0000_,18,215a01(00):關通和尚行業記卷之上 0000_,18,215a02(00): 0000_,18,215a03(00):師諱は關通。字は無礙。一蓮社向譽と號す。別にみ 0000_,18,215a04(00):づから雲介子と號せらる。尾張國海西郡大成郷の人 0000_,18,215a05(00):なり。父は橫井氏伊勢平氏の苗裔。母は小鹿氏な 0000_,18,215a06(00):り。元祿九年四月八日に師を出生せり。師その性聰 0000_,18,215a07(00):敏にして六歳のころより歸佛の念おのづから發り。 0000_,18,215a08(00):常に出家せんことをねがひ佛堂僧寺にまうづること 0000_,18,215a09(00):を好み。をさなき遊戯の中にも沙門の所作をなせ 0000_,18,215a10(00):り。されば父母師の佛縁ふかきことを感じ。釋門に 0000_,18,215a11(00):投じて出家となさばやとて。同郡小茂井村の專德寺 0000_,18,215a12(00):の住持吳峯は。父の從弟なりければ師をして彼寺に 0000_,18,215a13(00):入しむ。師寺にいりて後は。いよいよ佛を敬ふここ 0000_,18,215a14(00):ろざし深く。又殺生などするものを見てはこれをな 0000_,18,215a15(00):げき。萬につきて善をこのみ惡をにくむ。其動止庸 0000_,18,215a16(00):兒の類には大に異なり。吳峯熟視して此小兒尋常の 0000_,18,215a17(00):人にあらずとおもはれければ徒にわがごとき不德の 0000_,18,215b18(00):身に隨んより。有識の碩德に投じて。如實の學行を 0000_,18,215b19(00):もなさしめんとて。師九歳のとき當國神明津に。壽 0000_,18,215b20(00):仙院といふ眞言宗の某甲法印。德者のきこえあるに 0000_,18,215b21(00):よりて。彼寺へ贈り遣しけるに。しかるべき因縁に 0000_,18,215b22(00):や。彼寺に在こと一年ばかりにして。師みづから又 0000_,18,215b23(00):吳峯のもとへかへりて。われ更に餘宗を望まず。は 0000_,18,215b24(00):やく淨土宗において。出家の本意を遂さしめたまへ 0000_,18,215b25(00):と。おもひ定たる體なり。吳峯は師の意に簡別ある 0000_,18,215b26(00):を見て。いよいよ奇兒なりとおもはれける故に。其 0000_,18,215b27(00):ねがひにしたがひ。淨家の明師にしたがはしめんと 0000_,18,215b28(00):て師を相具し。同國海東郡穗保の庄。中一色村西方 0000_,18,215b29(00):寺照譽靈徹上人の許にまゐりて師の所願を演説せら 0000_,18,215b30(00):る。もとより此上人は名利を厭捨して。行學兼備へ 0000_,18,215b31(00):遠近歸依し。道俗ともに慕ふ大德にてぞありける。 0000_,18,215b32(00):上人くはしく事の由をききてよろこび。すみやかに 0000_,18,215b33(00):許して座下に留めたまへり。それより歳を經て。い 0000_,18,215b34(00):よいよ法器なる事を鑑て。寶永五年師十三歳のと 0000_,18,216a01(00):き。つひに剃度授戒の法式をなし。且歎じていは 0000_,18,216a02(00):く。汝少年にしてはやく佛門に歸し。その發心尋常 0000_,18,216a03(00):ならず。これ宿世において。元敎を受たることあり 0000_,18,216a04(00):し故。生れながらにして眞實の道を。知れるものな 0000_,18,216a05(00):るべしとて。すなはち其名を與へて元敎とぞよばれ 0000_,18,216a06(00):ける。むかしより此寺につたはりて。なに天ともわ 0000_,18,216a07(00):かちがたき。天王の像あり。師ひそかに其像を拜し 0000_,18,216a08(00):て。道學成就しつひに化益四海にみち。廣く衆生を 0000_,18,216a09(00):濟度することを得せしめたまへと。至心に祈願し。 0000_,18,216a10(00):又みづから筆をとりて。直に其像の背に。吾を日本 0000_,18,216a11(00):一の出家と。なしたまへと。書記さる。ここにおい 0000_,18,216a12(00):て人人。師の出生佛誕生の日なりし事をいひ出し。 0000_,18,216a13(00):尋常の人にあらずとなん申ける 0000_,18,216a14(00):照譽上人。師の聰敏にして。はやく道念を發せるこ 0000_,18,216a15(00):とを。驚歎してことに意を加へて。學業を勸策し。 0000_,18,216a16(00):師をして十四歳の冬。增上寺に通籍せしめられけ 0000_,18,216a17(00):り。其のち寶永八年の春。正しく關東におもむかる 0000_,18,216b18(00):るの日。示していはく彼三縁山は。龍象の集るとこ 0000_,18,216b19(00):ろにして。昔の南都北嶺にも耻ざる。我宗の敎黌な 0000_,18,216b20(00):り。衆も既に三千に滿れは。切磋琢磨學業日あらず 0000_,18,216b21(00):して。成就せん。しかりといへども出家の本意唯出 0000_,18,216b22(00):離生死の。一大事を要とす。敢て名をうり利をもと 0000_,18,216b23(00):むるにあらず。名利を捨ずば。たとひ學業功成て。 0000_,18,216b24(00):名天下に振とも。予が本意とするところにあらず。 0000_,18,216b25(00):汝此ことを忘れず。愼みて行ひ勉べしと。慇懃に敎 0000_,18,216b26(00):誨せられければ。師ふかく其旨を領承せらる。すな 0000_,18,216b27(00):はち其趣きを手づから書して。餞したまふ其辭にい 0000_,18,216b28(00):はく 0000_,18,216b29(00):送弟子元敎序 0000_,18,216b30(00):今玆寶永辛卯季春小子元敎。欲遊學于關東也。 0000_,18,216b31(00):戴笠負包。既而出門。於是追告之曰。小子受 0000_,18,216b32(00):予剃度提誨有年。羽翊漸成今將遠翔乎叢林。予 0000_,18,216b33(00):一言以餞別俾汝得終身服膺而有餘者也。夫學也 0000_,18,216b34(00):者非汲汲以務爲名爲利之謂。只是上求菩提下化 0000_,18,217a01(00):衆生。造次于斯顚沛于斯。此爲菩薩大丈夫之所 0000_,18,217a02(00):志也。車服不維儒尚美焉况於我釋門哉。汝勿 0000_,18,217a03(00):爲名利之學失人身於袈裟下。苟爲名利之學。不 0000_,18,217a04(00):欲它日汝歸見我面也耳。且身爲傳法器。時宜 0000_,18,217a05(00):鍼灸保全務護法專扶宗是已。嗟乎汝年十有六。 0000_,18,217a06(00):予既過五旬汝歸日。予其在土中幸不死耄愚何 0000_,18,217a07(00):足言。行矣小子勉哉勿怠 0000_,18,217a08(00):尾陽栖臺山亦無 0000_,18,217a09(00):かくて師關東にいたりて。縁山にのぼり山下谷玄達 0000_,18,217a10(00):の室に入ぬ。それより夜をもて日に續き。繩錐して 0000_,18,217a11(00):おこたらず。又論議の席において。抑揚規繩ありけ 0000_,18,217a12(00):れば。會下の大衆その英才を稱しけり 0000_,18,217a13(00):正德二年師十七歳貫首祐天大僧正の輪下にして。五 0000_,18,217a14(00):重を受得し享保元年二十一歳にして。宗戒兩脈を禀 0000_,18,217a15(00):承す。又瓔珞菴敬首和上に參して菩薩戒を重受し。 0000_,18,217a16(00):律儀を咨詢せられける 0000_,18,217a17(00):師一日元亨釋書を披閲し。吉水大師の傳にいたり。 0000_,18,217b18(00):喟然として歎していはく。諸宗の龍象深解高行ひと 0000_,18,217b19(00):しく貴ふべき中に。我大師ひとり圓密諸宗の玄極に 0000_,18,217b20(00):達し。宗宗の觀行においてことことく其證を得たま 0000_,18,217b21(00):へるうへに。更に時機を鑑て五濁散漫の凡夫順次得 0000_,18,217b22(00):脱の要路をもとめ。はじめて淨土專念の宗を開きた 0000_,18,217b23(00):まふ。若大師なかりせば我等ごとき罪惡の凡夫豈容 0000_,18,217b24(00):易く。順次に生死を離ることを得んや。今我宿植善 0000_,18,217b25(00):根のいたすところ。生れがたき人界に生れ。逢がた 0000_,18,217b26(00):き佛法にあひて。此吉水の流を汲したしく。恩波に 0000_,18,217b27(00):浴することを得たり。しかるにわなみ放蕩無慚にし 0000_,18,217b28(00):て。みづから行ぜす他を利せず。かへりて淸ながれ 0000_,18,217b29(00):を濁さば。何ぞ獅子身中の虫に異ならん。不肖なり 0000_,18,217b30(00):といへともねがはくは大師の跡を踐て。專修稱名し 0000_,18,217b31(00):つひに修證を得て宗法を擧揚し。自他を繞益せんと。 0000_,18,217b32(00):忽ち大悲を荷擔するの志し湧がごとくに發起しけれ 0000_,18,217b33(00):ば。即佛前に詣て日課念佛二萬聲みづから誓約せら 0000_,18,217b34(00):る。其のち鎌倉光明寺の觀徹大和尚に謁して。專修 0000_,18,218a01(00):兼戒の要義を問ひ。更に一萬聲を增受せられける。 0000_,18,218a02(00):それより後はことに寸陰をおしみて。もはら宗書を 0000_,18,218a03(00):學びかたはらに他宗の書を探り。別して撰擇集勅修 0000_,18,218a04(00):御傳および語燈錄などを熟讀して。大師淨土宗を建 0000_,18,218a05(00):たまふ根基。口稱念佛凡入報土の一事にあることを 0000_,18,218a06(00):解知せられける。所解實を踐ていよいよ名利を厭心 0000_,18,218a07(00):ふかく學業間なしといへども。曾て日課の稱號懈怠 0000_,18,218a08(00):なかりし 0000_,18,218a09(00):師縁山に寓止せらるること十三年學道修熟し。又僧 0000_,18,218a10(00):宦の期もきたりければ。照譽上人の許より歸國のこ 0000_,18,218a11(00):とを促し玉ひしかば。享保八年の春二十八歳にして 0000_,18,218a12(00):尾陽にかへられける途中。相州箱根山の嶮岨を越る 0000_,18,218a13(00):とて。溪聲廣長舌山色淸淨身の古語もをもひ出し。 0000_,18,218a14(00):しばらく岩石に疲を息ひ。ここにおいて思惟せらる 0000_,18,218a15(00):るに。六趣の輪環あたかも關のごとく執持名號實に 0000_,18,218a16(00):符券のごとし。それ衆生ありて本願念佛の符券を持 0000_,18,218a17(00):し西方極樂の都城にいたらんと欲するに。道として 0000_,18,218b18(00):礙ところなく關として通らすといふことなし。我ね 0000_,18,218b19(00):がはくは念死念佛日夜相續して退失せず。つひに南 0000_,18,218b20(00):無阿彌陀佛の符券をもて容易く死關を通ことを得ん 0000_,18,218b21(00):と。頓に關通と自稱せらる。後照譽上人の許可を得 0000_,18,218b22(00):てもはら此諱を稱せられける。 0000_,18,218b23(00):師それより洛東華頂山に登り。宗例によりて 賜香 0000_,18,218b24(00):の 天章を拜受し。官事をはりて竊におもはれける 0000_,18,218b25(00):は。不肖關東修學の日。我大師の傳を拜閲し感激せ 0000_,18,218b26(00):ることありて。永く世累を遁れ二利を成就せんこと 0000_,18,218b27(00):をねがへり。然ばこれより跡を一處に定めず遊方せ 0000_,18,218b28(00):んと。賜ところの 天章を人に託して師範の許に贈 0000_,18,218b29(00):り。直に畿内近國を行脚し繫著なく行業をはげみ勤 0000_,18,218b30(00):られける。此頃のことにやありけん。洛東照臨庵の 0000_,18,218b31(00):靈潭和上に謁して菩薩戒を重受せられける。 0000_,18,218b32(00):師同年の秋大和國に趣き。ここかしこ巡行の序に。 0000_,18,218b33(00):關東學林の舊友にてありける僧。みなひ村常念寺と 0000_,18,218b34(00):いふに住持し居けるを訪はれけり。この寺たまたま 0000_,18,219a01(00):四十八日の別時念佛日をさだめける時にてありしか 0000_,18,219a02(00):ば。しひて師の説法を請申ける。師も舊友のもとめ 0000_,18,219a03(00):いなみがたくして四十八日の間父子相迎を講せら 0000_,18,219a04(00):る。道俗未曾有のおもひをなし深く信敬して念佛に 0000_,18,219a05(00):歸するものおほかりけり。説法既に終りけれは寺主 0000_,18,219a06(00):および歸依の男女。法衣世財など供養して化益の恩 0000_,18,219a07(00):を謝す。師それを固辭してうけられず。唯古笈一あ 0000_,18,219a08(00):りけるを見てこれを乞もとめらる。寺主いと怪しき 0000_,18,219a09(00):ことにおもひてそのよしを問はれければ。師答てい 0000_,18,219a10(00):はく。われ幼年より少く願を發せしことあり。師範 0000_,18,219a11(00):照譽もまた懇切にしかしかのことを敎訓せられけれ 0000_,18,219a12(00):ば。いかにもして如實に自行を修熟し。しかありて 0000_,18,219a13(00):のち。隨分に力をつくし他を化導せんとこころかけ 0000_,18,219a14(00):侍れと。兎角おもひわづらふのみにて。立脚いまだ 0000_,18,219a15(00):さだまらず行業の進こともなければ。此心を引立ん 0000_,18,219a16(00):ために時時僧傳を讀て古德の行狀をうかがふに。或 0000_,18,219a17(00):は明師を千里の外に求め。或は道心を諸國の佛神に 0000_,18,219b18(00):祈りたまふことあれば。予もおよばずながらその賢 0000_,18,219b19(00):き跡を學んとおもひ先此國へ出侍る。かく踐履いま 0000_,18,219b20(00):だかたからざる身をもて人人の歸依を受んこと。自 0000_,18,219b21(00):己の素志に背くのみにあらず師範の敎示にも違ひ 0000_,18,219b22(00):て。かたかた本意ならず覺はべるなど語られけれ 0000_,18,219b23(00):ば。寺主深く其志を感じ。涙にくれて杖と笈とをま 0000_,18,219b24(00):ゐらせける。師明旦その笈を負ひ飄然として出られ 0000_,18,219b25(00):ける。歸依の男女これを見るもの袂をうるほさぬは 0000_,18,219b26(00):なかりしとなん。それより孤影杖錫と伴ひ。物外に 0000_,18,219b27(00):徜徉して諸州を行脚せらる。およそ行脚の間は。衣 0000_,18,219b28(00):はただ身をかくすのみにして三衣瓶鉢の外長物な 0000_,18,219b29(00):く。食はわづかに命を支ふるほどにて分衞餘りあれ 0000_,18,219b30(00):ば鳥獸に施與せらる。或は樹下に坐し。或は石上に 0000_,18,219b31(00):息ひ。夜も人處に投して宿することは稀にて。華洛の 0000_,18,219b32(00):邊を遊履せらるるには加茂の河原などにも臥申さ 0000_,18,219b33(00):れしとかや。さてぞ人烟遙に隔ちたる。野のすゑ山 0000_,18,219b34(00):の奧なとにては彼笈によりかかり靜に更ゆく空を 0000_,18,220a01(00):望。月の光のさやかなるにつきては攝取不捨の光益 0000_,18,220a02(00):を想ひ風の聲の吹送に和しては大利無上の尊號を唱 0000_,18,220a03(00):へられけん。澄わたりたる心のうちおしはかるべ 0000_,18,220a04(00):し。 0000_,18,220a05(00):師かくてみなひ村を出て南都にいたり春日の神祠に 0000_,18,220a06(00):詣。又安倍の文珠に參籠すること七箇日。水穀を斷て 0000_,18,220a07(00):至心に念佛し。大聖の冥助を仰きて夙志を祈請せら 0000_,18,220a08(00):れける。又紀伊國を巡歷の時。ある日人烟絶し曠野 0000_,18,220a09(00):を通行せられけるが。日もやや暮におよびしかは樹 0000_,18,220a10(00):下に宿せんとおもひて。ここかしこ見回られける向 0000_,18,220a11(00):より老婆一人きたりて師にいふやう。修行の御僧と 0000_,18,220a12(00):見うけ奉る。今夜は幸に志しのことあれば我家に請じ 0000_,18,220a13(00):留たてまつらんといひて先に立て行。師隨て程なく 0000_,18,220a14(00):一の茅屋に入られしに。合家ことことく出て色代しも 0000_,18,220a15(00):てなし。さて一室に入て臥しむ。夜半のころ何かは 0000_,18,220a16(00):物にふるるここちしければ。驚覺て傍を見らるるに 0000_,18,220a17(00):端嚴の女人したしく師の臥具の中に臥し居けり。師 0000_,18,220b18(00):こは如何なることぞと忽ち起て其家を遁れ出て。跡を 0000_,18,220b19(00):かへり見られけれは。ただ寂莫たる野原にて家もな 0000_,18,220b20(00):く人もなし。師いと怪しきことにおもひ。其邊の艸 0000_,18,220b21(00):のうへに坐し高聲に念佛して一夜を明されける。師 0000_,18,220b22(00):行脚の間これに類する難に逢れしこと度度なり。今其 0000_,18,220b23(00):中の一を擧るのみ。 0000_,18,220b24(00):師それより九州に渡り日向國を經歷し。一夜或山中 0000_,18,220b25(00):の禪院に寄宿せらる。其住持の老禪いと道たけ德ふ 0000_,18,220b26(00):かくみえければ。師謹て敎示を請求らる。老禪すな 0000_,18,220b27(00):はち問ていはく。御房は何れの行を修して一大事を 0000_,18,220b28(00):了ぜんとおもふやと。師答ていはく。われ淨土を宗 0000_,18,220b29(00):とす念佛して極樂に生ぜんと欲すと。老禪又いは 0000_,18,220b30(00):く。御房何事に依てか諸國を行脚せらるるや。師所思 0000_,18,220b31(00):を述らる。老禪示していはく。御房の師僧父母いま 0000_,18,220b32(00):だ世にいますべし。求法練行のために勞苦を厭ずし 0000_,18,220b33(00):て東西に雲水すること。其好心もとも稱歎するに堪た 0000_,18,220b34(00):りといへとも。師僧父母世に在ばかく遠遊すること 0000_,18,221a01(00):甚だ宜からず。夫此身體をうけ此道門に入ことを得ら 0000_,18,221a02(00):れしは。全く師僧父母の恩蔭なれば。かたく孝順の 0000_,18,221a03(00):誠心を發すべし。これ實に修行の初門成佛の基本な 0000_,18,221a04(00):り。佛成道最初の制誡おもひ合さるべし。孝順實い 0000_,18,221a05(00):たる時は世出世の行願ことごとく成滿せずといふことな 0000_,18,221a06(00):し。若不孝疎略なれば衆願障りありて萬行成じ難 0000_,18,221a07(00):し。恐愼むべきことなり。御房大業を成ぜんとおもひ 0000_,18,221a08(00):給はば孝順を先にすべし。これよりはやく先行脚を 0000_,18,221a09(00):やめて本國にかへり。師僧父母の心を安め奉り。さ 0000_,18,221a10(00):てよろしく一處に住し志を堅くして淨業を勵み勤べ 0000_,18,221a11(00):しと親切に示訓せらる。師すなはちその懇志を謝し 0000_,18,221a12(00):拜を作して去らる。或人はいふ老禪は古月和尚にて 0000_,18,221a13(00):ありしと。果して然や否はしらず。師それより老禪 0000_,18,221a14(00):の示訓を熟思し。本國に還る心ありといへども。夙 0000_,18,221a15(00):志に背ことなれば速に决しがたく日を經られしに。又 0000_,18,221a16(00):或寺に宿を投じ無能和尚行業記を閲し。遊歷して日 0000_,18,221a17(00):を過は閑居して念佛するにはしかずと自知し。忽志 0000_,18,221b18(00):を决し遠遊をやめて故郷に歸られけり。 0000_,18,221b19(00):享保十年。師人の請するに應じて。しばらく伊勢國 0000_,18,221b20(00):長島の光岳寺といへるに住持せられき。これ郷里を 0000_,18,221b21(00):さること遠からず。又寺境閑靜にして道を修するに 0000_,18,221b22(00):便あればなり。此寺に住して晝夜念佛せらるるさま 0000_,18,221b23(00):いと精進なりしかば諸人感歎して歸依淺からず。中 0000_,18,221b24(00):にも寺の檀越なる平岩氏空山といへる人。師の專修 0000_,18,221b25(00):一行の勸を信して念佛懈りなく勤ける。玆に小松崎 0000_,18,221b26(00):八右衞門。二階堂文右衞門などいふ儒士ありて。空 0000_,18,221b27(00):山に面會する毎に佛道を誹謗して念佛の行を廢せし 0000_,18,221b28(00):めんとす。かくて空山七十餘歳にして重き腫病に罹 0000_,18,221b29(00):り。治術を盡せども更に驗しあることなければ。必死 0000_,18,221b30(00):の覺悟をなしてひたすらに稱名し往生を願ける。時 0000_,18,221b31(00):に小松崎八右衞門訪て空山に申やう。我等常常佛法 0000_,18,221b32(00):の實なきむねを説ども公これを信ぜず。佛敎もし證 0000_,18,221b33(00):あらは何そ此惡病に罹らんや。公が平生の念佛何の 0000_,18,221b34(00):利益かある。請ふ速に妄解をやめて我聖儒の道に歸 0000_,18,222a01(00):せられよと。強く佛法を謗り巧に儒敎を讃説す。空 0000_,18,222a02(00):山病苦に迷亂しけるにや。忽其語に隨ひて願生のお 0000_,18,222a03(00):もひを斷念佛を止しが。其より病苦增增つのりて惱 0000_,18,222a04(00):亂逼迫す。諸神にいのり種種の祕符を拜服すれども 0000_,18,222a05(00):すこしも其驗なく。泣喚し輾轉せるありさまみるも 0000_,18,222a06(00):怖しければ。看侍の者も悉く逃去ける。ここにおい 0000_,18,222a07(00):て家人師の許にいたり。僞て空山重病を受け臨終も 0000_,18,222a08(00):近にあり師を請し十念を拜受せんことを欲す願は來 0000_,18,222a09(00):りて臨終の知識となりたまへとこふ。師直に彼家に 0000_,18,222a10(00):到られしに。空山師を見ていはく。われ年來常に佛 0000_,18,222a11(00):道を信し心を盡して念佛せしに其驗すこしもなく今 0000_,18,222a12(00):猛苦を受。これ御房に誑惑せられたるなりとて種種 0000_,18,222a13(00):惡口をもて罵りければ。師却て慈悲心を發し。先佛 0000_,18,222a14(00):前にいたり如來の加護力を請ひ。慇懃に熾盛の誓言 0000_,18,222a15(00):をなし。それより空山が枕のもとに座して十念を授 0000_,18,222a16(00):られしに。曾てこれを受ずしていふやう。日頃勤し 0000_,18,222a17(00):さへ口惜くおもふに此期におよびて何ぞ念佛を唱べ 0000_,18,222b18(00):きやとてうけがはず。師直に高聲に呵ていはく。汝 0000_,18,222b19(00):空山。病は是宿業の所感なり佛もいかにともし給ふ 0000_,18,222b20(00):ことあたはず。又日頃眞實に念佛せし者。難病に罹り 0000_,18,222b21(00):臨終にたへがたき苦痛を受ことは。轉重輕受とて未來 0000_,18,222b22(00):地獄に墮して永劫大苦をうくべきを。生前暫時の病 0000_,18,222b23(00):苦にかへて罪業の重き報を輕く受果すこともあるな 0000_,18,222b24(00):り。念佛したるもの必極樂に生ずるといふことは如來 0000_,18,222b25(00):の金言なり。汝眞實の志あらば。此世の病苦さへかく 0000_,18,222b26(00):苦く堪へがたきに。地獄の重苦はいかがあらんとお 0000_,18,222b27(00):もひていよいよ如來の大悲をかこちて念佛すべき道 0000_,18,222b28(00):理なるに。平生には念佛を唱へ。今命終の期に臨て 0000_,18,222b29(00):邪見を發し念佛をやめ。みづから地獄に入らんとす 0000_,18,222b30(00):豈愚昧の至にあらずや。われ汝をして臨終正念なら 0000_,18,222b31(00):しめ往生させんために來れり。