18,071b28(00):あらず。妄念の起るに隨ひ異念の生ずるに就ても彌
0000_,18,071b29(00):彌高聲に念佛すれば妄念に妨げられぬ念佛ぞといふ
0000_,18,071b30(00):事なり。返すがえす萬事を放下し一向念佛すべしと云
0000_,18,071b31(00):云。其時一會の大衆尊重歸敬して本願に歸伏し念佛
0000_,18,071b32(00):を仰信す。和合院は感激衣を沾し立て師を拜し謁を
0000_,18,071b33(00):説て讃歎して云く
0000_,18,071b34(00):大悲薩埵化來師 直説西方願王意
0000_,18,072a01(00):念佛一行超生死 善惡凡夫生淨土
0000_,18,072a02(00):和合院又告て云く往昔師の敎化に依て念佛を修し往
0000_,18,072a03(00):生を期すれども但稱一行を以て順次の往生を遂るの
0000_,18,072a04(00):義疑なきにしもあらず。是故に或は法花經を讀誦し
0000_,18,072a05(00):陀羅尼を持念し又は圓頓一實の觀をなして思ひを一
0000_,18,072a06(00):心三觀の月に凝す。是を修しても修し得ず彼を行じ
0000_,18,072a07(00):ても行じ得ず。念佛を修すといへ共意未だ安穩なら
0000_,18,072a08(00):ず。然るに今再び敎化を蒙りて迷雲忽ち散じ疑霧永
0000_,18,072a09(00):く消す念佛の一行安心决定す順次往生掌を指が如し
0000_,18,072a10(00):曠劫の大慶何事かこれにしかんと。云畢りて再拜
0000_,18,072a11(00):す。大衆も又一同に師を拜して去大衆の中に始めて
0000_,18,072a12(00):發心して專修念佛の行者と成る輩又すくなからず。
0000_,18,072a13(00):又大坊に於て翌日請に應じて説法云云す
0000_,18,072a14(00):○師月山に登る。兼てより此山上に彌陀或は大日の
0000_,18,072a15(00):來迎ありといふことを聞てこれを拜覽せんと欲す。
0000_,18,072a16(00):此上に歸宿し終日念佛す。果して彌陀尊を拜見する
0000_,18,072a17(00):事數度なり。弟子の輩も又これを拜す。然るに諸人の
0000_,18,072b18(00):所見不同なり或は金色の像。或は影の如く薄墨色に
0000_,18,072b19(00):して分明ならず。或は丈六八尺或は極大極小何れと
0000_,18,072b20(00):も悉く輪光あり。或は又一向に拜見せざる者もあり。
0000_,18,072b21(00):眞僞不審に岐にただよふ。師の云く機感佛應理趣必
0000_,18,072b22(00):然なりこれを疑ふべからず。若信力によりて拜せば
0000_,18,072b23(00):強ちに處によるべからず何くにありても拜見すべし
0000_,18,072b24(00):然るに此山上に來迎ありといふ事は諸人深く信じて
0000_,18,072b25(00):疑はず仍て拜することあるべき道理必然なり。その
0000_,18,072b26(00):拜見せざるものは自の宿障によるべし。眞僞に至り
0000_,18,072b27(00):ては凡そ益ある事は皆是善なり益なき事は皆是惡な
0000_,18,072b28(00):り。妄りにこれを論ずることなかれと。時に當山の
0000_,18,072b29(00):僧及び山伏諸國の山伏並に同行數千人堂下に群集し
0000_,18,072b30(00):て師を絶頂の拜堂に請じて敎示を願求す。師則ち説
0000_,18,072b31(00):法すること數刻に及ぶ。其時一人の山伏忽然として
0000_,18,072b32(00):師の前に立。大音聲を揚て云く當山は彌勒佛の靈塲
0000_,18,072b33(00):たり。未來成道して龍華會の節始めて此所に説法す
0000_,18,072b34(00):るを待のみ。若彌勒にあらずんば誰か爰に説法せん。
0000_,18,073a01(00):當山開闢以來終に未だ一人の此地に説法するを聞
0000_,18,073a02(00):ず。諸天嶺に遊び山神谷を護る。立どころに賞罰あ
0000_,18,073a03(00):りて恐怖萬端なり。師は是何人にしてかほしひまま
0000_,18,073a04(00):に此に説法するやと。師答ていはく汝わづかに彌勒
0000_,18,073a05(00):當來の成道のみを知りて未だ今日の化導ある事を知
0000_,18,073a06(00):らず。薩埵の化導何ぞ當來のみをまたん。大悲の方
0000_,18,073a07(00):便無方難思なり。唯衆生をして生死を解脱せしめば
0000_,18,073a08(00):即今の説法則ち彌勒當來の化導なり。維摩經に所謂
0000_,18,073a09(00):彌勒如與衆生如一如無二如汝迷執を改て宜しく
0000_,18,073a10(00):念佛すべしと。山伏問て云く師は是彌勒か何人ぞ
0000_,18,073a11(00):と。師答て云く我即ち彌勒なりと。山伏愕然として
0000_,18,073a12(00):師を拜して去る。諸人更に此山伏を知らず又その往
0000_,18,073a13(00):所を知らず。嗚呼奇なるかな。時に諸人信心髓に徹
0000_,18,073a14(00):し晝夜稱名の聲谷に響き山に應ふ。其翌日又爰に説
0000_,18,073a15(00):法す。其後師湯殿山の寶前に詣でで法施を献りて山
0000_,18,073a16(00):を下る。夫より奧州仙臺に遊び有縁を敎化して洛に
0000_,18,073a17(00):歸る。今熟案ずるに彼一人の山伏は世にいふ所の天
0000_,18,073b18(00):狗なるべし若大悟の人にあらずんば我即ち彌勒也の即答は出ましきなり
0000_,18,073b19(00):○師又一時請に應じて藝州嚴島の光明院にいたる是
