0000_,31,003a01(00):法然上人行状繪圖 第一 0000_,31,003a02(00):夫以我本師釋迦如來は、あまねく流浪三界の迷徒をすくはむがために、ふかく平等一子の悲願を 0000_,31,003a03(00):おこしましますによりて忽に無勝荘嚴の化をかくして、かたじけなく娑婆濁惡の國に入給しよりこ 0000_,31,003a04(00):のかた、非生に生を現じて無憂樹の花ゑみをふくみ、非滅に滅をとなへて、堅固林の風こころをい 0000_,31,003a05(00):たましむ。在世八十箇年、慈雲ひとしく群生におほひ、滅後二千餘廻、法水なを三國にながる。敎 0000_,31,003a06(00):門しなことに、利益これまちまちなり。そのなかに聖道の一門は穢土にして自力をはげまし、濁世 0000_,31,003a07(00):にありて得道を期す。但をそらくは、とき澆季にをよびて二空の月くもりやすく、こころ塵緣には 0000_,31,003a08(00):せて三惡のほのをまぬかれがたし。煩惱具足の凡夫、順次に輪廻のさとを出ぬべきは、ただこれ淨 0000_,31,003a09(00):土の一門のみなり。これにつきて、諸家の解釋蘭菊美をほしきままにすといへども、唐朝の善導和 0000_,31,003a10(00):尚、彌陀の化身として、ひとり本願の深意をあらはし、我朝の法然上人、勢至の應現として、もは 0000_,31,003a11(00):ら稱名の要行をひろめ給ふ。和漢國ことなれども化導一致にして、男女貴賤信心を得やすく、紫雲 0000_,31,003a12(00):異香往生の瑞すこぶるしげし、念佛の弘通ここに尤さかむなりとす。しかるに上人遷化ののち、星 0000_,31,003a13(00):霜ややつもれり。敎誡のことば利益のあと、人やうやくこれをそらんぜず。もししるして後代にと 0000_,31,003a14(00):どめずば、たれか賢をみてひとしからむことをおもひ、出離の要路ある事をしらむ。これによりて 0000_,31,004a01(00):ひろく前聞をとぶらひ、あまねく舊記をかんがへ、まことをえらび、あやまりをただして、粗始終 0000_,31,004a02(00):の行状を勒するところなり。おろかなる人のさとりやすく、見むものの信をすすめむがために、數 0000_,31,004a03(00):軸の畫圖にあらはして、萬代の明鑒にそなふ。往生をこひねがはむ輩、たれかこのこころざしをよ 0000_,31,004a04(00):みせざらむ 0000_,31,004a05(00):抑上人は、美作國久米の南條稻岡庄の人なり、父は久米の押領使漆の時國母は秦氏なり。子なき 0000_,31,004a06(00):ことをなげきて、夫婦こころをひとつにして佛神に祈申に、秦氏夢に剃刀をのむとみてすなはち懐 0000_,31,004a07(00):姙す。時國がいはく、汝がはらめるところ、さだめてこれ男子にして、一朝の戒師たるべしと。秦 0000_,31,004a08(00):氏そのこころ柔和にして身に苦痛なし。かたく酒肉五辛をたちて、三寶に歸するこころ深かりけり 0000_,31,004a09(00):第一圖 0000_,31,004a10(00):つゐに崇德院の御宇、長承二年四月七日午の正中に、秦氏なやむ事なくして男子をうむ。時にあ 0000_,31,004a11(00):たりて紫雲天にそびく、館のうち家の西に、もとふたまたにしてすゑしげく、たかき椋の木あり。 0000_,31,004a12(00):白幡二流とびきたりて、その木ずゑにかかれり。鈴鐸天にひびき、文彩日にかがやく。七日を經て 0000_,31,004a13(00):天にのぼりてさりぬ。見聞の輩奇異のおもひをなさずといふことなし。これより彼木を、兩幡の椋 0000_,31,004a14(00):の木となづく。星霜かさなりて、かたふきたふれにたれど、異香つねに薫じ奇瑞たゆることなし。 0000_,31,004a15(00):人これをあがめて、佛閣をたてて誕生寺と號し、影堂をつくりて念佛を修せしむ 0000_,31,005a01(00):昔應神天皇御誕生の時、八の幡くだる。正見正語等の八正道に住したまふしるしなりといへり。 0000_,31,005a02(00):いま上人出胎の瑞、ことの儀あひおなじ。さだめてふかきこころあるべし 0000_,31,005a03(00):第二圖 0000_,31,005a04(00):所生の小兒、字を勢至と號す。竹馬に鞭をあぐるよはひよりその性かしこくして成人のごとし。 0000_,31,005a05(00):ややもすれば、にしの壁にむかひゐるくせあり。天台大師童稚の行状にたがはずなん侍りける 0000_,31,005a06(00):第三圖 0000_,31,005a07(00):かの時國は、先祖をたづぬるに、仁明天皇の御後西三條右大臣光公の後胤、式部大郎源の年、陽 0000_,31,005a08(00):明門にして藏人兼高を殺す。其科によりて美作國に配流せらる。ここに當國久米の押領使神戸の大 0000_,31,005a09(00):夫漆の元國がむすめに嫁して男子をむましむ。元國男子なかりければ、かの外孫をもちて子として 0000_,31,005a10(00):その跡をつがしむる時、源の姓をあらためて漆の盛行と號す。盛行が子重俊、重俊が子國弘、國弘 0000_,31,005a11(00):が子時國なり。これによりてかの時國いささか本姓に慢ずる心ありて、當庄稻岡の預所明石の源内 0000_,31,005a12(00):武者定明伯耆守源長明が嫡男堀川院御在位の時の瀧口也をあなづりて、執務にしたがはず、面謁せざりければ、定明ふかく遺 0000_,31,005a13(00):恨して、保延七年の春時國を夜討にす。この子ときに九歳也。にげかくれてもののひまより見給ふ 0000_,31,005a14(00):に、定明庭にありて、箭をはげたてりければ、小矢をもちてこれをいる。定明が目のあひだにたち 0000_,31,005a15(00):にけり、この疵かくれなくて、事あらはれぬべかりければ、時國が親類のあだを報ぜん事をおそれ 0000_,31,006a01(00):て定明逐電してながく當庄にいらず。それよりこれを小矢兒となづく、見聞の諸人感歎せずといふ 0000_,31,006a02(00):ことなし 0000_,31,006a03(00):第四圖 0000_,31,006a04(00):時國ふかき疵をかうぶりて死門にのぞむとき、九歳の小兒にむかひていはく、汝さらに會稽の耻 0000_,31,006a05(00):をおもひ、敵人をうらむる事なかれ、これ偏に先世の宿業也。もし遺恨をむすばば、そのあだ世世 0000_,31,006a06(00):につきがたかるべし。しかじはやく俗をのがれいゑを出で我菩提をとぶらひ、みづからが解脱を求 0000_,31,006a07(00):にはといひて端坐して西にむかひ、合掌して佛を念じ眠がごとくして息絶にけり 0000_,31,006a08(00):第五圖 0000_,31,006a09(00):法然上人行状繪圖 第二 0000_,31,006a10(00):定明逐電ののち、隠居の心しづかにして已造の罪をくひ、當來の苦をかなしみ念佛をこたらずし 0000_,31,006a11(00):て往生の望をとぐ。其子孫みな上人の餘流をうけ淨土の一行をむねとせり。小兒ただ人にあらず、 0000_,31,006a12(00):豈怨敵をうらむる心あらんや。定明疵を被るによりて、跡をかくし往生を遂、子孫又淨土門に入。 0000_,31,006a13(00):權化の善巧なるべし、迷情あへてあやしみをなす事なかれ 0000_,31,006a14(00):第一圖 0000_,31,007a01(00):當國に菩提寺といふ山寺あり。かの寺の院主觀覺得業と云けるは、もと延暦寺の學徒なりけり。 0000_,31,007a02(00):大業の望を達せざることをうらみて、南都にうつり、法相を學して所存をとぐ。ひさしの得業とぞ 0000_,31,007a03(00):申ける。秦氏が弟なりければ小兒の叔なるうへ、父遺言の事ありければ、童子彼室にいりぬ。學問 0000_,31,007a04(00):の性ながるる水よりもすみやかにして一をききて十をさとる。きくところのこと憶持して、更にわ 0000_,31,007a05(00):するることなし 0000_,31,007a06(00):第二圖 0000_,31,007a07(00):觀覺小兒の器量を見るに、いかにもただ人にはあらずおぼえければ、いたづらに邊鄙の塵に混ぜ 0000_,31,007a08(00):ん事ををしみて、はやく台嶺の雲にをくらむことをぞ支度しける。しかるべき事にやありけん。小 0000_,31,007a09(00):兒そのおもむきをききて、舊里にとどまるこころなく、花洛をいそぐ思ひのみあり。觀覺よろこび 0000_,31,007a10(00):て此ちこを相具して、母の所にゆきてことのよしをかたる。兒童母儀をこしらへていはく、うけが 0000_,31,007a11(00):たき人身をうけ、あひがたき佛敎にあふ、眼のまへの無常を見て、夢の中の榮耀をいとふべし。就 0000_,31,007a12(00):中亡父の遺言、耳の底にとどまりて、心のうちにわすれず。はやく四明にのぼりて、すみやかに一 0000_,31,007a13(00):乘をまなぶべし。但母よにいまさん程は、晨昏の禮をいたし、水菽の孝をつとむべしといへども、 0000_,31,007a14(00):有爲をいとひ無爲にいるは、眞實の報恩なりといへり、一旦の離別をかなしみ、永日の悲歎をのこ 0000_,31,007a15(00):し給事なかれと再三なぐさめ申。母堂ことはりにをれて承諾の詞をのぶといへども、袖にあまるか 0000_,31,008a01(00):なしみの涙、小兒のくろかみをうるほす。有爲のならひしのびがたく、浮生のわかれまどひやすく 0000_,31,008a02(00):して、かくぞおもひつづけける 0000_,31,008a03(00):かたみとてはかなきをやのとどめてし、このわかれさへまたいかにせん 0000_,31,008a04(00):さてしもあるべきならねば、叡岳西塔の北谷持寶坊の源光がもとにつかはす。觀覺が状云進上大 0000_,31,008a05(00):聖文殊像一體と。これ智惠のすぐれたる事をしめす心なりけり 0000_,31,008a06(00):第三圖 0000_,31,008a07(00):童子十五歳近衞院御宇久安三年春二月十三日に、千重の霞をわけて九禁の雲に入る。つくりみち 0000_,31,008a08(00):にして法性寺殿忠通公于時攝政の御出にまいりあひたてまつる。小兒馬よりをりて道のかたはらに侍に、御 0000_,31,008a09(00):車をととめられて、いづくの人ぞと御尋ありければ、おくりの僧ことのよしを申あぐ。御禮儀あり 0000_,31,008a10(00):てすぎさせ給ふ。供奉の人人存外のおもひをなす。のちに仰られけるは、路次にあふ所の小童、眼 0000_,31,008a11(00):より光をはなつ。いかにもただものにあらざることをしりぬ。これによりて禮をなしき、とぞ仰ら 0000_,31,008a12(00):れける。月輪殿の御歸依あさからざりけるも、彼御物語を、御耳の底にとどめられけるゆへにやあ 0000_,31,008a13(00):りけむ。とおぼつかなし 0000_,31,008a14(00):第四圖 0000_,31,008a15(00):法然上人行状繪圖 第三 0000_,31,009a01(00):童子入洛ののち、まづ觀覺得業が状を、持寶房につかはす。源光觀覺が状を披覽して、文殊の像 0000_,31,009a02(00):をたづぬるに、ただ小兒のみ上洛せるよし使者申ければ、源光はやく兒童の聰明なる事をしりぬ。 0000_,31,009a03(00):すなはち兒のむかへにつかはしければ、同十五日に登山す 0000_,31,009a04(00):第一圖 0000_,31,009a05(00):獨木かけはしあやうく、九花いろめつらし、持寶房にいたり給ぬ。試にまづ四敎義をさづくるに 0000_,31,009a06(00):籤をさして、不審をなす。うたがふところ、みな圓宗のふるき論義なりけり。まことにただ人にあ 0000_,31,009a07(00):らずとぞ申あへりける 0000_,31,009a08(00):第二圖 0000_,31,009a09(00):この兒の器量ともがらにすぎて、名譽ありしかば、源光われはこれ魯鈍の淺才なり。碩學につけ 0000_,31,009a10(00):て、圓宗の奧義をきはめしめむといひて、久安三年四月八日この兒を相具して、功德院肥後阿闍梨 0000_,31,009a11(00):皇圓のもとにゆきて入室せしむ。彼皇圓は、粟田の關白四代の後、參河權守重兼が嫡男少納言資隆 0000_,31,009a12(00):朝臣の長兄、椙生の皇覺法橋の弟子、當時の明匠、一山の雄才なり。闍梨少生の聰敏なることをき 0000_,31,009a13(00):きて、おどろきていはく、去夜の夢に滿月室に入と見る。いまこの法器に、あふべき前兆なりけり 0000_,31,009a14(00):とぞ。悦申されける 0000_,31,009a15(00):第三圖 0000_,31,010a01(00):同年十一月八日、華髪をそり法衣を着し、戒壇院にして、大乘戒をうけ給にけり 0000_,31,010a02(00):第四圖 0000_,31,010a03(00):ある時、すでに出家の本意をとげ侍ぬ。いまにをきては跡を林藪にのがれむとおもふよし、師範 0000_,31,010a04(00):の闍梨に申されければ、たとひ隱遁の志ありとも、まづ六十卷をよみてのち、本意を遂べきよし、 0000_,31,010a05(00):闍梨いさめ給ければ、われ閑居をねがふ事は、永く名利の望をやめて、しづかに佛法を修學せんた 0000_,31,010a06(00):めなり。この仰まことにしかなりとて、生年十六歳の春、はじめて本書をひらく、三箇年をへて、 0000_,31,010a07(00):三大部をわたりたまひぬ 0000_,31,010a08(00):第五圖 0000_,31,010a09(00):惠解天然にして、秀逸のきこえあり。四敎五時の廢立鏡をかけ、三觀一心の妙理、玉をみがく、 0000_,31,010a10(00):所立の義勢、殆師のをしへにこえたり、闍梨いよいよ感歎して、學道をつとめ大業をとげて、圓宗 0000_,31,010a11(00):の棟梁となり給へと、よりよりこしらへ申されけれども、更に承諾の詞なし。なをこれ名利の學業 0000_,31,010a12(00):なることをいとひ、たちまちに師席を辭して、久安六年九月十二日、生年十八歳にして、西塔黑谷 0000_,31,010a13(00):の慈眼房叡空の廬にいたりぬ。幼稚のむかしより成人のいまに至まで、父の遺言わすれがたくして 0000_,31,010a14(00):とこしなへに隱遁の心ふかきよしをのべ給に、少年にしてはやく出離の心をおこせり、まことにこ 0000_,31,010a15(00):れ法然道理のひじりなりと随喜して、法然房と號し、實名は源光の上の字と叡空の下の字をとりて 0000_,31,011a01(00):源空とぞつけられける。かの叡空上人は大原の良忍上人の附屬圓頓戒相承の正統なり。瑜伽祕密の 0000_,31,011a02(00):法にあきらかにして、一山これをゆるし、四海これをたうとびけり 0000_,31,011a03(00):第六圖 0000_,31,011a04(00):法然上人行状繪圖 第四 0000_,31,011a05(00):上人黒谷に蟄居ののちは、ひとへに名利をすて、一向に出要をもとむるこころ切なり。これによ 0000_,31,011a06(00):りていづれの道よりか、このたびたしかに、生死をはなるべきといふことをあきらめむために、一 0000_,31,011a07(00):切經を披閲すること數遍にをよび、自他宗の章疏まなこにあてずといふことなし。惠解天然にして 0000_,31,011a08(00):その義理を通達す。あるとき天台智者の本意をさぐり、圓頓一實の戒體を談じ給に、慈眼房は心を 0000_,31,011a09(00):もて戒體とすといひ、上人は性無作の假色をもて、戒體とすとたてたまふ。立破再三にをよび、問 0000_,31,011a10(00):答多時をうつすとき、慈眼房腹立して、木枕をもてうたれければ、上人師の前をたたれにけり。慈 0000_,31,011a11(00):眼房思惟すること數尅ののち、上人の部屋に來臨して、御房の申さるるむねは、はや天台大師の本 0000_,31,011a12(00):意一實圓戒の至極なりけりとぞ申されける。佛法にわたくしなきこと、あはれにはんべり、かかり 0000_,31,011a13(00):ければ上人をもて軌範として師かへりて弟子となり給にけり 0000_,31,011a14(00):第一圖 0000_,31,012a01(00):保元元年上人二十四のとし、叡空上人にいとまをこひて嵯峨の清涼寺に七日參籠のことありき。 0000_,31,012a02(00):求法の一事を祈請のためなりけり。この寺の本尊釋迦善逝は、西天の雲をいで、東夏の霞をわけて 0000_,31,012a03(00):三國につたはりたまへる靈像なれば、とりわき懇志をはこびたまひけるも、ことはりにぞおぼえ侍 0000_,31,012a04(00):る 0000_,31,012a05(00):第二圖 0000_,31,012a06(00):上人その性俊にして大卷の文なれども、三遍これを見給に、文くらからず義あきらかなり。諸敎 0000_,31,012a07(00):の義理をあきらめ、八宗の大意をうかがひえて、かの宗この先達にあひて、その自解をのべ給に、 0000_,31,012a08(00):面面に印可し、各各に稱美せずといふことなし。清涼寺の參籠七日滿じければ、それより南都へく 0000_,31,012a09(00):だり、法相宗の碩學藏俊僧都贈僧正の房にいたりて、修行者のさまにて、對面し申さんと申されたり 0000_,31,012a10(00):けり。大ゆかにおはしけるを僧都いかがおもはれけん、あかり障子をあけてうちへ請じいれたてま 0000_,31,012a11(00):つりて對面し法談ときをうつされけり。宗義につきて不審をあげられけるに、僧都返答にをよばざ 0000_,31,012a12(00):る事どもありけり。上人こころみに獨學の推義をのべ給ければ、僧都感歎していはく、貴房はただ 0000_,31,012a13(00):人にあらず、おそらくは大權の化現歟。むかしの論主にあひたてまつるとも、これにはすぐべから 0000_,31,012a14(00):ずとおぼゆるほどなり。智惠深遠なること、言語道斷なりとて、二字をたてまつり、一期のあひだ 0000_,31,012a15(00):毎年に供養をのぶること、をこたりなかりけるとなん 0000_,31,013a01(00):第三圖 0000_,31,013a02(00):醍醐に三論宗の先達あり。權律師寬雅これなり。かしこにゆきて所存をのべ給に、律師すべても 0000_,31,013a03(00):のいはず。うちにたちいりて、文櫃十餘合をとりいだして、予が法門附屬するに人なし。きみすで 0000_,31,013a04(00):にこの法門に達し給へり。ことごとく秘書を附屬したてまつるとてこれを進ず。稱美讃嘆のことば 0000_,31,013a05(00):かたはらいたきほどなり。進士入道阿性房等、御ともして、この事を見聞して、奇特のおもひをな 0000_,31,013a06(00):しけり 0000_,31,013a07(00):第四圖 0000_,31,013a08(00):仁和寺に華嚴宗の名匠あり。大納言法橋慶雅と號す。仁和寺の岡といふ所に居住せるゆへに、岡 0000_,31,013a09(00):の法橋とぞ申ける。醍醐にもかよひけるにや、醍醐の法橋ともいへり。かの法橋は、上人の弟子阿 0000_,31,013a10(00):性房のしる人なりければ、上人華嚴宗の不審をたづねとはれんために、阿性房をあひぐして、むか 0000_,31,013a11(00):ひたまへるに、法橋まづ左右なく申いたすやうは、弘法大師の十住心は、華嚴宗によりてつくり 0000_,31,013a12(00):給へり。このむねを御室に申ところに、興あることなり。はやく勘申べきよし、おほせをかうぶる 0000_,31,013a13(00):あひだ、このほどかむがへ侍なりと申とき、初對面なればさてもあるべけれども、學問のならひは 0000_,31,013a14(00):默止がたくおもはれけるによりて上人の給けるは、なにしにかは華嚴宗にはより侍べき、大日經の 0000_,31,013a15(00):住心品の心をもて、つくられたるにてこそ侍れ、第六の他緣大乗心は法相宗のこころなり。第七の 0000_,31,014a01(00):覺心不生心は、三論宗也。第八の一道無爲心は、天台宗なり。第九の極無自性心は、華嚴宗なり。 0000_,31,014a02(00):第十の秘密莊嚴心は、眞言宗なりとて、はじめ異生羝羊心より、をはり秘密荘嚴心まで、をのをの 0000_,31,014a03(00):偈を誦して、一一にその道理を釋しのべたまひて、淺深をたて、勝劣を判ずることをは、諸宗をの 0000_,31,014a04(00):をの難をくはへ、不受し申なり。天台宗に難申やうはなど、くはしく釋しのべられ、又華嚴宗の自 0000_,31,014a05(00):解の樣をこまかに申のべ給に、法橋これをききて阿性房の緣に侍をよびて、これはききたまふか、 0000_,31,014a06(00):これかやうに心えてんに、往生し損じてんやと感嘆して、われこの宗を相承すといへども、かくの 0000_,31,014a07(00):ごとく分明ならず。上人自解の法門をきくに、下愚處處の不審をひらく、他宗推度の智惠、自宗相 0000_,31,014a08(00):傳の義理にこえ給へりとて、隨喜感嘆はなはだし。かくのごとくして、たがひに法談數尅ののち、 0000_,31,014a09(00):この宗の血脈にいり侍はやと。上入のたまへば、慶雅が上にやと。法橋申さるるあひだ、いかがさ 0000_,31,014a10(00):ることは侍べき。華嚴宗をば、ことさら傳受したてまつらんと、存ずるなりと申されければ、血脈 0000_,31,014a11(00):ならびに華嚴宗の書籍、少少わたしたてまつりぬ。さてかの法橋最後には上人を招請して、戒をう 0000_,31,014a12(00):け二字をたてまつる。戒の布施には、圓宗文類といふ、二十餘巻の文をとりいだして、慶雅はこの 0000_,31,014a13(00):ほかは、もちたるもの侍らず、上人もこどものをば、なににかはせさせ給べきとて、黒谷へぞ送進 0000_,31,014a14(00):しける。上人のたまひけるは、よき學生になりぬれば、かくのごとく、歸すべきことには歸するな 0000_,31,014a15(00):り。この法橋は華嚴宗にとりては、よき名匠なり。辨曉法印も慶雅法橋の弟子なりとぞ、おほせら 0000_,31,015a01(00):れける 0000_,31,015a02(00):第五圖 0000_,31,015a03(00):上人諸宗に通達し給へること、人口あまねきうへ、慶雅法橋御室の御前にて、自門他門おほくの 0000_,31,015a04(00):學生にあひ侍つれども、この上人かやうにもの申僧こそ侍らねと、稱美し申けるを、きこしめされ 0000_,31,015a05(00):て、御室より上人招請せられ、天台宗を學せらるべきよし、おほせられければ、天台宗はむかしは 0000_,31,015a06(00):かたのごとく傳受し侍しかども、いまは但念佛になりて、天台宗は癈亡し侍うへ、山門には澄憲、 0000_,31,015a07(00):三井には道顯など申、名匠たち侍り、かの人人にめしとはるべきか、おのづからかへりきき侍らん 0000_,31,015a08(00):も、そのはばかり侍よしを、申給しかば、みなうけたまはりをきたることなり。色題その詮侍らず 0000_,31,015a09(00):とて、かさねてしきりに仰られけれども、なをかたく辭退し申給へば、さらば念佛のことを學せら 0000_,31,015a10(00):るべし。そのついでに少少談義侍べしなどおほせられけれども、自然に延引して、日月ををくられ 0000_,31,015a11(00):けるに、後白河法皇最後の御時、上人を御善知識にめされて、まいり給けるとき、御室も御參會あ 0000_,31,015a12(00):りけるに、そのことおほせられいだして、このあひだ住京のついでに、素懐をとげばや、いかが侍 0000_,31,015a13(00):べきとおほせられければ、かやうのおりふしは物怱にも侍り、またきとめさるる事も侍らん時は、 0000_,31,015a14(00):中間に、もの申さし侍らんこともあしく侍れば、しづかに參上つかまつるべしとて、そのついでも 0000_,31,015a15(00):むなしくやみにき。其のちいく程なくて、御室もうせさせ給にしかば、つゐにその節をとげられず 0000_,31,016a01(00):といへども、懇切の御こころざしをつくされしも、上人諸宗に達したまへるゆへなりき 0000_,31,016a02(00):第六圖 0000_,31,016a03(00):法然上人行状繪圖 第五 0000_,31,016a04(00):上人のたまはく、學問ははしめてみたつるは、きはめて大事なり、師の説を傳習はやすきなり。 0000_,31,016a05(00):しかるに我は諸宗みなみづから章疏を見て心えたり。戒律にも中の川少將の上人偸蘭叉といふ、名 0000_,31,016a06(00):目ばかりぞききつたへたる、さらではみな見いだしたるなり。法相宗も藏俊にあふといへども、法 0000_,31,016a07(00):相を學せずかの人はばかりをなしてをしへず、名目ひとつぞききとりたる。故慈眼房も分明ならず 0000_,31,016a08(00):小乘戒の事は非學生なり、わづかに理觀ばかりなり。普通によき學生といふも、大乘の戒律にをき 0000_,31,016a09(00):ては、予がごとく沙汰したるものはすくなきなり。當世にひろく書を披見したることは、たれも覺 0000_,31,016a10(00):ず、書を見るに、これはその事を詮にはいふよと、みることのありかたきことにて侍に、われは書 0000_,31,016a11(00):をとりて、一見をくはうるに、その事を釋したる書よなとみる德の侍也。詮はまづ篇目を見て、大 0000_,31,016a12(00):意をとるなりと。又のたまはく、自他宗の學者、宗宗所立の義を、各別にこころえずして、自宗の 0000_,31,016a13(00):義に違するをはみなひがごとと心えたるは、いはれなきことなり。宗宗みなをのをのたつるところ 0000_,31,016a14(00):の法門、各別なるうへは、諸宗の法門一同なるべからず、みな自宗の義に違すべき條は、勿論なり 0000_,31,017a01(00):とぞおほせられける 0000_,31,017a02(00):第一圖 0000_,31,017a03(00):建仁二年九月十九日談議のとき上人かたりてのたまはく、弘法大師の十住心論は、義釋によりて 0000_,31,017a04(00):つくり給へるに、義釋に違することおほし。かの義釋は善無畏三藏の説を、一行阿闍梨記せられた 0000_,31,017a05(00):るなり。一行はいとまなき人にて未再治にてやみにしを、のちに再治の本おほし。其中に弘法大師 0000_,31,017a06(00):再治の本もある也。義釋には極無自性心に、華嚴般若等の不思議の境界を攝すとこそあるを、弘法 0000_,31,017a07(00):大師の再治の本には般若をばすてて、ただ華嚴を攝すとかかれたり。又十住心には、華嚴宗ぞと釋 0000_,31,017a08(00):せられたり。十住心といふは、異生羝羊心、愚童持齋心、嬰童無畏心、唯蘊無我心、拔業因種心、 0000_,31,017a09(00):他緣大乘心、覺心不生心、一道無爲心、極無自性心、祕密莊嚴心なり。始の異生羝羊心は、三惡道 0000_,31,017a10(00):なり、この中に修羅を攝す。第二は人道也、このなかに、もろもろの儒敎の仁義禮智信等を攝する 0000_,31,017a11(00):なり。第三は天道なり、これに老莊の敎を攝す。第六は法相宗。第七は三論宗。第八は天台宗。第 0000_,31,017a12(00):九は華嚴宗。第十は眞言宗なり。はじめの一をのぞきて、餘の九種の住心には、外典内典の種種の 0000_,31,017a13(00):諸敎、みなそのなかに攝せり。しかれば弘法大師の御心によらば、内外の典籍みなこれを學すべき 0000_,31,017a14(00):か。これによりて、御室も多聞廣學をこのみ、御沙汰あるかとおぼゆるなり。ただしこの十住心論 0000_,31,017a15(00):の義に大なる難あり。義釋にはあるひは唯經を攝すといひ、あるひは唯論を攝すともいへるを、一 0000_,31,018a01(00):宗にとりなして、華嚴宗に攝す法華宗に攝すなど、ひきなされたるは、ひがごととおぼゆるなり。 0000_,31,018a02(00):もしその宗に攝して勝劣を判ぜぱ、たがひに是非あり。その宗論にをきてはむかしよりいまだ、こ 0000_,31,018a03(00):ときれざるものなり。法華宗は華巖宗よりもあさしといはば、すでに法華宗のこころに違せり。い 0000_,31,018a04(00):かでかをして天台宗とはいふべき、ただ華巖宗のこころばかりにてこそはあらめ、宗宗たがひに淺 0000_,31,018a05(00):深をあらそふ、よそにてたれか定判せん。おほよそ一宗のならひ一代聖教にをきて淺深を判ずる、 0000_,31,018a06(00):つねのことなり。しかれば一切經はおなじく釋迦一佛の所説なれども、宗宗の所學にしたがひて、 0000_,31,018a07(00):淺深勝劣不同なれば、いづれの宗の一切經といふべし。天台宗の一切經あり。華巖宗の一切經あり 0000_,31,018a08(00):乃至法相三論にも、をのをの一切經あるべし。天台宗の一切經のなかには、法華をすぐれたりとす 0000_,31,018a09(00):るがゆへに、爾前の諸經に相對して十勝を立たり。華巖宗の一切經には、華嚴をもちてすぐれたり 0000_,31,018a10(00):とす。三論には諸大乘經顯道無異とはいへども、般若をもちて至極とす。法相には解深密經をもち 0000_,31,018a11(00):て眞實とす。かくのごとくをのをの所解不同なるを、をさへて宗宗を十住心にあてて、淺深をさだ 0000_,31,018a12(00):めらるる條、そのいひなきことなり。諸宗のならひ、ただ經ばかりをこそ、淺深をも勝劣をも立た 0000_,31,018a13(00):ることにてあれ。いはんや善無畏の義釋はすでに經ばかりに約せり。又義釋には、華嚴般若種種不 0000_,31,018a14(00):思議の境界を攝すといへるを、十住心論には唯華嚴にかぎりあやまりて、その宗までを攝して、般 0000_,31,018a15(00):若をば覺心不生心に攝すること、又もちて違せり。かくのごときの義をもちて、ひそかに難勢をく 0000_,31,019a01(00):はへたてまつるほどに、いまは二十餘年にもやなりぬらん源平の亂よりさき、嵯峨に住したりしこ 0000_,31,019a02(00):ろ、夢に見るやう。請用して他行したりけるそのあとに、弘法大師よりきとまいらせたまへとて御 0000_,31,019a03(00):使の候けると云をききて、心におもふやう、内内難じ申ことの、きこへたるよなどおもへども、さ 0000_,31,019a04(00):あらんにつけてもと存じて、すなはち大師のところへ參ず。五問ばかりなる家の、板敷もなくへだ 0000_,31,019a05(00):てもなくて、唯内に、よほうにぬりめぐらしたる壁の、くちもなきのみあり。大師はこのうちに、 0000_,31,019a06(00):おはしますとおぼゆ。まづ外にて、こはづくろひをしたれば、その壁のうちより、こなたへとおほ 0000_,31,019a07(00):せらるるこゑあり。その御こゑにつきて、いりてかべのうちをみれば、さらにその戸なし、かべの 0000_,31,019a08(00):くづれたるところのみあり、そのくづれよりくぐりいれば、大師壁のきはにおはしまして、すなは 0000_,31,019a09(00):ち胸をあはせていだきあふ。大師の御顔は予が左の肩にをき給。かくて前前難破することどもを、 0000_,31,019a10(00):一一に會釋せしめ給ふ。これをきけども、なを驚動せず。それはと申て、かさねてその義を、難じ 0000_,31,019a11(00):たてまつらんとするとおぼしくて、夢さめぬ。のちにこれを案ずるに、難じ申義、みな大師の御心 0000_,31,019a12(00):にあひかなへるか、ひしといだきあひたてまつりたることは、御意にかなひたるが、みゆるなるべ 0000_,31,019a13(00):し。げにもよく難ぜられたりとおぼしめせばこそ、夢にもさまさまに會釋し給つらめ。凡は後學畏 0000_,31,019a14(00):べしといひて、學生はかならずしも、先達なればといふことはなきなり。かの如來滅後五百年に、 0000_,31,019a15(00):五百の羅漢あつまりて、婆娑論をつくりしに、九百年に世親いでて、倶舍論をつくりて、さきの義 0000_,31,020a01(00):を破し給き。義の是非を論ぜんことは、あながちに上古にもおそるまじきものそとそ、おほせられ 0000_,31,020a02(00):ける 0000_,31,020a03(00):第二圖 0000_,31,020a04(00):上人は、もと天台の眞言をならひ給へり。しかるを中の川の阿闍梨實範、ふかく上人の法器を感 0000_,31,020a05(00):じて、許可灌頂をさづけ、宗の大事、のこりなくこれをつたふ。かの實範は、東寺の流、中院の阿 0000_,31,020a06(00):闍梨敎眞灌頂の弟子、かねて勸修寺の僧正範俊を師とす。ただ事相敎相に達するのみならず、他宗 0000_,31,020a07(00):の法門またくらからざりけり。しかるに上人を歸依のあまり、後には二字をたてまつり鑑眞和尚相 0000_,31,020a08(00):傳の戒をうく。上人は圓頓の戒法を宗とし給へりき。しかるに圓戒をさしをきて、かの相傳の戒を 0000_,31,020a09(00):うけられける。さだめてふかきこころ侍けんかし 0000_,31,020a10(00):第三圖 0000_,31,020a11(00):上人智惠第一のほまれちまたにみち、多聞廣學のきこゑ世にあまねし。おほよそ我朝にわたれる 0000_,31,020a12(00):聖敎傳記まなこにあてずといふことなし。しかれば本國の明師觀學も二字をたてまつり、黒谷の尊 0000_,31,020a13(00):師叡空も軌範とし給き。ただ敎内の宗旨に達するのみにあらず、又敎外の佛心、をぎろをさぐる。 0000_,31,020a14(00):宗門は先達なきゆへにこれを決せずと、つねにの給けるとなん。圓頓戒談義のとき、成覺房幸西た 0000_,31,020a15(00):づねていはく、この戒は諸法の至極をもて戒體とす。しかるに山王院の大師、諸法の至極を禪とす 0000_,31,021a01(00):との給へり。もししからば禪門と、この戒體と合すやいなやと。上人決し給はく、これは敎内の理 0000_,31,021a02(00):法なり、かれは修心の敎外なり、なにをもてか合すとせん。得禪の人この戒をとかば、いよいよ正 0000_,31,021a03(00):理にかなふべし、禪人敎をとけば敎文禪にしたがふ、敎人禪をとけば、禪門敎にしたがふ。をよそ 0000_,31,021a04(00):眞言止觀をもて、禪を推べきにあらず。いはんや法相三論をや、いかにいはんや自餘の小乘の宗を 0000_,31,021a05(00):やと。さらにこれ敎者のことばにあらず、まことに繩みじかくしては、深泉にいたりがたく、翅よ 0000_,31,021a06(00):はくしては、大虚にかけることなし。智あさく心つたなくして、宗門に達することあらんや。され 0000_,31,021a07(00):ば禪の宗旨を論ぜられたる、上人自筆の書いまにあり、末學うたがふことなかれ 0000_,31,021a08(00):第四圖 0000_,31,021a09(00):あるとき上人月輪殿にして、山僧と參會の事侍しに、かの僧淨土宗を立給なるは、いづれの文に 0000_,31,021a10(00):よりて、立給ぞやとたづぬるとき、善導の觀經疏の附屬の文なりと答給に、重いはく、宗義をたつ 0000_,31,021a11(00):る程のことに、なんぞただ一文によるべきやと。上人微咲して、物もの給はざりけり。かの僧山に 0000_,31,021a12(00):歸てのち、寳地房法印證眞にこのことをかたりて、法然房すべて返答にをよばずと申けるを、法印 0000_,31,021a13(00):申されけるは、法然房の物いはれざるは、不足言に處するゆへなり。かの上人は、天台宗の達者た 0000_,31,021a14(00):るうへ、あまさへ諸宗にわたりて、あまねくこれは習學して、智惠深遠なる事、つねの人にこえた 0000_,31,021a15(00):り。返答かなはずして、物いはずとおもふ僻見、さらにをこすべからずとぞ申されける。かの法印 0000_,31,022a01(00):は、つねに上人に親近して法門を談ぜしゆへに、智惠の分際をしりて、申されけるにこそ、ことに 0000_,31,022a02(00):戒の法門は上人に相承の人なり。かの法印竪義の時は、惠光房の永辨法印を師とせられけるに、元 0000_,31,022a03(00):品の無明は妙覺智斷、三惑は同時斷の義を立べきよしさづけ給けるに、證眞は一代聖敎を見に、三 0000_,31,022a04(00):惑は異時斷、元品の能治は等覺智也。此旨を立べきよし申されければ、その心なるべしと、永辨法 0000_,31,022a05(00):印ゆるされけるゆへに、等覺智斷の義を立す。澄憲法印題者にてしらべ給けるに竪者五千餘卷の經 0000_,31,022a06(00):敎をひらきたるに、いまだ妙覺智斷の文を見ずと立するに、見聞の大衆同音に、博覽を感ずる聲甚 0000_,31,022a07(00):し。その時澄憲法印、竪者すでに智劍をふるふ。題者あにさびかねをぬかざらんや、といふ名句を 0000_,31,022a08(00):申されけり。弱年の昔猶かくのごとし、いはんや積學の後をや。一切經を披覽すること、五遍なり 0000_,31,022a09(00):しかども、惠心院の僧都の高覽に、同せんをはばかりて、三返のよしを披露せられけるとかや。晝 0000_,31,022a10(00):夜に地藏菩薩に物がたりし、又おぼつかなきことあれば、中堂にまいりて藥師佛にたづねたてまつ 0000_,31,022a11(00):り、十禪師に詣して尋申に、かならず授られけり。常のことばには、我師はとをくは大聖世尊、ち 0000_,31,022a12(00):かくは天台妙樂とて、末師をばもちゐられざりけり。往生傳をつくりて、我身をかきいれられける 0000_,31,022a13(00):とかや。時の人地藏の化身とぞ申ける。しかるに彼法印、上人を智惠深遠の人なりと申されけるは 0000_,31,022a14(00):本地の智惠といひ、垂迹の廣才といひ、たがひに知たまへるゆへなるべし、餘人の稱美よりも氣味 0000_,31,022a15(00):ありてぞおぼえ侍る 0000_,31,023a01(00):第五圖 0000_,31,023a02(00):上人の老後に竹林房の靜嚴法印の弟子きたりて、竪義の才學にそなへんために、天台宗の法門を 0000_,31,023a03(00):たづね申けるにくはしく深奥をさづけられにけり。かの人のちに申けるは、老耄のうへ念佛にひま 0000_,31,023a04(00):なくして、聖敎を見ざるよしは申されしかども、文理のあきらかなること、當時の勸學にこえたま 0000_,31,023a05(00):へり、ただ人にあらずと。そのころ山門に碩學はやしをなしき、しかるに數輩の明匠をさしをきて 0000_,31,023a06(00):隱遁の上人に宗の大事をたづね申ける。その達し給へるほども、あらはれてぞおぼえ侍る。上人か 0000_,31,023a07(00):たりてのたまはく、われ聖敎を見ざる日なし、木曾の冠者、花洛に亂入のとき、ただ一日聖敎を見 0000_,31,023a08(00):ざりきと。のちには念佛のいとまをおしみて、稱名の外は他事なかりけり。後學よろしくそのあと 0000_,31,023a09(00):をまなぶべきにや 0000_,31,023a10(00):第六圖 0000_,31,023a11(00):法然上人行状畫圖 第六 0000_,31,023a12(00):上人聖道諸宗の敎門にあきらかなりしかば、法相三論の碩德、面面にその義解を感じ、天台花嚴 0000_,31,023a13(00):の明匠、一一にかの宏才をほむ。しかれどもなを出離の道にわづらひて、身心やすからず、順次解 0000_,31,023a14(00):脱の要路をしらんために、一切經を、ひらき見たまふこと五遍なり。一代の敎迹につきて、つらつ 0000_,31,024a01(00):ら思惟し給に、かれもかたく、これもかたし。しかるに惠心の往生要集、もはら善導和尚の釋義を 0000_,31,024a02(00):もて指南とせり。これにつきてひらき見給に、かの釋には、亂想の凡夫、稱名の行によりて、順次 0000_,31,024a03(00):に淨土に、生ずべきむねを判じて、凡夫の出離を、たやすくすすめられたり。藏經披覽のたびに、 0000_,31,024a04(00):これをうかがふといへども、とりわき見給こと三遍、つゐに一心專念彌陀名號、行住坐臥不問時節 0000_,31,024a05(00):久近念念不捨者、是名正定之業、順彼佛願故の文にいたりて、末世の凡夫彌陀の名號を稱せば、か 0000_,31,024a06(00):の佛の願に乗じて、たしかに往生をうべかりけりといふことはりをおもひさだめ給ぬ。これにより 0000_,31,024a07(00):て承安五年の春、生年四十三たちどころに餘行をすてて、一向に念佛に歸し給ひにけり 0000_,31,024a08(00):第一圖 0000_,31,024a09(00):あるとき上人往生の業には、稱名にすぎたる行、あるべからずと申さるるを、慈眼房は、觀佛す 0000_,31,024a10(00):ぐれたるよしをの給ければ、稱名は、本願の行なるゆへに、まさるべきよしをたて申たまふに、慈 0000_,31,024a11(00):眼房又先師良忍上人も、觀佛すぐれたりとこそおほせられしか、との給けるに、上人、良忍上人も 0000_,31,024a12(00):さきにこそむまれ給たれ、と申されけるとき、慈眼房腹立したまひければ、善導和尚も、上來雖説 0000_,31,024a13(00):定散兩門之益、望佛本願意在衆生、一向專稱彌陀佛名、と釋したまへり、稱名すぐれたりといふこ 0000_,31,024a14(00):とあきらかなり、聖敎をば、よくよく御覧給はでとぞ申されける 0000_,31,024a15(00):第二圖 0000_,31,025a01(00):上人一向專修の身となり給にしかば、つゐに四明の巖洞をいでて、西山の廣谷といふところに、 0000_,31,025a02(00):居をしめ給き。いくほどなくて、東山吉水のほとりに、しづかなる地ありけるに、かの廣谷のいほ 0000_,31,025a03(00):りを、わたして、うつりすみ給。たづねいたるものあれば、淨土の法をのべ、念佛の行をすすめら 0000_,31,025a04(00):る。化導日にしたがひて、さかりに、念佛に歸するもの、雲霞のごとし。そののち賀茂の河原屋、 0000_,31,025a05(00):小松殿、勝尾寺、大谷など、その居あらたまるといへども、勸化をこたることなし。つゐにほまれ 0000_,31,025a06(00):一朝にみち、益四海にあまねし。これ彌陀の一敎、わがくにに緣ふかく、念佛の勝行、末法に相應 0000_,31,025a07(00):するゆへなるべし。大谷は上人往生の地なり、かの跡いまにあり、東西三丈餘、南北十丈ばかり、 0000_,31,025a08(00):このうちにたてられけん、坊舍いくほどのかまへにかあらんとみえたり。その節儉のほども、おも 0000_,31,025a09(00):ひやられて、あはれに、たとくぞ侍る。いまの御影堂の跡これなり 0000_,31,025a10(00):第三圖 0000_,31,025a11(00):或時上人おほせられていはく、出離の志、ふかかりしあひだ、諸の敎法を信じて、諸の行業を修 0000_,31,025a12(00):す。おほよそ佛敎おほしといへども、所詮戒定惠の三學をばすぎず。所謂小乘の戒定惠、大乘の戒 0000_,31,025a13(00):定惠、顯敎の戒定惠、密敎の戒定惠也。しかるにわがこの身は、戒行にをいて一戒をもたもたず、 0000_,31,025a14(00):禪定にをいて、一もこれをえず。人師釋して、尸羅淸淨ならざれば三昧現前せずといへり。又凡夫 0000_,31,025a15(00):の心は、物にしたがひてうつりやすし、たとへば猿猴の枝につたふがごとし、まことに散亂して、 0000_,31,026a01(00):動じやすく、一心しづまりがたし。無漏の正智、なにによりてかおこらんや。若無漏の智劒なくば 0000_,31,026a02(00):いかでか、惡業煩惱のきづなをたたんや。惡業煩惱のきづなをたたずば、なんぞ生死繋縛の身を、 0000_,31,026a03(00):解脱することをえんや。かなしきかな、かなしきかな、いかがせん、いかがせむ。ここに我等ごと 0000_,31,026a04(00):きはすでに戒定惠の三學の器にあらず。この三學のほかに、我心に相應する法門ありや、我身に堪 0000_,31,026a05(00):たる修行やあると、よろづの智者にもとめ、諸の學者に、とふらひしに、をしふるに人もなく、し 0000_,31,026a06(00):めす輩もなし。然間なげきげき經藏にいり、かなしみかなしみ聖敎にむかひて、手自ひらき見しに善導 0000_,31,026a07(00):和尚の觀經の疏の、一心專念彌陀名號、行住坐臥不問時節、久近念念不捨者、是名正定之業、順彼 0000_,31,026a08(00):佛願故。といふ文を見得てのち、我等がごとくの、無智の身は偏にこの文をあふぎ、專このことは 0000_,31,026a09(00):りをたのみて、念念不捨の稱名を修して、決定往生の業因に備べし、ただ善導の遺敎を信ずるのみ 0000_,31,026a10(00):にあらず、又あつく彌陀の弘誓に順ぜり、順彼佛願故の文ふかく魂にそみ、心にとどめたるなり。 0000_,31,026a11(00):惠心の先德の、往生要集をひらくに、往生之業念佛爲本といひ、又かの人の妙行業記の文にも、往 0000_,31,026a12(00):生之業念佛爲先といへり。覺超僧都、惠心の僧都に、といての給はく、所行の念佛は、これ事を行 0000_,31,026a13(00):ずとやせん、これ理を行ずとやせんと。惠心の僧都、こたへての給はく、こころ萬境にさへぎる、 0000_,31,026a14(00):ここをもて、我ただ稱名を行ずるなり。往生の業には、稱名尤たれり、これによりて、一生中の念 0000_,31,026a15(00):佛その數を勘たるに、二十倶胝遍なりとの給へり。然則源空は大唐の善導和尚の、をしへにしたが 0000_,31,027a01(00):ひ、本朝の惠心の先德の、すすめにまかせて、稱名念佛のつとめ長日六萬遍なり。死期やうやく、 0000_,31,027a02(00):ちかづくによりて又一萬遍をくはへて、長日七萬遍の行者なりとぞ、おほせられける 0000_,31,027a03(00):第四圖 0000_,31,027a04(00):上人の念佛七萬遍になされてのちは晝夜に餘事をまじへられざりけり。されば、そののち人のま 0000_,31,027a05(00):いりて、法門をたづね申けるには、ききたまふかと、おぼしくては、念佛のこゑ、すこしひきく、 0000_,31,027a06(00):なり給ふばかりにてぞありける。一向に念佛を、さしをきたまふこと、なかりけるとなん 0000_,31,027a07(00):第五圖 0000_,31,027a08(00):上人或時かたりてのたまはく、われ淨土宗をたつる心は、凡夫の報土に、むまるることを、しめ 0000_,31,027a09(00):さんがためなり。もし天台によれば、凡夫淨土に、むまるることを、ゆるすに似たれども、淨土を 0000_,31,027a10(00):判ずる事あさし。もし法相によれば、淨土を判ずる事ふかしといへども、凡夫の往生をゆるさず。 0000_,31,027a11(00):諸宗の所談、ことなりといへども、すべて、凡夫報土にむまるることを、ゆるさざるゆへに、善導 0000_,31,027a12(00):の釋義によりて、淨土宗をたつるとき、すなはち凡夫報土にむまるる事あらはるるなり。ここに人 0000_,31,027a13(00):おほく誹謗していはく、かならず宗義を立せずとも、念佛往生をすすむべし。いま宗義をたつる事 0000_,31,027a14(00):は、ただこれ勝他のためなるべし。我等凡夫むまるる事をえば、應身應土なりとも足ぬべし、なん 0000_,31,027a15(00):ぞ強に報身報土の義をたつるやと。この義一往ことはりなるに似たれども、再往をいへば、その義 0000_,31,028a01(00):をしらざるがゆへなり。もし別の宗を立せずば、凡夫報土に生ずる義もかくれ、本願の不思議も、 0000_,31,028a02(00):あらはれがたきなり。しかれば、善導和尚の釋義にまかせて、かたく報身報土の義を立す。これま 0000_,31,028a03(00):たく勝他のためにあらずとぞ、おほせられける 0000_,31,028a04(00):第六圖 0000_,31,028a05(00):上人播磨の信寂房に、おほせられけるは、ここに宣旨の二つ侍をとりたがへて、鎭西の宣旨 0000_,31,028a06(00):をは、坂東へくだし、坂東の宣旨をは、鎭西へくだしたらんには、人もちゐてんやとの給に。信 0000_,31,028a07(00):寂房しばらく案じて宣旨にても候へ、とりかへたらんをば、いかがもちい侍べき。と申ければ、 0000_,31,028a08(00):御房は道理をしれる人かな。やがてさぞ 帝王の宣旨とは、釋迦の遺敎なり、宣旨二ありとい 0000_,31,028a09(00):ふは、正像末の三時の敎なり、聖道門の修行は、正像の時の敎なるがゆへに、上根上智のともがら 0000_,31,028a10(00):にあらざれば證しがたし。たとへば西國の宣旨のごとし。淨土門の修行は、末法濁亂の時の敎な 0000_,31,028a11(00):るがゆへに、下根下智のともがらを器とす、これ奧州の宣旨のごとし。しかれば、三時相應の 0000_,31,028a12(00):宣旨、これをとりたがふまじきなり。大原にして、聖道淨土の論談ありしに法門は牛角の論なりし 0000_,31,028a13(00):かども、機根くらべには、源空かちたりき。聖道門は、ふかしといへども、時すぎぬれば、いまの 0000_,31,028a14(00):機にかなはず、淨土門はあさきに似たれども、當根にかなひやすしと、いひしとき末法萬年、餘經 0000_,31,028a15(00):悉滅、彌陀一敎、利物偏增の道理におれて、人みな信伏しきとぞ、おほせられける 0000_,31,029a01(00):第七圖 0000_,31,029a02(00):震旦に、淨土の法門をのぶる人師おほしといへども、上人唐宋二代の、高僧傳の中より、曇鸞、 0000_,31,029a03(00):道綽、善導、懐感、少康の五師をぬきいでて、一宗の相承をたて給へり。其後俊乘房重源、入唐の 0000_,31,029a04(00):とき、上人仰られていはく、唐土に五祖の影像あり、かならずこれをわたすべしと。これによりて 0000_,31,029a05(00):渡唐の後あまねく、たづねもとむるに、上人の仰たがはず、はたして五祖を一鋪に圖する、影像を 0000_,31,029a06(00):得たり。重源いよいよ、上人の内鑒冷然なることをしる。かの當麻寺の曼荼羅は、彌陀如來化尼と 0000_,31,029a07(00):なりて、大炊天皇の御宇、天平寶字七年にをりあらはし給へる靈像なり。序正三方の緣のさかひ、 0000_,31,029a08(00):日觀三障の雲のありさま、人さらにわきまへがたかりしを、のちに文德天皇の御宇、天安二年に、 0000_,31,029a09(00):もろこしよりわたれる、善導大師の御釋の、觀經疏の文を見てこそ、人不審をば、ひらき侍しが、 0000_,31,029a10(00):天平寶字七年より、天安二年にいたるまでは、九十六年なり。そのかみ吾朝にて、をられたる曼荼 0000_,31,029a11(00):羅の、はるかの後にわたれる、觀經の疏の文に、符合せるをば、不思儀とこそ申傳て侍れ。いま上 0000_,31,029a12(00):人さきだちて淨土の宗義を、ひらきたまひ、のちに重源入唐の時、かの影像をわたすべきよしを、 0000_,31,029a13(00):命ぜられ、わたすところの影像、上人の仰にたがはざること、豈奇特にあらずや。されば道俗貴賤 0000_,31,029a14(00):かの五祖の眞影を拜して、いよいよ上人の德に歸し、ますます念佛の信を、ふかくしけり。當時、 0000_,31,029a15(00):二尊院の經藏に、安置するは、かの重源、將來の眞影なり 0000_,31,030a01(00):第八圖 0000_,31,030a02(00):法然上人行状繪圖 第七 0000_,31,030a03(00):上人ただ諸宗の敎門に、あきらかなるのみにあらず、修行おほくその證を得給き。そのかみ四明 0000_,31,030a04(00):黑谷にして、法花三昧をおこなひ給しとき、普賢白象にのりて、まのあたり道場に現じ給ふ。又上 0000_,31,030a05(00):人ある時、叡空上人ならびに西仙房と、ともにおこなひたまひけるに。山王影向して、納受のかた 0000_,31,030a06(00):ちをあらはし給けり、これ末代の奇特なり 0000_,31,030a07(00):第一圖 0000_,31,030a08(00):上人黑谷にして花嚴經を講じ給けるに、あをき小くちなは、机のうへにありけるを、法蓮坊信空 0000_,31,030a09(00):にとりてすつべきよし、おほせられければ、かの法蓮房、かぎりなく、くちなはに、をづる人なり 0000_,31,030a10(00):けれども、師の命そむきがたきによりて、出文机の明障子を、あけまうけて、ちりとりにはきいれ 0000_,31,030a11(00):て、なげすてて、障子をたててけり。さてかへりて見れば、くちなは、なをもとのところにありけ 0000_,31,030a12(00):り。これをみるに、遍身にあせいでて、おそろしかりけり。上人見給て、などとりてはすてられぬ 0000_,31,030a13(00):ぞと、仰られければ、法蓮房しかじかとこたへ申さるるに、上人默然として物もの給はざりけり。 0000_,31,030a14(00):其夜法蓮房の夢に、大龍かたちを現じて、我はこれ花嚴經を、守護するところの龍神なり、おそる 0000_,31,031a01(00):る事なかれ、といふとおもひて、ゆめさめにけり、むかしこの經龍宮にありて、人間に流布せず、 0000_,31,031a02(00):龍樹菩薩、龍宮にゆきて、これをひらき見て、人間にかへりて、これをひろめ給き。そののち覺賢 0000_,31,031a03(00):三藏、震旦にして、安帝義煕十四年三月十日より、揚州謝司空寺に、護淨花嚴法堂をたてて、花嚴 0000_,31,031a04(00):經を譯し給しとき、堂のまへの蓮花池より、毎日に靑衣なる二人の童子、あしたにいでてちりをは 0000_,31,031a05(00):らひ、すみをすり、くるれば、いけの底へなん、かへり入ける。經を譯し、をはりてのちは、見え 0000_,31,031a06(00):ずなりにけり。この經ひさしく龍宮にありしゆへに、龍神うやまひて守護をくはへ侍けるにこそ。 0000_,31,031a07(00):上人の披講まこといたりて、龍神を感ぜしめたまひける。ゆゆしくぞ侍ける 0000_,31,031a08(00):第二圖 0000_,31,031a09(00):上西門院ふかく上人に歸しましまして、念佛の御志あさからざりけり。或時上人を請じ申されて 0000_,31,031a10(00):七箇日のあひだ説戒あり。圓戒の奧旨をのべ給に、一のくちなは、からがきの上に七日のあひだ、 0000_,31,031a11(00):はたらかずして聽聞の氣色也。見る人あやしみおもふほどに、結願の日にあたりて、かのくちなは 0000_,31,031a12(00):死せり。そのかしらの中より、一の蝶いでて、そらにのぼると見る人もあり。天人のかたちにて、 0000_,31,031a13(00):のぼると見る人もありけり。昔惠表比丘武當山にして、無量義經を講讀せしに、こゑをきく靑雀歡 0000_,31,031a14(00):喜苑に生ぜり。かの先蹤をおもふに、この小蛇も、大乘の結緣によりて天上にむまれ侍けるにや 0000_,31,031a15(00):第三圖 0000_,31,032a01(00):上人秘密の窓にいり、觀念の床に坐し給しに、あるときは蓮花あらはれ、ある時は羯磨を見、あ 0000_,31,032a02(00):るときは寶珠を拜す。觀心明了にして、瑞相を眼前にあらはし給ふことおほかりけり 0000_,31,032a03(00):第四圖 0000_,31,032a04(00):上人ある夜夢見らく、一の大山あり、その峯きはめてたかし。南北長遠にして西方にむかへり。 0000_,31,032a05(00):山のふもとに大河あり。碧水北より出て、波浪南にながる。河原眇眇として邊際なく、林樹茫茫と 0000_,31,032a06(00):して限數をしらず。山の腹にのぼりて、はるかに西方を見たまへば、地よりかみ五丈ばかりあがり 0000_,31,032a07(00):て空中に一聚の紫雲あり。この雲とびきたりて、上人の所にいたる。希有の思をなし給ところに、 0000_,31,032a08(00):この紫雲の中より、無量の光を出す。光のなかより孔雀鸚鵡等の、百寶色の鳥、とびいでて、よも 0000_,31,032a09(00):に散じ、又河濱に遊戯す。身より光をはなちて照耀きはまりなし。其後衆鳥とびのぼりて、もとの 0000_,31,032a10(00):ごとく紫雲のなかにいりぬ。この紫雲又北にむかひて山河をかくせり。かしこに往生人あるかと、 0000_,31,032a11(00):思惟し給ほどに、又須臾にかへりきたりて、上人のまへに住す。やうやくひろごりて一天下におほ 0000_,31,032a12(00):ふ。雲の中より一人の僧出で、上人の所にきたり住す。そのさま腰より下は、金色にして、こしよ 0000_,31,032a13(00):りかみは、墨染なり。上人合掌低頭して申給はく、これ誰人にましますぞやと。僧答給はく、我は 0000_,31,032a14(00):是善導なりと。なにのために、來給ぞやと申給に、汝專修念佛をひろむること、貴きがゆへにきた 0000_,31,032a15(00):れるなり。との給とみて夢さめぬ。畫工乘臺におほせて、ゆめに見るところを圖せしむ。世間に流 0000_,31,033a01(00):布して、夢の善導といへるこれなり。その面像、のちに唐朝よりわたれる、影像に、たがはざりけ 0000_,31,033a02(00):り。上人の化導、和尚の尊意にかなへること、あきらけし。しかれば、上人の勸進によりて、稱名 0000_,31,033a03(00):念佛を信じ、往生をとぐるもの、一州にみち、四海にあまねし。前兆のむなしからざる、たれの人 0000_,31,033a04(00):か、信受せざらん 0000_,31,033a05(00):第五圖 0000_,31,033a06(00):上人專修正行としかさね、一心専念こうつもり給しかば、つゐに口稱三昧を發し給き。生年六十 0000_,31,033a07(00):六建久九年正月七日の別時念佛のあひだ、はじめには、まづ明相あらはれ、次に水想影現し、のち 0000_,31,033a08(00):に瑠璃の地すこしき現前す。同二月に寳地、寳池、寳樓を見たまふ。それよりのち連連に勝相あり 0000_,31,033a09(00):或時は左の眼より光をいだす。眼に瑠璃あり、かたち瑠璃のつぼのごとし。つぼにあかき花あり、 0000_,31,033a10(00):寳瓶のごとし。或時ははるかに西方を見やり給に、寳樹つらなりて、高下心にしたがひ、或時は座 0000_,31,033a11(00):下寳地となり、或時は佛の面像現じ、あるときは三尊大身を現じ、或時は勢至來現し給。すなはち 0000_,31,033a12(00):畫工に命じて、これをうつしとどめらる。或時は寳鳥、琴笛等の種種の、こゑをきく。くはしきむ 0000_,31,033a13(00):ね、御自筆の三昧發得の記にみへたり。かの記、上人存日のあひだは披露なし。勢觀房遺跡を相承 0000_,31,033a14(00):ののち、これを披見せられけり。高野の明遍僧都は、かの記をひらき見て、隨喜の涙をながされけ 0000_,31,033a15(00):るとなん 0000_,31,034a01(00):第六圖 0000_,31,034a02(00):法然上人行状繪圖 第八 0000_,31,034a03(00):上人三昧發得ののちは、暗夜に燈燭なしといへども、眼より光をはなちて、聖敎をひらき、室の 0000_,31,034a04(00):内外を見給。法蓮房も、まのあたりこれを拜し、隆寬律師も、ことに此事を信仰せられけり。ある 0000_,31,034a05(00):とき秉燭の程に、上人のどかに聖敎を披覧したまふをとのしければ、正信房、いまだ燈明など、た 0000_,31,034a06(00):てまつるとも、覺ざりつるにと、おぼつかなくて、ひそかに座下を伺に、左右の御目のすみより、 0000_,31,034a07(00):光をはなちて文の面を照して見給。そのひかりのあきらかなる事、ともしびにすぎたり。いみじく 0000_,31,034a08(00):たうときこと、かぎりなし。かやうの内證をば、ふかく隱密する事にて侍にと思て、ぬきあしして 0000_,31,034a09(00):まかりいでぬ。又ある時、更たけ夜しづかにして、深窓に人なし、上人ひとり念佛し給。御聲勇猛 0000_,31,034a10(00):なりければ、よなよな老骨をはげまし、おこたりなき御つとめ、いたはしくも、貴も覺て、もし御 0000_,31,034a11(00):要もや、いますらんとて、正信房まいりて、やりどを、ひきあけて、見たてまつれば、身光赫奕と 0000_,31,034a12(00):して坐給へる、たたみ二帖がうへに滿り、あきらかなること、暮山に望て、夕陽を見がごとし、身 0000_,31,034a13(00):の毛もよだつばかりなり。たうとしといふもおろかなり。心づきなくや、おぼすらん。さればとて 0000_,31,034a14(00):やがてまかり出むことも、中中なり。進退わづらふところに、ことのやう、みえぬとや思給けむ、 0000_,31,035a01(00):上人たれぞと問給。湛空と答申されければ、はやして各をも、か様になしたてまつらばやなとぞ、 0000_,31,035a02(00):仰けられける。慈恩むかし玄弉の門下にありて、眼より光をはなちて、よる聖敎をひらきしかば、 0000_,31,035a03(00):泗州大師、上座なりしかども、なを其德に信伏して、あふぎて師範とし給き。いま邊州にして、末 0000_,31,035a04(00):代たりといへども、奇特まことに、上古に恥ざるをや 0000_,31,035a05(00):第一圖 0000_,31,035a06(00):あるとき上人念佛しておはしけるに、勢至菩薩來現し給事ありけり。そのたけ一丈餘なり、畫工 0000_,31,035a07(00):に命じて、其相をうつしとどめられ、ながく本尊とあふぎ、申されけり 0000_,31,035a08(00):第二圖 0000_,31,035a09(00):上人あからさまに、草庵をたちいでて、かへり給へけるに、彌陀の三尊、繪像にあらず、木像に 0000_,31,035a10(00):あらず、垣をはなれ、板敷にも天井にも、つかずして、おはしましけり。そののちは拜見し給ふこ 0000_,31,035a11(00):と、つねの事なりけり 0000_,31,035a12(00):第三圖 0000_,31,035a13(00):ところどころに別時念佛を修し、不斷の稱名をつとむること。みなもと、上人の在世より、おこ 0000_,31,035a14(00):れり。そのなかに、上人元久二年正月一日より、靈山寺にして三七日の別時念佛をはじめ給ふに、 0000_,31,035a15(00):燈なくて光明あり。第五夜にいたりて、行道するに、勢至菩薩、おなじく烈にたちて、行道し給け 0000_,31,036a01(00):り。法蓮房夢のごとくに、これを拜す。上人に、このよしを申に、さる事侍らんと答たまふ。餘人 0000_,31,036a02(00):は更に拜せず 0000_,31,036a03(00):第四圖 0000_,31,036a04(00):同年四月五日、上人月輪殿に、まいり給て、數尅御法談ありけり。退出のとき、禪閤庭上にくづ 0000_,31,036a05(00):れをりさせ給て、上人を禮拜し、御ひたいを地につけて、ややひさしくありて、おきさせ給へり。 0000_,31,036a06(00):御涙にむせびて、仰られていはく、上人地をはなれて、虚空に蓮花をふみ、うしろに頭光現じて、 0000_,31,036a07(00):出給つるをば見ずやと。右京權大夫入道法名戒心中納言阿闍梨尋玄號本蓮房二人御前に候ける。みな見たて 0000_,31,036a08(00):まつらざるよしを申。池の橋をわたり給ひけるほどに、頭光現じけるによりて、かの橋をば頭光の 0000_,31,036a09(00):橋とぞ、申ける。もとより、御歸依ふかかりけるに、この後はいよいよ佛のごとくにぞ、うやまひ 0000_,31,036a10(00):たてまつられける 0000_,31,036a11(00):第五圖 0000_,31,036a12(00):ある人、不註名字上人の念珠を給はりて、よるひる名號をとなふ。ある時あからさまにたけくぎに、 0000_,31,036a13(00):かけたりけるに、一室照耀する事ありけり。その光をただし見るに上人恩賜の念珠よりいでたり。 0000_,31,036a14(00):珠ごとに歴歴たり。なをし暗夜に、星を見るがごとし。奇異の事なりといへり 0000_,31,036a15(00):第六圖 0000_,31,037a01(00):上人の弟子勝法房は、繪をかく仁なりけるが、上人の眞影を、書たてまつりて、其銘を所望しけ 0000_,31,037a02(00):るに、上人これを見給ひて、鏡二面を、左右の手にもち、水鏡を、まへにをかれて、頂の前後を見 0000_,31,037a03(00):合られ、たがふところえは胡粉をぬりて、なをしつけられてのち、これこそ似たれとて、勝法房に 0000_,31,037a04(00):賜はせけり。銘の事は、返答に及ばれざりけるを、勝法房後日に又參て申出たりければ、上人の御 0000_,31,037a05(00):まへに侍ける紙に 0000_,31,037a06(00):我本因地以念 0000_,31,037a07(00):佛心入無生忍 0000_,31,037a08(00):今於此界攝念 0000_,31,037a09(00):佛人歸於淨土 0000_,31,037a10(00):十二月十一日 源空 0000_,31,037a11(00):勝法御房 0000_,31,037a12(00):とかきて、授られければ、是を彼眞影に押て歸敬しけり。これは首楞嚴經の勢至の圓通の文なり。 0000_,31,037a13(00):上人は勢至の應現たりといふ事、世擧てこれを稱す。しかるに、おほくの文の中に勢至の御詞を、 0000_,31,037a14(00):自賛に用られ侍るまことに奇特の事也。いま彼眞影を拜たてまつるに、胡粉を塗てなをされたる所 0000_,31,037a15(00):多し。これ末代の龜鏡たるによりて、彼御自筆の本を寫て、此繪に加置ところ也。又或人、上人の 0000_,31,038a01(00):眞影を寫て、其銘を申けるにも、この文を書て賜けり。彼正本つたはりて、いまにありとなん申侍 0000_,31,038a02(00):る。又讃州生福寺に、すみ給し時は、勢至菩薩の像を、自作して、法然本地身、大勢至菩薩、爲度 0000_,31,038a03(00):衆生故、顯置此道場置文に載られける。委事は、彼配所の卷に、しるすもの也。勢至の垂迹た 0000_,31,038a04(00):る條、その證據かくのごとし。尤仰信するにたれり 0000_,31,038a05(00):第七圖 0000_,31,038a06(00):諸人感夢の事、おほきなかに、或人は、上人蓮花のなかにして、念佛し給と見る。あるひとは、 0000_,31,038a07(00):天童上人を圍遶して、管絃遊戯すとみる。あるは又、洛中みな闘諍堅固なれども、ただ上人の住所 0000_,31,038a08(00):ひとり無爲なり。これすなはち念佛するゆへなりと見る。或は嵯峨の釋迦如來、つげての給はく、 0000_,31,038a09(00):當時法然房といふ人の、ひらきたる往生の道妙にして、多くのひと、みなそのみちより往生すべし 0000_,31,038a10(00):と仰らると見る。されば上人勸化ののち、都鄙に往生をとどる人おほし。紫雲音樂ここにもみえ、 0000_,31,038a11(00):かしこにも聞ゆ、夢のつげ、むなしからざる事をしりぬ、極樂にのぞみをかけむともがら、たれか 0000_,31,038a12(00):上人のをしへをあふがざらむ 0000_,31,038a13(00):第八圖 0000_,31,038a14(00):法然上人行状繪圖 第九 0000_,31,039a01(00):上人道心うちに薰じ、行業ほかにあらはる、かみ王公より、しも黎元にいたるまで、その德に歸 0000_,31,039a02(00):せずといふことなかりき。後白河法皇、河東押小路の仙洞にて、御如法經を修しましますことあり 0000_,31,039a03(00):き、上人をもて御先達とせらる。文治四年八月十四日、前方便をはじめらる。御經衆は、法皇、妙 0000_,31,039a04(00):音院の入道相國師長公源空上人、ならびに門弟行賢大德、山門には良宴法印、行智律師、仙雲律師、 0000_,31,039a05(00):覺兼阿闍梨、重圓大德、園城寺には道顯僧都、眞賢阿闍梨、玄修阿闍梨、圓隆阿闍梨、圓玄阿闍梨 0000_,31,039a06(00):等なり。去十日、日吉社、臨幸ありし時、衆徒、執當澄雲法印をもて、申入けるは、東寺の僧、今 0000_,31,039a07(00):度の御經衆に、めし入らるべきよし、そのきこえあり、慈覺大師始行の法則なり、他門の僧しかる 0000_,31,039a08(00):べからず。又或上人めし入らるべきよし風聞。これはあながちに、子細を申べからずと云云これによ 0000_,31,039a09(00):りて、東寺の僧はめされず。上人は勅喚ありて、御先達をつとめらる。上人臈次の第一たるうへ、 0000_,31,039a10(00):先達たり、一座たるべきよしおほせらる。上人辭申さるといへども、勅定しきりなるによりて第一 0000_,31,039a11(00):座に着す。正面の東西に座をしく、東の一座に上人、西の一座に法皇、上人のつぎに、入道相國着 0000_,31,039a12(00):し給、良宴法印以下、官次にまかせて列座す。行基菩薩は世俗の法によりて、波羅門僧正のしもに 0000_,31,039a13(00):着し給き。この例になぞらへば、良宴法印、上座たるべしといへども、別勅にて、上人一座に着せ 0000_,31,039a14(00):らる。上人禮盤にのぼりて啓白、其後錫杖を誦し、懺法をはじめたまふ。前方便の間は、毎日三時 0000_,31,039a15(00):懺法なり、同廿日の後夜の時より正懺悔をはじめらる。後夜の調聲は上人、晨朝の調聲は法皇、御 0000_,31,040a01(00):つとめあり。堂莊嚴、美をつくされ、作法又嚴重也。法皇御靈夢の事ましましけり。子細御願文 0000_,31,040a02(00):中納言兼光卿草之に見えたり 0000_,31,040a03(00):第一圖 0000_,31,040a04(00):九月四日御料紙をむかへらる。件の料紙は觀性法橋の進ずるところなり。かの法橋、慈鎭和尚 0000_,31,040a05(00):于時法印同宿のあひだ、御料紙安置の所は和尚の住房三條白川なり。鳥羽院の第七宮覺快親王の舊跡に 0000_,31,040a06(00):てぞありける。良宴法印以下十一人の經衆は、かの所へむかふ。宿老、のこりとどまる儀になぞら 0000_,31,040a07(00):へて、法皇、上人、相國禪門、道場にまうけさせ給ふ。料紙を銅の筒におさめ、御輿に入たてまつ 0000_,31,040a08(00):りて、むかへたてまつる。南の、ひがくしのしたに案をたてて、御輿をかきすへたてまつる。良宴 0000_,31,040a09(00):法印以下の經衆、外に候して伽陁を誦す。正面の、明障子をあけられて、法皇伽陁を誦しまします 0000_,31,040a10(00):に、上人、入道相國、おなじく助音申さる。料紙を道場に安置ののち、行道、合殺あり、この儀は 0000_,31,040a11(00):さだまれる法式にあらず、上人これを申をこなはれけり 0000_,31,040a12(00):第二圖 0000_,31,040a13(00):同八日寫經の水をむかへらる。下臈の僧衆等、横川にのぼりて、慈覺大師のおこなひ給し、根本 0000_,31,040a14(00):の水をくみて、銅の瓶にいれて持參す。同十一日御筆立なり。慈鎭和尚、觀性法橋は御經衆にあら 0000_,31,040a15(00):ずといへども、もとより如法經中たるによりて寫經の時參ぜらる。和尚は入道相國のしもに着し、 0000_,31,041a01(00):觀性法橋は、仙雲律師のしもに座す。上人禮盤にのぼりて啓白、下座ののち行道、行道をはりて、 0000_,31,041a02(00):伽陁を誦す、其後十六人着座して、同時に筆をとり、書寫をはじめらる 0000_,31,041a03(00):第三圖 0000_,31,041a04(00):同十二日巳尅に、御書寫ことおへしかば、すなはち十種供養の儀あり。伶人の上達逹部、透渡殿に 0000_,31,041a05(00):着す。地下の呂人、日隠の西の腋に座して、沙陁調の調子をふく。正面の庭上に、赤地の錦の地鋪 0000_,31,041a06(00):をしきて、その上に机二脚をたてて、十種供養の具を安ず。天童二人、舞童十六人東西よりすすみ 0000_,31,041a07(00):出て、供具をとりて南の階下に參じて傳供をなす。衆僧正面の左右にたちて傳供す。このあひだ十 0000_,31,041a08(00):天樂を奏す、御導師澄憲法印なり。傳供のときは制禁かたくして參詣の道俗、やり水の北にのぞま 0000_,31,041a09(00):ずといへども、説法の時は勅許ありて、聴聞の緇素、群をなす。辨説玉をはく、貴賤みな涙をなが 0000_,31,041a10(00):す、説法のおもむき、前前に超過せり、ことに叡感あるよし、權大納言兼雅卿をもて仰下さる。導師 0000_,31,041a11(00):下座の時、千秋樂を奏す。入道相國、唱歌、中御門大納言宗家卿助音、凡今日の儀式、萬代の美談な 0000_,31,041a12(00):り、六十の御賀ををこなはれず、自然にこの事にあるかのよし時の人申あへり 0000_,31,041a13(00):第四圖 0000_,31,041a14(00):同十三日御經奉納のために、首楞嚴院に臨幸あり。長吏圓良法印の沙汰として、水飲に御所をま 0000_,31,041a15(00):うけ、供御ならびに御行水を用意す。法皇、鳥居の岡より御歩行、まづ四季講堂に入御、そののち 0000_,31,042a01(00):如法堂の中門の外に、天童以下供具をささげて、左右にたつ。樂人法界房の北の砌に候して、樂を 0000_,31,042a02(00):奏す。中門のうちより、御淨履をたてまつりて、如法堂に入御、中門より御堂にいたるまで、莚道 0000_,31,042a03(00):をしく、西の戸より御經を入たてまつりて、正面の南の庇に安ず。御經衆、南の簀子に候す。行智 0000_,31,042a04(00):律師、御經をとり出したてまつる。法皇うけとらせおはしまして長吏圓良法印にわたしたまはす、 0000_,31,042a05(00):このあひだ伽陀を誦す。御導師圓能法印なり于時法橋、説法ののち中門のほかにして、御布施を給ふ。 0000_,31,042a06(00):次に十天樂を奏。さて法界房に渡御ののち、宗明樂を奏し伽陁を誦す、御導師又圓能法印なり。啓 0000_,31,042a07(00):白下座ののち、中堂に臨幸あり 0000_,31,042a08(00):第五圖 0000_,31,042a09(00):中堂より還御、食堂にして、御裝束をあらためらる。このあひだ、衆徒庭上に群參して、延年種 0000_,31,042a10(00):種の藝をほどこす、奉行人定長卿をもて、御願無爲の條、ひとへにこれ衆徒祈念のいたすところな 0000_,31,042a11(00):り。叡感はなはだしきよし、澄雲法印におほせくださる。澄雲庭におりて、勅定のおもむきを衆徒 0000_,31,042a12(00):におほす、そののち、ゆうべにおよびければ、すなはち還御あり。亥尅に押小路殿に着御、本道場 0000_,31,042a13(00):にして懺法をおこなはる、これを歡喜懺法と號す。抑抑慈覺大師の門徒餘流、山門、園城の碩德高 0000_,31,042a14(00):僧、その數おほかるなかに、隱遁の上人を、めしいだして、御先達とせられけること、しかしなが 0000_,31,042a15(00):ら、佛德のいたり、御歸依のあまりなり 0000_,31,043a01(00):第六圖 0000_,31,043a02(00):法然上人行状畫圖 第十 0000_,31,043a03(00):高倉院御在位のとき、承安五年の春、勅請ありしかば、主上に一乘圓戒をさづけたてまつらる。 0000_,31,043a04(00):卿相頂戴し宮人稽首す、清和御門、貞觀年中に、慈覺大師を紫宸に請じたてまつられ、天皇、皇后 0000_,31,043a05(00):ともに、圓戒をうけましましき。上人かの九代の嫡嗣として、法流ただ一器につたはりき。はるか 0000_,31,043a06(00):にいにしへのあとををこしたまひぬるこそいみじく侍れ 0000_,31,043a07(00):第一圖 0000_,31,043a08(00):後白河法皇、勅請ありければ、上人法住寺の御所に、參じたまひて、一乘圓戒をさづけ申されけ 0000_,31,043a09(00):り。