0000_,09,610a01(00):むまれてはまつおもひてんふるさとに
0000_,09,610a02(00):ちきりしとものふかきまことを
0000_,09,610a03(00):あみたふつと申すはかりをつとめにて
0000_,09,610a04(00):淨土の莊嚴見るそうれしき
0000_,09,610a05(00):しはの戸にあけくれかかるしら雲を
0000_,09,610a06(00):いつむらさきのいろとみなさん
0000_,09,610a07(00):露の身はここかしこにてきえぬとも
0000_,09,610a08(00):心はおなしはなのうてなそ
0000_,09,610a09(00):阿彌陀佛と十こゑとなへてまとろまん
0000_,09,610a10(00):なかきねむりになりもこそすれ
0000_,09,610a11(00):月かけのいたらぬさとはなけれとも
0000_,09,610a12(00):なかむる人のこころにそすむ
0000_,09,610a13(00):
0000_,09,610a14(00):
0000_,09,610a15(00):
0000_,09,610a16(00):
0000_,09,610a17(00):黑谷上人語燈錄卷第十五
0000_,09,610b18(00):拾遺黑谷語燈錄卷中上漢語中下和語
0000_,09,610b19(00):
0000_,09,610b20(00):厭欣沙門了惠集錄
0000_,09,610b21(00):
0000_,09,610b22(00):登山狀第一
0000_,09,610b23(00):示或人詞第二
0000_,09,610b24(00):津戸返狀第三
0000_,09,610b25(00):示或女房法語第四
0000_,09,610b26(00):登山狀
0000_,09,610b27(00):それ流浪三界のうち。いづれの界にをもむきてか。
0000_,09,610b28(00):釋尊の出世にあはざりし。輪廻四生のあひた。いづ
0000_,09,610b29(00):れの生をうけてか。如來の説法をきかざりし。華嚴
0000_,09,610b30(00):開講のむしろにもまじはらす。般若演説の座にもつ
0000_,09,610b31(00):らならす。鷲峯説法のにはにものぞます。鶴林涅槃
0000_,09,610b32(00):のみぎりにもいたらす。われ舍衛の三億の家にやや
0000_,09,610b33(00):とりけん。しらず地獄八熱のそこにやすみけん。は
0000_,09,610b34(00):づへしはづへし。かなしむへしかなしむへし。まさにいま多生曠
0000_,09,610b35(00):劫をへて。むまれかたき人界にむまれて。無量劫を
0000_,09,611a01(00):をくりて。あひがたき佛敎にあへり。釋尊の在世に
0000_,09,611a02(00):あはざる事は。かなしみなりといへとも。敎法流布
0000_,09,611a03(00):の世にあふ事をえたるは。是よろこひ也。たとへは
0000_,09,611a04(00):目しゐたる龜の。うき木のあなにあへるがことし。
0000_,09,611a05(00):わか朝に佛法流布せし事も。欽明天皇あめのしたを
0000_,09,611a06(00):しろしめして。十三年みつのえさるのとし。冬十月
0000_,09,611a07(00):一日はしめて佛法わたり給ひし。それよりさきには
0000_,09,611a08(00):如來の敎法も流布せさりしかは。菩提の覺路いまだ
0000_,09,611a09(00):きかず。ここにわれらいかなる宿縁にこたへ。いか
0000_,09,611a10(00):なる善業によりてか。佛法流布の時にむまれて。生
0000_,09,611a11(00):死解脱のみちをきく事をえたる。しかるをいまあひ
0000_,09,611a12(00):かたくしてあふ事をえたり。いたづらにあかしくら
0000_,09,611a13(00):して。やみなんこそかなしけれ。あるひは金谷の花
0000_,09,611a14(00):をもてあそひて。遲遲たる春の日をむなしくくらし
0000_,09,611a15(00):あるひは南樓に月をあざけりて。漫漫たる秋の夜を
0000_,09,611a16(00):いたつらにあかす。あるひは千里の雲にはせて。山の
0000_,09,611a17(00):かせきをとりてとしををくり。あるひは萬里のなみ
0000_,09,611b18(00):にうかひて。うみのいろくつをとりて日をかさね。
0000_,09,611b19(00):あるひは嚴寒にこほりをしのきて世路をわたり。あ
0000_,09,611b20(00):るひは炎天にあせをのこひて利養をもとめ。あるひ
0000_,09,611b21(00):は妻子眷屬に纒はれて。恩愛のきつなきりかたし。
0000_,09,611b22(00):あるひは讎敵怨類にあひて。瞋恚のほむらやむ事な
0000_,09,611b23(00):し。總してかくのことくして。晝夜朝暮行住坐臥。
0000_,09,611b24(00):時としてやむ事なし。ただほしきままに。あくまて
0000_,09,611b25(00):三途八難の業をかさぬ。しかれはある文には。一人
0000_,09,611b26(00):一日中。八億四千念。念念中所作。皆是三途業とい
0000_,09,611b27(00):へり。かくのことくして。昨日もいたつらにくれぬ。
0000_,09,611b28(00):今日も又むなしくあけぬ。いまいくたびかくらし。
0000_,09,611b29(00):いくたひかあかさんとする。それあしたにひらくる
0000_,09,611b30(00):榮花は。ゆふへの風にちりやすく。ゆふへにむすふ
0000_,09,611b31(00):命露は。あしたの日にきえやすし。是をしらすして
0000_,09,611b32(00):つねにさかへん事を思ひ。是をさとらすしてつねに
0000_,09,611b33(00):あらん事をおもふ。しかるあひた。無常の風ひとた
0000_,09,611b34(00):ひふきて。有爲のつゆながくきえぬれは。これを曠
0000_,09,612a01(00):野にすて。これをとをき山にをくる。かはねはつゐ
0000_,09,612a02(00):にこけのしたにうづもれ。たましゐはひとりたひの
0000_,09,612a03(00):そらにまよふ。妻子眷屬は。家にあれともともなは
0000_,09,612a04(00):ず。七珍萬寳は。藏にみてれとも益もなし。ただ身
0000_,09,612a05(00):にしたがふものは。後悔のなみた也。つゐに閻魔の
0000_,09,612a06(00):廳にいたりぬれは。つみの淺深をさだめ。業の輕重
0000_,09,612a07(00):をかんがへらる。法王罪人にとひていはく。なんぢ
0000_,09,612a08(00):佛法流布の世にむまれて。なんぞ修行せずして。い
0000_,09,612a09(00):たづらにかへりきたるやとその時にはわれらいかか
0000_,09,612a10(00):こたへむとする。すみやかに出要をもとめて。むな
0000_,09,612a11(00):しく歸る事なかれ。そもそも一代諸敎のうち。顯宗
0000_,09,612a12(00):密宗。大乘小乘。權敎實敎論家。部八宗にわかれ。
0000_,09,612a13(00):義萬差につらなりて。あるひは萬法皆空の旨をとき。
0000_,09,612a14(00):あるひは諸法實相の意をあかし。あるひは五性各別
0000_,09,612a15(00):の義をたて。あるひは悉有佛性の理を談し。宗宗に
0000_,09,612a16(00):究竟至極の義をあらそひ。各各に甚深正義の宗を論
0000_,09,612a17(00):ず。みなこれ經論の實語也。抑又如來の金言也。あ
0000_,09,612b18(00):るひは機をととのへてこれをとき。あるひは時をか
0000_,09,612b19(00):かみてこれををしへ給へり。いづれかあさく。何れ
0000_,09,612b20(00):かふかき。ともに是非をわきまへかたし。かれも敎
0000_,09,612b21(00):これも敎。たがひに偏執をいたく事なかれ。説のご
0000_,09,612b22(00):とく修行せは。みなことことく生死を過度すべし。
0000_,09,612b23(00):法のことく修行せは。ともにおなしく菩提を證得す
0000_,09,612b24(00):へし。修せずしていたつらに是非を論す。たとへは
0000_,09,612b25(00):目しゐたる人のいろの淺深を論し。みみしゐたる人
0000_,09,612b26(00):のこゑの好惡をいはんかことし。ただすべからく修
0000_,09,612b27(00):行すへし。何も生死解脱のみち也。しかるにいまか
0000_,09,612b28(00):れを學する人はこれをそねみ。これを誦する人はか
0000_,09,612b29(00):れをそしる。愚鈍のものこれがためにまどひやすく
0000_,09,612b30(00):淺才の身是がためにわきまへかたし。たまたま一法
0000_,09,612b31(00):にをもむきて功をつまんとすれは。すなはち諸宗の
0000_,09,612b32(00):あらそひたかひにきたる。ひろく諸敎にわたりて義
0000_,09,612b33(00):を談せんとおもへは。一期のいのちくれやすし。か
0000_,09,612b34(00):の蓬萊方丈瀛州といふなる三の山にこそ。不死のく
0000_,09,613a01(00):すりはありときけ。かれを服してまれ。いのちをの
0000_,09,613a02(00):へて漸漸に習はばやと思へども。たづぬへきかたも
0000_,09,613a03(00):おほえす。もろこしに秦皇漢武ときこえし御門。こ
0000_,09,613a04(00):れをききてたづねにつかはしたりしかども。童男丱
0000_,09,613a05(00):女ふねのうちにして。年月ををくりき。彭祖か七百
0000_,09,613a06(00):歳の法。むかしかたりにていまのときにつたへがた
0000_,09,613a07(00):し。曇鸞法師と申しし人こそ。佛法のそこをきはめ
0000_,09,613a08(00):むと思ふに。人のいのちはあしたを期しかたしとて
0000_,09,613a09(00):佛法をならはんがために。長生の仙法をはつたへ給
0000_,09,613a10(00):ひけれ。時に菩提流支と申す三藏ましましき。曇鸞
0000_,09,613a11(00):かの三藏の御まへにまうでで申給ふやうは。佛法の
0000_,09,613a12(00):中に長生不死の法。この土の仙經にすぎたるありや
0000_,09,613a13(00):ととひ給ひけれは。三藏地につばきをはきてのたま
0000_,09,613a14(00):はく。この方にはいつくのところにか長生の法あら
0000_,09,613a15(00):ん。たとひ長年をえてしはらくしなすとも。つゐに
0000_,09,613a16(00):三有に輪廻すとの給ひて。すなはち觀無量壽經をさ
0000_,09,613a17(00):づけて。大仙の法也是によりて修行せは。かならす
0000_,09,613b18(00):生死を解脱すへしとのたまひき。曇鸞これをつたへ
0000_,09,613b19(00):て。たちところに仙經を火にやきすて。觀無量壽經
0000_,09,613b20(00):によりて。淨土の行を修したまひき。そののち曇鸞
0000_,09,613b21(00):道綽善導懷感少康等にいたるまて。このながれをつ
0000_,09,613b22(00):たへ給へり。そのみちをおもひて。いのちをのべて
0000_,09,613b23(00):大仙の法をとらんとおもふに。道綽禪師の安樂集に
0000_,09,613b24(00):も。聖道淨土の二門をたてたまふは此意なり。その
0000_,09,613b25(00):聖道門といふは。穢土にして煩惱を斷して菩提にい
0000_,09,613b26(00):たる也。淨土門といふは。淨土にむまれて。かしこ
0000_,09,613b27(00):にして煩惱を斷して菩提にいたる也。いまこの淨土
0000_,09,613b28(00):宗につゐてこれをいへは。又觀經にあかすところの
0000_,09,613b29(00):業因一つにあらす。三福九品。十三定善。その行し
0000_,09,613b30(00):なしなにわかれて。その業まちまちにつらなれり。
0000_,09,613b31(00):まづ定善十三觀といふは。日想水想地想寳樹寳池寳
0000_,09,613b32(00):樓花座像想眞身觀音勢至普觀雜觀是也。つぎに散善
0000_,09,613b33(00):三福といふは一には孝養父母奉事師長。慈心不殺修
0000_,09,613b34(00):十善業。二には受持三皈。具足衆戒。不犯威儀。三
0000_,09,614a01(00):には發菩提心。深信因果。讀誦大乘。勸進行者也。
0000_,09,614a02(00):九品はかの三福の業を開してその業因にあつ。つぶ
0000_,09,614a03(00):さには觀經にみえたり。總じて是をいへは。定散二
0000_,09,614a04(00):善の中にもれたる往生の行はあるへからす。これに
0000_,09,614a05(00):よりて。あるひはいづれにもあれ。ただ有縁の行にを
0000_,09,614a06(00):もむきて。功をかさねて。心のひかん法によりて。
0000_,09,614a07(00):行をはげまば。みなことことく往生をとぐへし。さ
0000_,09,614a08(00):らにうたがひをなす事なかれ。いましはらく自法に
0000_,09,614a09(00):つきてこれをいはば。まさにいま定善の觀門は。か
0000_,09,614a10(00):ずかずにつらなりて十三あり。散善の業因は。まち
0000_,09,614a11(00):まちにわかれて九品あり。その定善の門にいらんと
0000_,09,614a12(00):すれは。すなはち意馬あれて六塵の境にはせ。かの
0000_,09,614a13(00):散善の門にのぞまんとすれは。又心猿あそんて十惡
0000_,09,614a14(00):のえたにうつる。かれをしづめんとすれともえす。
0000_,09,614a15(00):是をととめむとすれどもあたはす。いま下三品の業
0000_,09,614a16(00):因をみれは。十惡五逆の衆生。臨終に善知識にあひ
0000_,09,614a17(00):て。一聲十聲。阿彌陀佛の名號をとなへて。往生す
0000_,09,614b18(00):ととかれたり。これなんぞわれらが分にあらざらん
0000_,09,614b19(00):や。かの釋の雄俊といひし人は。七度還俗の惡人也。
0000_,09,614b20(00):いのちをはりてのち獄閻魔の廳庭にゐてゆきて。
0000_,09,614b21(00):南閻浮提第一の惡人。七度還俗の雄俊ゐてまいりて
0000_,09,614b22(00):はんべりと申けれは。雄俊申ていはく。われ在生の
0000_,09,614b23(00):時觀無量壽經をみしかば。五逆の罪人阿彌陀ほとけ
0000_,09,614b24(00):の名號を十聲となへて。極樂に往生すとまさしくと
0000_,09,614b25(00):かれたり。われ七度還俗すといへとも。いまた五逆
0000_,09,614b26(00):をはつくらす。善根すくなしといへとも。念佛十聲
0000_,09,614b27(00):にすぎたり。雄俊もし地獄におちば。三世の諸佛妄
0000_,09,614b28(00):語のつみにおちたまふへしと高聲にさけびしかば。
0000_,09,614b29(00):法王は理におれて。たまのかふりをかたふけて。是
0000_,09,614b30(00):をおかみ。彌陀はちかひによりて金蓮にのせてむか
0000_,09,614b31(00):へ給ひき。いはんや七度還俗にをよばざらんをや。
0000_,09,614b32(00):いはんや一形念佛せんをや。男女貴賤。行住坐臥を
0000_,09,614b33(00):えらはず。時處諸縁を論せす。これを修するにかた
0000_,09,614b34(00):からす。乃至臨終に往生を願求するに。そのたより
0000_,09,615a01(00):をえたりと。楞嚴の先德のかきをき給へるまことな
0000_,09,615a02(00):るかなや。又善導和尚この觀經を釋しての給はく。
0000_,09,615a03(00):娑婆の化主その請によるがゆへに。ひろく淨土の要
0000_,09,615a04(00):門をひらき。安樂の能人別意の弘願をあらはす。そ
0000_,09,615a05(00):の要門といは。すなはちこの觀經の定散二門これ
0000_,09,615a06(00):也。定はすなはちおもひをやめてもて心をこらし。
0000_,09,615a07(00):散はすなはち惡を廢して善を修す。この二行をめぐ
0000_,09,615a08(00):らして往生をもとめねがふ也。弘願といは。大經に
0000_,09,615a09(00):とくがことし。一切善惡の凡夫のむまるる事をうる
0000_,09,615a10(00):もの。みな阿彌陀佛の大願業力に乘して。增上縁と
0000_,09,615a11(00):せすといふ事なし。又ほとけの密意弘深にして。敎
0000_,09,615a12(00):文さとりかたし。三賢十聖もはかりてうかがふとこ
0000_,09,615a13(00):ろにあらす。いはんやわれ信外の輕毛也。さらに旨
0000_,09,615a14(00):趣をしらんや。あふひておもんみれは釋迦はこの方
0000_,09,615a15(00):にして發遣し。彌陀はかのくにより來迎し給ふ。こ
0000_,09,615a16(00):こにやりかしこによはふ。あにさらざるへけんやと
0000_,09,615a17(00):いへり。しかれは定善散善弘願の三門をたて給へり。
0000_,09,615b18(00):その弘願といは。大經に云。設我得佛。十方衆生。
0000_,09,615b19(00):至心信樂欲生我國。乃至十念。若不生者不取正覺。
0000_,09,615b20(00):唯除五逆誹謗正法といへり。善導釋していはく。若
0000_,09,615b21(00):我成佛十方衆生稱我名號下至十聲若不生者不
0000_,09,615b22(00):取正覺彼佛今現在世成佛當知本誓重願不虚衆
0000_,09,615b23(00):生稱念必得往生云云觀經の定散兩門をときをはりて
0000_,09,615b24(00):佛告阿難汝好持是語持是語者即是持無量壽
0000_,09,615b25(00):佛名云云これすなはちさきの弘願の意也。又おなしき
0000_,09,615b26(00):經の眞身觀には彌陁身色如金山相好光明照十方
0000_,09,615b27(00):唯有念佛蒙光攝當知本願最爲強云云又これさき
0000_,09,615b28(00):の弘願のゆへなり。阿彌陀經に云。不可以少善
0000_,09,615b29(00):根福德因縁得生彼國若善男子善女人聞説阿彌
0000_,09,615b30(00):陀佛執持名號若一日若二日乃至七日一心不亂其
0000_,09,615b31(00):人臨命終時心不顚倒即得往生云云つきの文に。
0000_,09,615b32(00):六方にをのをの恒河沙の佛ましまして。廣長の舌相
0000_,09,615b33(00):を出して。あまねく三千大千世界におほひて。誠實
0000_,09,615b34(00):の言なり。信せよと證誠し給へり。これ又さきの弘
0000_,09,616a01(00):願のゆへ也。又般舟三昧經にいはく。跋陀和菩薩。
0000_,09,616a02(00):阿彌陀佛にとひていはく。いかなる法を行してか。
0000_,09,616a03(00):かの國にむまるへきやと。阿彌陀佛の給はく。わか
0000_,09,616a04(00):國に來生せんとおもはんものは。つねに我名を念
