0000_,09,013a01(00):吉水遺誓諺論 0000_,09,013a02(00): 0000_,09,013a03(00):獅子谷蓮社沙門信阿彌陀佛忍澂述 0000_,09,013a04(00):已に大意を明し畢第二に正く文を釋すべし凡そ一枚 0000_,09,013a05(00):起請を講ずるには。聽聞の機を觀じて。五重の意を 0000_,09,013a06(00):分別すべし。 0000_,09,013a07(00):先初重には。淨土宗の安心起行此一紙に至極せり。 0000_,09,013a08(00):との玉へる奧書の意によりて。本文をさらさらと讀 0000_,09,013a09(00):下して。文のままに義を談じ。安心を。やすらかに决 0000_,09,013a10(00):定し。起行を。ねんごろに相續する樣に講すべし。 0000_,09,013a11(00):勸化の詞は時宜によるべし。これは。初より大師を 0000_,09,013a12(00):信じ奉つる正直の男女に對する時の講なり。ただ安 0000_,09,013a13(00):心起行を勸めて。滅後の邪論に及ばざる。これ此重 0000_,09,013a14(00):の意なり 0000_,09,013a15(00):第二重は。滅後の邪義を防がんが爲に所存を記し畢。 0000_,09,013a16(00):との玉へる奧書の意によりて。一編五段の大意を畧 0000_,09,013a17(00):談し。段段ごとに。滅後の邪義を巧に防玉へる文章 0000_,09,013b18(00):の妙を講ずべし。勸化の廣畧は時宜によるべし。こ 0000_,09,013b19(00):れは御遺誡に起請文を加へ玉へる御意いかんと尋 0000_,09,013b20(00):ぬる。小黠人に對する時の講なり。委曲に文句を釋 0000_,09,013b21(00):せざる。これ此重の意なり。 0000_,09,013b22(00):第三重は。また。滅後の邪義を防がんが爲。との玉 0000_,09,013b23(00):へる意によりて。文文句句を委曲に釋して。他人背 0000_,09,013b24(00):徒を巧に防ぎ玉へる立言の妙を講ずべし。これは。 0000_,09,013b25(00):滅後の邪義をいかが防ぎ玉へる文言やらんと。なを 0000_,09,013b26(00):立入て尋る人に對する時の講なり。ただよく邪正を 0000_,09,013b27(00):分ちて。邪を避て正を立る迄なり。いたく邪義を辨 0000_,09,013b28(00):ずるに及ばざるこれ此重の意なり。 0000_,09,013b29(00):第四重は。念佛の行人。もし他宗の人に御遺誓を異 0000_,09,013b30(00):解せられ。兼て安心起行を動亂せられて。願行相續 0000_,09,013b31(00):の稱名に疑を起し。信心うかれ居たらん人のために 0000_,09,013b32(00):は。段段ごとに。具さに他宗の疑難を擧て。一一に 0000_,09,013b33(00):會通をまうけ。善導大師と圓光大師と兩祖一般の意 0000_,09,013b34(00):を演べて行者の信心を决定せしむべし。ただ疑難を 0000_,09,014a01(00):會して御遺誓の宗義を立るを要とす。みだりに他宗 0000_,09,014a02(00):の心行を難ずるに及ばざるこれ此重の意なり。 0000_,09,014a03(00):第五重は。念佛の行者。もし背宗の徒に。御遺誓を 0000_,09,014a04(00):異解せられ。兼て安心起行を惑亂せられて。すずろ 0000_,09,014a05(00):に鎭西の相承に疑をおこし。願行相續の稱名を懈た 0000_,09,014a06(00):る人のためには。段段ごとに具さに背徒の疑難を擧 0000_,09,014a07(00):げて一一に會通をまうけ。御遺誓の安心起行并に鎭 0000_,09,014a08(00):西相承の正義に。信心を决定せしむべし。いたく背 0000_,09,014a09(00):宗の邪義を難ずるに及ざる。これ此重の意なり。 0000_,09,014a10(00):右五重の中に。尋常の勸化には。初重の意を急要と 0000_,09,014a11(00):すべし。されば古今一枚起請の註鈔あまた侍れども。 0000_,09,014a12(00):みな初重の意を。とかく釋せられたりと見えたり。 0000_,09,014a13(00):老愚もしばしば御遺誓を講談せしかども。ただ初重 0000_,09,014a14(00):の意を縱橫に勸化して。ついに第二重以後をば沙汰 0000_,09,014a15(00):せざりき。その初重を急要とせし故は。世間の男女 0000_,09,014a16(00):おほくは念佛の行者なり。しかはあれど。世の末の 0000_,09,014a17(00):習はしとして。安心を僻さまに心え。起行を懈りが 0000_,09,014b18(00):ちにのみ明し暮して。百即百生の行者なりと思て。 0000_,09,014b19(00):長閑に過ぐる所に。思ひかけず病の床に臥すより。ひ 0000_,09,014b20(00):たすら死を恐れ命を惜みて。一大事を忘るる人も世 0000_,09,014b21(00):に多し。或は大事を忘れざるも。年ごろ起行の勤すく 0000_,09,014b22(00):なく。惡業のみ積れる事などを。にはかに思ひなげ 0000_,09,014b23(00):き悔ひ悲みて。决定往生の信心も立がたく。見ゆる 0000_,09,014b24(00):人もまた多し。これみな平生の安心起行正しからざ 0000_,09,014b25(00):りし咎なり。されば。習ひ先より在らずは。懷念なん 0000_,09,014b26(00):ぞ辨ずべけんやとは云へり。これによりて。ねんご 0000_,09,014b27(00):ろに安心を勸めて。决定の正見を起さしめ。急に起 0000_,09,014b28(00):行を勸めて。畢命爲期の日課の稱名を誓はしめて。 0000_,09,014b29(00):正見正行の念佛の行者となすこと。今日勸化の極要 0000_,09,014b30(00):なりと思ひ侍る故に。初重の意を肝要とは勸けるな 0000_,09,014b31(00):り。扨第二重より以後を。ついに沙汰せざりし故は。 0000_,09,014b32(00):聽聞の男女に益少なく。かへりて自損損他の失ある 0000_,09,014b33(00):べしと思ひ侍るゆへなり。自損とは何ぞや。他宗背宗 0000_,09,014b34(00):の人を評論するが故なり。經に云く一念人を輕しむ 0000_,09,015a01(00):れば。一劫佛を遠ざかると。論に云く自法を愛染する 0000_,09,015a02(00):がゆへに。他人の法を毀呰すれば。持戒の行人なり 0000_,09,015a03(00):といへども。地獄の苦を脱れずと。古德云く傳法利 0000_,09,015a04(00):他の功ありとも。いまだ誹法毀人の失を補はずと云 0000_,09,015a05(00):へり。口業の罪のはなはだ恐べき事かくの如し。損 0000_,09,015a06(00):他とは何ぞや。聽聞の男女の心は。やがて説法師の 0000_,09,015a07(00):心言に。似かりやすきものなり。法師が我慢勝他の 0000_,09,015a08(00):説法を好めば。聽衆もやがて我慢勝他の機となり。 0000_,09,015a09(00):法師たやすく人を輕しめ法を謗れば。聽衆もやがて 0000_,09,015a10(00):その心うつりて。自然に誹法毀人の惡人となるもの 0000_,09,015a11(00):なり。たとひ本より我慢誹謗の惡心あらん人も。一 0000_,09,015a12(00):座の説法に感じて。年來の惡心をも翻さんこそ。聽 0000_,09,015a13(00):聞の利益とも云べけれ。聽聞ゆへに。返りて我慢誹 0000_,09,015a14(00):法の罪人となさん事悲しからずや。又その責。法師 0000_,09,015a15(00):の身に歸せざらんや。摧邪興正の説法は。法師の任 0000_,09,015a16(00):なりとはいへど。凡心の悲しさは。動すれば人情に 0000_,09,015a17(00):落ちやすければ一定誹謗の罪を招くべし。又聽聞の 0000_,09,015b18(00):男女は。僻さまに聞覺えて。法師をほめんとて。返り 0000_,09,015b19(00):て謗法の人に云なす事も侍れば。とにかくに。尋常 0000_,09,015b20(00):の勸化には。萬の是非を閣きて。ひとへに念佛の男女 0000_,09,015b21(00):を正見修行の人と。なさんにはしかじと思ひしかば。 0000_,09,015b22(00):第二重以後をば論ずるに暇なかりき。然に。御遺誓 0000_,09,015b23(00):の來由を。世に知れる人稀なれば。大師の密意も。 0000_,09,015b24(00):かくろひて顯れざるままに。他宗背宗の異論異解。 0000_,09,015b25(00):さまざまにをこりて。念佛の男女の大なる惑ひの端 0000_,09,015b26(00):となりぬ。されば疑ひなげく人も。あまた世に聞ゆ 0000_,09,015b27(00):めれば。法のため人のため今は止ことを得ず。この 0000_,09,015b28(00):諺論には第二重より以後の意を詳らかに釋し。古今 0000_,09,015b29(00):註者未發の蘊を發揮して大師の密意をことごとく披 0000_,09,015b30(00):露する事にはなりぬ。念佛の男女この書を見玉はん 0000_,09,015b31(00):人は。この心を得て。ただ願行相續の稱名において。 0000_,09,015b32(00):信心を决定して止みぬべし餘論はみな益なし。跡な 0000_,09,015b33(00):く忘れ玉へ。もし他宗背宗の義を。みだりに議論し 0000_,09,015b34(00):玉はば。决定して謗法の罪を招かるべし。法の議論 0000_,09,016a01(00):は智者學生の所爲なり。無智の男女の所作にはあら 0000_,09,016a02(00):ず。ゆめゆめふかく愼むべし。 0000_,09,016a03(00):此諺論に初重の意を除て釋せざる事は。頃台門の隆 0000_,09,016a04(00):長闍梨。一枚起請の但信鈔を著はされける草案を見 0000_,09,016a05(00):侍るに。安心起行の勸め。やすく。すなほにして。 0000_,09,016a06(00):はなはだ詳らかなり。まことによく初重の意を盡さ 0000_,09,016a07(00):れたり。此上更に云べき事も侍らねば。かの但信鈔 0000_,09,016a08(00):にゆづりて。初重の釋をば除き侍るなり。 0000_,09,016a09(00):今此諺論は。縁起より問辨に至るまで。詳かに釋しけ 0000_,09,016a10(00):るままに漸やく積で五卷に及べり。卷の多きは煩し 0000_,09,016a11(00):けれど。除疑生信の爲には。義の委しきを喜ぶべし。 0000_,09,016a12(00):文の繁を厭ふことなかれ 0000_,09,016a13(00):○今正く文を釋するに四重あり。此第二卷には一 0000_,09,016a14(00):編五段の大意を畧釋し。第三卷には五段の文句 0000_,09,016a15(00):を詳釋し。第四卷には他宗問辨に釋し。第五卷 0000_,09,016a16(00):には背宗問辨に釋す 0000_,09,016a17(00):○當卷は。一編五段の大意を畧釋す 0000_,09,016b18(00):一枚起請文 0000_,09,016b19(00):一枚起請は。圓光大師末期の極訓なり。普く念佛衆 0000_,09,016b20(00):生のために安心起行の極要を示し。兼て他人背徒の 0000_,09,016b21(00):僞濫の邪義を。ながく滅後末代に防ぎ玉へり。誠にこ 0000_,09,016b22(00):れ長夜の大明燈なり。行者ふかく尊重珍敬して。朝 0000_,09,016b23(00):に讀み。暮に拜し。骨に鏤ばめ。膽に銘じて。祖恩 0000_,09,016b24(00):を報じ奉るべし。但し此一編の本文は。もと鎭西の 0000_,09,016b25(00):聖光上人に付囑し玉へる平生の御法語なり。その法 0000_,09,016b26(00):語の中に。更に起請の一段を書加へ玉ふのみが。正し 0000_,09,016b27(00):く遺誡の御本意なれば古より世人相傳へて。一枚起 0000_,09,016b28(00):請文とは名けけるなり。昔し有人問て云く題は一部 0000_,09,016b29(00):の總標なれば。うち見るより。これは何事を記せる 0000_,09,016b30(00):書なりとこそ。知らるる習なるに。ただ一枚起請と 0000_,09,016b31(00):題しては。これ通名にして別題にはあらず。又誰人 0000_,09,016b32(00):の何事に。書ける起請とも聞えず。まして御臨終の 0000_,09,016b33(00):顧命なる義も彰はれざれば。かたがた總標の題號と 0000_,09,016b34(00):は名けがたし。願くは義によりて題號を立て。講談 0000_,09,017a01(00):の便に備へよと。時に余答て曰く誠に然なり。さり 0000_,09,017a02(00):ながら世の人智あるも愚なるも。一枚起請とだにも 0000_,09,017a03(00):聞けば。やがて念佛の安心を示し玉へる。吾大師の御 0000_,09,017a04(00):遺誡なりと知らざるはなし。これによりて。通題その 0000_,09,017a05(00):まま別題とはなれり。これ得たる者は別稱を呼ばず。 0000_,09,017a06(00):と云ふに叶ひて。いよいよ大師の御遺德を顯すなら 0000_,09,017a07(00):ん。されば古より。宸翰を始め。公卿門跡他宗の高僧 0000_,09,017a08(00):たちまで。數多此文を書せ玉ふを見侍るに。みな一枚 0000_,09,017a09(00):起請と題して。更にその名を改め玉はず。然ればただ 0000_,09,017a10(00):世の久しき相傳を守りて。一枚起請と呼んにはしか 0000_,09,017a11(00):じ。但し講談の便に。しいて總標の題號を義立せよ 0000_,09,017a12(00):とならば。 0000_,09,017a13(00):吉水遺誓と題しなば。打聞より。吾大師の。末期の。 0000_,09,017a14(00):起請文。なりとは知らるべし。もし何事に書かせ玉へ 0000_,09,017a15(00):る起請文ぞやとなを總標を題せよとならば具さに念 0000_,09,017a16(00):佛往生吉水遺誓と題しなば。殘る所あるまじくや。 0000_,09,017a17(00):これまた私の義にあらず。本より大師の御心なるべ 0000_,09,017b18(00):し。その故は。大師かねて鎭西上人に付囑し玉へる。 0000_,09,017b19(00):この本文には。發端の詞に。念佛往生と申す事はもろ 0000_,09,017b20(00):こし我朝等。と書下し玉へばなり。誠に遺誓一編は。 0000_,09,017b21(00):ただ念佛往生の安心起行を示し玉へば。此一句ふか 0000_,09,017b22(00):く題目にかなへり。况や念佛往生と云へは正しく第 0000_,09,017b23(00):十八願の題目なるをや。又玄義には。念佛を宗とし。 0000_,09,017b24(00):往生を體とす。と釋し玉へば。此一句は淨土三經の 0000_,09,017b25(00):宗體なり。されば選擇集の題下には。往生之業念佛爲 0000_,09,017b26(00):先と標じて。選擇一部の落著は。ただ念佛往生の一句 0000_,09,017b27(00):に極まる事を示し玉へり。然にこの念佛往生の一句 0000_,09,017b28(00):を他宗の學者は。觀念理持の念佛に混亂し。背宗の贋 0000_,09,017b29(00):徒は。領解歸命の念佛に僞亂せり。しかのみならず。 0000_,09,017b30(00):願行相續稱名の念佛をば。