山門、園城の碩德をめされて、番番に往生要集を講じ、おのおの所存の義を、のべさせられけ 0000_,31,043a10(00):るに、上人おほせにしたがひて、披講し給けるに、往生極樂の敎行は濁世末代の目足なり、道俗貴 0000_,31,043a11(00):賤たれか歸せざらむものと、よみあげ給より、はじめてきこしめさるるように、御きもにそみて、 0000_,31,043a12(00):たうとく、御感涙はなはだしかりけり。御信仰のあまり、右京權大夫隆信朝臣におほせて、上人の 0000_,31,043a13(00):眞影を圖して、蓮華王院の寶藏におさめらる。先代にも、その例まれなる事とぞ申あへける 0000_,31,043a14(00):第二圖 0000_,31,044a01(00):後白河法皇ひとへに上人の勸化に歸しましまし、御信仰他にことなりしかば百萬遍の御苦行、二 0000_,31,044a02(00):百餘ケ度まで、功をつみ、比類なき御事にてぞましましける。建久三年正月五日より、御惱ありけ 0000_,31,044a03(00):るに、日にしたがひておもらせをはしましければ、御善知識に參ぜらるべきよし、仰下さるるによ 0000_,31,044a04(00):りて、二月廿六日に、上人參じたまひて、御戒を授たてまつられ、御往生の儀式をさだめ申さる。 0000_,31,044a05(00):念佛往生の道は、日ごろきこしめしをかれけるうへ、かさねて申入らるるむね、ねむごろなりしか 0000_,31,044a06(00):ば、いよいよ御信心ふかくして、御念佛をこたらせ給はず、御臨終ちかづかせ給ければ、同三月十 0000_,31,044a07(00):二日戍刻に、御佛を渡たてまつられ、十三日寅刻御臨終正念して、稱名相續し、御端坐ねふるがご 0000_,31,044a08(00):とくして、往生の素懐をとげさせ給き。御年六十六なり、誠御宿緣のいたりあわれにぞおぼへ侍 0000_,31,044a09(00):第三圖 0000_,31,044a10(00):法皇崩御の後、かの御菩提の御ために、建久三年秋のころ、大和前司親盛入道法名見佛、八坂の引導 0000_,31,044a11(00):寺にして、心阿彌陀佛調聲し、住蓮、安樂、見佛等のたぐひ助音して、六時禮讃を修し、七日念佛 0000_,31,044a12(00):す、結願の時、種種の捧物をとりいでけるを、上人不受の氣をはしまして、念佛は身づからのため 0000_,31,044a13(00):のつとめなり。法皇の御菩提に廻向したてまつるとも、布施以外の事なり、ゆめゆめあるべからず 0000_,31,044a14(00):とて、いましめ給ける、これ六時禮讃苦行のはじめなり 0000_,31,044a15(00):第四圖 0000_,31,045a01(00):後白河の法皇の十三年の御遠忌に當て、土御門院、元久元年三月に、御佛事を修せられけるに、 0000_,31,045a02(00):上人蓮華王院にして、淨土の三部經を書寫せられ、能聲をゑらびて六時禮讃を勤行して、ねんごろ 0000_,31,045a03(00):に御菩提をぞ訪申されける 0000_,31,045a04(00):又大和入道見佛もおなじく、法皇の御菩提をいのり申さむために、いづれの行法をか修べきと思 0000_,31,045a05(00):惟するに、法皇見佛が夢に、我菩提をば如法に訪べきよしを示されけり。則見佛此由を、上人に申 0000_,31,045a06(00):ければ、上人淨土の三部經を、如法に書寫すべき次第、法華の如法經になぞらへて法則を出さる。 0000_,31,045a07(00):所謂かの記云 0000_,31,045a08(00):淨土三部經次第 0000_,31,045a09(00):一、御料紙事、紙曾を植て千日是を行へ、其間は念佛禮讃を用べし、若かくのごとくをこなへる 0000_,31,045a10(00):料紙なくば市の料紙用ふべし 0000_,31,045a11(00):一、堂莊嚴事 如常 0000_,31,045a12(00):一、前方便七ケ日事、沐浴、潔齋、淨衣等、常のごとし 0000_,31,045a13(00):但絹綿の類は用否人の意にあるべし 0000_,31,045a14(00):一、入道場次第、門前の灑水、井、香呂、花告、香象等常のごとし、次に無言行道三反、奉請、合 0000_,31,045a15(00):殺等、常のごとし。次に諸衆寶座の前に列立して惣禮の伽陁を誦べし。其詞云 0000_,31,046a01(00):歸命本師釋迦佛 十方世界諸如來 0000_,31,046a02(00):願受施主衆生請 不捨慈悲入道場 0000_,31,046a03(00):南無十方三世一切諸佛、哀愍納受、入此道場 0000_,31,046a04(00):本國彌陀諸聖衆 平等倶來坐道場 0000_,31,046a05(00):道場聖衆實難逢 衆等頂禮彌陀尊 0000_,31,046a06(00):南無極樂世界、諸尊聖衆、慈悲護念、證明功德 0000_,31,046a07(00):次に彌陀を讃歎したてまつるべし 0000_,31,046a08(00):弘誓多門四十八 偏標念佛最爲親 0000_,31,046a09(00):人能念佛佛還念 專心想佛佛知人 0000_,31,046a10(00):南無極樂化主彌陀如來、命終決定、往生極樂 0000_,31,046a11(00):次に經を讃歎すべし 0000_,31,046a12(00):念念思聞淨土敎 文文句句誓當勤 0000_,31,046a13(00):憶想長時流浪久 專心聽法入眞門 0000_,31,046a14(00):南無淨土三部、甚深妙典、命終決定、往生極樂 0000_,31,046a15(00):次に禮讃、日没の時より是を始べし、諸衆着座、導師登禮盤、禮讃の後、高聲念佛三百反、但 0000_,31,047a01(00):時の早晩によるべし、禮讃の時刻は、日沒申時、初夜戍時、半夜子時、後夜寅時、晨朝辰時、日中午時、 0000_,31,047a02(00):なるべし 0000_,31,047a03(00):次に佛經を讃歎すべし、伽陀、其詞先のごとし。但開白の時は念佛以後の讃嘆を略べし、又開 0000_,31,047a04(00):白以後は惣禮の伽陀を略べし。次に例時の作法、常のごとし、但日沒一時を用べし。次に讀經は 0000_,31,047a05(00):雙卷觀經なるべし、轉讀の多少、時の早晩に隨べし。次出堂 0000_,31,047a06(00):後後の時、これになぞらへて知べし、前方便、七ケ日の間、日別かくのごとくなるべし 0000_,31,047a07(00):一、寫經七ケ日事、沐浴、潔齋、入道場、禮讃、念佛、讃嘆、讀經等の次第、前方便のごとし。一 0000_,31,047a08(00):事も違すべからず。筆立の次第、初日、晨朝の禮讃以後、啓白有べし、其器量を選べし、分經、 0000_,31,047a09(00):井墨筆等以下の諸事、常のごとし、日別の書寫、禮讃巳後、多少時によるべし、但七ケ日の間に 0000_,31,047a10(00):其功を終べき也、日別解説、日中の禮讃以後なるべし。日日の次第、是になぞらへて知べし、七 0000_,31,047a11(00):ケ日の間の儀式、かくのごとし 0000_,31,047a12(00):次に奉納の次第、常のごとし、佛經讃嘆、先のごとし、但讃嘆の多少、時宜によるべし、奉納 0000_,31,047a13(00):路次の間の合殺常のごとし 0000_,31,047a14(00):上人記錄の法則かくのごとし、追福のために、是等の善根を修する事、このときよりはじまれる 0000_,31,047a15(00):となむ、申つたへ侍る。されば其後三部經を如法に書寫する事、世におほく聞へ侍り 0000_,31,048a01(00):第五圖 0000_,31,048a02(00):後鳥羽院、度度 勅請ありて圓戒を御傳受、上西門院、修明門院、同じく御受戒ありき。かか 0000_,31,048a03(00):りしかば、三公、公卿、かうべをかたぶけ、一朝あふぎて、傳戒の師とせずといふ事なかりき 0000_,31,048a04(00):第六圖 0000_,31,048a05(00):法然上人行状繪圖 第十一 0000_,31,048a06(00):諸人の歸依あさからざりしなかに、九條關白殿下兼實公號後法性寺殿、又號月輪殿信仰他にことに崇重比類なか 0000_,31,048a07(00):りき。二月十九日法性寺殿の御忌日に御佛事ありけるに傳供の時僧俗座をわかちてたちならべり。 0000_,31,048a08(00):今日はことにねんごろなる佛事也、上人も傳供に立給べしと、殿下おほせ事ありければ、松殿基房公 0000_,31,048a09(00):まことにさ候べしと申給に、上人は隱遁の身たるうへ凡僧にておはするに、慈鎭和尚于時僧正受戒の師 0000_,31,048a10(00):範たるに恕せられて上人を座上にひき申されければ、菩提山の僧正信圓おなじく上座をゆづりたて 0000_,31,048a11(00):まつりたまふ。上人兩僧正の上に立て、松殿の俗の一座にておはしましけるにむかひて僧の一座な 0000_,31,048a12(00):りけり、道德のいたりいみじき事にも侍かな 0000_,31,048a13(00):第一圖 0000_,31,048a14(00):月輪殿をつくられけるに、例もなき屋を、一宇さしづを下させられけり。殿下の御所おほく見候 0000_,31,049a01(00):へども、かかる屋いまだ見候はずと、奉行の三位範季卿申ければ、思食様ありとて、いそがせられ 0000_,31,049a02(00):ければ、まづ造たててけり。何事の御料にかとおもふ程に、はや上人の御息所なりけり。老者にて 0000_,31,049a03(00):をはしませば、まづここにてやすめたてまつりて、のちに御對面あらむためにてぞ有ける。御歸依 0000_,31,049a04(00):のあまり、これまでの御沙汰におよびければ、たぐひなく有がたき事にぞ、時の人申あへける 0000_,31,049a05(00):第二圖 0000_,31,049a06(00):ある時上人月輪殿へ參じ給へるに、殿下御はだしにておりむかはせ給へば、聖覺法印、三井の大 0000_,31,049a07(00):納言僧都覺心、おなじくおりむかひ恐恐せられけり。上人僧都をあやしげに見たまふ、聖覺あれは 0000_,31,049a08(00):大納言僧都御房候と申さるれば、僧都とりあへず、覺心となのり申されき。意は大納言も僧都も世 0000_,31,049a09(00):におほければ、實名にてそれとしられたてまつらむとなり、殿下かやうにせさせたまへば、まして 0000_,31,049a10(00):卿相雲客のおりさはがるる事ことはり也 0000_,31,049a11(00):第三圖 0000_,31,049a12(00):建久八年上人いささかなやみ給事有けり。殿下ふかく御歎ありける程に、いく程なくて、平愈し 0000_,31,049a13(00):給にけり。上人同九年正月一月より草庵にとぢこもりて別請におもむき給はざりければ、藤右衞門 0000_,31,049a14(00):尉重經を御使として、淨土の法門、年來敎誡を承るといへども、心腑におさめがたし、要文をしる 0000_,31,049a15(00):し給はりて、かつは面談になずらへかつはのちの御かたみにもそなへ侍らむと仰られければ、安樂 0000_,31,050a01(00):房外記入道師秀子を執筆として、選擇集を選せられけるに、第三の章書寫のとき、予もし筆作の器にたらず 0000_,31,050a02(00):ば、かくのごとくの會座に參ぜざらましと申けるをきき給て、この僧憍慢の心ふかくして惡道に墮 0000_,31,050a03(00):しなむとて、これをしりぞけられにけり。その後は眞觀房感西にぞかかせられける。此書を選進せ 0000_,31,050a04(00):られてのち、同年五月一日上人の夢の中に、善導和尚來應して、汝專修念佛を弘通するゆへに、こ 0000_,31,050a05(00):とさらにきたれるなりとしめしたまふ。此書冥慮にかなへる事しりぬべし、ふかく信受するにたれ 0000_,31,050a06(00):り 0000_,31,050a07(00):第四圖 0000_,31,050a08(00):殿下の御歸依あさからずして、上人參たまふごとに殿下おりむかはせ給へば、公卿殿上人のおり 0000_,31,050a09(00):さはがるる事を、上人うるさき事におもひたまひて、九條殿へまいり給はざらむために、房籠りと 0000_,31,050a10(00):て別請におもむき給はず、いづかたへもありき給はざりけり。殿下しきりに御歎ありて、たとひ房 0000_,31,050a11(00):籠なりとも、身に違例などの侍らむ時は、來給なんやと仰られければ、さやう御時は子細におよび 0000_,31,050a12(00):侍らずと申されければ、せめても請申されむとては常に御違例とぞ號せられける。此上は辭申に所 0000_,31,050a13(00):なくして參給けるを見て、門弟正行房心中に、あわれ房籠とてよの所へはましまさずして、九條殿 0000_,31,050a14(00):へのみまいり給事しかしながら檀越をへつらひたまふとこそ、人はそしり申さむずれ、しかるべか 0000_,31,050a15(00):らぬわざかなとおもひてねたる夢に、上人汝はわが九條殿へまいる事をそしりおもふなと仰らるる 0000_,31,051a01(00):に、いかでかさる事候べきと申ば、汝はさおもふ也。九條殿と我とは先生に因緣あり、餘人に准ず 0000_,31,051a02(00):べからず、宿習かぎりある事をしらずして、謗する心をおこさば、定て罪をうべきなりと仰らるる 0000_,31,051a03(00):と見る。さめてのち上人にこのよしをかたり申ければ、さてぞかし、先生に因緣ある事なりとぞの 0000_,31,051a04(00):給ける。御歸依他にことなるほど、まことにただ事にあらずぞおぼえ侍る 0000_,31,051a05(00):第五圖 0000_,31,051a06(00):殿下ひとへに念佛門に入給にしのちは、浮生の榮耀をかろくして、往生淨土の御いとなみ他事な 0000_,31,051a07(00):かりき。つゐに建仁二年正月二十八日、月輪殿にして御素懐法名圓證をとげらる。上人を和尚として圓 0000_,31,051a08(00):戒を受持し、御歸依ますますふかかりけり 0000_,31,051a09(00):第六圖 0000_,31,051a10(00):法然上人行状繪圖 第十二 0000_,31,051a11(00):大炊御門左大臣經宗公所勞の時、或人の方便にて上人を知識に請じ申されけり。念佛往生の事日 0000_,31,051a12(00):ごろいと沙汰におよばぬ人にて、左右なく勸進の事中中あしさまなるべかりければ、上人のはかり 0000_,31,051a13(00):ごとにて、屏風をへだてて、ある僧となにとなく法門ををほせられけるに、天竺震旦我朝まで佛法 0000_,31,051a14(00):のつたはれる次第など、ゆゆしく仰られたてて、念佛往生の末代相應の法なる事などこまかに宣説 0000_,31,052a01(00):し給ふに、左府これをきき給て、信仰の心をこり給にければ、一すぢにその勸化にしたがひ、歸敬 0000_,31,052a02(00):他にことなりき。生年七十一、文治五年二月十三日出家をとげられにけり。法名金剛覺爲 寬平法皇御名之由、在茂申間命終之後改法性覺 0000_,31,052a03(00):所勞次第に危急のあひだ、同廿七日より上人參住して念佛をすすめ申さる。翌日辰尅臨終正念にし 0000_,31,052a04(00):て往生をとげ給にけり。上人の心ばせ、まことにかしこくぞ侍ける 0000_,31,052a05(00):第一圖 0000_,31,052a06(00):花山院左大臣兼雅公は、ふかく上人に歸したまひて、鎭西庄園の土貢をわかちて毎年に施入せら 0000_,31,052a07(00):れけり。我は院内よりほかは車たてることなし、しかれども法然上人の庵室に車たてたらむは、な 0000_,31,052a08(00):にかくるしかるべきとて、つねにわたりたまひて、圓頓戒をうけ念佛の法門を談ぜられけり。生年 0000_,31,052a09(00):五十四正治二年七月十四日に出家をとげ、同十六日に往生を遂られけるとなむ 0000_,31,052a10(00):第二圖 0000_,31,052a11(00):右京權大夫隆信朝臣は、ふかく上人に歸し、餘佛餘行をさしをきて、ただ彌陀の一尊をあがめ、 0000_,31,052a12(00):ひとへに念佛の一行をつとむ。つゐに上人にしたがひて、建仁元年に出家をとげ法名を戒心と號、 0000_,31,052a13(00):一向專念の外他事なかりけり。生年六十四の春所勞危急にをよぶ。上人きき給て、住蓮安樂二人の 0000_,31,052a14(00):門弟をつかはして知識とせられけり。すでにをはりにのぞむに、二人の僧を左右にをきて、病者と 0000_,31,052a15(00):知識と同音に念佛し、來迎の讃をとなへ、端坐合掌して往生をとぐ。元久元年二月廿二日なり、紫 0000_,31,053a01(00):雲音樂以下の奇瑞一にあらず。のちに正信房かの墓所にむかひて念佛したまふに異香なをうせず、 0000_,31,053a02(00):日本往生傳にしるし入られけるとなむ 0000_,31,053a03(00):第三圖 0000_,31,053a04(00):卿二品の弟民部卿範光は、後鳥羽院の寵臣なり。ひとへに上人に歸して稱名のほか他事なかりけ 0000_,31,053a05(00):り。生年五十四の春承元元年三月十五日に出家をとげ、法名を靜心と號、病惱火急のよしきこしめ 0000_,31,053a06(00):されければ、しのびて 御幸ありけり。後生の事いかがおもひさだめ侍と御たづねありければ、今 0000_,31,053a07(00):度の往生決定して更疑所候はず。其故は、去夜の夢に一人の高僧來、誰人にましますぞ、と問に、 0000_,31,053a08(00):我はこれ源空也、唐にして善導となづけ、此土にしては源空という、此界に來て衆生をみちびく事 0000_,31,053a09(00):已三箇度也、今汝に命終の期をしめさむがために來臨す、明後日午尅その期なるべしとのたまふと 0000_,31,053a10(00):見て夢さめ侍ぬ、已冥のつげにあづかれり、往生空かるべからざるよしを存と申、是を聞食されて 0000_,31,053a11(00):深く隨喜有けり。件日時すこしもたがはず、正念に安住し稱名相續して往生をとぐ、不思議の事な 0000_,31,053a12(00):りけり 0000_,31,053a13(00):第四圖 0000_,31,053a14(00):大宮の内府<實宗公>は、歸敬の心さし他にことにおはせしかば、つねに上人に謁して念佛往生のみち 0000_,31,053a15(00):をあきらめ、ついに上人を和尚として建永元年十一月二十七日出家をとげ、專心のつとめおこたり 0000_,31,054a01(00):たまはず、上人の入減をかなしみて初七日の諷誦をささげられき、生年六十七建暦二年十二月八日 0000_,31,054a02(00):正念たがはず、念佛相續して往生をとげられにけり 0000_,31,054a03(00):第五圖 0000_,31,054a04(00):野宮左大臣公繼公は師弟の契あさからざるによりて、興福寺の衆徒上人の念佛興行をそねみ申て、 0000_,31,054a05(00):奏聞にをよびし時は、上人ならびに弟子、權大納言公繼公を遠流せらるべきよし申状をささぐといへ 0000_,31,054a06(00):ども、更其心ざしをあらためず、專修のつとめおこたる事なくして、生年五十三嘉祿三年正月廿三 0000_,31,054a07(00):日に職を辭し、同卅日種種の奇瑞をあらはして往生をとげ、いまに末代の美談となり給へり。すべ 0000_,31,054a08(00):て月卿雲客のなかに、化導に歸する人おほく侍しかども、しげきによりてのせず 0000_,31,054a09(00):第六圖 0000_,31,054a10(00):法然上人行状繪圖 第十三 0000_,31,054a11(00):聖護院の無品親王靜惠御違例のとき、醫療術をつくさるといへども、しるしなかりければ、門徒 0000_,31,054a12(00):の上總宰相僧正行舜、大貳僧正公胤以下の人人、信讀の大般若經を轉讀して、祈禱をいたさる。こ 0000_,31,054a13(00):の人人はみな、佛家の鸞鳳、僧中の龍象なりき。しかれども、すでにあやうくをはしましければ、 0000_,31,054a14(00):この人人をさしをかれて上人を招請せられしに、御使二度まではかたく辭退してまいりたまはず。 0000_,31,055a01(00):第三度の御使に、宰相律師實昌といふ人來臨して、理をまげて一度まいりたまひて、念佛の事申き 0000_,31,055a02(00):かせまいらせたまへとて、ひきたつる様にせしかば、まことに往生しましますべき人にてもや御坐 0000_,31,055a03(00):らんとて、やがて律師の車にのり具してまいりたまひぬ。親王御封面ありて、いかがしてこのたび 0000_,31,055a04(00):生死はなれ侍るべき。後生たすけたまへと仰られければ、上人臨終の行儀を談申され、彌陀本願の 0000_,31,055a05(00):おもむきをのべ給に、親王感涙しきりにくだりたまひ、歸敬の掌をぞあはせられける。上人はやが 0000_,31,055a06(00):てかへり給にければ、次の日御往生ありけるに、最後に念佛一萬五千反申させたまひて、念佛とと 0000_,31,055a07(00):もに、御息とどまりたまひにけり。諸人隨喜の掌をあはせ、上人の德をぞほめ申ける。實昌律師、 0000_,31,055a08(00):のちに御往生のやうを上人にかたり申ければ、上人もよろこび申されけり 0000_,31,055a09(00):第一圖 0000_,31,055a10(00):延暦寺東塔、竹林房の靜嚴法印、吉水の禪房にいたりていかがして此たび生死をはなれ候べきと 0000_,31,055a11(00):の給ければ、源空こそたづね申たく侍れとこたへ申けるに、法印又決擇門はさる事にて、出離の道 0000_,31,055a12(00):にをきては、智德いたり道心ふかくましませば、さだめて安立の義候らんと申さるれば、源空は彌 0000_,31,055a13(00):陀本願に乘じて、極樂の往生を期する外は、またくしることなしと。法印申さるる様、所存もかく 0000_,31,055a14(00):のごとし、美言をうけ給て、愚案をかたくせんがためにたづね申所也。但妄念のきおひをこり侍る 0000_,31,055a15(00):をば、いかがし候べきと。上人のたまはく、是煩惱の所爲なれば、凡夫のちから及べからず。只本 0000_,31,056a01(00):願をたのみて名號を唱れば、佛の願力に乘じて往生を得としれり。法印信心決定し、疑念忽にとけ 0000_,31,056a02(00):ぬ。往生更にうたがひなしとて、退出し給けり 0000_,31,056a03(00):第二圖 0000_,31,056a04(00):上入淸水寺にして、説戒のつゐでに、罪惡の凡夫なれども、本願をたのみて念佛すれば、往生う 0000_,31,056a05(00):たがひなきむね、ねむごろにすすめ給ければ、寺家の大勸進沙彌印藏、ふかく本願を信じ、ひとへ 0000_,31,056a06(00):に念佛に歸す。是によりて文治四年五月十五日、瀧山寺を道場として、不斷常行念佛三昧をはじめ 0000_,31,056a07(00):しに、能信といへる僧、香爐をとりて、開白發願して行導するに、願主印藏寺僧等、ならびに、比 0000_,31,056a08(00):丘比丘尼そのかずをしらず結緣しけり。其行いまに退轉なし。阿彌陀堂常行念佛と號する是なり。 0000_,31,056a09(00):抑淸水寺の靈像は、極樂淨土には一生補處の薩埵、娑婆穢國には、施無畏者の大士なり。仁和寺入 0000_,31,056a10(00):道親王の御夢想に觀音身づからのたまはく、淸水寺の瀧は過去にもこれありき。現在にも是あり。 0000_,31,056a11(00):未來にも又是あるべし。是すなはち大日如來の鑁字の智水なりとて一首を詠じたまふ 0000_,31,056a12(00):淸水の瀧へまいればをのづから現世あんをむ往生極樂 0000_,31,056a13(00):としめし給ければ、大威儀師俊緣を御使として、寺家へ仰をくられけるとかや。まことに其たのみ 0000_,31,056a14(00):ふかかるべきもの也。上人の勸化によりて、此みぎりにして不斷念佛をはじめけるも、よしある事 0000_,31,056a15(00):にや侍らん 0000_,31,057a01(00):第三圖 0000_,31,057a02(00):南都興福寺の古年童は、上人淸水寺にて説戒のとき、念佛をすすめ給をききて、歸敬渇仰のあま 0000_,31,057a03(00):り、やがて發心出家して松苑寺のほとりに、いほりをむすびて念佛しけるが、つゐに靈瑞を感じ、 0000_,31,057a04(00):高聲念佛して往生をとぐ。能信といふ僧、如法經のかうぞをうへながら、往生人に緣をむすばむた 0000_,31,057a05(00):めに、棺のさきの火の役をつとめてかへるに異香ころものうへに薫ず。人人奇特のおもひをなし、 0000_,31,057a06(00):信心をますものおほかりけり 0000_,31,057a07(00):第四圖 0000_,31,057a08(00):建仁二年三月十六日、上人かたりてのたまはく、慈眼房は受戒の師範なるうへ、同宿して衣食の 0000_,31,057a09(00):二事、一向このひじりの扶持なりき。然て法門をことごとく習たる事はなし。法門の義は、水火の 0000_,31,057a10(00):ごとく相違して、常論談せしなり。此聖と源空とは、南北に房をならべて住したりしに、或時聖の 0000_,31,057a11(00):居給へる房のまへをすぐるに、聖見給て、あの御房やとよぴ給へば、とまりて緣にゐて候と申に大 0000_,31,057a12(00):乗實智おこさで、淨土往生してんやとの給に、往生し候なんと答申とき、なににさは見えたるぞと 0000_,31,057a13(00):の給あひだ、往生要集に見えて候と申に、往生要集のうちを見給たるぞとの給間、いざ誰かうちを 0000_,31,057a14(00):見ざるやらんと申たれば、聖腹立て、枕をもてなげうちに打給へば、やはらにげて我房のかたへま 0000_,31,057a15(00):かりたれば、をふておはして、ははきのゑをもちて肩をうちなどし給き。又のちに文をもてをはし 0000_,31,058a01(00):て、これはいかにいふことぞとの給を心のうちに無益なり。事のいでくれば、いまは物申さじとち 0000_,31,058a02(00):かひをおこして、いざいかが候らんと申たれば、又腹立て、それらかやうなる人を同宿したるは、 0000_,31,058a03(00):かやう事をもいひあはせんれうにてこそあれとの給き。かやうにして、常にいさかひはせしかども 0000_,31,058a04(00):最後には、覺悟房といひし聖に二字をかかせて、かへりて弟子になりて、房舎聖敎の讓文をも、も 0000_,31,058a05(00):とは讓渡とかかれたりしを取返して、進上とかきなをしてたびて、生生世世にたがひに、師弟とな 0000_,31,058a06(00):らむ料に申ぞとの給き。眞言の師範なりし相模阿闍梨重宴も、最後には受戒の弟子になりて、戒を 0000_,31,058a07(00):うけ給き。正しく三部の灌頂を授給し、丹後の迎接房もかへりて弟子となりて、顯宗の法門、なら 0000_,31,058a08(00):びに淨土の法門をば、源空にならひて、終に往生を遂にき。當時の院主僧都圓長は、重宴阿闍梨の 0000_,31,058a09(00):眞言の弟子なれば、源空には同朋なり。しかるに、かの圓長眞言の敎相を、重宴阿闍梨にとひけれ 0000_,31,058a10(00):ば、心には覺れども、我は非學生にてえいひひらかぬぞとよ、法然房にとひていはせて申さむと重 0000_,31,058a11(00):宴の給ければ、圓長も後には弟子になりてものならはむといひて、やがて受戒して師弟の振舞にて 0000_,31,058a12(00):ありき。最初の師範なりし美作の觀覺得業も弟子になりて、源空を戒師として受戒し給き。多くの 0000_,31,058a13(00):師範みな弟子となり給しなかにも、當時の碩學どもの慈眼房の受戒の弟子ならぬはなきに、其師の 0000_,31,058a14(00):慈眼房の、かへりて弟子になりたまひたる事は不思議の事とこそおぼゆれなど、さまざまかたりた 0000_,31,058a15(00):まへば、きく人みな隨喜し、ふしぎの事なりとぞ申あひける 0000_,31,059a01(00):第五圖 0000_,31,059a02(00):左衞門の志 藤原宗貞ならびに妻室惟宗の氏女、夫婦心をひとつにして堂舍建立の發願をなし、 0000_,31,059a03(00):雲居寺の北ひむがしのつらに其地をしめ、建仁元年四月十九日に上棟、同二年春の比其功すでに終 0000_,31,059a04(00):にけり。本尊は阿彌陀の像、脇士は觀音地藏を安置したてまつる。同年秋のころ、上人吉水の御房 0000_,31,059a05(00):より、雲居寺の勝應彌陀院へ百日參詣し給しとき、願主宗貞門前に蹲居して、堂舍建立の旨趣をの 0000_,31,059a06(00):べ、御供養あるべきよしをのぞみ申ければ、上人堂内に入給て、佛像安置の體を御覽ぜられ、この 0000_,31,059a07(00):堂は源空が供養すべき堂にあらずとて出られにけり。願主其こころを得ずして周章するところに、 0000_,31,059a08(00):或人申云、上人は勢至菩薩の垂跡にましますといふ事人口あまねし。しかるに脇士に勢至菩薩のま 0000_,31,059a09(00):しまさざる事、上人の御慮に違するかと申ければ、いそぎ又勢至菩薩を造立し、もとの地藏をぱ異 0000_,31,059a10(00):所にわたしたてまつり、其跡に勢至菩薩をすへたてまつりて後、上人また雲居寺御參詣のとき、建 0000_,31,059a11(00):仁二年八月晦日、かさねて案内を申ところに、相違なく供養をとげられにけり。別御啓白なし。た 0000_,31,059a12(00):だ念佛千遍をとなへたまひ、やがて不斷念佛を始行せられ、寺號を引接寺とつけらる。この堂いま 0000_,31,059a13(00):にあり。勢至菩薩のうしろにすへたてまつる地藏これなり 0000_,31,059a14(00):第六圖 0000_,31,059a15(00):法然上人行状畫圖 第十四 0000_,31,060a01(00):天台座主權僧正顯眞、いまだ大僧都におはせしとき、承安三年生年四十三にして、官職を辭し菩 0000_,31,060a02(00):提をもとめて、大原に籠居、春秋四箇年にをよぶところに、安元二年七月八日建春門院崩御のあひ 0000_,31,060a03(00):だ、かの御菩提のために、法住寺に新法華堂をたてられ、七七の御忌をむかへて、同八月廿五日に 0000_,31,060a04(00):行法をはじめられしに、その先達に、叡山法華堂の一和尚正覺房眞惠をめされしかば、勅定にした 0000_,31,060a05(00):がひしとき、大原の僧都かの闕をのぞみて、聊宿願の事侍り、しばらく入衆あるべからざるよし、 0000_,31,060a06(00):堂中にふれをくりてのち、同九月一日子刻に登山し、則參堂して一衆に列し、臈次にまかせて、三 0000_,31,060a07(00):床の二和尚に著し、丑刻一時つとめられてのち、一床の一和尚につきたまひぬ。其後は禪光房顯明 0000_,31,060a08(00):を代官として、三大師天台傳敎慈覺の御忌日、以下大小の課役等みな新入のごとく勤仕せられぬ。又四季 0000_,31,060a09(00):の懺法の初夜の時には、かならず參堂したまひき。是則出離の道、たやすからざる事をなげきて、 0000_,31,060a10(00):名利の學道をのがれ籠居すといへども、決定出離の直路、思案いまだ一決せず。晝夜にこの事をの 0000_,31,060a11(00):みなげくところに、十二禪衆の闕をきくとき、かの半行半座の行法は、天台大師御筆の法華經を本 0000_,31,060a12(00):尊として、傳敎大師弘仁三年七月に草創したまへる要行なり。これ生死解脱の直路なるべしとおも 0000_,31,060a13(00):ひよりたまひて、十二禪衆に列し給にけり。毎日毎時のつとめに、懺法一卷をくはへ修する事は、 0000_,31,060a14(00):かの僧都はじめをかれしかば、一衆同心してその行いまにをこたらず 0000_,31,060a15(00):第一圖 0000_,31,061a01(00):其後八ケ年の歳暦をすぎて、壽永二年九月に、日吉の御幸のとき、座主明雲の賞をゆづりて、法 0000_,31,061a02(00):印に叙せらるといへども、かたく松門をとぢ、ひそかに蓬屋に居してことにしたがはず。ただ生死 0000_,31,061a03(00):のいでがたき事をのみなげく。おなじ法流をくめるよしみをもちて、つねに永辨法印と、出離の道 0000_,31,061a04(00):をかたりあはせ給に、かくのごときの事は、法然上人に御尋あるべきよしを、永辨申けるにつきて 0000_,31,061a05(00):相模房といふものを使者として、登山の便宜にかならず音信せしめ給へ、申承べき事侍よし、仰ら 0000_,31,061a06(00):れたりければ、上人坂本へ渡り給てかくと申されけり。法印おはしましあひて對面し、このたびい 0000_,31,061a07(00):かがして、生死をはなれ侍るべきとの給に、上人いかにも御はからひにはすぐべからずと。法印申 0000_,31,061a08(00):されけるは、先達にましませば、さだめて思さだめ給つるむねあるらむ、しめし給へとなりとの給 0000_,31,061a09(00):へば、上人自身のためには、いささかおもひさためたるむね候。ただはやく極樂の往生を遂候べし 0000_,31,061a10(00):と申されければ、法印順次の往生とげがたきゆへに、このたづねをいたす。いかがしてこのたび、 0000_,31,061a11(00):たやすく往生をとぐべきや。との給ふとき、上人答給はく、成佛はかたしといへども、往生は得や 0000_,31,061a12(00):すし。道綽善導の心によれは、佛の願力を強緣として、亂想の凡夫淨土に往生すと、其後たがひに 0000_,31,061a13(00):言説なくして、上人かへり給てのち、法印の給けるは、法然房は智惠深遠なれども、いささか偏執 0000_,31,061a14(00):の失ありと。上人この事をかへりきき給て、わが知ざる事には、かならず疑心をおこす事なり、と 0000_,31,061a15(00):の給けるを、法印かへりきき給て、まことに然なり。われ顯密敎文に稽古をつむといへども、しか 0000_,31,062a01(00):しながら、名利のためにして、淨土を心ざさざるゆへに、道綽善導の釋義をうかがはず、法然房に 0000_,31,062a02(00):あらずば、たれかかくのごとくのことばをいだすべきやとて、このことばにはぢて、百日の間大原 0000_,31,062a03(00):に籠居して、淨土の章疏を披閲し給てのち、すでに淨土の法門をこそ見立侍にたれ、來臨して談ぜ 0000_,31,062a04(00):しめ給へと仰られたりければ、文治二年秋のころ、上人大原へ渡り給ふ。東大寺の大勸進俊乘房重 0000_,31,062a05(00):源、いまだ出離の道をおもひさためざりけるをあはれみ給て、このよしをつげ仰られたりければ、 0000_,31,062a06(00):弟子三十餘人を相具して大原にむかふ。勝林院の丈六堂に會合す。上人の方には、重源以下の弟子 0000_,31,062a07(00):どもそのかずあつまれり。法印の方には、門徒以下の碩學ならびに大原の聖たち坐しつらなれり。 0000_,31,062a08(00):山門の衆徒をはじめて見聞の人おほかりけり。論談往復する事、一日一夜なり。上人法相、三論、 0000_,31,062a09(00):花嚴、法華、眞言、佛心等の諸宗にわたりて、凡夫の初心より佛果の極位にいたるまで、修行の方 0000_,31,062a10(00):軌、得度の相貌つぶさにのべ給て、これらの法みな義理ふかく利益すぐれたり。機法相應せば、得 0000_,31,062a11(00):脱くびすをめぐらすべからず。ただし源空ごときの頑愚のたぐひは更にその器にあらざるゆへに、 0000_,31,062a12(00):さとりがたくまどひやすし。しかるあいだ源空發心の後、聖道門の諸宗につきて、ひろく出離の道 0000_,31,062a13(00):をとぶらふに、かれもかたくこれもかたし。是則世くだり人をうかにして、機敎あひそむくゆへな 0000_,31,062a14(00):り。しかるを善導の釋義、三部の妙典のこころ、彌陀の願力を強緣とするゆへに、有智無智を論ぜ 0000_,31,062a15(00):ず、持戒、破戒をえらばず。無漏無生の國にむまれて、ながく不退を證する事、ただこれ淨土の一 0000_,31,063a01(00):門、念佛の一行なりとて、法藏の因行より、彌陀の果德にいたるまで、理をきはめ詞をつくしをは 0000_,31,063a02(00):りて、ただしこれ涯分の自證をのぶるばかりなり。またく上機の解行をさまたげむとにはあらずと 0000_,31,063a03(00):の給ければ、法印よりはじめて滿座の衆、みな信伏しにけり。かたちを見れば、源空上人、まこと 0000_,31,063a04(00):には彌陀如來の應現かとぞ感歎しあへりける。法印香爐をとり高聲念佛をはじめ行導したまふに、 0000_,31,063a05(00):大衆みな同音に、念佛を修する事、三日三夜、こゑ山谷にみち、ひびき林野をうごかす。信をおこ 0000_,31,063a06(00):し緣をむすぶ人おほかりき 0000_,31,063a07(00):第二圖 0000_,31,063a08(00):法印道心うちにもよをして、出離の要路をもとめられけるに、上人の諷諫を得給てのちは、たち 0000_,31,063a09(00):どころに餘行をさしをきて、一向專修の行者となり給にければ、自身の出離、ひとへに念佛往生を 0000_,31,063a10(00):期したもふのみにあらず、あまさへ又他人をすすめられき。姨の禪尼をすすめむために、念佛勸進 0000_,31,063a11(00):の消息をつかはさる。世間に流布して、顯眞の消息と號するこれなり。そのことばにいはく、われ 0000_,31,063a12(00):佛を念ずれば、佛われをてらし給。光明われをてらせば、罪障きえずといふ事なし。藥王樹にふる 0000_,31,063a13(00):るものは、毒なれどもくすりとなる。光りをかぶらんもの、たれか罪障のこりあらむ。かくばかり 0000_,31,063a14(00):やすき行を、無數劫のあひだおもひよらざりけるかなしさよ。時すぎたる智惠禪定を修せむよりも 0000_,31,063a15(00):利益現在なる光明名號を稱念すべし。一行即一切行なれば念佛の一行に諸行ことごとくをさまり、 0000_,31,064a01(00):一念即無量念なれば、一稱彌陀なにの不足かあらむ。法界宮にいらんとおもはば、極樂の東門より 0000_,31,064a02(00):いれ。法身の體を證せむとおもはば、彌陀の名號をとなふべし。道綽は講説をすてて、一向に念佛 0000_,31,064a03(00):になり、善導は雜行をきらひて專修をすすむ。占畐の林にいりぬれば、餘の香をかがず、淨名の室 0000_,31,064a04(00):にいりぬれば、功德の香をのみかぐ。この山にいらむ人は、ただ念佛の香をのみかぎ、念佛のこゑ 0000_,31,064a05(00):をのみきくことになし候はばや取詮。文治二年十二月廿九日、護摩堂の尼御前へと云云。法印專修の 0000_,31,064a06(00):身となり、念佛を行とし給し事、この消息にあきらかなり。又十二人の衆をさだめをきて、文治三 0000_,31,064a07(00):年正月十五日より、勝林院に不斷念佛をはじめおこなはれしに、法印は十二人の隨一にて、戍刻を 0000_,31,064a08(00):ぞつとめ給ける。開白の夜は十二人皆參じ行道して、同音の念佛を修するに、毘沙門天王列にたち 0000_,31,064a09(00):給へりけるを、法印まのあたり拜したまひて、良忍上人の融通念佛には、鞍馬寺の毘沙門天王くみ 0000_,31,064a10(00):したまひ、あまさへ諸天善神をすすめ入たまひけることもおもひあはせられ、いよいよ信心をまし 0000_,31,064a11(00):たうとくおぼへければ、念佛守護のために、毘沙門天王を當堂に、安置せられけり 0000_,31,064a12(00):第三圖 0000_,31,064a13(00):法印一の大願をたてていはく、この寺に五坊をたてて一向稱名を相續して、餘行をまじへつとめ 0000_,31,064a14(00):じと、その願むなしからず、つゐに文治三年十月にはたされにけり。池上の阿闍梨皇慶の舊跡、乙 0000_,31,064a15(00):護法守護の靈地に五坊をたて、楞嚴院安樂の谷をうつして、新安樂と號し、性智房、鏡智房、妙智 0000_,31,065a01(00):房、佛智房、勝智房とぞつけられける。その行法いまに退轉せずとなむ。かのとき大佛の上人俊乘 0000_,31,065a02(00):房、又一の意樂ををこして、わが國の道俗、炎魔王宮にひざまつきて、名字をとはれんとき、佛號 0000_,31,065a03(00):をとなへしめむために、阿彌陀佛名をつくべしとて、みづから南無阿彌陀佛とぞ號せられける。こ 0000_,31,065a04(00):れ我朝の阿彌陀佛名のはじめなり 0000_,31,065a05(00):第四圖 0000_,31,065a06(00):其後三千の衆徒をして擧申によりて、文治六年三月七日、天台座主に補せらるといへども、かた 0000_,31,065a07(00):く辭申給しを、勅使大原へむかひて、宣命をくだして座主職をさづけらる。つゐにめし出されて、 0000_,31,065a08(00):同五月廿四日、最勝講の證議をつとめ、同二十八日權僧正に拜任す。治山三箇年のあひだ、内論義 0000_,31,065a09(00):ニケ度、寂光大師の御廟の番論義、傳敎大師の御廟淨土院の番論義など、とりおこなはれ、もはら 0000_,31,065a10(00):吾山の佛法の絶たるをつぎ、すたれたるをおこされしかども、かたはらにはなを、稱名の行業おこ 0000_,31,065a11(00):たらずして、法華堂の初夜の行法には高聲念佛千反をくわへ修せられき。その行いまに退轉なし。 0000_,31,065a12(00):日來の腫物のいたはり、にはかに増氣して、淨土院の番論義の夜、建久三年十一月十四日寅刻、東 0000_,31,065a13(00):塔圓融房にして、正念たがはず念佛相續し、往生の素懷をとげ給き。遺言のむねありければ、則大 0000_,31,065a14(00):原にをくりたてまつりぬ。近古の高僧山門の英傑なり。しかしながら上人の訓導によりて、出要を 0000_,31,065a15(00):おもひさだめられき。心あらむ人、たれかそのあとをこひねがはざらん。僧正つねにの給けるは、 0000_,31,066a01(00):一向專念の身となりて、顯密の行業をさしをきしはじめは、よにこころぼそかりしなりとぞ、申さ 0000_,31,066a02(00):れける 0000_,31,066a03(00):第五圖 0000_,31,066a04(00):法然上人行状繪圖 第十五 0000_,31,066a05(00):慈鎭和尚號吉水僧正慈圓は法性寺殿忠通公の御息、青蓮院の覺快法親王烏羽院第七宮の附弟、山門の鍵祕敎の 0000_,31,066a06(00):棟梁として三昧の一流祕決をつくし奧義をきはめ、山務四ヶ度興隆むかしにこえ、名望世にすぐれ 0000_,31,066a07(00):給へり。しかれども、宿習の開發し給けるにや、しきりに世間の榮耀をいとひふかく出離の要道を 0000_,31,066a08(00):たづね、隱遁のこころざしあさからずして、よりより籠居のいとまを申されけるに、敢て勅許なか 0000_,31,066a09(00):りければ、その本意をとげられずといへども、あるときしばらく西山の善峯寺に籠居して、心閑に 0000_,31,066a10(00):つとめおこなはれけるに、いつしか勅使ひまなくして、つゐに召出され給にけり。その後は隱居の 0000_,31,066a11(00):すまひもかなはざりければ、つねに上人に御對面ありて、底下の凡夫開悟得逹の要義を談ぜられけ 0000_,31,066a12(00):るに、上人諸宗の大綱をあげて、一一の義理をつくさるるに、みなこれ上代上機のためのをしへに 0000_,31,066a13(00):して、末代下根のたぐひをよびがたし。淨土の宗旨稱名の本願のみぞ、苦海の船師愛河の橋梁にて 0000_,31,066a14(00):愚鈍下智の當機にあひかなへるとて、聖道淨土の奧義をのべられければ、和尚隨喜の御心ねんごろ 0000_,31,067a01(00):にして、一乗圓頓の戒をうけ、散心稱名の行をぞ崇重せられける 0000_,31,067a02(00):第一圖 0000_,31,067a03(00):本願の旨趣をとぶらひ、極樂の往生をのぞみましましけるあまりにや、建仁元年九月二十二日よ 0000_,31,067a04(00):り七ケ日のあひだ、日吉聖眞子の拜殿にて、實圓、實全、仁慶、良尋已下二十餘人の門弟をともな 0000_,31,067a05(00):ひて、かつは本地彌陀の内證に資し、かつは垂跡明神の外用をかざらんがために、慈覺大師の古風 0000_,31,067a06(00):をしたひ、西方懺法をぞをこなはれける。六時の時ごとに、高聲念佛千反までとなへ給しに、偏執 0000_,31,067a07(00):我慢の大衆、さためて違亂をなす事やあらんと人おもひあへりけるに、七ケ日のあひだ、そこばく 0000_,31,067a08(00):の大衆群集すといへども、みな貴敬のたなごころを合はせて、誹謗のくちびるをうごかさず。信心 0000_,31,067a09(00):無貳のまへには、魔障たよりをえざるにやと、見聞の諸人不思議の思をなし、たとまずといふ事な 0000_,31,067a10(00):かりけり 0000_,31,067a11(00):第二圖 0000_,31,067a12(00):四天王寺の別當に補任せられし時は、大僧正行慶寺務のとき、顚倒して後、としひさしくなりに 0000_,31,067a13(00):し繪堂を新造して、漢家本朝の往生傳をえらび、尊智法眼におほせて、九品往生人を書圖にあらは 0000_,31,067a14(00):し、入道相國賴實公以下九人の秀才をすすめて、和歌を詠じて、九品面面の行状を稱嘆し、菅宰相 0000_,31,067a15(00):干時大藏卿爲長卿をして、四韻の周詩を賦せしめ、權大納言敎家卿、色紙形をぞ淸書せられける。所謂 0000_,31,068a01(00):上品上生 智覺禪師新修往生傳 0000_,31,068a02(00):九品蓮臺其最上 杭州智覺獨當機 0000_,31,068a03(00):詞花永馥神捿賦 宿鳥不驚寂定衣 0000_,31,068a04(00):直詣西方生死斷 不經陰府古今稀 0000_,31,068a05(00):炎王常拜畫圖像 蘇息高僧面見歸 0000_,31,068a06(00):九のしなかみなきはなの 0000_,31,068a07(00):うてなにもころものうらに 0000_,31,068a08(00):とりやすむらん 入道太相國賴實公 0000_,31,068a09(00):上品中生 尼善慧戒珠集 0000_,31,068a10(00):賢劫如來放大光 善哉善惠往西方 0000_,31,068a11(00):六旬有限新泉路 三昧無人舊道場 0000_,31,068a12(00):池上蓮粧生八葉 俗間花色恥餘香 0000_,31,068a13(00):眼前兼得佛靈告 九品妙臺第二望 0000_,31,068a14(00):ふるさとにのこるはちすは 0000_,31,068a15(00):あるしにてやとるひとよに 0000_,31,069a01(00):はなそひらくる 前攝政殿下道家公 0000_,31,069a02(00):上品下生 侍從所監藤原忠季 後拾遺往生傳 0000_,31,069a03(00):我朝朝請大夫士 二世清祈一念深 0000_,31,069a04(00):勁節先彰同雪竹 善根高挺屬雲林 0000_,31,069a05(00):三年十月黄昏涙 上品下生金刹心 0000_,31,069a06(00):夢裏乗蓮西去速 客塵自是不能侵 0000_,31,069a07(00):みしゆめのやどをうつつに 0000_,31,069a08(00):さとりきてきのふの花に 0000_,31,069a09(00):つゆそひらくる 權大納言基家 0000_,31,069a10(00):中品上生 大原沙彌 戒珠傳 0000_,31,069a11(00):大原貧侶臨河畔 欲畫彌陀功獨遲 0000_,31,069a12(00):尊像未成沙暖處 浮生易滅雨來時 0000_,31,069a13(00):夜夢縦告出離道 老涙不堪憶子悲 0000_,31,069a14(00):中品上生今所示 至于舊友各相思 0000_,31,069a15(00):ゆふたちにみづもまさこの 0000_,31,070a01(00):河なみやはちすのなかの 0000_,31,070a02(00):うへのしらつゆ 前太政大臣公經公 0000_,31,070a03(00):中品中生 少將義孝保胤往生傅有夢告 0000_,31,070a04(00):天延之比無常理 子葉落風槐體家 0000_,31,070a05(00):故苑露消空暗涙 荒原煙盡只春霞 0000_,31,070a06(00):羽林昔有雙捿鳥 夢路今攀一詠花 0000_,31,070a07(00):極樂界中詩上趣 品生所指足相加 0000_,31,070a08(00):しのはすよなにふるさとの 0000_,31,070a09(00):むめかかもかさなる中の 0000_,31,070a10(00):はなのやとりに 右大將實氏 0000_,31,070a11(00):中品下生 沙門智緣戒珠傳 0000_,31,070a12(00):昔在人間雖放逸 歸眞秊積智緣功 0000_,31,070a13(00):鬢花落餝罷秋鶴 羽獵發心禮世雄 0000_,31,070a14(00):晝夜三時三品觀 桑楡一暮一期終 0000_,31,070a15(00):九蓮第六託生趣 述盡向西結大夢 0000_,31,071a01(00):すてやらて子をおもふしかの 0000_,31,071a02(00):しるへよりかりのやまぢは 0000_,31,071a03(00):いとひいてにき 正三位家隆 0000_,31,071a04(00):下品上生 釋法敬 戒珠傳 0000_,31,071a05(00):當初法敬有遺約 身後不忘靈告專 0000_,31,071a06(00):音樂聞天遷化曉 光明入夢十三秊 0000_,31,071a07(00):善哉一子出家力 遂是雙觀得道緣 0000_,31,071a08(00):昔寺維那修善積 宜昇下品上生蓮 0000_,31,071a09(00):たちかへるゆめのただちに 0000_,31,071a10(00):をしへをくうてなのはなの 0000_,31,071a11(00):すえのうはつゆ 從二位民部卿定家 0000_,31,071a12(00):下品中生 覺眞阿闍梨 續本朝往生傳 0000_,31,071a13(00):尋鞍馬寺久捿遲 祈請炎王有所思 0000_,31,071a14(00):陽茂闍梨從入夢 西方覺蘂不生疑 0000_,31,071a15(00):九生蓮位上中下 萬部花文讀誦持 0000_,31,072a01(00):以第八門當此品 來緣定熟命終時 0000_,31,072a02(00):をしへいるるみちはかすかの 0000_,31,072a03(00):さとの月さとればはるの 0000_,31,072a04(00):ひかりなりけり 入道從三位保季 0000_,31,072a05(00):下品下生 釋惠進 新修往生傳 0000_,31,072a06(00):釋惠進貧無所蓄 檀施之物誰應侵 0000_,31,072a07(00):欲飛鵝眼雲勞眼 不憶梟心還有心 0000_,31,072a08(00):百部花文今已滿 八旬楡景遂西沉 0000_,31,072a09(00):善哉下品下生位 從在世間素意深 0000_,31,072a10(00):ここのしなねかふはちすの 0000_,31,072a11(00):すゑのいとをみださてかへる 0000_,31,072a12(00):よるのしらなみ 正四位下範宗朝臣 0000_,31,072a13(00):色紙形記銘云 0000_,31,072a14(00):貞應三年甲申始自去冬、三春孟夏之間、以繪師法眼尊智守本様依傳文圖繪既訖、今於西面 0000_,31,072a15(00):更畫作九品往生之人、殊勸進一乘淨土之業表裏共不交他筆、尊智圖之、以詩謌形其心、詩 0000_,31,073a01(00):句九品同令菅大符卿爲長卿作之和歌丞相以下、廣勸九人各詠一首復當南北裏同畫四天 0000_,31,073a02(00):像此堂大僧正行慶寺務之間顛倒之後、以聖靈院禮堂東廂爲其所今新建立于舊跡彰興隆之 0000_,31,073a03(00):本意也。 0000_,31,073a04(00):別當前大僧正法印大和尚位慈圓記之 0000_,31,073a05(00):これ、ひろく諸人の心をすすめて、欣求のおもひをはげまさんためなり。まことにこの行状を見 0000_,31,073a06(00):て、たれの人か穢惡充滿のさかひをいとひ、淨土不退の砌をこひねがはざらむ。自證の得脱のみに 0000_,31,073a07(00):あらず、化他の御こころざしふかかりける。ありがたくたとくも侍るかな 0000_,31,073a08(00):日吉の社に、百日參籠し給て、後生菩提をいのり申されける念誦のひまに、百首の歌を詠じ給ける 0000_,31,073a09(00):をくに 0000_,31,073a10(00):わがたのむななの社のゆふたすき 0000_,31,073a11(00):かけても六のみちにかへすな 0000_,31,073a12(00):人をみるもわが身をみるもこはいかに 0000_,31,073a13(00):なむあみだぶつあみだぶつ 0000_,31,073a14(00):とぞかきつけ給ける。往生の望ふかくして、欣求の心をはげまされけるに、稱名の薰修日あさく、 0000_,31,073a15(00):光陰の運轉時うつりぬとやおぼしめされけむ、ある時詠じ給けるは 0000_,31,074a01(00):極樂にまたわかこころゆきつかず 0000_,31,074a02(00):ひつしのあゆみしばしとどまれ 0000_,31,074a03(00):浮生を輕くしおもひを淨刹にかけ給事、ひとへに上人諷諫のゆへなりければ、歸敬他にことにして 0000_,31,074a04(00):上人遷化の時は哀傷にたえず、最初の引接を待よし、中陰の作善に諷誦文をささげられ、報恩謝德 0000_,31,074a05(00):の儀ねんごろなりけり。されば御臨終の後、或人の夢に示されけるは、さしも功勞せし顯密の稽古 0000_,31,074a06(00):は、物の要にもたたず、時時せし空觀と稱名念佛ばかりぞ、後世の資糧とはなるとぞ仰られける 0000_,31,074a07(00):第三圖 0000_,31,074a08(00):月輪の禪閤の御息、妙香院の僧正良快は、慈鎭和尚の附法として、大師正嫡の跡をうけ、顯密兼學 0000_,31,074a09(00):の宗匠なりき。しかれども宿緣のうちにもよほされけるにや、上人の勸化に歸したまひ、厭離穢土 0000_,31,074a10(00):の思ふかく、欣求淨土の願ねんごろなりしかば、ひとへに彌陀の本願を信じて、念佛を行じ給ひ、 0000_,31,074a11(00):淺近念佛の抄を記して無智の輩をすすめらる。彼序の言には、夫以本覺眞如の月、無明戲論の雲に 0000_,31,074a12(00):かくれ、常住佛性の蓮、生死妄染の泥に埋しよりこのかた、或は燒熱大燒熱の炎にむせびて、多百 0000_,31,074a13(00):千劫塵數の諸佛の出世をもすぎ、或は紅蓮大紅蓮の氷にとぢられて無量億生恒沙の如來の化導にも 0000_,31,074a14(00):もれたり。或は餓鬼城に入て一萬五千歳、飢饉のうれへしのびがたく、或は畜生道に墮して三十四 0000_,31,074a15(00):億類、殘害のくるしみいくそばくぞ。たまたま人中の生を受といへども、餘州にありて佛法をきか 0000_,31,075a01(00):ず、まれに天上の報を感ずといへども、化樂にほこりて淨業を修する事なし。而に今南瞻部洲佛法 0000_,31,075a02(00):流布の國にむまれて、西方淨刹欣求指南の敎を得たり。このたび出離の直道に赴ずば、いづれの時 0000_,31,075a03(00):にか菩提の正路に向べき。就中一生涯のさだまりなき事夢のごとし。幻のごとし。五盛陰の待こと 0000_,31,075a04(00):ある、旦とやせん暮とやせむ。しかるに、煩惱内にもよほし、惡緣外にひきて、このことはりにお 0000_,31,075a05(00):どろく輩すくなく、その勤をいたすたぐひまれなり。頓死またくわかきによらず、重病かならずし 0000_,31,075a06(00):も老を待ことなし。誰かさだめん今日その日にあらずとは。爭しらん我身その類にあらずとは。無 0000_,31,075a07(00):常のつげ忽にきたり、有爲のすがたながくかくれぬれば、一善の蓄もなきによりて、三途の底に墮 0000_,31,075a08(00):しぬ。過去漫漫の流轉すでにかくのごとし、未來永永の輪廻又然べし。いそぎて出離の要術を求め 0000_,31,075a09(00):よ。更に生死の妄報に着することなかれ。爰に彌陀の念佛は、諸敎所讃多在彌陀、大恩敎主すでに 0000_,31,075a10(00):この佛を稱讃したまふ。彌陀一敎利物偏增、末代の我等最かの國を欣べし。誠に是末代相應の要法 0000_,31,075a11(00):凡夫易行の直道なる者歟。この故に初心の行者のために念佛の簡要をしるして、分て七段として、 0000_,31,075a12(00):もて九品を期す已上取詮とぞかかれたる 0000_,31,075a13(00):第四圖 0000_,31,075a14(00):法然上人行状畫圖 第十六 0000_,31,076a01(00):高野の僧都明遍は少納言通憲の子なり。長門法印敏覺が嫡弟として、三論の奧旨をきはめ、才名 0000_,31,076a02(00):世にゆるされたりしかども、名利をいとふ心ふかくして、本寺のまじはりをこのまず。つゐに三十 0000_,31,076a03(00):七のとし交衆をのがれ、公請を辭し、光明山に居をしめて、諸行をすてず、萬善をいとはず、ひろ 0000_,31,076a04(00):く出離の要路をたづね、あまねく顯密の勤行をいたされけり。時の人明遍は當時無雙の碩學なり。 0000_,31,076a05(00):轉任遲遲のゆえに籠居する歟のよし、をのをのおしみあひければ、生年四十五の時、小僧都を宣下 0000_,31,076a06(00):せられけれども、かたく辭して勅喚にしたがはず、隱遁のおもひいよいよ切にして、建久六年五十 0000_,31,076a07(00):四歳にてながく光明山をすてて、跡を高野山にかくし、出離のつとめますますねんごろなり。有智 0000_,31,076a08(00):の道心者、ちかくはこの人なり 0000_,31,076a09(00):第一圖 0000_,31,076a10(00):僧都上人所造の選擇集を披覽して、この書のおもむき、いささか偏執なるところありけりとおも 0000_,31,076a11(00):ひて、寢られたる夜の夢に、天王寺の西門に、病者かずもしらずなやみふせるを、一人の聖の鉢に 0000_,31,076a12(00):かゆをいれて匙をもちて病人の口ごとにいるるありけり。誰人にかあらんととふに、かたはらなる 0000_,31,076a13(00):人こたへて、法然上人なりといふと見てさめぬ。僧都おもはく、われ選擇集を偏執の文なりと思つ 0000_,31,076a14(00):るを、いましめらるるゆめなるべし。この上人は機をしり時をしりたる聖にておはしけり。病人の 0000_,31,076a15(00):様は、はじめには柑子橘梨子柿などのたぐひを食すれども、のちにはそれもとどまりぬれば、わづ 0000_,31,077a01(00):かにおもゆをもちて、のどをうるをすばかりに、命をかく。この書に一向に念佛をすすめられたる 0000_,31,077a02(00):これにたがはず。五濁濫漫の世には、佛法の利益次第に減ず。このごろはあまりに代くだりて、我 0000_,31,077a03(00):等がありさま、たとへば重病のもののごとし。三論法相の柑子橘もくはれず、眞言止觀の梨子柿も 0000_,31,077a04(00):くはれねば、念佛三昧のおもゆにて、生死をいづべきなりけりとて、忽に顯密の諸行をさしをきて 0000_,31,077a05(00):專修念佛の門にいり、その名を空阿彌陀佛とぞ號せられける。とりわき天王寺とみられけるも、由 0000_,31,077a06(00):緖なきにあらず。この寺は極樂甫處の觀音大士、聖德太子とむまれて、佛法をこの國にひろめ給し 0000_,31,077a07(00):最初の伽藍なり。欽明天皇の御ために、七日の念佛をつとめたまひ、命長七年二月十三日黑木の臣 0000_,31,077a08(00):を御使として、善光寺の如來へ御書を進らる。その御ことばには、名號七日稱揚巳、以斯爲報廣 0000_,31,077a09(00):大恩仰願本師彌陀尊、助我濟度常護念と侍けるに、如來の御返報には、一日稱揚無恩留何況 0000_,31,077a10(00):七日大功德、我待衆生心無間、汝能濟度豈不護、とぞあそばされける。御表書には上宮救世大 0000_,31,077a11(00):聖の御返事と侍けり。この御消息にこそこの國は念佛三昧の有緣なる事もあらはれにけれ。かの鳥 0000_,31,077a12(00):居の額にも、釋迦如來、轉法輪所、當極樂土、東門中心、とぞかかれて侍る。わが國に生をうけん 0000_,31,077a13(00):人は尤もこの念佛門に、歸すべきものなり 0000_,31,077a14(00):第二圖 0000_,31,077a15(00):上人天王寺におはしけるとき、僧都善光寺參詣の事ありけるが、たづね參せられて、まづ使にて 0000_,31,078a01(00):案内し給ふに、上人客殿に出まふげて、これへと仰らる。僧都さしいりて、いまだ居なをらぬほど 0000_,31,078a02(00):に、このたびいかがして、生死をはなれ候べきと申されければ、南無阿彌陀佛と唱へて、往生をと 0000_,31,078a03(00):ぐるにはしかずとこそ存候へと申されければ、僧都申さるるやう、たれもさは見をよびて侍り、た 0000_,31,078a04(00):だし念佛のとき心の散亂し、妄念のおこり候をば、いかがし候べきと。上人のたまはく、欲界の散 0000_,31,078a05(00):地に生をうくるもの、心あに散亂せざらんや。煩惱具足の凡夫、いかでか妄念をとどむべき、その 0000_,31,078a06(00):條は源空もちからをよぴ候はず。心はちりみだれ、妄念はきをひおこるといへども、口に名號をと 0000_,31,078a07(00):なへば、彌陀の願力に乘じて、決定往生すべしと申されければ、これうけ給候はむために、まいり 0000_,31,078a08(00):て候つるなりとて僧都やがて退出し給にければ、初對面の人、一言も世間の禮儀の詞なくして退出 0000_,31,078a09(00):せられぬることよとて、人人たうとびあひけり。上人うちへいり給て、心をしづめ、妄念おこさず 0000_,31,078a10(00):して、念佛せんとおもはんは、むまれつきの目鼻をとりはなちて、念佛せんとおもはんがごとし。 0000_,31,078a11(00):あなことごとしとぞ仰られる 0000_,31,078a12(00):第三圖 0000_,31,078a13(00):その後は、僧都ふかく上人に歸し、專修の行をこたりなかりけるが、念珠をはやくくりて、數遍 0000_,31,078a14(00):おほき事をば、不實のきはまりなりとて、おほきに不受せられけるに、あるとき修行者一人きたり 0000_,31,078a15(00):て、毎日の念佛は、いかほどをか所作とさだむべく候らんとたづね申けるに、御房はいくら程を申 0000_,31,079a01(00):さるるぞと、かへしとはれければ、毎日百萬反を申よしを答ふるに、例の不實のものよとて、返答 0000_,31,079a02(00):にも及ばずして、うちへいられにければ、修行者も歸にけり。僧都ちとまどろみ給へる夢に、貴け 0000_,31,079a03(00):なる僧きたりてつげての給はく、毎日百万遍の行者を、いひさまたげぬる事、はなはだしかるべか 0000_,31,079a04(00):らずとて、もてのほかなる景色にて、われはこれ善導なりと仰らると見ておどろきぬ。遍身にあせ 0000_,31,079a05(00):ながれ、胸さはぎて心のをきどころなきまでかなしくおぼえて、時刻いくほどをへざりければ、か 0000_,31,079a06(00):の修行者をよびかへして、このよしをかたり、前非をくゐんために、人を方方にわかちつかはして 0000_,31,079a07(00):をはせられ、高野中をたづねさせらるるに、つゐに行かたをしらずなりにけり。僧都申されけるは 0000_,31,079a08(00):日來はやぐりの數反を不受する事、佛意にそむけるゆへに、化人のつげしめされけるなり。實の修 0000_,31,079a09(00):行者にはあらざりけりとて、其後はみづからも、つねに百万反の數遍をぞせられける。僧都の夢想 0000_,31,079a10(00):をもちてこれを思に、上人數反をすすめ給へる事、あに和尚の尊意にかなはざらんや、たたあふぎ 0000_,31,079a11(00):て信をとるべし。をろかなる心をもちて、これをあざける事なかれ 0000_,31,079a12(00):第四圖 0000_,31,079a13(00):僧都ひとへに上人の勸化を仰信し、ふた心なかりければ、上人の滅後にはかの遺骨を一期のあひ 0000_,31,079a14(00):だ頸にかけて、のちには高野の大將法印貞曉鎌倉右幕下息相傳せられけり。籠山三十年のあひだ、朝には 0000_,31,079a15(00):自誓戒、舍利講、夕には臨終の行儀を修し、惣じて六時の同音念佛、日日夜夜にをこたる事なし。 0000_,31,080a01(00):他のためには、人ののぞみにしたがひて、顯密の法門を談ぜられけれども、自行には一向稱名のほ 0000_,31,080a02(00):か他事をまじへず。長齋持戒にして草庵をいづることなし。練行としふりて、薰修日あらたなり。 0000_,31,080a03(00):さても穢土の緣つきて、西土の望ちかづきけるにや、貞應三年四月上旬のころより、いささか風痾 0000_,31,080a04(00):にをかされ、寝食例に違しければ、門弟等をのをの結番して看病をいたし念佛のこゑやむ時なし。 0000_,31,080a05(00):病にしづむといへども、法門談儀日ごろにかはらず、日をふるままに、經論の明文を誦して、念佛 0000_,31,080a06(00):いよいよ強盛なり。つゐに六月十六日子刻頭北面西にして、念佛相續し、禪定に入がごとく、いき 0000_,31,080a07(00):たえ給にけり。生年八十三なり。みる人隨喜の感涙をながし、きく人在世の德行をぞしたひける 0000_,31,080a08(00):第五圖 0000_,31,080a09(00):法然上人行状繪圖 第十七 0000_,31,080a10(00):安居院の法印聖覺は、入道少納言通憲の孫子、法印大僧都澄憲の眞弟なり。叡山竹林房の法印靜 0000_,31,080a11(00):嚴を師とす、論説二道をかねて、智辨人にすぐれたりき。しかるに宿習のいたりにやありけん、ふ 0000_,31,080a12(00):かく上人の化導に歸して、淨土往生の口決をうく。大和前司親盛入道、御往生の後は疑をたれの人 0000_,31,080a13(00):にか決すべきと、上人にとひたてまつりけるに、聖覺法印わが心をしれりとの給へり。淨土の法門 0000_,31,080a14(00):にをきて所存をのこされざる事しりぬべし。さればかの法印一卷の書を制作して、ひろく念佛をす 0000_,31,081a01(00):すむ。世間に流布して唯信抄と號するこれなり。かの書に云、罪ふかくばいよいよ極樂をねがふべ 0000_,31,081a02(00):し、不簡破戒罪根深といへり。善すくなくばますます彌陀を念ずべし、三念五念佛來迎といへり。 0000_,31,081a03(00):むなしく身を卑下し心を怯弱して、佛智不思議智を疑事なかれ。たとへば人たかき岸のしたにあり 0000_,31,081a04(00):て、のぼる事あたはざらんに、ちからつよき人岸の上に有て綱をおろして、この綱にとりつかせて 0000_,31,081a05(00):われ岸の上に引登せむといはんに、ひく人のちからをうたがひ、綱のよはからん事をあやぶみて、 0000_,31,081a06(00):手をおさめてこれをとらずば、更に岸の上にのぼるべからず。偏にその言にしたがひて、掌をのべ 0000_,31,081a07(00):てこれをとらんには、即のぼる事を得べし、佛力をうたがひ、願力をたのまざる人は、菩提の岸に 0000_,31,081a08(00):のぼる事かたし。只信心の手をのべて、誓願の綱をとるべし。電光朝露の命、芭蕉泡沫の身、わづ 0000_,31,081a09(00):かに一世の勤修をもて忽に五趣の古郷をはなれんとす。豈ゆるく諸行を兼んや。諸佛菩薩の結緣は 0000_,31,081a10(00):隨心供佛の朝を期べし。大小經典の義理は、百法明門の暮を待べし已上略抄とぞ侍める。この法印ふか 0000_,31,081a11(00):く上人の勸化を信敬のあひだ、處處にして説法のたびごとには、彌陀の本願を讃嘆し、念佛の功能 0000_,31,081a12(00):をほめ申されけるを、上人きき給て、これひとへに善導の御方便、機感純熟の折節也。然べき名僧 0000_,31,081a13(00):專修念佛の義を信じて、所所にして講釋せば、念佛の弘通何事か加之哉と。悦仰られて、法印のも 0000_,31,081a14(00):とへ申つかはされけるは、法華經の中には定まりて、阿彌陀經を副供養せらるるなれば、いかなる 0000_,31,081a15(00):所にても、機嫌さまであしからざらん所にては、阿彌陀經につきて四十八願の樣を釋しのべられ候 0000_,31,082a01(00):べきよし、くはしく授られけるとなん 0000_,31,082a02(00):第一圖 0000_,31,082a03(00):元久二年八月に、上人瘧病をわづらひ給事ありけり。月輪殿きこしめしおどろきて、醫師をめさ 0000_,31,082a04(00):れ、種種の療方をつくさるといへども、治術かなはざりしかば、とりわき冥助をあふがれ、御祈請 0000_,31,082a05(00):あらんために、託摩の法印證賀におほせで、善導和尚の眞影を圖繪せられ、後京極殿その銘をかか 0000_,31,082a06(00):せ給て、安居院の法印聖覺于時僧都に、御導師參勤すべきよし仰らるるに、法印申けるは、聖覺も瘧病 0000_,31,082a07(00):の事候が、明日はおこり日にて候へども、貴命のがれがたきうへ、師範の恩を報ぜんために參勤す 0000_,31,082a08(00):べく候。ただし早旦に御佛事をはじめらるべしとて、翌日拂曉に小松殿へ參じて、辰時より説法を 0000_,31,082a09(00):はじめて、未尅に結願す。その説法の大底は、大師釋尊なを衆生に同じ給ときは、つねに病惱をう 0000_,31,082a10(00):け、療治をもちゐたまふ。いはんや凡夫血肉の身、いかでかその愁なからん。しかれども、淺智愚 0000_,31,082a11(00):鈍の衆生はこのことはりをしらず、さだめて疑心をなさんか。上人の化導すでに佛意にかなふゆへ 0000_,31,082a12(00):に、まのあたり、往生をとぐるものそのかずをしらず。しかれば諸佛菩薩諸天龍神、いかでか衆生 0000_,31,082a13(00):の不信をなげかざらん。四天大王佛法をまほり給はば、かならずわが大師上人の病惱をいやし給へ 0000_,31,082a14(00):と。ねんごろに申のべ給ければ、善導の御影の御前に、異香しきりに薫じ、上人も聖覺もともに瘧 0000_,31,082a15(00):病おちにけり。聖覺自嘆じて、先師法印は炎旱の御祈禱に大内にして唱導をつとめ、當座に雨をふ 0000_,31,083a01(00):らして名譽をほどこしき、聖覺か身にはこの事第一の高名なりとぞ申されける。まことに末代の奇 0000_,31,083a02(00):特、そのころの口遊にてぞありける 0000_,31,083a03(00):第二圖 0000_,31,083a04(00):法印ひとへに上人の勸化を信伏して、念佛往生の口傳相承、そのかくれなく名譽ありしかば、承 0000_,31,083a05(00):久三年のころ、但馬宮雅成親王念佛往生に條條の不審をたてて、時の名譽ある先達に御尋ありけり。こ 0000_,31,083a06(00):の法印その專一なり。かの請文云、御念佛のあひだの御用心は、一切の功德善根のなかに、念佛最 0000_,31,083a07(00):上候。十惡五逆なりといへども、罪障またくその障とならず、一稱一念のちから決定して往生せし 0000_,31,083a08(00):むべきよし、眞實竪固に御信受候べきなり。聊も猶豫の儀ゆめゆめ候べからず。或は身の懈怠不淨 0000_,31,083a09(00):にはばかり、或は心の散亂妄念におそれて、往生極樂に不定のおもひをなすは、極たるひが事にて 0000_,31,083a10(00):候、佛意にそむくべく候なり。日日の御所作更に不淨を憚思食べからず候。念佛の本意はただ常念 0000_,31,083a11(00):を要とし候。行住坐臥時處諸緣を簡ばず候。但毎月一日歟、殊御精進潔齋にて御念佛候べき也。そ 0000_,31,083a12(00):の外日日の御所作は、ただ御手水ばかりにて候べき也肥已上取詮。又嘉褖二年のころ、後鳥羽院遠所の御 0000_,31,083a13(00):所より、西林院の信正承圓に仰下されける御書にも、散心念佛の事一定出離しぬべく候はんやう、 0000_,31,083a14(00):明禪聖覺などにくはしく尋さぐりて、最上の至要をしるし申さるべきよし、仰下されければ、法印 0000_,31,083a15(00):こまかにしるし申されけるとなむ 0000_,31,084a01(00):第三圖 0000_,31,084a02(00):上人の第三年の御忌にあたりて、御追善のために、建保二年正月に、法印眞如堂にして、七ケ日 0000_,31,084a03(00):のあひだ道俗をあつめて、融通念佛をすすめられけるに、往生の要樞安心起行のやう、上人勸化の 0000_,31,084a04(00):むねこまごまとのべたまひて、これもし我大師法然上人の仰られぬことを申さば、當寺の本尊御照 0000_,31,084a05(00):罰候へと、誓言再三に及でのち、もしなを不審あらん人は、鎭西の聖光房にたづねとはるべしと申 0000_,31,084a06(00):されければ、聽衆のなかに一人の隱遁の僧ありけるが、草庵にかへらずして、すぐに筑後國にくだ 0000_,31,084a07(00):りて、聖光房に謁し、法流をつたへ門弟となり、九州弘通の法將とぞなりにける。敬蓮社といへる 0000_,31,084a08(00):これなり。法印追福の心ざしあらはれて、諸人の隨喜はなはだしくぞありける 0000_,31,084a09(00):第四圖 0000_,31,084a10(00):かの法印一山の明匠四海の導師として、公家の勅喚諸亭の招請ひまなかりしかども、西土往生の 0000_,31,084a11(00):心ざしふかく、稱名念佛の行をこたりなくして、つゐに文暦二年三月五日生年六十九にて、端座合 0000_,31,084a12(00):掌し、念佛數百遍をとなへ、往生の素懐をとげられける、まことにかしこくたうとくぞ侍る 0000_,31,084a13(00):第五圖 0000_,31,084a14(00):上野國の國府に明圓と云ふ僧侍りき。遊行聖の念佛申てとほりけるをとどめをきて、道場をかま 0000_,31,084a15(00):へ念佛を興行しける程に、或夜のゆめに、貴僧きたりて告云、念佛申ものは、かならず極樂に往生 0000_,31,085a01(00):する也。敢て疑事なかれ。末代惡世の衆生の出離解脱の道、念佛にすぎたるはなし、我は吾朝の大 0000_,31,085a02(00):導師聖覺といふもの也、法然上人の敎によりて、彌陀の本願を信じ念佛を行じて、極樂に往生した 0000_,31,085a03(00):る也とて、一期の行状、往生の次第こまかにかたり給て、いまこの道場の念佛に結緣せんがために 0000_,31,085a04(00):常にこの道場にあるなり。但十一月には本所に法談の事あるによりて、結緣のために必本所にかへ 0000_,31,085a05(00):るべし。法談以後は又このところにかへりて、念佛に結緣すべき也との給へり。夢さめて後、不思 0000_,31,085a06(00):議の思をなし、聖覺といへる人はいづれの所の人ぞ。我朝の大導師とは何事ぞとたづぬるに、しり 0000_,31,085a07(00):たりといふものなかりければ、明圓鎌倉へのぼりて、日光の別當僧正の房にいたりて尋申に、聖覺 0000_,31,085a08(00):法印といへるは、京都の安居院といふ所に侍りき。天下の大導師、名譽の能説なりしかば、しらぬ 0000_,31,085a09(00):人はなしと仰られければ、やがて上洛して、安居院の舊跡をたづね、嫡弟憲實法印に夢の次第をか 0000_,31,085a10(00):たるに、在世の行状といひ、往生の次第といひ、一事として違する事なし。就中十一月一日より天 0000_,31,085a11(00):台大師講を始行して、二十四日までは毎日の講經終日の論談也。しかるに十一月には本所に法談あ 0000_,31,085a12(00):り、結緣のために必本所に歸べきよし示さるる事、この講演の砌に影向の條疑なしとて、憲實法印 0000_,31,085a13(00):感涙をぞながされける。