0000_,09,616a05(00):じてやむ事なかれ。かくのことくして。わが國に來生
0000_,09,616a06(00):する事をうとの給へり。これ又弘願のむねを。かの
0000_,09,616a07(00):ほとけみつからのたまへり。又五臺山の大聖竹林寺
0000_,09,616a08(00):の記にいはく。法照禪師淸凉山にのぼりて。大聖竹
0000_,09,616a09(00):林寺にいたる。ここに二人の童子あり。一人をは善
0000_,09,616a10(00):財といひ。一人をは難陀といふ。この二人の童子。
0000_,09,616a11(00):法照禪師をみちびきて。寺のうちにいれて。漸漸に
0000_,09,616a12(00):講堂にいたりてみれは。普賢菩薩。無數の眷屬に圍
0000_,09,616a13(00):繞せられて座し給へり。文殊師利は。一萬の菩薩に
0000_,09,616a14(00):圍繞せられて坐し給へり。法照禮してとひたてまつ
0000_,09,616a15(00):りていはく。末法の凡夫はいづれの法をか修すへ
0000_,09,616a16(00):き。文殊師利こたへての給はく。なんぢすでに念佛
0000_,09,616a17(00):せよ。いままさしくこの時也と。法照又とひていは
0000_,09,616b18(00):く。まさにいづれの佛をか念すへきと。文殊又の給
0000_,09,616b19(00):はく。この世界をすぎて西方に阿彌陀佛まします。
0000_,09,616b20(00):かのほとけまさに願ふかくまします。なんぢまさに
0000_,09,616b21(00):念ずへしと。大聖文殊。法照禪師にまのあたりの給
0000_,09,616b22(00):ひし事也。すべてひろくこれをいへは。諸敎にあま
0000_,09,616b23(00):ねく修せしめたる法門也と。つふさにあぐるにいと
0000_,09,616b24(00):まあらす。しかるをこのころ念佛のよにひろまりた
0000_,09,616b25(00):るによりて。佛法うせなんとすと。諸宗の學者難破
0000_,09,616b26(00):をいたすによりて。人おほく念佛の行を廢すときこ
0000_,09,616b27(00):ゆ。いまた意得す侍る。佛法はこれ萬年也。うしな
0000_,09,616b28(00):はんとおもふとも。佛法擁護の諸天善神まもり給ふ
0000_,09,616b29(00):ゆへに。人のちからにてはかなふへからす。かの守
0000_,09,616b30(00):屋の大臣が。佛法を破滅せむとせしかとも。法命い
0000_,09,616b31(00):まだつきずして。いまにつたはるかことし。いはんや
0000_,09,616b32(00):無智の道俗在家の男女のちからにて。念佛を行する
0000_,09,616b33(00):によりて。法相三論も隱沒し。天台華嚴も廢退する
0000_,09,616b34(00):事なじかはあるべき。念佛を行せすしてゐたらは。
0000_,09,617a01(00):このともからは一宗をも興隆すへきかは。ただいた
0000_,09,617a02(00):づらに念佛の業を廢したるばかりにて。またまたそ
0000_,09,617a03(00):れ諸宗のをぎろをもさくるへからす。しかれはこれ
0000_,09,617a04(00):おほきなる損にあらすや。諸宗のふかきなかれをく
0000_,09,617a05(00):む南都北京の學者。兩部の大法をもつたへたる本寺
0000_,09,617a06(00):本山の禪徒。百千萬の念佛世にひろまりたりとも。
0000_,09,617a07(00):本宗をあらたむへきにあらす。又佛法うせなんとす
0000_,09,617a08(00):とて念佛を廢せは。念佛はこれ佛法にあらずや。た
0000_,09,617a09(00):とへは虎狼の害をにけて。獅子にむかひてはしらん
0000_,09,617a10(00):かことし。餘行を謗じ念佛を謗ぜん。おなしくこれ
0000_,09,617a11(00):逆罪也。とらおほかみに害せらるると。獅子に害せ
0000_,09,617a12(00):られんと。ともにかならす死すへし。これをも謗す
0000_,09,617a13(00):へからす。かれをもそねむへからす。ともにみな佛
0000_,09,617a14(00):法也。たがひに偏執する事なかれ。像法决疑經にい
0000_,09,617a15(00):はく。三學の行人たがひに毀謗して。地獄にいるこ
0000_,09,617a16(00):とときやのことしといへり。又大論にいはく。自法を
0000_,09,617a17(00):愛染するゆへに。他人の法を毀呰すれは。持戒の行
0000_,09,617b18(00):人なりといへとも。地獄の苦をまぬかれすといへり。
0000_,09,617b19(00):又善導和尚のの給はく
0000_,09,617b20(00):世尊説法時將了 慇懃付屬彌陀名
0000_,09,617b21(00):五濁增時多疑謗 道俗相嫌不用聞
0000_,09,617b22(00):見有修行起瞋毒 方便破壞競生怨
0000_,09,617b23(00):如此生盲闡提輩 毀滅頓敎永沈淪
0000_,09,617b24(00):超過大地微塵劫 未可得離三途身
0000_,09,617b25(00):といへり。念佛を修せんものは。餘行をそしるべか
0000_,09,617b26(00):らす。そしらはすなはち彌陀の悲願にそむくへきか
0000_,09,617b27(00):ゆへなり。餘行を修せん者も念佛をそしるへから
0000_,09,617b28(00):す。又諸佛の本誓にたがふかゆへ也。しかるをいま
0000_,09,617b29(00):眞言止觀の窓のまへには。念佛の行をそしり。一向
0000_,09,617b30(00):專念の床のうへには。諸餘の行をそしる。ともに我
0000_,09,617b31(00):我偏執の心をもて義理をたて。たがひにをのをの是
0000_,09,617b32(00):非のおもひに住して會釋をなす。あにこれ正義にか
0000_,09,617b33(00):なはんや。みなともに佛意にそむけり。つきに又難
0000_,09,617b34(00):者のいはく。今來の念佛者わたくしの義をたてて。
0000_,09,618a01(00):惡業ををそるるは。彌陀の本願を信ぜさる也。數遍
0000_,09,618a02(00):をかさぬるは。一念の往生をうたがふ也。行業をい
0000_,09,618a03(00):へは。一念十念にたりぬへし。かるかゆへに數遍を
0000_,09,618a04(00):つむへからす。惡業をいへは。四重五逆なをむまる。
0000_,09,618a05(00):かるかゆへに諸惡をはばかるへからずといへり。こ
0000_,09,618a06(00):の義またくしかるへからす。釋尊の説法にもみえ
0000_,09,618a07(00):す。善導の釋義にもあらず。もしかくのごとく存ぜ
0000_,09,618a08(00):んものは。總しては諸佛の御意にたがふへし。別し
0000_,09,618a09(00):ては彌陀の本願にかなふへからす。その五逆十惡の
0000_,09,618a10(00):衆生の。一念十念によりてかのくにに往生すといふ
0000_,09,618a11(00):は。これ觀經のあきらかなる文也。たたし五逆をつく
0000_,09,618a12(00):りて十念をとなへよ。十惡ををかして一念を申せと
0000_,09,618a13(00):すすむるにはあらす。それ十重をたもちて十念をと
0000_,09,618a14(00):なへ。四十八輕をまもりて四十八願をたのむは。心
0000_,09,618a15(00):にふかくこひねがふところ也。をよそいづれの行を
0000_,09,618a16(00):もはらにすとも。心に戒行をたもちて。浮囊をまも
0000_,09,618a17(00):るかことくにし。身の威儀に。油鉢をかたふけずは。
0000_,09,618b18(00):行として成就せずといふ事なく。願として圓滿せす
0000_,09,618b19(00):といふ事なし。しかるをわれらあるひは四重ををか
0000_,09,618b20(00):し。あるひは十惡を行す。かれもをかしこれも行す。
0000_,09,618b21(00):一人としてまことの戒行を具したるものはなし。諸
0000_,09,618b22(00):惡莫作。衆善奉行は。三世の諸佛の通戒也。善を修
0000_,09,618b23(00):するものは。善趣の報をえ。惡を行する者は。惡道
0000_,09,618b24(00):の果を感すといふ。この因果の道理をきけともきか
0000_,09,618b25(00):ざるかことし。はじめていふにあたはず。しかれとも
0000_,09,618b26(00):分にしたがひて惡業をととめ。縁にふれて念佛を行
0000_,09,618b27(00):じ往生を期すへし。惡人をすてられすは。善人なんそ
0000_,09,618b28(00):きらはん。つみををそるるは本願をうたがふそとい
0000_,09,618b29(00):ふは。この宗にまたく存ぜさるところ也。つきに一
0000_,09,618b30(00):念十念によりてかの國に往生すといふは。釋尊の金
0000_,09,618b31(00):言也。觀經のあきらかなる文也。善導和尚の釋にい
0000_,09,618b32(00):はく。下至十聲一聲等定得往生。乃至一念無有疑心
0000_,09,618b33(00):故名深心といへり。又いはく行往坐臥不問時節久近
0000_,09,618b34(00):念念不捨者。是名正定之業。順彼佛願故といへり。
0000_,09,619a01(00):しかれは信をは一念にむまるととりて。行をは一形
0000_,09,619a02(00):にはげむへしとすすむる也。彌陀の本願を信じて。
0000_,09,619a03(00):念佛の功つもり。運心としひさしくは。なんぞ願力
0000_,09,619a04(00):を信せすといふへきや。すへて薄地の凡夫。彌陀の
0000_,09,619a05(00):淨土にむまれん事。他力にあらずはみな道たえたる
0000_,09,619a06(00):へき事也。をよそ十方世界の諸佛善逝。穢土の衆生
0000_,09,619a07(00):を引導せんがためには。穢土にして正覺をとなへ。
0000_,09,619a08(00):淨土の衆生を化益せんが爲には。淨土にして正覺を
0000_,09,619a09(00):成給ふに。阿彌陀佛は淨土にして正覺を成て。しか
0000_,09,619a10(00):も穢土の衆生を引導せんといふ願をたて給へり。そ
0000_,09,619a11(00):れ穢土にして正覺をとなふれは。隨類應同の相をし
0000_,09,619a12(00):めすかゆへに。いのちなかからすして。とく涅槃に
0000_,09,619a13(00):入なり。又淨土にして正覺を唱ふれは。報佛報土は
0000_,09,619a14(00):是地上の大菩薩の所居にして。未斷惑の凡夫は。た
0000_,09,619a15(00):たちにむまるる事あたはざるところ也。しかるを。い
0000_,09,619a16(00):ま阿彌陀佛淨土を莊嚴し給ふことは。をよそ佛道を
0000_,09,619a17(00):修行し。成佛を願求する本意は。造惡不善のともか
0000_,09,619b18(00):らの。輪轉きはまりなからんを引導し。破戒淺智の
0000_,09,619b19(00):やからの。出離の期なからんをあはれまむがため
0000_,09,619b20(00):也。もしそれ三賢を證し。十地をきはめたる久行の
0000_,09,619b21(00):聖人。深位の菩薩の六度萬行を具足し。諸波羅蜜を
0000_,09,619b22(00):修行してむまるるといはは。これ大悲の本意にあら
0000_,09,619b23(00):す。この修因感果のことはりを。大慈大悲の御心の
0000_,09,619b24(00):うちに思惟して。年序そらにつもりて。星霜五劫に
0000_,09,619b25(00):をよへり。かくのことく善巧方便をめぐらして。思惟
0000_,09,619b26(00):し給はく。われ別願をもて淨土に居して。薄地底下
0000_,09,619b27(00):の衆生を引導すへし。その衆生のおのれが業力によ
0000_,09,619b28(00):りて。むまるるといははかたかるへし。我須衆生の
0000_,09,619b29(00):ために。永劫の修行ををくり。僧祗の苦行をめぐら
0000_,09,619b30(00):して。万行万善の果德圓滿し。自覺覺他の覺行竆滿
0000_,09,619b31(00):して。その成就せんところの萬德無漏の一切の功德
0000_,09,619b32(00):をもて。わが名號として。衆生にとなへしめん。衆
0000_,09,619b33(00):生もしこれにをいて。信をいたして稱念せは。わが
0000_,09,619b34(00):願にこたへてむまるる事をうへし。名號をとなへは
0000_,09,620a01(00):むまるへき別願ををこして。その願成就せは。佛に
0000_,09,620a02(00):なるへきかゆへ也。この願もし滿足せずは。永劫を
0000_,09,620a03(00):ふともわれ正覺をとらじ。ただし未來惡世の衆生。
0000_,09,620a04(00):憍慢懈怠にして。是にをいて信ををこす事かたかる
0000_,09,620a05(00):へし。一佛二佛のとき給はんには。をそらくはうた
0000_,09,620a06(00):かふ心をなさんことを。ねがはくはわれ十方諸佛に。
0000_,09,620a07(00):ことことくこの願を稱揚せられたてまつらんと。か
0000_,09,620a08(00):くのことく思惟して。第十七の願に設我得佛十方無
0000_,09,620a09(00):量諸佛不悉咨嗟稱我名者不取正覺とちかひ給
0000_,09,620a10(00):ひて。つきに第十八願に乃至十念。若不生者。不取
0000_,09,620a11(00):正覺。とちかひ給へり。その無量の諸佛に。稱揚せ
0000_,09,620a12(00):られたてまつらんと。たて給へる願。すでに成就し
0000_,09,620a13(00):給へるゆへに。六方にをのをの恒河沙のほとけまし
0000_,09,620a14(00):まして。廣長の舌相を出して。あまねく三千大千世
0000_,09,620a15(00):界におほひて。みなおなしくこの事をまことなりと
0000_,09,620a16(00):證誠し給へり。善導これを釋しての給はく。もしこ
0000_,09,620a17(00):の證によりてむまるる事を得すは。六方の諸佛のの
0000_,09,620b18(00):べ給へる舌。口よりいてをはりてのち。つゐに口に
0000_,09,620b19(00):返りいらずして。自然にやぶれただれんとのたまへ
0000_,09,620b20(00):り。これを信せさらん者は。すなはち十方恒沙の諸
0000_,09,620b21(00):佛の御したをやぶる也。よくよく信すへし。一佛二
0000_,09,620b22(00):佛の御したをやふらんだにもあり。いかにいはんや
0000_,09,620b23(00):十方恒沙の諸佛をや。大地微塵劫を超過すとも。い
0000_,09,620b24(00):また三途の身をはなるへからすとの給へり。彌陀の
0000_,09,620b25(00):四十八願といは。無三惡趣。不更惡趣。乃至念佛往
0000_,09,620b26(00):生等の願これ也。すへて四十八願の中に。いつれの
0000_,09,620b27(00):願か一つとして。成就し給はぬ願あるへき。願こと
0000_,09,620b28(00):に不取正覺とちかひて。いますでに正覺をなり給へ
0000_,09,620b29(00):る故也。しかるを無三惡趣の願を信せすして。彼國
0000_,09,620b30(00):に三惡道ありといふものはなし。不更惡趣の願を信
0000_,09,620b31(00):せすして。かのくにの衆生いのちをはりてのち。又
0000_,09,620b32(00):惡道に返るといふ者はなし。悉皆金色の願を信せす
0000_,09,620b33(00):して。かのくにの衆生は。金色なるもあり。白色な
0000_,09,620b34(00):るもありといふものはなし。無有好醜の願を信せす
0000_,09,621a01(00):して。かのくにの衆生は。かたちよきもあり。わ
0000_,09,621a02(00):ろきもありといふ者はなし。乃至天眼天耳光明壽命。
0000_,09,621a03(00):をよひ得三法忍の願にいたるまて。これにをいてう
0000_,09,621a04(00):たかひをなすものはいまたはんへらす。ただ第十八
0000_,09,621a05(00):の念佛往生の願一つをのみ信ぜさる也。もしこの願
0000_,09,621a06(00):をうたかはは。餘の願をも信すへからす。餘の願を
0000_,09,621a07(00):信せは。この一願をうたがふへけんや。法藏比丘い
0000_,09,621a08(00):またほとけになり給はすといはは。これ謗法になり
0000_,09,621a09(00):なんかし。もし又なり給へりといはは。いかか此願
0000_,09,621a10(00):をうたがふへきや。四十八願の彌陀善逝は。正覺を
0000_,09,621a11(00):十劫にとなへたまへり。六方恒沙の諸佛如來は。舌
0000_,09,621a12(00):相を三千世界にのべたまへり。たれか是を信せざる
0000_,09,621a13(00):へきや。善導この信を釋しての給はく。化佛報佛若一
0000_,09,621a14(00):若多。乃至十方に遍して。ひかりをかかやかし。し
0000_,09,621a15(00):たをはきて。あまねく十方におほひて。この事虚妄
0000_,09,621a16(00):なりとの給はんにも。畢竟して一念疑退の心ををこ
0000_,09,621a17(00):さしとの給へり。しかるをいまの行者たちは。異學
0000_,09,621b18(00):異見のために。たやすくこれをやふらる。いかにい
0000_,09,621b19(00):はんや報佛化佛の給はんをや。そもそもこの行をす
0000_,09,621b20(00):ては。いすれの行にかをもむき給ふへき。智惠なけ
0000_,09,621b21(00):れは。聖敎をひらくにまなこくらし。財寶なけれは
0000_,09,621b22(00):布施を行するにちからなし。むかし波羅柰國に太子
0000_,09,621b23(00):ありき。大施太子と申き。貧人をあはれみて。くら
0000_,09,621b24(00):をひらきてもろもろのたからを出してあたへ給ふ
0000_,09,621b25(00):に。たからはつくれともまづしき者はつくべから
0000_,09,621b26(00):ず。ここに太子うみの中に如意寳珠ありときき。海
0000_,09,621b27(00):にゆきてもとめてまづしきたみにたからをあたへん
0000_,09,621b28(00):とちかひて。龍宮にゆき給ふに。龍王おとろきあや
0000_,09,621b29(00):しみて。おぼろけの人にはあらずといひて。みつか
0000_,09,621b30(00):らむかへてたからのゆかにすへたてまつり。はるか
0000_,09,621b31(00):にきたり給へるこころさし何事をもとめ給ふそとと
0000_,09,621b32(00):へは。太子の給はく。閻浮提の人まづしくてくるし
0000_,09,621b33(00):む事おほし。王のもととりの中の寳珠をこはんがた
0000_,09,621b34(00):めにきたる也との給へは。王のいはく。しからは七日
0000_,09,622a01(00):ここにととまりてわが供養をうけ給へ。そののちた
0000_,09,622a02(00):からをたてまつらんといふ。太子七日をへてたまを
