0000_,31,589a01(00):拾遺古德傳繪黑谷源空聖人 0000_,31,589a02(00):一 0000_,31,589a03(00):伏以諸佛の世にいづる時をまち、機をはかる時機こ 0000_,31,589a04(00):れあひそむけば、感應もともあらはれがたし。進て故 0000_,31,589a05(00):事をとぶらへば、西天雲くらし。釋尊圓寂の月とをく 0000_,31,589a06(00):へだたる。退て當時をかへりみれば、東漸露暖なり。 0000_,31,589a07(00):彌陀邊方の花匂を發す。彼在世の正機に漏たるはこれ 0000_,31,589a08(00):恨なれども、今滅後の遺法にあへる、又たれりとす。 0000_,31,589a09(00):矧亦二尊の敎門に入て宗の正旨を得たり。佛恩肝に 0000_,31,589a10(00):銘じて報じがたく、師孝源に還て謝しがたし。因茲い 0000_,31,589a11(00):ささか其譽を述て、彼德をあらわさんとなり。爰如來 0000_,31,589a12(00):滅後二千八十四年、人王七十五代崇德院の御宇に當て 0000_,31,589a13(00):美作國久米南條稻岡庄に一人の押領使號漆間時國あり。年 0000_,31,589a14(00):來のあひだ孝子のなきことを愁て、夫婦心をひとつに 0000_,31,589a15(00):して佛神にいのる殊觀音云云或時、妻秦氏夢に剃刀を呑と 0000_,31,589b16(00):みて、懷姙す。みる所の夢を夫にかたる。夫云、汝が 0000_,31,589b17(00):はらめるところの子、さだめて男子にして、一朝の戒 0000_,31,589b18(00):師たるべき表示也云云。其後母ひとへに佛法に歸して 0000_,31,589b19(00):出生の時にいたるまで、魚鳥のたぐいをくはず、長承 0000_,31,589b20(00):二年癸丑四月七月午時に、おぼえずして誕生す。于時奇 0000_,31,589b21(00):異の瑞相おほし。知ぬ、權化の再誕なりといふことを 0000_,31,589b22(00):昔世尊の誕生には、珍妙の蓮、足を受て七歩を行ぜし 0000_,31,589b23(00):め、今聖人の出胎には、奇麗の幡、天に飜て二流くだ 0000_,31,589b24(00):りけり。みる人掌をあはせ、きくもの耳をおどろかさ 0000_,31,589b25(00):ずといふことなし。四五歳以後その性成人のごとし。 0000_,31,589b26(00):同稚の黨に卓礫せり。また動ば西の壁にむかうくせあ 0000_,31,589b27(00):り、人これをあやしむ 0000_,31,589b28(00):時國夫妻神佛祈請、誕生、童稚の圖 0000_,31,589b29(00):保延七年辛酉春の比、父時國、敵のために害せらる。 0000_,31,589b30(00):于時、聖人九歳。その敵は伯耆守源長明の男、武者所 0000_,31,589b31(00):定明也號明石源内武者堀川院御在位瀧口殺害の意趣は、定明稻岡の庄 0000_,31,590a01(00):の執務として年月を經といへども、職掌の身たりなが 0000_,31,590a02(00):ら、これを輕蔑して面謁せざる遺恨也。父の害せらる 0000_,31,590a03(00):る夜、母いだきて竹の中にかくる。九歳の小兒、小矢 0000_,31,590a04(00):をもて定明を射る。その矢、目のあひだにあたりぬ。 0000_,31,590a05(00):件の疵をしるしとして、のがるべきかたなきゆへに、 0000_,31,590a06(00):すなはち逐電し畢ぬ。見聞の親疎感嘆せずといふこと 0000_,31,590a07(00):なし 0000_,31,590a08(00):夜討と小矢兒の圖 0000_,31,590a09(00):時國ふかき疵をかうぶりて、かぎりになりにければ、九歳 0000_,31,590a10(00):の幼童に示て云、我はこの疵にて身まかりなんとす。雖 0000_,31,590a11(00):然ゆめゆめ敵をうらむることなかれ。是先世のむくひ 0000_,31,590a12(00):なり。猶報答をおもふならば、流轉無窮にして世世生 0000_,31,590a13(00):生にたたかひ、在在所所にあらそひて、輪廻たゆるこ 0000_,31,590a14(00):とあるべからず。凡生あるものは死をいたむ。われこ 0000_,31,590a15(00):の疵をいたむ。人またいたまざらんや。われこの命を 0000_,31,590a16(00):おしむ。人あにおしまざらんや。我身にかへて人のお 0000_,31,590a17(00):もひをしるべきなり。昔はからずしてものの命をころ 0000_,31,590b18(00):ず人、後生にそのむくひを得といへり。願は今生の妄 0000_,31,590b19(00):緣を斷て、かの宿意をわすれん。意趣をやすめずば、 0000_,31,590b20(00):いづれの世にか生死のきづなをはなれん。汝もし成人 0000_,31,590b21(00):せば、往生極樂をいのりて、自他平等の利益をおもふ 0000_,31,590b22(00):べしと。云をはりてこころをただしくし、西方に向て 0000_,31,590b23(00):高聲念佛しつつ、眠がごとくにしてをはりぬ 0000_,31,590b24(00):時國命終の圖 0000_,31,590b25(00):葬送中陰の間、念佛報恩の營、ふたごころなし。廟 0000_,31,590b26(00):塔をたてて鳧鐘の逸韻をうちならし、本尊を安じて鷲 0000_,31,590b27(00):嶺の眞文を開題す。佛庭にちかづく道俗、隨喜の涙を 0000_,31,590b28(00):もよほし、法筵にのぞむ老少、渇仰の色ふかかりけり 0000_,31,590b29(00):念佛報恩の營みの圖 0000_,31,590b30(00):同年のくれ、當國菩提寺の院主智鏡房得業觀覺寵愛 0000_,31,590b31(00):して弟子とす。はじめて佛書を授るに、性はなはだ岐 0000_,31,590b32(00):嶷にして、一度聞て二度問ことなし。爰觀覺その俊異 0000_,31,590b33(00):なることを感じて等侶に語て云、此兒の器量をみるに 0000_,31,591a01(00):凡人にあらず。惜哉いたづらに邊國にをかんことは、 0000_,31,591a02(00):といひて上洛すべきにさだむ 0000_,31,591a03(00):小兒觀覺の室に入るの圖 0000_,31,591a04(00):觀覺得業の命によりて、叡山にのぼるべきになりけ 0000_,31,591a05(00):れば、母儀にいとまをこひて云、昔釋尊十九にして王 0000_,31,591a06(00):宮をいで、つゐに正覺をなりましましき。今小質十三 0000_,31,591a07(00):にして、叡山にのぼり、はじめて學窓に入なんとす。 0000_,31,591a08(00):凡聖ことなりといへども、そのこころざしひとし。こ 0000_,31,591a09(00):れひとへに二親出離生死證大菩提のためなり。更にな 0000_,31,591a10(00):ごりおしとおもひ給べからず。流轉三界中、恩愛不能 0000_,31,591a11(00):斷、棄恩入無爲、眞實報恩者なればこれ孝道の初也。 0000_,31,591a12(00):されば三河守大江定基出家ののち大唐國に渡しにも、 0000_,31,591a13(00):老母在堂と書き、さこそおぼつかなくもおもひをきけ 0000_,31,591a14(00):めども、母いとまをとらせてければ、萬里の波濤をもこ 0000_,31,591a15(00):ころづよく凌て、つゐに圓通大師の號をえ、本朝まで 0000_,31,591a16(00):も名をあげき。ふるきためし耳にあり。努力努力ここ 0000_,31,591a17(00):★よはく思給べからず、など様様にかきくどきたまへ 0000_,31,591b18(00):ぱ、母ことはりにおぼえけれども、なを別の涙にのみ 0000_,31,591b19(00):ぞむせびける 0000_,31,591b20(00):信とてはかなきおやのとどめてしこのわかれさ 0000_,31,591b21(00):へまたいかにせん 0000_,31,591b22(00):得業の云、このことはりは觀覺こそ申さまほしく侍 0000_,31,591b23(00):つるを、おとなしくありありしくおほせられ侍れば、 0000_,31,591b24(00):それにつけてもかしこくぞ學問のよしをも思寄けると 0000_,31,591b25(00):おぼえ侍り。いにしへ晋の叡公、幼して法華經飜譯の 0000_,31,591b26(00):席にして師範の人天交接の言かきわづらひたまひける、 0000_,31,591b27(00):さかしらおもひあわせられて、哀にこそ侍れとて、な 0000_,31,591b28(00):みだぐみけり。たらちめも、身をわけたるみどり子に 0000_,31,591b29(00):いさめられ侍りぬれば、まして後の世すくはれんおひ 0000_,31,591b30(00):ゆくすゑも、いつしかたのもしくおぽゆる中にも、な 0000_,31,591b31(00):を有爲のかなしみ忍がなく、浮生のわかれまよひやす 0000_,31,591b32(00):くして、たちはなれん餘波のみぞせんかたなかりける 0000_,31,591b33(00):母子訣別の圖 0000_,31,591b34(00):久安三年丁卯の春 延暦寺西塔北谷法地房源光の許へ 0000_,31,592a01(00):をくりつかはす。登山のとき造路にて月輪殿の御出に 0000_,31,592a02(00):參會しければ、かたはらへ立寄に、番頭をもて、これ 0000_,31,592a03(00):はいづくより何方へおもむく人ぞとたづねさせられけ 0000_,31,592a04(00):れば小兒にしたがへる僧、美作國より學問のために比 0000_,31,592a05(00):叡山へなんのぼるなりとぞ答申ける。さらなり、學問 0000_,31,592a06(00):のこころざし隨喜し思給侍り。よくよく稽古鑚仰ある 0000_,31,592a07(00):べし。いかにもただ人にあらじ。容貌の爲體、智者の相 0000_,31,592a08(00):あり、再覲大切也など、慮外に約諾の芳言にをよぶ。 0000_,31,592a09(00):その因緣殆ゆかしくぞおぼえける 0000_,31,592a10(00):上洛の圖 0000_,31,592a11(00):垂髪に相副てをくる状に云、進上、大聖文殊像一體云云 0000_,31,592a12(00):書状披覽の處に文殊の像はみえず、小兒于時十三歳一人來 0000_,31,592a13(00):入せり。于時源光、文殊の像といふは、知ぬ此兒の器 0000_,31,592a14(00):量を褒美する詞なんめりと。すなはちその容顏をみる 0000_,31,592a15(00):に、頭くぼくして廉あり、眼黄にして光あり。皆是拔 0000_,31,592a16(00):粹聰敏の勝相也。 0000_,31,592b17(00):小兒登山と源光への入室の圖 0000_,31,592b18(00):源光云、我はこれ愚鈍の淺才也。この奇童の提撕に 0000_,31,592b19(00):たへず、すべからく業を碩學に受て圓宗の奧義をきは 0000_,31,592b20(00):むべしとて、すなはち功德院の阿闍梨皇圓につけて、 0000_,31,592b21(00):法文をならはしむ。彼闍梨は粟田の關白四代の後胤、 0000_,31,592b22(00):三河守重兼嫡男、少納言資隆朝臣の長兄、隆寬律師の 0000_,31,592b23(00):伯父、皇覺法橋の弟子、一寺の名匠緇徒の俊人也。闍 0000_,31,592b24(00):梨この兒の神情を感悦して、殊以愛翫す。奇童訓を稟 0000_,31,592b25(00):て、しるところ日日におほし 0000_,31,592b26(00):皇圓阿闍梨の弟子となるの圖 0000_,31,592b27(00):二 0000_,31,592b28(00):同年夏の比、聖人出家のいとまきこえむとて、日吉 0000_,31,592b29(00):の社に詣たまひけるに、人人あまた題をさぐりて、歌 0000_,31,592b30(00):よみ連歌などしつつ、なごりおしみけるに、社頭夏月 0000_,31,592b31(00):といふことを、聖人よみ給ける 0000_,31,593a01(00):しめのうちに月はれぬればなつの夜も 0000_,31,593a02(00):秋をぞこむるあけのたまがき 0000_,31,593a03(00):諸人もてなしめであひけり。同仲冬出家登壇受戒 0000_,31,593a04(00):于時十五歳 0000_,31,593a05(00):日吉社前の詠頭と出家の圖 0000_,31,593a06(00):或時師に申て云、すでに出家受戒の本意を遂畢ぬ。 0000_,31,593a07(00):於今者、跡を林藪にのがれんとおもふと。師これを聞 0000_,31,593a08(00):てすすめ誘て云、たとひ遁世すべしといふとも、六十 0000_,31,593a09(00):卷を學して後、その志にしたがふべしと。答て云、我 0000_,31,593a10(00):今閑居をねがふことは、ながく名利の望をやめて、し 0000_,31,593a11(00):づかに佛法を修學せんとなり。貴命本意也といひて、 0000_,31,593a12(00):十六歳の春はじめて本書をひらく。十八歳の秋にいた 0000_,31,593a13(00):るまで三ケ年の間に六十卷の玄賾をきはむ。惠解天蹤 0000_,31,593a14(00):にして殆師の授にこえたり。師彌感悅して抂て講説を 0000_,31,593a15(00):つとめ、まさに大業を遂て、圓宗の棟梁たるべしと。 0000_,31,593a16(00):度度ねんごろにすすむれども更に承諾の色なかりけり 0000_,31,593a17(00):聖人と皇圓と對談の圖 0000_,31,593b18(00):件の闍梨のありさま、自身の出要にわづらひて、倩 0000_,31,593b19(00):これを案ずるに、いかにもたやすく、今度生死を出べ 0000_,31,593b20(00):からず。若度度生をあらためば、隔生即忘のゆへに、 0000_,31,593b21(00):さだめて佛法をわすれなん。不如、長命の報をうけて 0000_,31,593b22(00):慈尊の出世に遇たてまつらんにはと思て、命ながきも 0000_,31,593b23(00):のを案ずるに、蛇身はなを鬼神にもまされりとて蛇身 0000_,31,593b24(00):をうけんとするに、住所またやすからず。大海は中夭 0000_,31,593b25(00):あるべし。すべからく池にすまんと思給つつ、これを 0000_,31,593b26(00):たづぬるに、遠江國笠原庄に一の池あり櫻池と號す。 0000_,31,593b27(00):領家にかの池をこひうくるに左右なくゆるしてければ 0000_,31,593b28(00):水底をしめんと思定ぬ。さて誓にまかせて死期にいた 0000_,31,593b29(00):りて、水を乞て掌に入てをはりぬ。しかるに彼池、風 0000_,31,593b30(00):ふかずして俄におほなみたちて、池の中の塵ことごと 0000_,31,593b31(00):くはらひあぐ。人みな目もあやに見けり。事のありさ 0000_,31,593b32(00):まをしかじかと註して領家にしめす。その日時をかぞ 0000_,31,593b33(00):ふれば、彼闍梨逝去の日也。のちに上人おほせられけ 0000_,31,593b34(00):るは、智惠あるがゆへに生死のいでがたきことをしり 0000_,31,594a01(00):道心あるがゆへに佛の出世にあはんことをねがふ。し 0000_,31,594a02(00):かりといへども、いまだ淨土の法門をしらざるゆへに 0000_,31,594a03(00):かくのごときの意巧に住するなり。われその時、この 0000_,31,594a04(00):法門をたずね得たらましかば、信不信はしらず、敎訓 0000_,31,594a05(00):し侍りなまし。そのゆへは極樂往生の後は十方の國土 0000_,31,594a06(00):こころにまかせて經行し、一切の諸佛おもひにしたが 0000_,31,594a07(00):ひて供養せん。なんどあながちに穢土にひさしく處す 0000_,31,594a08(00):ることをねがはむやと云云。かの闍梨はるかに慈尊三 0000_,31,594a09(00):會の曉を期して五十六億七千萬歳の空をのぞむ。いと 0000_,31,594a10(00):たうとくも又おろかに侍るものかな 0000_,31,594a11(00):皇圓の臨終と櫻池の龍身感見の圖 0000_,31,594a12(00):師よりよりいさむれども、いかにも遁邁のいろふか 0000_,31,594a13(00):かりければ、闍梨そのこころざしのうばひがたきこと 0000_,31,594a14(00):を知て云、汝爾者黑谷の慈眼房を師とすべし。彼慈眼 0000_,31,594a15(00):房叡空は、眞言と大乘律とにをきては當時無雙の英髦 0000_,31,594a16(00):なりと云云。すなはち叡空上人の室にいたりて、つぶ 0000_,31,594b17(00):さに彼素意を述す。叡空これを聞て隨喜して云、汝少 0000_,31,594b18(00):年にして出離のこころをおこせり。實是法然道理の聖 0000_,31,594b19(00):人也と云て、すなはち法然をもて房號とす。諱は源空 0000_,31,594b20(00):これはじめの師源光の初の字と、のちの師叡空の後の 0000_,31,594b21(00):字とをとるなり。夫黑谷の爲體、深谷流きよく人跡道 0000_,31,594b22(00):かすかなり。加之、四季の感興一處にそなへ、六情の 0000_,31,594b23(00):懺悔、三業をひそむ。聖人この地の超勝なることを好 0000_,31,594b24(00):して、浮雲こころながくつながれぬ。于時生年十八歳 0000_,31,594b25(00):久安六年九月十二日よりここに住して、叡空上人に奉 0000_,31,594b26(00):仕し、密と戒と歳月いくばくならず、二宗の大乘を一 0000_,31,594b27(00):身に兼學す。そののち一切經論、飢を忍で日日にひら 0000_,31,594b28(00):く。ひらくごとに文字を諳ず。自他宗の章疏、眠を忘 0000_,31,594b29(00):て夜夜にみる。見るに隨て義理を得たり。又古今の傳 0000_,31,594b30(00):記日記、和漢の祕書祕傳、手にとり眼にあてずといふ 0000_,31,594b31(00):ことなし 0000_,31,594b32(00):聖人慈眼房叡空上人の弟子となるの圖 0000_,31,595a01(00):或時法華三昧修行の道場に、白象すなはち現ず。聖 0000_,31,595a02(00):人ひとりこれをみたまふ。餘人これをみず。また華嚴 0000_,31,595a03(00):經披覽の時、靑蛇机の上にわだかまる。信空これをお 0000_,31,595a04(00):どろきたまふ。其夜の夢に、われはこれ華嚴守護の 0000_,31,595a05(00):龍神なり。おそるることなかれと云云 0000_,31,595a06(00):普現來現の圖 0000_,31,595a07(00):暗夜に經卷をみたまふに、燈明なくして室内をてら 0000_,31,595a08(00):すこと、ひるのごとし。如此の光明照輝することつね 0000_,31,595a09(00):のことなり。餘人みるところにあらず、聖人自筆にて 0000_,31,595a10(00):此等の奇特を記したまへり。在生の間、披露なし。門 0000_,31,595a11(00):弟等滅後にひらきみると云云 0000_,31,595a12(00):聖人暗夜に經卷を見給ふの圖 0000_,31,595a13(00):眞言の敎門に入て道場觀を修したまふに、五相成身 0000_,31,595a14(00):の觀行忽にあらはれけり 0000_,31,595a15(00):五相成身感見の圖 0000_,31,595a16(00):保元元年、聖人生年二十四の春つらつら天台の一心 0000_,31,595b17(00):三觀の法門を案ずるに、凡夫の得度たやすからず、凡 0000_,31,595b18(00):夫の出離をだにもゆるさば、たとひ小乘の倶舍婆娑な 0000_,31,595b19(00):りとも學せんと思給て、求法のために師匠叡空上人に 0000_,31,595b20(00):いとまを乞て、修行に出たまふ。まづ嵯峨の淸凉寺に 0000_,31,595b21(00):七ケ日參籠す。是則和國の靈場、嚴重の本尊にましま 0000_,31,595b22(00):せば、十方の淨土にきらはるる罪惡の衆生、三世の諸 0000_,31,595b23(00):佛にすてらるる生死の凡夫、このたび流轉の本源をつ 0000_,31,595b24(00):くし、輪廻の迷倒をたたんことを祈請のためなり 0000_,31,595b25(00):嵯峨淸凉寺に參籠の圖 0000_,31,595b26(00):嵯峨より南都の藏俊僧都贈僧正の坊に行たまふ。僧都 0000_,31,595b27(00):すなはち出會て對面す。于時聖人法相宗の法門の自解 0000_,31,595b28(00):の義を述たまふに、藏俊しばしば聞て手を打て云、我 0000_,31,595b29(00):等が師資相承せる、いまだこの義を存ぜず、禪下は凡 0000_,31,595b30(00):人にあらず、若是佛陀の境界歟。不可思議不可思議と 0000_,31,595b31(00):云て、甘心の餘、一期の間供養をのべんと。はたして 0000_,31,595b32(00):毎年に供物ををくりけり 0000_,31,595b33(00):南都の藏俊僧都と對面の圖 0000_,31,596a01(00):また醋醐寺の三論宗の名匠法印寬雅に會て、かの法 0000_,31,596a02(00):門の自解の義をのぶるに、名匠聽受して汗をくだして 0000_,31,596a03(00):ものいはず、隨喜の餘文櫃數合を取出て云、自宗の章 0000_,31,596a04(00):疏附屬すべき仁なし。貴禪ゆゆしくこの法門に達せり。 0000_,31,596a05(00):悉附屬し畢ぬと云云 0000_,31,596a06(00):又慶雅法橋にあひて、華嚴宗の法門の自解の義をの 0000_,31,596a07(00):ぶるに、慶雅はじめは侮慢して、高聲に問答す。後に 0000_,31,596a08(00):は舌を巻てものいはず。他門自解の義、自宗相傳の義 0000_,31,596a09(00):にこえたるを感嘆して、華嚴宗の章疏を白馬に負て黑 0000_,31,596a10(00):谷へをくる。聖敎を白馬におほする事は、摩騰迦葉竺 0000_,31,596a11(00):法蘭のふるきためしを慕けるにやとおぼゆ。西天の佛 0000_,31,596a12(00):敎漢土にわたりしはじめなり 0000_,31,596a13(00):小乘戒は、中川の少將の上人實範にしたがひて、鑒眞 0000_,31,596a14(00):和尚の戒をうけたまふ。