明圓は聖覺法印の墳墓にまうでて、夢の中の勸化をよろこび、歡喜の涙を 0000_,31,085a14(00):ながし、二心なき専修の行者になりにければ、本國にかへりては、自行化他のつとめ念佛の外他事 0000_,31,085a15(00):なかりけり。其後は安居院の墓詣となづけて、毎年に上洛してかの墳墓にぞまうでける。一期のあ 0000_,31,086a01(00):ひだ念佛をこたる事なくして瑞相をあらはし、端坐合唱して、數百遍の念佛をとなへ、殊勝の往生 0000_,31,086a02(00):を遂にけり。子息明心幼稚の程は、明圓が、後家の尼、年ごとに安居院の墓詣をしけるが、明心成 0000_,31,086a03(00):人の後は、年ごとに明心上洛しけり。明心又兼日に往生の時日をさして、いすにのぼりて念佛數百 0000_,31,086a04(00):遍をとなへ、端坐合掌して往生の素懐を遂にければ、其後は明心が子息明觀、毎年上洛して墓詣を 0000_,31,086a05(00):ぞしける。この念佛衆は聖覺の舊跡を、念佛の本所と仰崇しけるによりて、或年明觀上洛の時、憲 0000_,31,086a06(00):實法印の嫡弟憲基法印にのぞみ申様、この念佛盡未來際退轉すべからざるよし、僧衆の中に御下知 0000_,31,086a07(00):を下さるべきよし申けるによりて、彌陀本願の念佛は、濁世末代の出離解脱の要法なるいはれ、盡 0000_,31,086a08(00):未來際退轉すべからざるよし、慇懃に書下されければ、御下知の旨にまかせて、ひとへに本願をあ 0000_,31,086a09(00):ふぎ、念佛退轉あるまじきよし、僧衆等請文をささげ、念佛いよいよねんごろなりければ、國中の 0000_,31,086a10(00):貴賤歸敬の掌をあはせ、結緣のおもひふかし。天竺震旦我朝三國のあひだに、多の人師念佛の勸化 0000_,31,086a11(00):をいたすといへども、いまだ夢の中の勸化をきかず、この法印の勸化、まことにめづらしく貴も侍 0000_,31,086a12(00):かな 0000_,31,086a13(00):第六圖 0000_,31,086a14(00):法然上人行状畫圖 第十八 0000_,31,087a01(00):上人製作の選擇集は、月輪殿の仰によりて、えらび進せらるるところ也。念佛往生の龜鏡たり。 0000_,31,087a02(00):その簡要少少しるし侍べし。かの集の第一段云、道綽禪師聖道淨土の二門をたてて、聖道門をすて 0000_,31,087a03(00):て淨土に歸する文。問云、一切衆生皆佛性あり、遠劫よりこのかたおほくの佛にあふべし、なにに 0000_,31,087a04(00):よりてかいまにいたるまで、なをみづから生死に輪廻して、火宅を出ざるやと。答云、二種の勝法 0000_,31,087a05(00):をえて生死をはらはざるによりて、ここをもちて火宅をいでず。何ものをか二とする。一にはいは 0000_,31,087a06(00):く聖道。二にはいはく淨土なり。その聖道の一種は、いまの時に證しがたし。一には大聖をさるこ 0000_,31,087a07(00):と遙遠なるによる、二には理ふかくさとり微なるによる、この故に大集月藏經云、わが末法の時の 0000_,31,087a08(00):中の億億の衆生、行をおこし道を修とも、いまだ一人としてうるものあらじ、當今はこれ末法五濁 0000_,31,087a09(00):惡世なり、ただ淨土の一門のみありて、通入すべきみちなり。この故に大經云、もし衆生ありてた 0000_,31,087a10(00):とひ一生惡をつくるとも、命終の時にのぞみて、十念相續してわが名字を稱せむに、若むまれずば 0000_,31,087a11(00):正覺をとらじ、又一切衆生すべてみづからはからず。もし大乘によらば眞如實相第一義空、かつて 0000_,31,087a12(00):いまだ心にをかず。もし小乘を論ぜば、見諦修道に修入し、乃至那含羅漢五下を斷じ五上をのぞく 0000_,31,087a13(00):こと、道俗をとふ事なくいまだ其分あらず。たとひ人天の果報あれども、みな五戒十善のためによ 0000_,31,087a14(00):くこの報をまねく。然にたもちうるものははなはだまれ也。もし起惡造罪を論せば、なんぞ暴風駛 0000_,31,087a15(00):雨にことならん。ここをもて諸佛の大慈すすめて淨土に歸せしめ給ふ。たとひ一形惡をつくれども 0000_,31,088a01(00):ただよく意をかけて、專精につねによく念佛すれば、一切の諸障自然に消除してさだめて往生する 0000_,31,088a02(00):事をう。何ぞ思量せずしてすべて去心なきや。私云、淨土宗の學者、まづすべからく此旨をしるべ 0000_,31,088a03(00):し。たとひさきより聖道門を學せる人なりといふとも、淨土門にをきて、その心ざしあらんものは 0000_,31,088a04(00):すべからく聖道をすてて淨土に歸すべし。例せばかの曇鸞法師は、四論の講説をすてて一向に淨土 0000_,31,088a05(00):に歸し、道綽禪師は、涅槃の廣業をさしをきて、ひとへに西方の行をひろめしがごとし。上古の賢 0000_,31,088a06(00):哲なをもちてかくのごとし。末代の愚魯むしろこれにしたがはざらんや 0000_,31,088a07(00):同第三段云、彌陀如來餘行をもちて往生の本願とせず、ただ念佛をもちて往生の本願とする文と 0000_,31,088a08(00):いひて無量壽經上の本願の文已下をひけり。私詞云、問云、あまねく諸願に約して麁惡をえらびす 0000_,31,088a09(00):てて善妙をえらびとる事その理しかるべし。なんのゆへぞ、第十八の願に一切の諸行をえらびすて 0000_,31,088a10(00):て、ただひとへに念佛の一行をえらびとりて、往生の本願とするや。答云、聖意はかりがたしたや 0000_,31,088a11(00):すく解するにあたはず、しかりといへどもいまこころみにこの義をもちてこれを解せん。一には勝 0000_,31,088a12(00):劣の義、二には難易の義也。初に勝劣といふは、念佛はこれすぐれ、餘行は劣なり。ゆへいかんと 0000_,31,088a13(00):なれば、名號はこれ萬德の歸する所也。しかればすなはち彌陀一佛のあらゆる四智三身十力四無畏 0000_,31,088a14(00):等の一切の内證の功德、相好光明説法利生等の一切の外用の功德、みなことごとく阿彌陀佛の名號 0000_,31,088a15(00):の中に攝在せり。かるがゆへに名號の功德もともすぐれたりとす。餘行はしからず、をのをの一隅 0000_,31,089a01(00):をまもる、ここをもちて劣とす。たとへば世間の屋舍のごとし、その屋舍の名字の中に棟梁椽柱等 0000_,31,089a02(00):の一切の家具を攝す、棟梁等の一一の名字の中には一切を攝することあたはず。これをもてしりぬ 0000_,31,089a03(00):べし。しかればすなはち名號の功德は、餘の一切の功德にすぐれたり。かるがゆへに劣をすてて、 0000_,31,089a04(00):勝をとりてもちて本願とするか。次に難易の義といふは念佛は修しやすく、諸行は修しがたし、<略抄> 0000_,31,089a05(00):かるがゆへにしりぬ。念佛はやすきがゆへに一切に通ず。諸行はかたきがゆへに諸機に通ぜず。然 0000_,31,089a06(00):則一切衆生をして、平等に往生せしめむがために、難をすてて易をとりて本願とするか。若しそれ 0000_,31,089a07(00):造像起塔をもちて本願とせば、貧窮困乏のたぐひはさだめて往生ののぞみをたたん。しかるを富貴 0000_,31,089a08(00):のものはすくなく、貧賤のものははなはだおほし、もし智惠高才をもちて本願とせぱ、愚鈍下智の 0000_,31,089a09(00):ものは定めて往生ののぞみをたたん。しかるに智惠のものはすくなく、愚痴のものははなはだおほ 0000_,31,089a10(00):し。多聞多見をもちて本願とせば、小聞小見の輩はさだめて往生の望をたたむ。しかるを多聞のも 0000_,31,089a11(00):のはすくなく小聞のものははなはだおほし。若し持戒持律をもちて本願とせば、破戒無戒の人は、 0000_,31,089a12(00):さだめて往生ののぞみをたたん。しかるを持戒のものはすくなく、破戒のものは甚だ多し。自餘の 0000_,31,089a13(00):諸行これに准じてしるべし、まさにしるべし、上の諸行等をもちて本願とせば、往生をうるものは 0000_,31,089a14(00):すくなく、往生せざるものはおほからん。然則彌陀如來法藏比丘のむかし平等の慈悲にもよほされ 0000_,31,089a15(00):て、あまねく一切を攝せんがために、造像起塔等の諸行をもちて往生の本願とせず、ただ稱名念佛 0000_,31,090a01(00):の一行をもちてその本願とする也。乃至問曰、一切の菩薩その願をたつといへども、あるひはすで 0000_,31,090a02(00):に成就せるもあり、又いまだ成就せざるもあり。いぶかし法藏菩薩の四十八願は、すでに成就せり 0000_,31,090a03(00):とやせん、はたいまだ成就せずとやせん。答曰、法藏の誓願は一一に成就し給へり。いかむとなれ 0000_,31,090a04(00):ば、極樂界の中にすでに三惡趣なし、まさにしるべしこれすなはち無三惡趣の願を成就し給へるな 0000_,31,090a05(00):り。なにをもちてかしることをうるとならば、すなはち願成就の文、又地獄餓鬼畜生諸難の趣なし 0000_,31,090a06(00):といへるこれなり。又彼國の人天、命をはりてのち三惡趣にかへることなし、まさにしるべし、こ 0000_,31,090a07(00):れすなはち不更惡趣の願を成就せるなり。何をもてかしることをうるとならば、すなはち願成就の 0000_,31,090a08(00):文に、又彼の菩薩乃至成佛まで惡趣にかへらずといへるこれなり。又極樂の人天、すでに一人とし 0000_,31,090a09(00):て三十二相を具せざるものあることなし。まさにしるべしこれすなはち具三十二相の願を成就せる 0000_,31,090a10(00):なり。何をもてかしることをうるとならば、すなはち願成就の文に彼國にむまるるもの、みなこと 0000_,31,090a11(00):ごとく三十二相を具足すといへる是也。かくのごとくはじめ無三惡趣の願より、をはり得三法忍の 0000_,31,090a12(00):願にいたるまで、一一の誓願みなもて成就し給へり。第十八の念佛往生の願あにひとりもて成就せ 0000_,31,090a13(00):ざらんや。然則念佛の人皆もて往生す。何をもてかしることをうるとならば、すなはち念佛往生の 0000_,31,090a14(00):願成就の文に、もろもろ衆生ありてその名號をききて信心歡喜して、乃至一念至心に廻向してかの 0000_,31,090a15(00):國にむまれんと願すればすなはち往生することを得て、不退轉に住すといへる是也。おほよそ四十 0000_,31,091a01(00):八願をもて淨土を莊嚴せり。花池寶閣願力にあらずといふことなし、何ぞ其中にをいて、ひとり念 0000_,31,091a02(00):佛往生の願を疑惑すべきや。しかのみならず一一の願のをはりに、もししからずば正覺をとらじと 0000_,31,091a03(00):いへり。しかるに阿彌陀佛成佛してよりこのかた、いまにをきて十劫なり。成佛のちかひすでにも 0000_,31,091a04(00):て成就し給へり。まさにしるべし一一の願むなしくまうくべからず。故に善導の給はく、彼佛いま 0000_,31,091a05(00):現に世にましまして成佛し給へり。まさにしるべし本誓重願むなしからずといふ事。衆生稱念すれ 0000_,31,091a06(00):ばかならず往生をう。已上それすみやかに生死をはなれんとおもはば、二種の勝法の中に、しばら 0000_,31,091a07(00):く聖道門をさしをきて、えらびて淨土門にいれ、淨土門に入らんとおもはば、正雜二行の中にしば 0000_,31,091a08(00):らくもろもろの雜行をなげすてて、えらびて正行に歸すべし。正行を修せんと思はば、正助二業の 0000_,31,091a09(00):中に猶助業をかたはらにして、えらびて正定をもはらにすべし。正定の業といふは、すなはちこれ 0000_,31,091a10(00):佛の御名を稱するなり。名を稱すればかならずむまるることをう。佛の本願によるがゆへにと。し 0000_,31,091a11(00):づかにおもんみれば善導の觀經の疏は、これ西方の指南行者の目足なり、しかればすなはち西方の 0000_,31,091a12(00):行人、かならずすべからく珍敬すべし。就中に毎夜の夢の中に僧ありて玄義を指授せり。僧といふ 0000_,31,091a13(00):はをそらくはこれ彌陀の應現なり。しからばいふべし、この疏は彌陀の傳説なりと。いかにいはん 0000_,31,091a14(00):や大唐相傳していはく善導はこれ彌陀の化身なりと。しからばいふべしこの文はこれ彌陀の直説な 0000_,31,091a15(00):りと。すでにうつさんとおもはんものは、もはら經法のごとくせよといへり。このことばまことな 0000_,31,092a01(00):るかな、あふぎて本地をたづぬれば四十八願の法王なり。十劫正覺のとなへ念佛にたのみあり。ふ 0000_,31,092a02(00):して垂迹をとふらへば專修念佛の導師なり。三昧正受のことば往生にうたがひなし、本迹ことなり 0000_,31,092a03(00):といへども化導これ一なり。ここに貧道むかし、この典を披閲して粗素意をさとれり、たちところ 0000_,31,092a04(00):に餘行をとどめてここに念佛に歸す。それよりこのかた今日にいたるまで、自行化他ただ念佛をこ 0000_,31,092a05(00):ととす。然間まれに津をとふものには、しめすに西方の通津を以てし。たまたま行をたづぬるもの 0000_,31,092a06(00):には、をしふるに念佛の別行をもてす。これを信ずるものはおほく、信ぜざるものはすくなし。 0000_,31,092a07(00):已上略抄念佛を事とし往生をこひねがはん人、あにこの書をいるかせにすべけんや 0000_,31,092a08(00):第一圖 0000_,31,092a09(00):同製作の往生大要抄に云、至誠心といは、眞實の心なり。その眞實といは、身にふるまひくちに 0000_,31,092a10(00):いひ心に思はん事、みな人めをかざる事なく、まことをあらはすなり。しかるを人つねに勇猛強盛 0000_,31,092a11(00):の心ををこすを至誠心と申は、この釋の心にはたがふなり 0000_,31,092a12(00):又云、よはき三心具足したらん人は、くらゐこそさがらんずれ、なほ往生はうたがふべからざる 0000_,31,092a13(00):也 0000_,31,092a14(00):又云、外相の善惡をばかへり見ず、世間の謗譽をばわきまへず、内心に穢土をいとひ淨土をもね 0000_,31,092a15(00):がひ、惡をもとどめ善をも修して、まめやかに佛の意にかなはん事を思を眞實とは申也 0000_,31,093a01(00):又云、加樣に申せば、ひとへにこの世の人めはいかにもありなんとて、人のそしりをもかへり見 0000_,31,093a02(00):ず、ほかをかざらねばとて、心のままにふるまふがよきと申にてはなき也。はうにまかせてふるま 0000_,31,093a03(00):へば、放逸とてわろき事にてある也。時にのぞみたる機嫌戒のためばかりに、いささか人めをつつ 0000_,31,093a04(00):むかたは、わざともさこそあるべけれ 0000_,31,093a05(00):又云、機嫌戒となづけて、やがて虚假になる事もありぬべし。これをかまへてよくよく心えわく 0000_,31,093a06(00):べし 0000_,31,093a07(00):又云、この義を心えわかぬ人にこそあむめれ。佛の本願をばうたがはねども、我心のわろければ 0000_,31,093a08(00):往生かなはじと申あひたるが、やがて本願をうたがふにて侍る也。さやうに申たちなば、いか程ま 0000_,31,093a09(00):でか佛の本願にかなふべしとかしり侍べき。それをわきまへざらんにとりては心のわろさはつきせ 0000_,31,093a10(00):ぬ事にてこそあらんずれば.いまは往生してんと思たつよはあるまじ。佛の御ちからをばいかほど 0000_,31,093a11(00):かしるそ、これにすぎて佛の願をうたがふことはいかがあるべき 0000_,31,093a12(00):又云、ただ心の善惡をもかへりみず。つみの輕重をもわきまへず、心に往生せんと思て、くちに 0000_,31,093a13(00):南無阿彌陀佛ととなへば、こゑにつきて決定往生の思をなすべし、その決定心によりて、すなはち 0000_,31,093a14(00):往生の業はさだまるなり 0000_,31,093a15(00):又云、かく心えぬればやすきなり。往生は不定におもへばやがて不定になり、定と思へば、やが 0000_,31,094a01(00):て一定する事也 0000_,31,094a02(00):又云、深信といは、かの佛の本願はいかなる罪人をもすてず、ただ名號をとなふる一聲までに、 0000_,31,094a03(00):決定して往生すとふかくたのみて、すこしのうたがひもなきを申也 0000_,31,094a04(00):又云、つみをもすて給はねば、心にまかせてつくらんもくるしかるまじ、一念にも往生すなれば 0000_,31,094a05(00):念佛はおほく申さずともありなんと、あしく心うる人のいできて、つみをばゆるし、念佛をばせい 0000_,31,094a06(00):するやうに申なすが、返返もあさましく候也。あくをすすめ善をとどむる佛法はいかがあるべき 0000_,31,094a07(00):第二圖 0000_,31,094a08(00):上人大經を釋給とき、四十八願の中の第卅五の女人往生の願の意をのべての給はく、上の念佛往 0000_,31,094a09(00):生の願は男女をきらはず、今別にこの願あるそのこころいかん。つらつらこの事を案ずるに、女人 0000_,31,094a10(00):はさはりおもし。別して女人に約せずば、すなはち疑心を生ずべし。そのゆへは、女人はとがおも 0000_,31,094a11(00):し、大梵高臺の閣にもへだてられて、梵衆梵輔の雲をのぞむことなく、帝釋柔軟の床にもくだされ 0000_,31,094a12(00):て、三十三天の花をもてあそぶ事なし。六天魔王の位四種輪王の跡、のぞみながくたえてかげをさ 0000_,31,094a13(00):さず、生死有漏の果報、無常生滅のつたなき身とだにならず、いかにいはんや佛のくらゐをや。諸 0000_,31,094a14(00):經論の中にきらはれ、在在所所に擯出せられて、三途八難にあらずば赴べきかたなく、六趣四生に 0000_,31,094a15(00):あらずは受べきかたちなし。この日本には靈地靈驗砌にはみなことごとくきらはれたり。比叡山は 0000_,31,095a01(00):傳敎大師の建立、大師みづから結界して谷をさかひ峯をかぎりて、女人の形をいれざれば一乘峯た 0000_,31,095a02(00):かくして五障の雲たなびく事なく、一味谷ふかくして三從の水ながるる事なし。高野山は弘法大師 0000_,31,095a03(00):結界の峯、眞言上乘繁昌の地也。三密の月輪あまねくてらすといへども、女人非器のやみをばてら 0000_,31,095a04(00):さず。五瓶の智水ひとしくながるといへども、女人垢穢のあかをばすすがず。聖武天皇の御願、十 0000_,31,095a05(00):六丈金銅の舍那、はるかにこれを拜見すといへども、なほ扉の内にはいれられず。天智天皇の建立 0000_,31,095a06(00):五丈石像の彌勒あふぎてこれを禮拜すれども、なを壇の上には障あり、乃至金峯の雲のうへ、醍醐 0000_,31,095a07(00):の霞のそこ、女人更にかげをささず。悲哉兩足ありといへどものぼらざる法の峰あり。ふまざる佛 0000_,31,095a08(00):の庭あり。耻哉兩眼あきらかなりといへども、見ざる靈地あり。拜せざる靈像あり。この穢土の瓦 0000_,31,095a09(00):礫荊棘の山、泥木素像の佛だにも障あり。いかにいはんや衆寳合成の淨土萬德究竟の佛をや。これ 0000_,31,095a10(00):によりて往生そのうたがひあるべし。かるがゆへに此理をかがみて別にこの願あり。善導和尚この 0000_,31,095a11(00):願を釋しての給はく、彌陀の大願力によるがゆへに、女人佛の名號を稱すれば、命終のとき女身を 0000_,31,095a12(00):轉じ男子となる事を得。彌陀御手をさづけ、菩薩身をたすけて、寳花のうへに坐し、佛にしたがひ 0000_,31,095a13(00):て往生し、佛の大會にいりて無生を證悟す。一切の女人、もし彌陀の名願力によらずば千劫萬劫恒 0000_,31,095a14(00):沙等の劫にも、つゐに女身を轉ずることを得べからずといへり。是則女人の苦をぬき女人の樂をあ 0000_,31,095a15(00):たふる、慈悲の誓願利生なり已上見于大經釋取要抄之 0000_,31,096a01(00):ある時尋常なる尼女房ども、吉水の御房へまいりて罪ふかき女人も、念佛だにも申せば、極樂へ 0000_,31,096a02(00):まいり候なるは、まことにて候やらんと申ければ、上人大經の釋の心をねむごろに申のべられて、 0000_,31,096a03(00):第十八の願のうへにうたがひをたたむがために、とりわき女人往生の願をたて給へる事まことにた 0000_,31,096a04(00):のもしかたじけなきよしを仰られければ、歡喜の涙をながし、みな念佛門にいりにけるとなむ 0000_,31,096a05(00):第三圖 0000_,31,096a06(00):法然上人行状繪圖 第十九 0000_,31,096a07(00):月輪の禪閤の御歸依あさからざりしかば、北政所も、おなじく御信伏ありて、念佛往生の事を御 0000_,31,096a08(00):たづねありける。御返事云、かしこまりて申上候。さては御念佛申させおはしまし候なるこそ、よ 0000_,31,096a09(00):にうれしく候へ。まことに往生の行は念佛が目出事にて候也。そのゆへは念佛は彌陀の本願の行な 0000_,31,096a10(00):ればなり。餘の行はそれ眞言止觀のたかき行なりといへども彌陀の本願にあらず。又念佛は釋迦の 0000_,31,096a11(00):付屬の行なり。餘行はまことに定散兩門の目出たき行なりといへども、釋尊これを付屬し給はず。 0000_,31,096a12(00):又念佛は六方の諸佛の證誠の行なり。餘の行はたとひ顯密事理のやむごとなき行なりと申せども諸 0000_,31,096a13(00):佛これを證誠し給はず。このゆへにやうやうの行おほく候へども、往生のみちにはひとへに念佛す 0000_,31,096a14(00):ぐれたる事にて候也。しかるに往生のみちにうとき人の申やうは、餘の眞言止觀の行にたへざるひ 0000_,31,097a01(00):とのやすきままのつとめにてこそ念佛はあれと申はきはめたるひがごとにて候。そのゆへは彌陀の 0000_,31,097a02(00):本願にあらざる餘行をきらひすて、又釋尊付屬にあらざる行をばゑらびとどめ、又諸佛の證誠にあ 0000_,31,097a03(00):らざる行をばやめおさめて、いまはただ彌陀の本願にまかせ、釋尊の付屬により、諸佛の證誠にし 0000_,31,097a04(00):たがひて、をろかなるわたくしのはからひをやめて、これらのゆへつよき念佛の行をつとめて往生 0000_,31,097a05(00):をばいのるべしと申にて候也。されば惠心僧都の往生要集に、往生の業念佛を本とすと申たるこの 0000_,31,097a06(00):心なり。いまはただ餘行をとどめて一向に念佛にならせ給べし。念佛にとりても、一向專修の念佛 0000_,31,097a07(00):なり。其むね三昧發得の善導の觀經疏に見えたり。又雙卷經に一向專念無量壽佛といへり。一向の 0000_,31,097a08(00):言は二向三向に對して、ひとへに餘の行をゑらびてきらひのぞく心なり。御いのりのれうにも念佛 0000_,31,097a09(00):がめでたく候。往生要集にも餘行の中に念佛すぐれたるよし見えたり。又傳敎大師の七難消滅の法 0000_,31,097a10(00):にも念佛をつとむべしと見えて候。おほよそ現世後生の御つとめなにごとかこれにすぎ候べきや。 0000_,31,097a11(00):いまはただ一向專修の但念佛者にならせおはしますべく候。已上略抄これによりて、専修念佛の御ここ 0000_,31,097a12(00):ろざし、ふた心なかりけるとなん 0000_,31,097a13(00):第一圖 0000_,31,097a14(00):阿波介といふ陰陽師、上人に給仕して念佛するありけり。或時上人かの俗をさして、あの阿波介 0000_,31,097a15(00):が申念佛と源空が申念佛と、いづれかまさると聖光房にたづね仰られけるに、心中にわきまふるむ 0000_,31,098a01(00):ねありといへども、御ことばをうけ給はりて、たしかに所存を治定せんがために、いかでかさすが 0000_,31,098a02(00):に御念佛にはひとしく候べきと申されたりければ、上人ゆゆしく御氣色かはりて、されば日來淨土 0000_,31,098a03(00):の法門とてはなにごとをきかれけるぞ。あの阿波介も佛たすけ給へとおもひて南無阿彌陀佛と申す 0000_,31,098a04(00):源空も佛たすけ給へとおもひて南無阿彌陀佛とこそ申せ。更に差別なきなりと仰られければ、もと 0000_,31,098a05(00):より存ずることなれども、宗義の肝心いまさらなるやうに、たうとくおぼえて感涙をもよをしきと 0000_,31,098a06(00):ぞかたり給ける。二念珠をしいだしたるは、この阿波介にてなむ侍なる。かの阿波介百八の念珠を 0000_,31,098a07(00):二連もちて念佛しけるに、そのゆへを人たづねければ、弟子ひまなく上下すれば、その緖つかれや 0000_,31,098a08(00):すし。一連にては念佛を申し、一連にては數をとりて、つもるところの數を弟子にとれば、緖やす 0000_,31,098a09(00):まりてつかれざるなりと申ければ、上人きき給てなに事もわが心にそみぬる事には才覺がいでくる 0000_,31,098a10(00):なり。阿波介きはめて性鈍に、その心をろかなれども、往生の一大事心にそみぬるゆへに、かかる 0000_,31,098a11(00):事をも案じ出けるなり。まことにこれたくみなりとぞほめおほせられける 0000_,31,098a12(00):第二圖 0000_,31,098a13(00):上人かたりての給はく、淨土の法門を學する住山者ありき。示云われすでにこの敎の大旨を得た 0000_,31,098a14(00):り。しかれども信心いまだおこらず。いかにしてか信心おこすべきとなげきあはせしにつきて、三 0000_,31,098a15(00):寶に祈請すべきよし敎訓をくはへて侍しかば、かの僧はるかに程へてきたりていはく。御をしへに 0000_,31,099a01(00):したがひて祈請をいたし侍しあひだ、あるとき東大寺に詣たりしに、おりふし棟木をあぐる日にて 0000_,31,099a02(00):おびただしき大物の材木ども、いかにしてひきあぐべしともおぼえぬを轆轤をかまへてこれをあぐ 0000_,31,099a03(00):るに、大木をめをめと中にまきあげられてとぶがごとし。あなふしぎと見る程に、おもふところに 0000_,31,099a04(00):おとしすへにき。これを見て良匠のはかりごとなをかくのごとし。いかにいはんや彌陀如來の善巧 0000_,31,099a05(00):方便をやとおもひしおりに、疑網たちところにたえて信心決定せり。これしかしながら、日頃祈請 0000_,31,099a06(00):のしるしなりとかたりき。其のち兩三年をへてなむ。種種の靈瑞を現じて往生をとげける。受敎と 0000_,31,099a07(00):發心とは各別なるゆへに、習學するには發心せざれども、境界の緣を見て信心をおこしけるなり。 0000_,31,099a08(00):人なみなみに、淨土の法をきき念佛の行をたつとも、信心いまだおこらざらむ人は、ただねむごろ 0000_,31,099a09(00):に心をかけてつねに思惟し、また三寳にいのり申べきなりとぞ仰られける 0000_,31,099a10(00):第三圖 0000_,31,099a11(00):尼聖如房は、ふかく上人の化導に歸し、ひとへに念佛を修す。所勞の事ありけるが、臨終ちかづ 0000_,31,099a12(00):きて、いま一度上人を見たてまつらばやと申ければ、このよしを上人に申に、おりふし別行の程な 0000_,31,099a13(00):りければ御文にてこまかに仰つかはされけり。かの状云、聖如房の御事こそ返返あさましく候へ。 0000_,31,099a14(00):乃至ただ例ならぬ御事、大事になどうけ給はり候はむだにも、いま一度は見まいらせたく、をはり 0000_,31,099a15(00):までの御念佛の事おぼつかなくこそ思まいらせ候べきに、まして心にかけて、つねに御たづね候ら 0000_,31,100a01(00):むこそ、まことにあはれにも心ぐるしくもおもひまいらせ候へ。左右なくうけ給候ままにまいり候 0000_,31,100a02(00):て、見まいらせたく候へども、おもひきりてしばしいでありき候はで念佛申候はばやと、思はじめ 0000_,31,100a03(00):たる事の候を、やうにこそよる事にて候へ、これをば退してもまいるべきにて候に、又思候へば、 0000_,31,100a04(00):詮じてはこの世の見參、とてもかくても候なん。かばねを執するまどひにもなり候ぬべし。たれと 0000_,31,100a05(00):てもとまりはつべき身にても候はず。我も人もただをくれさきだつかはりめばかりにてこそ候へ。 0000_,31,100a06(00):そのたえまを思候も、又いつまでかとさだめなきうへに、たとひひさしと申とも、ゆめまぼろしい 0000_,31,100a07(00):く程かは候べきなれば、ただかまへて、おなじ佛の國にまいりあひて、蓮のうへにて、この世のい 0000_,31,100a08(00):ぶせさも、ともに過去の因緣をもかたり、たがひに、未來の化導をもたすけむ事こそ、返返も詮に 0000_,31,100a09(00):て候べきと。はじめより申をき候しが、返返も、本願をとりつめまいらせて、一念もうたがふ御心 0000_,31,100a10(00):なく、一聲も南無阿みだぶと申せば、我身は、たとひいかにつみふかくとも、佛の願力によりて、 0000_,31,100a11(00):一定往生するぞとおぼしめして、よくよく、一すぢに念佛の候べき也。我等が往生は、ゆめゆめ、 0000_,31,100a12(00):我身のよきあしきにより候まじ、ひとへに、佛の御力ばかりにて候べき也。我ちからにては、いか 0000_,31,100a13(00):に、めでたくたうとき人と申とも、末法のこのごろ、ただちに、淨土にむまるるほどの事は、あり 0000_,31,100a14(00):がたくぞ候べき。又、佛の御ちからにて候はむには、いかに罪ふかく、をろかにつたなき身なりと 0000_,31,100a15(00):も、それにはより候まじ。ただ佛の願力を、信じ信ぜぬにそより候べき。乃至さて往生はせさせお 0000_,31,101a01(00):はしますまじきやうにのみ、申きかする人人の候らむこそ、返返あさましく心ぐるしく候へ。いか 0000_,31,101a02(00):なる智者、めでたき人、おほせらるるともそれになをどろかせおはしまし候ぞ。をのをののみちに 0000_,31,101a03(00):はめでたくたうとき人なりとも、さとりあらず行ことなる人の申候事は、往生淨土のためには、中 0000_,31,101a04(00):中ゆゆしき退緣惡知識とも、申候ぬべき事どもにて候。ただ凡夫のはからひをぱ、ききいれさせお 0000_,31,101a05(00):はしまさで一すぢに佛の御ちかひをたのみまいらせさせおはしますべく候。さとりことなる人の、 0000_,31,101a06(00):往生をいひさまたげむによりて、一念もうたがふ心あるべからずと、いふことはりは、善導和尚の 0000_,31,101a07(00):よくよくこまかに仰られたる事にて候也。乃至中中あらぬすぢなる人はあしく候なん。ただいかな 0000_,31,101a08(00):らむ人にても、尼女房なりとも、つねに御まへに候はん人に念佛申させて、きかせおはしまして、 0000_,31,101a09(00):御心ひとつをつよくおぼしめして、一向に凡夫の善知識をおぼしめしすてて、佛を善知識にたのみ 0000_,31,101a10(00):まいらせさせ給べく候。乃至かやうに念佛を、かきこもりて申候はむなど思候も、ひとへに我身ひ 0000_,31,101a11(00):とつのためとのみは、もとより思候はず。おりしもこの御事をかくうけ給候ぬれば、いまよりは一 0000_,31,101a12(00):念ものこさず、ことごとくその往生の御たすけになさんと廻向しまいらせ候はむずれば、かまへて 0000_,31,101a13(00):かまへておぼしめすさまに、とげさせまいらせ候はばやとこそは、ふかく念じまいらせ候へ。もしこの 0000_,31,101a14(00):心ざしまことならば、いかでか御たすけにもならで候べき。たのみおぼしめさるべきにて候。おほ 0000_,31,101a15(00):かたは申いで候しひとことばに、御心をとどめさせおはします事も、この世ひとつの事にて候はじ 0000_,31,102a01(00):と。さきの世もゆかしくあはれにこそ、思しらるる事にて候へば、うけ給候ごとく、このたびまこ 0000_,31,102a02(00):とにさきだたせおはしますにても、又おもはずにさきだちまいらせ候事になるさだめなさにて候と 0000_,31,102a03(00):も、つゐに一佛淨土にまいりあひまいらせ候はむ事、うたがひなくおぼえ候。ゆめまぼろしのこの 0000_,31,102a04(00):世にて、いま一度など思申候事はとてもかくても候なん。これをば一すぢにおぼしめしすてていと 0000_,31,102a05(00):どもふかくねがふ御心をもまし、御念佛をもはげませおはしまして、かしこにてまたむとおぼしめ 0000_,31,102a06(00):すべく候。乃至もしむげによはくならせおはしましたる御事にて候はば、これは事ながく候べく候。 0000_,31,102a07(00):えうをとりて、つたへまいらせさせおはしますべく候。うけ給候ままになにとなくあはれにおぼえ 0000_,31,102a08(00):て、をしかへし又申候なり。已上略抄この御文の趣をふかく心にそめて念佛をこたらずして、つゐにめ 0000_,31,102a09(00):でたき往生をとげにけるとなむ 0000_,31,102a10(00):第四圖 0000_,31,102a11(00):仁和寺にすみける尼、上人にまいりて申やう、みづから千部の法華經をよむべきよし、宿願の事 0000_,31,102a12(00):ありて七百部はすでによみをはれり。しかるにとしすでにたけ侍ぬ。のこりの功いかにしてをへ侍 0000_,31,102a13(00):べしともおぼえ侍らずと、なげき申ければ、としよりたまへる御身には、めでたく七百部まではよ 0000_,31,102a14(00):み給へるものかな。のこりをば、一向念佛になされ候べしとて、念佛の功能をとききかせられけれ 0000_,31,102a15(00):ば、其のちは法華經の讀誦をとどめて、一向專稱してとし月をへて、すでに往生をとげにけり。丹 0000_,31,103a01(00):後國志樂の庄に彌勒寺といふ山寺の一和尚なりける僧の、むかしは天台山の學徒、のちには遁世し 0000_,31,103a02(00):て、上人の弟子となりて一向に念佛して、五條の坊門富小路にすみけるが、ひるねしける夢に、そ 0000_,31,103a03(00):らに紫雲そびけり。なかに一人の尼あり。まことに心よげにうちゑみて、われは法然上人のをしへ 0000_,31,103a04(00):によりて念佛して、只今すでに極樂へ往生し候ぬるぞ。これは仁和寺に候つる尼なりと申と見て夢 0000_,31,103a05(00):さめぬ。やがて上人のおはしましける九條なる所へ參て妄想にてや候らん、かかるゆめを見て候と 0000_,31,103a06(00):申ければ、上人うち案じたまひてさる人あるらむとてやがて仁和寺へ使をつかはされんとするに、 0000_,31,103a07(00):日くれにければ、次のあしたつかはさる。便宜のよしにてなに事か候とたづぬべしとおほせられけ 0000_,31,103a08(00):れば、つかひかのところへむかひてたづね申に。かの尼公は。昨日午刻にはや往生し候ぬとぞ答申 0000_,31,103a09(00):ける。あはれにたうとき事にてぞありける 0000_,31,103a10(00):第五圖 0000_,31,103a11(00):法然上人行状畫圖 第二十 0000_,31,103a12(00):河内國に天野の四郎とて、強盜の張本なるものありけり。人をころし財をかすむるを業として世 0000_,31,103a13(00):をわたりけるが、としたけて後、上人の化導に歸し、出家して敎阿彌陀佛と號しけり。つねに上人 0000_,31,103a14(00):の御もとに參して敎訓をかぶりけるが、或時夜半ばかりに上人おきゐたまひて、ひそかに念佛し給 0000_,31,104a01(00):かとおぼしき事ありけり。敎阿彌陀佛うちしはぶきたりければ、上人やがてふし給ぬ。ねいり給へ 0000_,31,104a02(00):るさまにてその夜もあけにけり。敎阿彌陀佛、心のうちにいと心えぬわざかなとおもひけれども、 0000_,31,104a03(00):たづね申におよばでやみにけり。程へてのち又參たるに、上人は持佛堂におはしませば、敎阿彌陀 0000_,31,104a04(00):佛はおほゆかに候して申けるは、無緣のものにて在京かなひがたく侍れば、相模國河村と申ところ 0000_,31,104a05(00):に、あひしりたるものの侍をたのみてまかりくだり侍り、としたけ侍ぬれば、又見參に入らむこと 0000_,31,104a06(00):もかたく候。もとより無智の者にて侍れば、甚深の法門をうけ給候とても、その甲斐あるべしとも 0000_,31,104a07(00):覺侍らず。ただ詮をとりて決定往生仕ぬべき御一言をうけ給はりて、生涯の御かたみにそなへ侍ら 0000_,31,104a08(00):むと。上人の給はく、まづ念佛には甚深の義といふことなし。念佛申ものはかならず往生すとしる 0000_,31,104a09(00):ばかり也。いかなる智者學生なりとも、宗にあかさざらむ義をば、いかでかつくりいだしていふべ 0000_,31,104a10(00):き。ゆめゆめ甚深の義あるらむとゆかしく思はるべからず。念佛はやすき行なれば申人はおほけれ 0000_,31,104a11(00):ども、往生するもののすくなきは、決定往生の故實をしらぬゆへなり。去月に又人もなくて御房と 0000_,31,104a12(00):源空とただ二人ありしに、夜半ばかりにしのびやかに起居て念佛せしをば、御房はきかれけるかと 0000_,31,104a13(00):仰らるれば、寢耳にさやらむと承候きと申ければ、それこそやがて決定往生の念佛よ。虚假とて、 0000_,31,104a14(00):かざる心にて申念佛が往生はせぬなり。決定往生せんとおもはば、かざる心なくして、まことの心 0000_,31,104a15(00):にて申べし。いふにかひなきおさなきもの、もしは畜生などにむかひては、かざる心はなけれども 0000_,31,105a01(00):朋同行はいふにをよばず。その外つねになれ見る、妻子眷屬なれども、東西を辨ほどの者になりぬ 0000_,31,105a02(00):ればそれがために、かならずかざる心はおこるなり。人のなかにすまむには、その心なき凡夫はあ 0000_,31,105a03(00):るべからず。すべて親しきも疎も貴も賤も、人にすぎたる往生のあだはなし。それがためにかざる 0000_,31,105a04(00):心をおこして、順次の往生をとげざればなり。さりとて獨居もかなはず、いかがして人目をかざる 0000_,31,105a05(00):心なくして、まことの心にて念佛すべきといふに、つねに人にまじりて、しづまる心もなく、かざ 0000_,31,105a06(00):る心もあらんものは、夜さしふけて、見人もなく、聞人もなからむ時、しのびやかに起居て、百反 0000_,31,105a07(00):にても千反にても、多少こころにまかせて申さん念佛のみぞ、かざる心もなければ佛意に相應して 0000_,31,105a08(00):決定往生はとぐべき。この心を得なばかならずしも夜にはかぎるべからず。朝にても晝にても暮に 0000_,31,105a09(00):ても、人のきくはばかりなからむ所にて、つねにはかくのごとく申べし。所詮決定往生をねがふ、 0000_,31,105a10(00):まことの念佛申さむずるかざらぬ心ねは、たとへば盜人ありて、人の財を思かけて、ぬすまむとお 0000_,31,105a11(00):もふ心は底にふかけれども、面はさりげなき様にもてなして、かまへてあやしげなる色を、人に見 0000_,31,105a12(00):えじとおもはむがごとし。そのぬすみ心は、人またくしらねば、すこしもかざらぬ心なり。決定往 0000_,31,105a13(00):生せむする心も又かくのごとし。人おほくあつまり居たらむなかにても、念佛申いろを人に見せず 0000_,31,105a14(00):して、心にわするまじきなり。その時の念佛は、佛よりほかはたれかこれをしるべき。佛しらせ給 0000_,31,105a15(00):はば往生なむぞ疑はむと仰られければ、敎阿彌陀佛申さく、決定往生の法門こそ心得候ぬれ。すで 0000_,31,106a01(00):にさとりきはめ侍り。この仰をうけ給ざらましかばこのたびの往生はあぶなく候はまし、但この仰 0000_,31,106a02(00):のごとくにては、人のまへにて念珠をくり、口をはたらかす事は、あるまじく候やらんと。上人の 0000_,31,106a03(00):給はくそれ又僻韻なり。念佛の本意は常念を詮とす。されば念念相續せよとこそすすめられたれ。 0000_,31,106a04(00):たとへば世間の人を見るにおなじ人なれども豪憶あひわかれて、憶病の者になりぬれば、身のため 0000_,31,106a05(00):くるしかるまじき、聊のいかりをもをぢおそれて迯かくる。豪の者になりぬれば、命をうしなふべ 0000_,31,106a06(00):きこはき敵の、しかも迯かくれなばたすかるべきなれども、すこしもおそれず、ひとしざりもせざ 0000_,31,106a07(00):るがごとし。これがやうに、眞僞の二類あり。地體いつはり性にして、かざる心あるものは、身の 0000_,31,106a08(00):ために要なき聊の事をもかならずいつはりかざるなり。もとよりまことの心ありて虚言せぬものは 0000_,31,106a09(00):聊の憍飾しては、身のためおほきにその益あるべき事なれども、身の利益をばかへりみず、底にま 0000_,31,106a10(00):ことありてすこしもかざる心なし。これみな本性にうけてむまれたるところなり。そのまことの心 0000_,31,106a11(00):のものの、往生せんとおもひて念佛に歸したらんは、いかなる所いかなる人のまへにて申すとも、 0000_,31,106a12(00):すこしもかざる心あるまじければ、これ眞實心の念佛にして、決定往生すべきなり。なんぞこれを 0000_,31,106a13(00):いましめむ。又地體はいつはり性にして、世間ざまにつけては、いささか不實の事もありしかども 0000_,31,106a14(00):知識にあひて發心して、往生せんとおもふ心ふかくなりぬれば、念念相續せんとおもひて、いかな 0000_,31,106a15(00):る所いかなる人のまへにても、無想にひた申に申さむもの、これ又眞實心の念佛なれば決定往生す 0000_,31,107a01(00):べきなり。またく制の限にあらず。いまいふところは、三心のなかに一心もかけぬれば、往生せず 0000_,31,107a02(00):と釋給へるに、三心のなかの眞實心、人ことに發がたければ、その眞實心を發べきやうをいふばか 0000_,31,107a03(00):りなり。さればとて、ただのとき念佛な申そとはいかがすすむべきと。又敎阿彌陀佛申さく、さき 0000_,31,107a04(00):に仰の侍つるやうに、夜念佛申さすにはかならず起居候べきか、又念珠袈裟をとり侍べきかと。上 0000_,31,107a05(00):人の給はく念佛の行は行住坐臥をきらはぬ事なれば、ふして申さんとも居て申さんとも、心にまか 0000_,31,107a06(00):せ時によるべし。念珠をとり袈裟をかくる事も、又折により體にしたがふべし。ただ詮ずるところ 0000_,31,107a07(00):威儀はいかにもあれ、このたびかまへて往生せんとおもひて、まことしく念佛申さむのみぞ大切な 0000_,31,107a08(00):ると仰られければ、敎阿彌陀佛、歡喜踊躍し合掌禮拜して、罷出にけり。翌日に法蓮房信空のもと 0000_,31,107a09(00):へゆきて暇ごひけるに、昨日上人の授給へる決定往生の義とて申いだして、このたびの往生は、す 0000_,31,107a10(00):こしも疑なきよしよろこび申て、東國へ下向しにけり。其後上人の御まへにて、法蓮房この事を申 0000_,31,107a11(00):いだして、さることの侍けるにやと申されければ、その事なり。さる舊盜人と聞置て侍しほどに、 0000_,31,107a12(00):對機説法して侍き。一定心得たりげにこそ見えしかとぞ仰られける。敎阿、かの河村にくだりてす 0000_,31,107a13(00):み侍けるが、所勞つきて終焉にのぞむに、同行にかたりていはく、わが往生は決定なり。これすな 0000_,31,107a14(00):はちふかく上人のをしへを信ずるゆへなり。往生のやうかならず上人に參じて申べしと遺言して、 0000_,31,107a15(00):正念たがはず合掌みだるる事なく、高聲念佛數十反となへてをはりにけり。同行やがて上洛して遺 0000_,31,108a01(00):言の次第くはしく上人に申ければ、よく心えたりとみえしが、相違せざりける、あはれなる事なり 0000_,31,108a02(00):とぞ仰られける 0000_,31,108a03(00):第一圖 0000_,31,108a04(00):沙彌隨蓮住四條萬里小路は、上人配所におもむき給し時、御とも申て歸依あさからざりき。上人これをあ 0000_,31,108a05(00):はれみて、念佛往生の道を開示し給に、ふかく信受してふた心なく念佛しけり。上人往生の後、建 0000_,31,108a06(00):保二年のころ、いかに念佛すとも、學問して三心をしらざらむには、往生すべからずと申ものあり 0000_,31,108a07(00):ければ、隨蓮申さく、故上人は、念佛は様なきをやうとす。ただひらに佛語を信じて念佛すれば往 0000_,31,108a08(00):生するなりとて、またく三心のことをも仰られざりきと。かの人かさねていはく、一切に心うまし 0000_,31,108a09(00):きもののために、方便して仰られけるなり。上人御素意のおもむきはとて、經釋の文などゆゆしけ 0000_,31,108a10(00):に申きかせければまことにさもやあるらむと、いささか疑心をおこすことありけるに、ある夜のゆ 0000_,31,108a11(00):めに、法勝寺の西門より入て見れば池のなかにいろいろの蓮花さきみだれたり。西の廊のかたへあ 0000_,31,108a12(00):ゆみよりて見れば、僧衆あまた列座して、淨土の法門を談ず。隨蓮きざはしにのぼりあがりてみれ 0000_,31,108a13(00):ば、上人北座に南むきに坐したまへり。隨蓮見たてまつりてかしこまるに、上人見たまひて、これ 0000_,31,108a14(00):へまいれとめしければ、まぢかくまいりぬ。隨蓮いまだことばをいださざるに、上人の給はく、汝 0000_,31,108a15(00):がこのほど心になげきおもふこと、ゆめゆめわづらふべからずと。隨蓮この事すべて人にも申さず 0000_,31,109a01(00):なにとしてしろしめしたるにかとおもひながら、上件のやうをくはしく申に、上人仰られていはく 0000_,31,109a02(00):たとへばひが事をいふものありて、あの池の蓮花を蓮花にはあらず梅ぞ櫻ぞと、いはば信ずべしや 0000_,31,109a03(00):と。隨蓮申て云、現に蓮花にて候はむをば、いかに人申候ともいかでか信じ候べきと。上人の給は 0000_,31,109a04(00):く、念佛の義も又かくのごとし、源空が汝に念佛して往生する事は決定して疑なしとをしへしを信 0000_,31,109a05(00):たるは、蓮花を蓮花とおもはむがごとし。ふかく信じてとかくの沙汰に及ばず、ただ念佛を申べき 0000_,31,109a06(00):なり。あらぬ邪見の櫻梅の義をば、ゆめゆめ信ずべからず、と仰らると見てゆめさめぬ。隨蓮疑念 0000_,31,109a07(00):のこりなく散にけり。念佛功つもり、臨終正念にして、往生の素懷をとげけるとなむ 0000_,31,109a08(00):抑上人あるところには三心のやうをくはしくをしへ、ある所には三心の沙汰詮なきよし仰られた 0000_,31,109a09(00):り。これ人によるべき事なり。名號をとなふれば、かならず往生すとばかりまめやかにたのみてと 0000_,31,109a10(00):なふれば、その人の心にをのづから三心もそなはりぬるを、中中三心とて事事しく申なすほどに 0000_,31,109a11(00):かへりて信心をみだることも侍なり。かからむ人のためには、三心の沙汰無益の事なるべし。もし 0000_,31,109a12(00):日來はうたがひの心もあり三心具せぬ人も聖敎を學すれば道理にをれて三心のおこる事もあればさ 0000_,31,109a13(00):やうならむ人のためには、三心の樣をしらむも大切なるべきを、一向にこれを非せば、又そのとが 0000_,31,109a14(00):あるべし。このすぢを心えなば、上人兩樣の御勸進さらに相違を成すべからざるものなり 0000_,31,109a15(00):第二圖 0000_,31,110a01(00):遠江國久野の作佛房といひし山臥は、役行者の跡をおひ、山林斗藪の行をたてて、大峯を經歴し 0000_,31,110a02(00):熊野參詣のあゆみをはこぶ事四十八箇度なり。たびごとに證誠權現の寳前にひざまづき、われさら 0000_,31,110a03(00):に現世の果報をいのらず、ねがはくば出離の要道をしめし給へとちかひけるに、四十八度滿ずる時 0000_,31,110a04(00):當時京都に法然房といふひじりあり、ゆきて出離の道をたづぬべしとしめし給ければ、すなはち上 0000_,31,110a05(00):洛して上人に謁したてまつり、念佛往生の敎導にあづかり、一向專修の行者となりにけり。本國に 0000_,31,110a06(00):くだりては、みづから市にいでて、染物などやうのものを賣買して命をつぐはかりごととしけり。 0000_,31,110a07(00):もとより孤獨の身なれば同行もなく知識もなし、病をうけざれば、病惱のくるしみなく療治のわづ 0000_,31,110a08(00):らひなし。往生の期いたりて道場にいり、佛前にしてみづからかねをうち高聲念佛數尅にをよぶ。 0000_,31,110a09(00):小法師朝飡をととのへて案内しけるに、しばらくとて、なを念佛のこゑしきりなり。念佛とどまり 0000_,31,110a10(00):てのち、また申おどろかすに、をともせざりければ、ちかくよりて見るに、本尊にむかひ端座合掌 0000_,31,110a11(00):す。そのかほゑめるがごとし。さるほどに紫雲におどろき異香をたづねて諸人雲集し來緣をむすぶ 0000_,31,110a12(00):奇特のことなりけり。上人の勸化神慮にかなえることかくのごとし。抑熊野山證誠權現は、本地阿 0000_,31,110a13(00):彌陀如來なり。いま神明とあらはれて、無福の衆生に福をあたえんとちかひ給へるも、せめて慈悲 0000_,31,110a14(00):のあまりに貪欲ふかくして、ひとへに今生の榮耀に心をそめ、後生の苦患をわすれたる衆生の人身 0000_,31,110a15(00):をうけたるかひなくして、ふたたぴ惡道にかへるべきともがらを、すくはんがための濟度の方便な 0000_,31,111a01(00):るべし。されば當山にまうでて、後世ぼたいをいのるひとは、ながれにさほさすがごとく、本願の 0000_,31,111a02(00):正意にかなひて、かならず順次の往生をとぐなどぞ申つたへ侍る。九品の鳥居をたてられたるも、 0000_,31,111a03(00):九品の淨土に引接の御本意を表すといえり。參詣の人、内には本地の本願をたのみ、外には垂迹の 0000_,31,111a04(00):擁護をあふぎて、ただひとへに順次往生の心ざしをさきとし、侍るべきものをや 0000_,31,111a05(00):第三圖 0000_,31,111a06(00):法然上人行状繪圖 第二十一 0000_,31,111a07(00):上人つねに仰られける御詞 0000_,31,111a08(00):上人の給はく。口傳なくして淨土の法門を見るは、往生の得分を見うしなふなり。其故は極樂の 0000_,31,111a09(00):往生は上は天親龍樹をすすめ、下は末世の凡夫十惡五逆の罪人まですすめ給へり。しかるをわが身 0000_,31,111a10(00):は最下の罪人にて、善人をすすめ給へる文を見て、卑下の心ををこして、往生を不定におもひて、 0000_,31,111a11(00):順次の往生を得ざる也。しかれば善人をすすめ給へるところをば善人の分と見、惡人をすすめたま 0000_,31,111a12(00):へるところをぱ我分とみて得分にする也。かくのごとく見さだめぬれば、決定往生の信心かたまり 0000_,31,111a13(00):て、本願に乘じて順次の往生をとぐるなり 0000_,31,111a14(00):又云、念佛申にはまたく別の樣なし。ただ申せば極樂へむまると知て、心をいたして申せばまい 0000_,31,112a01(00):る也 0000_,31,112a02(00):又云、南無阿彌陀佛といふは、別したる事には思べからず。阿彌陀ほとけ我をたすけ給へといふ 0000_,31,112a03(00):ことばと心えて、心にはあみだほとけ、たすけ給へとおもひて、口には南無阿彌陀佛と唱るを、三 0000_,31,112a04(00):心具足の名號と申也 0000_,31,112a05(00):又云、罪は十惡五逆のもの、なをむまると信じて小罪をもをかさじと思べし。罪人なをむまる、 0000_,31,112a06(00):いかにいはんや善人をや。行は一念十念むなしからずと信じて無間に修すべし。一念なをむまる、 0000_,31,112a07(00):いかにいはんや多念をや 0000_,31,112a08(00):又云、一念十念に往生をすといへばとて、念佛を疎想に申すは、信が行をさまたぐるなり。念念 0000_,31,112a09(00):不捨者といへばとて、一念を不定におもふは、行が信をさまたぐるなり。信をば一念にむまると信 0000_,31,112a10(00):じ、行をぱ一形にはげむべし。又一念を不定におもふは、念念の念佛ごとに不信の念佛になる也。 0000_,31,112a11(00):其故は、あみだ佛は、一念に一度の往生をあてをき給へる願なれば念ごとに往生の業となるなり 0000_,31,112a12(00):又云、煩惱のうすくあつきをもかへりみず、罪障のかろきをもきをも沙汰せず、ただ口に南無阿 0000_,31,112a13(00):彌陀佛と唱へて、聲につきて決定往生のおもひをなすべし 0000_,31,112a14(00):又云、縱餘事をいとなんとも、念佛を申し申しこれをするおもひをなせ。餘事をしし念佛すとは 0000_,31,112a15(00):思べからず 0000_,31,113a01(00):又云、往生をねがひ、極樂にまいらん事を、まめやかに思入たる人の氣色は、世の中をひとくね 0000_,31,113a02(00):り、恨たる色にて常にはある也 0000_,31,113a03(00):又云、人の命は食事の時、むせて死する事もあるなり。南無阿みだ佛とかみて、南無阿み陀佛と 0000_,31,113a04(00):のみ入べきなり 0000_,31,113a05(00):又云、法爾の道理といふ事あり。ほのをはそらにのぼり、水はくだりさまにながる。菓子のなか 0000_,31,113a06(00):に、すき物ありあまき物あり。これらはみな法爾の道理なり。阿彌陀佛の本願は、名號をもて罪惡 0000_,31,113a07(00):の衆生をみちびかんとちかひ給たれば、ただ一向に念佛だにも申せば、佛の來迎は法爾の道理にて 0000_,31,113a08(00):うたがひなし 0000_,31,113a09(00):又云、善導の釋を拜見するに、源空が目には、三心も南無阿彌陀佛、五念も南無阿彌陀佛、四修 0000_,31,113a10(00):も南無阿彌陀佛なり 0000_,31,113a11(00):又云、弘願といへるは 如大經説一切善惡凡夫得生者、莫不皆乘阿彌陀佛大願業カ爲增 0000_,31,113a12(00):上緣と善導釋し給へり。予がごときの不堪の身は、ひとへにただ弘願をたのんなり 0000_,31,113a13(00):又云、我はこれ烏帽子もきざる男也。十惡の法然房、愚痴の法然房の念佛して往生せんと云也 0000_,31,113a14(00):又云、學生骨になりて、念佛やうしなはんずらむ 0000_,31,113a15(00):又云、本願の念佛には、ひとりだちをせさせて、すけをささぬなり。すけといふは、智惠をもす 0000_,31,114a01(00):けにさし、持戒をもすけにさし、道心をもすけにさし、慈悲をもすけにさす也。善人は善人ながら 0000_,31,114a02(00):念佛し、惡人は惡人ながら念佛して、ただむまれつきのままにて念佛する人を、念佛にすけささぬ 0000_,31,114a03(00):とはいふなり。さりながら惡をあらため、善人となりて念佛せん人は、佛の御心に叶べし。かなは 0000_,31,114a04(00):ぬ物ゆへに、とあらんかからんと思ひて、決定心おこらぬ人は、往生不定の人なるべし 0000_,31,114a05(00):又云、佛告阿難汝好持是語持是語者、即是持無量壽佛名といへり。名號をきくといふと 0000_,31,114a06(00):も信ぜずば、きかざるがごとし、たとひ信ずといふとも、となへずば、信ぜざるがごとし。ただつ 0000_,31,114a07(00):ねに念佛すべきなり 0000_,31,114a08(00):又云、近來の行入觀法をなす事なかれ。佛像を觀ずとも運慶康慶がつくりたる佛ほどだにも、觀 0000_,31,114a09(00):じあらはすべからず。極樂の莊嚴を觀ずとも、櫻梅桃李の華菓ほども、觀じあらはさん事かたかる 0000_,31,114a10(00):べし。ただ彼佛今現在世成佛、當知本誓重願不虚、衆生稱念必得往生の釋を信じて、ふかく本 0000_,31,114a11(00):願をたのみて一向に名號を唱べし。名號をとなふれば、三心をのづから具足するなり 0000_,31,114a12(00):又云、往生の業成就は、臨終平生にわたるべし。本願の文簡別せざるゆへなり。惠心の心も、平 0000_,31,114a13(00):生にわたると見えたり 0000_,31,114a14(00):又云、他力本願に乘ずるに二あり。乘ぜざるに二あり。乘ぜざるに二といふは、一には罪をつく 0000_,31,114a15(00):る時乘ぜず。其故は、かくのごとく罪をつくれば、念佛申とも往生不定なりとおもふ時に乘ぜず。 0000_,31,115a01(00):二には道心のおこる時乘ぜず。其故は、おなじく念佛申とも、かくのごとく道心ありて申さんずる 0000_,31,115a02(00):念佛にてこそ往生はせんずれ、無道心にては念佛すともかなふべからずと。道心をさきとして、本 0000_,31,115a03(00):願をつぎにおもふ時乘ぜざるなり。次に本願に乘ずるに二の樣といふは、一には罪つくる時乘ずる 0000_,31,115a04(00):なり。其故は、かくのごとく罪をつくれば、決定して地獄におつべし。しかるに本願の名號をとな 0000_,31,115a05(00):ふれば、決定往生せん事のうれしさよとよろこぶ時に乘ずる也。二には道心おこる時乘ずるなり。 0000_,31,115a06(00):其故は、この道心にて往生すべからず。これ程の道心は、無始よりこのかたおこれども、いまだ生 0000_,31,115a07(00):死をはなれず。故に道心の有無を論ぜず、造罪の輕重をいはず、ただ本願の稱名を念念相續せんち 0000_,31,115a08(00):からによりてぞ、往生は遂べきとおもふ時に、他力本願に乘ずるなり。 0000_,31,115a09(00):又云、せこにこめたる鹿も、ともに目をかけずして、人かげにかへらず、むかひたる方へ、おも 0000_,31,115a10(00):ひきりて、まひらににぐれば、いくへ人あれども、かならずにげらるるなり。その定に他力をふか 0000_,31,115a11(00):く信じて、萬事をしらず、往生をとげんと思べき也 0000_,31,115a12(00):又云、稱名の時に心に思べきやうは、人の膝などをひきはたらかしてや、たすけ給へと云定なる 0000_,31,115a13(00):べし 0000_,31,115a14(00):又云、七日七夜心無間といふは、明日の大事をかかじと今日はげむがごとくすべし 0000_,31,115a15(00):又云、人の手より物をえんずるに、すでに得たらんと、いまだ得ざるといづれか勝べき。源空は 0000_,31,116a01(00):すでに得たる心地にて念佛は申なり 0000_,31,116a02(00):又云、往生は一定と思へば一定なり。不定と思へば不定なり 0000_,31,116a03(00):又云、念佛申さんもの十人あらんに、たとひ九人は臨終あしくて往生せずとも、我一人は決定し 0000_,31,116a04(00):て往生すべしとおもふべし 0000_,31,116a05(00):又云、一丈のほりをこえんと思はん人は、一丈五尺をこえんとはげむべし。往生を期せん人は、 0000_,31,116a06(00):決定の信をとりてあひはげむべきなり 0000_,31,116a07(00):また云、いけらば念佛の功つもり、しなば淨土へまいりなん。とてもかくても、此身には思ひわ 0000_,31,116a08(00):づらふ事ぞなきと思ぬれば、死生ともにわづらひなし 0000_,31,116a09(00):あるとき上人、あはれこのたびしおせばやなど仰られけるを、乘願房うけ給て、上人だにもかや 0000_,31,116a10(00):うに不定げなるおほせの候はんには、その餘の人はいかがし候べきと申ければ、上人うちわらひた 0000_,31,116a11(00):まひて、まさしく蓮臺にのらんまでは、いかでかこのおもひはたえ候べきとぞのたまひける 0000_,31,116a12(00):或人上人の申させたまふ御念佛は、念念ごとに佛の御こころにかなひ候らんなど申けるを、いか 0000_,31,116a13(00):なればと上人かへしとはれければ、智者にてをはしませば、名號の功德をもくはしくしろしめし、 0000_,31,116a14(00):本願のやうをもあきらかに御心得あるゆへにと申けるとき、汝本願を信ずる事まだしかりけり。彌 0000_,31,116a15(00):陀如來の本願の名號は、木こり草かり、なつみ水くむたぐひごときのものの、内外ともにかけて、 0000_,31,117a01(00):一文不通なるがとなふれば、かならずむまると信じて、眞實にねがひて、常に念佛申を最上の機と 0000_,31,117a02(00):す。もし智惠をもちて生死をはなるべくば、源空いかでかかの聖道門をすてて、この淨土門に趣べ 0000_,31,117a03(00):きや。聖道門の修行は、智惠をきはめて生死をはなれ、淨土門の修行は、愚痴にかへりて極樂にむ 0000_,31,117a04(00):まるとしるべしとぞおほせられける 0000_,31,117a05(00):又人人後世の事申けるつゐでに、往生は魚食せぬものこそすれといふ人あり。あるひは魚食する 0000_,31,117a06(00):ものこそすれといふ人あり。とかく論じけるを、上人ききたまひて、魚くふもの往生せんには、鵜 0000_,31,117a07(00):ぞせんずる。魚くはぬものせんには、猿ぞせんずる。くふにもよらず。くはぬにもよらず。ただ念 0000_,31,117a08(00):佛申もの往生はするとぞ、源空はしりたるとぞ仰られける 0000_,31,117a09(00):上人御往生の後、三井寺の住心房の夢のうちにとはれても、念佛はまたく風情もなし。ただ申よ 0000_,31,117a10(00):りほかの事なしと、上人答給ける 0000_,31,117a11(00):第一圖 0000_,31,117a12(00):又一紙にのせての給はく、末代の衆生を、往生極樂の機にあててみるに、行すくなしとても疑べ 0000_,31,117a13(00):からず。一念十念に足ぬべし。罪人なりとても疑べからず。罪根ふかきをもきらはじとの給へり。 0000_,31,117a14(00):時くだれりとても疑べからず。法滅以後の衆生猶もて往生すべし。況近來をや。我身わろしとても 0000_,31,117a15(00):疑べからず。自身は是煩惱具足せる凡夫なりとの給へり。十方に淨土おほけれど西方を願は、十惡 0000_,31,118a01(00):五逆の衆生の生るる故也。諸佛のなかに彌陀に歸したてまつるは、三念五念にいたるまでみづから 0000_,31,118a02(00):來迎し給故也。諸行のなかに念佛を用るは、彼の佛の本願なる故也。いま彌陀の本願に乘じて往生 0000_,31,118a03(00):しなむに、願として成ぜずといふ事あるべからず。本願に乘ずる事は信心のふかきによるべし。受 0000_,31,118a04(00):がたき人身をうけて、あひがたき本願にあひて、おこしがたき道心を發して、離がたき輪廻の里を 0000_,31,118a05(00):はなれて、生がたき淨土に往生せむ事、悅の中のよろこびなり。罪は十惡五逆の者も生ずと信じて 0000_,31,118a06(00):少罪をも犯さじと思べし。罪人猶生る、況や善人乎。行は一念十念猶むなしからずと信じて、無間 0000_,31,118a07(00):に修すべし。一念猶生る、況多念哉。阿彌陀佛は不取正覺の言を成就して、現に彼國にませば、定 0000_,31,118a08(00):で命終の時は來迎し給はん。釋尊は善哉我敎にしたがひて、生死を離と知見し給ひ、六方の諸佛は 0000_,31,118a09(00):悅哉我證誠を信じて、不退の淨土に生と悅給らん。天に仰地に臥して悅べし。このたび彌陀の本願 0000_,31,118a10(00):にあふ事を、行住坐臥にも報ずべし。かの佛の恩德を、憑てもたのむべきは乃至十念の詞、信じて 0000_,31,118a11(00):も猶信ずべきは必得往生の文也と。此書世間に流布す。上人の小消息といへるこれなり 0000_,31,118a12(00):第二圖 0000_,31,118a13(00):上人、念佛の行者の、心得べき様ををしへ給へる事あり。所謂われは阿みだをこそたのみたれ、 0000_,31,118a14(00):念佛をこそ信じたれとて諸佛菩薩の悲願をかろしめたてまつり。法華般若等の目出たき經どもを、 0000_,31,118a15(00):わろくおもひ、そしる事ゆめゆめ有べからず。阿彌陀佛を信じたればとて、よろづの佛をそしり、 0000_,31,119a01(00):もろもろの聖敎をうたがひそしりたらんずるは、信心のひがみたるにてあるべき也。信心ただしか 0000_,31,119a02(00):らずば、阿みだ佛の御心に叶まじければ、念佛すとも彌陀の悲願にもれん事は一定也。又罪をつく 0000_,31,119a03(00):らじとつつしみてよからんとするは彌陀の本願をかろしむるにてこそあれ。又念佛を多く申さんと 0000_,31,119a04(00):て、日日に數遍のかずをつむは、他力をうたがふにてこそあれなどいふ事の多くきこゆる加やうの 0000_,31,119a05(00):ひが事ゆめゆめもちゐるべからず。いづれのところにか、阿彌陀佛は罪つくれとすすめ給たる。こ 0000_,31,119a06(00):れひとへに我身に惡をもとどめえず。罪をのみつくりゐたるままに、かかるゆくゑもなき虚言をた 0000_,31,119a07(00):くみいだして、ものもしらぬ男女の輩をすかしほらかして、罪業をすすめ煩惱をおこさしむる事、 0000_,31,119a08(00):しかしながらこれ天魔のたぐひ也、外道のしわざ也。往生極樂のあだかたき也と思べし。又念佛の 0000_,31,119a09(00):數を多く申ものをば、自力をはげむといふ事、これ又ものも覺へず、淺猿しき僻事也。ただ一念二 0000_,31,119a10(00):念をとなふとも、自力の心ならん人は自力の念佛とすべし。千遍萬遍をとなへ、百日千日よるひる 0000_,31,119a11(00):はげみつとむとも、ひとへに願力をたのみ他力をあふぎたらん人の念佛は、聲聲念念しかしながら 0000_,31,119a12(00):他力の念佛にてあるべし。されば三心をおこしたる人の念佛は日日夜夜時時尅尅に唱れども、しか 0000_,31,119a13(00):しながら願力をあふぎ他力をたのみたる心にて、唱居たれば、かけてもふれても、自力の念佛とは 0000_,31,119a14(00):いふべからず。また三心と申事はその子細をしりたる人の念佛に三心具足せん事は左右に及ばず。 0000_,31,119a15(00):つやつや三心の名をだにもしらぬ無智の輩の念佛には、いかでか三心具し候べきと申す人も候やら 0000_,31,120a01(00):ん。これは返返ひが事にて候也。たとひ三心の名をだにもしらぬ無智の者なれども、彌陀のちかひ 0000_,31,120a02(00):をたのみたてまつりて、すこしもうたがふ心なくして、この名號を唱れば、この心が即三心具足の 0000_,31,120a03(00):心にてあるなり。されば只ひらに信じてだにも念佛すれば、三心はをのづから具する也。さればこ 0000_,31,120a04(00):そ、よに淺猿しき一文不通の輩のなかにも、一すぢに念佛するものは臨終正念にして目出たき往生 0000_,31,120a05(00):をばすれ。これ現證あらたなる事也。露ちりも疑ふべからず。中中よくもしらぬ三心沙汰してあし 0000_,31,120a06(00):さまに心得たる人人は、臨終も思やうならぬ事おほし。それにて誰誰も心得べき也 0000_,31,120a07(00):又ときとき別時の念佛を修して、心をも身をもはげまし、ととのへすすむべき也。日日に六萬遍 0000_,31,120a08(00):七萬遍を唱へば、さても足りぬべき事にてあれども、人の心ざまは、いたく目なれ耳なれぬれば、 0000_,31,120a09(00):いらいらとすすむ心すくなく、あけくれは怱怱として心閑ならぬ様にてのみ、疎略になりゆく也。 0000_,31,120a10(00):その心をすすめんためには、ときとき別時の念佛を修すべき也。しかれば善導和尚もねんごろには 0000_,31,120a11(00):げまし、惠心の先德もくはしくをしへられたり。道場をもひきつくろひ、花香をも備たてまつらん 0000_,31,120a12(00):事、ただちからのたへたらんにしたがふべし。また我身をもことにきよめて道揚に入て、或は三時 0000_,31,120a13(00):或は六時なんどに念佛すべし。もし同行などあまたあらん時は、かはるばるいりて不斷念佛にも修 0000_,31,120a14(00):すべし。加やうの事はをのをのやうにしたがひてはからふべし。善導和尚は、月の一日より八日に 0000_,31,120a15(00):いたるまで、或は八日より十五日にいたるまで、或は十五日より廿三日にいたるまで、或は廿三日 0000_,31,121a01(00):より晦日にいたるまでと仰られたり。面面指合ざらん時をはからひて七日の別時を常に修すべし。 0000_,31,121a02(00):ゆめゆめすずろ事どもをいふものにすかされて、不善の心あるべからず。又いかにもいかにも臨終正念 0000_,31,121a03(00):に安住して、目には阿みだほとけをおがみ、口には彌陀の名號を唱へ、心には聖衆の來迎を待たて 0000_,31,121a04(00):まつるべし。としごろ日ごろいみじく念佛の功を積たりとも、臨終に惡緣にもあひ、最後にあしき 0000_,31,121a05(00):心もおこりて、念佛の心行をも退しぬるものならば、順次の往生しはづして、一生二生なりとも、 0000_,31,121a06(00):三生四生なりとも、生死のながれにしたがひて出離の道にとどこほらん事は、まめやかに心うく、 0000_,31,121a07(00):口惜き事ぞかし。されば善導和尚の御すすめには、願弟子等、臨命終時心不顚倒、心不錯亂。心 0000_,31,121a08(00):不失念。身心無諸苦痛身心快樂、如入禪定聖衆現前、乘佛本願上品往生阿彌陀佛國と、 0000_,31,121a09(00):ねんごろに發願せよとの給へり。いよいよ臨終の正念をばいのりもし、ねがふべき事也。臨終の正 0000_,31,121a10(00):念をいるのは、彌陀の本願をたのまぬものぞなんど申人は、善導にはいかほどまさりたる學生ぞと 0000_,31,121a11(00):思べし。あなあさまし。おそろしおそろし。又念佛は常にをこたらぬが、一定往生する事にてある也。 0000_,31,121a12(00):善導すすめての給はく。一發心已後、誓畢此生無有退轉唯以淨土爲期。又云、一心專念彌 0000_,31,121a13(00):陀名號行住坐臥、不問時節久近念念不捨者、是名正定之業順彼佛願故といへり。かやう 0000_,31,121a14(00):にすすめましましたる事は、あまた多けれども、ことごとくにかきのせがたし。憑べし仰べし。ふ 0000_,31,121a15(00):かく信べし、更に疑事なかれ。又まことしく念佛を行じて、げにげにしき念佛者になりぬれば、よ 0000_,31,122a01(00):ろづの人を見るに、みなわが心にはおとりて、淺猿しくわろければ、我身のよきままに我はゆゆし 0000_,31,122a02(00):き念佛者にてあるものかな。誰誰にも勝たりと思也。この心をぱよくよくつつしむべき事也。世も 0000_,31,122a03(00):ひろく、人も多ければ、山のをく林のなかにこもりゐて、人にもしられぬ念佛者の、貴く目出きさ 0000_,31,122a04(00):すがに多くあるを、わがきかずしらぬにてこそあれ。さればわれほどの念佛者よもあらじと、おも 0000_,31,122a05(00):ふ僻事也。この思は大憍慢にてあれば、即三心もかくる也。またそれをたよりとして、魔緣のきた 0000_,31,122a06(00):りで往生を妨ぐる也。これ我身のいみじくて罪業をも滅し。極樂へもまいる事ならばこそあらめ。 0000_,31,122a07(00):ひとへに阿みだ佛の願力にて、煩惱をものぞき罪業をもけして、かたじけなく手づから身づから、 0000_,31,122a08(00):極樂へむかへとりて歸らせまします事也。我ちからにて往生する事ならばこそ、われかしこしとい 0000_,31,122a09(00):ふ慢心をばおこさめ。憍慢の心だにもおこりぬれば、心行かならずあやまる故に、たちどころに阿 0000_,31,122a10(00):彌陀ほとけの願にそむきぬるものにて、彌陀も諸佛も護念し給はず。さるままには惡鬼のためにも 0000_,31,122a11(00):なやまさるる也。返返もつつしみて、憍慢の心をおこすべからず。あなかしこあなかしこと。ねんごろに 0000_,31,122a12(00):をしへをき給へり。ふかく上人敎誡の詞を信じて、敢て本願にほこるおもひなく、往生の前途を遂 0000_,31,122a13(00):べきもの也 0000_,31,122a14(00):法然上人行状繪圖 第二十二 0000_,31,123a01(00):或人不註名字上人の勸化に歸してのち、安心起行のやう、こまかにたづね申けるにつきて、しるしつ 0000_,31,123a02(00):かはされける状云、御返事こまかにうけたまはり候ぬ。かやうに申事の一分御さとりをそへ往生の 0000_,31,123a03(00):御心さしもよくなり候ぬべからむには、おそれをもかへりみ候べき事にて候はず。いくたびにても 0000_,31,123a04(00):申たくこそ候へ。まことにわが身のいやしく、わが心のつたなきをかへりみず。たれたれもみな人 0000_,31,123a05(00):の彌陀のちかひをたのみて、決定往生のみちにおもむかんとこそおもふ事にて候へども、人の心さ 0000_,31,123a06(00):まさまにて、ただひとすぢに、ゆめまぼろしのうき世は、かりのたのしみさかへをのみもとめて、 0000_,31,123a07(00):すべてのちの世をしらぬ人も候。又のちをおそるべき事を思しりて、つとめおこなふ人につきても 0000_,31,123a08(00):かれこれに心をうつして、ひとすぢに一行をたのまぬ人も候。又いづれの行にても、もとよりここ 0000_,31,123a09(00):ろざしはじめおもひそめつるをば、いかなることはりをきけどももとの執心をあらためぬ人も候。 0000_,31,123a10(00):又今日はいみじく信をおこして、一すぢにおもひつきぬと見るほどに、のちにはうちすつる人も候 0000_,31,123a11(00):かくのみ候て、まことしく淨土の一門にいりて、念佛の一行をもはらにする人もありがたく候事は 0000_,31,123a12(00):我身ひとつのなげきとこそは人しれず思候へども、法によりて人によらぬ理を、うしなはぬほどの 0000_,31,123a13(00):人もありがたき世にて候にや。