0000_,09,622a03(00):得給ひぬ。龍神そこよりをくりたてまつる。すなは
0000_,09,622a04(00):ち本國のきしにいたりぬ。爰にもろもろの龍神なげ
0000_,09,622a05(00):きていはく。このたまは海中のたからなり。なをと
0000_,09,622a06(00):り返してぞよかるへきとさだむ。海神人になりて太
0000_,09,622a07(00):子の御まへにきたりていはく。君世にまれなるたま
0000_,09,622a08(00):をえ給へりときく。とくわれに見せ給へといふ。太
0000_,09,622a09(00):子これを見せ給ふに。うばひとりてうみへいりぬ。
0000_,09,622a10(00):太子なげきてちかひていはく。なんぢもしたまを返
0000_,09,622a11(00):さずんは。うみをくみほさんといふ。海神いででわ
0000_,09,622a12(00):らひていはく。なんぢはもともおろかなる人かな。
0000_,09,622a13(00):そらの日をはをとしもしてん。はやきせをばとどめ
0000_,09,622a14(00):もしてん。うみのみつをばつくすへからすといふ。
0000_,09,622a15(00):太子の給はく。恩愛のたへかたきをもなをととめん
0000_,09,622a16(00):とをもふ。生死のつくしがたきをもなをつくさんと
0000_,09,622a17(00):おもふ。いはんやうみの水おほしといふともかぎり
0000_,09,622b18(00):あり。若この世にくみつくさすは。世世をへてもか
0000_,09,622b19(00):ならすくみつくさんとちかひて。かいのからをとり
0000_,09,622b20(00):てうみの水をくむ。ちかひの心まことなるがゆへ
0000_,09,622b21(00):に。もろもろの天人ことことくきたりて。あまのは
0000_,09,622b22(00):ころものそてにつつ見て。鐵圍山の外にくみをく。
0000_,09,622b23(00):太子一度二度かいのからをもてくみ給ふに。海水十
0000_,09,622b24(00):分が八分はうせぬ。龍王さはきあはてて。わがすみ
0000_,09,622b25(00):かむなしくなりなんとすとわびてたまを返したてま
0000_,09,622b26(00):つる。太子これをとりて都に返りて。もろもろのた
0000_,09,622b27(00):からをふらして。閻浮提のうちにたからをふらさざ
0000_,09,622b28(00):るところなし。くるしきをしのぎて退せさりしかは。
0000_,09,622b29(00):これを精進波羅蜜といふ。むかしの太子は萬里のな
0000_,09,622b30(00):みをしのぎて。龍王の如意寳珠をえ給へり。いまの
0000_,09,622b31(00):われらは二河の水火をわけて。彌陀本願の寶珠を得
0000_,09,622b32(00):たり。かれは龍神のくひしがためにうばはれ。これは
0000_,09,622b33(00):異學異見のためにうばはる。かれはかいのからをも
0000_,09,622b34(00):て大海をくみしかは。六欲四禪の諸天きたりておな
0000_,09,623a01(00):しくくみき。これは信心の手をもて疑謗の難をくま
0000_,09,623a02(00):は。六方恒沙の諸佛きたりてくみし給ふへし。かれ
0000_,09,623a03(00):は大海の水やうやくつきしかば。龍宮のいらかあら
0000_,09,623a04(00):はれて如意寳珠を返しとりき。これは疑難のなみこ
0000_,09,623a05(00):とことくつきなば。謗家のいらかあらはれて。本願
0000_,09,623a06(00):の寳珠を返しとるべし。かれは返しとりて閻浮提に
0000_,09,623a07(00):して貧窮のたみをあはれみき。是は返しとりて極樂
0000_,09,623a08(00):にむまれて薄地のともからをみちびくべし。ねがは
0000_,09,623a09(00):くはもろもろの行者。彌陀本願の寳珠をいまたうば
0000_,09,623a10(00):ひとられざらむ者は。ふかく信心のそこにおさめ
0000_,09,623a11(00):よ。もしすてにとられたらんものは。すみやかに深
0000_,09,623a12(00):信の手をもて疑謗のなみをくめ。たからをすてて手
0000_,09,623a13(00):をむなしくしてかへる事なかれ。いかなる彌陀か十
0000_,09,623a14(00):念の悲願ををこして十方の衆生を攝取し給ふ。いか
0000_,09,623a15(00):なるわれらか六字の名號をとなへて三輩の往生をと
0000_,09,623a16(00):げさらむ。永劫の修行はこれたれがためそ。功を未
0000_,09,623a17(00):來の衆生にゆずりたまふ。超世の悲願は又なんの料
0000_,09,623b18(00):そ。こころさしを未法のわれらにをくり給ふ。われ
0000_,09,623b19(00):らもし往生をとぐへからすといはは。ほとけあに正
0000_,09,623b20(00):覺をなり給ふへしや。われらまた往生をとげましや。
0000_,09,623b21(00):われらか往生はほとけの正覺により。佛の正覺は我
0000_,09,623b22(00):らか往生による。若不生者のちかひこれをもてしる
0000_,09,623b23(00):へし。不取正覺のことはかきりあるをや云云
0000_,09,623b24(00):
0000_,09,623b25(00):示或人詞
0000_,09,623b26(00):一とはこの時西にむかふへからす。又西をうしろに
0000_,09,623b27(00):すへからす。きたみなみにむかふへし。おほかたう
0000_,09,623b28(00):ちゐたらんにも。うちふさんにも。かならす西にむ
0000_,09,623b29(00):かふへし。もしゆゆしく便宜あしき事ありて。西を
0000_,09,623b30(00):うしろにする事あらは。心のうちにわがうしろは西
0000_,09,623b31(00):也。阿彌陀ほとけのおはしますかた也とおもへ。た
0000_,09,623b32(00):たいまあしさまにてむかはねとも。心をたにも西方
0000_,09,623b33(00):へやりつれは。そそろに西にむかはて。極樂をおも
0000_,09,623b34(00):はぬ人にくらふれは。それにまさる也
0000_,09,624a01(00):一孝養の心をもてちちははをおもくしおもはん人
0000_,09,624a02(00):は。まづ阿彌陀ほとけにあつけまいらすへし。わが
0000_,09,624a03(00):身の人となりて往生をねがひ念佛する事は。ひとへ
0000_,09,624a04(00):にわか父母のやしなひたてたれはこそあれ。わが
0000_,09,624a05(00):念佛し候功德をあはれみて。わが父母を極樂へむか
0000_,09,624a06(00):へさせおはしまして。罪をも滅しましませとおもは
0000_,09,624a07(00):は。かならすかならすむかへとらせおはしまさんする
0000_,09,624a08(00):也。されは唐土に妙雲といひし尼は。おさなくして
0000_,09,624a09(00):父母にをくれたりけるか。二十年はかり念佛して。
0000_,09,624a10(00):父母をいのりしかは。ともに地獄の苦をあらためて。
0000_,09,624a11(00):極樂へまいりたりける也
0000_,09,624a12(00):一善導和尚の往生禮讃に。本願をひきていはく。若
0000_,09,624a13(00):我成佛十方衆生稱我名號下至十聲若不生者不
0000_,09,624a14(00):取正覺彼佛今現在世成佛當知本誓重願不虚衆
0000_,09,624a15(00):生稱念必得往生この文をつねに。口にもとなへ。
0000_,09,624a16(00):心にもうかへ。眼にもあてよ。阿彌陀佛すでに本願
0000_,09,624a17(00):を成就し。極樂世界を莊嚴したてて。御目をみめく
0000_,09,624b18(00):らして。わが名をとなふる人やあると御らんし。御
0000_,09,624b19(00):みみをかたふけて。わか名を稱する者やあると。よ
0000_,09,624b20(00):るひるきこしめさるる也。されは一稱も一念も。阿
0000_,09,624b21(00):彌陀佛にしられまいらせずといふ事なし。されは攝
0000_,09,624b22(00):取の光明はわが身をすて給ふ事なく。臨終の來迎は
0000_,09,624b23(00):むなしき事なき也。この文は。四十八願の眼也。肝
0000_,09,624b24(00):なり。神也。四十八字にむすひたる事は。このゆへ
0000_,09,624b25(00):也。よくよく身をもきよめ。手をもあらひて。ずず
0000_,09,624b26(00):をもとり。袈裟をもかくへし。不淨の身にて持佛堂
0000_,09,624b27(00):へ入へからす。この世の主君なとをだにも。うやま
0000_,09,624b28(00):ひをそるる事にてあるに。まして無上世尊の。もろ
0000_,09,624b29(00):もろの大菩薩にもうやまはれ給へるに。われらが身
0000_,09,624b30(00):にていかてかなのめにもあたりまいらすへき。一切
0000_,09,624b31(00):の諸天もかうべをかたふけ給ふ。いかにいはんやわ
0000_,09,624b32(00):れらが身をや。又つみををそるるは。本願をかろし
0000_,09,624b33(00):むる也。身をつつしみてよからんとするは。自力を
0000_,09,624b34(00):はげむなりといふ事は。ものもおほえぬ。あさまし
0000_,09,625a01(00):きひが事也。ゆめゆめみみにもききいるへからす。つ
0000_,09,625a02(00):ゆちりばかりもちゐましき事也。はしめ淨土の三部
0000_,09,625a03(00):經より唐土日本の人師の御作の中にもまたくなき事
0000_,09,625a04(00):どもを。心にまかせてわがおもふさまにわろからん
0000_,09,625a05(00):とていひ出したる事也。一定三惡道におちんする事
0000_,09,625a06(00):也。一代聖敎の中に。ふつとなき事也。五逆十惡の罪
0000_,09,625a07(00):人の臨終の一念十念によりて來迎にあづかる事は。
0000_,09,625a08(00):そのつみをくゐかなしみて。たすけおはしませとお
0000_,09,625a09(00):もひて念佛すれは。彌陀如來願力ををこして。罪を滅
0000_,09,625a10(00):し來迎しまします也。本願のままにかきてまいらせ
0000_,09,625a11(00):候。このままに信じて。御念佛候へし。かまへてかまへて
0000_,09,625a12(00):たうとき念佛者にておはしませ。あなかしこあなかしこ
0000_,09,625a13(00):
0000_,09,625a14(00):津戸三郞へつかはす御返事
0000_,09,625a15(00):御文くはしくうけ給り候ぬ。御所より念佛の事召問
0000_,09,625a16(00):はれ候はんには。なしかはくはしき事をは申させ給
0000_,09,625a17(00):ふへき。けにもいまだくはしくもならはせ給はぬ事
0000_,09,625b18(00):にて候へは。專修雜修の間の事は。くはしき沙汰候は
0000_,09,625b19(00):すとも。いかやうなる事そと召問はれ候はは。法門の
0000_,09,625b20(00):くはしきことはしり候はす。御京上の時うけ給はり
0000_,09,625b21(00):わたりて。聖のもとへまかり候て。後世の事をばい
0000_,09,625b22(00):かかし候へき。在家のものなとの後生たすかるへき
0000_,09,625b23(00):事は。何事か候らんと問候しかば聖の申候し樣は。
0000_,09,625b24(00):おほかた生死をはなるるみち。樣樣におほく候へと
0000_,09,625b25(00):も。その中にこのころの人の生死をいづる道は。極
0000_,09,625b26(00):樂に往生するよりほかには。こと道はかなひかたき
0000_,09,625b27(00):事也。是ほとけの衆生をすすめて。生死をいださせ
0000_,09,625b28(00):給ふ一つの道也。しかるに極樂に往生する行又樣樣
0000_,09,625b29(00):におほく候へとも。その中に念佛して往生するより
0000_,09,625b30(00):外には。こと行はかなひかたき事にてある也。その
0000_,09,625b31(00):ゆへは。念佛はこれ彌陀の一切衆生のためにみつか
0000_,09,625b32(00):らちかひたまひたりし本願の行なれは。往生の業に
0000_,09,625b33(00):とりては。念佛にしく事はなし。されは往生せんと
0000_,09,625b34(00):おもはは。念佛をこそはせめと申候き。いはんや又
0000_,09,626a01(00):最下のものの法門をもしらす。智惠もなからんもの
0000_,09,626a02(00):は。念佛の外には何事をしてか往生すべきといふ事
0000_,09,626a03(00):なし。われをさなくより法門をならひたるものにて
0000_,09,626a04(00):あるだにも。念佛より外には何事をかして。生すべ
0000_,09,626a05(00):しともおぼへす。たた念佛ばかりをして。彌陀の本
0000_,09,626a06(00):願をたのみて。往生せんとのみおもひてある也。まし
0000_,09,626a07(00):て在家の人なとは。何事かあらんと申されしかば。
0000_,09,626a08(00):ふかくそのむねをたのみて。念佛をはつかまつり候
0000_,09,626a09(00):也と。申させ給ふへし。又この念佛を申事は。たた
0000_,09,626a10(00):わが心より。彌陀の本願の行なりとさとりて申事に
0000_,09,626a11(00):もあらす。唐の代に善導和尚と申候し人の。往生の
0000_,09,626a12(00):行業にをいて。專修雜修と申す二つの行をわかちて
0000_,09,626a13(00):。すすめ給へる事也專修といふは。念佛也。雜修とい
0000_,09,626a14(00):ふは。念佛の外の行也。專修のものは。百人は百人
0000_,09,626a15(00):なから往生し。雜修の者は。千人か中にわつかに
0000_,09,626a16(00):一二人ありといへる也。唐土に又信中と申者こそ。
0000_,09,626a17(00):このむねをしるして。專修淨業文といふ文をつくり
0000_,09,626b18(00):て。唐土の諸人をすすめたり。その文は。じやうせ
0000_,09,626b19(00):う房なとのもとには候らん。それをもちてまいらせ
0000_,09,626b20(00):給ふへし。又專修につきて五種の專修正行といふ事
0000_,09,626b21(00):あり。この五種の正行につきて。又正助二行をわか
0000_,09,626b22(00):てり。正業といふは。五種の中に第四の念佛也。助
0000_,09,626b23(00):業といふは。その外の四種の行也。いま决定して淨
0000_,09,626b24(00):土に往生せんとおもはは。專雜二修の中には。專修
0000_,09,626b25(00):の敎によりて。一向に念佛をすへし。正助二業の中
0000_,09,626b26(00):には。正業のすすめによりて。ふた心なくたた第四
0000_,09,626b27(00):の稱名念佛をすべしと申候しかは。くはしき旨ふか
0000_,09,626b28(00):き意をはしり候はず。さては念佛は。めてたき事に
0000_,09,626b29(00):こそあなれと信じて申はかりにて候。件の人の申候
0000_,09,626b30(00):しは。善導和尚と申人は。氏ある人にも候はす。阿彌
0000_,09,626b31(00):陀ほとけの化身にておはしまし候なれは。をしへす
0000_,09,626b32(00):すめさせ候はんこと。よもひが事にては候はしと申
0000_,09,626b33(00):されしを。ふかく信して念佛はつかまつり候也。そ
0000_,09,626b34(00):のつくらせ給ひたる文ともおほく候なれとも。文字
0000_,09,627a01(00):もしり候はぬものにて候へは。ただ意はかりをきき
0000_,09,627a02(00):て。後生やたすかり候。往生やし候とて。となへ申
0000_,09,627a03(00):ほとに。ちかきものどもみうらやみ候て。少少申す
0000_,09,627a04(00):ものとも候也と。これほとに申させ給ふへし。中なか
0000_,09,627a05(00):くはしく申させ給はは。あやまちもありなとして。
0000_,09,627a06(00):あしき事もこそ候へとおほえ候。樣樣に難答をしる
0000_,09,627a07(00):してと候へとも。時にのぞみては。いかなること葉
0000_,09,627a08(00):ともか候はんすらん。書てまいらせ候はんもあしく
0000_,09,627a09(00):候ぬへく候。ただよくよく御はからひ候て。早晩よ
0000_,09,627a10(00):きやうにこそはからはせ給ひ候はめ。又念佛申すへ
0000_,09,627a11(00):からすとおほせられ候とも。往生に心さしあらん人
0000_,09,627a12(00):は。それにはより候まじ。念佛よくよく申せとおほ
0000_,09,627a13(00):せられ候とも。道心なからん者は。それにはより候
0000_,09,627a14(00):まし。とにかくにつけても。このたひ往生しなんと
0000_,09,627a15(00):人をはしらす御身にかぎりては。おほしめすへし。
0000_,09,627a16(00):わざとはるはると人のぼさせ給ひて候こそ。返返下
0000_,09,627a17(00):人も不便に候へ。なをなを召し問はれ候はん時に
0000_,09,627b18(00):は。これより百千申て候はん事は。時にもかなひ候
0000_,09,627b19(00):ましけれは。無益の事にて候。はからひてよきやう
0000_,09,627b20(00):に。早晩にしたがひて。申させ給はんに。よもひが
0000_,09,627b21(00):事は候はじ。眞字假字にひろくかきてまいらせ候は
0000_,09,627b22(00):んする事は。にはかにすへきにても候はす。それは
0000_,09,627b23(00):又中なかあしき事にても候ぬへし。ただいと子細は
0000_,09,627b24(00):しり候はす。これほとにききて申候なりと申させ給
0000_,09,627b25(00):ひ候はんに。心候はん人はさりとも心え候ひなん。
0000_,09,627b26(00):又道心なからん人は。いかに道理百千萬にわかつと
0000_,09,627b27(00):も。よも心え候はじ。殿は道理ふかくして。ひが事
0000_,09,627b28(00):おはしまさぬ事にて候と申あひて候へは。これらほ
0000_,09,627b29(00):どにきこしめさむに。念佛ひが事にてありけり。今
0000_,09,627b30(00):はな申しそとおほせらるる事はよも候はじ。さらざ
0000_,09,627b31(00):らん人は。いかにと申すとも。思とも。無益の事にて
0000_,09,627b32(00):こそ候はんずれ。何事も御文にはつくしかたく候。
0000_,09,627b33(00):あなかしこあなかしこ
0000_,09,627b34(00):十月十八日
0000_,09,628a01(00):おぼつかなくおもひまいらせつる程に。このお文返
0000_,09,628a02(00):返よろこひてうけ給はり候ぬ。さても專修念佛の人
