0000_,31,512a01(00):法然上人傳法繪下卷
0000_,31,512a02(00):七箇條の起請文
0000_,31,512a03(00):一あまねく予が門人の念佛上人等に告玉はく、いまだ
0000_,31,512a04(00):一句の文をうかがはず、眞言止觀を破し、餘佛菩薩
0000_,31,512a05(00):を謗じたてまつる事を停止すべき事
0000_,31,512a06(00):右道を立破するにいたつては、學生のふるところ也。
0000_,31,512a07(00):愚人の境界にあらず。しかのみならす誹謗正法は彌
0000_,31,512a08(00):陀の願に免除せられたり、その報まさに那落に墮す
0000_,31,512a09(00):べし。豈癡闇のいたりにあらずや
0000_,31,512a10(00):一無智の身をもて有智の人にむかひ、別行のともがら
0000_,31,512a11(00):にあふて、このみて諍論を致すことを停止すべき事
0000_,31,512a12(00):右論義は智者の有なり、さらに愚人の分にあらず。
0000_,31,512a13(00):又諍論のところにはもろもろの煩惱起る。智者これ
0000_,31,512a14(00):を遠離すること百由旬なり。いはむや一向念佛の行
0000_,31,512a15(00):人においておや
0000_,31,512b16(00):一別解別行の人にむかふて愚癡偏執の心をもて、まさ
0000_,31,512b17(00):に本業を棄置し、しゐてこれを嫌喧すべしといふこ
0000_,31,512b18(00):とを停止すべき事
0000_,31,512b19(00):右修道のならひ、おのおのつとむるにあえて餘行を
0000_,31,512b20(00):遮せず。西方要決にいはく、別解別行のものにはす
0000_,31,512b21(00):べて敬心をおこせ、もし輕慢を生ぜば、つみをえむ
0000_,31,512b22(00):こときわまりなしと云云。何ぞこの制をそむかむや
0000_,31,512b23(00):一念佛門において戒行なしと號して、專ら婬酒食肉を
0000_,31,512b24(00):すすめ、たまたま律儀をまもるものを雜行となづく、
0000_,31,512b25(00):彌陀の本願をたのむもの説て造惡をおそるることな
0000_,31,512b26(00):かれといふ事を停止すべき事
0000_,31,512b27(00):右戒はこれ佛法の大地なり。衆行まちまちなりとい
0000_,31,512b28(00):えども、おなじくこれをもはらにす。これをもて善
0000_,31,512b29(00):導和尚めをあげて女人をみず。この行状のおもむき
0000_,31,512b30(00):本律の制淨業のたぐひにすぎたり。これに順せずば
0000_,31,512b31(00):すべて如來の遺敎をわすれたり、別しては祖師の舊
0000_,31,512b32(00):跡にそむく、かたがた據なきもの歟
0000_,31,513a01(00):一是非をわきまへざる癡人、聖敎をはなれ師説にあら
0000_,31,513a02(00):ず、おそらくはわたくしの義を述し、みだりに諍論
0000_,31,513a03(00):をくわだて智者にわらはれ、愚人を迷亂する事を停
0000_,31,513a04(00):止すべき事
0000_,31,513a05(00):右無智の大天魔、この朝に再誕してみだりがはしく
0000_,31,513a06(00):邪義を述す。すでに九十五種の異道に同じ、もとも
0000_,31,513a07(00):これをかなしむべし
0000_,31,513a08(00):一癡鈍のみをもて、ことに唱道をこのみ、正法をしら
0000_,31,513a09(00):ずして種種の邪法をとき、無智の道俗を敎化するこ
0000_,31,513a10(00):とを停止すべき事
0000_,31,513a11(00):右さとりなくして師となるは、これ梵網の制戒なり。
0000_,31,513a12(00):黑闇のたぐひ、おのれが才をあらはさむとおもふて、
0000_,31,513a13(00):淨土の敎をもて藝能として、名利を貪し、檀越をの
0000_,31,513a14(00):ぞむ。おそらくは自由の妄説をなして世間の人を誑
0000_,31,513a15(00):惑せむ。誑法のとがことにおもし。このともがらは
0000_,31,513a16(00):國賊にあらずや
0000_,31,513a17(00):一みづから佛敎にあらざる邪法をときて正法とし、師
0000_,31,513b18(00):範の説と號する事を停止すべき事
0000_,31,513b19(00):右おのおの一人なりといえども、つめるところ予一
0000_,31,513b20(00):身のためなりととく、衆惡をして彌陀の敎文をけが
0000_,31,513b21(00):し、師匠の惡名をあぐ、不善のはなはだしきこと、
0000_,31,513b22(00):これにすぎたる事なきもの也
0000_,31,513b23(00):以前七箇條甄錄かくのごとし。一分も敎文をまなば
0000_,31,513b24(00):む弟子等はすこぶる旨趣を知りて、年來のあひだ念
0000_,31,513b25(00):佛を修すといえども、聖敎に隨順してあえて人心に
0000_,31,513b26(00):たがはず。世聽をおどろかすことなかれ。これによ
0000_,31,513b27(00):ていまに三十箇年、無爲なり。日月をわたりて近王
0000_,31,513b28(00):にいたるまで、この十箇年より以後、無智不善のと
0000_,31,513b29(00):もがら時時到來す。ただ彌陀の淨業を失するのみに
0000_,31,513b30(00):あらず。又釋迦の遺法を汚穢す。何ぞ炯誡をくわへ
0000_,31,513b31(00):ざらむや。この七箇條のうち、不當のあひだ、巨細