吉水方便の御勸化にして。 0000_,09,017b31(00):眞實の御本意にはあらずと訇りて。上大師を誣ひた 0000_,09,017b32(00):てまつり。下男女を惑はせり。これらの邪義を。なが 0000_,09,017b33(00):く滅後末代に防ぎて。彌陀本願の正義をあらはし玉 0000_,09,017b34(00):はんための御遺誓なれば。念佛往生の題目。その髓を 0000_,09,018a01(00):得たるなるべし。いはんや大師。或は念佛往生義を著 0000_,09,018a02(00):はし。或は念佛往生要義鈔なとを製り玉ひけるに。 0000_,09,018a03(00):その題號にも。又發端の詞にも。みな念佛往生の一句 0000_,09,018a04(00):を用ひ玉ひければ。いよいよ此文に。念佛往生吉水遺 0000_,09,018a05(00):誓と題せん事。大師の御心に相應すべし。然らば。常 0000_,09,018a06(00):には一枚起請と呼び講に臨んで。吉水遺誓と稱せば。 0000_,09,018a07(00):二つながら相用ゐて。違ふ所あるまじくやと。幸に一 0000_,09,018a08(00):時の問答を記して。今の釋名となすのみ。委くは別 0000_,09,018a09(00):論を待べし。 0000_,09,018a10(00):○今此文を釋するに三科あり一遺誓 二手印 三 0000_,09,018a11(00):總結 0000_,09,018a12(00):○初の遺誓に五段あり 0000_,09,018a13(00):第一段は 安心起行の非濫を揀ぶ もろこし我 0000_,09,018a14(00):朝の段 0000_,09,018a15(00):第二段は 願行相續の正義を示す 唯往生極樂 0000_,09,018a16(00):の段 0000_,09,018a17(00):第三段は 疑を通じ奸を防ぐ 但三心四修の段 0000_,09,018b18(00):第四段は 誓を起てて證を請ふ 此外に奧深の段 0000_,09,018b19(00):第五段は 結勸なり 念佛を信せん人の段 0000_,09,018b20(00):右五段の中に。初段は序分なり。二三四の三段 0000_,09,018b21(00):は正宗分なり。第五段は流通分なり 0000_,09,018b22(00):○安心起行の非濫を揀ぶ。第一段 0000_,09,018b23(00):もろこし我朝のもろもろの智者たちの沙汰し申 0000_,09,018b24(00):さるる觀念の念にもあらす又學問をして念のこ 0000_,09,018b25(00):ころをさとりて申念佛にもあらす 0000_,09,018b26(00):此第一段は序分なり。大意は。次の正宗分に。淨土 0000_,09,018b27(00):宗の安心起行の正義を示されんが爲に。まづ此段に。 0000_,09,018b28(00):他宗背宗の人の執じ思へる。起行と安心との紛を擧 0000_,09,018b29(00):げて。それにはあらずと揀び玉へりこれ眞金を知ん 0000_,09,018b30(00):と欲せば。まづ鍮石を辨ぜよと云ふ意なるべし。その 0000_,09,018b31(00):起行と云は。念佛の行なり。これに。心に念ずる觀 0000_,09,018b32(00):念の念佛と。口に念ずる稱名念佛との紛あり。その 0000_,09,018b33(00):中に。彌陀本願の念佛は。ただ南無阿彌陀佛と申す 0000_,09,018b34(00):口稱の念佛なりと云事を。决定せられんために。ま 0000_,09,019a01(00):づ此段に。觀念の念にもあらずと書玉ひて。總じて口 0000_,09,019a02(00):稱にあらざる心念の念佛をば。他宗と背宗と邪正は 0000_,09,019a03(00):異なれども。みな觀念の内に攝めて。ことごとく。そ 0000_,09,019a04(00):れにはあらずと揀び盡し玉へり。次に安心と云は。 0000_,09,019a05(00):稱名の心遣なり。これにまた學解の安心と。信願の 0000_,09,019a06(00):安心との紛あり。その中に本願念佛の安心は。唯た 0000_,09,019a07(00):すけたまへと思て。疑なく往生するぞと思取までの。 0000_,09,019a08(00):無解信願の安心なりと云事を。决定せられん爲に。ま 0000_,09,019a09(00):づ此段に。學問をして念の心を解りて申すにもあら 0000_,09,019a10(00):ずと書玉ひて。總じて。信願にあらざる學解の安心 0000_,09,019a11(00):をば。他宗と背宗と邪正は異なれども。みな念の心を 0000_,09,019a12(00):さとる學解の内に攝めて。ことごとく。それにはあ 0000_,09,019a13(00):らずと。揀び盡し給へり。是より段段正宗にも流通 0000_,09,019a14(00):にも。みなこの起行と安心とを。くり返して决判し 0000_,09,019a15(00):たまへり。心をとどめて。こまかに全篇を窺がふべ 0000_,09,019a16(00):し。 0000_,09,019a17(00):問て云く。いかなる御意なれば。初より安心起行の 0000_,09,019b18(00):正義を直に示し玉はず。まづ他人背徒の安心起行を 0000_,09,019b19(00):ば揀び玉ふぞや。答て云く大師御在世の時他宗の學 0000_,09,019b20(00):者の中に。ひそかに暗推を回らす人出できて。大師も 0000_,09,019b21(00):眞實には觀念理持の甚深なる念佛をこそ。本意と思 0000_,09,019b22(00):しめされしかども。それに叶はざる無智の劣機を愍 0000_,09,019b23(00):れみて。せめて佛縁をも結ばしめん爲に。しばらく。 0000_,09,019b24(00):かろき稱名。あさき安心をば勸め玉へり。これ大師 0000_,09,019b25(00):のかりの方便なり。順次往生の正義にはあらずと云 0000_,09,019b26(00):ふ邪推の義を談じて。無智の男女に大師の御心を疑 0000_,09,019b27(00):はしめたりと聞ゆめり。御在世の時にだにも。かく 0000_,09,019b28(00):侍りければ。滅後はさこそと。なげき思しめされし 0000_,09,019b29(00):故に。まづ此段にかの他宗の立つる觀念の念佛と學 0000_,09,019b30(00):解の安心とを擧げて。それにはあらずと揀びすてて。 0000_,09,019b31(00):次の段に。御心中の願行相續の稱名の正義を示し。 0000_,09,019b32(00):更に御誓言を加へて。觀念理持の念佛は。淨土宗の 0000_,09,019b33(00):本意にはあらずと云ふ。意を示して。男女の膽を慥 0000_,09,019b34(00):に定め玉へるなり。又御在世の時。御門弟の中に。 0000_,09,020a01(00):背宗の贋徒出できて。新たに心念歸命の念佛など云 0000_,09,020a02(00):へる。種種の邪義を企てて。本願の念佛は稱名にはあ 0000_,09,020a03(00):らずと嫌ひ。又僻さまなる安心をかまへ。私の領解を 0000_,09,020a04(00):勸めて。これこそ吉水の内證深奧祕密の口傳なれ。願 0000_,09,020a05(00):行相續の稱名は。大師の外儀の方便なり。御眞實には 0000_,09,020a06(00):あらずと訇りて。無智の男女に。大師の御心を疑はし 0000_,09,020a07(00):めたり。御在世の時。はやすでにかく有りければ。滅 0000_,09,020a08(00):後はさぞと。なげき思しめされし故に。まづ此の段 0000_,09,020a09(00):に。かの背徒の立つる。心念の念佛を。觀念の内に 0000_,09,020a10(00):攝め。領解の安心を。念の心をさとりての内に攝め 0000_,09,020a11(00):て。ことごとくそれには非ずと揀ひすてて次の段に。 0000_,09,020a12(00):御心中の願行相續の稱名の正義を示し。更に御誓言 0000_,09,020a13(00):を加へて。背徒の新義はみな僞なり。我口傳にはあ 0000_,09,020a14(00):らず。信用する事なかれと云ふ意を示して。男女の 0000_,09,020a15(00):疑を。明白に破り玉へり。されば此の段にまづ非義を 0000_,09,020a16(00):えらびて。次の段に正義をあらはし。あまさへ起請 0000_,09,020a17(00):文を書のせ玉へば。遮表具足し。决斷至極せり。いか 0000_,09,020b18(00):なる滅後の邪僞奸詐の人なりとも。此の文に向て。 0000_,09,020b19(00):またいかに。吾大師を誣ひ奉つらんや。然れば。遮表 0000_,09,020b20(00):兼ね記るされけるは殊に御慈悲の濃なるにこそ。 0000_,09,020b21(00):○願行相續の正義を示す。第二段 0000_,09,020b22(00):唯往生極樂の爲には南無阿彌陀佛と申て疑なく 0000_,09,020b23(00):往生するぞと思ひ取て申外には別の子細候はす 0000_,09,020b24(00):此の段は。遺誓一編の骨髓にして。淨土一宗の肝要 0000_,09,020b25(00):なり。心をふかめて。これを思ふべし。前後の諸段 0000_,09,020b26(00):はみな此の一段の爲の設けなり。その故は。前段に。 0000_,09,020b27(00):觀念の起行と。學解の安心とを遮ひ玉へる事は。此段 0000_,09,020b28(00):の無解稱名の宗骨を表はさんためなり。次の段に。三 0000_,09,020b29(00):心四修も此内に籠り候との玉へるも。此の一段の内 0000_,09,020b30(00):に。みな備はるとの意なり。又その次の起請文も。此 0000_,09,020b31(00):の一段の安心起行の外に。別の奧深き事を存玉はず 0000_,09,020b32(00):との御誓言なり。又その次に。智をすて愚に還りてた 0000_,09,020b33(00):だ一向に念佛すべしとの玉ふも。ただ往生極樂の爲 0000_,09,020b34(00):ならば。初段の觀念學解をば捨て。此段の無解稱名 0000_,09,021a01(00):に立還て。ただ一向に願行具足の念佛を相續すべし 0000_,09,021a02(00):と。結勸し玉へるなり。かくの如く見れば。一編の 0000_,09,021a03(00):文段。脉絡貫通し。文に歸趣ありて。意味窮りなし。 0000_,09,021a04(00):然れば。前後の諸段は。みな此一段の爲なれば。た 0000_,09,021a05(00):だ此一段のみ。實に篇中の骨髓なり。行者ふかく愛 0000_,09,021a06(00):敬すべし。等閑に看過すべからず。今詳かに釋すべ 0000_,09,021a07(00):し。繁を厭ふ事なかれ 0000_,09,021a08(00):次に遮表の意を云はば。先他宗の得道の爲の安心起 0000_,09,021a09(00):行に簡び。且往生の爲の雜行に簡ばんために。唯往生 0000_,09,021a10(00):極樂の爲には等との玉へり。唯の字は往生と起行と 0000_,09,021a11(00):安心とに繫れり。又前段に。觀念の念にもあらずと 0000_,09,021a12(00):遮ひ玉ふが故に。此段に。南無阿彌陀佛と申す稱名 0000_,09,021a13(00):なりと。起行の體を表はし。又前段に。念の心をさ 0000_,09,021a14(00):とるにもあらずと遮ひ玉ふが故に。此段に。疑なく 0000_,09,021a15(00):往生するぞと思ひ取までの無解の信願なりと。安心 0000_,09,021a16(00):の體を表はし玉へり 0000_,09,021a17(00):又此一段の文は。大師平生しばしば深心を釋し玉ひ 0000_,09,021b18(00):ける中の肝要の法語なり。されば黑谷語燈錄に數徧 0000_,09,021b19(00):載らるる。深心の御釋の中に。同じ樣なる法語すで 0000_,09,021b20(00):に四箇所に及べり。かの叮嚀の御釋を見て。ますます 0000_,09,021b21(00):此段の大切なる事を思ふべし。誠に平生の御勸化よ 0000_,09,021b22(00):り。末期の御遺誓に至るまで。安心起行のをもむき。 0000_,09,021b23(00):始終一般にして。毫髮の違ひなき事。あに賴しから 0000_,09,021b24(00):ずや。よくよく此の段を信得して。ゆめゆめ異見に 0000_,09,021b25(00):まどふ事なかれ。扨かの深心の御釋と云は。語燈錄 0000_,09,021b26(00):に云 0000_,09,021b27(00):煩惱の薄き厚きをも顧みず。罪障の輕き重きをも論 0000_,09,021b28(00):ぜず。心に往生せんと思て。口に南無阿彌陀佛と申 0000_,09,021b29(00):て。聲に付て决定往生の思をなすべし。その决定の 0000_,09,021b30(00):心によりて。往生の業は。すなはち定まるなり。不 0000_,09,021b31(00):定と思へば。やがて不定なり。一定と思へば。やが 0000_,09,021b32(00):て一定するなりと云へり 0000_,09,021b33(00):此の法語を。此段の文に引合せて。心を留めて思ふべ 0000_,09,021b34(00):し。但しかの法語には。具さに本願の文を譯し。此 0000_,09,022a01(00):の段には。畧して要を取玉へり。又彼には。决定往 0000_,09,022a02(00):生と云へるを。此の段には。疑なく往生すと云へり。 0000_,09,022a03(00):疑なきは。すなはち决定なればなり。又彼には。心 0000_,09,022a04(00):に往生せんと思てとあるを。此の段には。ただ往生 0000_,09,022a05(00):極樂の爲にはと云へり。かの釋は稱名の時の用心を 0000_,09,022a06(00):示し玉ふまでなれば。心に往生せんと思ふにて事足 0000_,09,022a07(00):ぬ。此の段は兼て滅後の邪義を防がん爲なれば。た 0000_,09,022a08(00):だ往生極樂のためにはと改玉へる。尤立言の妙なり 0000_,09,022a09(00):又彼の深心の御釋と。此の一段の文とは。更に別の 0000_,09,022a10(00):事にはあらず。全く第十八の念佛往生の本願を。安 0000_,09,022a11(00):らかに和語に翻譯して。衆生に示し玉へるまでなり。 0000_,09,022a12(00):されば一編の骨髓なる事宜ならずや。今本願の文を。 0000_,09,022a13(00):この深心の法語に對譯して其意を明すべし 0000_,09,022a14(00):念佛往生本願云。設我得佛。十方衆生。至心信樂。 0000_,09,022a15(00):欲生我國乃至十念。若不生者。不取正覺 0000_,09,022a16(00):煩惱の薄き厚きをも顧りみず。罪障の輕き重きをも 0000_,09,022a17(00):論ぜず。これは本願の十方衆生の句に。ひろく善惡の衆生を含める事を示す。これ念佛往生の機分を定むるなり 0000_,09,022b18(00):心に往生せんと思ふて。これは。本願の至心信樂欲生我國の句なり。心に往生せんと思て。名號 0000_,09,022b19(00):をとなへて僞なく。疑なきは。すなはち三心なり。これ念佛の安心なり 0000_,09,022b20(00):口に南無阿彌陀佛と申て。これは。本願の乃至十念の句なり。これ觀念にはあらず。稱念 0000_,09,022b21(00):なりと云義を示して。六字をとなふ。これすなはち往生の起行なり 0000_,09,022b22(00):聲に付て决定往生の思をなすべし。これは。本願の若不生者不取正覺の御誓 0000_,09,022b23(00):あやまたず十劫以前すでに正覺をとらせ玉へば。一一の稱名みな本願に乘ずるゆへに。念佛衆生の往生は。