汝若念佛せずは設ひ 0000_,18,222b32(00):身命を捨とも歸らじと。或は呵し。或は勸められけ 0000_,18,222b33(00):れは。空山いはく。我今重病身に縛て苦痛たへがた 0000_,18,222b34(00):し。早く死せんことを願。曾て生ながらへんことを欲せ 0000_,18,223a01(00):ず。若實に淨土の生るべきあらばわれ念佛を唱へて 0000_,18,223a02(00):往生せん。師われを殺したまはれと乞ふ。師答て汝 0000_,18,223a03(00):急て念佛せよ我汝を殺んといひて。空山が兩手をと 0000_,18,223a04(00):り聲を勵して南無阿彌陀佛南無阿彌陀佛と申かけらる。空山 0000_,18,223a05(00):も相和して六七十遍唱へけるに。忽颯風の塵雲を拂 0000_,18,223a06(00):ふごとく。病苦悉く除盡して身も心も安適になり 0000_,18,223a07(00):ぬ。それより前非を悔ひ偏に往生をねがひ勇み進て 0000_,18,223a08(00):念佛す。師傍に座して助音せられけるが。暫くあり 0000_,18,223a09(00):て稱名の聲とともに息絶けり。ここにおいて人人本 0000_,18,223a10(00):願念佛の貴きことを知り。又師の道心堅固なることをも 0000_,18,223a11(00):感じいよいよ念佛に歸するもの多かりける。後に師 0000_,18,223a12(00):われ長島にて空山臨終の知識たりしこれ化益の最初 0000_,18,223a13(00):なり。自行策勵の一助なりしとなん。をりをり語り 0000_,18,223a14(00):申されし。是より後道譽遠近に聞えければ。同國南 0000_,18,223a15(00):北の諸寺院。師を請して説法せんことをねがひけ 0000_,18,223a16(00):り。師求に應して專修念佛を勸進せらるるに化に隨 0000_,18,223a17(00):もの日日に多かりし。しかるに師の意樂として建立 0000_,18,223b18(00):等の餘善を勸ず。檀施を貪ることをかたくいましめ。 0000_,18,223b19(00):念佛の數遍をすすめて一念の謬解を破せられける。 0000_,18,223b20(00):師或時思熟すらく。夫生死甚だ厭がたく佛法實に値 0000_,18,223b21(00):難し。然に自行かたからざるに化他を事とすれば。 0000_,18,223b22(00):凡夫の習ややもすれば名利にひかれ境縁に轉ぜられ 0000_,18,223b23(00):て正念を失はんとす。若冥の覆護を乞ひ加祐を蒙る 0000_,18,223b24(00):にあらすは。なにそよく内外の障縁に克て。始終丈 0000_,18,223b25(00):夫の志しを立ることを得んと。ここにおいて光岳寺を 0000_,18,223b26(00):も辭し。照譽上人および父母にことのよしを申て許を 0000_,18,223b27(00):受け。同國山田越阪の惣通寺に止寓し。一百日を期 0000_,18,223b28(00):して内外の兩宮へ素足にて日參せられぬ。日毎に彌 0000_,18,223b29(00):陀の名號十遍を書して神前に奉り。かつ心を籠て念 0000_,18,223b30(00):佛し。正念退失せず實行成就せんことを祈請し申され 0000_,18,223b31(00):ける。およそ風雨雪霰の時といへども怠りなく。往 0000_,18,223b32(00):來威儀を繕はず勵聲念佛して身心をせめ。慇懃に祈 0000_,18,223b33(00):願せられける故にや。神應響のごとく道念日日に增 0000_,18,223b34(00):起しけり。これよりますます精進を加へ日夜の別な 0000_,18,224a01(00):く念佛し。又寒林の髑髏を庭前に布置して心行を策 0000_,18,224a02(00):勵せられける。昔惠心の先德增賀聖などいふ高僧達 0000_,18,224a03(00):も。此御神に道心を祈りまのあたり示現を蒙りたま 0000_,18,224a04(00):ひしこともあれば。とりわき師も懇志をはこばれける 0000_,18,224a05(00):にこそ。 0000_,18,224a06(00):此頃同國明星の邊に。閑に行ひすましてゐたまひけ 0000_,18,224a07(00):る天台の大德瑱啓といへるいと老たる聖あり。師あ 0000_,18,224a08(00):る時その幽棲を訪はれしかば。かの聖師を見ていは 0000_,18,224a09(00):く。御房は孤獨にて終るべからず。必衆を領し大法 0000_,18,224a10(00):を起すべき卓出の器量ある人なり。法華にも勇猛精 0000_,18,224a11(00):進名稱普聞と説れたり。先速に隱遁し其所修の行精 0000_,18,224a12(00):進ならば其益大なるべし。自行堅固ならざれは人を 0000_,18,224a13(00):益するによしなし。なにそ虚く光陰を費すや。なに 0000_,18,224a14(00):ぞとく勤ざるやと。容を改め色を變じて嚴しく勸誡 0000_,18,224a15(00):せられければ。師深く其旨に伏し謝辭を述てぞ歸ら 0000_,18,224a16(00):れける。此聖の勸誡夙志にかなふゆゑいよいよ隱遁 0000_,18,224a17(00):の心切なりしかば。享保十一年の春惣通寺をも辭 0000_,18,224b18(00):し。同し山田の越阪寺町欣淨寺の北の邊りに總持寺 0000_,18,224b19(00):とて閑寂の艸庵あり。これこそ道を修するに宜しけ 0000_,18,224b20(00):れとて獨住籠居し。ここにおいて身心を凝し。晝夜 0000_,18,224b21(00):聲を勵して念佛懈ることなく。三昧發得を期して勇猛 0000_,18,224b22(00):に勤修せられけり。三日に一度粥を喫し。七日に一 0000_,18,224b23(00):度飯を喫す。故に形は枯木のごとく二便もなきに同 0000_,18,224b24(00):し。身心輕安にして數月浴せざれども肌膚更に垢汚 0000_,18,224b25(00):なかりしとなん。 0000_,18,224b26(00):かく不斷に勇進念佛せられし中に。殊更に七日七夜 0000_,18,224b27(00):堅く睡眠を除き。法のごとくにして百萬遍を成滿せ 0000_,18,224b28(00):られしことも兩度なりける。此時に臨て深重の誓願を 0000_,18,224b29(00):建て自利利他の志操を堅くせらる。其願文及感得等 0000_,18,224b30(00):のことを自記し。一期かたく封じて秘し置れけり。其 0000_,18,224b31(00):記にいはく。 0000_,18,224b32(00):自行發願文 0000_,18,224b33(00):歸命敬白 大慈大悲 超世願王 阿彌陀佛 0000_,18,224b34(00):敎主釋尊 證誠諸佛 觀音勢至 極樂聖衆 0000_,18,225a01(00):十方法界 一切三寶 佛法守護 諸天善神 0000_,18,225a02(00):哀愍護念 證明知見 令我誓願 永無退轉 0000_,18,225a03(00):願行成就 必生極樂 畢竟成佛 超生死海 0000_,18,225a04(00):願ハ弟子關通。道心堅固ニシテ一切ノ世事世望ヲ斷 0000_,18,225a05(00):却シ。一切ノ諸願諸行ヲ廢捨シテ。唯往生ノ一事ヲ 0000_,18,225a06(00):願シ。偏ニ念佛ノ一行ヲ修シ。身心壯強ニシテ日日 0000_,18,225a07(00):修行增進シ。人情ヲ放下シテ佛語ヲ信護シ。祖訓ヲ 0000_,18,225a08(00):服膺シテ正信ヲ決了シ。念念稱名相續シテ遂ニ淨業 0000_,18,225a09(00):成辨シ。臨終ノ時諸ノ障碍ナク。身心快樂ニシテ禪定 0000_,18,225a10(00):ニ入カコトク。勝縁勝境目前ニ現シ親ク聖衆ノ迎接 0000_,18,225a11(00):ヲ蒙リ。決定上上品ノ往生ヲ遂ルコトヲ得セシメ給 0000_,18,225a12(00):ヘ。思フニ。我等凡夫ノ極樂ニ生スルコトハ偏ニコ 0000_,18,225a13(00):レ如來五劫思惟ノ善巧。兆載永劫ノ大行。超世不思 0000_,18,225a14(00):議ノ願力ニ依テナリ。誠ニ若不生者不取正覺ノ誓言 0000_,18,225a15(00):空シカラス。彼佛今現在世成佛ノ明判疑フ處ナシ。 0000_,18,225a16(00):弟子忽チ常念我名莫有休息ノ警策ニ驚キ。又三萬六 0000_,18,225a17(00):萬十萬者皆是上品上生人ノ妙釋ヲ信シ。今ヨリ後畢 0000_,18,225b18(00):命ヲ期トシテ日日三萬以上ヲ課シ。一聲ノ稱佛モ更 0000_,18,225b19(00):ニ餘報ノタメニセス。皆悉ク極樂ニ回向セン。然ハ果 0000_,18,225b20(00):シテ上品上生必定ナラン。衆生稱念必得往生乘佛本 0000_,18,225b21(00):願上品往生ノ御釋タノモシキカナ。抑下八品ノ往生 0000_,18,225b22(00):ハ予カ所願ニアラス。所以者何トナレハ上上品ノミ 0000_,18,225b23(00):即悟無生トキケバナリ。彼國ニ往生シテ速ニ無生ノ 0000_,18,225b24(00):理ヲ悟リ。六通無礙ノ身トナリ。弘誓ノ鎧ヲ著テ直 0000_,18,225b25(00):ニ穢國ニ還來シ。普ク師僧父母六親眷屬朋友同行日 0000_,18,225b26(00):課信受ノ弟子信心施入ノ檀越。順逆結縁ノ諸人。悉 0000_,18,225b27(00):ク敎導シテ同ク極樂ニ生セシメ。又能十方界ニ入テ 0000_,18,225b28(00):苦ノ衆生ヲ救攝シ大慈大悲ノ佛恩ヲ報シ奉ント欲 0000_,18,225b29(00):ス。更ニ願ハ將來コノ大願ヲ成就スルコトヲ得ベク 0000_,18,225b30(00):ハ。先ツ今世ニ於テ予カ所勸ニ歸シテ日課念佛ヲ信 0000_,18,225b31(00):受スル者其數千萬人ヲ得。自他共ニ如來ノ護念ヲ蒙 0000_,18,225b32(00):リ。諸ノ障礙無ク。一期念佛相續シ現驗祥瑞ヲ顯シ 0000_,18,225b33(00):正念ニ往生スルモノ限リ無ラシメ給ヘ。虚空法界盡 0000_,18,225b34(00):ンヤ我願モ亦如是。發願已テ至心ニ阿彌陀佛ニ歸命 0000_,18,226a01(00):シ奉ル。 0000_,18,226a02(00):哀愍覆護我南無阿彌陀佛 令法種增長南無阿彌陀佛 0000_,18,226a03(00):此世及後生南無阿彌陀佛 願佛常攝受南無阿彌陀佛 0000_,18,226a04(00):上來發願稱名ノ功德ヲモテ。平等ニ法界ニ回施ス。 0000_,18,226a05(00):願ハ諸ノ衆生ト共ニ安樂國ニ往生シテ無上菩提ヲ成 0000_,18,226a06(00):就セン。 0000_,18,226a07(00):化他發願文 0000_,18,226a08(00):謹敬奉請 0000_,18,226a09(00):西方極樂世界大慈大悲願王阿彌陀佛 0000_,18,226a10(00):恩德廣大發遣敎主釋迦牟尼佛 0000_,18,226a11(00):六方恒沙證誠諸佛 0000_,18,226a12(00):大唐專修宗祖光明善導大師 0000_,18,226a13(00):日域開宗元祖圓光東漸大師 0000_,18,226a14(00):三國傳燈念佛弘通諸大祖師等 0000_,18,226a15(00):弟子關通大志ヲ荷擔シテ本願念佛ヲ勸説シ。諸ノ衆 0000_,18,226a16(00):生ヲ救濟セント欲スルノ微志ニ加被シ給ンコトヲ求 0000_,18,226a17(00):請シ奉ル。願ハ大慈大悲ヲ以テ哀愍護念シ證明知見 0000_,18,226b18(00):シ給ヘ。今此稱名念佛ハ彌陀ノ本願釋尊ノ所説ニシ 0000_,18,226b19(00):テ諸佛同ク是ヲ證シ兩祖明ニ是ヲ釋シ。一行ノ出離 0000_,18,226b20(00):更ニ不足ナキコト。文理顯然タルニヨリテ是ヲ專讃 0000_,18,226b21(00):シ徧勸シ奉ル。然ニ某甲モシ我執名聞ノ心ヲモテコ 0000_,18,226b22(00):レヲ勸メ。誑惑渡世ノ意ヲモテ是ヲ説キ。毫釐モ佛 0000_,18,226b23(00):意ニ違ヒ祖意ニ背ク所アラハ。上ニ請シ奉ル所ノ佛 0000_,18,226b24(00):祖及我國大小ノ神祇冥道ノ御罸ヲ蒙リ。現世ニハ極 0000_,18,226b25(00):惡重病ヲ受テ叶ハヌ身ト成リ。將來ハ三途ニ墮シテ 0000_,18,226b26(00):永劫無窮ノ楚毒ヲ受ン。又モシ實ニ佛祖ノ本意ニ契 0000_,18,226b27(00):フモノナラハ機縁順熟ノ地ヲ得。如來大悲ノ加護ヲ 0000_,18,226b28(00):蒙テ常ニ法輪ヲ轉シ盛ニ念佛ヲ勸メ。其信受シ依行 0000_,18,226b29(00):スル者ハ佛ノ護念ヲ蒙リ一期退轉ナク願行相續シ。 0000_,18,226b30(00):不信誹謗ノ輩ハ現罸ヲ受ケ現證ヲ見テ直ニ專修念佛 0000_,18,226b31(00):ニ歸シ。大信决定シテ勇猛ニ念佛シ悉ク往生ヲ遂ル 0000_,18,226b32(00):コトヲ得サシメ給ヘ。又某甲化導ノ志ス所。上達利 0000_,18,226b33(00):智高貴福德ノ人ヲ謟強勸ルコトナク。專ラ貧窮孤獨 0000_,18,226b34(00):田夫下賤重障愚癡弊惡鈍根ノ者ヲ化スルヲ先トセ 0000_,18,227a01(00):ン。唯願ハ我慈悲際限ナク。諸佛大悲於苦者心偏愍 0000_,18,227a02(00):念常沒衆生ノ意ヲ忘レス。偏ニ念佛一行ヲ説キ勸テ 0000_,18,227a03(00):淨土ニ歸セシメ。敎化常ニモノウキコトナク。自行 0000_,18,227a04(00):精進ニシテ決定往定シ。畢竟成佛シテ生死海ヲ超ン 0000_,18,227a05(00):コトヲ。又願ハ予カ所勸ニ於テ信スルト信セサル 0000_,18,227a06(00):ト。誹謗スルト讃歎スルトヲ論セス。總シテ平等ニ 0000_,18,227a07(00):愛護シテ遂ニ同ク極樂ニ引接セン。 0000_,18,227a08(00):哀愍覆護我南無阿彌陀佛 令法種增長南無阿彌陀佛 0000_,18,227a09(00):此世及後生南無阿彌陀佛 願佛常攝受南無阿彌陀佛 0000_,18,227a10(00):上來誓願度生ノ功德ヲ今悉ク法界ニ回向ス。願ハ諸 0000_,18,227a11(00):ノ衆生ト共ニ安樂國ニ往生セン。 0000_,18,227a12(00):我今歸命 大慈大悲 超世願王 阿彌陀佛 0000_,18,227a13(00):敎主釋尊 證誠諸佛 觀音勢至 極樂界衆 0000_,18,227a14(00):三世十方 一切三寶 佛法守護 諸天善神 0000_,18,227a15(00):願以慈悲 攝受心願 自行化他 如意滿足 0000_,18,227a16(00):我今誓願 現身一生 常立大信 如法修行 0000_,18,227a17(00):生彼國已 還來此界 興隆正法 激勸專修 0000_,18,227b18(00):又我誓願 世世受身 離欲淸淨 名聲遠聞 0000_,18,227b19(00):見聞有情 親疎順逆 遂悉敎導 引接極樂 0000_,18,227b20(00):又我誓願 爲聞我説 發起正信 可修行者 0000_,18,227b21(00):若入夢中 或現値遇 種種敎化 速成佛道 0000_,18,227b22(00):仰願諸聖 隨逐影護 哀愍加祐 除諸障礙 0000_,18,227b23(00):令上諸願 皆悉成滿 共諸衆生 成無上道 0000_,18,227b24(00):吉水正統勸進沙門一向專稱阿彌陀佛關通謹記 0000_,18,227b25(00):享保十一年午ノ春。勢州山田ノ邊ノ總持寺ト號スル 0000_,18,227b26(00):艸堂ニ獨住籠居シテ。何トナク無二無三ニ勵聲念佛 0000_,18,227b27(00):ス。又七日七夜堅ク睡眠ヲ除キ念佛百萬遍ノ成滿ス 0000_,18,227b28(00):ルコト兩度。二夜三日ノ不睡別行一度勤修各感得ノ 0000_,18,227b29(00):事アリ。或別時ノ滿スル夜夢現ノ別チナクテ佛間ノ 0000_,18,227b30(00):空中ニ文アリ。若我成佛十方衆生。稱我名號下 0000_,18,227b31(00):至十聲若不生者不取正覺。彼佛今現在世成 0000_,18,227b32(00):佛。當知本誓重願不虚衆生稱念必得往生ノ四十 0000_,18,227b33(00):八字ナリ。文字皆金色ニシテ一寸バカリノ形ナルカ 0000_,18,227b34(00):空中ニ羅列シテ了了分明ナリキ。又古歌自詠ノ別ナ 0000_,18,228a01(00):ク一首ノ歌ヲ感得ス。カナラズトイフ一ト文字ノ誓 0000_,18,228a02(00):ヒヲモ。疑フ人ハ生レサリケリ。 0000_,18,228a03(00):又或時夢ニ萬無上人來テ利益衆生ハ天運ニ任セヨト 0000_,18,228a04(00):勵ク急度誡示シ給フ。是ヲ聞テ恐レ謹ミ感涙千行。 0000_,18,228a05(00):打伏シ領承ノ言ヲ演ルト思ヘバヤガテ夢覺ム。見レ 0000_,18,228a06(00):ハ疊ヲヒタスバカリ涙落ヰケリ。又夢中ニ無能和尚 0000_,18,228a07(00):ニ相見スルコトアリ。此外佛菩薩ノ像感是ノ事アリ 0000_,18,228a08(00):テ。但信稱名ノ心ヲ堅シ勇進稱名セルモノナリ。南 0000_,18,228a09(00):無阿彌陀佛。念佛衆生攝取不捨。佛子關通臨終正念 0000_,18,228a10(00):決定往生助給ヘ。 0000_,18,228a11(00):右 享保十一年ノ春。勢州山田ノ邊ノ總持寺ニ於テ 0000_,18,228a12(00):コレヲ記ス。 0000_,18,228a13(00):重テ同年九月廿五日ヨリ十月二日マテ一七日ノ間。 0000_,18,228a14(00):自利利他眞實ノタメニ。晝夜少シモ睡眠セズ。一向 0000_,18,228a15(00):稱名シテ直ニ其證ヲ得タリ。ココニ於テ以後。二利 0000_,18,228a16(00):圓滿ナルベキコト手ニ物ヲ取リ得タル心地ニ決定セ 0000_,18,228a17(00):リ。光明大師ノ七日七夜心無間。又行住坐臥心相 0000_,18,228b18(00):續。極樂莊嚴自然見ト。此釋實ニ決信セリ。少モ疑 0000_,18,228b19(00):コトナシ。心アラン人ハ勇猛ニ勤メ精進シテ。身命 0000_,18,228b20(00):ヲ顧ズハコノ御釋ワガ掌ヲ指スヨリモ易ク。決信ス 0000_,18,228b21(00):ベキヲヤ。 0000_,18,228b22(00):享保十一年午十月二日記之。 0000_,18,228b23(00):此自筆の記の中に。萬無上人といふは。華頂山第三 0000_,18,228b24(00):十八世の法務にして。智德兼備へたまへる法將なり 0000_,18,228b25(00):き。傳へ聞此大和尚在世の時。或人眞實に後世を助 0000_,18,228b26(00):りたくおもひて。太神宮に參籠し。當代いづれの師 0000_,18,228b27(00):によりてか。此度生死を離るる法を求べきと祈請し 0000_,18,228b28(00):たりければ。知恩院の萬無上人に謁して。敎示を受 0000_,18,228b29(00):よと夢の告ありしとかや。然ば此大和尚の敎示。も 0000_,18,228b30(00):とも尊信するに足れり。抑師幼年の昔より。利生の 0000_,18,228b31(00):意願ありし上に。此ほど實につよく。化他の願を發 0000_,18,228b32(00):さるるによりて。心の中に行化のことを。深くおも 0000_,18,228b33(00):ひ巧れければ。かつは根葉逆ひて。其行成しがた 0000_,18,228b34(00):く。かつは其心に便りて。魔障の出來りなんことを 0000_,18,229a01(00):鑑知したまひ。その心を打破せんがために。かくき 0000_,18,229a02(00):びしく誡示したまふと覺ゆ。ここに師は大和尚の誡 0000_,18,229a03(00):示を深く信受し服膺して。げに自身の得脱こそ大切 0000_,18,229a04(00):なれと驚きて。一心勇猛に稱名せられける間。自行 0000_,18,229a05(00):の根株なほ一重かたくなり侍るによりて。化他の枝 0000_,18,229a06(00):葉はおのづから漸漸に榮えなんと自知せられたるな 0000_,18,229a07(00):るべし。しかれば師のためには。此大和尚の敎誡。 0000_,18,229a08(00):ただ一時除病の藥語となるのみにあらず。しかも大 0000_,18,229a09(00):なる善縁ならん。又常に名利毀譽にそめらるる人の 0000_,18,229a10(00):ためには。此誡示こそ千歳不改の寶訓ならめ。抱道 0000_,18,229a11(00):の高士これを思忖したまへ。 0000_,18,229a12(00):師。天資溫恭謙遜にして。人に下るの風韻ありし。 0000_,18,229a13(00):玆に照譽上人は老衰寺務にたへず。享保十年の春西 0000_,18,229a14(00):方寺を。潮雅和尚といへるに讓りて閑居し。もはら 0000_,18,229a15(00):淨業を策修し玉ひしが。師の獨住勵行を加へらるる 0000_,18,229a16(00):よしを聞て。隨喜のあまり同十二年未の春。尾陽を 0000_,18,229a17(00):發して勢州にいたり。師の艸廬を訪ひ玉ふに。師の 0000_,18,229b18(00):道容昔時にことなるを見て。ねもころに稽首したま 0000_,18,229b19(00):ひければ。師もまた驚き起て。上人を禮敬し。師資 0000_,18,229b20(00):涙に咽び喜ひかぎりなかりき。師淨業精修の中に。 0000_,18,229b21(00):上人をとどめて奉事せらるること深切なりしかば。 0000_,18,229b22(00):しばらく此に寓居したまひ。修道いよいよ進み師資 0000_,18,229b23(00):相ともに練行せられける。上人は師の修行に身心を 0000_,18,229b24(00):凝さるるやうを見て。歎じていはく。われ御房に依 0000_,18,229b25(00):止せずんば。なにによりてか精修すること此にい 0000_,18,229b26(00):たらんや。御房はこれ予が善知識なりとて。これよ 0000_,18,229b27(00):り師を和尚と呼たまひしとなん。かくて上人彼艸庵 0000_,18,229b28(00):に日を經て留まらるる中に。微恙を示して服食日に 0000_,18,229b29(00):减じ。氣力衰へければ。師遠近に馳走して醫藥をも 0000_,18,229b30(00):とめ。好食をととのへ。看病心を盡されしかども。 0000_,18,229b31(00):其驗なければ上人みづから快復なりがたきをしり。 0000_,18,229b32(00):死を念して念佛したまひ。師もこころを得て勸勵 0000_,18,229b33(00):し。六時のいたる毎に。線香一炷づづ。上人は褥上 0000_,18,229b34(00):に臥し。師は枕上に坐し。聲を同して稱名せらる。 0000_,18,230a01(00):又稱名のいとまに。臨終の用意念佛の安心など。委 0000_,18,230a02(00):曲なるものがたりありける。淸話のついで本國のこと 0000_,18,230a03(00):におよびければ。上人告げていはく。西方寺は予 0000_,18,230a04(00):か舊縁の地にして。和尚また得度の道塲なり。若法 0000_,18,230a05(00):燈消なんとすることあらば。和尚速に彼寺に移りて住 0000_,18,230a06(00):持し。淨法をして永く斷ることなく。利益無窮ならし 0000_,18,230a07(00):められよ。予が最後の遺告なり違戾することなかれ 0000_,18,230a08(00):と。師其命の重きに應じて。かたく嚴命を護り。よ 0000_,18,230a09(00):ろしくこれを勤むべし。御心を安してただ聖衆の迎 0000_,18,230a10(00):接を待たまふべしと。上人これを聞ていよいよ喜び 0000_,18,230a11(00):念佛を勵み勤らる。病腦日を追て重りければ。師孝順 0000_,18,230a12(00):のいたすところ。九日九夜少しも睡臥せず。左右を 0000_,18,230a13(00):離るることなく。意を先とし顏を承け瞻侍せられけ 0000_,18,230a14(00):る。上人怡然として師に告ていはく。予近年念佛を 0000_,18,230a15(00):加增して。日日十萬を課し。願行成就しぬ。此度定 0000_,18,230a16(00):て往生の素懷を遂るならん。これ偏に和尚の勸策に 0000_,18,230a17(00):よる。和尚の篤情言の謝するところにあらず。命終 0000_,18,230b18(00):の期正にいたれり。和尚心を得よとて。師の左の膝 0000_,18,230b19(00):によりたまへば。師又左の手をもて上人の頂にそ 0000_,18,230b20(00):へ。右の手にて引磬を鳴し。稱名の助音せられけれ 0000_,18,230b21(00):ば。上人聲聲分明に念佛相續し。最後二十餘遍やう 0000_,18,230b22(00):やく微音にして化したまふ。實に享保十二年。未三 0000_,18,230b23(00):月五日辰の刻なり。世壽六十六。法臘五十二なりし 0000_,18,230b24(00):此月七日法に凖して喪事を營み。みづから全身の骨 0000_,18,230b25(00):を護持し。本國西方寺にいたり。塔を建て中陰の追 0000_,18,230b26(00):薦力を盡して慈蔭に報はれける。第五七日の宿忌に 0000_,18,230b27(00):當りて。佛前において一心に念佛し居られけるに。 0000_,18,230b28(00):夢現の別なく。恍惚として。御身五尺ばかりの阿彌 0000_,18,230b29(00):陀佛。光を放て現前し。たちまち堂の外へ出さらん 0000_,18,230b30(00):としたまひしかば。師こはいづかたへ行たまふやと 0000_,18,230b31(00):抱き止め奉られければ。