0000_,31,513b32(00):の事等おほし。註述しがたし。すべてかくのごとき
0000_,31,513b33(00):らの無方つつしんでおかすべからず。このうへなほ
0000_,31,513b34(00):制法をそむくともがらは、これ予門人にあらず。魔
0000_,31,514a01(00):の眷屬なり。さらに草庵にきたるべからず。自今以
0000_,31,514a02(00):後おのおのききおよばむにしたがふて、かならずこ
0000_,31,514a03(00):れをふれらるべし。餘人あひともなうことなかれ。
0000_,31,514a04(00):もししからずば、これ同意の人なり。かのとがなす
0000_,31,514a05(00):ごときものは同法をいかり、師匠をうらむることあ
0000_,31,514a06(00):たはず。自業自得のことはり、ただおのれが身にあ
0000_,31,514a07(00):りならくのみ。このゆへに、今日四方の行人をもよ
0000_,31,514a08(00):おして一室にあつめて告命すらく、風聞ありといえ
0000_,31,514a09(00):ども、たしかにたれの人のとがとしらず。沙汰によ
0000_,31,514a10(00):て愁歎すし歟★、年序をおくる、とどめもたすべきにあら
0000_,31,514a11(00):ず。先ちからのおよぶにしたかて、禁遏のはかりご
0000_,31,514a12(00):とをめぐらすところ也。よてそのおもむきを錄して
0000_,31,514a13(00):門葉等にしめす状如件
0000_,31,514a14(00):元久元年十一月七日
0000_,31,514a15(00):沙門 源空
0000_,31,514a16(00):見佛 聖蓮 行西 源智 證空 尊西
0000_,31,514a17(00):感聖 善信 導亘 導西 寂西 西緣
0000_,31,514b18(00):幸西 西意 源蓮 行空 宗慶 親西
0000_,31,514b19(00):信蓮 佛心 蓮生
0000_,31,514b20(00):元久二年四月五日九條殿にまいりて退出の時、頭光
0000_,31,514b21(00):を現じ蓮花をふみて、はるかに地をはなれてあゆみ給
0000_,31,514b22(00):れば、入道殿下にわにおりて拜奉給けり。さて人人に
0000_,31,514b23(00):かかる事ありつ。おのおのみつるかと仰ありければ、
0000_,31,514b24(00):隆信入道戒心房、中納言の阿闍梨尋玄おがまざるよし
0000_,31,514b25(00):申けり。これよりいよいよ御歸依はなはだしかりけり
0000_,31,514b26(00):元久三年正月四日、三尊大身を現じ給ふ。又五日お
0000_,31,514b27(00):なじく現じ給ふと云云
0000_,31,514b28(00):元久三年七月に吉水をいでて、小松殿におはしまし
0000_,31,514b29(00):ける時
0000_,31,514b30(00):こまつとはたれかいひけむおぼつかな
0000_,31,514b31(00):くもをささふるたかまつのきを
0000_,31,514b32(00):權律師隆寬こまつどのへまいられたりけるに、御堂の
0000_,31,514b33(00):うしろどにて、上人一卷の書を持て隆寬のふところに
0000_,31,514b34(00):おし入給ふ。月輪殿の仰によりてつくり給へる選擇
0000_,31,515a01(00):集これなり
0000_,31,515a02(00):上西門院の女院にて上人七日の説戒ありけるに、か
0000_,31,515a03(00):らかきのうえに一の蛇あり。夏の事なれば目おどろか
0000_,31,515a04(00):ずといえども、日ごとにかくる事もなくしてわだかま
0000_,31,515a05(00):りて、すこぶる聽聞の氣色見へければ、人人目もあや
0000_,31,515a06(00):に見けり。第七日の結願にあたりて、このくちなわか
0000_,31,515a07(00):らかきのうへにて死にけるほどに、そのかしら二にわ
0000_,31,515a08(00):れて中より蝶のやうなるものいづとみる人もあり、又
0000_,31,515a09(00):かしらばかりわれたりとみる人もありけり。又天人の
0000_,31,515a10(00):のぼるとみる人もありけり。昔遠行するひじり、その
0000_,31,515a11(00):日くれにければ、野中につかあなのありけるにとどま
0000_,31,515a12(00):りて、日もすがら無量義經をそらに誦しけるほどに、
0000_,31,515a13(00):かのつかあなの中に五百の蝙蝠ありけり、この經を聽
0000_,31,515a14(00):聞しつる功德によりて、このかはほり五百の天人とな
0000_,31,515a15(00):りて忉利天にうまれぬといへり。今ひとすぢのくちな
0000_,31,515a16(00):はあり。七日の説戒の功力にこたへて、雲をわけての
0000_,31,515a17(00):ぼりぬるにやと人人隨喜をなす。かれは上代なるうへ
0000_,31,515b18(00):に大國なり。これは末代にして又小國なり。希代の勝
0000_,31,515b19(00):事なり。凡人の所爲にあらずとぞ、ときの人人申ける。
0000_,31,515b20(00):わざわい三女よりおこるといふは本文なり。隱岐の法
0000_,31,515b21(00):皇御熊野詣のひまに、小御所の女房達つれづれをなぐ
0000_,31,515b22(00):さめんために、上人の御弟子藏人入道安樂房は日本第
0000_,31,515b23(00):一の美僧なりければ、これをめしよせて、禮讃をさせ
0000_,31,515b24(00):てそのまぎれに燈明をけして、これをとらへて、種種
0000_,31,515b25(00):の不思議の事どもありけり。法皇御下向ののちこれを