をのづからすすめここうみ候にも、われからあなづらはしさに、申 0000_,31,123a14(00):いづる事も、すてむずるにやと、思しらるる事のみにて候事の心うくかなしく候て、このゆへはい 0000_,31,123a15(00):まひときは、とく淨土にむまれて、さとりをひらきてのちに、いそぎこの世界にかへりきたりて神 0000_,31,124a01(00):通方便をもて結緣の人をも無緣のものをも、讃をも謗をも、みなことことく念佛にすすめいれて、 0000_,31,124a02(00):淨土へむかへんと、ちかひをおこしてのみこそ、當時の心をもなぐさむる事にて候に、このおほせ 0000_,31,124a03(00):にぞ、わが心ざしもしるしある心地して、あまりにうれしく候へばその儀にて候はば、おなじくは 0000_,31,124a04(00):まめやかに、げにげにしく、御沙汰候て、ゆくすゑもあやうからず。往生もたのもしきほどに、思 0000_,31,124a05(00):食さだめさせ給べく候。詮じては、人のはからひ申べき事にて候はず。よくよく案じて御覽候へ。 0000_,31,124a06(00):この事にすぎたる御大事何事かは候べき。この世の名聞利養は、なかなか申ならぶるにもいまいま 0000_,31,124a07(00):しく候。やがて昨日今日まなこにさへぎり耳にみちたるはかなさにて候めれば、事あたらしく申た 0000_,31,124a08(00):つるにも及候はず。ただ返返御心をしづめて思食はからふべく候。さきには聖道淨土の二門を心え 0000_,31,124a09(00):わかちて淨土一門にいらせましますべき由を候き。いまは淨土門につきて行ずべきやうを申べし。 0000_,31,124a10(00):淨土に往生せむとおもはん人は、安心起行と申て、心と行と相應すべき也。その心といふは、觀無 0000_,31,124a11(00):量壽經にときて、もし衆生あて、わが國にむまれんとおもはんものは、三種の心をおこしてすなは 0000_,31,124a12(00):ち往生す。なにをか三とする。一には至誠心、二には深心、三には廻向發願心なり。三心を具せる 0000_,31,124a13(00):ものは、かならずかの國に生といへり。善導和尚この三心を釋していはく、はじめに至誠心、至と 0000_,31,124a14(00):いは、眞なり、誠といは、實なり。一切衆生の身口意業に、修するところの解行、かならず眞實心 0000_,31,124a15(00):のなかになすべきことをあかさむとおもふ。ほかには賢善精進の相を現じ、うちに虚假をいだく事 0000_,31,125a01(00):をえざれ。内外明闇をえらばずかならず眞實をもちゐよ。かるがゆへに至誠心となづくといへり。 0000_,31,125a02(00):この釋の心は、至誠心といは眞實心なり。その眞實といは身にふるまひ口にいひ心におもはむ事、 0000_,31,125a03(00):みなまことの心を具すべきなり。すなはちうちはむなしく、ほかをかざる心なきをいふなり。この 0000_,31,125a04(00):こころは、うき世をそむきて、まことのみちにおもむくとおぼしき人人の中に、おほく用意すべき 0000_,31,125a05(00):心ばへにて候なり。われも人も、いふばかりなきゆめの世を執するこころのふかかりしなごりにて 0000_,31,125a06(00):ほどほどにつけて、名聞利養わづかにふりすてたるばかりを、かたくいみじき事にして、今世さま 0000_,31,125a07(00):にも心のたけのうるさきにとりなして、さとりあさき世間の人の、心をばしらず、たうとかりいみ 0000_,31,125a08(00):じかるを、これこそは本意なれとこころざしたる心にて、みやこのほとりをかきはなれて、かすか 0000_,31,125a09(00):なる住所をたづぬるまでも、心のしづまらんためをつぎになして、本尊道場の莊嚴まがきのうちに 0000_,31,125a10(00):花のこだちなむどの、心ぼそくものあはれならん事がらを、人にみえきかれん事をのみ執するほど 0000_,31,125a11(00):に、つゆの事も人のそしりにならん事あらじと、おもひいとなむ心よりほかにおもひまじふる事な 0000_,31,125a12(00):し。かやうなるこころにのみなして佛のちかひをたのみ往生をねがはんといふ事は、思いれず沙汰 0000_,31,125a13(00):もせぬ事のやがて至誠心かけて、往生せぬ心ばへにて候なり。又かく申候へば、ひとへに今世の人 0000_,31,125a14(00):目をば、いかにてもありなん。人のそしりをかへりみぬがよきぞと、申儀にては候はず。人目をか 0000_,31,125a15(00):へりみる事は候へども、それをのみおもひいれて、往生のさはりになるかたをば、かへり見ぬやう 0000_,31,126a01(00):にひきなされ候はん事の、返返おろかにくちおしく候へば、御身にあたりても、御心えさせまいら 0000_,31,126a02(00):せんがために申候なり。この心につきて四句の不同あるべし。一には外相はたうとげにて内心は貴 0000_,31,126a03(00):からぬあり。二には外相も内心もともに貴からぬ人あり。三には外相はたうとげもなくて内心はた 0000_,31,126a04(00):うとき人あり。四には内外ともに貴とき人あり。此四人がなかに、さきの二人は、いまきらふとこ 0000_,31,126a05(00):ろの至誠心かけたる人なり。これを虚假の人となづくべし。のちの二人は至誠心具したる人なり。 0000_,31,126a06(00):これを眞實の行者となづくべし。されば詮ずるところはただ内心にまことの心をおこして、外相を 0000_,31,126a07(00):ばよくもあしくも、とてもかくてもあるべきかとおほえ候なり。おほかたこの世をいとはむ事も、 0000_,31,126a08(00):極樂をねがはん事も、人目ばかりをおもはで、まことの心をおこすべきにて候也。これを至誠心と 0000_,31,126a09(00):申なり。二に深心といは、善導の釋にいはく、深心といは、すなはちこれふかく信ずる心なり。こ 0000_,31,126a10(00):れに二種あり。一には決定して、ふかくわが身は煩惱具足せる罪惡生死の凡夫なり。善根薄少にし 0000_,31,126a11(00):て、曠劫よりこのかたつねに流轉して、出離の緣なしと、信ずべし。二にはふかくかの阿彌陀佛の 0000_,31,126a12(00):四十八願をもて、衆生を攝取し給、すなはち名號を稱ずること、下十聲にいたるまで、かの願に乘 0000_,31,126a13(00):じて、さだめて往生する事をうと信じて、乃至一念もうたがふ事なきがゆへに深心となづく。又深 0000_,31,126a14(00):心といふは、決定して心をたてて、佛敎にしたがひて修行して、ながく疑心をのぞくなり。一切の 0000_,31,126a15(00):別解別行、異學異見異執のために、退失傾動せられざれといへり。この釋の心は、はじめにはわが 0000_,31,127a01(00):身のほどを信じ、後には佛の願を信ずるなり。そのゆへはもしはじめの信心をあげずして、のちの 0000_,31,127a02(00):信心を釋し給はば、もろもろの往生をねがはん人、たとひ本願の名號をばとなふとも、みづから心 0000_,31,127a03(00):に貪慾瞋恚煩惱をもおこし、身に十惡破戒等の罪惡をもつくりたる事あらば、みだりに自身をかろ 0000_,31,127a04(00):しめて、身のほどをかへりみて、本願を疑ひ候はまし、いまこの本願に十聲一聲までに往生すとい 0000_,31,127a05(00):ふは、おほろけの人にはあらじなどそ、おぼえ候はまし。しかるを善導和尚、未來の衆生の、この 0000_,31,127a06(00):うたがひをおこさむ事をかがみて、この二の信をあげて、我等がいまだ煩惱をも斷ぜず、罪業をも 0000_,31,127a07(00):つくる凡夫なれども、ふかく彌陀の本願を信じて念佛すれば、一聲にいたるまで、決定して往生す 0000_,31,127a08(00):るよしを釋し給へる、この釋のことに心にそみていみじくおぼへ候なり。まことにかくだにも、釋 0000_,31,127a09(00):し給はざらましかば、往生は不定にぞおぼえ候はましと、あやうくおぼえ候。さればこの儀を心え 0000_,31,127a10(00):わかぬ人やらむ。わがこころのわろければ、往生はかなはじとこそは申あひて候めれ。そのうたが 0000_,31,127a11(00):ひのやがて往生せぬ心にて候けるものを、ただ心の善惡をもかへりみず、つみのかろきおもきをも 0000_,31,127a12(00):さたせず、心に往生せんとおもひて口に南無阿彌陀佛ととなへては、こえにつきて決定往生のおも 0000_,31,127a13(00):ひをなすべし。その決定心によりてすなはち往生の業はさだまるなり。かく心えねば、往生は不定 0000_,31,127a14(00):なり。往生は不定とおもへばやがて不定なり、一定と思へば一定する事にて候なり。されば詮はふ 0000_,31,127a15(00):かく信ずる心と申候は、南無阿彌陀佛と申ば、その佛のちかひにて、いかなる身をもきらはず一定 0000_,31,128a01(00):むかへ給ぞと、ふかくたのみて、いかなるとがをもかへりみず、うたがふ心のすこしもなきを申候 0000_,31,128a02(00):なり。又別解別行の人にやぶられざれと申は、さとりことに、行ことならむ人のいはん事につきて 0000_,31,128a03(00):念佛をもすて、往生をうたがふ事なかれと申候也。乃至たとへ佛きたりて光をはなち舌をいだして 0000_,31,128a04(00):煩惱罪惡の凡夫、念佛して決定往生すといふ事はひが事ぞ、信ずべからずといふとも、それにより 0000_,31,128a05(00):て、一念も疑心あるべからず、そのゆへは一切の佛はみな同心に衆生をみちびき給なり。まづ阿彌 0000_,31,128a06(00):陀如來願をおこしてのたまはく、われ佛にならんに、十方の衆生、わが國にむまれんとねがひて、 0000_,31,128a07(00):わが名號をとなふる事、下十聲にいたるまで我願力に乘じて、もしむまれずといはば、正覺をとら 0000_,31,128a08(00):じとちかひ給ふ。その願成就して、すでに佛になりたまへり。しかるを、釋迦佛のこの世界にいで 0000_,31,128a09(00):て、この佛の本願をとき給へり。又六方にをのをの恆河沙數の佛ましまして、一一に舌をのべて三 0000_,31,128a10(00):千大千世界におほひ、無虚妄の舌相を現じて、釋迦佛の彌陀の本願をほめて、一切衆生をすすめて 0000_,31,128a11(00):かの佛の名號を唱れば、さだめて往生すととき給へるは、決定してうたがひなき事なり。一切衆生 0000_,31,128a12(00):みなこの事を信ずべしと證誠し給へり。かくのごとく一切の佛、一佛ものこらず同心に一切の凡夫 0000_,31,128a13(00):念佛して、決定往生すべきむねを、あるひは願をたて、あるひはその願をとき、あるひはその説を 0000_,31,128a14(00):證し、すすめ給へり。このうへまたいかなる佛のきたりて、往生すべからずとは、いへるぞといふ 0000_,31,128a15(00):ことはりの候ぞかし。このゆへに、佛きたりての給ともおどろくべからずと申なり。佛なをしかな 0000_,31,129a01(00):り、いはむや菩薩をや。いはむや緣覺をや。いはんや凡夫をやと心えつれば、ひとたびこの念佛往 0000_,31,129a02(00):生の法門をききて、信をおこしてのちには、いかなる人とかく申とも、疑心あるべからずとこそは 0000_,31,129a03(00):おぼえ候へ。これを深心と申候なり。三に廻向發願心といふは、善導の釋に云、過去および今生の 0000_,31,129a04(00):身口意業に、修するところの、世出世の善根、および他の一切の凡聖の、身口意業に修するところ 0000_,31,129a05(00):の、世出世の善根を隨喜して、この自他所修の善根をもて、ことごとくみな眞實の深信の心の中に 0000_,31,129a06(00):廻向して、かの國にむまれんと願ずるなり。また廻向發願といふは、かならず決定の眞實心の中に 0000_,31,129a07(00):廻向して、むまるる事をうる思をなせ、この心ふかく信じて、なをし金剛のごとくにして、異學異 0000_,31,129a08(00):見、別解別行の人のために、動亂破壊せられざれといへり。この釋の心は、まづわが身につきて、 0000_,31,129a09(00):さきの世、をよぴ今生に、身にも口にも、つくりたらむ功德を、みなことごとく極樂に廻向して、 0000_,31,129a10(00):往生をねがふ也。次にはわが身の事にても、人の事にても、この世の果報をもいのり、またおなじ 0000_,31,129a11(00):のちの世の事なりとも極樂ならぬ餘の淨土にむまれんとも、もしは都率にむまれんとも、もしは人 0000_,31,129a12(00):中天上にむまれんともねがひ、かくのごとくかれにも、これにもことなる事に廻向する事なくして 0000_,31,129a13(00):一向極樂に往生せんと廻向すべきなり。もしこの理をおもひさだめざらんさきにこの世の事をもい 0000_,31,129a14(00):のり、あらぬ餘のかたへも廻向したる功德どもを、みな取りかへして、いまはことごとく往生の業 0000_,31,129a15(00):になさんと廻向すべきなり。又一切の善をみな極樂に廻向すぺしと申せばとて、念佛一門に歸して 0000_,31,130a01(00):一向に念佛を申さむ人のことさらに餘の功德をつくりあつめて、廻向せよと申には候はず。ただす 0000_,31,130a02(00):ぎぬるかたにつくりおきたらん功德をも、もしまたこれよりのちなりとも、をのづからたよりにし 0000_,31,130a03(00):たがひて、念佛のほかに餘の善を修する事あらむをも、しかしながら往生の業に廻向すべしと申事 0000_,31,130a04(00):にて候なり。この心金剛のごとくにして、別解別行の人にやぶられざれと申候は、さきに申つるや 0000_,31,130a05(00):うに、異解の人におしへられて、かれこれに廻向する事なかれと申候也。金剛はやぶれぬものにて 0000_,31,130a06(00):候なれば、たとへにとりて、この心のやぶられざらん事も金剛のごとくなれと申候。これを廻向發 0000_,31,130a07(00):願心とは申候なり。三心のあり樣、おろおろ申ひらき候ぬ。この三心を具してかならず往生するな 0000_,31,130a08(00):り。もし一心もかけぬれば、往生する事をえずと。善導釋し給たれば、往生をねがはん人は、もと 0000_,31,130a09(00):もこの三心を具足すべきなり。乃至 これを安心とはなづけて候なり。次に起行といふは、この申ひ 0000_,31,130a10(00):らき候心ばへにて一向に念佛を申させおはしますべきに候。またこと行にて候とも、極樂にかたど 0000_,31,130a11(00):りて候はん行を、かれこれに心をかけずしてつとめ行ずべきにて候なり。おほよそ極樂にむまれ候 0000_,31,130a12(00):べき行には、阿彌陀佛の本願にも、釋迦佛の説敎にも、善導の解釋にも、諸師の料簡にも、念佛を 0000_,31,130a13(00):もて本躰とする事にて候なり。そのほかの行は、とりわきたれたれもすすめ給事候はず。さは候へ 0000_,31,130a14(00):ども、いづれもいづれも聖敎をならひ、何事にもおもひあてがひていのり申に、みなことごとく、その 0000_,31,130a15(00):なかだちとならずといふ事の候はねば、念佛いかにもいかにも信じたくおもはざらん人は、また心のひ 0000_,31,131a01(00):かむにしたがひて、いづれの行にてもつとめむにしたがひて、極樂に廻向せよと申候也以上取詮 0000_,31,131a02(00):第一圖 0000_,31,131a03(00):またある人、往生の用心につきて、おぼつかなきことを百四十五ヶ條までしるして、たづね申た 0000_,31,131a04(00):りけるに上人の御返事ありき。少少これをしるす 0000_,31,131a05(00):一、心を一にして、こころよくなをり候はずとも、何事ををこなひ候はずとも、念佛ばかりにても 0000_,31,131a06(00):淨土へはまいり候べきか。答、心のみだるるはこれ凡夫のならひにてちからをよばぬ事にて候。 0000_,31,131a07(00):ただ心をひとつにして、よく御念佛せさせたまはば、その罪を滅して、往生せさせ給べきなり。 0000_,31,131a08(00):その妄念よりもをもき罪も、念佛だにもし候へばうせ候なり 0000_,31,131a09(00):一、日所作は、かならずかずをさだめ候はずとも、よまれんにしたがひてよみ念佛も申候べきか。 0000_,31,131a10(00):答、かずをさだめ候はねば懈怠になり候へば、數をさだめ候がよき事にて候 0000_,31,131a11(00):一、にらき、ひる、鹿をくひて、香うせ候はずとも、常に念佛は申候べきやらん。答、念佛はなに 0000_,31,131a12(00):にもさはらぬ事にて候 0000_,31,131a13(00):一、念佛をば、日所作に、いくらばかりあててか申候べき。答、念佛のかずは、一萬遍をはじめに 0000_,31,131a14(00):て二萬三萬五萬六萬、乃至十萬まで申候なり。このなかに御こころにまかせて、おぼしめし候は 0000_,31,131a15(00):ん程を、申させおはしますべし 0000_,31,132a01(00):一、五色の糸は、佛にはひだりにと仰候き。わが手にはいづれのかたにて、いかがひき候べき。答 0000_,31,132a02(00):左右の手にてひかせ給べし 0000_,31,132a03(00):一、時し候は、功德にて候やらん、かならずすべき事にて候やらん。答、ときは功德うる事にて候 0000_,31,132a04(00):也。六齋の御時ぞ、さも候ぬべき。また御大事にて御病などもおこらせおはしましぬべく候はば 0000_,31,132a05(00):さなくとも、ただ御念佛だにも、よくよく候はば、それにて生死をはなれ、淨土に往生せさせお 0000_,31,132a06(00):はしまさんずる事は、これによるべく候 0000_,31,132a07(00):一、かならず佛を見、いとをひかへ候はずとも、われ申さずとも、人の申さん念佛をききて死候は 0000_,31,132a08(00):ば淨土には往生し候べきやらん。答、かならずいとをひくと云事候はず。佛にむかひまいらせね 0000_,31,132a09(00):ども、念佛だにもすれば往生し候なり。またききてもし候。それはよくよく信心ふかくての事に 0000_,31,132a10(00):て候 0000_,31,132a11(00):一、ながく生死をはなれ、三界にむまれじと、おもひ候に、極樂の衆生となりても、その緣つきぬ 0000_,31,132a12(00):れば、この世にむまると申は、まことにて候か。たとひ國王ともなり、天上にもむまれよ、ただ 0000_,31,132a13(00):三界をわかれんとおもひ候にいかにつとめをこなひてか、かへり候はざるべき。答、これもろも 0000_,31,132a14(00):ろのひが事にて候。極樂へひとたびむまれ候ぬれば、ながくこの世にかへる事候はず。みなほと 0000_,31,132a15(00):けになる事にて候也。ただし人をみちびかんためには、ことさらにかへる事も候。されども生死 0000_,31,133a01(00):にめぐる人にては隨はず。三界をはなれ、極樂に往生するには、念佛にすぎたる事は候はぬ也。 0000_,31,133a02(00):よくよく御念佛候べき也 0000_,31,133a03(00):一、歌よむは罪にて候か。答、あながちに得候はじ、但罪ともす、功德ともなる 0000_,31,133a04(00):一、酒のむはつみにて候か。答、まことには、のむべくもなけれども、この世のならひ 0000_,31,133a05(00):一、錫杖はかならず誦すべきか。答、さなくとも、そのいとまに念佛一遍も申べし、尼法師こそ、 0000_,31,133a06(00):ありくとき虫のために誦候へ 0000_,31,133a07(00):一、臨終に、善知識にあひ候はずとも、日ごろの念佛にて往生はし候べきか。答、善知識にあはず 0000_,31,133a08(00):とも、臨終おもふ様ならずとも、念佛申さば往生すべし 0000_,31,133a09(00):一、心に妄念のいかにも思はれ候はいかがし候べき。答、ただよくよく念佛を申させたまへ 0000_,31,133a10(00):一、ねてもさめても、口あらはで、念佛申候はんはいかが候べき。答、くるしからず 0000_,31,133a11(00):一、六齋に、にら、ひる、いかに。答、めさざらんはよく候 0000_,31,133a12(00):一、毎日の所作に、六萬十萬の數遍を、念珠をくりて申候はんと、二萬三萬を念珠をたしかに一つ 0000_,31,133a13(00):つ申候はむと、いづれかよく候べき。答、凡夫のならひ、二萬三萬をあつとも、如法にはかなひ 0000_,31,133a14(00):がたからん。ただ數遍のおほからんにはすぐべからず。名號を相續せんためなり。かならずしも 0000_,31,133a15(00):かずを要とするにはあらず、ただ常に念佛せんがためなり。かずをさだめぬは懈怠の因緣なれば 0000_,31,134a01(00):數遍をすすむるにて候 0000_,31,134a02(00):一、魚鳥くひて、いかけして、經はよみ候べきか。答、いかけしてよむ本體にて候。せでよむは、 0000_,31,134a03(00):功德と罪と共に候。但いかけせでも、よまぬよりはよむはよく候 0000_,31,134a04(00):一、所作かきてしいれ、かねてかかむずるを、まづし候、いかに。答、しいるるはくるしからず、 0000_,31,134a05(00):かねては懈怠なり 0000_,31,134a06(00):一、破戒の僧、愚痴の僧、供養せんも功德にて候か。答、破戒の僧愚痴の僧を、すゑの世には、佛 0000_,31,134a07(00):のごとくたとむべきにて候也、この御使に申候ぬ、きこめし候へ 0000_,31,134a08(00):此御詞は、上人のまさしき御手なり、阿彌陀經のうらにをしたり 0000_,31,134a09(00):第二圖 0000_,31,134a10(00):法然上人行状繪圖 第二十三 0000_,31,134a11(00):或人、往生の用心につきて、條條の不審を尋申たりけるに、上人の御返事云 0000_,31,134a12(00):一、毎日の御所作、六萬遍、めでたく候、うたがひの心だにも候はねば、十念一念も、往生はし候 0000_,31,134a13(00):へども、多く申候へば、上品にむまれ候。釋にも、上品花臺見慈主、到者皆因念佛多と候へば 0000_,31,134a14(00):一、宿善によりて往生すべしと人の申候らん、ひが事にては候はず。かりそめのこの世の果報だに 0000_,31,135a01(00):も、さきの世の罪功德によりて、よくもあしくもむまるる事にて候へば、まして往生程の大事、 0000_,31,135a02(00):かならず宿善によるべしと、聖敎にも候やらん。ただし念佛往生は、宿善のなきにもより候はぬ 0000_,31,135a03(00):やらん。父母をころし、佛身よりちをあやしたるほどの罪人も臨終に十念申て往生すと、觀經に 0000_,31,135a04(00):も見へて候。しかるに宿善あつき善人は、をしへ候はねども、惡にをそれ、佛道に心すすむ事に 0000_,31,135a05(00):て候へば、五逆などは、いかにもいかにもつくるまじき事にて候なり。それに五逆の罪人、念佛 0000_,31,135a06(00):十念にて往生をとげ候時に、宿善のなきにもより候まじく候。されば經に、若人造多罪、得聞六 0000_,31,135a07(00):字名、火車自然去、華臺即來迎、極重惡人、無他方便、唯稱念佛、得生極樂、若有重業障、無生 0000_,31,135a08(00):淨土因、乘彌陀願力、必生安樂國。この文の心は、もし五逆をつくれりとも、彌陀の六字の名を 0000_,31,135a09(00):きかば、火の車自然にさりて蓮臺きたりてむかふべし。又きはめておもき罪人の、他の方便なか 0000_,31,135a10(00):らむも彌陀をとなへたてまつらば、極樂にむまるべし。またもしおもきさはりありて、淨土にむ 0000_,31,135a11(00):まるべき因なくとも彌陀の願力にのりなぱ安樂國にむまるべしと候へばたのもしく候。又善導の 0000_,31,135a12(00):釋には、曠劫よりこのかた六道に輪廻して、出離の緣なからん。常沒の衆生をむかへんがために 0000_,31,135a13(00):阿彌陀佛は佛になりたまへりと候。その常沒の衆生と申候は、恒河のそこにしづみたるいき物の 0000_,31,135a14(00):身おほきにながくして、その河にはばかりて、えはたらかず、つねにしづみたるに、惡世の凡夫 0000_,31,135a15(00):をばたとへられて候。又凡夫と申二の文字をば、狂醉のごとしと弘法大師釋したまへり。げにも 0000_,31,136a01(00):凡夫の心はものぐるひ、さけにゑいたるがごとくして、善惡につけておもひさだめたる事なし。 0000_,31,136a02(00):一時に煩惱ももたびまじはりて、善惡みだれやすければ、いづれの行なりとも、わがちからにて 0000_,31,136a03(00):は行じがたし。しかるに生死をはなれ。佛道にいるには、菩提心ををこし、煩惱をつくして、三 0000_,31,136a04(00):祇百劫難行苦行してこそ、佛にはなるべきにて候に、五濁の凡夫わがちからにては、願行そなは 0000_,31,136a05(00):る事かなひがたくて、六道四生にめぐり候なり。彌陀如來このことをかなしみ思食て、法藏菩薩 0000_,31,136a06(00):と申ししいにしへ、我らが行じがたき僧祇の苦行を兆載永劫があひだ、功をつみ德をかさねて、 0000_,31,136a07(00):阿彌陀ほとけになりたまへり。一佛にそなへ給へる、四智三身十力無畏等の一切の内證の功德、 0000_,31,136a08(00):相好光明説法利生等の外用の功德、さまさまなるを、三字の名字のなかにおさめいれて、この名 0000_,31,136a09(00):號を、十聲一聲までも、となへんものを、かならずむかへん。もしむかへずば、われ佛にならじ 0000_,31,136a10(00):と、ちかひ給へるに、かの佛いま現に世にましまして、佛になりたまへり。名號をとなへん衆生 0000_,31,136a11(00):往生うたがふべからずと、善導もおほせられて候也。この様をふかく信じて、念佛おこたらず申 0000_,31,136a12(00):て、往生うたがはぬ人を、他力信じたるとは申候也。世間の事にも他力は候ぞかし。足なえ腰ゐ 0000_,31,136a13(00):たるものの、とをき道をあゆまむとおもはんに、かなはねば船車にのりてやすくゆく事、これ我 0000_,31,136a14(00):ちからにあらず。乘物のちからなれば他力也。あさましき惡世の凡夫の、諂曲の心にてかまへつ 0000_,31,136a15(00):くりたるのりものにだにも、かかる他力あり。まして五劫のあひだ、思食さだめたる、本願他力 0000_,31,137a01(00):のふねいかだに乘なば、生死の海をわたらん事、うたがひ思食べからず。しかのみならず。やま 0000_,31,137a02(00):ひをいやす草木、くろがねをとる磁石、不思議の用力也。麝香はかうばしき用あり。さいの角は 0000_,31,137a03(00):水をよせぬちからあり。これみな心なき草木、ちかひをおこさぬけだものなれども、もとより不 0000_,31,137a04(00):思議の用力はかくのみこそ候へ。まして佛法不思議の用力ましまさざらむや。されば念佛は一聲 0000_,31,137a05(00):に、八十億劫の罪を滅する用あり。彌陀は、惡業深重のものを來迎し給ちからましますと思食と 0000_,31,137a06(00):りて宿善のありなしも沙汰せず、罪のふかきあさきもかへりみず、ただ名號となふるものの生す 0000_,31,137a07(00):るぞと信じ思食べく候。すべて破戒も持戒も貧窮も福人も上下の人をきらはず、ただ我名號をだ 0000_,31,137a08(00):に念ぜば、石かわらを變じて金となさんがごとし、來迎せんと御約束候也。法照禪師の、五會法 0000_,31,137a09(00):事讃にも、彼佛因中立弘誓、聞名念我惣來迎、不簡貧窮將富貴、不簡下智與高才、不簡多聞持淨 0000_,31,137a10(00):戒、不簡破戒罪根深、但使廻心多念佛、能令瓦礫變成金。ただ御ずすをくらせおはしまして、御 0000_,31,137a11(00):舌をだにもはたらかされず候はんは、懈怠にて候べし。ただし、善導の、三緣の中の親緣を釋し 0000_,31,137a12(00):たまふに、衆生ほとけを禮すれば、佛これをみたまふ。衆生佛をとなふれば、佛これをききたま 0000_,31,137a13(00):ふ。衆生ほとけを念ずれば、佛も衆生を念じたまふ。かるがゆへに阿彌陀佛の三業と、行者の三 0000_,31,137a14(00):業と、かれこれひとつになりて、佛も衆生も、おや子のごとくなるゆへに、親緣となづくと候め 0000_,31,137a15(00):れば、御手にずすをもたせたまひて候はば、佛これを御覽候べし、御心に念佛申すぞかしと思食 0000_,31,138a01(00):候はば、佛も行者を念じ給べし。されば佛に見えまいらせ、念ぜられまいらする、御身にてわた 0000_,31,138a02(00):らせたまひ候はんずる也。さは候へども、つねに御舌のはたらくべきにて候也。三業相應のため 0000_,31,138a03(00):にて候べし。三業とは、身と口と意とを申候也。しかも佛の本願の稱名なるがゆへに、こゑを本 0000_,31,138a04(00):體とは思食べきにて候。さて我耳にきこゆる程申候は、高聲の念佛のうちにて候也 0000_,31,138a05(00):一、御無言目出たく候。ただし無言ならで申念佛は功德すくなしと思食なばあしく候。念佛をば金 0000_,31,138a06(00):にたとへたる事にて候。金は火にやくにもいろまさり、水にいるるにも損せず候。かやうに念佛 0000_,31,138a07(00):は妄念のおこる時申候へどもけがれず。ものを申まずるにもまぎれ候はず。そのよしを御心えな 0000_,31,138a08(00):がら、御念佛の程は、こと事まぜずして、いますこし念佛のかずをそえむと、おぼしめさんは、 0000_,31,138a09(00):さんて候。もし思食わすれて、ふと物など仰候て、あなあさまし、いまはこの念佛、むなしくな 0000_,31,138a10(00):りぬと、思食す御事は、ゆめゆめ候まじく候。いかやうにて申候とも往生の業にて候べく候 0000_,31,138a11(00):一、百萬遍の事。佛の願にては候はねども、小阿彌陀經に、若一日若二日乃至七日、念佛申人極樂 0000_,31,138a12(00):に生ずると、とかれて候へば、七日念佛申べきにて候。その七日の程のかずは、百萬遍にあたり 0000_,31,138a13(00):候よし、人師釋し候時に、百萬遍は七日申べきにて候へども、たえ候はざらん人は、八日九日な 0000_,31,138a14(00):どにも申され候へかし。さればとて百萬遍申さざらん人の、むまるまじきにては候はず。一念十 0000_,31,138a15(00):念にても、むまれ候なり。一念十念にても、むまれ候ほどの念佛とおもひ候うれしさに百萬遍の 0000_,31,139a01(00):功徳を、かさぬるにて候也 0000_,31,139a02(00):一、七分全得の事。仰のままに申げに候。さてこそ逆修はすることにて候へ。さ候へば後の世をと 0000_,31,139a03(00):ふらひぬべき人の候はん人も、それをたのまずして、われとはげみて念佛申て、いそぎ極樂へま 0000_,31,139a04(00):いりて、五通三明をさとりて、六道四生の衆生を利益し、父母師長の生所をたづねて、心のまま 0000_,31,139a05(00):にむかへとらんと、思べきにて候也。また當時日ごとの御念佛をも、かつかつ廻向しまいらせら 0000_,31,139a06(00):れ候べし。なき人のために念佛を廻向し候へば、阿彌陀ほとけ光をはなちて、地獄餓鬼畜生をて 0000_,31,139a07(00):らし給候へば、この三惡道にしづみて苦をうくるもの、そのくるしみやすまりて、命をはりての 0000_,31,139a08(00):ち、解脱すべきにて候。大經云。若在三途勤苦之處、見此光明、皆得休息、無復苦惱、壽終之後 0000_,31,139a09(00):皆蒙解脱 0000_,31,139a10(00):一、本願のうたがはしき事もなし。極樂のねがはしからぬにてはなけれども、往生一定とおもひや 0000_,31,139a11(00):られて、とくまいりたきこころの、あさゆふはしみしみともおぼえずと仰候こと、まことによか 0000_,31,139a12(00):らぬ御ことにて候。淨土の法門をきけども、きかざるがごとくなるは、このたび三惡道よりいで 0000_,31,139a13(00):て、罪いまだつきざるもの也と、經にもとかれて候。又此世をいとふ御心のうすくわたらせ給に 0000_,31,139a14(00):て候。そのゆへは、西國へくだらむともおもはぬ人に、船をとらせて候はんに、ふねの水にうか 0000_,31,139a15(00):ぶ事なしとはうたがひ候はねども、當時さしているまじければ、いたくうれしくも候まじきぞか 0000_,31,140a01(00):し。さてかたきの城などにこめられて候はんが、からくしてにげてまかり候はむみちに、おほき 0000_,31,140a02(00):なる河海などの候て、わたるべきやうもなからむおり、おやのもとより、船をまうけてむかへに 0000_,31,140a03(00):たびたらむは、さしあたりて、いかばかりかうれしく候べき。これがやうに、貪瞋煩惱のかたき 0000_,31,140a04(00):にしばられて、三界の焚籠にこめられたる我等を、彌陀悲母の御こころざしふかくして、名號の 0000_,31,140a05(00):利劔をもちて、生死のきづなをきり、本願の要船を苦海の波にうかべて、かの岸につけたまふべ 0000_,31,140a06(00):しと、おもひ候はんうれしさは、歡喜のなみだたもとをしぼり、渇仰のおもひきもにそむべきに 0000_,31,140a07(00):て候。身の毛もいよだつほどに思べきにて候を、のさに思食候はむは、ほゐなく候へども、それ 0000_,31,140a08(00):もことはりにて候。罪つくる事こそ、をしへ候はねども、心にもそみておぼえ候へ、そのゆへは 0000_,31,140a09(00):無始よりこのかた、六趣にめぐりし時も、かたちはかはれども、心はかはらずしていろいろさま 0000_,31,140a10(00):さまに、つくりならひて候へば、今もうゐうゐしからず、やすくはつくられ候へ。念佛申て往生 0000_,31,140a11(00):せばやとおもふ事は、このたびはじめてわづかに聞得たる事にて候へば、きとは信ぜられ候はぬ 0000_,31,140a12(00):也。そのうへ、人の心は頓機漸機とて、ふたしなに候也。頓機はききてやがてさとるこころにて 0000_,31,140a13(00):候。漸機はやうやうさとる心にて候也。ものもうでなどをし候に、足はやき人は、一時にまいり 0000_,31,140a14(00):つくところへ、あしおそきものは日くらしにもかなはぬ様には候へども、まいる心だにも候へば 0000_,31,140a15(00):つゐにはとげ候やうに、ねがふ御こころだにわたらせ給候はば、とし月をかさねても、御信心も 0000_,31,141a01(00):ふかくならせおはしますべきにて候 0000_,31,141a02(00):一、日ころ念佛申せども、臨終に善知識にあはずは往生しがたし、またやまひ大事にて心みだれば 0000_,31,141a03(00):往生しがたしと申候らんは、さもいはれて候へども、善導の御心にては、極樂へまいらむとここ 0000_,31,141a04(00):ろざして、おほくもすくなくも、念佛申さむ人の、命つきん時は、阿彌陀佛、聖衆とともにきた 0000_,31,141a05(00):りて、むかへ給べしと候へば、日ころだにも御念佛候はば、御臨終に善知識候はずとも、佛はむ 0000_,31,141a06(00):かへさせたまふべきにて候。又善知識のちからにて、往生すると申候事は、觀經の下三品の事に 0000_,31,141a07(00):て候。下品下生の人などこそ、日ごろ念佛も申候はず、往生のこころも候はぬ逆罪の人の、臨終 0000_,31,141a08(00):にはじめて善知識にあひて、十念具足して往生するにて候へ。日ごろより他力の願力をたのみ、 0000_,31,141a09(00):思惟の名號をとなへて極樂へまいらむとおもひ候はん人は、善知識のちから候はずとも、佛は來 0000_,31,141a10(00):迎したまふべきにて候。又かろきやまひをせむといのり候はむ事も、こころかしこくは候へども 0000_,31,141a11(00):やまひもせでしぬる人も、うるはしく、おはる時には斷末摩のくるしみとて、八萬の塵勞門より 0000_,31,141a12(00):無量のやまひ身をせめ候事、百千のほこつるぎにて、身をきりさくがごとし。さればまなこなき 0000_,31,141a13(00):がごとくして、見むとおもふものをもみず。舌の根すくみて、いはんと思こともいはれず候也。 0000_,31,141a14(00):これは人間の、八苦のうちの死苦にて候へば、本願信じて、往生ねがひ候はむ行者も、この苦は 0000_,31,141a15(00):のがれずして、悶絶し候とも、いきのたえむ時は、阿彌陀ほとけのちからにて、正念になりて往 0000_,31,142a01(00):生をし候べし。臨終はかみすぢきるが程の事にて候へば、よそにて凡夫さだめがたく候。ただ佛 0000_,31,142a02(00):と行者とのこころにてしるべく候也。そのうへ三種の愛心おこり候ぬれば、魔緣たよりをえて、 0000_,31,142a03(00):正念をうしなひ候也。この愛心をば、善知識のちからばかりにては、のぞきがたく候。阿彌陀ほ 0000_,31,142a04(00):とけの御ちからにて、のぞかせたまふべく候。諸邪業繫無能碍者。たのもしく思食べく候。又後 0000_,31,142a05(00):世者とおぼしき人の申げに候は、まづ正念に住して、念佛申さん時に、佛來迎したまふべしと、 0000_,31,142a06(00):申げに候へども、小阿彌陀經には、與諸聖衆、現在其前、是人終時、心不顚倒、即得往生、阿彌 0000_,31,142a07(00):陀佛、極樂國土と候へば、人の命おはらんずる時阿彌陀ほとけ聖衆とともに、目のまへにきたり 0000_,31,142a08(00):給たらむを、まづ見まいらせてのちに心は顚倒せずして、極樂にむまるべしとこそ心えて候へ。 0000_,31,142a09(00):さればかろき病をせばやと、いのらせ給はむいとまにて、いま一遍もやまひなき時、念佛を申て 0000_,31,142a10(00):臨終には阿彌陀ほとけの來迎にあづかりて、三種の愛心をのぞき、正念になされまいらせて、極 0000_,31,142a11(00):樂にむまれむと思食べく候。さればとて、いたづらに候ぬべからん、善知識にもむかはで、おは 0000_,31,142a12(00):らむと思食べきにては候はず。先德たちのおしへにも、臨終の時に、あみだ佛を西のかべに安置 0000_,31,142a13(00):しまいらせて、病者そのまへに西むきにふして、善知識に、念佛をすすめられよとこそ候へ。そ 0000_,31,142a14(00):れこそあらまほしき事にて候へ。ただし人の死の緣は、かねておもふにもかなひ候はず。俄に大 0000_,31,142a15(00):ちみちにておはる事も候。又大小便利のところにてしぬる人も候。前業のがれがたくて、太刀か 0000_,31,143a01(00):たなにて命をうしなひ、火にやけ、水におぼれて、いのちをほろぼすたぐひ多候へば、さやうに 0000_,31,143a02(00):てしに候とも、日ごろ念佛申て、極樂へまいる心だにも候人ならば、いきのたえむ時に、彌陀觀 0000_,31,143a03(00):音勢至きたりて、むかへ給べしと信じ、思食べきにて候也。往生要集にも、時處諸緣を論せず、 0000_,31,143a04(00):臨終に往生をもとめねがふに、その便宜をえたる事、念佛にはしかずと候へば、たのもしく候 0000_,31,143a05(00):一、所作おほくあてがひて、かかむよりは、すくなく申さむ、一念もむまるなればと仰候事、まこ 0000_,31,143a06(00):とにさも候なむ。ただし禮讃の中には十聲一聲定得往生、乃至一念無有疑心と釋せられて候へど 0000_,31,143a07(00):も、疏の文には、念念不捨者、是名正定之業と候へば、十聲一聲にむまると信じて、念念にわす 0000_,31,143a08(00):るる事なく、となふべきにて候。又彌陀名號相續念とも釋せられて候。さればあひついで念ずべ 0000_,31,143a09(00):きにて候。一食のあひだに三度ばかりおもひいでむは、よき相續にて候。常にだに思食いでさせ 0000_,31,143a10(00):給候はば、十萬六萬申させ給候はずとも、相續にて候ぬべけれども、人の心は、當時みる事、き 0000_,31,143a11(00):く事に、うつるものにて候へば、なにとなく、御まぎれのうちには、思食いでん事かたく候ぬべ 0000_,31,143a12(00):く候。御所作おほくあてて、つねにずすをもたせ給候はば、思食いで候ぬと覺候。たとひことの 0000_,31,143a13(00):さはりありて、かかせおはしまして候とも、あさましや、かきつる事よと思食候はば、御心にか 0000_,31,143a14(00):けられ候はんずるぞかし。とてもかくても、御わすれ候はずば、相續にて候べし。またかけて候 0000_,31,143a15(00):はん御所作を、次の日申入られ候はむ事さも候なん。それもあす申入られ候はんずればとて、御 0000_,31,144a01(00):ゆだん候はんはあしく候。せめての事にてこそ候へ、御心得あるべく候 0000_,31,144a02(00):一、魚鳥に七ケ日のいみの候なる事、さもや候らん。え見及ばず候。地體はいきとしいけるものは 0000_,31,144a03(00):過去のちちははにて候なれば、くふべき事にては候はず。また臨終には、さけ魚鳥きにらひるな 0000_,31,144a04(00):どは、いまれたる事にて候へば、病などかぎりになりては、くふべきものにては候はねども、當 0000_,31,144a05(00):時きとしぬばかりは候はぬ病の、月日つもり、苦痛もしのびがたく候はんには、ゆるされ候なむ 0000_,31,144a06(00):と覺候。御身おだしくて、念佛申さんと思食て御療治候べし。命をしむは往生のさはりにて候。 0000_,31,144a07(00):病ばかりをば、療治はゆるされ候なんとおぼえ候 0000_,31,144a08(00):第一圖 0000_,31,144a09(00):鎭西より上洛せる修行者、上人の庵室に參じて、いまだ見參にいらざるさきに、御弟子に對して 0000_,31,144a10(00):稱名のとき、佛の相好に心をかくることは、いかが候べきとたづね申ければ、めでたくこそ侍らめ 0000_,31,144a11(00):と申けるを、上人道場にてきき給けるが、あかり障子をあけ給て、源空はしからず、ただ若我成佛 0000_,31,144a12(00):十方衆生、稱我名號、下至十聲、若不生者、不取正覺、彼佛今現、在世成佛、當知本誓、重願不虚 0000_,31,144a13(00):衆生稱念、必得往生と、おもふばかりなり。我等が分にていかに觀ずとも更に如説の觀にあらず。 0000_,31,144a14(00):ただふかく本願をたのみて、口に名號をとなふるのみ。假令ならざる行なりとぞ、仰られける 0000_,31,144a15(00):第二圖 0000_,31,145a01(00):法然上人行状繪圖 第二十四 0000_,31,145a02(00):上人の給はく。阿彌陀經は、ただ念佛往生ばかりを説とは心得べからず。文に隱顯ありといへど 0000_,31,145a03(00):も、廣畧義をもて心得れば四十八願をことごとく説給へる經也。舍利弗、如我今者、讃嘆阿彌陀佛 0000_,31,145a04(00):不可思議功德といへる、阿彌陀ほとけの功德は、即四十八願也。念佛往生をとくは、その中の第十 0000_,31,145a05(00):八の願をさす也。又この經に、一日七日といへるを、只一日七日に限ると意得るは僻事なり。善導 0000_,31,145a06(00):和尚、觀經の疏に、上品上生の一日七日を釋給に、從具此功德以下、正明修行時節延促上盡一 0000_,31,145a07(00):形下至一日一時念等或從一念十念至一時一日一形大意者、一發心已後、誓畢此生無有退 0000_,31,145a08(00):轉唯以淨土爲期と、判給へり。この釋をもて准知するに阿彌陀經の一日七日も、又如此意得べ 0000_,31,145a09(00):き也。この釋に三の意あり。一には多より少に至り。二には少より多に至り、三には大意は一發心 0000_,31,145a10(00):已後、退轉なしといへるなり。初の二は要にあらず。後の一その要也。所詮は往生の心を發しての 0000_,31,145a11(00):ち、命終まで退せざる、これを大意とするなり。凡この阿彌陀經は、我朝に都鄙處處に多く流布せ 0000_,31,145a12(00):り。法華經と、最勝王經とは、諸宗の學徒、兼學すべきよし、桓武天皇の御時、宜旨を下されて、 0000_,31,145a13(00):定置れしかば、演説者とて、法華を解説する師は多くなりたりけれども、暗誦する人なかりければ 0000_,31,145a14(00):法花を暗誦すべきよし、かさねて、宣旨を下されけるのち、持經者多くいできたれり。法花は加樣 0000_,31,146a01(00):に、宣下によりてこそ、流布せられたれ。阿彌陀經は、其沙汰なけれども、自然に流布して、處處 0000_,31,146a02(00):の道場に、みな例時とて、毎日にかならず阿彌陀經をよみ、一切の諸僧、阿彌陀經をよまずと、い 0000_,31,146a03(00):ふ事なし。これひとへに淨土敎有緣のいたすところなり。事のおこりをたづぬれば、叡山の常行堂 0000_,31,146a04(00):より出たり。彼常行堂の念佛は、慈覺大師、渡唐のとき將來し給へる勤行なりとぞおほせられける 0000_,31,146a05(00):第一圖 0000_,31,146a06(00):上人の給はく、諸宗の祖師は、みな極樂に生じ給へり。所謂眞言の祖師、龍樹菩薩、天台の祖師 0000_,31,146a07(00):南岳、智者、章安、妙樂、三論の祖師、僧叡、花嚴の祖師、智儼、法相宗には、懷感禪師、我宗を 0000_,31,146a08(00):すてて、淨土宗に入る。天親菩薩は、法相宗の祖師也。往生論を作て、極樂をすすむ。逹摩宗の祖 0000_,31,146a09(00):師、智覺禪師は、上品上生の往生人也。其外非名僧のなかに、往生人これおほし。あぐるいとまあ 0000_,31,146a10(00):らずと 0000_,31,146a11(00):第二圖 0000_,31,146a12(00):或時、聖光房、法力房、安樂房、侍けるに、安樂房上人に尋申云、我等ごときの輩、かたく十重 0000_,31,146a13(00):をもたもたず。常に妄念をおこし、又勇猛精進ならずして、我身の善惡をもかへりみず、ただ彌陀 0000_,31,146a14(00):の本願を仰て、決定往生の思をなし侍るは往生し侍べしやと。上人の給はく、其條勿論也。所詮決 0000_,31,146a15(00):定心を生ぜば、往生すべき人なり。煩惱罪惡等の、往生を障不障をば、凡夫の心にては、覺知すべ 0000_,31,147a01(00):からずといへども、本願に相應する程の念佛申たらむには、それを障碍して、往生をさまたぐる罪 0000_,31,147a02(00):はあるべからず。往生は念佛の信否によるべし。更に罪惡の有無にはよるべからざるなり。すでに 0000_,31,147a03(00):凡夫の往生をゆるす、なむぞ妄念の有無をきらうべきやと仰らるるに、安樂房又云、虚假の物は往 0000_,31,147a04(00):生せずと申すは何様に心得侍べきぞや。上人の給はく、虚假といふはことさらに結構する輩なり。 0000_,31,147a05(00):好まずして、自然に虚假ならむは往生の障にあらず。念佛の信心を發たらむ人は、必定して往生す 0000_,31,147a06(00):べし。更に疑べからず。善導の釋を能能意得べきなり。善導おはしまさざらましかば、我等いかで 0000_,31,147a07(00):かこのたび生死を離べきやと、仰られて、落涙し給あひだ、聖光房、法力房、安樂房、みなともに 0000_,31,147a08(00):涙ををさへて信心をましけり。其時聖光房、我は一切に往生を疑はずと申されければ、上人又の給 0000_,31,147a09(00):はく、貴房達は少少の罪過ありとも、爭往生を遂ざらむや。但外人には意得ていひきかすべき也。 0000_,31,147a10(00):強盛心をおこさず、落涙するに及ばずとも、念佛だにも申さば往生すべき也。見思塵沙無明の煩惱 0000_,31,147a11(00):が、よろづの障礙をばなす也。念佛の一行はこの煩惱にもさへられず、往生をとげ、十地究竟する 0000_,31,147a12(00):也。他宗には、實敎にも權敎にも、密敎にも顯敎にも、十地究竟することは、漸頓を論ぜず、極た 0000_,31,147a13(00):る大事なり。しかるにただ念佛の一行に依て往生をとげ、十地願行自然に成就することは、誠に甚 0000_,31,147a14(00):深殊勝の事也とぞ仰られける 0000_,31,147a15(00):第三圖 0000_,31,148a01(00):元久二年正月廿一日、尋常なる尼女房たち、あまた上人の御坊へまいりて戒をも受たてまつり、 0000_,31,148a02(00):念佛往生の様をも承らむと申ければ、上人まづ戒をさづけられ、其後淨土の法門をのべ給に、まづ 0000_,31,148a03(00):聖道淨土の二門をわけ、聖道難行の様を仰らるるに、殊に天台宗に對して釋し給ひ、四種三昧の難 0000_,31,148a04(00):行なる事をのべ給て、南岳大師入滅のきざみ、諸の弟子につげての給はく、汝等方等般若四種三昧 0000_,31,148a05(00):にをいて、身命をかへりみず修行すべくは、われ十年世にありて、汝等を供給すべしとの給に、苦 0000_,31,148a06(00):行かなひかたきによりて、弟子等返答に及ばざりしかば、大師入滅し給き。師すでに入滅せんとし 0000_,31,148a07(00):給へるが、しばらくも存命せむとの給はむをば、いかなる妄語をもかまへて師の命を惜まむために 0000_,31,148a08(00):は、修行してんとこそ、申しつべけれども始終かなふべからざるあひだ、返答せずしてやみにしか 0000_,31,148a09(00):ば、師すなはち入滅し給へり。何況當時の我等をや。傳敎大師、弟子達に、四種三昧を一づつあて 0000_,31,148a10(00):て、修行せさせらるる事侍りき。慈覺大師は、常座三昧にあたりて修行し給けるに、常座難行なり 0000_,31,148a11(00):とて、あらためて常行三昧となると申せり。かくのごときの修行は上古より修しがたき事顯然也。 0000_,31,148a12(00):何況當世の凡夫哉とて、聖道門の難行なる事、淨土門の修しやすきやう、こまこまと仰られて、所 0000_,31,148a13(00):詮末代の佛法修行、その證をうる事、只念佛の一行なり。是則彌陀の本願に順ずるが故也と。の給 0000_,31,148a14(00):ければ、信心まことをいたし、低頭合掌して歸りけり 0000_,31,148a15(00):第四圖 0000_,31,149a01(00):法性寺左京大夫信實朝臣の、伯母なりける女房の、尋申けるにつきて、上人の御返事云、念佛の 0000_,31,149a02(00):行者の存候べき樣は、後世をおそれ、往生をねがひて念佛すれば、をはる時かならず來迎せさせ給 0000_,31,149a03(00):よしを存じて、念佛申より外の事候はず。三心と申候も、ふさねて申時はただ一の願心にて候也。 0000_,31,149a04(00):そのねがふ心の、いつはらずかざらぬ方をば、至誠心と申候。この心のまことにて、念佛すれば臨 0000_,31,149a05(00):終に來迎すといふ事を、一念もうたがはぬ方を、深心とは申候。このうへわが身もかの土へむまれ 0000_,31,149a06(00):んとおもひ、行業をも往生のためとむくるを廻向心とは申候也。このゆへにねがふ心いつはらずし 0000_,31,149a07(00):て、げに往生せんとおもひ候へば、をのづから、三心は具足する事にて候也。抑中品下生に、來迎 0000_,31,149a08(00):の候はぬことはあるまじければ、とかれぬにては候はず。九品往生に、各みなあるべき事の、畧せ 0000_,31,149a09(00):られてなき事も候也。善導の御心は、三心も品品にわたりて、あるべしと見えて候。品ごとにおほ 0000_,31,149a10(00):くの事候へども、三心と來迎とは、かならずあるべきにて候也。往生をねがはん行者は、かならず 0000_,31,149a11(00):三心をおこすべきにて候へば、上品上生に是をときて、餘の品品をも、是になぞらへて、しるべし 0000_,31,149a12(00):と見えて候。又我等戒品のふねいかだもやぶれたれば、生死の大海を、渡べき緣も候はず。智惠の 0000_,31,149a13(00):光もくもりて、生死のやみをてらしがたければ、聖道の得道にももれたるわれらがために、ほどこ 0000_,31,149a14(00):し給、他力と申候は、第十九の來迎の願にて候へば、文に見えず候とも、かならず來迎はあるべき 0000_,31,149a15(00):にて候也。ゆめゆめ御うたがひ候べからず。あなかしこあなかしこ 源空 0000_,31,150a01(00):第五圖 0000_,31,150a02(00):伊豆國、走湯山に、妙眞といふ尼ありき、法華の持者、眞言の行人なりき。事のたよりありて上 0000_,31,150a03(00):洛のとき、上人の敎化にあづかりて後、ながく餘行をすてて、ひとへに念佛を行ず。其功つもりて 0000_,31,150a04(00):つねに化佛を見たてまつる。更に餘人にかたらず。たた同行の尼一人これをしめす。あるとき不注年月 0000_,31,150a05(00):明日の申刻に往生すべしといふ。更にやまひなし、時刻たがはす翌日申時に端坐合掌し高聲念佛し 0000_,31,150a06(00):て、往生をとぐ。妓樂天にきこへ。異香室にみちて、奇瑞耳目をおどろかしける 0000_,31,150a07(00):第六圖 0000_,31,150a08(00):法然上人行状繪圖 第二十五 0000_,31,150a09(00):勸化上都にさかりにして、道德邊鄙にをよびしかば、鎌倉の二品禪尼、金剛戒歸依もともふかく 0000_,31,150a10(00):して、蓮上房尊覺をつかひとして、念佛往生の事たづね申されたりければ、かの御返事云、御文く 0000_,31,150a11(00):はしくうけたまはり候ぬ。さては念佛の功德をば、佛も説つくしがたしとの給へり。又智惠第一の 0000_,31,150a12(00):舍利弗、多聞第一の阿難も、念佛の功德はしりがたしとの給し、廣大の善根にて候へば、まして源 0000_,31,150a13(00):空なむど、申つくすべしともおぼへ候はず。彌陀のむかしちかひ給し本願は、あまねく一切衆生の 0000_,31,150a14(00):ためなれば、有智無智、有才無才、善人惡人、持戒破戒、たときいやしき、おとこおんなもへだて 0000_,31,151a01(00):ず、もしは佛の在世の衆生、もしは佛の滅後の衆生、もしは釋迦の末法萬年ののち、三寶みなうせ 0000_,31,151a02(00):てのちの衆生までも、たた念佛ばかりこそ、現當のいのりになり候めれ。このゆへに、きたりて往 0000_,31,151a03(00):生の道をたづね候人には、有智無智を申さず、一すぢに專修念佛をすすめ候なり。ましてさように 0000_,31,151a04(00):專修念佛申とどめなんとつかまつる人は、佛法のまなこしゐて解脱をうしなへり、闡提の輩なり。 0000_,31,151a05(00):いかに申候とも、御變改候べからず。強に信ぜざらむ人を、御すすめ候べからず。佛もかなひ給は 0000_,31,151a06(00):ざる事なり 0000_,31,151a07(00):一、異解の人の、餘の善根を修せむに御助成ありて、思食ぺきやうは、我はこれ一向專修にて、決 0000_,31,151a08(00):定往生すべき身なり。他人のとをき道を、わがちかき道に結緣せさせむとおぼしめさば、專修を 0000_,31,151a09(00):さまたげ候はず 0000_,31,151a10(00):一、この世のいのりに、念佛のほかに、佛にも神にも申し、經をよみかき、佛をつくらむは、専修 0000_,31,151a11(00):をさふる行にては候べからず 0000_,31,151a12(00):一、念佛を申候事は、やうやうの義候へども、ただ六字をとなふるなかに、一切の行はおさまり候 0000_,31,151a13(00):なり。心には本願をたのみ、口には名號をとなへ、手には念珠をとるばかりなり。常に心をかく 0000_,31,151a14(00):るが、きはめたる決定往生の業にて候也。念佛の行は、もとより行住坐臥時處諸緣をきらはず、 0000_,31,151a15(00):身口の不淨をきらはぬ行にて、易行往生と申候也。ただし心をきよくして申を、第一の行と申候 0000_,31,152a01(00):なり。人をもさやうに御すすめ候べし。ゆめゆめこの御心はいよいよつよくならせ給候べし 0000_,31,152a02(00):一、念佛の行を信ぜざらん人にあひて、御物語候はざれ。いかにいはんや宗論候べからず。強ちに 0000_,31,152a03(00):異解異學の人を見て、これあなづりそしる事候べからず。いよいよおもき罪人になさむこと不便 0000_,31,152a04(00):に候べし。極樂をねがひ念佛を申さむ人をば、塵刹のほかなりとも、父母の慈悲におとらず思食 0000_,31,152a05(00):べきなり。今生の財寶ともしからむ人をば、ちからをくはへさせ給ふべし。もしすこしも念佛に 0000_,31,152a06(00):心をかけ候はん人をばいよいよ御すすめ候べし。これも彌陀如來の本願のみやづかひと思食候べ 0000_,31,152a07(00):し。震旦日本の聖敎をとりあつめて、このあひだひらき見かんがへ候に、念佛を信ぜぬ人は、先 0000_,31,152a08(00):生におもき罪をつくりて地獄にひさしくありて、又地獄へかへるべき人なり。返返專修念佛を、 0000_,31,152a09(00):現當のいのりとは申候べきなり。一一の詞、これ經論にて候なり。御うちの人には、九品の業を 0000_,31,152a10(00):人にしたがひてたえぬべきほどに御すすめ候べし。あなかしこあなかしこ已上略抄 0000_,31,152a11(00):第一圖 0000_,31,152a12(00):上野國の御家人、大胡の小四郎隆義、在京の時、吉水の禪室に參じて、上人の勸化にあづかり、 0000_,31,152a13(00):ふかく念佛を信受しけるが、下國の後、なを不審なる事侍りて、上人給仕の弟子澁屋の七郎入道道 0000_,31,152a14(00):遍がもとへたづね申たりけるを、道遍、上人に申入て、おほせをつたへて、三心以下の事、こまか 0000_,31,152a15(00):に申つかはしけり。隆義が子息、大胡の大郎實秀、かの消息を相傳し、父のあとをおいて稱名の行 0000_,31,153a01(00):をこたりなかりけるが、念佛の安心不審なる事侍りて、小屋原の蓮性を使者として、上人にたづね 0000_,31,153a02(00):申たりければ、眞觀房を執筆としてかきつかはされける状云、御文こまかにうけたまはり候ぬ。は 0000_,31,153a03(00):るかなるほどに、念佛の事きこしめさむがために、わざとつかいをあけさせ給て候。御念佛のここ 0000_,31,153a04(00):ろざしのほど返返もあはれに候。さてはたづねおほせられて候念佛の事は、往生極樂のためには、 0000_,31,153a05(00):いづれの行といふとも、念佛にすぎたる事は候はぬなり。そのゆへは念佛はこれ彌陀の本願の行な 0000_,31,153a06(00):るがゆへなり。本願といふは阿彌陀佛のいまだ佛にならせ給はざりしむかし法藏菩薩と申しいにし 0000_,31,153a07(00):へ、佛の國土をきよめ、衆生を成就せむがために、世自在王如來と申佛の御まへにして、四十八願 0000_,31,153a08(00):をおこし給しその中に、一切衆生の往生のために、一の願をおこし給へり。これを念佛往生の本願 0000_,31,153a09(00):と申なり。則無量壽經の上卷にいはく、設我得佛、十方衆生、至心信樂、欲生我國、乃至十念、若 0000_,31,153a10(00):不生者、不取正覺已上善導和尚この願を釋しての給はく、若我成佛、十方衆生、稱我名號、下至十 0000_,31,153a11(00):聲、若不生者、不取正覺、彼佛今現在世成佛、當知本誓重願不虚、衆生稱念、必得往生已上念佛と 0000_,31,153a12(00):いふは、佛の法身を憶念するにもあらず、佛の相好を觀念するにもあらず。ただ心をいたしてもは 0000_,31,153a13(00):ら阿彌陀佛の名號を稱念する、これを念佛とは申なり。かるがゆへに稱我名號といふ也。ねんぶつ 0000_,31,153a14(00):のほかの一切の行は、これ彌陀の本願にあらざるがゆへに、たとひ目出たき行なりといへども、念 0000_,31,153a15(00):佛にはをよばざるなり。おほかた其國にむまれんとおもはんものは、その佛のちかひにしたがふべ 0000_,31,154a01(00):きなり。されば彌陀の淨土にむまれんとおもはむものは、彌陀の誓願にしたがふべきなり。本願の 0000_,31,154a02(00):念佛と、本願にあらざる餘行と、さらにたくらぶべからず。かるがゆへに往生極樂のためには、念 0000_,31,154a03(00):佛の行にすぎたるは候はずと申なり。往生にあらざるみちには、餘行又つかさどるかたあり。しか 0000_,31,154a04(00):るに衆生の生死をはなるるみち、佛のをしへさまざまに多候へども、このごろ人の生死をはなれ、 0000_,31,154a05(00):三界をいづる道は、ただ極樂に往生し候ばかりなり。このむね聖敎のおほきなることはりなり。次 0000_,31,154a06(00):に極樂に往生するに、その行やうやうに多候へども、我等が往生せむ事、念佛にあらずば、かなひ 0000_,31,154a07(00):がたく候也。そのゆへは、念佛は佛の本願なるがゆへに、願力にすがりて往生する事はやすし。さ 0000_,31,154a08(00):れば詮ずるところ、極樂にあらずぱ、生死をはなるべからず。念佛にあらずば、極樂へむまるべか 0000_,31,154a09(00):らざるものなり。ふかくこのむねを信ぜさせ給て、一すぢに極樂をねがひ、一すぢに念佛して、こ 0000_,31,154a10(00):のたびかならず生死をはなれんとおぼしめすべきなり。又一一の願のをはりに、もししからずば、 0000_,31,154a11(00):正覺をとらじとちかひ給へり。しかるに阿彌陀佛、ほとけになり給てよりこのかた、すでに十劫を 0000_,31,154a12(00):へ給へり。まさにしるべし誓願むなしからず。しかれば衆生の稱念するもの一人もむなしからず、 0000_,31,154a13(00):往生する事をう、もししからずば、誰か佛になり給へる事を信ずべき。三寶滅盡のときなりといへ 0000_,31,154a14(00):ども、一念すればなを往生す。五逆深重の人なりといへども、十念すれば往生す。いかにいはむや 0000_,31,154a15(00):三寶の世にむまれて、五逆をつくらざる我等、彌陀の名號をとなへんに、往生うたがふべからず、 0000_,31,155a01(00):いまこの願にあへる事はまことにこれおぼろげの緣にあらず。よくよくよろこびおぼしめすべし。 0000_,31,155a02(00):たとひ又あふといへども、もし信ぜざれば、あはざるがごとし。いまふかくこの願を信ぜさせ給へ 0000_,31,155a03(00):り。往生うたがひ思食べからず。かならずかならずふた心なく、よくよく御念佛候て、このたび生死を 0000_,31,155a04(00):はなれ、極樂にむまれさせ給べし。又觀無量壽經にいはく、一一光明遍照、十方世界、念佛衆生、 0000_,31,155a05(00):攝取不捨已上これは光明ただ念佛の衆生をてらして、よの一切の行をぱ、てらさずといふなり。た 0000_,31,155a06(00):だしよの行をしても、極樂をねがはば、佛の光てらして攝取し給べし。いかが、ただ念佛のものば 0000_,31,155a07(00):かりをゑらびて、てらし給へるや。善導和尚釋しての給はく、彌陀身色如金山相好光明照十方 0000_,31,155a08(00):唯有念佛蒙光攝當知本願最爲強已上念佛はこれ彌陀の本願の行なるがゆへに成佛の光明、か 0000_,31,155a09(00):へりて本地の誓願をてらし給也。餘行はこれ本願にあらざるがゆへに、彌陀の光明、きらひててら 0000_,31,155a10(00):したまはざるなり。いま極樂をもとめむ人は、本願の念佛を行じて、攝取の光にてらされんと思食 0000_,31,155a11(00):べし。これにつけても、念佛大切に候、よくよく申させ給べし。又釋迦如來この經の中に、定散の 0000_,31,155a12(00):もろもろの行をときをはりてのちに、まさしく阿難に付屬し給ときには、かみにとくところの散善 0000_,31,155a13(00):の三福業、定善の十三觀をば付屬せずして、ただ念佛の一行を付屬し給へり。經にいはく、佛告阿 0000_,31,155a14(00):難汝好持是語持是語者、即是持無量壽佛名已上善導和尚この文を釋しての給はく、從佛告 0000_,31,155a15(00):阿難汝好持是語已下、正明付屬彌陀名號流通於遐代、上來雖説定散兩門之益望佛本願意 0000_,31,156a01(00):在衆生、一向專稱彌陀佛名已上この定散のもろもろの行は、彌陀の本願にあらざるがゆへに、釋 0000_,31,156a02(00):迦如來の、往生の行を付屬し給に、よの定善散善をば付屬せずして、念佛はこれ彌陀の本願なるが 0000_,31,156a03(00):ゆへにまさしくゑらびて、本願の行を付屬し給へるなり。いま釋迦のをしへにしたがひて、往生を 0000_,31,156a04(00):もとむるもの、付屬の念佛を修して、釋迦の御心にかなふべし。これにつけても、又よくよく御念 0000_,31,156a05(00):佛候て佛の付屬にかなはせ給べし。又六方恒沙の諸佛舌をのべて、三千世界におほひて、もはらた 0000_,31,156a06(00):だ彌陀の名號をとなへて往生すといふはこれ眞實なりと、證誠し給なり。これ又念佛は彌陀の本願 0000_,31,156a07(00):なるがゆへに、六方恒沙の諸佛、これを證誠し給。餘の行は本願にあらざるがゆへに、六方恒沙の 0000_,31,156a08(00):諸佛證誠し給はず。これにつけても、よくよく御念佛候て、彌陀の本願、釋迦の付屬、六方の諸佛 0000_,31,156a09(00):の護念をふかくかうぶらせ給べし。彌陀の本願、釋迦の付屬、六方の諸佛の護念、一一にむなしか 0000_,31,156a10(00):らず。このゆへに念佛の行は、諸行にすぐれたるなり。又善導和尚は彌陀の化身なり。淨土の祖師 0000_,31,156a11(00):おほしといへども、ただひとへに善導による。往生の行おほしといへども、おほきにわかちて二と 0000_,31,156a12(00):し給へり。一には專修いはゆる念佛也。二には雜修いはゆる一切のもろもろの行なり。上にいふと 0000_,31,156a13(00):ころの定散等これなり。往生禮讃云、若能如上、念念相續、畢命爲期者、十即十生、百即百生已上 0000_,31,156a14(00):專修と雜行との得失なり。得といふは往生する事をう、いはく、念佛するものは、十すなはち十人 0000_,31,156a15(00):ながら往生し、百はすなはち百人ながら往生すといふこれなり。失といふは、いはく、往生の益を 0000_,31,157a01(00):うしなへるなり。雜行のものは、百人が中にまれに一二人往生する事をえて、そのほかは生ぜず。 0000_,31,157a02(00):千人が中に、まれに三五人むまれて、その餘はむまれず。專修のものは、みなむまるる事をうるは 0000_,31,157a03(00):なにのゆへぞ、阿彌陀佛の本願に相應せるがゆへなり。釋迦如來のをしへに隨順せるがゆへなり。 0000_,31,157a04(00):雜業のものは、むまるる事すくなきはなにゆへぞ、彌陀の本願にたがへるゆへなり。釋迦のをしへ 0000_,31,157a05(00):にしたがはざるゆへなり。念佛して、淨土をもとむるものは、二尊の御心にふかくかなへり。雜修 0000_,31,157a06(00):をして、淨土をもとむるものは、二佛の御心にそむけり。善導和尚二行の得失を判せる事、これの 0000_,31,157a07(00):みにあらず。觀經の疏と申ふみの中に、おほく得失をあげたり。しげきがゆへにいださず。これを 0000_,31,157a08(00):もてしるべし。おほよそこの念佛はそしれるものは地獄におちて五劫苦をうくる事きはまりなし。 0000_,31,157a09(00):信ずるものは、淨土にむまれて、永劫の樂をうくる事きはまりなし。なをなをいよいよ信心をふか 0000_,31,157a10(00):くして、ふた心なく、念佛せさせ給べし。くはしき事、御ふみにつくしがたく候。この御つかひ申 0000_,31,157a11(00):候べし。正月廿八日源空已上實秀この消息を恭敬頂戴して、一向に念佛す。寬元四年往生の時、異 0000_,31,157a12(00):香をかぎ、音樂をきくものおほかりき。實秀が妻室、又ふかくこの消息のをしへを信受して、稱名 0000_,31,157a13(00):の行をこたりなく、つゐに奇瑞をあらはし、往生の素懐を遂るとなむ 0000_,31,157a14(00):第二圖 0000_,31,157a15(00):武藏國那珂郡の住人彌次郎入道不註實名は、上人の敎誠をかうぶりて一向專修の行人となりにけり。 0000_,31,158a01(00):たまはるとこころの御消息を秘藏して、出離の指南になむそなへ侍ける。かならずしも數反をさだ 0000_,31,158a02(00):めず、おもひいでたるかとおぼしくては、つねに西にむかひて高聲にぞとなへける。病惱のとき、 0000_,31,158a03(00):八月廿九日不註年に近隣なる僧蓮臺房きたりとぶらひければ、この所勞は日ごろねがふところなり。 0000_,31,158a04(00):明後日來臨し給へ、申べき事侍ると申けり。その日又まかれるに、明後日辰時に、極樂にむまるべ 0000_,31,158a05(00):しと申あひだ、いかにして、さはしりたまへるぞととへば、その事なり。夢に墨染のころも着した 0000_,31,158a06(00):る僧、靑白二莖の蓮化をもちてきたれりつるが、白蓮華をわれにさづけて、これは汝が分なり。こ 0000_,31,158a07(00):の靑蓮華は、新田の太郎が分なりと仰られつるに、白蓮華のうへに又こえありて、九月三日の辰時 0000_,31,158a08(00):に往生すべしと、いふとみてさめぬるなりといふ。ことのやうたとくおぼへて、三日又ゆきむかふ 0000_,31,158a09(00):に、病者のいはく、往生すでにちかづけり。よくきたり給へり。四十九日のあひだは、ここに住し 0000_,31,158a10(00):て念佛したまふべし。御房はわが善知識なり。年來秘藏のもの、附屬したてまつるべしとて、上人 0000_,31,158a11(00):より給ところの御消息ならびに和字にしるせる、念佛安心の書等これをわたす。そののちあひとも 0000_,31,158a12(00):に晨朝の禮讃を行ずるに、光舒救毘沙の句にいたりて、禮讃をとどめて、念佛三遍となへて、端坐 0000_,31,158a13(00):合掌して、いきたえにけり。四十九日の夜蓮臺房ゆめにみるやう。かの禪門か、持佛堂かとおぼし 0000_,31,158a14(00):き堂あり。まへに池などありて、あるべかしく見ゆるに、さしいりて拜すれば、金色の阿彌陀如來 0000_,31,158a15(00):壇のうへに立給へり。堂の下には念佛するこゑありけり。承仕などいふばかりなるものさしいでて 0000_,31,159a01(00):このこゑは閻浮提なり。ただいまこの池のなかに、蓮花生ずべし。これを見るべしといふこゑに應 0000_,31,159a02(00):じて、白蓮花出生す。念佛のこゑにしたがひて、蓮花忽にひらく、この花のうへに、亡者の禪門墨 0000_,31,159a03(00):染の衣をきて坐せり。時に微風この花をふくに、風にしたがひてなびきたる。禪門蓮花よりおりて 0000_,31,159a04(00):かたりていはく、われ極樂の下品下生に生ぜり。ただいま上品にすすむなりといふとみて、夢さめ 0000_,31,159a05(00):にけり 0000_,31,159a06(00):第三圖 0000_,31,159a07(00):法然上人行状繪圖 第二十六 0000_,31,159a08(00):武藏國の御家人、猪俣黨に甘糟の太郎忠綱といふもの侍き。ふかく上人に歸し、念佛の行おこた 0000_,31,159a09(00):りなかりけり。しかるに山門の堂衆等獨歩のあまり衆徒を忽緖し、日吉八王子の社壇を城廓として 0000_,31,159a10(00):惡行をたくみしかば武士をさしつかはしてせめられしとき、忠綱 勅に應じて建久三年十一月十五 0000_,31,159a11(00):日、かの城廓にむかふに、まづ上人に參じて申やう、我等ごとくの罪人なりとも、本願をたのみて 0000_,31,159a12(00):念佛せば、往生うたがひなきむね、日來御をしへをうけたまはりて、ふかくそのむねを存ずといへ 0000_,31,159a13(00):ども、それは病の床にふして、のどかに臨終せむ時の事なり。武士のならひ進退こころにまかせざ 0000_,31,159a14(00):れば、山門の堂衆を追罸のために勅命によりて、ただいま八王子の城へむかひ侍る。忠綱武勇の 0000_,31,160a01(00):家にむまれて、弓箭の道にたづさはる。すすみては父祖の遺塵をうしなはず、しりぞきては子孫の 0000_,31,160a02(00):後榮をのこさむがために、敵をふせぎ身をすてば、惡心熾盛にして願念發起しがたし。もし今生の 0000_,31,160a03(00):かりなるいはれをおもひて、往生のはげむべきことはりをわすれずば、かへりて敵のためにとりこ 0000_,31,160a04(00):にせられなむ。ながく臆病の名をとどめて忽に譜代の跡をうしなひつべし。いづれをすて、いづれ 0000_,31,160a05(00):をとるべしといふ事、愚意わきまへがたし。弓箭の家業をもすてず、往生の素意をもとぐる道侍ら 0000_,31,160a06(00):ば、ねがはくは御一言をうけ給はらんと申ければ、上人おほせらるる様、彌陀の本願は機の善惡を 0000_,31,160a07(00):いはず行の多少を論ぜず。身の淨不淨をえらばす、時處諸緣をきらはざれば、死の緣によるべから 0000_,31,160a08(00):ず。罪人は罪人ながら、名號をとなへて往生す、これ本願の不思議なり。弓箭の家にむまれたる人 0000_,31,160a09(00):たとひ軍陣にたたかひ命をうしなふとも、念佛せば本願に乘じ來迎にあづからむ事ゆめゆめ疑べか 0000_,31,160a10(00):らずと。こまかにさづけ給ければ、不審ひらけ侍りぬ。さては忠綱が往生は、今日一定なるべしと 0000_,31,160a11(00):よろこび申けり。上人の御袈裟を給はりてよろひのしたにかけ、それよりやがて八王子の城へむか 0000_,31,160a12(00):ひ、命をすてて戰けるに、大刀をうちをりてければ、ふかき疵ををかうふりにけり。いまはかうと 0000_,31,160a13(00):みえけるに、大刀をすてて合掌し、高聲念佛して、敵のために身をまかせけり。紫雲戰場にたれお 0000_,31,160a14(00):ほひて、異香をかぐ人おほかりけり。北嶺に紫雲たなびくよし人申ければ、上人ききたまひて、あ 0000_,31,160a15(00):はれ甘糟が往生しつるよとぞおほせられける。甘糟くににとどめをく妻室のゆめに、極樂の往生を 0000_,31,161a01(00):遂ぬるよしをしめしければ、夢の告にをどろきて。國より飛脚をたてけるに、この事を告て京より 0000_,31,161a02(00):くだりける。つかひにゆきあひて田舍の夢の告、戰場の往生のやう、たがひにかたりけり。まこと 0000_,31,161a03(00):に不思議の事にてぞありける。戰場に命をすてて往生の前途をとげ、父祖が名をもあげ、本願の深 0000_,31,161a04(00):意をもあらはせる事、しかしながらこれ上人勸化の故なりき 0000_,31,161a05(00):第一圖 0000_,31,161a06(00):宇津宮の彌三郞賴綱、家子郞從濟濟として武藏野をすぎけるに、熊谷の入道ゆきあひていふやう 0000_,31,161a07(00):いみじく大勢にておはするものかな。但いかにおほくとも、無常の刹鬼はふせぎがたくや侍らん。 0000_,31,161a08(00):彌陀如來の本願にて、念佛するものをば、惡道におとさずむかへとり給へば、一人當千のつはもの 0000_,31,161a09(00):にもなをまさりたるは、これ念佛なり。かまへて念佛し給へと申けるがきもにそみておぼへける。 0000_,31,161a10(00):のち念佛往生に心をかけて、大番勤仕のために、上洛したりけるついでに、承元二年十一月八日、 0000_,31,161a11(00):上人の勝尾の草庵にたづね參じて念佛往生の法御敎訓をかうふるとき、上來雖説、定散兩門之益、 0000_,31,161a12(00):望佛本願、意在衆生、一向專稱、彌陀佛名の文をふたたび誦したまひて、往生せうせじは、わどと 0000_,31,161a13(00):の心ぞ、一向に念佛せぱ往生疑ひなしとの給ける。