0000_,31,808a01(00):法然上人秘傳 上 0000_,31,808a02(00):上人の親父は美作国の庁官漆間の朝臣時国なり。母は 0000_,31,808a03(00):秦の氏の女なり。時国いまだ一人の孝子なし。これを 0000_,31,808a04(00):なげきて婦夫ともにかたりあはせていはく、日本国は 0000_,31,808a05(00):これ神国なり。天照大神国主とおはしまして、御末あ 0000_,31,808a06(00):まつこやねのみこと、朝のまつりごとをつかさどりた 0000_,31,808a07(00):まひしよりこのかた、衆生の願望をみてたまふこと、 0000_,31,808a08(00):順流のごとし。されば勝尾の勝如聖人、横河の源信僧 0000_,31,808a09(00):都みなこれ母のいのりによりてまふけたまへる鐘愛の 0000_,31,808a10(00):孝子なり。われらもかの悲願にもるべきにあらず。当 0000_,31,808a11(00):国岩間の観音に祈請まふさんとて参ところに、いづく 0000_,31,808a12(00):よりかきたりけん、白狗いできたりて、時国の左の足 0000_,31,808a13(00):をねぶりける。あやしむところに、時国のいとこに左 0000_,31,808a14(00):藤兵衛尉といふおとこ、たちよりてこれをみるに、生 0000_,31,808a15(00):子有聖無煩悩といふ七字なり。この文のこころは、生 0000_,31,808b16(00):じたらん児清僧にしてもろもろの煩悩あるべからずと 0000_,31,808b17(00):いふ文なり。これ上人の生前の瑞相なり。時国不思議 0000_,31,808b18(00):なることかな、いかさまにも門出よしとおもひて、夫 0000_,31,808b19(00):妻ともに参籠して、信心をいたし、七日祈請するに、 0000_,31,808b20(00):しるしなし。二七日に満ずる夜、観音しめしてのたま 0000_,31,808b21(00):はく、なんぢら先生の宿業をしらずして、よこさまに 0000_,31,808b22(00):みづからをせむることいわれなし。あたふべき子また 0000_,31,808b23(00):くはんべらず。なむぢら先生に白鷺にむまれて、筑前 0000_,31,808b24(00):の国三笠のこをり赤池といふ池につねにすみて、よろ 0000_,31,808b25(00):づの魚虫の所生の子を食噉せしこと一万五千の生類な 0000_,31,808b26(00):り。そのむくひによりて、たちまちに地獄におつべか 0000_,31,808b27(00):りしに、そのころかの国に利生聖人とて、常行念仏の 0000_,31,808b28(00):僧の往生しはんべりしを、荼せし時に、汝らとひと 0000_,31,808b29(00):をるとてその荼のけぶりにあたりける結緣によりて 0000_,31,808b30(00):うけがたき人身をうけたりとはいへども、今生に生ず 0000_,31,808b31(00):べき子だねさらにはんべらず。しかりといへども、二 0000_,31,808b32(00):七日のせいせいをいかがむなしくなさんや、なんぢこ 0000_,31,809a01(00):れをのむべしとて三寸のかみそりを眉間よりとりいだ 0000_,31,809a02(00):して時国の妻女にあたへたまふ。たまはりてすなはち 0000_,31,809a03(00):のむとおもひて、ゆめさめおどろきて、時国にこれを 0000_,31,809a04(00):かたる。ゆめあわせにいはく、いかさまにも懐妊すべ 0000_,31,809a05(00):し。その子男子にしてただ人にあるべからず。権化の 0000_,31,809a06(00):再誕として一朝の戒師となるべしとぞのたまひける。 0000_,31,809a07(00):この夢は長承元年壬子十二月七日の夜半也。よのつねに 0000_,31,809a08(00):は懐胎して九の月、日数二百七十五日にこそ生ずるこ 0000_,31,809a09(00):となれども、この上人は母をくるしめたてまつらじと 0000_,31,809a10(00):や、おぼしめされけん、五月とまふす長承二年癸己四月 0000_,31,809a11(00):七日の午剋に、おぼえずして産生したまふ。