决定して疑なしと。ふ 0000_,09,022b24(00):かく信ずる意なり 0000_,09,022b25(00):その决定の心によりて。往生の業は。すなはち定ま 0000_,09,022b26(00):る也。不定と思へばやがて不定也。一定と思へばや 0000_,09,022b27(00):がて一定する也 0000_,09,022b28(00):これは。重て决定の思を勸む。必ず往生するぞと思 0000_,09,022b29(00):取て。露もうたがふ心なきを。决定とは云なり。决 0000_,09,022b30(00):定の心現起する時は。歡喜の心も亦おこるなり。そ 0000_,09,022b31(00):の决定歡喜の心にて。南無阿彌陀佛と申す時。即ち 0000_,09,022b32(00):佛の本願に相應し。また我心の第八識に熏習す。本 0000_,09,022b33(00):願にだにも相應しつれば。やがて佛力の加持をかう 0000_,09,022b34(00):ふるなり。佛力に爭そふほどの惡業あるまじければ。 0000_,09,023a01(00):往生なにをか危ぶまん。又八識にだにも熏習しつれ 0000_,09,023a02(00):ば。やがて往生極樂の業種と成なり。それより念念 0000_,09,023a03(00):聲聲ごとに。この業種を增長すれば。機根の上下 0000_,09,023a04(00):によりて。もしは平生にまれ。もしは臨終にまれ。 0000_,09,023a05(00):疾くも遲くも。ついに必ず能引能滿の業種を。究竟圓 0000_,09,023a06(00):滿したる時を。業事成辨の人とは名く。これみな。 0000_,09,023a07(00):佛願他力の增上縁の致す所なり。もし疑ひて往生を 0000_,09,023a08(00):不定と思へば。思ふが如く不定なり。本願にも叶は 0000_,09,023a09(00):ず。業種をも熏せざる故なり。されば。萬法みな一 0000_,09,023a10(00):心の所作なれば。ただ决定不退の深信を發起して。 0000_,09,023a11(00):つねに歡喜念佛し。我往生は一定なりと思取れば。 0000_,09,023a12(00):一定往生するぞとなり。此對譯の意を明らめて。此一 0000_,09,023a13(00):段は。實に大師の御私にはあらず。ただ念佛往生の 0000_,09,023a14(00):本願なりけりと。ふかく仰きて信心を决定すべし 0000_,09,023a15(00):又此段は。善導大師の玄義の御釋によりて。淨土經 0000_,09,023a16(00):の經體と經宗とを擧げて。その經宗に付て。往生禮讃 0000_,09,023a17(00):に勸玉へる。安心と起行と作業との極要を述べつく 0000_,09,023b18(00):し玉へり。觀經玄義に。此經は。念佛を宗とし。往生 0000_,09,023b19(00):を體とすと釋せり。その宗と云は因なり。體と云は 0000_,09,023b20(00):果なり。此段に。ただ往生極樂の爲にはとの玉ふは。 0000_,09,023b21(00):これ淨土の果報にて。淨土經の體と期する所なり。南 0000_,09,023b22(00):無阿彌陀佛と申と。の玉ふは。これ往生の行因にて。 0000_,09,023b23(00):淨土經の宗と貴む所なり。玄義には。宗を先に。體 0000_,09,023b24(00):を後に擧玉へるを。此段には。まづ經體を擧玉ふ。こ 0000_,09,023b25(00):れまた滅後の邪義を防玉ふ立言の妙なり。扨往生禮 0000_,09,023b26(00):讃に三心五念四修を勸めて。ついに一行三昧に結歸 0000_,09,023b27(00):し玉へり。今此段に。南無阿彌陀佛と云は起行なり。 0000_,09,023b28(00):五念門も此内に含めり。疑なく往生するぞと思取 0000_,09,023b29(00):と云は。安心なり。三心此内に籠れり。次に思取て 0000_,09,023b30(00):申す。と云ふは。かく思ひ定めてん上は。ひたと申 0000_,09,023b31(00):より外に。別の事なしと云ふ心にて。これ相續の作 0000_,09,023b32(00):業なれば。四修此内に攝まれり。但しこの心行作業の 0000_,09,023b33(00):三は。各別に行ずる法にはあらず。ただ疑なき心に。 0000_,09,023b34(00):助玉へと思うて南無阿彌陀佛と申す時。安心と起行 0000_,09,024a01(00):と兼備はり。この安心起行を。日日懈らず相續する 0000_,09,024a02(00):を。作業とは云なり。然れば。對治門の日は。説必次第 0000_,09,024a03(00):に釋すれば。その言ひろく。各別の樣にて。ことこと 0000_,09,024a04(00):しく聞ゆれども。修行門の時は。法在同時に行じて。 0000_,09,024a05(00):更に煩しき事なければ。智あるも。愚なるも。かはる 0000_,09,024a06(00):所なきを。易行の念佛とは名くるなり。まさに知べ 0000_,09,024a07(00):し。この一枚起請は。ただこれ往生禮讃の結歸一行三 0000_,09,024a08(00):昧の口訣なりと。されば。源空が目には。三心五念四 0000_,09,024a09(00):修。みな南無阿彌陀佛と見ゆるなりと。聖光上人に授 0000_,09,024a10(00):け玉ひける。大師の口訣も。正しく此文に顯れたり。 0000_,09,024a11(00):然れば。此段は善導大師。御勸化の至極にして。念 0000_,09,024a12(00):佛衆生の心行作業の龜鑑なり。もとも仰信すべし 0000_,09,024a13(00):又此段安心起行の所詮は。また善導大師の觀經玄義 0000_,09,024a14(00):の中の。願行具足の御釋によりて。ただ南無阿彌陀 0000_,09,024a15(00):佛の六字の意を開示し玉へり。もとも念佛の行者の 0000_,09,024a16(00):大切なる用心なり。よくその意を明らむべし。今か 0000_,09,024a17(00):の玄義の御釋を引て。此文を對註して。くはしくそ 0000_,09,024b18(00):の義を明すべし 0000_,09,024b19(00):玄義云。今此觀經中。十―聲稱佛。即有十願十行 0000_,09,024b20(00):具足。これは。此段の南無阿彌陀佛の六字に。願行具足する事を標す 0000_,09,024b21(00):云―何具足。言南無者。即是歸命。亦是發願廻向之 0000_,09,024b22(00):義。これは。此段の。ただ往生極樂のためと思ひて南無と申す心には。ただたすけ玉へと持たるればこれ歸命にして。また發願廻 0000_,09,024b23(00):向なり 0000_,09,024b24(00):言阿彌陀佛者。即是其行。これは。阿彌陀佛の四字は。正しく所歸の佛の名號にして。 0000_,09,024b25(00):稱名すなはち往生の行なる事を示す 0000_,09,024b26(00):以斯義故。必得往生。これは。此段に。疑なく往生するぞと思取てと云は。願行具足せる 0000_,09,024b27(00):本願の念佛なるゆへに。必得往生の大利益ありと。信ずる心なり 0000_,09,024b28(00):此御釋の意は。天竺の人の南無と云ふ詞を。唐には 0000_,09,024b29(00):歸命とも翻じ。救我とも譯す。我朝にはたすけたま 0000_,09,024b30(00):へと譯せり。されば大師の云南無阿彌陀と云ふは。 0000_,09,024b31(00):別したる事には思ふべからず。阿彌陀ほとけ。我を 0000_,09,024b32(00):たすけ玉へと。云ふ言と心えて。心には阿彌陀ほと 0000_,09,024b33(00):け助け玉へと思ふて。口には南無阿彌陀佛と唱ふる 0000_,09,024b34(00):を。三心具足の名號と申なり。と云へり天竺と日本と。 0000_,09,025a01(00):その國異なる故に。その云ふ言は。替れども。その 0000_,09,025a02(00):意は。三國同く我をすくひ玉へと云ふ言なれば。こ 0000_,09,025a03(00):れ仰賴救我の願心なり。されば助玉へと思ふ心にて。 0000_,09,025a04(00):南無と唱ふれば。南無がすなはち。願なり。阿彌陀 0000_,09,025a05(00):佛と申すはこれ行なり。ただこの思願の心が。よく 0000_,09,025a06(00):その行を導きて。當來淨土の果報の身を招引する力 0000_,09,025a07(00):あるを。引業とは名く。阿彌陀佛と申す稱名の行に。 0000_,09,025a08(00):滅罪生善の功德備はりて。惡趣に引くべき業障の 0000_,09,025a09(00):絆を截て。當來淨土の果報を圓滿せしむるを。滿業と 0000_,09,025a10(00):は名く。これによりて。願行具足の念佛は。行によ 0000_,09,025a11(00):りて願を實にし。願によりて行を導くゆへに。念念 0000_,09,025a12(00):聲聲みな本願に相應して。その功德空しからざれば。 0000_,09,025a13(00):ことごとく往生極樂の。引業ともなり。滿業ともな 0000_,09,025a14(00):るなり。但し淨土の業成は三界受生の業成とは。は 0000_,09,025a15(00):るかに異なれば。行を離れたる願は。引業とならず。 0000_,09,025a16(00):願を離れたる行は。滿業とならず。もし佛の他力を 0000_,09,025a17(00):離れぬれば。願も行も共に順次往生の業因とはなら 0000_,09,025b18(00):ず。ただよく願行具足して。佛の他力に歸命する時。 0000_,09,025b19(00):阿彌陀佛の大願業力に加持せられて。能引能滿の業 0000_,09,025b20(00):とは成なり。然れば。助玉へと思ふ心にて。南無阿 0000_,09,025b21(00):彌陀佛と申せば。一聲には一願一行を具足し。十聲 0000_,09,025b22(00):には十願十行を具足し。百千聲には百千の願行の具 0000_,09,025b23(00):足し。乃至萬億恆沙の念佛には。即ち。萬億恆沙願 0000_,09,025b24(00):行を具足せり。もし臨終に約せば。ただ一度の念佛 0000_,09,025b25(00):に。一度往生の功德を誓ひ玉へる本願なり。况や上盡 0000_,09,025b26(00):一形の間申し積みたる萬億恆沙の願行廣大の善根。 0000_,09,025b27(00):無量の功德を取あつめて。誰か一度の往生を遂げざ 0000_,09,025b28(00):らんや。されば善導大師は。斯義を以の故に。必ず 0000_,09,025b29(00):往生を得とは釋し玉へり。あに賴しからずや。誠に 0000_,09,025b30(00):往生極樂の行の中には。またいづれの行法か。肩を 0000_,09,025b31(00):並ぶべきや。不可思議圓頓無上功德の念佛にして。 0000_,09,025b32(00):しかも末法衆生のために。機敎相應易行の法なり。 0000_,09,025b33(00):千劫にも逢がたく。萬劫に一度逢へり。生死を解 0000_,09,025b34(00):脱せん事。今正く此時なりと歡喜して。つねづね心に 0000_,09,026a01(00):かけて。願行相續せんと勵むべきなり。 0000_,09,026a02(00):然るに。世間の男女の中に。一向に妄念苦しからず 0000_,09,026a03(00):とのみ心えてたまたま佛前に參りて申す。恭敬修の 0000_,09,026a04(00):念佛にも。口には名號を唱へながら。心の内には。 0000_,09,026a05(00):あらぬ事のみ思ひつづくれども。助玉へと。思かへす 0000_,09,026a06(00):程の志ある人もまれなるにや。又たまたま。まめや 0000_,09,026a07(00):かに願行具足のために。六字分明に句句相續して。 0000_,09,026a08(00):一心精進に申す人あれば。かれは自力の念佛なり。 0000_,09,026a09(00):いまだ他力の安心をしらずなど。笑そしる人もあり 0000_,09,026a10(00):とぞ。これ實に愚癡の案。極めたる僻事なり。誹法 0000_,09,026a11(00):毀人の罪も。げに輕かるまじとこそ覺ゆれ。すべて 0000_,09,026a12(00):他力の安心を知がほにして。自らも損ない。人をも 0000_,09,026a13(00):損なふ輩。僧俗の中。世間に多く聞ゆる事。悲か 0000_,09,026a14(00):らずや。かく心えてん人は。念佛申す時。憚なく妄 0000_,09,026a15(00):念をのみ思ひ續くべければ。百返の稱名の頃にも。 0000_,09,026a16(00):一願二願をだに。發さざる人なるべしやと。推量ら 0000_,09,026a17(00):れたり。否なりや。自ら省みて試み玉へ。然らば。 0000_,09,026b18(00):光明大師の。十聲佛を稱れば。十願十行有て具足す。 0000_,09,026b19(00):斯義を以の故に。必ず往生を得と。げにゆゆしげに 0000_,09,026b20(00):釋し玉へるをば。いかが心えてんや。すべて念佛の 0000_,09,026b21(00):功德にて。當來淨土の報身を受る事は。ただ助玉へ 0000_,09,026b22(00):と思ふ。發願廻向の心が。如來の本願にも相應し淨 0000_,09,026b23(00):土の業種ともなりて。往生の引業を成ずる故なるぞ 0000_,09,026b24(00):かし。凡そ觀心參究のめでたき念佛をも。往生の爲 0000_,09,026b25(00):には。踈雜の行におさめて。嫌ひ玉へる事も。その 0000_,09,026b26(00):念佛の心の内に。仰賴救我の願心が間斷して。相續 0000_,09,026b27(00):せざるによりて。彌陀の本願にも相應せず往生の引 0000_,09,026b28(00):業をも熟しがたき故なり。凡そ念佛諸行を論ぜず。 0000_,09,026b29(00):淨土の引業には。みな廻向發願の心を本とす。この 0000_,09,026b30(00):故に。往生の行の中には。願の一字。衆妙の門なり。 0000_,09,026b31(00):されば鎭西は淨土宗はこれ願宗也との玉へり。願心 0000_,09,026b32(00):の忽緖なるまじき理。かくの如し。それ雜行の行者 0000_,09,026b33(00):の願心に疎なるは行の失なり。念佛の行者の願心を 0000_,09,026b34(00):怠るは機の失なり。機の失は何よりおこる。或は惡 0000_,09,027a01(00):師に敎へられ。或は惡友に誘はれ或は世の習俗に移 0000_,09,027a02(00):さるる故なるべし。或は妄念を許されたる意を。僻さ 0000_,09,027a03(00):まに料簡して。己が得方に取なして。惡意樂に住す 0000_,09,027a04(00):る心より。ただ妄念にのみ打まかせて。助玉への願 0000_,09,027a05(00):心を。をこたる身と成なれば。これみな行者の機の 0000_,09,027a06(00):失にして。念佛の行の失にはあらず。散心の凡夫の 0000_,09,027a07(00):ために。佛はさりともと御思惟ましまして。いかな 0000_,09,027a08(00):る人も。自然に願行具足しやすき樣に。誓はせ玉へ 0000_,09,027a09(00):る本願の念佛なれば。大師も特に念佛には不廻向の 0000_,09,027a10(00):得ありと。讃歎し玉ひけるも。かかる人に逢ひぬれば 0000_,09,027a11(00):名の下に實なくなり侍るぞ。悲しきや。たとひ願心 0000_,09,027a12(00):相續の人の上にも。願心の強きは。滅罪も多ければ。 0000_,09,027a13(00):業成もはやく。願心の弱きは。滅罪も少ければ。業 0000_,09,027a14(00):成もをそしとこそ見たれ。されば善導大師は。