實範受者の神情を感じて云、 0000_,31,596a15(00):藍よりいでて藍よりも靑しと云云 0000_,31,596a16(00):[三論の寬雅、華嚴の慶雅と對談の圖] 0000_,31,596b17(00):三 0000_,31,596b18(00):聖人、みづから淨土門にいる濫觴を語て云、我昔出 0000_,31,596b19(00):離の道に煩て、寢食やすからず、多年心勞の後、往生 0000_,31,596b20(00):要集を披覽するに、序曰、夫往生極樂之敎行、濁世末 0000_,31,596b21(00):代之目足也。道俗貴賤、誰不歸者。但顯密敎法、其文 0000_,31,596b22(00):非一。事理業因、其行惟多。利智精進之人、未爲難。 0000_,31,596b23(00):如予頑魯之者、豈敢矣。是故依念佛一門聊集經論要 0000_,31,596b24(00):文披之修之、易覺易行云云。序は略して一部の奧旨 0000_,31,596b25(00):をのぶ。まさしく依念佛一門云云。文に入て委探に、 0000_,31,596b26(00):此集に十門をたつ。其中に厭離穢土、欣求淨土、極樂 0000_,31,596b27(00):證據等の三門は、行體にあらず。しばらくこれををく。 0000_,31,596b28(00):のこる所の七門は念佛の助成也。第四の一門はすなは 0000_,31,596b29(00):ち正修念佛也。これをもて此宗の正因とす。此故に予、 0000_,31,596b30(00):往生要集を先達として淨土門に入也と云云。其後黑谷 0000_,31,596b31(00):の報恩藏に入て、一切經披覽五遍云云のとき、光明寺の觀 0000_,31,596b32(00):經義をひらきたまふに、極樂國土を高妙の報土とさだ 0000_,31,597a01(00):めて、往生の機分を垢障の凡夫と判ぜられたる義理を 0000_,31,597a02(00):みるに、奇異の思やうやく動て、別してまた彼疏を三 0000_,31,597a03(00):遍披覽したまふに、第二遍にいたるまでは、いまだそ 0000_,31,597a04(00):の宗義を得ず、斯廼本宗の執心を挿て、聖道の敎相に 0000_,31,597a05(00):なづむ故也。第三遍に至て、つぶさに本宗の執情を捨 0000_,31,597a06(00):て一心詳覈の時、ふかく淨土の宗義を得たり。但自身 0000_,31,597a07(00):の往生はすでに決定し畢ぬ。他のために此法を弘通せ 0000_,31,597a08(00):んと思給に、若佛意に合哉否、心勞の夜、夢に見らく 0000_,31,597a09(00):紫雲靉靆として日本國におほへり。雲の中より無量の 0000_,31,597a10(00):光をいだす。光の中より百寶色の鳥とびちる。雲の中 0000_,31,597a11(00):に僧あり、上は墨染、下は金色の衣服也。予問て云、是 0000_,31,597a12(00):爲誰。僧答て云、我是善導也、專修念佛の法をひろめ 0000_,31,597a13(00):んとす。故に其證とならんがためにきたれる也と云云 0000_,31,597a14(00):善導は則是彌陀の化身なれば、詳覈の義、佛意に協け 0000_,31,597a15(00):りとよろこびたまふ 0000_,31,597a16(00):黑谷報恩藏にて閲覽と半金色の善導和尚來現の圖 0000_,31,597b17(00):或時黑谷の幽栖にして、叡空上人、往生要集を談ぜ 0000_,31,597b18(00):られるに、觀稱の二をたてて、稱名を觀佛にいれて、 0000_,31,597b19(00):觀佛すぐれたるよし、義を成ぜられければ、上人末座 0000_,31,597b20(00):に列て、この義不可然。稱が家の觀なり、されば序に 0000_,31,597b21(00):かへりて其意を得べし、依念佛一門云云。如何が此文 0000_,31,597b22(00):を消して觀佛によるといふ義を立哉とのたまふ。ここ 0000_,31,597b23(00):に房主腹立して云、先師良忍上人も觀佛すぐれたりと 0000_,31,597b24(00):こそおほせられしか。御房はいづくより相傳して稱名 0000_,31,597b25(00):すぐれたりという義をばたてらるるぞやと。聖人云、 0000_,31,597b26(00):此條にをきては貴命にしたがひがたし。そのゆへは、 0000_,31,597b27(00):經論章疏をみるに、一部始終を序題にかへし料簡する 0000_,31,597b28(00):是故實也。而にさきにのぶるがごとく、その文にむか 0000_,31,597b29(00):ふに義理いよいよ明けし。よくよく聖敎をば御覽候は 0000_,31,597b30(00):でと云云。其時叡空上人、こさかしき小僧かなとて、 0000_,31,597b31(00):木枕をとりてなげうちにしたまふ、聖人かたはらへた 0000_,31,597b32(00):ちかくれたまひけり。後によくよく文をみるに、聖人 0000_,31,597b33(00):の立義、文にかなひ理をふくめり。觀佛はまことに稱 0000_,31,598a01(00):名にはあらそふべきにあらざりけりと見なをされけれ 0000_,31,598a02(00):ば、後日に聖人を讀師の座に〓せらる。しかれども聖 0000_,31,598a03(00):人固辭の禮ふかし。そのとき座をたち手を引て、抂て 0000_,31,598a04(00):此書を談じたまふべしと。このうへは禪命にしたがふ 0000_,31,598a05(00):とて、座になをりて、此集のこころ、往生極樂の正因 0000_,31,598a06(00):濁世末代の目足、念佛の一行にありとみえたるよし、 0000_,31,598a07(00):文をあざかへし、義をわきまへて、いみじく講じたま 0000_,31,598a08(00):ひければ、叡空も感涙にむせび、所化も歸伏の思あさ 0000_,31,598a09(00):からざりけり。あはれにたうとかりしことどもなり 0000_,31,598a10(00):叡空上人と觀稱の勝劣討論の圖 0000_,31,598a11(00):かくて叡空上人臨終のとき、讓状をかきて、聖人に 0000_,31,598a12(00):本尊聖敎等ことごとく附屬す。良久ありて蘇生して、 0000_,31,598a13(00):別紙に進上の詞を載て、さきの状に相副べしと云云。 0000_,31,598a14(00):冥途にその沙汰、侍りけるかとぞ、時の人申あへりけ 0000_,31,598a15(00):る 0000_,31,598a16(00):叡空上人の臨終と聖人へ讓壮進上の圖 0000_,31,598b17(00):諸方の道俗・化せんがために、承安五年甲午の春、行 0000_,31,598b18(00):年四十二にして黑谷を出て、吉水に住したまふ。感神院東頭北斗堂北面それよりこのかた偏に淨土の法を談じ、ねんご 0000_,31,598b19(00):ろに念佛の行をすすめたまふ。これによりて華夷の皀 0000_,31,598b20(00):白、遠近の貴賤、晨暮に歩をはこび、門前市をなす。 0000_,31,598b21(00):義をとひ行をたづぬるもの、濟濟焉たり煌煌焉たり。 0000_,31,598b22(00):したがひつきたてまつるもの、百川の巨海に歸し、鱗 0000_,31,598b23(00):介の龜龍に宗がごとし 0000_,31,598b24(00):吉水の庵室の圖 0000_,31,598b25(00):天台圓頓菩薩大乘戒は、釋尊十九代の法葉、相承一 0000_,31,598b26(00):身にあり。この故に高倉院、一日萬機の政を閣て、こ 0000_,31,598b27(00):の一心の妙戒をうけさせ給ふ。陛下の股肱、簾中の后 0000_,31,598b28(00):妃、ともに戒德をたうとび、おなじく戒香に薰ず。又 0000_,31,598b29(00):上西門院にして七日説戒あり、其時唐垣のうへに一の 0000_,31,598b30(00):蛇あり、蟠て七ケ日のあひだ、さらにうごかずして聽聞 0000_,31,598b31(00):の氣色あり。結願の日、忽に死す。頭われて二分にな 0000_,31,598b32(00):れり。そのわれたる中より蝶のごとくなる物とびさると 0000_,31,599a01(00):みる人もあり、或は天人のごとくなるすがたにて虚空 0000_,31,599a02(00):にとびのぼるとみる人もありけり。昔一人の僧あり、 0000_,31,599a03(00):遠堺におもむくことあり。日くれにければ、野中に夜 0000_,31,599a04(00):をあかさんとす。かしこに一の塚穴あり、かの穴にとど 0000_,31,599a05(00):まりぬ。僧終夜無量義經を誦す。かの塚の内に五百の 0000_,31,599a06(00):蝙蝠ありけり。この經聽聞の功によりて、則忉利天に 0000_,31,599a07(00):生ずと夢に入て告げり。先蹤すでにかくのごとし。 0000_,31,599a08(00):さればこれも説戒聽聞のちからにこたへて、蛇身忽に 0000_,31,599a09(00):まぬがれて天上に生ずる歟とおぼゆ。凡洛中都外近國 0000_,31,599a10(00):遠邦の在家出家、頭をかたぶけこころざしを專にす。 0000_,31,599a11(00):いにしへ剃刀を呑し夢、いままさに符合せり 0000_,31,599a12(00):上西門院の説戒と蛇の得脱の圖 0000_,31,599a13(00):治承四年庚子十二月廿八日東大寺炎上ののち、造營あ 0000_,31,599a14(00):るべきよし議定あり。大勸進の事、當世にをきては法 0000_,31,599a15(00):然聖人の外、誰の輩にかあらん。豫精選に當て、世其 0000_,31,599a16(00):仁ををす。大勸進たるべき旨、右大辨行隆朝臣、勅使 0000_,31,599b17(00):として禪室に向てこれを仰す。聖人辭退して云、貧道 0000_,31,599b18(00):もとより山門の交衆をやめて、林★の幽閑を好するこ 0000_,31,599b19(00):とは、しつかに佛道を修行して、順次に生死を出過せん 0000_,31,599b20(00):がためなり。もし大勸進の職に居せば、劇務萬端にし 0000_,31,599b21(00):て自行化他なんぞやすからん。おもへらく、他のため 0000_,31,599b22(00):にはひとへに淨土の法をのべ、自のためにはもはら稱 0000_,31,599b23(00):名の行を修しつつ、その營のほか他事をまじへじと。 0000_,31,599b24(00):乞、天憐を垂て、貧僧が素願、叡察をくだしませと。 0000_,31,599b25(00):勅使そのこころざしを酌て、かの言を奏す。かさねて 0000_,31,599b26(00):被仰下云、然者器量の仁を擧申さるべしと。上人その 0000_,31,599b27(00):條にをきてははやく祕計をめぐらすべしと云云。仍修 0000_,31,599b28(00):乗房重源、上の醍醐に侍りけるを召請して、院宣のお 0000_,31,599b29(00):もむきをのぶ。重源左右なく領状す。仍そのむねを奏 0000_,31,599b30(00):せらる。すなはち修乗房をもて彼職に補せられけり。 0000_,31,599b31(00):重源領状、まめやかの權者かなとぞ聖人はおほせられ 0000_,31,599b32(00):ける 0000_,31,600a01(00):東大寺
營大勸進の勅諚と重源の阿號授與の圖
0000_,31,600a02(00):四 0000_,31,600a03(00):やうやく東大寺すすめつくりて修乘房入唐す。歸朝 0000_,31,600a04(00):の時、極樂の曼茶羅五祖の眞影をわたしたてまつりて 0000_,31,600a05(00):東大寺半作の簷の下にて、聖人を導師として供養ある 0000_,31,600a06(00):べきよしきこえければ、興福東大寺兩寺の學生惡僧等 0000_,31,600a07(00):各三論法相のはたほこをときまうけて、かねて高座の 0000_,31,600a08(00):傍になみゐたり。大衆等僉義しけるは、説法の次をも 0000_,31,600a09(00):て、或は因明内明の奧義、或は八不中觀の深理を問懸 0000_,31,600a10(00):べし。答に紕繆あらば、惡僧等をはなち合て、恥辱に 0000_,31,600a11(00):あつべしと。而に聖人、こき墨染の衣に高野ひがさき 0000_,31,600a12(00):つつ、□□□□もなげなる體にて入堂あり。笠うちぬ 0000_,31,600a13(00):ぎつつ禮盤にのぼりて、やがて説法はじまりぬ。影 0000_,31,600a14(00):像等の讃嘆縡訖て、三論法相の法門滞なく問難に遮て 0000_,31,600a15(00):智辨玉をはく。次に出離の道にをきては、淨土にあら 0000_,31,600a16(00):ずば生死をはなれがたく、念佛にあらずば淨土に生じ 0000_,31,600b17(00):がたし。矧末代に至てをや。況凡夫にをいてをや。然 0000_,31,600b18(00):者彌陀稱名の一行は諸佛おなじくすすめ、三國ともに 0000_,31,600b19(00):もてあそぶ。就中、疏をつくり釋を儲る、多はすなは 0000_,31,600b20(00):ち貴寺の高僧、二宗の先達歟。然者當寺の禪徒、何強 0000_,31,600b21(00):にこれを貶せん。今試に靈場に跪て、恣に文を釋し義 0000_,31,600b22(00):をのぶ。且は冥鑑をおそれ、且は衆勘をおそる。凡此 0000_,31,600b23(00):念佛は、信ずる者は極樂に生じて永劫に樂果を證し、 0000_,31,600b24(00):謗ずる族は地獄に墮して長時に苦惱をうく。孰かこれ 0000_,31,600b25(00):を誹謗せん。誰かこれを信ぜざらんとて、言をかざり 0000_,31,600b26(00):理をつくしたまひければ、數百人裹頭の僧綱己下惡僧 0000_,31,600b27(00):等、袈裟をしのけて、ひた貌になりつつ、隨喜渇仰き 0000_,31,600b28(00):はまりなし。或は再釋迦尊の出世に逢かとうたがい、 0000_,31,600b29(00):或は忽に富樓那の辯説をきくかと嘆ず。をのをの嘲弄 0000_,31,600b30(00):の先言を懺悔し、信順の後會をぞ有猿ける。縡訖て油 0000_,31,600b31(00):藏に入ましましければ、面面に扈從しつつ、後生たす 0000_,31,600b32(00):けたまへ聖人とぞおほやうにおがみたてまつりける。 0000_,31,600b33(00):その中に惡僧一人聖人に立向たてまつりて問て云、抑 0000_,31,601a01(00):念佛誹謗の者、地獄に堕すとは何の經の説ぞやと。聖 0000_,31,601a02(00):人とりあへず、大佛頂經の説是也と答たまふ。又、件 0000_,31,601a03(00):の僧、袈裟をしのけて、掌を合つつ、後生たすけたま 0000_,31,601a04(00):へと禮す。殆鼻うそやきてぞみえける。自爾以來、南 0000_,31,601a05(00):北二京の幔幢ながく摧て、西方一實の法輪とこしなへ 0000_,31,601a06(00):に轉ず。ゆゆしかりしことなり。又、當寺古老の學徒 0000_,31,601a07(00):さきだちて瑞夢を感ずることありけり。後日に披露し 0000_,31,601a08(00):ければいよいよ靈寺こぞりて歸依をいたしけり 0000_,31,601a09(00):次に三部經に付たる事 0000_,31,601a10(00):佛説無量壽經巻上 0000_,31,601a11(00):將釋此經有大意釋名入文判釋三門初大意者、此經明 0000_,31,601a12(00):能化古今之本末説所化往生之首尾。乃徃過去昔、久遠 0000_,31,601a13(00):發心古、抛十善之王位詣世饒王佛之寶前棄四海之寶 0000_,31,601a14(00):國得法藏沙門之尊號選二百億之莊嚴發四十八之弘 0000_,31,601a15(00):誓修六度四攝之行因證三身萬德之佛果。五劫思惟昔 0000_,31,601a16(00):密意顯十劫己來今妙果。修諸功德水、浮三輩修行之影 0000_,31,601a17(00):本願往生月、照一向專念之窓敎主釋尊説横截五惡高 0000_,31,601b18(00):祖和尚釋超斷四流經初阿難承聖旨起莊嚴淨土之由 0000_,31,601b19(00):序經終彌勒受附屬募念佛往生之流通是一經之元意、 0000_,31,601b20(00):二佛之素懷也。大意如此。 0000_,31,601b21(00):次題目者、佛者娑婆敎主。説者、如來口音。無量壽者 0000_,31,601b22(00):極樂能化。經者佛説都名。卷上者、有上下両卷之故也。 0000_,31,601b23(00):次文段者、從如是我聞至願樂欲聞序分也。從佛告阿 0000_,31,601b24(00):難乃往過至至略説之耳正宗也。從佛語彌勒其有得聞 0000_,31,601b25(00):至經終是流通分也 0000_,31,601b26(00):彌陀如來、本行菩薩道之時、修檀送劫海經云、所施 0000_,31,601b27(00):目、如一恒河沙如乞眼婆羅門有飮血衆生乞身分生 0000_,31,601b28(00):血所施生血、如四大海水有噉完衆生乞身分脂肉所 0000_,31,601b29(00):施完如千須彌山加之取捨舌、如大鐵圍山所捨耳如 0000_,31,601b30(00):純羅山所捨鼻、如布羅山所捨齒、如耆闍崛山所捨 0000_,31,601b31(00):身皮、如三千大千世界所有地云云。加之或時成肉山 0000_,31,601b32(00):被食噉衆生或時成大魚與身分衆生。菩薩慈悲以之 0000_,31,601b33(00):可知云云衆生貪欲以之可知云云。飮血噉肉之衆生、 0000_,31,601b34(00):無情破菩薩利生之膚求食著味之凡夫、無憚食薩埵慈 0000_,31,602a01(00):悲之肉如是非一劫二劫兆載永劫之間、流四大海水之 0000_,31,602a02(00):血竭千須彌山之肉難捨能捨、難忍能忍、滿檀度滿足 0000_,31,602a03(00):尸羅波羅密忍辱精進禪定智惠六度圓滿、萬行具足云云 0000_,31,602a04(00):又同經四十八願中、第十八念佛往生願有二意出離生死 0000_,31,602a05(00):是拔苦也、往生極樂是與樂也。生死衆苦一時能離、淨 0000_,31,602a06(00):土諸樂一念能受。若彌陀無念佛願衆生不乘此願力者、 0000_,31,602a07(00):五苦逼迫衆生、云何可離苦界過去生生世世不値彌陀 0000_,31,602a08(00):誓願者、于今在三界皆苦之火宅未至四德常樂之寶 0000_,31,602a09(00):城過去皆以如此。未來亦空可送。今生有何福値此大 0000_,31,602a10(00):願設雖遇、若不信者如不値。既深信之今正是値。 0000_,31,602a11(00):但設心雖信之、若不行之、又如不信。既行之、正是 0000_,31,602a12(00):信。願力不空、行業有誠。往生無疑、既離生死可離 0000_,31,602a13(00):衆苦即是大悲拔苦也。次往生極樂之後、身心受諸樂 0000_,31,602a14(00):眼拜見如來一瞻仰聖衆毎見增眼根樂耳聞深妙法毎 0000_,31,602a15(00):聞增耳根樂鼻聞功德法香毎聞增鼻根樂舌嘗法喜禪 0000_,31,602a16(00):悅味毎嘗增舌根樂身蒙彌陀光明毎觸增身根樂意 0000_,31,602a17(00):緣樂之境毎緣增意根樂極樂世界一一境界、皆離苦得 0000_,31,602b18(00):樂之計也。風吹二寶樹是樂也。枝條華菓韻常樂波洗金 0000_,31,602b19(00):岸是樂也。微瀾廻流、演四德洲鶴囀是樂也。根力覺 0000_,31,602b20(00):道法門故。塞鴻鳴是樂也。念佛法僧妙法故。歩寶地是 0000_,31,602b21(00):樂也、天衣受趺。入寶宮是樂也、天樂奏耳。是則彌陀 0000_,31,602b22(00):如來慈悲御心、發念佛之誓願我等衆生拔苦與樂心也。 0000_,31,602b23(00):次別約女人發願云、設我得佛、其有女人聞我名字 0000_,31,602b24(00):歡喜信樂、發菩提心厭惡女身命終之後、復爲女像者、 0000_,31,602b25(00):不取正覺文。付此有疑。上念佛往生願、不嫌男女 0000_,31,602b26(00):來迎引接亙男女繫念往生願又然也。今別有此願其心 0000_,31,602b27(00):云何。倩案此事女人障重、明不約女人者、即生疑心 0000_,31,602b28(00):其由者、女人過多障深、一切處被嫌。道宣引經云、十 0000_,31,602b29(00):方世界有女人處、即有地獄云云。加之内有五障外有 0000_,31,602b30(00):三從五障者、一者不得作梵天王二者帝釋。三者魔王。 0000_,31,602b31(00):四者轉輪聖王。五者佛身云云。一者不得作梵天王者、色 0000_,31,602b32(00):界初禪之主、梵衆梵輔之王也。彼尚生滅之境、輪轉之 0000_,31,602b33(00):質、無量梵王更居、全以女身無登高臺閣者、無刷 0000_,31,602b34(00):三銖之襟者。此尚難、何況往生哉。可疑之故、別發女 0000_,31,603a01(00):人往生願二者帝釋者、欲界第二天須彌八萬之頂、三十 0000_,31,603a02(00):三天王、殊勝殿主也。彼又五衰之形、魔滅之境。若干 0000_,31,603a03(00):帝釋替移云、未以女身登帝釋寶座者。三者魔王者、 0000_,31,603a04(00):欲界第六天、他化自在王也。尚業報之質、遷變之處。 0000_,31,603a05(00):百千魔王移居云、未有女身魔王云事四者轉輪聖王者、 0000_,31,603a06(00):東西南北四州之王、金銀銅鐵四輪之王也。其中未一人 0000_,31,603a07(00):有女輪王五者佛身者、成佛男子尚難。何況女人哉。大 0000_,31,603a08(00):梵高臺閣被嫌無望梵衆梵輔之雲帝釋柔軟床被下、無 0000_,31,603a09(00):翫三十三天之花六天魔王之位、四種輪王之跡、望永絶、 0000_,31,603a10(00):影不指。天上天下尚賤生死有漏果報、無常生滅拙身不 0000_,31,603a11(00):成。何況佛位哉。申有憚。思有恐。三惑頓盡、二死永 0000_,31,603a12(00):除、長夜云明、覺月正圓也。四智圓明之春苑三十二相 0000_,31,603a13(00):之花鮮發。三身即一之秋虚 八十種好之月淸澄。位妙 0000_,31,603a14(00):覺高貴之位、四海灌頂之法王也。形佛果圓滿之形、三 0000_,31,603a15(00):點法性圓融之聖容也。實男子如善財大士一百一十城求 0000_,31,603a16(00):如雪山童子四句半偈身投、佛可成申候。緩行疎求、全 0000_,31,603a17(00):不可叶候。されば五千上慢是男子、去成佛座而起、 0000_,31,603b18(00):五闡提羅沙門、結無間之業而落。凡佛道被嫌、佛家被 0000_,31,603b19(00):棄者、不可勝計何況女人身、諸經論中被嫌、在在所 0000_,31,603b20(00):所被擯出非三途八難無可赴方非六趣四生無可受 0000_,31,603b21(00):形然則富樓那尊者成佛國、云無有諸女人亦無諸惡 0000_,31,603b22(00):道、等三惡道永削女人跡天親菩薩往生論中、云女人 0000_,31,603b23(00):及根闕、二乘種不生、同根毀敗種遠絶往生之望云云。 