0000_,18,073b20(00):以八上人の舊跡明神護法の靈塲なり師兼て以八上人
0000_,18,073b21(00):の高德をしたはるるが故に此請に應ぜらるる所也。
0000_,18,073b22(00):時に此寺住持なし。然れども諸檀家の輩。兼て師の誓
0000_,18,073b23(00):ふて寺院を領ぜざることを知りける故にこれを請ぜ
0000_,18,073b24(00):ず唯時時爰に遊化し玉はんことを願ふのみ。師即ち爲
0000_,18,073b25(00):に説法す。一島の諸人歸敬尊重し仰ひで本師とす。
0000_,18,073b26(00):廣島の貴賤海を隔て德を仰ぎ。隣國の男女船を浮べ
0000_,18,073b27(00):て來詣し。往來の旅客歸路を忘れて法味を聽受す。
0000_,18,073b28(00):師初め光明院の請に應ずるの日。自からおもへらく
0000_,18,073b29(00):今已むことを得ずして宮島に行。彼に至りて一兩夏を
0000_,18,073b30(00):經ば必ず歸り來るべしと。既に彼島に至るに及び
0000_,18,073b31(00):て。明神の宮殿海に接し。廊腰緩く廻り滿潮の時は
0000_,18,073b32(00):廊下瀾湛へてさながら龍宮城に似たり。寶塔山に聳
0000_,18,073b33(00):へ華表。浪に浮び。その風景絶勝實に神仙の靈境た
0000_,18,073b34(00):るに感じて初念に違背し覺えず七年を經たり。その
0000_,18,074a01(00):間神前の參詣一日も闕ことなし諸檀度師の弟子を請
0000_,18,074a02(00):じて院主とす。師の法義を傳へて化導倍盛なり。師是
0000_,18,074a03(00):より直に九州四國に遊化し至る所念佛を弘通して大
0000_,18,074a04(00):ひに法雷を震ふ宮島光明院は師の餘風殘りて今に至
0000_,18,074a05(00):り金子十兩施入して四十八夜を賴み來るものあり
0000_,18,074a06(00):○師又雲州に遊行して屢敎化する事あり。晩年老を
0000_,18,074a07(00):養ふて洛東岡崎に住す。時に雲州松江城前大守綱近。
0000_,18,074a08(00):眼病に罹りて明を失す。則ち仙石氏をして遠く師を
0000_,18,074a09(00):迎へしむ。此仙石氏は兼てより師に歸依す。故に是
0000_,18,074a10(00):に命じて慇懃に請じていはく願はくは遠く來臨し法
0000_,18,074a11(00):燈を挑げて我迷暗を照し給へ勞を辭することなかれ
0000_,18,074a12(00):と。師其親切の情を感じてその請を許す。不日に雲州
0000_,18,074a13(00):に至り大守に接す。大守大ひに喜びて數重恒式に超
0000_,18,074a14(00):たり。此時諸宗の知識方並に一家中の諸士悉く列座
0000_,18,074a15(00):せり大守則ち問ふていはく諸法實相とはいかなる事
0000_,18,074a16(00):ぞ委しく示し給はれと。師その時手に持たる團扇を
0000_,18,074a17(00):左より右にめぐらし旋轉の相を作していはく諸法實
0000_,18,074b18(00):相とはかくの如し。地獄より以上餓鬼畜生修羅人間
0000_,18,074b19(00):天上聲聞縁覺菩薩佛の十界。輪圓平等にして差別な
0000_,18,074b20(00):し法華經に如是本末究竟等と説是なり然るに今日の
0000_,18,074b21(00):衆生はかかる平等の内に居ながら惡業ゆへにみだり
0000_,18,074b22(00):に差別を見て自から惡道に沈みて苦しむもの也。佛
0000_,18,074b23(00):是をあはれみ淨土に往生させしめて元の平等に復歸
0000_,18,074b24(00):させしめ玉へる也。淨土を願ふに付て凡眼の前には
0000_,18,074b25(00):しばらく淨穢生佛の隔歷あるやうなれども法體は本
0000_,18,074b26(00):來不二平等にして實相無相也。是によりて古德の法
0000_,18,074b27(00):語にも諸佛心内の衆生則塵塵極樂。衆生心中諸佛則
0000_,18,074b28(00):念念彌陀。所以終日念佛而不乖無念熾然往生而不
0000_,18,074b29(00):乖無生。凡聖各住自位而感應道交。東西不相往
0000_,18,074b30(00):來而神遷淨域と是則ち諸法實相の念佛往生なり
0000_,18,074b31(00):と。時に滿座の道俗覺えずわつとよびて感心す。大守
0000_,18,074b32(00):は元より甚だ歡喜信受して疑雲消散し因果をわきま
0000_,18,074b33(00):へ念佛を修行せらる。府下の諸士高下押並て歸依渴
0000_,18,074b34(00):仰して念佛に歸す。中に就て一老臣あり素より大儒
0000_,18,075a01(00):なり。專ら佛法を誹り經論の語を以て悉く誑惑の語
0000_,18,075a02(00):とす。國中の僧俗佛法に志す者意憤憤たれども彼に
0000_,18,075a03(00):對して口を開く事あたはず皆以て諂佞するのみ。然
0000_,18,075a04(00):るに彼老臣今般恒に師に隨從す。師舌を動すことあれ
0000_,18,075a05(00):ば必ず耳を傾けて聽。唯默然としてこれを窺ふて更
0000_,18,075a06(00):に一語を吐ず。諸人悉く怪しみて思へらく。師に歸依
0000_,18,075a07(00):すとやせん。將師の短を伺ふて誹るべき端とやせん。
0000_,18,075a08(00):必ず仔細あるべしと。師或日仙石氏の家に在て法話
0000_,18,075a09(00):す。彼老臣又從ひ聞。從容として師に謂て云く。師の
0000_,18,075a10(00):所説の如きは則ち眞の佛法なり諸法に通達して幽玄
0000_,18,075a11(00):の妙理明なること鏡に向ふがごとし。我年來の疑滯