晝夜 0000_,09,027a15(00):六時強發願持心不散業還成とこそ勸め玉ひけるも 0000_,09,027a16(00):のを。願くは西方の行者。うまく此意を會得して。朝 0000_,09,027a17(00):夕など佛前に參りて念佛せん時には先ねんごろに。 0000_,09,027b18(00):願行相續の誓願をおこして。さて申し始むべし。か 0000_,09,027b19(00):くの如く用心する人は。一座の念佛の間には。故な 0000_,09,027b20(00):る貪瞋妄念をば發すまじければ。これ意樂正見の得 0000_,09,027b21(00):ならずや。さりながら凡夫の心の癖なれば。いつのま 0000_,09,027b22(00):に。おこるともなき。串習の妄念をば。いかがはせん。 0000_,09,027b23(00):ただおこると知る時。助玉へと思ひ返すまでなり。 0000_,09,027b24(00):知て隨はざるも。また意樂正見の功なり。常にかく 0000_,09,027b25(00):申しならへば。かの名號の德として自然に妄念もや 0000_,09,027b26(00):むぞと。仰られし。大師の御詞も。驗し覺えて。いよ 0000_,09,027b27(00):いよ妄念の中の息妄の行に心もいさむべきぞかし。 0000_,09,027b28(00):かく正見の意樂に住する人は覺えず知らず。妄念と 0000_,09,027b29(00):ともに。打まじへたる念佛までも。前後の發願廻向に 0000_,09,027b30(00):引かれてことごとく往生の業となるぞとなり。但し 0000_,09,027b31(00):同じ往生の業となるが中にも。論藏の意によれば。願 0000_,09,027b32(00):と倶なる行は。その力つよければ。引滿二業となり。 0000_,09,027b33(00):願と倶なはざる行は。その力よはければ。ただ滿業と 0000_,09,027b34(00):なるべしとも見えたれば。とにもかくにも。願行相續 0000_,09,028a01(00):せんとはげみ習ふべきなり。大師の云稱名の時心に 0000_,09,028a02(00):思ふべき樣は。人の膝などを引動かして。や。助玉へ 0000_,09,028a03(00):と云ん定なるべしと。されば御念佛の時の御氣色も。 0000_,09,028a04(00):その樣に見え玉ひしなりと。聖光上人も石川禪門も。 0000_,09,028a05(00):申されけるとなん。これぞ實の歸命想の念佛にし 0000_,09,028a06(00):て。願行相續の手本なるべし。あひかまへて。行者 0000_,09,028a07(00):眼を著て。自から懈怠を顧りみ。大師の御行跡に倣 0000_,09,028a08(00):ひ奉るべきをや。げに朝夕禮時の念佛にも。六字を 0000_,09,028a09(00):慥に唱へて。高からず低からず。速からず遲からず。 0000_,09,028a10(00):願行相續して。久く申す時にぞ。自然に稱名の音も 0000_,09,028a11(00):すみわたりて。心にたふとしと聞に。三業ひとしく 0000_,09,028a12(00):進みて。身も安樂なれば。心ものうからず。一時半 0000_,09,028a13(00):時を過るは。つかのまの程にて。さながら罪障も消 0000_,09,028a14(00):えぬる心地して胸の内打はれて。覺ゆらんは。賴し 0000_,09,028a15(00):きには侍らずや。上來は。時時佛前の稱名に付て。 0000_,09,028a16(00):恭敬修の念佛并に用心念佛の行儀を申し述ふるなり 0000_,09,028a17(00):扨又無間長時の日所作の稱名は。恆所造に業を成ず 0000_,09,028b18(00):る行なれば。心の亂不亂をもえらばず。口に稱名相 0000_,09,028b19(00):續するを肝要として。おりおり心に助玉へと思ひ出 0000_,09,028b20(00):すべし。かくは用心すれども行住坐臥の所作なれば。 0000_,09,028b21(00):歷縁對境にまぎれて。忘れがちなるをば。いかがは 0000_,09,028b22(00):せん。先その日の念珠に取向はん時。ねんごろに發 0000_,09,028b23(00):願し畢りて。くり初め。それより終日。しばしば心 0000_,09,028b24(00):にかけて。稱名の息の下には。助玉へと思ひ習ふべ 0000_,09,028b25(00):し。又つまぐる數珠の母珠に至る度ごとには。一心 0000_,09,028b26(00):に助玉へと廻願すべし。扨日課を。くりはてて後は。 0000_,09,028b27(00):いかなる處にても。つと西に向て。終日の念佛を。 0000_,09,028b28(00):自他往生極樂の爲に。ねんごろに廻向すべきなり。 0000_,09,028b29(00):夫妄念もしなじなに分れて。をのづから許されたる 0000_,09,028b30(00):もあり。又許されざるも有なり。許されたる任運妄 0000_,09,028b31(00):念をば。發らばおこれと打すてて。ただ助玉へと思 0000_,09,028b32(00):ひ返すべし。もし許されざる卒起决定貪瞋が。競ひ起 0000_,09,028b33(00):ると覺えん時には。やがて慚愧して。一心に南無阿 0000_,09,028b34(00):彌陀佛と申すを。隨犯隨懺の念佛とは云なり。たす 0000_,09,029a01(00):け玉へと思ふ時。妄念はおこちず。妄念おこる時。 0000_,09,029a02(00):たすけ玉へを忘る。されども願行相續の意樂に住す 0000_,09,029a03(00):る程の人は。妄念おこるとしる時。やがて助玉へと 0000_,09,029a04(00):思ひ返すゆへに。念佛は常に主人となりて。妄念はい 0000_,09,029a05(00):つも客人となれば往生の障とまではならず。等起の 0000_,09,029a06(00):思が。よく善惡の業を成ずといへば。意樂を以て主人 0000_,09,029a07(00):とすべし。刹那の妄念は。業を成ぜずといへば。念 0000_,09,029a08(00):念生滅の任運無記の妄念は。みな客人にして。散地 0000_,09,029a09(00):の凡夫の心の癖なり、あへて念佛の業道を碍ぐるこ 0000_,09,029a10(00):と能はず。既に凡夫往生を許す。何ぞ妄念を嫌はん 0000_,09,029a11(00):やと。蓮華受生の宗門には不思議にこれを許された 0000_,09,029a12(00):るぞ。忝なき。さりながら。もし願行相續の宗義に 0000_,09,029a13(00):背き。隨犯隨懺の故實を忘れて。一向に他力の出離 0000_,09,029a14(00):には。貪瞋惡業も。苦しからずなど思ふ。意樂邪見 0000_,09,029a15(00):の輩は。故起の貪瞋をも恐れず。接續の妄念をも愼ま 0000_,09,029a16(00):ざるべければ。貪瞋きをひおこれども。おこるとだ 0000_,09,029a17(00):にもしらで。ひたと。それのみ思ひつづけ。又貪瞋 0000_,09,029b18(00):おこるとしる時も。本より慚愧の心なければ。やが 0000_,09,029b19(00):て助玉へと思かへす隨犯隨懺の心も有じければ。妄 0000_,09,029b20(00):念が常に主人なりて。念佛はいつも客人となれる 0000_,09,029b21(00):なるべし。さらずは。一亭にふたりの主人ありと 0000_,09,029b22(00):やいはん。されば古德も。すべて罪をかへりみぬ者 0000_,09,029b23(00):は。身の惡き事をしらず。身の惡き事を忘れぬれば。 0000_,09,029b24(00):また助玉へと思ふ心もなし。助玉へと思ふ心を。すす 0000_,09,029b25(00):めん爲にも。ことに罪業を恐るべきなり。と云へり仰ぎ 0000_,09,029b26(00):願くは。念佛の行人。たれたれもはやく。正見の意樂 0000_,09,029b27(00):に住して。心の及ばん限り。いたく貪瞋罪業を恐れ。 0000_,09,029b28(00):つねづね稱名の時には。助玉へと。心にも思ひ。口 0000_,09,029b29(00):にも云ひ習ふべし。心は習はしの物なれば。習ひつも 0000_,09,029b30(00):りて性となれば。自然にやすく願行は相續せらるべ 0000_,09,029b31(00):きぞかし。實に今度生死をはなれて。必ず淨土に往 0000_,09,029b32(00):生せばやと。思切てん人は。いかにもして。世の習 0000_,09,029b33(00):俗に移されず。ひたすら。兩祖三代の芳躅を尋ねて。 0000_,09,029b34(00):安心も起行も進む方に赴くべし。ゆめゆめ邪解の同 0000_,09,030a01(00):行に誘はれて。安心も起行も。懶惰懈怠の人と成るべ 0000_,09,030a02(00):からず。往生極樂の一大事。只この願行相續に極ま 0000_,09,030a03(00):る。あひ搆へて。心をゆるす事なかれ。然るに。こ 0000_,09,030a04(00):の妄念稱名に付ては。古も今も。自宗他宗の學者に。 0000_,09,030a05(00):大過不及の論あれば。愚なる人は聞迷ひて。或は疑 0000_,09,030a06(00):ひ或は嘆く輩も。世に多ければ。粗ここに記しぬ。 0000_,09,030a07(00):なを委曲の事は。この次でには申し盡すべくもあら 0000_,09,030a08(00):ずさらに別論を待つべし 0000_,09,030a09(00):上來の義趣を。とかく云つづくれば。廣けれど。漢 0000_,09,030a10(00):字に畧して。要をとれば。ただ願行相續の一句なり。 0000_,09,030a11(00):此一句の中に。此一段の安心も起行も作業も殘なく 0000_,09,030a12(00):みな籠ればなり。扨いかなれば必ず願行具足する 0000_,09,030a13(00):を肝要とはするや。願は目のごとく。行は足のごと 0000_,09,030a14(00):し。目あれども。足なければ路を行くによしなし。 0000_,09,030a15(00):足ありとも。目なくは。必ず路に迷ひぬべし。此故 0000_,09,030a16(00):に目足相扶けて。步を運ぶが如く。助玉への願心の 0000_,09,030a17(00):目を開で。南無阿彌陀佛の行の足を。はこぶを。願 0000_,09,030b18(00):行具足とは云なり。されば玄義に云。ただ行のみある 0000_,09,030b19(00):は。行すなはち孤にして至る所なく。ただ願のみあ 0000_,09,030b20(00):るは願すなはち虚くして。至る所なし。必ず願と行 0000_,09,030b21(00):と相扶けて。所爲みな尅すべし。と云へり扨又いかなれ 0000_,09,030b22(00):ば。相續するを肝要とはするや。たとひ目足そなはる 0000_,09,030b23(00):とも步を運ばされば至る所なし運び運びて止まざれ 0000_,09,030b24(00):ば。ついに必ず至るがごとく。たとひ平生念佛申す人 0000_,09,030b25(00):も。後また退轉してその末を遂けざれば。わづかに 0000_,09,030b26(00):下種結縁の分と成て。順次の往生は遂けがたし。ただ 0000_,09,030b27(00):思ひ立ちぬるその日より多くも少なくも。日日念佛 0000_,09,030b28(00):をこたらず。一期退轉せざるを。眞の相續とは云な 0000_,09,030b29(00):り。これ决定往生の正業なり。往生禮讃に。稱名廻 0000_,09,030b30(00):願無間に相續して。畢命を期として誓て中止せざれ 0000_,09,030b31(00):との玉ふは是なり。されば念佛の行人もし願行相續 0000_,09,030b32(00):の一句にだにも。よく相應しつれば。やがて阿彌陀 0000_,09,030b33(00):佛の上盡一形の本願に乘ずるがゆへに。决定して必 0000_,09,030b34(00):得往生の大益にあづかるなり。但し玄義の十願十行 0000_,09,031a01(00):の釋は。五逆の罪人の臨終の十念を釋し玉へる文な 0000_,09,031a02(00):り臨終の一念は。百年の業にも勝れたる。勇猛心な 0000_,09,031a03(00):り。無後心なり。無間心なれば。一念十念の稱名 0000_,09,031a04(00):はその數少なしといへども。やがて下至十聲の本願 0000_,09,031a05(00):に乘ずる故に。立どころに。諸罪消滅して。能引能 0000_,09,031a06(00):滿の業事成辨を得たり。これは臨終廻心の機なり。 0000_,09,031a07(00):極重惡人なる上に。念佛の功も少なければ。わづかに 0000_,09,031a08(00):下品の往生をば遂げるなり。もし平生の時より廻心 0000_,09,031a09(00):念佛せん人は。本願の上盡一形相應の機なれば。こ 0000_,09,031a10(00):の機は必ず相續の二字を守りて。日日稱名相續して 0000_,09,031a11(00):怠らざるを肝要とす。其故は。平生の中には。臨終 0000_,09,031a12(00):の如くなる勇猛心も發りがたく。又前念には念佛申 0000_,09,031a13(00):て。惡趣の業を損减すれども。後念には惡念をこり 0000_,09,031a14(00):て。やがてまた惡趣の絆をつなぎそふる凡心なれば。 0000_,09,031a15(00):善惡つねに交りて。無間心にもあらず。無後心にも 0000_,09,031a16(00):あらざる故に。平生の中には。たやすく引滿の二業 0000_,09,031a17(00):を究竟成辨しがたきが故なり。就中末代の劣機は。 0000_,09,031b18(00):作業はなはだ拙ければ。重淨心造の機は。希にして。 0000_,09,031b19(00):多くはみな恒所造に業を成する類なれば。ひたすら 0000_,09,031b20(00):願行相續を肝要として。もしは念念にまれ。もしは 0000_,09,031b21(00):時時にまれ。もしは日日にも相續せん事。人人の志 0000_,09,031b22(00):に隨ひて。誓て懈怠せざるべし。さて朝夕の恭敬禮 0000_,09,031b23(00):佛の節などには。ことさら用心を加へ。一心合掌し 0000_,09,031b24(00):て。高聲念佛をはげまし習ふべきなり。さあらば漸 0000_,09,031b25(00):漸に滅罪生善の功德もつもりて。かの佛の哀愍覆護 0000_,09,031b26(00):をかうふる故に。とくもあれ。をそくもあれ。つい 0000_,09,031b27(00):にかならず往生の業種を增長圓滿したる時を。業事 0000_,09,031b28(00):成辨の人とは名く。その業成と云は。六道牽引の業障 0000_,09,031b29(00):ことごとく消えはて。九品往生の淨業。ゆたかに圓滿 0000_,09,031b30(00):して。當果無碍の位を得たるを。平生業成の人とは名 0000_,09,031b31(00):くるなり。内には過現の業障ことごとく消えぬれば。 0000_,09,031b32(00):不定惡業の跡たえて。延年轉壽の樂あり。外には聖 0000_,09,031b33(00):衆の護念ますます強ければ。惡鬼魔縁の影さえて。 0000_,09,031b34(00):橫難橫死の恐なし。又此時に佛の瑞告をも蒙りて。 0000_,09,032a01(00):かねて命期をも知りぬれは。心つねに歡喜して。死を 0000_,09,032a02(00):待こと歸るが如くに悅び身心なにの憂もなく。二世 0000_,09,032a03(00):安樂の身となるらん事。たれの行者か。こひ願はざら 0000_,09,032a04(00):んや。又たとひ。佛の瑞告をばかうふらずとも。行 0000_,09,032a05(00):者常に自ら我身をかへりみよ。三垢も消滅し。