御ことば耳にとどまりて、おぼへけるのち一向 0000_,31,161a14(00):專修の行者になりにけり。上人御往生の後はふかく善惠房をたのみ申けるが、結緣のために、四帖 0000_,31,161a15(00):の疏の文字よみばかりをうけ、ついに出家して實信房蓮生と號し、西山に草庵をしめ、一向專念の 0000_,31,162a01(00):ほか他事なかりき、仁治二年十一月廿二日、天はれ風しづかなる夜、蓮生ゆめ見らく、深山幽谷の 0000_,31,162a02(00):北に一の庵室あり。蓮生この中に侍り、小山めぐりかさなり、左右の峰たかくそびえたり。なを北 0000_,31,162a03(00):の山を見るに、三尺ばかりの彌陀の立像、虚空に影向したまふ。いづれのところより、きたりまし 0000_,31,162a04(00):ますにかと、疑をなすところに、虚空にこゑありて、佛來臨の方は、善光寺なりとこたふ。佛やう 0000_,31,162a05(00):やくちかづきたまひ光明赫奕として、白玉のかざりまことに妙なり、このとき蓮生高聲に念佛し、 0000_,31,162a06(00):右の手をもて、佛の左の御手をにぎりたてまつるに、はじめて木像の來現としり、又年來安置の本 0000_,31,162a07(00):尊なりとさとりぬ。夢さめてのちは、いよいよ信心をふかくして、念佛のいさみをなし、行住坐臥 0000_,31,162a08(00):の四威儀、ただ稱名のほか他事をわする。正元元年十一月上旬の比よりいささか病惱の事侍けるが 0000_,31,162a09(00):同十二日、端坐合掌念佛相續し、瑞相あらはれて、往生の素懐をとげるとなむ 0000_,31,162a10(00):第二圖 0000_,31,162a11(00):上野國の御家人薗田の太郞成家は、秀郷の將軍九代の孫、薗田の次郞成基が嫡男なり。武勇の道 0000_,31,162a12(00):にたづさはりて、弓馬の藝をたしなみ、射獦を事として、罪惡をほしきままにす。爰正治二年の秋 0000_,31,162a13(00):大番勤仕のために上洛の時、上人の念佛弘通化導さかりにして、貴賤あゆみをはこぶよし傳聞て宿 0000_,31,162a14(00):緣のもよをしけるにや、かの庵室へ參じたりけるに、上人罪惡生死の凡夫、彌陀の本願に乘じて極 0000_,31,162a15(00):樂に往生するいはれ、世上の無常をいとひ、淨土の不退をねがふべきおもむき、ねむごろに敎化し 0000_,31,163a01(00):給に、信心胸にみち渇仰肝に銘じければ、やがてそのとしの十月十一日、生年廿八歳にて出家す。 0000_,31,163a02(00):法名を智明とぞつけ給へりける。常隨給仕六ヶ年ののち、元久二年に本國に下向して、家子郎從廿 0000_,31,163a03(00):餘人を敎導して、おなじく出家せさせて同行として、酒長の御厨小倉の村に庵室をむすびて、一心 0000_,31,163a04(00):に彌陀を念じ、三業を西方にはこびけり。世の人たうとびて、小倉の上人とぞ申ける。庵室の西一 0000_,31,163a05(00):町餘をへだてて、一間四面の御堂を建立して御堂の妻戸に、庵室の戸をあけあはせて、佛前の燈明 0000_,31,163a06(00):を攝取の光明とおもひて、常に光明遍照の文をとなへ、發露啼泣しけり。具縛の凡夫なりとも、本 0000_,31,163a07(00):願をたのみて念佛せば、往生うたがひあるべからざるむね、上人しめし給けるを、ふかく心府にお 0000_,31,163a08(00):さめて、行住坐臥に念佛をこたる事なし。おほよそ念佛のほか他事をまじへざりけり。念佛せざる 0000_,31,163a09(00):ものをば、はぢしめいとひければ、かの室にのぞむ道俗尊卑、念佛せぬはなかりけり。あるとし元 0000_,31,163a10(00):日の祝言に、下僧一人に心をあはせて、庭前にすすみいでて、たからかに物申さむといはせて、西 0000_,31,163a11(00):方淨土より、御參をそく侍り、いそぎ御參あるべしと、阿彌陀佛の御使なりと申させて、歡喜のあ 0000_,31,163a12(00):まり客殿へ請じ入て丁寧にもてなし、種種の引出物をぞ給はせける。そののちはとしごとの事にて 0000_,31,163a13(00):元日にはこのわざをなん結構しけり。かの山里には鹿おほかりければ、作毛をまたくせむために、 0000_,31,163a14(00):かのところの人民等、田畠にかきをしまはしてふせぎけるを、あはれみなげきて、上田三町をつく 0000_,31,163a15(00):りたてさせて、鹿田となづけて、鹿のくひものにあてけるにも、田歌と云事には、念佛をなん唱さ 0000_,31,164a01(00):せける。寶治二年九月十五日いささか違例の氣あり、舍弟淡路守俊基をまねきよせて、我身は老病 0000_,31,164a02(00):あひをかして、すでに終焉にのぞめり、今生の對面今日ばかりなり。汝罪惡深重の人なり。かなら 0000_,31,164a03(00):ず念佛して、おなじく安養の淨刹に參會せしむべし。たとひ鹿鳥を食すとも、念佛をばかみまぜて 0000_,31,164a04(00):申すべし、たとひ敵にむかひて弓をひくとも、念佛をすつる事なかれと、さまざまに敎訓しけり。 0000_,31,164a05(00):俊基還向ののち、僧衆あいともに別時の念佛を修して翌日十六日戌尅に、端座合掌して、光明遍照 0000_,31,164a06(00):の文を誦し、高聲念佛一時ばかりとなへて、禪定に入がごとくにて、いき絶にけり。生年七十五な 0000_,31,164a07(00):り、于時紫雲屋上にたなびき、音樂雲外にきこえて、持佛堂庵室のあひだに光明充滿し、室の内外 0000_,31,164a08(00):に異香薰ず。遠近の道俗男女これを見聞す。平生のむかしより攝取の光明に心をよせけるに、はた 0000_,31,164a09(00):してかの光明を感得しける、不思議にたうとくも侍かな 0000_,31,164a10(00):第三圖 0000_,31,164a11(00):西明寺の禪門、若冠の時は、つねに念佛の安心など、小倉の草庵へぞたづねられける。爰寬元の 0000_,31,164a12(00):ころ、使を進して申をくりけるは、年來念佛の行者として、西方をねがふ心ねんごろなり。栗の木 0000_,31,164a13(00):とは、西の木とかけり、西方の行人として、むつまじくおぼえ侍れば、多年これを所持すといへど 0000_,31,164a14(00):も、老體いまにをきては、行歩にあたはず。その要なきににたり。君西土に心をはこびまします、 0000_,31,164a15(00):この杖をさづけたてまつるにたへたり。これをもちゐて、淨土にまいらしめ給べしとて、栗の木の 0000_,31,165a01(00):杖ををくり進じたりければ、返状のをくに 0000_,31,165a02(00):おいらくのゆくすゑかねておもふには 0000_,31,165a03(00):つくづくうれしにしの木の杖 0000_,31,165a04(00):とぞかきをくられける。禪門其後はかの勸化を信じてつねに西土の託生を心にかけ、彌陀の引接を 0000_,31,165a05(00):ぞたのまれける。されば弘長二年のころ上人の孫弟敬西房法蓮房弟子關東下向のとき、上人の傳を進た 0000_,31,165a06(00):りけるに、數日披覽の後、上人の德行をたうとみて、念佛の安心をたづねられければ、往生の故實 0000_,31,165a07(00):勤行の文などをかきてたてまつりけり。禪門自筆の返状云、故實ならびに勤行の文給候ぬ。よくよ 0000_,31,165a08(00):く見覺候て、往生の心をすすむべく候云云取詮つゐに翌年弘長三十一月廿二日辰尅、臨終正念端座合 0000_,31,165a09(00):掌して、往生をとげらる。同十二月十五日、諏方の入道蓮佛、敎西房に送遣状云、西明寺殿御往生 0000_,31,165a10(00):の事、中中不及申目出き次第にて候。十一月二日亥時に、唐ころもめしてけさかけて西方にあみ 0000_,31,165a11(00):だほとけをかけまいらせて、ゐすにのぼらせ給て、御いぎすこしもみだれず合掌して御往生候也。 0000_,31,165a12(00):御いたはりとて候しかども、すこしも御苦痛候はず。然べき御往生の因緣にて候けりと覺候。御臨 0000_,31,165a13(00):終ちかくなり候て、かたじけなき仰をかふりて候き。あみだほとけの御ちからにて、淨土へまいり 0000_,31,165a14(00):たらば、むかへうするぞと仰の候しかば、日ごろ不足なくかうぶりて候し御恩には、百倍千倍して 0000_,31,165a15(00):たのもしくありがたく覺候て、歎のなかにもうれしく候。故入道どのの仰に蓮佛地獄におとさぬや 0000_,31,166a01(00):うに敎訓候へと、仰候けるよしうけ給候へば、念佛往生の次第、便宜にかならずこまかに仰給ぺく 0000_,31,166a02(00):候云云取詮抑かの禪門武將の賢哲、榮の指南として、若冠のそのかみより、最後のをはりまで、上人 0000_,31,166a03(00):勸化の風をうけ、西土往生の望をとげられるに蓮佛を極樂に引導すべきよしまで、病中にちぎり給 0000_,31,166a04(00):けむ、あはれにかしこくぞ覺侍る 0000_,31,166a05(00):第四圖 0000_,31,166a06(00):法然上人行状畫圖 第二十七 0000_,31,166a07(00):武藏國の御家人、熊谷の次郎直實は、平家追討のとき、所所の合戰に忠をいたし、名をあげしか 0000_,31,166a08(00):ば、武勇の道ならびなかりき。しかるに宿善のうちにもよをしけるにや、幕下將軍をうらみ申事あ 0000_,31,166a09(00):りて、心ををこし、出家して、蓮生と申けるが、聖覺法印の房にたづねゆきて、後生菩提の事をた 0000_,31,166a10(00):づね申けるに、さやうの事は法然上人に、たづね申べしと申されければ、上人の御庵室に參じにけ 0000_,31,166a11(00):り。罪の輕重をいはず、ただ念佛だにも申せば往生するなり、別の様なしとの給をききて、さめざめ 0000_,31,166a12(00):と泣ければ、けしからずと思たまひてものもの給はず、しばらくありて、なに事に泣給ぞと仰られ 0000_,31,166a13(00):ければ、手足をもきり命をもすててぞ、後生はたすからむずるとぞうけ給はらむずらんと、存ずる 0000_,31,166a14(00):ところに、ただ念佛だにも申せぱ往生はするぞと、やすやすと仰をかふり侍れば、あまりにうれし 0000_,31,167a01(00):くて、なかれ侍るよしをぞ申ける。まことに後世を恐たるものと見えければ、無智の罪人の念佛申 0000_,31,167a02(00):て往生する事、本願の正意なりとて、念佛の安心こまかにさづけ給ければ、ふた心なき專修の行者 0000_,31,167a03(00):にて、ひさしく上人につかへたてまつりけり。或時上人月輪殿へ參じ給けるに、この入道推參して 0000_,31,167a04(00):御共にまいりけるを、とどめばやと思食されけれども、さるくせものなれば、中中あしかりぬと思 0000_,31,167a05(00):食て、仰らるるむねなかりければ、月輪殿までまいりて、くつぬぎに候して、緣に手うちかけ、よ 0000_,31,167a06(00):りかかりて侍けるが、御談儀のこゑのかすかにきこえければ、この入道申けるは、あはれ穢土ほど 0000_,31,167a07(00):に口おしき所あらじ。極樂にはかかる差別はあるまじきものを、談儀の御こゑもきこえばこそと。 0000_,31,167a08(00):しかりこゑに高聲に申けるを、禪定殿下きこしめして、こはなにものぞと仰られければ、熊谷の入 0000_,31,167a09(00):道とて武藏國よりまかりのぼりたるくせものの候が、推參に共をして候と覺候と、上人申給ければ 0000_,31,167a10(00):やさしくただめせとて、御使を出されてめされけるに、一言の色題にも及ばずやがてめしにしたが 0000_,31,167a11(00):ひて、ちかくおほゆかに祗候して聽聞仕けり。往生極樂は當來の果報なをとをし、忽に堂上をゆる 0000_,31,167a12(00):され、今上の花報を感じぬる事、本願の念佛を行ぜずぱ、爭此式に及べきと、耳目をどろきてぞ見 0000_,31,167a13(00):えける 0000_,31,167a14(00):第一圖 0000_,31,167a15(00):蓮生念佛往生の信心決定してのちは、ひとへに上品上生の往生をのぞみ、われもし上品上生の往 0000_,31,168a01(00):生を遂まじくば、下八品にはむかへられまいらせじといふ。かたき願をおこして、發願の旨趣をの 0000_,31,168a02(00):べ偈をむすびて、みづからこれをかきつく。かの状云、元久元年五月十三日、鳥羽なる所にて、上 0000_,31,168a03(00):品上生の來迎の阿彌陀ほとけの御まへにて、蓮生願をおこして申さく、極樂にうまれたらんには、 0000_,31,168a04(00):身の樂の程は、下品下生なりとも限なし、然而天台の御釋に、下之八品不可來生と仰られたり。お 0000_,31,168a05(00):なじくは一切の有緣の衆生、一人ものこさず來迎せん、無緣の衆生までも、おもひをかけてとふら 0000_,31,168a06(00):はむがために、蓮生上品上生にうまれん、さらぬ程ならば、下八品にはうまるまじ。かく願をおこ 0000_,31,168a07(00):して後に、又云、惠心の僧都すら、下品の上生をねがひ給たり、何況末代の衆生、上品上生する者 0000_,31,168a08(00):は一人もあらじと、ひじりの御房の仰ごとあるをききながら、かかる願をおこしはてていはく末代 0000_,31,168a09(00):に上品上生する者あるまじきに、しかもよろづ不當なる蓮生、いかで上品上生にはうまるべきぞ、 0000_,31,168a10(00):さなくば下八品にはむまれじとぐわんじたればとて、あみだほとけもし迎給はずば、第一に彌陀の 0000_,31,168a11(00):本願やぶれ給なんず、次に彌陀の慈悲かけ給なんず、次に彌陀の願成就の文やぶれ給なんず、次に 0000_,31,168a12(00):釋迦の觀無量壽經の、十惡の一念往生、五逆の十念往生、又阿彌陀經の、もしは一日もしは七日の 0000_,31,168a13(00):念佛往生、又六方恒沙の諸佛の證誠、又善導和尚の下至十聲一聲等定得往生の釋、又なによりも、 0000_,31,168a14(00):觀經の上品上生の三心具足の往生、それを善導の釋の具足三心必得往生也、若少一心即不得生、又 0000_,31,168a15(00):專修のものは、千は千ながらの釋、ことごとくこれら、佛の願といひ佛の言といひ、善導の釋とい 0000_,31,169a01(00):ひ、もしれんせいを迎給はずば、みなやぶれておのおの妄語のつみ得たまひなんず。いかでか大聖 0000_,31,169a02(00):の金言むなしかるべきや。又光明遍照十方世界の文、又此界一人念佛名の文この金言どもむなしか 0000_,31,169a03(00):らじ、いよいよこれらの文をもて、疑なき也とおもふ。一切の有緣の輩即たちかへりてむかへんと 0000_,31,169a04(00):て、願をおこして上品上生ならずば、むかへられまいらせじといふ、かたき願をおこしたるか、よ 0000_,31,169a05(00):くひが事ならんちやう、五逆の者ばかりはあらじ、しかればいかなりとも迎給はぬ事あらじ、これ 0000_,31,169a06(00):を疑はぬ心は三心具足したり。上品上生に生るべき決定心發したり、その疑煩惱斷じたり。そのさ 0000_,31,169a07(00):とりをひらいたり。善導又天台、この事をみるものは上品上生にむまる、又衆生の苦をぬく事を得 0000_,31,169a08(00):又無生忍をさとる、又極樂に所願したがひてむまるとの給へり 0000_,31,169a09(00):下八品の往生 われすててしかもねがはず 0000_,31,169a10(00):かの國土にいたりをはて すなはちかへり來事あたはざればなり 0000_,31,169a11(00):かさねてこふ我願において 或は信じ或は信ぜざらんもの 0000_,31,169a12(00):ねがはくは信と謗とを因として みなまさに淨土にむまるべし 0000_,31,169a13(00):于時元久元年五月十三日午時に、偈の文をむすびて、蓮生いま願をおこす。熊谷の入道としは六十 0000_,31,169a14(00):七なり、京の鳥羽にて上品上生の迎への曼陀羅の御まへにてこれをかく已上取詮又和字の偈の文を、隆 0000_,31,169a15(00):寬律師漢字にかきなさけれる 0000_,31,170a01(00):下八品往生 我捨而不願 0000_,31,170a02(00):致彼國土已 即不能還來 0000_,31,170a03(00):重乞於我願 或信或不信 0000_,31,170a04(00):願信謗爲因 皆當生淨土 0000_,31,170a05(00):又蓮生自筆の夢の記云、上品上生にむまるべしといふ夢たびだび見たり。そばの人もみて告たり。 0000_,31,170a06(00):善導はゆめを見てさとりて、觀經の疏は作給へり。惠心又往生要集、ゆめを見て記し給へり。又珍 0000_,31,170a07(00):海決定往生の集、ゆめをみて記し給へり。法華經に四安樂の行者の、夢の中の八相を記し給へり。 0000_,31,170a08(00):しかるにれんせい五月十三日にこの願をおこして、同廿二日の夜、阿みだ佛に申さく、蓮生がおこ 0000_,31,170a09(00):して候願成就すべくは、疑まじからん御示現たべ、又叶まじくば叶まじと示現たべ、となたさまに 0000_,31,170a10(00):も、うたがふまじからん示現たべと申てねたる夜の、すなはち夢に見るやう金色の蓮の花のくきは 0000_,31,170a11(00):なかくてゑだもなくて、そろそろとしてただ一本たちたるに、そのめぐりに、人十人ばかり居まい 0000_,31,170a12(00):りてあるに、蓮生申ことぞ、こと人は、一人もあれが上には、のぼりゑじ、蓮生一人は、一定のぼ 0000_,31,170a13(00):るべき也といひはつれば、いかにしてのぼりたりともおぼえずして、その蓮の花の上にのぼりて、 0000_,31,170a14(00):端坐して居たりと見はつれば夢さめ畢ぬ。又願をおこす。この願まことなるべくは、臨終にゆゆし 0000_,31,170a15(00):からん人人耳目おどろくばかりの瑞相を、まづ現じて、もろもろの人に、彌陀の本願見うらやませ 0000_,31,171a01(00):給へと、おこしたり。故に上品上生の往生、いよいよ疑なき也。又同年六月廿三日の夢、をなじ心 0000_,31,171a02(00):也已上取詮 0000_,31,171a03(00):蓮生自筆の發願の文夢記等は、みな和字なりといへども、よみにくきによりて少少漢字になす 0000_,31,171a04(00):第二圖 0000_,31,171a05(00):蓮生行住坐臥不背西方の文を、ふかく信じけるにや、あからさまにも、西を背にせざりければ、 0000_,31,171a06(00):京より關東へ下ける時も、鞍をさかさまにをかせて馬にもさかさまにのりて、口をひかせけるとな 0000_,31,171a07(00):ん。されば蓮生 0000_,31,171a08(00):淨土にもがうのものとや沙汰すらん 0000_,31,171a09(00):西にむかひてうしろみせねば 0000_,31,171a10(00):と詠じける。上人も、信心堅固なる念佛の行者のためしには、常におもひ出給て、坂東の阿みだほ 0000_,31,171a11(00):とけとぞ仰られける。しかれどもその性たけくして、なを犯人をば、或はむまふねをかづけ、或は 0000_,31,171a12(00):ほだしをうち、或はしばり、或は筒をかけなどして、いましめをきけり、よに心えぬわざにてぞあ 0000_,31,171a13(00):りける。下國の後不審なる事ともを、状をもてたづね申ければ、上人の御返事云、よろこびてうけ 0000_,31,171a14(00):給候ぬ、まことに其後おぼつかなく候つるにうれしく仰られて候、但念佛の文かきてまいらせ候、 0000_,31,171a15(00):念佛の行はかの佛の本願の行にて候、持戒誦經誦呪理觀等の行はかの佛の本願にあらぬをこなひに 0000_,31,172a01(00):て候へば、極樂をねがはん人は、まずかならず本願の念佛の行をつとめてのうへに、もしことをこ 0000_,31,172a02(00):なひをも念佛にしくはへ候はむと思候はばさもつかまつり候。又ただ本願の念佛ばかりにても候べ 0000_,31,172a03(00):し、善導和尚は阿彌陀佛の化身にておはしまし候へば、それこそは、一定にて候へと申候に候、孝 0000_,31,172a04(00):養の行も佛の本願にあらず、たへんにしたがひて、つとめさせおはしますべく候。又あかがねの阿 0000_,31,172a05(00):字の事も錫杖の事も、佛の本願にあらぬつとめにて候、とてもかくても候なん。又迎接の曼荼羅は 0000_,31,172a06(00):大切におはしまし候。それもつぎの事に候、ただ念佛を、三萬もしは五萬もしは六萬、一心に申さ 0000_,31,172a07(00):せおはしまし候はむぞ、決定往生のをこなひにては候、こと善根は、念佛のいとまあらばの事に候 0000_,31,172a08(00):六萬反をだに、一心に申させ給はば、そのほかには、何事をかは、せさせおはしますべき、まめや 0000_,31,172a09(00):かに一心に、三萬五萬念佛をつとめさせ給はば、少少戒行やぶれさせおはしまし候とも、往生はそ 0000_,31,172a10(00):れにより候まじき事に候。但このなかに、孝養の行は佛の本願にては候はねども、八十九にておは 0000_,31,172a11(00):しまし候なり、あひかまへて、ことしなんとは、まちまいらせさせおはしませかしと覺候。ただひ 0000_,31,172a12(00):とりたのみまいらせて、おはしまし候なるに、かならずかならずまちまいらせおはしますべく候なり 0000_,31,172a13(00):五月二日 源空 武藏國熊谷入道殿御返事已上取詮 0000_,31,172a14(00):第三圖 0000_,31,172a15(00):蓮生が往生うたがひあるまじきよし、或は佛の告をかうぶり、或は不思議の奇瑞どもの侍けるを 0000_,31,173a01(00):上人に申入ける事、かくれなかりければ、月輪の禪定殿下、きこしめされて、上人に尋申されける 0000_,31,173a02(00):御文云、熊谷の入道、往生をとげずといへども、不思議の奇瑞等、ひとつにあらざるよし、天下に 0000_,31,173a03(00):あまねくかたらひうたふ事もし實ならば、最前に告仰らるべきところに、今まで無音候尤不審也。 0000_,31,173a04(00):彌陀利物、末法偏增の證、ただかくのごときの事にあるか隨喜感涙、たとへをとるに物なし。この 0000_,31,173a05(00):事を告給ざる條、もしこれ一向欣求にあらざるよし、御疑のあるか、ねがふ心ざしの、あささふか 0000_,31,173a06(00):さは、ただ阿彌陀如來の知見に、まかせたてまつるものなり。但宿障深重のゆへに、至誠心こそ術 0000_,31,173a07(00):なく候へ、信仰欣求の條はこのごろ假名新發等のなかには、あながちに恐思給べからざるものか、 0000_,31,173a08(00):いかんかん、來六七日のあひだかならず見參をとげむとおもふ、申合へき事等ある故也。敬白四月 0000_,31,173a09(00):一日法然御坊已上取詮禮紙云、かの入道のまいらする状正文を給て、一見を加へんとおもふ。轉寫の本 0000_,31,173a10(00):の文字ただしからずして、よまれざるところあり、比較すべきものなり、事の次第殆たぐひすくな 0000_,31,173a11(00):し、正しく往生をとげたらんには超過畢ぬ、貴べし信べし、凡左右にあたはざるもの也、宿善のい 0000_,31,173a12(00):たり、申てあまりあり。その子息の會釋又以珍重、一一の事、皆以不思儀の境界なり、なを感涙禁 0000_,31,173a13(00):じがたきか承及にしたがひて馳申ところ也。御返報の趣、その草あらば一見の心ざしありいかん 0000_,31,173a14(00):已上取詮上人熊谷入道に、つかはされける御返事云、この條こそ、とかく申に及ばず目出度候へ、往生 0000_,31,173a15(00):せさせ給たらんには、すぐれて覺候。死期しりて往生する人人は、入道殿にかぎらず多候。かやう 0000_,31,174a01(00):に耳目おどろかす事は、末代にはよも候はじ、むかしも道綽禪師ばかりこそ、おはしまし候へ、返 0000_,31,174a02(00):返も申ばかりなく候、但何事につけても、佛道には魔事と申事のゆゆしき大事にて候也、よくよく 0000_,31,174a03(00):御用心候べきなり。加樣に不思儀をしめすにつけても、たよりを伺事も候ぬべき也、目出度候にし 0000_,31,174a04(00):たがひて、いたはしく覺させ給て、加樣に申候也。よくよく御つつしみ候て、佛にもいのりまいら 0000_,31,174a05(00):せ給べく候。いつか御のぼり候べき、かまへてかまへて、のぼらせおはしませかし。京の人人おほやう 0000_,31,174a06(00):は、みな信じて念佛をもいますこしいさみあひて候、これにつけても、いよいよすすませ給べく侯 0000_,31,174a07(00):あしさまに思食すべからず、なをなを目出候。あなかしこあなかしこ四月三日源空熊谷人道殿已上取詮 0000_,31,174a08(00):第四圖 0000_,31,174a09(00):建永元年八月に、蓮生は明年二月八日、往生すべし、申ところもし不審あらん人は、きたりて見 0000_,31,174a10(00):べきよし、武藏國村岡の市に札を立させけり。つたへきくともがら、遠近をわかず、熊谷が宿所へ 0000_,31,174a11(00):群集する事、いく千萬といふ事をしらず。すでに其日になりにければ蓮生未明に、沐浴して、禮盤 0000_,31,174a12(00):にのぼりて高聲念佛體をせむる事、たとへをとるにものなし。諸人目をすますところに、しばらく 0000_,31,174a13(00):ありて念佛をとどめ、目をひらきて今日の往生を延引せり、來九月四日、かならず本意を遂べし、 0000_,31,174a14(00):その日來臨あるべしと申ければ、群集の輩あざけりをなしてかへりぬ。妻子眷屬、面目なきわざな 0000_,31,174a15(00):りと歎ければ、彌陀如來の御告によりて、來九月をちぎるところなり、またくわたくしのはからひ 0000_,31,175a01(00):にあらずとぞ申ける。さる程に、光陰程なくうつりて、春夏もすぎにけり。八月のすえにいささか 0000_,31,175a02(00):なやむ事ありけるが、九月一日、そらに音樂をききてのち、更に苦痛なく、身心安樂なり。四日の 0000_,31,175a03(00):後夜に沐浴して、やうやく臨終の用意をなす。諸人また群集する事、さかりなる市のごとし。すで 0000_,31,175a04(00):に巳刻にいたるに、上人彌陀來迎の三尊、化佛菩薩の形像を、一鋪に圖繪せられて、祕藏し給ける 0000_,31,175a05(00):を、蓮生洛陽より、武州へ下けるとき、給はりたりけるを懸たてまつりて、端坐合掌し、高聲念佛 0000_,31,175a06(00):熾盛にして、念佛とともに息とどまるとき口よりひかりをはなつ、ながさ五六寸ばかりなり。紫雲 0000_,31,175a07(00):靉靆として音樂髣髴たり、異香芬郁レ、大地震動す。奇瑞連綿として五日の卯時にいたる。翌日子 0000_,31,175a08(00):刻に入棺のとき、又異香音樂等の瑞さきのごとし、卯時にいたりて、紫雲にしよりきたりて、家の 0000_,31,175a09(00):上にとどまる事、一時あまりありて、西をさしてさりぬ。これらの瑞相等、遺言にまかせて、聖覺 0000_,31,175a10(00):法印のもとへ、しるしをくりけり。往生の靈異すこぶる比類まれなる事になん侍ければ、まことに 0000_,31,175a11(00):上品上生の往生、うたがひなしとぞ申あひける 0000_,31,175a12(00):第五圖 0000_,31,175a13(00):法然上人行状畫圖 第二十八 0000_,31,175a14(00):武藏國の御家人、津の戸の三郎爲守は、生年十八歳にして、治承四年八月に、幕下將軍于時兵衞佐石 0000_,31,176a01(00):橋の合戰のとき、武藏國より馳まいりてのち、安房國へ越給しにも、おなじく、あひしたがひ、處 0000_,31,176a02(00):處の合戰に、忠をいたし名をあげずといふことなレ。建久六年二月東大寺供養のために、幕下上洛 0000_,31,176a03(00):の事ありき。爲守生年三十三にて、供奉したりけるが、三月四日入洛し、同廿一日上人の庵室にま 0000_,31,176a04(00):いりて、合戰度度のつみを懺悔し、念佛往生の道をうけたまはりてのちは、但信稱名の行者となり 0000_,31,176a05(00):にければ、本國にくだりても、をこたりなかりけるに、ある人熊谷の入道津戸の三郎は無智のもの 0000_,31,176a06(00):にて、餘行かなひがたければこそ、念佛ばかりをばすすめ給らめ、有智の人には、かならずしも念 0000_,31,176a07(00):佛にはかぎるべからずと申けるを、爲守つたえききて、上人にたづね申けるついでに、條條の不審 0000_,31,176a08(00):を申いれけり。上人の御返事云 0000_,31,176a09(00):一、熊谷の入道、津戸の三郎は、無智のものなればこそ但念佛をばすすめたれ。有智の人には、か 0000_,31,176a10(00):ならずしも念佛にはかぎるべからずと申よし、きこえてさふろふらむ。極たるひが事に候。その 0000_,31,176a11(00):ゆへは、念佛の行は、もとより有智無智にかぎらず彌陀のむかしちかひ給し本願も、あまねく一 0000_,31,176a12(00):切衆生のためなり。無智のためには念佛を願じ、有智のためには餘の深き行を願じ給ことなし。 0000_,31,176a13(00):十方衆生の句にひろく有智無智、有罪無罪、善人惡人、持戒破戒、かしこきもいやしきも及至み 0000_,31,176a14(00):なこもれるなり。されば往生のみちをとたづね候人には、有智無智を論ぜず、みな念佛の行ばか 0000_,31,176a15(00):りを申候也。しかるにそら事をかまへて、さやうに念佛を申ととめむとするものはさきのよに念 0000_,31,177a01(00):佛三昧淨土の法門をきかず、のちの世にまた三惡道へかへるべきもののしかるべくて、さやうの 0000_,31,177a02(00):事をばたくみ申ことにて候なり。そのよし聖敎に見えて候。見有修行起嗔毒方便破壊競生怨 0000_,31,177a03(00):如此生盲闡提輩、毀滅頓敎永沈淪、超過大地微塵劫未可得離三途身と申たるなり。此文 0000_,31,177a04(00):の心は、淨土をねがひ、念佛を行ずるものを見ては、いかりをおこし、毒心をふくみて、はかり 0000_,31,177a05(00):ごとをめぐらし、やうやうの方便をなして念佛の行をやぶりてあらそひてあだをなし、これをと 0000_,31,177a06(00):どめむとするなり。かくのごときのひとは、むまれてより、このかた佛法の眼しゐて佛の種をう 0000_,31,177a07(00):しなへる闡提のともがらなり。みだの名號をとなへて、ながき生死をたちまちにきりて、常住の 0000_,31,177a08(00):極樂に往生すといふ、頓敎の御のりをそしりほろぼして、この罪によりて、三惡道にしづみて、 0000_,31,177a09(00):大地微塵劫をすぐとも、ながく三惡道の身を、はなるべからずといへるなり。さればさようにそ 0000_,31,177a10(00):ら事をたくみて申候らん人をばかへりてあはれむべきなり。さほどのものの申さむによりて、念 0000_,31,177a11(00):佛にうたがひをなし不信をおこさんものは、いふにたらぬ程の事にてこそは候はめ。おほかた彌 0000_,31,177a12(00):陀に緣あさく往生に時いたらぬものは、きけども信ぜず。をこなふをみてはらをたて、いかりを 0000_,31,177a13(00):ふくみて、さまたげむとすることにて候なり。その心をえていかに人申とも、御心ばかりはゆる 0000_,31,177a14(00):がせ給べからず。あながちに信ぜさらむは、佛猶ちからをよび給まじ。いかにいはむや凡夫のち 0000_,31,177a15(00):から及候まじき事なり。かかる不信の衆生を利益せむとおもはむにつけても、とく極樂へまいり 0000_,31,178a01(00):て、さとりをひらきて生死にかへりて、誹謗不信のものをもわたして、一切衆生、あまねく利益 0000_,31,178a02(00):せんとおもふべき事にて候也 0000_,31,178a03(00):一、念佛を申させ給はむには、心をつねにかけて口にわすれずとなふるが、めでたきことにて候な 0000_,31,178a04(00):り。たとひ身もきたなく、口もきたなくとも、心をきよくして、申させ給はむ事、返返神妙候。 0000_,31,178a05(00):ひまなくさように申させ給らむこそ、返返めでたく候へ。いかならむときなりとも、わすれずし 0000_,31,178a06(00):て申させ給はば、往生の業に、かならずなり候はむずる也。いかなる時にも、申されざらむをこ 0000_,31,178a07(00):そ、ねんじて申さばやとおもひ候べきに、申されんをねんじて、申させ給はぬことはいかでか候 0000_,31,178a08(00):べき。ただいかなるをりもきらはず、申させ給べし 0000_,31,178a09(00):一、あらぬ行、ことさとりの人にむかひて、いたくしゐておほせらるること候まじ。異解異學の人 0000_,31,178a10(00):をみては、これを恭敬して、かるしめあなづる事なかれと申たることにて候也。阿彌陀佛に緣な 0000_,31,178a11(00):く、極樂淨土にちぎりすくなからん人の、信もおこらず。ねがはしくもなからんには、ちからを 0000_,31,178a12(00):よばずただ心にまかせて、いかなるをこなひをもして、後生たすかりて、三惡道をはなるること 0000_,31,178a13(00):を人の心にしたがひてすすめ候べきなり。又ちりばかりも、かなひぬべからん人には、阿彌陀佛 0000_,31,178a14(00):をすすめ、極樂をねがはすべきにて候ぞ。いかに申すとも、このよの人の、念佛にあらでは、極 0000_,31,178a15(00):樂にむまれて、生死をはなるる事は候まじきなり。もしはそしり、もしは信ぜざらむものをぱ、 0000_,31,179a01(00):こはからでこしらふべきにて候なり。已上取詮この御返事を給てのちはいよいよ念佛の外他事なかり 0000_,31,179a02(00):けるを見うらやみて、專修念佛の行人、かの國中に三十餘人までになりにければ、此よしを上人 0000_,31,179a03(00):へ申いれけるに、上人御返事云、專修念佛の人は、よにありがたく候に、その一國に三十餘人ま 0000_,31,179a04(00):で候らんこそ、まめやかにあはれに候へ。京邊などの、つねにききならひ、かたはらをもみなら 0000_,31,179a05(00):ひ候ぬべき所にて候にだにも、おもひきりて專修念佛する人は、ありがたきことにて候。道綽禪 0000_,31,179a06(00):師の平州と申候所こそ、一向念佛の地にては候しが。専修念佛三十餘人はよにありがたく覺候。 0000_,31,179a07(00):これひとへに御ちから、又態谷の入道などのゆへにてこそ候なれ。それも時のいたりて、往生す 0000_,31,179a08(00):べき人の、多候べきゆへにこそ候らめ。緣なきことは、わざと人のすすめ候にだにも、かなはぬ 0000_,31,179a09(00):ことにて候へば、まして子細もしらせ給はぬ人などの、仰られむによるべき事にても候はぬに、 0000_,31,179a10(00):もとより機緣純熟して、時いたりたることにて候へばこそ、さほど專修の人なむどは候らめと、 0000_,31,179a11(00):をしはかられ候。念佛往生の誓願は、平等の慈悲に住して發給たる事なれば、人をきらふことは 0000_,31,179a12(00):さふらはぬなり。佛の御心は、慈悲をもて體とする事にて候なり。されば觀無量壽經には、佛心 0000_,31,179a13(00):といふは、大慈悲これなりととかれて候。善導和尚この文をうけて、此平等の慈悲をもてば、あ 0000_,31,179a14(00):まねく一切を攝すと釋し給へり。一切の言ひろくして、もるる人候べからず。されば念佛往生の 0000_,31,179a15(00):願は、これ彌陀如來の本地の誓願なり。餘の種種の行は、本地のちかひにあらず。釋迦も世に出 0000_,31,180a01(00):給事は、彌陀の本願をとかむと思食御心にて候へども、衆生の機緣にしたがひ給ふ日は、餘の種 0000_,31,180a02(00):種の行をも説たまふはこれ隨機ののりなり。佛のみづからの御心のそこには候はず。されば念佛 0000_,31,180a03(00):は彌陀にも利生の本願、釋迦にも出世の本懷なり。餘の種種の行には似ず候也已上取詮この仰をうけ 0000_,31,180a04(00):たまはりしのちは、ますますいさみをなし念佛の外他事なかりき 0000_,31,180a05(00):第一圖 0000_,31,180a06(00):津戸の三郞、上人の門弟淨勝房、唯願房等の僧衆、少少申くだして、念佛の先逹として、不斷念 0000_,31,180a07(00):佛をはじめおこなひけるを、爲守聖道の諸宗を謗じ、專修念佛を興するよし、元久二年の秋のこ 0000_,31,180a08(00):ろ、征夷將軍右大臣實朝公に、あらぬさまに、讒し申ものありて、召尋らるべきよし、きこえければ、爲 0000_,31,180a09(00):守おどろきて、もしさる事あらば、いかが申上候べき。難答の詞、假令の樣を假名眞名に、くはし 0000_,31,180a10(00):くしるし給べきむね、飛脚をもて、上人に申入たりければ、上人御返事云、念佛のこと、いまだく 0000_,31,180a11(00):はしく、ならはせ給はぬことにて候へば、專修雜修の間のことは、くわしき沙汰候はずとも、召と 0000_,31,180a12(00):はれさふらはば、法門の委事はしり候はず、御京上の時うけたまはりわたりて、聖のもとへまかり 0000_,31,180a13(00):候て、後世の事をば、いかがし候べき、在家のものなどの、後生たすかり候ぬべきことは、なに事 0000_,31,180a14(00):か、候らんと、問候ひしかば、ひじりの申候しやうは、生死をはなるるみちは、やうやうに多候へ 0000_,31,180a15(00):ども、そのなかに極樂に往生する、これ佛の衆生をすすめて、生死をいださせ給ふ一の道なり。し 0000_,31,181a01(00):るに極樂に往生する行、又やうやうに多候へども、そのなかに念佛は、これ、彌陀の一切衆生のた 0000_,31,181a02(00):めに、みづからちかひ給たりし、本願の行なれば、往生の業にとりては、念佛にしくはなし。往生 0000_,31,181a03(00):せむとおもはば、念佛をこそは、せめと申候き。何況、又在家のものの、法門をもしらず、智惠も 0000_,31,181a04(00):なからんものは、念佛の外には、なにことをして、往生すべしと、いふことなし。わがをさなくよ 0000_,31,181a05(00):り、法門をならひたるものにてあるだにも、念佛よりほかに、又なにごとをして、往生すべしとも 0000_,31,181a06(00):おぼへねば、ただ念佛ばかりをして、彌陀の本願をたのみて、往生せむとおもひてあるなり。まし 0000_,31,181a07(00):て在家の者などは、なにことかあなむと、申候しかば、ふかくそのよしを、たのみ候て、念佛をつ 0000_,31,181a08(00):かまつり候なり。又、この念佛を申ことは、ただ、わが心より、彌陀本願の行なりと、さとりて、 0000_,31,181a09(00):申事にもあらず。唐のよに、善導和尚と申候し人の、往生の行業にをいては、專修雜修と申、二の 0000_,31,181a10(00):行をわかちて、すすめ給へるなり。專修といふは、念佛也。雜修といふは、念佛の外の行なり。專 0000_,31,181a11(00):修のものは、百人は、百人ながら往生し、雜修の者は、千人が中に、わづかに一二人あり、といへ 0000_,31,181a12(00):るなり。唐土に又信中と申もの、このむねをしるして、專修淨業文といふ文をつくりて、唐土の諸 0000_,31,181a13(00):人をすすめたり。專修につゐて五種の專修正行といふことあり。この五種の正行について又正助二 0000_,31,181a14(00):行をわかてり。正業といふは、五種の中の第四の念佛なり。助業といふはそのほかの四の行なり。 0000_,31,181a15(00):いま決定して淨土に往生せんと思はば、專雜二種のなかには、專修のおしへによりて、一向に念佛 0000_,31,182a01(00):すべし。正助二業の中には正業のすすめによりて、ふた心なくただ第四の稱名念佛をすべしと申候 0000_,31,182a02(00):しかば、くはしきむね、ふかき心をぱしり候はず、さては念佛はめでたき事にこそあむなれと信じ 0000_,31,182a03(00):て、申候ばかりに候。件の善導和尚と申人は、うぢある人にはさふらはず、阿彌陀佛の化身にてを 0000_,31,182a04(00):はしまし候なれば、おしへすすめさせ給はん事、よもひがごとにては候はじとふかく信じまいらせ 0000_,31,182a05(00):て、念佛はつかまつり候なり。そのつくらせ給て候なる文ども多候なれども、文字もしり候はぬも 0000_,31,182a06(00):のにて候へば、ただ心ばかりを聞候て、後生やたすかり候。往生やし候とて、申候程に、ちかきも 0000_,31,182a07(00):のとも見うらやみ候て、少少申ものども候也と、これらほどに申させ給べし。なかなかくはしく申 0000_,31,182a08(00):させ給はば、あやまちもありなんどして、あしき事もこそ候へ、やうやうに難答をしるしてと候へ 0000_,31,182a09(00):ども、時にのぞみてはいかなる詞どもか候はんずらむに、かきてまいらせて候はんむもあしくさふ 0000_,31,182a10(00):らひぬべく候。ただよくよく御はからひ候て、早晩よきやうにこそ、はからはせ給はめ。又念佛申 0000_,31,182a11(00):すべからずと仰られて候とも、往生に心ざしあらむ人はそれにより候まし。念佛いよいよ申せと仰 0000_,31,182a12(00):られ候とも道心なからむものは、それにより候まじ。とかくにつけて、いたく思食事候まじ。いか 0000_,31,182a13(00):ならむにつけてもこのたび往生しなんと、人をばしらず、御身にかきりては思食べし。殿は道理ふ 0000_,31,182a14(00):かくしりて、ひが事はおはしまさぬことにて候と申あひて候へば、これらほどに聞食さんに、念佛 0000_,31,182a15(00):ひが事にてありけり。いまはな申そと仰らる事はよも候はじ。さらざらん人は、いかに申ともおも 0000_,31,183a01(00):ふとも、無益の事にてこそ候はんずれ已上取詮しかるに翌年四月廿五日に、信濃前司于時山城民部大夫行光が奉行 0000_,31,183a02(00):にて、くださるる御敎書云。津戸郷内建立念佛所、令居住一向專修輩之由、所聞食也。彼宗之 0000_,31,183a03(00):子細爲有御尋、爲宗之輩一兩人、早可被召進之状依仰執達如件。云云仍同月廿八日に、淨勝 0000_,31,183a04(00):房、唯願房等の念佛者をあひ具して法花堂のまへの、二棟の御所と號する、南向の廣廂に參候す。 0000_,31,183a05(00):重重の御たづねにつきて、津戸三郎は、上人御返事の趣を、そらにうかべて用意したる事なれば、 0000_,31,183a06(00):とどこほりなく申いれけるに、淨勝房等の念佛者は、年來所學の道なれば、法藏比丘因位のむかし 0000_,31,183a07(00):より、彌陀如來成佛のいまにいたるまで、凡夫往生のみちくらからず述申ければ、面面に立申むね 0000_,31,183a08(00):ことごとく聞食ひらかれけるによりて、專修の行においては、しさいあるべからず。もとのごとく 0000_,31,183a09(00):つとめ行べきよし、仰出されしのちはいよいよ念佛の行をこたりなかりしかば、建保七年正月、右 0000_,31,183a10(00):府薨逝のとき、二品禪尼の御はからひとして、かの御骨をこのところにわたしたてまつられければ 0000_,31,183a11(00):ひとへにかの御菩提をそ、とぶらひ申ける 0000_,31,183a12(00):第二圖 0000_,31,183a13(00):爲守ふかく上人の勸化を信じ、ひとへに極樂の往生をねがひて、ふた心なく念佛しけるが、おな 0000_,31,183a14(00):じくは出家の本意をとげばやと思けるに、關東の免許なかりければ、在俗のかたちながら、法名を 0000_,31,183a15(00):つき、戒をうけ、袈裟をたもつべきよし、上人にのぞみ申入ければ、その心ざしをあはれみて、寬 0000_,31,184a01(00):印供奉のかかれたる、戒本十重禁の次第、ならびに上人抄記の、三聚淨戒のむねなとをしるしくだ 0000_,31,184a02(00):され、又袈裟をつかはし、尊願といふ法名をくだされにけり。此御返事を給はりてのちは、偏に出 0000_,31,184a03(00):家のおもひをなして念佛す。又そののち上人所持の念珠を所望しける御返事には、これ程に思食事 0000_,31,184a04(00):は、此世ひとつのことにはあらず。さきのよのふかきちぎりとあはれに候。かまへて極樂にこのた 0000_,31,184a05(00):びまいりあはせ給べし。つねにもちて候ずすまいらせ候。御念佛おこたらず、せさせおはしますべ 0000_,31,184a06(00):しと。云云取詮又ある時の御文には、このたびかまへて往生しなむと思食さるべく候。うけがたき人 0000_,31,184a07(00):身すでにうけたりあひかたき念佛往生の法門にあひたり。娑婆をいとふ心あり。極樂をねがふ心を 0000_,31,184a08(00):こりたり。彌陀の本願ふかし。往生は御心にあるべきなり。ゆめゆめ御念佛おこたらず決定往生の 0000_,31,184a09(00):よしを存ぜさせ給べし。云云 これらの御文どもを、にしきの袋にいれて、身をはなたざりけり。し 0000_,31,184a10(00):かるべき事にや、建保七年正月、右丞相實朝公 薨逝のとき、免許をかふりて出家をとげ、上人より 0000_,31,184a11(00):しるしくだされける法名をつきて、尊願とぞ申ける。上人往生ののちは、日にしたがひて極樂のこ 0000_,31,184a12(00):ひしく、年をおひて穢土のいとはしく覺けるままには、此御文をとりいだし拜見しては、とくむか 0000_,31,184a13(00):へさせ給へと申けれども、むなしく歳月を送けるあひだ、上人の門弟淨勝房以下の僧衆をもて、仁 0000_,31,184a14(00):治三年十月廿八日より、三七日の如法念佛をはじめ、十一月十八日結願の夜半に、道場にして高聲 0000_,31,184a15(00):念佛しみづから腹をきりて、五臟六腑をとりいだし練大口につつみて、しのびてうしろの河にすて 0000_,31,185a01(00):させにけり。夜陰の事なれば人更にこれをしらず。そののち衆にむかひて、かやうに出家籠居して 0000_,31,185a02(00):大臣殿の御ぼだいをとぶらひ申につけても、主君の御なごりも、こひしくましますうへ、上人も極 0000_,31,185a03(00):樂にかならずまいりあへと仰の侍しに、いままで往生せずして、穢土のすまゐかたかた無益也。釋 0000_,31,185a04(00):尊も八十の御入滅、上人も八十の御往生、尊願又滿八十なり。第十八は念佛往生の願なり。今日又 0000_,31,185a05(00):十八日なり。如法念佛の結願にあたりて、今日往生したらむは、殊勝の事なるべしなと申ければ、 0000_,31,185a06(00):かかる用意とはおもひもよらず。只あらましの詞と心得て、まことにめでたくこそ候はめと返答し 0000_,31,185a07(00):けるに、その夜もあけ、十九日にもなりぬ。敢て苦痛なし只今臨終すべき心ちもなかりければ、子 0000_,31,185a08(00):息の民部大夫守朝をよぴて、きりたるはらをひきあけて、まろきもといふものののこりて、臨終の 0000_,31,185a09(00):のぶるとおぼゆるなり。よりて見よと申ける時ぞ、はじめて人しりにける。心さきの程に、まろき 0000_,31,185a10(00):ものあるよしを申ければ手をいれてひききりてなげすてて、これがのこれる故に、臨終はのぶるな 0000_,31,185a11(00):るべしとぞ申ける。人人おどろきあはてければ、娑婆のいとはしく、極樂のねがはしき心ざし日に 0000_,31,185a12(00):したがひていやまさりなれば、いま一日もとくまいりたくて、かくはからひぬるよしを、かきくど 0000_,31,185a13(00):き申ければ、まことに願往生の心ざしの熾盛なるありさま、みる人みな涙をながさぬはなし。すこ 0000_,31,185a14(00):しきのいたみもなくて念佛しけるが、七日までのびければ、うがいの水のかよふゆへなるべしとて、 0000_,31,185a15(00):うがいをととめて、塗香を用けるが、氣力も更におとろへず。程なく疵も愈へにける、のちには時 0000_,31,186a01(00):時行水を用けるとかや。正月一日にもなりにければ、死せずしては、往生すべきみちなきゆへに、 0000_,31,186a02(00):尊願は正月一日の祝には、臨終の儀式をならして、としひさしくなれり。日來のあらましたがはず 0000_,31,186a03(00):して、今日往生すべき故に延引しけるとよろこびて、しきりに念佛しけれども、その日もすぎ次の 0000_,31,186a04(00):日も又くれぬ。只今臨終すべき心ちもなかりければ、上人の御文を又とりいだして、往生ののちは 0000_,31,186a05(00):思出べきなり。かならず極樂にまいりあへと自筆の御文にのせられながら、いそぎまいらむと心を 0000_,31,186a06(00):つくし侍に、をそくむかへさせ給ことの心うく侍よし、連日になげき申けるが、正月十三日の夜の 0000_,31,186a07(00):ゆめに來十五日午尅に迎べきよし、上人きたりてつげ給とみる。さめてこれをかたり歡喜のなみだ 0000_,31,186a08(00):をながしけり。件の日になりにしかば、上人より給たる袈裟をかけ、念珠をもちて西にむかひ端坐 0000_,31,186a09(00):合掌して、高聲念佛數百反をとなへ、午の正中に、念佛とともに息たえぬ。紫雲空にそびき、異香 0000_,31,186a10(00):室にみつ。荼毘の庭にいたるまで、そのにほひなをきえざりけり。腹をきりて後水漿をたちて、五 0000_,31,186a11(00):十七日氣力つねのごとくして、いたむ所なく、つゐに往生をとげにける不思議の事なり。抑いまの 0000_,31,186a12(00):するところの自害往生、水漿をたちてのち、五十餘日をふること、殆信をとりがたしといへども、 0000_,31,186a13(00):かの子孫、上人の御消息、ならびに念珠袈裟等を相傳して、披露する事世もてかくれなし。ただこ 0000_,31,186a14(00):れ尊願が不思議の奇特をのこするばかりなり。餘人さらにこのみ行せよとにはあらず。凡上代上機 0000_,31,186a15(00):の事はしばらくこれをさしをく、末代當世の行者は機根よはきゆへに、たとひ思たつものありとも 0000_,31,187a01(00):その期にのぞみてもし後悔の一念もおこりぬべし。しからばなにの詮かあらん。上人もいけらば念 0000_,31,187a02(00):佛の功つもり、しなぱ往生うたがはず、とてもかくても、此身にはおもひわづらふ事ぞなきと心得 0000_,31,187a03(00):て、ねんごろに念佛して、畢命を期とせよとこそ、禪勝房にはさづけられけれ。鎭西の聖光房も、 0000_,31,187a04(00):自害往生、燒身往生、入水往生、斷食往生等の事、末代には斟酌すべしと、いましめをかれけると 0000_,31,187a05(00):かや。ゆめゆめこのみ行すべからず、ふかく上人の勸化を信じて、念念相續、畢命爲期の行を、つ 0000_,31,187a06(00):とむべきものなり 0000_,31,187a07(00):第三圖 0000_,31,187a08(00):法然上人行状畫圖 第二十九 0000_,31,187a09(00):比叡山西塔の南谷に、鐘下房の少輔とて、聰敏の住侶ありけり。弟子の兒にをくれて、眼前の無 0000_,31,187a10(00):常におどろき、交衆ものうくおぼえければ、三十六のとし遁世して、上人の弟子となり、成覺房幸 0000_,31,187a11(00):西と號しけるが、淨土の法門をもとならへる天台宗にひきいれて、迹門の彌陀、本門の彌陀といふ 0000_,31,187a12(00):ことをたてて、十劫正覺といへるは迹門の彌陀と。本門の彌陀は無始本覺の如來なるがゆへに。我 0000_,31,187a13(00):等所具の佛性と、またく差異なし。この謂をきく一念にことたりぬ。多念の遍數、はなはだ無益な 0000_,31,187a14(00):りと云て、一念義といふ事を自立しけるを、上人、此義善導和尚の御心にそむけり。はなはだしか 0000_,31,188a01(00):るべからざるよし、制しおほせられけるを、承引せずして、なをこの義を興しければ、わが弟子に 0000_,31,188a02(00):あらずとて、擯出せられにけり 0000_,31,188a03(00):第一圖 0000_,31,188a04(00):兵部卿三位基親卿、ふかく上人勸進のむねを信じて、毎日五萬遍の數遍、をこたりなかりけるを 0000_,31,188a05(00):成覺房一念義をたてて、彼卿の數遍を難じければ、重重問答して成覺房の義ならびに所存をしるし 0000_,31,188a06(00):て、上人に尋申されける状云、念佛數遍、ならびに本願を信ずるやう、基親の愚案かくのごとく候 0000_,31,188a07(00):難者いはれなく覺候。此折紙に御存知のむね御自筆をもて、かき給はるべく候。難者にやぶらるべ 0000_,31,188a08(00):からざるがゆへなり。別解別行のひとにて候はば、みみにもいるべからず候に、御弟子等の説に候 0000_,31,188a09(00):へば、不審をなし候也。又念佛者は、女犯ははかるべからずと申あひだ在家は勿論也、出家はこは 0000_,31,188a10(00):く本願を信ずとて、出家のひとの女にちかづき候條、いはれなくさふらふか、善導はめをあげて、 0000_,31,188a11(00):女人を見るべからずとこそ候めれ、この事あらあら仰をかぶるべく候。基親は、只ひらに本願を信 0000_,31,188a12(00):じて、念佛を申候也。料簡も才學も候はざるゆへなり云云取詮彼註進の状云 0000_,31,188a13(00):基親取信本願之様 0000_,31,188a14(00):雙巻經上云、設我得佛、十方衆生、至心信樂、欲生我國、乃至十念、若不生者、不取正覺。 同 0000_,31,188a15(00):下云、聞其名字、信心歡喜、乃至一念、至心廻向、願生彼國、即得往生、住不退轉。 往生禮讃 0000_,31,189a01(00):云、今信知彌陀本弘誓願、及稱名號、下至十聲一聲等、定得往生、乃至一念、無有疑心。 0000_,31,189a02(00):觀經疏云、一者決定深信、自身現是罪惡、生死凡夫、曠劫已來、常沒常流轉、無有出離之緣、二 0000_,31,189a03(00):者決定深信、彼阿彌陀佛、四十八願、攝受衆生、無疑無慮、乘彼願力、定得往生。 此等の文を 0000_,31,189a04(00):案じ候て、基親罪惡生死の凡夫なりといへども、一向に本願を信じて、名號をとなへ候、毎日に五 0000_,31,189a05(00):萬遍なり。決定ほとけの本願に乘じて、上品に往生すべきよし、ふかく存知し候也。このほかべち 0000_,31,189a06(00):の料簡なく候。しかるにあるひと本願を信ずる人は一念なり。しかれば五萬反無益なり。これ本願 0000_,31,189a07(00):を信ぜざるなりと申。基親答曰、念佛一聲のほか百遍内至萬遍は、本願を信せずといふ文候やと。 0000_,31,189a08(00):難者云、自力にて往生はかなひがたし、ただ信をなしてのちは、念佛のかず無益なりと申。基親又 0000_,31,189a09(00):申云、自力往生とは他の雜行等をもて、願すと申さばこそは、自力とは申候はめ。したがひて善導 0000_,31,189a10(00):の疏云、上盡百年、下至一日七日、一心專念、彌陀名號、定得往生、必無疑と候めるは、百年念佛 0000_,31,189a11(00):すべしとこそは候へ。又上人の御房七萬遍をとなへしめまします、基親御弟子の一分たり。よてか 0000_,31,189a12(00):ずおほくとなへんと存候なり。ほとけの恩を報ずるなり。禮讃云、不相續念、報彼佛恩故、心生輕 0000_,31,189a13(00):慢、雖作業行、常與名利相應故、人我自覆、不親近同行善知識故、樂近雜緣、自障障他往生正行故 0000_,31,189a14(00):云云佛恩を報ずとも、念佛の數遍おほく申べしと、見えたりと申 云云 0000_,31,189a15(00):第二圖 0000_,31,190a01(00):上人御返事云、仰旨謹奉候畢。御信をとらしめ給やう、折紙具に拜見候に一分も愚意の所存にた 0000_,31,190a02(00):がはず候。ふかく隨喜したてまつり候なり。近來一念の外の數遍無益なりと申義出來候、勿論不足 0000_,31,190a03(00):言の事に候。文釋をはなれて義を申人すでに證を得候歟、如何尤も不審候。またふかく本願を信ず 0000_,31,190a04(00):るもの、破戒もかへり見るべからざるよしのこと、これ又とはせ給にも不可及事歟。附佛法の外 0000_,31,190a05(00):道ほかにもとむべからず。凡は近來念佛の天魔きおひきたりて、かくのごときの狂言いできたり候 0000_,31,190a06(00):歟。なをなを左右にあたはず候云云取詮 0000_,31,190a07(00):第三圖 0000_,31,190a08(00):成覺房弟子等、越後國にして、一念義をたてけるを、上人弟子光明房といふひじり、多念の行者 0000_,31,190a09(00):なりけるが心えぬ事におもひて、かの所述の法門をしるして、上人にうたへ申いれければ、御返事 0000_,31,190a10(00):云、一念往生の義、京中にも粗流布する所也。凡言語道斷のこと也。まことにほとほと御問に不 0000_,31,190a11(00):可及歟。所詮雙卷經の下に、乃至一念、信心歡喜といひ。又善導和尚は、上盡一形、下至十聲一聲 0000_,31,190a12(00):等、定得往生、乃至一念、無有疑心、といへる。此等の文を、あしく了簡するともがら、大邪見に 0000_,31,190a13(00):住して申候ところなり。乃至といふ、下至といへる、みな上盡一形をかねたることばなり。しかる 0000_,31,190a14(00):をちかごろ愚癡無智の輩、おほくひとへに十念一念なりと執して、上盡一形を癈する條、無慚無愧 0000_,31,190a15(00):の事也。まことに十念一念までもほとけの大悲本願、なをかならず引接し給ふ、無上の功德なりと 0000_,31,191a01(00):信じて一期不退に行ずべき也。文證多しといへどもこれをいだすにおよばず。いふにたらざる事也 0000_,31,191a02(00):ここにかの邪見の人、この難をかうぶりて答ていはく、わがいふところも、信を一念にとりて念ず 0000_,31,191a03(00):べきなり。しかりとて又念ずべからすとはいはすといふ、これまた詞は尋常なるに似たりといへど 0000_,31,191a04(00):も心は邪見をはなれず、しかるゆへは、決定の信をもて一念してのちは、又念ぜすといふとも、十 0000_,31,191a05(00):惡五逆なを障をなさず。いはんや餘の小罪をやと信ずべきなりといふ。此おもひに住せむものは、 0000_,31,191a06(00):たとひおほく念ずといふとも、阿彌陀佛の御心にかなはんや。いづれの經論人師の説ぞや。これひ 0000_,31,191a07(00):とへに、懈怠無道心、不當不善のたぐひの、ほしきままに惡をつくらむとおもひて申いだせる事也 0000_,31,191a08(00):をよそかくのごときの人は、附佛法の外道なり。師子のなかの虫なり。又うたがふらくは、天魔波 0000_,31,191a09(00):旬のために、精氣をうばはるるともがらの、もろもろの往生のひとをさまたげんとする歟。尤あや 0000_,31,191a10(00):しむべし。ふかくおそるべきものなり。毎事筆端につくしがたし 謹言已上取詮 0000_,31,191a11(00):第四圖 0000_,31,191a12(00):光明房の状につきて、上人、一念義停止の起請文をさだめらる。かの状云、當世念佛門におもむ 0000_,31,191a13(00):く行人等のなかに、おほく無智誑惑のともがらあり。いまだ一宗の癈立しらず、一法の名目にをよ 0000_,31,191a14(00):ばず、心に道心なく、身に利養をもとむ。これによりて恣に妄語をかまへて諸人を迷亂す。ひとへ 0000_,31,191a15(00):にこれを渡世の計として、またく來生の罪をかへり見ず。かたましく一念の僞法をひろめて、無行 0000_,31,192a01(00):のとがを謝し、あまさへ無念の新義をたてて、なを一稱の小行をうしなふ。微善なりといへども善 0000_,31,192a02(00):根にをいてあとをけづり、重罪なりといへども、罪障にをいていよいよ勢をます。刹那五欲の樂を 0000_,31,192a03(00):うけむがために、永劫三途の業をおそれず。人を敎示していはく、彌陀の願をたのむものは、五逆 0000_,31,192a04(00):を憚ることなし、こころにまかせてこれをつくれ。袈裟を着べからず。よろしく直垂をきるべし。 0000_,31,192a05(00):婬肉を斷ずべからず。恣に鹿鳥を食べし。云云弘法大師、異生羝羊心を釋して云、ただ婬食をおも 0000_,31,192a06(00):ふことかの羝羊のごとし。云云このともからただ弊欲にふけること、ひとへにかの類歟。十住心の 0000_,31,192a07(00):なかの三惡道の心なり。たれかこれをあはれまざらんや。ただ餘敎を妨のみにあらず、かへりて念 0000_,31,192a08(00):佛の行を失ふ。懈怠無慚の業をすすめて捨戒還俗の義をしめす。この本朝には外道なし、これすで 0000_,31,192a09(00):に天魔のかまへなり。佛法を破滅し、世人を惑亂す。妄語をかまへていはく、然上人の七萬遍の念 0000_,31,192a10(00):佛は、ただこれ外の方便なり。内に實義あり、人いまだこれをしらず。所謂こころに彌陀の願をし 0000_,31,192a11(00):れば、身かならず極樂に往生す。淨土の業ここに滿足しぬ。このうへになんぞ一遍なりといふとも 0000_,31,192a12(00):かさねて名號を唱ふべきや。かの上人の禪房にをいて、門人等二十人ありて、祕義を談ずるところ 0000_,31,192a13(00):に、淺智の類は、性鈍にしていまださとらず、利根のともがらわづかに五人この深法を得たり。わ 0000_,31,192a14(00):れその一人なり。かの上人の己心中の奧義なり。容易これをさづけず、器をえらびて、傳授せしむ 0000_,31,192a15(00):べし云云。風聞の説もし實ならば、皆以虚言なり。迷者をあはれまむがために今誓言をたつ。貧道 0000_,31,193a01(00):もしこれを祕して、いつはりてこのむねをのべ、不實のことをしるさば、十方の三寶、まさに知見 0000_,31,193a02(00):をたれ、毎日七萬遍の念佛むなしくその利益をうしなはむ。圓頓行者のはじめより實相を緣ずる、 0000_,31,193a03(00):六度萬行を修して無生忍にいたる。いづれの法か、行なくして證をうるや。乞願はこの疑網に墮せ 0000_,31,193a04(00):むたぐひ、邪見の稠林をきりて、正直の心地をみがき、將來の鐵城をのがれて、終焉の金臺にのぼ 0000_,31,193a05(00):るべし。胡國程遠し、思を雁札に通ず。北陸境はるかなり。心を像敎にひらくべし。山川雲かさな 0000_,31,193a06(00):りて、面を千萬里の月にへだつれとも、化導緣あつくして、膝を一佛土の風にちかづけん。子細端 0000_,31,193a07(00):多し、毛擧にあたはざる而巳 承元三年六月十九日 沙門源空云云取詮 0000_,31,193a08(00):第五圖 0000_,31,193a09(00):法然上人行状畫圖 第三十 0000_,31,193a10(00):上人の師範、功德院の肥後阿闍梨皇圓は、叡山杉生法橋皇覺の弟子にて、顯密の碩才なりき。し 0000_,31,193a11(00):かるにつらつら思惟すらく、自身の機分をはかるに、このたびたやすく生死を出べからず、もした 0000_,31,193a12(00):びたび生をあらためば、隔生即忘して、さだめて佛法をわするべし。今たまたま人身をうくといへ 0000_,31,193a13(00):ども、恨らくは二佛の中間にして、なほ生死に輪廻せんことを。しかし長命の報を得て、慈尊の出 0000_,31,193a14(00):世にあはむには、命ながきもの、蛇にすぎたるはなし、我かならず、大蛇の身をうくべし。但大海 0000_,31,194a01(00):は金翅鳥の恐あり、池にすまんとおもひて、遠江國笠原庄に、さくらの池といふ池を、かの所の領 0000_,31,194a02(00):家に申うけて、放文をとり、命終のとき、水をこひ掌の中に入てをはりにけり。其後雨ふらず風ふ 0000_,31,194a03(00):かざるに彼の池にはかに水まさり、大なみたちて池中のちりもくず悉はらひあぐ、諸人耳目ををど 0000_,31,194a04(00):ろかすよしかの所より領家にしるし申たりければ、その日時をかんがへらるるに、彼闍梨命終の日 0000_,31,194a05(00):時にてぞ有ける。當時にいたるまで、しづかなる夜は池に振鈴の音きこゆなどぞ申つたへ侍る。末 0000_,31,194a06(00):代にはかかるためし、ありがたくや侍るらん。上人の給けるは、智惠ありて、生死の出がたきこと 0000_,31,194a07(00):をしり、道心ありて慈尊にあはん事をねがふといへども、よしなき畜趣の生を感ぜること、しかし 0000_,31,194a08(00):ながら淨土の法門をしらざるゆへなり。源空そのかみ此法をたづねえたらましかば、信不信をかへ 0000_,31,194a09(00):りみずさづけ申なまし。極樂に往生ののちは十方の國土心に任て經行し、一切の諸佛、おもひにし 0000_,31,194a10(00):たがひて供養す。何ぞ必しもひさしく穢土に處することをねがはんや。彼闍梨はるかに後佛の出世 0000_,31,194a11(00):を期していたづらにいけにすみ給はんこと、いたはしきわざなりとぞ仰られける 0000_,31,194a12(00):第一圖 0000_,31,194a13(00):妙覺寺に淨心房とてさかしきひじりありき。道心ふかきよしにて、寺門を出ず、念佛を行ずるあ 0000_,31,194a14(00):りさま常の人にこえたり、歸依する人雲霞のごとし。五十ばかりにて他界しけるに、臨終散散なり 0000_,31,194a15(00):けり。人人これをあやしみて、妙覺寺の上人だにも往生せず、いはんや餘人をやと申あひけるを、 0000_,31,195a01(00):上人聞給て、いざしらず、虚假の行者にてやありつらむと、仰られけり。其後四十九日の佛事に、 0000_,31,195a02(00):上人を請じたてまつりて唱導とす。日來の所化どもあつまりて種種の捧物をささげげるなかに、常 0000_,31,195a03(00):隨の弟子衣箱を取出て、これは先師年來の所持物なり、ことさらとて御布施にたてまつれり。件の 0000_,31,195a04(00):箱には布の衣袴の尋常なると、布の七帖の袈裟、ならひに十二門の戒儀をふかくをさめたりけり。 0000_,31,195a05(00):上人仰られけるは、日來源空が申つることばたがはさりけり。このひじりゆゆしき虚假の人なりけ 0000_,31,195a06(00):り。この所持物をみるに德たけて人にたうとがられて、戒師にならむとおもふ心にておこなひける 0000_,31,195a07(00):なりとの給ければ、人みな不審をひらきけり 0000_,31,195a08(00):第一圖 0000_,31,195a09(00):治承四年十二月二十八日、本三位中將重衡卿、父平相國の命によりて、南都をせめしとき、東大 0000_,31,195a10(00):寺に火かかりしかば、大伽藍忽に灰燼と成にき。其後元暦元年二月七日、一谷の合戰に、彼中將い 0000_,31,195a11(00):けどられて、都へのぼりて、大路をわたされ、さまざまのことありき。後生菩提の事を申あはせむ 0000_,31,195a12(00):ために、其請ありければ、上人おはして對面し給て、戒などさづけ申されて、念佛のことくわしく 0000_,31,195a13(00):敎導ありけり。このたび生ながらとられたりけるは、いま一度上人の見參に入べきゆへにて侍りけ 0000_,31,195a14(00):るとて、かぎりなくよろこび申されけり。受戒の布施とおぼしくて雙紙筥をとり出て、上人の前に 0000_,31,195a15(00):さしをきて申されけるは、御要たるべき物には侍らねども御目ちかき所にをかせ給て、かつは重衡 0000_,31,196a01(00):が餘波とも御覧し、且は思食出候はんたびには、とりわき御廻向あるべきよしを申さるる、上人そ 0000_,31,196a02(00):のこころざしを感じて、うけとりて出給にけり 0000_,31,196a03(00):第三圖 0000_,31,196a04(00):東大寺造営のために、大勸進のひじりの沙汰侍けるに、上人其撰にあたり給にければ、右大辨行 0000_,31,196a05(00):隆朝臣を御使にて大勸進職たるべきよし、法皇後白河の御氣色ありけるに、上人申されけるは、山 0000_,31,196a06(00):門の交衆をのがれて、林泉の幽栖をしめ侍ことは、しづかに佛道を修し、ひとへに念佛を行ぜんが 0000_,31,196a07(00):ためなり。もし勸進の職に居せば、劇務萬端にして素意もはらそむくべきよしを、かたく辭申され 0000_,31,196a08(00):けり。行隆朝臣その心ざしの堅固なるをみて、ことのよしを奏しければ、もし門徒の中に、器量の 0000_,31,196a09(00):仁あらば、擧申べきよしかさねて仰下されけるによりて、醍醐の俊乘房重源を擧申さる、つゐに大 0000_,31,196a10(00):勸進の職に補せられにけり 0000_,31,196a11(00):俊乘房、伊勢大神宮にまいりて、この願もし成就すべくば、その瑞相をしめし給へと所祈請しける 0000_,31,196a12(00):に、三七日のあかつきうちまどろめるに、唐裝束したる貴女、方寸の玉をさづけ給ふとおもひて、 0000_,31,196a13(00):さめてみれば、彼玉うつつに袖のうへにあり。重源これをえておほきによろこび珍祕す。其後天下 0000_,31,196a14(00):響のごとぐに應じて、財寶こころにまかせければ、ほどなく金銅の本尊もとのごとくみがきあらは 0000_,31,196a15(00):したてまつりにけり。重衡卿の上人に進ずるところの鏡を結緣のためとて送つかはしければ、佛を 0000_,31,197a01(00):鑄たてまつる爐のなかに入るに、飛出でつゐにわきあはざりけり。不思議の事とぞ申あひける。大 0000_,31,197a02(00):佛殿の正面の柱にうちつけて侍は、彼の鏡にてなむ侍なる 0000_,31,197a03(00):第四圖 0000_,31,197a04(00):壽永元暦のころ、源平のみだれによりて、命を都鄙にうしなふもの、其數をしらず。ここに俊乘 0000_,31,197a05(00):房、無緣の慈悲をたれて、かの後世のくるしみを救はんために、興福寺東大寺より始て、道俗貴賤 0000_,31,197a06(00):をすすめて、七日の大念佛を修しけるに、そのころまでは、人いまだ念佛のいみじき事をしらずし 0000_,31,197a07(00):て、すすめにかなふものすくなかりければ、俊乘房このことを歎て、人の信をすすめむがために、 0000_,31,197a08(00):建久二年のころ、上人を請じたてまつりて、大佛殿のいまだ半作なりける軒のしたにて、入唐の時 0000_,31,197a09(00):わたしたてまつれる、觀經の曼陀羅、ならびに淨土五祖の影を供養し、又淨土の三部經を講ぜさせ 0000_,31,197a10(00):たてまつりけるに、南都三論法相の碩學おほくあつまりけるなかに、大衆二百餘人をのをのはだに 0000_,31,197a11(00):腹卷を着して、高座のきはになみゐて、自宗の義を問かけて、謬あらば恥辱をあたへむと、支度 0000_,31,197a12(00):したりけるが、上人まづ三論法相の深義をのべ、次に淨土一宗の祕賾をこまやかに釋し給て、末代 0000_,31,197a13(00):の凡夫の出離の要法は、口稱念佛にしくはなし。もし念佛をそしらんともがらは、無間地獄におち 0000_,31,197a14(00):て、八萬大劫苦を受べきよし、觀佛經の説にまかせて、説給ければ、二百餘人の大衆よりはじめて 0000_,31,197a15(00):隨喜渇仰きはまりなし。東大寺の一和尚觀明房の已講理眞、ことに涙にむせびて、八旬のよはひま 0000_,31,198a01(00):でたもてる事は、ひとへに此事をきかむためなりとぞよろこび申ける。さてそのつゐでに、天台圓 0000_,31,198a02(00):頓の十戒を解説し給に、吾山は大乘戒、この寺は小乘戒とのべ給ければ大衆存外の氣色どもなりけ 0000_,31,198a03(00):れども、當時の古老の中に兼日に靈夢をしめすことありけるをさきだちて披露しけるによりて、斟 0000_,31,198a04(00):酌しけるにや、衆徒おのおの口をとぢて、別のことなかりけり 0000_,31,198a05(00):第五圖 0000_,31,198a06(00):上人やまとうたを事とし給はざりけれども、我國の風俗にしたがひて、法門によせては、ときどき 0000_,31,198a07(00):おもひをのべられるにや、あるひは門弟のなかにしるしをけるを申つたへ、あるひはてづからかき 0000_,31,198a08(00):つけ給へるを沒後に披露しける 0000_,31,198a09(00):春 0000_,31,198a10(00):さへられぬひかりもあるををしなへて 0000_,31,198a11(00):へたてかほなるあさかすみかな 0000_,31,198a12(00):夏 0000_,31,198a13(00):われはただほとけにいつかあふひくさ 0000_,31,198a14(00):こころのつまにかけぬ日そなき 0000_,31,198a15(00):秋 0000_,31,199a01(00):あみだ佛にそむる心のいろにいては 0000_,31,199a02(00):あきのこすゑのたくひならまし 0000_,31,199a03(00):冬 0000_,31,199a04(00):ゆきのうちに佛のみなをとなふれは 0000_,31,199a05(00):つもれるつみそやかてきえぬる 0000_,31,199a06(00):逢佛法捨身命といへることを 0000_,31,199a07(00):かりそめの色のゆかりのこひにたに 0000_,31,199a08(00):あふには身をもをしみやはする 0000_,31,199a09(00):勝尾寺にて 0000_,31,199a10(00):しはのとにあけくれかかるしらくもを 0000_,31,199a11(00):いつむらさきの色にみなさん此歌入玉葉集 0000_,31,199a12(00):極樂往生の行業には餘の行をさしをきてただ 0000_,31,199a13(00):本願の念佛をつとむべしといふことを 0000_,31,199a14(00):あみた佛といふよりほかは津のくにの 0000_,31,199a15(00):なにはのこともあしかりぬへし 0000_,31,200a01(00):極樂へつとめてはやくいてたたば 0000_,31,200a02(00):身のおはりにはまいりつきなん 0000_,31,200a03(00):あみた佛と心はにしにうつせみの 0000_,31,200a04(00):もぬけはてたるこゑそすすしき 0000_,31,200a05(00):光明遍照十方世界念佛衆生攝取不捨のこころを 0000_,31,200a06(00):月かけのいたらぬさとはなけれとも 0000_,31,200a07(00):なかむる人のこころにそすむ 此歌入續千載集 0000_,31,200a08(00):三心の中の至誠心のこころを 0000_,31,200a09(00):往生はよにやすけれとみなひとの 0000_,31,200a10(00):まことの心なくてこそせね 0000_,31,200a11(00):睡眠の時十念を唱へしといふ事を 0000_,31,200a12(00):あみた佛と十こゑとなへてまとろまむ 0000_,31,200a13(00):ながきねふりになりもこそすれ 0000_,31,200a14(00):上人てづからかきつけ給へりける 0000_,31,200a15(00):ちとせふるこまつのもとをすみかにて 0000_,31,201a01(00):無量壽佛のむかへをそまつ 0000_,31,201a02(00):おほつかなたれかいひけむこまつとは 0000_,31,201a03(00):雲をささふるたかまつの枝 0000_,31,201a04(00):いけのみつ人のこころににたりけり 0000_,31,201a05(00):にこりすむことさためなけれは 0000_,31,201a06(00):むまれてはまづおもひ出んふるさとに 0000_,31,201a07(00):ちぎりしとものふかきまことを 此歌入新千載集 0000_,31,201a08(00):阿彌陀佛と申はかりをつとめにて 0000_,31,201a09(00):淨土の莊嚴見るそうれしき 0000_,31,201a10(00):元久二年十二月八日 源空 0000_,31,201a11(00):法然上人行状畫圖 第卅一 0000_,31,201a12(00):上人の勸化、一朝にみち四海にをよぶ。