0000_,18,075a12(00):消散し盡ぬ。從來の非を改め始めて佛法を信ず長命
0000_,18,075a13(00):の故を以て我今日幸に師に逢ふ事を得たり。今日よ
0000_,18,075a14(00):り誓ふて師の弟子と成る更に師敎に違はじと則ち日
0000_,18,075a15(00):課念佛を受又師の所持の數珠を求めて以て受法の印
0000_,18,075a16(00):信とす。師更に誡めていはく汝年來佛法を誹謗し他
0000_,18,075a17(00):の信心を妨ぐ其罪無量なり。死して必ず無間地獄に
0000_,18,075b18(00):墮べし。然るに今發心して佛法に歸命し念佛を信ず
0000_,18,075b19(00):念佛の功力は能五逆をして淨土に生ぜしむ。念念の
0000_,18,075b20(00):稱名は常懺悔なり汝常に念佛して怠ることなかれと。
0000_,18,075b21(00):仙石氏の云く一騎當千の佛法の大敵今般師に歸伏
0000_,18,075b22(00):す。彼一人を度する事即ち萬人を度するに當る。以
0000_,18,075b23(00):後彼必ず念佛の先鋒と成りて國中を勸勵して大ひに
0000_,18,075b24(00):佛法を興すべしと。後果して然り。師彼地に留ること
0000_,18,075b25(00):多日。君臣及び國民を敎化して辭して歸る。大守又命
0000_,18,075b26(00):じて師を洛東に送らしむ。此仙石氏は常に仁心いと
0000_,18,075b27(00):深く禽獸まで慈愛に懷きけり。平日諸鳥來り馴て手
0000_,18,075b28(00):中に喙む。師にも喙せ玉へと申されける。仍て師も
0000_,18,075b29(00):又手を出して啄せ玉ふに諸鳥同じく手中に來りて恐
0000_,18,075b30(00):るる色なし。師の侍者或は仙石氏の近習の輩喙せて
0000_,18,075b31(00):試るに諸鳥恐れてにげ去る見聞の人感歎せずといふ
0000_,18,075b32(00):ことなし。今般仙石氏の宅にて師説法の節國中へ觸
0000_,18,075b33(00):を廻し來る幾日より何日までは何村より何村の者共私宅
0000_,18,075b34(00):へ來り聽聞すべしとて日日仙石氏の屋敷へ國中の老
0000_,18,076a01(00):若男女を招き寄て師の説法を拜聽せしむ。時に仙石
0000_,18,076a02(00):氏も又自から外縁に出跪て共に聽聞す。師の説法の
0000_,18,076a03(00):體たらく汝等よくきけ。およそ人と生れ出たる甲斐
0000_,18,076a04(00):には仁義禮智信の五常を守り。親としては慈にとど
0000_,18,076a05(00):まり。子としては孝にとどまり。兄弟相たすけ夫婦
0000_,18,076a06(00):和順し聊も不義無道なる惡行を致す事なかれ。先第
0000_,18,076a07(00):一に君の御恩を忘れす年貢上納少も疎略を存べから
0000_,18,076a08(00):ず。若これを疎にせば忽ち冥加盡ぬべし。扨未來を
0000_,18,076a09(00):恐れて淨土往生を願ふべし往生の道は彌陀の本願に
0000_,18,076a10(00):縋りて專心念佛する外はなし。後世願ふ隙とて別に
0000_,18,076a11(00):のけてあるべからず唯平日行住坐臥に心をかけて念
0000_,18,076a12(00):佛するを要とす。此通に修行せば現世安穩後生極樂
0000_,18,076a13(00):少しも疑ひなしと大畧此の如し説法畢りて仙石氏そ
0000_,18,076a14(00):の國民共に向ひて申されけるは君の御影にて今日未
0000_,18,076a15(00):曾有の法を拜聽し現世未來の大益を蒙る事甚だ大幸
0000_,18,076a16(00):なり愼て忘るることなかれと申渡されければ老若男女
0000_,18,076a17(00):一同にあつといふて感涙を流しけり此仙石氏日比國
0000_,18,076b18(00):民を憐む事一子のごとし仍て國中の輩父母のごとく
0000_,18,076b19(00):思ひける折節なれば一入感喜に堪ざりしとなり
0000_,18,076b20(00):○元祿の末。洛の本山淨花院良秀上人。師を請じて
0000_,18,076b21(00):祖堂にして説法し給へと願求せらる。師再三固辭す
0000_,18,076b22(00):師心願ありて久しく高座に登りて説法せず故に辭退
0000_,18,076b23(00):に及べり。仍て良秀上人駕を師の草庵に枉て自から
0000_,18,076b24(00):請じて云く。我老僧の勞を思はざるにはあらず唯憾
0000_,18,076b25(00):むらくは本山大師前の法縁を闕ことを。我深く是を憂
0000_,18,076b26(00):るのみ。師若大師前にありて纔に口を開かば上祖恩
0000_,18,076b27(00):を報し下愚迷を度し又我望を滿足す。末寺檀家一統
0000_,18,076b28(00):に求願する所なり機縁既に熟す何ぞ是を思はざる
0000_,18,076b29(00):や。且密に高貴の命の我に託して請ずるあり固辭す
0000_,18,076b30(00):ることなかれと。爰に於て師已ことを得ず遂に許諾し畢
0000_,18,076b31(00):れり。時維八月。師本堂大師の前に説法す。洛中の
0000_,18,076b32(00):緇素歡喜踊躍して曉天を侵して至る堂上の貴族商家
0000_,18,076b33(00):の男女席を爭ひ座を奪ふ門庭群を成して更に寸隙な
0000_,18,076b34(00):し。是のごとくすること七日説法既に畢りぬ。回向
0000_,18,077a01(00):の導師は即ち方丈に讓る。方丈良秀上人香を拈し回
0000_,18,077a02(00):向し畢りて。先大師を拜し次に師を拜して云く再來