身意 0000_,09,032a06(00):も柔輭になりて。その心自然に十惡と相應せざる樣 0000_,09,032a07(00):に。なりぬと覺えなば。これぞ滅罪業成の驗なるらん 0000_,09,032a08(00):と。心の中には悅びて。口にはあへて語るべからず。 0000_,09,032a09(00):たれたれも晝夜六時の強發願こそ難からめ。もし眞 0000_,09,032a10(00):實に業成の靈驗を。心の的にかけなん人は。二時三 0000_,09,032a11(00):時の勤行の節などには。をのづから歡喜心もをこり。 0000_,09,032a12(00):勇猛心も涌出て。線香一炷が程などは。一心合掌を 0000_,09,032a13(00):亂さず。高聲念佛を相續せん事。難かるべきにあら 0000_,09,032a14(00):ねど。大方念佛の靈驗をば。臨終の事とのみ思やり 0000_,09,032a15(00):て今日を勵む人まれなり。臨終と思ふが惡きにはあ 0000_,09,032a16(00):らねど。凡心の癖にて人を見るも。我心にも。臨終と 0000_,09,032a17(00):だにもいへば。はるかに百年の後ぞと思ひゆるみて。 0000_,09,032b18(00):きのふ。けふとは。誰も思はざるゆへに。平生の 0000_,09,032b19(00):念佛か。等閑かちにのみ。なりゆきて。強發願の心 0000_,09,032b20(00):もなければ。また業還成の靈驗をも感じえざる事。 0000_,09,032b21(00):いと悲しからずや。ことさら今時の衆生は根性ます 0000_,09,032b22(00):ます落ちくだりて。十惡に取むかふ時は。氣もいさ 0000_,09,032b23(00):み。念佛を行ずる時は。心ものうく。たまたま申す佛 0000_,09,032b24(00):前の稱名なども。公役の樣にのみ。なりかちなり。そ 0000_,09,032b25(00):れとても。分分に滅罪の功德は有るべけれど。寒夜の 0000_,09,032b26(00):堅冰に湯をそそぐ譬の如くなれば。いく度か流轉の 0000_,09,032b27(00):絆を。切ては結び。切てはまた結ぬべし。かくては。 0000_,09,032b28(00):いつの日に。いつたぐり。はつべしとも。見えされ 0000_,09,032b29(00):ば。大方平生の内には。業成の靈驗の感得せん事か 0000_,09,032b30(00):たかるべきぞ口惜き。されども。一期の間。願行相 0000_,09,032b31(00):續して。稱名退轉なくは。百年報滿の暮には。必ず正 0000_,09,032b32(00):念現前し。聖衆來迎し玉はん。この時にこそ。百年の 0000_,09,032b33(00):業にも勝たる。臨終一念の見佛の功德によりて。餘殘 0000_,09,032b34(00):の罪障もみな消えて。めでたく歡喜往生を遂ぐべし。 0000_,09,033a01(00):かかるを臨終業成の人とは名くるなり。その正念現 0000_,09,033a02(00):前する故は。一期怠らざる念佛の願行が。つねに熏じ 0000_,09,033a03(00):て業種となれば。願力心を持つて亂れざる。その驗 0000_,09,033a04(00):しなり。况や聖衆の護念。見佛の利益あるをや。又 0000_,09,033a05(00):經には。念佛の數ほど。佛を見奉ると侍れば。臨終 0000_,09,033a06(00):來迎の無數の化佛は。さながら我ら平生申置きぬる 0000_,09,033a07(00):數數の念佛が。一聲も空しからで。みな佛とあらは 0000_,09,033a08(00):れて。臨終に現前し玉ふらんぞたのもしき。然れば。 0000_,09,033a09(00):正しく觀音の蓮臺にのらんまでは。一期不退に隨 0000_,09,033a10(00):犯隨懺して。願行相續の稱名怠りなく。慥に聖衆の 0000_,09,033a11(00):來迎をまち居て。ただ今の一念を空しく過ぎざるを 0000_,09,033a12(00):吉水の正統。鎭西白籏の正流に。浴し得たる。念佛の 0000_,09,033a13(00):行者とは名くるなり 0000_,09,033a14(00):願行相續の一句に。念佛の心行作業悉く備はる故に。 0000_,09,033a15(00):智者の念佛なればとて。願行相續の外なく。愚者の 0000_,09,033a16(00):念佛とても。願行相續に事足りぬ。但し分つ所は。願 0000_,09,033a17(00):心に淺深あると。念佛に多少あるとの品なり。厭欣 0000_,09,033b18(00):の心ふかくは。愚者の願心も實に智者にまさりぬべ 0000_,09,033b19(00):し。厭欣の心あさくは。智者の願心も。かへりて愚 0000_,09,033b20(00):者には劣りぬべし。念佛の多少も亦然なり。或は願 0000_,09,033b21(00):心は淺けれども。念佛の多かる人もあるべし。或は 0000_,09,033b22(00):念佛は少けれども。願心の深かる人もあるべし。と 0000_,09,033b23(00):にもかくにも。その願行の勝れたるは。九品の位も 0000_,09,033b24(00):高く願行の劣りたるは。九品の位は低かるべけれど。 0000_,09,033b25(00):ただよく相續して。一期退轉せざる人は。ことごとく 0000_,09,033b26(00):九品蓮臺の聖衆の數に入らざるはなし。されば念佛 0000_,09,033b27(00):往生の法門には。智者なればとて。憍慢すべからず。 0000_,09,033b28(00):愚者なればとて。卑下すべからず。定慧の自力をも 0000_,09,033b29(00):賴みて參る道ならばこそ。智愚の隔てもあらめ。智 0000_,09,033b30(00):者なりとも信願なくは生ずべからず。たとひ愚人も。 0000_,09,033b31(00):信願あればかならず生ず。平等の大慈悲より。をこ 0000_,09,033b32(00):し玉ふ本願なれば。善惡智愚の隔なく。ふかく他力 0000_,09,033b33(00):を信じて。願行相續する人のみぞ。佛願には相應し 0000_,09,033b34(00):て。必生彼國の本懷をば遂ぐべきなり 0000_,09,034a01(00):問うて云く。念佛の行者は必ず三心具足すべしとこ 0000_,09,034a02(00):そ侍るに。上來一向願行相續をのみ勸むる事は。いか 0000_,09,034a03(00):なる由ぞや 答て云く。經に願生彼國者。發三種心。 0000_,09,034a04(00):と云へりこれを。廣く云へば三心なり。要をとれば。願 0000_,09,034a05(00):の一字に納まる。已に三心を具しぬる人は。助玉へ 0000_,09,034a06(00):と願ずるに中に三心みな籠れり。助玉へと思ふ心に。 0000_,09,034a07(00):僞なきは。至誠心なり。疑なきは深心なり行を兼ね 0000_,09,034a08(00):たるは廻向心なる故なり。もし誠なくは。虚假名利 0000_,09,034a09(00):の願行なり。もし信なくは疑惑不定の願行なれば。 0000_,09,034a10(00):みな本願にもれて。出離の行に非ず。今勸むる所は 0000_,09,034a11(00):三心具足の願行相續の稱名にして。决定往生の正定 0000_,09,034a12(00):業なりと知るべし 0000_,09,034a13(00):然れば。念佛の行人は。僧俗を論ぜず。願行具足の 0000_,09,034a14(00):稱名を相續して。一期不退に修行し。三佛兩祖の經 0000_,09,034a15(00):釋に相應して。鎭西白簱の淸き流を汚す事なかれ。然 0000_,09,034a16(00):るに大師の御在世より滅後の今に至るまで。背徒の 0000_,09,034a17(00):僞亂。他人の暗推。まちまちに競ひ起りて。願行相續 0000_,09,034b18(00):の稱名をさまたげ。吉水の正義を混亂せり。大師悲 0000_,09,034b19(00):嘆のあまり。遠く滅後を慮はかりて。この極訓をば 0000_,09,034b20(00):遺し玉へり。もし御遺誓に違はざる願行相續の安心 0000_,09,034b21(00):起行ならば。自宗他宗の人をわかず。みな本願念佛 0000_,09,034b22(00):の正意を得たる。眞の淨土宗なりと知るべし。もし此 0000_,09,034b23(00):の義に相違せば。たとひ鎭西白簱の末學なりと名の 0000_,09,034b24(00):るとも。みな吉水の相承に背馳せる。滅後の邪義な 0000_,09,034b25(00):りと知るべし 0000_,09,034b26(00):然るに。昔し背徒の中に法本房の意は。本願の念佛 0000_,09,034b27(00):は。實は稱名にはあらず。阿彌陀佛に一念歸命する 0000_,09,034b28(00):時。即はち淨業圓滿して即便往生するを。眞の念佛 0000_,09,034b29(00):と名く。念の字は思ふとこそよめ。稱ふるとは讀ずと 0000_,09,034b30(00):勸めて。六字の稱名を嫌ひ蔑せり。夫歸命の念は。ま 0000_,09,034b31(00):たこれ發願にして。ただこれ安心なり。またく稱名の 0000_,09,034b32(00):起行なければ。此義は願行具足の正宗に背きて正し 0000_,09,034b33(00):く有願無行の邪義に墮せり。又稱名にあらずは。なに 0000_,09,034b34(00):をか。相續せんや。或は又。能歸の心は願にして。 0000_,09,035a01(00):所歸の佛を行とする故に。歸佛の一念に。願行具足 0000_,09,035a02(00):するを。本願の念佛と名く。あに無行の失に墮せん 0000_,09,035a03(00):やと訇る輩もあり。夫所歸の佛身があればこそ。能 0000_,09,035a04(00):歸の念をば。おこせ。されば所歸を能歸に合せて。た 0000_,09,035a05(00):だこれ歸命にして。またこれ發願なれば。ことごと 0000_,09,035a06(00):く安心なり。然に稱名の行を挾まざる故に。猶廻向 0000_,09,035a07(00):の義をさへ闕きたり。なんぞ無行の責をのがれんや。 0000_,09,035a08(00):或は又。この歸佛の一念を。往生の引業として。こ 0000_,09,035a09(00):の上に諸行を修して。滿業とする故に。願行具足せ 0000_,09,035a10(00):りと云ふ輩もあり。これはかへりて。雜行雜修の失 0000_,09,035a11(00):に墮ちて。專修專念の正宗を失へり。なんぞ論ずるに 0000_,09,035a12(00):足らんや。その上本願念佛はただ引業とのみ成りて。 0000_,09,035a13(00):滿業の功德なしと。おもへる事。その咎ますます甚 0000_,09,035a14(00):し。これみな本願の念佛を。稱名にはあらずと。思ひ 0000_,09,035a15(00):違へる邪執より。事をこりて。種種の戯論には及べ 0000_,09,035a16(00):るなり 0000_,09,035a17(00):又昔し成覺房の意は。最初發心稱名の一念に。願行 0000_,09,035b18(00):具足するゆゑに。立どころに淨業圓滿して。即便往 0000_,09,035b19(00):生し畢ぬ。已に極樂の聖衆と成て。不退轉を得たり。 0000_,09,035b20(00):此後さらに何事を求めてか。また稱名をも勵み。願 0000_,09,035b21(00):行をも運ばんや。もし此上なを助玉へとも願ひ。又 0000_,09,035b22(00):稱名をも勵まん人は。これ一念往生の本願を信ぜざ 0000_,09,035b23(00):る。疑惑の人なれば。いかに稱名相續すとも。往生契 0000_,09,035b24(00):ふべからずと立てて。願行相續の行者を誹り嫌へり。 0000_,09,035b25(00):これは無間修。長時修の作業みな闕けぬれば。全く 0000_,09,035b26(00):無願無行の失に墮せる。懈怠退轉の邪義なり 0000_,09,035b27(00):又有人は。南無と云ふ言が。すなはち發願廻向なれ 0000_,09,035b28(00):ば。心に助玉へと思はねども。口に南無阿彌陀佛とだ 0000_,09,035b29(00):にも申せは。願行具足の稱名なり。なんぞ煩しく。 0000_,09,035b30(00):助玉へと思はんやと。勸めし輩もあり。これは正し 0000_,09,035b31(00):く有行無願の邪義に墮せり。夫云ふ言に。思ふ心は 0000_,09,035b32(00):顯るるを。心に思ふを安心と名け。口に出るをば起 0000_,09,035b33(00):行に屬せり。もし思はぬ事を。心に違ひて。口に語 0000_,09,035b34(00):るはこれ妄語なり。佛をすかし奉るにあらずや。身 0000_,09,036a01(00):口が業を成ぜばこそあらめ。意業によりて業を成ず 0000_,09,036a02(00):と云へば。心には助玉へとも思はぬに。口にのみ南 0000_,09,036a03(00):無と云はんは。徒事なるに非ずや 0000_,09,036a04(00):又有人は。佛は。念佛申さん人を助けずは正覺を取 0000_,09,036a05(00):らじと誓ひて。すてに正覺を取らせ玉へば。念佛の行 0000_,09,036a06(00):者をば。必ず佛の方より助け玉ふべき道理。既に極ま 0000_,09,036a07(00):りぬ。行者はひたと念佛申すまでなり。さらに行者 0000_,09,036a08(00):の方より。助玉へと願はんは。本願の心を知らざる人 0000_,09,036a09(00):なり。往生を疑ふ人なり。ただ本願にまかせて。無念 0000_,09,036a10(00):無想になる樣に。ひたと申すまでなり。助け玉へと思 0000_,09,036a11(00):ふべからず。思へばすなはち別の子細に落つるなり 0000_,09,036a12(00):と勸むる輩もあり。夫本願に欲生我國乃至十念とは 0000_,09,036a13(00):侍らずや。その欲生を。佛は廻向發願心なりと説き玉 0000_,09,036a14(00):ふ。此願心が聲に出て。南無とは唱ふ。天竺の南無は。 0000_,09,036a15(00):震旦の救我なり。あに吾朝の助け玉へにあらずや。 0000_,09,036a16(00):されば。助玉へと思うて。乃至十念すべしとこそ侍 0000_,09,036a17(00):るに。助け玉へと思ふを嫌はんは。すでに本願の安 0000_,09,036b18(00):心をやぶる人なり。まことに恐るべし。又その無念 0000_,09,036b19(00):無想と心えたるは。みな無記の妄念なり。あやまつ 0000_,09,036b20(00):て無記の妄念を執じて。かへりて往生の大事とすす 0000_,09,036b21(00):むる。善願の正念を嫌はんは。本願にもそむき。業 0000_,09,036b22(00):道にもはづれたる。無智蒙昧の義ならずや。これもま 0000_,09,036b23(00):た有行無願の邪義に墮せり。これいまだ淨土の經釋 0000_,09,036b24(00):を學ばず。願行相續の故實を知らざる人が。禪者など 0000_,09,036b25(00):の念佛は妄念を掃ふ箒なりとて。無想死心に申すを。 0000_,09,036b26(00):聞き羨みて。往生の爲にも。好きことならんと思ひ 0000_,09,036b27(00):違ひけるより。滅後の邪義には落ちにけるならん。 0000_,09,036b28(00):上來の新義は。或は願なく。或は行なく。或は願行 0000_,09,036b29(00):ともになく。また相續もなければ。ことごとく願行 0000_,09,036b30(00):相續の宗義に背馳せる。在世滅後の邪義なり。誠に 0000_,09,036b31(00):逢ひがたき佛願に逢ひ奉つる。かひもなく。順次の往 0000_,09,036b32(00):生しはづして。