0000_,09,123a01(00):一枚起請辨述 0000_,09,123a02(00): 0000_,09,123a03(00):もろこし等とは是は一枚起請也此一枚起請は淨土一 0000_,09,123a04(00):宗の肝要なり先つ此宗の肝要は選擇集に載せある也 0000_,09,123a05(00):三部經及び善導の四部八卷書の要文又は曇鸞道綽懷 0000_,09,123a06(00):感少康の諸釋の肝要なる文をは皆載せたりそれ故廣 0000_,09,123a07(00):くすれは選擇集縮むれは一枚起請也縮めたりとて切 0000_,09,123a08(00):て捨てたるものにはあらさる也から笠大なりとては 0000_,09,123a09(00):たまわりを切て捨ることにはあらさる也すぼめて小く 0000_,09,123a10(00):するなり然れはひろげたるが選擇集すほめたるが一 0000_,09,123a11(00):枚起請也それ故開き立て廣く云へは二百座三百座に 0000_,09,123a12(00):ても盡きぬ也縮めて云へは一口にて埒かあく也此處 0000_,09,123a13(00):は縮めて合點するか一枚起請の意也元祖の廣き智惠 0000_,09,123a14(00):にて縮めて仰せられたるものなれは讀むにも亦縮め 0000_,09,123a15(00):て讀み合點するにも縮めて合點するかよき也此意を 0000_,09,123a16(00):知らすして説き樣か粗相なり抔云は惡き也廣き事か 0000_,09,123a17(00):望ならは選擇集にて云ふへき也餘處の事を引寄せ云 0000_,09,123b18(00):へは如何樣にも説きちらさるるものなれとも五十日 0000_,09,123b19(00):百日に説くは元祖の縮め給ふ御心にはあらさる也短 0000_,09,123b20(00):き上にて合點するかよき也一枚起請は義理はなき也 0000_,09,123b21(00):愚者も見さへすれは合點のゆく樣にあそばしたりい 0000_,09,123b22(00):ろはさへ書くれは文字も讀めて合點かゆく也此外に 0000_,09,123b23(00):義理ありやと思ふは一枚起請の本意にはあらさる也 0000_,09,123b24(00):是れか淨土宗の肝心也此外には何もなき也元祖は御 0000_,09,123b25(00):誓言あそはして奧深き事は何もなきそと仰せられた 0000_,09,123b26(00):り外にありと思へは元祖の御誓言を無にすると云も 0000_,09,123b27(00):のなり先つ下地をかく合點して聞くへき也 0000_,09,123b28(00):もろこしとは方方の談義にもあり講談にもある故に 0000_,09,123b29(00):常常の事にして別に新しき義理もなき也常常斯の如 0000_,09,123b30(00):しと合點する計り也是か語燈錄に載せある也それに 0000_,09,123b31(00):は淨土往生の行はもろこし等とある也先つ生死を出 0000_,09,123b32(00):つる道に聖道淨土の二種あり自己の本性を顯し己心 0000_,09,123b33(00):の玉を磨くは聖道門也左樣の穿義を避て極樂へ行く 0000_,09,123b34(00):を淨土門と云也淨土門にも萬行往生と云かある也今 0000_,09,124a01(00):聖道門の事は措きて云はす淨土門の中にて云ふこと也 0000_,09,124a02(00):聖道對辨にはあらさる也聖道に對すと見れは誹謗起 0000_,09,124a03(00):る淨土の中にて非本願の諸行と本願稱名との二がわ 0000_,09,124a04(00):かるる也今は法藏御本意の稱名を勸むと知るへし非 0000_,09,124a05(00):本願は本意にあらさる故に捨る也本願とは選擇集に 0000_,09,124a06(00):釋し給ふか如く選ひ取た本意の稱名也それを三經に 0000_,09,124a07(00):阿難へ付屬し給ふも稱名也大經に彌勒へ流通し給ふ 0000_,09,124a08(00):も稱名念佛也故に稱名念佛を明かす正行に就て勸む 0000_,09,124a09(00):と心得よ扨て正行の中に二種あり助業と正業と也助 0000_,09,124a10(00):業とは常常長き事には退屈を生す其退屈を退け正業 0000_,09,124a11(00):を勵む助となす助業に四ありそれを雜行に對すれは 0000_,09,124a12(00):正行と云はるれとも稱名に對すれは非本願也然れは 0000_,09,124a13(00):聖淨の中には聖をやめ正雜の中には雜をやめ助正の 