ときの人 0000_,31,809a12(00):この児を生安子とぞなづけ、やすくむまれたまへりと 0000_,31,809a13(00):いふこころなり。時国のたまはく、すぎにし霊夢を案 0000_,31,809a14(00):ずるにこの児ただ人にあらず。わたくしに名をつくべ 0000_,31,809a15(00):からず。貴とからん僧を請じて、名をばつけはんべら 0000_,31,809a16(00):んとのたまひて、貴僧を請じて乳母に児をいだかせて 0000_,31,809a17(00):僧にぞみせたてまつりける。僧この児をよく見たまふ 0000_,31,809b18(00):に、頭のくぼくして、かどあり。まなこ黄にして、ひ 0000_,31,809b19(00):かりあり。これすなはち深智有頂の勝相なりとて、あ 0000_,31,809b20(00):やしむところに、そらに五色の幡二流とびきたり、宿 0000_,31,809b21(00):所のうゑにひるがへること半時ばかりなり。これをみ 0000_,31,809b22(00):る人みな不思議なりとぞあやしむ。時国も僧もおどろ 0000_,31,809b23(00):きこれを御覧す。僧のたまはく、昔八幡大菩薩の御誕 0000_,31,809b24(00):生の時にこそ、加様に幡はふりたりけるとはまふしつ 0000_,31,809b25(00):たへはんべれ。かの大菩薩の本地阿彌陀仏にておはし 0000_,31,809b26(00):ます。されば極楽世界の教主衆生済度のために権化の 0000_,31,809b27(00):再誕なり。彼仏の本誓悲願口称名号をむねとして正覚 0000_,31,809b28(00):をなりたまふ。さればこの名号をかたどり 脱文 0000_,31,809b29(00):ややはるかにありて、おきあがりてこれほどにおこな 0000_,31,809b30(00):ひたまひけるに、いままでとひたまはざりけるよ、あ 0000_,31,809b31(00):さましき。しばのいほりのすまひをのがれたまへとお 0000_,31,809b32(00):もひて、このゆみにてうちたてまつりしかひましまし 0000_,31,809b33(00):て、高貴浄行の智者となりたまひけるうれしさよと、 0000_,31,809b34(00):いひもあえずこえもおしまずなきける。僧正もまこと 0000_,31,810a01(00):にこのゆみにて、うたれけるしるしなり。このゆみこ 0000_,31,810a02(00):そ大恩の善知識なれとて、三本の率都婆につくりたま 0000_,31,810a03(00):ひて壇の片原にたて行法のときには、まづこれを礼し 0000_,31,810a04(00):たまひけるとかや。かの慈仁僧正も十三にて登山した 0000_,31,810a05(00):まひけり。文殊丸も十三にて登山したまへばおもひあ 0000_,31,810a06(00):はせらるるなり。よく学問して僧正のごとくなるべし 0000_,31,810a07(00):と、母かきくどきのたまへば、文殊御前よにもうれし 0000_,31,810a08(00):げなる躰にてさうけたまはりさふらふと領掌せられけ 0000_,31,810a09(00):り。かの末武はこの世にはんべれば、子息の僧正にも 0000_,31,810a10(00):ふたたびたづねあひけるなり。汝が父の時国はこの世 0000_,31,810a11(00):になきひとなればたれかはたづねとうべき。むかしよ 0000_,31,810a12(00):りかの叡山には女人のかようことなし。みづから女姓 0000_,31,810a13(00):の身なれば、こひさにおもへば死ぬともたやすくたづ 0000_,31,810a14(00):ねゆくことあるまじ。かまへてとくくだりたまへよ。 0000_,31,810a15(00):日もたけ時もうつる。はやはやとて母かへりたまへば 0000_,31,810a16(00):文殊御前あはれ身にそみてこころにかかりたまひけれ 0000_,31,810a17(00):ば、しのびのなみだをながし、ゆきかねたまひけり。 0000_,31,810b18(00):ははもたちかへりへり児のうしろかげのみゆるほどは 0000_,31,810b19(00):みおくりたまひけるとかや。