0000_,31,603b24(00):諸佛淨土不可思寄此日本國、貴無止靈地靈驗砌、皆 0000_,31,603b25(00):悉被嫌云云。先比叡山、是傳敎大師建立、桓武天皇之 0000_,31,603b26(00):御願也。大師自結界、堺谷局峯、不入女人形一乘峯 0000_,31,603b27(00):高立、五障之雲無聳、一味之谷深湛、三從之水無流。 0000_,31,603b28(00):藥師醫王靈像、聞耳不視眼。大師結界靈地、遠見近 0000_,31,603b29(00):不臨。高野山者、弘法大師結界峯、眞言上乘繁昌之地。 0000_,31,603b30(00):三密之月輪雖普照不照女人非器之闇五瓶之智水雖 0000_,31,603b31(00):等流不灑女人垢穢之質於此等所尚有其障何況於 0000_,31,603b32(00):出過三界道之淨土哉。加之又聖武天皇御願十六丈金銅 0000_,31,603b33(00):舍那前、遙雖拜見之尚不入扉内天智天皇之建立五丈 0000_,31,603b34(00):石像彌勒前、高仰雖禮拜之尚壇上有障。乃至金峯雲 0000_,31,604a01(00):上、醒醐霞底、女人不指影。悲哉、雖備兩足、有不 0000_,31,604a02(00):登法峯、有不踏佛庭。恥哉、雖兩眼明、有不見靈地、有 0000_,31,604a03(00):不拜靈像。此穢土瓦礫荊棘之山、泥木素像佛有障。何 0000_,31,604a04(00):況衆寳合成之淨土、萬德究竟之佛乎。因茲往生可有 0000_,31,604a05(00):其疑故、鑒此理別有此願云云。善導釋此願云、乃由 0000_,31,604a06(00):彌陀大願カ故、女人稱彿名號、正命終時、即轉女身、得 0000_,31,604a07(00):成男子。彌陀接手、菩薩扶身、坐寳花上、隨佛往生、 0000_,31,604a08(00):入佛大會證悟無生。又一切女人、若不因彌陀名願力 0000_,31,604a09(00):者、千劫萬劫恆河沙等劫、終不可得轉女身。或有道俗、 0000_,31,604a10(00):云女人不得生淨土者、此是妄説也。不可信也。是 0000_,31,604a11(00):則拔女人苦、與女人樂慈悲御心誓願利生也 0000_,31,604a12(00):又云、念佛利益之文 0000_,31,604a13(00):無量壽經下云、佛語彌勒、其有得聞彼佛名號、歡喜踊躍、 0000_,31,604a14(00):乃至一念、當知此人爲得大利。則是具足無上功德 0000_,31,604a15(00):善導禮讃云、其有得聞彼彌陀佛名號、歡喜至一念、皆 0000_,31,604a16(00):當得生彼 0000_,31,604a17(00):末法萬年後、餘行悉滅、特留念佛之文 0000_,31,604b18(00):無量壽經下卷云、當來之世、經道滅盡、我以慈悲哀愍、 0000_,31,604b19(00):特留此經、止住百歳、其有衆生此經者、隨意所願 0000_,31,604b20(00):皆可得度 0000_,31,604b21(00):佛説觀無量壽經 0000_,31,604b22(00):將釋此經、有大意釋名入文判釋三門。初大意者、此經明 0000_,31,604b23(00):三世諸佛淨業正因、説五濁凡夫往生功德凝十三妙觀、 0000_,31,604b24(00):修三九行因、禪定水靜、依正浮影、散善花綻、薰修結 0000_,31,604b25(00):菓。經初且約隨他意語之機、廣説定散二善。經終特擇隨 0000_,31,604b26(00):自意語之人、只説持名一行。如來出梵音和雅音、讓決定 0000_,31,604b27(00):往生之佛名、阿難低憶持不忘頂受遐代流通之付屬。望 0000_,31,604b28(00):佛本願、意在衆生一向專稱彌陀佛名。此經大意如斯。 0000_,31,604b29(00):題目者、佛者三覺之敎主。説者、定散之諸善觀者、依 0000_,31,604b30(00):正之二觀。無量壽者、念佛之本尊。經者、金口之實語 0000_,31,604b31(00):也 0000_,31,604b32(00):文段者、大師約五門明之。今且存略以四段釋之。 0000_,31,604b33(00):從如是我聞至云何見極樂世界、是序分也。從佛告韋提 0000_,31,604b34(00):汝及衆生至下品下生終、是正宗分也。從説是語時至 0000_,31,605a01(00):諸天發心得益分也。從阿難白佛至經終、是流通分也 0000_,31,605a02(00):經云、若念佛者、當知此人、是人中分陀利華。觀世音 0000_,31,605a03(00):菩薩、大勢至菩薩、爲其勝友當坐道場生諸佛家 0000_,31,605a04(00):同經疏云、若能相續念佛者、此人甚爲希有更無物可 0000_,31,605a05(00):以方之。故引分陀利爲喩。言分陀利者、名人中好 0000_,31,605a06(00):華亦名希有華亦名人中上上華亦名人中妙好華此華 0000_,31,605a07(00):相傳、名蔡華。是念佛者、即是人中好人、人中妙好人、 0000_,31,605a08(00):人中上上人、人中希有人、人中最勝人也。四明專念彌 0000_,31,605a09(00):陀名者、即觀音勢至常隨影護、亦如親友知識也。五 0000_,31,605a10(00):明今生既蒙此益捨命即入諸佛之家即淨土是也。到彼、 0000_,31,605a11(00):長時聞法、歴事供養、因圓果滿。道場之座豈賖 0000_,31,605a12(00):同經云、佛告阿難汝好持是語持是語者、即是持無 0000_,31,605a13(00):量壽佛名 0000_,31,605a14(00):同經疏云、從佛告阿難汝好持是語以下、正明付屬彌 0000_,31,605a15(00):陀名號流通於遐代。上來、雖説定散兩門之益望佛本 0000_,31,605a16(00):願意在衆生一向專稱彌陀佛名 0000_,31,605a17(00):佛説阿彌陀經 0000_,31,605b18(00):將釋此經有大意釋名入文判釋三門初大意者、初明極 0000_,31,605b19(00):樂依正二報之莊嚴後説末代行者往生之行相所謂法性 0000_,31,605b20(00):眞如大地、黄金瑠璃鏡寫彰、第一義諦虚空、曼陀曼殊 0000_,31,605b21(00):花吐匂。林樹分七寶花菓色色馥。池水湛八德風波聲 0000_,31,605b22(00):聲流。珠玉宮殿並甍、異化樓閣重簷。是依報莊嚴也。 0000_,31,605b23(00):六十萬億身量、如金山高高。八萬四千相好、似珂月 0000_,31,605b24(00):明明。觀音如日光跪左面勢至齊月輪侍右脇品品賢 0000_,31,605b25(00):聖、如星歩集、彼彼菩薩、如花飛來。是正法莊嚴也。 0000_,31,605b26(00):七日口稱念佛、顯上品信心之光六方舌相證誠、拂下 0000_,31,605b27(00):根疑惑之闇彌陀弘誓雖六八行者至要在一二至心信 0000_,31,605b28(00):樂者、第十八願。住正定聚者、第十一願之故也。大意 0000_,31,605b29(00):如此 0000_,31,605b30(00):題目者、佛者、諸佛之中敎主釋尊。説者、五種之内如 0000_,31,605b31(00):來巧言也。阿彌陀者、以佛號爲經名經者、常也。先 0000_,31,605b32(00):聖後賢同説同行。文段者、從如是我聞至諸天大衆倶 0000_,31,605b33(00):序分也。從爾時佛告長老至是爲甚難正宗也。從佛説 0000_,31,605b34(00):此經己至作禮而去流通也 0000_,31,606a01(00):付經正宗觀念法門釋云、又如彌陀經云六方各有恆河 0000_,31,606a02(00):沙等諸佛皆舒舌遍覆三千世界説誠實言若佛在世、若 0000_,31,606a03(00):佛滅後、一切造罪凡夫、但廻心念阿彌陀佛願生淨土 0000_,31,606a04(00):上盡百年下至七日一日十聲三聲一聲等命欲終時、佛 0000_,31,606a05(00):與聖衆自來迎接、即得往生如上六方等佛舒舌定爲 0000_,31,606a06(00):凡夫作證。罪滅得生。若不依此證得生者、六方諸 0000_,31,606a07(00):佛舒舌、一出口己後、終不還入口自然壞爛 0000_,31,606a08(00):又云、此人當得六方恆河沙等佛、共來護念故、名護 0000_,31,606a09(00):念經護念意者、亦不令諸惡鬼神得便、亦無横病横死 0000_,31,606a10(00):横有厄難一切災障自然消散。除不至心 0000_,31,606a11(00):經云、佛説此經己、舍利弗及諸比丘、一切世間天人阿 0000_,31,606a12(00):修羅等、聞佛所説歡喜信受、作禮而去 0000_,31,606a13(00):法事讃釋此文云、世尊説法、時將了、慇懃付屬彌陀 0000_,31,606a14(00):名五濁增時、多疑謗、道俗相嫌不用聞。見有修行起 0000_,31,606a15(00):瞋毒方便破壞競生怨。如此生盲闡提輩、毀滅頓敎永 0000_,31,606a16(00):沈淪。超過大地微塵劫未可得離三塗身大衆同心皆 0000_,31,606a17(00):懺悔所有破法罪因緣 0000_,31,606b18(00):次に五祖に付たる事 0000_,31,606b19(00):今又此五祖者、先曇鸞法師、道綽禪師、善導禪師、懷 0000_,31,606b20(00):感禪師、小康法師等也 0000_,31,606b21(00):曇鸞法師は梁魏兩國の無雙の學生也。初は壽長して 0000_,31,606b22(00):佛道を行ぜんがために、陶隱居にあひて仙經を習て、 0000_,31,606b23(00):其仙方によりて修行せんとしき。後に菩提流支三藏に 0000_,31,606b24(00):あひたてまつりて、佛法の中に長生不死の法の、此土 0000_,31,606b25(00):の仙經に勝たるや候と問たてまつり給ければ、三藏唾 0000_,31,606b26(00):を吐て答給やう、同言をもて、いひならぶべきにあら 0000_,31,606b27(00):ず、此土何所にか長生の方あらん。命ながくして、暫 0000_,31,606b28(00):しなぬやうなれども、つゐに返て三有に輪廻す。但此 0000_,31,606b29(00):經によりて修行すべし。則長生不死の所に至べしとい 0000_,31,606b30(00):ひて、觀經を授給へり。其時忽に改悔の心をおこして 0000_,31,606b31(00):仙境を燒て自行化他一向に往生淨土の法を専にしき。 0000_,31,606b32(00):往生論註、略論、安樂土義等の文造之。并州玄忠寺に 0000_,31,606b33(00):三百餘人の門徒あり、臨終の時、其門徒三百餘人集て、 0000_,31,606b34(00):自は香爐をとり、西に向て弟子ともに聲をひとしくし 0000_,31,607a01(00):て高聲念佛して命終しぬ。其時道俗、おほく空の中に 0000_,31,607a02(00):音樂を聞と云云 0000_,31,607a03(00):道綽禪師は、本は涅槃の學生也、并州玄忠寺にして 0000_,31,607a04(00):曇鸞の碑文を見て、發心して云、彼曇鸞法師、智德高 0000_,31,607a05(00):遠なる、なを講説をすて淨土の業を修して、己に往生 0000_,31,607a06(00):せり。況我所解所知おほしとするにたらんやといひて 0000_,31,607a07(00):即涅槃の講説をすてて一向に專念佛を修して相續して 0000_,31,607a08(00):ひまなし。つねに觀經を講じて人をすすめたり。并州 0000_,31,607a09(00):の晋陽大原汶水三縣の道俗七歳已上は、悉念佛をさと 0000_,31,607a10(00):り往生をとげたり。又人を勸て涕唾便利、西方にむか 0000_,31,607a11(00):はず。行住坐臥、西方をそむかず。又安樂集二卷、こ 0000_,31,607a12(00):れをつくる。凡往生淨土の敎弘通、道綽の御力也。往 0000_,31,607a13(00):生傳等をみるにも、おほく道綽の勸を受て、往生をと 0000_,31,607a14(00):げたり。善導も此道綽の弟子也。然者終南山の道宣の 0000_,31,607a15(00):傳に云、西方の道敎のひろまることは是よりおこると 0000_,31,607a16(00):いへり。又曇鸞法師、七寶の船に乘じて空中にきたれ 0000_,31,607a17(00):るをみる。又、化佛空に住すること七日、其時天花雨 0000_,31,607b18(00):て、來集の人人袖にこれをうく。かくのごとく不可思 0000_,31,607b19(00):議の靈瑞おほし。終時に白雲西方より來て、三道の白 0000_,31,607b20(00):光と成て房中をてらす。又墓の上に紫雲三度現ずる事 0000_,31,607b21(00):あり 0000_,31,607b22(00):善導和尚いまだ觀經をえざるさきに、三昧をえたま 0000_,31,607b23(00):ひけるとおぼえ候。其故は、道綽禪師に値て觀經をえ 0000_,31,607b24(00):てのち、此經の所説、我所見におなじといへり。善導 0000_,31,607b25(00):和尚の念佛し給には、口より佛出給ふ。曇省の讃に云、 0000_,31,607b26(00):善導念佛佛從口出云云。おなじく念佛をまふすとも、 0000_,31,607b27(00):かまへて善導のごとく、口より佛出給ばかり申べき 0000_,31,607b28(00):なり。欲如善導、妙在純熟と申て、たれなりとも念佛 0000_,31,607b29(00):をだにも實に申て、其功熟しなば、口より佛は出給べ 0000_,31,607b30(00):き也。道綽禪師は師なれども、いまだ三昧を發得せず、 0000_,31,607b31(00):善導は弟子なれども、三昧をえ給たりしかば、道綽我往 0000_,31,607b32(00):生は一定か不定か、佛にとひたてまつり給ふべしとの 0000_,31,607b33(00):たまひければ、善導禪師命を受て、即定に入て阿彌陀 0000_,31,607b34(00):佛にとひたてまつるに、佛の言、道綽に三の罪あり、 0000_,31,608a01(00):速に懺悔すべし。其罪懺悔して定で往生すべし。一に 0000_,31,608a02(00):は佛像經卷をばひさしに置て我身は房中に居す。二に 0000_,31,608a03(00):は出家の人をつかふ。三には造作の間、虫の命をころ 0000_,31,608a04(00):す。十方の佛の前にして第一の罪を懺悔すべし。諸僧 0000_,31,608a05(00):の前にして第二の罪を懺悔すべし。一切衆生の前にし 0000_,31,608a06(00):て第三の罪を懺悔すべしと。善導即定より出て此旨を 0000_,31,608a07(00):道綽につぐるに、道綽の云、靜に昔の過を思に、これ 0000_,31,608a08(00):みな空からずといひて、心を至て懺悔すと云云。しか 0000_,31,608a09(00):れば師に勝たるなり。善導はことに火急の小聲念佛を 0000_,31,608a10(00):すすめて、かずを定給へり。一萬二萬三萬五萬乃至十 0000_,31,608a11(00):萬と云云 0000_,31,608a12(00):懐感は法相宗の學生也。ひろく經典をさとりて念佛 0000_,31,608a13(00):をば信ぜず。善導に問て云、念佛して佛をみたてまつ 0000_,31,608a14(00):りてんや。導和尚答て云、佛の誠言なんぞうたがはむ 0000_,31,608a15(00):や。懐感此事に付て忽に解をひらき、信をおこして道 0000_,31,608a16(00):場に入て、高聲に念佛して佛をみたてまつらんと願ず 0000_,31,608a17(00):るに、三七日までその靈瑞をみず、其時感禪師みづか 0000_,31,608b18(00):ら罪障のふかくして佛をみたてまつらざることを恨て、 0000_,31,608b19(00):食を斷じて死せんとす。善導制してゆるさず。のちに 0000_,31,608b20(00):群疑論七卷をつくると云云。感師はことに高聲念佛を 0000_,31,608b21(00):すすめたまへり 0000_,31,608b22(00):小康は本は持經者也。十五歳にして法華楞嚴等の經 0000_,31,608b23(00):五部をよみおぼえたり。これによりて高僧傳には、讀 0000_,31,608b24(00):誦の篇にいれたれども、但持經者のみにあらず。瑜伽 0000_,31,608b25(00):唯識の學生也。後に白馬寺に詣で、堂内を見れば、光 0000_,31,608b26(00):をはなつ物あり。これを探取てみれば、善導の西方化 0000_,31,608b27(00):導の文也。小康これをみて、心忽に歡喜して願をおこ 0000_,31,608b28(00):して云、我若淨土に綠あらば、此文ふたたび光をはな 0000_,31,608b29(00):てと。かくのごとく誓畢てみれば、重てひかりをはな 0000_,31,608b30(00):つ。其光の中に、化佛菩薩まします。歡喜やすめがた 0000_,31,608b31(00):くして、つゐに又長安の善導和尚の影堂に詣で、善導 0000_,31,608b32(00):の眞影をみれば、化して佛身と成て小康にのたまはく 0000_,31,608b33(00):汝我敎によりて衆生を利益し、おなじく淨土に生ずべ 0000_,31,608b34(00):し。これをききて小康所證あるがごとし。後に人をす 0000_,31,609a01(00):すめんとするに、人その敎化にしたがはず。然間、錢 0000_,31,609a02(00):をまうけて、まづ小童等をすすめて、念佛一遍に錢一 0000_,31,609a03(00):文をあたふ。後に十遍に一文、かくのごとくするあひ 0000_,31,609a04(00):だ、小康のありくに小童等付て各念佛す。又小童のみ 0000_,31,609a05(00):にあらず、老少男女をきらはず、みなことごとく念佛 0000_,31,609a06(00):す。かくのごとくしてのち、淨土堂を造て、晝夜に行 0000_,31,609a07(00):道して念佛す。所化に隨て道場に來集する輩三千餘人 0000_,31,609a08(00):也。又小康高聲に念佛するをみれば、口より佛出給こ 0000_,31,609a09(00):と善導のごとし。是故に時の人、後善導となづけたり。 0000_,31,609a10(00):淨土堂とは唐の習阿彌陀佛をすへたてまつりたる堂を 0000_,31,609a11(00):ば、みな淨土堂となづけたる也。五祖の御德、要をと 0000_,31,609a12(00):るにかくのごとし 0000_,31,609a13(00):大佛殿にて淨土五祖像供養の圖 0000_,31,609a14(00):文治二年の比、天台座主僧正顯眞、使者をたてて上 0000_,31,609a15(00):人に示て云、登山の次にかならず見參を遂て申承べき 0000_,31,609a16(00):事侍り、音信せしめ給べしと。仍或時、坂本にいたれ 0000_,31,609b17(00):るよし示たまふ。すなはち座主僧正下山しつつ對面し 0000_,31,609b18(00):て云、今度いかにしてか生死を出過し侍るべきと。上 0000_,31,609b19(00):人答て云、何樣にも御計にはすくべからずと。又云、 0000_,31,609b20(00):其條所存なきにあらずといへども、先達におはしませ 0000_,31,609b21(00):ば、若思定たまへる旨あらば、示たまへとなり。其時 0000_,31,609b22(00):上人云、自身のためにはいささか思定たるむねあり。 0000_,31,609b23(00):ただはやく往生極樂をとげんとなり。座主云、身にを 0000_,31,609b24(00):きては順次の往生いかにも遂がたくおぼえ侍るにより 0000_,31,609b25(00):てこの問をいたす。いかがたやすく往生をとげんやと。 0000_,31,609b26(00)上人云、成佛はかたく、往生は得やすし。道綽善導等: 0000_,31,609b27(00):の御意によらば、佛の本願を仰で強緣とするがゆへに 0000_,31,609b28(00):凡夫淨土に生ずと云云。そののち平に言説なくして上 0000_,31,609b29(00):人たちましましにけり。後日に座主云、法然房は智慧 0000_,31,609b30(00):深遠なりといへども、いささか偏執ありと云云或人こ 0000_,31,609b31(00):のことを聖人にかたる。上人云、わがしらざるを云に 0000_,31,609b32(00):は、かならず疑心おこるなりと。僧正またこれをかへ 0000_,31,609b33(00):り聞て云、まことに爾なり。それ顯密の敎にをきて稽 0000_,31,610a01(00):古を積といへども、併名利のためにして涅槃の一道に 0000_,31,610a02(00):うとし。故に道綽善導等の釋をうかがはず、法然房に 0000_,31,610a03(00):あらずば、誰人かかくのごときのことをいはむとて、 0000_,31,610a04(00):自宗の行法を閣つつ、やがて大原に隱居して百日の間、 0000_,31,610a05(00):淨土の章疏を渉獵してのち聖人に示て云、我粗淨土の 0000_,31,610a06(00):法門を得たり。來臨したまはば精談すべしと。僧正か 0000_,31,610a07(00):ねて所所の智者を召請しつつ、勝林院の丈六堂に集會 0000_,31,610a08(00):して上人を請す、すなはち重源己下の弟子三十餘人 0000_,31,610a09(00):を相具してわたりたまひぬ。上人の方には重源をはじ 0000_,31,610a10(00):めとして次第にゐながれたり。座主僧正の方にも諸宗 0000_,31,610a11(00):の碩德僧綱己下并に大原の聖人等又著座す。その内光 0000_,31,610a12(00):明山僧都明遍東大寺三論宗己講貞慶興福寺法相宗笠置の解脱房是也。 0000_,31,610a13(00):山上久住の僧綱には法印大僧都智海天台宗 法印權大僧 0000_,31,610a14(00):都證眞法印靜嚴、法印淨然、僧都覺什、權律師仙基、 0000_,31,610a15(00):印西上人、念佛上人天台宗往生院明定房蓮慶同來迎院本生房湛 0000_,31,610a16(00):譽發言妙覺寺上人、藏人入道仙心菩提山 定蓮房長樂寺 0000_,31,610a17(00):大和入道見佛八坂淸淨房勝林院究法房櫻本等、彼是兩方 0000_,31,610b18(00):三百餘人、二行に對座す。その時聖人云、源空發心己 0000_,31,610b19(00):後、聖道門の諸宗に付てひろく出離の道を訪に、かれ 0000_,31,610b20(00):もかたく、これもかたし。是則世澆季にをよび、人癡 0000_,31,610b21(00):鈍にして機敎あひそむける故也。然則有智無智を論ぜ 0000_,31,610b22(00):ず、持戒破戒をきらはず、時機相應して順次に生死を 0000_,31,610b23(00):はなるべき要法は、ただ淨土の一門念佛の一行也と、 0000_,31,610b24(00):一日一夜、理をきはめ詞をつくして述たまふ。座主僧 0000_,31,610b25(00):正これを聞て始には問難をいたすといへども、後には 0000_,31,610b26(00):嘉納信伏のいろふかくして、かつて疑殆の一言にをよ 0000_,31,610b27(00):ばず。