如來にはあらず上人なり。威 0000_,18,230b32(00):容嚴然として。我既に上品上生に往生せりと告をは 0000_,18,230b33(00):り。かきけち失玉ひぬ。師は悲喜の涙に咽び。いよ 0000_,18,230b34(00):いよ精勤を盡されける。委は隨聞往生記のごとし。 0000_,18,231a01(00):觀經に上品上生。即悟無生と説たまへり。無生はこ 0000_,18,231a02(00):れ初地の位なれば。内に法身を證し。外には身を百 0000_,18,231a03(00):億に別とかや。今上人佛身を現じたまふは。上品得 0000_,18,231a04(00):生の驗と。いと貴くぞ侍る。 0000_,18,231a05(00):同し頃西方寺の現住。潮雅和尚。他處へ移轉のことあ 0000_,18,231a06(00):り。これによりて檀越等。師に席を董せんことを請 0000_,18,231a07(00):ければ。師のいはく。凡寺務にあづかるものは檀越 0000_,18,231a08(00):に應接し。堂宇修營をなす。此二事一を關ても住持 0000_,18,231a09(00):の任にあらず。予は本より此事に堪へずして隱遁せ 0000_,18,231a10(00):るものなり。強て予をして住持せしむる時は。寺門 0000_,18,231a11(00):衰廢におよばんこともはかりがたし。もし荒廢に及と 0000_,18,231a12(00):も。檀越等少しも恨ることなきの證書を持來らば住持 0000_,18,231a13(00):すべし。左なくば請に應しがたしと。會釋し申され 0000_,18,231a14(00):しかば。檀越等師の道意を感じ。連署の印證したた 0000_,18,231a15(00):め來りしかば。師すなはち住持せられける。これ檀 0000_,18,231a16(00):越の請に應ぜられしなれども。其實は師範の遺屬を 0000_,18,231a17(00):まもられけるなり。師此寺に移りても隱操本のごと 0000_,18,231b18(00):くにして。冬は絮衣一領。木綿の綴衲一領。此外に 0000_,18,231b19(00):衣類餘長をたくをふることなし。春去り夏來れは木綿 0000_,18,231b20(00):の直綴を布にかへ。秋に移り冬になれば。また夏の 0000_,18,231b21(00):衣服を悉く施されける。また一切の資具蠶絹を用ひ 0000_,18,231b22(00):られさりき。常に綴衲を著て。二便或は洗浴の時に 0000_,18,231b23(00):あらざれば脱せられず。晝夜不臥なれば臥具のたく 0000_,18,231b24(00):はへもなく。まことに念念不捨に稱名し。六時勤行に 0000_,18,231b25(00):は至誠に聲を勵し。體をせめて念佛せらる。ある年一 0000_,18,231b26(00):夏の間。勇猛を加へて。高聲念佛晝夜をすてず勤ら 0000_,18,231b27(00):れけれは。眼かすみ腫塞りてつひに見えざるほどに 0000_,18,231b28(00):なりしかども醫療を加ふることさへなくて。ますます 0000_,18,231b29(00):精進せられけるに。自然と眼光明らかに快復した 0000_,18,231b30(00):る。こののちは身心堅固にして。少病少惱もなかり 0000_,18,231b31(00):しとなむ。 0000_,18,231b32(00):師。かく人事にかかはらず修行せられしが。德孤な 0000_,18,231b33(00):らず遂に座下に來り依止して敎をうけ。道業を修す 0000_,18,231b34(00):るもの十餘輩に及へり。寺本より檀資うすければ。師 0000_,18,232a01(00):ために衣食を减してわかち與へられき。更にまた依 0000_,18,232a02(00):止せんことを請ふものあれば。また隨從せんといふものあ 0000_,18,232a03(00):り。彼人をも同しく淨土へ誘はんと欲するを。衆もゆ 0000_,18,232a04(00):るされよとて入衆せしめ。たがひに助あひ麤を食ひ 0000_,18,232a05(00):用を縮めて。その人にあたへてぞ勤めさせられける。 0000_,18,232a06(00):資糧しばしば乏しき時も。志操かつて變ぜず。一針 0000_,18,232a07(00):一草も檀信を募ることなく。日日隨從の衆とともに村 0000_,18,232a08(00):里に分衞して。淸淨に自活せらる。食もし餘長ある 0000_,18,232a09(00):時は。其村の小兒または貧窮のものを招きあつめこ 0000_,18,232a10(00):れを食せしめ。食後にはかならず線香一炷づづ念佛 0000_,18,232a11(00):を唱へさせ。をはりには因果のおそるべき謂。念佛 0000_,18,232a12(00):のありがたきこと。世の無常なることはりなど。實を 0000_,18,232a13(00):盡しいと慇懃に説聞せらるること常なりしかば。中 0000_,18,232a14(00):一色村の者は。菽麥不辨の童男童女の類までも悉く 0000_,18,232a15(00):因果を信じて深く惡事を恐れ。蟬蟀を翫び蝱蠅を殺 0000_,18,232a16(00):すなどのことはすべてなさざりし。もしたまたまこれ 0000_,18,232a17(00):をなすものあれば。西方寺に往て師に告んといへば 0000_,18,232b18(00):皆おそれ愼みける。かくたがひに誡あひければ殺生 0000_,18,232b19(00):の業おのづから止みて。戯れにも草木泥土をあつめ 0000_,18,232b20(00):て佛像堂宇を造り。繩を結て集會念佛の眞似をなし 0000_,18,232b21(00):ぬ。また此村の近邊に江河あまたありければ好て殺 0000_,18,232b22(00):生する人も多かりけるに。師その人を見る毎に寺に 0000_,18,232b23(00):招きて。殺生の罪の重こと報のおそろしき現證など説 0000_,18,232b24(00):聞せ。かまへて殺生をやめ念佛せよといとこまやか 0000_,18,232b25(00):に勸誡し。或は其人に價を與へて取得たる魚鳥を放 0000_,18,232b26(00):たせ。またそれを世わたる業となす者には。財を與へ 0000_,18,232b27(00):て其業を變さしめなどせられけるゆゑ。いかなる強 0000_,18,232b28(00):惡邪見の輩も後には慚愧の心を生じ。殺具をことこと 0000_,18,232b29(00):く燒捨てかたく殺生をやめまた後には肉食をも止る 0000_,18,232b30(00):にいたるものもあり。これによりて其頃は魚鳥を商 0000_,18,232b31(00):ふもの。村の中を往來することさへなきに至り。唯 0000_,18,232b32(00):少長ともに惡事をなすを耻辱とし。一邑擧りて往生 0000_,18,232b33(00):を願ひ念佛を勵み勤ることにぞなりにける。師かく 0000_,18,232b34(00):のごとく行相勵しかりけるゆゑ。隨從の僧も隨ひて勇 0000_,18,233a01(00):進し少長ともに別に寢所なく。夜はただ柱によりか 0000_,18,233a02(00):かりしばらくのほどまどろむばかりなりかくのごと 0000_,18,233a03(00):くなりければ。下根のものは衆に入といへども居る 0000_,18,233a04(00):事月を踰ずして辭しさりき。堪忍んて苦行し始終行 0000_,18,233a05(00):操を變ぜずして隨侍せしは。守西自向還死忍阿獨立 0000_,18,233a06(00):專信乘蓮蓮止海音眞海なといふ人人のみなりける。 0000_,18,233a07(00):西方寺は住持せられし間の行狀大率此類のみ。 0000_,18,233a08(00):かくて名あらはれ。人和して近郷の道俗他門まて 0000_,18,233a09(00):も。靡然として師の化に歸し。稱號を誓約して吉水 0000_,18,233a10(00):の正意を得數遍の稱名を勤め。また師に隨て得度受 0000_,18,233a11(00):戒するもの老若男女をわかたず。日を追ていやまさ 0000_,18,233a12(00):りけり。これによりて師。月月に一度元祖大師の七 0000_,18,233a13(00):箇條の起請文を講演し。專念の行を激勸せられけ 0000_,18,233a14(00):る。ここに天魔やきそひけん他門の徒。化益の盛ん 0000_,18,233a15(00):なるをそねみて師に歸する男女を促して一處にあ 0000_,18,233a16(00):つめ。數遍の稱名を勤ることを嚴制す。無智の男女こ 0000_,18,233a17(00):れに驚怖して日頃つとめし念佛をやむるもあり。又 0000_,18,233b18(00):たとひ死刑流罪に行わるるともなにぞ此一大事の行 0000_,18,233b19(00):を廢せんやとて。いよいよ意を堅して念佛相續する 0000_,18,233b20(00):ものもありければ。謗家欝陶なほ解ずして瞋憎のあ 0000_,18,233b21(00):まり。師の行狀及説法のことにつき。巧て種種の過失 0000_,18,233b22(00):を誣て書つらね。普く世に披露し惡口罵言するこ 0000_,18,233b23(00):と甚しく。それのみならずつひに國廳に讒訴しけれ 0000_,18,233b24(00):ば。師を召れて謗家の訴訟をもて糺斷ありしに。師 0000_,18,233b25(00):宗宗の建立その意趣別ありとて應答一一著明なりし 0000_,18,233b26(00):かば。謗家は呵責を蒙り師も訴訟の根本に坐せられ 0000_,18,233b27(00):て。五十日閉戸の禁にあはれける。此において隨從の 0000_,18,233b28(00):門人篤信の行者等。師の化盛の壅塞することをなげき 0000_,18,233b29(00):他の無道なることを恨む。師これを制せられけるは汝 0000_,18,233b30(00):等愼て他をうらむることなかれ。此難全く他より來る 0000_,18,233b31(00):にあらず予か不德なるによりておこれるなり。また 0000_,18,233b32(00):思ふにこの障難予が廣度衆生の大願を成滿する先兆 0000_,18,233b33(00):にもあらんか。しかし志を剋して自行を勵んにはと 0000_,18,233b34(00):て。すなはち閉關五十日のあいた誓て別時念佛を勤 0000_,18,234a01(00):修せらる。かくて月を重年を經るほどに法運時至 0000_,18,234a02(00):り利物縁熟せしにや。師の敎を信し他の議を恐れす 0000_,18,234a03(00):して。偏に念佛相續せる道俗童男童女の中にも。現 0000_,18,234a04(00):證あらたに往生を遂るものここかしこに多く。また 0000_,18,234a05(00):先に念佛弘通の障碍をいたせし輩。惡病に罹り現報 0000_,18,234a06(00):を受るもの少からず。これによりて諸人耳目を驚し。 0000_,18,234a07(00):誹謗の輩も正信を發起し法盟を尋で多念の口稱を專 0000_,18,234a08(00):とする徒往往出來て。法筵羣をなし利生日日に盛ん 0000_,18,234a09(00):に邪執の舊弊此に革る。これより道譽いよいよ顯れ 0000_,18,234a10(00):ければ。この頃名護屋の寶周寺養蓮寺などいふ寺院 0000_,18,234a11(00):の請に應し説法せらしにも。課佛を受るもの數萬に 0000_,18,234a12(00):及ける。そののち元文元年冬の頃。三河國矢作村光 0000_,18,234a13(00):明寺において説法せられし時も。また他より師の弘 0000_,18,234a14(00):化を妬み城主に讒訟せしかば。七日を期とする説法 0000_,18,234a15(00):なりしを三日にいたりて止られ。尾州にかへられ 0000_,18,234a16(00):けり。此時妨げをなせし人人後におそろしき現罰を 0000_,18,234a17(00):蒙りしもの多かりければ。これに驚き府下多く渴仰 0000_,18,234b18(00):して師の德を仰きぬ。其後寶曆二年のころ美濃國岐 0000_,18,234b19(00):阜の本誓寺にて説法の時。また明和四年春のころ近 0000_,18,234b20(00):江國彥根宗安寺にして説法せらし時なども。多念の 0000_,18,234b21(00):口稱をのみ偏に勸めて破邪顯正分明なりしによて。 0000_,18,234b22(00):他より此事を恨み忿怒の餘り蜂起して師を害せんと 0000_,18,234b23(00):まで催けることもありし。かく度度の難にあはれし 0000_,18,234b24(00):かども少しも厭ひ怖るることなく。專修の勸化いよ 0000_,18,234b25(00):いよ明らかに。ことに老邁におよびては立破もとも 0000_,18,234b26(00):嚴しくして。彼一念義の邪を彈呵せられし事は世擧 0000_,18,234b27(00):て知るところなり。おもふに。この彈呵人情より出 0000_,18,234b28(00):るにあらず爲法の志のやむことを得ざればなり見る 0000_,18,234b29(00):人此に僻することなかれ。享保十二年の秋の頃。殊 0000_,18,234b30(00):勝の大曼陀羅を得らる。抑此曼陀羅は往昔華洛の無 0000_,18,234b31(00):塵居士靈夢によりて岩倉山において九色の彩土を感 0000_,18,234b32(00):得せり。委しきことは義山上人の述奬記にあり洛北報恩寺古澗和尚其彩具 0000_,18,234b33(00):をもて。大曼陀羅四幅を畵く。今の聖圖は其隨一な 0000_,18,234b34(00):り。しかるに深き因縁ありて。右の大曼陀羅を勢州 0000_,18,235a01(00):山田の淸雲院よりゆづり受られける。今圓成寺の曼 0000_,18,235a02(00):陀羅堂に安置せるこれなり。 0000_,18,235a03(00): 0000_,18,235a04(00): 0000_,18,235a05(00): 0000_,18,235a06(00): 0000_,18,235a07(00): 0000_,18,235a08(00): 0000_,18,235a09(00): 0000_,18,235a10(00): 0000_,18,235a11(00): 0000_,18,235a12(00): 0000_,18,235a13(00): 0000_,18,235a14(00): 0000_,18,235a15(00): 0000_,18,235a16(00): 0000_,18,235a17(00):關通和尚行業記卷之上 0000_,18,235b18(00):關通和尚行業記卷之中 0000_,18,235b19(00): 0000_,18,235b20(00):師。唯みづから空門に入るのみにあらず。父母兄弟 0000_,18,235b21(00):をはじめ親族多く勸て塵家を出さしむ。師の父は敎 0000_,18,235b22(00):岸母は妙敎といふ。西方寺を去事遠からずして艸庵 0000_,18,235b23(00):を結び。母妙敎を此に居らしめ。父敎岸は寺に迎て孝 0000_,18,235b24(00):養せられき。敎岸最初彼一念義にしたがひて數遍の 0000_,18,235b25(00):稱名を勤るにこころなし。師深くこれを悲み常に慰 0000_,18,235b26(00):諭し。ねんごろに數遍をすすめられしかど。信受の 0000_,18,235b27(00):色もなかりしが。つひには日課一萬聲を強て誓約さ 0000_,18,235b28(00):せしめられしほどに。その後はせんかたなく。等閑 0000_,18,235b29(00):がてらにこれを修せられけり。師誠を凝して佛の護 0000_,18,235b30(00):念を請。怠りなく父の正念往生を祈願せられしが。 0000_,18,235b31(00):享保十三年七月初旬より。病に臥し病中好相を感得 0000_,18,235b32(00):し。年來の確執たちまちにぬけ。ことさらに師に向 0000_,18,235b33(00):て前非を悔ひ敎導の恩を謝し。餘事を談ぜず。一心 0000_,18,235b34(00):に念佛し同廿一日正念にして終られける。委くは隨 0000_,18,236a01(00):聞往生記のごとし。案ずるに師。先に老禪の敎誡に 0000_,18,236a02(00):よりて。行脚を止られてより。修行日を追て增進す 0000_,18,236a03(00):るのみならず。師僧父母へもかく孝養を遂られけ 0000_,18,236a04(00):る。實に老禪の敎誡。師においてかぎりなき巨益あ 0000_,18,236a05(00):りける。また師みづから孝道を行ずるのみならず。 0000_,18,236a06(00):人をもをしへて孝養をなさしめ。かつ敎ていはく。 0000_,18,236a07(00):夫孝に始あり終あり。父母をして此世に安住せしむ 0000_,18,236a08(00):るは。世間の孝なりこれを始とす。後世を安樂なら 0000_,18,236a09(00):しむるは。出世の孝にして吾道これなり。此を終と 0000_,18,236a10(00):す。孝の大なるものは。これなりと示し申されけ 0000_,18,236a11(00):る。 0000_,18,236a12(00):西方寺に。往詣するもの日日に多かりければ。享保 0000_,18,236a13(00):十七年の春。此寺に不斷念佛を開始せらる。此以 0000_,18,236a14(00):後。師建立の寺院いづれも六時勤行總衆上堂。常行 0000_,18,236a15(00):念佛番次出勤是を定式とす。師曾て其意趣を述て門 0000_,18,236a16(00):人に示していはく。光明大師のたまはく。一心專 0000_,18,236a17(00):念彌陀名號。行住坐臥不問時節久近念念不捨 0000_,18,236b18(00):者。是名正定之業順彼佛願故と。しかるに今時 0000_,18,236b19(00):遁世出家の人。はじめのほどは勇ましく念佛すれと 0000_,18,236b20(00):も。稍年月を歷ぬれば。多くは道念銷亡して佛祖の 0000_,18,236b21(00):敎誡を護らず。世上の無常におどろかず。正業を懈 0000_,18,236b22(00):廢して。空しく光陰をおくり。つひに此度の往生を 0000_,18,236b23(00):あやまつにいたる。われこれを悲しみ思ふにより 0000_,18,236b24(00):て。所所に道塲を營構し。遁世出家の人をあつめて 0000_,18,236b25(00):共住せしめ。隨分の道心退轉なく。一期稱名相續さ 0000_,18,236b26(00):せしめんために。吉水大師の道塲に入りて。或は三 0000_,18,236b27(00):時六時などに念佛すべし。もし同行などあまたあら 0000_,18,236b28(00):ん時は。かはるかはる入りて不斷念佛にも修すべし 0000_,18,236b29(00):と。のたまへる御語に順據し。六時勤行不斷念佛を 0000_,18,236b30(00):もて定規とす。もしその幼歳にして薙染し藉を敎黌 0000_,18,236b31(00):に通するの輩は。六時の勤行内陣に出て。寺規に依 0000_,18,236b32(00):凖して禮讃誦經を兼修すべし。勤行の餘暇は。寸陰 0000_,18,236b33(00):を惜てもはら宗書を學し。傍に他家を探り。眞實に 0000_,18,236b34(00):自家の安心を學得して。行業を策勤し。正見に佛門 0000_,18,237a01(00):の敎義を研覈して。宗乘を荷扶すべし。もしその晩 0000_,18,237a02(00):年に落髮するものは。六時の勤行外陣に出て。單に 0000_,18,237a03(00):念佛を修し。其外にまた晝夜輪次に入堂して。不斷 0000_,18,237a04(00):念佛を修すべし。その餘暇房室に入りて休息するに 0000_,18,237a05(00):も。手に念珠をはなたず。稱名懈らざれ。或は佛殿 0000_,18,237a06(00):外庭等を掃除し。或は臨時の衆務をいとなむ等の時 0000_,18,237a07(00):も。口常に稱名して。漫に世事を談ずることなかれ 0000_,18,237a08(00):凡萬善を懈怠し衆惡を造作する。皆是無常を忘るる 0000_,18,237a09(00):がゆへなり。されば發心入道の僧尼は。いかにもし 0000_,18,237a10(00):て心に無常をわすれず。口に稱名たえぬやうにし。 0000_,18,237a11(00):修行日日に增進せんことを要せよ。もし心緩漫にし 0000_,18,237a12(00):て稱名懈りがちになりゆかば。御傳語燈錄。三部の 0000_,18,237a13(00):假名鈔。念佛名義集。一言芳談。撰集抄。長明發心集。 0000_,18,237a14(00):閑亭後世物語。無能和尚行業記などの書を。よりよ 0000_,18,237a15(00):り熟讀して心を勵まし。また同法正見の人とまじは 0000_,18,237a16(00):りを結びて。親くかたりあはせ。たがひに敎誡して 0000_,18,237a17(00):或は安心をただし。或は修行を勇進し。或は境界を 0000_,18,237b18(00):如法にし。繫着をはなるべし。冀はくは門下に共住 0000_,18,237b19(00):するの衆等。わが此志願にもとる事なく。寺の淸規 0000_,18,237b20(00):をまもりて。自己の心操をたて。願行相續して往生 0000_,18,237b21(00):の素懷を遂げらるべしと。示し申されける。なほ師 0000_,18,237b22(00):のさだめおかれし規則。すべて一十三規百有餘條あ 0000_,18,237b23(00):り。文繁ければここに漏し侍る。同國の府名護屋に 0000_,18,237b24(00):加藤氏なるものあり。師に歸する志せちなりける 0000_,18,237b25(00):が。此不斷念佛開闢ありしことを。深く隨喜し。永 0000_,18,237b26(00):く寺の外護となりける。其のち享保二十年の冬のこ 0000_,18,237b27(00):ろ。新に長丈六の彌陀の大像を造立して本尊となし 0000_,18,237b28(00):奉り。佛殿僧房前觀を一洗し。經堂寮舍。日を追て 0000_,18,237b29(00):經始せられける。 0000_,18,237b30(00):享保二十年の夏。藩邸の。中西甚五兵衞といへる人 0000_,18,237b31(00):の母。一日齋を設けて。師を請し供養せらる師ため 0000_,18,237b32(00):に。世の常なきありさま。本願念佛のたのもしく修 0000_,18,237b33(00):しやすき趣など。祖師先德の法語を引て。丁寧に敎 0000_,18,237b34(00):誨せられければ。母をはじめ。その座にありあふ人 0000_,18,238a01(00):人。願生の安心を决し。日課念佛を誓約しける。後 0000_,18,238a02(00):に師。其一日の法語を筆記し。後世の土産と名つけ 0000_,18,238a03(00):て。同法の人にあたへらる。今印版せるこれなり。 0000_,18,238a04(00):師一日。衆に告ていはく。予この西方寺を改めて。 0000_,18,238a05(00):如法の律塲となし。有識の大僧を請じて主席とせん 0000_,18,238a06(00):と欲す。汝等みづから機分をはかりて。よく堪んと 0000_,18,238a07(00):思はんものは奉律隨侍し。如法修行すべしと。時に 0000_,18,238a08(00):一僧。 に問ていはく。此寺今規則嚴にして。淨業 0000_,18,238a09(00):榮祖道を輝すに足れり。しかるを。ことさらに改て 0000_,18,238a10(00):律院としたまはむこと。いかなる御意といふことを 0000_,18,238a11(00):しらず。また我門の意は。自身を出離無縁と思ひく 0000_,18,238a12(00):だして。仰て佛願をたのむを要とするにあらずや。 0000_,18,238a13(00):さるを持律とてことごとしくし侍りなば。意樂もま 0000_,18,238a14(00):た隨て宗意にたがひやし侍ん。此事いかがに候や 0000_,18,238a15(00):と。師答ていはく。それ毘尼住する處には法住し毘 0000_,18,238a16(00):尼廢するところには法廢すといへり。ここに照譽上 0000_,18,238a17(00):人臨末に。當寺を予に附屬し。淨法をして永く絶え 0000_,18,238b18(00):ざらしめ。益を無窮にほどこせと。ねもころに遺屬 0000_,18,238b19(00):したまひし言の重ければ。予毘尼を當寺に起して。 0000_,18,238b20(00):佛法の壽命を。ここに長久ならしめんと欲するな 0000_,18,238b21(00):り。又明律の比丘僧を請じて住持せしめば。これに 0000_,18,238b22(00):親近し。その風を見聞せんもの。おのづから沙門の 0000_,18,238b23(00):止作の事をしり。慚愧を生して。正見實行の門に入 0000_,18,238b24(00):るの因縁となるべきか。もし然らは。弊風ここに一 0000_,18,238b25(00):轉し。宗化更に輝をますべしまた持律とてさまをか 0000_,18,238b26(00):へば。意樂も隨ひて宗意に背んといふこと。それは 0000_,18,238b27(00):各意に依るべきなり。その戒律に從事せん人。思ひ 0000_,18,238b28(00):たまふべきやうは。善導大師のことき。護戒至て謹 0000_,18,238b29(00):密にして。南山讃じて律制に越えたりとす。しかれ 0000_,18,238b30(00):どもなほ自身を罪惡生死の凡夫と下して。偏に佛願 0000_,18,238b31(00):を仰信したまふ。われらいかにぞわづかに戒律を持 0000_,18,238b32(00):て。