0000_,09,124a14(00):中には助をやめ專ら稱名に就て云ふと知るへし如來 0000_,09,124a15(00):の本意三佛大悲の本懷偏に稱名念佛にあり故に元祖 0000_,09,124a16(00):の私にはあらさる也因位果上阿彌陀佛か本也此意を 0000_,09,124a17(00):以て諸佛も釋迦も隨自意は念佛を勸め給ふ也此意を 0000_,09,124b18(00):得て稱名念佛の一行を勸め給ふ也本か佛敎也扨て稱 0000_,09,124b19(00):名念佛に結歸すと雖念佛に紛れものあり即ち理の念 0000_,09,124b20(00):佛事の念佛觀念の念佛等也此中に云ふ本願の念佛と 0000_,09,124b21(00):は理にあらす事にあらす觀に非す只聲を打立て南無 0000_,09,124b22(00):阿彌陀佛と申す念佛也なんとなれは日本にても聖德 0000_,09,124b23(00):太子を始め行基空也等の祖迄念佛を弘むる祖師多し 0000_,09,124b24(00):然れとも其勸むる所の念佛或は理を兼ね事と云ひ觀 0000_,09,124b25(00):と云ひ永觀抔は定心發得せすんは報土に生し難しと 0000_,09,124b26(00):云ひ又良忍上人は融通の旨を以て勸め給ふ何れも祖 0000_,09,124b27(00):師の心まちまち也然るに元祖の所謂本願の念佛は何 0000_,09,124b28(00):のむつかしき事もなく南無阿彌陀佛と唱ふる計り也 0000_,09,124b29(00):と知らしむるか此一枚起請の意也選擇集の題號に南 0000_,09,124b30(00):無阿彌陀佛とあるも事理觀を選ひ捨て偏に本願の稱 0000_,09,124b31(00):名を取り給ふ其取りたる阿彌陀如來の本願念佛はも 0000_,09,124b32(00):ろこし我朝に沙汰し申さるる觀念の念にもあらす今 0000_,09,124b33(00):一天下に念佛に志有る程の人は宗に入て元祖の流義 0000_,09,124b34(00):を尋ね得て安心を定むるを大事とす法藏本願の念佛 0000_,09,125a01(00):は唯聲を打上て助け給へ南無阿彌陀佛と申すより外 0000_,09,125a02(00):には別の子細なし何か甚深らしき事のあるは法藏本 0000_,09,125a03(00):願の念佛にはあらすと心得よ念佛に就て稱名或は事 0000_,09,125a04(00):理觀念佛なと種種むつかしきことある故に今先つそれ 0000_,09,125a05(00):を云ひ分る也大唐にては淨影天台等の師念佛を弘め 0000_,09,125a06(00):給へとも或は事或は理にして其趣き一樣にあらす此 0000_,09,125a07(00):事觀經の疏の中にあり云ふへくんは云ふへしと雖畢 0000_,09,125a08(00):竟不用の事也日本にては行基空也惠心本願を知らぬ事てはなけれともふり 0000_,09,125a09(00):すすいてはなき也永觀良忍等の師各念佛を弘め給へとも多くは 0000_,09,125a10(00):觀念を本とし觀念の勝るる旨をのべ給ふ故にそれ等 0000_,09,125a11(00):の念佛を簡て觀念の念にもあらすと仰せられたり一 0000_,09,125a12(00):向專念と立て事觀にもあらす理觀にもあらすと選ひ 0000_,09,125a13(00):捨つるは釋迦佛の選ひ捨て給ふ也 0000_,09,125a14(00):又學文をして念の心を悟りて申念佛にもあらすと 0000_,09,125a15(00):は心を悟りて能く念する義也此能念の念は自ら發る 0000_,09,125a16(00):か他より發るか自他共して發るかと押へ見るに畢竟 0000_,09,125a17(00):三世不可得也抔と左樣に能念の念を悟りて申す念佛 0000_,09,125b18(00):にはあらさる也扨て上人の念佛惡しと云にはあらす 0000_,09,125b19(00):何れも皆出離得脱の道具也然れは是れ亦惡しき事に 0000_,09,125b20(00):はあらされど法藏の本意釋迦の隨自意諸佛の證誠本 0000_,09,125b21(00):願の旨淨土の意にはあらさる也結構なる事なれとも 0000_,09,125b22(00):御本願にはあらさる也華嚴の海雲比丘の如きは念の 0000_,09,125b23(00):心を悟る念佛也理の念佛も觀念の念佛もある也 0000_,09,125b24(00):唯往生等とは先つ此法藏菩薩の念佛は極樂往生の 0000_,09,125b25(00):ために發し給へるものにして成佛のために立て給ふ 