いひくちとさだめたる本生房も嘿然としてもの 0000_,31,610b28(00):いはず。みな人感情を動し歸敬をいたすほか他なし。 0000_,31,610b29(00):その形容にむかへば、源空聖人智惠高妙也。その述義 0000_,31,610b30(00):をきけば彌陀如來應現したまふかとおぼゆ。論談すで 0000_,31,610b31(00):にをはりて、隨喜のあまり、僧正みづから香爐を取て 0000_,31,610b32(00):入堂して旋遶行道して、高聲念佛す。南北の明匠、顯 0000_,31,610b33(00):密の諸德、異口同音に稱名すること三日三夜無間無餘 0000_,31,610b34(00):也。剩一の發願あり、この寺に五箇の房舎をたてて、 0000_,31,611a01(00):不斷の念佛を修せむ。是則妙行を相續して遐代にをよ 0000_,31,611a02(00):ぼさんがためなり。是我朝不斷念佛最初也また重源一の意巧あ 0000_,31,611a03(00):り、吾國の道俗、閻魔の廳庭にひざまづかんとき、其 0000_,31,611a04(00):名字を問れんに、佛號をとなへしめんために、阿彌陀 0000_,31,611a05(00):佛名をつけんと、仍先我名をば南無阿彌陀佛とつきた 0000_,31,611a06(00):まへり。阿彌陀佛名これよりはじまる 0000_,31,611a07(00):大原問答と念佛行道の圖 0000_,31,611a08(00):靜嚴法印、吉水の坊に來て、聖人に問て云、云何が 0000_,31,611a09(00):してこのたび生死をはなるべきと。聖人答て云、源空 0000_,31,611a10(00):こそたづね申たく侍りつるに、この命如何。靜嚴云、 0000_,31,611a11(00):決擇の門は誠に然也。出離の道にをきては、智者道心 0000_,31,611a12(00):者遁世久して、かたく案立する義によるべしと。聖人 0000_,31,611a13(00):すこしうちゑみて云、源空にをきては彌陀の本願に乘 0000_,31,611a14(00):じて往生を期す。其外をぱしらずと、靜嚴云、我所存 0000_,31,611a15(00):これなり。人の義意をきかんがために、このうたがひ 0000_,31,611a16(00):をいたすといひて、すなはち座をたち侍りぬ 0000_,31,611b17(00):靜嚴法印と對談の圖 0000_,31,611b18(00):高野の明遍僧都、聖人所造の選擇集をみて、よき文 0000_,31,611b19(00):にて侍が、但偏執なる篇ありと云云。其後明遍夢にみ 0000_,31,611b20(00):たまふ様、天王寺の西門とおぼしき所に、病者數をし 0000_,31,611b21(00):らず平臥せり。一人の聖ありて、鉢に粥を入て貝をも 0000_,31,611b22(00):て病者のくちぐちにすくひいる。これ誰人ぞととへば 0000_,31,611b23(00):或人、源空聖人也と云とみて覺ぬ。僧都倩これを案ず 0000_,31,611b24(00):るに、選擇集を偏執の文也と非しつるを、夢に入て告 0000_,31,611b25(00):示よなとおもふより、懺悔の心ややすすみつつ、この 0000_,31,611b26(00):上人はただ人にあらず、時をしり機を量たる智者にて 0000_,31,611b27(00):ましましけりと、いみじく貴おぼえけり。病人とみえ 0000_,31,611b28(00):つるは、無明淵源の病にしづめる五濁濫漫の我等にこ 0000_,31,611b29(00):そ、甘子梨風情の菓子を受用することも、はてにはと 0000_,31,611b30(00):どまりぬ、ただおもゆ粥などをすくひ入て、喉をうる 0000_,31,611b31(00):ほすばかりに、命をかけたる病者のごとくに、末法濁 0000_,31,611b32(00):亂の今時は、四重五逆の病興盛なり。これを治せんこ 0000_,31,612a01(00):と、中道府藏の藥にあらずば救がたし。而今念佛三昧 0000_,31,612a02(00):はこれ中道一乘の靈藥、深妙醍醐の頓味也、然者聖道 0000_,31,612a03(00):諸敎の梨甘子にをきては、その味勝劣なしといへども 0000_,31,612a04(00):鈍根無智の罪惡凡夫の器量いたりて淺弱なれば、開悟 0000_,31,612a05(00):受用甚以かたし。故に時機相應するに付て、五逆謗法 0000_,31,612a06(00):重病難治の類に、念佛三昧醍醐甚深の粥をすすめたま 0000_,31,612a07(00):ひけるなりと符合して、そののち專念佛の行を修した 0000_,31,612a08(00):まひけり。この僧都、或時善光寺にまうでんとおもひ 0000_,31,612a09(00):たちたまひけるに、おなじくは聖人に謁して淨土の法 0000_,31,612a10(00):門の不審を決してこそ、如來前にもまうでめと思給て 0000_,31,612a11(00):聖人の禪房にいたりて問たてまつりて云、末代惡世の 0000_,31,612a12(00):罪濁の我等、いかにしてか生死をはなれ侍るべきやと 0000_,31,612a13(00):聖人答て云、彌陀の名號を稱して淨土に往生する、こ 0000_,31,612a14(00):れをもてその肝府とする也と。僧都云、愚案またかく 0000_,31,612a15(00):のごとし。信心を決定せんがためにこの問を致也と。 0000_,31,612a16(00):僧都又問て云、念佛の時、心の散亂するをばいかがし 0000_,31,612a17(00):侍るべきと。上人答て云、其條源空もちからをよばず 0000_,31,612b18(00):欲界散地の凡夫、心の散亂すること人の目鼻の生得な 0000_,31,612b19(00):るがごとし。いかにもしづめんことかなふべからず。 0000_,31,612b20(00):さればこそ、ただ他力の本願に任て、機の堪不堪をお 0000_,31,612b21(00):もんぱからず、心の散不散を論ぜず、罪の重輕をとは 0000_,31,612b22(00):ず、行の多少をさだめず、不取正覺の誓約、虚設なら 0000_,31,612b23(00):ずば往生も不可不遂と、ゆるゆると仰つつ、念佛せ 0000_,31,612b24(00):んにはすぐべからずとは申候へ、當世の人みな機敎の 0000_,31,612b25(00):分際をしらず、佛願の攝持すべきをたのまずして、こ 0000_,31,612b26(00):の身にて輙生死いでがたしと、卑下の思をなす。まこ 0000_,31,612b27(00):とに自力の出離は一大事の因緣也。然而他力の願船に 0000_,31,612b28(00):のりぬれば、一念に横超して苦海ものならずこそおば 0000_,31,612b29(00):え侍れと。僧都耳をそばだて心をおさめつつ、抃悦を 0000_,31,612b30(00):いだきて歸たまひにけり。 0000_,31,612b31(00):天王寺西門にて病者に粥を與ふの圖 0000_,31,612b32(00):河内國みてぐらじまに年來すみ侍る一人のをのこあ 0000_,31,612b33(00):り、世の人なづけて耳四郎とぞいひける。天性もとよ 0000_,31,613a01(00):り姧してまたする態もなく、ただ梟惡をのみこととし 0000_,31,613a02(00):て世をわたる媒とす。或時聖人白河の房姉小路白河號二階房信空上人宿房也にて終夜法談あり。件の耳四郎、都にのぼりて所所 0000_,31,613a03(00):ためらひありくに、便宜よかりければ、彼貴坊にいた 0000_,31,613a04(00):りぬ。綠の下にはひかくれて人のしづまるほどを待け 0000_,31,613a05(00):るほど、聖人の御房いつもの事なれば、凡夫出離の要 0000_,31,613a06(00):道、淨土の一門、念佛の一行にしくはなし。其機をい 0000_,31,613a07(00):へば十惡五逆四重謗法闡提破見破戒等の罪人、其行を 0000_,31,613a08(00):論ずれば、十聲一聲、いかなる嬰兒も唱つべし。其信 0000_,31,613a09(00):をいへば又一念十念いかなる愚者もおこしつべし。も 0000_,31,613a10(00):とより十方衆生のためなれば、いづれの機かもれ、い 0000_,31,613a11(00):づれの輩かすてられん。十方衆生のうちには、有智無 0000_,31,613a12(00):智、有罪無罪、凡夫聖人、持戒破戒、若男若女、老少 0000_,31,613a13(00):善惡の人、乃至三寶滅盡の時の機までみなこもれり。 0000_,31,613a14(00):ただこの本願にあひ、南無阿彌陀佛といふ名號をきき 0000_,31,613a15(00):えてむもの、若不生者の誓のゆへに彌陀如來遍照の光 0000_,31,613a16(00):明をもて、これを攝取して不捨、つみをもく、さはり 0000_,31,613b17(00):ふかく、心くらく、さとりすくなからんにつけても、 0000_,31,613b18(00):いよいよ佛の本願をあふぐべし。そのゆへは彌陀の本 0000_,31,613b19(00):誓はもと凡夫のためにして、聖人のためにあらずとい 0000_,31,613b20(00):ふ文によりてなり。あふぐべし、信ずべしなど、さま 0000_,31,613b21(00):ざま易往易行の道理、他力引接の文證、みみぢかにこ 0000_,31,613b22(00):ころえやすくのべたまふに、耳四郎さらになにのわざ 0000_,31,613b23(00):もわすられて耳をそばだてて聽聞す。こころに思樣、 0000_,31,613b24(00):これほどにわがためみみよりにたうときこと侍らず。 0000_,31,613b25(00):かかるところにおもひよりけるも、しかるべくて後生 0000_,31,613b26(00):たすかるべきにて、佛の御をしへにも侍るらん。ただ 0000_,31,613b27(00):いまはひ出で、かつはおもひきざしつる意趣をも懺し 0000_,31,613b28(00):かつはなをもよくたうときことをも問たてまつらんと 0000_,31,613b29(00):おもひつつ、夜もあけにければ、やをらむなしくはひ 0000_,31,613b30(00):出で庭上に蹲居す。御弟子たちあやしみて、ことのよ 0000_,31,613b31(00):しをとふ。耳四郎、しかじかとありのままに申ければ 0000_,31,613b32(00):聖人出會たまひて、宿綠もともありがたしとて、罪惡 0000_,31,613b33(00):重罪の凡夫の出離、ことに彌陀難思の願力によらずば 0000_,31,614a01(00):かなひがたしとて、手をとりてねんごろに説きかせた 0000_,31,614a02(00):まふ。耳四郎いよいよよろこびをなして退出す。その 0000_,31,614a03(00):のち貳なく念佛す。されども生得の報なれば、日來の 0000_,31,614a04(00):態すつることもなし。ただたのむところは、かかる惡 0000_,31,614a05(00):業はげしき身なりとも、念佛せば彌陀如來の大慈大悲 0000_,31,614a06(00):の因位の誓約をたがへず、むかへたまふぞとききし上 0000_,31,614a07(00):人の御ことばばかりなり。かくて年月をふるに、或時 0000_,31,614a08(00):かたへのをのこ、耳四郎が惡事に長じたるをや妬おも 0000_,31,614a09(00):ひけん。なをちかくむつびけるともだちをかたらひえ 0000_,31,614a10(00):て、耳四郎を害せんとたくむ。酒をくみ盃をめぐらし 0000_,31,614a11(00):てしゐければ、耳四郎沈醉して、ものをひきかつぎ、 0000_,31,614a12(00):先後をわきまへず臥にけり。そのとき敵かたなをぬき 0000_,31,614a13(00):つつ、うへにかつぎたるものをひきのけてみるに、耳 0000_,31,614a14(00):四郎にはあらで、全金色の佛體也。加之、出入の息の 0000_,31,614a15(00):をと、すなはち南無阿彌陀佛南無阿彌陀佛ときこゆ。 0000_,31,614a16(00):爰敵奇異の思に住して、まづ劒をおさめて倩これを案 0000_,31,614a17(00):ずるに、年來のあひだ、行住坐臥時處諸綠をきらはず 0000_,31,614b18(00):念佛しつるゆへに、この相現ずるにこそといみじくた 0000_,31,614b19(00):うとくおぼえて、隨喜のおもひをきどころなきあまり、 0000_,31,614b20(00):しばしばこれをおどろかすに、耳四郎こゑに付て、睡 0000_,31,614b21(00):眠忽におどろき、酩酊醒悟す。その時、敵のをのこ云 0000_,31,614b22(00):やう、なにをかかくしきこへん。しかじかなにがしの 0000_,31,614b23(00):ぬしが語侍りつれば、はかなくそこをうしなひたてま 0000_,31,614b24(00):つらんとてたばかりつるに、その姿、金色の佛像とあ 0000_,31,614b25(00):らはれ、その息の呼吸、併念佛の音ときこえつれば、 0000_,31,614b26(00):耳もあやに目もめづらかにおぼえて、且は謝し且は尊 0000_,31,614b27(00):がために左右なくおどろかしつるなり。われもとより 0000_,31,614b28(00):汝にむけて遺恨なし。只をろかに語をえつるばかりな 0000_,31,614b29(00):り。更にいきどおりおもふことなかれとて、慚謝のあ 0000_,31,614b30(00):まり髻をきりてみせけり。これをきくに彌信力強盛に 0000_,31,614b31(00):おぼえて、耳四郎ももとどりきりてけり。二人こころ 0000_,31,614b32(00):ざしをひとつにして、傍に菴しめつつ、しづかに念佛 0000_,31,614b33(00):して、終に素懐をとげにけり。されば返返も淨土宗の 0000_,31,614b34(00):正意は、機の善惡に目をかけて、佛の攝不攝を慮こと 0000_,31,615a01(00):なかれとなり。この耳四郞は至極の罪人、惡機の手本 0000_,31,615a02(00):といひつべし。今時の道俗たれの輩かこれにかはると 0000_,31,615a03(00):ころあらんや。凡この身にをきて、内に三毒をたたへ 0000_,31,615a04(00):外に十惡を行ず。つくるに強弱ありといふとも、三業 0000_,31,615a05(00):みなこれ造罪也。をかすに淺深ありといふとも一切こ 0000_,31,615a06(00):とごとくそれ妄惡也。然者たれの輩か罪惡生死の名を 0000_,31,615a07(00):のがれん。いづれの類か煩惱成就の體にあらざらん。 0000_,31,615a08(00):つくるもつくらざるも、みな罪體也。おもふもおもは 0000_,31,615a09(00):ざるも、ことごとく妄念也。而に當世の人みなおもへ 0000_,31,615a10(00):り、わが身にさほどの罪業なければ、本願にはすくは 0000_,31,615a11(00):れなん。わが心にさほどの妄念なければ、往生の願は 0000_,31,615a12(00):はたしつべしと、このおもひ不可然。そのゆへは、た 0000_,31,615a13(00):とひ身心ともに起惡造罪なくとも、念佛をたのまずば 0000_,31,615a14(00):極樂にむまれがたし。たとひ、逆謗闡提なりとも願力 0000_,31,615a15(00):に乘ぜば往生うたがひなし。罪業の有無によるべから 0000_,31,615a16(00):ず。本願の信不信にあるべきなり。抑かの耳四郞は、 0000_,31,615a17(00):山賊海賊強盗竊盜放火殺害、如斯の惡行をもて朝夕の能と 0000_,31,615b18(00):し、妻子をたすくる支としけり。就中殺害にをきては 0000_,31,615b19(00):幾千萬といふことをしらざりけるとかや。かかるもの 0000_,31,615b20(00):の、そのわざをしつつも、念佛を修し本願を憑ける、 0000_,31,615b21(00):ことにたうとくも侍るものかな 0000_,31,615b22(00):耳四郞綠の下にて聽聞と全金色の佛体奇瑞の圖 0000_,31,615b23(00):五 0000_,31,615b24(00):聖人、淸水寺にして説戒の時、淨土の法門をのべ、 0000_,31,615b25(00):念佛の一行をすすめ給。聽聞の輩おほかりける中に、 0000_,31,615b26(00):南都興福寺に侍りける大童子ねんごろに法筵にのぞみ 0000_,31,615b27(00):て耳を側けるが、其後法師になりて松苑寺の邊に草庵 0000_,31,615b28(00):を占て、閑に念佛しつつ往生の素懷を遂けるとなん。 0000_,31,615b29(00):凡聖人説法の砌に綠をむすぶ信男信女、證をあらはし 0000_,31,615b30(00):益をうること稱計すべきにあらず 0000_,31,615b31(00):淸水寺にて説戒、大童子の出家と往生の圖 0000_,31,615b32(00):靈山にして三七日不斷念佛勤行あり、その間、燈明 0000_,31,616a01(00):いまだかかげざるほどに、光明忽然として堂中を照耀 0000_,31,616a02(00):することあり。また第五日の夜、各行道のうしろに大 0000_,31,616a03(00):勢至菩薩、諸共に行道したまふ。或人これを拜す。聖 0000_,31,616a04(00):人にかくとしめす。さること侍るらんと答たまふ。こ 0000_,31,616a05(00):れよりして粗大勢至の化身ということを知ぬ 0000_,31,616a06(00):大勢至菩薩共に行道し給ふの圖 0000_,31,616a07(00):聖人、院宣によりて、後白河法皇にまいりて往生要 0000_,31,616a08(00):集を談ぜられけるに、夫往生極樂敎行、濁世末代目足 0000_,31,616a09(00):也。道俗貴賤、誰不歸。と侍りけるより、そのことと 0000_,31,616a10(00):なくたうとく心肝に銘じければ、今はじめて聞ことの 0000_,31,616a11(00):やうに覺て、公卿侍臣隨喜のおもひを同し、堂上堂下 0000_,31,616a12(00):感情抑がたかりけり。太上天皇、叡感の餘、左京權大 0000_,31,616a13(00):夫藤原隆信朝臣に仰て、聖人の眞影をうつさしめまし 0000_,31,616a14(00):ます。後代の信にとどめられんがためときこゆ。蓮華 0000_,31,616a15(00):王院の寶藏にこめられて、于今祕せらると云云 0000_,31,616a16(00):往生要集の御披講と眞影寫さるの圖 0000_,31,616b17(00):建久三年秋の比、後白河院の御菩提のために、大和 0000_,31,616b18(00):入道見佛引導寺にして、七日念佛勤行し侍りける。聲 0000_,31,616b19(00):明の先達に、心阿彌陀佛、共行の結衆に、見佛房、住 0000_,31,616b20(00):蓮房、安樂房等、あまた人人ありけり。聲明を興行せ 0000_,31,616b21(00):られけることは、聲佛事をなすいはれあれば、極樂の 0000_,31,616b22(00):寶樹寶池の浪のをと、風のこゑも、みな苦空をとなへ 0000_,31,616b23(00):常樂をしらぶ。これになずらへて、本願の妙理をあら 0000_,31,616b24(00):はし、念佛の氣味をまさんがために五音をととのへ七 0000_,31,616b25(00):聲をただしくして、彼依正二報を嘆ずべし。然者聽聞 0000_,31,616b26(00):隨喜のたぐひ、入宗の方便となりぬべし、利益などか 0000_,31,616b27(00):なからんとて、聖人とりたてたまひけり。住蓮安樂こ 0000_,31,616b28(00):の二人は、時の宗匠ときこゆ。ゆゆしくたうとかりけ 0000_,31,616b29(00):るとぞ 0000_,31,616b30(00):住蓮・安樂等の聲明興行の圖 0000_,31,616b31(00):無品親王靜忠違例獲鱗にましましければ、門徒の僧 0000_,31,616b32(00):綱僧正、行舜僧正、公胤僧正、賢實座主、顯眞法印、 0000_,31,617a01(00):遺嚴法印、譽觀法眼、圓豪等、祈禱のために、大般若 0000_,31,617a02(00):轉讀ありけれども、更に其驗もましまさざりければ、 0000_,31,617a03(00):聖人を召請したてまつりて、出離の一大事談じましま 0000_,31,617a04(00):しけり。其禪命に云、このたびいかにしてか生死を 0000_,31,617a05(00):はなるべきと、聖人云、往生極樂ののぞみ、御念佛に 0000_,31,617a06(00):はしかず、まさしく光明遍照十方世界、念佛衆生攝取 0000_,31,617a07(00):不捨とときたまへるうへは別に子細あるべからずと。 0000_,31,617a08(00):其後意念口稱相續して、往生の素懷を逐ましましけり 0000_,31,617a09(00):靜忠親王の御違例に念佛談義の圖 0000_,31,617a10(00):聖人自筆の記に云、生年六十有六、建久九年正月一 0000_,31,617a11(00):日、楊悔の法橋敎慶がもとよりかへりて後、未申の時 0000_,31,617a12(00):ばかりより恆例の正月七ケ日の念佛始行。其間、初日 0000_,31,617a13(00):に當て明相すこしき現ず。第二日水想觀自然成就云云 0000_,31,617a14(00):すべて念佛七ケ日のうち、水想觀の中に、瑠璃の相、 0000_,31,617a15(00):少分これをみる。二月四日の晨、瑠璃の地、分明に現 0000_,31,617a16(00):ずと云云。六日後夜に、瑠璃宮殿相現ず。第七日の晨 0000_,31,617b17(00):重て又現ず。則この宮殿おもてあらはれて、その相現 0000_,31,617b18(00):ず。すべて日想水想地想寶樹寶殿の五觀をはじめとし 0000_,31,617b19(00):て、正月一日より二月七日にいたるまで、三十七日の 0000_,31,617b20(00):あひだ、毎日にこれらの相現ずと云云 0000_,31,617b21(00):瑠璃宮殿の明相現ずるの圖 0000_,31,617b22(00):無量壽佛化身無數與觀世音大勢至常來至此行人之 0000_,31,617b23(00):所といへり。聖人常に居給所を白地に立出てかへり給 0000_,31,617b24(00):ければ、阿彌陀の三尊、木像にもあらず、畫像にもあ 0000_,31,617b25(00):らずして、壁をはなれ板敷をはなれて、天井にもつか 0000_,31,617b26(00):ずしておはしましけり。それより後、長時に現じたま 0000_,31,617b27(00):ひけり 0000_,31,617b28(00):阿彌陀三尊來現の圖 0000_,31,617b29(00):元久元年仲冬の比、山門の衆徒の中より、念佛停止 0000_,31,617b30(00):すべきよし大衆峰起して、座主僧正顯眞に訴申、依之 0000_,31,617b31(00):座主僧正、聖人にその尋あり。