0000_,31,515b26(00):きこしめして、逆鱗のあまり、住蓮安樂二人おばやが
0000_,31,515b27(00):て死罪におこなはれにけり。その餘失なほやまずして
0000_,31,515b28(00):上人のうえにおよび、建永二年二月二十七日、御年七
0000_,31,515b29(00):十九、おぼしめしもよらぬ遠流の事あり。權者の凡夫
0000_,31,515b30(00):に同ずる時、かくのごとくのならひなり。唐には一行
0000_,31,515b31(00):阿闍梨、白樂天、わが朝には役行者、北野の天神、お
0000_,31,515b32(00):どろくべからずといゑども、おろかなるわれらがごと
0000_,31,515b33(00):きは、時にあたりては、しのびがたきなげきなるべし
0000_,31,515b34(00):同日大納言の律師公金のちには嵯峨の正信上人と申
0000_,31,516a01(00):き。ことにたふとき人にて慈覺大師の御袈裟ならびに
0000_,31,516a02(00):天台大乘戒等上人の一の御弟子、信空にこれをつたへ
0000_,31,516a03(00):給へり。おなじく西國へながされ給とて御ふねにのり
0000_,31,516a04(00):うつりてなごりをおしみ給けり。いとあはれにぞおぼ
0000_,31,516a05(00):ゆる
0000_,31,516a06(00):攝津國經のしまにとまららせ給ければ、村里の男女
0000_,31,516a07(00):大小老若まいりあつまりけり。その時念佛の御すすめ
0000_,31,516a08(00):いよいよひろく上下結緣かずをしらず。この嶋は六波
0000_,31,516a09(00):羅の大相國一千部の法華經を石のおもてにかきて、お
0000_,31,516a10(00):ほくののぼりふねをたすけ、人のなげきをやすめんた
0000_,31,516a11(00):めに、つきはじめられけり。いまにいたるまでくだる
0000_,31,516a12(00):ふねには、かならず石をひろひておくならひなり。利
0000_,31,516a13(00):益まことにかぎりなきところなり
0000_,31,516a14(00):播磨のむろにつき給ければ、君たちまいりけり。昔
0000_,31,516a15(00):小松の天皇八人の姫宮を七道につかはして、君の名を
0000_,31,516a16(00):とどめ給中に、天皇寺の別當僧正行尊拜堂のためにく
0000_,31,516a17(00):だられける日、江口神崎の君達、御ふねちかくふねを
0000_,31,516b18(00):よせければ、神歌をうたひ出し侍りけり
0000_,31,516b19(00):うろぢよりむろぢにかよふしやかだにも
0000_,31,516b20(00):らごらがはははありとこそきけ
0000_,31,516b21(00):とうたいし侍りければ、さまざまの纏頭し給ひけり。
0000_,31,516b22(00):又おなじき宿の長者老病にせまりて最後のいまやうに
0000_,31,516b23(00):なにしにわがみおいぬらん、思へばいとこそかなしけ
0000_,31,516b24(00):れ。いまは西方極樂のみだのちかひをたのむべしと、
0000_,31,516b25(00):うたひて往生しけるところなり。よて上人をおがみた
0000_,31,516b26(00):てまつりて緣をむすばむとて、くもかすみのごとく、
0000_,31,516b27(00):まいりあつまりける中に、げにげにしけなる修行者とひ
0000_,31,516b28(00):奉る。至誠心等の三心を具し候べきやうおば、いかが
0000_,31,516b29(00):思ひさだめ候べき。上人答ての給く、三心を具する事
0000_,31,516b30(00):はただ別のやうなし。阿彌陀佛の本願にわが名號を稱
0000_,31,516b31(00):念せば、かならず來迎せむとおほせられたれば、決定
0000_,31,516b32(00):して引接せられまいらすべしと、ふかく信じてこころ
0000_,31,516b33(00):に念じ口に稱するに、ものうからす。すでに往生した
0000_,31,516b34(00):る心地して、最後の一念にいたるまで、おこたらざれ
0000_,31,517a01(00):ぱ、自然に三心具足するなり。又在家のものどもは、
0000_,31,517a02(00):さほどに思はねども、念佛申すものは極樂にうまるる
0000_,31,517a03(00):なればとて、つねに念佛をだに申せぱ三心は具足する
0000_,31,517a04(00):なり。さればこそいふかひなきものどもの中にも神妙
0000_,31,517a05(00):の往生はする事にてあれ。ただうらただうらと本願をたの
0000_,31,517a06(00):みて南無阿彌陀佛とおこたらずとなふべき也
0000_,31,517a07(00):同三月二十六日讃岐國しほあきの地頭駿河の權の守
0000_,31,517a08(00):高階の時遠入道西仁がたちにつき給ふ。さまざまのき
0000_,31,517a09(00):らめきにて美膳を奉り、湯ひかせなどして、こころざ
0000_,31,517a10(00):しいとあはれなりけり。これを御覽じて上人の御歌
0000_,31,517a11(00):ごくらくもかくやあるらむあらたのし
0000_,31,517a12(00):とくまいらばや南無阿彌陀佛
0000_,31,517a13(00):あみだぶといふよりほかにつのくにの
0000_,31,517a14(00):なにはの事もあしかりぬべし
0000_,31,517a15(00):又云、名利は生死のきづな、三途の鐵網にかかる。稱
0000_,31,517a16(00):名は往生のつばさ九品の蓮臺にのぼる
0000_,31,517a17(00):時遠入道西仁問奉て云く、自力他力の事はいかがこ
0000_,31,517b18(00):ころえ候べき。答て云く、源空は殿上へまいるべきき