0000_,09,628a03(00):は。よにありがたき事にて候に。その一國に三十餘
0000_,09,628a04(00):人まて候らんこそ。まめやかにあはれに候へ。京邊
0000_,09,628a05(00):なとのつねにききならひ。かたはらをもみならひ候
0000_,09,628a06(00):ひぬへきところにて候だにも。おもひきりて專修念
0000_,09,628a07(00):佛をする人は。ありかたき事にてこそ候に。道綽禪
0000_,09,628a08(00):師の。平州と申候ところにこそ。一向念佛の地にて
0000_,09,628a09(00):は候に。專修念佛三十餘人は。よにありかたくおほ
0000_,09,628a10(00):え候。これひどへに御ちから。又熊谷の入道なとの
0000_,09,628a11(00):はからひにてこそ候なれ。それも時のいたりて。往
0000_,09,628a12(00):生すべき人のおほく候へきゆへにこそ候らめ。縁な
0000_,09,628a13(00):き事は。わさと人のすすめ候にたにも。かなはぬ事
0000_,09,628a14(00):にて候に。子細もしらせ給はぬ人なとの。おほせら
0000_,09,628a15(00):れんによるへき事にても候はぬに。もとより機縁純
0000_,09,628a16(00):熟して。時いたりたる事にて候へはこそ。さ程に專
0000_,09,628a17(00):修の人なとは候はめと。をしはかられあはれにおほ
0000_,09,628b18(00):え候。ただし無智の人にこそ。機縁にしたがひて。
0000_,09,628b19(00):念佛をはすすむる事にてはあれと申候なる事は。も
0000_,09,628b20(00):ろもろの僻事にて候。阿彌陀ほとけの御ちかひには。
0000_,09,628b21(00):有智無智をもえらはす。持戒破戒をもきらはす。佛
0000_,09,628b22(00):前佛後の衆生をもえらはす。在家出家の人をもきら
0000_,09,628b23(00):はす。念佛往生の誓願は。平等の慈悲に住して。を
0000_,09,628b24(00):こしたまひたる事にて候へは。人をきらふ事はまた
0000_,09,628b25(00):く候はぬなり。されは觀無量壽經には。佛心者大
0000_,09,628b26(00):慈悲是なりとときて候也。善導和尚この文をうけ
0000_,09,628b27(00):て。この平等の慈悲をもて。あまねく一切を攝すと
0000_,09,628b28(00):釋し給へり。一切のことばひろくして。もるる人候
0000_,09,628b29(00):へからす。釋迦のすすめ給も。惡人善人愚人智人。
0000_,09,628b30(00):ひとしく念佛すれは。往生すとすすめたまへる也。
0000_,09,628b31(00):されは念佛往生の願は。これ彌陀如來の本地の誓願
0000_,09,628b32(00):なり。餘の種種の行は。本地のちかひにあらす。釋
0000_,09,628b33(00):迦如來の種種の機縁にしたがひて。樣樣の行をとか
0000_,09,628b34(00):せたまひたる事は。釋迦も世に出給ふ意は。彌陀の
0000_,09,629a01(00):本願をとかんとおほしめす御意にて候へとも。衆生
0000_,09,629a02(00):の機縁にしたがひてときたまふ日は。餘の種種の行
0000_,09,629a03(00):をもとき給ふは。是隨機の法也。佛の自の御心のそ
0000_,09,629a04(00):こには候はす。されは念佛は。彌陀にも利生の本願
0000_,09,629a05(00):釋迦にも出世の本懷也。餘の種種の行には似す候な
0000_,09,629a06(00):り。これは無智のものなれはといふへからす。又要
0000_,09,629a07(00):文の事。書てまいらせ候へし。又熊谷の入道の文は
0000_,09,629a08(00):是へとりよせ候て。なをすへき事の候へは。そのの
0000_,09,629a09(00):ちかきてまいらせ候へし。なに事も御文に申つくす
0000_,09,629a10(00):へくも候はす。のちの便宜に又又申候へし
0000_,09,629a11(00):九月廿八日
0000_,09,629a12(00):まづきこしめすままに。いそきおほせられて候御心
0000_,09,629a13(00):さし申つくしかたく候。この例ならぬ事は。ことが
0000_,09,629a14(00):らはむつかしき樣に候へとも。當時大事にて。今日
0000_,09,629a15(00):あす左右すへき事にては。さりながらも候はぬに。
0000_,09,629a16(00):としころの風のつもり。この正月より別時念佛を五
0000_,09,629a17(00):十日申て候しに。いよいよ風をひき候て。二月の十
0000_,09,629b18(00):日ころより。すこし口のかはく樣におほえ候しか。
0000_,09,629b19(00):二月の廿日は。五十日になり候しかは。それまてと
0000_,09,629b20(00):おもひ候て。なをしゐて候し程に。その事がまさり
0000_,09,629b21(00):候て。水なとのむ事になり。又身のいたく候事なと
0000_,09,629b22(00):の候しか。今日まてなやみもやみ候はす。ながびき
0000_,09,629b23(00):て候へとも。又ただいまいかなるへしともおほえぬ
0000_,09,629b24(00):程の事にて候也。醫師の大事と申候へは。やいとを
0000_,09,629b25(00):ふたたびし湯にてゆで候。又樣樣の唐のくすりたべ
0000_,09,629b26(00):などして候氣にや。このほとはちりばかりよき樣な
0000_,09,629b27(00):る事の候也。左右なくのほるへきなと仰られて候こ
0000_,09,629b28(00):そ。世にあはれ候へ。さ程とをく候程には。たとひ
0000_,09,629b29(00):いかなる事にても。のぼりなとし給候事はいかてか
0000_,09,629b30(00):候へき。いづくにても念佛して。たがひに往生し候
0000_,09,629b31(00):ひなんこそ。めてたくながきはかり事にては候は
0000_,09,629b32(00):め。何事も御文にはつくしがたく候。又また申候へし
0000_,09,629b33(00):四月廿六日
0000_,09,629b34(00):わたくしにいはく。これは命をおしむ御療治には
0000_,09,630a01(00):あらす。御身をだしくして。念佛申させ給はんが
0000_,09,630a02(00):ためなり。下卷の用心抄のをはりを見あはすへし
0000_,09,630a03(00):
0000_,09,630a04(00):示或女房法語
0000_,09,630a05(00):念佛行者のぞんし候へきやうは。後世ををそれ往生
0000_,09,630a06(00):をねがひて念佛すれは。をはるときかならす來迎せ
0000_,09,630a07(00):させ給よしをそんして。念佛申より外のことは候は
0000_,09,630a08(00):す。三心と申候も。ふさねて申ときは。たた一の願
0000_,09,630a09(00):心にて候なり。そのねがふ心のいつはらすかさらぬ
0000_,09,630a10(00):方をは。至誠心と申候。この心の實にて念佛すれは
0000_,09,630a11(00):臨終にらいかうすといふことを。一念もうたかはぬ
0000_,09,630a12(00):方を。深心とは申候。このうへわが身もかの土へむ
0000_,09,630a13(00):まれんとおもひ。行業をも往生のためと向るを。廻
0000_,09,630a14(00):向心とは申候なり。このゆへにねがふ心いつはらす
0000_,09,630a15(00):して。げに往生せむとおもひ候へは。をのつから三
0000_,09,630a16(00):心はぐそくすることにて候也。抑中品下生に來迎の
0000_,09,630a17(00):候はぬことはあるましければ。とかれぬにては候は
0000_,09,630b18(00):す。九品往生にをのをのみなあるへきことの畧せら
0000_,09,630b19(00):れてなき事も候也。善導の御心は。三心も品品にわ
0000_,09,630b20(00):たりてあるへしとみえて候。品品ごとにおほくのこ
0000_,09,630b21(00):と候へども。三心と來迎とはかならすあるへきにて
0000_,09,630b22(00):候なり。往生をねかはん行者は。かならす三心をを
0000_,09,630b23(00):こすへきにて候へは。上品上生にこれをときて。餘
0000_,09,630b24(00):の品品をも。是になずらへてしるへしとみえて候。
0000_,09,630b25(00):又われら戒品のふねいかだもやふれたれば。生死の
0000_,09,630b26(00):大海をわたるへき縁も候はす。智惠のひかりもくも
0000_,09,630b27(00):りて。生死のやみもてらしがたけれは。聖道の得道
0000_,09,630b28(00):にももれたるわれらがために。ほとこし給他力と申
0000_,09,630b29(00):候は。第十九の來迎の願にて候へは。文にみえす候
0000_,09,630b30(00):とても。かならす來迎はあるへきにて候也。ゆめゆめ
0000_,09,630b31(00):御うたかひ候へからす。あなかしこあなかしこ
0000_,09,630b32(00):源 空
0000_,09,630b33(00):
0000_,09,630b34(00):拾遺黑谷語燈錄卷中
0000_,09,631a01(00):拾遺黑谷語燈錄卷下上漢語中下和語
0000_,09,631a02(00):
0000_,09,631a03(00):厭欣沙門了惠集錄
0000_,09,631a04(00):
0000_,09,631a05(00):念佛往生義第一
0000_,09,631a06(00):東大寺十問答第二
0000_,09,631a07(00):御消息第三四通
0000_,09,631a08(00):往生用心第四
0000_,09,631a09(00):念佛往生義
0000_,09,631a10(00):念佛往生と申事は。彌陀の本願に。わか名號をとな
0000_,09,631a11(00):へんもの。わか國にむまれすといはば。正覺をとら
0000_,09,631a12(00):じと誓て。すでに正覺をなり給へるかゆへに。此名
0000_,09,631a13(00):號をとなふる者は。かならす往生する事を得。この
0000_,09,631a14(00):ちかひをふかく信じて。乃至一念もうたかはざる者
0000_,09,631a15(00):は。十人は十人なからむまれ。百人は百人なからむ
0000_,09,631a16(00):まる。念佛を修すといへとも。うたかふ心あるもの
0000_,09,631a17(00):はむまれさるなり。世間の人の疑に。種種のゆへを
0000_,09,631a18(00):出せり。或はわが身罪をもけれはたとひ念佛すとも
0000_,09,631b19(00):往生すへからすとうたかひ。或は念佛すとも。世間
0000_,09,631b20(00):のいとなみひまなけれは。往生すへからすとうたか
0000_,09,631b21(00):ひ。或は念佛すれとも。心猛利ならされは往生すへ
0000_,09,631b22(00):からすとうたかふなり。これらは念佛の功能をしら
0000_,09,631b23(00):ずして。これらのうたかひををこせり。罪障のをも
0000_,09,631b24(00):けれはこそ。罪障を滅せんがために。念佛をはつと
0000_,09,631b25(00):むれ。罪障をもけれは。念佛すとも往生すべからす
0000_,09,631b26(00):とはうたかふへからす。たとへは病をもけれは。藥
0000_,09,631b27(00):をもちゆるかことし。やまひ重けれはとて。くすり
0000_,09,631b28(00):をもちひすは。その病いつかいへん。十惡五逆をつ
0000_,09,631b29(00):くる者も。知識のをしへによりて。一念十念するに
0000_,09,631b30(00):往生すととけり。善導は。一聲稱念するに。すなは
0000_,09,631b31(00):ち多劫のつみをのぞくとの給へり。しかれは罪障の
0000_,09,631b32(00):をもきは。念佛すとも往生すへからすとは。うたか
0000_,09,631b33(00):ふへからす。又善根なけれは。此念佛を修して無上
0000_,09,631b34(00):の功德をえんとす。餘の善根おほくは。たとひ念佛
0000_,09,631b35(00):せずともたのむかたもあるへし。しかれは善導は。
0000_,09,632a01(00):わか身をは善根薄少なりと信じて。本願をたのみ念
0000_,09,632a02(00):佛せよとすすめ給へり。經に。一たひ名號をとなふ
0000_,09,632a03(00):るに。大利を得とす。又すなはち無上の功德を得と
0000_,09,632a04(00):とけり。いかにいはんや念念相續せんをや。しかれ
0000_,09,632a05(00):は善根なけれはとて。念佛往生をうたかふへからす。
0000_,09,632a06(00):又念佛すれとも。心の猛利ならさる事は。末世の凡
0000_,09,632a07(00):夫のなれるくせ也。その心の中に。又彌陀をたのむ
0000_,09,632a08(00):心のなきにしもあらす。たとへは主君の恩ををもく
0000_,09,632a09(00):する心はあれとも。みやつかひする時。いささかもの
0000_,09,632a10(00):うき事のあるがことし。ものうしといへとも。恩を
0000_,09,632a11(00):しる心のなきにはあらさるがことし。念佛にだにも
0000_,09,632a12(00):猛利ならすは。いつれの行にか猛利ならん。いづれ
0000_,09,632a13(00):も猛利ならされはとて。一生むなしくすきは。その
0000_,09,632a14(00):をはりをいかんたとひ猛利ならざるに似たれとも。
0000_,09,632a15(00):これを修せんとおもふ心あるは。こころさしのしる
0000_,09,632a16(00):しなるへし。このめはをのつから發心すといふ事あ
0000_,09,632a17(00):り。功をつみ德をかさぬれは。時時猛利の心もいで
0000_,09,632b18(00):くる也。されははしめよりその心なけれはとてむな
0000_,09,632b19(00):しくすぎは。生涯いたつらにくれなん事。後悔さきに
0000_,09,632b20(00):たつへからす。なかんつく善導の御義には。散動の
0000_,09,632b21(00):機をえらはざる也。しかれは猛利の心なけれはとて
0000_,09,632b22(00):往生をうたかふへからす。又世間のいとなみひまな
0000_,09,632b23(00):けれはこそ。念佛の行をは修すへけれ。そのゆへは男
0000_,09,632b24(00):女貴賤。行住坐臥をえらはす。時處諸縁を論せす。
0000_,09,632b25(00):是を修するにかたしとせす。乃至臨終にも。その便
0000_,09,632b26(00):宜をえたる事念佛にはしかすといへり。餘の行は。
0000_,09,632b27(00):まことに世間忩忩の中にしては修しかたし。念佛の
0000_,09,632b28(00):行にかきりては在家出家をえらはす。有智無智をい
0000_,09,632b29(00):はす。稱念するにたよりあり。世間の事にさへられ
0000_,09,632b30(00):て。念佛往生をとげざるへからす。ただし詮ずると
0000_,09,632b31(00):ころ。無道心のいたすところ也。されはとて世間を
0000_,09,632b32(00):すてざるものゆへ。世間にはばかりて念佛せずは。
0000_,09,632b33(00):わか身にたのむところなく。心のうちにつのるとこ
0000_,09,632b34(00):ろなし。うけかたき人身をうけ。あひかたき佛法に
0000_,09,633a01(00):あへり。無常念念にいたり。老少きはめて不定なり。
0000_,09,633a02(00):やまひきたらん事かねてしらす。生死のちかづく事
0000_,09,633a03(00):たれかおほえん。もともいそくへし。はけむへし。
0000_,09,633a04(00):念佛に三心を具すといへるも。これらのことはりを
0000_,09,633a05(00):はいです。三心といは。一には至誠心。二には深心
0000_,09,633a06(00):三には廻向發願心なり。至誠心とは。眞實の心也。
0000_,09,633a07(00):往生をねかひ念佛を修せんにも。心のそこより思ひ
0000_,09,633a08(00):たちて行するを。至誠心といふ。心におもはざる事
0000_,09,633a09(00):を外相ばかりにあらはすを。虚假不實といふ也。心
0000_,09,633a10(00):のうちに又ふたたび生死の三界に返らしとおもひ。
0000_,09,633a11(00):心のうちに淨土にむまれむと思ひて念佛すれは。往
0000_,09,633a12(00):生すへし。此ゆへに外にはその相も見えざるか往生
0000_,09,633a13(00):する事あり。外にその相みゆれとも往生せざるもあ
0000_,09,633a14(00):り。ただ心につらつら有爲無常のありさまをおもひ
0000_,09,633a15(00):しりてこの身をいとひ。念佛を修すれは。自然に至
0000_,09,633a16(00):誠心をは具する也。深心と云は。信心也。わか身は
0000_,09,633a17(00):罪惡生死の凡夫也と信じ。彌陀如來は本願をもて。
0000_,09,633b18(00):かならす衆生を引接し給ふと信して。うたがはす。
0000_,09,633b19(00):念佛せんものむまれすは。正覺をとらじとちかひて
0000_,09,633b20(00):すでに正覺をなり給へは。稱念するものはかならす
0000_,09,633b21(00):往生すと信すれは。自然に深心をは具する也。廻向
0000_,09,633b22(00):發願心といふは。修するところの善根を極樂に廻向
0000_,09,633b23(00):して。かしこに生せんとねがふ心也。別の義あるへ
0000_,09,633b24(00):からす。三心といへる名は。各別なるに似たれとも。
0000_,09,633b25(00):詮するころは。たた一向專念といへる事あり。一す
0000_,09,633b26(00):ちに彌陀をたのみ念佛を修して。餘の事をまじへさ
0000_,09,633b27(00):る也。そのゆへは。壽命の長短といひ。果報の深淺と
0000_,09,633b28(00):いひ。みな宿業にこたへたる事をしらすして。いたづ
0000_,09,633b29(00):らに佛神にいのらんよりも。一すちに彌陀をたのみ
0000_,09,633b30(00):てふた心なけれは。不定業をは轉し决定業をは。來迎
0000_,09,633b31(00):し給ふへし。無益のこの世をいのらんとて大事の後
0000_,09,633b32(00):世をわするる事は。さらに本意にあらす。後世のため
0000_,09,633b33(00):に念佛を正定の業とすれは。是をさしをきて餘の行
0000_,09,633b34(00):を修すべきにあらされは。一向專念なれとはすすむ
0000_,09,634a01(00):る也。たたし念佛して往生するに不足なしといひて。
0000_,09,634a02(00):惡業をもはばからす行すへき慈悲をも行ぜす。念佛
0000_,09,634a03(00):をもはげまさざらん事は。佛敎のをきてに相違する
0000_,09,634a04(00):也。たとへは父母の慈悲は。よき子をもあしき子をも