0000_,18,077a03(00):の導師大悲の薩埵。宿縁深厚にして能衆生を度す。
0000_,18,077a04(00):他の及ばざる所なり我是を尊びて萬分の一を謝すと
0000_,18,077a05(00):云ひ畢りて又拜す。師叉手して云く讃言甚だ過我を
0000_,18,077a06(00):して罪を得せしむと。云畢りて上人を拜す。滿座の
0000_,18,077a07(00):貴賤親たり見聞して感歎せざるはなし
0000_,18,077a08(00):○攝州勝尾寺二階堂圓光大師の舊跡念佛回向の時。
0000_,18,077a09(00):師と本山百萬遍の光譽上人と互ひに導師を勤める。
0000_,18,077a10(00):又件の所にて元祿の末大ひに念佛を修する事あり回
0000_,18,077a11(00):向の導師は本山知恩院の秀道上人なり。説法の導師
0000_,18,077a12(00):は即ち師これを執行せらる。師の化導遠近に及びて
0000_,18,077a13(00):諸人歸依渴仰すること大旱に雲霓を望むが如し
0000_,18,077a14(00):○師老衰の後日課を增進す。多分七日に百萬返を成
0000_,18,077a15(00):就す。或は又六日八日九日に百萬返を成就す秘して
0000_,18,077a16(00):他に語らず弟子の輩時時師を伺ふに深更といへとも
0000_,18,077a17(00):稱名絶ず。毎時感涙することありて發聲念佛すその由
0000_,18,077b18(00):いかんといふことを知らず
0000_,18,077b19(00):○師或時おもむろに二三子に語りて云く。我老衰に
0000_,18,077b20(00):迫る。日あらずしで必ず淨土に逝ん。若淨土に至りな
0000_,18,077b21(00):ば速かに自在身を得て近くは彌陀に奉事し遠くは十
0000_,18,077b22(00):方に遊化し上諸佛を供養し下衆生を濟度せんこと豈歡
0000_,18,077b23(00):喜せざらんや。一惑未斷の我等稱名の一行を以て報
0000_,18,077b24(00):土へ直入する事は偏へに佛願力による。仰ひで是を
0000_,18,077b25(00):信じ伏してこれを思ひ須臾もわすれず自然に念佛を
0000_,18,077b26(00):增進す。予中年に一夏九旬の内に十箇の百萬返を修
0000_,18,077b27(00):せし事あり萬事を放下し晝夜不退にして始めて是を
0000_,18,077b28(00):成就せり。今は爾らず餘事を捨ずしても七八日には
0000_,18,077b29(00):必ず百萬返を成就す老ては睡眠薄き故に自から數萬
0000_,18,077b30(00):の功も成ずるなり。汝等常に策勵して怠ることなか
0000_,18,077b31(00):れ。然といへども多少の數を以強ちに要とすべから
0000_,18,077b32(00):ず。空しく數萬の功を積といへども邪解或は不安心
0000_,18,077b33(00):なれば淨土に生ずることを得ず念佛は一念に一度の往
0000_,18,077b34(00):生を誓ふ本願なる故に疑ひなく深く信じて是を修す
0000_,18,078a01(00):れば上一形を盡より下十聲一聲に至るまで皆往生を
0000_,18,078a02(00):得るなり。只念念怠らざれば自から數萬を成就す。
0000_,18,078a03(00):善導大師の三萬六萬者皆是上品上生人等の解釋これ
0000_,18,078a04(00):を思ふて忘るることなかれと
0000_,18,078a05(00):○正德三癸酉五月三日師洛東岡崎に在り。偶禪室を
0000_,18,078a06(00):出て洛に赴んとして中途より歸る。此後更に外へ出
0000_,18,078a07(00):ず。念佛の暇には法話をなし或は佛を刻み繪を作こと
0000_,18,078a08(00):恒の如し。同月十六日微疾あり猶念佛法話して疾を
0000_,18,078a09(00):忘るるに似たり。同月廿八日師の病重し是より弟子
0000_,18,078a10(00):等驚ひて二三十人常に左右を離れず。既にして其病
0000_,18,078a11(00):快し唯不食のみ。六月四日弟子專念寺白蓮花を持來
0000_,18,078a12(00):りて座前に捧ぐ師これを見て欣然たり告て云く。此
0000_,18,078a13(00):白蓮を見て淨土の金蓮を思ふ願はくは我早く不淨身
0000_,18,078a14(00):を捨て金蓮に乘し速に淸淨身を得て彌陀尊に隨從し
0000_,18,078a15(00):亦十方に遊化せん事命終の端的にあり曠劫の大慶何
0000_,18,078a16(00):事かこれにしかんや汝等能念佛して必ず淨土に生ず
0000_,18,078a17(00):べしゆめゆめ怠ることなかれと。五日説法云云。六日
0000_,18,078b18(00):常の如し髮を剃身を淨め本尊を病床に迎へ香を拈し
0000_,18,078b19(00):て念佛すること須臾にして恬然として睡に就。夜に入
0000_,18,078b20(00):て又法話す。弟子嚴島光明院法要を問ふ師の云く淨
0000_,18,078b21(00):土に生ぜんと欲せば一向專修の但念佛可なり。然る
0000_,18,078b22(00):に念佛の人は多けれども修し得る人希なり所謂これ
0000_,18,078b23(00):を知る事の難きに非ず是を行ふことの難きなり念念に
0000_,18,078b24(00):怠らず。たとひ餘事に亘るといへ共意常に念佛の上
0000_,18,078b25(00):に在て須臾も忘れず是の如く念佛する人を修し得る
0000_,18,078b26(00):人といふなり。修行功を積ば皆必是の如くなるべし
0000_,18,078b27(00):即ち本心湛然として一切事に動ぜず念佛の功を以て
0000_,18,078b28(00):自然に安樂の地に至り法界洞朗にして一切の疑橛を
0000_,18,078b29(00):脱す。即發心の始より終焉の今に至るまで唯淨土に