我慢勝他の念をおこし。事を護律によせて。稱 0000_,18,238b33(00):名正業を懈るべけんやと。かく意を用ひてしかも戒 0000_,18,238b34(00):律を堅持したまはば。ただその自己の意樂よく。宗 0000_,18,239a01(00):意に相應して。稱名勇進に便あるのみにあらず。僧 0000_,18,239a02(00):寶軌範ありて法久く住し。正化長く絶ることなから 0000_,18,239a03(00):む。予が微志ここにありと答られけり。かくて師い 0000_,18,239a04(00):よいよ律院開創のことを國廳に達しかつ本山に力請 0000_,18,239a05(00):せられぬ。およそ國廳に以聞せらるること七十二箇 0000_,18,239a06(00):度。本山に往反せらるる事三十六廻。享保十八年に 0000_,18,239a07(00):おこり元文元年にいたるまで。諸の勞苦を經て。や 0000_,18,239a08(00):うやく宿望を遂げ。西方寺を轉じて。圓成律寺と名 0000_,18,239a09(00):け。慈興山とあらためられける。師事を武府の敬首 0000_,18,239a10(00):和上に啓し。その肖像を迎へて。律院開祖の標凖と 0000_,18,239a11(00):なすここに三河國。深見崇福寺の義燈比丘は。博學 0000_,18,239a12(00):の義龍明戒の律虎なりしが。すなはち敬首和上の指 0000_,18,239a13(00):揮により。義燈比丘をして。此等に移住せしむこれ 0000_,18,239a14(00):より。律語の淸規は。もはら和上に則り。淨業の規約 0000_,18,239a15(00):は。一に師に依凖して。持戒念佛の道塲となりける。 0000_,18,239a16(00):師は志願成して後。寺務を遁れて。自行ますます精 0000_,18,239a17(00):勤せらる。延享二年義燈比丘長逝せられければ。可 0000_,18,239b18(00):圓比丘をして席を繼しめ。門人海音をして隨へて奉 0000_,18,239b19(00):律せしめ。後進具して亦この寺の主たらしむ。 0000_,18,239b20(00):師。一期毎歳。臘月日を剋して。佛名禮懺會を修 0000_,18,239b21(00):し。また同月晦日の日沒より。正月八日の日中にい 0000_,18,239b22(00):たるまで。別時念佛を勤修せらる。すなはち師の創 0000_,18,239b23(00):立せられし寺院。みな恒例の式とせり。元文二年の 0000_,18,239b24(00):正月。師圓成寺の別房にして。別時念佛を修せらる 0000_,18,239b25(00):る間に。感得のことありて。本願念佛燧袋鈔の艸稿 0000_,18,239b26(00):成り。寬保三年梓に上せ世に弘めらる。その艸稿の 0000_,18,239b27(00):略にいはく。すでに執持名號。一心不亂と説たまへ 0000_,18,239b28(00):ば。唯一向に。稱名の一行に結歸すべきことぞと覺 0000_,18,239b29(00):え侍る。とてもわがちからにてならぬ往生なれば。 0000_,18,239b30(00):こざかしき心をうちすて。うらうらと本願を信し奉 0000_,18,239b31(00):りてとてもかくても。のふ助たまへと。阿彌陀如來 0000_,18,239b32(00):へわが身一期を打まかせ。ただ口に南無阿彌陀佛と 0000_,18,239b33(00):唱べし。本願の念佛ひとり立させて。赤子念佛がよ 0000_,18,239b34(00):きなり。南無阿彌陀佛と申外に。とあらん。かくあ 0000_,18,240a01(00):らんと思ふは。やがて別の心をなすにて。はや本願 0000_,18,240a02(00):にとほざかるなり。仰て本願をたのみ。一脈に南無 0000_,18,240a03(00):阿彌陀佛と申て。別の心をなす事なかれ。もしまた 0000_,18,240a04(00):別の心發りたりとも。やれ往生かなはじと思ふて。 0000_,18,240a05(00):本願に遠ざかることなく。此時またおして。あああ 0000_,18,240a06(00):さましのわがこころかな。かくこざかしき心ゆゑ。 0000_,18,240a07(00):曠劫以來つらき迷をなし。つたなき報を受しに。こ 0000_,18,240a08(00):りずも亦三惡の火坑にかへらんとて。如來大悲の本 0000_,18,240a09(00):願に遠ざかることの悲しさよと。頭をたたき手を 0000_,18,240a10(00):合。ただ一脈に念佛して。本願にもとづくべし乃至直 0000_,18,240a11(00):正直に他力本願を信じて。唯一向に念佛すべし。 0000_,18,240a12(00):又いはく。實は凡夫の力にて。報土往生かなひがた 0000_,18,240a13(00):き事なり。されども本願に乘ずれば。凡夫そのまま 0000_,18,240a14(00):上品往生することも。またまた至てやすきことなり 0000_,18,240a15(00):乃至唯正直に本願を信受して唯一向に念佛すべし。 0000_,18,240a16(00):又云。南無阿彌陀佛と唱るは。生死の關の王印な 0000_,18,240a17(00):り。南無阿彌陀佛と唱るは。安心なり起行なり。南 0000_,18,240b18(00):無阿彌陀佛と唱る外に。安心なし起行なし乃至讃歎せ 0000_,18,240b19(00):んもいとおそろしき本願ぞかし。只ひたすらに仰信 0000_,18,240b20(00):して。前後左右のわけもなく。唯一向に念佛すべ 0000_,18,240b21(00):し。 0000_,18,240b22(00):又自得章云。南無阿彌陀佛と申せば。極樂に往生する 0000_,18,240b23(00):ぞと聞て。うらうらと思ひつき南無阿彌陀佛と唱へ 0000_,18,240b24(00):居て往生を遂る人は。單直仰信の大機と申て。いと 0000_,18,240b25(00):も目出度不可説の行者なり。これ本願第一の機な 0000_,18,240b26(00):り。はや五劫思惟など本願のいはれを聞わくるは次 0000_,18,240b27(00):なり。しかるに予年來他事なく唯一向に稱名すれど 0000_,18,240b28(00):も。妄念むねにふたがり。拂ひかねたる時は。せこ 0000_,18,240b29(00):にこめられたる鹿とは。此事ぞと遠慮なく聲うちた 0000_,18,240b30(00):て南無阿彌陀佛と申ちらして其時をにぐるなり。し 0000_,18,240b31(00):かしながらぬる間も靜ならぬは妄念なり。常になが 0000_,18,240b32(00):るる川のごとくにてたえまはなきなり。南無阿彌陀 0000_,18,240b33(00):佛と申せば。足のしたの水のふみきらるるやうに思 0000_,18,240b34(00):ひながすばかりなり。或時はかたばかりのやうな 0000_,18,241a01(00):る好相に驚き。さては我こそとよろこび。又は感夢 0000_,18,241a02(00):などを貴く思ひ。或は日課の勇進せらるる日はうれ 0000_,18,241a03(00):しや往生こそ決定よと悅び。又は世事にさへられ。 0000_,18,241a04(00):或は病縁にさへられて課佛を减する日は。やれ悲し 0000_,18,241a05(00):助給へと念念ごとに思はれて。こはいかにも本願に 0000_,18,241a06(00):乘ぜぬゆゑか。但し乘じたるやと。かく心のうかれゐ 0000_,18,241a07(00):たる時は。實に如來の本願あやまり給はずは。かな 0000_,18,241a08(00):らず助たまふものをと。おして打しづむる時もあ 0000_,18,241a09(00):り。或は佛像などの夢も月日隔ててたえだえなれ 0000_,18,241a10(00):ば。これまた身のあしさ心のととのはぬゆゑかと思 0000_,18,241a11(00):はれて。ややもすれば慙愧懺悔に意をとられ。時と 0000_,18,241a12(00):してわが身のよくなりたき事を念じ。心のととのへ 0000_,18,241a13(00):たき事を思ひ胸ぐるしければ。聲につきたる往生な 0000_,18,241a14(00):れば。夢にも好相にもよるまじき往生ぞと思ひなが 0000_,18,241a15(00):して念佛しける時もあり。また佛像にむかふ度ごと 0000_,18,241a16(00):にしきりに助給へと思はれて。たとき折にはさては 0000_,18,241a17(00):殊勝なる佛像の德なりと思ひよりて。われもよき尊 0000_,18,241b18(00):像を安置して。常に拜せばやなどまたたちかへりわ 0000_,18,241b19(00):づらはしくてやみぬ。兎角やみやみとして決定心の 0000_,18,241b20(00):たちがたきなり。しかあれとも本願に乘と乘らぬと 0000_,18,241b21(00):の譯。口には説きかせて他の人は决定心を發せど 0000_,18,241b22(00):も。ただわか意には落居せざりしに。何事も時節の 0000_,18,241b23(00):來れば埓明ことにて侍るにや。今宵の只今こそ念佛 0000_,18,241b24(00):者の報土往生することは。偏に本願不思議法爾自然 0000_,18,241b25(00):の道理なりと。なにとなくころりと决定せられ侍 0000_,18,241b26(00):る。これもげに多年唱へし御恩ぞと。心もやすく身 0000_,18,241b27(00):もかろかろと。御念佛も一入勇のつきたる心地し 0000_,18,241b28(00):て。一向口稱三昧に决定せられ侍る。しかも平日勸 0000_,18,241b29(00):化の趣に少もたがひたるにはあらず。多年苦勞に思 0000_,18,241b30(00):ひしことの一時に決定せられければ。大歡喜のお 0000_,18,241b31(00):こりたる此うれしさを今一度のべ申べし。喩ば。石 0000_,18,241b32(00):と鐵と打合す時は。自然と火が出るなり。これ法爾 0000_,18,241b33(00):自然の道理にて。いかなる故としられず。ただ石と 0000_,18,241b34(00):鐵との天然不思議の妙なり。これをいかなる道理 0000_,18,242a01(00):ぞと。千萬年文殊の智惠をもて考るとも。更にその 0000_,18,242a02(00):道理合點ゆくまじ。石と念佛鐵と本願打合せさへすれば 0000_,18,242a03(00):火が出る往生ものと。疑ひあやしまぬが安心決定法爾の 0000_,18,242a04(00):道理をしるといふべし。されば今彌陀の本願は。稱 0000_,18,242a05(00):名をもて本願としたまへば。只南無阿彌陀佛と申せ 0000_,18,242a06(00):ば。決定して往生せらるるぞと信ずるが第一よきな 0000_,18,242a07(00):り。これ本願自然の道理なるを。いかなるゆゑあり 0000_,18,242a08(00):て往生するやらんと、千萬年を經て考へ百千の不審 0000_,18,242a09(00):をひらき。八萬の法門を明らむるともしるべから 0000_,18,242a10(00):ず。凡夫の報土往生することは。三賢十地の菩薩す 0000_,18,242a11(00):ら。なほはかりがたしとのたまへり。いはんやわれ 0000_,18,242a12(00):らごときの所知に及んや。ただ佛智不思議の妙願力 0000_,18,242a13(00):なれば。往生するはづと合點するまでのことなり。 0000_,18,242a14(00):本願不思議の道理なれば。ただ南無阿彌陀佛と申せ 0000_,18,242a15(00):ば。極樂にゆくぞと思ひとりて。疑ひあやしまぬが 0000_,18,242a16(00):本願に乘するとは申なり。正定之業と釋したまへ 0000_,18,242a17(00):ば。念佛者の極樂に往生せんことは。まさしき定業 0000_,18,242b18(00):としるべし。鐵をもて木を打に火出ず。石をもて木 0000_,18,242b19(00):を打に火いです。金銀をもて石を打に火いです。た 0000_,18,242b20(00):だ石と鐵となればよく火の出るなり。兎角われらご 0000_,18,242b21(00):ときの不斷煩惱の石は妄念中に唱る念佛本願の南鐵にあらざ 0000_,18,242b22(00):れば。法性無生の火は報土往生出ぬなり。三歳の小兒と 0000_,18,242b23(00):いへども。石と鐵と打さへすれば。火の出るやう 0000_,18,242b24(00):に。いかなる愚鈍無智といへども。南無阿彌陀佛と 0000_,18,242b25(00):だに唱ふれば。決定して往生するなり。本願に相應 0000_,18,242b26(00):せぬ。金銀瑠璃をもちかけて。火をとらんと勞する 0000_,18,242b27(00):ことなかれ。兎角石と鐵とにて火の出るが。自然不 0000_,18,242b28(00):思議の道理なり。物の道理不可思議に妙なること 0000_,18,242b29(00):を。これはいかなるゆゑぞと。強て思議するを強思 0000_,18,242b30(00):議の難とて。狂人の一分にて迷の根元なり。なにご 0000_,18,242b31(00):とにも法爾の道理。不思議奇妙といふことのあるも 0000_,18,242b32(00):のぞと。そのことことに合點して。疑ひあやしまぬ 0000_,18,242b33(00):を。決定心のある人といふべし乃至この本願名號は時 0000_,18,242b34(00):も處もえらびなく。身のけがれ心のみだるるもさら 0000_,18,243a01(00):にへだてず。唯南無阿彌陀佛と唱ふれば。決定往生 0000_,18,243a02(00):の埓にいるなり。只申せば本願に乘じて。決定往生 0000_,18,243a03(00):するぞと信じて。一期退轉なければ。終焉の引接た 0000_,18,243a04(00):がひなく。上品の往生決定なり等と。 0000_,18,243a05(00):以上は。師艸稿せられし時の。自筆の書をもて 0000_,18,243a06(00):略出しぬ。ただし夾註は私にくはふる所なり。 0000_,18,243a07(00):師老後に此書の因由を語ていはく。予幼年の昔よ 0000_,18,243a08(00):り。ひたすら稱名し侍しゆゑ。おほかたに此度往生 0000_,18,243a09(00):せんとはおもひしかど。なほややもすれば疑滯なき 0000_,18,243a10(00):にあらす。そのゆゑは。稱名烈しくすすみ。妄念す 0000_,18,243a11(00):べてやみ。隨分の感夢なども見侍る時には。往生 0000_,18,243a12(00):も決定と思はるれども。或は病縁。或は世務さはり 0000_,18,243a13(00):をなして。日課をだにも自然とおこたる時には。往 0000_,18,243a14(00):生もいかがと。兎角機につきて思議し。あやぶむ心 0000_,18,243a15(00):おこり。凡夫入報土の敎理。今少し鞵をへだてて癢 0000_,18,243a16(00):をかく心地なりければ。常にただ此一事のみ劬勞 0000_,18,243a17(00):に思ひしに。去ぬる元文二年の正月。別時念佛を修 0000_,18,243b18(00):する第四日の夜。亥の剋ばかりとおぼゆるに。稱名 0000_,18,243b19(00):聲すみて攀縁すべてやみ。恍然として眠に似たり。 0000_,18,243b20(00):時に阿彌陀佛相好殊妙にして。空中に現しまのあた 0000_,18,243b21(00):り告給はく。凡夫念佛して極樂に往生することは。 0000_,18,243b22(00):大悲本願神變加持の秘術。不思議法爾の道理なり 0000_,18,243b23(00):と。予明かにこれを拜聽し奉り。歡喜身にあまり感 0000_,18,243b24(00):涙袂にみつ。予その時。凡入報土は。既に是本願大 0000_,18,243b25(00):悲の不思議。神變加持の秘術なれば。いかんぞ凡夫 0000_,18,243b26(00):の心をもて。その旨趣を量りしるべきやと。豁然と 0000_,18,243b27(00):して今宗出離の故實を了得し。機情の解會ここにお 0000_,18,243b28(00):いて頓に除ぬ。年來はおのれが機につきて。とやか 0000_,18,243b29(00):く思議せしゆゑに。危ぶむこころのやまざりしに。 0000_,18,243b30(00):今本願を仰信すれば。げにもやすき往生なり。それ 0000_,18,243b31(00):石をもて鐵に打合すれば。火必出づ。世間淺近の事 0000_,18,243b32(00):すらなほかくのごとく。法爾自然の道理。不可思議 0000_,18,243b33(00):なるものなり。いはんや深妙の佛法においてをや。 0000_,18,243b34(00):ましていはんや。本願大悲。神變加持の秘術におい 0000_,18,244a01(00):てやと。ふかく此道理を信知して。年來の疑慮。 0000_,18,244a02(00):氷のごとくとけ。順次の往生。まことに手に物を取 0000_,18,244a03(00):得たる心地して。身心安適になり。稱名ことにいさ 0000_,18,244a04(00):ましくおぼえける。玆において。あはれ誰誰をも。 0000_,18,244a05(00):かくやすらかに安心なさしめ。ともに往生の望をと 0000_,18,244a06(00):げんものをとおもひ。すなはち。子の剋より筆をと 0000_,18,244a07(00):りて。自己決心の趣を。寅の剋までに艸書し侍る。 0000_,18,244a08(00):予また光明大師の敎に。所感の好相人に向て説くこ 0000_,18,244a09(00):とを制し給へる事をおもひ。すなはち。その艸稿を 0000_,18,244a10(00):凾底におさめて。かつて人にかたらず。かくて年月 0000_,18,244a11(00):を經るほどに。いつしか同法の人人。此書あること 0000_,18,244a12(00):をしり。これをよみて稱名勇進の一助にせんと。強 0000_,18,244a13(00):て請ひ求めらる。ここにおいてわれまたおもへら 0000_,18,244a14(00):く。彼光明大師の。人に向て説ことを制し給へる 0000_,18,244a15(00):は。たた淨土の依正を感見するにつきてなり。わが 0000_,18,244a16(00):所感の旨趣は。正しく往生の安心にあづかるなれ 0000_,18,244a17(00):ば。佛智これを世に傳へ。念佛往生の巨益。展轉し 0000_,18,244b18(00):て增多ならしめむことをほりし給ふにもやあらんか 0000_,18,244b19(00):と。つらつら此事をおもひて。遂にその求請に應じ 0000_,18,244b20(00):けり。有縁の緇素。これを讀て心を决し。行を起し 0000_,18,244b21(00):益を得るもの多かりければ。更に一二の祖釋を引加 0000_,18,244b22(00):へ。訂正して二卷とし。刻板せりと語られき。され 0000_,18,244b23(00):ば師先に伊勢においても。種種感得のことありし趣 0000_,18,244b24(00):なれども。决定心はまだおこらざる事を。常になげ 0000_,18,244b25(00):きて勤られしゆゑに。此靈告を得て落居せられし 0000_,18,244b26(00):歟。但し靈告によりて。决定せらるべくは。年來種 0000_,18,244b27(00):種の感得あれども。或時は决定し。或時は决定せら 0000_,18,244b28(00):れずと。すでにみづから述られしをおもふに。これ 0000_,18,244b29(00):靈告によるとはいへども。その實は因縁到來し。な 0000_,18,244b30(00):にとなく决定せられ侍るならん。さればこそ。師常 0000_,18,244b31(00):に好相靈夢をたのむものを呵して。ただ本願の念佛 0000_,18,244b32(00):こそと。すすめられし。乞願は。この鈔を信せん 0000_,18,244b33(00):人。靈告を執して高く師に讓ることなく。ころりと 0000_,18,244b34(00):决定せられしことを。近くわがみにひきうけ給へ。 0000_,18,245a01(00):もしくはこれ師の本意ならんかと。恐をかへりみ 0000_,18,245a02(00):ず。この言をそへぬ。 0000_,18,245a03(00):陸奧國。常樂寺月泉禪師は。敎外の英徹。悟道の達 0000_,18,245a04(00):士なり。門下にもまた泉了。默午などいへる高德あ 0000_,18,245a05(00):りて。芳名四方に聞えける。元より師の道化を。き 0000_,18,245a06(00):きおよばれしが。あるとき此燧囊を得て。熟讀せら 0000_,18,245a07(00):るる事數遍。ふかくその旨に歸し。まことに此書は 0000_,18,245a08(00):末代長夜の燈明。衆生濟度の舟航なりとて。隨喜の 0000_,18,245a09(00):あまり。序文を制して遠くおくられける。 0000_,18,245a10(00):元文二年夏のすゑ。師圓成寺をいでで。同州津島の 0000_,18,245a11(00):會光庵に移り。いくほどなくて。同國六句の艸庵。 0000_,18,245a12(00):或は三州黑瀨の放光寺なとに移住せらる。摠じて師 0000_,18,245a13(00):一期の間。西方寺に住持せられし後は。さだまれる 0000_,18,245a14(00):居處なく。縁にしたがひて止寓し。門人の住持せる 0000_,18,245a15(00):寺院へ到りても。いつまで滯留せんといふ定なく。 0000_,18,245a16(00):寺務にあづからず。繁をさけ。閑について行業を勵 0000_,18,245a17(00):むを先とせられき。また常課の稱號。先の勢州の願 0000_,18,245b18(00):文には。三萬以上修せんと誓はれしかども。平常日 0000_,18,245b19(00):日六萬以上。十萬をも修せられき。その稱佛字字分 0000_,18,245b20(00):明にして。闕略あることなし。又師はじめのほど 0000_,18,245b21(00):は。多く佛前に詣でで念佛せられけるが。老年にい 0000_,18,245b22(00):たりては靜室にこもりゐて念佛し。また毎夜丑の剋 0000_,18,245b23(00):過より。佛前に詣でで。閑に稱名せられき。無益の 0000_,18,245b24(00):談話をきらひて。遁れがたき用事にあらざれば人に 0000_,18,245b25(00):應對せず。聖敎を披閲し。法語名號等を書れける時 0000_,18,245b26(00):も。口に絶えず稱名せらる。又蜎飛蝡動の類を見。 0000_,18,245b27(00):あるひは道にて牛馬などに行逢れけるときも。かな 0000_,18,245b28(00):らず聲を勵し。念佛してすぎられき。又放生の魚鳥 0000_,18,245b29(00):など持來れば。生類は片時も早はなつべしとて。淨 0000_,18,245b30(00):水を加持して。それを魚鳥にそそぎ。念佛回願して 0000_,18,245b31(00):放されける。 0000_,18,245b32(00):尾張國津島郷。伴氏父子ともに。師に歸依すること 0000_,18,245b33(00):淺からず。師に投じて剃染せる尼衆を。一處に安住 0000_,18,245b34(00):せしめ。往生極樂の願行。堅固なることを得せしめ 0000_,18,246a01(00):んとて。同處に一寺を開創す。ここにおいて師。母 0000_,18,246a02(00):妙敎及侍尼等を移住させしめらる。のち貞壽寺とい 0000_,18,246a03(00):へるこれなり。師更に寺の淸規を建て。衆尼をして 0000_,18,246a04(00):かたく依行せしむ。衆漸く增して百口行におよぶ。妙 0000_,18,246a05(00):敎尼は師の孝養によりて。安穩に一期念佛相續し。 0000_,18,246a06(00):その最後には。師を知識として。寶曆五年七月十七 0000_,18,246a07(00):日此寺において。さはりなく終をとられき。往生先 0000_,18,246a08(00):後のこと。および外護伴氏臨終の勝相。貞壽建立の終 0000_,18,246a09(00):始。隨聞往生記にゆづりて筆を省きぬ。妙敎尼。命 0000_,18,246a10(00):果ののちは。師ことにその寺規を嚴重にせられける 0000_,18,246a11(00):が。明和二年師彼寺にいたり。衆尼をあつめて。ね 0000_,18,246a12(00):もごごろに垂誡し。予が沒後かたく此旨を依行すべ 0000_,18,246a13(00):しとて。すなはち其日警訓せられし五箇條のこと。あ 0000_,18,246a14(00):らかじめ書おきて。これをさづけらる。その書にい 0000_,18,246a15(00):はく。 0000_,18,246a16(00):一受がたき人身をうけ。値がたき佛敎にあひ。發し 0000_,18,246a17(00):がたき道心をおこし。出がたき恩愛の家をいで。 0000_,18,246b18(00):ことに難中之難。無過此難の本願念佛に値ひ。信受 0000_,18,246b19(00):し修行する身となりたること。これ實におぼろけ 0000_,18,246b20(00):のことにあらず。しかれば各各最初剃髮のときの志 0000_,18,246b21(00):を變ずることなく。常に世相の無常を思念し。諸の 0000_,18,246b22(00):雜縁をさけて。專心に稱名すべし。いかなる法要 0000_,18,246b23(00):の急務たりとも。もし日課念佛のさはりとなら 0000_,18,246b24(00):ば。これをさしおくべし。 0000_,18,246b25(00):一五戒八齋戒。十重禁戒かたくこれを護持して。廢 0000_,18,246b26(00):惡の用心緩漫なるべからず。