0000_,31,517b19(00):りやうにてはなけれども、上よりめせば二度までまい
0000_,31,517b20(00):りたりき。これはわがまいるべきしきにはなけれども、
0000_,31,517b21(00):上の御力なり。まして阿彌陀佛の御力にて、稱名の願
0000_,31,517b22(00):にこたへて來迎せさせ給はむ事おば、なにの不審かあ
0000_,31,517b23(00):らむ。自身のつみおもくして無智なれば、佛もいかに
0000_,31,517b24(00):してかくすくひ給はむなど、思はむはつやつや佛の願
0000_,31,517b25(00):をしらざる人なり。かかる罪人をやすやすとたすけむ
0000_,31,517b26(00):れうに、おこし給へる本願の名號をとなへながら、ち
0000_,31,517b27(00):りばかりもうたがふ心あるまじきなり。十方衆生の中
0000_,31,517b28(00):には有智無智有罪無罪善人惡人持戒破戒男子女人三寶
0000_,31,517b29(00):滅盡ののちの百歳までの衆生みなこもれり。この三寶
0000_,31,517b30(00):滅盡の時の念佛者と當時のわ入道殿などは佛のごとし
0000_,31,517b31(00):かの時は人壽十歳とて戒定慧の三學の名をだにもきか
0000_,31,517b32(00):ず。いふばかりもなきものどもの來迎にあづかるべき
0000_,31,517b33(00):道理をしりながら、わが身のすてられまいらすべきや
0000_,31,517b34(00):うおば、いかがして案じいたすべき。ただ極樂のねが
0000_,31,518a01(00):はしくもなく、念佛の申されざらむ事のみこそ、往生
0000_,31,518a02(00):のさわりにてはあるべけれ。かるがゆへに他力の本願
0000_,31,518a03(00):とも超世の悲願とも申也。時遠入道いまこそこころえ
0000_,31,518a04(00):ぬれとて、てをあはせてよろこびけり
0000_,31,518a05(00):讃岐國小松の庄は、弘法大師の建立、觀音の靈驗の
0000_,31,518a06(00):ところ、生福寺につき給ふ。そもそも當國に同じき大
0000_,31,518a07(00):師の父のために名をかりて善通寺といふ伽藍おはしま
0000_,31,518a08(00):す。記文にいはく、これにまいらん人は、かならず一
0000_,31,518a09(00):佛淨土のともなるべきよし、侍りければ、このたびの
0000_,31,518a10(00):よろこび、これにありとてすなわちまいり給けり
0000_,31,518a11(00):同行達、名にきこへたるところ也、いざや、さぬきの
0000_,31,518a12(00):松山みむ、といひければ、われもゆかむとて上人もわた
0000_,31,518a13(00):り給たりけるに、人人おもしろさにたえずして、一首
0000_,31,518a14(00):づつあるべきよし、いひければ上人
0000_,31,518a15(00):いかにしてわれごくらくにむかるべき
0000_,31,518a16(00):みだのちかひのなきよなりせば
0000_,31,518a17(00):人人この御歌落題に候。松山遠流のけしき候はずと、
0000_,31,518b18(00):なんじ申ければ、さりとてはところのおもしろくて、
0000_,31,518b19(00):こころのすめばかくいはるるなりと、おほせられけれ
0000_,31,518b20(00):ば、みななみだおとしてけり
0000_,31,518b21(00):建暦元年八月かへりのぼり給べきよし、中納言光親
0000_,31,518b22(00):の卿のうけたまはりにてありけるに、しばらく勝尾の勝
0000_,31,518b23(00):如上人の往生の地いみじくおぼえて、御逗留ありける
0000_,31,518b24(00):に、道俗男女まいりあつまりけり
0000_,31,518b25(00):かくて恒例の引聲念佛聽聞のおはりに、僧の衣裳こ
0000_,31,518b26(00):とやうなりければ、信空上人のもとへこのやうおほせ
0000_,31,518b27(00):られて、裝束勸進のありければ、ほどなく法服十五具
0000_,31,518b28(00):すすめ出してもちてまいり給けり。感にたへて住僧等
0000_,31,518b29(00):臨時の念佛七日七夜勤修する也
0000_,31,518b30(00):當山に一切經ましまさざりければ、上人所持の經論
0000_,31,518b31(00):をくだし給けるに、寺僧七十人ばかり蓋をさし、香を
0000_,31,518b32(00):たき、花をちらし、おのおの歎喜して迎へ奉り、あま
0000_,31,518b33(00):さへ聖覺法印を唱道として、開題讃嘆し奉ける。その
0000_,31,518b34(00):言にいはく、夫以れは智慧は諸佛の萬行の根本なり。これをもて、六度の中には般若を第一とす。すでに往生をねがひ、佛身をねがふ。佛といふは即是智慧究竟せる名なり。尤さとりを起して、たえむにしたがひて、弥陀の功徳、極楽の荘厳をも觀すべし。何ぞ、ただ無智の稱名をすすむるや。是大きに佛法の通道裡にそむけり。何ぞいはく、佛法において知恵をもて最勝とする事勿論なり。いま一代を分別するに、二種あり。一には聖道、二には浄土なり。かの聖道門といふは、智慧をきわめて生死をはなる。いま浄土門といふは、愚癡にかへりて極楽にむまる。二門ともに一佛の所説なりといえども、廢立
0000_,31,519a01(00):參差し天地懸隔なり。これすなわち大聖の善巧利生
0000_,31,519a02(00):方便なり。常途の敎義をもてみだりがはしく難ずべか
0000_,31,519a03(00):らず。それ愚痴にかへるといふは、法藏比丘の昔の時
0000_,31,519a04(00):成就衆生の願をたて給しおり、すべて罪障深重のたぐ