其時上人、起請文をを 0000_,31,617b32(00):くらる。其状に云、叡山黑谷沙門源空敬白。當時住持 0000_,31,618a01(00):三寶護法善神御寶前。右源空、壯年の昔の日は、粗三 0000_,31,618a02(00):觀の樞をうかがひ、衰老の今の時は、偏に九品の堺を 0000_,31,618a03(00):のぞむ。此又先賢の古跡也。更に下愚か行願に非ず。 0000_,31,618a04(00):而に近日風聞して云、源空偏に念佛の敎を勸て、餘の 0000_,31,618a05(00):敎法を謗ず。諸宗此に依て凌遲し、諸行因茲滅亡云云 0000_,31,618a06(00):此旨を傳聞に、心神をおどろかす。終に則、事山門に 0000_,31,618a07(00):きこえ、議衆徒にをよべり。炳誡を加べき由、貫首に 0000_,31,618a08(00):被申訖。此條一には衆勘をおそれ、一には衆恩をよろ 0000_,31,618a09(00):こぶ。おそるるところは貧道が身をもて忽に山洛の欝 0000_,31,618a10(00):にをよばむ事、悦ところは謗法の名を削て、ながく花 0000_,31,618a11(00):夷の誹をやめん事、若糾斷に非ば、爭か貧道か愁歎を 0000_,31,618a12(00):やすめんや。凡彌陀の本願に云、唯除五逆誹謗正法 0000_,31,618a13(00):云云念佛をつとめん輩、爭か正法を謗ぜん。又惠心の 0000_,31,618a14(00):集には、一實の道を聞て、普賢の願海に入と云云。淨 0000_,31,618a15(00):土をねがふ彙、豈妙法を捨んや。就中、源空念佛の餘 0000_,31,618a16(00):暇に當て天台の敎釋を開て、信心を玉泉の流にこらし 0000_,31,618a17(00):渇仰を銀池の風にいたす。舊執なを存す。本心何忘ん。 0000_,31,618b18(00):ただ冥鑒をたのみ、ただ衆察をあふぐ。但老後遁世の 0000_,31,618b19(00):輩、愚昧出家の類、或は草庵に入て髪をそり、或は松 0000_,31,618b20(00):室に望て心ざしを云、次に極樂をもて所期とすべし。 0000_,31,618b21(00):念佛をもて所行とすべきよし、時時もて説諫す。是則 0000_,31,618b22(00):齡衰て研精にたへざるあひだ、暫難解難入の門を出て 0000_,31,618b23(00):試に易行易往の道をしめすなり。佛智猶方便を儲給、 0000_,31,618b24(00):凡愚豈斟酌なからんや。敢て敎の是非を存ずるにあら 0000_,31,618b25(00):ず、偏に機の堪否をおもふ。この條もし法滅の緣たる 0000_,31,618b26(00):べくは、向後よろしく停止に隨べし。愚蒙潜にまどへ 0000_,31,618b27(00):り。衆斷よろしくさだむべし。いにしへより化導をこ 0000_,31,618b28(00):のまず、天性弘敎をもはらにせず、このほかに僻説を 0000_,31,618b29(00):もて弘通し、虚誕をもて披露せば、最糺斷あるべし。 0000_,31,618b30(00):尤炳誡あるべし。のぞむところなり、ねがふところな 0000_,31,618b31(00):り。此等の子細、先年沙汰の時、起請文を進じ訖ぬ。 0000_,31,618b32(00):其後いまに變ぜず、かさねて陳するにあたはずといへ 0000_,31,618b33(00):ども、嚴誡すでに重疊の間、誓状又再三、上件の子細 0000_,31,618b34(00):一事一言、虚誕をくはへ會釋をまうけば、行住坐臥の 0000_,31,619a01(00):念佛、其利をうしなひ、三途に墮在して現當二世の依 0000_,31,619a02(00):身常に重苦に沈て、ながく楚毒をうけん。伏乞、當寺 0000_,31,619a03(00):の諸尊滿山の護法、證明知見し給へ。源空敬白。元久 0000_,31,619a04(00):元年十一月十三日源空敬白とぞかかしめたまひける。 0000_,31,619a05(00):九條禪定殿下、大原大僧正顯眞に自筆の御消息ををく 0000_,31,619a06(00):らる。其詞に云、念佛弘行の間の事、源空聖人の起請 0000_,31,619a07(00):文、消息等、山門に披露の後、動靜如何最不審に候。 0000_,31,619a08(00):抑風聞のごときは、上人淺深三重の過に依て、炳誡一 0000_,31,619a09(00):決の僉議に及と云云。一には念佛の勸進總じて不可然 0000_,31,619a10(00):此則眞言止觀にあらず、彌陀念佛の權説をもて、更に 0000_,31,619a11(00):往生を不可遂故と云云。此條にをきては定て滿山の談 0000_,31,619a12(00):評にあらじ。若是一兩の邪説歟。他の謗法をとがめん 0000_,31,619a13(00):がために、みづからかへりて謗法をいたす。勿論と可 0000_,31,619a14(00):謂。二には念佛の行者、諸行を毀破する餘、經論を焚 0000_,31,619a15(00):燒し、章疏をながしうしなふ。或は又、餘善をもては 0000_,31,619a16(00):三途の業と稱し、犯戒をもては九品の因とすと云云。 0000_,31,619a17(00):これをきかん緇素、誰か驚歎せざらんや。諸宗の學徒 0000_,31,619b18(00):專欝陶するにたれり。但この條にをきては、殆信を取 0000_,31,619b19(00):しめがたし。既にこれ會昌天子守屋大臣等の類歟。如 0000_,31,619b20(00):是の説、過半まことならずと云云。慥なる説に付て眞 0000_,31,619b21(00):僞を決せられんに、敢て其隱あるべからず。事若實な 0000_,31,619b22(00):らば科斷またかたしとせず。ひとへに浮説をもて、咎 0000_,31,619b23(00):を聖人にかくる條、理盡の沙汰にあらざる歟。三には 0000_,31,619b24(00):如是の逆罪にをよばずといふとも、一向專修の行人、 0000_,31,619b25(00):餘行を停止すべきよし、勸進の條なを不可然と。此條 0000_,31,619b26(00):にをきては進退相半歟。善導和尚の意に、この旨を述 0000_,31,619b27(00):るに似たり。然而旨趣甚深也。行者可思。今上人の弘 0000_,31,619b28(00):通は、よく疏の意を探て謬訛なし。而に門弟等の奧義 0000_,31,619b29(00):をしらす、宗旨をさとらざるたぐひ、恣に妄言をはき 0000_,31,619b30(00):猥く偏執をいたす由、聞ある歟。是甚以不可也とす。 0000_,31,619b31(00):聖人遮て是をいたむ。小僧諫てこれを禁ず。當時すで 0000_,31,619b32(00):に數輩の門徒をあつめて七箇條の起請を註し、各連署 0000_,31,619b33(00):を取て、ながく證據にそなふ。聖人若謗法をこのまば 0000_,31,619b34(00):禁遏豈如斯ならんや。事ひろく人おほし、一時に禁止 0000_,31,620a01(00):すべからず、根元すでにたちぬ。舊執の枝葉寧繁茂す 0000_,31,620a02(00):ることをえむや。これをもてこれをいふに、三重の子 0000_,31,620a03(00):細一として過失なし。衆徒の欝憤なにによりてか強盛 0000_,31,620a04(00):ならん。はやく滿山の停止として、來迎の音樂を庶幾 0000_,31,620a05(00):すべき歟。抑諸宗成立の法、各自解を專にして餘敎を 0000_,31,620a06(00):不奈。弘行の常の習、先德の故實也。これを異域にと 0000_,31,620a07(00):ぶらへば、月氏には則護法淸辯空有の諍論、晨旦には 0000_,31,620a08(00):また慈恩妙樂權實の立破也。これを我國にたづぬるに 0000_,31,620a09(00):弘仁の聖代に、戒律大小の論あり、天暦の御字には諸 0000_,31,620a10(00):宗淺深の談あり、八家競て定准をなし、三國傳て軌範 0000_,31,620a11(00):とす。然而、豫末世の邪亂を鑒て、諸宗の討論をとど 0000_,31,620a12(00):められしよりこのかた、宗論ながく跡をけづり、佛法 0000_,31,620a13(00):それがために安全たり。就中、凈土の一宗にをきては 0000_,31,620a14(00):古來の行者偏に無染無着の淨心をおこし、專修專念の 0000_,31,620a15(00):一行に任て、他宗に對して執論をこのまず、餘敎に比 0000_,31,620a16(00):して是非を判ぜず、單に出離を願ず、必往生の直道を 0000_,31,620a17(00):とげんとなり。ただし弘敎歎法の習、いささか又その 0000_,31,620b18(00):こころなきにあらざる歟。源信僧都の往生要集の中に 0000_,31,620b19(00):三重の問答をいたして、十念の勝業を讃ず。念佛の至 0000_,31,620b20(00):要この釋に結成せり。禪林の永觀、智德惠心にをよば 0000_,31,620b21(00):ずといへども、行淨業をつげり。選ところの十因に、 0000_,31,620b22(00):その意また一致なり。普賢觀音の悲願を考、勝如敎信 0000_,31,620b23(00):か先蹤を引て、念佛の餘行にすぐれたる事を證せり。 0000_,31,620b24(00):彼時に諸宗の輩、惠學はやしをなし禪定水をたたふ。 0000_,31,620b25(00):雖然、惠心をも破せず、永觀をも罸せず、諸敎も滅す 0000_,31,620b26(00):る事なく、念佛も妨なし。是則世すなほに、人うるは 0000_,31,620b27(00):しきゆへなり。而今、世澆李にをよび時鬪諍に屬して 0000_,31,620b28(00):能破所破、共に邪執よりおこり、正論非論みな喧嘩に 0000_,31,620b29(00):をよぶ。三毒内に催し、四魔外にあらはるるが致とこ 0000_,31,620b30(00):ろなり。又或人云、念佛若弘通せられば諸宗忽に滅盡 0000_,31,620b31(00):すべし。是以遏妨すと云云。この事不可然。過分の逆 0000_,31,620b32(00):類にをきては、實によりて禁斷せらるべし。またく淨 0000_,31,620b33(00):土宗の痛ところにあらず、末學の邪執に至ては、聖人 0000_,31,620b34(00):嚴禁をくはへ、門徒すでに服膺す。かれといひ、これ 0000_,31,621a01(00):といひ。なんぞ佛法の破滅にをよぱんや。凡顯密の修 0000_,31,621a02(00):學は、名利によりて破滅す。これ人間の定法なり。淨 0000_,31,621a03(00):土の敎法にをきては名にあらず、利にあらず、後世を 0000_,31,621a04(00):思人のほかにたれか習學せんや。念佛弘行に依て餘敎 0000_,31,621a05(00):滅盡の條戯言歟、誑説歟。いまだ是非をわきまへず。 0000_,31,621a06(00):若この沙汰熾盛ならば、念佛の行にをきて一時に失隠 0000_,31,621a07(00):すべし。因果をわきまへ患苦をかなしむ人、豈傷嗟せ 0000_,31,621a08(00):ざらんや、寧悲泣せざらんや。爰小僧壯年の昔の日よ 0000_,31,621a09(00):り、衰暮のいまに至まで自行おろそかなりといへども 0000_,31,621a10(00):本願をたのむ。罪業をもしといへども、往生をねがふ 0000_,31,621a11(00):にものうからずして、四十餘廻の星霜ををくり、いよ 0000_,31,621a12(00):いよもとめ、いよいよすすめて、數百萬遍の佛號をと 0000_,31,621a13(00):なふ。頃年より以來、病迫命脆して、黄泉に歸せんこ 0000_,31,621a14(00):と在近。淨土の敎跡このときに當て滅亡せんとす。見 0000_,31,621a15(00):之聞之、爭かしのびん。三尺の秋の霜肝をさし、一寸 0000_,31,621a16(00):の夜の燈胸をこがす。天に仰で鳴咽し、地を叩て愁苦 0000_,31,621a17(00):す。何況聖人、小僧にをきて出家の戒師たり。念佛の 0000_,31,621b18(00):先達たり。歸依これふかし。尊崇もとも切也。而を罪 0000_,31,621b19(00):なくして濫刑をまねき、つとめありて重科に處せられ 0000_,31,621b20(00):ば、法のためには身命をおしむべからず。小僧かはり 0000_,31,621b21(00):て、罪をうくべし。仍師範の咎を救て淨土の敎をまも 0000_,31,621b22(00):らんとおもふ。おほよそその佛道修行の人、自他とも 0000_,31,621b23(00):に罪業をかへりみるべし。而を強に諮諍隨事の僞論を 0000_,31,621b24(00):訛して無仰迷理の重障に堕せんこといたましきかな。 0000_,31,621b25(00):かなしきかな。乞學侶の心あらん理に伏て執を變じ、 0000_,31,621b26(00):法に優して罪をなだめよ而巳。死罪死罪、敬白。十一 0000_,31,621b27(00):月十三日、専修念佛沙門圓照 大僧正御房へとぞ侍 0000_,31,621b28(00):りける 0000_,31,621b29(00):座主への起請文を認めらるの圖 0000_,31,621b30(00):六 0000_,31,621b31(00):おほよそ聖人淨土の法門弘通、先規蹤すくなく當世 0000_,31,621b32(00):比なし。信をとぶらひ行をたづねて門蹟につらなり、 0000_,31,621b33(00):禪局にちかずく彙その數をしらず。或は蘭省鴛鸞の囂 0000_,31,622a01(00):名を遁て、九品三輩の臺に望をかけ、或は荊溪香象の 0000_,31,622a02(00):學窓を出て、三心五念の床に跏をむすぶ。賢人もこれ 0000_,31,622a03(00):に歸し、愚昧もこれをあふぐ。爰一人の貴禪干時範宴少納言公今善信聖人是也親鸞本慈鎭和尚門弟叡岳の交衆をやめ、天台の本宗を 0000_,31,622a04(00):閣て、かの門下に入て、その口決をうく。その性岐嶷 0000_,31,622a05(00):にして、聖人甘心きはまりなし。干時建仁元年辛酉春の 0000_,31,622a06(00):比也。今年聖人六十九歳、善信上人二十九歳 0000_,31,622a07(00):善信聖人と對談の圖 0000_,31,622a08(00):七箇條起請文詞云 0000_,31,622a09(00):普告于予門人念佛上人等 0000_,31,622a10(00):一 可停止未窺一句文、奉破眞言止觀謗餘佛菩薩 0000_,31,622a11(00):事 0000_,31,622a12(00):右至立破道者學生之所經也。非愚人之境界加之誹 0000_,31,622a13(00):謗正法、除却彌陀願其報當墮那落。豈非癡闇之至乎 0000_,31,622a14(00):一 可停止以無智身對有智人、遇別行輩好致諍論 0000_,31,622a15(00):事 0000_,31,622a16(00):右論義者是智者之有也。更非愚人之分。又諍論之處、 0000_,31,622b17(00):諸煩惱起。智者遠離之百由旬也。況於一向念佛之 0000_,31,622b18(00):行人乎 0000_,31,622b19(00):一 可停止對別解別行人以愚癡偏執心、偁當棄 0000_,31,622b20(00):置本業強嫌之事 0000_,31,622b21(00):右修道之習、各勤自行、敢不遮餘行。西方要決云、別 0000_,31,622b22(00):解別行者、惣起敬心。若生輕慢、得罪無窮、云云。何背 0000_,31,622b23(00):此制乎。加之善導和尚大呵之。未知祖師之誡、愚闇 0000_,31,622b24(00):之彌甚也 0000_,31,622b25(00):一 可停止於念佛門、號無戒行、專勸婬酒食肉、適 0000_,31,622b26(00):守律儀者、名雜行人、憑彌陀本願者、説勿恐 0000_,31,622b27(00):造惡事 0000_,31,622b28(00):右戒者是佛法大地也。衆行雖區同專之。是以善導 0000_,31,622b29(00):和尚擧目不見女人。此行状之趣、過本律制淨業之類。 0000_,31,622b30(00):不順之者、惣失如來之遺敎、別背祖師之舊跡、旁無 0000_,31,622b31(00):據者歟 0000_,31,622b32(00):一 可停止未辨是非癡人離聖敎非師説恣述私義、 0000_,31,623a01(00):妄企諍論被咲智者迷亂愚人事 0000_,31,623a02(00):右無智大天狗此朝再誕猥述邪義既同九十五種異道 0000_,31,623a03(00):尤可悲之 0000_,31,623a04(00):一 可停止以癡鈍身殊好唱導不知正法説種種邪 0000_,31,623a05(00):法敎化無智道俗事 0000_,31,623a06(00):右無解作師、是梵網之制戒也。愚闇之類、欲顯己 0000_,31,623a07(00):才以淨土敎爲藝能貪名利望檀越恐成自由之妄説 0000_,31,623a08(00):誑惑世間人誑法之過殊重。是輩非國賊乎 0000_,31,623a09(00):一 可停止自説非佛敎邪法、爲佛法僞號師範説 0000_,31,623a10(00):事 0000_,31,623a11(00):右各雖一人説所積爲予一身衆惡汙彌陀敎文揚師 0000_,31,623a12(00):匠之惡名不善之甚、無過之者也 0000_,31,623a13(00):以前七箇條甑錄如斯。一分學敎文弟子等者、頗知 0000_,31,623a14(00):旨趣年來之間雖修念佛隨順聖敎敢不逆人心無驚 0000_,31,623a15(00):世聽因茲于今三十箇年、無爲渉日月而至近年此十 0000_,31,623a16(00):ケ年以後、無智不善輩、時時到來。非啻失彌陀淨業 0000_,31,623b17(00):又汙穢釋迦遺敎何不加炳誡乎。此七箇條之内、不當 0000_,31,623b18(00):之間、巨細事等多。具難註述惣如此等之無方愼不可 0000_,31,623b19(00):犯。此上猶背制法輩者、是非予門人魔眷屬也。更不 0000_,31,623b20(00):可來草庵自今以後、各隨聞及必可被觸之、餘人勿 0000_,31,623b21(00):相伴若不然者是同意人也。彼過如作者、不能嗔同 0000_,31,623b22(00):法恨師匠、自業自得之理只在己身而己。是故今日催 0000_,31,623b23(00):四方行人集一室告命。僅雖有風聞慥不知誰人失愁 0000_,31,623b24(00):歎逐年序非可默止先隨力及所廻禁遏之計也。仍錄 0000_,31,623b25(00):其趣示門葉等之状如件 0000_,31,623b26(00):元久元年十一月七日 沙門源空 0000_,31,623b27(00):源空聖人 0000_,31,623b28(00):信空 感聖 尊西 證空 源智 行西 聖蓮 見佛 0000_,31,623b29(00):導亘 導西 寂西 宗慶 西緣 親西 幸西 住蓮 0000_,31,623b30(00):西意 佛心 源蓮 蓮生 善信 行空 0000_,31,623b31(00):已上二百餘人連署畢 0000_,31,623b32(00):聖人と起請連蓮暑の門人の圖 0000_,31,624a01(00):或時、聖人瘧病の事まします。種種の療方一切に驗 0000_,31,624a02(00):なし。于時、月輪禪定殿下、おほきに周章したまひて 0000_,31,624a03(00):安居院の僧都聖覺に仰て云、予善導大師の御影を圖畫 0000_,31,624a04(00):して、聖人の貴前にして、供養をのべんとおもふ。願 0000_,31,624a05(00):は請に應じて唱導に赴と云云。彼請文に云、聖覺彼 0000_,31,624a06(00):上人同日同時瘧病仕事あり。雖然何不隨召。早扶病 0000_,31,624a07(00):身、可致參勤。且師匠報恩の勤、可在此事。同者早且に 0000_,31,624a08(00):可被行事、云云。仍辰一點に説法はじまりて未尅に縡 0000_,31,624a09(00):訖。聖人井導師、即座に瘧病平復す。その講讃の大旨 0000_,31,624a10(00):に云、夫光明寺和尚、仰討本地者四十八願之法王也。 0000_,31,624a11(00):十劫正覺之唱、有憑于念佛。俯訪垂迹者、專修念佛之 0000_,31,624a12(00):導師也。三昧正受之語、無疑于往生。本迹雖異、化導 0000_,31,624a13(00):是一也。然我大師聖人、慕其遺風、興此眞宗。爰病患頻 0000_,31,624a14(00):逼迫嚴體劇苦忽惱亂正心。忻樂邦之徒衆、厭穢域庶 0000_,31,624a15(00):類、孰不愁之。誰不懜之。就中、大法主禪定太閣殿 0000_,31,624a16(00):下、聞彼擧動、寸心焦胸、愁其衰惱、寢食既倦。因茲圖 0000_,31,624a17(00):聖像、請平安。悉知丹誠、必垂哀愍云云。諸天も隨喜し、 0000_,31,624b18(00):三寶も納受ありけるにや。啓白の時に當て、大師の御 0000_,31,624b19(00):影前に異香薰ず。尋常の匂にあらざりけり。事體嚴重 0000_,31,624b20(00):也。僧都云、故法印澄憲は、雨をくだして名をあぐ。 0000_,31,624b21(00):聖覺は此事奇特也とぞ。時の人不思議の思をなしけり 0000_,31,624b22(00):聖覺僧都の善導御影供養の圖 0000_,31,624b23(00):選擇本願念佛集者、月輪禪定博陸の敎命に依て、元 0000_,31,624b24(00):久元年甲子の春、聖人撰集したまふ。眞宗の簡要、念 0000_,31,624b25(00):佛の奧義、攝在之。見者易諭。誠是希有最勝之華文、無 0000_,31,624b26(00):上甚深之寶典也。渉年渉日、蒙其敎誨之人、雖千萬、 0000_,31,624b27(00):云親云疎、獲此見寫之徒、甚以難。爾元久二年乙丑蒙 0000_,31,624b28(00):聖人之恩恕兮、書寫選擇集。選集以後是最初也同年初夏中旬第 0000_,31,624b29(00):四日、選擇本願念佛集内題字、井南無阿彌陀佛往生之 0000_,31,624b30(00):業、念佛爲本と釋綽空外題下字とをば、聖人眞筆をもて 0000_,31,624b31(00):令書給て、被奉授與之。善信聖人、同日、聖人の眞影 0000_,31,624b32(00):を申預て圖畫す。依允容也 0000_,31,625a01(00):選擇集を善信聖人に授くの圖 0000_,31,625a02(00):又同年閏七月下旬第九日、彼眞影の銘は、これも聖 0000_,31,625a03(00):人眞筆をもて、南無阿彌陀佛と、若我成佛、十方衆生 0000_,31,625a04(00):稱我名號、下至十聲、若不生者、不取正覺、彼佛今現 0000_,31,625a05(00):在、成佛當知本誓重願不虚、衆生稱念、必得往生の眞 0000_,31,625a06(00):文とを令書給。又夢告あるによりて、綽空の字を改て 0000_,31,625a07(00):同日これも聖人眞筆をもて、名の字を令書授給。自 0000_,31,625a08(00):爾已來、號善信云云。善信上人云、已書寫製作圖畫 0000_,31,625a09(00):眞影提撕在耳、諷諫銘肝とて、恆に往事を慕たまひ 0000_,31,625a10(00):けり。