0000_,18,078b30(00):生ぜんと欲して念佛する外更に他事なし。汝等が恒
0000_,18,078b31(00):に知る所なり。我敢て虚言せず病身體を侵すといへ
0000_,18,078b32(00):ども心常に安然たり是平生念佛の功なり小子これを
0000_,18,078b33(00):知れと云云七日病稍快し弟子有馬極樂寺靈山。師の
0000_,18,078b34(00):病を聞て即ち來り謁す。師の云く近く汝を見て遠く
0000_,18,079a01(00):汝か法兄を思ふ未だ我病を知べからず滅後聞て定め
0000_,18,079a02(00):て慷慨せん汝爲にこれを告て再會淨土にありといふ
0000_,18,079a03(00):べしと因に法話云云。淨土の莊嚴及び神通快樂に至
0000_,18,079a04(00):りて感涙し歡喜してやまず。十日の夜左右の弟子の
0000_,18,079a05(00):輩に命じて同音に稱名助念せしむ其後安然として睡
0000_,18,079a06(00):に就
0000_,18,079a07(00):○十一日の曉天にいたりて俄に弟子を召し自から大
0000_,18,079a08(00):衣を着し端坐して彌陀尊に向ひ左手に御手の糸を取
0000_,18,079a09(00):右の手に磬を打高聲に光明遍照等の文を唱へ念佛す
0000_,18,079a10(00):る事數十返。又弟子をして磬を打しめ念佛する事數
0000_,18,079a11(00):百返。即ち隨從の弟子を顧ていはく生涯我爲に孝養
0000_,18,079a12(00):を盡す予恒に歡喜すと。又惣門弟等に對し皆是迄と。
0000_,18,079a13(00):手をあげ言畢りて高聲に十念し。猶又本尊に向ひ合
0000_,18,079a14(00):掌して高聲念佛す。念佛の内自然に安詳として寂
0000_,18,079a15(00):す。寂後猶合掌亂れず容顏笑るに似たり。春秋八十
0000_,18,079a16(00):二法臘七十なり。十二日の夜二更に弟子乃僧尼二百
0000_,18,079a17(00):餘人遠方弟子の僧尼は未た知らざる故に來らず密に送りて華頂峯に荼毘す
0000_,18,079b18(00):遺骨を十有餘所に分ちて塔を立禮敬するのみ十日の
0000_,18,079b19(00):明天慶雲を東に見て師の寂すべき事を知り來て入
0000_,18,079b20(00):滅に逢ふ者あり。十一日の曉天西より紫雲岡崎を貫
0000_,18,079b21(00):くを見て師の往生を知るもの有滅後に人人彼庵を呼
0000_,18,079b22(00):て厭求庵といふ本尊は座像。曼陀羅座なり是又師の
0000_,18,079b23(00):作也房舍聖敎悉く月碩後改て寂照と云に附屬せられたり
0000_,18,079b24(00):○伏見の里墨染村に妙壽といふ尼あり。隣家の處女
0000_,18,079b25(00):死して蘇生し父母に告て云く。我極樂に生ず寶池の
0000_,18,079b26(00):蓮花甚だ多きを見る。其内に一蓮花あり大にして未
0000_,18,079b27(00):だひらかず。一僧告て云く此は是京都厭求上人の蓮
0000_,18,079b28(00):花なり彼上人の往生近きにあり汝往て是を告よとそ
0000_,18,079b29(00):れ故我歸り來りて告るなりと云畢りて永く死す。時
0000_,18,079b30(00):に正德三年閏五月なりその處女の父母未だ厭求とい
0000_,18,079b31(00):ふ名をだにしらず往て妙壽に語る。妙壽則ち洛の石
0000_,18,079b32(00):川氏に告て以て是を傳ふ
0000_,18,079b33(00):○又洛陽に願譽道白といふ者あり。河原町松原上る
0000_,18,079b34(00):處嵯峨屋仁右衞門が父なり。正德三年九月十一日死
0000_,18,080a01(00):して忽ち蘇生す。即ち諸人に告ていはく我只今極樂
0000_,18,080a02(00):に往生し赫赫たる寶殿に上る遙に向ひの方を見渡せ
0000_,18,080a03(00):ば又殊に勝れたる嚴飾微妙の七寶宮殿あり我彼殿に
0000_,18,080a04(00):至らんと思へども未だ進み行ことあたはず。時に一僧
0000_,18,080a05(00):ありていふ汝未だ彼にいたることあたはじ。此は是中
0000_,18,080a06(00):品生彼は是上品生なり上品に生ぜんと思はば先娑婆
0000_,18,080a07(00):に歸りて專修念佛すべし速に上品に轉ずと。我則ち
0000_,18,080a08(00):問ふて云く上人は是何人ぞと僧の云く我は是京師の
0000_,18,080a09(00):厭求なりと。我又問ふ何れの時か往生せるやと僧の
0000_,18,080a10(00):云く近き頃來れりと。我歡喜して則ち其僧の十念を
0000_,18,080a11(00):受たり。其後の事は覺えず然るに蘇生すること斯の
0000_,18,080a12(00):如し。我曾て上人の事を知らず實とせんや不實とせ
0000_,18,080a13(00):んやと時に座中にこれを知るものありていふ去る六
0000_,18,080a14(00):月十一日に彼上人往生せりと。道白感涙を拭ふて云
0000_,18,080a15(00):く上人の化導無縁の衆生を度す。大悲の方便不可思
0000_,18,080a16(00):議なりと是より專修念佛し晝夜をわかたず。同月十
0000_,18,080a17(00):四日に安然として大往生を遂たり
0000_,18,080b18(00):○攝州有馬に立厭といふ僧あり。師の弟子なり。正
0000_,18,080b19(00):德四年四月下旬師の塔を立んと欲して上洛し法兄了
0000_,18,080b20(00):厭に就く師の剃たる髮を乞得て歡喜し有馬に歸る。
0000_,18,080b21(00):淸吟庵の尼衆師の弟子なり是を拜せん事を願ふ。大坂の宗