0000_,31,519a05(00):ひ、濁世末代の愚鈍のやから、生死の盡期なからむ事
0000_,31,519a06(00):をふかく悲て、五劫思惟の室のうちに、觀念坐禪布施
0000_,31,519a07(00):持戒等のわづらはしき諸の行をさしおきて、易行易修
0000_,31,519a08(00):の稱名をもて、本願として、普く一切の下機に應じ給
0000_,31,519a09(00):へり。一念なほ得生の業也。況や多念おや。五逆むね
0000_,31,519a10(00):と正機なり、況や輕罪の人をや。これによりて超世の
0000_,31,519a11(00):誓願となづけ、又は不共の利生と稱す。ふかくその願
0000_,31,519a12(00):を信じて名號を稱念すれば、愚痴を論ぜず持戒破戒を
0000_,31,519a13(00):簡ず、十は十ながらむまれ、百は百ながらむまる。し
0000_,31,519a14(00):かのみならず、釋迦慇懃の付屬、諸佛一味の證誠は、
0000_,31,519a15(00):ただ名號にかぎりて觀佛に通ぜず。指方立相してあへ
0000_,31,519a16(00):てふかきことはりをあかさず。無智の義文ことはり必
0000_,31,519a17(00):然なり。ただ信じて行ずるよりほかには義なきをもて
0000_,31,519b18(00):は義とす。但もとより智慧ありて彌陀の内證、外用の
0000_,31,519b19(00):功德、極樂の地下地上の莊嚴等を觀ぜんおば、必ずし
0000_,31,519b20(00):も遮せず。いま論ずるところは、義理觀念をもて宗と
0000_,31,519b21(00):して、但信稱名の行者をかたくなはしく、これを非す
0000_,31,519b22(00):るを解する也。かの聖道門の先德明哲、淨土門に入て
0000_,31,519b23(00):宗意をあきらめて其心をうれば、本願の奧旨往生の正
0000_,31,519b24(00):業、併ら口稱念佛也と見ひらきぬる上は、淨土經の所
0000_,31,519b25(00):説の觀佛三昧すらなほもて廢す。いかにいはむや、他
0000_,31,519b26(00):宗のふかき觀においてをや。只稱名のほかにはその他
0000_,31,519b27(00):事をわする。かるがゆへに、淨土の機は愚痴にかえる
0000_,31,519b28(00):とはいふ也。夫八萬の法藏は八萬の衆類をみちびき、
0000_,31,519b29(00):一實眞如は一向專稱をあらはすところなり。用明天皇
0000_,31,519b30(00):のまうけのきみ、御誕生に南無佛と唱へ給ふ。その名
0000_,31,519b31(00):をあらはさずといえども、心は彌陀の名號なり。慈覺
0000_,31,519b32(00):大師の傳燈は經文を引て寶池のなみに和し、空也上人
0000_,31,519b33(00):の念佛、常行はこゑをたてて德をあらはし、永觀律師
0000_,31,519b34(00):の往生の式は、七門をひらいて一偏につかず。良忍上
0000_,31,520a01(00):人の融通念佛は神紙冥道にはすすめ給へども、凡夫の
0000_,31,520a02(00):のぞみはうとうとし、ここにわが大師法主上人行年四
0000_,31,520a03(00):十三より念佛門に入てあまねくひろめ給に、天子のい
0000_,31,520a04(00):つくしみ玉冠をにしに傾け、月卿の賢き金劔をにしに
0000_,31,520a05(00):ただしくす。皇后のこひたるは韋提希のあとをおひ、
0000_,31,520a06(00):傾城のことんなき五百の侍女をまなぶ、而間、とめる
0000_,31,520a07(00):はおごりてもてあそび、まづしきものはなげきてとも
0000_,31,520a08(00):とす。農夫は鋤をもてかずをしり、驛路は念佛をもて
0000_,31,520a09(00):鳥に擬し、をたたく海上には念佛をもて魚をつり、
0000_,31,520a10(00):鹿をまつ木本には念佛をもてひづめをとる。雪月花を
0000_,31,520a11(00):みる人は西樓に目をかけ、琴詩酒に耽輩はにしのえだ
0000_,31,520a12(00):の梨をおる。彌陀をあがめざる人をば瑕瑾とし、ずず
0000_,31,520a13(00):をくらざるときおばはぢとす。花族英才なりといゑど
0000_,31,520a14(00):も、念佛せざるおば、おとしめ、乞丐非人なりといゑ
0000_,31,520a15(00):ども念佛するおばもてなす。かるがゆへに八功德水の
0000_,31,520a16(00):上には念佛の蓮す池に滿、三尊來迎のいとなみには紫
0000_,31,520a17(00):臺にさしおくひまなし。しかのみならず、われらが念
0000_,31,520b18(00):佛せざるはかの池の荒廢なり。われらが欣求せざるは
0000_,31,520b19(00):その國の愁訴也。くにのにぎわひ佛のたのしみ、稱名
0000_,31,520b20(00):をもてさきとす。人のねがひわがねがひ、念佛をもて
0000_,31,520b21(00):もととす。よて當座の愚昧公請につかへてかへるよは
0000_,31,520b22(00):念佛を唱て枕とし、私宅をいでてわしる日は、極樂を
0000_,31,520b23(00):念じて車をはす。これみな上人の敎誡過去の宿善にあ
0000_,31,520b24(00):らずや。たづねみれば彌陀はすなわち應聲來現の如來
0000_,31,520b25(00):受用智慧の眞身也。名號は又五劫思惟の肝心、願行所
0000_,31,520b26(00):成の惣体也。かるがゆへに、これを信じて稱念すれば
0000_,31,520b27(00):念念に八十億劫の生死の惡を滅し、こゑこゑに無上
0000_,31,520b28(00):の大利を獲得す。このゆへに念佛の衆生は一世に即ち
0000_,31,520b29(00):相好の業因をうへ、現身にあくまで福智の資糧をたく