惣て門侶これひろしといへども、面授の芳言最 0000_,31,625a11(00):慇懃也。相承の義勢、等倫に超たり。黑谷の遺流を酌 0000_,31,625a12(00):と稱し、聖人の口授を禀とつのる諸家、此一宗にをき 0000_,31,625a13(00):て其自義を混ず。殆今案と可謂。宛も往哲を忘たるに 0000_,31,625a14(00):似たり。爰信聖人、獨嘉蹤に歩で、かたく師敎をまも 0000_,31,625a15(00):る。他力發起の眞心、專先師説諫の義にまかせ、凡夫 0000_,31,625a16(00):即往の眞行、豫末法濁惡の機をはぐくむ。念佛往生の 0000_,31,625b17(00):髓腦相承心中にたくはへ、彌陀他力の骨目血脈一身に 0000_,31,625b18(00):あり。厭穢欣淨の道俗、願は古賢連續の正義を憑べし。 0000_,31,625b19(00):崇信耽行の老少、必自由無窮の邪執を捐よとなり 0000_,31,625b20(00):自らの眞影に題せらるの圖 0000_,31,625b21(00):園城寺の碩學法務大僧正公胤、選撰集を破せんがため 0000_,31,625b22(00):に二卷の書を造て、淨土決疑鈔と題す。彼書にことに 0000_,31,625b23(00):一向專修の義を難じて云、法華に即往安樂の文あり、 0000_,31,625b24(00):觀經に讀誦大乘の句あり、法花を轉讀して極樂に往生 0000_,31,625b25(00):せんに、なにの妨かあらん。然に讀誦大乘を廢して、 0000_,31,625b26(00):ただ念佛を附屬すと云云。これ大なる謬也と。聖人こ 0000_,31,625b27(00):れを披つつ、ここにいたりてみはてたまはず。閣て云 0000_,31,625b28(00):此難非也。まづ難破の法、すべからく其宗義を知て後 0000_,31,625b29(00):に難ずべし。而今、淨土の宗義にくらくして僻難をい 0000_,31,625b30(00):たさば、誰か敢て破せられん。夫淨土宗の意は觀經前 0000_,31,625b31(00):後の諸大乘經を取て、みなことごとく往生の行の内に 0000_,31,625b32(00):攝入せり。其中に、なんぞ法花經ひとりもれんや。觀 0000_,31,626a01(00):經にあまねく攝入する意は、念佛に對して廢せんがた 0000_,31,626a02(00):めなりと。公胤これをつたへ聞て、脣を閇てものいは 0000_,31,626a03(00):ず 0000_,31,626a04(00):園城寺公胤大僧正、淨土決疑鈔を造るの圖 0000_,31,626a05(00):順德院處胎の間、或時、公胤は加持のため、聖人は 0000_,31,626a06(00):説戒のために、おなじく參ず。奉行人遲參によりて、 0000_,31,626a07(00):事いまだをこなはれざる以前に、不慮に二人一處に參 0000_,31,626a08(00):會して、しばしば淨土の法門を談じ.兼て諸事にわた 0000_,31,626a09(00):る 0000_,31,626a10(00):公胤大僧正と共に參内邂逅の圖 0000_,31,626a11(00):公胤、坊に歸て後、弟子等に語て云、今日法然房に 0000_,31,626a12(00):對面して二の所得あり。一にはいまだきかざることを 0000_,31,626a13(00):きく。二にはもとしれることのひがめるをあらたむ。 0000_,31,626a14(00):實の宏才也けり。見立たる所の淨土の法門聖意に違すべ 0000_,31,626a15(00):からず。彼聖人の義をそしれるは大なる過なりといひ 0000_,31,626b16(00):て、すなはち淨土決疑鈔を燒をはりぬ 0000_,31,626b17(00):公胤淨土決疑鈔を燒くの圖 0000_,31,626b18(00):抑一向專修の義を難ずることは公胤のみにあらず。 0000_,31,626b19(00):餘人又難じて云、たとひ諸行往生をゆるすとも、往生 0000_,31,626b20(00):のさはりとなるべからず。何強に一向專念といふや。 0000_,31,626b21(00):おほきなる偏執也云云。聖人これを聞て云、如斯難ず 0000_,31,626b22(00):る者は、淨土の宗義をしらざるものなり。其故は、釋 0000_,31,626b23(00):尊は一向專念無量壽佛ととき、善導和尚は一向專稱彌 0000_,31,626b24(00):陀佛名と釋したまへり。經釋如此。源空もし經釋をは 0000_,31,626b25(00):なれて、わたくしに義をたてば、まことに責るところ 0000_,31,626b26(00):のごとし。若人一向專念の義を難ぜんとおもはば、釋 0000_,31,626b27(00):尊善導を難ずべし。その過またく我身にあらずと云云 0000_,31,626b28(00):又人難じて云、諸敎所讃多在彌陀なるがゆへに、諸宗 0000_,31,626b29(00):の人師かたはらに彌陀をほめ、あまねく淨土をすすむ。 0000_,31,626b30(00):このゆへに前代往生の人おほし。此宗をたてずといふ 0000_,31,626b31(00):とも、念佛往生をすすめんに、なにの不可かあらん。 0000_,31,626b32(00):ひとへにこれ勝他也と云云。上人聞て云、淨土宗をた 0000_,31,627a01(00):つる意は、凡夫の報土に生ずることをあらはさんた 0000_,31,627a02(00):めなり。其故は、天台の敎相によらば、凡夫の往生を 0000_,31,627a03(00):ゆるすといへども、身土を判ずること至てあさし。若 0000_,31,627a04(00):法相によらば、身土を判ずることふかしといへども、 0000_,31,627a05(00):凡夫の往生をゆるさず。諸敎の所談、まことに巧なり 0000_,31,627a06(00):といへども、惣て凡夫の報土に生ずることをゆるさず。 0000_,31,627a07(00):若善導和尚の釋義によりて淨土宗をたつるとき、僅に 0000_,31,627a08(00):一世の念佛力によりて、界内麁淺の凡夫忽に報土に生 0000_,31,627a09(00):ずる義、ここにあきらけし。このゆへに別して淨土宗 0000_,31,627a10(00):をたつと云云 0000_,31,627a11(00):聖人説法の圖 0000_,31,627a12(00):若又人ありて、いまたつるところの念佛往生の義、 0000_,31,627a13(00):いづれの敎、いづれの師の意ぞといはば、答べし。眞 0000_,31,627a14(00):言にあらず、天台にあらず、華嚴にあらず、三論にあ 0000_,31,627a15(00):らず、法相にあらず、ただ善導和尚の意に依て淨土宗 0000_,31,627a16(00):をたつ。和尚はまさしく彌陀の化身也。所立の義、あ 0000_,31,627a17(00):ふぐべし。信ずべし。またく源空が今案にあらずと云云 0000_,31,627b18(00):盖聞、上人黑谷の松扉を辭して吉水の草庵に住したま 0000_,31,627b19(00):ひしより以來三十餘年、ひろむるところは彌陀淨土の 0000_,31,627b20(00):法門、つとむる所は本願稱名の妙行也と。上一人椒房 0000_,31,627b21(00):よりはじめて、下、國宰黔首にいたるまで、みな他力 0000_,31,627b22(00):往生の敎風にそみ、聖衆來迎の瑞雲に乘ぜずといふこ 0000_,31,627b23(00):となし、まさにしるべし、唐家には導和尚、和國には 0000_,31,627b24(00):空聖人、それ淨土宗の元祖也。凡聖人在世の間、諸人 0000_,31,627b25(00):靈夢これおほし。或人は、上人釋迦如來也とみる。或 0000_,31,627b26(00):人は聖人彌陀如來也とみる。或人は聖人大勢至菩薩也 0000_,31,627b27(00):とみる。或人は聖人文殊師利菩薩也とみる。或人は聖 0000_,31,627b28(00):人道綽禪師也とみる。或人は善導大師也とみる。或人 0000_,31,627b29(00):は聖人大なる赤蓮華に坐して念佛したまふとみる。或 0000_,31,627b30(00):人は天童四人、聖人を圍遶して管絃遊戯したまふとみ 0000_,31,627b31(00):る。或人は聖人の吉水の禪房をみれば、瑠璃の地にし 0000_,31,627b32(00):てすきとおり、瑠璃の橋をわたせりとみる。取詮註之 0000_,31,627b33(00):如斯の奇特、夢にも覺にもこれおほし。不可稱計 0000_,31,628a01(00):聖人赤蓮華に坐し天童に圍繞せらる奇瑞の圖 0000_,31,628a02(00):聖人或時月輪殿に參じて、淨土の法門閑談數刻、座 0000_,31,628a03(00):をあたためられて退出の時、禪定殿下、庭上にくづれ 0000_,31,628a04(00):おりさせたまひて、稽首禮拜、暫ありて大に蕭然とし 0000_,31,628a05(00):て驚おきあがりてのたまはく、をのをのみずや、聖人 0000_,31,628a06(00):地上たかく、蓮華をふみて歩たまふ。又頂上に金色の 0000_,31,628a07(00):圓光あらはれて、赫奕たりと。于時傍に侍る戒心房 0000_,31,628a08(00):右京大夫入道隆信朝臣 本蓮房中納言阿闍梨尋玄二人ともにみたてまつら 0000_,31,628a09(00):ずと啓す。歸依年ふりたりといへども、彌佛想をなし 0000_,31,628a10(00):たまひけり 0000_,31,628a11(00):頭光踏蓮の奇瑞を月輪殿拜するの圖 0000_,31,628a12(00):七 0000_,31,628a13(00):聖人、淨土眞宗の興行ますます繁昌し、貴賤上下の 0000_,31,628a14(00):歸依いよいよ純熟す。爰太上天皇號後鳥羽院諱尊成 今上號土御門 0000_,31,628a15(00):院諱爲仁聖暦承元丁卯歳仲春上旬の比、南北の學徒、顯密の 0000_,31,628b16(00):棟梁、淨土の一門弘興、聖道の諸宗廢滅の因緣、この 0000_,31,628b17(00):事にあり。すべからくその根本に付て空聖人を坐すべ 0000_,31,628b18(00):しといふことを僉義しつつ、奏聞にをよぶ。そのうへ 0000_,31,628b19(00):門弟の中に不慮の無實、内内その聞ありければ、事の 0000_,31,628b20(00):計會おりふしあしくて、南北の學徒の奏事左右なく勅 0000_,31,628b21(00):許。すでに罪名の議定に及で、はやく遠流の勅宣をく 0000_,31,628b22(00):だされけり。聖人の罪名藤井元彦男、配所土左國幡多 0000_,31,628b23(00):春秋七十五、この外門徒、或は死罪、或は流罪、流罪 0000_,31,628b24(00):の人人淨聞房備後國禪光房澄西伯耆國好覺房伊豆國法本房佐渡國 0000_,31,628b25(00):成覺房幸西阿波國俗姓物部云云 善信房親鸞越後國國府罪名藤井善 0000_,31,628b26(00):信、善惠房但無動寺前大僧正被申預之 已上流罪師弟共八人。善綽房 0000_,31,628b27(00):西意於攝津國誅、佐佐木判官、不知實名沙汰 性願房、住蓮房、安樂房已上於 0000_,31,628b28(00):近江國馬淵一誅、二位法印尊長沙汰 云云 已上死罪四人。この人人誅せらる 0000_,31,628b29(00):るとき、面面に不可思議の奇瑞をあらはす。或はなが 0000_,31,628b30(00):れいづる所の血より靑蓮華出生す。或は頸おちて後、合 0000_,31,628b31(00):掌を改て念珠をくること百八の念珠をもて三反と云云 0000_,31,628b32(00):或は頭より光をはなち、おつるところの頸、高聲念佛 0000_,31,629a01(00):十餘遍、これをとなふ。或は口より蓮華出生す。種種 0000_,31,629a02(00):奇特の事等ありけりとなん 0000_,31,629a03(00):往蓮安樂の處刑と其の奇瑞の圖 0000_,31,629a04(00):承元元年三月上旬の比、聖人すでに配所に赴ましま 0000_,31,629a05(00):すべきになりければ、月輪禪定殿下の御沙汰として、 0000_,31,629a06(00):法性寺の小御堂にわたしたてまつりて逗留。をなじき 0000_,31,629a07(00):三月十六日都をいでたまふ。信濃國の住人角おりの成 0000_,31,629a08(00):阿沙彌隨蓮等、力用器量ありければ、力者の棟梁とし 0000_,31,629a09(00):て、われもわれもと六十餘人、御輿にしたがひたすけた 0000_,31,629a10(00):てまつる。既に進發のとき、信空上人密に申て云、衰 0000_,31,629a11(00):邁の身をもて遠堺の旅に出給事、忽に師といきながら 0000_,31,629a12(00):わかれなんとす。相去事幾許哉。各天の一涯にあり、 0000_,31,629a13(00):山海を隔て又ながし。音容共に今にかぎれり。再會安 0000_,31,629a14(00):相憑ん。愁らくは師、所犯なしといへども流刑の宣を 0000_,31,629a15(00):かうぶれり。跡にとどまる身のため、ひとり何の面か 0000_,31,629a16(00):あらんと云て、胸を打て歎息す。聖人云、齡すでに八 0000_,31,629b17(00):旬にせまれり。おなじ帝畿にありとも、ながくいきて 0000_,31,629b18(00):誰かみむ。但因緣つきずば何又今生の再會なからんや。 0000_,31,629b19(00):驛路はこれ聖者のゆく所なり。唐家には一行阿闍梨、 0000_,31,629b20(00):和國には役優婆塞、謫所は又權化の栖砌也。晨旦には 0000_,31,629b21(00):白樂天、吾朝には菅承相、上古の英聖猶爾なり、況末 0000_,31,629b22(00):世の愚惷哉。先蹤耳にあり、恥とするに足らず、愁と 0000_,31,629b23(00):するにをよばず。この時に當て邊鄙の群衆を化せんこ 0000_,31,629b24(00):と莫太の利生也。但いたむ所は、源空興ずる淨土の法 0000_,31,629b25(00):門は濁世衆生の決定出離の要道なるがゆへに、守護の 0000_,31,629b26(00):天等定で冥瞰をいたさん歟。若爾者、貧道が流罪、弟 0000_,31,629b27(00):子が住蓮安樂斬刑、如是の事、前代いまだきかず。事常篇 0000_,31,629b28(00):にたえたり。因果のむなしからざること、いきて世に 0000_,31,629b29(00):住せば思合べき也と云云。又率爾をかへりみず、一人 0000_,31,629b30(00):の門弟に對して一向專念の義をのべたまふ。御弟子西 0000_,31,629b31(00):阿、推參して云、如此の御義不可然おぼえ侍りと。 0000_,31,629b32(00):聖人云、汝經釋をみずやと。西阿申て云、經釋はしか 0000_,31,629b33(00):りといへども、世間の機嫌を存ずるばかりなりと。聖 0000_,31,630a01(00):人又云、我たとひ死刑にをこなはるとも、更に變ずべ 0000_,31,630a02(00):からずと云云。其氣色最熾盛也。みたてまつる諸人、 0000_,31,630a03(00):涙をながし隨喜せずといふことなし。又後に信空上人 0000_,31,630a04(00):云、先師の言相違せず、はたしてその報あり。如何者、 0000_,31,630a05(00):承久の騷亂に、東夷上都を靜謐せしとき、君は北海の 0000_,31,630a06(00):島の中にましまして、多年心をいたましめ、臣は東土 0000_,31,630a07(00):の路の頭にして一時に命をうしなふ。先言不違、後生 0000_,31,630a08(00):宜聞云云。凡念佛停廢の沙汰あるごとに凶事きたらず 0000_,31,630a09(00):といふことなし。人みなこれをしれり。羅縷にあたは 0000_,31,630a10(00):ず、筆端に載がたし。然而前事のわすれざるは後事の 0000_,31,630a11(00):師也といふをもてのゆへに、世のため人のため、憚あ 0000_,31,630a12(00):るに似たれども、聊これを記す 0000_,31,630a13(00):力者法性寺小御堂に參勤と遠流への首途の圖 0000_,31,630a14(00):聖人都を出たまふ日、公全律師聖信上人是也。も、配所肥後國云云。 0000_,31,630a15(00):におもむきけるが、律師の船はさきに出けるが、聖人 0000_,31,630a16(00):くだらせたまふと聞て、しばらくをさへて、聖人の御 0000_,31,630b17(00):船にのりうつりて恩顏にむかひて落涙千行萬行なり。 0000_,31,630b18(00):聖人は念佛して詞もいだしたまはず。ただうちゑみた 0000_,31,630b19(00):まふばかりなり。さるほどに律師の船よりとくとくと 0000_,31,630b20(00):すすめれば、餘波おほくて、もとの船にのりてけり 0000_,31,630b21(00):聖信上人と共に船出の圖 0000_,31,630b22(00):住蓮、安樂等の四人は、物悤の沙汰にて左右なく誅 0000_,31,630b23(00):せられをはりぬ。其外なを死罪あるべしなどきこえけ 0000_,31,630b24(00):る中に、善信上人も死罪たるべきよし風聞す。それ彼 0000_,31,630b25(00):上人は、いまだ宿老にをよばずといへども、師の提携 0000_,31,630b26(00):にもたへ、宗の奧義をも傳て、世譽等倫にこえ、智德 0000_,31,630b27(00):諸方にあまねかりければにや、兼て天聽にそなはり、 0000_,31,630b28(00):先て雲上にきこゆ。まめやかに德用やはたしけん、君 0000_,31,630b29(00):臣ともに猶豫のうへ、六角前中納言親經卿、年來一門 0000_,31,630b30(00):の好を通ぜられけるが、おりふし八座にて、議定の砌 0000_,31,630b31(00):に烈て申宥られけるによりて、遠流にさだまりにけり。 0000_,31,630b32(00):則配所越後國國府に赴まします。彼黄門侍郞は家門累代 0000_,31,631a01(00):の正統、朝廷無雙の忠臣にて、才藝和漢にわたり、勤 0000_,31,631a02(00):勞寄をもし。内外の兩典をかんがへ、古今の蹤跡を訪 0000_,31,631a03(00):て、諸卿の意見を申破られける。ゆゆしくきこえける 0000_,31,631a04(00):となん 0000_,31,631a05(00):宮中僉議の圖 0000_,31,631a06(00):聖人、攝津國經島に一宿したまひければ、村里の男 0000_,31,631a07(00):女老若まいりあつまりけり。其時、念佛のすすめいよ 0000_,31,631a08(00):いよひろく、上下結綠かずをしらず。この島は、六波 0000_,31,631a09(00):羅の大相國淸盛公一千部の法華經を石の面にかきて、 0000_,31,631a10(00):おほくの上船をたすけ、人のなげきをやすめんために 0000_,31,631a11(00):つきはじめられけり。いまにいたるまで、くだる船に 0000_,31,631a12(00):はかならず石をひろひてをくならひなり。利益まこと 0000_,31,631a13(00):にかぎりなき所なり 0000_,31,631a14(00):經島にて庶民敎化の圖 0000_,31,631a15(00):室の泊に付給ければ、遊君どもまいりあつまりて、 0000_,31,631a16(00):往生極樂の道、われもわれもとたづね申けり。昔小松天 0000_,31,631b17(00):皇光孝天皇是也八人の姫宮を七道につかはしけるより、遊 0000_,31,631b18(00):君いまにたえず。或時、天王寺の別當僧正行尊拜堂の 0000_,31,631b19(00):ためにくだられける日、江口神崎の遊女、船をちかく 0000_,31,631b20(00):さしよせければ、僧の、御船にみぐるしくといひけれ 0000_,31,631b21(00):ば、神樂をうたひいだし侍りける。有漏地より無漏地 0000_,31,631b22(00):にかよふ釋迦だにも羅睺羅が母はありとこそきけと。 0000_,31,631b23(00):僧正めでてさまざまの纏頭し給けり。中比の事にや。 0000_,31,631b24(00):少將の上人中河本願實範ときこえし人、彼泊をこぎすぎた 0000_,31,631b25(00):まふことありけるに、遊女船をさしうかべてくらきよ 0000_,31,631b26(00):りくらきみちにぞ入ぬべき、はるかにてらせ山のはの 0000_,31,631b27(00):月と、くりかへしくりかへし三遍うたひて、こぎかへりける 0000_,31,631b28(00):こそ哀におぼえ侍れ。又同泊の長者とねぐろ、病に沈 0000_,31,631b29(00):けるとき最後の今樣に、なにしに我身のおひにけん、 0000_,31,631b30(00):おもへばいとこそかなしけれ、今は西方極樂の、彌陀 0000_,31,631b31(00):のちかひをたのむべしと、うたひければ、紫雲海にそ 0000_,31,631b32(00):びき、音樂松にこたへて、往生を遂けり。古もこの泊 0000_,31,631b33(00):には、かかるためしども侍れば、いまもこの聖人にみ 0000_,31,632a01(00):ちびかれたてまつらんことうたがひなしとて、よろこ 0000_,31,632a02(00):びつつまいりける中に、修行者一人あり、問たてまつ 0000_,31,632a03(00):りて云、至誠等の三心を具し候べきやうは、いかがお 0000_,31,632a04(00):もひさだめ侍るべきと。聖人答て云、三心を具するこ 0000_,31,632a05(00):とは、ただ別の様なし。阿彌陀佛の本願に、我名號を 0000_,31,632a06(00):稱念せば、かならず引接せんとおほせられたれば、決 0000_,31,632a07(00):定して攝取せられたてまつるべしとふかく信じて、こ 0000_,31,632a08(00):ころに念じくちに稱するに、ものうからず、すでに往 0000_,31,632a09(00):生うちかためたるおもひをなして、歡喜のしるしには 0000_,31,632a10(00):南無阿彌陀佛南無阿彌陀佛ととなへゐたれば、自然に 0000_,31,632a11(00):三心具足のいはれあるなり。三心とはただ本願をうた 0000_,31,632a12(00):がはざる一心をいふなり。わづらはしく三の心をほか 0000_,31,632a13(00):にもとむべきにはあらざるなり。また在家無智の輩は 0000_,31,632a14(00):さほどまでおもはねども、念佛申ものは極樂にむまる 0000_,31,632a15(00):なればとて、つねに念佛をだにまふせば、三心は具足 0000_,31,632a16(00):するなり。