しかるに門弟のなかに專修に名をかり本願に事をよせて 0000_,31,201a13(00):放逸のわざをなすものおほかりけり。これによりて。南都北嶺の衆徒念佛の興行をとどめ、上人の 0000_,31,201a14(00):化導を障礙せむとす。土御門院の御宇門徒のあやまりを師範におほせて、蜂起するよしきこえしか 0000_,31,202a01(00):ども、なにとなくてやみにしほどに、元久元年の冬のころ、山門大講堂の庭に三塔會合して、專修 0000_,31,202a02(00):念佛を停止すべきよし、座主大僧正眞性に訴申けり 0000_,31,202a03(00):第一圖 0000_,31,202a04(00):上人この事を聞給て、すすみては衆徒の欝陶をやすめ、しりぞきては弟子の僻見をいましめむた 0000_,31,202a05(00):めに、上人の門徒をあつめて、七箇條の事をしるし起請をなし、宿老たるともがら八十餘人をゑら 0000_,31,202a06(00):びて連署せしめ、ながく後證にそなへ、すなはち座主僧正に進ぜらる。件起請文云 0000_,31,202a07(00):あまねく予が門人念佛の上人につぐ 0000_,31,202a08(00):一、いまだ一句の文義をうかがはずして眞言止觀を破し餘の佛菩薩を謗ずることを停止すべき事 0000_,31,202a09(00):一、無智の身をもちて有智の人に對し、別解別行の輩にあひて、このみて諍論をいたす事を停止す 0000_,31,202a10(00):べき事 0000_,31,202a11(00):一、別解別行の人に對して、愚癡偏執の心をもちて、本業を棄置せよと稱して、あながちこれをき 0000_,31,202a12(00):らひわらふ事を停止すべき事 0000_,31,202a13(00):一、念佛門にをきては戒行なしと號して、もはら婬酒食肉をすすめ、たまたま律義をまもるをば雜 0000_,31,202a14(00):行人となづけて、彌陀の本願を憑ものは、造惡をおそるることなかれといふ事を停止すべきこと 0000_,31,202a15(00):一、いまだ是非をわきまへざる癡人、聖敎をはなれ、師説をそむきて、ほしきままに私の義をのべ 0000_,31,203a01(00):みだりに諍論をくはだてて、智者にわらはれ、愚人を迷亂する事を停止すべ事 0000_,31,203a02(00):一、愚鈍の身をもちて、ことに唱導をこのみ、正法をしらず種種の邪法をときて、無智の道俗を敎 0000_,31,203a03(00):化する事を停止すべき事 0000_,31,203a04(00):一、みづから佛敎にあらざる邪法をときて、いつはりて師範の説と號することを停止すべき事 0000_,31,203a05(00):元久元年甲子十一月七日沙門源空在判 0000_,31,203a06(00):信空 感聖 尊西 證空 0000_,31,203a07(00):源智 行西 聖蓮 見佛 0000_,31,203a08(00):道亘 導西 寂西 宗慶 0000_,31,203a09(00):西緣 親蓮 幸西 住蓮 0000_,31,203a10(00):西意 佛心 源蓮 源雲 0000_,31,203a11(00):欣西 生阿 安照 如進 0000_,31,203a12(00):導空 昌西 道也 遵西 0000_,31,203a13(00):義蓮 安蓮 導源 澄阿 0000_,31,203a14(00):念西 行首 尊淨 歸西 0000_,31,203a15(00):行空 道感 西觀 尊成 0000_,31,204a01(00):禪忍 學西 玄耀 澄西 0000_,31,204a02(00):大阿 西住 實光 覺妙 0000_,31,204a03(00):西入 圓智 導衆 尊佛 0000_,31,204a04(00):蓮惠 源海 安西 敎芳 0000_,31,204a05(00):詣西 祥圓 辨西 空仁 0000_,31,204a06(00):示蓮 念生 尊蓮 尊忍 0000_,31,204a07(00):業西 仰善 忍西 住阿 0000_,31,204a08(00):鏡西 仙空 惟西 好西 0000_,31,204a09(00):祥寂 戒心 顯願 佛眞 0000_,31,204a10(00):西尊 良信 禪空 善蓮 0000_,31,204a11(00):蓮生 阿日 靜西 度阿 0000_,31,204a12(00):成願 覺信 自阿 願西 0000_,31,204a13(00):連署の交名かくのごとし。執筆右大辨行隆息法蓮房信空也 0000_,31,204a14(00):又座主に進ぜらるる起請文云、近日の風聞にいはく、源空偏に念佛の敎をすすめて、餘の敎法を 0000_,31,204a15(00):そしる。諸宗これによりて凌夷し、諸行これによりて滅亡す。云云 この旨を傳聞に、心神驚怖す。 0000_,31,205a01(00):つゐに縡山門にきこえ議衆徒に及て、炳誡を加べきよし貫首へ送られ畢。此條一には衆勘をおそれ 0000_,31,205a02(00):一には衆恩をよろこぶ。おそるるところは、貧道の身をもちて、忽に山洛のいきどをりにをよぶ。 0000_,31,205a03(00):喜ところは、謗法の名をけして、ながく花夷の謗をとどめん。もし衆徒の糺斷にあらずば、爭貧道 0000_,31,205a04(00):の愁歎をやすめんや。凡彌陀の本願云、唯除五逆誹謗正法と。念佛をすすめむ輩、むしろ正法をそ 0000_,31,205a05(00):しらんや。僻説をもちて弘通し、虚誕をもちて披露せば、尤糺斷あるべし、尤炳誡あるべし。のぞ 0000_,31,205a06(00):むところなり。ねがふところなり。此等の子細、先年沙汰の時起請を進了。其後いまだ變ぜず、か 0000_,31,205a07(00):さねて陳ずるにあたはずといへども、嚴誡すでに重疊の間、誓状又再三にをよぶ。上件の子細、一 0000_,31,205a08(00):事一言、虚言をもちて會釋をまうけば、毎日七萬遍の念佛、むなしく其利をうしなひ、三途に墮在 0000_,31,205a09(00):して、現當二世の依身つねに重苦にしづみてながく楚毒を受了。伏乞當寺の諸尊、滿山の護法。證 0000_,31,205a10(00):明知見したまへ 源空敬白取詮 0000_,31,205a11(00):元久元年十一月七日 源空 0000_,31,205a12(00):第二圖 0000_,31,205a13(00):月輪殿この事を歎給て、座主大僧正に進ぜらるる御消息云、念佛弘通の間事。源空上人の起請消 0000_,31,205a14(00):息等山門に披露の後動靜如何。尤不審。如風聞者、餘行をとどむべきよし、勸進の條不可然云云 0000_,31,205a15(00):此條にをきては、善導の意此旨をのぶるに似たり。然而旨趣甚深也。行者おもふべし。抑諸宗成立 0000_,31,206a01(00):の法、をのをの自解を專にして餘敎をなんともせず、弘行の常の習、先德の故實也。これを異域に 0000_,31,206a02(00):とぶらへば、月氏にはすなはち護淸法辨空有の諍論、震旦には又慈恩妙樂權實の立破、是れ我國に 0000_,31,206a03(00):尋れば、弘仁の聖代に戒律大小のあらそひありき。天暦の御宇に諸法淺深の談あり、八宗きおひて 0000_,31,206a04(00):定準とし、三國傳て軌範とす。しかれども、あらかじめ末世の邪亂をかがみて、諸宗の對論をとど 0000_,31,206a05(00):められてよりこのかた、宗論ながく跡をけづり、佛法これがために安全なり。就中淨土の一宗にを 0000_,31,206a06(00):きては、古來の行者偏に無染無著の淨心を凝して、專修專念の一行に住す。他宗に對て執論をこの 0000_,31,206a07(00):まず、餘敎に比て是非を判ぜず、獨出離をねがひ、かならず往生をとぐる直道なり、但弘敎嘆法の 0000_,31,206a08(00):ならひ、聊又其心なきにあらざるか。所謂源信僧都、往生要集の中に三重の問答をいだして十念の 0000_,31,206a09(00):勝業をほむ。念佛の至要なる事この釋に結成せり。禪林の永觀、德惠心にをよばずといへども、行 0000_,31,206a10(00):淨業をつげり、撰ところの拾因其心また一なり。普賢觀音の悲願をかむがへ、勝如敎信が先蹤をひ 0000_,31,206a11(00):きて、念佛の餘行にすぐれたることを證す。彼時諸宗の輩惠學林をなし禪定水をたたふ。しかりと 0000_,31,206a12(00):いへども、惠心をもとがめず、永觀をも罰せず、諸敎も滅することなく念佛もさまたげなかりき。 0000_,31,206a13(00):是則世すなほに人なをかりしゆへ也。しかるに今代澆季にをよび、時闘諍に屬して、能破所破とも 0000_,31,206a14(00):に偏執よりおこり、正論非論みな喧嘩にをよぶ。三毒うちに催し、四魔ほかにあらはるるがいたす 0000_,31,206a15(00):ところなり。爰小僧幼年の昔より、衰暮の今にいたるまで、自行おろそかなりといへども本願を憑 0000_,31,207a01(00):み、罪業おもしといへども往生をねがふ。うまず、おこたらずして四十餘廻の星霜ををくり、彌も 0000_,31,207a02(00):とめ、いよいよすすみて、數百萬遍の佛號をとなふ。頃年よりこのかた、病せまり命あやうし、歸 0000_,31,207a03(00):泉ちかきにあり。淨土の敎迹、此時にあたりて滅亡しなんとす。これを見これを聞て、いかでかた 0000_,31,207a04(00):へ、いかでかしのばん。三尺の秋の霜肝をさき、一寸の赤焰むねをこがす。天にあふぎて嗚咽し。 0000_,31,207a05(00):地をたたきて愁悶す。何況上人小僧にをきて、出家の戒師たり。念佛の先達たり。罪なくして濫刑 0000_,31,207a06(00):をまねき、つとめありて重科に處せば、法のため身命を惜べからず。小僧かはりて罪をうくべし。 0000_,31,207a07(00):もて師範のとがをつくのはんとおもふ。もて淨土の敎をまもらんと思ふままのみ。死罪死罪敬白取詮 0000_,31,207a08(00):十一月十三日 專修念佛沙門圓證 0000_,31,207a09(00):前大僧正御房 0000_,31,207a10(00):上人誓文にをよび、禪閤會通をまうけたまひければ、衆徒の訴訟とどまりにけり 0000_,31,207a11(00):第三圖 0000_,31,207a12(00):其後興福寺の欝陶猶やまず。同二年九月に蜂起をなし、白疏をささぐ。彼状のごとくは、上人な 0000_,31,207a13(00):らびに弟子權大納言公繼卿を重科に處せらるべきよし訴申。これにつきて同十二月廿九日、宣旨を 0000_,31,207a14(00):下されて云、頃年源空上人都鄙にあまねく念佛をすすむ。道俗おほく敎化におもむく。而今彼門弟 0000_,31,207a15(00):の中に、邪執の輩名を專修にかるをもちて、咎を破戒にかへり見ず。是偏門弟の淺智よりおこりて 0000_,31,208a01(00):かへりて源空が本懷にそむく、偏執を禁遏の制に守といふとも、刑罰を誘諭の輩にくはふることな 0000_,31,208a02(00):かれと云云取詮 君臣の歸依あさからざりしかば、ただ門徒の邪説を制して、とがを上人にかけられ 0000_,31,208a03(00):ざりけり 0000_,31,208a04(00):第四圖 0000_,31,208a05(00):法然上人行状繪圖 第卅二 0000_,31,208a06(00):專修念佛の事、南都北嶺の欝陶につきて、上人のべ申さるるるむね、その謂あるかのよし謳歌し 0000_,31,208a07(00):衆徒のいきどほりも、次第にゆるくなりしかば、上人惣じては生死をいとひ佛道に入べきいはれ、 0000_,31,208a08(00):別しては無智の道俗男女の念佛するによりて、諸宗のさまたげとなるべからざるむね、聖覺法印に 0000_,31,208a09(00):筆をとらしめ、旨趣をのべられける状云、それ流浪三界のうち、いづれのさかひにおもむきてか釋 0000_,31,208a10(00):尊の出世にあはざりし、輪廻四生のあひだにいづれの生をうけてか如來の説法をきかざりし、華嚴 0000_,31,208a11(00):開講のむしろにもまじはらず、般若演説の座にもつらならず、鷲峰説法のにはにものぞまず、鶴林 0000_,31,208a12(00):涅槃のみぎりにもいたらず。われ舍衞の三億の家にややどりけむ、しらず地獄八熱のそこにやすみ 0000_,31,208a13(00):けむ、はづべしはづべし、かなしむべしかなしむべし。まさにいま多生曠劫をへても、むまれがたき人界にむま 0000_,31,208a14(00):れて、無量億劫ををくりてもあひかたき念佛にあへり。釋尊の在世にあわざる事はかなしみなりと 0000_,31,209a01(00):いへども、敎法流布の世にあふ事を得たるは、これよろこび也。たとへば目しゐたるかめの、うき 0000_,31,209a02(00):木のあなにあへるがごとし。わが朝に佛法の流布せし事も、欽明天皇あめのしたをしろしめして十 0000_,31,209a03(00):三年みづのえさるのとし冬十月一日、はじめて佛法わたり給ひし。それよりさきには、如來の敎法 0000_,31,209a04(00):も流布せざりしかば、菩提の覺路いまだきかず。ここにわれらいかなる宿緣にこたへ、いかなる善 0000_,31,209a05(00):業によりてか、佛法流布の時にむまれて、生死解脱のみちをきく事をゑたる。しかるをいまあひが 0000_,31,209a06(00):たくしてあふ事を得たり、いたづらにあかしくらしてやみなんこそかなしけれ。あるいは金谷の花 0000_,31,209a07(00):をもてあそびて、遲遲たる春をむなしくくらし、あるいは南樓に月をあざけりて、縵縵たる秋の夜 0000_,31,209a08(00):を、いたづらにあかす。あるいは千里の雲にはせて、山のかせぎをとりてとしををくり。あるいは 0000_,31,209a09(00):萬里のなみにうかみて、うみのいろくづをとりて日をかさね、あるいは嚴寒にこほりをしのぎて世 0000_,31,209a10(00):路をわたり、あるいは炎天にあせをのごひて利養をもとめ、あるいは妻子眷屬に纏はれて恩愛のき 0000_,31,209a11(00):づなきりがたし、あるいは執敵怨類にあひて瞋恚のほむらやむ事なし。惣じてかくのごとくして晝 0000_,31,209a12(00):夜朝暮行住座臥、時としてやむ事なし。ただほしきままにあくまで三途八難の業をかさぬ。しかれ 0000_,31,209a13(00):ばある文には、一人一日中八億四千念、念念中所作皆是三途業といへり。かくのごとくして昨日も 0000_,31,209a14(00):いたづらにくれぬ、今日も又むなしくあけぬ。いまいくたびかくらしいくたびかあかさんとする。 0000_,31,209a15(00):それあしたにひらくる榮花はゆふべの風にちりやすく、ゆうべにむすぶ命露はあしたの日にきえや 0000_,31,210a01(00):すし。これをしらずしてつねにさかえん事をおもひ、これをさとらずしてあらん事をおもふ。しか 0000_,31,210a02(00):るあいだ無常の風ひとたびふけば、有爲のつゆながくきえぬれば、これを曠野にすて、これをとを 0000_,31,210a03(00):き山にをくる。かばねはついにこけのしたにうづもれ、たましゐはひとりたびのそらにまよふ。妻 0000_,31,210a04(00):子眷屬は家にあれどもともなはず、七珍萬寳はくらにみてれども益もなし、ただ身にしたがふもの 0000_,31,210a05(00):は後悔の涙也。ついに閻魔の廳にいたりぬれば、つみの淺深をさだめ業の輕重をかんがへらる。法 0000_,31,210a06(00):王罪人にとひていはく、なんぢ佛法流布の世にむまれて、なんぞ修業せずしていたづらに歸りきたる 0000_,31,210a07(00):や。その時にはわれらいかがこたえんとする、すみやかに出要をもとめて、むなしく歸る事なかれ 0000_,31,210a08(00):そもそも一代諸敎のうち、顯宗密宗、大乘小乘、權敎實敎、論家、部八宗にわかれ、義萬差につ 0000_,31,210a09(00):らなりてあるいは萬法皆空の宗をとき、あるいは諸法實相の心をあかし、あるいは五性各別の義を 0000_,31,210a10(00):たて、あるいは悉有佛性の理を談じ、宗宗に究竟至極の義をあらそひ各各に甚深正義の宗を論ず。 0000_,31,210a11(00):みなこれ經論の實語也、如來の金言也。あるいは機をととのへてこれをとき、あるいは時をかがみ 0000_,31,210a12(00):てこれををしへ給へり。いづれかあさくいづれかふかき、ともに是非をわきまへがたし。かれも敎 0000_,31,210a13(00):これも敎、たがひに偏執をいだく事なかれ。説のごとく修行せば、みなことごとく生死を過度すべ 0000_,31,210a14(00):し、法のごとく修行せぱ、ともにおなじく菩提を證得すべし。修せずしていたづらに是非を論ず、 0000_,31,210a15(00):たとへば目しゐたる人の、いろの淺深を論じ、みみしゐたる人の、こえの好惡をいはんがごとし。 0000_,31,211a01(00):ただすべからく修行すべし、いづれも生死解脱のみち也。しかるにいまかれを學する人はこれをそ 0000_,31,211a02(00):ねみ、これを誦する人はかれをそしる。愚鈍のものこれがためにまどひやすく、淺才の身これがた 0000_,31,211a03(00):めにわきまへがたし。たまたま一法におもむきて功をつまんとすれば、すなはち諸宗のあらそひた 0000_,31,211a04(00):がひにきたる。ひろく諸敎にわたりて義を談ぜんとおもへば、一期のいのちくれやすし。かの蓬萊 0000_,31,211a05(00):方丈瀛州といふなる三の山にこそ不死のくすりはありときけ。かれを服してまれ、いのちをのべて 0000_,31,211a06(00):漸漸に習はばやと思へども、たづぬべきかたもおぼへず。もろこしに秦皇漢武ときこえし御門、こ 0000_,31,211a07(00):れをききて、たづねにつかはしたりしかども、童男仆女、ふねのうちにしてとし月ををくりき。彭 0000_,31,211a08(00):祖が七百歳の法、むかしがたりにていまの時につたゑがたし。曇鸞法師と申しし人こそ佛法のそこ 0000_,31,211a09(00):をきわめたりし人の、いのちはあしたを期しがたしとて、佛法をならはむがために、長生の仙の法 0000_,31,211a10(00):をばつたへ給ひけれ。時に菩提流支と申三藏ましましき。曇鸞かの三藏の御まへにまうでて申給や 0000_,31,211a11(00):うは、佛法の中に長生不死の法、この土の仙經にすぎたるありやととひ給ければ、三藏地につわき 0000_,31,211a12(00):をはきての給はく、この方にはいづくんそところに長生の法あらん、たとひ長年を得てしばらくし 0000_,31,211a13(00):なずとも、つゐに三有に輪廻すとの給て、すなはち觀無量壽經をさづけて大仙の法也。これにより 0000_,31,211a14(00):修行すれば、さらに生死を解脱すべしとの給き。曇鸞これをつたへて仙法をたちまちに火にやきて 0000_,31,211a15(00):これをすつ。觀無量壽經によりて淨土の行をしるし給き。そののち曇鸞道綽善導懐感少康にいたる 0000_,31,212a01(00):まで、このながれをつたへ給えり。そのみちをおもひて、いのちをのべて大仙の法をとらんとおも 0000_,31,212a02(00):ふに、又道綽禪師の安樂集にも、聖道淨土の二門をたて給ふはこの心なり。その聖道門といふは穢 0000_,31,212a03(00):土にして煩惱を斷じて菩提にいたる也、淨土門といふは、淨土にむまれてかしこにして、煩惱を斷 0000_,31,212a04(00):じて菩提にいたる也。いまこの淨土宗につゐてこれをいへば、又觀經にあかすところの業因一にあ 0000_,31,212a05(00):らず。三福九品十三定善、その行しなじなにわかれて、その業まちまちにつらなれり。まづ定善十 0000_,31,212a06(00):三觀といふは、日想、水想、地想、寶樹、寶池、寶樓、花座、像想、眞身、觀音、勢至、普觀、雜 0000_,31,212a07(00):觀これ也。つぎに散善九品といふは、一には孝養父母、奉事師長、慈心不殺、修十善業、二には受 0000_,31,212a08(00):持三歸、具足衆戒、不犯威儀、三には發菩提心、深信因果、讀誦大乘、勸進行者也、九品はかの三 0000_,31,212a09(00):福の業を開してその業因にあつ、つぶさには觀經に見えたり。總じてこれをいへば、定散二善の中 0000_,31,212a10(00):にもれたる往生の行はあるべからず。これによりてあるいはいづれにもあれ、ただ有緣の行におも 0000_,31,212a11(00):むきて功をかさねて、心にひかん法によりて行をはげまぱ、みなことごとく往生をとぐべし。さら 0000_,31,212a12(00):にうたがひをなす事なかれ。いましばらく自法につきてこれをいはば、まさにいま定善の觀門はか 0000_,31,212a13(00):すかにつらなりて十三あり、散善の業因はまちまちにわかれて九品あり。その定善の門にいらんと 0000_,31,212a14(00):すれば、すなはち意馬あれて六塵の境にはす、かの散善の門にのぞまむとすれば、又心猿あそむで 0000_,31,212a15(00):十惡のえだにうつる。かれをしづめんとすれども得ず、これをとどめんとすれどもあたはず。いま 0000_,31,213a01(00):下三品の業因を見れば、十惡五逆の衆生、臨終に善知識にあひて、一聲十聲阿彌陀佛の名號をとな 0000_,31,213a02(00):へて往生すととかれたり、これなんぞわれらが分にあらざらんや。かの釋の雄俊といひし人は、七 0000_,31,213a03(00):度還俗の惡人也。いのちをはりてのち、獄卒閻魔の廳庭にゐてゆきて、南閻浮提第一の惡人、七度 0000_,31,213a04(00):還俗の雄俊、ゐてまいりてはんべりと申ければ、雄俊申ていはく、われ在生の時、觀無量壽經をみ 0000_,31,213a05(00):しかば、五逆の罪人阿彌陀ほとけの名號を、となへて極樂に往生すと、まさしくとかれたり。われ 0000_,31,213a06(00):七度還俗すといへども、いまだ五逆をばつくらず、善報すくなしといへども念佛十聲にすぎたり。 0000_,31,213a07(00):雄俊もし地獄におちば、三界の諸佛妄語のつみにおち給べしと高聲にさけびしかば、法王は理にお 0000_,31,213a08(00):れて、たまのかぶりをかたぶけてこれをおがみ、彌陀はちかひによりて金蓮にのせてむかへ給き。 0000_,31,213a09(00):いはんや七度還俗にをよぱざらんをや、いはんや一形念佛せんをや、男女貴賤行住座臥をえらばず 0000_,31,213a10(00):時處諸緣を論せず、これを修するにかたからず、乃至臨終に往生を願求するにそのたよりをえたり 0000_,31,213a11(00):と。楞嚴の先德のかきをき給へる、まことなるかなや、又善導和尚、この觀經を釋しての給はく、 0000_,31,213a12(00):娑婆の化主、その請によるがゆへに、ひろく淨土の要門をひらき、安樂の能人、別意の弘願をあら 0000_,31,213a13(00):わす。その要門といは、すなはちこの觀經の定散二門これ也。定はすなはちおもひをやめてもて心 0000_,31,213a14(00):をこらし、散はすなはち惡を廃して善を修す。この二行をめぐらして往生をもとめねがふ也。弘願 0000_,31,213a15(00):といは大經にとくがごとし、一切善惡の凡夫のむまるることをうるもの、みな阿彌陀佛の大願業力 0000_,31,214a01(00):に乗じて、増上緣とせずといふことなし。又ほとけの密意弘深にして、敎文さとりがたし、三賢十 0000_,31,214a02(00):聖も、はかりてうかがふところにあらず。いはんやわれ信外の輕毛也、さらに旨趣をしらんや。あ 0000_,31,214a03(00):ふいでおもんみれば、釋迦はこの方にして發遣し、彌陀はかの國より來迎し給ふ、ここにやり、か 0000_,31,214a04(00):しこによばふ、あにさらざるべけんやといへり。しかれば定善散善弘願の三門をたて給へり。その 0000_,31,214a05(00):弘願といは、大經云、設我得佛、十方衆生、至心信樂、欲生我國、乃至十念、若不生者、不取正覺 0000_,31,214a06(00):唯除五逆、誹謗正法といへり、善導釋しての給はく、若我成佛、十方衆生、稱我名號、下至十聲、 0000_,31,214a07(00):若不生者、不取正覺、彼佛今現、在世成佛、當知本誓、重願不虚、衆生稱念、必得往生 云云。觀經 0000_,31,214a08(00):の定散兩門をときをはりて、佛告阿難、汝好持是語持是語者、即是、持無量壽佛名 云云。これすな 0000_,31,214a09(00):はちさきの弘願の心也。又おなじき經の眞身觀には、彌陀身色如金山、相好光明照十方、唯有念佛 0000_,31,214a10(00):蒙光攝、當地本願最爲強 云云。又これさきの弘願のゆへなり。阿彌陀經にいはく、不可以少善根、 0000_,31,214a11(00):福德因緣、得生彼國、若善男子善女人、聞説阿彌陀佛、執持名號、若一日若二日、乃至七日、一心 0000_,31,214a12(00):不亂、其人命終時、心不顚倒、即得往生云云。つぎの文に、六方にをのをの恒河沙の佛ましまして、 0000_,31,214a13(00):廣長舌相を出して、あまねく三千大千世界におほひて、誠實の事也信ぜよと證誠し給へり。これ又 0000_,31,214a14(00):さきの弘願のゆへ也。又般舟三昧經にいはく、跋陀和菩薩阿彌陀にとひていはく、いかなる法を行 0000_,31,214a15(00):じてか、かのくににむまるべきと、阿彌陀ほとけの給はく、わがくにに來生せんとおもはんものは 0000_,31,215a01(00):つねに我名を念じてやすむことなかれ、かくのごとくして、わがくにに來生する事をうとの給へり 0000_,31,215a02(00):これ又弘願のむねを、ほとけみづからの給へり。又五臺山の大聖竹林寺の記にいはく、法照禪師、 0000_,31,215a03(00):淸凉山にのぼりて大聖竹林寺にいたる。ここに二人の童子あり、一人をば善財といひ、一人をば難 0000_,31,215a04(00):陀といふ、この二人の童子法照禪師をみちびきて寺のうちにいれて、漸漸に講堂にいたりてみれば 0000_,31,215a05(00):普賢菩薩、無數の眷屬に圍繞せられて座し給へり。文殊師利は一萬の菩薩に圍繞せられて座し給へ 0000_,31,215a06(00):り。法照禮してとひたてまつりていはく、末法の凡夫はいづれの法をか修すべき。文殊師利こたへ 0000_,31,215a07(00):ての給はく、なんぢすでに念佛せよ、いままさしくこれ時也と。法照又とひて申さく、まさにいづ 0000_,31,215a08(00):れをか念ずべきと。文殊又のたまはく、この世界をすぎて、西方に阿彌陀佛まします、かのほとけ 0000_,31,215a09(00):まさに願ふかくまします、なんぢまさに念ずべしと。大聖文殊、法照禪師にまのあたりの給ひし事 0000_,31,215a10(00):也。すべてひろくこれをいへば、諸敎にあまねく修せしめたる法門也、つぶさにあぐるにいとまあ 0000_,31,215a11(00):らず、しかるをこのごろ念佛のよにひろまりたるによりて、佛法うせなんとすと。諸宗の學者難破 0000_,31,215a12(00):をいたすによりて、人おほく念佛の行を廢すときこゆ、いまだ心えずはんべり。佛法はこれ萬年也 0000_,31,215a13(00):うしなはんとおもふとも、佛法擁護の諸天善神まもり給ゆへに人のちからにてはからふべからず。 0000_,31,215a14(00):かの守屋の大臣が佛法を破滅せんとせしかども、法命いまだつきずして、いまにつたはるがごとし 0000_,31,215a15(00):いはんや無智の道俗、在家の男女のちからにて、念佛を行ずるによりて、法相三論も隱沒し、天台 0000_,31,216a01(00):華嚴も廢する事、なしかはあるべき。念佛を行ぜずしてゐたらば、このともがらは一宗をも興隆す 0000_,31,216a02(00):べきかは、ただいたづらに念佛の業を廢したるばかりにて、またくそれ諸宗のをぎろをもさくるべ 0000_,31,216a03(00):からず。しかればこれおほきなる損にあらずや、諸宗のふかきながれをくむ、南都北京の學者、兩 0000_,31,216a04(00):部の大法をつたへたる、本寺本山の禪徒百千萬の念佛世にひろまりたりとも、本宗をあらたむべき 0000_,31,216a05(00):にあらず、又佛法うせなんとすとて念佛を廢せば、念佛はこれ佛法にあらずや。たとへば虎狼の害 0000_,31,216a06(00):をにげて、師子にむかひてはしらむがごとし。餘行を謗じ念佛を謗ぜん、おなじくこれ逆罪也。と 0000_,31,216a07(00):らおほかみに害せられん、師子に害せられむ、ともにかならず死すべし、これをも謗ずべからず、 0000_,31,216a08(00):かれをもそねむべからず、ともにみな佛法也。たがひに偏執することなかれ。像法決疑經にいはく 0000_,31,216a09(00):三學の行人たがひに毀謗して、地獄にいること、ときやのごとしといへり。又大論にいはく、自法 0000_,31,216a10(00):愛染するゆへに、他人の法を毀呰すれば持戒の行人も、地獄の苦をまぬかれずといへり。又善導和 0000_,31,216a11(00):尚のの給はく 0000_,31,216a12(00):世尊説法時將了 慇懃付屬彌陀名 0000_,31,216a13(00):五濁增時多疑謗 道俗相簡不用聞 0000_,31,216a14(00):見有修行起瞋毒 方便破壊競生怨 0000_,31,216a15(00):如此生盲闡提輩 毀滅頓敎永沈淪 0000_,31,217a01(00):超過大地微塵劫未可得離三途身 0000_,31,217a02(00):といへり。念佛を修せんものは餘行をそしるべがらず、そレらばすなはち彌陀の悲願にそむくべき 0000_,31,217a03(00):ゆへ也。餘行を修せん者も念佛をそしるべからず、又諸佛の本誓にたがふがゆへなり。しかるをい 0000_,31,217a04(00):ま眞言止觀の窓のまへには、念佛の行をそしる、一向專念の床のうゑには、諸餘の行をそしる。と 0000_,31,217a05(00):もに我我偏執の心をもて義理をたて、たがひにをのをの是非のおもひに住して會釋をなす、あにこ 0000_,31,217a06(00):れ正義にかなはむや、みなともに佛意にそむけり。つぎに又難者のいはく、今來の念佛者わたくし 0000_,31,217a07(00):の義をたてて、惡業をおそるるは彌陀の本願を信せざる也、數遍をかざるは一念の往生をうたがふ 0000_,31,217a08(00):也。行業をいへぱ一念十念にたりぬべし、かるがゆへに數遍をつむべからず、惡業をいへば四重五 0000_,31,217a09(00):逆なをむまるる故に諸惡をはばかるべからずといへり。この義またくしかるべからず。釋尊の説法 0000_,31,217a10(00):にも見えず、善導の釋にもあらず、もしかくのごとく存ぜんものは惣じては諸佛の御心にたがふべ 0000_,31,217a11(00):し。別しては彌陀の本願にかなふべからず、その五逆十惡の衆生の一念十念によりて、かのくにに 0000_,31,217a12(00):往生すといふはこれ觀經のあきらかなる文也。ただし五逆をつくりて十念をとなへよ、十惡をおか 0000_,31,217a13(00):して一念を申せとすすむるにあらず。それ十重をたもちて十念をとなへよ、四十八輕をまもりて四 0000_,31,217a14(00):十八願をたのむは心にふかくこひねがふところ也。おほよそいづれの行をもはらにすとも、心に戒 0000_,31,217a15(00):行をたもちて、浮嚢をまもるがごとくにし、身の威儀に油鉢をかたふけずば、行として成就せずと 0000_,31,218a01(00):いふ事なし、願として圓滿せずといふことなし。しかるをわれらあるいは四重ををかし、あるひは 0000_,31,218a02(00):十惡を行ず。かれもおかしこれも行ず、一人としてまことの戒行を具したる者はなし。諸惡莫作、 0000_,31,218a03(00):諸善奉行は、三世の諸佛の通戒也。善を修するものは善趣の報を得、惡を行ずる者は惡道の果を感 0000_,31,218a04(00):ずといふ。この因果の道理を、きけどもきかざるがごとし、はじめていふにあたはず。しかれども 0000_,31,218a05(00):分にしたがひて惡業をとどめよ。緣にふれて念佛を行じ、往生を期すべし。惡人をすてられずば、 0000_,31,218a06(00):善人なむぞきらはむ、つみをおそるるは本願をうたがふと、この宗にまたく存ぜざるところ也。つ 0000_,31,218a07(00):ぎに一念十念によりて、かのくにに往生すといふは、釋尊の金言也、觀經のあきらかなる文也。善 0000_,31,218a08(00):導和尚の釋にいはく下至十聲等、定得往生、乃至一念無有疑心、故名深心といへり。又いはく行住 0000_,31,218a09(00):座臥、不問時節久近、念念不捨者是名正定之業、順彼佛願故といへり。しかれば信を一念にむまる 0000_,31,218a10(00):ととりて、行をば一形はげむべしとすすむる也。彌陀の本願を信じて念佛の功をつもり、運心とし 0000_,31,218a11(00):ひさしくば、なんぞ願力を信ぜずといふべきや。すべて薄地の凡夫、彌陀の淨土にむまれん事、他 0000_,31,218a12(00):力にあらずばみな道たえたるべき事也。おほよそ十方世界の諸佛善逝、穢土の衆生を引導せんがた 0000_,31,218a13(00):めに、穢土にして正覺をとなへ、淨土にして正覺をなりて、しかも穢土の衆生を引導せんといふ願 0000_,31,218a14(00):をたて給へり。その穢土にして正覺をとなふれば、隨類應同の相をしめすがゆへに、いのちながか 0000_,31,218a15(00):らずしてとく涅槃にいりぬれば、報佛報土にして地上の大菩薩の所居也。未斷惑の凡夫は、ただち 0000_,31,219a01(00):にむまるる事あたはず。しかるをいま淨土を莊嚴し、佛道を修行するは、凡位はもと造惡不善のと 0000_,31,219a02(00):もがら也。輪轉きはまりなからんを引導し、破戒淺智のやからの、出難の期なからんを、あはれま 0000_,31,219a03(00):んがため也。もしその三賢を證じ、十地をきわめたる、久行の聖人深位の菩薩の六度萬行を具足し 0000_,31,219a04(00):諸波羅密を修行してむまるるといはば、これ大悲の本意にあらず。この修因感果のことはりを、大 0000_,31,219a05(00):慈大悲の御心のうちに思惟して、年序をそらにつもりて星霜五劫にをよべり。しかるに善巧方便を 0000_,31,219a06(00):めぐらして思惟し給へり。しかもわれ別願をもて淨土に居して、薄地底下の衆生を引導すべし。そ 0000_,31,219a07(00):の衆生の業力によりてむまるるといはばかたかるべし。われすべからくは衆生のために、永劫の修 0000_,31,219a08(00):行ををくり、僧祇の苦行をめぐらして、萬行萬善の果德圓滿し、自覺覺他の覺行窮滿して、その成 0000_,31,219a09(00):就せんところの、萬德無漏の一切の功德をもて、わが名號として衆生にとなへしめん。衆生もしこ 0000_,31,219a10(00):れにをいて信をいたして稱念せば、わが願にこたへてむまるる事をうべし、名號をとなへばむまる 0000_,31,219a11(00):べき別願をおこして、その願成就せば佛になるべきがゆへ也。この願もし滿足せずは、永劫をふと 0000_,31,219a12(00):もわれ正覺をとらじ。ただし未來惡世の衆生憍慢懈怠にして、これにをいて、信をおこす事かたか 0000_,31,219a13(00):るべし。一佛二佛のとき給はんに、おそらくはうたがふ心をなさむ事を、ねがはくはわれ十方の諸 0000_,31,219a14(00):佛にことごとくこの願を稱揚せられたてまつらんとちかひて、第十七の願に、設我得佛、十方世界 0000_,31,219a15(00):無量諸佛、不悉咨嗟、稱我名者、不取正覺とたて給ひて、つぎに第十八願の、乃至十念、若不生者 0000_,31,220a01(00):不取正覺とたて給へり。そのむね無量の諸佛に稱揚せられたてまつらんとたて給へり、願成就する 0000_,31,220a02(00):ゆへに、六方にをのをの恒河沙のほとけましまして、廣長の舌相を出して、あまねく三千大千世界 0000_,31,220a03(00):におほひて、みなおなじくこの事をまことなりと證誠し給へり。善導これを釋しての給はく、もし 0000_,31,220a04(00):この證によりてむまるる事を得ずば、六方の諸佛ののべ給えるした口よりいでをはりてのち、つゐ 0000_,31,220a05(00):に口にかえりいらずして、自然にやぶれみだれんとの給へり。これを信ぜらん者は、すなはち十方 0000_,31,220a06(00):恒沙の諸佛の御したをやぶる也。よくよく信ずべし。一佛二佛の御したをやぶらんだにもあり、い 0000_,31,220a07(00):かにいはんや十方恒沙の諸佛をや。大地微塵劫を超過すとも、いまだ三途の身をはなるべからずと 0000_,31,220a08(00):の給へり。彌陀の四十八願といは、無三惡趣、乃至念佛往生等の願これ也。すべて四十八願のなか 0000_,31,220a09(00):に、いづれの願か、一として成就し給はぬ願あるべき。願ごとに不取正覺とちかひて、いますでに 0000_,31,220a10(00):正覺をなり給へる故也。然を無三惡趣の願を信ぜずして、かの國に惡道ありといふ者はなし。不更 0000_,31,220a11(00):惡趣の願を信ぜずして、かのくにの衆生いのちをはりてのち、又惡道にかへるといふ者はなし。悉 0000_,31,220a12(00):皆金色の願を信ぜずして、かのくにの衆生は、金色なるもあり、白色なるもありといふ者はなし。 0000_,31,220a13(00):無有好醜の願を信ぜずして、かのくにの衆生は、かたちよきもあり、わろきもありといふ者はなし 0000_,31,220a14(00):乃至天眼天耳、光明壽命、をよぴ得三法忍の願にいたるまで、これにをいてうたがひをなす者はい 0000_,31,220a15(00):まだはんべらず。ただ第十八の願にをいて、念佛往生の願ひとつを信ぜざる也、この願をうたがは 0000_,31,221a01(00):ば、餘の願をも信ずべからず、餘の願を信ぜば、この一願をうたがふべけんや。法藏比丘、いまだ 0000_,31,221a02(00):ほとけになり給はずといはば、これ謗法になりなむかし。もし又なり給へりといはば、いかがこの 0000_,31,221a03(00):願をうたがふべきや。四十八願の彌陀善逝は、正覺を十劫にとなへ給へり、六方恒沙の諸佛如來は 0000_,31,221a04(00):舌相を三千世界にのべ給へり、たれかこれを信ぜざるべきや。善導この信を釋しての給はく、化佛 0000_,31,221a05(00):報佛、若一若多、乃至十方に遍して、ひかりをかがやかし、したをはきて、あまねく十方におほひ 0000_,31,221a06(00):て、この事虚妄なりとの給はんにも、畢竟して一念疑殆の心をおこさじとの給へり。しかるをいま 0000_,31,221a07(00):行者たち、異學異見のためにたやすくこれをやぶらる。いかにいはんや報佛化佛のの給はんをや。 0000_,31,221a08(00):そもそもこの行をすてば、いづれのをこなひにか、おもむき給べき、智惠なければ聖敎をひらくに 0000_,31,221a09(00):まなこくらし、財寶なければ布施を行ずるにちからなし。むかし波羅奈國に太子ありき、大施太子 0000_,31,221a10(00):と申き。貧人をあはれみて、くらをひらきて、もろもろのたからを出してあたへ給に、たからはつ 0000_,31,221a11(00):くれども、まづしき者はつくべからず。ここに太子うみのなかに如意寶珠ありときく、海にゆきて 0000_,31,221a12(00):もとめて、まづしきみにたからをあたへんとちかひて、龍宮にゆき給に、龍王おどろきあやしみて 0000_,31,221a13(00):おぼろげの人にはあらずといひて、みづからむかひて、たからのゆかにすへたてまつり、はるかに 0000_,31,221a14(00):きたり給へる心ざし、何事をもとめ給ぞととへば、太子の給はく、閻浮提の人、まづしくてくるし 0000_,31,221a15(00):む事おほし、王のもとどりのなかの、寶珠をこはんがためにきたる也との給へば、王のいはく、し 0000_,31,222a01(00):からば七日ここにとどまりて、わが供養をうけ給へ、そののちたからをたてまつらんといふ。太子 0000_,31,222a02(00):七日をへてたまをえ給ぬ、龍神そこよりをくりたてまつる、すなはち本國のきしにいたりぬ。ここ 0000_,31,222a03(00):にもろもろの龍神なげきていはくこのたまは海中のたから也。なをとり返してぞ、よかるべきとさ 0000_,31,222a04(00):だむ、海神人になりて、太子の御まへにきたりていはく、君世にまれなるたまをえ給へり、とくわ 0000_,31,222a05(00):れにみせ給へといふ、太子、これをみせ給に、うばひとりてうみへいりぬ。太子なげきてちかひて 0000_,31,222a06(00):いはく、なむぢもしたまを返さずんば、うみをくみほさむといふ。海神いでてわらひていはく、な 0000_,31,222a07(00):んぢはもともをろかなる人かな、そらの日をばおとしもしてん、はやきせをばとどめもしてん、う 0000_,31,222a08(00):みのみづをばつくすべからずといふ。太子の給はく恩愛のたへがたきをも、なをとどめむとおもふ 0000_,31,222a09(00):生死のつくしがたきをも、なをつくさむと思、いはんやうみの水おほしといふともかぎりあり、も 0000_,31,222a10(00):しこの世にくみつくさずば、世世をへてもかならずくみつくさんとちかひて貝のからをとりて、う 0000_,31,222a11(00):みの水をくむ、ちかひの心まことなるがゆへに、もろもろの天人ことごとくきたりて、あまのはご 0000_,31,222a12(00):ろものそでにつつみて、鐵圍山のほかにくみをく太子一度二度かいのからをもてくみ給に、海水十 0000_,31,222a13(00):分が八分はうせぬ。龍王さわぎあはて、わがすみかむなしくなりなんとすとわびて、たまを返した 0000_,31,222a14(00):てまつる。太子これをとりてみやこに歸て、もろもろのたからをふらして、閻浮提のうちにたから 0000_,31,222a15(00):をふらさざるところなし、くるしきをしのぎて退せざりしかば、これを精進波羅密といふ。むかし 0000_,31,223a01(00):の太子は萬里のなみをしのぎて、龍王の如意寶珠を得給へり。いまのわれらは二河の水火をわけて 0000_,31,223a02(00):彌陀本願の寶珠を得たり。かれは龍神のくゐしがためにうばはれ、これは異學異見のためにうばは 0000_,31,223a03(00):る。かれは貝のからをもて大海をくみしかば、六欲四禪の諸天來ておなじくくみき。これは信の手 0000_,31,223a04(00):をもて疑謗の難をくまば、六方恒沙の諸佛きたりてくみし給べし。かれは大海の水やうやくつきし 0000_,31,223a05(00):かば、龍宮のいらかあらはれて、如意寶珠を返しとりき。これは疑難のなみことごとくつきなば謗 0000_,31,223a06(00):家のいらかあらはれて、本願の寳珠を返しとるべし。かれは返し取て、閻浮提にして、貧窮のたみ 0000_,31,223a07(00):をあはれみ、これは返しとりて、極樂にむまれて、薄地のともがらをみちびくべし。ねがはくはも 0000_,31,223a08(00):ろもろの行者、彌陀本願の寳珠を、いまだうばひとられざらん者はふかく信心のそこにおさめよ。 0000_,31,223a09(00):もしすなはちとられたらんものは、すみやかに深信の手をもて、疑謗のなみをくめ、たからをすて 0000_,31,223a10(00):て、手をむなしくして歸事なかれ。いかなる彌陀か、十念の悲願をおこして、十方の衆生を攝取し 0000_,31,223a11(00):給ふ。いかなるわれらか、六字の名號をとなへて、三輩の往生をとげざらん。永劫の修行は、これ 0000_,31,223a12(00):たれがためぞ、功を未來の衆生にゆづり給ふ、超世の悲願は、又なんの料ぞ、心ざしを末法のわれ 0000_,31,223a13(00):らにをくり給ふ。われらもし往生とぐべからずば、ほとけあに正覺をなり給べしや、われら又往生 0000_,31,223a14(00):をとげましや、われらが往生はほとけの正覺により、ほとけの正覺はわれらが往生による、若不生 0000_,31,223a15(00):者のちかひ、これをもてしり、不取正覺のことば、かぎりあるをや 云云 0000_,31,224a01(00):圖畫 0000_,31,224a02(00):法然上人行状畫圖 第三十三 0000_,31,224a03(00):かくて南都北嶺の訴訟次第にとどまり、專修念佛の興行無爲にすぐるところに、翠年建永元年十 0000_,31,224a04(00):二月九日、後鳥羽院、熊野山の 臨幸ありき。そのころ上人の門徒、住蓮安樂等のともがら、東山 0000_,31,224a05(00):鹿谷にして別時念佛をはじめ、六時禮讃をつとむ、さだまれるふし拍子なく、をのをの哀歎悲喜の 0000_,31,224a06(00):音曲をなすさま、めづらしくたうとかりければ、聴衆おほくあつまりて、發心する人もあまたきこ 0000_,31,224a07(00):えしなかに、御所の御留守の女房出家の事ありける程に 還幸ののち、あしさまに讒し申人やあり 0000_,31,224a08(00):けん。おほきに逆鱗ありて、翌年建永二年二月九日、住蓮安樂を庭上にめされて、罪科せらるると 0000_,31,224a09(00):き、安樂、見有修行起瞋毒、方便破壊競生怨、如此生盲闡提輩、毀滅頓敎永沈淪、超過大地微塵劫 0000_,31,224a10(00):未可得離三途身、の文を誦しけるに、逆鱗いよいよさかりにして、官人秀能におほせて、六條川原 0000_,31,224a11(00):にして安樂を死罪におこなはるる時、奉行の官人にいとまをこひ、ひとり日没の禮讃を行ずるに、 0000_,31,224a12(00):紫雲そらにみちければ、諸人あやしみをなすところに、安樂申けるは、念佛數百遍ののち、十念を 0000_,31,224a13(00):唱へんをまちてきるべし。合掌みだれずして、右にふさば、本意をとげぬと知べしといひて、高聲 0000_,31,224a14(00):念佛數百反ののち、十念みちける時きられけるに、いひつるにたがはず、合掌みだれずして右にふ 0000_,31,225a01(00):しにけり。見聞の諸人隨喜の涙をながし、念佛に歸する人おほかりけり 0000_,31,225a02(00):第一圖 0000_,31,225a03(00):罪惡生死のたぐひ、愚痴暗鈍のともがら、しかしながら上人の化導によりて、ひとへに彌陀の本 0000_,31,225a04(00):願をたのむところに、天魔やきをひけん、安樂死刑にをよびてのちも逆鱗なをやまずして、かさね 0000_,31,225a05(00):て弟子のとがを師匠にをよぼされ、度緣をめし、俗名をくだされて、遠流の科にさだめらる。藤井 0000_,31,225a06(00):元彦云云かの 宣下の状云 0000_,31,225a07(00):太政官符 土左國司 0000_,31,225a08(00):流人藤井の元彦 0000_,31,225a09(00):使左衞門の府生淸原の武次 從二人 0000_,31,225a10(00):門部二人 從各一人 0000_,31,225a11(00):右流人元彦を領送のために、くだんらの人をさして發遣くだむのごとし。國よろしく承知して、例 0000_,31,225a12(00):によりてこれをおこなへ。路次の國、またよろしく食濟具馬三疋をたまふべし。符到奉行 0000_,31,225a13(00):建永二年二月二十八日 右大史中原朝臣 0000_,31,225a14(00):左少辨藤原朝臣 0000_,31,225a15(00):追捕の檢非違使は、宗府生久經、領送使は、左衞門の府生武次なり。上人の勸化をあふぐ貴賤、往 0000_,31,226a01(00):生の素懐をのぞむ道俗、なげきかなしむ事、たとへをとるにものなし 0000_,31,226a02(00):第二圖 0000_,31,226a03(00):門弟等なげきあへるなかに、法蓮房申されけるは、住蓮安樂はすでに罪科せられぬ。上人の流罪 0000_,31,226a04(00):はただ一向專修興行の故云云、しかるに老邁の御身、遼遠の海波におもむきましまさば、御命安全な 0000_,31,226a05(00):らじ、我等恩顔を拜し嚴旨をうけ給ことあるべからず。又師匠流刑の罪にふしたまはば、のこりと 0000_,31,226a06(00):どまる門弟面目あらむや。かつは 勅命なり、一向專修の興行をとどむべきよしを 奏したまひて 0000_,31,226a07(00):内内御化導有べくや侍らんと申されけるに、一座の門弟おほくこの義に同じけるに、上人の給はく 0000_,31,226a08(00):流刑さらにうらみとすべからず、そのゆへは、齢すでに八旬にせまりぬ、たとひ師弟おなじみやこ 0000_,31,226a09(00):に住すとも、娑婆の離別ちかきにあるべし。たとひ山海をへだつとも、淨土の再會なむぞうたがは 0000_,31,226a10(00):ん。又いとふといへども存するは人の身なり。おしむといへども死するは人のいのちなり。なんぞ 0000_,31,226a11(00):かならずしもところによらんや。しかのみならず念佛の興行、洛陽にしてとしひさし、邊鄙におも 0000_,31,226a12(00):むきて、田夫野人をすすめん事季來の本意なり。しかれども時いたらずして、素意いまだはたさず 0000_,31,226a13(00):いま事の緣によりて、季來の本意をとげん事、すこぶる朝恩ともいふべし。この法の弘通は、人は 0000_,31,226a14(00):とどめむとすとも、法さらにとどまるべからず。諸佛濟度のちかひふかく、冥衆護持の約ねんごろ 0000_,31,226a15(00):なり。しかればなんぞ世間の機嫌をはばかりて經釋の素意をかくすべきや。ただしいたむところは 0000_,31,227a01(00):源空が興する淨土の法門は、濁世末代の衆生の決定出離の要道なるがゆへに、常隨守護の神祇冥道 0000_,31,227a02(00):さだめて無運の障難をとがめ給はむか、命あらむともがら因果のむなしからざる事をおもひあはす 0000_,31,227a03(00):べし。因緣つきずば、なんぞ又今生の再會なからむやとぞおほせられける。また一人の弟子に對し 0000_,31,227a04(00):て、一向專修の義をのべ給に、御弟子西阿彌陀佛推參して、かくのごとくの御義ゆめゆめ有べから 0000_,31,227a05(00):ず候、をのをの御返事を申給べからずと申ければ、上人の給はく、汝經釋の文をみずやと、西阿申 0000_,31,227a06(00):さく、經釋の文はしかりといへども、世間の機嫌を存ずるばかりなりと。上人又の給はく、われた 0000_,31,227a07(00):とひ死刑にをこなはるとも、この事いはずばあるべからずと、至誠のいろもとも切なり。見たてま 0000_,31,227a08(00):つる人、みな涙をぞおとしける 0000_,31,227a09(00):第三圖 0000_,31,227a10(00):官人小松谷の御房にむかひて、いそぎ配所へうつり給べきよしを責申ければ、ついにみやこをい 0000_,31,227a11(00):でたまふ。月輪殿御餘波ををしみて、法性寺の小御堂に一夜とどめたてまつられけり。禪定殿下は 0000_,31,227a12(00):忠仁公十一代の後胤、累代攝錄の臣として、朝家の憲政、詩歌の才幹、君これをゆるし、世これを 0000_,31,227a13(00):あふぎたてまつる。榮花重職の豪家にあそび給といへども、ひとへに順次往生の御のぞみふかかり 0000_,31,227a14(00):けり、御出家の後は、數年上人を屈請して、出離の要道をたづね淨土の法門を談じたまふ。上人の 0000_,31,227a15(00):頭光をまのあたり拜見し給しのちは、一向に生身の佛のおもひをなし給き。しかるをはからざるに 0000_,31,228a01(00):勅勘をかふりたまふよしを、きこしめすより、御なげきなをざりならず。去季建永元年三月七日、 0000_,31,228a02(00):後の京極殿、にはかにかくれさせ給き。御としわづかに三十八にぞなり給ける。これにつきていよ 0000_,31,228a03(00):いよ今生の事をおぼしめしすてて、ひとすぢに後生菩提の御いとなみなり。上人につねに御對面あ 0000_,31,228a04(00):りて、生死無常のことはりをもきこしめされ、往生淨土の御つとめ功をかさねつつ、聊御心をもな 0000_,31,228a05(00):ぐさめ給けるに、上人左遷の罪にあたり給ぬる事、いかなる宿業にて、かかることを見きくらんと 0000_,31,228a06(00):て、勅勘をかふりたまへる上人は御歎いとなかりけるに、禪閤の御悲あさからざりけり、見たてま 0000_,31,228a07(00):つる人も、心のをきどころなき程なり。この事を申とどめざる事、いきて世にあるかひなけれども 0000_,31,228a08(00):御勘氣のはしめなり、左右なく申さんもその恐ふかし。連連に御氣色をうかがひて、勅免を申をこ 0000_,31,228a09(00):なふべしとぞ、おほせられける 0000_,31,228a10(00):第四圖 0000_,31,228a11(00):法然上人行状繪圖 第三十四 0000_,31,228a12(00):三月十六日に、花洛をいでで夷境におもむき給に、信濃國の御家人、角張の成阿彌陀佛、力者の 0000_,31,228a13(00):棟梁として最後の御ともなりとて御輿をかく。おなじさまにしたがひたてまつる僧六十餘人なり。 0000_,31,228a14(00):をよそ上人の一期の威儀は、馬車輿などにのり給はず、金剛草履にて歩行し給き。しかれども老邁 0000_,31,229a01(00):のうへ、長途たやすからざるによりて乘輿ありけるにこそ。御なごりををしみ、前後左右にはしり 0000_,31,229a02(00):たがふ人、幾千萬といふ事をしらず。貴賤のかなしむこゑちまたにみち、道俗のしたふなみだ地を 0000_,31,229a03(00):うるをす。かれらをいさめ給けることばには、驛路はこれ大聖のゆく所なり。漢家には一行阿闍梨 0000_,31,229a04(00):日域には役優婆塞、謫居は又權化のすむ所なり。震旦には白樂天、吾朝には菅丞相なり。在纏出纏 0000_,31,229a05(00):みな火宅なり、眞諦俗諦しかしなから水驛なりとぞおほせられける。さて禪定殿下、土左國までは 0000_,31,229a06(00):あまりにはるかなる程なり、わが知行の國なればとて讃岐國へぞうつしたてまつられける。御なご 0000_,31,229a07(00):りやるかたなくおぼしめされけるにや、禪閤御消息を送られけるに 0000_,31,229a08(00):ふりすててゆくはわかれのはしなれど 0000_,31,229a09(00):ふみわたすべきことをしぞおもふ 0000_,31,229a10(00):と侍ければ、上人御返事 0000_,31,229a11(00):露の身はここかしこにてきえぬとも 0000_,31,229a12(00):こころはおなじ花のうてなぞ 0000_,31,229a13(00):第一圖 0000_,31,229a14(00):鳥羽のみなみの門より、川船にのりてくだりたまふ 0000_,31,229a15(00):第二圖 0000_,31,230a01(00):攝津國經の島につき給にけり。かのしまは、平相國、安元の寳暦に、一千部の法華經を石の面に 0000_,31,230a02(00):書寫して、漫漫たる波の底にしづむ、欝欝たる魚鱗をすくはむがために、村里の男女、老少そのか 0000_,31,230a03(00):ずおほくあつまりて、上人に結緣したてまつりけり 0000_,31,230a04(00):第三圖 0000_,31,230a05(00):播磨國高砂の浦につき給に、人おほく結緣しけるなかに、七旬あまりの老翁、六十あまりの老女 0000_,31,230a06(00):夫婦なりけるが申けるは、わが身はこの浦のあま人なり。おさなくよりすなどりを業とし、あした 0000_,31,230a07(00):ゆふべに、いろくづの命をたちて、世をわたるはかりごととす。ものの命をころすものは、地獄に 0000_,31,230a08(00):おちてくるしみたえがたく侍なるに、いかがしてこれをまぬかれ侍るべき、たすけさせ給へとて、 0000_,31,230a09(00):手をあはせてなきけり。上人あはれみて、汝がごとくなるものも、南無阿彌陀佛ととなふれば、佛 0000_,31,230a10(00):の悲願に乘じて淨土に往生すべきむねねんごろにおしへ給ければ、二人ともに涙にむせびつつよろ 0000_,31,230a11(00):こびけり。上人に仰を、うけたまはりてのちは、ひるは浦にいでて、手にすなどりする事やまざり 0000_,31,230a12(00):けれども、口には名號をとなへ、よるは家にかへりて、二人ともにこゑをあげて終夜念佛する事、 0000_,31,230a13(00):あたりの人もおどろくばかりなりけり。つゐに臨終正念にして、往生をとげにけるよしつたへきき 0000_,31,230a14(00):給て、機類萬品なれども、念佛すれば往生する現證なりとぞ、おほせられける 0000_,31,230a15(00):第四圖 0000_,31,231a01(00):同國室の泊につき給に、小船一艘ちかづきたる、これ遊女がふねなりけり。遊女申さく上人の御 0000_,31,231a02(00):船のよしうけたまはりて推參し侍なり。世をわたる道まちまちなり。いかなるつみありてか、かか 0000_,31,231a03(00):る身となり侍らむ。この罪業おもき身、いかにしてかのちの世たすかり候べきと申ければ、上人あ 0000_,31,231a04(00):はれみての給はく、げにもさやうにて世をわたり給らん罪障まことにかろからざれば、酬報または 0000_,31,231a05(00):かりがたし、もしかからずして、世をわたり給ぬべきはかりごとあらば、すみやかにそのわざをす 0000_,31,231a06(00):て給べし。もし餘のはかりごともなく、又身命をかへりみざるほどの道心いまだおこりたまはずば 0000_,31,231a07(00):ただそのままにて、もはら念佛すべし。彌陀如來は、さやうなる罪人のためにこそ、弘誓をもたて 0000_,31,231a08(00):たまへる事にて侍れ、ただふかく本願をたのみて、あへて卑下する事なかれ、本願をたのみて念佛 0000_,31,231a09(00):せば、往生うたがひあるまじきよし、ねんごろにをしへ給ければ、遊女隨喜の涙をながしけり。の 0000_,31,231a10(00):ちに上人の給けるは、この遊女信心堅固なり。さだめて往生をとぐべしと。歸洛のときここにてた 0000_,31,231a11(00):づね給ければ、上人の御敎訓をうけたまはりてのちは、このあたりちかき山里にすみて、一すぢに 0000_,31,231a12(00):念佛し侍しが、いくほどなくて臨終正念にして往生をとげ侍きと、人申ければ、しつらんしつらん 0000_,31,231a13(00):とぞおほせられける 0000_,31,231a14(00):第五圖 0000_,31,232a01(00):法然上人行状繪圖 第三十五 0000_,31,232a02(00):三月廿六日、讃岐國塩飽の地頭、駿河權守高階保遠入道西忍が館につき給にけり。西忍去夜のゆ 0000_,31,232a03(00):めに、滿月輪のひかり赫奕たる、たもとにやどると見て、あやしみおもひけるに、上人入御ありけ 0000_,31,232a04(00):れば、この事なりけりと思ひあはせけり。藥湯をまふけ、美膳をととのへ、さまざまにもてなした 0000_,31,232a05(00):てまつる。上人、念佛往生の道こまかにさづけ給けり。なかにも不輕大士の、杖木瓦石をしのびて 0000_,31,232a06(00):四衆の緣をむすび給ひしがごとく、いかなるはかり事をめぐらしても、人をすすめて念佛せしめた 0000_,31,232a07(00):まへ、あへて人のためには侍らぬぞと、かへすがへす附屬し給ければ、ふかくおほせのむねをまも 0000_,31,232a08(00):るべきよしをぞ申ける。そののちは自行化他、念佛のほか他事なかりけり 0000_,31,232a09(00):第一圖 0000_,31,232a10(00):讃岐國子松庄におちつき給にけり。當庄の内生福寺といふ寺に住して、無常のことはりをとき、 0000_,31,232a11(00):念佛の行をすすめ給ければ、當國近國の男女貴賤、化導にしたがふもの市のごとし、或は邪見放逸 0000_,31,232a12(00):の事業をあらため、或は自力難行の執情をすてて、念佛に歸し往生をとぐるものおほかりけり。邊 0000_,31,232a13(00):土の利益を思へば、朝恩なりとよろこび給けるも、まことにことはりにぞおぼえ侍る。かの寺の本 0000_,31,232a14(00):尊、もとは阿彌陀の一尊にておはしましけるを、在國のあひだ、脇士をつくりはべられけるうち、 0000_,31,233a01(00):勢至をば上人みづからつくり給て、法然本地身、大勢至菩薩、爲度衆生故、顯置此道場我毎日影 0000_,31,233a02(00):向、擁護歸依衆必引導極樂 若我此願念、不令成就者、永不取正覺とぞかきをかれける。勢至 0000_,31,233a03(00):の化身として、みづからその體をあらはしなのり申されける。まことにいみじくたうとき事にてぞ 0000_,31,233a04(00):侍ける 0000_,31,233a05(00):第二圖 0000_,31,233a06(00):上人左遷ののち、月輪の禪閤、朝暮の御なげきあさからず、日來の御不食いよいよおもらせ給て 0000_,31,233a07(00):大漸の期ちかづかせ給ふ。藤中納言光親卿をめして仰をかれけるは、法然上人年來歸依のいたり、 0000_,31,233a08(00):さだめて存知あるらん。今度の 勅勘を申ゆるさずして、謫所へうつられぬる事、いきて世にある 0000_,31,233a09(00):甲斐なきに似たり。しかれども嚴旨ゆるからず、左右なく申さんことをそれおぼゆるゆへに、後日 0000_,31,233a10(00):を期してすぐるところに、すでに終焉にのぞめり。今生のうらみこの事にあり。我他界におもむく 0000_,31,233a11(00):といふとも、連連に御氣色をうかがひて恩免を申をこなはるべしと、かきくどき仰られければ、光 0000_,31,233a12(00):親卿、仰のむね更に如在を存べからざるよし申て、涙をながされけり。同四月五日、御臨終正念に 0000_,31,233a13(00):して、念佛數十遍、禪定にいるがごとくして、往生をとげさせ給ぬ。御とし五十八なり。上人左遷 0000_,31,233a14(00):ののち、いく程なくてこの御事きこへけり。御あはれ、をしはかるべし。後の京極殿はさきだたせ 0000_,31,233a15(00):給ぬ。その御子東山の禪閤、家督にて御あとをうけつがせ給き。月輪殿御歸依の餘慶をうけ、おな 0000_,31,234a01(00):じく上人の勸化を御信仰ありけり。ことに六方恒沙の諸佛の證誠をたうとみて、阿彌陀經十萬巻、 0000_,31,234a02(00):摺寫の大願をおこし、かた木を異朝にひらかせられて摺寫の弘通をひろくせらる。かの經おほく吾 0000_,31,234a03(00):朝に流布せり。發願の志趣經の奧にのせらる。かの状云、十萬の寫功によりて、萬德の尊容を禮し 0000_,31,234a04(00):彌陀の説法をききて普賢の願海にいり、隨類の形を化現して、舊土の徒を慈愍し、あまねく長夜の 0000_,31,234a05(00):ねふりをおどろかして、ひとしく覺悟の曉にいたらしめむ。衆生無始の身、宴坐ただ眼にあり。塵 0000_,31,234a06(00):點劫數の業こころをしづむるに念をいでず、哀哉この筆舌、はじめてこの言語をかたらむ事、ねが 0000_,31,234a07(00):はくは紫金の毫光、白骨の微功をてらし給へとなり。于時文暦第二歳乙未仲春第二日、從一位藤原 0000_,31,234a08(00):朝臣道家敬白云云。發願のむね自他をかね、異朝にをよぼして、その願をはたされける御こころざし 0000_,31,234a09(00):まことにたうとくも侍かな 0000_,31,234a10(00):第三圖 0000_,31,234a11(00):上人流刑のよし、遠近にきこえしかば、津戸三郎爲守ふかくこれをなげきて、遼遠のさかひなり 0000_,31,234a12(00):といへども、武藏國より讃岐國へ書状を進ずるとき上人の御返事云、七月十四日の御滑息、八月廿 0000_,31,234a13(00):一日見候ぬ。はるかのさかひにかやうに仰られて候御こころざし、申つくすべからず候。まことに 0000_,31,234a14(00):しかるべき事にて、かやうに候、とかく申ばかりなく候、但今生の事はこれにつけてもわれも入も 0000_,31,234a15(00):おもひしるべき事に候、いとひてもいとはむと思食べく候、けふあすともしり候はぬ身に、かかる 0000_,31,235a01(00):めを見候、心うき事にて候へども、さればこそ穢土のならひにては候へ。ただとくとく往生をせば 0000_,31,235a02(00):やとこそ思候へ、たれもこれを、遺恨の事などはゆめにも思食べからず候。しかるべき身の宿報と 0000_,31,235a03(00):申、又穢惡充満のさかひこれにはじめぬ事にて候へば、なに事につけても、ただいそぎいそぎ往生 0000_,31,235a04(00):をしてむと思べきことに候云云。御ふみのおもむき、よにあはれにぞおぼえ侍る 0000_,31,235a05(00):第四圖 0000_,31,235a06(00):直聖房といふ僧ありき。上人の弟子となりて、一向專念の行を修す。あるとき熊野山へまいりた 0000_,31,235a07(00):りけるに、上人の配流せられ給よしをききて、いそぎ下向せむとしけるに、にはかに重病をうけて 0000_,31,235a08(00):下向かなはざりければ、ねんごろに權現にいのり申けるに、かの僧のゆめに、臨終すでにちかづけ 0000_,31,235a09(00):り、下向しかるべからずと、しめし給ひければ、法然上人の御事、あまりにおぼつかなく候へばは 0000_,31,235a10(00):やく下向してうけたまはりたく候と申ければ、かの上人は勢至菩薩の化現なり。不審すべからずと 0000_,31,235a11(00):かさねてしめしおほせらるとみて夢さめぬ、其後いくほどをへずして、臨終正念にして、往生をと 0000_,31,235a12(00):げにけり 0000_,31,235a13(00):第五圖 0000_,31,235a14(00):上人在國のあひだ、國中靈驗の地、巡禮し給ふなかに、善通寺といふてらは、弘法大師、父のた 0000_,31,235a15(00):めにたてられたるてらなりけり。この寺の記文に、ひとたびもまうでなん人は、かならず一佛淨土 0000_,31,236a01(00):のともたるべしとあり。このたびのおもいでこの事なりとぞ、よろこび仰られける 0000_,31,236a02(00):第六圖 0000_,31,236a03(00):法然上人行状畫圖 第卅六 0000_,31,236a04(00):月輪殿のおほせをかるる趣をもて、光親卿たびたび申入らるといへども、叡慮なを心よからず。 0000_,31,236a05(00):しかるに上皇御夢想の御事ありけるうへ、中山の相國賴實公 嚴親の善知識たりし因緣をわすれず、 0000_,31,236a06(00):上人流刑の事をなげきたまひて、念佛興行の事、さだめて佛意にそむかざらむか、門弟のあやまり 0000_,31,236a07(00):をもちて、とがを師範にをよぼされ、罪科せらるる事冥鑑はかりがたきよししきりにいさめ申給け 0000_,31,236a08(00):れば、おりしも最勝四天王院供養に、大赦ををこなはれけるに、その御沙汰のありて、同年十月二十五日改元 0000_,31,236a09(00):承元元年也 十二月八日 勅免の宣旨をくだされけり。かの状云 0000_,31,236a10(00):太政官符 土左國司 0000_,31,236a11(00):流人藤井元彦 0000_,31,236a12(00):右正三位、行權中納言、兼右衞門督、藤原朝臣隆衡宣奉 勅、件の人は、二月二十八日事につみし 0000_,31,236a13(00):て、かの國に配流、しかるをおもふところあるによりて、ことにめしかへさしむ。但よろしく畿の 0000_,31,236a14(00):内に居住して、洛中に往還する事なかるべし。者國よろしく承知して宣によりてこれをおこなへ 0000_,31,237a01(00):符到奉行 0000_,31,237a02(00):承元元季十二月八日左大史小槻宿禰 0000_,31,237a03(00):權右中辨藤原朝臣 0000_,31,237a04(00):勅免のよし都鄙にきこへしかば、京都の門弟は再會をよろこび、邊鄙の土民は餘波をおしむ。よ 0000_,31,237a05(00):ろこびとなげきと、あひなかばにぞ侍りける 0000_,31,237a06(00):第一圖 0000_,31,237a07(00):上人勅免にあづかり給て、國をいででのぼり給ふに、攝津國押部といふ所に、しばし逗留したま 0000_,31,237a08(00):ふ。老少男女をすすめて、念佛門にいれ給事、かずをしらざりけり 0000_,31,237a09(00):第二圖 0000_,31,237a10(00):恩免ありといへども、なを洛中の往還をゆるされざりしかば、攝津國勝尾寺にしばらくすみたま 0000_,31,237a11(00):ふ。このてらは善仲善算の古跡、勝如上人往生の地なり。上人西の谷に草庵をむすびてすみ給けり 0000_,31,237a12(00):おりふし恒例の引聲の念佛ありけるに、僧衆の法服破壊してみぐるしかりければ、弟子法蓮房をも 0000_,31,237a13(00):て、京都の檀那におほせられて、裝束十五具調して施入せらる。寺僧よろこびて臨時に七日の念佛 0000_,31,237a14(00):を勤行しけり。かの庵室いまにあり。その室にいればおのづから異香をかぐことなども侍とて、あ 0000_,31,237a15(00):ゆみをはこぶ人おほくぞ侍るなる 0000_,31,238a01(00):第三圖 0000_,31,238a02(00):當寺に一切經ましまさざるよしをきき給て、上人所持の一切經論一藏を、施入し給ければ、住侶 0000_,31,238a03(00):隨喜悅豫して、老若七十餘人、はなをちらし香をたき幡をささげ蓋をさして、むかへたてまつる。 0000_,31,238a04(00):この經論開題供養のために、聖覺法印を招請せられければ、貴命をうけ、再會をよろこびて、唱導 0000_,31,238a05(00):をつとめられけり。かの表白云、夫八萬の法藏は、八萬の衆類をみちびき、一實眞如は、一向專稱 0000_,31,238a06(00):をあらはす。かの大聖世尊の自説して南無佛と唱へたまひし、その名をあらはさざれども、意は彌 0000_,31,238a07(00):陀の名號なり。又上宮太子の誕生して南無佛と唱たまひし、その體をきざさざれども、こころざし 0000_,31,238a08(00):は極樂の敎主なり。しかるに慈覺大師の念佛傳燈は、經文をひきて寶池の波に和すれども、劣機の 0000_,31,238a09(00):行にあたはず。諸師所立の念佛三昧は、佛境を緣じて心地の塵をはらへども、下根のつとめにあた 0000_,31,238a10(00):はず、惠心僧都の要集には、三道をつくりて一心のものはまよひぬべし。永觀律師の十因には、十 0000_,31,238a11(00):門をひらきて一篇にはつかず、空也上人の高聲念佛は、聞名の益をあまねくすれども、名號の德を 0000_,31,238a12(00):あらはさず。良忍上人の融通念佛は、神祇冥道をすすむれども、凡夫ののぞみはうとし。爰我大師 0000_,31,238a13(00):法主上人、行年四十三より念佛門にいりてあまねくすすめ、易行道をしめしてひろくおしへたまふ 0000_,31,238a14(00):に、天子のいつくしき、玉の冠を西にかたふけ、月卿のかしこき、金の笏を東にただしくす。皇后 0000_,31,238a15(00):のこひたる韋提夫人のあとををひ、傾城のことんなき五百士女のよそをひをまなぶ。しかるあひだ 0000_,31,239a01(00):とめるはおごりてもてあそび、まづしきはなげきてともとす。農夫がすきをふむ、念佛をもて田う 0000_,31,239a02(00):たとし、織女がいとをひく、念佛をもてたてぬきとす。鈴をならす驛路には、念佛をとなへて鳥を 0000_,31,239a03(00):とり、ふなばたをたたく海上には、念佛を唱へて魚をつる。雪月花を見る人は、西樓に目をかけ、 0000_,31,239a04(00):琴詩酒をもてあそぶともがらは、西の枝の梨子ををる。これみな彌陀をあがめざるをば瑕瑾とし、 0000_,31,239a05(00):珠數をくらざるをば耻辱とす。ここをもて花族英才なりといへども、念佛せざるをばおとしめ、乞 0000_,31,239a06(00):匃非人なりといへども念佛するをばもてなす。故に八功德水の波のうへには、念佛のはちす池にみ 0000_,31,239a07(00):ち、三尊來迎の掌のうちには紫臺をさしをくにひまなし。しかれば我等が念佛せざるは、かの池の 0000_,31,239a08(00):荒癈なり。我等が欣求せざるは、その國の衰弊なり。國のにぎはひ佛のたのしみ、念佛をもてもと 0000_,31,239a09(00):とし、人のねがひわがのぞみ、念佛をもてさきとす。仍當座の愚昧、公請につかへてかへる夜は、念 0000_,31,239a10(00):佛をとなへて枕とし、私宅をいでてわしる日は、極樂を念じて車をはす。これ上人の敎誡なり。過 0000_,31,239a11(00):去の宿善にあらずやとて、鼻をかみ聲をむせび、舌をまきてとどこほるあひだ、法主なみだをなが 0000_,31,239a12(00):し、聽衆そでをしぼらずといふことなし 0000_,31,239a13(00):第四圖 0000_,31,239a14(00):勝尾寺の隱居もすでに四箇年になりぬ。花洛の往還なをゆるされざりしに、建暦元年夏のころ、 0000_,31,239a15(00):上皇八幡宮に御幸ありしとき、一人の倡妓櫕云、星災に親疎なく、只善人にくみす。王者の德失に 0000_,31,240a01(00):よりて國土の治亂あり。われ南海の邊邑に訪べき事ありて日日に往反す。苦哉苦哉、近代 君くら 0000_,31,240a02(00):く臣まがりて、政にごり人うれふ。王城の鎭守、百王の宗廟、連連に評定の事あり。天下逆亂し率 0000_,31,240a03(00):土荒癈せん。さだめて後悔あらむ歟と。還御の後近臣等 奏申さく、倡妓が託宣ただ事にあらざら 0000_,31,240a04(00):んか、おほよそ妖は德にかたず。仁よく邪を却く。國土をおさむるはかりごと、德政にはしかず。 0000_,31,240a05(00):妖蘖をしりぞくる術、佛法に歸するにあり。專修念佛停癈、法然房配流、尤宥御計あるべきをやと 0000_,31,240a06(00):勅答あきらかならざるに、同年七月のころ 上皇御夢想の御事ましましき。蓮花王院に御參ありけ 0000_,31,240a07(00):るに、衲衣を着せる高僧ちかづき參して 奏云、法然房は 故法皇ならびに高倉の 先帝の圓戒の 0000_,31,240a08(00):御師範なり。德賢聖にひとしく、益當今にあまねく 君大聖の權化をもて還俗配流の罪に處す。咎 0000_,31,240a09(00):五逆におなじ苦報おそれざらむやと。この事おどろきおぼしめされて、藤中納言光親卿に、ひそか 0000_,31,240a10(00):に御夢想の次第を仰下さる。彼卿おりをえて、はやくこの上人の花洛の往還をゆるさるべきむね、 0000_,31,240a11(00):頻に 奏申ければ、同十一月十七日、彼卿の奉行として、花洛に還歸あるべきよし、烏頭變毛の 0000_,31,240a12(00):宣下をかうふり給ぬ。則同廿日上人歸洛し給ければ、一山德をしたひ、滿寺なごりをおしみて、萬 0000_,31,240a13(00):仭の霞よりいでて、九重の雲にぞをくりたてまつりける 0000_,31,240a14(00):其後いくばくの歳月をへず、わづかに十箇年の間に、承久の逆亂おこりて、天下のみだれにをよ 0000_,31,240a15(00):びし、倡妓が託宣いま思あはせられ侍り。又上人左遷の時、門弟等歎かなしみければ、源空が興す 0000_,31,241a01(00):る淨土の法門は、濁世末代の出要なり。