0000_,18,080b22(00):鑑といふものあり同庵にありて共に是を請ず。立厭
0000_,18,080b23(00):即ち需に應じて是を發くに。忽ち舍利一粒迸り出。
0000_,18,080b24(00):皆悉く驚歎して委しく探り求むるに都合舍利六粒を
0000_,18,080b25(00):得たり。其形極小にして芥子のごとし。圓滿にして
0000_,18,080b26(00):光明あり白き事白髮の色に似たり堅き事金剛の如
0000_,18,080b27(00):し。其内三粒は立厭持し歸りて專修庵に安置す。二
0000_,18,080b28(00):粒は淸吟庵に置き。一粒は宗鑑頂戴し浪華に歸りて
0000_,18,080b29(00):尊敬す。後に段段分じて多くなりしゆへ厭求庵導故
0000_,18,080b30(00):院へもわかち納めて靈寶とす
0000_,18,080b31(00):○大凡師一生の行履。寺院を領ぜず灑灑落落として
0000_,18,080b32(00):雲水の境界なり。常念佛を好まず建立并に奉加を堅
0000_,18,080b33(00):く誡しむ。平生示していはく世の諺に奉加帳は狼も
0000_,18,080b34(00):いとふて逃るといふなり。仍て奉加は一向せぬがよ
0000_,18,081a01(00):きなりと。又恒に弟子を誡めて云く朝夕の勤行を懈
0000_,18,081a02(00):怠すべからず。平日袈裟直綴を脱べからず。今時の
0000_,18,081a03(00):俗にを見るに今剃の道心者をば深く敬ひ。幼年より
0000_,18,081a04(00):出家して寺院に住職する僧をは却て敬はざる也。そ
0000_,18,081a05(00):の故は今剃の道心坊主は眞實の志あるゆへに朝夕の
0000_,18,081a06(00):勤行も懈怠せず。假初に物を食すれども十念し回向
0000_,18,081a07(00):して食す袈裟衣をも隨分脱ずして念佛する也。寺院
0000_,18,081a08(00):に住持する僧は却て朝夕の勤行を怠り食時も無慚愧
0000_,18,081a09(00):の躰たらくなり。平日多分白衣にして。勤行及び客
0000_,18,081a10(00):應對の外は袈裟衣をも着ず放逸なればなり。俗仁實
0000_,18,081a11(00):に眼あり慚愧すべしと
0000_,18,081a12(00):○師或時示して云く元祖上人の詞に。煩惱の薄厚を
0000_,18,081a13(00):も顧みず罪障の輕重をも沙汰せざれといへり。惡見
0000_,18,081a14(00):の人此詞を心得違ひて顧見ざれ沙汰せざれといふを
0000_,18,081a15(00):苦しからずといふ事なりと思ふは大ひなる誤りな
0000_,18,081a16(00):り。煩惱は惡しき物にて嫌はしければ顧みざれと仰
0000_,18,081a17(00):られたり。譬へば道のほとりに見苦しき不淨の物あ
0000_,18,081b18(00):らば目を塞ぎて二目と顧みずして通るべきがごとく
0000_,18,081b19(00):煩惱は佛道のほとりの不淨の物なれば二目と顧みず
0000_,18,081b20(00):して早く過よといふ事なり。又罪は佛法淸淨の中に
0000_,18,081b21(00):は惡しき物にて嫌はしければ沙汰せざれと仰られ
0000_,18,081b22(00):たるなり。譬へば我身の上にあさましき惡事あらん
0000_,18,081b23(00):に人來りて念比に其事を尋ね聞ば左樣なる事は某が
0000_,18,081b24(00):身の上の恥なればかさねて御沙汰御無用と答へん
0000_,18,081b25(00):がごとし。罪障は行者の身の上のはづかしき惡事な
0000_,18,081b26(00):れば重て沙汰も無用の事なる故に沙汰せざれと仰ら
0000_,18,081b27(00):れたり沙汰するだに嫌はしく。增して罪を作らば重
0000_,18,081b28(00):重のあやまちなり。さればとて不圖あやまりて作り
0000_,18,081b29(00):たらん時。沙汰をだに嫌ひ給ふ罪を作りたりとて深
0000_,18,081b30(00):く歎くは即ちそれが沙汰といふものになるなり。若
0000_,18,081b31(00):あやまりて罪を造りたらん時は念をへだてず時をへ
0000_,18,081b32(00):だてず日をへだてず南無阿彌陀佛ととなへて懺悔す
0000_,18,081b33(00):べきなり是隨犯隨懺の故實なり
0000_,18,081b34(00):○或人師に向ふて云く。一向專修の行者。餘法を捨
0000_,18,082a01(00):て餘法を破らず。餘法を貴て餘法を用ひざる事如
0000_,18,082a02(00):何。師答て云く捨るといふと破るといふとは別な
0000_,18,082a03(00):り。用るといふと貴ふといふとは又別なり。佛神に就
0000_,18,082a04(00):ていはば或は辨天毘沙門地藏觀音等の形像を立て朝
0000_,18,082a05(00):夕恭敬禮拜するは貴びて用るといふものなり。捨て
0000_,18,082a06(00):破らずといふは縁に任せて種種の形像に向ふ時は謹
0000_,18,082a07(00):て敬ひ奉り縁に任せて種種の説法を聞ことあらば謹で
0000_,18,082a08(00):聽聞し奉る。形像にも向はず説法をも聞ざる時は不
0000_,18,082a09(00):足の思ひもなく求る心もなきなり。是の如くなるは
0000_,18,082a10(00):敬ふて用ひざるなり。破るといふにはあらず破ると
0000_,18,082a11(00):いふは我こそ一向專修の行者なれとて他の佛像に向
0000_,18,082a12(00):ふ時も拜せず。他の説法を聞時も敬はず。念佛の外
0000_,18,082a13(00):は無益の事なりとてけがらはしき樣に思ひ蔑にする