夜をかさね日かずつもり 0000_,31,810b20(00):けるほどに、かの児のおもかげわするることなかりけ 0000_,31,810b21(00):るに、ときくにのかたみにはほとけの御名をとどめお 0000_,31,810b22(00):くとかきおきたまひしことのはもおもひいでられ、文 0000_,31,810b23(00):殊御前登山したまひてはひとみな厭穢欣浄のこころね 0000_,31,810b24(00):んごろにして、つゐに往生の素懐をとげたまひけり、 0000_,31,810b25(00):あはれなりしことどもなり 0000_,31,810b26(00):法然上人祕傳 下 0000_,31,810b27(00):久安三年丁卯二月十三日に、つくりみちにて、文殊御前 0000_,31,810b28(00):ときの関白月輪殿の御出にあひたてまつり、かたはら 0000_,31,810b29(00):なる小河にうちよりたまひけるを、御車よりいかなる 0000_,31,810b30(00):小児ぞと御たづねありければ、児のをくりにはんべり 0000_,31,810b31(00):ける。僧、美作の国より学問のために登山しはんべる 0000_,31,810b32(00):よしまふしければ、御くるまかけはづさせたまひちか 0000_,31,811a01(00):くめして、御覧じて、よくよく学問せらるべし。学匠 0000_,31,811a02(00):になりたまはば、師匠にたのみたまふべきよし、ねん 0000_,31,811a03(00):ごろに御約束ありけり。いなかわらはに対してこれま 0000_,31,811a04(00):での御礼はこころへぬことかなと、供奉の人人はおも 0000_,31,811a05(00):ひり。児の目のうちにひかりのはんべりけるを殿下御 0000_,31,811a06(00):覧じてただひとにあらずとおぼしめすゆへに、この礼 0000_,31,811a07(00):をぞなしたてまつりたまひける。文殊御前は延暦寺の 0000_,31,811a08(00):西塔北谷法持坊源光法師の坊へのぼりたまふ。観覚得 0000_,31,811a09(00):業の状にいはく、進上す大聖文殊の像一躰とかけり。 0000_,31,811a10(00):源光これをあひたづぬるに、文殊の像にあらず、少童 0000_,31,811a11(00):の来臨をみて、先日のゆめに文殊を拝すとみはんべる 0000_,31,811a12(00):に、いまの消息に符合せり。いかさまこの児の器量を 0000_,31,811a13(00):感ずることばなりとこころへて、うれしくぞおもひけ 0000_,31,811a14(00):る。源光学するところの書をさづくるに、とどこをり 0000_,31,811a15(00):なく学しきはめたまひぬ。源光この児にをしへはんべ 0000_,31,811a16(00):るべき書つきぬ。すべからく碩学につけて円宗の奥義 0000_,31,811a17(00):をきはめさすべしとて、おなじき年の四月八日に功徳 0000_,31,811b18(00):院の阿闍梨光円の坊へおくる。阿闍梨手をうち、さん 0000_,31,811b19(00):ぬる夜のゆめに、満月この室にいるとみはんべりつる 0000_,31,811b20(00):に、この児性俊なり。ただ人にあらずといひて、法門 0000_,31,811b21(00):の伝受せしむるに、とどこをりなし。かの阿闍梨は粟 0000_,31,811b22(00):田口の関白四代の後胤、三河守重兼の嫡男少納言助方 0000_,31,811b23(00):の朝臣の兄隆寛律師の伯父光学法橋の弟子、ときにと 0000_,31,811b24(00):りて名匠なり。おなじき年の仲冬に、十五歳にて出家 0000_,31,811b25(00):受戒しおはりぬ。やがて叡空の坊に入来す。叡空この 0000_,31,811b26(00):小僧をみて、法然の道理はんべりとて、すなはち法然 0000_,31,811b27(00):の坊号として実名は源空とぞよばれける。これははじ 0000_,31,811b28(00):めの師の源光のはじめの字と、のちの師の叡空ののち 0000_,31,811b29(00):の字とをとりあはせて、源空とぞつけられける。聖人 0000_,31,811b30(00):行年四十三にて黒谷の経蔵をひらき、諸経論を一一に 0000_,31,811b31(00):披見して聖道浄土の要義をくはしく料簡して聖道門を 0000_,31,811b32(00):さしおき、浄土門にいりて出離出死の旨趣を覚悟して 0000_,31,811b33(00):順次往生のおもひ治定して利他のために諸国修行のこ 0000_,31,811b34(00):ころざしありて、おぼしめしたちける。