0000_,31,520b30(00):わへて、愚痴暗鈍の凡夫なれども、うちには六度の萬
0000_,31,520b31(00):行を修する菩薩とおなじ。もししからばいかで有漏の
0000_,31,520b32(00):穢土をいでて、無爲の報國にまいりて凡夫の性をすて
0000_,31,520b33(00):直に法性の身を證せむや。定てしりぬ。彌陀の本願と
0000_,31,520b34(00):いふは萬機を名號の一願におさめ、千品を口稱の十念
0000_,31,521a01(00):にむかへ、同じく寳池の蓮に託生せしめ、ともに無生
0000_,31,521a02(00):の益を證得す。五逆をもきらはず、謗法おもすてず、
0000_,31,521a03(00):しりぬべしとてはなをかみとどこほりなくの給ければ
0000_,31,521a04(00):寺僧結衆戒成王子大般若供養には草木ことごとくなび
0000_,31,521a05(00):きけり。いま上人念佛の勸進には道俗みな淨土をねが
0000_,31,521a06(00):ひけり。ほどなく歸京のよしきこへければ一山みなお
0000_,31,521a07(00):くり奉る
0000_,31,521a08(00):昔釋迦佛忉利の雲よりくだり給ければ、人天大會よ
0000_,31,521a09(00):ろこびしがごとく、いま上人南海よりのぼり給へば、
0000_,31,521a10(00):人人面面に供養し奉る。一夜のうちに一千餘人と云。
0000_,31,521a11(00):あければ上下くもかすみのごとくあつまりて御物語あ
0000_,31,521a12(00):りけるに、仰られけるは、決定往生の人に二人のしな
0000_,31,521a13(00):あるべし。一には威儀をそなへ口には念佛を相續し、
0000_,31,521a14(00):心には本誓をあおぎて、四威儀のふるまひにつけて遁
0000_,31,521a15(00):世の相をあらはし、三業の所作出要にそなへたり。ほ
0000_,31,521a16(00):かに賢善精進の相あれどもうちに愚痴懈怠の心なく、
0000_,31,521a17(00):行儀をもかかず、渡世おもうかがはず、心かたましく
0000_,31,521b18(00):して利養をへつらふ事もなく名聞の思もなく貪瞋邪僞
0000_,31,521b19(00):もなく奸詐百端もなく、雜毒のけがれもなく、不可の
0000_,31,521b20(00):失もなく、まことに外儀も精進に、内心も賢善に内外
0000_,31,521b21(00):相應して一向に往生をねがふ人もあり。これ決定往生
0000_,31,521b22(00):の人なり。かかる上根の後世者は末代にもまれなるべ
0000_,31,521b23(00):し。二にはほかにたふとくいみじき相をもほどこさず
0000_,31,521b24(00):うちに名利の心もなく、三界をふかくうとみていとふ
0000_,31,521b25(00):心ろ肝にそみ、淨土をこひねがふ心ろ髓にとほり、本
0000_,31,521b26(00):願を信知して、むねのうちに歡喜し往生をねがひて念
0000_,31,521b27(00):佛をおこたらず、ほかには世間にまじはりて世路をわ
0000_,31,521b28(00):しり、在家にともなひて利養にかたどり、妻子に隨逐
0000_,31,521b29(00):して、行儀更に遁世のふるまひならず。しかりといゑ
0000_,31,521b30(00):ども、心中には往生の心ざし片時もわすれがたく、身
0000_,31,521b31(00):口の二業を意業にゆづり、世路のいとなみを往生の資
0000_,31,521b32(00):糧とあてがひ妻子眷屬を知識同行とたのみて、よはひ
0000_,31,521b33(00):の日日にかたぶくおば、往生のやうやくちかづくぞと
0000_,31,521b34(00):よろこび、命の夜夜におとろふるおば、穢土のやうや
0000_,31,522a01(00):くとおざかると心ろゑ、命のおはらむ時を生死のおは
0000_,31,522a02(00):りとあてがひ、かたちをすてむ時を苦惱のおはりと期
0000_,31,522a03(00):し、影向を紫のとぼそにたれ、行者はこの時ゆかむと
0000_,31,522a04(00):期して結跏を觀音の蓮臺の上にまつ、このゆへに、い
0000_,31,522a05(00):そがしきかな往生。とくこの命のはてねかし。こひし
0000_,31,522a06(00):きかな極樂。はやくこの命のたへねかし。くやしきか
0000_,31,522a07(00):なわが心ろ、生死の人やをすみかとして惡業のために
0000_,31,522a08(00):つかはるる事。うれしきかなわが心、無爲のみやこに
0000_,31,522a09(00):かへりゆきて四生のあるじとあおがれむ事。かやうに
0000_,31,522a10(00):心のうちにすまして廢忘する事なく、たとひ緣にあへ
0000_,31,522a11(00):ばよろこびもあり、うれへもあり、おしき事もあり、
0000_,31,522a12(00):うとましき事もあり、はづかしき事もあり、いとおし
0000_,31,522a13(00):き事もあり、ねたき事もあり。かやうの事あれども、
0000_,31,522a14(00):これは一旦の文のあひだの穢土のならひくせと心えて
0000_,31,522a15(00):これがためにまぎらはされず、いよいよいとはしく、
0000_,31,522a16(00):たびのみちにあれたるやどにとどまりて、あかしかね
0000_,31,522a17(00):たる心地して、よそめはとりわき後世者ともしられず
0000_,31,522b18(00):よの中にまぎれて、ただ彌陀の本願にのりてひそかに
0000_,31,522b19(00):往生する人あり。これはまことの後世者なるべし。時