釋尊に特留此經のちかひふかく、諸佛に攝受護念のちから 0000_,31,241a02(00):おほきにましませぱ、この法の弘通は人はとどめむとすとも、法さらにとどまるべからず。但いた 0000_,31,241a03(00):むところは、念佛守護の神祇冥道、さだめて無道の障難をとがめ給はんか。のちにかならずおもひ 0000_,31,241a04(00):あはすべしとの給ける事、かの託宣にたがはず、まことに不思議にぞ覺侍る 0000_,31,241a05(00):第五圖 0000_,31,241a06(00):慈鎭和尚の御沙汰として大谷の禪房に居住せしめたまふ。むかし釋尊上天の雲よりくだり給しか 0000_,31,241a07(00):ば、人天大會まづ拜見たてまつらむ事をあらそひき。いま上人南海の波をさかのぼり給へば、道俗 0000_,31,241a08(00):男女さきに供養をのべん事をいとなむ。群參のともがら、其夜のうちに一千餘人ときこえき。幽閑 0000_,31,241a09(00):の地をしめ給といへども、日日參詣の人連綿としてたへざりけり 0000_,31,241a10(00):第六圖 0000_,31,241a11(00):法然上人行状繪圖 第卅七 0000_,31,241a12(00):建暦二年正月二日より、上人日來不食の所勞增氣し給へり。すべてこの三四年よりこのかたは、 0000_,31,241a13(00):耳目朦昧にして色を見、聲をきき給事ともに分明ならず。しかるをいま大漸の期ちかづきて、二根 0000_,31,241a14(00):明利なる事むかしにたがはず。みる人隨喜し不思議のおもひをなす。二日以後は、更に餘言をまじ 0000_,31,242a01(00):へず。ひとへに往生の事を談じ、高聲の念佛たへずして、睡眠の時にも舌口とこしなへにうごく。 0000_,31,242a02(00):同三日、ある弟子、今度の御往生は、決定歟とたづね申に、われもと極樂にありし身なれば、さだ 0000_,31,242a03(00):めてかへりゆくべしとのたまふ。又法蓮房申さく、古來の先德みなその遺跡あり。しかるにいま精 0000_,31,242a04(00):舍一宇も建立なし。御入滅の後、いづくをもてか御遺跡とすべきやと。上人答給はく、あとを一廟 0000_,31,242a05(00):にしむれば遺法あまねからず。予が遺跡は諸州に遍滿すべし。ゆへいかむとなれば、念佛の興行は 0000_,31,242a06(00):愚老一期の勸化なり。されば念佛を修せんところは、貴賤を論ぜず、海人漁人がとまやまでも、み 0000_,31,242a07(00):なこれ予が遺跡なるべしとぞおほせられける 0000_,31,242a08(00):第一圖 0000_,31,242a09(00):十一日の辰時に、上人をき居給て、高聲念佛し給。きく人みな涙をながす。弟子等につげてのた 0000_,31,242a10(00):まはく、高聲に念佛すべし、彌陀佛のきたり給へるなり。このみなをとなふれば、一人としても往 0000_,31,242a11(00):生せずといふ事なしとて、念佛の功德をほめ給ことあだかもむかしのごとし。觀音勢至菩薩聖衆現 0000_,31,242a12(00):じてまします。おがみたてまつるやとの給へば、弟子等おがみたてまつらずと申。これをきき給て 0000_,31,242a13(00):いよいよ念佛すべしとすすめ給 0000_,31,242a14(00):第二圖 0000_,31,242a15(00):同日の巳時に、弟子等三尺の彌陀の像をむかへたてまつりて、病床のみぎにたてたてまつりて、 0000_,31,243a01(00):この佛おがみましますやと申に、上人ゆびにてそらをさして、このほとけのほかにまた佛まします 0000_,31,243a02(00):おがむやいなやとおほせられて、すなはちかたりての給はく、おほよそこの十餘年よりこのかた、 0000_,31,243a03(00):念佛功つもりて、極樂の莊嚴をよび佛菩薩の眞身をおがみたてまつる事つねの事なり。しかれども 0000_,31,243a04(00):としごろは祕していはず。いま最後にのぞめり、かるがゆへにしめすところなりと。また弟子等、 0000_,31,243a05(00):佛の御手に五色のいとをつけて、とりましませとすすめ申せば、上人のたまはく、かやうの事はこ 0000_,31,243a06(00):れつねの人の儀式なり。わが身にをきては、いまだかならずしもしからずとて、ついにとり給はず 0000_,31,243a07(00):第三圖 0000_,31,243a08(00):廿日の巳時に、坊のうへに紫雲そびく。中に圓形の雲あり。その色五色にして圖繪の佛の圓光の 0000_,31,243a09(00):ごとし。路次往反の人處處にしてこれを見る。弟子等申さく、このうへに紫雲あり。御往生のちか 0000_,31,243a10(00):づき給へるかと。上人の給はく、あはれなるかなや、わが往生は一切衆生のためなり。念佛の信を 0000_,31,243a11(00):とらしめむがために瑞相現ずるなりと。又おなじき日の未の時にいたりて、空をみあげて、目しば 0000_,31,243a12(00):らくもまじろぎたまはざる事五六反ばかりなり。看病の人人あやしみて、佛の來給へるかとたづね 0000_,31,243a13(00):申せば、然なりとこたえ給。又廿四日の午時に、紫雲おほきにたなびく。西山の水の尾の峰に、す 0000_,31,243a14(00):みやくともがら、十餘人これをみて來てつげ申。廣隆寺より下向しける禪尼も、途中にしてこれを 0000_,31,243a15(00):みて、たづねきたりてこのよしを申す、見聞の諸人隨喜せずといふ事なし 0000_,31,244a01(00):第四圖 0000_,31,244a02(00):廿三日よりは、上人の御念佛あるひは半時、あるひは一時、高聲念佛不退なり。廿四日の酉尅よ 0000_,31,244a03(00):り、廿五日の巳時にいたるまでは、高聲體をせめて無間なり。弟子五六人、かはるがはる助音する 0000_,31,244a04(00):に、助音は窮屈すといへども、老邁病惱の身をこたり給はず、未曾有の事なり。群集の道俗、感涙 0000_,31,244a05(00):をもよをさずといふ事なし。二十五日の午尅よりは、念佛の御こえやうやくかすかにして、高聲は 0000_,31,244a06(00):ときどきまじはる。まさしく臨終にのぞみ給とき、慈覺大師の九條の袈裟をかけ、頭北面西にして 0000_,31,244a07(00):光明遍照、十方世界、念佛衆生、攝取不捨の文をとなへて、ねぶるがごとくして息たへたまひぬ。 0000_,31,244a08(00):音聲とどまりてのち、なを唇舌をうごかし給事十餘反ばかりなり。面色ことにあざやかに、形容ゑ 0000_,31,244a09(00):めるに似たり。建暦二年正月廿五日午の正中なり。春秋八十にみち給。釋尊の入滅におなじ。壽算 0000_,31,244a10(00):のひとしきのみにあらず。支干又ともに壬申なり。豈奇特にあらずや。惠燈すでにきへ、佛日また 0000_,31,244a11(00):沒しぬ。貴賤の哀傷する事、考妣を喪するがごとし 0000_,31,244a12(00):第五圖 0000_,31,244a13(00):武藏の御家人、桑原左衞門入道不知實名と申けるもの、上人の化導をつたへききて、吉水の御房へた 0000_,31,244a14(00):づねまいりて、念佛往生の道ををしへられたてまつりてのちは但信稱名の行者となりにければ、歸 0000_,31,244a15(00):國のおもひをやめ、祇園の西の大門の北のつらに居をしめて、つねに上人の禪室に參じて不審を決 0000_,31,245a01(00):し、念佛をこたりなかりけるが、無始よりこのかた、常沒流轉して、出離その期をしらぬ身の、忽 0000_,31,245a02(00):に他力に乘じて往生をとげ、ながく生死のきづなをきらむ事ひとへにこれ上人御敎誡のゆへなりと 0000_,31,245a03(00):て、報恩のために眞影をうつしとどめたてまつりけり。そのこころざしを感じて、上人みづからこ 0000_,31,245a04(00):れを開眼したまふ。上人御往生の後は、ひとへに生身のおもひをなして朝夕に歸依渇仰す。かの入 0000_,31,245a05(00):道ついに種種の奇瑞をあらはし、往生の素懐をとげにけり。年來同宿の尼本國へかへりくだるとき 0000_,31,245a06(00):件の眞影を知恩院へ送たてまつる。當時御影堂におはします木像これなり 0000_,31,245a07(00):第六圖 0000_,31,245a08(00):法然上人行状畫圖 第卅八 0000_,31,245a09(00):參議兼隆卿、七八年のさきにゆめみらく、人ありておほきなる雙紙を披見す。これを見れば、諸 0000_,31,245a10(00):人往生をしるせり。もし法然上人の往生をしるすところやあると、みもてゆくに、はるかのおくに 0000_,31,245a11(00):上人臨終の時は、光明遍照、十方世界、念佛衆生、攝取不捨の文を誦して、往生し給べしとしるせ 0000_,31,245a12(00):り。ゆめさめてのち人にかたらず。いまの往生の相に符合のあひだ、信仰のよし申をくる。又上人 0000_,31,245a13(00):往生の前後に、諸人の瑞夢これおほし。四條京極の薄師眞清は、正月十九日の夜ゆめに、東山の法 0000_,31,245a14(00):然上人の禪房のうへに、紫雲そびけり。人ありてこれは往生の雲なりといふと見る。次の日巳時に 0000_,31,246a01(00):紫雲かの坊のうへにおほへり。處處にこれを見る、ゆめと符合す。弟子念阿彌陀佛は、同廿三日の 0000_,31,246a02(00):夜、上人往生の紫雲、ならびにしろきひかり虚空にみち、異香をかぐと見る。三條小川の、倍從信 0000_,31,246a03(00):賢が後家の養女、ならびに仁和寺の、比丘尼西妙は廿四日の夜、明日午時に往生し給べしとみて、 0000_,31,246a04(00):おどろききたりて終焉にあふ。花薗の准后の侍女、參河局は廿四日の夜のゆめに、上人の住房を見 0000_,31,246a05(00):れば、四方に錦の帳をたれたり。色色あざやかにして、けぶりまたみちみてり。よくよくこれを見 0000_,31,246a06(00):れば、けぶりにはあらず、すなはち紫雲なり。上人すでに往生し給へるかとおぼえてさめぬ。花山 0000_,31,246a07(00):院の右大臣家の靑侍江内、ならびに八幡の住人、右馬允時廣が子息金剛丸は、同夜に上人往生の儀 0000_,31,246a08(00):をみて、廿五日の早旦に人人にかたる。天王寺の松殿法印靜尊は廿五日午尅に、脇息によりかかり 0000_,31,246a09(00):て休息し給へるゆめに、上人往生の時、車の輪のごとくなる、八輻輪の八方のさきごとに、雜色の 0000_,31,246a10(00):幡をかけて、東より西へゆくに、金色のひかり四方をてらし、天地にみちみちて、日光映蔽せらる 0000_,31,246a11(00):と見たまふ。一切經の谷の袈裟王丸は、廿五日の夜、童子玉の幡をさして、千萬の僧衆香爐をとり 0000_,31,246a12(00):上人を圍遶して、西にゆき給とみる。門弟隆寬律師は、初七日にあたりて、一晝夜の念佛をつとむ 0000_,31,246a13(00):るに、一人の僧きたりて、上人ははや往生傳にいり給へりとつぐとみる。すべて諸人の夢想おほし 0000_,31,246a14(00):といへども、しげきによりて、つぶさにしるさず 0000_,31,246a15(00):第一圖 0000_,31,247a01(00):上人の住坊のひむがしの岸のうへに、西はれたる勝地あり。ある人これを相傳して、自身の墓所 0000_,31,247a02(00):とさだめをきけるを、上人入洛ののち去年十二月、かの領主上人に寄進す。劵契等おなじく寄進状 0000_,31,247a03(00):にあひそへてたてまつりければ、源空にゆづりたふは、これ三寶に廻向せらるるなり。佛うけ給へ 0000_,31,247a04(00):とて、火中になげ入られぬ。しかるにいま上人往生のとき、この地に廟堂をたて、石の唐樻をかま 0000_,31,247a05(00):へてをさめをきたてまつる。この地の事を、かねて夢に見けるともがらおほかりけれども、なにと 0000_,31,247a06(00):おもひいるる事なくてすぎにけるが、いま上人の墓所となるとき、不思議のおもひをなして、面面 0000_,31,247a07(00):にゆめをしるしをくれり。かの地の北の庵室に寄宿せる禪尼、先年の夢に、天童この地を行道すと 0000_,31,247a08(00):見る。又かの房主、去年十一月十五日の夜のゆめに、この地に靑蓮花ひらけて、金色の光かがやく 0000_,31,247a09(00):とみる。又隣家の淸信女、同月の夢に、この地に色色の蓮華ひらけて、おのおの光をはなち、妙香 0000_,31,247a10(00):を熏ずとみる。淸水寺の住僧、同月九日の夜の夢に、夜叉神等群集して、この地をひき、石をたた 0000_,31,247a11(00):むと見る。別當入道惟方卿の娘或説には孫云云粟田口の禪尼、上人往生の後、二月十三日の夜の夢に、上人 0000_,31,247a12(00):の墳墓にまいりたれば、八幡の寶殿なり。御戸をあけたるに、御正體まします。傍なる人その御正 0000_,31,247a13(00):體をさして、これこそ法然上人よといふをききて、信心おこり、身の毛いよだち、あせながると見 0000_,31,247a14(00):る。又一人の女人、同三月十四日の夜の夢に、上人の廟堂にまいりたれば、庭に色色の蓮華あり。 0000_,31,247a15(00):一人の僧ありて、いまだひらけざる蓮花一莖をあたへて、この地に詣せむものには、この蓮華一莖 0000_,31,248a01(00):をあたふべし。これ往生人のかずにいるべきしるしなり。この事あまねく人にしめすべしとのたま 0000_,31,248a02(00):ふ。掌をあはせてこれをうくとおもひてゆめさめぬ。この夢におどろきて、かの墳墓にたづねまい 0000_,31,248a03(00):れるに、地景といひ廟堂といひ、事の儀すこしも夢にたがはざりければ信心あさからずして、この 0000_,31,248a04(00):よしを披露するにまことをいたし、あゆみをはこぶもの、忌月をむかへて貴賤いちをなし、亡日を 0000_,31,248a05(00):まちて上下そでをつらねけり。當時知恩院といへるこれなり 0000_,31,248a06(00):第二圖 0000_,31,248a07(00):四條堀河に、材木を賣買して世をわたるものありけり。その名を堀河の太郎入道といふ。ふかく 0000_,31,248a08(00):上人に歸し念佛を信じて、上人往生のときは、廟堂の柱をぞたてまつりける。しかるに上人の中陰 0000_,31,248a09(00):に、ある日の午刻ばかりに老翁一人上人の墳墓にたづねきたりていはく、我はこれ西山の樵夫なり 0000_,31,248a10(00):すぎぬる寅時のゆめに、一人の僧きたりてつげての給はく、法然上人の墓所堂の柱、奉加せる入道 0000_,31,248a11(00):ただいま極樂に生ず。ゆきて結緣すべしと、これによりてたづね參ずるよしを申。おきなのつげに 0000_,31,248a12(00):よりて、僧衆等ゆきてたづぬるに、かの太郎入道は、所勞によりてこの程、東石藏禪林寺の東なる所に 0000_,31,248a13(00):移住せりと申あひだをのをのかの所へゆきてたづぬるに、さる事侍り。事の緣ありてこれに侍つる 0000_,31,248a14(00):が、上人つねにかたはらにましまして、臨終のちがづくよしをしめし、念佛をすすめ給なりとて、 0000_,31,248a15(00):よろこび侍つるが、すぎぬるあかつき、すでに往生をとげ侍ぬると申す。たづねいたる僧衆、なら 0000_,31,249a01(00):びに老翁、ゆめの告のたがはざる事を感じ、上人に繋屬結緣のむなしからざる事をよろこびて、を 0000_,31,249a02(00):のをのなみだをぞおとしける 0000_,31,249a03(00):第三圖 0000_,31,249a04(00):法然上人行状畫圖 第卅九 0000_,31,249a05(00):上人臨終のとき遺言のむねあり。孝養のために精舍建立のいとなみを、なすことなかれ。心ざし 0000_,31,249a06(00):あらば、をのをの群集せず、念佛して恩を報ずべし。もし群集あれば鬪諍の因緣なりとの給へり。 0000_,31,249a07(00):しかれども法蓮房、世間の風儀に順じて、念佛のほかの、七日七日の佛事を修すべきよし申されけ 0000_,31,249a08(00):れば、諸人これにしたがふ 0000_,31,249a09(00):初七日 導師信蓮房 0000_,31,249a10(00):檀那大宮入道内大臣實宗公 かの諷誦の文云、夫以先師在生のむかし、弟子朝をのがれしゆふべ 0000_,31,249a11(00):一心の精誠をこらして、十重の禁戒をうく。かるがゆへに濟度を彼岸にたのみ、敬て諷誦をこの砌 0000_,31,249a12(00):に修す。小善根をきらふ事なかれ。かならず大因緣たらむ、仍蓮臺の妙果をかざらむがために、は 0000_,31,249a13(00):やく霜鐘の逸韻をたたく眞名をもて假名にうつす以下これにおなじ 0000_,31,249a14(00):第一圖 0000_,31,250a01(00):二七日 導師求佛房 0000_,31,250a02(00):檀那別當入道孫某甲 0000_,31,250a03(00):第二圖 0000_,31,250a04(00):三七日 導師住眞房 0000_,31,250a05(00):檀那正信房湛空 0000_,31,250a06(00):誦經物、唐朝王羲之摺本、一紙面十二行八十餘字書之 0000_,31,250a07(00):にしへよしゆくべき道のしるべせよ 0000_,31,250a08(00):むかしもとりのあとはありけり 0000_,31,250a09(00):第三圖 0000_,31,250a10(00):四七日 導師法蓮房 0000_,31,250a11(00):檀那良淸かの諷誦の文云 0000_,31,250a12(00):先師末法萬年のはじめにあたりて、彌陀一敎のすぐれたることをひろむ。智惠劍をひきさぐ。莫耶 0000_,31,250a13(00):のほこさきときにあらず。戒行珠をみがく摩尼のひかり明をならふ。抑尊靈逝川にさきだちて四七 0000_,31,250a14(00):日、遠人來迎の雲をのぞむ。新墳について兩三度、遺弟酷烈の氣をかく。誠諦の言をおもひて、菩 0000_,31,250a15(00):提の願をこふといへども、掲焉の旨意敬もて伏膺す 0000_,31,251a01(00):第四圖 0000_,31,251a02(00):五七日 導師權律師隆寬 0000_,31,251a03(00):檀那勢觀房源智かの諷誦の文云 0000_,31,251a04(00):彩雲軒をおほふ、ちかく見、とをく見て來集す。異香室にみつ。我きき人ききて嗟嘆す 0000_,31,251a05(00):第五圖 0000_,31,251a06(00):六七日 導師法印聖覺 0000_,31,251a07(00):檀那慈鎭和尚 かの諷誦の文云 0000_,31,251a08(00):佛子、上人存日のあひだ、しばしば法文を談じ、常に唱導にもちふ。結緣のおもひあさからず。濟 0000_,31,251a09(00):度の願ふかきがごとし。これによりて、今六七の忌辰にあたりて、いささか三敬の諷誦を修す。法 0000_,31,251a10(00):衣をささげて往生の家にをくる。解脱の衣これなり。法食をまうけて化城の門にほどこす。禪悦の 0000_,31,251a11(00):食これなり。然則聖霊は、かの平生の願にこたえて、かならず上品の蓮臺に生じ、佛子は眞實の思 0000_,31,251a12(00):によりて、はやく最初の引接をえむ 0000_,31,251a13(00):第六圖 0000_,31,251a14(00):七七日 導師三井僧正公胤 0000_,31,251a15(00):檀那法蓮房信空かの諷誦の文云 0000_,31,252a01(00):先師廿五歳のむかし、弟子十二歳のとき、かたじけなくも師資の契約をむすび、ひさしく五十の 0000_,31,252a02(00):年序をつめり、一旦生死をへだつ。九廻の腸たえなんとす。北嶺黑谷の草庵に宿せしより、東都白 0000_,31,252a03(00):河の禪房にうつりしにいたるまで、其間撫育の恩といひ、提撕の志といひ、報謝の思昊天きはまり 0000_,31,252a04(00):なし。ここをもて彌陀迎接一驅の形像をあらはし、胎藏金剛兩部の種子を安ず。又妙法花經八軸を 0000_,31,252a05(00):摺寫し、金光明經一部を書寫して、もちて開眼し、もて開題す。一心の懇志三寶知見し給へ 0000_,31,252a06(00):三井の僧正、ねんごろに導師をのみぞ申されけるあひだ、おもひのほかなる心地しけるほどに、 0000_,31,252a07(00):道師として種種の捧物を隨身せられたりけり。子細おぼつかなかりけるに、説法のとき佛經の讃嘆 0000_,31,252a08(00):をはりてのち、つぶさに淨土決疑抄をやく因緣をのべていはく、今日の唱導にすすみ參ずる事は、 0000_,31,252a09(00):ひとへに上人誹謗の重罪を懺悔せむためなり。上人面談のついでに條條の僻事をなをされ、又我宗 0000_,31,252a10(00):の大事三箇條、上人のをしへをもちて、これを決す。門弟と稱するにたれり。上人一言の智辨をき 0000_,31,252a11(00):きて、下愚三卷の謬書をやくといへども、先非をかなしむ涙をさへがたく、後悔をいたすおもひき 0000_,31,252a12(00):えがたし。これによりて隨分の噠嚫をささげて廟堂に詣し、慇懃の懺悔をこらして寶前にひざまづ 0000_,31,252a13(00):く。弟子まことをいたす。亡魂こころざしをおさめ給へとて、落涙せられければ聽衆感嘆のこえ、 0000_,31,252a14(00):ひびきをなし、諸人隨喜のなみだ袖をしぼりけり 0000_,31,252a15(00):第七圖 0000_,31,253a01(00):法然上人行状畫圖 第四十 0000_,31,253a02(00):上人かたりての給はく、われ一向專念の義をたつるに、人おほく謗じていはく、たとひ諸行を修 0000_,31,253a03(00):すといふともまたく念佛往生のさはりとなるべからず。何ぞあながちに一向專念の義をたつるや。 0000_,31,253a04(00):これ偏執の義なりと、かくのごとくの難をいたすは、この宗のいはれをしらざるゆへなり。經には 0000_,31,253a05(00):一向專念無量壽佛といひ、釋には一向專念彌陀佛名と判ぜり。經釋をはなれてわたくしにこの義を 0000_,31,253a06(00):たてぱ、誠にせむるところのがれがたし。此難をいたさんとおもはば、先釋尊を謗じ、次に善導を 0000_,31,253a07(00):謗ずべし。そのとがまたくわが身のうへにあらずとぞ、おほせられける。一向専修の義を破する人 0000_,31,253a08(00):おほかりしなかに、薗城寺の長吏、大貳僧正公胤、いまだ大僧都なりし時、上人を誹謗して、公胤 0000_,31,253a09(00):が見たらん文を法然房の見ぬはありとも、法然房の見たるらん事の、公胤が見ぬはよもあらじと自 0000_,31,253a10(00):嘆して、淨土決疑抄三巻を記して選擇集を破す。則學佛房を使者として、上人の室にをくらるると 0000_,31,253a11(00):き、上人かの使にむかひて、これをひらき見給に、上巻のはじめに法花に即往安樂の文あり。觀經 0000_,31,253a12(00):に讀誦大乗の句あり。讀誦、極樂に往生するに何のさまたげかあらん。しかるに讀誦大乗の業を癈 0000_,31,253a13(00):して、ただ念佛ばかりを付屬すといふ。これおほきなるあやまりなりといへり。この文を見たまひ 0000_,31,253a14(00):て、おはりを見ず。さしをきてのたまはく、この僧都これほどの人とおもはざりつ。無下の事なり 0000_,31,254a01(00):けり。一宗をたつとき、かれは癈立のむねを存ずらんとおもはるべし。しかるに法花をもて觀經往 0000_,31,254a02(00):生の行にいれらるる事、宗義の癈立をわするるに似たり。もしよき學生ならば、觀經はこれ爾前の 0000_,31,254a03(00):敎なり。かのなかに法花を攝すべからずとそ難ぜらるべき。今の淨土宗の心は觀經前後の諸大乘經 0000_,31,254a04(00):をとりてみなことごと往生の行のなかに攝す。なんぞ法華ひとりもれんや。あまねく攝する心は 0000_,31,254a05(00):念佛に對してこれを癈せんためなりとの給ければ、使歸てこのよしをかたるに、僧都口をとぢて、 0000_,31,254a06(00):言説なかりけり。あるとき宜秋門の女院中宮にて、一品の宮を御懐姙の時、上人は御戒の師にめさ 0000_,31,254a07(00):れ、公胤は御導師に參じたまひて參會し給事侍き。御受戒はてて、上人退出せんとし給に、預きた 0000_,31,254a08(00):りてしばし候はせ給へ、見參に入侍らんと。大貳の僧都御房申せと候と申あひだ、暫祗候し給に、 0000_,31,254a09(00):御經供養はてて、僧都きたりて、上人には念佛の事をぞ尋申ぺけれども、まづ大要なるにつきて申 0000_,31,254a10(00):侍なり。東大寺の戒の、四分律にて侍る事は、如何なるいはれにて侍ぞと申さるるあひだ、東大寺 0000_,31,254a11(00):の戒の、四分律にてあるべき道理を具に釋したまひたりしかば僧都かへりて、勘て見給けるに、上 0000_,31,254a12(00):人申さるるむね、すこしもたがはざりければ、次の日又參會の時、昨日仰られ侍し事ども、誠にさ 0000_,31,254a13(00):候けりとて、僧都以外に上人を歸敬したまひ、淨土の法門を談じ、かねて餘事にわたる。玄惲をく 0000_,31,254a14(00):ゑんくゐと、僧都の申されければ、その宗の人の申侍しは、くゑんうむとこそ申侍しか、暉とかき 0000_,31,254a15(00):てこそ、くゐとはよみ侍れ、惲とかきては、うむとこそよみ侍れと上人直申されき。惣じてかくの 0000_,31,255a01(00):ごときのあやまりども七ヶ條まで直されたりしかば、僧都退出ののち、弟子にかたられけるは、今 0000_,31,255a02(00):日法然房に對面して、七ヶ條の僻事を直されたり。常に見參せば、さいがくはつき侍なん。たつる 0000_,31,255a03(00):ところの淨土の法門、聖意に違すべからず。あふぎて信べし。かの上人の義をそしる、これおほき 0000_,31,255a04(00):なるとがなりとて、則製作の決疑抄三卷をやかれにけり。誠博覽のいたり、ゆゆしかりけりとぞ、 0000_,31,255a05(00):ほめ申されける。かの僧正は、顯密の達者にて、智行兼備せり。稱美の詞、信をとるにたれるもの 0000_,31,255a06(00):なり。上人の中陰の唱導をのぞみつとめて、かさねて前非を懺悔せられき。ひとへに上人の勸化に 0000_,31,255a07(00):歸し、念佛の行おこたりなくして、建保四年潤六月廿日、春秋七十二、禪林寺のほとりにして、往 0000_,31,255a08(00):生をとげられしに、洛中洛外、紫雲を見、瑞相をききて、群集結緣の道俗かずをしらず。寺門の碩 0000_,31,255a09(00):德顯密の宗匠なりき。しかれども善をききてうつりやすく、非をあらため信を生じて、つゐに往生 0000_,31,255a10(00):の素懷をとげられにき。末學偏執のおもひ、むしろ古賢のあとにはぢざらんや 0000_,31,255a11(00):第一圖 0000_,31,255a12(00):栂尾の明惠上人高辨摧邪輪三卷を記して選擇集を破す。上人の門徒こぞりて難をくはへしにより 0000_,31,255a13(00):て、かさねて莊嚴記といへる一卷の書をつくりて、その難を救すといへども、義理不相應のあひだ 0000_,31,255a14(00):此書をつくられてのち、いよいよ名譽をおとされけり。入道民部卿長房卿は、もとより明惠上人に 0000_,31,255a15(00):歸したる人なりければ、かの邪輪を信じて、高野明遍僧都に見せたてまつらんとし給ける時、僧都 0000_,31,256a01(00):なに文ぞと尋申されけるに、選擇集を破したる文なりと申されければ、我は念佛者なり。念佛を破 0000_,31,256a02(00):したらん文をば、手にもとるべからず、目にも見るべからずとて、返し給にけり。かの禪門も、の 0000_,31,256a03(00):ちには選擇のいみじき事を聞ひらきて、かへりて選擇に歸して、いづれの文か、邪輪なるらんと申 0000_,31,256a04(00):されけるとなむ。其後仁和寺の昇蓮房、かの邪輸をもちて、明遍僧都に見せたてまつるに、僧都申 0000_,31,256a05(00):されけるは、凡立破のみちは、まづ所破の義を、よくよく心得てこそ、破するならひなるに、選擇 0000_,31,256a06(00):集の趣を、つやつや心えずして破せられたるゆへに、その破さらにあたらざる也。その中に、異學 0000_,31,256a07(00):異見をもて、群賊にたとふるを破せられたるも、これ善導の觀經の疏の文なり。またく法然房のと 0000_,31,256a08(00):がにあらず。おほかた生死をはなれると思ふ程の人の、これまで罵詈誹謗せられたる事も、心得が 0000_,31,256a09(00):たしとの給へり。かの僧都は論議決擇のみち、日本第一のほまれありき。ある時貞慶己講、解脱上人是也 0000_,31,256a10(00):澄憲法印、明遍僧都、會合して、われら一族、三人いざ宗論し侍らんと申されけるに、澄憲法印筆 0000_,31,256a11(00):をとりて、三論に明遍あり。敵のつるぎをとりて敵を害す。法相に貞慶あり。寸をとへば寸をこた 0000_,31,256a12(00):ふ、宗論さらにかなふべからずとぞかかれたりける。すべて一期の間論義につまらずとぞ申つたへ 0000_,31,256a13(00):侍る。その評判無下には侍らじかし、さればかの明惠上人、菅宰相爲長卿のもとへおはしたりける 0000_,31,256a14(00):に、摧邪輪の事を申いだしたりければ、さる事侍しかども、ひが事なりけりとおもひなりて、いま 0000_,31,256a15(00):は後悔し侍なりと、申されけるとなむ 0000_,31,257a01(00):第二圖 0000_,31,257a02(00):禪林寺の大納言僧都靜遍は、池の大納言賴盛卿の息、弘法大師の門人なり。はじめは醍醐の座主 0000_,31,257a03(00):勝憲僧正を師として小野の流をうけ、のちには仁和寺の上乘院の法印仁隆にあひて、廣澤の流をつ 0000_,31,257a04(00):たへて、事相敎相、拔群のほまれありき。淨土門にいれる濫觴を、みづからかたり申されけるは、 0000_,31,257a05(00):世こぞりて選擇集に歸し、念佛門にいるものおほくきこゑし程に、嫉妬の心をおこして選擇集を破 0000_,31,257a06(00):し、念佛往生の道をふさがむと思ひて、破文かくべき料紙までととのへて、選擇集をひき見るとこ 0000_,31,257a07(00):ろに、日ごろの所案おほきに相違す。末代惡世の凡夫の出離生死のみちは、ひとへに稱名の行にあ 0000_,31,257a08(00):りけりと見さだめにしかば、かへりてこの書を賞翫して、自行の指南にそなふるよしをぞ申されけ 0000_,31,257a09(00):る。日來嫉妬の心を生じ給ける事をくひかなしみて、大谷の墳墓にまふでて、なくなく悔謝してい 0000_,31,257a10(00):はく、今日よりは上人を師とし、念佛を行とすべし。聖靈照覽をたれて、先非をゆるし給へとぞ、 0000_,31,257a11(00):くどき申されける。其後綱班を辭し、みづから心圓房と號して、一向念佛せられき。あまさへ續選 0000_,31,257a12(00):擇をつくりて、上人の義道を助成し、一偈をむすびていはく、一期所案極、永捨世道理唯稱阿彌 0000_,31,257a13(00):陀語嘿常持念と、又法照禪師の五會法事讃の、彼佛因中立弘誓、聞名念我惣來迎といへる、七言八 0000_,31,257a14(00):句の文を誦して、淨土宗の肝心、この文なりとぞ、つねは申されける。つゐに貞應三年四月廿日、 0000_,31,257a15(00):本意のごとく往生をとげられにけり、月氏には天親菩薩はじめに小乘を信じて、五百部の論をつく 0000_,31,258a01(00):りて大乘を破せしかども、後に改悔の心をおこし、大乘に歸せしかば、大乘五百部の論をつくりて 0000_,31,258a02(00):かへりてこれをほめき。震旦には宋の張丞相いまだ、秀才たりし時、ふかく佛法をそねみて、破法 0000_,31,258a03(00):論をつくらむと沈吟せしとき、何氏方便をめぐらして、邪見の説どもをよくよく見て破すべきなり 0000_,31,258a04(00):とて、維摩經三卷をあたへしかば、この經を披閲して、ふかく改悔の心をおこし、護法論をつくり 0000_,31,258a05(00):て、かへりて佛敎をたすけき。震旦日域ことなれども、捨邪歸正のあと、むかしもかくこそ侍けれ 0000_,31,258a06(00):第三圖 0000_,31,258a07(00):法然上人行状畫圖 第四十一 0000_,31,258a08(00):毘沙門堂の法印明禪は、參議成賴卿の息、顯宗は檀那の嫡流智海法印の面受、密宗は法曼院の正 0000_,31,258a09(00):統仙雲法印にうく。顯密の棟梁、山門の英傑なり。しかれども、道心うちにもよをし隱遁のおもひ 0000_,31,258a10(00):ふかかりき。初發心の因緣をかたり申されけるは、最勝講の聽衆に參たりしとき、緇素貴賤、けふ 0000_,31,258a11(00):をはれとのみ思あへり。夢幻泡影片時のさかへを、わすれざるものひとりもあらず。俗家には、大 0000_,31,258a12(00):將の庭上のことから、大理の門外のふるまひ、僧中には證義者は上童をぐして別座をまうけ、攝錄 0000_,31,258a13(00):の息は隨身をしたがへて直廬に參ぜらる。かれこれの榮耀を見て、見聞のともがら、はしりまはる 0000_,31,258a14(00):ありさま、つくづくとおもへば、無常たちまちにいたりなぱ餘算いつまでとか期すべき。世上の忩 0000_,31,259a01(00):忙を見るにつきては、胸の中の觀念すみまさるままに、隱遁のおもひ、この時治定せりとぞ申され 0000_,31,259a02(00):ける。上人の念佛興行、大にそねみそしりて、つゐに在世の勸化をきかず、籠居の心ざし思さだめ 0000_,31,259a03(00):て後も、出離の道いまだ一決せず。とかく思惟せられけるに、もちたる數珠われもおもひわくかた 0000_,31,259a04(00):なくて、自然の手すさみにくられけるとき、有緣の法、易行の道、稱名にあるべきにこそと、その 0000_,31,259a05(00):座にておもひそめられて、つゐに籠居せられにけり。其後上人の弟子法蓮房に謁して、念佛の法門 0000_,31,259a06(00):を談ず。上人所造の選擇集を送られけるを、披見ののち淨土の宗義を得、稱名の功能をしる、信仰 0000_,31,259a07(00):のあまり改悔の心をおこし、選擇集一本を寫とどめて、雙紙の袖に、源空上人の選擇集は、末代念 0000_,31,259a08(00):佛行者の目足なりと書付られ、あまさへ、又述懐の抄をしるして、上人の義をほめ申されけり。彼 0000_,31,259a09(00):抄云、近來法然上人淨土宗を興し、專念の行をすすめしかども、大にそねみ、大にそしりて、學す 0000_,31,259a10(00):るに及ばずして、むなしくすぎぬ。しかるに不慮のほかに、かの上人の門弟に向顔する事ありき。 0000_,31,259a11(00):彼人のいはく、きかざるには、信も謗もともにあやまりあり。先師所造の書あり。これを見て、も 0000_,31,259a12(00):しは信じ、もしは謗ずべしとて選擇集をおくれり。これを見るに、一遍は、なにともおもひわくか 0000_,31,259a13(00):たなく、見をはりぬ。二遍には偏執のとがやまねくらんとおもひて、見をはりぬ。第三遍よりは、 0000_,31,259a14(00):深旨ありと見なして、四五遍これを見るに、信をまして疑なし。乃至我朝に淨土をすすめ、念佛を 0000_,31,259a15(00):ひろむる人おほしといへども、この上人は信謗ともにつねの人にこゑたり。そのゆへをたづぬるに 0000_,31,260a01(00):一向專念のすすめよりをこれり。つねの人の心にたがへば、そしるにいはれあり。つねの人の義に 0000_,31,260a02(00):こへたれば信ずるにいはれあり。この義を立せずぱ、あながちにそしるべからず。あながちに信ず 0000_,31,260a03(00):べからず。むかしも今も、この義を立つる人なければ、失たるべくば人にすぐれたる失たるべし、 0000_,31,260a04(00):德たるべくば、ひとにすぐれたる德たるべし。ゆめゆめ普通の義に准ずべからず。ただしこのすす 0000_,31,260a05(00):めにしたがひて、往生する人、すでに四遠にあまねければ、德とするにたれり。已上略抄 とぞ、かかれ 0000_,31,260a06(00):たる 0000_,31,260a07(00):第一圖 0000_,31,260a08(00):かの法印は、天台の宗匠なりしかども選擇集を披覽の後は、ひとへに在世の誹謗をくひ、ふかく 0000_,31,260a09(00):上人の勸化を信じて、こころを金池のなみによせ、いまはただ畢命を期とせんばかりなりとて、專 0000_,31,260a10(00):修專念の行をこたりなく、念佛往生のいとなみ他事なかりしかば、そのきこへ都鄙にあまねく、往 0000_,31,260a11(00):生をこひねがふ輩たづねいたらずといふ事なかりき。承久三年のころ但馬宮より念佛往生の事御た 0000_,31,260a12(00):づねありしには、要文をあつめて、こまかに注申されき。又散心念佛の事、後鳥羽院遠所の御所よ 0000_,31,260a13(00):り西林院の僧正承圓 につげて、仰下されける。嘉祿二年正月十五日の御書云、六廻の春を迎といへ 0000_,31,260a14(00):どもいまだ一身の愁をなぐさめず。前世の惡業ちから及ところにあらず。しかるをむなしく日月を 0000_,31,260a15(00):をくりて、出離の行を決せず。止觀弘決等を披見候にも、三諦圓融の義をしらずば、無始の惡業の 0000_,31,261a01(00):ぞきがたく候歟。自性空の理を心にかけずば、散心念佛ばかりもいかがと覺候、三部經の中に、雙 0000_,31,261a02(00):觀經などは、佛智不思議智を信ぜざるものは、往生得がたきむね分明に候。實相の理を心に思候へ 0000_,31,261a03(00):き樣如何。たとへば、一一の塵勞門を翻つれば、即それ八萬四千の諸三昧門なり。無明轉じて明と 0000_,31,261a04(00):なる。氷とけて水となるがごとくなり。虚妄分別するとき、煩惱も力をば得事なれば、自性むなし 0000_,31,261a05(00):からむには、なににつきてか煩惱もあるべきと、まことに一念を發して、衆生と有緣の佛なれば、 0000_,31,261a06(00):阿彌陀をとりわきて念佛せんは、かたがた六方諸佛の證誠もむなしからず。三諦相即の義も具足し 0000_,31,261a07(00):てよく候なんと覺候。都率の僧都覺超の、眞如觀と申事にも、眞如を思樣とて候も別に煩べしとは 0000_,31,261a08(00):見え候はぬは、あまりいふかひなき淺智のあまり、かくのごとく存候歟。隆聖房などが申候しは、 0000_,31,261a09(00):すこしも我等が分におもひよるべき事とは申さず候き。其間の子細不審無極候。實にも令申候分際 0000_,31,261a10(00):は、尾籠の事にて、出離もかくては不可叶候はんには、只散心念佛の行にて候べく候。いづれの樣 0000_,31,261a11(00):もきらふべからず候。一定出離しぬべく候はむ樣、相構て可注給候。且如明禪にも被仰合て、委 0000_,31,261a12(00):細可被仰候。今生の事、いまはこの外不可有他事候。來世さへに空しく成候ぬと、心浮覺候也 0000_,31,261a13(00):近日の上人などは、中中以外の新義ども多候て、難信受事にて候。聖覺などをも被召寄候て、兩方 0000_,31,261a14(00):を委細に尋さぐられ候て、最上の至要を可注給候。御邊には、散心念佛の義むねと申ものは不候や 0000_,31,261a15(00):と覺候間、せめて兩方をも爲令聞給、聖覺をめさるべしとは申候也。なに事も、一方ばかりは惡し 0000_,31,262a01(00):き事にて候也。返返能能思惟して可示給候。今生の大望これにて候也已上取詮。これにつきて、西林 0000_,31,262a02(00):院の僧正、明禪法印につかはす状云、遠所の御書これを進覽、この事愚闇の身たやすく御返事を申 0000_,31,262a03(00):がたく候。ただし、但信稱名を遮するにあらずといへども、理觀念佛は、無上菩提如在右手とこそ 0000_,31,262a04(00):は候へ、觀解に堪しめ御さば、目出こそは候はめ。所詮御所存の樣を給て、進ずべく候。且は御書 0000_,31,262a05(00):に見候歟。卑賤の類たりといふとも、なほ曩劫の宿善を知がたし。いはむや九五の尊たり。さだめ 0000_,31,262a06(00):て三界の故鄕を出やすく御候歟。一文一句の知識最前級引の媒介に候歟。まことに大切の事候。か 0000_,31,262a07(00):ならず御存知の趣、色代覆藏なく注給て、進べく候也已上取詮。明禪法印の返状云、散心念佛、理觀を 0000_,31,262a08(00):相兼られ候事、口稱三昧、觀解を瑩かれば、いよいよ出離の媒たるべく候。但止觀等は、聖道門出 0000_,31,262a09(00):離の一筋を示候。淨土門の散心念佛を遮するにあらず候。易行道必らず理觀を具べきにあらず候。 0000_,31,262a10(00):惠心の釋その意に候歟。且は傳記の文、一紙かきいだして進上候。この條淨土宗の道綽善導等の人 0000_,31,262a11(00):師の心、左右なき事にて候うへ、經敎論家、ならびに天台妙樂等の釋までも違すべからず候。地體 0000_,31,262a12(00):菩提心につきて、緣理四弘は勿論の事、菩提心をかならず具不具は人師の釋等不定候、惠心二釋いは 0000_,31,262a13(00):むやその上の行、かならず理觀を具べきにあらず候歟。但念佛の外、餘行無益のよし、近來の聖人 0000_,31,262a14(00):等多申候歟。この條はなはだ甘心なく候、泥洹の眞の法寶衆生種種の門より入と云云行者の根性區 0000_,31,262a15(00):區にわかれ候。己心の高廣を觀して無窮の聖應をたたく機緣、又なかるべきにあらず候。たとひ末 0000_,31,263a01(00):代たりといふとも、なむぞ射的の益なく候はんや。但且は本願に順じ、且は易行たり。散心念佛往 0000_,31,263a02(00):生の業に足よし。出仕のむかしより、籠居のいまにいたるまで、その意變ぜず候。御使を立ながら 0000_,31,263a03(00):所存の趣を申入候。御取捨あて申さるべきよし、洩申しめ給べく候已上取詮 法印注進の、惠心傳記 0000_,31,263a04(00):の文云、往年に人ありてひそかに問云、和上智行世に等倫なし、所修の行法、なにをもちてか、宗 0000_,31,263a05(00):とするや。答念佛を宗とす。又問、諸行の中には、理をもちて勝たりとす、念佛の時法身を觀ずや 0000_,31,263a06(00):いなや。答只佛號をとなふ。又問、なんぞ理を觀ぜざる。答往生の業には、稱名足ぬべし。本意こ 0000_,31,263a07(00):の念にあり、故に理を觀ぜず。但これを觀ぜんとおもはむにかたしとせず。われ理を觀ずるとき、 0000_,31,263a08(00):心あきらかに通達して障碍ある事なし云云 僧正又重状云、一紙の趣、ふかく肝に銘候。一代の聖敎 0000_,31,263a09(00):をのせらるるといふとも、これにすぐべからず候歟。愚意の所存秋毫も違せず候間、信仰無極候。 0000_,31,263a10(00):抑抑彼へ進上の書札、細少を爲先候。文字も今すこしちゐさきやうに、御書寫ありて給べく候。御 0000_,31,263a11(00):自筆、上覽のために宜るべき間申候也云云取詮 無觀の散心念佛、彌陀の本願にかなひ往生の業因た 0000_,31,263a12(00):るむね、惠心の傳記、法印の存知、あきらかなり 0000_,31,263a13(00):第二圖 0000_,31,263a14(00):法印風痾にをかされ、病惱日月ををくるといへども、稱名の行さらにをこたる事なし。病席にふ 0000_,31,263a15(00):して後、ある時にはかに涕泣せらるる事のありけるを、弟子おどろきてこれを尋申ければ、明禪聖 0000_,31,264a01(00):覺と手つかひて、人にいはるなる、無益の對揚かなと。としごろおもひしが、ただいまふとおもひ 0000_,31,264a02(00):いでられたるなり。故郷の妄執をわすれざるは、淨刹の欣求のひまあるにこそと申されける。念念 0000_,31,264a03(00):不捨の信力も、このことばにあらはれ、順彼佛願の正業も、ただ一言にしられたり。紫雲たなびき 0000_,31,264a04(00):て往生人の相ありとて、人おほく群集するよし。看病の人人申ければ、何條明禪が臨終に、紫雲の 0000_,31,264a05(00):沙汰までにをよばむぞ。ただ正念みだれずして、稱名をもちて息たえたらんにすぐべからずとて正 0000_,31,264a06(00):信房を知識として、頭北面西にて、極重惡人、無他方便、唯稱彌陀、得生極樂の文をとなへ、念佛 0000_,31,264a07(00):相續し、如入禪定にして、仁治三年五月二日午刻に往生をとげられけるとなむ。凡如來の出世に 0000_,31,264a08(00):は、大權の菩薩外道となり佛化をあざむきてかへりて威光をましき。上人濁世の良導たるによりて 0000_,31,264a09(00):誹謗留難、しばしばきおひおこりしかども、時機相應の運しからしめて、その宗つゐに隱沒せず、 0000_,31,264a10(00):相傳いよいよさかむなり。むかしをもちていまをおもふにかへりて信心をますにたれるものなり 0000_,31,264a11(00):第三圖 0000_,31,264a12(00):法然上人行状繪圖 第四十二 0000_,31,264a13(00):上人の歿後 順德院の御宇 建保 後堀川院の御宇 貞應嘉祿 四條院の御宇 天福延應たびたび 0000_,31,264a14(00):一向專修停止の 勅をくださるる事ありしかども、嚴制すたれやすく、興行とどまりかたくして、 0000_,31,265a01(00):遺弟の化導都鄙にあまねく、念佛のこゑ洋洋として耳にみてり。これあに止住百歳の佛語むなしか 0000_,31,265a02(00):らずして、やうやく利物偏增の益をあらはすにあらずや、爰に上野國より登山し侍ける、並榎の竪 0000_,31,265a03(00):者定照、ふかく上人念佛の弘通をそねみ申て、彈選擇といふ破文をつくりて、隆寬律師の庵にをく 0000_,31,265a04(00):るに、律師又顯選擇といふ書をしるしてこれをこたふ。その詞には、汝が僻破のあたらざる事、た 0000_,31,265a05(00):とへば暗天の飛礫のごとしとぞあざむかれて侍る。定照いよいよいきどをりて、ことを山門にふれ 0000_,31,265a06(00):衆徒の蜂起をすすめ、貫首淨土寺僧正圓基にうたへ、奏聞をへて、隆寬幸西等を、流刑せしめ、あまさへ 0000_,31,265a07(00):上人の大谷の墳墓を破却して、死骸を鴨河にながすべきよし結構す 0000_,31,265a08(00):第一圖 0000_,31,265a09(00):つゐに 勅許ありしかば、嘉祿三年六月廿二日山門より所司專當をさしつかはして、廟堂を破却 0000_,31,265a10(00):せむとす。ここに六波羅の修理亮平時氏、禁制のために使者をさしつかはす。頓宮の内藤五郎兵衞 0000_,31,265a11(00):尉盛政法師西佛、子息一人を相具してまかりむかふ。たとひ 勅許ありといふとも、武家にあひふ 0000_,31,265a12(00):れらるべし。左右なく狼籍をいたすことはなはだ自由也。すべからく苛法の惡行をとどめて、穩便 0000_,31,265a13(00):の沙汰をいたすべし。もし制法にかかはらずば、法にまかすべきよし、禁遏のことばをつくすとい 0000_,31,265a14(00):へども、なを承引せず。廟墳をやぶり房舍をこぼちければ、醫王山王もきこしめせ、念佛守護の赤 0000_,31,265a15(00):山大明神にかはりたてまつりて、魔緣うちはらひ侍らむ。いつはりて四明三千の使と號し、みだり 0000_,31,266a01(00):に四魔三障のむらがりきたるか。もとどりは主君のためにそのかみきりにき。命は師範のためにた 0000_,31,266a02(00):だいま捨べし。あにはかりきや、戰場をもて、往生の門出とし、惡徒をもて、逆緣の知識とすべし 0000_,31,266a03(00):とは、善惡不二のことはり、邪正一如のをきては、山門の使ならば、さだめてきき知るらん。自他 0000_,31,266a04(00):もろともに、九品蓮臺の同行となり、怨親おなじく七重樹下の新賓たらん、といひて武威をふるひ 0000_,31,266a05(00):ければ、使者退散して、その日はくれにけり 0000_,31,266a06(00):第二圖 0000_,31,266a07(00):その夜法蓮房、覺阿彌陀佛等、妙香院の僧正良快月輪殿御息の禪室に參じて、この事しばらくしづまれ 0000_,31,266a08(00):りといふとも、山門のいきどをりなをむなしからじ。はやく改葬すべきよしを申入るるに、この儀 0000_,31,266a09(00):もともよろしかるべしと仰られければ、やがてこよひ、人しづまりてのち、ひそかに御棺の石の樻 0000_,31,266a10(00):の蓋をひらくに、面像いけるがごとくして、異香芬馥せり、貴しなどもいへはさらなり。おのおの 0000_,31,266a11(00):隨喜の涙をぞながしける 0000_,31,266a12(00):第三圖 0000_,31,266a13(00):西郊にわたしたてまつるに、路次の障難ををそれて、宇津宮の彌三郎入道蓮生、塩屋の入道信生 0000_,31,266a14(00):千葉の六郎大夫入道法阿、澁谷の七郎入道道遍、頓宮の兵衞入道西佛等、出家の身なりといへども 0000_,31,266a15(00):法衣のうへに兵杖を帶して、御ともに參じければ、家子郎等などあひしたがひける程に、軍兵濟濟 0000_,31,267a01(00):として前後にかこめり。遺弟以下御ともに參ずる人一千餘人、おのおの涙をながしかなしみをぞふ 0000_,31,267a02(00):くみけり 0000_,31,267a03(00):第四圖 0000_,31,267a04(00):嵯峨にわたしをきたてまつりて在所を隱密すべきよし、おのおの佛前にちかひて退散しにけり。 0000_,31,267a05(00):ここに山徒本意をとげざる事をいきどをりて、なを遺骨のゆくゑをたづぬるよしきこえしかば、同 0000_,31,267a06(00):廿八日の夜、しのびて廣隆寺の來迎房圓空がもとに、うつしをきたてまつりて、その歳もくれにけ 0000_,31,267a07(00):り 0000_,31,267a08(00):第五圖 0000_,31,267a09(00):翌年安貞二年也正月廿五日の嘵、更に西山の粟生野の、幸阿彌陀佛のもとに、わたしたてまつりて荼 0000_,31,267a10(00):毘をなすに、紫雲そらにみち、異香もともはなはだし。諸人渇仰のおもひいよいよ切なり。荼毘所 0000_,31,267a11(00):の西にあたりて、もとはひとつ、すゑは三またなる松あり。紫雲かの松にかかりて、みどりをかく 0000_,31,267a12(00):すほどなりけり。紫雲の松となづけていまにあり、かの荼毘所のあとには堂をたてて、御墓堂と號 0000_,31,267a13(00):して念佛を修す。いまの光明寺これなり 0000_,31,267a14(00):第六圖 0000_,31,267a15(00):遺骨をひろひ、寶瓶にをさめたてまつり。幸阿彌陀佛にあづけをきて、おのおの退散しぬ。その 0000_,31,268a01(00):のち正信房のさたとして、かの芳骨をおさめたてまつらむために、二尊院の西の岸の上に雁塔をた 0000_,31,268a02(00):てて、貞永二年正月廿五日に、正信房御骨の御むかへに、粟生野の幸阿彌陀佛のもとに罷向ところ 0000_,31,268a03(00):に、幸阿彌陀佛は、御骨を庵室のぬりごめに、ふかくおさめをきたてまつりて、鎭西に下向しにけ 0000_,31,268a04(00):り。かぎをたづぬるに、ぬりごめをひらくべからざるむね、かたくいましめをきて、鎰をあづけを 0000_,31,268a05(00):かれざるよし。留守のものこたえ申あひだ、仰天きはまりなし。相伴ところの門弟廿八人、面面に 0000_,31,268a06(00):力をつくしをして戸をひらかむとするにかなはず、むなしく歸なんとする時、御在世ならば、湛空 0000_,31,268a07(00):が參たるよし申いれんに、などか見參にいらでむなしく歸るべきと。なくなくくどき申されけるに 0000_,31,268a08(00):ぬりごめのくるるなるやうにおぼえければ、門弟の中にちかく侍る信覺といふ僧に、いま一度戸を 0000_,31,268a09(00):ひきてみよと、正信房申されければ、信覺たちよりて戸をひらくに、相違なくあきにけり。嘆申お 0000_,31,268a10(00):もむきを聞食入られけるにこそとて、歡喜の涙をながし、御骨をむかへたてまつりて、塔中にをさ 0000_,31,268a11(00):めたてまつりぬ 0000_,31,268a12(00):第七圖 0000_,31,268a13(00):法然上人行状繪圖 第四十三 0000_,31,268a14(00):上人の勸化、本願のむねに、かなふゆへに、かのおしへにしたがふもの、往生をとげたる事、在 0000_,31,269a01(00):世といひ、滅後といひ、都鄙のあひだ、そのかずをしらず。筆墨も、記しがたし。しかりといへど 0000_,31,269a02(00):も、法流をひろむる、遺弟より、慈訓をまもる、道俗にいたるまで、まのあたり、面受したてまつ 0000_,31,269a03(00):れるにかぎりて、舊記にのせ、口實にそなふるところ、あつめて、その行状をしるす。けだし上人 0000_,31,269a04(00):化導の德とするにたれるゆへなり。白川の法蓮房信空又號稱辨は中納言顯時卿の孫、左大辨行隆朝臣の 0000_,31,269a05(00):長男也。かの朝臣の室懷姙の時、父中納言顯時卿申されけるは、汝が妻室のうめらんところ、もし 0000_,31,269a06(00):男子ならば、かならず我養子とすべしと、かの室家つきみちて、久安二年に男子を生ず。中納言こ 0000_,31,269a07(00):れをよろこびて、乳母に酒肉五辛を禁ぜしめて、養そだてらる。保元二年十二歳のとし、黑染の布 0000_,31,269a08(00):の衣袈裟を、くるまのなかにいれて、黑谷の叡空上人にをくりつかはす状云、面謁の時令申候、小 0000_,31,269a09(00):童登山候、剃髪着此法衣不歴名利之學道速授出離之要道云云 仍登山の翌日に出家して、熏修功 0000_,31,269a10(00):つもりにければ、道德三塔にきこえ、名譽九重にをよぶ二條院ことに御歸依をあつくしましまし 0000_,31,269a11(00):けり。叡空上人入滅の後は、源空上人に奉事して、大乘圓戒を相承し、又淨土の敎門をならひ、念 0000_,31,269a12(00):佛を修して、まのあたり白毫を拜す。このひじり、毘沙門堂の法印明禪に對面のことありけるに、 0000_,31,269a13(00):法印たづね申さるること、内外典にわたりて、いづれも分明にこたへ申されければ、所學の程ゆか 0000_,31,269a14(00):しくおぼえて、いかなる明師達にか、あひ給へりしととひ申されけるに、幼稚のむかしより、ただ 0000_,31,269a15(00):法然上人の敎訓をかうぶれるほか、きけるところなきよし申されけり。このひとの才學の程をおも 0000_,31,270a01(00):ふに、師範上人の惠解の分、おもひやられて、いみじくおぼえ侍しと。法印のちにかたられけると 0000_,31,270a02(00):なむ。さればにや、法印但馬宮へ進ぜられける状にも、このひじりの事をば、内外博通し、智行兼 0000_,31,270a03(00):備せり。念佛宗の先達、傍若無人といふべしとぞ、のせられて侍る。行年八十三、安貞二年九月九 0000_,31,270a04(00):日、九條の袈裟をかけ、頭北面西にして、上人の遺骨をむねにをき、名號をとなへ、ねぶるがごと 0000_,31,270a05(00):くして、往生をとげられにけり 0000_,31,270a06(00):第一圖 0000_,31,270a07(00):西仙房心寂は、もと叡空上人の弟子なりけるが、のちには上人を師として、一向專修の行者とな 0000_,31,270a08(00):りにけり、學生なるうへ、道心もふかかりしかば、上人をろかならぬことにおもひ給へり。しかる 0000_,31,270a09(00):を西仙房心中におもはく、同朋同行したしきあたりはことにふれてその難おほし。たれともしられ 0000_,31,270a10(00):ざらんところにひとりゐて、しづかに念佛せんとおもひて、さるべき所やあると、たづねありきけ 0000_,31,270a11(00):るほどに、河内國讃良といふところに、あたりもにぎはひてみゆる家ありけり。そこなる人にたづ 0000_,31,270a12(00):ぬれば、あの家主は、尾入道とて、この邊の長者なり。ありがたき善人にて、よろづの僧の、あつ 0000_,31,270a13(00):まる所なりと申けるをききて、かの家にゆきていふやう、しづかなるところにゐて、後世のつとめ 0000_,31,270a14(00):をせばやとおもひ侍れども、無緣のものにて、身命つきがたし。入道殿は善人にておはすなるに、 0000_,31,270a15(00):あのはやしのなかに、方丈のいほり一つくりて、なににてもめさむものをもよほし給なむや。その 0000_,31,271a01(00):うちにこもりゐて、しづかに念佛し侍らむ。ただし僧を歸依してをきたればとて、心經一卷をもよ 0000_,31,271a02(00):ませ、もしは消息一紙なりともかけなとの給ひて、これへよび、またあれへおはする事あるべから 0000_,31,271a03(00):ず。かたのごとく、命いけ給はむものをば、やまはやしの鳥けだものにほどこすとおもひ給へと。 0000_,31,271a04(00):この入道もいささか見るところありけるにや、いかにも御房の仰られんにしたがふべし。ゆめゆめ 0000_,31,271a05(00):心をたがへたてまつるべからずと。こたへければさらばそのころまいらんと、ちきりおきて京へか 0000_,31,271a06(00):へりのぼりて、所持の聖敎どもをば、ひとにわかちとらせて、ただ水瓶ばかりを身にしたがへつつ 0000_,31,271a07(00):上人の草庵に參じ隱居の所存をのべ、今生の見參は只今ばかりなり。再會は極樂を期し侍べしとて 0000_,31,271a08(00):いでにけり。上人つねはいかやうにか、すみなしたるらんとの給ける程に、三年といふにこのひと 0000_,31,271a09(00):出來れり。上人おどろきて、あれはいかにとの給へば、西仙房申樣、その事に候。はじめの年ばか 0000_,31,271a10(00):りは、世緣俗念の、心をみだる事もさふらはで、よく候しかども、こぞのはるより徒然の心いでき 0000_,31,271a11(00):て、いとひし朋同行、したしき境界までもこひしく、徒然にたえぬままには、ありし聖敎をひらき 0000_,31,271a12(00):見たらばなぐさみてましなど、ひとにとらせし事さへ後悔せられ、剩はては、時非時をつたふる小 0000_,31,271a13(00):童などにむかひて、なにとなきそぞろ事を申て、心をなぐさめなどして、いよいよつれづれのみ、 0000_,31,271a14(00):強盛になり侍りしかば、故郷をおもふ心はおほく、極樂をねごふ心はすくなし。心をしづめて念佛 0000_,31,271a15(00):申さむためにこそ、ここにはきたりしが、つれつれをねむじ故郷をこふる心と、たたかはんために 0000_,31,272a01(00):はあらざりき。されば假名の阿蘭若すみすみてをはりには、なにの身にかはなるべき。無益のすま 0000_,31,272a02(00):ひかなとおもひて入道にはかくとも申さでにげのぼりて候なりと申ければ、智者にも學生にもよら 0000_,31,272a03(00):ず道心なきものはこの心はなき事なりと、上人返返隨喜し給けり。さて姉小路、白川祓殿の辻子と 0000_,31,272a04(00):いふ所に、妹の尼公の侍ける、いほりのうしろに、ひさしをさして、身ひとつおさむるほどに、わ 0000_,31,272a05(00):らをもちてゆひまはして、そのうちにこもりゐて、かみの衣を着し、食時便利のほかは、一向に念 0000_,31,272a06(00):佛す。小土器六をならべて、香をもり火をけさず、とりうつしとりうつして、念佛しけり。ひとに 0000_,31,272a07(00):も對面せず、生涯は別時なりけり。ついに元久元年の冬、臨終正念にして、端坐合掌し高聲念佛す 0000_,31,272a08(00):ること數遍、念佛のこえにていきたえぬ。そのあたり五六町のうち、異香芬馥す、室のうち、三年 0000_,31,272a09(00):までかうばしかりけるとなむ。東山延年寺のうゑの山に葬す。着するところのかみの衣、異香はな 0000_,31,272a10(00):はだし、たづねいたるひと、面面にわかちとりにけり。終焉のとき、貴賤男女はしりあつまりて、 0000_,31,272a11(00):結緣しけるなかに、大番の武士、千葉の六郎太夫胤賴これを見て、たちまちに發心出家す。上人給 0000_,31,272a12(00):仕の弟子法阿彌陀佛これなり 0000_,31,272a13(00):第二圖 0000_,31,272a14(00):嵯峨の正信房湛空は、德大寺の左大臣實能公の孫、法眼圓實の眞弟大納言律師公全これなり。瑜 0000_,31,272a15(00):伽の壇のうへには、四曼不離のはなぶさをもてあそび、觀念の窓のうちには、五相成身の月をすま 0000_,31,273a01(00):して、三密の法將、四明の智德たるべき器用なりければ、實全僧正の附弟にぞたのまれける。され 0000_,31,273a02(00):ども浮生の名利をいとふ心ねんごろに、菩提の直路をねがふ心ざしふかかりければ、つゐに聖道門 0000_,31,273a03(00):を捨てて、上人の弟子となり、ひとすぢに淨土門にぞいり給ける。まのあたり上人の眼光を拜して 0000_,31,273a04(00):のちは信仰ことにふかし。圓戒をつたえて天下の和尚たりき。稽古を事とせず、小學の單修をこのみ 0000_,31,273a05(00):て、學問選擇集にはすぐべからずとぞ申されける。年たけ齡かたぶくままに、道心いよいよ堅固に 0000_,31,273a06(00):して、專修功つもり、行德あらはれければ、世こぞりてこれをたうとびき。毘沙門堂の法印明禪最 0000_,31,273a07(00):後の知識には、このひとをぞもちゐられける。嵯峨の二尊院は、上人草庵をむすびてかよひ給し地 0000_,31,273a08(00):なり。その跡をかうばしくして居をここにしめ、寺院を興隆し、楞嚴雲林兩院の法則をうつして、 0000_,31,273a09(00):廿五三昧を勤行し、上人の墳墓をたてて、もはらかの遺德をぞ戀慕し給ける。上人遷謫のときも、 0000_,31,273a10(00):配所までともなはれけるが、御かたみのためにとて、船のうちにて、上人の眞影をはりたてまつら 0000_,31,273a11(00):れける。船のうちのはり御影とて、當時二尊院の塔にましますこれなり。生年七十八、建長五年五 0000_,31,273a12(00):月の比より、所勞の事おはしけるが、同七月廿七日、念佛數百遍、ねぶるがごとくしてをはり給に 0000_,31,273a13(00):けり。 0000_,31,273a14(00):第三圖 0000_,31,273a15(00):播磨國朝日山の信寂房は、上人面授の弟子なり、明惠上人、摧邪輪といふ文をつくりて、選擇集 0000_,31,274a01(00):を破せられたるを、この人破文をつくりて、難者の非をあらはせり。一一の義、立破分明なる中に 0000_,31,274a02(00):瑜伽莊嚴等の論を引て難じ、香象淸凉等の釋をあげて、破せられたるところの答にいはく、かれは 0000_,31,274a03(00):菩薩の解行をあかす、これは凡夫の往生をのぶ、難行易行その心ことに自力他力そのむね別なり。 0000_,31,274a04(00):經論の所説、いづれも誠諦也といへども、すでに時處對機利益各別なり。五性各別の義をもて一切 0000_,31,274a05(00):皆成の旨を難ぜむに、天台の學者これを信伏せむや。いま萬行成佛の論をもちて念佛往生の義を難 0000_,31,274a06(00):ぜむに、淨土の行人これを依用せむや已上。又念佛宗をたてむと思はば諸師によるべし。また一師に 0000_,31,274a07(00):よらば宗義を立べからずと、難ぜられたるところをこたふるにいはく、もし諸師によりて一宗をた 0000_,31,274a08(00):つべくは、密宗の學者顯宗の祖師により、顯宗の學者、密宗の祖師によるべし。もししからずば、 0000_,31,274a09(00):この難きたるべからず。難者もし天台眞言の祖師によらば、花嚴はすなはち天台眞言の方便となる 0000_,31,274a10(00):べし。いかが宗義をたてん。一宗のうちにおきて先德おほしといへども、一師の釋義をもちて、指 0000_,31,274a11(00):南とする時は、またく相違の師をもちゐる事なし已上凡この人、内外典にあきらかなりき。されば 0000_,31,274a12(00):にや毘沙門堂の法印明禪は、上人の沒後に選擇集をひらき見て、かの義を服膺のあまり、一卷の書 0000_,31,274a13(00):に所存のむねをしるして、落書の體にて信寂房の鳥部野の草庵にをくられけるとなむ。世に述懐抄 0000_,31,274a14(00):といへるこれなり。このひじり、法門の大綱、選擇集を本として、かの義にたがへる事、一言も申 0000_,31,274a15(00):されざりけり。あながちに練若のすまゐをこのみ、しゐて俗塵をいとはれざりけり。遠江國横路と 0000_,31,275a01(00):いふ所に侍ける、西蓮といふ僧上洛して、邊土の利生をすすめ申によりて、寬元元年の秋のころ、 0000_,31,275a02(00):花洛をいでて、かのくにに、下向。おなじき二年正月癰瘡を發す。門弟等療治をすすめ申といへど 0000_,31,275a03(00):も、つゐにこれをゆるさず。やうやく危急におよぶあひだ、食事をとどめ、二月廿一日より、門弟 0000_,31,275a04(00):におほせて、別時念佛を修せしむ。ここに苦痛ことごとくにやみ、瘡平復することもとのごとし。 0000_,31,275a05(00):人奇特の思をなす。高聲念佛時時に勇猛なり、三月二日の夜半より、こゑ漸くよはれり。卯のはじ 0000_,31,275a06(00):めにいたりて、門弟をして、かねをならして、高聲に念佛せしめて、かのこえにつけて、念佛する 0000_,31,275a07(00):こと百餘遍、こゑとどまりて後、唇舌をうごかすこと七八遍、すなはちいきたえにけるとなん 0000_,31,275a08(00):第四圖 0000_,31,275a09(00):醍醐の乘願房宗源號竹谷は上人につかへ、法義をうくる事多年、しかるにふかく隱遁をこのみ、道 0000_,31,275a10(00):念をかくして、醫師のよしをなのり。また音律のことなどをぞ、ひとにはかたられける。しかれど 0000_,31,275a11(00):もその德かくれなくして、ある貴女御歸依ふかかりけるが、ある時沈の念珠を拜領せられたりける 0000_,31,275a12(00):を、自愛して、この念珠にて、晝夜に念佛せられけるに、いまだこの人の事をもしらざりける。修 0000_,31,275a13(00):行者一人、雲居寺に通夜したりけるが、うちまどろめるに、堂のまへに、山臥いくらといふかずも 0000_,31,275a14(00):しらずあつまりて、いひしろふ事をきけば、いかがして醍醐の乘願房の出離を障碍すべきといふに 0000_,31,275a15(00):一人の山臥、かの沈の念珠の由來をかたりて、この念珠をたよりとして、出離をさまたくべしとい 0000_,31,276a01(00):ふとおもひて、夢さめぬ。ことさまあやしくおぼえて、傍なる人にたづぬるに、さる人ありといひ 0000_,31,276a02(00):ければ、かの庵室にたづねゆきて、ゆめの虚實をしらんがために、まづそこなるひとに、かの念珠 0000_,31,276a03(00):の由來をたづぬるに、たがはざりければ、修行者奇特の思をなして、見參にいるべきよしを案内す 0000_,31,276a04(00):るに、いれて對面ありけり。修行者とかくの事もいはずはしりよりて、もち給へる念珠をうばひと 0000_,31,276a05(00):りて、火中になげいれにけり。乘願房おどろきてことの心をたづねらるるに、修行者夢の次第をく 0000_,31,276a06(00):はしくかたりて、かしこまり申ければ、いみじくよろこばれけり。まことしく生死をいでぬべき人 0000_,31,276a07(00):をば、魔界きをひて障碍の方便をなすこと、をそるべき事にぞ侍める。ある時人とひていはく惡を 0000_,31,276a08(00):行ぜし程、往生淨土の業はおぼえ候はね。かくても往生とげ侍なむやと。答云みな人のならひ也。 0000_,31,276a09(00):猛利熾盛の心なけれども、つねにわすれず相續して行ずれば、往生する也。されば倶舎の性相にも 0000_,31,276a10(00):由重惑淨心、及是恒所造といひてつねになす事、定業を成すといふことあるなりとぞ申されける。 0000_,31,276a11(00):またあるときいはく、世間の人の意に相叶たる、太刀かたなを儲つれば、夜枕にもたて、そばにも 0000_,31,276a12(00):おきたるは、なにとなくつねに心にもかけて、さぐりもてあそぶ也。その定に、念佛眞實に信じた 0000_,31,276a13(00):るものは、いみじきこととおもひて、信力内に發したるゆへに、名號のいさみて、鎭にこれにうち 0000_,31,276a14(00):かかりたるやうに、申さるべきなり云云 このひじり、もとは眞言師悉曇師にて、仁和寺にすまれ 0000_,31,276a15(00):けるが、のちには天台宗を稽古せられけれども、この兩宗にて、順次に生死をいつべしともおぼえ 0000_,31,277a01(00):ずとて、上人の弟子になり、遁世して、醍醐の菩提寺のおく、樹下の谷といふところに、隱居多年 0000_,31,277a02(00):の後、淸水の竹谷といふ所へうつりすまれけるが、建長三年七月三日戌刻に、生年八十四にて往生 0000_,31,277a03(00):し給ふ 0000_,31,277a04(00):第五圖 0000_,31,277a05(00):法然上人行状繪圖 第四十四 0000_,31,277a06(00):長樂寺の律師隆寬又號無我稱皆空は、粟田の關白五代の後胤少納言資隆の三男なり。範源法印の附法 0000_,31,277a07(00):として、慈鎭和尚の門弟につらなりき。天台の法燈をかかげ、叡山の領袖たりといへども、しかる 0000_,31,277a08(00):べき宿善やもよをしけむ、浮生の名利をいとひ、安養の往生をねがひて、つねに上人の禪室に參じ 0000_,31,277a09(00):しきりに出離の要道をたづね申されき。はじめにはいとうちとけ給はざりけれども、往生の志ふか 0000_,31,277a10(00):きよし、ねむごろに述給ければ、上人おほきにおどろきて、當時聖道門の有職にて、大僧正御房慈鎭和尚 0000_,31,277a11(00):に、貴重せられたまふ御身の、これほどに思いれ給ける事、返返もありがたくこそ思たまふれとて 0000_,31,277a12(00):淨土の法門ねむごろにさづけ給けり。毎日阿彌陀經四十八卷をよみ、念佛三萬五千遍をとなふ。の 0000_,31,277a13(00):ちには六萬遍なり。或時阿彌陀經、轉讀の事を上人にたづね申されけるに、源空も毎日に阿彌陀經 0000_,31,277a14(00):三卷をよみき。一卷は呉音、一卷は唐音、一卷は訓なりき。しかるをいまは一向稱名の外他事なき 0000_,31,278a01(00):よし仰られければ、四十八卷の讀誦をとどめて、毎日八萬四千遍の稱名をぞ、つとめられける 0000_,31,278a02(00):若我成佛 十方衆生 稱我名號 下至十聲 0000_,31,278a03(00):若不生者 不取正覺 彼佛今現 在世成佛 0000_,31,278a04(00):當知本誓 重願不虚 衆生稱念 必得往生 0000_,31,278a05(00):往生の肝心この文にあるべし。文字又四十八、まさしく本願のかずにあたれり、さだめてふかき心 0000_,31,278a06(00):あるべしとて、常の詞には、衆生稱念といふ。われ豈その人にあらざらんや。必得往生といへり。 0000_,31,278a07(00):ひとりなんぞかの迎にもれんとて感涙はなはだしかりき。抑山門諸堂のつとめは、衆徒のいろひな 0000_,31,278a08(00):く、堂衆の沙汰なりしに、かの堂衆等、寺用をむさぼり、獨歩のあまり、衆徒を忽緖し、あまさへ 0000_,31,278a09(00):八王子の社壇を城廓として、惡行をたくみしかば、建久三年冬のころ、官兵をさしつかはされ、堂 0000_,31,278a10(00):衆をしりぞけられしのちは、諸堂の安居以下、みな衆徒の沙汰にてつとめけるに、根本中堂の安居 0000_,31,278a11(00):の結願に、導師の沙汰ありしとき、隆寬その器量たるよし、衆議をふるところに、法然房の弟子と 0000_,31,278a12(00):なり、專修念佛を行とするうへは、吾山の唱導しかるべからざるむね、嗷嗷の沙汰にをよびしかど 0000_,31,278a13(00):も、拔群の名譽、傍若無人なりしかば、異儀の衆徒をなだめ、つゐに招請せられけるに、大師草創 0000_,31,278a14(00):のはじめより、末代繁昌のいまにいたるまで、辨説たまをはきたまひければ、衆徒感歎のこゑひび 0000_,31,278a15(00):きをなし、諸人隨喜の涙たもとをうるをす。賞翫のあまり、律師いまだ凡僧なりけるに、東西の坂 0000_,31,279a01(00):を乘輿すべしとぞゆるされにける 0000_,31,279a02(00):第一圖 0000_,31,279a03(00):上人小松殿の御堂におはしましけるとき、元久元年三月十四日に、律師參給けるに、上人後戸に 0000_,31,279a04(00):出むかひ給て、ふところより一卷の書をとりいだして、これは月輪殿の仰によりてゑらび進ずると 0000_,31,279a05(00):ころの選擇集なり、のするところの要文要義は、善導和尚淨土宗をたてたまふ肝心なり。はやく書 0000_,31,279a06(00):寫して披覽すべし、もし不審あらばたづね問べきなり。源空存生のあひだは、祕して他見に及べか 0000_,31,279a07(00):らず。死後の流行は、何事かあらんやとの給ければ、貴命をうけて、いそぎ功ををへんがために、 0000_,31,279a08(00):わかちて尊性昇蓮等に助筆せさせて、これを書寫して、本をば返上せられけり。しづかにこれを披 0000_,31,279a09(00):見して、いよいよ信仰のまことをいたす 0000_,31,279a10(00):第二圖 0000_,31,279a11(00):並榎の竪者定昭が凶害によりて、山門にうたへ、奏聞にをよびて、上人の門徒、國國へ配流せら 0000_,31,279a12(00):れしに、律師その專一として、配所さだまるよし、きこえければ、先師上人すでに念佛の事により 0000_,31,279a13(00):て、遷謫にをよび給し上は、予その跡ををはむ事、尤も本意なりとて、長樂寺の來迎房にして、最 0000_,31,279a14(00):後の別時とて、七日の如法念佛をつとめられけるに、結願の日にあたりて、異香室内に薰じ蓮華一莖白蓮 0000_,31,279a15(00):庭上に生じ、瑞花そらよりふりくだりければ、現身往生の人なりとぞ、たうとびあひける、まこと 0000_,31,280a01(00):に不思議の事なりけり。 0000_,31,280a02(00):第三圖 0000_,31,280a03(00):律師をば森の入道西阿うけ給はりて東關へうつしたてまつる。嘉祿三年七月五日進發す。配所は 0000_,31,280a04(00):奧州とさだめられけるを、森の入道ふかく律師に歸したてまつりて、かの祕計にて、代官に門弟實 0000_,31,280a05(00):成房を配所へつかはし、律師をば西阿が住所、相模國飯山へ相具したてまつる。八月一日鎌倉をた 0000_,31,280a06(00):ち給けり。律師飯山へうつり給しのちは、森の入道、尊崇いよいよふかく、歸敬他事なかりき。し 0000_,31,280a07(00):かるに、同年仲冬、風痾にはかにをかす。病床に筆をとりて、身の一期の事をしるされけり。これ 0000_,31,280a08(00):を羇中吟となづく。そのことばにいはく、我きく、達磨和尚は、配所のくさむらに跡をのこし、慈 0000_,31,280a09(00):恩大師は、穢土のいほりに名をととむ。ひとりは佛心宗の根源、ひとりは法相宗の高祖なり。大國 0000_,31,280a10(00):なをしかり、いはんや邊州をや。