0000_,09,634a05(00):はくくめとも。よき子をはよろこび。あしき子をはな
0000_,09,634a06(00):げくがことし。佛は一切衆生をあはれみて。よきをも
0000_,09,634a07(00):あしきをもわたし給へとも。善人をみてはよろこび。
0000_,09,634a08(00):惡人を見てはかなしみ給へる也。よき地によき種を
0000_,09,634a09(00):まかんがことし。かまへて善人にしてしかも念佛を
0000_,09,634a10(00):修すへし。是を眞實に佛敎にしたかふものといふ也。
0000_,09,634a11(00):詮するところ。つねに念佛して往生に心をかけて。佛
0000_,09,634a12(00):の引接を期して。やまひにふし。死にをよふへからん
0000_,09,634a13(00):に。おとろく心なく往生をのそむへきなり
0000_,09,634a14(00):南無阿彌陀佛 南無阿彌陀佛
0000_,09,634a15(00):
0000_,09,634a16(00):東大寺十問答俊乘房問
0000_,09,634a17(00):一問。釋迦一代の聖敎を。みな淨土宗におさめ候か。
0000_,09,634b18(00):又三部經にかきり候か
0000_,09,634b19(00):答。八宗九宗。みないつれをもわか宗の中にをさめ
0000_,09,634b20(00):て。聖道淨土の二門とはわかつ也。聖道門に大小あ
0000_,09,634b21(00):り。權實あり。淨土門に十方あり。西方あり。西方
0000_,09,634b22(00):の門に雜行あり。正行あり。正行に助行あり。正定
0000_,09,634b23(00):業あり。かくして聖道はかたし。淨土はやすしと釋
0000_,09,634b24(00):しいるる也。宗をたつるをもむきをしらぬものの。
0000_,09,634b25(00):三部經にかぎるとはいふなり
0000_,09,634b26(00):二問。正雜二行。ともに本願にて候か
0000_,09,634b27(00):答。念佛は本願也。十方三世の佛菩薩にすてられた
0000_,09,634b28(00):る。ゑせ者をたすけんとて。五劫まて思惟し。六道
0000_,09,634b29(00):の苦機にゆづり。是をたよりにてすくはんと支度し
0000_,09,634b30(00):給へる。本願の名號也。ゆめゆめ雜行本願といふ者
0000_,09,634b31(00):は。佛の五智をうたがひて。邊地にととまり。見佛
0000_,09,634b32(00):聞法の利益にもるる者也。是は誑惑の者の道心もな
0000_,09,634b33(00):きか。山寺法師なとにほめられんとて。佛意をはか
0000_,09,634b34(00):へりみすいひいだせる事なり
0000_,09,635a01(00):三問。三心具足の念佛者は。决定往生歟
0000_,09,635a02(00):答。决定往生する也。三心に智具の三心あり。行具
0000_,09,635a03(00):の三心あり。智具の三心といふは。諸宗修學の人の。
0000_,09,635a04(00):本宗の智をもては信をとりかたきを經論の明文を出
0000_,09,635a05(00):し。解釋のをもむきをもて。念佛に信をとらしめん
0000_,09,635a06(00):とてとき給へる也。行具の三心といふは。一向に歸
0000_,09,635a07(00):するは至誠心也。疑心なきは深心也。往生せんとお
0000_,09,635a08(00):もふは廻向心也。かるかゆへに一向念佛して。うた
0000_,09,635a09(00):がふおもひなく往生せんと思ふは。行具の三心也。
0000_,09,635a10(00):五念四修も一向に信する者には。自然に具する也
0000_,09,635a11(00):四問。念佛せんには。かならす念珠をもたずとも。
0000_,09,635a12(00):くるしかるましく候か
0000_,09,635a13(00):答。かならす念珠を持へき也。世間のうたをうたひ
0000_,09,635a14(00):舞をまふすら。その拍子にしたがふ也。念珠をはかせ
0000_,09,635a15(00):にて。舌と手とをうごかす也。ただし無明を斷ぜざ
0000_,09,635a16(00):らんものは。妄念をこるへし。世間の客と。主との
0000_,09,635a17(00):ことし。念珠を手にとる時は。妄念のかずをとらん
0000_,09,635b18(00):とは約束せず。念佛のかずとらむとて。念佛のある
0000_,09,635b19(00):しをすへつるうへは。念佛は主。妄念は客也。され
0000_,09,635b20(00):はとて心の妄念をゆるされたるは。過分の恩也。そ
0000_,09,635b21(00):れにあまさへ。口に樣樣の雜言をして。念珠をくり
0000_,09,635b22(00):こしなとする事。ゆゆしきひが事なり
0000_,09,635b23(00):五問。此大佛かく仰きまいらせて候へは。この大佛
0000_,09,635b24(00):のおはからひにて。淨土にもをくりつけさせ給ふへ
0000_,09,635b25(00):く候か
0000_,09,635b26(00):答。此事沙汰の外の事也。三寳をたつるに三あり。
0000_,09,635b27(00):一に一躰三寳といふは。法身の理のうへに三寳の名
0000_,09,635b28(00):をたつる也。萬法みな法身より出生するかゆへ也。
0000_,09,635b29(00):二に別相三寳といふは。十方の諸佛は佛寳也。その
0000_,09,635b30(00):智惠をよひ所説の經敎は法寳也。三乘の弟子は僧寶
0000_,09,635b31(00):也。三に住持三寳といふは。畵像木像は佛寳也。か
0000_,09,635b32(00):きつけたる經卷は法寶也。剃髮染衣は僧寶也。もし
0000_,09,635b33(00):大佛むかへ給はは。三種三寶の次第みたるへし。そ
0000_,09,635b34(00):のゆへは。住持と別相と分別なけれはなり。又本尊
0000_,09,636a01(00):は娑婆にととまりて。行者は西方にさらん事。存の
0000_,09,636a02(00):外の事也。ただし淨土の佛のゆかしさに。そのかた
0000_,09,636a03(00):ちをつくりて。眞佛の思ひをなすは。功德をうる事
0000_,09,636a04(00):也
0000_,09,636a05(00):六問。有智の人のよのつねならんと。無智の人の外
0000_,09,636a06(00):に道心ありとみえ候はんと。いづれすくれ候べき
0000_,09,636a07(00):答。有智のものの道心なからんは。無智の人の道心
0000_,09,636a08(00):あらんには。千重萬重のをとり也。かるかゆへに無
0000_,09,636a09(00):智の人の念佛は。本願なれは。往生すへし。有智の
0000_,09,636a10(00):者の道心なからんは。あるひは不淨説法をし。ある
0000_,09,636a11(00):ひは虚説妄談をして。决定地獄にをつへし。ただし
0000_,09,636a12(00):無智の人の道心は。ひか事を實とをもひて。おそる
0000_,09,636a13(00):まじき事をはをそれ。おそるへき事をはをそれぬ也
0000_,09,636a14(00):有智の人の道心あるは。道をしりてやすくゆく也。盲
0000_,09,636a15(00):目の人を明眼の人にくらへん事あさましき事也。道
0000_,09,636a16(00):心おなし事ならは。有智の人はなを無智の人に萬
0000_,09,636a17(00):億倍すぐるべきなり。無智の人の道心はわびてがて
0000_,09,636b18(00):らの事也
0000_,09,636b19(00):七問。念佛申人はかならす。攝取の益にあつかり候
0000_,09,636b20(00):か
0000_,09,636b21(00):答。しかなり
0000_,09,636b22(00):八問。攝取の光明は。一度てらしては。いつも不退
0000_,09,636b23(00):なると申人の候は。一定にて候か
0000_,09,636b24(00):答。この事おほきなるひが事也。念佛のゆへにこそ
0000_,09,636b25(00):てらすひかりの。念佛退轉してのちは。なにものを
0000_,09,636b26(00):たよりにててらすへきそ。さやうにてあるならは。
0000_,09,636b27(00):念佛一遍申さぬものやはある。されとも往生する者
0000_,09,636b28(00):はすくなく。せさるものはおほきなり。現證たれか
0000_,09,636b29(00):うたかはん
0000_,09,636b30(00):九問。本願には十念。成就には一念と候は。平生に
0000_,09,636b31(00):て候か。臨終にて候か
0000_,09,636b32(00):答。去年申候き。聖道にはさやうに一行を平生に修
0000_,09,636b33(00):しつれは。罪即時に滅して。のちに又相續せされと
0000_,09,636b34(00):も成佛すといふ事あり。其はなを縁をむすはしめん
0000_,09,637a01(00):とて。佛の方便してとき給へる事也。順次の義には
0000_,09,637a02(00):あらす。花嚴禪門眞言止觀なとの。至極甚深の法門
0000_,09,637a03(00):こそ。さる事はあれ。これは衆生もとより懈怠のも
0000_,09,637a04(00):のなれは。一度申をきてのち。申さすとも。往生す
0000_,09,637a05(00):るおもひに住して。數遍を退轉せん事は。くちおし
0000_,09,637a06(00):かるへし。十念は上盡一形に對する時の事也。をそ
0000_,09,637a07(00):く念佛にあひたらん人は。いのちつづまりて。百念
0000_,09,637a08(00):にもをよはぬは。十念也。十念にもをよはぬは。一
0000_,09,637a09(00):念也。此源空か衣もやきすててこそ。麻のゆかりを
0000_,09,637a10(00):滅したるにてはあらめ。これがあらんかきりは。麻
0000_,09,637a11(00):の滅したるにてはなき也。過去無始よりこのかた。
0000_,09,637a12(00):罪業をもて成せる。身ももとのことく。心ももとの
0000_,09,637a13(00):心ならは。なにをか業成し罪滅するしるしとすへ
0000_,09,637a14(00):き。罪滅する者は無生をう。無生をうる者は金色の
0000_,09,637a15(00):はたへとなる。彌陀の願に金色となさんとちかはせ
0000_,09,637a16(00):給へとも。念佛申人たれか臨終以前に金色となる。
0000_,09,637a17(00):ただ物さかしからて。一發心已後無有退轉の釋をあ
0000_,09,637b18(00):ふひて。臨終をまつへき也
0000_,09,637b19(00):十問。臨終の來迎は。報佛にておはし候か
0000_,09,637b20(00):答。念佛往生の人は。報佛の迎にあつかる。雜行の
0000_,09,637b21(00):人人往生するは。かならす化佛の來迎にて候也。念
0000_,09,637b22(00):佛もあるひは餘行をまじへ。あるひは疑心をいささ
0000_,09,637b23(00):かもまじふる者は。化佛の來迎をみて。報佛をかく
0000_,09,637b24(00):したてまつるもの也
0000_,09,637b25(00):建久二年三月十三日東大寺聖人奉問源空上人
0000_,09,637b26(00):御答也
0000_,09,637b27(00):
0000_,09,637b28(00):御消息
0000_,09,637b29(00):御文こまかにうけ給はり候ぬ。かやうに申候事の。
0000_,09,637b30(00):一分の御さとりをもそへ。往生の御心さしもつよく
0000_,09,637b31(00):なり候ぬへからんには。をそれをもはばかりをも。
0000_,09,637b32(00):かへり見るへきにて候はす。いくたびも申たくこそ
0000_,09,637b33(00):候へ。まことにわか身のいやしく。わか心のつたなき
0000_,09,637b34(00):をはかへり見候はす。たれたれもみな人の。彌陀の
0000_,09,638a01(00):ちかひをたのみて。决定往生のみちに。をもむけか
0000_,09,638a02(00):しとこそおもひ候へとも。人の心のさまさまにして
0000_,09,638a03(00):たた一すぢにゆめまほろしのうき世ばかりのたのし
0000_,09,638a04(00):みさかへをもとめて。すべてのちの世をもしらぬ人
0000_,09,638a05(00):も候。又後世ををそるべきことはりをおもひしり
0000_,09,638a06(00):て。つとめをこなふ人につきても。かれ此に心をう
0000_,09,638a07(00):ごかして。一すぢに一行をたのまぬ人も候。又いづ
0000_,09,638a08(00):れの行にても。もとよりしはじめおもひそめつる事
0000_,09,638a09(00):をは。いかなることはりをきけとも本の執心をあら
0000_,09,638a10(00):ためぬ人も候。又けふはいみじく信ををこして。一
0000_,09,638a11(00):すぢにをもむきぬとみゆる程に。うちすつる人も候。
0000_,09,638a12(00):かくのみ候て。まことしく淨土の一門にいりて。念
0000_,09,638a13(00):佛の一行をもはらにする人の。ありがたく候事は。
0000_,09,638a14(00):わが身ひとつのなげきとこそは。人しれす思ひ候へ
0000_,09,638a15(00):とも。法によりて。人によらぬことはりをうしなは
0000_,09,638a16(00):ぬ程の人も。ありがたき世にてをのつからすすめこ
0000_,09,638a17(00):ころみ候にも。われからのあなづらはしさに。申い
0000_,09,638b18(00):づることはりもすてらるるにこそなと。おもひしら
0000_,09,638b19(00):るる事にてのみ候か。心うくかなしく候て。是ゆへ
0000_,09,638b20(00):にいまひときは。とく淨土にむまれて。さとりをひ
0000_,09,638b21(00):らきてのち。いそき此世界に還りきたりて。神通方
0000_,09,638b22(00):便をもて。結縁の人をも。無縁のものをも。ほむる
0000_,09,638b23(00):をも。そしるをも。みなことことく。念佛にすすめ
0000_,09,638b24(00):いれて。淨土へむかへむとちかひををこしてのみこ
0000_,09,638b25(00):そ。當時の心をもなくさむる事にて候に。此おほせ
0000_,09,638b26(00):にそ。わか心さしもしるしあるここちして。あまり
0000_,09,638b27(00):にうれしく候へ。その儀にて候はは。おなしくは。
0000_,09,638b28(00):まめやかにけにけにしく御沙汰候ひて。ゆくすゑも
0000_,09,638b29(00):あやうからす。往生もたのもしき程に。おほしめし
0000_,09,638b30(00):さためさせおはしますへく候。詮しては。人のはか
0000_,09,638b31(00):らひ申すへき事にても候はす。よくよく案して御
0000_,09,638b32(00):らん候へ。此事にすきたる御大事何事かは候へき。
0000_,09,638b33(00):此世の名聞利養は。中なかに申ならふるも。いまい
0000_,09,638b34(00):ましく候。やがてきのふ今日。まなこにさへぎり。
0000_,09,639a01(00):みみにみちたるはかなさにて候めれは。事あたらし
0000_,09,639a02(00):く申たつるにをよはす。たた返返も御心をしづめ
0000_,09,639a03(00):て。おほしめしはからふへく候。さきには聖道淨土
0000_,09,639a04(00):の二門を心えわけて。淨土の一門に。いらせおはし
0000_,09,639a05(00):ますへきよしを申候き。いまは淨土門につきてをこ
0000_,09,639a06(00):なふへき樣を申へし。淨土に往生せんとおもはん人
0000_,09,639a07(00):は。安心起行と申て。心と行と相應すへき也。その
0000_,09,639a08(00):心といふは。觀無量壽經に説ていはく。もし衆生あ
0000_,09,639a09(00):りて。かの國にむまれんとねかはん者は。三種の心
0000_,09,639a10(00):ををこして。即往生すへし。なにをか三つとする。
0000_,09,639a11(00):一には至誠心。二には深心。三には廻向發願心也。
0000_,09,639a12(00):三心を具せるものは。かならすかの國にむまるとい
0000_,09,639a13(00):へり。善導和尚此三心を釋していはく。一に至誠心
0000_,09,639a14(00):と云は。至といは眞也。誠といは實也。一切衆生の
0000_,09,639a15(00):身口意業に。修せむところの解行。かならす眞實心
0000_,09,639a16(00):の中になすへき事を。あかさんとおもふ。外には賢
0000_,09,639a17(00):善精進の相を現し。内には虚假をいたくことをえされ。
0000_,09,639b18(00):内外明闇をえらはす。かならず眞實をもちひよ。か
0000_,09,639b19(00):るかゆへに至誠心となづくといへり。此釋の意は。
0000_,09,639b20(00):至誠心といふは。眞實心也。その眞實といふは。身
0000_,09,639b21(00):にふるまひ。口にいひ。心におもはん事。みなまこ
0000_,09,639b22(00):との心を具すへき也。即内はむなしくして。外をか
0000_,09,639b23(00):さる心のなきをいふなり。此心はうき世をそむき
0000_,09,639b24(00):て。まことのみちにおもむくとおほしき人人の中
0000_,09,639b25(00):に。よくよく用意すへき心ばへにて候也。われも人
0000_,09,639b26(00):も。いふはかりなきゆめの世を執ずる心のふかかり
0000_,09,639b27(00):しなごりにて。ほどほどにつきて名聞利養を。わづ
0000_,09,639b28(00):かにふりすてたるばかりを。ありかたくいみじき事
0000_,09,639b29(00):にして。やがてそれを。返りて又名聞にしなして。此
0000_,09,639b30(00):世さまにも心のたけのうるさきに。とりなしてさと
0000_,09,639b31(00):りあさき世間の人の。心の中をばしらず。貴がりい
0000_,09,639b32(00):みじかるを。是こそは本意なれとしえたる心ちし
0000_,09,639b33(00):て。みやこのほとりをかきはなれて。かすかなるす
0000_,09,639b34(00):みかをたづぬるまでも。心のしづまらんためをばつ
0000_,09,640a01(00):ぎにして。本尊道塲の莊嚴。まがきのうちには。木
0000_,09,640a02(00):立なとの心ぼそく。ものあはれならんことがらを。
0000_,09,640a03(00):人にみえきかれん事をのみ執する程に。露はかりの
0000_,09,640a04(00):事も。人のそしりにならん事あらじと。いとなむ心
0000_,09,640a05(00):より外におもひましふる事も。なきやうなる心のみ
0000_,09,640a06(00):して。佛のちかひをたのみ。往生をねがはんなとい
0000_,09,640a07(00):ふ事をは思ひいれす。沙汰もせぬことの。やがて至
0000_,09,640a08(00):誠心かけて。往生もえせぬ心ばへにて候也。又かく
0000_,09,640a09(00):申候へは。一途に此世の人目をばいかにもありなん