0000_,09,125b26(00):念佛にはあらす故に唯往生極樂のためには等と云也 0000_,09,125b27(00):娑婆成佛のためならは觀なりとも理なりとも云ふへ 0000_,09,125b28(00):き也彌陀の本願釋尊の隨自意は唯往生のために備へ 0000_,09,125b29(00):給へる念佛也これは稱名とて唱ふる事也善導は念は 0000_,09,125b30(00):聲なりと判し給へり餘事ならは何なりとも云はるへ 0000_,09,125b31(00):し唯往生極樂のためには南無阿彌陀佛と申すへき也 0000_,09,125b32(00):若し成佛のためならは觀念抔は遮せさるかと云ふに 0000_,09,125b33(00):然らす先つ極樂に行く迄か淨土の修行也成佛の修行 0000_,09,125b34(00):は極樂にてなす事也淨土宗とて成佛せすとは云はす 0000_,09,126a01(00):されどそれは淨土に往生して後の詮義也 0000_,09,126a02(00):疑なく等とは淨土宗にては聲を打上て申計りにて習 0000_,09,126a03(00):ひも口傳もなし一向に疑なく申す外には別の子細は 0000_,09,126a04(00):なき也疑なしとは深心也此處にて三心を見よ肝要の 0000_,09,126a05(00):深心を擧けて三心の安心を顯す也疑なく往生するそ 0000_,09,126a06(00):と思ひ取りて申すは譬へて云はは嬰兒乳を呑まんと 0000_,09,126a07(00):欲して泣くか如し是れ親を欺かんかために泣くにあ 0000_,09,126a08(00):らす泣けは呑せくるる事と心得て泣く許り也呑みた 0000_,09,126a09(00):き心にて泣くか廻向心也呑してやるまいかとの疑な 0000_,09,126a10(00):く泣くか深心也人見せのために泣くにはあらす飾る 0000_,09,126a11(00):心は爰にはなき也是れ至誠心也念佛を申すも亦然な 0000_,09,126a12(00):り是れにて往生するぞと疑なく但た聲を打立て申す 0000_,09,126a13(00):か三心具足の稱名也如何樣の者にても助かると打任 0000_,09,126a14(00):すれは佛なさしめ給ふ故に往生せすと云ふ事なしと 0000_,09,126a15(00):思ひ取て申すより外に別の子細なきが淨土宗の安心 0000_,09,126a16(00):也思ひ取てとは心に決定して思ひ入てとの意也斯く 0000_,09,126a17(00):思ひ入て申す外には別の子細候はすと思ひ取て申す 0000_,09,126b18(00):か安心也 0000_,09,126b19(00):申外には等とはこれより後には何もなき也念佛は 0000_,09,126b20(00):誰が申させるぞとならは疑なく往生するそと思ひ取 0000_,09,126b21(00):りたる心より申す也これより何の穿義なくこの上に 0000_,09,126b22(00):甚深なる口傳も相傳もなき也是れ迄にて一枚起請は 0000_,09,126b23(00):すむ也 0000_,09,126b24(00):但し三心四修等とは是より下は疑を遮する也否何 0000_,09,126b25(00):事もなしとは云はれさるへし三心四修抔云ふ事あり 0000_,09,126b26(00):觀經には具三心者必生彼國と説き善導は若少一心即 0000_,09,126b27(00):不得生と判し元祖は念佛行者必可具足三心と述へ給 0000_,09,126b28(00):ふ又禮讃に四修の法を示し選擇また此法を勸む又安 0000_,09,126b29(00):心起行作業抔と云て樣樣の事あり如何にして別の子 0000_,09,126b30(00):細なしと云ひ得へきやとの疑ひある故に但し三心已 0000_,09,126b31(00):下の文はこの疑を遮する也斯の如く三心四修と申す 0000_,09,126b32(00):事の候も決定して南無阿彌陀佛にて往生するそと思 0000_,09,126b33(00):ふ内に籠り候也此處の決定と上の思ひ取ると云ふか 0000_,09,126b34(00):同じ事也大地は打ちはずすとも往生するぞと決定し 0000_,09,127a01(00):て申す念佛には三心も四修も皆籠る也往生の決定せ 0000_,09,127a02(00):ぬ人には籠らぬ也こもるとは籠るの字にて中にこも 0000_,09,127a03(00):る也籠るは備へ也と云うて其備へ樣は南無阿彌陀佛 0000_,09,127a04(00):と申すに僞り飾らさるに至誠心籠る也此念佛を申す 