上古又かくのごとし、いはむや末代をや。苦界やすからず、浮生 0000_,31,280a11(00):ゆめのごとし、ただ聖衆の來迎をのぞむ、更に有爲の遷變をいたまずとて、一首を詠じたまふ 0000_,31,280a12(00):みなをよぶこゑすむやどにいる月は 0000_,31,280a13(00):雲もかすみもさへはこそあらめ 0000_,31,280a14(00):同十二月十三日同月廿日改元安貞元年也申時にいたりて、律師の給けるは、往生のときすでにいたれり。予が義 0000_,31,280a15(00):の邪正をも、一向專修の往生の手本をも、ただいまあらはすべきなりとて、彌陀の三尊にむかひ、 0000_,31,281a01(00):五色の糸を手にかけ、端座合掌して、高聲念佛二百餘遍ののち、彌陀身色如金山、相好光明照十方 0000_,31,281a02(00):唯有念佛蒙光接、當知本願最爲強の文を唱たまふ。門弟正智、唯願等、おなじくこれをとなへて、 0000_,31,281a03(00):臨終の一念は、百年の業にすぐれたりと申ければ、すこしゑみをふくみ、本尊を瞻仰し、高聲に念 0000_,31,281a04(00):佛し禪定に入がごとくして、をはりをとりたまひぬ。春秋八十なり、彩雲軒をめぐり異香室にみて 0000_,31,281a05(00):り、音樂を聞て、きたりて臨終にあふ人これおほし。在世のあひだの奇瑞、臨終のきざみの靈異し 0000_,31,281a06(00):げきによりてのせず 0000_,31,281a07(00):第四圖 0000_,31,281a08(00):律師鎌倉をたちて、飯山へくだり給しとき、武州刺史朝直朝臣、于時廿二歳 相模の四郎と申けるが、 0000_,31,281a09(00):御靈のまへにをいつきて、事のよしを申されしに、律師、輿をかきすへさせて、對面したまふ。朝 0000_,31,281a10(00):直朝臣、身は武家にむまれたりといへども、心は佛道にかけたり。ねがはくは家業をすてずして、 0000_,31,281a11(00):生死をはなるべき道を、をしへ給へと申されければ、律師の給はく、年少の御身、武家のうつはも 0000_,31,281a12(00):のとして、この御尋にをよぶこと、宿善の内にもよをすなるべし。凡佛敎多門なれども、聖道淨土 0000_,31,281a13(00):の二門をいでず。しかるに聖道門は、有智持戒の人にあらずば、これを修行すべからず。淨土門は 0000_,31,281a14(00):極惡最下の機のために、極善最上の法をさづけられたれば、有智無智をゑらばず、在家出家をきら 0000_,31,281a15(00):はず、彌陀他力の本願を信ずれば、往生うたがひなし。就中末法に入て七百餘歳、時期相應の敎行 0000_,31,282a01(00):は、ただ念佛の一門なり。されば飛錫禪師は、末法にのぞみて、餘行をもちて生死をいとふは、陸 0000_,31,282a02(00):地に船をこぐがごとし。他力をたのみて、往生をねがふは、水上に船をうかぶるがごとしと、の給 0000_,31,282a03(00):へり。しかれば名號本願の船にのりて、彌陀如來を船師とし、釋迦發遣の順風にほをあげば、罪障 0000_,31,282a04(00):の雲もしづまり、妄執の波もたたずして一念須臾のあひだに、極樂世界七寶池のみぎはにとつかむ 0000_,31,282a05(00):事、百即百生さらに疑なし。この安心たがひ給はずば、たとひ戰場に命をすつとも、往生さはりあ 0000_,31,282a06(00):るべからずとの給ければ、朝直朝臣、たちまちに眞實の信心をおこして、毎日六萬遍の念佛は、一 0000_,31,282a07(00):期退轉すべからずと、誓約せられけるが、三十餘年稱名の薰修をつみて、まのあたり本尊のつげを 0000_,31,282a08(00):かうぶり、かねて往生の時をしり、生年五十九歳、文永元年五月一日、出家をとげ、同三日亥刻、 0000_,31,282a09(00):高聲念佛四百餘遍、體をせめ、念佛のいきにてをはり給にけり。これひとへに律師一言の勸化によ 0000_,31,282a10(00):る。まことにたうとくぞおぼえ侍る。凡この律師、道心純熟し、練行功つもりて、三昧を發せらけ 0000_,31,282a11(00):るにや、先師上人の三昧發得して、極樂の依正を拜したまひける事を、人申けるときは、隆寬も、 0000_,31,282a12(00):時時は見え候と申されけるが、あしくいひつとおもはれたる氣色にて、一定風氣にて見え候と覺候 0000_,31,282a13(00):とぞ申されける。この律師の儀を、多念義となづく、又は長樂寺義ともいへり。長樂寺の惣門のう 0000_,31,282a14(00):ちに、居をしめられける故なり。承久三年のころ、但馬宮より念佛往生の事御尋ありければ、三箇 0000_,31,282a15(00):條の篇目たてて、くはしくしるし申されけり。かの宮の御夢想には、法然上人隆寬律師は、たがひ 0000_,31,283a01(00):に師弟となりて、ともに行化をたすく、淨土にては、律師は師範上人は弟子、娑婆にては、上人は 0000_,31,283a02(00):師範律師は弟子なりとぞ、御覽ぜられける 0000_,31,283a03(00):第五圖 0000_,31,283a04(00):遊蓮房圓照は、入道少納言通憲の子、信濃守是憲これなり。生年廿一歳にして發心出家す。はじ 0000_,31,283a05(00):めは法花經をそらにおぼえて讀誦しけるが、のちには上人の弟子となりて一向に念佛す。道心堅固 0000_,31,283a06(00):に厭離の心ふかき行者にて、いつとなくうちなみだぐみて、ものおもひすがたにてぞ見えける。一 0000_,31,283a07(00):鋪半の淨土の變相を圖して頸にかけ、とどまりやすむ所ごとにこれをかけて念佛す。最後の所勞の 0000_,31,283a08(00):時、安居院の聖覺法印のもとへ、消息をつかはしけり。其状云、後世のつとめには、なに事をかせ 0000_,31,283a09(00):むずるとひと申候はば、一向に念佛申せと御勸進あるべく候。智者にておはしませば、世間の人さ 0000_,31,283a10(00):だめてたづね申候はむずらんとて、申候也云云。法印申されけるは、おぼろげならでは、さやうの 0000_,31,283a11(00):事申べくもなかりしひとの、もし證をえたることのあるやらむとおぼつかなくて、たづね申さんと 0000_,31,283a12(00):おもひしを、やがてうせられにし、遺恨のことなり云云。舍兄修禪院の僧正信憲、ひとにかたられ 0000_,31,283a13(00):けるは、三寸の火舍に一匝の香をもりて、その香のもえはつるまで合掌して、毎日三時高聲に念佛 0000_,31,283a14(00):することひさしくなりぬ。そのあひだ靈證をえたること、たびたびなり云云。聖覺法印申されける 0000_,31,283a15(00):事、思合られ侍り、西山の善峰にてをはりをとる、名號をとなふること九遍、上人すすめて、いま 0000_,31,284a01(00):一遍とおほせられければ、高聲念佛一遍して、やがていきたえにけり。上人つねには、淨土の法門 0000_,31,284a02(00):と、遊蓮房とにあへるこそ、人界の生をうけたる、思出にては侍れとぞおほせられける。厭離穢土 0000_,31,284a03(00):の心もふかく、欣求淨土の行も、まことありける故にやと、ありがたくたうとくぞおぼえ侍る 0000_,31,284a04(00):第六圖 0000_,31,284a05(00):法然上人行状繪圖 第四十五 0000_,31,284a06(00):勢觀房源智は、備中守師盛朝臣の子、小松の内府重盛公の孫なり。平家逆亂の後、よのはばかり 0000_,31,284a07(00):ありて、母儀これをかくしもてりけるを、建久六年、生年十三歳のとき上人に進ず。上人これを慈 0000_,31,284a08(00):鎭和尚に進ぜられけり。かの門室に參じて出家をとげおはりぬ。いく程なくて上人の禪室に歸參、 0000_,31,284a09(00):常隨給仕首尾十八箇年、上人憐愍覆護他にことにして、淨土の法門を敎示し、圓頓戒このひとをも 0000_,31,284a10(00):ちて附屬とし給ふ。これによりて道具本尊房舎聖敎、のこる所なくこれを相承せられき。上人終焉 0000_,31,284a11(00):の期ちかづき給て、勢觀房、念佛の安心年來御敎誠にあづかるといへども、なを御自筆に肝要の御 0000_,31,284a12(00):所存、一ふであそばされて、給はりて、のちの御かたみにそなへ侍らんと申されたりければ、御筆 0000_,31,284a13(00):をそめられける状云、もろこし我朝に、もろもろの智者たちのさたし申さるる、觀念の念にもあら 0000_,31,284a14(00):ず、又學問して、念佛の心をさとりなどして申念佛にもあらず。ただ往生極樂のためには、南無阿 0000_,31,285a01(00):彌陀佛と申て、うたがひなく、往生するぞとおもひとりて申ほかには、別の子細さふらはず。ただ 0000_,31,285a02(00):し三心四修など申ことの候は決定して南無阿彌陀佛にて往生するぞと、おもふうちにこもり候なり 0000_,31,285a03(00):このほかおくふかきことを存ぜば、二尊のあはれみにはづれ、本願にもれ候べし。念佛を信ぜむひ 0000_,31,285a04(00):とは、たとひ一代の法よくよく學せりとも、一文不知の愚鈍の身になして、あま入道の無智のとも 0000_,31,285a05(00):がらに同して、智者のふるまいをせずして、一向に念佛すべし。云云まさしき御自筆の書なり、ま 0000_,31,285a06(00):ことに末代の亀鏡にたれるものか。上人の一枚消息となづけて、世に流布するこれなり。上人御入 0000_,31,285a07(00):滅の後は、賀茂のほとり、ささき野といふところにすみ給けり。その由來は、上人の御病中にいづ 0000_,31,285a08(00):くよりともなく、車をよする事ありけり。貴女くるまよりおりて上人に謁したまふ、おりふし看病 0000_,31,285a09(00):の僧衆、あるいはあからさまにたちいで、あるいは休息しなどしてただ、勢觀房一人障子のほかに 0000_,31,285a10(00):てきき給ければ、女房のこゑにて、いましばしとこそおもひたまふるに、御往生ちかづきて侍らん 0000_,31,285a11(00):こそ無下に心ぼそく侍れ、さても念佛の法門など、御のちには、たれにか申おかれ侍らむと申さる 0000_,31,285a12(00):れば、上人こたへ給はく、源空が所存は選擇集にのせ侍り、これにたがはず申さむものぞ源空が義 0000_,31,285a13(00):をつたへるにて侍べきと云云。そののちしばし御ものがたりありてかへり給ふ。その氣色ただびと 0000_,31,285a14(00):とおぼえざりけり。さる程に僧衆など、かへりまいれりければ勢觀房、ありつるくるまのゆくゑお 0000_,31,285a15(00):ぼつかなくおぼえて、をいつきて見いれむとし給ふに、河原へ車をやりいだして、きたをさしてゆ 0000_,31,286a01(00):くが、かきけつやうに見えずなりにけり。あやしき事かぎりなし。かへりて上人に、客人の貴女た 0000_,31,286a02(00):れひとにか侍らんと、たづね申されければあれこそ韋提希夫人よ、賀茂の邊におはしますなりと仰 0000_,31,286a03(00):せられけり。この事末代にはまことしからぬ程におぼゆるかたも侍れども、ちかく解脱上人明惠上 0000_,31,286a04(00):人なども、かやうの奇特おほく侍けり。この上人はいますこし宿老にて、行德もたけ三昧をも發得 0000_,31,286a05(00):せられて侍れば、權化のよしをあらはし給はむ事、おどろくにたらず。勢觀房まのあたり、この不 0000_,31,286a06(00):思議を感見せられけるゆへに、上人遷化の後は、社壇ちかく居をしめて、つねに參詣をなんせられ 0000_,31,286a07(00):ける。勢觀房一期の行状は、ただ隱遁をこのみ自行を本とす、をのずから法談などはじめられても 0000_,31,286a08(00):所化五六人よりおほくなれば、魔緣きをひなむ、ことごとしとて、とどめられなどぞしける。生年 0000_,31,286a09(00):五十六、暦仁元年十二月十二日、頭北面西にして、念佛二百餘遍、最後には陀佛の二字ばかりきこ 0000_,31,286a10(00):えて、息絶給にけり。功德院賀茂神宮堂也の廊にておはり給ふに、佛前より異香薰じて臨終所にいたる、 0000_,31,286a11(00):そのひとすぢのにほひ、數日きえざりけり 0000_,31,286a12(00):第一圖 0000_,31,286a13(00):遠江國蓮華寺の禪勝房は、天台宗を習學しけるが、自身の器をはかるに、この敎によりて、順次 0000_,31,286a14(00):に生死をいでん事、いかにもありがたくおぼえければ、熊谷の入道、念佛往生のむねをならひたる 0000_,31,286a15(00):よしをききて、かの所にたづねゆきぬ。禪門ほぼ敎訓をくはへてのち、くはしき事は、わが師法然 0000_,31,287a01(00):上人にたづね申さるべしとて、擧状をあたえければ、上洛して吉水の御房にまいりて、無智の罪人 0000_,31,287a02(00):の極樂淨土に往生する事の候なるを、うけ給はらむと申ければ、上人仰られけるは、その極樂のあ 0000_,31,287a03(00):るじにておはします阿彌陀佛こそ、なに事もしらぬ罪人どもの、諸佛菩薩にも捨はてられ、十方の 0000_,31,287a04(00):淨土にも門をさされたるともがらを、やすやすとたすけすくはむといふ願をおこして、十方世界の 0000_,31,287a05(00):衆生を來迎したまふ佛よ、かしこくぞおもひより給ける。心をしづめてよくよくきかるべし。唐土 0000_,31,287a06(00):より日本國に、わたりたる一切經は、五千餘卷あり。そのなかに雙卷無量壽經、觀無量壽經、小阿 0000_,31,287a07(00):彌陀經、これを淨土の三部經となづけて、往生極樂のやうをときたまへる經なり。むかし法藏比丘 0000_,31,287a08(00):と申しし入道、四十八の願をたてて、極樂淨土を建立して、一切衆生を、平等に往生せさせんれう 0000_,31,287a09(00):に、われ佛になりたらむ時の名を、稱念せん衆生を、來迎せむといふ願をおこして、眞實に往生せ 0000_,31,287a10(00):んと思て、念佛申衆生をむかへをきて、佛になし給なり。四十八願のなかの第十八願これなりとて 0000_,31,287a11(00):本願のむなしからざるいはれ、念佛して往生すべきおもむき、こまかにさづけられけり。上人給仕 0000_,31,287a12(00):の御弟子のなかに、信心堅固のほまれありき 0000_,31,287a13(00):このひじり、不審なる事どもをたづね申けるにつきて上人御返答の條條 0000_,31,287a14(00):一、自力他力と申事はいかやうにか心得侍べきと。上人のたまはく、源空は、いふかひなき邊國の 0000_,31,287a15(00):土民なり。またく昇殿すべき器にあらねども、上よりめされしかば二度まで殿上へまいりたりき 0000_,31,288a01(00):これしかしながら上の御ちからなり。この定に、極重惡人、無他方便の凡夫は、かつて報身報土 0000_,31,288a02(00):の極樂世界へ、まいるべき器にあらねども、阿彌陀佛の御ちからなれば稱名の本願にこたへて、 0000_,31,288a03(00):來迎にあづからん事なにの不審かあるべき。わが身の罪をもく、無智の者なれば、いかが往生を 0000_,31,288a04(00):とげむやと疑べからず。さやうに疑がはむものは、いまだ佛の願をしらざるものなり。かくのご 0000_,31,288a05(00):ときの罪人をすくはむための本願なり。この名號を唱ながら、ゆめゆめ疑事あるべからず。十方 0000_,31,288a06(00):衆生の願のなかには、有智無智、有罪無罪、善人惡人、持戒破戒、男子女子、乃至三寶滅盡の、 0000_,31,288a07(00):後の百歳のあひだの衆生までも、もるる事なし。かの三寶滅盡の時の衆生は命のながきは十歳な 0000_,31,288a08(00):り。戒定惠の三學、その名をだにもきかずといへり。これらの衆生までも、念佛せば來迎に預べ 0000_,31,288a09(00):しと知ながら、わが身すてらるべしといふ事をば、いかが心得出べきや。ただし極樂のねがはれ 0000_,31,288a10(00):ず、念佛の申されざらむばかりは、往生のさはりとなるべし。念佛にものうき人は、無量のたか 0000_,31,288a11(00):らを失べき人なり。念佛にいさみある人は、無邊のさとりをひらくべき人なり。相構て願往生の 0000_,31,288a12(00):心にて念佛を相續すべきなり。我ちからにてはおもひよるまじき罪人の、念佛するゆへに本願に 0000_,31,288a13(00):乘じて極樂へまいるを、他力の願とも超世の願ともいふなり。案内をしらざる人は機をうたがひ 0000_,31,288a14(00):て往生せざるなり。道心者智者などの念佛こそ、往生はし給らめ。あけくれ罪をのみつくり、一 0000_,31,288a15(00):文字をだにもしらざらむものは、念佛申とても、往生不定なりと疑ものは、本願には善惡の機を 0000_,31,289a01(00):かねて、おこし給へりといふ事をしらぬ人なり。先世の業によりてむまれたる身をば、今生の中 0000_,31,289a02(00):にあらためなをす事なし。女人の男子とならんとおもへども、今生の中にはかなはざるがごとし 0000_,31,289a03(00):念佛の機はただむまれつきのままにて念佛をば申なり。智者は智者にて申てむまれ、愚者は愚者 0000_,31,289a04(00):にて申てむまれ、道心ある人も申てむまれ、道心なき人も申てむまる。乃至富貴のものも貧賤の 0000_,31,289a05(00):ものも、慈悲あるものも、慈悲なきものも、欲ふかきものも、腹あしきものも、本願の不思議に 0000_,31,289a06(00):て念佛だにも申せばいづれもみな往生するなり。念佛の一願に萬機をおさめておこし給へる本願 0000_,31,289a07(00):なり。ただこざかしく機の沙汰をばせずして、ねむごろに念佛だにも申せばみなことごとく往生 0000_,31,289a08(00):するなり。念佛往生の義を、かたくふかく申さん人をばつやばつや本願をしらざる人と心得べし。 0000_,31,289a09(00):源空が身も、撿挍別當どもがくらひにてぞ往生はせんずる。もとの法然房にてはえし候はじ。と 0000_,31,289a10(00):しごろ習たる智惠は、往生のためには要にも立べからず。されども習たるしるしには、かくのご 0000_,31,289a11(00):とく知たるは、はかりなき事なり。淨土一宗の、諸宗にこへ、念佛一行の、諸行にすぐれたりと 0000_,31,289a12(00):いふ事は、萬機を攝するかたをいふなり。理觀、菩提心、讀誦大乘、眞言、止觀等、いづれも佛 0000_,31,289a13(00):法の、をろかにましますにはあらず。みな生死滅度の法なれども、末代になりぬれば、ちから及 0000_,31,289a14(00):ばず。行者の不法なるによりて、機がをよばぬなり。時をいへば、末法萬年ののち、人壽十歳に 0000_,31,289a15(00):つづまり、罪をいへば、十惡五逆の罪人なり。老少男女のともがら、一念のたぐひにいたるまで 0000_,31,290a01(00):みなこれ攝取不捨のちかひにこもれるなり。このゆへに諸宗にこへ、諸行にすぐれたりとは申な 0000_,31,290a02(00):り 0000_,31,290a03(00):一、臨終の一念は、百年の業にすぐれたりと申候は、平生のうちには、臨終の一念ほどの念佛は申 0000_,31,290a04(00):いだすまじく候やらんと。上人の給はく、具三心者必生彼國と、かかれたれば、三心具足の念佛 0000_,31,290a05(00):は、百年の業にすぐれたる臨終の一念とおなじ事なり。必文字のあるゆへに 0000_,31,290a06(00):一、念佛の行者毎日の所作に、こゑをたへざるもあり。又心に念じて數をとる人もあり。いづれを 0000_,31,290a07(00):本とすべく候やらむと。上人のたまはく、口にとなへ心に念ずる、おなじ名號なれば、いづれも 0000_,31,290a08(00):みな往生の業となるべし。ただし、佛の本願は稱名と立給がゆへに、こゑにいだすべきなり。經 0000_,31,290a09(00):には、令聲不絶具足十念ととき、釋には稱我名號下至十聲と判じ給へり。わが耳にきこゆるほど 0000_,31,290a10(00):を、高聲念佛とするなり。但機嫌をしらず、高聲すべきにはあらず。地體はこゑにいださむとお 0000_,31,290a11(00):もふべきなり 0000_,31,290a12(00):一、餘佛餘經につきて、結緣助成せん事は、雜行となるべく候やらむと。上人のたまはく、決定往 0000_,31,290a13(00):生の信をとりて、佛の本願に乘じてむうへには、他の善根に結緣助成せん事、またく雜行となる 0000_,31,290a14(00):べからず。往生の助業となるべきなり。善導の釋のなかに、すでに他の善根を隨喜し、自他の善 0000_,31,290a15(00):根をもて、淨土に廻向すと判じ給へり、この釋をもて知べきなり 0000_,31,291a01(00):一、持戒のものの念佛の數遍すくなきと、破戒のものの念佛の數反のおほきと、往生の後の位の淺 0000_,31,291a02(00):深いかが候べきと。上人坐し給へる疊をさしての給はく、たたみのあるにつきてやぶれたると、 0000_,31,291a03(00):やぶれざるとをば、論ずべきなり。疊なくば、いかがやぶれたると、やぶれざるとをば論ずべき 0000_,31,291a04(00):や。そのやうに末法のなかには持戒もなく、破戒もなし。ただ名字の比丘のみあり。傳敎大師の 0000_,31,291a05(00):末法燈明記に、そのむねあきらかなり。このうへは持戒破戒の沙汰あるべからず。かくのごとく 0000_,31,291a06(00):の凡夫のために、おこしたまふ本願なれば、ただいそぎてもいそぎても、名號を稱すべし 0000_,31,291a07(00):一、後生をば彌陀の本願をたのみ申さば往生うたがひなし。現世をば、いかがはからひ候べきと。 0000_,31,291a08(00):上人の給はく、現世をすぐべきやうは、念佛の申されんかたによりてすぐべし、念佛のさはりに 0000_,31,291a09(00):なりぬべからん事をばいとひすつべし。一所にて申されずば、修行して申べし。修行して申され 0000_,31,291a10(00):ずば一所に住して申すべし。ひじりて申されずば在家になりて申べし。在家にて申されずば遁世 0000_,31,291a11(00):して申べし。ひとりこもり居て申されずば、同行と共行して申べし、共行して申されずば、一人 0000_,31,291a12(00):こもり居て申べし。衣食かなはずして申されずば、他人にたすけられて申べし。他人のたすけに 0000_,31,291a13(00):て申されずば、自力にて申べし。妻子も從類も、自身たすけられて、念佛申さんためなり。念佛 0000_,31,291a14(00):のさはりになるべくば、ゆめゆめもつべからず。所知所領も、念佛の助業ならば大切なり。妨に 0000_,31,291a15(00):ならばもつべからず。惣じてこれをいはば、自身安穩にして、念佛往生をとげむがためには、な 0000_,31,292a01(00):に事もみな念佛の助業なり。三途にかへるべきことをする身をだにも、捨がたければかへりみは 0000_,31,292a02(00):ぐくむぞかし。まして往生すべき念佛申さむ身をば、いかにもはぐくみもてなすべし。念佛の助 0000_,31,292a03(00):業ならずして、今生のために身を貪求するは、三惡道の業となる。往生極樂のために自身を貪求 0000_,31,292a04(00):するは、往生の助業となるなりとぞ仰られける。已上取詮 0000_,31,292a05(00):本願のうたがひもなく、往生のおもひも治定せられにければ、上人の座下を辭し、下向の暇を申け 0000_,31,292a06(00):る時、上人京づとせんとて、聖道門の修行は、智惠をきはめて生死をはなれ、淨土門の修行は、愚 0000_,31,292a07(00):痴にかへりて極樂にむまると、心得べしとぞ仰られける。さて本國にかへりては、ふかくその德を 0000_,31,292a08(00):かくして、番匠を藝能として、世をわたるはかり事となむせられけるを、隆寬律師、配所におもむ 0000_,31,292a09(00):かれし時、當國みつけの國府といふ所に、逗留せられたりけるに、近隣の地頭ども、結緣のために 0000_,31,292a10(00):きたり、あつまれるに、さても、この國に、蓮花寺といふ所に、禪勝房と申ひじりや侍ると、たづ 0000_,31,292a11(00):ねらるるに、そこにはさるべきひじり更におぼえ侍らず、番匠にて禪勝と申ものこそ侍れと申に、 0000_,31,292a12(00):いかにもあやしく侍り、状をつかはしてたづね心み侍らんとて、ふみをかきてつかはされたりけれ 0000_,31,292a13(00):ば、これをひらきみて、とりあへずはしりきたれり。律師庭におりむかひて、手をとりてひきのぼ 0000_,31,292a14(00):せ、たがひになみだをながして、往事をかたられけり。日來あなづりおもひつる武士ども、目もあ 0000_,31,292a15(00):やにみけり。律師申されけるは、いかに故上人の仰には、禪勝房は、身ひとり往生すべきものにて 0000_,31,293a01(00):はなきなりとこそ仰られしに、無下にさ樣にて、むなしくすごし給はん事、うたてきわざなりとい 0000_,31,293a02(00):さめ申されければ、おほせまことにいはれたる事なりとてわかれ給ふ。律師よになごりをしげに見 0000_,31,293a03(00):をくられけり。律師の弟子どもはるかにをくりて、たまたまあひたてまつれるしるしに、なに事に 0000_,31,293a04(00):ても、御一言をかうぶらんと申ければ、しばしものもの給はざりけるが、たちかへりて、かまへて 0000_,31,293a05(00):おのおの念佛つねに申くせづきで、往生し給へとぞの給ける。其後は國中の貴賤、たうとみあがめ 0000_,31,293a06(00):ければ、番匠にてもえおはせず。念佛の化導もひろくぞ侍ける 0000_,31,293a07(00):このひじりの申されけるは、淨土宗の學門の所詮は、往生極樂はやすき事と、心得るまでが大事 0000_,31,293a08(00):なる也。やすしと心得つれば、やすかるべき事也。しかるに近代の學生の異義まちまちなるは、聖 0000_,31,293a09(00):敎甚深なれば、邪正辨がたし。但上人の仰には、さしもの事はなかりきとぞの給ける。さて或人に 0000_,31,293a10(00):往生をばいか程にか思定られて侍るととはれければ、左のこぶしを、右のこぶしにてうたむに、う 0000_,31,293a11(00):ちはづすまじきほどにおぼえ候と、申けるをきき給て、あなあぶなやと申されければ、さればそれ 0000_,31,293a12(00):にすぎては、なにと思さだめられ侍らんと申ければ、生あるものの、死に歸せんずる程に、一定と 0000_,31,293a13(00):思なり。わがこぶしにて、わがこぶしをうたんは、をのづからはづるる事もあらんずるぞかしとぞ 0000_,31,293a14(00):申されける。廿九のとしより、一向稱名のほか、更に他のつとめなかりき。生年八十五歳、正嘉二 0000_,31,293a15(00):年の九月より、すこしき病惱の事あり。死期にさきだつ事五六日、上人を拜したてまつる、十月三 0000_,31,294a01(00):日の戌尅に、蓮華のふるなり。人びとこれをみよとつげ、又ただいま迎接の儀式ありとしめし、寅 0000_,31,294a02(00):刻のはじめにいたりて、觀音勢至すでにきたり給へりとて、おき居て端坐合掌し、高聲念佛三反し 0000_,31,294a03(00):てをはりをとる、正嘉二年十月四日寅刻なり 0000_,31,294a04(00):第二圖 0000_,31,294a05(00):俊乘房重源は、上の醍醐の禪徒にて、眞言の薫修ふかかりけるが、上人の德に歸して往生をねが 0000_,31,294a06(00):ひ、師資の禮をあつくせられけり。大原の座主上人と法談の時も、門弟三十餘人を相率して、その 0000_,31,294a07(00):座に攝せられき。治承の逆亂に、南都東大寺燒失のあひだ、このひじりをもちて、大勸進の職に補 0000_,31,294a08(00):せらる。すでに造營をくはだつるころ、工の器用をえらばんために、ある番匠をめして、屋をつく 0000_,31,294a09(00):らむとおもふに、たる木のしたに木舞をうたん事、いかがあるべきととひ給ふに、番匠さるやづく 0000_,31,294a10(00):り、いまだ見及候はずと申けるを、おもふやうあり。ただつくれといはれければ、あるまじき事し 0000_,31,294a11(00):いでて、傍輩にわらはれんこといとよしなきわざに侍りと申す。あまたの番匠みなさやうにのみ申 0000_,31,294a12(00):けるなかに、一人領状するあり。かかる屋、日ごろもつくりたる事侍りやととひ給に、さることは 0000_,31,294a13(00):侍らねども、なにともおしへ給はんままにこそ、つくり心み侍らめと申ければ、その時、まことに 0000_,31,294a14(00):そのままにつくらんとにはあらず。ただ心のほどをしらむためにいひつるなりとて、すなはちかれ 0000_,31,294a15(00):を大工として東大寺をば、つくりたてられけるとなん。おほかたよろづにはかりごとかしこきひと 0000_,31,295a01(00):なりければ、そのころのことわざにて、支度第一俊乘房とぞ人申ける。備前周防、兩國を給はりて 0000_,31,295a02(00):造營の功をおへ、建久六年三月十二日、供養をとげられる。天子行幸ありき。鎌倉の右幕下、結緣 0000_,31,295a03(00):のために上洛。都鄙群をなして、嚴重の法會なりけり。十一間二階の大佛殿、金銅十丈八尺の盧舍 0000_,31,295a04(00):那如來、同時につくりたて、みがきいだされけん。おぼろげの心をきてにて、かなふべき事にあら 0000_,31,295a05(00):ず。されば建久三年十一月、當寺かさねて供養の御願文六角中納言親經卿の草也于時參議にも、ただびとにあらざるよ 0000_,31,295a06(00):しのせられて侍り。上人の勸化にしたがひて、念佛を信仰のあまり、かの故山上の醍醐に無常臨時 0000_,31,295a07(00):念佛をすすめて、末代の恒規とし、そのほか七箇所に、不斷念佛を興隆せられき。東大寺の念佛堂 0000_,31,295a08(00):高野山の新別所等これなり。そのつとめ、いまにたえずとなんうけ給はる。このひじり若年のむか 0000_,31,295a09(00):し、天狗にとられて、ある所へをはしたりけるを、これはゆくすゑに、おほきなる利益をなさむず 0000_,31,295a10(00):る人なり。すみやかにゆるすべしと、かたへの天狗制し申けるによりて、ゆるされにけるよし申つ 0000_,31,295a11(00):たへて侍り、その詞たがはざりける。不思議の事なり。建久六年六月六日、東大寺にして、おはり 0000_,31,295a12(00):をとられにけるとなむ 0000_,31,295a13(00):第三圖 0000_,31,295a14(00):法然上人行状繪圖 第四十六 0000_,31,296a01(00):鎭西の聖光房辨長又號辨阿は、筑前國加月庄の人なり。生年十四歳より、天台宗を學す。廿二歳壽永 0000_,31,296a02(00):二年の春、延暦寺にのぼりて、東塔南谷觀叡法橋の室にいる。のちには寶地房法印證眞につかへて 0000_,31,296a03(00):一宗の祕賾をうけ、四明の奧義をきはむ。廿九歳、建久元年に故郷にかへりて、一寺油山の學頭に 0000_,31,296a04(00):補す。三十二のとし、世間の無常をさとりて、無上道心をおこし、今生の名利をすてて、身ののち 0000_,31,296a05(00):の資糧をもとむ。建久八年吉水の禪室に參ず。時に上人六十五、辨阿三十六なり。ひそかにおもは 0000_,31,296a06(00):く、上人の智辨ふかしといふとも、なむぞわが所解にすぎむやと、こころみに淨土門の樞楗をたた 0000_,31,296a07(00):く。上人答へての給はく、なんぢは天台の學者なれば、すべからく三重の念佛を分別してきかしめ 0000_,31,296a08(00):む。一には摩訶止觀にあかす念佛、二には往生要集にすすむる念佛、三には善導の立給へる念佛な 0000_,31,296a09(00):りとて、くはしくこれをのべ給ふ。文義廣博にして智解深遠なり。崑崙のいただきをあふぐがごと 0000_,31,296a10(00):し。蓬瀛のそこをのぞむににたり。ひつじより、ねの時にいたるまで、演説數刻にをよぶ、これを 0000_,31,296a11(00):きくに、高峯の心やみ、渇仰の思ふかし、まことに凡夫解脱の直路は、淨土の一門、念佛の要行に 0000_,31,296a12(00):しかざりけりと信解して、ながく上人に、師事て、暫も座下をさらず。ひさしく一宗を習學して、 0000_,31,296a13(00):つぶさに庭訓をうけられけり。翌年建久九年の春、上人選擇集を聖光房にさづけらる。これ月輪殿 0000_,31,296a14(00):の仰によりて撰る所なり。いまだ披露に及ばずといへども、汝は法器なり。傳持にたへたり。はや 0000_,31,296a15(00):く此書をうつして、末代にひろむべしと仰られければ、かたじけなく頂戴してうけぬ。我大師釋尊 0000_,31,297a01(00):は、ただ法然上人なりとぞ、たとび申されける。同年八月に、上人の嚴命をうけて、豫州に下て念 0000_,31,297a02(00):佛をすすむ。その化にしたがふものかずをしらず。又建久十年二月に歸洛して上人に奉仕す。それ 0000_,31,297a03(00):より元久元年七月にいたるまで六ヶ年、寸陰をきおひて、釋文を研覈し、一宗の深奧をきはむるこ 0000_,31,297a04(00):と、みづをうつはものにうつすがごとし 0000_,31,297a05(00):第一圖 0000_,31,297a06(00):ついに學なり功をへて、元久元年八月上旬、吉水の禪室を辭して、鎭西の舊里にかへり、淨土一 0000_,31,297a07(00):宗を興するに、利益四遠にあまねし。ここにある學者、上人の門弟と號して云、淨土甚深の祕義は 0000_,31,297a08(00):天台圓融の法門におなじ。これ此宗の最底なり。又密密の口傳あり。金剛寶戒これなり。善導の雜 0000_,31,297a09(00):行を制して、專修をすすめ給は、暫初心の行人のためなり。さらに實義にあらず。これすなはち上 0000_,31,297a10(00):人の相傳なりと云云此眞僞をあきらめむがために、元久二年三月、門弟度脱房をつかひとして、書 0000_,31,297a11(00):状を上人に進ずるに、件の兩條くはしくこれをかきのせて、むかし座下に侍りしに、漢家の先賢、 0000_,31,297a12(00):淨土の法門を釋する。その義蘭菊なれども、善導の御心は、彌陀の本願の專修正行、これ往生極樂 0000_,31,297a13(00):の正路、この宗の元意なるよし。つねに仰をうけ給はりき。いまだかくのごときのことをきかず。 0000_,31,297a14(00):これ機なを熟せざるゆへに、御敎訓を蒙らざるか。はやく一家の狼籍をとどめ、末代の念佛を印持 0000_,31,297a15(00):せむがために、御在世のとき是非を決斷し、御證判を給はりて、專修の一行をたてむと思ふ。取意略抄 0000_,31,298a01(00):ここに上人てづから筆をそめて、彼状に勘付せられて云、已上二ヶ條、以外僻事也。源空全以如是 0000_,31,298a02(00):事不申候。以釋迦彌陀爲證。更更如然僻事所不申候也。云云上人自筆の誓文、末代念佛の龜鏡 0000_,31,298a03(00):なり。彼書いままさしく世にあり。たれかこれをうたがはむ。この相傳の義、すこぶる信受するに 0000_,31,298a04(00):たれる者歟 0000_,31,298a05(00):第二圖 0000_,31,298a06(00):此ひじり、安貞二年の冬、肥後國往生院にして、四十八日の別時念佛を修せられしとき、後昆の 0000_,31,298a07(00):異義をいましめむがために、一巻の書を製す。これを末代念佛授手印となづく。上人相傳の義勢、 0000_,31,298a08(00):つぶさにかの書にのせたり。著述ことをへてのち、善導大師、まのあたり、道場に影現し給ふこと 0000_,31,298a09(00):ありけり。これすなはち、のぶるところの法門の證明なるべし。ひじりこれを拜して、われすでに 0000_,31,298a10(00):證を得たりとて、感涙をながされけり。又筑後國高良山のふもとに一の精舍あり。厨寺と號す。丈 0000_,31,298a11(00):六の彌陀の像を安置す。聖光房かの道揚にして、一千日如法念佛を修し給ふに、八百日にをよむで 0000_,31,298a12(00):高良山の大衆僉議していはく、當山はこれ眞言止觀の學地也。此山のふもとにして專修念佛の勤行 0000_,31,298a13(00):しかるべからず。かの砌に發向して、念佛衆を追出すべしと、衆儀ことをへにければ、をのをの明 0000_,31,298a14(00):曉を期す。念佛衆この事をききて、すみやかに退出すべきよしを申すに、ひじりの給はく、汝等は 0000_,31,298a15(00):よろしく心にまかすべし。我はさらにいづべからずと、此うへはみな退出の思をやめて、惡徒のき 0000_,31,299a01(00):たるをまつ程に、おもひのほかに一山の大衆、色色の供物をささげてきたりていはく、きのふ念佛 0000_,31,299a02(00):停癈の惡計をなすに、今夜、靈夢を感ずることあり。赫奕たる光明、にしよりきたりて此道場をて 0000_,31,299a03(00):らす、あやしみたづぬるところに、かたはらに人ありていはく、聖光上人念佛を行ずるゆへに、か 0000_,31,299a04(00):のほとけひかりをはなちて、つねにこのみぎりをてらすなりと、諸人の夢一同なり。これによりて 0000_,31,299a05(00):みな前非を改悔して、慚謝のために群參すと云云それよりのちは、一山歸依をなし四輩信心をまし 0000_,31,299a06(00):けるとぞ 0000_,31,299a07(00):第三圖 0000_,31,299a08(00):筑後國山本の郷に、一寺を建立して、善導寺と號す。のちにはあらためて光明寺となづく、此寺 0000_,31,299a09(00):にして、上人相承の法門を住持し、念佛往生の解行を弘通すること、一生ををふるまで、片時も癈 0000_,31,299a10(00):することなし。このひじり、淨土門にいりしよりのちは、毎日に六卷の阿彌陀經、六時の禮讃とき 0000_,31,299a11(00):をたがへず。又六萬反の稱名をこたることなし。初夜のつとめをはりて、一時ばかりぞまどろまれ 0000_,31,299a12(00):ける。そののちはおきゐつつ、あくるまで高聲念佛たゆむことなかりけり。つねの述懐には、人ご 0000_,31,299a13(00):とに閑居の所をば、高野粉河と申あへども、我身には、あか月のねざめのとこにしかずとぞおもふ 0000_,31,299a14(00):と。また安心起行の要は、念死念佛にありとて、つねのことわざには、出るいき、いるいきをまた 0000_,31,299a15(00):ず。いるいき、出るいきをまたず。たすけ給へ阿彌陀ほとけ、南無阿彌陀佛とぞ申されける。嘉禎 0000_,31,300a01(00):三年十月より病惱、同四年正月十五日ひつじの尅門弟をあつめて、來迎の讃を誦し念佛せしむ。聽 0000_,31,300a02(00):聞のあひだ、隨喜のなみだをながしていはく、極樂の聖衆は、天にみちみち給へりと、聞く人奇特 0000_,31,300a03(00):の思をなす。同廿三日たつの尅、化佛來現し給ふよし門弟にしめす。同二月廿七日うしのとき、異 0000_,31,300a04(00):香しきりに薰ず。同廿九日未尅、七條の袈裟を着し、頭北面西にして、五色のはたをひかへ、平生 0000_,31,300a05(00):の發願にまかせて、一字三禮の自筆の阿彌陀經を、合掌の母指にさしはさみて、念佛すること一時 0000_,31,300a06(00):ばかり、最後にはことに高聲にとなへて、光明遍照とて、いまだつぎの句にいたらざるにねぶるが 0000_,31,300a07(00):ごとくして寂に歸す。春秋七十七、夏臈六十四也。命終の時にあたりて、五色の雲天にそびき、又 0000_,31,300a08(00):紫雲ななめにいほりをおほふ。道俗群集して、あまねくこれをみる。又入滅の翌日より、上妻の天 0000_,31,300a09(00):福寺聖の舊居の本房のうへに紫雲たなびくこと三ヶ日、村里に見る人おほし。又臨終のきざみも、とを 0000_,31,300a10(00):くより、紫雲におとろきて來て、入滅にあふともがらあり、又草野が郞等なりけるものゆめに、當 0000_,31,300a11(00):寺に迎講あり。ひじり、手に金字の阿彌陀經をもち給へりと見てさめぬ。すなはち往生のよしをき 0000_,31,300a12(00):きて、はせきたりて入滅の儀を拜するにさらにゆめの所見にたがはずとて、ふかく隨喜しけり。し 0000_,31,300a13(00):かのみならず、平生の祥瑞、終焉の靈異、そのかずはなはだおほし。あるひはまのあたり和尚を拜 0000_,31,300a14(00):し、あるひはあらたに彌陀を見たてまつり、或は極樂の依正目のまへに現じ、或は釋尊の光明身の 0000_,31,300a15(00):うへをてらす。又門弟敬蓮社は、ゆめに、師はこれ善導の再誕なりと見、ある人は、彌陀の垂迹な 0000_,31,301a01(00):りと見る。かくのごときの奇瑞、そのかずありといへども、しげきによりてのせず 0000_,31,301a02(00):第四圖 0000_,31,301a03(00):かの製作の念佛往生修行門云、世の中の念佛者、故上人の御流とは申あひて侍れども、上人の御 0000_,31,301a04(00):義にはなかりしことどもを、申みだり侍こそ、不便の次第に侍れ。故上人、辨阿にをしへ給しは、 0000_,31,301a05(00):善導の御心は、淨土へまいらむと思はん人は、かならず三心具足して、念佛を申べきなり。一に至 0000_,31,301a06(00):誠心と云は、まことしく往生せんとおもひとりて、念佛を申也。二に深心と云は、我身は罪惡生死 0000_,31,301a07(00):の凡夫なり。しかるに彌陀の本願のかたじけなきによりて、この念佛より外に、我身のたすかるべ 0000_,31,301a08(00):きことなしと、かたく信ずるを申也。三に廻向發願心と云は、ただひとすぢに極樂にまいらむずる 0000_,31,301a09(00):ための、念佛なりと思をいふ也。これぞ法然上人より、習つたえたてまつりたる三心にて侍る。こ 0000_,31,301a10(00):の外またく別のやうなき也。故上人の仰られ候しは、在家のいとまなからむひとは一萬二萬などを 0000_,31,301a11(00):も申ぺし。僧尼なむどどて、さまをかへたらんしるしには、三萬六萬などを申べし。いかにもおほ 0000_,31,301a12(00):く申すにすぎたる法門はあるべからず。詮ずるところ、此念佛は決定往生の行なりと信をとりぬれ 0000_,31,301a13(00):ば、自然に三心を具足して、往生するぞと、やすやすと仰られ侍しなり。もしこれならぬことを、 0000_,31,301a14(00):ならいたりといひ、仰られぬことを、仰られたりと申侍らば、三世の諸佛、十方の菩薩、ことには 0000_,31,301a15(00):たのみたてまつる所の、釋迦彌陀、觀音勢至、善導聖靈、念佛守護の梵天帝釋等の、御あはれみな 0000_,31,302a01(00):くして、現世後世、かなはぬ身となり侍らむ。已上略抄上人口決の次第、誓言嚴重なり。そのうへ此ひ 0000_,31,302a02(00):じりすでに奇瑞をあらはして、往生をとげられぬ。得益法門にかなふ。所述たれか信受せざらむ。 0000_,31,302a03(00):されば勢觀房は、先師念佛の義道をたがへず申人は、鎭西の聖光房なりとぞ申されける。かのひじ 0000_,31,302a04(00):り嘉禎三年九月二十一日、聖光房に送られける状云、相互不見參候て、年月多積候、于今存命、 0000_,31,302a05(00):今一度見參今生難有覺候、哀候者歟、抑先師念佛之義末流濁亂、義道不似昔、不可説候、御邊一 0000_,31,302a06(00):人正義傳持之由承及候、返返本懐候、喜悦無極思給候、必遂往生本望、可期引導値遇緣候者也、 0000_,31,302a07(00):以便宜捧愚札、御報何日拜見哉、他事短筆難盡候、云云其後文永の比、聖光房附法の弟子、然阿 0000_,31,302a08(00):彌陀佛と、勢觀房の附弟蓮寂房と、東山赤築地にて、四十八日の談義をはじめし時、然阿彌陀佛を 0000_,31,302a09(00):よみくちとして、兩流を挍合せられけるに、一として違するところなかりければ、蓮寂房の云、日 0000_,31,302a10(00):比勢觀房の申されしことは、いますでに符合しぬ。予が門弟にをきては、鎭西の相傳をもて、我義 0000_,31,302a11(00):とすべし。さらに別流をたつべからずと、これによりて、かの勢觀房の門流は、みな鎭西の義に依 0000_,31,302a12(00):附して、別流をたてずとぞうけたまはる。その外安居院の聖覺法印、二尊院の正信房なども、わが 0000_,31,302a13(00):義のあやまらぬ證誠には、聖光房をこそ申されけれ。當世筑紫義と號するは、かの聖光房の流にて 0000_,31,302a14(00):侍るとなむ 0000_,31,302a15(00):第五圖 0000_,31,303a01(00):法然上人行状畫圖 第四十七 0000_,31,303a02(00):西山の善惠房證空は、入道加賀權守親季朝臣法名證玄の子なり。久我の内府通親公の猶子として、生 0000_,31,303a03(00):年十四歳の時、元服せしめむとせられけるに、童子さらにうへなはす。父母あやしみて、一條堀川 0000_,31,303a04(00):の橋占をとひけるに、一人の僧、眞觀淸淨親、廣大智惠觀、悲觀及慈觀、常願常瞻仰ととなへて、 0000_,31,303a05(00):東より西へゆくありけり。宿善のうちにもよをすなりけりとて、出家をゆるさんとするとき、師範 0000_,31,303a06(00):の沙汰のありけるをききて、童子のいはく、法然上人の弟子とならむと、これによりて、建久元年 0000_,31,303a07(00):上人の室に入、やがて出家せさせられて、解脱房と號す。ただし笠置の解脱上人と同名なるにより 0000_,31,303a08(00):て、これをあらためて善惠房とつけられき。その性俊逸にして、一遍見聞するに、通達せずといふ 0000_,31,303a09(00):事なし。上人にしたがひたてまつりて、淨土の法門を稟承する事、首尾廿三年自十四歳至卅六歳なり。稽古に 0000_,31,303a10(00):心をいれて、善導の觀經の疏を、あけくれ見られける程に、三部まで見やぶられたりけるとぞ、申傳侍 0000_,31,303a11(00):る 0000_,31,303a12(00):第一圖 0000_,31,303a13(00):このひじりの意巧にて人の心得やすからむために、自力根性の人にむかひては、白木の念佛とい 0000_,31,303a14(00):ふ事をつねに申されけり。その言にいはく、自力の人は、念佛をいろどるなり。或は大乘のさと 0000_,31,304a01(00):りをもて色どり、或はふかき領解をもていうどり、或は戒をもていろどり、或は身心をととのふを 0000_,31,304a02(00):もて色どらんと思なり。定散のいろどりある念佛をば、しおほせたり、往じやううたがひなしとよ 0000_,31,304a03(00):ろこび、いろどりなき念佛をぱ、往生はえせぬとなげくなり。なげくも、よろこぶも、自力の迷な 0000_,31,304a04(00):り。大經の法滅百歳の念佛、觀經の下三品の念佛はなにのいろどりもなき、白木の念佛也。本願の 0000_,31,304a05(00):文の中の至心信樂を、稱我名號と釋給へるも、白木になりかへる心也。所謂觀經の下品下生の機は 0000_,31,304a06(00):佛法世俗の二種の善根なき無善の凡夫なるゆへに、なにの色どり一もなし。況や死苦にせめられて 0000_,31,304a07(00):忙然となる上は、三業ともに正體なき機なり。一期は惡人なる故に、平生の行の、さりともとたの 0000_,31,304a08(00):むべきもなし。臨終には死苦にせめらるる故に、止惡修善の心も、大小權實のさとりも、かつて心 0000_,31,304a09(00):にをかず、起立塔像の善も、この位にはかなふべからず。捨家棄欲の心も、このときはおこりがた 0000_,31,304a10(00):し。まことに極重惡人なり。更に他の方便ある事なし。もし他力の領解もやある、名號の不思議を 0000_,31,304a11(00):もや、念じつべきと、をしふれども、苦にせめられて、次第に失念するあひだ轉敎口稱して、汝若 0000_,31,304a12(00):不能念者、應稱無量壽佛といふとき、意業は忙然となりながら、十聲佛を稱すれば、聲聲に八十 0000_,31,304a13(00):億劫の罪を滅して、見金蓮花、猶如日輪の益にあづかる也。この位には機の道心もなく、定散の色 0000_,31,304a14(00):どり一もなし。ただ知識のをしへにしたがふばかりにて、別のさかしき心もなくて、白木にとなへ 0000_,31,304a15(00):て往生する也。たとへば、をさなきものの手をとりて、物をかかせんがごとし。あに小兒の高名な 0000_,31,305a01(00):らんや。下下品の念佛も、又かくのごとし。ただ知識と彌陀との御心にて、わづかに口にとなへて 0000_,31,305a02(00):往生をとぐるなり。彌陀の本願は、わきて五逆深重の人のために、難行苦行せし願行なる故に、失 0000_,31,305a03(00):念の位の白木の念佛に、佛の五劫兆載の願行つづまりいりて、無窮の生死を一念につづめて、僧祗 0000_,31,305a04(00):の苦行を一聲に成ずる也。又大經の、三寳滅盡の時の念佛も、白木の念佛なり。その故は、大小乘 0000_,31,305a05(00):の經律論、みな龍宮にお嚢さまり、三寳ことごとく滅しなむ、閻浮提には、冥冥たる衆生の、惡の外 0000_,31,305a06(00):には善といふ名だにも、更にあるべからず。戒行ををしへたる律も滅しなば、いづれの敎によりて 0000_,31,305a07(00):か、止惡修善の心もあるべき。菩提心をとける經もしさきだちて滅せば、いづれの經によりてか、 0000_,31,305a08(00):菩提心をもおこすべき。このことはりを、しれる人も世になければ、ならひて知べき道もなし。故 0000_,31,305a09(00):に定散の色どりは、みなうせはてたる、白木の念佛、六字の名號ばかり、世には住すべきなり。そ 0000_,31,305a10(00):のとき聞て一念せん者、みなまさに往生すべしととけり。この機の一念十念して往生するは、佛法 0000_,31,305a11(00):のほかなる人の、ただ白木の名號の力にて、往生すべきなり。しかるに、當時は大小經論もさかり 0000_,31,305a12(00):なれば、かの時の衆生には、事の外にまされる機なりと、いふ人もあれども、下根の我等は、三寶 0000_,31,305a13(00):滅盡の時の人にかはる事なく、世は猶佛法流布の世なれども、身はひとり、三學無分の機なり。大 0000_,31,305a14(00):小の經論あれども、つとめ學せむと思ふ心ざしもなし。かかる無道心の機は、佛法にあへる甲斐も 0000_,31,305a15(00):なき身なり。三寳滅盡の世ならば、力およばぬかたもあるべし。佛法流布の世に生ながら、戒をも 0000_,31,306a01(00):たもたず、定惠をも修行せざるにこそ機のつたなく、道心なき程もあらはれぬれ。かかるをろかな 0000_,31,306a02(00):る身ながら、南無阿彌陀佛と唱ところに、佛の願力ことごとく圓滿する故に、ここが白木の念佛の 0000_,31,306a03(00):かたじけなきにてはあるなり。機においては、安心も起行も、まことすくなく、前念も、後念も、 0000_,31,306a04(00):みなをろかなり。妄想顚倒の迷は、日ををうてふかく、ねてもさめても、惡業煩惱にのみ、ほださ 0000_,31,306a05(00):れ居たる身の中よりいづる念佛は、いと煩惱にかはるべしともおぼえぬうへ、定散の色どり、一も 0000_,31,306a06(00):なき稱名なれども、前念の名號に、諸佛の滿足を攝する故に、心水泥濁にそまず、無上功德を生ず 0000_,31,306a07(00):るなり。中中に心をそへず、申せば生と信じて、ほれぼれと南無阿彌陀佛ととなふるが、本願の念 0000_,31,306a08(00):佛にてはあるなり。これを白木の念佛とは、いふなりとぞの給ける。已上見于門弟記錄念佛の行は、機の淨穢 0000_,31,306a09(00):をいはず、罪の輕重によらず、貴もいやしきも、智者も愚者も、申せぱ皆往生する行なるを、自力 0000_,31,306a10(00):根性の人は、定散の色どりを指南として、採色なき念佛をば、往生せぬいたづらものぞと思へる事 0000_,31,306a11(00):しかるべからず。自力根性をすてて、他力門にむかへとなり。さればとて、大乘のさとりある人、 0000_,31,306a12(00):ふかき領解のある人、戒をたもてる人などの申念佛は、わろしとにはあらず、よくよくこの分別を 0000_,31,306a13(00):わきまふべきものなり 0000_,31,306a14(00):第二圖 0000_,31,306a15(00):津の戸の三郞入道尊願、不審なる事をば、上人往生の後は、善惠房にたづね申けり。しかるに文 0000_,31,307a01(00):暦の比、關東の念佛者の中に、善惠房の義とて、心えぬ事どもを、披露しけるにつけて、かの入道 0000_,31,307a02(00):善惠房にたづね申ける状云、念佛往生の間事、彌陀の本願にまかせ、善導和尚の御釋、故上人の御 0000_,31,307a03(00):房の御すすめによりて、上百年にいたり、下一日七日十聲一聲にいたるまで、念佛往生は、決定の 0000_,31,307a04(00):よしをうけ給て、往生をねがひ候所に、仰の候とて、當時關東の學生の中に、無智にては、つとめ 0000_,31,307a05(00):たりとも、臨終しづかにをはりたりとも、往生したりとは思べからず。又學問したらむものは、た 0000_,31,307a06(00):とひ臨終のとき、いかなる狂亂をし、くるい顚倒したりとも、決定往生なりと申候。この事御房中 0000_,31,307a07(00):に、いかやうに思食たりといふ事、慥の便宜のとき仰らるべく候。加樣に申せば尊願が、そへなき 0000_,31,307a08(00):事を申とぞ、おぼしめしぬべき事にて候へとも、學問せぬ人の、なげき申あひだ申候云云同年九月 0000_,31,307a09(00):三日、善惠房の返状云、學問せざるひら信じの念佛は、往生すべからざるよし、この邊に申ときこ 0000_,31,307a10(00):へ候らん、極たるひが事に候也。ひらに信じて學問せざるも、又文につきて學するも、をちつく所 0000_,31,307a11(00):はただおなじく、南無阿彌陀佛にて、往生すべき事にてこそ候へ、乃至或はひらに願力を信じて、 0000_,31,307a12(00):わが心にたりぬとおもひて、念佛する人も候。或は本願を信ずるうへに、いよいよことはりをあき 0000_,31,307a13(00):らめむために、學問する人も候。意樂おなじからずといへども、往生はまたくことならず。しかる 0000_,31,307a14(00):を學問する人は、學せざるをそしり、學せざる人は學問するひとをそしる事、あひたがひにきはめ 0000_,31,307a15(00):たるひが事也。ただ所詮は、法藏菩薩の、乃至十念のちかひにこたえて、衆生稱念せば、かならず 0000_,31,308a01(00):むまるべきことはりのきはまりて、すでに阿彌陀佛になりて、善惡の凡夫をもらさず、接し給へる 0000_,31,308a02(00):故に、釋迦もこれをとき、諸佛の證誠もむなしからざる事をたのみて御念佛候はば、更更御往生 0000_,31,308a03(00):うたがひなく候。このむねをこそ、ふかく存ずる事にて候へば、人にも申きかせ、身にも存じ候へ 0000_,31,308a04(00):已上取詮又同年十月十二日の状云、無智の人は往生せず。臨終正念にて命終すとも往生とは定べからず 0000_,31,308a05(00):學生はたとひ臨終狂亂すとも、なをこれ往生也といふ事、返返ひが事にて候也。無智の人往生せず 0000_,31,308a06(00):といはば、彌陀の本願すでに機をきらふになる、その理しかるべからず。他力本願を信ぜば、有智 0000_,31,308a07(00):無智みな往生すべし。信心をおこして後には、學不學は人の心にしたかふべき也。本願を信ずる人 0000_,31,308a08(00):正念に住せんうへは、なむぞ往生せずといふべきや。又學生は臨終狂亂すとも、往生と定べしとい 0000_,31,308a09(00):ふ事、經釋の中に、その文惣じて見及候はず。道理また然べからず。凡往生極樂におきては、もは 0000_,31,308a10(00):ら本願を信ずるによる。またく學生によらず。また無智によらざる也。信心もしおこらば、有智も 0000_,31,308a11(00):無智も臨終はかならず正念に住すべし。なむぞ學生にいたりて正念をすてむや。もし學生なりとも 0000_,31,308a12(00):臨終狂亂せんは、もとより信心なき故也。但下品下生の、此人苦逼、不遑念佛等の文に、異義を成 0000_,31,308a13(00):ずるともがら候歟。この文の心は、ただ死苦の失念なり。またく狂亂顚倒の相にあらず。されば釋 0000_,31,308a14(00):には臨終正念、金花來應也といへり。たとひ病死の苦痛ありとも、念佛の行おこたらずば、かなら 0000_,31,308a15(00):ず正念といふべき也。苦痛とその體大にことなるゆへに候。かくのごときの荒説、御信用あるべか 0000_,31,309a01(00):らず。ただ一向本願をたのみて、御念佛おこたらず候はむ事、本意たるべく候也。已上取詮これらみな 0000_,31,309a02(00):自筆判形の状等なり。龜鏡とするにたれり。仰でこれを信ずべし。加之九條の入道將軍の御尋につ 0000_,31,309a03(00):きて、善惠房しるし申されける状云、三心具足の念佛は、佛の願に相應する故に、かならず攝取の 0000_,31,309a04(00):利益をかうぶる。この攝取の故を釋するに、親緣近緣増上緣の三の心あり。一に親緣といふは、こ 0000_,31,309a05(00):の鈍根無智の機をもらさず、攝取すべきいはれより、正覺を成じ給ふ。無碍光の體なる故に、かの 0000_,31,309a06(00):佛の三業の功德我等が煩惱惡業の、三業にへだつるところなし。故に稱すればきき給ひ、禮すれば 0000_,31,309a07(00):見給ひ、念ずればしり給といへり。是即行者の心の、善惡をかへりみず、たのむ心ふかくなりぬれ 0000_,31,309a08(00):ば、決定往生すべき稱名ときき給ひ、決定往生すべき禮拜と見給ひ、決定往生すべき憶念としり給 0000_,31,309a09(00):ふ也。されば彼此三業不相捨離と釋給へり。二に近緣といふは、したしき道理きはまりぬれば、我 0000_,31,309a10(00):等が身口意業を、佛のしり給のみにあらず、又佛の三業をしるべきいはれあるゆへに、みんとおも 0000_,31,309a11(00):へばすなはちみえ給也。もしは夢のうち、乃至臨終にあらはれ給ふ。みなこの心也。三に増上緣と 0000_,31,309a12(00):いふは、かみの二緣の他力にて、成ずるいはれをあらはす也。衆生稱念、即除多劫罪、命欲終時、 0000_,31,309a13(00):佛與聖衆、自來迎接、諸邪業繋、無能碍者、故名増上緣と釋給へる。衆生稱念、即除多劫罪は、か 0000_,31,309a14(00):みの親緣の體、他力緣にて成ずるところを、釋しあらはす詞也。命欲終時、佛與聖衆、乃至無碍者 0000_,31,309a15(00):といへるは、近緣の見佛、他力にて成ずべき道理を、釋しあらはす詞也。故にこの緣は、他力の體 0000_,31,310a01(00):をあらはすを詮とす。かくのごとく心得れば、親緣によりて稱念すれば、無量劫のつみ滅する道理 0000_,31,310a02(00):あるをもて、行者の心これにもよをされて、惡をおそれ、惡をとどむる、この心いよいよおこたら 0000_,31,310a03(00):ず、又近緣によりて、凡夫のつたなき眼に報佛をみる大善根きはまりぬれば、この功力にもよをさ 0000_,31,310a04(00):れて、已作の善には、ふかく隨喜の心をおこし、未作の善においては、修習のおもひ增進するが故 0000_,31,310a05(00):に、增上緣といふ也。然則三心具足する故に、歸命の心をこる、これを南無といひ、三緣そなはれ 0000_,31,310a06(00):ば、無碍光の體、我等が罪惡の身に、へだつるところなき功德を、阿彌陀佛といふ也。故に南無阿 0000_,31,310a07(00):彌陀佛と稱する、この六字の名號に、一代の佛敎の本意も、ことごとくにおさまり、十方三世の化 0000_,31,310a08(00):物もしかしながらそなはるが故に、念念不捨者、是名正定之業、順彼佛願故といはれて、南無阿彌 0000_,31,310a09(00):陀佛のほかに、又餘事なきなり。爰以釋には、自餘衆行、雖名是善若比念佛者、全非比挍也、 0000_,31,310a10(00):是故諸經中、處處廣讃念佛功能 如無量壽經四十八願中、唯明專念彌陀名號得生、又如彌陀 0000_,31,310a11(00):經中、一日七日、專念彌陀名號得生、又十方恒沙諸佛、證誠不虚也、又此經定散文中、唯標專念 0000_,31,310a12(00):名號得生、此例非一也、廣顯念佛三昧竟と判給へり。かくのごとく、三心三緣、重重に分別す 0000_,31,310a13(00):れば、あやまるところなくして、この愚惡の凡夫、直に報土の往生をとぐる也。しかるにこの惡人 0000_,31,310a14(00):へだてずといふ、一分の道理をとりて、惡は憚べからずといふ邪見をおこし、惡苦しからずといふ 0000_,31,310a15(00):僻見あり。これをのれが惡のとどめがたきによりて、枉ていまの敎の所談を稱する事、太もてしか 0000_,31,311a01(00):るべからず。垢障の機のうへに、南無阿彌陀佛の行成ずといへども、先世の罪、臨終までつきず 0000_,31,311a02(00):して、苦にせめらるといへども、其心みだれずぱ往生をとぐるゆへに、觀經の下品下生をは、此人 0000_,31,311a03(00):苦逼、不遑念佛、善友告言、汝若不能念者、應稱無量壽佛と説給へり。この文に付ておのれが惡の 0000_,31,311a04(00):とどめがたきによりて、臨終狂亂すべきゆへに、狂亂すとも往生すといふ輩あるか。是則みづから 0000_,31,311a05(00):あやまるのみにあらず。又他をあやまつ、そのとがはなはだふかし。この品の人の往生をば、こと 0000_,31,311a06(00):さら臨終正念、金花來應と釋する也。苦は先世の因にむくひたる果報のすがた也。狂亂は當來の果 0000_,31,311a07(00):をあらはす、惡業のかたち也。なんぞ因果を分別して、かくのごときの説をいたすやと記給へり。 0000_,31,311a08(00):念佛相續し、臨終正念をもて、往生の指南とすべしといふ事、消息といひ、記文といひ、このひじ 0000_,31,311a09(00):りの存意あきらかなり。しかるに當世かの門流と號するなかに、多念を功勞すべからず、臨終を沙 0000_,31,311a10(00):汰すべからずといふ人も侍にや。この義すでにかの消息記録等に違するうへは、これまたく善惠房 0000_,31,311a11(00):の義にあらず、末學の今案なり。ながれのにごれるをききて、みなもとのすめるを、うたがふ事な 0000_,31,311a12(00):かれ 0000_,31,311a13(00):第三圖 0000_,31,311a14(00):このひじりはまことに恭敬修を專にして、不淨のときは四十八度なんど手をぞ洗ける。毎月十五 0000_,31,311a15(00):日には、かならず、廿五三昧を行じて、見聞の亡者をとぶらひ、有緣無緣をいはず、早世の人あれ 0000_,31,312a01(00):ばこれをわすれず、忌日にはかならず阿彌陀經をよみ念佛して、ねんごろに廻向し、談義のおはり 0000_,31,312a02(00):にも、同音の阿彌陀經、念佛さだまれる式なり。毎日に淨土の三部經を讀誦し、名號六萬反をとな 0000_,31,312a03(00):へて、半夜に及まで睡眠せず。曉更には法門を暗誦して、佛號をとなへ給事、おこたりなかりき。 0000_,31,312a04(00):天福二年九月十四日の夜、沙門源弘ゆめみらく、善惠房は十一面觀音の化身也。かの門徒はかなら 0000_,31,312a05(00):ず十一面觀音の像を、一寸八分につくりて、安置すべしと、委旨在夢記このひじり、西山の善峰寺より 0000_,31,312a06(00):信州善光寺にいたるまで、十一箇の大伽藍を建立して、あるいは曼荼羅を安じ、或は不斷念佛をは 0000_,31,312a07(00):じめをく、みなこれ供料供米修理の足をつけてをかる。これまたく勸進奉加をなさず、諸人の供養 0000_,31,312a08(00):物をなげて、このいとなみをなす。興隆の次第、まことにただ人にあらずとぞ、申あへりける。寶 0000_,31,312a09(00):治元年十月の比より、日來の不食增氣して、身心やすからずといへども、端居して、日日に法門を 0000_,31,312a10(00):宣説する事、平生のごとし。同十一月廿二日、往生の期ちかづけるよし、門弟夢想の告を感ず、い 0000_,31,312a11(00):そぎ師の前に參じて、かたり申さむとして、いまだ言をいださざるに、終焉ちかきにあるよしをの 0000_,31,312a12(00):たまひて往生淨土の已證をのべ、觀佛念佛の兩宗を談ず。廿三日は、淸淨の内衣を着し、大衣をか 0000_,31,312a13(00):けて、定散兩門の義をさづけ。廿四日は、天台大師講をこなひ、廿五日は、他人の請によりて、佛 0000_,31,312a14(00):を讃嘆し、又自行のためにとて、本尊を稱揚し給。法則日來にたがはず、讃嘆の法門は、玄義分序 0000_,31,312a15(00):題門の大意也。二十六日は、大衣を着し、大衆と同音に、阿彌陀經を讀誦し給。其後又已證の法門 0000_,31,313a01(00):などのべおはりて、本尊の御前にして、念佛二百餘遍、西にむかひ端坐合掌し、ねぶるがごとくし 0000_,31,313a02(00):て息たえぬ。時年七十一、寳治元年十一月二十六日、午の正中なり。一條の宰相于時中將能淸の室家當 0000_,31,313a03(00):日の巳時の夢に、善惠房雲に乘じて、西をさしてさり給と見て、ゆめさめて後、未尅にいたりて、 0000_,31,313a04(00):往生のよしをきく、このほか奇特一にあらずといへども、しげきによりてのせず 0000_,31,313a05(00):第四圖 0000_,31,313a06(00):法然上人行状畫圖 第四十八 0000_,31,313a07(00):法性寺の空阿彌陀佛は、いづれの所の人といふ事をしらず。延暦寺の住侶なりけるが、叡山を辭 0000_,31,313a08(00):して、聚洛にいづ。上人にあひたてまつりて、一向專念の行者となりて、經をもよまず、禮讃をも 0000_,31,313a09(00):行ぜず、稱名のほか、さらに他のつとめなく、在所をさだめず、別の寢所なし。沐浴便利のほか、 0000_,31,313a10(00):衣をぬがず、行德あらはれて、ひとこれをたうとむ、つねには四十八人の能聲をととのへて、一日 0000_,31,313a11(00):七日の念佛を勤行す。所所の道場いたらざるところなし。極樂の七重寳樹の風のひびきをこひ、八 0000_,31,313a12(00):功德池のなみのおとをおもひて、風鈴を愛して、とこしなへに、つつみもちて、いたる所ごとに、 0000_,31,313a13(00):かならずこれをかけられけり。心あらむ人愛翫するにたれるものをや 0000_,31,313a14(00):つねのことばには、如來尊號甚分明、十方世界布流行、但有穪名皆得往、觀音勢至自來迎の文を 0000_,31,314a01(00):誦して、戯乎南無極樂世界といひて、なみだをぞおとされける。これ多念念佛の根本なり。念佛の 0000_,31,314a02(00):時のをはりごとには此界一人念佛名、西方便有一蓮生、但使一生常不退、此花還到此間迎、娑婆に念 0000_,31,314a03(00):佛つとむれば、淨土に蓮ぞ生ずなる、一生つねに退せねば、このはなかへりてむかふなり。一世の 0000_,31,314a04(00):勤修は須臾の程、衆事をなげすてねがふべし。ねがはばかならずむまれなむ、ゆめゆめをこたる事 0000_,31,314a05(00):なかれ。光明遍照、十方世界、念佛衆生、攝取不捨とぞ、となへられける。念佛のあひだに文讃を 0000_,31,314a06(00):いろへ誦すること、みなもとこの人よりはじまれり 0000_,31,314a07(00):第一圖 0000_,31,314a08(00):このひじり所勞のとき、日來の安心を印治決定せむがために、上人にたづね申されけるにつきて 0000_,31,314a09(00):かの御返事云、凡夫の生死をいづる事は、往生淨土にはしかず。往生の業おほしといへども、稱名 0000_,31,314a10(00):念佛にはしかず。稱名往生は、これかのほとけの本願の行なり。故に善導和尚の給はく、若我成佛 0000_,31,314a11(00):十方衆生、稱我名號、下至十聲、若不生者、不取正覺、彼佛今現、在世成佛、當知本誓、重願不虚 0000_,31,314a12(00):衆生稱念、必得往生。已上文 故に稱名往生は、これ彌陀の本願なり。念佛のとき、この觀をなすべし 0000_,31,314a13(00):本願あやまり給はす。かならず引接をたれ給へと。このほかには、別の觀行いるべからず。又往生 0000_,31,314a14(00):要集の臨終の行儀にいはく、この念をなすべし、如來の本誓は一毫もあやまり給事なし、ねがはく 0000_,31,314a15(00):は佛決定して、我を引接し給へ、南無阿彌陀佛、あるひは漸漸に略をとりて念ずべし、ねがはくは 0000_,31,315a01(00):佛かならず引接し給へ、南無阿彌陀佛。已上 臨終の觀念要をとるにこれにすぐべからず。又正念の 0000_,31,315a02(00):とき稱名の功を積候ぬれば、たとひ臨終に稱名念佛せずといふとも、往生つかまつるよし、群疑論 0000_,31,315a03(00):に見えて候也、云云取詮四天王寺の西門内外の念佛は、このひじり、奏聞をへてはじめをき給へり。 0000_,31,315a04(00):この御書もすなはちかの寺にぞ安置せられける 0000_,31,315a05(00):第二圖 0000_,31,315a06(00):上人のつねの仰には、源空は智德をもて人を化するなを不足なり、法性寺の空阿彌陀佛は、愚癡 0000_,31,315a07(00):なれども、念佛の大先達として、あまねく化導ひろし。我もし人身うけば、大愚癡の身となり、念 0000_,31,315a08(00):佛勤行の人たらむとぞ仰られける。空阿彌陀佛は、上人をほとけのごとくに崇敬し申されしかば、 0000_,31,315a09(00):右京權大夫隆信の子、左京大夫信實朝臣に、上人の眞影をかかしめ、一期のあひだ、本尊とあふぎ 0000_,31,315a10(00):申されき。當時知恩院に安置する、繪像の眞影すなはちこれなり 0000_,31,315a11(00):第三圖 0000_,31,315a12(00):毎年正月一日より、七箇日の別行を勤修し給けるが、安貞二年の正月には七日例のごとく結願し 0000_,31,315a13(00):て、いま七日修すべきよし、同行等に談じければ、をのをの命にしたがふ。二七日結願の念佛を、 0000_,31,315a14(00):臨終の念佛として、十五日の朝、ねぶるがごとくにて往生す。別時をのべらるること、七日さきだ 0000_,31,315a15(00):ちて、死期をしられけるゆへなり。種種の瑞相靈異一にあらず。高野山寶幢院に、寬泉房といへる 0000_,31,316a01(00):たうとき上人ありき。彼舎弟、天王寺に住しけるが、あるとき天狗になやまるる事ありけり。かの 0000_,31,316a02(00):天狗は、天王寺第一の唱導、念佛勸進のひじり、東門の阿闍梨なりけり。託していはく、われはこ 0000_,31,316a03(00):れ東門の阿闍梨也。邪見をおこすゆへに、この異道に墮せり。われ在生の時おもひき。我はこれ智 0000_,31,316a04(00):者也。空阿彌陀佛は愚人なり。我手の小指をもて、猶彼人に比べからずと。しかるに彼空阿彌陀佛 0000_,31,316a05(00):は、如説に修行して、すでに輪廻をまぬがれて、はやく往生を得たり。我はこの邪見によりて、惡 0000_,31,316a06(00):道に墮し、なお生死にとどまる、後悔千萬、うらやましきことかぎりなしとて、さめざめとぞなき 0000_,31,316a07(00):ける 0000_,31,316a08(00):第四圖 0000_,31,316a09(00):往生院の念佛房又號念阿彌陀佛は、叡山の住侶、天台の學者なりき。しかるに上人の勸化によりて、淨土 0000_,31,316a10(00):の出離をもとめ、たちまちに名利の學道をやめて、ふかく隱遁の風味をこひねがはれけり。あると 0000_,31,316a11(00):き忽然と往生に疑心おこりて、無常いまも到來せば、生死いかがせまし。あはれ上人の御在世なら 0000_,31,316a12(00):ば、ときをうつさず參決してましものをと、かなしみなげきて、ね給へる夜のゆめに、上人空中に 0000_,31,316a13(00):現じたまひて、彼佛今現在世成佛といへば、すすむるぞかし。衆生稱念必得往生、なにのうたがひ 0000_,31,316a14(00):かあるとおほせらるるを承て、やがてゆめのうちに、感涙せきあへず、なくなくおどろきにけり。 0000_,31,316a15(00):それより疑殆ながくたえて、往生のおもひ決定せられにけり。承久三年、嵯峨の淸凉寺釋迦堂是也回祿 0000_,31,317a01(00):の事侍しを、このひじり、知識をとなへて程なく造營ををへ、翌年二月廿三日、供養をとげられに 0000_,31,317a02(00):き。かの西隣の往生院も、このひじりの草創なり。居をこの所にしめられしかば、ちかき程にて、 0000_,31,317a03(00):毎日に淸凉寺にまうでられけるが、建長三年十月晦日、入堂して寺僧にあひて、けふばかりぞ、こ 0000_,31,317a04(00):の御堂へもまいり侍らんずると申されけるを、なにともいと心えざりけるほどに、同十一月三日、 0000_,31,317a05(00):殊勝の瑞相ありて、往生の素懐をとげられにけり。生年九十五なり。身もなやむ事なくて、けふを 0000_,31,317a06(00):かぎりと申されけん、かねて死期をしられたるほどもあらはれて、不思議にたうとくそおぼゆる 0000_,31,317a07(00):第五圖 0000_,31,317a08(00):眞觀房感西進士入道これなりは、十九歳にてはじめて上人の門室にいる。師としつかへて、法要を咨詢する 0000_,31,317a09(00):こと、おほくのとしなり。選擇を草せられけるにも、このひとを執筆とせられけり。また外記の大 0000_,31,317a10(00):夫逆修をいとなみ、上人を請じたてまつりて、唱導とす。上人、一日をゆづりて、眞觀房につとめ 0000_,31,317a11(00):させられき。器用無下にはあらざりけり。しかるを上人にさきだちて、正治二年潤二月六日、生年 0000_,31,317a12(00):四十八にて往生をとぐ。上人念佛をすすめ給けるが、我をすてておはすることよとて、なみだをぞ 0000_,31,317a13(00):おとし給ける 0000_,31,317a14(00):第六圖 0000_,31,317a15(00):石垣の金光房は、上人稱美の言を思ふに、淨土の法門閫奧にいたれる事しりぬべし。嘉祿三年上 0000_,31,318a01(00):人の門弟を國國へつかはされし時、陸奧國に下向、つゐにかしこにて入滅のあひだ、かの行状、ひ 0000_,31,318a02(00):ろく世にきこえざるによりてくはしくこれをしるさず 0000_,31,318a03(00):第七圖 0000_,31,318a04(00):上人の門弟、そのかず侍しなかに、宿老のよにしられたるをえらびて、その行状をしるしをはり 0000_,31,318a05(00):ぬ。このほか法本房行空、成覺房幸西は、ともに一念義をたてて、上人の命にそむきしによりて、 0000_,31,318a06(00):門徒を擯出せられき。覺明房長西は、上人沒後に、出雲路の住心房に依止し、諸行本願のむねを執 0000_,31,318a07(00):して、選擇集に違背す。この三人隨分名譽の仁たりといへども、上人の冥慮はかりがたきによりて 0000_,31,318a08(00):門弟の列にのせざるところなり、見ん人あやしむ事なかれ