0000_,31,585a01(00):法然上人傳 0000_,31,585a02(00):上卷 0000_,31,585a03(00):そののち鴈塔をたてて、鳧鐘をならし、又烏瑟の妙相 0000_,31,585a04(00):をあらはして、鷲嶺の眞文を開題し、鷲子か智辯をむ 0000_,31,585a05(00):かへてとりの方にをくらむことをねがひ、僧衆を招請 0000_,31,585a06(00):して九品の妙果をいのり、施行をいとなみて非人の餓 0000_,31,585a07(00):をやすむ。これ即過去幽靈成等正覺のためなり 0000_,31,585a08(00):建塔、施行、中陰供養の圖 0000_,31,585a09(00):とどまらぬ月日なれば中陰もやうやくすぎぬ。わかれ 0000_,31,585a10(00):のなみだはかはくときなけれども、なき人のおもかげ 0000_,31,585a11(00):はいやとをざかりゆくにつけても、かなしさはなをせ 0000_,31,585a12(00):んかたなし。小兒はちちの遺言をわすれず、入學のた 0000_,31,585a13(00):めにとて當國菩提寺の院主觀覺得業が坊におかしぬ。 0000_,31,585a14(00):得業うけとりて内外典の文ををしうるにさとく、なら 0000_,31,585a15(00):へること心やすし 0000_,31,585b16(00):母子訣別、登途、菩提寺修學の圖 0000_,31,585b17(00):得業この小兒をみるたびに、聰明利智にして、一をを 0000_,31,585b18(00):しうるに萬をしる。ただ人にあらずとて、天養二年の 0000_,31,585b19(00):比生年十三のとし、比叡山延暦寺へのぼせつかはすべ 0000_,31,585b20(00):きよしを、得業小兒を母のもとにぐしてゆきていとま 0000_,31,585b21(00):をこはするに、なき人のなごりとて、またなきかたみ 0000_,31,585b22(00):なれば朝夕みまほしく、身をはなつべき心ちもし侍ぬ 0000_,31,585b23(00):に、はるばると雲井のよそになりなば、なき人のわか 0000_,31,585b24(00):れにうちそひて、さらになからふべき心地もし侍らじ 0000_,31,585b25(00):とて、ゆるさぬもことはりながら、大師釋尊は王宮を 0000_,31,585b26(00):いでで檀德山にいりたまふ。眞如親王は宮城をはなれ 0000_,31,585b27(00):て西海のなみにしづみ給き。是皆棄恩入無爲眞實報恩 0000_,31,585b28(00):者のことはり也など、觀覺もろともになぐさめ侍ける 0000_,31,585b29(00):ことはりにまけて、なくなくゆるしてければ、兒もみ 0000_,31,585b30(00):やこへのぼり侍ことは、心つよくおもひたちながら、 0000_,31,585b31(00):またならはぬたびなれば、かねても心ぼそくあはれに 0000_,31,585b32(00):侍けり。母もゆるしながらも、とをざかるべきなごり 0000_,31,586a01(00):袖よりあまる涙の露は、をき所なくぞみへ侍ける。觀 0000_,31,586a02(00):覺もなごりををしみつつ、本山にをくるところに、つ 0000_,31,586a03(00):くりみちにて殿下鳥羽殿への御出にまいりあゑり。小 0000_,31,586a04(00):童下馬したりけるを、御覽ずるに、たいはいまなじり 0000_,31,586a05(00):よりはじめて、凡ただ物にあらず。いかなるものぞと 0000_,31,586a06(00):御たづねありければ、しかじかのものの子にてなん侍 0000_,31,586a07(00):る。學問のために登山するよしをぞ、おそるるところ 0000_,31,586a08(00):なくまうしける。殿ふしぎのものにおぼしめして、御 0000_,31,586a09(00):ゑしやくありてすぎさせ給ぬ。得業叡山にをくる状に 0000_,31,586a10(00):は、大聖文殊像一躰をくりたてまつると、かきたりけ 0000_,31,586a11(00):れば、かの像をたづぬるに、小童なり。奇異のおもひ 0000_,31,586a12(00):に住しぬ 0000_,31,586a13(00):邂逅殿下、登山、入室の圖 0000_,31,586a14(00):下卷 0000_,31,586a15(00):近衞院御宇久安三年仲冬のころ、延暦寺にして出家、 0000_,31,586b16(00):則大乘戒をうけて比丘儈となり給。其後功德院の阿闍 0000_,31,586b17(00):梨皇圓に天台六十卷を傳受して、止觀の義理をさとり 0000_,31,586b18(00):たまひぬ 0000_,31,586b19(00):剃髪出家の圖 0000_,31,586b20(00):おなじき六年、生ねん十八のとしより、道念やうやく 0000_,31,586b21(00):おこるあひだ黑谷の上人叡空の禪室にたづねいたる。 0000_,31,586b22(00):上人發心のはじめをとひ給に、先考己卒のときより、 0000_,31,586b23(00):多年住山の今にいたるまで、世上の無常をみきくに、 0000_,31,586b24(00):かなしみ銘肝すなど申つづけらるれば、さては法然具 0000_,31,586b25(00):足のひじりにこそとのたまふけるよりぞ、名はつき給 0000_,31,586b26(00):にける。