さればこそ、いふにかひなきものどもの中 0000_,31,632a17(00):にも、神妙の往生はする事にてあれ、ただうらうらと 0000_,31,632b18(00):本願をたのみて、南無阿彌陀佛と稱すべきなりと、修 0000_,31,632b19(00):行者領解しつつ、隨喜ふかかりけり 0000_,31,632b20(00):室の泊にて遊君など敎化の圖 0000_,31,632b21(00):聖人の配所は、土左國とさだめられけれども、讃岐國 0000_,31,632b22(00):塩飽庄は御領なりければ、月輪禪定殿下の御沙汰にて 0000_,31,632b23(00):ひそかに彼所へぞうつしたてまつられける。彼庄の預 0000_,31,632b24(00):所、駿河守高階の時遠入道西仁か館に寄宿、御敎書の 0000_,31,632b25(00):旨、等閑ならざれば、なじかは疎にしたてまつるべき。 0000_,31,632b26(00):きらめきもてなしたてまつる。温室結構し、美膳調味 0000_,31,632b27(00):しつつ、其間の經營いかにかなとぞ振舞ける。近國遠 0000_,31,632b28(00):郡の上下、傍庄隣鄕の男女群集して、世尊のごとくに 0000_,31,632b29(00):歸敬したてまつりけり。一向專念なるべきやうをよみ 0000_,31,632b30(00):たまひける歌 0000_,31,632b31(00):阿彌陀佛といふよりほかは攝津國のなにはの 0000_,31,632b32(00):こともあしかりぬべし 0000_,31,632b33(00):又法門のついでに、くちすさびたまひける句に云、 0000_,31,633a01(00):名利は生死のきづな、三途の鐵網にかかる、稱名は往 0000_,31,633a02(00):生のつばさ、九品の蓮臺にのぼる 0000_,31,633a03(00):時遠入道西仁、問たてまつりて云、自力他力といふ 0000_,31,633a04(00):こといかが心得侍るべき。答て云、源空は殿上へまい 0000_,31,633a05(00):るべき器量にてはなけれども、上よりめせば二度まで 0000_,31,633a06(00):まいりたりき。これは、わがまいるべき式にてはなけ 0000_,31,633a07(00):れども、上の御力なり。まして阿彌陀佛の御力にて稱 0000_,31,633a08(00):名の願にこたへて引接せさせたまはむ事を、なにの不 0000_,31,633a09(00):審かあらん。自身の罪をもければ、無智なれば佛もい 0000_,31,633a10(00):かにしてすくひたまはんなどおもはんは、つやつや佛 0000_,31,633a11(00):の願をしらざる人なり。かかる罪人をやすやすとたす 0000_,31,633a12(00):けんれうにおこしたまへる本願の名號をとなへながら 0000_,31,633a13(00):ちりばかりもうたがふこころあるまじきなり。十方衆 0000_,31,633a14(00):生の願の中には、有智無智、有罪無罪、善人惡人、持 0000_,31,633a15(00):戒破戒、男子女人、三寶滅盡ののちの百歳までの衆生 0000_,31,633a16(00):みなこもれり。かの三寶滅盡の時の念佛者にくらぶれ 0000_,31,633a17(00):ば、當時のわ入道などは佛のごとし。かの時は人壽わ 0000_,31,633b18(00):づかに十歳、戒定惠の三學、名をだにもきかず。いふ 0000_,31,633b19(00):ばかりもなきものどもの來迎にあづかるべき道理をし 0000_,31,633b20(00):りながら、わが身のすてられたてまつるべきやうをば 0000_,31,633b21(00):いかがしてあんじいだすべき。ただ極樂のねがはしく 0000_,31,633b22(00):もなく、念佛の申されざらむのみこそ、往生のさはり 0000_,31,633b23(00):にてはあるべけれ。かるがゆへに、他力の本願とも、 0000_,31,633b24(00):超世の悲願ともまふすなりと。時遠入道、いまこそ心 0000_,31,633b25(00):得侍りぬれとて、手をあはせてよろこびけり 0000_,31,633b26(00):塩飽庄高階邸にて歡待うけらるの圖 0000_,31,633b27(00):八 0000_,31,633b28(00):御弟子等、いざや當國にきこゆる松山みんとてゆき 0000_,31,633b29(00):ければ、聖人もわたり給けり。眺望のいとおもしろさ 0000_,31,633b30(00):に、人人一首の歌よみけるに、聖人 0000_,31,633b31(00):いかにしてわれ極樂にむまれまし彌陀のちか 0000_,31,633b32(00):ひのなき世なりせば 0000_,31,633b33(00):人人この御詠こころえられず、當所の景氣、若はひ 0000_,31,634a01(00):なのすまひなどこそ、あらはしたく侍れ、これは其儀 0000_,31,634a02(00):もなしと難じ申ければ、さもあらばあれ、地形其興を 0000_,31,634a03(00):もよほすに、心のいみじくすめば、かくいはるるなり 0000_,31,634a04(00):とおほせられければ、みな泣にけり 0000_,31,634a05(00):松山にて觀櫻の圖 0000_,31,634a06(00):聖人、淨土の法門興行に付て、諸宗の學者、邪幢を 0000_,31,634a07(00):ささげて吹毛の咎をうたへ、萬乘の至尊、虚名により 0000_,31,634a08(00):て師弟の斷罪にをよぶ。然而、智德四海にうるひ 0000_,31,634a09(00):行學一朝にあまねかりしかば、片州に身ををへんこと 0000_,31,634a10(00):佛陀の冥鑒そのはばかりありとて、いそぎ召かへさる 0000_,31,634a11(00):べきよしきこえけり。されどもやがて其沙汰もなし。 0000_,31,634a12(00):そののち承元三年八月の比、まづ攝津國勝尾山にうつ 0000_,31,634a13(00):さる。かしこは勝如上人往生の瑞地、幽閑無雙の靈寺 0000_,31,634a14(00):也。當山の住侶念佛を修し、諸方の老若淨土に歸しけ 0000_,31,634a15(00):れば、このところの利生又大切なりとて、をのづから 0000_,31,634a16(00):二とせの春秋をぞをくりたまひける 0000_,31,634b17(00):恩免を蒙り攝津勝尾山へ隱棲の圖 0000_,31,634b18(00):當山に一切經ましま
ざるよしきこえければ、興隆 0000_,31,634b19(00):のためにとて、聖人所持の經論をわたしたまふに、寺 0000_,31,634b20(00):内の衆徒上下七十餘人、むかへたてまつらんために參 0000_,31,634b21(00):向す。古老の住侶等、隨喜悦譽して、寶蓋をささげ花 0000_,31,634b22(00):香を供して、賞翫きはまりなかりけり。剩安居院の法 0000_,31,634b23(00):印聖覺を請して、唱導の師として開題供養ありけり。 0000_,31,634b24(00):其詞に云、今一代を分別するに二種あり、一には聖道、 0000_,31,634b25(00):二には淨土なり。彼聖道門といふは、智惠を極て生死 0000_,31,634b26(00):をはなる。今淨土門といふは、愚癡にかへりて極樂に 0000_,31,634b27(00):むまる。二門共に一佛の所説也といへども、廢立參差 0000_,31,634b28(00):し、天地懸隔也。是則大聖の善巧利生方便也。常途の 0000_,31,634b29(00):敎義をもて、猥く難ずべからず。それ愚癡にかへると 0000_,31,634b30(00):云は、法藏比丘の昔の時、成就衆生の願を立たまひし 0000_,31,634b31(00):おり、都て罪障深重のたぐひ、濁世末代の愚鈍の族、 0000_,31,634b32(00):生死の盡期なからんことをふかく悲て、五劫思惟の室 0000_,31,635a01(00):の内に觀念坐禪布施持戒の煩しきもろもろの行を閣て 0000_,31,635a02(00):
行易修の稱名をもて本願として、あまねく一切の下 0000_,31,635a03(00):機に應じたまへり。一念なを得生の業なり、況多念を 0000_,31,635a04(00):や。五逆むねと正機なり、況輕罪の人をや。因之超世 0000_,31,635a05(00):の誓願となづけ、又は不共の利生と稱す。ふかく其願 0000_,31,635a06(00):を信じて名號を稱念すれば、智惠愚癡を論ぜず、持戒 0000_,31,635a07(00):破戒をきらはず、十は十ながらむまれ、百は百ながら 0000_,31,635a08(00):むまる。加之釋迦慇懃の附屬、諸佛一味の證誠は、た 0000_,31,635a09(00):だ名號にかぎりて觀佛に通ぜず。指方立相して、敢て 0000_,31,635a10(00):ふかきことはりをあかさず、無智の義文、ことはり必 0000_,31,635a11(00):然也。只信じて行ずる外には、義なきをもて義とす。 0000_,31,635a12(00):但もとより智惠ありて、彌陀の内證外用の功德、極樂 0000_,31,635a13(00):の地下地上の莊嚴等を、これを觀ぜんをば、かならず 0000_,31,635a14(00):しも遮せず。いま論ずるところは、義理觀念をもて宗 0000_,31,635a15(00):として、但信稱名の行者を、かたくなはしくこれを非 0000_,31,635a16(00):するを解するなり。かの聖道門の先德明哲、淨土門に 0000_,31,635a17(00):入て宗の意をあきらめて、その心をえては、本願の奧 0000_,31,635b18(00):旨、往生の正業、併口稱念佛なりとみ披たるうへは、 0000_,31,635b19(00):淨土經所説の觀佛三昧すら、なをもて癈す。いかにい 0000_,31,635b20(00):はむや他宗のふかき觀にをきてをや。ただ稱名の外に 0000_,31,635b21(00):は、その他事をわする。その體、惘然として、すなは 0000_,31,635b22(00):ち愚癡に似たり。かるがゆへに淨土の機は愚癡にかへ 0000_,31,635b23(00):るとは云也。それ八萬法藏は八萬の衆類をみちびき、 0000_,31,635b24(00):一實眞如は一向專稱をあらはす所也。用明天皇の儲君 0000_,31,635b25(00):御誕生に南無佛ととなへたまふ。その名をあらはさず 0000_,31,635b26(00):といへども、心は彌陀の名號也。慈覺大師の傳燈は、 0000_,31,635b27(00):經文をひきて寶池の波に和し、空也上人の念佛常行は 0000_,31,635b28(00):聲をたてて德をあらはし、永觀律師の往生の式は、七 0000_,31,635b29(00):門を開て一偏につかす。良忍上人の融通念佛は、神祇 0000_,31,635b30(00):冥道には勸たまへども、凡夫の望はうとうとし。爰我 0000_,31,635b31(00):大師法主聖人、行年四十三より念佛門に入て、あまね 0000_,31,635b32(00):くひろめたまふに、天子の嚴き玉の冠を西にかたぶけ 0000_,31,635b33(00):月卿のかしこき金の釵を西にただしくす。皇后の媚た 0000_,31,635b34(00):るは、韋提希の跡ををひ、傾城の好は、五百の侍女を 0000_,31,636a01(00):まなぶ。しかるあひだ富はをごりてもてあそび、貧は 0000_,31,636a02(00):なげきて友とす。農夫は鋤をもて數をしり、驛路は念 0000_,31,636a03(00):佛をもて鳥に擬し、舷をたたく海上には念佛をもて魚 0000_,31,636a04(00):をつり、鹿をまつ木下には念佛をもてひづめをとる。 0000_,31,636a05(00):雪月花をみるひとは、西樓に目をかけ、琴詩酒にふけ 0000_,31,636a06(00):る輩は、西の枝の梨をおる。彌陀をあがめざるをば瑕 0000_,31,636a07(00):瑾とし、念珠をくらざるをぱ恥辱とす。花族英才なり 0000_,31,636a08(00):といへども、念佛せざるをばおとしめ、乞丐非人なり 0000_,31,636a09(00):といへども、念佛するをぱもてなす。故に八功德水の 0000_,31,636a10(00):うへには、念佛の蓮池にみち、三尊來迎のいとなみに 0000_,31,636a11(00):は、紫臺をさしをく隙なし。加之我等が念佛せざるは 0000_,31,636a12(00):彼池の荒廢也。我等が欣求せざるは、その國の愁訴也。 0000_,31,636a13(00):國のにぎはひ佛のたのしみ、稱名をもてさきとす。人 0000_,31,636a14(00):のねがひ我ねがひ、念佛をもて職とす。仍當座の愚昧 0000_,31,636a15(00):公請に仕てかへる夜は、念佛を唱て枕とし、私宅をい 0000_,31,636a16(00):でてわしる日は、極樂を念じて車をはす。これみな聖 0000_,31,636a17(00):人の敎誡、過去の宿善にあらずや。たづねみれば彌陀 0000_,31,636b18(00):はすなわち、應聲來現の如來、受用智惠の眞身也。名 0000_,31,636b19(00):號は又五劫思惟の肝心、願行所成の惣體也。故にこれ 0000_,31,636b20(00):を信じて稱念すれば、念念に八十億劫の生死の罪を 0000_,31,636b21(00):滅し、聲聲に無上の大利を獲得す。このゆへに念佛の 0000_,31,636b22(00):衆生は、一世に則相好の業因をうへ、現身に飽まで福 0000_,31,636b23(00):智の資糧を蓄て、愚癡暗鈍の凡夫なれども、裏には六 0000_,31,636b24(00):度萬行を修する菩薩とおなじ。もししからずば、爭か 0000_,31,636b25(00):有漏の穢土をいでて、無爲の報國にまいりて、凡夫の 0000_,31,636b26(00):性をすてて、直に法性の身を證せんや。定で知ぬ、彌 0000_,31,636b27(00):陀の本願といふは萬機を名號の一願におさめ、千品を 0000_,31,636b28(00):口稱の十念にむかへ、おなじく寶池の蓮に託生せしめ 0000_,31,636b29(00):共に無生の益を證得す。五逆をもきらはず、謗法もす 0000_,31,636b30(00):てず、しるべしとて、鼻をかみとどこほりければ、寺 0000_,31,636b31(00):僧結衆、涙をながし袖をしぼりけり。昔戒成王子の大 0000_,31,636b32(00):般若供養には、草木悉靡けり。今聖人念佛の勸進には 0000_,31,636b33(00):道俗みな淨土をねがひけり 0000_,31,636b34(00):一切經開顯供養の圖 0000_,31,637a01(00):龍顏逆麟の欝をやめて、鳳城還住の宣を下されけれ 0000_,31,637a02(00):ば、建暦元年辛酉十一月十七日に入洛す。宣旨に云、左 0000_,31,637a03(00):辨官下、土左國、早可召歸流人藤井元彦男、右件元彦、 0000_,31,637a04(00):去承元元年三月日、配流土左國而今依有所念行被 0000_,31,637a05(00):召歸者某奉勅宣宜承知依宣行之。建暦元年八月日 0000_,31,637a06(00):左大史小槻宿禰國實辨云云。院宣は權中納言藤原光親 0000_,31,637a07(00):卿或岡崎中納言範光卿云云書下されけり。これによりて、聖人歸京 0000_,31,637a08(00):のよしののしりければ、一山みななごりをおしみつつ 0000_,31,637a09(00):をくりたてまつりけり 0000_,31,637a10(00):京洛へ還歸の圖 0000_,31,637a11(00):聖人京着ののちは、洛陽東山大谷に居たまひて、な 0000_,31,637a12(00):を淨土の法門興行、いにしへにたがはず。諸方の歸依 0000_,31,637a13(00):いやめづらなり。吉水の前大僧正慈圓慈鎭和尚是也の御沙汰に 0000_,31,637a14(00):てすへたてまつられけるとぞ。昔釋尊、忉利の雲より 0000_,31,637a15(00):下たまひしかば人天大會よろこびをがみたまつりき。 0000_,31,637a16(00):いま聖人、南海の浪にさかのぼりたまへば、道俗男女 0000_,31,637b17(00):供養をのぶ。貴賤群集すること一日一夜のうちに一千餘 0000_,31,637b18(00):人と云云。このとき人ありて、法門たづね申けるに、 0000_,31,637b19(00):おほせられて云、決定往生の人にとりて、二人のしな 0000_,31,637b20(00):あるべし。一には身に威儀をそなへ、口には念佛を相 0000_,31,637b21(00):續し、心には本誓を仰で、四威儀の振舞に付て遁世の 0000_,31,637b22(00):相をあらはし、三業の所爲出要に備たり。外に賢善精 0000_,31,637b23(00):進の相あれども、内に愚癡懈怠の心なく、行儀をもか 0000_,31,637b24(00):かず、渡世をもうかがはず、心かたましくして、利養 0000_,31,637b25(00):をへつらふこともなく、名聞のおもひもなく、貪瞋邪 0000_,31,637b26(00):僞もなく、姧詐百端もなく、雜毒のけがれもなく、不 0000_,31,637b27(00):可の失もなく、まことに外儀も精進に、内心も賢善に 0000_,31,637b28(00):内外相應して一向に往生を
がふ人もあり。これ決定 0000_,31,637b29(00):往生の人なり。かかる上根の後世者は末代にまれなる 0000_,31,637b30(00):べし。二には外にたうとくいみじき相をもほどこさず 0000_,31,637b31(00):内に名利の心もなく、三界をふかくうとみて、いとふ 0000_,31,637b32(00):こころ肝にそみ、淨土をこひねがふこころ髓にとおり 0000_,31,637b33(00):本願を信知して胸のうちに歡喜し、往生をねがひて念 0000_,31,638a01(00):佛ををこたらず。外には世間にまじはりて世路をわし 0000_,31,638a02(00):り、在家にともなひて利養にかたどり、妻子に隨逐し 0000_,31,638a03(00):て、行儀さらに遁世のふるまひならず。しかりといへ 0000_,31,638a04(00):ども、心中には往生のこころざし片時もわすれがたく 0000_,31,638a05(00):身口の二業を意業にゆづり、世路のいとなみを往生の 0000_,31,638a06(00):資糧とあてがひ、妻子眷屬を知識の同行とたのみて、 0000_,31,638a07(00):よはひの日日にかたぶくをば、往生のやうやくちかづ 0000_,31,638a08(00):くぞとよろこび、命の夜夜におとろふるをば、穢土の 0000_,31,638a09(00):やうやくとをざかるぞとこころえ、命のをはらん時を 0000_,31,638a10(00):生死のをはりとあてがひ、形をすてん時を苦惱のをは 0000_,31,638a11(00):りと期し、佛はこの時に現前せんとちかひて、影向を 0000_,31,638a12(00):柴の樞にたれ、行者はこの時ゆかんと期して、結跏を 0000_,31,638a13(00):觀音の蓮臺にまつ。このゆへにいそがしきかな往生、 0000_,31,638a14(00):とくこのいのちのはてねかし。こひしきかな極樂、は 0000_,31,638a15(00):やくこの命のたえねかし。くやしきかなわが心、生死 0000_,31,638a16(00):のひとやを栖として、惡業のためにつかはるること。 0000_,31,638a17(00):うれしきかなわが心、無爲の城にかへり行て、四生の 0000_,31,638b18(00):あるじとあふがれんこと。かやうに心のうちをすまし 0000_,31,638b19(00):て廢忘することなく、たとひ緣にあへば、よろこびも 0000_,31,638b20(00):あり、うれへもあり、おかしきこともあり、はづかし 0000_,31,638b21(00):き事もあり、いとおしきこともあり、ねたきこともあ 0000_,31,638b22(00):り、かやうの事あれども、これは一旦の夢のあひだの 0000_,31,638b23(00):穢土の習と心えて、これがためにまぎらかされず、い 0000_,31,638b24(00):よいよいとはしく、旅のみちにあれたるやどにとどま 0000_,31,638b25(00):りて、あかしかねたる心地して、よそめはとりわき後 0000_,31,638b26(00):世者ともしられず、よの中にまぎれて、ただ彌陀の本 0000_,31,638b27(00):願に乘じて、ひそかに往生する人あり。これはまこと 0000_,31,638b28(00):の後世者なるべし。時機相應したる決定往生の人なり 0000_,31,638b29(00):この二人の心だてを彌陀は至心とをしへ、釋迦は至誠 0000_,31,638b30(00):心ととき、善導は眞實心と釋したまへりとぞ 0000_,31,638b31(00):吉水の庵室に入らるの圖 0000_,31,638b32(00):聖人或時大谷の坊にて、西の方はるかに眺望したま 0000_,31,638b33(00):ひつつ、くちずさませたまひける歌 0000_,31,639a01(00):しばの戸にあさゆふかかるしら雲をいつむら 0000_,31,639a02(00):さきのいろとみなさん 0000_,31,639a03(00):大谷の坊にて詠歌の圖 0000_,31,639a04(00):同二年正月二日より、老病不食、ことに増氣せり。 0000_,31,639a05(00):すべてこの三四年、耳目惽暗として、色をみこゑをき 0000_,31,639a06(00):くこと、ともにつまびらかならず。而に終焉の期にの 0000_,31,639a07(00):ぞみて二根明利なること昔にたがはず、餘言をまじへ 0000_,31,639a08(00):ず、ひとへに往生の事を談じ、高聲念佛たゆることな 0000_,31,639a09(00):し。同三日、或御弟子問て云、今度の往生決定歟。答 0000_,31,639a10(00):て云、我もと極樂にありし身なれば、定てかへりゆく 0000_,31,639a11(00):べしと。或時又弟子に告て云、我本天竺にありて、聲聞 0000_,31,639a12(00):僧に交て、頭陀を行じて化度せしめき。今粟散片州の 0000_,31,639a13(00):堺に生を受て念佛宗をひろむ。衆生化度のために此界に 0000_,31,639a14(00):たびたび來き。十一日の辰尅に、聖人起居て高聲念佛 0000_,31,639a15(00):したまふ。聞人みな歡喜の涙をながす。弟子等に告て 0000_,31,639a16(00):のたまはく、高聲念佛すべしと。阿彌陀佛顯現したま 0000_,31,639a17(00):ふなり。この佛の名號を稱すれば本願力によるがゆへ 0000_,31,639b18(00):に、一人も往生せずといふことなしと云て、念佛の功 0000_,31,639b19(00):德を讃嘆し、彌陀の本誓を宣説したまふこと、宛も昔 0000_,31,639b20(00):のごとし。聖人又云、觀音勢至等の菩薩聖衆、現前し 0000_,31,639b21(00):たまへり。をのをのおがみたてまつるやいなやと。弟 0000_,31,639b22(00):子等おがみたてまつらずと云云。これをききていよい 0000_,31,639b23(00):よ念佛すべしとすすめたまふ。又三尺の彌陀の像を病 0000_,31,639b24(00):床の右にすへたてまつりて、此佛拜したまふべしと。 