なを六道に滯らん事。痛ましからず 0000_,09,036b33(00):や。然に。我等いかなる宿善にか催されて。幸に願 0000_,09,036b34(00):行相續の稱名の行者とはなりにけん。疑なく。順次 0000_,09,037a01(00):解脱の機も熟し。時も至れる驗しなりと。歡喜踊躍 0000_,09,037a02(00):して。行住坐臥を論ぜず。心には助け玉へと思うて。 0000_,09,037a03(00):口に南無阿彌陀佛と申て。願行具足の稱名を相續し 0000_,09,037a04(00):て。しつかに聖衆の來迎を待ちたてまつるべきなり 0000_,09,037a05(00):又御在世の時より。滅後の今に至るまで。他宗の學 0000_,09,037a06(00):者の中に。暗推の異見を起す人ありて。吉水も御心 0000_,09,037a07(00):中には。觀念理持の念佛などをこそ。順次解脱の本 0000_,09,037a08(00):意とは思しつれども。それに叶はざる。無智の男女 0000_,09,037a09(00):を愍みて。暫く有相著相の。かろき稱名。あさき安 0000_,09,037a10(00):心を勸めてかりに淨土の遠縁を結ばしめ玉ふにてこ 0000_,09,037a11(00):そあれ。少も心黠からん人は。いかにもして。觀念理 0000_,09,037a12(00):持などの甚深なる念佛を修行して。順次の往生を求 0000_,09,037a13(00):めよと勸めし人も有りけりと聞ゆめり。今の世にも 0000_,09,037a14(00):かかる人は。觀心念佛。或は參究念佛或は死心攝心。 0000_,09,037a15(00):の念佛などこそ。功德甚深の行なりとて。願行相續 0000_,09,037a16(00):の稱名の行者を。輕しめ驚かしけるとぞ。夫觀心參究 0000_,09,037a17(00):の心にて。念佛する人は。念佛の時に當りて。仰賴 0000_,09,037b18(00):救我の思願を發すまじければ。此もまた往生の爲に 0000_,09,037b19(00):は有行無願の失にや近からん。縱ひ觀心參究の後に。 0000_,09,037b20(00):わづかに往生極樂に廻向すとも。その廻願の心が。慇 0000_,09,037b21(00):重相續せざる故に往生の引業が熟し難かるべし。さ 0000_,09,037b22(00):れば善導大師雜修の過失を數多擧げ玉ふ中に。廻願 0000_,09,037b23(00):慇重眞實ならざる故にと。嫌ひ玉へるは是なり。但 0000_,09,037b24(00):しその身に惡趣の繫業もかろき。上根極善の人なら 0000_,09,037b25(00):ば。重淨心の廻願をも。發起すべければ。一念の廻 0000_,09,037b26(00):向にも。往生の業種を圓滿する人。なきにしもあら 0000_,09,037b27(00):じ。さりながら。上代は。さる人も多かるべけれど。 0000_,09,037b28(00):末代の衆生には。重淨心の機は甚だ希なれば。恆所 0000_,09,037b29(00):造ならでは。作業は成じがたし。况や當世を見るに 0000_,09,037b30(00):多くはみな。十惡の罪人なり。日日夜夜の三業のふ 0000_,09,037b31(00):るまひをおもふに。みな三惡道に繫屬せずと云ふ事 0000_,09,037b32(00):なし。かかる身にては。いかに觀心參究の念佛を學 0000_,09,037b33(00):ぶとも。自力の定慧の分にては。惡道の引業も。た 0000_,09,037b34(00):やすくは滅すべからず。まして極樂報土の往生は。 0000_,09,038a01(00):いかにぞや。もし自力の執情をすてて。ひたすら他 0000_,09,038a02(00):力の引接を信じ。仰賴救我の願心を發起すれば。五 0000_,09,038a03(00):逆極重の惡人すら。臨終重心の十念に。諸罪消滅し 0000_,09,038a04(00):て。不思議に往生を許されたり。これみな行者の信 0000_,09,038a05(00):願の力なり。平生の行者は。重淨心こそ發らずとも。 0000_,09,038a06(00):つねつね稱名の心の内に。仰賴の願心を相續し。行 0000_,09,038a07(00):住坐臥に心をかけて。想を西方に送り習はば。遲速こ 0000_,09,038a08(00):そあらめ。業成なんぞ疑はん。眞實に他力を賴むと 0000_,09,038a09(00):ならば。心にひしと思ひ取て。ひたすら賴み。念念 0000_,09,038a10(00):に賴み奉るべし。その賴む心が。やがて淨土の引業 0000_,09,038a11(00):となり唱ふる稱名に。惡趣の罪業自然に消えぬれ 0000_,09,038a12(00):ば。臨命終の時煩惱を具せりといへども。煩惱さらに 0000_,09,038a13(00):現起せず。正念現前して。聖衆の來迎を感ず。これ 0000_,09,038a14(00):みな平生の恆所作によりて。增長せる願熏業種の 0000_,09,038a15(00):力用にして。また阿彌陀佛の大願業力の御慈悲なり。 0000_,09,038a16(00):されば善導大師は。我を哀愍覆護して。法種を增長 0000_,09,038a17(00):せしめ玉へと。晝夜六時に發願せよとは勸玉へり。 0000_,09,038b18(00):然に。世の小黠人などは。觀心參究の片端を。ここか 0000_,09,038b19(00):しこ聞き覺えて。圓頓大乘の念佛は。かくこそあれ。 0000_,09,038b20(00):これこそ眞實往生の念佛なりとて。無智の男女に對 0000_,09,038b21(00):して。憍慢する輩もありとぞ。元より無智の男女は。 0000_,09,038b22(00):法門の是非を辨へざれば。これらの異見の人に親み 0000_,09,038b23(00):馴れぬればいつとなく决定の安心を動亂破壞せられ 0000_,09,038b24(00):て。進みては觀心參究の念佛を行ずる力なく。退きて 0000_,09,038b25(00):は願行相續の稱名に疑をこりて。やうやく往生も不 0000_,09,038b26(00):定に覺えぬれば。進退ここに谷つて。兩端の岐に泣 0000_,09,038b27(00):く人も。少なからずと。聞ゆる事。悲しからずや。 0000_,09,038b28(00):凡そ他宗の人などの。自身の往生の爲に。その宗に 0000_,09,038b29(00):貴む所の安心をもて。念佛し玉はん事は。とかく。 0000_,09,038b30(00):いろふべさ事にはあらず。もし觀心參究などの。他 0000_,09,038b31(00):宗の念佛を將來て。吉水大師も。これをこそ。本意 0000_,09,038b32(00):など云ひ。或は願行相續の稱名は。無智の人の結縁 0000_,09,038b33(00):の分なりなど語りて。念佛の男女を惑亂せば。これ 0000_,09,038b34(00):ぞ大師の防ぎ玉へる。滅後の邪義にして。念佛の邪 0000_,09,039a01(00):魔安心の怨敵なり。あひ構へて。行者よくよく用心 0000_,09,039a02(00):して敬てこれを遠ざくべし。あへて馴れ親しむこと 0000_,09,039a03(00):なかれ。されば善導大師。二河白道の譬の中に西に 0000_,09,039a04(00):向うて白道を行くこと一分二分すれば東の岸に羣賊 0000_,09,039a05(00):等あつて。喚で云く。この道は嶮惡なり過ぐること 0000_,09,039a06(00):かなはじ。必ず死なんこと疑なし。仁者回へり來れ 0000_,09,039a07(00):我等すべて惡心にて。相向ふにはあらずと云ふ喩を 0000_,09,039a08(00):擧けて。これは。別解。別行。惡見の輩が。詐り親し 0000_,09,039a09(00):みて。みだりに見解を説きてたがひに惑亂するに喩 0000_,09,039a10(00):ふるなりと。釋し玉へるは是なり。行者その喚聲を 0000_,09,039a11(00):聞くといへども。さらに顧みず。一心に直に進んで 0000_,09,039a12(00):白道を念じて行くべしと。ねんごろに。すすめ玉ふぞ 0000_,09,039a13(00):かし。行者ふかく察すべし。すでに御遺誓の安心起 0000_,09,039a14(00):行に違ひぬる上は吉水の正義に外れて。淨土宗の本 0000_,09,039a15(00):意にはあらざりけりと。思ひ切て。耳にも聞き入れ 0000_,09,039a16(00):ず。更にわきめもふらず。願行具足の稱名を。决定 0000_,09,039a17(00):不退に相續すべし。一定と思へば一定。不定と思へ 0000_,09,039b18(00):ば。やがて不定となる。努力心をたぢろくべからず。 0000_,09,039b19(00):夫娑婆得道の修行は。有相の信願にては。悟りがた 0000_,09,039b20(00):し。定力なければ心みだれ。慧力なければ心くらき 0000_,09,039b21(00):故なり。故に專ら定慧をはげまして。自力の斷證を 0000_,09,039b22(00):求むる故に。たとひ念佛すれども。觀心參究を加へ 0000_,09,039b23(00):ざれば。悟を開き難ければ。他宗の修行に。理觀參 0000_,09,039b24(00):究を貴むは。勿論の事なり。さて淨土得生の修行は。 0000_,09,039b25(00):それとは。はるかに替れり。自力の定慧の分にては。 0000_,09,039b26(00):報土得生の引業が成じがたければ。ひたすら。有相 0000_,09,039b27(00):の信願をはげまして他力の引接を仰ぐなり。信心に 0000_,09,039b28(00):あらざれば。佛願に乘ぜず。願心にあらざれば。往 0000_,09,039b29(00):業を成ぜざる故なり。かれは得道。これは得生。所 0000_,09,039b30(00):求の標的が遙かに異なれば。能求の安心もまた遙 0000_,09,039b31(00):かに別なりと云ふ理りを。よくよく思辨ふべし。さ 0000_,09,039b32(00):れば。得道の宗には。をのづから得道の法あり。得 0000_,09,039b33(00):生の宗には。をのづから得生の法ありて。道同じか 0000_,09,039b34(00):らざれば。相爲に謀らず。さるを。己己が執ずる所の。 0000_,09,040a01(00):觀心參究の得道の念佛を將來りて。願行相續の得生 0000_,09,040a02(00):の念佛に混亂して。信男信女の。たまたま思ひ定め 0000_,09,040a03(00):たる安心を云ひさまたげて。疑惑の心を起こさしめ。 0000_,09,040a04(00):往生不定の嘆をなさしむること。はなはだ痛ましか 0000_,09,040a05(00):らずや。疑悔なき處において。他人を疑悔せしむれ 0000_,09,040a06(00):ば。菩提心を失ふなりと。佛の誡め玉ひけるは。是 0000_,09,040a07(00):ならんか。實に後世を恐れん人は。隨喜するまでこそ 0000_,09,040a08(00):難からめ。あへて障碍をなさん事。その罪を恐れざら 0000_,09,040a09(00):んや。願くは吉水の正流をくまん。念佛の行者は。 0000_,09,040a10(00):ただ往生極樂の爲には。信願の力が。大に勝れたる 0000_,09,040a11(00):事。定慧の力の及ぶ所にあらずと云ふ理りを。よく 0000_,09,040a12(00):よく思ひ定めて。ひたすら本願に打ちまかせ。一筋 0000_,09,040a13(00):にたすけ玉へと。思ひつめて。願行相續の稱名を勵ま 0000_,09,040a14(00):すべし。他力往生の信心ただこの一决にあり。ゆめ 0000_,09,040a15(00):ゆめ觀念理持。參究。死心。等の念佛をうらやむ事な 0000_,09,040a16(00):かれ 0000_,09,040a17(00):○疑を通じ奸を防ぐ。第三段 0000_,09,040b18(00):但三心四修と申事の候はみな决定して南無阿彌 0000_,09,040b19(00):陀佛にて往生するぞとおもふ内に籠候なり 0000_,09,040b20(00):此段の大意は。前段に。三心四修の沙汰はなくて。 0000_,09,040b21(00):この外に別の子細候はずと書かせ玉へば人必ず疑 0000_,09,040b22(00):ひて云べし善導大師は念佛の行者必ず三心四修を具 0000_,09,040b23(00):足すべしと釋し玉へば。吉水も年比三心四修をねん 0000_,09,040b24(00):ごろに勸め玉ひながら。この肝要の一段に。三心四修 0000_,09,040b25(00):の名をだに。出し玉はざるは。いかなる御意ぞやと。 0000_,09,040b26(00):或は又三心四修は甚深廣大の法なれば。無智の劣機 0000_,09,040b27(00):は。たやすく具足しがたき。大なる別の子細なるによ 0000_,09,040b28(00):りて。前の段には三心四修をすすめ玉はずと。思ふ人 0000_,09,040b29(00):も有べし。これによりて。此段に。その義を斷らせ玉 0000_,09,040b30(00):へり。意は前の段のごとく。ただ往生極樂のためには 0000_,09,040b31(00):南無阿彌陀佛と申て疑なく往生するぞと思ひ取て。 0000_,09,040b32(00):相續して申す人には。名をだにしらぬ三心四修が。自 0000_,09,040b33(00):然にことごとく備はる故に。その名をば。出し玉はね 0000_,09,040b34(00):ど。その義はみな籠りて有るぞとなり。此の段は。前 0000_,09,041a01(00):段の文を。少し言を省きて。再び擧玉ふばかりなり。 0000_,09,041a02(00):更に別義を書かせ玉ふにはあらず 0000_,09,041a03(00):扨前段の中に。三心四修が。いかが籠るぞとならば。 0000_,09,041a04(00):念佛の行者名利の爲にせず。眞實にただ往生極樂の 0000_,09,041a05(00):爲と思ふは。至誠心なり。疑なく往生するぞと思ひ 0000_,09,041a06(00):取は深心なり。助け玉へ阿彌陀佛と念するは。願行 0000_,09,041a07(00):具足の廻向心なれば。三心みな籠れり。扨念佛を相 0000_,09,041a08(00):續して申すは。無間修なり。相續無間の行者は。餘 0000_,09,041a09(00):行を賴まざれば無餘修なり。時時また恭敬慇重に行 0000_,09,041a10(00):するは恭敬修なり。一期退轉せざるは長時修なれば。 0000_,09,041a11(00):四修ことごとく籠れり。この故に。前段に。三心 0000_,09,041a12(00):四修の名をば。隱して出し玉はざれども。三心四修 0000_,09,041a13(00):の義はことごとく包籠せるなり 0000_,09,041a14(00):扨前段は。遺誓一編の骨髓なるに。其中に此宗に大事 0000_,09,041a15(00):と勸むる三心四修の名目をかきけして出し玉はず。 0000_,09,041a16(00):此段に至て。但し三心四修と申事の候はと。その意 0000_,09,041a17(00):を斷り玉へり。これ正しく滅後の邪義を防ぎ玉ふ。 0000_,09,041b18(00):大師の活法にして。もとも文章の妙なり。先前段に 0000_,09,041b19(00):三心四修を出されざるは。昔し他宗背宗の學者が。種 0000_,09,041b20(00):種の暗推邪説を搆へて。大師を誣奉り衆生を惑はせ 0000_,09,041b21(00):し由來は。善導大師の或は正雜二行によせ。或は助正 0000_,09,041b22(00):二業によせて。勸めたまへる三心四修の廣釋に迷う 0000_,09,041b23(00):て。念佛の一行に即たる。三心四修の要義を解らざ 0000_,09,041b24(00):りしより。事をこれり。