それ戒は。却惡の先 0000_,18,246b27(00):陣佛法の大地なり。衆行まちまちなりといへども 0000_,18,246b28(00):同くこれによる。宜くこれを奉持して。身心を攝 0000_,18,246b29(00):護し。もて稱名を勵すべし。剃髮出家の本意。た 0000_,18,246b30(00):だ此事にあり。もしことを本願によせて。惡事を 0000_,18,246b31(00):かまへなし。心に虚假をたくはへて。行業をいつ 0000_,18,246b32(00):はりかざらば。すなはちこれ天魔の儻類にして。 0000_,18,246b33(00):佛弟子にあらず。かくのごとき人は。永く地獄に 0000_,18,246b34(00):墮して。出期あることなからん。恐るべきはもとも 0000_,18,247a01(00):此條なり。 0000_,18,247a02(00):一三部經。禮讃等をよみ覺えさせ。これを兼修せし 0000_,18,247a03(00):むることは。稱名正行を策進せしめ。かつこれによ 0000_,18,247a04(00):て文字をよみおぼえさせ。念佛の暇に。御傳。語 0000_,18,247a05(00):燈錄等をよましめん料なり。御傳及。和語燈錄は 0000_,18,247a06(00):つねにくりかへし拜誦して。大師の御敎訓を。心 0000_,18,247a07(00):にきと領納すべし。そのうへにて和字選擇集。三 0000_,18,247a08(00):部假名鈔を拜見すべし。右の御傳等にて。しかと 0000_,18,247a09(00):單信稱名の安心をさだめ。これらの書の趣に違ふ 0000_,18,247a10(00):勸化は。聞とも信用すべからず。またよりより 0000_,18,247a11(00):は。一言芳談。西行選集抄。長明發心集等を披閲 0000_,18,247a12(00):して。心に鞭うちて他念なく。念佛相續すべし。 0000_,18,247a13(00):されど安心と身持とはいささか差別あることなれ 0000_,18,247a14(00):ば。正見の知識に尋もとめて。左右の心得あるべ 0000_,18,247a15(00):きなり。 0000_,18,247a16(00):一衆尼のまじはり。事事眞實を盡して僞詐をいたす 0000_,18,247a17(00):ことなく常にたがひにいさめ。ともにはげまして。 0000_,18,247b18(00):如法に勤修すべし。 0000_,18,247b19(00):一臨終は一期の大事にて候あひだ。つねにこのこと 0000_,18,247b20(00):をかたり合せ。病の時は。たがひに實を盡して看 0000_,18,247b21(00):侍すべし。病の輕重によらず。必死の覺悟に住す 0000_,18,247b22(00):るが肝要のことなり。看病の人病者の心のおちつ 0000_,18,247b23(00):き。やすらかなるやうに理りを説きかせ。正念み 0000_,18,247b24(00):だれず。念佛相續して。さはりなく往生を遂るや 0000_,18,247b25(00):うに。眞實にとりあつかふべし。これ最要の大事 0000_,18,247b26(00):なり。等閑に思ふことなかれ。 0000_,18,247b27(00):右の五箇條は。衆尼をして正見に住せしめ。障なく 0000_,18,247b28(00):念佛相續して。決定往生の素懷を。遂しめんがため 0000_,18,247b29(00):に。これを書て授與するものなり。汝等師恩を報せ 0000_,18,247b30(00):んと欲せば。かたく上件の旨趣をまもり。一期退轉 0000_,18,247b31(00):なく念佛相續して。同しく極樂に生ぜよといふ。 0000_,18,247b32(00):明和二年三月廿二日 關 通 0000_,18,247b33(00):武江の道俗。師の正化の盛んなることを聞て。師を請 0000_,18,247b34(00):せんことを。靑山善光寺主にはかるに。寺主心を同し 0000_,18,248a01(00):て請ぜられければ。師錫を東に飛し。彼等において 0000_,18,248a02(00):説法せらる。又請を諸の寺院にうけ。處處に法筵を 0000_,18,248a03(00):開かれし。元文五年冬の頃。歸依の白衆古澤氏等相 0000_,18,248a04(00):寄て。淺艸今戸といふところに艸庵を營構して。憩 0000_,18,248a05(00):息の處になしたまへと申ければ。師すなはち寄寓し 0000_,18,248a06(00):獅子吼庵と名づけて。説法敎化せらる。門人阿仙。 0000_,18,248a07(00):縁山。一寮舍の主たりしが。師命して此庵に主たら 0000_,18,248a08(00):しむ。あるとし此庵にて。道俗に圓戒を授られし 0000_,18,248a09(00):に。前日晡時の頃にあたりて。一聚の光燈隅田川よ 0000_,18,248a10(00):り出て。しばらく浮漂し。とびきたり。庭なる榎樹 0000_,18,248a11(00):にかかりて照耀せり。見る人。これ海龍の燈を獻ぜ 0000_,18,248a12(00):しならんと沙汰し申けり。 0000_,18,248a13(00):師芝濱源光寺にて唱導せられしに。貴賤往詣し。化 0000_,18,248a14(00):に歸するもの數をしらず。此寺薩州太守の邸に隣近 0000_,18,248a15(00):せり。淨岸院夫人および。その翁主。師の道風に歸 0000_,18,248a16(00):し。日課念佛を誓約し。十念を受んことを望給ふとい 0000_,18,248a17(00):へども。國制に憚かりて。親しく面受を遂給ふこと 0000_,18,248b18(00):あたはず。しかるに師日日夫人の樓前を往還せら 0000_,18,248b19(00):る。此において夫人は。樓上にありながら師往還の 0000_,18,248b20(00):途のつひでに。日課誓約の作法を受んと。紹介をも 0000_,18,248b21(00):て請ひ給ひけれども。師肎はずしていはく。およそ 0000_,18,248b22(00):授受の法は。師は上にあり。受者は下にあるべきな 0000_,18,248b23(00):り。受者上に在り。師下に居ることを聞ず。すでに法 0000_,18,248b24(00):にたがへり。我なにとして請に應ずべきぞと申され 0000_,18,248b25(00):ければ。夫人その言を感じ。侍女某を源光寺に來ら 0000_,18,248b26(00):しめ。代受させ給ひける。それより夫人歸依淺から 0000_,18,248b27(00):ず。御念佛怠りなく。つひに目出たき往生を遂たま 0000_,18,248b28(00):ひける。その翁主も宿因にやありけん。信敬もとも 0000_,18,248b29(00):あつかりしに筑前太守の家に嫁したまひても。歸敬 0000_,18,248b30(00):本のごとくにてぞありし。つひに寶曆十二年功德主 0000_,18,248b31(00):として。獅子吼菴に不斷念佛を開白し給ひ。又師。 0000_,18,248b32(00):明和元年のころ。下谷安樂寺の廢を起さるるにおよ 0000_,18,248b33(00):びても大檀主となりたまひて。本尊殿堂房舍等こと 0000_,18,248b34(00):ごとく造立ありて。彼の不斷念佛をもここにうつさ 0000_,18,249a01(00):れける。 0000_,18,249a02(00):師。あるときおもへらく。夫選擇集は。實にこれ開 0000_,18,249a03(00):宗の根基。行者の明鏡なり。しかるに此書。初發心 0000_,18,249a04(00):の僧尼淸信の士女。讀み得るに便ならずとて。淨業 0000_,18,249a05(00):の暇國字に譯して刊刻せらる。たまたま筆工に乏し 0000_,18,249a06(00):かりければ。門人に命じて。雲行法師の書せる。和 0000_,18,249a07(00):語燈錄などの文字を。切わかち。選擇十六章の。文 0000_,18,249a08(00):文句句に植えつらねらる。三縁山の忍海上人隨喜し 0000_,18,249a09(00):て。畵圖をそへ貴顯縉紳序跋を選述し給ひ。修飾こと 0000_,18,249a10(00):なり。延享元年版にちりばめ世に行はれ。和字選擇 0000_,18,249a11(00):集といふ。また師。念佛名義集。三心要集。本願念 0000_,18,249a12(00):佛正義辨。本願念佛利益章などを。同しく國字に改 0000_,18,249a13(00):刻し。また元祖大師選述の。淨土宗略抄。往生要 0000_,18,249a14(00):義。念佛大意の三章をあつめて。一册子となし。宗 0000_,18,249a15(00):略大要義と題して。梓行せらる。これみな有信の道 0000_,18,249a16(00):俗をして。容易く宗祖の正義を。知らしめんとの老 0000_,18,249a17(00):婆心に侍り。 0000_,18,249b18(00):寬保元年師上洛して。はじめて四條金蓮寺におい 0000_,18,249b19(00):て。道俗を勸誘せらる。また淸淨華院貫主貞俊大和 0000_,18,249b20(00):尚も。師を祖堂に招て説法せんことを請ひたまひけ 0000_,18,249b21(00):り。抑當山は 禁闕の御内道塲にして。向阿上人。 0000_,18,249b22(00):五代の法燈をかがけたまふ御寺なればとて。師すな 0000_,18,249b23(00):はち一夏の間。歸命本願抄を講説し。二尊の本懷。 0000_,18,249b24(00):ただ本願の念佛にあるの旨。演説せられしかば。貴 0000_,18,249b25(00):賤渴仰し。課佛誓約の儔。日日に百をもて數ふべ 0000_,18,249b26(00):く。師に隨て剃染受戒するものも多かりし。其後も 0000_,18,249b27(00):また法筵をこの御寺に開れしこと度度なりし。 0000_,18,249b28(00):都下に喜庵といふ人あり。最後の一子に別れ。世の無 0000_,18,249b29(00):常に驚きて。眞實に後世をおそるる心おこりしかど 0000_,18,249b30(00):も。いまだ何れの法によりて。出離を得んとおもひ 0000_,18,249b31(00):さだむることもなければ。有縁の法に逢んことをね 0000_,18,249b32(00):がひて。日を期して。洛西太秦の興隆寺に參詣し。 0000_,18,249b33(00):藥師如來の像前において。深心に懇禱す。喜庵ある 0000_,18,249b34(00):夜の夢に。形貌雄偉なる神人來て告ていはく。今淸 0000_,18,250a01(00):淨華院において。よき説法あり。汝疾く行て聽受す 0000_,18,250a02(00):べしと。喜庵あやしみ思ひながら。明朝かの寺にい 0000_,18,250a03(00):たりてみるに。はたして師の説法あり。ここにおい 0000_,18,250a04(00):て虚夢たらざることをしり。師に歸して。ついに專心 0000_,18,250a05(00):念佛の行者となりける。 0000_,18,250a06(00):尾張國。山田氏圓輪といふもの。藥師寺則忍等とあ 0000_,18,250a07(00):ひ議して。府下朝日町の正覺院といふ廢寺を再創 0000_,18,250a08(00):し。師の興法利生の道場とす。圓輪寺これなり。 0000_,18,250a09(00):師。門人眞海をして住持せしめらる。すべて師建立 0000_,18,250a10(00):の寺院。みな照譽上人の名牌をたてて開祖とし。門 0000_,18,250a11(00):人の耆軰を主として。寺事を領ぜしむ。又師の一期 0000_,18,250a12(00):處處に精舍を創立せられけるに。本尊および莊嚴供 0000_,18,250a13(00):具には。心を用られしかども。堂宇においては。た 0000_,18,250a14(00):だ雨露をしのぐのみにて。世の經營を縡とせずいは 0000_,18,250a15(00):んや自己のためにとて。別室をいとなむことなく。た 0000_,18,250a16(00):だ房舍檐牖の下などに。わづかに膝を容るばかりの 0000_,18,250a17(00):ところを設けらるるのみ。師の造立。世の脩營にこと 0000_,18,250b18(00):なるところありける。 0000_,18,250b19(00):師。一日門人に告ていはく。それ一大藏經は。みな 0000_,18,250b20(00):これ。如來眞身の舍利。出世無上の珍寶なり大聖す 0000_,18,250b21(00):でに去り給ふといへとも。白法世に住し。西刹路を 0000_,18,250b22(00):通することは。偏にこれによれり。祖師黑谷の藏に入 0000_,18,250b23(00):てこれを閲覽し。專修の門をひらき給ふ。苟も護法 0000_,18,250b24(00):に志あらんもの。またなんぞ忽緖にせん。予願はこ 0000_,18,250b25(00):れを安置供養して。深重の佛恩を報し奉んとて。す 0000_,18,250b26(00):なはち淨貲を捨て。一大藏經をこの寺に請せらる。 0000_,18,250b27(00):しかれども寺境狹少にして。寶藏を建るに便りあし 0000_,18,250b28(00):かりければ。別に一室を營構して供養せらる。のち 0000_,18,250b29(00):縁山の雅山上人道話のついで。吾山藏經に乏しから 0000_,18,250b30(00):ず。宋。元。韓の三本あり。これむかし 神祖の寄 0000_,18,250b31(00):附あらせ給ひしなり。しかるに藏規嚴にして。大衆 0000_,18,250b32(00):の通覽に便ならず。別に一藏を置て披閲せしめんこ 0000_,18,250b33(00):と。余がふかく願ふところなりと申されけれは。師 0000_,18,250b34(00):隨喜して。すなはち此一切經本を移しおくらる。今 0000_,18,251a01(00):縁山。南溪酉蓮社の報恩藏に安せるこれなり。 0000_,18,251a02(00):寬延元年。徒弟海倫なるもの。城州葛野郡。唐橋の 0000_,18,251a03(00):里の觀音寺といふを。京洛加茂河の西。三本木に移 0000_,18,251a04(00):し一宇となさんと願ひしが功を果さずして終りぬ 0000_,18,251a05(00):師甚たこれを哀みまた徒中曇無にその志を繼しめら 0000_,18,251a06(00):るここに三河國岡崎に太田勝現といふ人師の化益を 0000_,18,251a07(00):して花洛にさかんにせまく樂欲し此開創をふかく隨 0000_,18,251a08(00):喜し堂舍を造營してつひに師の弘化の道塲となし眞 0000_,18,251a09(00):海をして尾州圓輪寺より移住せしめらる今の圓通寺 0000_,18,251a10(00):これなり後この寺徒衆日日に多くなりぬしかるに四 0000_,18,251a11(00):隣白屋にして寮室を營むに便なければ師門人等と相 0000_,18,251a12(00):議しかさねて洛北七本松の精舍を經始し。轉法輪寺 0000_,18,251a13(00):と號す。三州矢作の井上氏なるもの。およひその他 0000_,18,251a14(00):隨喜して費を助る人多く。寶曆六年より土木の功を 0000_,18,251a15(00):起せしが。同八年にいたりて。殿宇ことことく落慶 0000_,18,251a16(00):す。またあらたに。二丈四尺の坐像。通肩の彌陀尊 0000_,18,251a17(00):の大像を彫刻して。本尊となしたてまつらる。師造 0000_,18,251b18(00):立の願偈にいはく。 0000_,18,251b19(00):諸有衆生 或信不信 稱念瞻禮 結縁無窮 0000_,18,251b20(00):如來大悲 哀愍護念 順逆平等 引接極樂 0000_,18,251b21(00):手書の願偈。ならびに慧心僧都彫刻の立像。御高五 0000_,18,251b22(00):寸の彌陀如來一軀を。本尊の體内におさめらる。こ 0000_,18,251b23(00):こにおいて。尾張國。圓成寺主可圓比丘。および沙 0000_,18,251b24(00):彌淨行衆一十五人を。この寺に結夏させしめ。すな 0000_,18,251b25(00):はち可圓比丘を。本尊開眼の導師とせられける。寺 0000_,18,251b26(00):の來由は。唐橋亞相在家卿の洪鐘の銘のごとし。此造 0000_,18,251b27(00):營のことにつき。またはじめ三本木にして。專修勸 0000_,18,251b28(00):導の間にも。種種の障難ありしかども。かへりて師 0000_,18,251b29(00):の廣度衆生の助とこそなりにけれ。そののち主伴。 0000_,18,251b30(00):圓通寺よりこの寺に移住し。精勤進修せしかば。こ 0000_,18,251b31(00):れを追慕して。入衆するもの多く遂に徒衆百余口に 0000_,18,251b32(00):およびしなり。彼圓通寺は尼寺となし。師所度の尼 0000_,18,251b33(00):弟子を安輯せしめられき。此外洛西。安樂寺。即心 0000_,18,251b34(00):院。また尾張國。平島如意輪寺等の尼院。ことこと 0000_,18,252a01(00):く所度の尼僧にて。その數少なからず。規則嚴制。 0000_,18,252a02(00):貞壽寺のごとし。 0000_,18,252a03(00):師。ある時大原勝林院の。世に傳へて證據の彌陀と 0000_,18,252a04(00):いへる。丈六の本尊。かつて火災に罹り。面貌のみ 0000_,18,252a05(00):のこり給へるを得られき。のち明和五年。この面貌 0000_,18,252a06(00):を用ひて。本のごとく丈六の座像を。造立せられけ 0000_,18,252a07(00):る。また善光寺一光三尊の。銅像を摸し鑄らるるこ 0000_,18,252a08(00):と數體。有信の人に施與せられき。中において像の 0000_,18,252a09(00):面貌湯融ぜすして。瑕玼のあらはれしは。みづから 0000_,18,252a10(00):開眼供養せらるること。四十八度に及しが。のちに 0000_,18,252a11(00):は瑕玼も見えずなりて相好圓滿の像となり給ひしと 0000_,18,252a12(00):なり。 0000_,18,252a13(00):寬延二年。師。勸化本義を艸書せられき。曾て此書 0000_,18,252a14(00):の因由を談じていはく。凡諸佛世に出て。化をたれ 0000_,18,252a15(00):たまふことは。本意。ただ衆生をして。生死の長迷 0000_,18,252a16(00):を轉し。菩提の妙果を得せしめんがためなり。しか 0000_,18,252a17(00):るに佛また浮華の少益を兼説し給へることあるは。 0000_,18,252b18(00):ただこれ如來慈父劣機を。聖道に誘引したまふ。善 0000_,18,252b19(00):巧方便なり。しかあればいづれの宗にても。これを 0000_,18,252b20(00):眞實の意とはせざるなり。况我淨敎厭穢欣淨をもて 0000_,18,252b21(00):宗致とするをや。謹て案ずるに。法藏菩薩兆載永劫 0000_,18,252b22(00):の苦行は。ただこれ三學無分の衆生をして。たやす 0000_,18,252b23(00):く生死の苦域を出離せしめ。すみやかに無爲不退の 0000_,18,252b24(00):常樂を得せしめんがためなり。全く人中夢幻の少益 0000_,18,252b25(00):をあたへんとにはあらす。故に本願の文に。至心信 0000_,18,252b26(00):樂欲生我國といひて。誠信願生の一事をあげ。ちか 0000_,18,252b27(00):ひたまへり。これによて釋尊偏に願生をすすめ。諸 0000_,18,252b28(00):佛同く證誠をなし。祖師ねもころに厭欣を敎へたま 0000_,18,252b29(00):ふ。しかるに近世。この佛祖の本位をかへりみず。 0000_,18,252b30(00):もろもろの現世のことを勸示し。無智の男女をし 0000_,18,252b31(00):て。ただ厭欣の誠心を失はしむるのみならず。さら 0000_,18,252b32(00):に五欲の境界において。染執をまさしむ。それ現世 0000_,18,252b33(00):の果は。みな宿因にむくひ。貧富壽夭先業の逐とこ 0000_,18,252b34(00):ろなれば。佛力も轉じたまふことあたはず。因果必 0000_,18,253a01(00):然のことはり。たとへば豆を植て。麥を得ることあ 0000_,18,253a02(00):たはざるがごとし。さるを世人はかりなき。來生の 0000_,18,253a03(00):苦患を。遁んことを願はずして。かなはざる今世の 0000_,18,253a04(00):福樂を祈りもとめ。往生極樂の敎を聞てはものう 0000_,18,253a05(00):く。此世のつとめをなすには力をつくす。嗟呼愚な 0000_,18,253a06(00):るかな。たとひばたして所願意にかなひ。みな吉祥 0000_,18,253a07(00):を得とも。夢幻の一期また幾程の世ぞ。いはんや榮 0000_,18,253a08(00):華は開くとも。たもちかたく。災患は拂へども。又 0000_,18,253a09(00):きたる。いかにそこれをおもはざる。予年頃法話の 0000_,18,253a10(00):ついで。よりよりかくのごとく勸諭しけるに。或は 0000_,18,253a11(00):信ずるものあり。或は信ぜさるものもまた少から 0000_,18,253a12(00):ず。ここに去る延享のころ學友榮順といふ僧。たま 0000_,18,253a13(00):たま弊廬を訪ひ。道話この事におよび。問答義をな 0000_,18,253a14(00):せるうへ。榮順これを書に著して。時弊を救へとす 0000_,18,253a15(00):すめらる。此縁によりて。はじめて筆を起せり。一 0000_,18,253a16(00):部の所詮。破執救弊を要とす。見ん人峻拒したまふ 0000_,18,253a17(00):ことなかれと。談ぜられける。 0000_,18,253b18(00):寬延三年のころ。大和國。法隆寺北室院の法澤律師 0000_,18,253b19(00):を。尾張國。圓成寺に請じて。一夏の間。行事鈔を 0000_,18,253b20(00):講ぜしむ。律師はこれ。性相の長者。禪密の達士に 0000_,18,253b21(00):して。淸修卓行のほまれ世に高く。緇素賢愚。等く 0000_,18,253b22(00):尊崇す。洛西湛慧和上と道契ふかく。德門師等の進 0000_,18,253b23(00):具の證明師なりけり。しかるに師に歸依して。圓光 0000_,18,253b24(00):大師の一枚起請を。講せんことを請求せらる。師か 0000_,18,253b25(00):たく辭し申されしかども。逼請せられければ。やむ 0000_,18,253b26(00):ことを得ずして。遂に講筵を此寺に開かれき。講お 0000_,18,253b27(00):はりて。律師感歎したまひ。師の勸諭によりて。本 0000_,18,253b28(00):願念佛の絶功をしりけるとて。これよりのちは。自 0000_,18,253b29(00):行化化ともに口稱念佛をもて先務とし。法隆寺にか 0000_,18,253b30(00):へりて隨從の弟子等にも。專ら念佛を修せしめら 0000_,18,253b31(00):る。ここに人沙汰し申やう。口稱念佛は。餘のめで 0000_,18,253b32(00):たき修行觀法にたへざる人こそ勤べきに。律師のご 0000_,18,253b33(00):とき。戒律珠をかけ。諸宗の深義を。解しきはめた 0000_,18,253b34(00):まへる高僧には。いと不相應なる行法なり。そのう 0000_,18,254a01(00):へ甚深祕密を宗としながら。かく他の淺法を行ぜら 0000_,18,254a02(00):るること。いかにぞ宗祖の素意に違せざらんなど。 0000_,18,254a03(00):申よし聞えければ。律師そのことはりを通ぜんがた 0000_,18,254a04(00):めに。本願をたのみ。稱名を修する辨といふ文を書 0000_,18,254a05(00):して。その意趣を述られける。即ち辨にいはく 0000_,18,254a06(00):夫佛海廣シトイヘドモ。何レノ法カ迷ヲ反シ。生死 0000_,18,254a07(00):ヲ出離セシムルノ法ナラサラン。某幼年ニシテ佛門 0000_,18,254a08(00):ニ歸シ。漸ク法味ヲ餐ストイヘドモ。性質至愚ニシ 0000_,18,254a09(00):テ。唯ソノ名ニ潤テ。イマダ其源底ニ至ルコトアタ 0000_,18,254a10(00):ハズ。就中眞言敎ハ。廣ク事理ヲ張トイヘドモ。其 0000_,18,254a11(00):旨タダ即身成佛ニアリ。然ニ予金胎ノ大法ヲ修シ。 0000_,18,254a12(00):密灌ヲ受普ク五部ノ祕經ヲ傳トイヘトモ。我覺不生 0000_,18,254a13(00):ノ理リモソノ落著ヲ見ルコトヲ得ズ。如實知自心 0000_,18,254a14(00):モ夢海ニ望ムニ似タリ。又妙經ヲ法明ノ義瑞律師ニ 0000_,18,254a15(00):キキ。華嚴ノ松阜ノ鳳潭禪師及長時ノ湛惠和上ニキ 0000_,18,254a16(00):キ。ソノ外。倶舍。唯識。起信等ノ理モ悟ルコトア 0000_,18,254a17(00):タハズ。思フニ。某ガ愚ナルノミニ非ズ。其ノ之ヲ 0000_,18,254b18(00):講スル人モ。唯册子上ノ義理ニユタカニシテ。ソノ 0000_,18,254b19(00):義理ヲ去テノコトハイマタ至ラズ。指授マタ疎ソカ 0000_,18,254b20(00):ナルユヱニ。其益ナキコトヲ致ス者乎。是唯當今ノ 0000_,18,254b21(00):ミニ非ズ。在昔明惠上人。タダ名相ノ學ニ滯ルコト 0000_,18,254b22(00):ヲ歎ジタマヘリ。又予二十九歳ノ春。登壇受具スト 0000_,18,254b23(00):イヘドモ衣鉢ヲ護持スルノミニシテ。