0000_,31,639b25(00):ときに聖人、指をもて空をさしてのたまはく、この佛 0000_,31,639b26(00):の外にまた佛おはします。おがむやと。すなはちかた 0000_,31,639b27(00):りていはく、凡この十餘年より以來、念佛功積て極樂 0000_,31,639b28(00):の莊嚴をよぴ佛菩薩をみたてまつることこれ常恆の事 0000_,31,639b29(00):なり。然而人にこれをいはず。いま終焉ちかきにあり、 0000_,31,639b30(00):故にこれをしめす。又御弟子等、佛の御手に五色の糸 0000_,31,639b31(00):をかけて、これとりたまへと。聖人云、かくのごとき 0000_,31,639b32(00):のことは、これ常の人にとりてのことなり、我身にを 0000_,31,639b33(00):きては不可然とて、つゐに取たまはず、廿日の巳時に 0000_,31,639b34(00):紫雲房の上に垂布せり。其中に圓形の雲あり、繪像の 0000_,31,640a01(00):圓光のごとくして五色鮮潔なり、路次往反の人、處處 0000_,31,640a02(00):にこれをみる。弟子まふさく、このうへに奇雲まさに 0000_,31,640a03(00):つらなれり。往生のちかづきたまへるかと。聖人きき 0000_,31,640a04(00):てのたまはく、哀哉哀哉、我往生の瑞相は、ただ一切 0000_,31,640a05(00):衆生をして念佛を信ぜしめんがためなりと。未時にあ 0000_,31,640a06(00):たりて、ことに目をひらきて西方へみをくりたまふこ 0000_,31,640a07(00):と五六遍、そのとき看病の人、問て云、佛のあらはれ 0000_,31,640a08(00):たまふかと。答て云、爾也と。おほよそ明日往生のよ 0000_,31,640a09(00):し、夢想の告によりて驚來て終焉にあふもの五六許輩 0000_,31,640a10(00):也。かねて往生の告をかふる人人、前權右中辨藤原兼 0000_,31,640a11(00):隆朝臣、權律師隆寬、白河准后宮女房、別當入道惟方卿、尼念阿彌陀佛、坂東尼、陪從信賢、祗陀林經師、 0000_,31,640a12(00):一切經谷住僧大進公、薄師眞淸、水尾山樵夫、このほか紫 0000_,31,640a13(00):雲をみる人、數をしらず。又彌陀の三尊、紫雲に乗じ 0000_,31,640a14(00):て來現したまふをみる人人、信空上人、隆寬律師、證 0000_,31,640a15(00):空上人、空阿彌陀佛、定生房、勢觀房。又七八年さき 0000_,31,640a16(00):だちて兼隆朝臣夢にみる。聖人御臨終には、光明遍照 0000_,31,640b17(00):の四句の文を唱たまふべしと。爰聖人廿三日以後三日 0000_,31,640b18(00):三夜、或は一時、或は半時、高聲念佛不退のうへ、こ 0000_,31,640b19(00):とに廿四日の酉尅より廿五日の巳尅にいたるまでは、 0000_,31,640b20(00):高聲念佛體を責て無間なり、無餘なり。弟子五六人、 0000_,31,640b21(00):番番に助音す。助音の人人は窮屈にをよぶといへども 0000_,31,640b22(00):暮齢病惱の身、勇猛なることは奇特の事也。まさしく 0000_,31,640b23(00):最後廿五日午正中にのぞむとき、年來所持の慈覺大師の九帖 0000_,31,640b24(00):の袈裟をひきかけて、光明遍照十方世界、念佛衆生攝 0000_,31,640b25(00):取不捨の文を誦して頭北面西にして念佛の息絶畢ぬ。 0000_,31,640b26(00):音聲止て後、猶脣舌をうごかすこと十餘遍也。于時春 0000_,31,640b27(00):秋滿八十、夏臈六十六、身體柔軟にして容貌つねのご 0000_,31,640b28(00):とし。惠燈すでにきえ、法舟又没すとかなしみあへる 0000_,31,640b29(00):ことかぎりなし。音樂窓にひびく。歸佛歸法の耳をそ 0000_,31,640b30(00):ばだて、異香室にみてり。信男信女の袂に薫ず。或は 0000_,31,640b31(00):紫雲を拜する人、或は靈夢を感ずる輩不可勝計。筆墨 0000_,31,640b32(00):にひまなく、委註にあたはず。三春何なる比ぞ、釋尊 0000_,31,640b33(00):滅をとなへ聖人滅をとなふ。彼は二月中旬の五日、是 0000_,31,641a01(00):は正月下旬の五日。八旬何なる年ぞ、釋尊滅をとなへ 0000_,31,641a02(00):聖人滅をとなふ。彼も八旬也、是も八旬也 0000_,31,641a03(00):聖人の病臥、臨終來迎と諸奇瑞を仰ぐの圖 0000_,31,641a04(00):伏以釋尊圓寂の月にすすめること一月、荼の煙こ 0000_,31,641a05(00):となりといへども、彌陀感應の日にしりぞくこと十日 0000_,31,641a06(00):利生の風これ同哉。觀音垂迹の濟度、勢至方便の善巧 0000_,31,641a07(00):以如斯。悲哉貴賤哀慟して考妣を喪せるがことし。弟子 0000_,31,641a08(00):等哽絶して坊の東に埋畢ぬ 0000_,31,641a09(00):遺骸を埋葬の圖 0000_,31,641a10(00):九 0000_,31,641a11(00):門弟等、常の式に任て中陰の勤行心肝をくだき、七 0000_,31,641a12(00):日ごとに供佛施僧のいとなみ傍例のごとし 0000_,31,641a13(00):初七日 不動尊 導師信蓮房、施主大宮入道、前内府 0000_,31,641a14(00):被棒諷誦云、夫以先師在生之昔、弟子遁朝之暮、凝一 0000_,31,641a15(00):心精進之誠受十重清淨之戒故憑濟度於彼岸敬修諷 0000_,31,641a16(00):誦於此砌莫嫌小善根必爲大因緣早爲飾蓮臺之妙果 0000_,31,641b17(00):云所叩蒲牢之逸韻矣。敬白。建暦二年二月日とぞ 0000_,31,641b18(00):かかれける 0000_,31,641b19(00):二七日普賢菩薩導師求佛房 0000_,31,641b20(00):建暦二年二月三日の夜、入道別當惟方卿の娘粟田口 0000_,31,641b21(00):の禪尼の夢にみるやう、聖人殯葬のところに詣たれば 0000_,31,641b22(00):八蟠宮の御戸を聞かとおほゆ。御正體等その内におは 0000_,31,641b23(00):しますとみるに、さては聖人の葬送のところにはあら 0000_,31,641b24(00):ず、八蟠宮なりけりとおもふほどに、傍の人云、彼御 0000_,31,641b25(00):正體をさして、あれこそ法然聖人御房の御正體よとい 0000_,31,641b26(00):ふ。これを聞て身毛いよだち、汗ながれてさめぬ。 0000_,31,641b27(00):此夢又奇特也。抑神功皇后元年辛巳大菩薩誕生の昔、八 0000_,31,641b28(00):の幡ふる故に八幡大菩薩と號す。聖人誕生の今、兩の 0000_,31,641b29(00):幡くだる。尤その表示ある歟、彼大菩薩の本地を行敎 0000_,31,641b30(00):和尚みたてまつらんと祈請ありしかば、袂の上に阿彌 0000_,31,641b31(00):陀如來うつりたまひき。然者彼をもてこれを思に、聖 0000_,31,641b32(00):人彌陀如來の應跡といふこと明也 0000_,31,641b33(00):三七日彌勒菩薩導師住眞房、弟子湛空、噠嚫をささ 0000_,31,642a01(00):ぐ。羲之が石摺一紙面十二枚八十餘字これに一首の歌を 0000_,31,642a02(00):相副けり 0000_,31,642a03(00):にしへよしゆくべきみちのしるべせよむかし 0000_,31,642a04(00):も鳥の跡はありけり 0000_,31,642a05(00):四七日正觀音導師法蓮房、弟子良淸願文云、先師當 0000_,31,642a06(00):末法萬年之始弘彌陀一敎之勝智惠提劒、莫耶之鋒非 0000_,31,642a07(00):利。戒行瑩珠、摩尼之光比明。抑尊靈先逝川兮四五 0000_,31,642a08(00):日、遠人望來迎之雲築新墳兮兩三旬。遺弟聞栴檀之 0000_,31,642a09(00):匂爰飾誠諦之言偏祈菩提之果掲焉旨意彌以服膺云云 0000_,31,642a10(00):五七日地藏菩薩道師權律師隆寬。弟子源智願文云、 0000_,31,642a11(00):彩雲掩軒、近見遠見而來集。異香滿室。我聞人間、共 0000_,31,642a12(00):嗟嘆云云 0000_,31,642a13(00):六七日釋迦如來導師法印權大僧都聖覺、大法主無動 0000_,31,642a14(00):寺前大僧正慈圓被捧諷誦云、佛子聖人存日之間、時時 0000_,31,642a15(00):談法文常用唱導結緣之思不淺。濟度之願是淵。因茲 0000_,31,642a16(00):當六七日之忌辰、聊修諷誦祈三菩提之果位敬鳴華鐘 0000_,31,642a17(00):加之擎法衣送往生之家解脱之衣是也。調法食儲化 0000_,31,642b18(00):城之門禪悦之食是也。然則幽靈答彼平等之願必往生 0000_,31,642b19(00):上品之蓮臺佛子依此丹誠之志預最初引接之得益矣。 0000_,31,642b20(00):敬白 0000_,31,642b21(00):七七日彌陀如來幷兩界曼荼羅導師三井僧正公胤、法主信空願文云 0000_,31,642b22(00):先師廿五歳之昔、弟子十三歳之時、忝結師資之約契久 0000_,31,642b23(00):積五十之年序一旦隔生死九廻廻之腸欲斷。自宿叡山 0000_,31,642b24(00):黑谷之草庵至移東都白河之禪房其間云撫育之恩云 0000_,31,642b25(00):提携之志報謝之思、昊天罔極。是以顯彌陀迎接一軀之 0000_,31,642b26(00):形像安胎藏金剛兩部之種子又摺寫妙法蓮華經書寫 0000_,31,642b27(00):金光明經各一部以開眼以開題。一心懇志、三寶知見矣 0000_,31,642b28(00):敬白。とぞかかれける。凡此間、佛事をいとなみ諷誦 0000_,31,642b29(00):を捧る人、數をしらず。彼僧正唱導をのぞまれける事 0000_,31,642b30(00):は、先年淨土決疑鈔をやくといへども、聖人嚴重の往 0000_,31,642b31(00):生を聞て、かさねて彼罪咎を懺悔せんがためなり。佛 0000_,31,642b32(00):經講讃ののち、具に決疑鈔の元起をのべ給て云、公胤 0000_,31,642b33(00):今日參勤の本意は、偏に聖人を謗難せし重罪を懺悔せ 0000_,31,642b34(00):んがためなりと云云。座下の聽衆隨喜せずといふこと 0000_,31,643a01(00):なし。然後、建保四年丙子四月廿六日の夜、聖人公胤に 0000_,31,643a02(00):告たまふ夢想に云 0000_,31,643a03(00):往生之業中 一日六時尅 一心不亂念 功驗最第 0000_,31,643a04(00):一 六時稱名者 往生必決定 雜善不決定 專修 0000_,31,643a05(00):決定業 源空爲孝養 公胤能説法 感喜不可盡 0000_,31,643a06(00):臨終先迎接 源空本地身 大勢至菩薩 衆生爲化 0000_,31,643a07(00):故 來此界度度 0000_,31,643a08(00):聖人中陰中の法要の圖 0000_,31,643a09(00):彼公胤僧正 同四年閏六月廿日、禪林寺の邊にして 0000_,31,643a10(00):往生を遂畢ぬ。種種の瑞相これをしめす。紫雲はるか 0000_,31,643a11(00):にそびき。音樂ちかくきこゆ。諸人目を驚し、親疎耳 0000_,31,643a12(00):をそばだつ。謳歌すること仙洞後宮にをよび、歸敬す 0000_,31,643a13(00):ること京洛邊土にあまねかりけり 0000_,31,643a14(00):公胤僧正の往生と瑞相の圖 0000_,31,643a15(00):延暦寺の梨本は、實相圓融の房舍、靑蓮院は皇胤譜 0000_,31,643a16(00):代の貴跡なり。各四明一山の貫首にのぼり、皆兩門三 0000_,31,643b17(00):千の棟梁にそなはる。いづれもやんごとなき高僧賢哲 0000_,31,643b18(00):也。或は歸敬をいたして往生の後會をちぎり、或は諷 0000_,31,643b19(00):誦を捧て滅後の菩提をいのる。これみな念佛を賞し、 0000_,31,643b20(00):聖人をあがむるゆへなり。餘恩をわすれざる輩、遺骸 0000_,31,643b21(00):をなんぞ輕とせんや。而にいかなる邪魔外道の所爲に 0000_,31,643b22(00):か聖人往生十五箇年の後、後堀川院の御宇、嘉祿三年 0000_,31,643b23(00):の夏、山僧僉議して云、専修念佛を停廢すべし。但其 0000_,31,643b24(00):根本たるによりて、まづ源空の大谷の墳墓を破却して 0000_,31,643b25(00):彼死骸を鴨河にながすべしと云云。奏聞をふるに勅許 0000_,31,643b26(00):あり。攝政猪熊太政大臣家實座主淨土寺大僧正圓基六月十二日、山門の使者 0000_,31,643b27(00):等おりきたりて、清水坂の亂僧に仰付て、廟堂をこぼ 0000_,31,643b28(00):ちとる處に、京師守護修理亮平時氏、内藤五郞兵衞尉 0000_,31,643b29(00):盛政法師法名西佛をさしつかはし、制止を加て云、縱勅免 0000_,31,643b30(00):ありといふとも、武家にあひふれず、左右なく狼藉を 0000_,31,643b31(00):いたす條、甚以自由也。すべからくあひしづまりて、 0000_,31,643b32(00):穩便の沙汰を致べしと。問答時をうつすあひだ、晩陰 0000_,31,643b33(00):に及で山門の使者、坂の亂僧、各歸畢ぬ 0000_,31,644a01(00):廟堂破却と狼藉鎭壓の圖 0000_,31,644a02(00):爰信空上人、妙香院僧正良快に申て云、事いたりて 0000_,31,644a03(00):興盛也。山僧の企定て默止ざらん歟。答て云、今の仰 0000_,31,644a04(00):同心す。改葬尤可然と云云。これによりて信空上人、 0000_,31,644a05(00):夜ふけ人しづまりて後、遺骸を堀出て擔去つつ、嵯峨 0000_,31,644a06(00):の二尊院にかくしをく。件の夜、宇都宮の彌三郎入道 0000_,31,644a07(00):賴綱法師、守護のために五六百騎の兵士を引率して扈 0000_,31,644a08(00):從す。而後聖棺を荷て洛中をとおしたてまつるに、面 0000_,31,644a09(00):面に袖をしぼる。おそらくは雙樹林の晩の色かはり、 0000_,31,644a10(00):跋提河の浪むせびけんも、かぎりあればこれにはすぎ 0000_,31,644a11(00):じとぞみえける。惣じて但信念佛の行人、一向欣求の 0000_,31,644a12(00):道俗、御共すること千餘人也 0000_,31,644a13(00):遺骸を深更に移すの圖 0000_,31,644a14(00):この事にあひしたがふ僧侶等、口外にいたすべから 0000_,31,644a15(00):ざるむね、佛前にして各誓状をたてて退出し畢ぬ。其 0000_,31,644a16(00):後猶あなぐりもとむべきよし、その聞あるあひだ、五 0000_,31,644a17(00):箇日をへてのち、又二尊院より廣隆寺の來迎房圓空が 0000_,31,644b18(00):もとにうつしをきたてまつる 0000_,31,644b19(00):御遺骸を嵯峨より太秦へ再び移すの圖 0000_,31,644b20(00):明年正月廿五日の曉、又西山の粟生今光明寺是也にむか 0000_,31,644b21(00):へ入て、法蓮上人、聖信上人、覺阿彌陀佛等來會して 0000_,31,644b22(00):其夜すなはち火葬し畢ぬ。そのとき種種の靈瑞あり、 0000_,31,644b23(00):奇雲太虚にみち、異香庭前にかほる 0000_,31,644b24(00):粟生野にて火葬するの圖 0000_,31,644b25(00):善信聖人も、勅免のうへは、やがて歸京あるべきに 0000_,31,644b26(00):て侍りけるほどに、聖人入洛の後、不幾してのち入滅 0000_,31,644b27(00):のよしきこえければ、いまは古京に歸てもなにかせん 0000_,31,644b28(00):不如、師訓をひろめて滅後の化義をたすけんにはとて 0000_,31,644b29(00):いそぎものぼりたまはず、東關の境、ここかしこに多 0000_,31,644b30(00):の星霜をぞかさねたまひける。良久ありて入洛、五條 0000_,31,644b31(00):西洞院わたりに、一の勝地を占てすみたまふ。このと 0000_,31,644b32(00):き先師聖人沒後、中陰の追善にもれたること恨也とて 0000_,31,644b33(00):その聖忌をむかふるごとに、聲明の宗匠を屈し、緇徒 0000_,31,645a01(00):の禪襟をととのへて、月月四日四夜禮讃念佛とりをこ 0000_,31,645a02(00):なはれけり。是併先師報恩謝德のためなりと云云 0000_,31,645a03(00):善信聖人の追善供養圖 0000_,31,645a04(00):諸宗の碩才、聖人の威德に歸すること右に載をはり 0000_,31,645a05(00):ぬ。その外法印明禪、公請勞闌、稽古年舊たる名匠也。 0000_,31,645a06(00):而に聖人の沒後に當て、其宗義をうかがひ、彼勸化を 0000_,31,645a07(00):信じて終に往生を遂き。臨終には極重惡人無他方便の 0000_,31,645a08(00):四句の文をとなふと云云。又沙彌隨蓮在所四條萬里小路西四條面出 0000_,31,645a09(00):家の後、つねに聖人御房に仕て配所へもしたがひたて 0000_,31,645a10(00):まつりけり。御臨終のとき、隨蓮を召て云、念佛は樣 0000_,31,645a11(00):なきを樣とするなり。ただ平に稱名の行を專にすべし 0000_,31,645a12(00):と云云。隨蓮ひとへに禪命を信じて、貳なく念佛しけ 0000_,31,645a13(00):り。聖人往生以後三箇年をふるあひだ、遺弟等云、念佛 0000_,31,645a14(00):はすれども三心具足せずば往生かなふべからずと云云 0000_,31,645a15(00):爰隨蓮云、故聖人は、念佛は義なきを義とす、ただ平 0000_,31,645a16(00):に佛語を信じて念佛せよとて、またく三心のことおほ 0000_,31,645a17(00):せられざりきと。彼人答て云、それは一切に心得まじ 0000_,31,645b18(00):きもののための方便なり。御存知のむねはよなとて、 0000_,31,645b19(00):文釋のこころゆゆしくまふしきかせけり。隨蓮まこと 0000_,31,645b20(00):にさもやありけんと、おほきに疑心をおこして、誰人 0000_,31,645b21(00):にかとはましとおもひて、一兩月をふるあひだ、心勞 0000_,31,645b22(00):かぎりなくして、念佛もまふされず。或夜の夢に、法 0000_,31,645b23(00):勝寺の西門を差入てみれば、池の蓮華いろいろにひら 0000_,31,645b24(00):けて、よにめでたかりけり。西の廊の方へ歩よりてみ 0000_,31,645b25(00):れば、僧衆あまたならびゐて、淨土の法門談ぜらる。 0000_,31,645b26(00):隨蓮階をのぼりあがりて見れば、故聖人、北なる座に 0000_,31,645b27(00):南向にゐたまへり。隨蓮みつけまいらせてかしこまる 0000_,31,645b28(00):聖人隨蓮を御覽じてまぢかくきたれとおほせられけれ 0000_,31,645b29(00):ば、おそれおそれかたはらにまいりぬ。隨蓮が存ずる旨 0000_,31,645b30(00):をいまだ申のべざるさきに、聖人云、汝このほど心に 0000_,31,645b31(00):なげくことあり、ゆめゆめわづらふ事なかれと云云。 0000_,31,645b32(00):此事一切に人にもまふさず、爭か知食べきとおもひて 0000_,31,645b33(00):上件のむねをつぶさにまふしのぶ。其時聖人云、たと 0000_,31,645b34(00):へば僻事をいふものありて、あの蓮華を、蓮花にはあ 0000_,31,646a01(00):らず、梅ぞ櫻ぞといはば、汝は信じてんやと云云。隨 0000_,31,646a02(00):蓮申て云、現に蓮華にて侍り、いかに人申とも爭か梅 0000_,31,646a03(00):さくらとはおもひ侍らんと。その時聖人云、念佛の義、 0000_,31,646a04(00):またかくのごとし。源空が汝にをしへし詞を信ぜば、 0000_,31,646a05(00):蓮華を蓮華といはむがごとし。ふかく信じて念佛を申 0000_,31,646a06(00):べしとなり。惡義邪義の梅櫻をば、ゆめゆめ信ずべか 0000_,31,646a07(00):らずとおほせらるるとみてさめをはりぬ。不思議のお 0000_,31,646a08(00):もひをなすこときはまりなし。日來の不審ことごとく 0000_,31,646a09(00):散じ、疑心忽にはれて、むかしの御をしへすこしも相 0000_,31,646a10(00):違なかりけりと符合しつつ、念佛のほか、ふたごころ 0000_,31,646a11(00):なくして、八旬にをよぴて往生の素懐をとげにけり 0000_,31,646a12(00):聖人隨蓮へ諭さるの圖 0000_,31,646a13(00):凡聖人在生之德行、滅後之化導、不可稱計。誰暗夜 0000_,31,646a14(00):無燈照室内哉。誰傳持慈覺大師之袈裟哉。南岳大師相承 0000_,31,646a15(00):孰奉爲國家爲戒師哉。孰於是芝砌貽眞影乎。誰爲 0000_,31,646a16(00):他門被歸敬乎。誰現身放頭光哉。誰現身發得三昧 0000_,31,646a17(00):哉。是皆聖人一身之德也。測知十方三世無央數界有性 0000_,31,646b18(00):無性、遇和尚興世始悟五乘齊入之道、三界九居四禪八 0000_,31,646b19(00):定天王天衆、依聖人誕生忽免五衰退沒之苦。和漢雖異 0000_,31,646b20(00):利生惟同者歟。矧亦末代罪濁之凡夫、因彌陀他力之一 0000_,31,646b21(00):行、悉遂往生素懐併上人立宗興行之故也。憑願力樂往 0000_,31,646b22(00):生之輩、孰不報其恩。歸念佛願極樂之人、何不謝彼 0000_,31,646b23(00):德。因斯聊披傳記、粗錄奇蹤者也 0000_,31,646b24(00):元亨三歳癸亥十一月十二日 奉圖畫之 0000_,31,646b25(00):願主釋正空 0000_,31,646b26(00):別本奧書 0000_,31,646b27(00):于時正安第三辛丑歳從黄鐘中旬九日、至大呂上旬五日首 0000_,31,646b28(00):尾十七箇日、扶〓忍眠草之、縡既卒爾、短慮轉迷惑、 0000_,31,646b29(00):紕繆胡靡斯、俯乞、披覽之宏才要加取捨之秀逸耳 0000_,31,646b30(00):衡門隱倫釋覺如 三十二歳