されば他人の中に。三心四 0000_,09,041b25(00):修は甚深廣大の法なれば。無智の男女の。たやすく 0000_,09,041b26(00):發すべく。具すべき法にはあらず。さるを。たやす 0000_,09,041b27(00):き樣に勸め玉ふは。劣機の爲の假の方便にして。吉 0000_,09,041b28(00):水の眞實にはあらずと談りし人もあり。これは。他 0000_,09,041b29(00):宗の祖師は。觀經の三心を。上品に限りたる起行と 0000_,09,041b30(00):見玉ふ故に。或は甚深の理心に釋し。或は廣大菩提 0000_,09,041b31(00):心に釋せり。又四修は。もと六度菩薩の作業にして 0000_,09,041b32(00):廣大の法なれば。他宗の人これらの執心を將來りて。 0000_,09,041b33(00):善導大師の三心四修の廣釋をも。得方に見なすが故 0000_,09,041b34(00):に。甚深廣大にして。劣機の凡夫は。たやすく具す 0000_,09,042a01(00):べき法に非ずと思ひなせり。然に善導大師の意は。 0000_,09,042a02(00):三心は上品に限れる。起行にはあらず。九品に通 0000_,09,042a03(00):ずる安心なりと。釋し玉へり。念佛も諸行も。三心 0000_,09,042a04(00):をはなれては往生せざる故なり。されば五逆の罪人 0000_,09,042a05(00):の臨終の一念にも。たちまち發りやすき三心なりと 0000_,09,042a06(00):こそ見えたれ。さらずは。いかで往生を得んや又四 0000_,09,042a07(00):修は。もと菩薩の行なるを。隨義轉用して。念佛の 0000_,09,042a08(00):作業となし玉へり。凡そ恭敬無間長時の三修は。念 0000_,09,042a09(00):佛には限らず。諸行にも通ずる法なり。又善行のみ 0000_,09,042a10(00):にも限らず。その理は惡行にも通じて。みな平生作業 0000_,09,042a11(00):の大切なる道理を。能く知り玉ふ故に念佛の上に隨 0000_,09,042a12(00):義轉用し玉へり。これ亦善導大師の活法なるぞかし。 0000_,09,042a13(00):かかる大理にくらき人は。名に據て義を求むる故に。 0000_,09,042a14(00):萬に一得なしと知るべし。又背徒の中に三心四修に 0000_,09,042a15(00):は別に奧深き吉水の秘傳あり。その秘傳を領解せざ 0000_,09,042a16(00):る人は。たとひ稱名相續すとも。本願に契はずと。僞 0000_,09,042a17(00):る人もありけり。然れば。もし前段に。三心四修を 0000_,09,042b18(00):具すれば必ず往生すなどど書かせ玉はばかの他人背 0000_,09,042b19(00):徒これを見て。さればこそ。大師も平生の昔は。機 0000_,09,042b20(00):を見て假の方便に。安心作業を。やすやすと勸め玉 0000_,09,042b21(00):ふ事も侍りしかども。末期の遺誓には。御眞實を顯は 0000_,09,042b22(00):して。必す三心四修を具せよと書置かせ玉へる上は 0000_,09,042b23(00):とて。いよいよ暗推僞濫の證據に取つて法に因て奸 0000_,09,042b24(00):を作して三心四修を僻さまに勸むる人もあるべし。 0000_,09,042b25(00):これによりて前段には。その邪説を防がれん爲に。 0000_,09,042b26(00):かの他人背徒の。みだりに穿鑿して。或は甚深廣大 0000_,09,042b27(00):なり。或は祕密の領解ありなど訇る。三心四修の 0000_,09,042b28(00):名目を削りすてて。ただ疑なく往生するぞと思取て 0000_,09,042b29(00):申す外には別の子細候はず。もし此外に奧深き事を 0000_,09,042b30(00):存ぜば。二尊の憐にはづれんと。誓を立てて决定し 0000_,09,042b31(00):玉ふ時。大師の御本意かくれなく顯れにしかば。か 0000_,09,042b32(00):の三心四修を。やすやすと勸め玉ふは。假の方便な 0000_,09,042b33(00):りと云へる暗推も。又別に奧深き領解ありなど云へ 0000_,09,042b34(00):る僞濫も。みな大師を誣奉つる詐なりとは。知れた 0000_,09,043a01(00):るなり。いかなる滅後の他人背徒なりとも此御遺誓 0000_,09,043a02(00):に向つて。またいかに吾大師を誣奉らんや。されば 0000_,09,043a03(00):三心四修の名目を削りすてて。安心作業の意義を包 0000_,09,043a04(00):擧し。滅後の邪義を言外に防玉ふ事。あに文章の妙 0000_,09,043a05(00):にあらずや。 0000_,09,043a06(00):扨此段に至て。但三心四修と申事の候は。と斷り玉 0000_,09,043a07(00):ふに。亦自ら二意を含めり。一には重て邪義を防玉へ 0000_,09,043a08(00):り。その意は。又背徒の中に。三心は如來の三心に 0000_,09,043a09(00):して。甚深廣大の法なれば。貪瞋具足の凡夫などの 0000_,09,043a10(00):發すべき心にはあらず。凡夫はただ如來の三心に歸 0000_,09,043a11(00):命するを。三心具足の行者とは云ふなりと談じ。又四 0000_,09,043a12(00):修は菩薩の作業なれば。これもまた甚深廣大の法に 0000_,09,043a13(00):して。凡夫の及ぶ修行にはあらず。凡夫は極樂に往 0000_,09,043a14(00):生して。菩薩となりて後に。淨土にて此四修を修行 0000_,09,043a15(00):するなり。ただよく本願の深意をだにも。領解すれ 0000_,09,043a16(00):ば。三心四修を具せざれども。最初の一念に淨業圓 0000_,09,043a17(00):滿して。往生し畢ぬと云ふ邪義を勸めて。これ吉水 0000_,09,043b18(00):祕密の口傳なりと僞りける輩もありけり。然れは 0000_,09,043b19(00):これらの人。前ノ段に三心四修の名目を書載せ玉はざ 0000_,09,043b20(00):るを見ては。さればこそ。大師も年比は。かりの方便 0000_,09,043b21(00):に。三心四修を。やすやすとすすめ玉ひしかども。 0000_,09,043b22(00):まことは如來の三心。菩薩の四修にして。凡夫の法に 0000_,09,043b23(00):はあらざる故に。末期には。御眞實を示して。三心 0000_,09,043b24(00):四修の名をだにも。出し玉はず。大師の祕傳ここに 0000_,09,043b25(00):顯れたりと僞りて。却てこの遺誓を邪義の證文に備 0000_,09,043b26(00):へて法に因て奸をなす人有るべし。これによりて。 0000_,09,043b27(00):此段の意は。但し三心四修と申事は。背徒の思ふ樣 0000_,09,043b28(00):なる。凡夫の具しがたき。佛菩薩の三心四修にはあ 0000_,09,043b29(00):らず。ただ疑なく往生するぞと思ひ取て。ひたと念 0000_,09,043b30(00):佛申す人には。三心四修の名をだにしらぬ。無智の人 0000_,09,043b31(00):までも。自然にやすく具足して闕くることなき法な 0000_,09,043b32(00):るぞと云ふ義を斷らせ玉へり。此時かの如來の三心。 0000_,09,043b33(00):菩薩の四修。これ吉水の祕傳なりと云へる僞り。み 0000_,09,043b34(00):な顯はれにしかば。男女の疑は。跡なくはれたり。 0000_,09,044a01(00):いかなる滅後の背徒なりとも。此文に向つてまたい 0000_,09,044a02(00):かに。口を開きてんや。 0000_,09,044a03(00):二に他人の疑を决し玉へり。意は。他宗の人。前の段 0000_,09,044a04(00):に。此外に別の子細候はず。とて三心四修を出され 0000_,09,044a05(00):ざるを見ては。疑を起して。善導は三心の中に一心も 0000_,09,044a06(00):少きぬれば往生せずと釋し。又四修をもて安心起行 0000_,09,044a07(00):を勵ますべしと勸め玉ひしかば。吉水も選擇集にね 0000_,09,044a08(00):んごろに勸め玉ひながら末期の遺訓に至て。三心四 0000_,09,044a09(00):修の名をだにも。出し玉はざるは。善導の勸化に 0000_,09,044a10(00):背けり。深廣の三心四修を具せずは。いかで往生を 0000_,09,044a11(00):得んやと。難ずる人有るべし。是によりて。此段の意 0000_,09,044a12(00):は。但しその年比勸めぬる。三心四修と申事は。他 0000_,09,044a13(00):人の思ふ樣なる。甚深廣大にして。具しがたき。別 0000_,09,044a14(00):の子細には非ず。前段に示すがごとく。ただ疑なく 0000_,09,044a15(00):往生するぞと思取て。懈らず念佛申す人には。有智 0000_,09,044a16(00):無智を論ぜず。自然にやすく具する法なれは。三心 0000_,09,044a17(00):四修の名は出さざれども。その義は悉く包擧して有 0000_,09,044b18(00):るぞと云意を决し玉へるなり。いかなる滅後の他人 0000_,09,044b19(00):なりとも。この文に向つて。いかが又異評を下して。 0000_,09,044b20(00):大師を誣奉らんや。詞に巧める色なくて。さらさら 0000_,09,044b21(00):と書きながし玉へる中に。をのづから滅後の邪義を 0000_,09,044b22(00):殘なく防き盡し玉へり。あに文章の妙にあらずや。 0000_,09,044b23(00):○誓を起てて證を請ふ。第四段 0000_,09,044b24(00):此外に奧深事を存せは二尊の憐にはつれ本願に 0000_,09,044b25(00):もれ候へし 0000_,09,044b26(00):大師曾て鎭西に授け玉へる法語には。此一段を。ただ 0000_,09,044b27(00):南無阿彌陀佛と申せば。决定して往生するなりと。信 0000_,09,044b28(00):じ取るべきなりと書玉ひけるを。末期に改めて御誓 0000_,09,044b29(00):言に替へさせ玉へり。その故は鎭西に授け玉へる。 0000_,09,044b30(00):願行相續の稱名の宗義を。他宗の人は。是は劣機誘 0000_,09,044b31(00):引の方便なり。有智の人には。別に甚深の念佛あり 0000_,09,044b32(00):と云ひ。又背宗の徒は。稱名相續の行は。外儀の方 0000_,09,044b33(00):便なり。此外に内證秘奧の相承あり。鎭西はこの 0000_,09,044b34(00):秘傳をば得玉はずと云ひかすめける故に。大師その 0000_,09,045a01(00):鎭西に授け玉へる法語を。再び取用ひ玉ひて。此の一 0000_,09,045a02(00):段を御誓言に改めて。末期の極訓とはなし玉へり。 0000_,09,045a03(00):その御意は。鎭西聖光の相承は。眞實吉水の瀉瓶に 0000_,09,045a04(00):して。本願念佛の正義なりと云事を。滅後末代の衆 0000_,09,045a05(00):生にながく信を取らしめんが爲なり。さらずはいか 0000_,09,045a06(00):に。黑谷語燈錄七卷に及べる。數多の法語の中に。 0000_,09,045a07(00):わきて鎭西相承の法語を揀取て。末期の御遺誓とは 0000_,09,045a08(00):し玉はんや。されば鎭西相承の正宗。漸漸世に弘ま 0000_,09,045a09(00):りて。五百年來天下に彌綸するを思ふに。大師の御 0000_,09,045a10(00):遺鑑まことに不可思議にして。御遺誓の烈功も。ま 0000_,09,045a11(00):た不可思議なる者なり。 0000_,09,045a12(00):御遺誡の來由の肝要は。此起請の一段に極まる。安 0000_,09,045a13(00):心もつねの安心。起行もつねの起行。法語もつねの法 0000_,09,045a14(00):語にして。みな珍らしき事にはあらず。ただ此起請 0000_,09,045a15(00):文と。滅後の邪義を防がんが爲にと。奧書を加へ玉 0000_,09,045a16(00):へるのみが。正しく遺誡の御志なり。その故は。前の 0000_,09,045a17(00):段に。南無阿彌陀佛と申て。疑なく往生するぞと思取 0000_,09,045b18(00):て申内に。三心も四修もみな籠れりとの玉ふまでが。 0000_,09,045b19(00):淨土宗の安心起行の至極なり。大師三十餘年この御 0000_,09,045b20(00):勸化をなし玉ひて。その利益廣大なりしに。晩年の 0000_,09,045b21(00):比他宗に暗推の義をこり。門弟に背宗の義をこりて。 0000_,09,045b22(00):大師の御勸化をば。劣機の爲の假の方便なりとすて 0000_,09,045b23(00):て。有智の爲には別に奧深き安心起行あり。これ大 0000_,09,045b24(00):師御眞實の秘傳なり。此義を學問せよ。領解せよ 0000_,09,045b25(00):と。訇りて。無智の男女に大師の御心を疑はしめた 0000_,09,045b26(00):り。御在世の時。はやすでに。かくのごとく。水老 0000_,09,045b27(00):鶴の弊。世にをこりければ。もしこれらの邪義が。滅 0000_,09,045b28(00):後に流れゆき。又數多の滅後の門弟の中にも。また 0000_,09,045b29(00):いかなる背徒か。出で來。いかなる新奇の安心をか構 0000_,09,045b30(00):へて。これこそ吉水の祕傳と僞り。又諸宗の學者。宗 0000_,09,045b31(00):宗の安心を念佛に加へて。有智の爲には大師もかく 0000_,09,045b32(00):こそ勸め玉はめなど語りて。諸の滅後の男女にまた 0000_,09,045b33(00):大師の御心を疑はしめんも測りがたしと。遠く慮は 0000_,09,045b34(00):かり玉へども。是非の論談は。無窮なるべければ。 0000_,09,046a01(00):無智の爲には益なし。さて此外に滅後の邪義を預め 0000_,09,046a02(00):防玉はん事は。大師の智德といへども。いかがし玉 0000_,09,046a03(00):はんや。これによりてただ御心中の正義を示して。御 0000_,09,046a04(00):誓言を加へ。これに背ける種種の新義は我を誣ひる 0000_,09,046a05(00):妄説にして。悉く滅後の邪義也と知るべしと决し玉 0000_,09,046a06(00):へり。實にこれ大師の善巧。無上の手段なるべし。 0000_,09,046a07(00):されば前段に。願行相續の正義を擧けて。此段に此 0000_,09,046a08(00):外に別の奧深事を存ぜず。もし存じて存ぜずといは 0000_,09,046a09(00):ば。二尊の慈悲にはづれて。三惡道に落ち。彌陀の 0000_,09,046a10(00):本願にもれて。淨土に往生せじと云趣を。御詞やは 0000_,09,046a11(00):らかに。御心はげしく。一大事の後世の浮沈をかけ 0000_,09,046a12(00):て誓ひ玉へる起請文なり。然れば滅後末代に。邪義 0000_,09,046a13(00):の橫濫を防ぎ止むる金剛の堤塘は此一段に極まれる 0000_,09,046a14(00):なり。いかなる滅後の愚人なりとも。此起請文を 0000_,09,046a15(00):見て。さらに大師の御心を疑はんや。又いかなる 0000_,09,046a16(00):滅後の邪人なりとも。此起請文に向つて。またいかに 0000_,09,046a17(00):大師の正義を掠め奉らんや。