0000_,09,640a10(00):とて。人のそしりをかへりみぬがよきぞと申にては
0000_,09,640a11(00):候はす。ただし時にのそみ。譏嫌のために。世間の人
0000_,09,640a12(00):目をかへりみる事は候へとも。それをたのみおもひ
0000_,09,640a13(00):いれて。往生のさはりになるかたをは。かへりみぬ
0000_,09,640a14(00):樣にひきなされ候はん事の。返返もおろかにくちお
0000_,09,640a15(00):しく候へは。御身にあたりても。御心えさせまいら
0000_,09,640a16(00):せ候はんために申候也。此心につきて四句の不同あ
0000_,09,640a17(00):るへし。一には外相は貴けにて。内心は貴からぬ人
0000_,09,640b18(00):あり。二には外相も内心も。ともに貴からぬ人あり
0000_,09,640b19(00):三には外相は貴けもなくて内心は貴き人あり。四に
0000_,09,640b20(00):は外相も内心もともに貴き人あり。四人の中にさき
0000_,09,640b21(00):の二人は。いまきらふところの。至誠心かけたる人
0000_,09,640b22(00):也。是を虚假の人となづくへし。のちの二人は至誠
0000_,09,640b23(00):心具したる人也。是を眞實の行者となづくへし。さ
0000_,09,640b24(00):れは詮ずるところは。ただ内心にまことの心ををこ
0000_,09,640b25(00):して。外相はよくもあれ。あしくもあれ。とてもか
0000_,09,640b26(00):くてもあるへきにやと。おほえ候也。おほかた此世
0000_,09,640b27(00):をいとはん事も。極樂をねがはん事も。人目はかり
0000_,09,640b28(00):をおもはで。まことの心ををこすへきにて候也。こ
0000_,09,640b29(00):れを至誠心と申候也。二に深心といふは。善導釋して
0000_,09,640b30(00):いはく。深心といふは。すなはちこれふかく信する
0000_,09,640b31(00):心なり。是に二種あり。一には决定してふかくわか
0000_,09,640b32(00):身は是。煩惱を具せる罪惡生死の凡夫也。善根薄少
0000_,09,640b33(00):にして。曠劫よりこのかた。つねに三界に流轉して
0000_,09,640b34(00):出離の縁なしと信ずへし。二にはふかくかの阿彌陀
0000_,09,641a01(00):佛四十八願をもて。衆生を攝取し給に。即名號を稱
0000_,09,641a02(00):する事。下十聲一聲にいたるまて。かの願力に乘じ
0000_,09,641a03(00):て。さためて往生する事をうと信して。乃至一念も
0000_,09,641a04(00):うたがふ心なきかゆへに。深心となづく。又深信と
0000_,09,641a05(00):いふは。决定して心をたてて。佛敎にしたがひて修
0000_,09,641a06(00):行して。ながくうたがひをのぞき。一切の別解別行。
0000_,09,641a07(00):異學異見異執のために。退失傾動せられさる也とい
0000_,09,641a08(00):へり。此釋の意は。はしめにはわか身の程を信じ。の
0000_,09,641a09(00):ちには佛の願を信する也。ただし後の信を决定せん
0000_,09,641a10(00):かために。はしめの信心をはあぐる也。そのゆへは。
0000_,09,641a11(00):もしはしめの信心をあげすして。のちの信心を出し
0000_,09,641a12(00):たらましかは。もろもろの往生をねがはん人。たと
0000_,09,641a13(00):ひ本願の名號をはとなふとも。みつから心に貪欲瞋
0000_,09,641a14(00):恚等の煩惱をもおこし。身に十惡破戒等の罪惡をも
0000_,09,641a15(00):つくりたる事あらは。みだりにみつから身をひがめ
0000_,09,641a16(00):て。かへりて本願をうたがひ候ひなまし。いま此本願
0000_,09,641a17(00):に十聲一聲まても往生すといふは。おぼろけの人に
0000_,09,641b18(00):はあらじ。妄念もをこさず。罪もつくらず。めでた
0000_,09,641b19(00):き人にてぞあるらんわがごときのともからの。一念
0000_,09,641b20(00):十念にてはよもあらじとぞおぼえまし。しかるを善
0000_,09,641b21(00):導和尚。未來の衆生の。此うたがひをのこさん事を
0000_,09,641b22(00):かがみて。此二種の信心をあげて。われらがごとき
0000_,09,641b23(00):いまた煩惱をも斷せす。罪業をもつくる凡夫なりと
0000_,09,641b24(00):も。ふかく彌陀の本願を信じて。念佛すれは。一聲
0000_,09,641b25(00):にいたるまて决定して。往生するむねを釋し給へり。
0000_,09,641b26(00):此釋の。ことに心にそみて。いみしくおほへ候也。
0000_,09,641b27(00):まことにかくだにも釋し給はざらましかは。われらか
0000_,09,641b28(00):往生は不定にぞおほえましと。あやうくおほえ候
0000_,09,641b29(00):也。されは此義を心えわかぬ人やらん。わか心のわ
0000_,09,641b30(00):ろけれは往生はかなはじなとこそは。申あひて候め
0000_,09,641b31(00):れ。そのうたかひの。やかで往生せぬ心にて候ける
0000_,09,641b32(00):ものを。たた心のよきわろきをも返りみず。罪のか
0000_,09,641b33(00):ろきをもきをも沙汰せず。心に往生せんとおもひて。
0000_,09,641b34(00):口に南無阿彌陀佛ととなへて。聲につきて决定往生
0000_,09,642a01(00):のおもひをなすへし。その决定の心によりて。即往
0000_,09,642a02(00):生の業はさだまる也。かく心うればうたがひなし。往
0000_,09,642a03(00):生は不定とおもへは。やかて不定也。一定とおもへ
0000_,09,642a04(00):は一定する事にて候也。されは詮しては。ふかく信
0000_,09,642a05(00):ずる心と申候は。南無阿彌陀佛と申せは。その佛の
0000_,09,642a06(00):ちかひにていかなる身をもえらはす。いかなるとが
0000_,09,642a07(00):をもきらはず。一定むかへ給ふぞと。ふかくたのみ
0000_,09,642a08(00):て。うたがふ心のすこしもなきを申候なり。又別解
0000_,09,642a09(00):別行にやぶられざれと申候は。解ことに。行ことな
0000_,09,642a10(00):らん人の。いはん事につゐて。念佛をもすて往生を
0000_,09,642a11(00):もうたがふ事なかれと申候也。さとりことなる人と
0000_,09,642a12(00):申すは。天台法相等の。八宗の學生是也。行ことな
0000_,09,642a13(00):る人と申すは。眞言止觀等の。一切の行者是なり。
0000_,09,642a14(00):これらはみな聖道門の解行なり。淨土門の解行にこ
0000_,09,642a15(00):となるがゆへに。別解別行となづくるなり。あらぬ
0000_,09,642a16(00):さとりの人に。いひやふらるましきことはりをは。
0000_,09,642a17(00):善導こまかに釋し給ひて候へとも。その文ひろくし
0000_,09,642b18(00):てつぶさにひくにをよはず。心をとりて申さは。たと
0000_,09,642b19(00):ひ佛きたりてひかりをはなち。したをいだして煩惱
0000_,09,642b20(00):罪惡の凡夫の。念佛して一定往生すといふ事は。ひ
0000_,09,642b21(00):が事そ信すへからすとの給とも。それによりて。一
0000_,09,642b22(00):念もうたがふ心あるへからす。そのゆへは。一切の
0000_,09,642b23(00):佛はみなおなし心に。衆生をはみちひき給ふ也。即
0000_,09,642b24(00):まづ阿彌陀如來願ををこしていはく。もしわれ佛に
0000_,09,642b25(00):なりたらんに。十方の衆生。わか國にむまれんとね
0000_,09,642b26(00):がひて。我か名號をとなるふ事。下十聲一聲にいた
0000_,09,642b27(00):らんに。わか願力に乘して。もしむまれずは。正覺
0000_,09,642b28(00):をとらしとちかひ給て。その願成就して。すでに佛
0000_,09,642b29(00):になり給へり。しかるを釋迦ほとけ此世界にいてて
0000_,09,642b30(00):衆生のために。かの佛の本願をとき給へり。又六方
0000_,09,642b31(00):にをのをの恒河沙數の諸佛ましまして。一一に舌を
0000_,09,642b32(00):のへて。三千世界におほふて。旡虚妄の相を現して。
0000_,09,642b33(00):釋迦佛の彌陀の本願をほめて。一切衆生をすすめ
0000_,09,642b34(00):て。かの佛の名號をとなふれは。さためて往生すと
0000_,09,643a01(00):とき給へるは。決定してうたかひなき事也。一切衆
0000_,09,643a02(00):生みなこの事を信ずへしと。證誠し給へり。かくの
0000_,09,643a03(00):こときの一切の諸佛。一佛ものこらす。同心に一切
0000_,09,643a04(00):の凡夫。念佛して决定して往生すへきむねを。ある
0000_,09,643a05(00):ひは願をたて。あるひはその願をとき。あるひはその
0000_,09,643a06(00):説を證して。すすめ給へるうへには。いかなる佛の又
0000_,09,643a07(00):きたりて。往生すへからすとはの給へきそといふこ
0000_,09,643a08(00):とはりの候そかし。このゆへに佛きたりて。の給と
0000_,09,643a09(00):もおとろくへからすとは申候也。佛なをしかり。いは
0000_,09,643a10(00):んや菩薩聲聞縁覺をや。いかにいはんや。凡夫をやと
0000_,09,643a11(00):意えつれは。一たびも此念佛往生の法門をききひら
0000_,09,643a12(00):きて。信ををこしてんのちは。いかなる人とかく申と
0000_,09,643a13(00):も。ながくうたがふ心あるへからすとこそをほえ候
0000_,09,643a14(00):へ。これを深心と申候也。三に廻向發願心といふは善
0000_,09,643a15(00):導釋していはく。過去及今生の身口意業に。修する
0000_,09,643a16(00):ところの世出世の善根。をよひ他の一切の凡聖の。身
0000_,09,643a17(00):口意業に修せんところの。世出世の善根を隨喜し
0000_,09,643b18(00):て。此自他所修の善根をもて。ことことくみな眞實
0000_,09,643b19(00):深信の心の中に廻向して。かの國にむまれんとねが
0000_,09,643b20(00):ふ也。又廻向發願心といふは。かならす决定眞實の
0000_,09,643b21(00):心の中に廻向して。むまるる事をうるおもひをな
0000_,09,643b22(00):せ。この心ふかく信じて。なをし金剛のことくにし
0000_,09,643b23(00):て。一切の異見異學別解別行の人のために。動亂破
0000_,09,643b24(00):壞せられされといへり。此釋の意はまずわか身につ
0000_,09,643b25(00):きて。さきの世をよひこの世に。身にも口にも意にも
0000_,09,643b26(00):つくりたらん功德をみなことことく極樂に廻向し
0000_,09,643b27(00):て。往生をねがふ也。次に我身の功德のみならす。
0000_,09,643b28(00):こと人のなしたらん功德をも。佛菩薩のつくらせ給
0000_,09,643b29(00):ひたらん功德をも。隨喜すれは。みな我功德となる
0000_,09,643b30(00):をもて。ことことく極樂に廻向して。往生をねがふ
0000_,09,643b31(00):也。すべてわか身の事にても。此世の果報をもいの
0000_,09,643b32(00):り。をなしくのちの世の事なりとも。極樂ならぬ餘
0000_,09,643b33(00):の淨土にむまれんとも。もしは都率にむまれんと
0000_,09,643b34(00):も。もしは人中天上にむまれんとも。たとひかくの
0000_,09,644a01(00):ことく。かれにてもこれにても。異事に廻向する事
0000_,09,644a02(00):なくして。一向に極樂に往生せんと廻向すへき也。
0000_,09,644a03(00):もしこのことはりをも。をもひさだめつらんさき
0000_,09,644a04(00):に。この世の事をもいのり。あらぬかたへも廻向し
0000_,09,644a05(00):たらん功德をも。みなとり返して。往生の業になさ
0000_,09,644a06(00):んと廻向すへき也。一切の善根をみな極樂に廻向す
0000_,09,644a07(00):へしと申せはとて。念佛に歸して。一向に念佛申さ
0000_,09,644a08(00):ん人の。ことさらに餘の功德をつくりあつめて。廻
0000_,09,644a09(00):向せよとには候はす。過ぬるかたにつくりをきたら
0000_,09,644a10(00):ん功德をも。もし又こののちなりとも。をのつから便
0000_,09,644a11(00):宜にしたがひて。念佛のほかの善を修する事のあら
0000_,09,644a12(00):んをも。しかしなから往生の業に廻向すへしと。申
0000_,09,644a13(00):す事にて候也。此心金剛のことくにして。別解別行
0000_,09,644a14(00):の人にやぶられされと申候は。さきにも申候つる樣
0000_,09,644a15(00):に。ことさとりの人にをしへられて。かれこれに廻向
0000_,09,644a16(00):する事なかれと申候也。金剛はやぶれぬものにて候
0000_,09,644a17(00):なれは。たとへにとりて。この心のやぶれぬ事も。金
0000_,09,644b18(00):剛のことくなれと申候にやとおほへ候。是を廻向發
0000_,09,644b19(00):願心とは申候也三心のありさま。をろをろ申ひらき
0000_,09,644b20(00):候ぬ。此三心を具しぬれは。かならす往生するなり。
0000_,09,644b21(00):一心もかけぬれは。むまるる事をえすと。善導は釋し
0000_,09,644b22(00):給ひたれは。往生をねかはん人は。最も此三心を具す
0000_,09,644b23(00):へき也。しかるにかやうに申したるには別別にて。
0000_,09,644b24(00):事事しきやうなれとも。意えとくには。さすかにやす
0000_,09,644b25(00):く具しぬへき心にて候也。詮してはたたまことの心あ
0000_,09,644b26(00):りて。ふかく佛のちかひをたのみて。往生をねがはん
0000_,09,644b27(00):するにて候ぞかし。されはあさきふかきのかはりめ
0000_,09,644b28(00):こそ候へとも。さほとの心は。たれかをこささらんと
0000_,09,644b29(00):こそはおほえ候へ。かやうの事は。うとくをもふおり
0000_,09,644b30(00):には。大事におほえ候。とりよりて沙汰すれは。さ
0000_,09,644b31(00):すかにやすき事にて候也。よくよく心えとかせおは
0000_,09,644b32(00):しますへく候。たたしこの三心は。その名をだにもし
0000_,09,644b33(00):らぬ人も。そらに具して往生し。又こまかにならひ沙
0000_,09,644b34(00):汰する人も。返りて闕る事も候也是につきても。四
0000_,09,645a01(00):句の不同候へし。さは候へとも。又是を意えて。わか
0000_,09,645a02(00):心には三心具したりとおほえは。心づよくもおほえ。
0000_,09,645a03(00):又具せずとおほえは心をもはけまして。かまへて具
0000_,09,645a04(00):せんとおもひしり候はんは。よくそ候ひぬへけれは。
0000_,09,645a05(00):心のをよふ程は申に候。このうへさのみはつくしか
0000_,09,645a06(00):たく候へは。ととめ候ぬ。又この中におぼつかなく。
0000_,09,645a07(00):おぼしめす事候はんをは。をのつから見參にいり候
0000_,09,645a08(00):はん時。申ひらくへく候是そ往生すべき心はへの沙
0000_,09,645a09(00):汰にて候。これを安心とはなずけて候也
0000_,09,645a10(00):私云。淨土門に入へき御消息ありけりと見えたり
0000_,09,645a11(00):いまたたつねえす
0000_,09,645a12(00):ある人のもとへつかはす御消息
0000_,09,645a13(00):念佛往生は。いかにもしてさはりをいだし。難ぜんと
0000_,09,645a14(00):すれとも往生すまじき道理はをほかた候ぬ也。善根
0000_,09,645a15(00):すくなしといはんとすれは。一念十念もるる事なし。
0000_,09,645a16(00):罪障をもしといはんとすれは。十惡五逆も往生をと
0000_,09,645a17(00):ぐ。人をきらはんといはんとすれは。常沒流轉の凡夫
0000_,09,645b18(00):を。まさしきうつはものとせり。時くだれりといはん
0000_,09,645b19(00):とすれは。末法万年のすゑ。法滅已後さかりなるへ
0000_,09,645b20(00):し。此法はいかにきらはんとすれとももるる事なし。
0000_,09,645b21(00):ただちからをよはさる事は。惡人をも時をもえらは
0000_,09,645b22(00):す。攝取し給ふ佛なりと。ふかくたのみて。わが身を
0000_,09,645b23(00):かへりみず。ひとすちに佛の大願業力によりて。善惡
0000_,09,645b24(00):の凡夫往生をうと信ぜずして。本願をうたがふばか
0000_,09,645b25(00):りこそ。往生にはおほきなるさはりにて候へ
0000_,09,645b26(00):一いかさまにも候へ。末代の衆生は。今生のいのり
0000_,09,645b27(00):にもなり。まして後生の往生は。念佛の外にはかな
0000_,09,645b28(00):ふましく候。源空かわたくしに申事にてはあらす。聖
0000_,09,645b29(00):敎のおもてに。かかみをかけたる事にて候へは。御
0000_,09,645b30(00):らんあるへく候也
0000_,09,645b31(00):熊谷の入道へつかはす御返事
0000_,09,645b32(00):御文よろこひてうけ給はり候ぬ。まことにそののち
0000_,09,645b33(00):は。おぼつかなく候つるに。うれしくおほせられて
0000_,09,645b34(00):候。但念佛の文かきてまいらせ候。御らん候へし。
0000_,09,646a01(00):念佛の行は。かの佛の本願の行にて候。持戒誦經誦
0000_,09,646a02(00):咒理觀等の行は。かの佛の本願にあらぬをこなひに
0000_,09,646a03(00):て候へは。極樂をねかはん人は。まづかならす本
0000_,09,646a04(00):願の念佛の行をつとめてうへに。もし異をこなひを
0000_,09,646a05(00):も念佛にしくはへ候はんとおもひ候はは。さもつか
0000_,09,646a06(00):まつり候。又たた本願の念佛はかりにても候べし。
0000_,09,646a07(00):念佛をつかまつり候はて。たたことをこなひはかり