まづわが師匠 0000_,31,812a01(00):達を浄土門の易行道へすすめいれたまんとて、法相宗 0000_,31,812a02(00):の師匠蔵俊僧正の坊にわたりたまひて、源空このほど 0000_,31,812a03(00):黒谷の経蔵をひらきて披見つかまつりさふらふ。なか 0000_,31,812a04(00):に浄土宗の章疏大唐の善導和尚の書籍をくわしくみる 0000_,31,812a05(00):に、濁世末代の要法は称名の一行にさぶらひけりとお 0000_,31,812a06(00):もひさだめて、一向専念の但念仏者にこそ成てさふら 0000_,31,812a07(00):へとのたまひければ、蔵俊これをきき、しばらくもの 0000_,31,812a08(00):ものたまはず。半時ばかりありてつまはじきをして、 0000_,31,812a09(00):あなむざんの (脱文) 0000_,31,812a10(00):に帰したまふ。かの一切経はのちに勝尾寺に聖人施入 0000_,31,812a11(00):したまふ。その後はひとへに一向称名行をこたらず、 0000_,31,812a12(00):もはら念仏の一行をすすめ、つゐに念仏三昧発得した 0000_,31,812a13(00):まふ。あるとき聖人つま戸をひらきていでたまふに、 0000_,31,812a14(00):夜半なりといへども夜半にはあらずして日中にぞみへ 0000_,31,812a15(00):ける。これをあやしめよくみたまふに、そらに紫雲た 0000_,31,812a16(00):なびき地には極楽の荘厳あらはれて、そのなかに高僧 0000_,31,812a17(00):一人たちたまふ。半身よりかみはすみぞめのころも、 0000_,31,812b18(00):半身よりしもは金色なり、かの僧聖人につげてのたま 0000_,31,812b19(00):はく、汝不肖の身也といへども専修念仏を勧進するこ 0000_,31,812b20(00):ともともすぐれたり。われその証のためにきたる。大唐 0000_,31,812b21(00):の善導とはみづからなりとしめしたまふ。聖人随喜し 0000_,31,812b22(00):問ていはく、経論の明文を眼前にそなふといへども、 0000_,31,812b23(00):五濁雑乱の衆生鈍根無智の凢夫阿彌陀仏の誓願をたの 0000_,31,812b24(00):み、念仏して往生すといふ説まことにうたがひなしや 0000_,31,812b25(00):いささか不審なり。かの阿彌陀仏の不取正覚誓願成就 0000_,31,812b26(00):して今現在に成仏したまへり。まさにしるべし、本誓 0000_,31,812b27(00):悲願むなしからず、衆生称念すればかならず往生する 0000_,31,812b28(00):こと決定なり。このうへはうたがひあらんやと云云。 0000_,31,812b29(00):聖人六十六の三昧発得これなり。ただ口受して筆点に 0000_,31,812b30(00):のすることあるべからず。これ祕藏する伝と云云。筑 0000_,31,812b31(00):紫の豊後の国麻合の郡に権太吉則といふ俗、在京の時 0000_,31,812b32(00):聖人の室にまひりて、浄土の法門聴聞してすなわち発 0000_,31,812b33(00):心して決定往生の安心をとひまふすに、聖人のたまは 0000_,31,812b34(00):く、浄土の法門に別の義なし。阿彌陀仏の本願にもし 0000_,31,813a01(00):われ成仏せんに、十方の衆生わが名号を称せんこと、 0000_,31,813a02(00):もし十声にいたるまで、もしむまれずば正覚ならじと 0000_,31,813a03(00):ちかひ、いま現に成仏したまへり。かの誓願をたのみ 0000_,31,813a04(00):て一念の疑心なく、つねに称念せば往生決定なるべし 0000_,31,813a05(00):と、おほよそ極悪最下の凡夫のために極善最上の法を 0000_,31,813a06(00):釈迦如来慈悲をもてときあたへたまふぞとこころえて 0000_,31,813a07(00):時処諸緣をきらはず、行住 脱文 0000_,31,813a08(00):方恒沙の諸仏の一大事とときたまへる念仏をいるがせ 0000_,31,813a09(00):にしたまふにこそ。