0000_,31,522b20(00):機相應したる決定往生の人なり。この二人の心たてを
0000_,31,522b21(00):彌陀は至心とおしへ、釋迦は至誠心と説、善導は眞實
0000_,31,522b22(00):心と釋し給へり
0000_,31,522b23(00):つぎのとし上人滿八十、正月二日より老病の上に
0000_,31,522b24(00):不食ことに增して、おほよそ兩三年耳もきき給はず、
0000_,31,522b25(00):心も毫し給へり。しかるをいまさらに昔のごとく明明
0000_,31,522b26(00):として、念佛つねよりも熾盛なり。仁和寺に侍ける
0000_,31,522b27(00):あま、御往生をゆめみてまいり侍けり
0000_,31,522b28(00):ある時つげての給はく、この十餘年、念佛功つもり
0000_,31,522b29(00):て佛菩薩極樂の莊嚴をおがむ事これつねなり。末座の
0000_,31,522b30(00):僧とひ奉ていはく、このたびの御往生は決定なりや。
0000_,31,522b31(00):答ての給はく、極樂にありし身なれば、かへりゆくべ
0000_,31,522b32(00):し。觀音勢至等の聖衆あなこのまへにましますよしを
0000_,31,522b33(00):たびたびの給ふ。紫雲の現ずるをきき給て即ちかたり
0000_,31,522b34(00):ての給く、わが往生はもろもろの衆生のため也。又そ
0000_,31,523a01(00):の期にのぞみて三日三夜、或は一時或は半時、高聲の
0000_,31,523a02(00):念佛をし玉ふ、きくものみなおどろく。廿四日とりの
0000_,31,523a03(00):尅より以去、稱名躰をせめて無間なり。無餘也。助音
0000_,31,523a04(00):の人人は窮崛におよぶといゑども暮齡病惱の身、會猛
0000_,31,523a05(00):にしてこゑをたたざる事未曾有の事なり。明日往生
0000_,31,523a06(00):のよし、夢想のつげによておどろききたりて終焉にあ
0000_,31,523a07(00):ふもの五六許輩なり。かねて往生の告をかふる人人
0000_,31,523a08(00):前權右大辨藤原兼隆朝臣 權律師隆寬 白河准后
0000_,31,523a09(00):の宮女房 別當入道ナヲシラズ 尼念阿彌陀佛
0000_,31,523a10(00):坂東尼 侍從信賢 祇陀林の經師 一切經谷住侶大
0000_,31,523a11(00):進公 薄師眞淸 水尾山樵夫 紫雲をみたるもの
0000_,31,523a12(00):どもあり
0000_,31,523a13(00):彌陀の三尊紫雲に乗じて來迎し給をみる人人
0000_,31,523a14(00):信空上人 隆寬律師 證空上人
0000_,31,523a15(00):空阿彌陀佛 定生房 勢觀房
0000_,31,523a16(00):廿五日の最後には慈覺大師の袈裟をかけて四句の文
0000_,31,523a17(00):を唱ふ。光明遍照十方世界念佛衆生攝取不捨これなり。
0000_,31,523b18(00):頭北面西にしておはり給ぬ。音聲とどまりてのちなほ
0000_,31,523b19(00):唇舌をうごかす事十餘反ばかりなり。面色ことにあざ
0000_,31,523b20(00):やかにして、形容えめるににたり。時に建暦二年正月
0000_,31,523b21(00):廿五日午正中なり。春秋八十にみつ。釋尊の在世にお
0000_,31,523b22(00):なじ。ひとりの雲客ありて七八年のさきにゆめにみて
0000_,31,523b23(00):上人の臨終に光明遍照の文を誦し給べしと。往日のゆ
0000_,31,523b24(00):めいまに符合す。たれか歸信せざらむや。命つき魂さ
0000_,31,523b25(00):りぬれば、むなしく名號をとどめて自のため、他のた
0000_,31,523b26(00):めなんの益かあるや。しかるに、淨土の宗義につきて
0000_,31,523b27(00):凡夫直往の往路をしめし、選擇本願をあらはして、念
0000_,31,523b28(00):佛の行者の龜鏡にそなふ。餘恩沒後にあたりていい
0000_,31,523b29(00):よさかりに、遺德在世にひとしくして變ずる事なし。
0000_,31,523b30(00):朝野遠近おなじく寶刹の月をのぞみ、貴賤男女ともに
0000_,31,523b31(00):檀林のくせをねがふ。このゆへにあるいは紫雲に乘じ
0000_,31,523b32(00):あるいは蓮臺に坐し、あるいは異香をかぎ、或は光明
0000_,31,523b33(00):をみ、或は化佛を拜し、或は聖衆にまじはりてながく
0000_,31,523b34(00):娑婆をいでて、たちまちに淨土にうつる事、視聽にふ
0000_,31,524a01(00):るるところ、目にみち耳にみてり。ながれをくみて、
0000_,31,524a02(00):みなもとをたづぬるに、先師の恩德なり。すゑのよの
0000_,31,524a03(00):われらが大師、この人にあり。恩やまよりもたかく德
0000_,31,524a04(00):うみよりもふかし。萬劫億劫にも謝しがたく、報じが
0000_,31,524a05(00):たし。しかしつねに名號をとなえて、かの本懐に順ぜ
0000_,31,524a06(00):むにはしかじ云云
0000_,31,524a07(00):御中陰御佛事の事
0000_,31,524a08(00):初七日 不動尊 御導師 信蓮房
0000_,31,524a09(00):二七日 普賢菩薩 御導師 求佛房
0000_,31,524a10(00):三七日 彌勒菩薩 御導師 住信房
0000_,31,524a11(00):四七日 正觀音 御導師 法蓮房
0000_,31,524a12(00):五七日 地藏菩薩 御導師 權律師隆寬
0000_,31,524a13(00):六七日 釋迦如來 御導師 法印大僧都聖覺