0000_,18,082a14(00):は是破るなり。宗宗に立る所各各皆その理あり猥り
0000_,18,082a15(00):に誹るべからず。譬へば酒を嗜人は餠を嫌ふて酒
0000_,18,082a16(00):こそ眞實の物なれ餠は無益の物なりといはんに下戸
0000_,18,082a17(00):の人是を許さんや。又下戸の人餠を嗜て酒を嫌ひ餠
0000_,18,082b18(00):こそ大利益の物なれ酒は甚だ無益の物なりといはん
0000_,18,082b19(00):に上戸の人是を許さんや。唯己が口腹に嗜と嗜ぬと
0000_,18,082b20(00):にてこそあれ無益とはいふべからず。然らば下戸の
0000_,18,082b21(00):人は餠が上上の物なり。上戸の人は酒が上上の物な
0000_,18,082b22(00):るがごとし。念佛の行者も又是の如し雜行は我機
0000_,18,082b23(00):に契はざるにてこそあれ無益とはいふべからず。雜
0000_,18,082b24(00):行も大乘甚深の妙法なれば但敬ひを作べし輕しむる
0000_,18,082b25(00):ことなかれ。往生の機の前には雜行に得すくなき故に
0000_,18,082b26(00):取合ぬまてなり是を蔑るは大なる僻事なりと
0000_,18,082b27(00):○師楞嚴維摩に熟し。敎外の玄機に徹する故に其説
0000_,18,082b28(00):法獨脱超邁にして常格に泥ず一種の古氣ありて人に
0000_,18,082b29(00):迫る。師の著す所の書都て三部あり。念佛安心と諸
0000_,18,082b30(00):文領解と徒然要草と是なり。その卓識高論言外の妙
0000_,18,082b31(00):旨あり實に後學の奇珍なり
0000_,18,082b32(00):○或時師の法弟洛の專念寺現住誓譽といふもの岡崎
0000_,18,082b33(00):の禪室に來りて法話す。彼誓譽は師に相繼で説法に
0000_,18,082b34(00):名あり時に師少少安心の違目など敎示せられしに誓
0000_,18,083a01(00):譽自己を募り詞を返し承諾の氣なかりければ。法に
0000_,18,083a02(00):私なしとて師甚だ怒り椶櫚箒を持て。うたんとせら
0000_,18,083a03(00):る誓譽即時ににげ去れり。師又それを追かけられし
0000_,18,083a04(00):に跣足にて速かに我住所專念寺まで迯込れける。師
0000_,18,083a05(00):の隨徒念故といふもの心えなく思ひ。跡より專念寺
0000_,18,083a06(00):へ尋ね行けるに本尊前にありてさめざめと感涙して
0000_,18,083a07(00):居られけるを見て。念故も覺へず落涙して如何にや
0000_,18,083a08(00):と申ければ。誓譽のいはく我甚だ誤れり慚愧にたへ
0000_,18,083a09(00):ず早早師に懺謝せん足下先に歸り歎き給はれとて跡
0000_,18,083a10(00):を追て來れり。念故先歸りて件の趣を述て歎くに。
0000_,18,083a11(00):師も又感涙を流して云く一寺の主老僧ともいふべ
0000_,18,083a12(00):きものを法の爲なればこそ小僧の時のごとく振舞し
0000_,18,083a13(00):を。迯去り又來りて懺謝する事といとしほらし法を
0000_,18,083a14(00):深く思はずんばいかでか斯あらんやとて。誓譽を膝
0000_,18,083a15(00):元へ呼互ひに感涙席を沾す。これを見るもの皆隨喜
0000_,18,083a16(00):の袖をぬらしたりき
0000_,18,083a17(00):○師凡そ出家二衆の弟子并に法孫千人に近し。然る
0000_,18,083b18(00):に師の堂奧に至る者少なり。師笑て云て我子を失ふ
0000_,18,083b19(00):て孫を養ふ。宛も八旬の老翁三歳の孩兒を愛するに
0000_,18,083b20(00):似たりと
0000_,18,083b21(00):○師念佛の暇に佛像を彫刻し。又佛繪を畵く並に其
0000_,18,083b22(00):妙を得たり。佛工畵工といへとも及ばさる所なり壯
0000_,18,083b23(00):年より八旬に至るまで彫刻し圖畵する所の佛像都鄙
0000_,18,083b24(00):に散在して其數を知らず。中に就て最大なるものは
0000_,18,083b25(00):攝州有馬溫泉寺の本尊坐像丈六の藥師佛。同所極樂
0000_,18,083b26(00):寺の本尊坐像三尺の彌陀佛。并に光明大師の木像。圓
0000_,18,083b27(00):光大師はりこの御影。一丈五尺の涅槃像の繪。同本堂
0000_,18,083b28(00):佛後の釋迦の繪像是なり。其次には洛の專念寺の本
0000_,18,083b29(00):尊坐像三尺の彌陀尊。洛西專福寺の本尊坐像三尺の
0000_,18,083b30(00):彌陀尊洛北梅が畑導故院の本尊坐像三尺の彌陀尊。
0000_,18,083b31(00):勢州射和伊馥寺の本尊坐像四尺の彌陀佛。是なり。そ
0000_,18,083b32(00):の外三尺以下二三寸に至る迄の佛像祖像所所に在て
0000_,18,083b33(00):彫刻する所は數をしらず。又長三間半餘橫貳間半餘
0000_,18,083b34(00):の涅槃の繪像願主三井氏恭しく四條の道塲に請じて是を畵しむ又一丈五尺の當麻
0000_,18,084a01(00):曼荼羅。願主は富山氏銘文は法弟寂照書之なり是洛東眞如堂の什物なり。
0000_,18,084a02(00):又同所本堂佛後の釋迦文殊普賢の繪像長二間半餘橫四間の圖是又願主富山
0000_,18,084a03(00):氏なり或は當麻四分一の小圖或は五六尺以下貳三寸に
0000_,18,084a04(00):至る迄の佛菩薩祖師の畵像諸國に散在して數を知べ
0000_,18,084a05(00):からず。又極細字を能す。米壹粒の上に彌陀三尊の