0000_,09,127a05(00):は何故そとなれは決定往生のためにと信して疑なく 0000_,09,127a06(00):南無阿彌陀佛と申す所に深心も籠る也唱ふるは何故 0000_,09,127a07(00):そと有れは往生したしと思ふ所に即ち廻向心も備る 0000_,09,127a08(00):也四修の事を云へは今日より息のきるる迄申すは長 0000_,09,127a09(00):時修也きれめなく相續して申すか無間修也不定の思 0000_,09,127a10(00):ひなく念佛計り申して居るは無餘修也阿彌陀如來へ 0000_,09,127a11(00):歸命して申すか恭敬修也心に極樂に往きたしと思ひ 0000_,09,127a12(00):本願に任せ口に南無阿彌陀佛と唱ふる念佛の上に三 0000_,09,127a13(00):心も四修も自から備はる也三心も四修も知らぬ者の 0000_,09,127a14(00):唱ふる念佛に三心も四修も皆籠る也それ故元祖上人 0000_,09,127a15(00):も源空か目には三心も四修も皆南無阿彌陀佛五念も 0000_,09,127a16(00):南無阿彌陀佛三心四修五念皆南無阿彌陀佛と見ゆる 0000_,09,127a17(00):そと仰せられたり是れは元祖より鎭西へ御相傳の一 0000_,09,127b18(00):大事の口傳也然れは決定して南無阿彌陀佛にて往生 0000_,09,127b19(00):するそと思ふ内に皆籠る也其心より申す念佛には三 0000_,09,127b20(00):心も四修も五念も何時の間にやら自から備はり居る 0000_,09,127b21(00):もの也 0000_,09,127b22(00):此外に奧深き等とは上來所述の如しと雖疑ひ多き 0000_,09,127b23(00):凡夫なるか故に別に大切の弟子にはひそかに大事の 0000_,09,127b24(00):口傳も密説もあらむかと思ふへきか故に誓ひ給ふ誓 0000_,09,127b25(00):言は大事也律にはむさと立つる抔云ふ事ありかりそ 0000_,09,127b26(00):めの事には立てぬ也今時は色のゆかりの戀情にも誓 0000_,09,127b27(00):言起請抔云ふことあり恐しきこと也一切經の初に如是我 0000_,09,127b28(00):聞とあるも證信序にして衆生の疑妄を散せんかため 0000_,09,127b29(00):也又諸佛舌相の證誠も誓言起請の如くにして衆生の 0000_,09,127b30(00):疑ひを除かんかため也日本にても天照大神と素盞嗚 0000_,09,127b31(00):尊との間に誓ひあり云云慈惠僧正起請の事も徒然草 0000_,09,127b32(00):に載せある也慈惠僧正坂本に小家を結ひ悲母をおき 0000_,09,127b33(00):給ふ諸人惡名す故に諸佛諸神を勸請し乃ち起請文を 0000_,09,127b34(00):書き給へは諸人の惡名三日にして止む其樣子今に山 0000_,09,128a01(00):門にこれあり爲長の十訓抄にも載せある也されは大 0000_,09,128a02(00):事の時には起請を書くこと昔にも其例あり爰は元祖一 0000_,09,128a03(00):大事の所なれは起請あるへき也元祖は初より道心深 0000_,09,128a04(00):くましまして如何にしてか生死を出離し淨土に至ら 0000_,09,128a05(00):むかと思召ての御學文也然るに二尊の憐みにはづれ 0000_,09,128a06(00):六萬七萬の修行も虚しくして三途の底に入らむとあ 0000_,09,128a07(00):る御誓言を立て給ふべきにあらず然るに是れは何の 0000_,09,128a08(00):爲めに立て給ふとなれは既に滅期臨終の時近つきし 0000_,09,128a09(00):故に大慈悲を以て末代の衆生を憐み疑ひをはらさせ 0000_,09,128a10(00):むかために御誓ひを立て給ふ事なれはあだに心得へ 0000_,09,128a11(00):からす此外に等とは上にある思ひとりて申外には別 0000_,09,128a12(00):の子細候はすと云ふより外に耳ささやくと云ふことは 0000_,09,128a13(00):なき也人を選て外に甚深なることを傳ふる抔云ふことも 0000_,09,128a14(00):なし若しこれに違ひなは釋迦彌陀二尊の憐みにはづ 0000_,09,128a15(00):れむと也釋迦彌陀の大悲にはづれなは何處へ行くへ 0000_,09,128a16(00):きか三途の底に沈むより外はなき也これをとくと合 0000_,09,128a17(00):點して聲を打立て唱ふるより外は何もなき也 