0000_,31,524a14(00):七七日 兩界曼荼羅阿彌陀如來御導師三井ノ僧正公胤
0000_,31,524a15(00):法地房の法印在世のあひだは、若大衆たびたびおこ
0000_,31,524a16(00):るといゑども、證眞法印 上人の德に歸して奏状をか
0000_,31,524a17(00):かざるあひだ、ちからおよばずしてすぐるほどに、後
0000_,31,524b18(00):高倉院御宇に 僧正圓基持山の時、嘉祿三年丁亥ヒノ
0000_,31,524b19(00):トノヰ六月廿一日山の所司專當くだりて上人の墓所
0000_,31,524b20(00):をほりすつべきよしきこゆ。ここに京師守護修理の亮
0000_,31,524b21(00):平の時氏内藤五郞兵衞入道盛政法師をさしつかはして
0000_,31,524b22(00):子細をたづねらるるあひだ、問答往復して晩陰におよ
0000_,31,524b23(00):ぶによりて、使等かへりおはりぬ。よりて信空上人弟
0000_,31,524b24(00):子並に念佛に心ろざしある道俗等棺をになひて嵯峨の
0000_,31,524b25(00):二尊院にかくしおきて、つぎのとし火葬しておのおの
0000_,31,524b26(00):御骨を、えくびにかけて如來の舍利をうやまうがごと
0000_,31,524b27(00):し。ここにしりぬ。これ聖人の大悲の方便なり。また
0000_,31,524b28(00):く邪魔外道の障難にあらざる也
0000_,31,524b29(00):入道隨蓮といふものありけり。四條までのこうぢは
0000_,31,524b30(00):いえなり。出家ののちつねに上人にまいりて念佛の事
0000_,31,524b31(00):をうけ給けり。上人仰られて云く、念佛はやうなきを
0000_,31,524b32(00):やうとす。ただつねに念佛すれば、臨終にはかならず
0000_,31,524b33(00):佛きたりてむかへて、極樂にはまいるなりとの給ひ、
0000_,31,524b34(00):こはこの御ことばを信じて、餘念なきところに、ある
0000_,31,525a01(00):人の云く、念佛申て往生するには、かならず、三心と
0000_,31,525a02(00):いふ事あり。これをしらでは、往生かなはずといふ。
0000_,31,525a03(00):隨蓮申すやう、上人の御房はただやうなしとこそ候し
0000_,31,525a04(00):かと申すところに、かの御房いはく、それはうましき
0000_,31,525a05(00):もののためには、おほせられけるなりと申けり。まこ
0000_,31,525a06(00):とにさる事もあるらんと思て、この事おぼつかなくて
0000_,31,525a07(00):心ろみだれておぼへけるに、ある時、ゆめにみるやう
0000_,31,525a08(00):法勝寺の阿彌陀堂に人人あまた法門さたあるとおぼへ
0000_,31,525a09(00):てまいりてみれば、上人みなみむきに、きたの座にお
0000_,31,525a10(00):はします。ちかくまいりて候へば、隨蓮を御覽じて仰
0000_,31,525a11(00):られての給はく、汝このほど心におぼつかなく思ひつ
0000_,31,525a12(00):る事あり、それはおぼつかなく思ふべからず。たとへ
0000_,31,525a13(00):ばこの池に蓮花あり。この蓮花をひが事いふ人ありて
0000_,31,525a14(00):これは蓮花にはあらず、むめなり、さくらなりといは
0000_,31,525a15(00):むおば、汝はいかが思べき。答申ていはく、現に蓮花
0000_,31,525a16(00):にて候はむおば、いかに人むめさくらと申候とも、い
0000_,31,525a17(00):かがむめさくらとは思ひ候べき。その時上人の給はく
0000_,31,525b18(00):いかに人いふとも、それは蓮華をむめさくらといはむ
0000_,31,525b19(00):がごとし、信ずべからず。わがやうなきをやうとす、
0000_,31,525b20(00):ただ念佛すれば往生すといひしを信じて念佛申すべし
0000_,31,525b21(00):との給へり。そののち不審ことごとくはれて心あきら
0000_,31,525b22(00):かになりぬといへり。さればたれたれもこの定に心ゑ
0000_,31,525b23(00):てやうもなき念佛して往生すべき也
0000_,31,525b24(00):建永二年の春、上人配所におもむき給ふ時、信空ひ
0000_,31,525b25(00):そかに申ていはく、御年たかくなりて、とおきさかひ
0000_,31,525b26(00):におもむき給事、いたはしくかなしくこそと申されけ
0000_,31,525b27(00):れば、上人無實にてとおきさかひにおもむく事、その
0000_,31,525b28(00):たぐひおほし。われこれをなすべきとせず。ただしお
0000_,31,525b29(00):そらくは天衆地類知見あらば、もし天下のため大事や
0000_,31,525b30(00):いできたらむずらむとの給へり。又もし因緣つきずば
0000_,31,525b31(00):又あひあふ事もなどかなからむとの給ふ。信空のの給
0000_,31,525b32(00):はく、先師のことばたがわず承久三年に君はおきの國
0000_,31,525b33(00):にとしをへて御なげき、臣は東土のみちに命をうしな
0000_,31,525b34(00):う。又おほかた念佛沙汰ある事に、必ず世間おたしか
0000_,31,526a01(00):らず。因果の道理むなしからず、たれかこれをおそれ
0000_,31,526a02(00):ざるべきといへり
0000_,31,526a03(00):南無阿彌陀佛 十反
0000_,31,526a04(00):草本云 永仁四年十一月十六日云云
0000_,31,526a05(00):永仁四年丙申十二月下旬第六書寫之