0000_,18,084a06(00):寶號並に三社の神號を書す。又胡麻一粒の上に六字
0000_,18,084a07(00):の名號を書す。その筆畫尤鮮明なり。又二祖對面の
0000_,18,084a08(00):像を畵く雲中より出る所の光明悉く名號也。猶又光
0000_,18,084a09(00):明大師半金色の繪紋同しく金泥の名號なり是は元有
0000_,18,084a10(00):馬淸吟庵の什物なりしが今般導故院へ寄附して現在
0000_,18,084a11(00):せり。彌陀經を書する事凡そ千卷。八旬有餘の春こ
0000_,18,084a12(00):れを書するも壯年の時の如し繪も又爾り。又恒に一
0000_,18,084a13(00):枚起請并に六字名號を書して諸人に施す事數十萬に
0000_,18,084a14(00):及べり
0000_,18,084a15(00):○師の弟子有馬の祐山。正德四年九月師の行狀の大
0000_,18,084a16(00):概を記して筥に納め置れたり。近來有馬の染阿とい
0000_,18,084a17(00):ふ者より上人の遺跡なればとてその記を導故院に寄
0000_,18,084b18(00):附す。予は既に上人の法孫として導故院を領ぜり。
0000_,18,084b19(00):此記空しく蠧魚の腹中に葬られなんとするを見るに
0000_,18,084b20(00):忍びず原本は漢字なりしを今般和字に譯し其外に見
0000_,18,084b21(00):聞の事實の慥なるをひろひ集め大成して一卷とし梓
0000_,18,084b22(00):に鏤め世に行ふ者なり聊法乳の恩に酬はんと思ふ一
0000_,18,084b23(00):片の志のみ若も隨喜し給ふ人もあらば予が大幸なり
0000_,18,084b24(00):
0000_,18,084b25(00):厭求上人行狀記大尾
0000_,18,084b26(00):
0000_,18,084b27(00):(本傳序、跋、)
0000_,18,084b28(00):序
0000_,18,084b29(00):夫以申呂自嶽降傳説爲列星從來俊又應世實
0000_,18,084b30(00):不偶然矣厭老上人夙智所動幼懷邁倫之志
0000_,18,084b31(00):如金翅䬡海直到龍宮一超超入覺王門然后學
0000_,18,084b32(00):行功成大震法雷五畿七道雲行雨施四海爲家不
0000_,18,084b33(00):爲個蟲豸一鉢生涯磊磊落落寔是絶代之偉人也
0000_,18,084b34(00):葢乘宿願輪而來者乎法孫宅亮以其行狀記囑
0000_,18,085a01(00):予訂正之予謂聞鴉聲而徹達磨玄機修念佛
0000_,18,085a02(00):而契諸法實相楞嚴維摩信手拈來作自家底施
0000_,18,085a03(00):設是故其説法活潑潑地更不涉尋常途轍解粘
0000_,18,085a04(00):去縛抽釘拔楔有格外之作略可謂永明楚石之
0000_,18,085a05(00):流亞也節操澟澟涅而不緇大法之柢柱苦海之船師
0000_,18,085a06(00):豈易得邪孟軻氏有曰豪傑之士雖無文王而興
0000_,18,085a07(00):予於師驗其言之不愆烏虖焉得再興師於中原
0000_,18,085a08(00):輔翼此道祖庭秋晩唯慷慨乎衷耳曾聞先德有
0000_,18,085a09(00):善不能昭昭於世者後學之過也亮公此擧實鐵石
0000_,18,085a10(00):之孝心而法門之盛事矣烏得不擊節而稱歎邪挍
0000_,18,085a11(00):訂既畢聊贅引於卷首云
0000_,18,085a12(00):明和五年春
0000_,18,085a13(00):杪八事山空華老人題
0000_,18,085a14(00):跋
0000_,18,085a15(00):曾祖厭老和尚沒後既向六十年未見行狀記行
0000_,18,085a16(00):于世於予意所不安也於玆尋討舊記譯爲
0000_,18,085a17(00):和字董之八事峯 空華尊者而需證誠以圖梓
0000_,18,085b18(00):行矣是無他一片丹心唯爲欲報法乳之恩也
0000_,18,085b19(00):明和五戊子夏六月
0000_,18,085b20(00):現住導故院兼光明山法孫信阿宅亮敬識
0000_,18,085b21(00):跋
0000_,18,085b22(00):在昔東漸大師肇開淨土易往宗已來繼倡斯道衆
0000_,18,085b23(00):所知識者世不爲不富其人而其濳光也或
0000_,18,085b24(00):乏利物其適時也或嫌德未滿抑亦人師所以
0000_,18,085b25(00):爲人師可謂不易矣吾廣譽上人者葢駕願轂
0000_,18,085b26(00):而興乎道德弸中而化導彪外一期行實殆出思議
0000_,18,085b27(00):之表實僧中猶龍者非邪宜哉當其世亡緇亡素
0000_,18,085b28(00):無貴無賤苟相遇者共擊節崩角推如眞佛也上人
0000_,18,085b29(00):門下有祐山者上人示寂後憂其行狀徒湮滅所
0000_,18,085b30(00):視所聽操觚記之以自備龜鏡而未遑再治刊
0000_,18,085b31(00):布杳從冥往實可惜矣邇者同法曹宅亮公紹山
0000_,18,085b32(00):公志乃以其稿譯爲和字謁八事山空華大和
0000_,18,085b33(00):上乞之修飾訂正大和上爲許諾敢不辭其勞不
0000_,18,085b34(00):日卒業併爲之序贊成焉亮公亦屬余以跋之
0000_,18,086a01(00):余無似豈敢乎雖然余於上人亦猥厠法孫之末則
0000_,18,086a02(00):不得固辭遂綴蕪詞以應之意者新編一出則上
0000_,18,086a03(00):人德光重昭乎世在在增歸仰之心頭頭修往生
0000_,18,086a04(00):之業法門盛擧豈可不爵躍歡喜乎
0000_,18,086a05(00):維時明和五戊子七月
0000_,18,086a06(00):京師大雲院住持沙門潮音謹跋