心理ノ蒙昧ニ 0000_,18,254b24(00):至テハ。俗流ト何ゾ異ナラン。是故ニ日夜ニ之ヲ悲 0000_,18,254b25(00):ミ終ニ思ヲ定ムラク。若我心地ヲ開悟スル師アラ 0000_,18,254b26(00):ハ。千里ヲ遠シトセスシテ是ヲ求ント。幸ナル哉波 0000_,18,254b27(00):州法常寺ノ大道禪師ハ。濟家ノ大善知識ナルコトヲ 0000_,18,254b28(00):キケリ。コレニ依テ。一切内外ノ資具ヲ放下シテ。 0000_,18,254b29(00):投シテ之ヲ扣ク。求ル心切ニ。敎ユル人モ又反覆セ 0000_,18,254b30(00):リ。是故ニ二旬ヲ越ズシテ。旨ニ達スルコトヲ得タ 0000_,18,254b31(00):リ。則禪師ノ印可ヲ蒙ル。玆ニ依テ。生佛事理色心 0000_,18,254b32(00):等ノ不二。阿字不生。諸法實相一成一切成等ノ法 0000_,18,254b33(00):門。一時ニ洞解スルコトヲ得タリ。然後十又五年ヲ 0000_,18,254b34(00):フレドモ。イマダ半箇一人モ他ヲ益スルコトヲ得 0000_,18,255a01(00):ス。利他ハ是菩薩ノ心ナルニ乖キ。自利ハ是レ聲聞 0000_,18,255a02(00):ノ行ニ落ルコトヲ歎ク。ココニ去ル夏。縁ニ牽レテ 0000_,18,255a03(00):尾州ニ下向スルコトアリ。念佛ノ法門ニ遇リ。而シ 0000_,18,255a04(00):テソノ要法ナルコトヲ感ス。剩關通上人ノ開示ヲ蒙 0000_,18,255a05(00):リ。稱名ノ行ノ近フシテ。妙ナル至理ヲ悟レリ。ソレ 0000_,18,255a06(00):淨土ノ敎ハ。機ハ上天親龍樹ヲ接シ。下ハ十惡五逆ヲ 0000_,18,255a07(00):モラサズ。又六萬七萬ヲ多シトセズ。一念十念ヲ少 0000_,18,255a08(00):シトセス。倶ニカノ報土ニ生スルコトヲ得。豈近シ 0000_,18,255a09(00):テ妙ナルニアラズヤ。是故ニ經ニハ難信之法ト歎 0000_,18,255a10(00):シ。明ノ藕益ハ。判シテ頓頓ノ敎トス。今時末世愚 0000_,18,255a11(00):夫愚婦ノ類。又六歳七歳ノ少兒。十反廿反ノ日課ニ 0000_,18,255a12(00):テ。來迎ヲ拜ミ終リヲ取テ。不退ノ地ニ生スルハ。 0000_,18,255a13(00):是諸經ニ明サザル所敎判ヲ超ヘ。演紙ヲ裂ノ法トマ 0000_,18,255a14(00):デ云ルルホドノ法門ナリ。至妙ノ法ト歎ジテ餘リア 0000_,18,255a15(00):リ。頓頓ト判シタマフ。實ニイハレナキニアラズ。 0000_,18,255a16(00):前ニモ申セシ如ク。何レカ成佛ノ法ナラサラン。但 0000_,18,255a17(00):智愚ヲ簡バス。信ヲ取テ口稱ヲ勤ムレバ。順次ニ報 0000_,18,255b18(00):土ヘ引接シタマフハ。餘尊ニナキ各別ノ本願ゾカシ 0000_,18,255b19(00):中ニモ愚惡ノ凡夫。我等如キヲ救フノ本願ノヨシ。大悲ノ深重。誰カ是レニ及ベキソレユヱニ。障ノ多 0000_,18,255b20(00):キ此土ヲ去リ。成佛シヤスキ。淨土ニ生ゼント願フ 0000_,18,255b21(00):モノナリ。又ハ一二ノ弟子アレドモ。愚ニシテ魯ナ 0000_,18,255b22(00):リ。何トゾ生死ヲ脱シメント思ヘドモ。方便玆ニ盡 0000_,18,255b23(00):ヌ。但此稱名ノ一法ノミ。カヤウノタスカル手筋キ 0000_,18,255b24(00):レタル者。稱名ダニスレバ。救タマフ大慈大悲ノ本 0000_,18,255b25(00):願ナレバ。自身モトナヘ。弟子等モ倶ニトナヘシ 0000_,18,255b26(00):メ。同ク生死ヲ出離セントナリ沙門ノ志。是ヲ本トスベシ。コノ外ハ。ミナ假令ノ 0000_,18,255b27(00):コトナルベシ又外外ヘモ聞ユルヤウニ。高聲ニ稱フルコト 0000_,18,255b28(00):ハ。佛名ノ聞モ廣大ノ功德ノヨシ。又ハ後後ノ結縁 0000_,18,255b29(00):ニモ。ナレカシ。又ハ稱フルヲ聞テ。眞實ニ一遍ナ 0000_,18,255b30(00):リトモ。稱フル人アレカシト存シ候シ。必シモ。名 0000_,18,255b31(00):利ヲ引ン爲ニハアラズ。猶本願念佛高妙ナルコト盡 0000_,18,255b32(00):ベカラズ念佛ノ行ハ詮方ナクテノコトノ樣ニ思フハ大ナル僻事ナリ次ニ引ク弘法大師ノ御詞フ見ルベシ又南山 0000_,18,255b33(00):大師ハ六時ニ勤ヨトノ玉ヒ。又懺悔ヲ明所ニハ念 0000_,18,255b34(00):阿彌陀佛十萬遍セヨト敎玉フ。已上業衆高野ノ明遍。僧 0000_,18,256a01(00):都ハ。籠山三十年ノ間六時ノ同音ノ念佛日日夜夜ニ。 0000_,18,256a02(00):オコタルコトナシト。又弘法大師ノ。明遍ニ定中ニ 0000_,18,256a03(00):示シ玉フ詞ノ中ニモ知與不知唱則遂往生。悟與 0000_,18,256a04(00):不悟稱亦叶本願口稱之上不可求心。聲聲則至 0000_,18,256a05(00):心也。常念之外不可尋行念念則正行也。故畢命 0000_,18,256a06(00):爲期稱名者得心眼即開之大益者也。非顯敎 0000_,18,256a07(00):非密敎難思法門也。爲定善爲散善出離祕術 0000_,18,256a08(00):也。不悟者怪之不信者輕之。名難信之法誠哉 0000_,18,256a09(00):此言已上略抄眞文蓮華三昧院ニアルヨシナリ高祖ステニ斯ノ如ク敎玉フ。誰 0000_,18,256a10(00):カ是ヲ仰サラン。然トモ諸事ヲ休テ一向ニ稱名ノミ 0000_,18,256a11(00):セバ。此院ノ軌矩ニ背ンコトヲ恐レ。先先ノ通ニ勤行 0000_,18,256a12(00):ヲイタシ。其餘ハ右ノ志趣ヲ存シテ相勤ムルモノナ 0000_,18,256a13(00):リ。同法ノ中ヘモ此旨ヲイマタ談ゼス候ヘハ。若ヤ 0000_,18,256a14(00):怪シケニ思ヒ玉フ方モ有ンカト。略シテ書記スモノ 0000_,18,256a15(00):ナリ。 恩法澤敬書 0000_,18,256a16(00): 0000_,18,256a17(00):關通和尚行業記卷之中 0000_,18,256b18(00):關通和尚行業記卷之下 0000_,18,256b19(00): 0000_,18,256b20(00):即心院大法尼藤原保子は高野正二位亞相保春卿の女にして 0000_,18,256b21(00):正德帝 元文帝兩帝につかへたてまつり。從三位新 0000_,18,256b22(00):大納言にすすみたまひ。恩寵もともあつかりける。 0000_,18,256b23(00):しかるに宿因の開發にやありけむ。師の述作せられ 0000_,18,256b24(00):し。燧囊の自得章を讀て。難遭のおもひを生じ。專 0000_,18,256b25(00):修念佛に歸入し。ふかく師の勸化を信じ。歸依比類 0000_,18,256b26(00):なかりき。寬延三年 元文帝崩じましましてのち。 0000_,18,256b27(00):職を辭して薙染し。師を和尚と仰ぎ。圓頓菩薩の大 0000_,18,256b28(00):戒を受持し給ふ。師すなはち。即心院卷光慧倫法尼 0000_,18,256b29(00):と。嘉號を授け申されけり。これよりますます稱名 0000_,18,256b30(00):勇進ありて。日課念佛六萬稱。毎月一七日の別時念 0000_,18,256b31(00):佛おこたりなく。のち日課を增加して十萬遍を勤め 0000_,18,256b32(00):たまひ。よりより宮圍に候して。師の敎化を奏し奉ら 0000_,18,256b33(00):れければ。大聖后傳へ聞しめし。ふかくその旨に歸 0000_,18,256b34(00):しましまして。法尼を御代として。日課稱名および 0000_,18,257a01(00):圓頓菩薩の大戒を。御受得あらせられき。かかりし 0000_,18,257a02(00):かば兩局をはじめ。侍女等まで。日課稱名を誓約さ 0000_,18,257a03(00):せしめられつひに元文帝御追薦の御ために。轉輪 0000_,18,257a04(00):寺に常行を開白なさしめたまふに至る。師の沒後に 0000_,18,257a05(00):も影像を 禁闕の黑戸に安して。三日とどめ給ひし 0000_,18,257a06(00):とかや。委しきことはおそれあれは。此には漏しぬ。 0000_,18,257a07(00):なほ即心院尼公。臨末のことなど隨聞往生記に委し。 0000_,18,257a08(00):芝山正二位黄門重豐卿はあつく師の敎道に歸し。日課 0000_,18,257a09(00):念佛を誓受し。單信無二に稱名したまふ寶曆四年師 0000_,18,257a10(00):轉輪寺において。この卿の請によりて。元祖大師の 0000_,18,257a11(00):遺誓を。講談せられけるとき。日日講筵にまうで聞 0000_,18,257a12(00):にしたがひて筆記し。益を無窮にほどこし。受敎の 0000_,18,257a13(00):恩蔭に報ひんとて。後日それを梓に壽したまふ。一 0000_,18,257a14(00):枚起請梗槪聞書これなり。此卿明和三年八月六十四 0000_,18,257a15(00):歳にして逝去し給へり。その平常の高行。病中の遺 0000_,18,257a16(00):囑などたぐひなく。貴くぞ侍る。委しきことは。子息 0000_,18,257a17(00):持豐卿の記に見ゆ。載て隨聞往生記にあり。此外高 0000_,18,257b18(00):位名卿。日課稱號を受得して。いみじく往生をとげ 0000_,18,257b19(00):給へる類。多く聞え侍る。およそ師は上王公より。 0000_,18,257b20(00):下黎元にいたるまで。唯厭穢欣淨の一事のみをもて 0000_,18,257b21(00):接せらる。かつて禳災招福の事にわたらざるを。意 0000_,18,257b22(00):樂とせられける。 0000_,18,257b23(00):前大光義海大和尚。華頂前大僧正澤眞大和尚。同前 0000_,18,257b24(00):大僧正貞現大和尚。前光明玄達大和尚。同亨辨大和 0000_,18,257b25(00):尚。前常福眞海大和尚等は。それ緇林の翹楚。宗門 0000_,18,257b26(00):の斗望なり。これらの耆宿心を同して。師の道氣を 0000_,18,257b27(00):隨喜し。或は師の草廬を訪ひて。宗義を談話し。或 0000_,18,257b28(00):は彼香刹に請して。道俗を勸誘させしめたまふ。中 0000_,18,257b29(00):にも靈山幡隨の二大叢林にして弘化せられしとき。 0000_,18,257b30(00):化に浴する貴賤幾千人といふ數をしらず。曾て貞現 0000_,18,257b31(00):大和尚。師の化度を稱して。贈りたまへる讃にいは 0000_,18,257b32(00):く。 0000_,18,257b33(00):師也平昔。或西或東。致躬水雲。自呼關通。辨 0000_,18,257b34(00):駁邪説。龍興眞宗。掃蕩異計。虎嘯祖風。威嚴 0000_,18,258a01(00):可怖。慈忍惟親。到處修營。賑濟窮貧。穆穆德行 0000_,18,258a02(00):始流卿隣。洋洋敎化終布海濱。毀譽不抅專修日 0000_,18,258a03(00):新。余曾稱謂無礙道人。 0000_,18,258a04(00):武州長泉院德門律師。かつて尾州八事山にありて。 0000_,18,258a05(00):專心修道せられける。師その精進修行のやうを聞 0000_,18,258a06(00):て。弟子を遣していはく。はるかに道風を聞て隨喜 0000_,18,258a07(00):にたへず。定めて資具缺くところあらん。供養をな 0000_,18,258a08(00):して修業を助成せんと。律師に報ていはく。ただ缺 0000_,18,258a09(00):くところ佛像一尊のみ。希くは一像を賜りて。もて 0000_,18,258a10(00):心想を助成せん。其他もとむる所なしと。既にして 0000_,18,258a11(00):師彌陀佛一軀を寄贈せらる。しかるに此像。律師の 0000_,18,258a12(00):禪室に入らせたまふ前夜。律師不思議の夢を感ぜら 0000_,18,258a13(00):れ。所贈の佛像。夢の所見といささかもたがはずと 0000_,18,258a14(00):て。感仰せられける。のち律師病痾に罹り。西方寺 0000_,18,258a15(00):にいたりて療養せらる。師いたはりて湯藥をあた 0000_,18,258a16(00):へ。病魔去りてのち策勵していはく。隱遁念佛もと 0000_,18,258a17(00):より深く尚むべしといへども。尋常の士女翁婆も。 0000_,18,258b18(00):またよくなすところなり。釋子の勤業なにぞここに 0000_,18,258b19(00):止らん。子が材力大法を興起し。普く四衆を利益す 0000_,18,258b20(00):るに足る。武府瓔珞の敬首和上は。學德並に高し。子 0000_,18,258b21(00):なぞはやく彼にいたりて。請益せざるやと。遂にそ 0000_,18,258b22(00):のためふりはへて錫を武府に飛し。和上に啓して德 0000_,18,258b23(00):門はこれ法器なり。願は座下において其器を成せし 0000_,18,258b24(00):めたまへと申されしとかや。委くは德門律師行狀記 0000_,18,258b25(00):のごとし。また性海和尚大起和尚妙乘和尚了導阿闍梨 0000_,18,258b26(00):などいへる學匠も。師と道契ふかく。この外自他の 0000_,18,258b27(00):有識。師の風をのぞみて嘉歎せらるるも少からず。 0000_,18,258b28(00):出羽國能圓和尚といへるは。道心いとふかく出離を 0000_,18,258b29(00):願ふ志せちなりければ。はるかに師を敬慕して。出 0000_,18,258b30(00):離の要など師に面受せんとて。ことさらに武府に來り 0000_,18,258b31(00):面謁を遂げ逗留の問毎夜人靜りてのち。師の許にい 0000_,18,258b32(00):たり。法門につきて疑はしきことどもを述て。安心起 0000_,18,258b33(00):行の旨趣細かに問申されしかば。師その求法の志の 0000_,18,258b34(00):厚を感じ。ことに心を盡し反覆して要義を談ぜられし 0000_,18,259a01(00):中に。ある夜能圓和尚。師に申されけるは。尾州と 0000_,18,259a02(00):いひ京都といひ。その外所所に。よき道塲營構あり 0000_,18,259a03(00):て。衆多くあつり如法に勤修のこと。奧羽二州の邊ま 0000_,18,259a04(00):で。傳へ聞く人みな隨喜し奉るなり。師にも定て滿 0000_,18,259a05(00):足におぼしめし候ひつらん。其につき小子もなにと 0000_,18,259a06(00):ぞ本國において一宇を營構し。師の座下より四五輩 0000_,18,259a07(00):招て共住勤行し。師の影像を奉して遺跡に擬し。い 0000_,18,259a08(00):ささか慈恩にむくひ奉らばやと。申されければ。師答 0000_,18,259a09(00):ていはく。おほよそわれを賞したまはる人も吾が處 0000_,18,259a10(00):處に精舍を建立せるを。佛門の光榮なりと讃歎せら 0000_,18,259a11(00):るるにすぎざるにや。わが意は全くしからず。夫一 0000_,18,259a12(00):人の往生は。實に一有情の成佛なり。よく一人を化 0000_,18,259a13(00):し得る。其功まことに無盡不可思議なり。しかるに。 0000_,18,259a14(00):偏に佛祖の加被護念によりて。われに隨ひて法をき 0000_,18,259a15(00):き。願生の誠心を發し。念佛相續して往生を遂げぬ 0000_,18,259a16(00):るもの現に多く侍る。これのみわが不德の身にとり 0000_,18,259a17(00):ては過分の面目。ありがたき大功とぞおぼゆる。建 0000_,18,259b18(00):立以下の事は。それ此功を成んがための方便なり。 0000_,18,259b19(00):しかるを世上の人。其枝葉たる方便のみを賞して。 0000_,18,259b20(00):わが本志とする。大功を輕くおもひたまふは。いと 0000_,18,259b21(00):本意なきことに侍るなり。夫世尊も獨處閑居せよと 0000_,18,259b22(00):敎へ。祖師も共住一處を制したまふ。われなにとし 0000_,18,259b23(00):て寺を造り。衆を集ることをもて本意とせん。され 0000_,18,259b24(00):とも今時の發心出家の人。跡を山林にくらます。堅 0000_,18,259b25(00):固の道心本よりなく。ただ縁にまかせて居住し。隨 0000_,18,259b26(00):意にふるまへば。多は半途に修行を退轉して。往生 0000_,18,259b27(00):の大事をしそんず。かかる怯弱の輩を。いかにもし 0000_,18,259b28(00):て一期隨分に。淨業相續させしめんとおもふ微少の 0000_,18,259b29(00):願心より。淨財を喜捨するものあるに任せて精舍を 0000_,18,259b30(00):營建し。衆僧を共住せしめ侍るなり。しかも佛祖の 0000_,18,259b31(00):照覽。有識の鑒察を。常におそれ常に愧。いかにぞ 0000_,18,259b32(00):われこれを喜で。滿足のおもひあることあらんや。足 0000_,18,259b33(00):下營構の願志。これ必ず無用にしたまふべし。其故 0000_,18,259b34(00):は。われ處處に精舍を營構するに。かつて財物を他 0000_,18,260a01(00):につのらず。初より淨財餘分ありて。事事みな勢の 0000_,18,260a02(00):せまるところにおいてこれをなす。しかありてその 0000_,18,260a03(00):動作工夫悉く人をしてこれをなさしめ。必ずみづか 0000_,18,260a04(00):らははからず。落成ののちも。主をたてて寺職にあ 0000_,18,260a05(00):づからしめ。われはただ客位にあり。かくのごとく 0000_,18,260a06(00):してすら。なほ常に衆惱をうけ。自行を損ずること少 0000_,18,260a07(00):からず。况や心力を盡して。これをなし。みづから 0000_,18,260a08(00):事をはからんや。われ現に此失をしる。此こと必ずお 0000_,18,260a09(00):もひとまりたまへとぞ答へらる。又ある夜。師に問ひ 0000_,18,260a10(00):申されけるは。不思議の因縁によりて親く慈敎を蒙 0000_,18,260a11(00):り。往生の安心を决しぬ。歸國ののちは。慈恩を報 0000_,18,260a12(00):んがために。時時はまた人をも敎導せばやとおもひ 0000_,18,260a13(00):侍る。それにつき人のために法を説んには。別に心得 0000_,18,260a14(00):べきことも候ふやらん。またいかやうに説聞せ候べき 0000_,18,260a15(00):や。師答ていはく。足下なにとぞ説法度生を廢し 0000_,18,260a16(00):て。單に自行を勵ましたまへ。佛道修行は自己の機 0000_,18,260a17(00):分を鑑るが大事に候ほどに。よくよく自身をかへり 0000_,18,260b18(00):見て。進退せらるべきなり。元祖大師鹽飽の入道西 0000_,18,260b19(00):忍に示して。不輕大士の杖木瓧石の難を忍びて。四 0000_,18,260b20(00):衆の縁を結びたまひし事をもて。いかなる謀をめぐ 0000_,18,260b21(00):らしても。人をすすめて念佛せしめ給へと。仰せら 0000_,18,260b22(00):れしことあれども。これは大師時に應し。機にあたり 0000_,18,260b23(00):ての一途の御敎訓にして。いまだ必しも一切念佛の 0000_,18,260b24(00):行者に通ずる御示にては候はず。予はいささか意願 0000_,18,260b25(00):のことありて。及ずなから彼大師一途の御示しを心に 0000_,18,260b26(00):護りて退轉なく。弘法利生し侍るなり。さればこれ 0000_,18,260b27(00):を必しも軌にし。學びたまふべきにあらず。ただ今 0000_,18,260b28(00):のさまにて。一期道心退轉することなく。日日に稱名 0000_,18,260b29(00):を策勤して。決定順次に往生を遂げたまはば。予が 0000_,18,260b30(00):よろこび。なににか比せん。たとひ今生には。半箇 0000_,18,260b31(00):一人を化導せずとも。此度わがみだに極樂に生れ 0000_,18,260b32(00):ば。佛祖の慈恩父母衆生の恩まで。悉く報しつくす 0000_,18,260b33(00):事にてあるなり。其故は。彼國に往生すれば。必ず 0000_,18,260b34(00):悲智ふたつながら具足し。二利ともに成熟す。しか 0000_,18,261a01(00):れば今よりは。佛祖の慈恩を報ぜんとおもふにつけ 0000_,18,261a02(00):ても。自身の往生を大切におもひ。師僧父母の大恩 0000_,18,261a03(00):を報ぜんとおもふにつけても。自身の往生を大切に 0000_,18,261a04(00):おもひ。衆生を濟度せんとおもふにつけても。自身 0000_,18,261a05(00):の往生を大切におもひ。檀越の恩をかへりみるに 0000_,18,261a06(00):も。法の深義を解知せんとおもふにも。その餘なに 0000_,18,261a07(00):事につけても。ひとへに我此度の往生を。大切と深 0000_,18,261a08(00):くおもひいれて。一切の世事悕望をやめ。餘の奇特 0000_,18,261a09(00):感見などに意をかけず。ただ往生を待事。童兒の神 0000_,18,261a10(00):祭などを待やうに。常にたのしみおもひて。わき目を 0000_,18,261a11(00):ふらず。稱名の一行を勤めおほせんと。堅くおもひ 0000_,18,261a12(00):定めたまふべし。ただしかく化他をも廢し。萬事を 0000_,18,261a13(00):抛離して。ひとへに自行を勵んとするの日。或は外 0000_,18,261a14(00):より瞋憎愛染名利等の境。いろいろ起りきたりて。 0000_,18,261a15(00):わが心を惱し障りをいたし。或は自身いたうわびし 0000_,18,261a16(00):くて堪へがたきことも。よりよりはあるべけれど。常 0000_,18,261a17(00):に無常の念念我身にせまり近づくことをおもひ。心に 0000_,18,261b18(00):道理を強くたてて。其を堪忍して。稱名を勇進せら 0000_,18,261b19(00):るべし。實に此現身一生の勤修。恙なく相續し。遂 0000_,18,261b20(00):に極樂に往生しだにもすれば。一切貪瞋煩惱の苦。 0000_,18,261b21(00):速かに絶て。永く無爲最上の常樂を受。心のままに 0000_,18,261b22(00):二利成滿する身となる事なれば。いかなる障り出來 0000_,18,261b23(00):ぬとも。それに轉ぜられて。よはよはしき心を發し。 0000_,18,261b24(00):この往生極樂の願行を。退轉すべきにあらず。され 0000_,18,261b25(00):ば如來も雖一世勤苦須臾之間後生無量壽佛國快 0000_,18,261b26(00):樂無極長與道德合明永拔生死根本無復貪恚愚 0000_,18,261b27(00):痴苦惱之患と勸勵したまふぞかし。此經文をつね 0000_,18,261b28(00):に意に念し。口に誦して意馬に鞭うち。目をふさぎ 0000_,18,261b29(00):よろづの障難を堪へ忍ひ。最後臨終の夕まで。願往 0000_,18,261b30(00):生の心たゆみなく。いさぎよく念佛相續せらるべし。 0000_,18,261b31(00):かまへてただ一心に自行を勵み勤めたまへとぞ示 0000_,18,261b32(00):し申されける。能圓和尚この垂示をうけ。歡喜踊躍 0000_,18,261b33(00):するさま。たとふるにものなし。かくて本國に歸り 0000_,18,261b34(00):てのちは。この世のことは忘たるがごとく。往生の 0000_,18,262a01(00):願心ますます募り。持名の行日日にすすみしが。お 0000_,18,262a02(00):のづからその證やありけん。寶曆十二年の冬。また 0000_,18,262a03(00):師を尋ねて尾州に來り。小子が往生近きにありとお 0000_,18,262a04(00):ぼえ侍れば。今一度穢土にて拜謁し。受敎の恩を謝 0000_,18,262a05(00):し奉らばやと存じ。まかり登り候なりとて。聲をあ 0000_,18,262a06(00):げてさめさめと泣かれければ。師その篤情を感じい 0000_,18,262a07(00):たはりて。滯留せしめ歸郷の日彌陀佛の小像および 0000_,18,262a08(00):手書の名號を餞せられける。翌年二月朔日本國に 0000_,18,262a09(00):歸着せられけるに途中よりここち例ならざりしに。 0000_,18,262a10(00):同六日朝親しき蓮友をまねきあつめ。今日は我往生 0000_,18,262a11(00):の日なり各各助音念佛せられよとて。手づから除髮 0000_,18,262a12(00):沐浴し袈裟内衣まで新しきを着け。師より贈られし 0000_,18,262a13(00):本尊を臨終佛に拜していさましげに高聲念佛してそ 0000_,18,262a14(00):のまま西歸せられしとなん。まことに志操いさぎよ 0000_,18,262a15(00):き聖なりけり。師この和尚への敎訓實踐修道の要な 0000_,18,262a16(00):らんかし。