0000_,09,646a08(00):をして。極樂をねがひ候人は。極樂へもえむまれ候
0000_,09,646a09(00):はぬ事にて候よし 善導和尚のおほせられて候へ
0000_,09,646a10(00):は。但念佛か。决定往生の業にては候也。善導和尚
0000_,09,646a11(00):は。彌陀の化身にておはしまし候へは。それこそは
0000_,09,646a12(00):一定にて候へと申にて候。又女犯と候は不媱戒の事
0000_,09,646a13(00):にこそ候なれ。又御きんだちなとのかんだうと候は
0000_,09,646a14(00):不瞋戒のことにこそ候なれ。されは持戒の行は。佛
0000_,09,646a15(00):の本願にあらぬ行なれは。たへたらんにしたかひ
0000_,09,646a16(00):て。たもたせ給へく候。孝養の行も佛の本願にあら
0000_,09,646a17(00):す。たへんにしたがひて。つとめさせおはしますへ
0000_,09,646b18(00):く候。又あかかねの阿字の事も。をなしことに候。又
0000_,09,646b19(00):さくぢやうの事も。佛の本願にあらぬつとめにて
0000_,09,646b20(00):候。とてもかくても候なん。又迎接の曼陀羅はたい
0000_,09,646b21(00):せちにをはしまし候。それもつきの事に候。ただ念
0000_,09,646b22(00):佛を三萬。もしは五萬。もしは六萬。一心に申させ
0000_,09,646b23(00):おはしまし候はんそ。决定往生のをこなひにては候
0000_,09,646b24(00):こと善根は。念佛のいとまあらはの事に候。六萬遍
0000_,09,646b25(00):をだに申させ給はは。そのほかには。なに事をかは
0000_,09,646b26(00):せさせおはしますへき。まめやかに。一心に三萬五
0000_,09,646b27(00):萬。念佛をつとめさせ給はば。少少戒行やぶれさせ
0000_,09,646b28(00):をはしまし候とも。往生はそれにはより候ましきこ
0000_,09,646b29(00):とに候。ただしこの中に孝養の行は。佛の本願の行
0000_,09,646b30(00):にては候はねとも。八十九にておはしまし候なり。
0000_,09,646b31(00):あひかまへてことしなとをは。まちまいらせさせ。
0000_,09,646b32(00):おはしませかしとをほえ候。あなかしこあなかしこ
0000_,09,646b33(00):五月二日 源 空御自筆也
0000_,09,646b34(00):ある時の御返事
0000_,09,647a01(00):をよそこの條こそ。とかく申にをよひ候はす。めで
0000_,09,647a02(00):たく候へ。往生をせさせ給ひたらんには。すぐれて
0000_,09,647a03(00):おほえ候。死期しりて往生する人人は。入道とのに
0000_,09,647a04(00):かきらす。おほく候。かやうに耳目をおとろかす事
0000_,09,647a05(00):は。末代にはよも候はじ。むかしも道綽禪師ばかり
0000_,09,647a06(00):こそ。おはしまし候へ返返申はかりなく候。ただし
0000_,09,647a07(00):なに事につけても。佛道には魔事と申す事の。ゆゆ
0000_,09,647a08(00):しき大事にて候なり。よくよく御用心候へきなり。
0000_,09,647a09(00):かやうに不思議をしめすにつけても。たよりをうか
0000_,09,647a10(00):がふ事も候ひぬへきなり。めてたく候にしたがひ
0000_,09,647a11(00):て。いたはしくおほえ候て。かやうに申候なり。よ
0000_,09,647a12(00):くよく御つつし見候て。ほとけにもいのりまいら
0000_,09,647a13(00):せさせ給ふへく候。いつか御のほり候へき。かまへ
0000_,09,647a14(00):てかまへて。のほらせおはしませかし。京の人人おほや
0000_,09,647a15(00):うはみな信して。念佛をもいますこし。いさみあひ
0000_,09,647a16(00):て候。是につけても。いよいよすすませ給ふへく候
0000_,09,647a17(00):あしさまにおほしめすへからす候。なをなをめてた
0000_,09,647b18(00):く候あなかしこあなかしこ
0000_,09,647b19(00):四月三日 源 空
0000_,09,647b20(00):熊谷入道殿江
0000_,09,647b21(00):私云。これは熊谷入道念佛して。さまさまの現瑞
0000_,09,647b22(00):を感したりけるを。上人へ申あけたりける時の御
0000_,09,647b23(00):返事なり
0000_,09,647b24(00):
0000_,09,647b25(00):往生淨土用心
0000_,09,647b26(00):一毎日御所作。六万遍めてたく候。うたがひの心た
0000_,09,647b27(00):にも候はねは。十念一念も往生はし候へとも。おほ
0000_,09,647b28(00):く申候へは。上品にむまれ候。釋にも上品花臺見慈
0000_,09,647b29(00):主。到者皆因念佛多と候へは
0000_,09,647b30(00):一宿善によりて。往生すへしと人の申候らん。ひが
0000_,09,647b31(00):事にては候はす。かりそめの此世の果報だにも。さ
0000_,09,647b32(00):きの世の罪。功德によりて。よくもあしくもむまる
0000_,09,647b33(00):る事にて候へは。まして往生程の大事。かならす宿
0000_,09,647b34(00):善によるへしと。聖敎にも候やらん。ただし念佛往
0000_,09,648a01(00):生は。宿善のなきにもより候はぬやらん。父母をこ
0000_,09,648a02(00):ろし。佛身よりちをあやしたるほとの罪人も。臨終
0000_,09,648a03(00):に十念申て往生すと。觀經にも見えて候。しかるに
0000_,09,648a04(00):宿善あつき善人は。をしへ候はねとも。惡にをそれ
0000_,09,648a05(00):佛道に心すすむ事にて候へは。五逆なとはいかにも
0000_,09,648a06(00):いかにもつくるましき事にて候也。それに五逆の罪人。
0000_,09,648a07(00):念佛十念にて往生をとけ候時に。宿善のなきにもよ
0000_,09,648a08(00):り候ましく候。されは經に。若人造多罪。得聞六字
0000_,09,648a09(00):名。火車自然去。花臺即來迎。極重惡人無他方便。
0000_,09,648a10(00):唯稱彌陀得生極樂。若有重業障。無生淨土因。乘彌
0000_,09,648a11(00):陀願力。必生安樂國。この文の意は若五逆をつくれ
0000_,09,648a12(00):りとも。彌陀の六字の名をきかは。火の車自然にさ
0000_,09,648a13(00):りて。蓮臺きたりてむかふへし。又きはめてをもき
0000_,09,648a14(00):罪人の。他の方便なからんも。彌陀をとなへたてま
0000_,09,648a15(00):つらは。極樂にむまるへし。又もしをもきさはりあ
0000_,09,648a16(00):りて。淨土にむまるへき因なくとも。彌陀の願力に
0000_,09,648a17(00):乘しなは。安樂國にむまるへしと候へは。たのもし
0000_,09,648b18(00):く候。又善導の釋には。曠劫より此かた六道に輪廻
0000_,09,648b19(00):して。出離の縁なからん。常沒の衆生をむかへんか
0000_,09,648b20(00):ために。阿彌陀ほとけは佛になり給へりと候。その
0000_,09,648b21(00):常沒の衆生と申候は。恒河のそこにしづみたるいき
0000_,09,648b22(00):ものの。身おほきにながくして。その河にはばかり
0000_,09,648b23(00):て。えはたらかず。つねにしづみたるに。惡世の凡
0000_,09,648b24(00):夫をたとへられて候。又凡夫と申。二の文字をは。
0000_,09,648b25(00):狂醉のことしと。弘法大師釋し給へり。けにも凡夫
0000_,09,648b26(00):の心は。物くるひ。さけにゑいたるかことくして。
0000_,09,648b27(00):善惡につけて。おもひさためたる事なく。一時に煩
0000_,09,648b28(00):惱百たひましはりて。善惡みたれやすけれは。いつ
0000_,09,648b29(00):れの行なりとも。わかちからにては行しかたし。し
0000_,09,648b30(00):かるに生死をはなれ。佛道にいるには。菩提心をを
0000_,09,648b31(00):こし。煩惱をつくして。三祇百劫。難行苦行してこ
0000_,09,648b32(00):そ。佛にはなるへきにて候に。五濁の凡夫。わかち
0000_,09,648b33(00):からにては願行そなはる事かなひかたくて。六道四
0000_,09,648b34(00):生にめくり候也。彌陀如來この事をかなしみおほし
0000_,09,649a01(00):めして。法藏菩薩と申ししいにしへ。我等か行しか
0000_,09,649a02(00):たき僧祇の苦行を。兆載永劫かあひた功をつみ。德
0000_,09,649a03(00):をかさねて。阿彌陀ほとけになり給へり。一佛にそ
0000_,09,649a04(00):なへたまへる。四智三身。十力無畏等の。一切の内
0000_,09,649a05(00):證の功德。相好光明説法利生等の。外用の功德。さ
0000_,09,649a06(00):まさまなるを。三字の名號の中におさめいれて。この
0000_,09,649a07(00):名號を十聲一聲まてもとなへん者を。かならすむか
0000_,09,649a08(00):へん。もしむかへすは。われ佛にならしとちかひ給
0000_,09,649a09(00):へるに。かの佛いま現に世にましまして。佛になり
0000_,09,649a10(00):給へり。名號をとなへん衆生往生うたかふへからす
0000_,09,649a11(00):と。善導もおほせられて候也。この樣をふかく信し
0000_,09,649a12(00):て。念佛をこたらす申て。往生うたかはぬ人を。他
0000_,09,649a13(00):力を信したるとは申候也。世間の事にも他力は候そ
0000_,09,649a14(00):かし。あしなえこしゐたる者の。とをきみちをあゆ
0000_,09,649a15(00):まんとおもはんにかなはねは。船車にのりてやすく
0000_,09,649a16(00):ゆく事。これわかちからにあらす。乘物のちからな
0000_,09,649a17(00):れは他力也。あさましき惡世の凡夫の。諂曲の心に
0000_,09,649b18(00):て。かまへつくりたるのり物にたに。かかる他力あ
0000_,09,649b19(00):り。まして五劫あひたおほしめしさためたる。本願
0000_,09,649b20(00):他力のふねいかたに乘なは。生死の海をわたらん事
0000_,09,649b21(00):うたかひおほしめすへからす。しかのみならす。や
0000_,09,649b22(00):まひをいやす草木。くろかねをとる磁石不思議の用
0000_,09,649b23(00):力あり。又麝香はかうはしき用あり。犀の角は水をよ
0000_,09,649b24(00):せぬ力あり。これみな情なき草木。誓ををこさぬ獸な
0000_,09,649b25(00):れとも。もとより不思議の用力はかくのみこそ候へ。
0000_,09,649b26(00):まして佛法不思議の用力ましまささらんや。されは
0000_,09,649b27(00):念佛は。一聲に八十億劫のつみを滅する用あり。彌
0000_,09,649b28(00):陀は。惡業深重の者を來迎し給ふちからましますと
0000_,09,649b29(00):おほしめしとりて。宿善のありなしも沙汰せす。つ
0000_,09,649b30(00):みのふかきあさきも返りみす。たた名號となふるも
0000_,09,649b31(00):のの。往生するそと信しおほしめすへく候。すへて
0000_,09,649b32(00):破戒も持戒も。貧窮も福人も。上下の人をきらはす
0000_,09,649b33(00):たたわか名號をたに念せは。いしかはらを變して。
0000_,09,649b34(00):金となさんかことく來迎せんと御約束候也。法照禪
0000_,09,650a01(00):師の五會法事讃にも
0000_,09,650a02(00):彼佛因中立弘誓 聞名念我總來迎
0000_,09,650a03(00):不簡貧窮將富貴 不簡下智與高才
0000_,09,650a04(00):不簡多聞持淨戒 不簡破戒罪根深
0000_,09,650a05(00):但使廻心多念佛 能令瓧礫變成金
0000_,09,650a06(00):たた御ずずをくらせおはしまして。御舌をたにもは
0000_,09,650a07(00):たらかされす候はんは。けたいにて候へし。たたし
0000_,09,650a08(00):善導の三縁の中の。親縁を釋し給ふにも。衆生ほと
0000_,09,650a09(00):けを禮すれは。佛これをみ給ふ。衆生佛をとなふれ
0000_,09,650a10(00):は。佛これをきき給ふ。衆生佛を念すれは。佛も衆
0000_,09,650a11(00):生を念し給ふ。かるかゆへに阿彌陀佛の三業と。行
0000_,09,650a12(00):者の三業と。かれこれひとつになりて。佛も衆生も
0000_,09,650a13(00):おや子のことくなるゆへに。親縁となつくと候めれ
0000_,09,650a14(00):は。御手にすすをもたせ給ひて候はは。佛これを御
0000_,09,650a15(00):らん候へし。御心に念佛申すそかしとおほしめし候
0000_,09,650a16(00):はは。佛も衆生を念し給ふへし。されは佛にみえま
0000_,09,650a17(00):いらせて。念せられまいらする御身にてわたらせ給
0000_,09,650b18(00):はんする也。されはつねに御したのはたらくへきに
0000_,09,650b19(00):て候也。三業相應のためにて候へし。三業とは。身
0000_,09,650b20(00):と口と意とを申候也。しかも佛の本願の稱名なるか
0000_,09,650b21(00):ゆへに。聲を本躰とはおほしめすへきにて候。さて
0000_,09,650b22(00):わかみみにきこゆる程に申候は。高聲念佛のうちに
0000_,09,650b23(00):て候なり。高聲は大佛をおかみ。念するは念佛のか
0000_,09,650b24(00):すへもなと申けに候。いつれも往生の業にて候へく
0000_,09,650b25(00):候
0000_,09,650b26(00):一御無言めてたく候。たたし無言ならて申念佛は。
0000_,09,650b27(00):功德すくなしとおほしめされんはあしく候。念佛を
0000_,09,650b28(00):は金にたとへたる事にて候。金は火にやくにもいろ
0000_,09,650b29(00):まさり。みつにいるるにも損せす候。かやうに念佛
0000_,09,650b30(00):は妄念のをこる時申候へともけかれす。物を申しま
0000_,09,650b31(00):するにもまきれ候はす。そのよしを御意え候なから
0000_,09,650b32(00):御念佛の程は異ことをませすして。いますこしも念
0000_,09,650b33(00):佛のかすをそへんとおほしめさんはさにて候。もし
0000_,09,650b34(00):おほしめしわすれて。ふと物なとをおほせ候て。あ
0000_,09,651a01(00):なあさまし。いまはこの念佛むなしくなりぬと。お
0000_,09,651a02(00):ほしめす御事は。ゆめゆめ候ましく候。いかやうに
0000_,09,651a03(00):て申候とも。往生の業にて候へく候
0000_,09,651a04(00):一百万遍の事。佛の願にては候はねとも。小阿彌陀
0000_,09,651a05(00):經に。若一日。若二日。乃至七日念佛申人。極樂に
0000_,09,651a06(00):生するととかれて候へは。七日念佛申へきにて候。
0000_,09,651a07(00):その七日の程のかすは。百萬遍にあたり候よし。人
0000_,09,651a08(00):師釋して候へは。百萬遍は七日申へきにて候へと
0000_,09,651a09(00):も。堪候はさらん人は。八日九日なとにも申され候
0000_,09,651a10(00):へかし。されはとて百萬遍申ささらん人のむまるま
0000_,09,651a11(00):しきにては候はす。一念十念にてもむまれ候也。一
0000_,09,651a12(00):念十念にてもむまれ候ほとの念佛とおもひ候うれし
0000_,09,651a13(00):さに。百萬遍の功德をかさぬるにて候なり
0000_,09,651a14(00):一七分全得の事。仰のままに申けに候。さてこそ逆
0000_,09,651a15(00):修はする事にて候へ。さ候へはのちの世をとふらひ
0000_,09,651a16(00):ぬへき人候はん人も。それをたのますして。われと
0000_,09,651a17(00):はけみて念佛申して。いそき極樂へまいりて。五通
0000_,09,651b18(00):三明をさとりて。六道四生の衆生を利益し。父母師
0000_,09,651b19(00):長の生所をたつねて。心のままにむかへとらんとお
0000_,09,651b20(00):もふへきにて候也。又當時日ことの御念佛をも。か
0000_,09,651b21(00):つかつ廻向しまいらせられ候へし。なき人のために
0000_,09,651b22(00):念佛を廻向し候へは。阿彌陀ほとけひかりをはなち
0000_,09,651b23(00):て。地獄餓鬼畜生をてらし給ひ候へは。此三惡道に
0000_,09,651b24(00):しつみて苦をうくる者。そのくるしみやすまりて。
0000_,09,651b25(00):いのちをはりてのち。解脱すへきにて候。大經にい
0000_,09,651b26(00):はく。若在三塗勤苦之處見此光明皆得休息
0000_,09,651b27(00):無復苦惱壽終之後皆蒙解脱といへり
0000_,09,651b28(00):一本願のうたかはしき事もなし。極樂のねかはしか
0000_,09,651b29(00):らぬにてはなけれとも往生一定とおもひやられで。
0000_,09,651b30(00):とくまいりたき心のあさゆふは。しみしみともおほ
0000_,09,651b31(00):えすとおほせ候事。まことによからぬ御事にて候。淨
0000_,09,651b32(00):土の法門を。きけともきかさるかことくなるは。こ
0000_,09,651b33(00):のたひ三惡道よりいてて。つみいまたつきさるもの
0000_,09,651b34(00):也と。經にもとかれて候。又この世をいとふ御心う
0000_,09,652a01(00):すくわたらせ給ふにて候。そのゆへは。西國へくた
0000_,09,652a02(00):らんともおもはぬ人に。船をとらせて候はんに。ふね
0000_,09,652a03(00):の水にうかふ事なしとはうたかひ候はねとも。當時
0000_,09,652a04(00):さしているましけれは。いたくうれしくも候ましき
0000_,09,652a05(00):そかし。さてかたきの城なとにこめられて候はんが。
0000_,09,652a06(00):からくしてにけてまかり候はんみちに。おほきなる
0000_,09,652a07(00):河海なとの候て。わたるへきやうもなからんおりお
0000_,09,652a08(00):やのもとよりふねをまうけてむかへにたびたらん
0000_,09,652a09(00):は。さしあたりていかはかりかうれしく候へき。こ