かくしつつ遁世したまふにければ、しづかに 0000_,31,586b27(00):華嚴經を轉讀せらるるに、虵いできたるをみて、弟子 0000_,31,586b28(00):源(信★)空上人あやしみおそるる夜のゆめに、なむぢおそ 0000_,31,586b29(00):るる心なかれ、われは上人守護の靑龍なりといふ。又 0000_,31,586b30(00):暗夜に經論みたまふに、光明室内をてらすことひるの 0000_,31,586b31(00):ごとし。末代の不思議上古にもありがたくや侍べき 0000_,31,587a01(00):靑龍出現の圖 0000_,31,587a02(00):後白河院御宇保元元年、求法のために嵯峨栖霞寺に參 0000_,31,587a03(00):籠、藏順贈僧正に法相宗を學し給に、師範かへりて上、 0000_,31,587a04(00):人に歸す。又大納言律師寬雅に三論宗を學したまふ。 0000_,31,587a05(00):また眞言敎にいりて道…場觀を修したまふ。五相成身の 0000_,31,587a06(00):觀行たちどころにあらはし給けり。かやうのことども 0000_,31,587a07(00):を法皇きこしめされて御招請ありて、終日の御談儀あ 0000_,31,587a08(00):リ。法門さとりのをもむき、御かむあさからず、卿相 0000_,31,587a09(00):雲客も心ある人は感涙をさへがたし 0000_,31,587a10(00):法皇殿御談儀の圖 0000_,31,587a11(00):上人諸宗のむねをさくり見給に、諸敎所讃多在彌陀の 0000_,31,587a12(00):妙偈をえてより、濁世の凡夫生死をはなるる敎、ただ 0000_,31,587a13(00):淨土の要門にしかずとおもひさだめて、高倉院御在位 0000_,31,587a14(00):安元元年御とし四十三より、毎日七萬遍の念佛をこた 0000_,31,587a15(00):りなくつとめ給。また門弟にもこの行をさづけらる。 0000_,31,587a16(00):道俗にもおなじくこれをすすめ給。それよりのち善導 0000_,31,587b17(00):和尚御こしよりもは金色にて、夜ななきたりたまひ 0000_,31,587b18(00):てのりをとき給を、畫師にあつらへて影像をうつしと 0000_,31,587b19(00):どめ給けり 0000_,31,587b20(00):上人道俗敎化の圖 0000_,31,587b21(00):善導和尚來現を拜寫せしむる圖 0000_,31,587b22(00):上人あるゆふぐれの事なるに、ひうえんにむかひ念佛 0000_,31,587b23(00):して有けるに、みだの三尊繪ざうにもあらず、木像に 0000_,31,587b24(00):もあらず、垣をはなれて天にもつかず地にもつかずし 0000_,31,587b25(00):ておはしましける。其後拜見したまひ御こと葉をかは 0000_,31,587b26(00):したまふ事度度なりけり 0000_,31,587b27(00):三尊影現の圖 0000_,31,587b28(00):法眼顯眞おほはらに居住のとき、諸宗の學者をのの 0000_,31,587b29(00):群集して、たがひに自宗のむねをのべほこさきをあら 0000_,31,587b30(00):そふきざみ、上人諸敎まこと殊勝なりといへども、濁 0000_,31,587b31(00):世の凡夫のため散心念佛もとも機にあひかなへるよし 0000_,31,587b32(00):を談し申さるるに、顯眞涙をながして身づから香爐を 0000_,31,588a01(00):とり、行道して高聲念佛、諸宗の人人おなじく三晝夜 0000_,31,588a02(00):勤行のついでに、湛叡上人來迎院に不斷念佛を始行せ 0000_,31,588a03(00):らる。これおほはらの念佛のはじめなり 0000_,31,588a04(00):大原談義、行道念佛の圖 0000_,31,588a05(00):上西門院の御所には大原の念佛の事をきこしめされ、 0000_,31,588a06(00):殊勝におぼしめし、源空上人をめされ淨土の勘文を御 0000_,31,588a07(00):物がたりありければ、上下かんるいをながしける。其 0000_,31,588a08(00):後七日の御説法有べきよし、御けいやくありけり。實 0000_,31,588a09(00):に有がたかりける事どもなり 0000_,31,588a10(00):上西門院御談義の圖 0000_,31,588a11(00):上人上西門院の御所にめされて、七ケ日説戒のとき、 0000_,31,588a12(00):前栽の草むらのなかにおほきなるくちなはありけり。 0000_,31,588a13(00):日ねもすにはたらかず殆聽聞の氣色なり。みる人あや 0000_,31,588a14(00):しみ思ほどに、七ケ日のあひだあからさまにもはたら  0000_,31,588a15(00):かず、結願の日にあたりてこのくちなはかららか★きのう 0000_,31,588a16(00):へにのぼりて死にけり。そのかしらふたつにわれにけ 0000_,31,588b17(00):るなかより、蝶のごとくなる物とび出とみる物も侍け 0000_,31,588b18(00):り。或はまた天人ののぼるとみる人もありけり。ただ 0000_,31,588b19(00):かしらばかりわれて死にたりとみるものも侍けるとか 0000_,31,588b20(00):や。凡かの戒法聽聞の薰修によりて、則畜生の苦患を 0000_,31,588b21(00):はなれ、たちまちに天上の果報を得けるにやと覺え侍 0000_,31,588b22(00):こそ、末代といへどもことにたとく侍れ 0000_,31,588b23(00):上西門院説戒、小虵得益昇天の圖