しかはあれどこれらの敎訓。もしその實 0000_,18,262a17(00):を得ずして。唯その相を執するときは。又病なきに 0000_,18,262b18(00):あらず。謹て告す實修の行者進退のあいだ。深く心 0000_,18,262b19(00):をとどめたまへかし。 0000_,18,262b20(00):師。一期僧尼の弟子を度するごとに。五戒八戒およ 0000_,18,262b21(00):び圓頓菩薩の大戒を授與せらる。その止惡の用心を 0000_,18,262b22(00):述ていはく。およそ佛法は因果を本とす。善果を願 0000_,18,262b23(00):ひて善因を修し。惡果を厭ひて惡因をとどむ。これ 0000_,18,262b24(00):はこれ佛敎の大旨にして。いづれの宗にてもかはる 0000_,18,262b25(00):ことなきなり。もし善惡の因果を信ぜず。罪惡を恐 0000_,18,262b26(00):るる心なきものは。佛弟子にあらず。これ外道天魔 0000_,18,262b27(00):の徒なり。しかるに悲いかな澆風漸く扇いで。安心 0000_,18,262b28(00):をひがさまに會得して。如來の正戒を輕しめ。甚し 0000_,18,262b29(00):くしては罪惡をおそれず。戒などうけ持つは大悲の 0000_,18,262b30(00):本願を疑ふなりと。背宗の邪徒に同ずるものあり。 0000_,18,262b31(00):邪見の妄説おそれつつしむべし。夫有戒無戒同しく 0000_,18,262b32(00):往生を遂るといへども。有戒は佛意にかなふ。また 0000_,18,262b33(00):罪人は往生すれども。罪業は往生の障なりとあれ 0000_,18,262b34(00):ば。往生を願ん輩は。愼すばあるべからず。ここに 0000_,18,263a01(00):われ。實に無智無德にして人のために戒を授る器に 0000_,18,263a02(00):あらずといへども。聊大師先賢の芳躅にならひ。人 0000_,18,263a03(00):をして正見實行の地に安住せしめんがために。我に 0000_,18,263a04(00):隨ひて剃染するものには。かならずまづ五戒を授。 0000_,18,263a05(00):また僧俗を論ぜず。吉水禀承の圓頓の大戒を授け侍 0000_,18,263a06(00):るなり。乞ねがはくは眞實に往生を願ん行者等。佛 0000_,18,263a07(00):祖の敎誡を服膺して。正見に住し。深く本願を信し 0000_,18,263a08(00):て。專精に念佛し。兼て因果を信じて。小罪をも犯 0000_,18,263a09(00):さじと。恐れ愼むべし。大悲の本願にほこりて。放 0000_,18,263a10(00):逸をいたすことなかれと。常に敎示せられしにより 0000_,18,263a11(00):て。師に隨ひて圓頓戒を受るもの。其數甚多し。久 0000_,18,263a12(00):しく師に歸するものの中などには。在家ながらも五 0000_,18,263a13(00):戒を受け。袈裟を授り。優婆塞。優婆夷となりて。 0000_,18,263a14(00):如法に勤修し。或は數代相續せる。賣色酤酒の家業 0000_,18,263a15(00):などを。あらため止めし輩も聞え侍る。 0000_,18,263a16(00):師。法を説毎に。日課念佛をすすめ。印信として手 0000_,18,263a17(00):書の名號を授與せらる。其作法凡五條。謂く一に懺 0000_,18,263b18(00):悔。二に授與三歸。三に正授常課。四に立誓。五に 0000_,18,263b19(00):求請護念なり。その勸説の常語にいはく夫機類萬差 0000_,18,263b20(00):にして。根に上下利鈍の別あり。その鈍根の下機は 0000_,18,263b21(00):こころいたりて愚に。罪ことに深うして信心も強盛 0000_,18,263b22(00):ならず。稱名も數遍を勵み勤ることあたはず。かく 0000_,18,263b23(00):のごとき人。多くみつから卑下して。往生極樂絶て 0000_,18,263b24(00):かなふまじとおもへり。これこの宗の元意をしらざ 0000_,18,263b25(00):るゆゑなり。抑阿彌陀如來の本願は。ただいかなる 0000_,18,263b26(00):者も我國に生せんと願ひて。我名を稱へば其者を。 0000_,18,263b27(00):かならず我國に迎とらんと人選びなく。善人惡人有 0000_,18,263b28(00):智無智同しく。すべおさめて誓ひたまふ。その中に 0000_,18,263b29(00):も。大悲の本意殊にその罪至て重く。こころ至て愚 0000_,18,263b30(00):なるものを目がけたまへるなり。罪を止め信心強盛 0000_,18,263b31(00):にして。稱名の數遍を勵む。有智純善の人のみ往生 0000_,18,263b32(00):すべくば。なにをか大悲本願の驗とせん。されば身 0000_,18,263b33(00):持心持は兎も角もあれ。唯後の世を助けたまへとお 0000_,18,263b34(00):もふ意にて。一筋に南無阿彌陀佛と稱れば。いかなる 0000_,18,264a01(00):鈍根障重の人も。皆同しく往生するなり。但し死ぬる 0000_,18,264a02(00):ことをしらず。後世を恐るる心なく。念佛を申さざ 0000_,18,264a03(00):る人のみ往生すること愜はざるなり。夫昨日暮て今 0000_,18,264a04(00):日來り。今日暮て明日來るがごとく。三世歷然とし 0000_,18,264a05(00):て疑ふべきにあらず。偖眼前に重過を犯せるもの 0000_,18,264a06(00):は。必王法の刑罰を蒙り。正直に己が職分を勵み勤 0000_,18,264a07(00):るものは。必立身するがごとく。善惡因果の報應少 0000_,18,264a08(00):しも違ふことなし。しかるに己己日夜の所作。未來 0000_,18,264a09(00):善處に生るる因はなく唯惡趣の業のみなり。能く案 0000_,18,264a10(00):しても見られよ。誰誰も一度は死なねばならぬ身に 0000_,18,264a11(00):あらずや。其死したらんとき。人人いかにせんと思 0000_,18,264a12(00):ひたまふぞ識神きえず業に隨て行ば。後世の身も他 0000_,18,264a13(00):人の身にはあらず。玆に一つしかと心づかば。いか 0000_,18,264a14(00):なるおろかなる人なりとも。などか後世を恐る心發 0000_,18,264a15(00):らざらん。後世を怖るる心だにおこらば唯ひらに南 0000_,18,264a16(00):無あみだ佛と稱ふべし。唱ふれば必ず往生を遂るな 0000_,18,264a17(00):り。世に罪深き男女無智の小兒などの但南無阿彌陀 0000_,18,264b18(00):佛と唱へしばかりにて。いみじく往生遂しもの古今 0000_,18,264b19(00):是おほし。是にて唯一向に念佛を申だにすれば。疑 0000_,18,264b20(00):ひなく往生を遂ることを思ひ定むべきなり。偖その 0000_,18,264b21(00):唱ふること多きは。日日に三萬六萬少きは千聲百聲 0000_,18,264b22(00):至て少は十遍づづ申ものも。皆决定して往生を遂る 0000_,18,264b23(00):なりかくのごとく賴もしき本願の念佛なれど。世の 0000_,18,264b24(00):人愚にして未來の大苦をおそれず。但現世の少事を 0000_,18,264b25(00):求たとひ名號を唱るも或は名聞利養の爲にし。或は 0000_,18,264b26(00):攘災招福の爲にし又或は淺智をもて本願念佛の了義 0000_,18,264b27(00):を疑議して。往生の信一决せず。かかる者は名號を 0000_,18,264b28(00):稱れども本願に順ぜず。本願に順ぜざるがゆゑに往 0000_,18,264b29(00):生せず。是如來人を謬り玉ふにあらず。唯行者みづ 0000_,18,264b30(00):から背きて。往生せざるなり若一脈に後の世を助た 0000_,18,264b31(00):まへとのみ願て稱へなば。十遍の日課念佛にて往生 0000_,18,264b32(00):を遂んこと。一微塵ばかりも疑ひなし但しかく本願 0000_,18,264b33(00):念佛の。貴く賴もしきことを聞て。眞誠に往生を願 0000_,18,264b34(00):ふ志し發りなん人は。誓約するところの。十遍二十 0000_,18,265a01(00):遍は。毎朝おきたらんときなりとも。又は毎夜ねふ 0000_,18,265a02(00):りにつかんとする時なりとも。必す指をり數へて。 0000_,18,265a03(00):これを唱へ。その外行坐寢食を選はず。一聲にても 0000_,18,265a04(00):數を多く唱へんと。常に心を用ゆべきなり。一念十 0000_,18,265a05(00):念までも往生の業成辨すれば。勵みて多く唱ふるこ 0000_,18,265a06(00):となかれといふは。ゆゆしき邪説なり。ゆめゆめ信 0000_,18,265a07(00):することなかれ。所詮一脈に後の世を助たまへと。 0000_,18,265a08(00):おもふこころにて命終まで毎日多も少くも南無阿 0000_,18,265a09(00):彌陀佛を唱へて。日日相續だにもすれば。善人惡 0000_,18,265a10(00):人。智者愚者。在家出家の差別なく。みな同しく往 0000_,18,265a11(00):生す。これひとへに彌陀如來大悲本願不可思議の御 0000_,18,265a12(00):しわざなりとぞ示されし。その別願不共の絶功を讃 0000_,18,265a13(00):説し。勸諭まことを盡されしかば。わづかに一席の 0000_,18,265a14(00):敎誨を聞て。頓に積年の疑團を破り。往生の安心を 0000_,18,265a15(00):决して。日課念佛を誓約するもの數多なり。又十遍 0000_,18,265a16(00):以上を誓はしめられけるゆゑ。童男童女まても受持 0000_,18,265a17(00):に堪へて。化益普くおよびしとぞ。また師たまたま 0000_,18,265b18(00):よろこばさるの色ある時にも。某はよく念佛す。某 0000_,18,265b19(00):は臨終めでたき往生し侍りし。某は日課を受んとこ 0000_,18,265b20(00):ふなどいへば。忽ち色を和らげ。おほいに歡喜せら 0000_,18,265b21(00):れき。 0000_,18,265b22(00):師。門人のために選擇集を講談せられしこと凡二十 0000_,18,265b23(00):餘遍廣く道俗を敎諭するには。一枚起請文。三部の 0000_,18,265b24(00):祕鈔などをよみて。因縁譬喩をくはへ辨ぜらる。三 0000_,18,265b25(00):部の祕鈔の中においても。とりわき歸命本願鈔を講 0000_,18,265b26(00):ぜられし事。三十六遍におよびしとぞ。老後にいた 0000_,18,265b27(00):りては。もはや西歸もちかくなれば。宗の肝要ただ 0000_,18,265b28(00):三心にあり。餘は談ずるにいとまなしとて。殊に中 0000_,18,265b29(00):卷三心の一問答を微細に談せられき。およそ師。法 0000_,18,265b30(00):を説るるの日は。朝より一向に他の應對を謝し。念 0000_,18,265b31(00):佛しながら其日講ずる書をくりかへし見て。ねんご 0000_,18,265b32(00):ろに思熟熏練せらる 0000_,18,265b33(00):師。一切處において大坐せられず。聖敎に對する時 0000_,18,265b34(00):は端坐して拜閲せられき。佛前の進退には大賓に向 0000_,18,266a01(00):ふが如く。切に恭敬修を守られける。洗浴盥漱等の 0000_,18,266a02(00):法殊に丁寧にして。護淨の用心いとねんごろなり。 0000_,18,266a03(00):常に門人に示していはく。汝等須らく護淨の法式を 0000_,18,266a04(00):しり。心を至して佛殿を掃除し。恒に淨潔ならしむ 0000_,18,266a05(00):べし佛前供養の香華燈燭飯食等。ちからを盡し心を 0000_,18,266a06(00):須ひて。これをととのへ。法のごとく丁寧に洗淨し 0000_,18,266a07(00):誠心に獻供すべし。華をたて菓子を盛るに表裏あら 0000_,18,266a08(00):しめ人前をかざり佛意をおもはざることなかれ。華 0000_,18,266a09(00):及菓子など毎朝新淨の物を供ぜよ。古華古菓を須る 0000_,18,266a10(00):ことなかれ。凡三寶供養の物において。顧惜の念を 0000_,18,266a11(00):生することなかれ。常に本尊において眞佛の思ひを 0000_,18,266a12(00):なし。慇懃の意をもて恭敬し奉事をすべしよくかく 0000_,18,266a13(00):のごとくせば。念念に罪をのがれて。功德無量なり。 0000_,18,266a14(00):もし少も慢を生じ。不敬をいたさば。時時罪を得。 0000_,18,266a15(00):福を損ずることまた無量なり。愼て法に依順し事事に 0000_,18,266a16(00):心を須ひて麁慢をいたすことなかれと敎示せらる。ま 0000_,18,266a17(00):た師諸徒に命じ。鉢椀食盤を製して。日日巳の刻。 0000_,18,266b18(00):法のごとく本尊に獻供せしめまた毎年七月十五日に 0000_,18,266b19(00):は。師および隨從の僧徒。各各別に淨財を投じて。 0000_,18,266b20(00):諸の珍菓美食を營備し。一切の三寶十方の衆僧を供 0000_,18,266b21(00):養し。盂蘭盆經を讀誦せしむ。また師有信の檀越。 0000_,18,266b22(00):先亡の追善に。齋會を設んとて。淨財を投ぜる毎 0000_,18,266b23(00):に。寺主或は知事に示ていはく。無得多求壞其 0000_,18,266b24(00):善心と説たまへりとて。淨財の餘殘を悉く檀越へ 0000_,18,266b25(00):戾させられける 0000_,18,266b26(00):師ある白衣の家に。齋に請ぜられ佛前に詣でられけ 0000_,18,266b27(00):るに。その日忌諱にあたりし靈牌にのみ。おごそか 0000_,18,266b28(00):に供物をかざりそなへ。本尊にはただ一銅器に飯を 0000_,18,266b29(00):盛りて。ささげたるばかりなり。師即ち施主に示し 0000_,18,266b30(00):ていはく。位牌には丁寧に物を供じ。また來客およ 0000_,18,266b31(00):び家内の人人にも。時節の佳品をあつめ。菜羹種種 0000_,18,266b32(00):調へ食しながら。本尊にこれを供ぜさること甚だ法に 0000_,18,266b33(00):そむきてよろしからず。實義をいはば。本尊をだに 0000_,18,266b34(00):意を盡して供養し奉らば。其功德亡靈に通じて。宜 0000_,18,267a01(00):ことなるを。祠位を大切にして。如來を麁抹にするこ 0000_,18,267a02(00):と。いかなる顚倒ぞやときびしく誡示せられけれ 0000_,18,267a03(00):ば。施主理に服し。急に食盤を設けて。本尊に供養 0000_,18,267a04(00):しけり。師所所にてよりよりかくのごとく敎示せら 0000_,18,267a05(00):れしによりて。師に歸依せる輩は。道俗ともに恭敬 0000_,18,267a06(00):修を專にし。嚴重に本尊を供養し奉ることになり侍 0000_,18,267a07(00):るとなん。かく靈牌供養の事を議せらるるも。先亡 0000_,18,267a08(00):の供養は麁略なれといふにはあらず。唯その追善の 0000_,18,267a09(00):實をおしへらるるなり。卒爾に看過して僻をますこ 0000_,18,267a10(00):となかれ。 0000_,18,267a11(00):師一期總じて。親疎順逆を論ぜす有縁のもの。死去 0000_,18,267a12(00):するを聞るるごとに。その法名を悉く靈簿に記しお 0000_,18,267a13(00):きて勤行の終りに。常に心をいたして回向せられ 0000_,18,267a14(00):き。これによりて亡靈人に託して師の回向を請。或 0000_,18,267a15(00):は形を顯して脱を告しことなど。ここかしこにてあ 0000_,18,267a16(00):りし中にも。ある時伊勢の國山田の寺の請に應じ 0000_,18,267a17(00):て。説法のために行かるる途中洞津を通行せられし 0000_,18,267b18(00):に。隨伴の小沙彌茶を求めければ一小家に立より茶 0000_,18,267b19(00):を乞るるに。此家新亡の挑燈あり。勢州のならひ新亡あれば必挑燈を出す 0000_,18,267b20(00):やがて内より茶を持來り。新亡老婆の牌前に供ぜし 0000_,18,267b21(00):なりとて。與へしかば小沙彌馬上にてこれを飮とき 0000_,18,267b22(00):に。にはかに身ぶるひせり。それより山田の寺にて 0000_,18,267b23(00):瘧を煩ひける。師思はるるやうは。これ津にて茶を 0000_,18,267b24(00):飮たる家の新亡小沙彌に託して。我に回向を乞と見 0000_,18,267b25(00):へたりとて。すなはち靈にむかひ汝回向を乞はば。 0000_,18,267b26(00):なにとて予に託せざるといはれければ。小沙彌平愈 0000_,18,267b27(00):して。師瘧を煩ひ出られて病はげしけれども。七日 0000_,18,267b28(00):の説法懈怠なく。回向しをはり歸りてのち。亡靈の 0000_,18,267b29(00):ために別時念佛し。回願慇重なりければ。遂に得脱 0000_,18,267b30(00):せる證ありしとぞ。 0000_,18,267b31(00):師。一期堅く往生極樂の一途を勸説して。穢土のこ 0000_,18,267b32(00):とは。なにによらず。輕賤厭捨の心の發るやうにの 0000_,18,267b33(00):み敎示し。又よく正雜二行の得失を精論して。本願 0000_,18,267b34(00):念佛の外。諸餘の作福を勸ることなく。偏に口稱の 0000_,18,268a01(00):一行を。みづからも勤め。他にも敎ゆるを急務とせ 0000_,18,268a02(00):られける。但しかく念佛の一法を尊崇せらるるとい 0000_,18,268a03(00):へども。餘佛菩薩餘敎餘善の功德利益において輕慢 0000_,18,268a04(00):不信なることをば。嚴しく制誡せれし。又師。自 0000_,18,268a05(00):身においては萬事質素にして。臥具衣類等の供養を 0000_,18,268a06(00):受られしも。胡亂に用ひず。常に信施を怖れ。もは 0000_,18,268a07(00):ら儉約をまもり。所有淨財をもて。或は佛像經卷を 0000_,18,268a08(00):請し贖ひ。或は書籍を刊刻し。或は他の佛像堂宇を 0000_,18,268a09(00):修營するを與力助成し或は人の具戒を受るを隨喜扶 0000_,18,268a10(00):助し。或は如法修行の人に。衣食の資をあたへ。或 0000_,18,268a11(00):は父母に孝なるものには。財物資具等をつかはし 0000_,18,268a12(00):て。その孝行を策勵し。或は病者のために藥を與 0000_,18,268a13(00):へ。或は孤獨に給し。貧窮を救ひなどせらる。かく 0000_,18,268a14(00):のごときのこと。あげて數ふべからず。或人師に勤 0000_,18,268a15(00):て諸の善根をつみ給へる意樂いかがに候やと問ひ申 0000_,18,268a16(00):ければ。淨信の男女施こし來る財物等。餘分あるに 0000_,18,268a17(00):よりて。隨分の事をなし侍るなり。別の旨趣あるこ 0000_,18,268b18(00):となしと答へられしとぞ。その心の子細なきこと。 0000_,18,268b19(00):かつ廢立の人情に落ざること。すべからく三復して 0000_,18,268b20(00):等閑に看過すべからず。 0000_,18,268b21(00):師。穢土の化縁漸く盡て。西邁期ちかづきける故に 0000_,18,268b22(00):や明和四年夏の末より。しばしば微疾におかさる。 0000_,18,268b23(00):然といへども自行化他すべて怠りなし。同五年京師 0000_,18,268b24(00):轉輪寺において結夏し。諸弟子の爲に選擇集を講談 0000_,18,268b25(00):し。秋また尾張國に下向し。ことさらに圓成寺にい 0000_,18,268b26(00):たり。先師照譽上人の塔廟に詣で。府下圓輪寺に移 0000_,18,268b27(00):られけり。同六年六月初旬の頃より。所勞やや增氣 0000_,18,268b28(00):しけるが。安居も終り八月中旬上京すべきよしを申 0000_,18,268b29(00):されければ。病惱の御身殊に秋暑去ざれば。此御催 0000_,18,268b30(00):し然るべからざるの旨。常隨の侍者を始め。歸依の 0000_,18,268b31(00):道俗頻に止め申けれども。師みづから思ひを决して 0000_,18,268b32(00):上京を急がれける。圓輪寺貞壽寺等においても。弟 0000_,18,268b33(00):子の僧尼。有信の人人に念佛相續し。早く往生せら 0000_,18,268b34(00):れよ。久しからずして。淨土にて再會すべしと。ね 0000_,18,269a01(00):もごろに遺告して。八月二十八日遂に尾州を發錫せ 0000_,18,269a02(00):らる。道俗名殘ををしむさま理りに過たり。九月朔 0000_,18,269a03(00):日京師轉輪寺に到著せらる。其のちも氣色煩らはし 0000_,18,269a04(00):けれど。時時法義を談じ。敎導勸誡せられける。 0000_,18,269a05(00):大和國。三輪の里の男女。因縁ありて師を嚮慕しけ 0000_,18,269a06(00):るにや。彼さとの極樂寺主。年來きたりて師の有縁 0000_,18,269a07(00):を度せられんことを請じ。去年師の尾陽に止寓せら 0000_,18,269a08(00):るる頃も。彼國にきたり。ひたすら請はれければ。 0000_,18,269a09(00):明年上洛の序に行べきよし約諾せられき。師丹心利 0000_,18,269a10(00):生に切なりしゆゑ。病惱の身を顧見ず。十月朔轉輪 0000_,18,269a11(00):寺を發して。和州に趣かる。轉輪寺主眞海。此ほど 0000_,18,269a12(00):ここち例ならずありしが。此度はいたく名殘を惜 0000_,18,269a13(00):み。疾を力めて強て師の後につき添ひ。遠く見送 0000_,18,269a14(00):り。慇懃に訣を述て歸られけり。かくて師。三輪極 0000_,18,269a15(00):樂寺に著き。旅の疲勞もいとはず。日日敎勸せられ 0000_,18,269a16(00):ける。さて眞海は師を見送り。歸りてより病惱急に 0000_,18,269a17(00):重り。同月五日の午の剋正念に終りを遂らる。此よ 0000_,18,269b18(00):し師の許に告來りければ。師また三輪のさとを發し 0000_,18,269b19(00):て。同七日轉輪寺に歸著し。勞れいとまさりけれど 0000_,18,269b20(00):も侍者に助けられて。眞海の葬儀の導師を唱へられ 0000_,18,269b21(00):けり。 0000_,18,269b22(00):師これより服食日日に减じ。遂に床に臥されけり。 0000_,18,269b23(00):年すでに暮て。臘月晦日の日沒。恒例別行の開白お 0000_,18,269b24(00):よび。正月八日の日中の回向にも。師殿堂の佛前に 0000_,18,269b25(00):詣で。法要を宣揚し。ちなみに穢土の訣れを告ら 0000_,18,269b26(00):る。師所勞のよし。雲上に聞えければ忝くも。 0000_,18,269b27(00):大聖后より。醫療の令命ありけれども。師すべて藥 0000_,18,269b28(00):は服せられず。しかれども病惱次第に快復せるがご 0000_,18,269b29(00):とく。身心安適に見へけれは。全快のこともあらん 0000_,18,269b30(00):かと。看侍のものをはしめ皆喜びあひたりしに。同 0000_,18,269b31(00):く二十三日門人等をあつめていはく。病苦は悉く消 0000_,18,269b32(00):除して。身心ともに安穩なれども。命終の期は近き 0000_,18,269b33(00):にありとおほゆれば。今日汝等がために。聊要義を 0000_,18,269b34(00):遺示せんとおもふなり。抑師となり弟子となり。同 0000_,18,270a01(00):學同行となることは。みなこれ深重の因縁あるによ 0000_,18,270a02(00):てなり。汝等師恩を報ぜんと欲せば。予が沒後よろ 0000_,18,270a03(00):しく和合して。諍論をいたすことなく。互に慈心を 0000_,18,270a04(00):もてあひ向ひ。眞の善知識となり。もろともに願行 0000_,18,270a05(00):相續して。同く極樂に往生せんと深くおもひ入れ 0000_,18,270a06(00):て。萬むつましく各各如法に勤修すべし。上を敬ひ 0000_,18,270a07(00):下を慈みて。常に禮節を失することなく。不法のこ 0000_,18,270a08(00):とをば諫め制し。如法のことをばすすめたすけて。 0000_,18,270a09(00):予が平常の敎訓をまもり。堅く出家の志操を立て邪 0000_,18,270a10(00):徑に趣くことなかれ。人我を逞して。