0000_,09,652a10(00):れがやうに。貪瞋煩惱のかたきにしはられて。三界
0000_,09,652a11(00):の樊籠にこめられたるわれらを。彌陀悲母の御心さ
0000_,09,652a12(00):しふかくして。名號の利釼をもちて生死のきつなを
0000_,09,652a13(00):きり。本願の要船を苦海のなみにうかへて。かのき
0000_,09,652a14(00):しにつけ給ふへしとおもひ候はんうれしさは。歡喜
0000_,09,652a15(00):のなみたたもとをしほり。渴仰のおもひきもにそむ
0000_,09,652a16(00):へきにて候。せめては身の毛いよたつほとにおもふ
0000_,09,652a17(00):へきにて候を。のさにおほしめし候はんは。ほいな
0000_,09,652b18(00):く候へとも。それもことはりにて候。つみつくる事
0000_,09,652b19(00):こそをしへ候はねとも。心にもそみておほえ候へ。
0000_,09,652b20(00):そのゆへは。無始より此かた六趣にめくりし時も。
0000_,09,652b21(00):かたちはかはれとも心はかはらすして。いろいろさ
0000_,09,652b22(00):まさまつくりならひて候へは。いまもうゐうゐしか
0000_,09,652b23(00):らすやすくはつくられ候へ。念佛申て往生せはやと
0000_,09,652b24(00):おもふ事は。此たひはしめてわつかにききえたる事
0000_,09,652b25(00):にて候へは。きとは信せられ候はぬ也。そのうへ人
0000_,09,652b26(00):の心は頓機漸機とて二しなに候也。頓機は。ききて
0000_,09,652b27(00):やかてさとる心にて候。漸機は。やうやうさとる心
0000_,09,652b28(00):にて候也。ものまうてなとをし候に。あしはやき人
0000_,09,652b29(00):は一時にまいりつくところへ。あしをそきものは日
0000_,09,652b30(00):くらしにもかなはぬ樣には候へとも。まいる心た
0000_,09,652b31(00):にも候へは。つゐにはとけ候やうに。ねかふ御心たに
0000_,09,652b32(00):わたらせ給ひ候はは。とし月をかさねても。御信心
0000_,09,652b33(00):もふかくならせおはしますへきにて候。
0000_,09,652b34(00):一日ころ念佛申せとも。臨終に善知識にあはすは。往
0000_,09,653a01(00):生しかたし。又やまひ大事にて心みたれは。往生し
0000_,09,653a02(00):かたしと申候はんは。さもいはれて候へとも。善導の
0000_,09,653a03(00):御意にては極樂へまいらんと心さして。おほくもす
0000_,09,653a04(00):くなくも念佛申さん人の。いのちつきん時は。阿彌
0000_,09,653a05(00):陀ほとけ聖衆とともにきたりてむかへ給ふへしと候
0000_,09,653a06(00):へは。日ころたにも御念佛候はは。御臨終に善知識
0000_,09,653a07(00):候はすとも。ほとけはむかへさせ給ふへきにて候。又
0000_,09,653a08(00):善知識のちからにて往生すと申候事は。觀經の下三
0000_,09,653a09(00):品の事にて候。下品下生の人なとこそ。ひころ念佛も
0000_,09,653a10(00):申候はす。往生の心も候はぬ逆罪の人の。臨終にはし
0000_,09,653a11(00):めて善知識にあひて。十念具足して往生するにてこ
0000_,09,653a12(00):そ候へ。日ころより他力の願力をたのみ。思惟の名號
0000_,09,653a13(00):をとなへて。極樂へまいらんとおもひ候はん人は。
0000_,09,653a14(00):善知識のちから候はすとも。佛は來迎したまふへき
0000_,09,653a15(00):にて候。又かろきやまひをせんといのり候はん事
0000_,09,653a16(00):も。心かしこくは候へとも。やまひもせて死候人も。
0000_,09,653a17(00):うるはしくをはる時には。斷末摩のくるしみとて。
0000_,09,653b18(00):八萬の塵勞門より。無量のやまひ身をせめ候事。百
0000_,09,653b19(00):千のほこつるきにて。身をきりさくかことし。され
0000_,09,653b20(00):はまなこなきかことくにして。みんとおもふ物をも
0000_,09,653b21(00):みす。舌のねすくみて。いはんとおもふ事もいはれ
0000_,09,653b22(00):す候也。是は人間の八苦のうちの。死苦にて候へは
0000_,09,653b23(00):本願を信して往生をねかひ候はん行者も。此苦はの
0000_,09,653b24(00):かれすして。悶絶し候とも。息のたえん時は。阿彌
0000_,09,653b25(00):陀ほとけのちからにて。正念になりて往生をし候へ
0000_,09,653b26(00):し。臨終はかみすちきるかほとの事にて候へは。
0000_,09,653b27(00):よそにて凡夫さためかたく候。たた佛と行者との
0000_,09,653b28(00):心にてしるへく候也。そのうへ三種の愛心をこり
0000_,09,653b29(00):候ひぬれは。魔縁たよりをえて。正念をうしなひ候
0000_,09,653b30(00):也。この愛心をは善知識のちからはかりにては。
0000_,09,653b31(00):のそきかたく候。阿彌陀ほとけの御ちからにての
0000_,09,653b32(00):そかせ給ひ候へく候。諸邪業繫無能礙者。たのもし
0000_,09,653b33(00):くおほしめすへく候。又後世者とおほしき人の申
0000_,09,653b34(00):けに候は。まつ正念に住して。念佛申さん時に。佛
0000_,09,654a01(00):來迎し給ふへしと申けに候へとも。小阿彌陀經に
0000_,09,654a02(00):は。與諸聖衆現在其前。是人終時心不顚倒。即得往
0000_,09,654a03(00):生阿彌陀佛極樂國土と候へは。人のいのちをはらん
0000_,09,654a04(00):とする時。阿彌陀ほとけ聖衆とともに。目のまへに
0000_,09,654a05(00):きたり給ひたらんを。まつみまいらせてのちに。心
0000_,09,654a06(00):は顚倒せすして。極樂にむまるへしとこそ心えて候
0000_,09,654a07(00):へ。されはかろきやまひをせはや。善知識にあはは
0000_,09,654a08(00):やといのらせ給はんいとまにて。いま一返もやまひ
0000_,09,654a09(00):なき時。念佛を申して。臨終には阿彌陀ほとけの來
0000_,09,654a10(00):迎にあつかりて。三種の愛心をのそき。正念になさ
0000_,09,654a11(00):れまいらせて。極樂にむまれんとおほしめすへく候
0000_,09,654a12(00):されはとていたつらに。候ぬへからん善知識にもむ
0000_,09,654a13(00):かはてをはらんとおほしめすへきにては候はす。先
0000_,09,654a14(00):德達のをしへにも。臨終の時に。阿彌陀佛を西のか
0000_,09,654a15(00):へに安置しまいらせて。病者そのまへに西むきに
0000_,09,654a16(00):ふして。善知識に念佛をすすめられよとこそ候へ
0000_,09,654a17(00):は。それこそあらまほしき事にて候へ。たたし人の
0000_,09,654b18(00):死の縁は。かねておもふにもかなひ候はす。俄にお
0000_,09,654b19(00):ほちにてをはる事も候。又大小便利のところにてし
0000_,09,654b20(00):ぬる人も候。前業のかれかたくして。太刀かたなに
0000_,09,654b21(00):ていのちをうしなひ。火にやけ。水におほれて。い
0000_,09,654b22(00):のちをほろほすたくひおほく候へは。さやうにて死
0000_,09,654b23(00):候とも。日ころに念佛申て極樂へまいる心たにも候
0000_,09,654b24(00):人ならは。息のたえん時に。阿彌陀觀音勢至。きた
0000_,09,654b25(00):りむかへ給へしと信しおほしめすへきにて候也。往
0000_,09,654b26(00):生要集にも。時所諸縁を論せす。臨終に往生をもと
0000_,09,654b27(00):めねかふに。その便宜をえたる事。念佛にはしかす
0000_,09,654b28(00):と候へは。たのもしく候
0000_,09,654b29(00):このよしをよみ申させ給ふへく候。八つの事しる
0000_,09,654b30(00):してまいらせ候。これはのちに御たつね候し御返
0000_,09,654b31(00):しにて候
0000_,09,654b32(00):一所作おほくあてかひてかかんよりは。すくなく申
0000_,09,654b33(00):さん。一念もむまるなれはとおほせの候事。まこと
0000_,09,654b34(00):にさも候ひぬへし。たたし禮讃の中には。十聲一聲
0000_,09,655a01(00):定得往生。乃至一念無有疑心と釋せられて候へと
0000_,09,655a02(00):も。疏の文には。念念不捨者。是名正定之業と候へ
0000_,09,655a03(00):は。十聲一聲にむまると信して。念念にわするる事
0000_,09,655a04(00):なく。となふへきにて候。又彌陀名號相續念とも釋
0000_,09,655a05(00):せられて候。されはあひついて念すへきにて候。一
0000_,09,655a06(00):食のあひたに。三度はかりおもひいてんはよき相續
0000_,09,655a07(00):にて候。つねにたにおほしめしいてさせ給ひ候はは。
0000_,09,655a08(00):十萬六萬申させ給ひ候はすとも。相續にて候ぬへ
0000_,09,655a09(00):けれとも。人の心は。當時みる事きく事にうつる物
0000_,09,655a10(00):にて候へは。なにとなく御まきれの中には。おほし
0000_,09,655a11(00):めしいてん事かたく候ぬへく候。御所作おほくあて
0000_,09,655a12(00):て。つねにすすをもたせ給ひ候はは。おほしめしい
0000_,09,655a13(00):て候ぬとおほえ候。たとひ事のさわりありて。かか
0000_,09,655a14(00):せおはしまして候とも。あさましやかきつる事よと
0000_,09,655a15(00):おほしめし候はは。御心にかけられ候はんするそか
0000_,09,655a16(00):し。とてもかくても御わすれ候はすは。相續にて候
0000_,09,655a17(00):へし。又かけて候はん御所作を。つきの日申いれら
0000_,09,655b18(00):れ候はん事さも候なん。それもあす申いれ候はんす
0000_,09,655b19(00):れはとて。御ゆたん候はんはあしく候。せめての事
0000_,09,655b20(00):にてこそ候へ。御意えあるへく候
0000_,09,655b21(00):一魚鳥に七箇日のいみの候なる事。さもや候らん。
0000_,09,655b22(00):えみをよはす候。地躰はいきとしいける物は。過去
0000_,09,655b23(00):のちちははにて候なれは。くふへき事にては候は
0000_,09,655b24(00):す。又臨終には。酒魚鳥韭蒜なとはいまれたる事
0000_,09,655b25(00):にて候へは。やまひなとかきりになりては。くふへ
0000_,09,655b26(00):き物にては候はねとも。當時きとしぬはかりは候は
0000_,09,655b27(00):ぬやまひの。月日つもり苦痛もしのひかたく候はん
0000_,09,655b28(00):には。ゆるされ候なんとおほえ候。御身たたしくて
0000_,09,655b29(00):念佛申さんとおほしめして御療治候へし。いのちを
0000_,09,655b30(00):おしむは往生のさはりにて候。やまひはかりをは療
0000_,09,655b31(00):治は。ゆるされ候なんとおほえ候
0000_,09,655b32(00):二の事の御たつねしるしてまいらせ候。よくよく
0000_,09,655b33(00):よみ申させ給ふへく候
0000_,09,655b34(00):拾遺黑谷語燈錄卷下
0000_,09,656a01(00):愚見のをよふところ集編かくのことし。しかるに
0000_,09,656a02(00):世中に黑谷の御作といふ文おほし。いはゆる决定
0000_,09,656a03(00):往生行業抄。本願相應抄。安心起行作業抄。九條
0000_,09,656a04(00):の北の政所へ進する御返事。かの御返事に二通ありこれは三心をのせたろ本なり
0000_,09,656a05(00):この文ともは。餘の和語の書に。文章も似す。義
0000_,09,656a06(00):勢もたかへりおほきにうたかひあるうへに。古人
0000_,09,656a07(00):僞書と申つたへたり。しかれはこれをいれす。又
0000_,09,656a08(00):廿二問答とて。廿六七張の文あり。又臨終行儀と
0000_,09,656a09(00):て。五六張の文あり。眞僞しりかたし。いささか
0000_,09,656a10(00):おほつかなきによりてこれをのそけり。又念佛得
0000_,09,656a11(00):失義といふ文あり。上人の御作といへり。しかれと
0000_,09,656a12(00):もこれはまさしくあらぬ人のつくれる文也。この
0000_,09,656a13(00):ほかにまことしからぬ文二三本あり。中なかいふ
0000_,09,656a14(00):にたらぬ物とも也。をよそ二十餘年のあひた。あま
0000_,09,656a15(00):ねく花夷をたつね。くはしく眞僞をあきらめて。
0000_,09,656a16(00):これを取捨すといへとも。なをあやまる事おほか
0000_,09,656a17(00):らん。後賢かならすたたすへし。又おつるところ
0000_,09,656b18(00):の眞書あらは。この拾遺に續へし。心さすところ
0000_,09,656b19(00):は。衆生をして淨土の正路におもむかしめんかた
0000_,09,656b20(00):めなり。あなかしこあなかしこ 望西樓沙門了惠謹書
0000_,09,656b21(00):
0000_,09,656b22(00):語燈錄瑞夢事
0000_,09,656b23(00):嵯峨に貴女おはしき。後世をねかふ御心ふかくし
0000_,09,656b24(00):て。往生院の善導堂に御參籠ありて。往生をいのり
0000_,09,656b25(00):申されけるに。御ゆめに。善導和尚一卷のまき物を
0000_,09,656b26(00):もちてこれはこと葉のともしひといふふみ也。これ
0000_,09,656b27(00):をみて念佛申さは。決定往生すへしとて。さつけさ
0000_,09,656b28(00):せ給へは。世にうれしくおほえて。うけとらせ給へ
0000_,09,656b29(00):は。ゆめさめぬ。ありかたくおほしめして。かかる
0000_,09,656b30(00):文やあると諸方を御たつねあるに。すへてなし。さ
0000_,09,656b31(00):ては妄想にてやありつらんとて。かさねて御參籠あ
0000_,09,656b32(00):りて祈請申されける時。二尊院往生院兼參する本心
0000_,09,656b33(00):房といふ僧。善導堂へまいりたりけるに。この事を
0000_,09,656b34(00):御たつねありけれは。本心房申ていはく。ことはの
0000_,09,657a01(00):ともしひと申文は。語燈錄の事にてそ候らん。法然
0000_,09,657a02(00):上人の御書をあつめたる文にて候とて。かしまいら
0000_,09,657a03(00):せたりけれは。よろこひてこれを御らんするに。往
0000_,09,657a04(00):生うたかひなくおほえさせ給けれは。やかてうつさ
0000_,09,657a05(00):んとおほしめしたちける夜の御ゆめに。束帶なる上
0000_,09,657a06(00):の。二人兩方にたたせ給たりけるを。いつくよりい
0000_,09,657a07(00):らせ給ひて候そと申されけれは。われは。このこと葉
0000_,09,657a08(00):のともしひの守護のために。北野平野の邊よりまい
0000_,09,657a09(00):りて候也とおほせられけるに。又そはに貴けなる僧
0000_,09,657a10(00):の。あの上は。北野天神。平野大明神にておはし
0000_,09,657a11(00):ます也。一切衆生の信をまさんする聖敎なるあひ
0000_,09,657a12(00):た。三十神の番番にまはりて。守護せさせ給そと。
0000_,09,657a13(00):おほせらるるとおもひて。うちおとろかせ給ぬ。こ
0000_,09,657a14(00):とに貴くおほしめして。これをうつして。つねにみ
0000_,09,657a15(00):まいらすれは。往生の事は。いまは手にとりたるやう
0000_,09,657a16(00):におほえ候そと。まさしく御物かたり候きと。本心
0000_,09,657a17(00):房つたへ申候き。さてそののち。一心に御念佛あり
0000_,09,657b18(00):て。正和元年壬子八月に。三日さきたちて時日をしろ
0000_,09,657b19(00):しめして。われはこの月の四日の卯のときに往生す
0000_,09,657b20(00):へしとおほせられけるか。日も時もたかはす。八月
0000_,09,657b21(00):四日夘のはしめに。高聲念佛百三十遍となへて。御
0000_,09,657b22(00):こゑとともに。御いきととまらせ給ひき。御とし廿九
0000_,09,657b23(00):とうけ給はりき。くはしくは語錄驗記のことし。云云
0000_,09,657b24(00):善導の御さつけ。神明の御守護。かたかたたのもし
0000_,09,657b25(00):くおほえて。ははかりなからこれをしるすところ也。
0000_,09,657b26(00):をよそこの錄をみて。安心をとりて往生をとけたる
0000_,09,657b27(00):人おほし。くはしくしるすにをよはす云云
0000_,09,657b28(00):元亨元年辛酉のとし。ひとへに上人の恩德を報し
0000_,09,657b29(00):たてまつらんかため。又もろもろの衆生を往生の
0000_,09,657b30(00):正路にをもむかしめむかために。此和語の印板を
0000_,09,657b31(00):ひらく
0000_,09,657b32(00):一向專修沙門南無阿彌陀佛圓智謹書
0000_,09,657b33(00):沙門了惠感歎にたえす隨喜のあまり七十九歳の老
0000_,09,657b34(00):眼をのこひて書之
0000_,09,658a01(00):元亨元年辛酉七月八日法橋幸嚴謹書卷頭
0000_,09,658a02(00):
0000_,09,658a03(00):和字語燈錄全部七卷了慧上人所撰集刊行也予以建
0000_,09,658a04(00):武五年仲春與去冬自所校正漢字語燈草本同藏武州
0000_,09,658a05(00):金澤稱名寺文庫者也
0000_,09,658a06(00):下總州鏑木光明寺 良求
0000_,09,658a07(00):
0000_,09,658a08(00):圓光大師漢語燈錄九卷和語燈錄七卷先哲嘗上梨
0000_,09,658a09(00):棗而置版洛之書坊以便流通頃者坊間將販
0000_,09,658a10(00):其版恐後展轉遂致散亡因損常住銀若干買
0000_,09,658a11(00):斯二版而藏之本山以圖不朽云
0000_,09,658a12(00):文化四年丁卯之冬 華頂山知恩院都監識