されば鎭西の流をくむ 0000_,09,046b18(00):輩。五百年來他人の邪推に混ぜられず。背徒の邪義 0000_,09,046b19(00):に惑はざるは。みな御遺誓の賜なり。忝なきには侍 0000_,09,046b20(00):らずや。 0000_,09,046b21(00):○結勸流通。第五段。 0000_,09,046b22(00):念佛を信せん人はたとひ一代の法を能く學すと 0000_,09,046b23(00):も一文不知の愚鈍の身になして尼入道の無智の 0000_,09,046b24(00):ともからに同して智者の振舞をせすしてたた一 0000_,09,046b25(00):向に念佛すへし 0000_,09,046b26(00):此段は結勸流通なり。前の第一第二の段に揀收する 0000_,09,046b27(00):所の。安心起行を。此段に結び止めて勸めて末代に 0000_,09,046b28(00):流通し玉へり。大意は初の序分に。學問をして念の 0000_,09,046b29(00):心をさとりて申すにもあらずと。學解の安心を揀び 0000_,09,046b30(00):玉ふ故に。此段に。たとひ一代の法をよくよく學す 0000_,09,046b31(00):とも一文不知の愚鈍の身になしてと結び止めて。無 0000_,09,046b32(00):解信願の安心を勸玉へり。又序分に。智者たちの沙汰 0000_,09,046b33(00):せらるる觀念の念佛にもあらずと。念佛の起行を揀 0000_,09,046b34(00):び玉ふ故に。此段に。尼入道の無智の輩に同してと。 0000_,09,047a01(00):結び止めて。無觀稱名の起行を勸玉へり。扨その觀念 0000_,09,047a02(00):の念佛も。念の心をさとるも。共に。もろもろの智 0000_,09,047a03(00):者たちの沙汰と。序分に書玉へる故に。此段に智者 0000_,09,047a04(00):の振舞をせずしてと結び止めてただ愚に還りて。單 0000_,09,047a05(00):信稱名すべしと勸玉へり。扨又前の第二段に。南無阿 0000_,09,047a06(00):彌陀佛と申て疑なく往生するぞと思ひ取て申す外に 0000_,09,047a07(00):は別の子細候はず。と云ふ骨髓の一段を。此段に。 0000_,09,047a08(00):唯一向に念佛すべしと云ふ。一句に結勸して。ただ 0000_,09,047a09(00):觀念學解の心行のみにあらず。一切の諸行に目をか 0000_,09,047a10(00):けず。ひたすら唯願唯行の念佛三昧を相續すべしと 0000_,09,047a11(00):云意を。末代に流通し玉へるなり。誠に序正流通。 0000_,09,047a12(00):起結照應し。脉絡貫通して。いとめでたき御文章な 0000_,09,047a13(00):り。扨此段の所詮は。ただ往生極樂のために。本願 0000_,09,047a14(00):の念佛を信ぜん人ならば。佛の法身相好を觀念せず。 0000_,09,047a15(00):諸行を雜亂せず。ただ一向に南無阿彌陀佛と。相續 0000_,09,047a16(00):不退に稱念すべし。これ彼佛の本願起行の念佛にし 0000_,09,047a17(00):て。末法衆生の機敎相應の法なるが故なり。又その 0000_,09,047b18(00):念佛の安心は。觀心參究の工夫を雜へず。すべて凡 0000_,09,047b19(00):慮の領解を加へず。平に信じて。ひたすら助玉へと 0000_,09,047b20(00):打ちかこつべし。これ彼佛の本願念佛の安心なるが 0000_,09,047b21(00):故なり。凡そ悟道成佛の修行は。般若の智慧を離れ 0000_,09,047b22(00):ては萬善萬行みな有爲の行となる故に。たとひ念佛 0000_,09,047b23(00):讀誦する時も。みな理觀の智慧をば先とするなり。 0000_,09,047b24(00):扨蓮華受生の修行は。それとは遙にかはれり。悟道 0000_,09,047b25(00):をも求めず。斷惑をも求めず。ただ往生極樂をもと 0000_,09,047b26(00):むる故に。觀音の蓮臺にのらんまでは。唯妄念の凡 0000_,09,047b27(00):夫なり。妄念の凡夫が。ただ往生の障を滅して。淨 0000_,09,047b28(00):土の業を成ぜんために。相續して念佛申すまでなり。 0000_,09,047b29(00):その滅罪業成は。佛願他力にあらざれば。成就せず。 0000_,09,047b30(00):又その他力に乘ずる事は。行者の信願稱名にあらざ 0000_,09,047b31(00):れば成就せず。この故に願行相續を肝要として。 0000_,09,047b32(00):種種の解了を貴まず。たとひ參究死心に申す。銀牆 0000_,09,047b33(00):鐵壁の念佛も。觀心推撿に申す圓頓止觀の念佛も。 0000_,09,047b34(00):悟道得法のためには。實に利益あるべけれど。仰賴 0000_,09,048a01(00):救我の願心が闕けぬれば往生のためには。引業熟し 0000_,09,048a02(00):がたく。本願に相應せざる疎雜の行なりと嫌はれた 0000_,09,048a03(00):り。これによりて。たとひ智解學問ありて。諸宗の 0000_,09,048a04(00):敎理を明らめたる人なりとも。もし定慧の力よはく 0000_,09,048a05(00):して。自力の出離は契ふべからずと思ひ知て。ただ往 0000_,09,048a06(00):生極樂を求むる念佛ならば年來の學解の工夫を雜へ 0000_,09,048a07(00):ず。ただ念念ごとに助玉へと思ひつめて。一筋に他 0000_,09,048a08(00):力を打ちたのみて願行相續の稱名を勵ますべしとな 0000_,09,048a09(00):り。すべて淨穢を論ぜず。當來受生の法には。願力を 0000_,09,048a10(00):もて第一とすと云事は。佛法の大なる理りなり。誰の 0000_,09,048a11(00):學者か之を知ざらんや。况や凡夫の思ひ絶えたる界 0000_,09,048a12(00):外淨土の受生なるをや。但し此義を知るといへども。 0000_,09,048a13(00):螢火の少智を捨てかねて。願行相續に踈なる人は。 0000_,09,048a14(00):げによく知ることの難き故なるべし。又その願心も。 0000_,09,048a15(00):末世の劣機は。重淨勇猛の心發りがたければ。恆所 0000_,09,048a16(00):作ならでは。往生の業因。輙くは圓滿しがたし。こ 0000_,09,048a17(00):れによりて。稱名の心の内に。念念に相續して助玉 0000_,09,048b18(00):へと願心を勵ます時。佛の本願にも相應し。往生の業 0000_,09,048b19(00):種をも增長して。人人の機に隨ひて。速くも遲くも。 0000_,09,048b20(00):ついに必ず。能引能滿の業を成辨すべきなり。され 0000_,09,048b21(00):ば大師云。聖道門の修行は。智慧を極めて生死を出 0000_,09,048b22(00):で。淨土門の修行は愚癡に還りて極樂に生ずど。 0000_,09,048b23(00):これ安心の至極なり。いかなるをか愚癡とは云ふ。 0000_,09,048b24(00):仰賴救我の願心是なり。聖道門には。出離の因には 0000_,09,048b25(00):非ずと捨てられたる凡夫癡直の心をもて。直に生死 0000_,09,048b26(00):を出で。速に淨土に生ずる事。これみな阿彌陀如來 0000_,09,048b27(00):の大願業力の致す所にして。さらさら凡夫の力には 0000_,09,048b28(00):非ず。又その佛の大願力に乘ずる事は。ただ仰賴救 0000_,09,048b29(00):我の願心の力なり。行者よく此意を得て。わきめも 0000_,09,048b30(00):ふらず。ふかふかと本願を賴み奉りて。心に助玉へ 0000_,09,048b31(00):と思ひ。口に南無阿彌陀佛と申て。百年報滿の夕ま 0000_,09,048b32(00):で等起の思變ぜず。得繩の業絶ゆる事なくてめでた 0000_,09,048b33(00):く聖衆の來迎を待ち奉るべきなり 0000_,09,048b34(00):一編五段の大旨。あらあらかくの如し。初段の序分 0000_,09,049a01(00):には。他宗背宗の安心起行を擧けてそれにはあらず 0000_,09,049a02(00):と揀び。第二段には願行相續の稱名の正宗を明し。 0000_,09,049a03(00):第三段には。願行相續の中に三心四修ことごとく備 0000_,09,049a04(00):はる事を示して疑を通じ。第四段には。誓を立てて 0000_,09,049a05(00):願行相續の外なき事を决定し。第五段には。序正二 0000_,09,049a06(00):段に明す所の願行相續の稱名を結勸流通し玉へり。 0000_,09,049a07(00):かくの如く段段。鈎鎻相連し首尾相應して。文に盈 0000_,09,049a08(00):縮なく意義明白なれば。さらに紛るる曲なし。文の 0000_,09,049a09(00):表はやすらかに。安心起行をのみ勸玉ひて詞に巧め 0000_,09,049a10(00):る色香もなくて。自然にもろもろの滅後の邪義を。 0000_,09,049a11(00):殘なく防き盡し玉へり。もつとも。文章の妙なり。又 0000_,09,049a12(00):文章の巧なるは。詞にさとりがたき曲なども有るも 0000_,09,049a13(00):のなるに。いかに愚なる男女までもさらさらと讀下 0000_,09,049a14(00):せば安心起行詞の下に。たやすく定りて。さらに疑 0000_,09,049a15(00):ふところなし。ますます文章の妙なり。念佛の行者。 0000_,09,049a16(00):ふかく尊重珍敬してつねに祖恩を報じたてまつり玉 0000_,09,049a17(00):へ 0000_,09,049b18(00):○第二手印 0000_,09,049b19(00):爲證以兩手印 0000_,09,049b20(00):此は本朝上古の習ひ。大事の證文には。兩手を以て 0000_,09,049b21(00):印とせり。事は神代より起りて。押手とも云ふ。世 0000_,09,049b22(00):に手形と名くるの古事なるべし。今大師一切衆生出 0000_,09,049b23(00):離解脱の一大事を决判し玉へる御遺誓なるが故に。 0000_,09,049b24(00):叮嚀に兩手の印證を用ゐさせ玉ひけるなり。 0000_,09,049b25(00):○第三總結 0000_,09,049b26(00):淨土宗の安心起行此一紙に至極せり源空か所存 0000_,09,049b27(00):此外に全別義を存せす滅後の邪義を防かんか爲 0000_,09,049b28(00):に所存を記し畢 0000_,09,049b29(00):此一章は。總結文也。一枚起請は。もと滅後の邪義 0000_,09,049b30(00):を防がん爲の。末期の極誡なる事を示し暗に來由を 0000_,09,049b31(00):示玉へり。鎭西相承の法語には此結文なし。末期に 0000_,09,049b32(00):初て加へ玉へり。意は滅後末代の西方の行者。此遺 0000_,09,049b33(00):誓を念佛の鏡に懸けて安心起行の邪正を照し見よと 0000_,09,049b34(00):也。此の故に滅後の邪義を防かんが爲にと書かせ玉 0000_,09,050a01(00):へり。扨此御一言が正く一編の樞鍵なり。此の一編 0000_,09,050a02(00):は都て文言從容にして。迫切ならず。文の表は安ら 0000_,09,050a03(00):かに安心起行を示し玉へりとのみ見て。裏には文文 0000_,09,050a04(00):句句に悉く滅後の邪義を防玉へり。爰に大師末代 0000_,09,050a05(00):の學者が。その意を得ざらん事を慮り玉ひて。特に筆 0000_,09,050a06(00):を揮て滅後の邪義を防がんが爲に。所存を記し畢と 0000_,09,050a07(00):書止めて滅後の學者に眼を著けよと驚覺し玉へり。 0000_,09,050a08(00):此の御驚覺によつて何れか滅後の邪義を防玉ふ所ぞ 0000_,09,050a09(00):と。目を拭て文文句句を窺ひみる時序分に揀玉ふは 0000_,09,050a10(00):さらなり。或は文中に含みて防ぐ所もあり。或は言外 0000_,09,050a11(00):に響きて防く所もあり。腹に味ひて大師の御心を思 0000_,09,050a12(00):ふに文章の妙もそらにしられ。立言の妙もいちじる 0000_,09,050a13(00):し。實に不可思議の御遺誓なり。扨滅後の邪義とは 0000_,09,050a14(00):誰をか指すや。背宗の贋徒はさらなり。或は此の宗 0000_,09,050a15(00):の末學にまれ。或は禪敎諸宗の學者にまれ。願行相 0000_,09,050a16(00):續の稱名の外に。異なる新奇の安心起行を將來て。 0000_,09,050a17(00):本願の念佛に混亂し。吉水の相承を障碍する人あら 0000_,09,050b18(00):ば。縱ひ千百年の後なりとも。皆是御遺誓に背きたる 0000_,09,050b19(00):滅後の邪義也と知てかからん人いかに詐はり親むと 0000_,09,050b20(00):も堅く防ぎ深く恐れて遠さかるべし。この故に大師 0000_,09,050b21(00):廣く收め遠く護らんが爲めに滅後の邪義を防がん爲 0000_,09,050b22(00):に所存を記し畢とは。總結し玉ひけるなり。實に吾 0000_,09,050b23(00):大師末法衆生の生死流轉を憐玉ふ。御心のやるかた 0000_,09,050b24(00):なさに。大悲の御膽を瀝でて書置かせ玉ふ起請文な 0000_,09,050b25(00):るぞかし。此深恩は。縱ひ粉骨碎身しても。いかで 0000_,09,050b26(00):報盡すべきや。ただ御遺誓を悲喜頂戴して。安心起 0000_,09,050b27(00):行の寳鏡に備へ他人背徒の妖邪に惑はされず願行相 0000_,09,050b28(00):續の稱名を勵ます人のみぞ。吾大師の蓮臺上の微笑 0000_,09,050b29(00):には預かるべきなり。 0000_,09,050b30(00):言近而旨遠守約而施博不出願行相續之一句。普 0000_,09,050b31(00):濟賢愚善惡之羣機。至矣。大矣。生死長夜爲大明 0000_,09,050b32(00):燈者。其惟一枚起請文歟。此實吾祖涅槃之極誡。且 0000_,09,050b33(00):爲鎭西相承之寳券。但以世人不知其所由來。五 0000_,09,050b34(00):百年來久成秘典弗慚狂斐恭探吾祖護法之密 0000_,09,051a01(00):意。竊補臨終遺誓之結文。言吾祖之欲言發昔人 0000_,09,051a02(00):之未發願欲令 0000_,09,051a03(00):吉水 鎭西聖靈喜躍於蓮華臺上以擬報恩如左 0000_,09,051a04(00):淨土宗の安心起行は曾て聖光に付囑ぜる此一紙の法語に至極せり源 0000_,09,051a05(00):空か所存此願行相續の稱名の外に全く觀念學解等の別義を存せす滅後 0000_,09,051a06(00):の他人背徒の僞濫の邪義を防かんか爲に聖光に授る法語に更に起請文を加へて僞なき所存 0000_,09,051a07(00):を記し滅後末代淨土宗の龜鑑に備畢 信阿彌陀佛忍澂謹書 0000_,09,051a08(00): 0000_,09,051a09(00): 0000_,09,051a10(00): 0000_,09,051a11(00): 0000_,09,051a12(00): 0000_,09,051a13(00): 0000_,09,051a14(00): 0000_,09,051a15(00): 0000_,09,051a16(00): 0000_,09,051a17(00):吉水遺誓諺論