是非を攻鬪 0000_,18,270a11(00):し。非を見て諫ず。是を見て助けざるは。皆これ佛 0000_,18,270a12(00):弟子沙門の心にあらす。おそれつつしみて。その心 0000_,18,270a13(00):を制斷すべしなど。丁寧に垂誡し。すなはち又門人 0000_,18,270a14(00):某甲に命じて。略して此誡訓を記さしめ。名および 0000_,18,270a15(00):花押はみづから書して授られけり。其座の諸弟子師 0000_,18,270a16(00):の慈恩の。深厚なることを喜び。かつは師の終焉の 0000_,18,270a17(00):近かづきぬることを悲み。悲喜相交りてもろともに 0000_,18,270b18(00):袂を潤しける。これより室中餘言なく唯念佛の聲の 0000_,18,270b19(00):みなり。時時は師高聲に念佛せられける。同二十九 0000_,18,270b20(00):日の夜看侍の僧に對して。予が臨終と見ゆる時。界 0000_,18,270b21(00):内の衆僧に告知らしむべからず。また此室に多く入 0000_,18,270b22(00):り集ることを得ざれ。ただ汝等兩三人傍に坐し。一 0000_,18,270b23(00):人しづかに引磬をならして念佛せよ。息絶てしばら 0000_,18,270b24(00):くありて衆僧にしらしめ。次の間に相集て同音に念 0000_,18,270b25(00):佛すべしと告られける。これ病を問ふ人斷ることな 0000_,18,270b26(00):く。時によりてははからず喧閙のこともあれば。一 0000_,18,270b27(00):大事の最後に。もしかくあらばと。こころをもちゐ 0000_,18,270b28(00):てあらかじめ告られしと見ゆ。さればとて喧閙をも 0000_,18,270b29(00):て本願をさふるにはあらねども。用心のふかきゆゑ 0000_,18,270b30(00):なるべし。 0000_,18,270b31(00):二月朔日の朝看侍の僧に命して。髮を剃り水をもて 0000_,18,270b32(00):口を漱ぎ。それより明障子をひらきて。しばらく西 0000_,18,270b33(00):方の空を觀望し。然して褥上に坐し。線香一炷の 0000_,18,270b34(00):間。體を責て念佛し。告ていはく。予が命終今明日 0000_,18,271a01(00):のうちならんとおぼゆ。今よりことに餘言なく。一 0000_,18,271a02(00):向に念佛せんとおもふ。汝等も予がほとりにおいて 0000_,18,271a03(00):念佛の外餘言を出すことなかれとありて。稱名絶る 0000_,18,271a04(00):ことなし。これより看侍の僧三人づづ枕頭に坐し。 0000_,18,271a05(00):香を燒き引磬をならして。助音しけり。同日の夜子 0000_,18,271a06(00):の上剋。線香一炷の間。端坐念佛しそれより右脇を 0000_,18,271a07(00):席につけく。合掌瞻仰し。聲を勵まして念佛せられ 0000_,18,271a08(00):しが。二日卯の下剋より稱名の聲漸くかすかにな 0000_,18,271a09(00):り。合掌して念佛すること。およそ十聲ばかり。そ 0000_,18,271a10(00):ののちは唯唇舌を動かし。顏貌怡然として終りをと 0000_,18,271a11(00):られし。實に明和七年二月二日辰の上剋なり。春秋 0000_,18,271a12(00):七十五法臘六十三多年仰信の道俗貴賤。悲傷哀哭す 0000_,18,271a13(00):ること考妣を喪するがごとし 0000_,18,271a14(00):師の命終兩三日以前より。正命終の時にいたるま 0000_,18,271a15(00):て。靈夢を感し瑞祥を見る人多く侍る中に。或老尼 0000_,18,271a16(00):は二日の辰刻。衆色の彩雲轉輪寺の上に覆ひて。雲 0000_,18,271a17(00):中より光明湧出で暫くありて。其光明彩雲ともに西 0000_,18,271b18(00):の空に去るを親り見しとなん。此老尼は闠閙を厭ひ 0000_,18,271b19(00):て。多年閑處に獨住しいみじく念佛の功を積し人な 0000_,18,271b20(00):りとぞ。又在世より滅後にいたるまで。師の肖像に 0000_,18,271b21(00):就て靈應を感じ。或は夢中に敎誡にあひ。或は靈告 0000_,18,271b22(00):を得て利益を得し人など。別記あればここには漏し 0000_,18,271b23(00):ぬ。 0000_,18,271b24(00):門人等相議して初七日に當るの日蓮臺野に送りて荼 0000_,18,271b25(00):毘すべきに定む。これによりて二日より八日に至ま 0000_,18,271b26(00):で寺に遺骸を止めしに。曾て臭氣あることなし。又 0000_,18,271b27(00):死體柔輭にして面色鮮やかなりし。その送葬の式。圓 0000_,18,271b28(00):城寺主海音。轉輪寺主量阿等。師の棺を擔ひ。西光院 0000_,18,271b29(00):可圓比丘を上首として舊好の寺院得度の僧尼および 0000_,18,271b30(00):高辻入道亞相定長卿をはじめ。多年歸依の貴賤男女翼 0000_,18,271b31(00):翼として隨ひ。行もの轉輪寺より蓮臺野にいたる。 0000_,18,271b32(00):十余町の間連綿たり。其道路老若男女馳せあつまり 0000_,18,271b33(00):て結縁するさま。盛んなる市のごとく。各各念佛し 0000_,18,271b34(00):て師の棺を禮敬す。まさしく荼毘處にいたりて。火 0000_,18,272a01(00):をかくる時。羣參の貴賤異口同音に念佛し。各各哀 0000_,18,272a02(00):歎の聲を勵ましける。この荼毘所にて異香をきく人 0000_,18,272a03(00):も多く侍りしとなん。すでに荼毘もをはりしかは遺 0000_,18,272a04(00):骨を拾ひ。門人塔をいとなみける。 0000_,18,272a05(00):師生涯本國をはじめ。東西兩都および諸州を勸奘せ 0000_,18,272a06(00):らるること。四十八年一百餘所。その遊歷の諸刹途 0000_,18,272a07(00):中の結縁など。ここに盡すべからず。得度の僧尼千 0000_,18,272a08(00):五百餘人。受戒するもの三千餘人。課佛誓約の男女千 0000_,18,272a09(00):萬餘人なり。師西歸兩三年以前。海音問ていはく。師日課結縁千萬人と誓はれしは大概をいふにやと。師いはくい 0000_,18,272a10(00):やとよ實に千萬人なりと。また問ふ千萬人とはいかほとのことぞ。師いはく千人を萬なり又問これ莫大のことにして一世に成しかたる 0000_,18,272a11(00):べしと師いはく予一兩年以前に千萬人は成滿せしとおぼえぬと語られし實に蓮止の傳化さへ廿七萬五千余人といへりいはんや師におい 0000_,18,272a12(00):てをやまた師の敎へによりて信願持名し。現に奇瑞を 0000_,18,272a13(00):あらはして往生せしもの多かりしかども。師一期現 0000_,18,272a14(00):驗奇瑞を沙汰することをふかく制せられけるゆゑ。 0000_,18,272a15(00):しかしかと他に語ることさへなくて。自然と人知ら 0000_,18,272a16(00):ずなりうせたるも亦多し。門人等纔に見聞せしを書 0000_,18,272a17(00):ととめ。又たまたま書をもて申こせしを。そのまま 0000_,18,272b18(00):に寫せし艸記二十餘卷あり。また門人眞海阿仙蓮止 0000_,18,272b19(00):等の傳。隨聞往生記等にゆづりてここに略しぬ 0000_,18,272b20(00):師の法語多しといへども繁を恐れて今ここに二 0000_,18,272b21(00):三を附錄し侍る 0000_,18,272b22(00):師勸説の常語に云く。阿彌陀佛の本願曰。設我得 0000_,18,272b23(00):佛十方衆生。至心信樂欲生我國乃至十念。若不 0000_,18,272b24(00):生者不取正覺。善導大師彌陀如來の化身として 0000_,18,272b25(00):此本願の文を釋してのたまはく。若我成佛。十方衆 0000_,18,272b26(00):生。稱我名號下至十聲。若不生者不取正覺。 0000_,18,272b27(00):彼佛今現在世成佛。當知本誓重願不虚。衆生稱念 0000_,18,272b28(00):必得往生。圓光大師ののたまはく。唯往生極樂のた 0000_,18,272b29(00):めには南無阿彌陀佛と申て。疑ひなく往生するぞと 0000_,18,272b30(00):思ひとりて申外には。別の子細候はず但し三心四修 0000_,18,272b31(00):と申すことの候は。皆决定して南無阿彌陀佛にて往生 0000_,18,272b32(00):するぞと。思ふうちに籠り候なり云云往生を願はん 0000_,18,272b33(00):人は。すべからくこれらの御語を仰信して。左右の 0000_,18,272b34(00):分別なく。命の終るを限として。南無阿彌陀佛を相 0000_,18,273a01(00):續したまふべし。異解なる文を讀み。異見の敎を聽 0000_,18,273a02(00):き。此本願念佛の正法を疑ひ危みて。往生極樂の一 0000_,18,273a03(00):大事を。謬たまふことなかれと示されし。 0000_,18,273a04(00):師常に門人等に示していはく。およそ學道の法は仰 0000_,18,273a05(00):信を本とし。修行を要とす。しかうして身心を攝護 0000_,18,273a06(00):して。邪坑に墮することなかれ。もし放逸を樂しみ。 0000_,18,273a07(00):因果を輕んずるやうにこしらへ勸めて。わが正見を 0000_,18,273a08(00):破らんとする人あらば。これぞ大惡魔なりと思ひ 0000_,18,273a09(00):て。速かに其人を避け遠ざくべし。もし恐るる心な 0000_,18,273a10(00):くして。其人になれ隨はば。自を損じ他を損じ。な 0000_,18,273a11(00):がく惡趣に墮して。出離の期あるべからず恐るべし 0000_,18,273a12(00):愼むべし。 0000_,18,273a13(00):又云。念佛の行者。よくよく心をもちひて六字分明 0000_,18,273a14(00):に名號を稱ふべし。わづかなる此世ざまのことにす 0000_,18,273a15(00):ら言のいひなしによりておのれ損をし。または利を 0000_,18,273a16(00):得べきことなれば。心をつくしてあやまらぬやうに 0000_,18,273a17(00):するぞかし。それに出離無縁の我等たやすく生死を 0000_,18,273b18(00):離れて。高妙の淨土に往生する正因たる。この本願 0000_,18,273b19(00):念佛無上功德の名號を。いかで文字をあやまち稱ふ 0000_,18,273b20(00):べき南無阿彌陀佛とは因行果德のあらゆる功德を。 0000_,18,273b21(00):皆ことことくつつみおさめたるなれば。一字闕略す 0000_,18,273b22(00):れば無量の功德を闕き。一聲訛稱すれば無邊の大利 0000_,18,273b23(00):を失ふになるなり。しかあるを假初の此世の拙きこ 0000_,18,273b24(00):とには。げにげにしく思ひいれて。よろづことばに 0000_,18,273b25(00):あやまりなく。我身に利を得るやうにいひなし。わ 0000_,18,273b26(00):が一大事の後生を助るべき念佛は。等閑にのみ思ひ 0000_,18,273b27(00):はなちて。文字を闕あやまり唱へ。廣大無邊の功德 0000_,18,273b28(00):を失ふをも痛むこころなきは。無下にあさましきこ 0000_,18,273b29(00):とにあらすや。此道理を思ひわきて。ゆめゆめ他の 0000_,18,273b30(00):聞をかざりて。聲をあやとりつくらふことなく。唯 0000_,18,273b31(00):自他の耳に。しかしかと六字分明に聞ゆるやうに。 0000_,18,273b32(00):稱ふべし。ゆるかせにすることなかれ。 0000_,18,273b33(00):又云。臨終の時。唯南無阿彌陀佛と申て死なんと思 0000_,18,273b34(00):ふべし。臨終の儀式よ。御手の絲よ。香華よといは 0000_,18,274a01(00):んより。いそぎ念佛申べし。儀式が惡さにはあらね 0000_,18,274a02(00):ども。それにて往生もなるやうに心得て。念佛を第 0000_,18,274a03(00):二にせざれといふこころなり。但臨終の儀式は時の 0000_,18,274a04(00):宜きにしたがひ。念佛ばかりを往生の。みやげにせ 0000_,18,274a05(00):んと思ふべきなり。 0000_,18,274a06(00):又いはく。名聞利養を求ることなかれ。多聞廣識を 0000_,18,274a07(00):貪ることなかれ。ほぼ我門の大旨をしらば。唯一心 0000_,18,274a08(00):に道を修し。業事成辨を期とすべし。若は五年。若 0000_,18,274a09(00):は三年萬事を放下せば。癡鈍の者といへども。何事 0000_,18,274a10(00):か成ぜさらん。悠悠として空しく過さば。いづれの 0000_,18,274a11(00):年にか道に入らん。無常迅速にして。生死きはまり 0000_,18,274a12(00):なし。よろしく心をいたして勤むべし。或は業成を 0000_,18,274a13(00):期するに堪へざるも。萬事を放下し。畢命を期とし 0000_,18,274a14(00):て念念相續すべし。又獨處閑居其貴む所なりといへ 0000_,18,274a15(00):ども。羸劣にして堪へざるものは。それまたいかが 0000_,18,274a16(00):せん。たとひ寺院に住するとも。敢て修補營造をこ 0000_,18,274a17(00):ととすることなかれ。道心の中に衣食あり。專心に 0000_,18,274b18(00):修道すれば。修補營造は期せすして自然に成すべ 0000_,18,274b19(00):し。 0000_,18,274b20(00):或人。師の名號を所持せしものの。水難を遁れしこ 0000_,18,274b21(00):とを申來りければ。師門人に示していはく。別機の 0000_,18,274b22(00):所感不求にして。自得の利益はさもあるべけれど 0000_,18,274b23(00):も。今これらは其人の命の盡ざるにてこそあらめ。 0000_,18,274b24(00):其故はたとひ名號を所持する人なりとも。今海河に 0000_,18,274b25(00):飛入て見られよ。たすかることあるべからずと。又 0000_,18,274b26(00):或人火災にあひたりしに。師の名號灰中よりいで 0000_,18,274b27(00):て。少しも燒損ぜすと告來たりければ。師これをい 0000_,18,274b28(00):ましめられけるは。燒ざるもの貴くば。鐵鎚石など 0000_,18,274b29(00):こそ貴かるべき。わが書し名號を今ここにて火をつ 0000_,18,274b30(00):けて見られよ。燒ずやあるべきよしもなき沙汰な 0000_,18,274b31(00):り。ただ本願を信して。一脈に念佛すべしと示され 0000_,18,274b32(00):ける。 0000_,18,274b33(00):又或人夢に日輪を拜瞻し奉るに。すなはち師なりと 0000_,18,274b34(00):見て。そのよし師に申たりければ。師悅ばずしてい 0000_,18,275a01(00):はく。佛の敎は法によりて人によるべからず。然に 0000_,18,275a02(00):御邊等の心行全くわれに依る。われはこれ凡夫僧 0000_,18,275a03(00):也。何ぞ依に足らん。われもし捨戒歸俗せば。御邊 0000_,18,275a04(00):等の心行すなはち廢退すべし。それ往生極樂の道 0000_,18,275a05(00):は。師友に依べからず。ただ本願念佛によるべきな 0000_,18,275a06(00):り。良師に遇て進み惡友にあふて退くは。これ内に 0000_,18,275a07(00):志操なきがゆゑにして。なほ輕毛の風に隨ひて東西 0000_,18,275a08(00):するかごとし。ああ危かな唯まさに一心に念佛し 0000_,18,275a09(00):て。師友の好惡を論することなかれと示し申されけ 0000_,18,275a10(00):る。 0000_,18,275a11(00):師の安心起行起請文にいはく。夫生者必滅のことわ 0000_,18,275a12(00):りなれは。いかに齡をかさぬとも何れか死に歸せざ 0000_,18,275a13(00):らん。會者定離の習ひなれば。いかに眷屬あつまる 0000_,18,275a14(00):とも遂にわかれざらんや。其うへ老少不定の界ひな 0000_,18,275a15(00):れば。わが死の時日いつとしることあたはず。無常 0000_,18,275a16(00):念念に至て常にわが命を責む。しかれば老たるは元 0000_,18,275a17(00):より死にちかし。若きもまた賴むべからず。一期空 0000_,18,275b18(00):してくれなば。三途如何ぞ免るることを得ん。かの 0000_,18,275b19(00):身のあやふく死の遁れがたき事を。ひしと我身の上 0000_,18,275b20(00):に思ひつづけて。一すぢに後の世を助けたまへと思 0000_,18,275b21(00):ひて。南無阿彌陀佛と申ぬれば。善人惡人。智者愚 0000_,18,275b22(00):者。在家出家のわかちなく。皆同しく本願に乘じ 0000_,18,275b23(00):て。決定往生を遂るなり。此事もしたがひ候はば貧 0000_,18,275b24(00):道多年勤來りし念佛の功德利益を失ひ。佛神の御あ 0000_,18,275b25(00):はれみにはづれ。現世には極惡重病をうけ。未來は 0000_,18,275b26(00):決定三惡道に墮して。永劫出離の期なからん。阿彌 0000_,18,275b27(00):陀如來。釋迦如來。十方三世の佛菩薩證明し知見し 0000_,18,275b28(00):たまへ。愼て有縁の道俗に告す。兎しても角しても 0000_,18,275b29(00):一度は死なねばならぬ身にあらずや。ここに心をつ 0000_,18,275b30(00):けばいかんぞ。後世を恐るる心發らざらん。後世を 0000_,18,275b31(00):恐るる心發らは。たたひらに南無阿彌陀佛と稱へた 0000_,18,275b32(00):まへ。かく申を疑ひ危みて念佛申さぬ人は受難き人 0000_,18,275b33(00):身を受。値ひがたき佛法に値たる甲斐もなく。空く 0000_,18,275b34(00):三惡道に歸るべき人なり。又たとひ疑ひ危みながら 0000_,18,276a01(00):も。後の世のためと思ひて。南無阿彌陀佛と申ぬれ 0000_,18,276a02(00):ば。佛願の不思議力に。ひきたてられて。同く往生 0000_,18,276a03(00):を遂るなり。詮ずるところ。淨土宗の安心起行のや 0000_,18,276a04(00):う。さらにふかき子細なし。欲生我國。稱我名號と 0000_,18,276a05(00):あれば。ただ心に往生を願て。口に名號を稱るばか 0000_,18,276a06(00):りなり。若不生者。不取正覺の誓願。すでに成就し 0000_,18,276a07(00):たまへり。稱るものなんぞ往生せざらん大悲深重の 0000_,18,276a08(00):本願。まめやかに賴もしきには侍らずや。信ぜよや 0000_,18,276a09(00):勤よや穴賢穴賢。 0000_,18,276a10(00):又安心要語にいはく。南無阿彌陀佛と申て。極樂に往 0000_,18,276a11(00):生する外は。萬事詮なく覺候。この念佛を申に。さ 0000_,18,276a12(00):まさま入組たることどもを沙汰するは。如來の大悲 0000_,18,276a13(00):平等誓願の慈恩を顧みぬ要なき人のいふことなり。 0000_,18,276a14(00):後の世如何と思はん人は。平に南無阿彌陀佛といふ 0000_,18,276a15(00):より外はつのくにの。難波のこともあしかりなんと 0000_,18,276a16(00):ぞ。思ひ定め侍る。 0000_,18,276a17(00):又或時書つけられし語にいはく。身のありさまは一 0000_,18,276b18(00):夜をあかす旅人の境界心は風になびく雲介。滿七十 0000_,18,276b19(00):の春。樂天の語をかりて起ては阿彌陀をわすれ。居て 0000_,18,276b20(00):は阿彌陀を唱へずいそがはしければ。なほ阿彌陀を 0000_,18,276b21(00):廢す予か年。滿七十功德をつまず善根を修せず破戒 0000_,18,276b22(00):放逸にして惡念惡思惟のみなり何をもてか後世を度 0000_,18,276b23(00):せん。ただたのみ奉る南無阿彌陀佛 0000_,18,276b24(00): 0000_,18,276b25(00):關通和尚行業記卷之下 0000_,18,276b26(00): 0000_,18,276b27(00):(本傳題、序、跋) 0000_,18,276b28(00):宜哉號也 於法關通 生于漲海 如雷轟空 0000_,18,276b29(00):法門義虎 蓮社眞雄 斟流吉水 一枚宗風 0000_,18,276b30(00):世多邪見 著書柝衷 開山挿草 十六梵宮 0000_,18,276b31(00):授三千衆 戒德亦洪 行化諸國 不敢顧躬 0000_,18,276b32(00):衆生歸嚮 如水朝東 有縁度畢 轉輪示終 0000_,18,276b33(00):四民哀慕 殆與佛同 我經歷劫 賛嘆何窮 0000_,18,276b34(00):天明四年甲辰臘八 0000_,18,277a01(00):住天龍賜紫桂洲謹題 0000_,18,277a02(00):關通和尚行業記序 0000_,18,277a03(00):玄關幽鍵感而遂通者。諸賢所期也。然機有利鈍。 0000_,18,277a04(00):時有汙隆。是所以道分難易。門殊聖淨也。當今末 0000_,18,277a05(00):法。正像既逝。自力性頓之行。殆疲累劫。無相離 0000_,18,277a06(00):念之敎。邈絶筌蹄。假令。口誦萬卷。未諧捫象。 0000_,18,277a07(00):各陳乳色耳。夫專稱南謨之敎行。直重西刹之捷 0000_,18,277a08(00):徑。未藉思量一念功。不覺轉入眞如門。嗚呼師邃 0000_,18,277a09(00):究其蘊者也。師初學三山。業成而西。道出函關。 0000_,18,277a10(00):豁然開悟自稱關通。所謂玄關幽鍵感而遂通者乎 0000_,18,277a11(00):哉。爾來。祖述導師。憲章空祖。行則彌陀。住則 0000_,18,277a12(00):彌陀。竊稽其行。一向專修之人也。遺篇若干。足 0000_,18,277a13(00):以徴之。況其弘通之道。未墜於地在人。余復何 0000_,18,277a14(00):贅。明年二月之初。師逮三十三回之諱辰。遺弟 0000_,18,277a15(00):等。刻其傳以擬報恩。余亦好師之丕績久矣。遂題 0000_,18,277a16(00):一言於卷首云爾。 0000_,18,277a17(00):享和元年秋七月 0000_,18,277b18(00):華頂大僧正仰譽撰 0000_,18,277b19(00):先師いまそかりし日の行狀をいにしとし東都の 0000_,18,277b20(00):常在山鸞山大和尚は眞名につつり安藝の光明院學 0000_,18,277b21(00):信上人は假名もてあみ給ひきかつ徒弟等が中にこ 0000_,18,277b22(00):とえりをもせすかいあつめける傳文とものありし 0000_,18,277b23(00):かれこれをひきあはせそへけつりてこの行業記を 0000_,18,277b24(00):あらはすこれたた門人等のたゆめるこころの策に 0000_,18,277b25(00):せんとてかくしおきて年月經にけるを時來ぬるに 0000_,18,277b26(00):や華頂山前大僧正この記あるよしをきこしめしお 0000_,18,277b27(00):まへに奉るへうおほせられいとねもころに御覽し 0000_,18,277b28(00):つつ今の人の鑑ともなるへきものなりとてかうか 0000_,18,277b29(00):へたたし世に推廣めよとて序文をさへそへ賜りけ 0000_,18,277b30(00):るやことなき宗主のおほせなれはいなみまつるも 0000_,18,277b31(00):おそれありまたこれよりさきこと人のせちにすす 0000_,18,277b32(00):められしこともあなれはかとかとしからぬ行の跡 0000_,18,277b33(00):を世に公せんことのをこかましけれと大かた師の 0000_,18,277b34(00):行實をしらさる人はうたかひてうけかはすまたた 0000_,18,278a01(00):またま信するきはの人もあるひは其敎にたかふあ 0000_,18,278a02(00):りこれなん師の一向專念の道をとなへられしここ 0000_,18,278a03(00):ろさしをつはらにし給はさるゆゑならんかこれに 0000_,18,278a04(00):よりてことはのつたなきをもかへりみす幸にことし 0000_,18,278a05(00):三十三回をむかへなほはたひとつふたつの法語を 0000_,18,278a06(00):も添て梓にのほせいささか報恩の香華に充つねか 0000_,18,278a07(00):はくはえにしあらん人人師のすすめられし專修の 0000_,18,278a08(00):旨を得て往生淨土の願心いやましねかしと享和ふ 0000_,18,278a09(00):たつといふとしのきさらき引接室の遺弟等うやま 0000_,18,278a10(00):ひてしるす