ただし往生せんとこころざしたま 0000_,31,813a10(00):ふか、また学問せんとおもひたまふか、学問のこころ 0000_,31,813a11(00):ざしならば南都北嶺のかたに学匠あまたはんべれば、 0000_,31,813a12(00):それにて学したまふべし。また往生ののぞみならば、 0000_,31,813a13(00):一文不知の入道なりともいそぎ下向して、光明房とと 0000_,31,813a14(00):もに念仏をまふして順次の往生をとげらるべし。おほ 0000_,31,813a15(00):よそ阿彌陀如来法蔵比丘のむかし平等の慈悲にもよほ 0000_,31,813a16(00):されて、一切善悪の凡夫を平等に往生せさせんとおぼ 0000_,31,813a17(00):しめし、五却思惟のあんをめぐらして、おこしたまへ 0000_,31,813b18(00):る念仏往生の本願なれば、信心をいたして、本誓をた 0000_,31,813b19(00):のみ、一念もうたがふことなく、つねに念仏すれば、 0000_,31,813b20(00):上一形をつくし、下十声等にいたるまで、決定往生す 0000_,31,813b21(00):るものなり。されば三輩往生のなかに、機の上中下に 0000_,31,813b22(00):対して諸行をとくといへども、一向専念無量寿仏とと 0000_,31,813b23(00):きたまへり。念仏往生の本願といひ、三輩のなかの一 0000_,31,813b24(00):向専念といひ、釈迦彌陀二尊の本意、しかしながら、 0000_,31,813b25(00):専称名号なり。かるがゆへに善導和尚ののたまはく、 0000_,31,813b26(00):上来雖説定散両門之益望仏本願意在衆生一向専称彌陀 0000_,31,813b27(00):仏名と。この文のこころは、かみよりこのかた、定散 0000_,31,813b28(00):両門の益をとくといへども、仏の本願のこころにのぞ 0000_,31,813b29(00):むれば、衆生をして、一向にもはら彌陀仏の御名を称 0000_,31,813b30(00):するにありと釈したまふも、一向専称なり。ゆめゆめ 0000_,31,813b31(00):うたがふべからずとのたまへば、顕智房先非後悔せら 0000_,31,813b32(00):れて、なみだをながしたもとをしぼり、すなわち下向 0000_,31,813b33(00):して光明房ともろともに称名念仏無間なり。仏道修行 0000_,31,813b34(00):の怨敵は疑心なりけり。またもや疑心をおこさまじと 0000_,31,814a01(00):こころうくおもひて、光明房のあからさまにたちいで 0000_,31,814a02(00):たまひけるひまをうかがひて、かみそりをとり、念仏 0000_,31,814a03(00):数遍となへてはらをきり、命終しおはりぬ。ときにあ 0000_,31,814a04(00):たりて紫雲そらにおほひ、音楽地にひびき、異香室に 0000_,31,814a05(00):薫じて光明てらし、化仏菩薩あらはれて、こころもこ 0000_,31,814a06(00):とばもおよばれず。釈尊因位のむかしこそ法のために 0000_,31,814a07(00):身命をすてたまひけれ。かれは菩薩の修行、これは凢 0000_,31,814a08(00):愚の往生、末代なりといへども生死をいとひ、菩提を 0000_,31,814a09(00):もとむるこころざしふかければ、身命をすてはんべり 0000_,31,814a10(00):けるにこそ。これひとへに聖人勧化の不可思議なるゆ 0000_,31,814a11(00):へなり。されば聖人をば善導の来化ともいひ、あるひ 0000_,31,814a12(00):は勢至の化身ともいひあるひは彌陀の応現ともいふ。 0000_,31,814a13(00):まことにただ人におはしまさず。かるがゆへに在世の 0000_,31,814a14(00):むかしより歿後のいまにいたるまで化導のさかりなる 0000_,31,814a15(00):こと、聖人の徳業にしくはなし。あふぐべし、信ずる 0000_,31,814a16(00):べし