0000_,09,128b18(00):念佛を信せん等とは本願に乘して一筋に此念佛を 0000_,09,128b19(00):申す中に於て學文をなしたれはよからむ智者なれは 0000_,09,128b20(00):勝るるかと人毎に思へとも左樣のことなしたとへ一代 0000_,09,128b21(00):經をそらむずる程の智者にても助け給へとあなたに 0000_,09,128b22(00):任せて申す念佛なれは唯南無阿彌陀佛と唱ふる計り 0000_,09,128b23(00):にして此方よりのとやかくの才覺知惠は不用也本願 0000_,09,128b24(00):他力を賴む以上は知惠も才覺も不用也愚者なれはと 0000_,09,128b25(00):て卑下せす智者は智者だてをせすして申す也それ故 0000_,09,128b26(00):斯の如く仰せられたり念佛を信せん人は聖道の衆に 0000_,09,128b27(00):はかまひなしもし念佛信仰の人ならはたとひ一代の 0000_,09,128b28(00):法を學すともたとひとはもしやと云ふ意也今の世に 0000_,09,128b29(00):一代の法を明に學する人は少したとひ學せし人なり 0000_,09,128b30(00):ともこの利かの利と少しにても賢げありては鼻をは 0000_,09,128b31(00):じかれ惡まるる也それ故一文不知の愚鈍の身になし 0000_,09,128b32(00):て等と云ふ時にせつかく習ひ學ひたる事どもを如何 0000_,09,128b33(00):にして忘れ得へきそと云ふに學び得たることを忘れよ 0000_,09,128b34(00):と云ふにはあらす何程知りたりとてそれを用に立て 0000_,09,129a01(00):ぬ也如何程の智者にても彌陀を賴む當躰は一文不知 0000_,09,129a02(00):の愚者とかはる事はなき也 0000_,09,129a03(00):尼入道の無智の輩とは在家の髮をそり髻をきりた 0000_,09,129a04(00):る尼禪門の東西を辨へさる輩只一筋に助け給へ南無 0000_,09,129a05(00):阿彌陀佛と云ふに少しもかはらぬことを云ふ也故に阿 0000_,09,129a06(00):彌陀經にこの念佛を不可思議功德とは説相明か也そ 0000_,09,129a07(00):の上善導の御釋にも釋迦の能説の敎法さへ難曉と釋 0000_,09,129a08(00):し給ふ也 0000_,09,129a09(00):一向に念佛すへしとは一向の言は餘行を雜へす生 0000_,09,129a10(00):因本願の唯稱名の一行を修せよと也淨土宗の安心は 0000_,09,129a11(00):これより外にはなし三心四修五念抔云ふことあれと 0000_,09,129a12(00):も皆助け給へ南無阿彌陀佛に籠りて別の子細はなし 0000_,09,129a13(00):これを何やらことごとしく三心と云ふは何何と取り 0000_,09,129a14(00):擴くれは如何程にも云はるへしと雖それは盡きす畢 0000_,09,129a15(00):竟三心も四修も五念も皆南無阿彌陀佛也この外に習 0000_,09,129a16(00):ふことあれは元祖は地獄に落ち給ふへき也上人地獄 0000_,09,129a17(00):に落ち給はすんはそう云ふ人そ落つへき也元祖は道 0000_,09,129b18(00):心深き人なれは能く出離生死を祈り給ふ決して卒爾 0000_,09,129b19(00):なることはなき也然れは淨土宗は明か也隱し事はな 0000_,09,129b20(00):し念佛をよく申す人を鏡としそれを敎とすれは元祖 0000_,09,129b21(00):に背かさる也元祖に背かされは決定して往生を遂く 0000_,09,129b22(00):る也 0000_,09,129b23(00):さて幸なるかな此書今淨土宗の黑谷にあり御忌に掛 0000_,09,129b24(00):る也上人の御自筆なれは別して難有事也上人病臥の 0000_,09,129b25(00):ことなれは言付けても書かせ給ふへきに末代のため 0000_,09,129b26(00):と思召して自ら筆を取り書き給ひし也龜鏡とはうら 0000_,09,129b27(00):なひする時の龜の如く見善惡如鏡と云ふ心也上人 0000_,09,129b28(00):の一枚消息とはただ紙一枚の文なれば一枚と云ふ消息 0000_,09,129b29(00):の事は前に出たりまた一枚起請とも云ふ也これを起 0000_,09,129b30(00):請と云ふは文の中に二尊の憐みにはづれ本願にもれ 0000_,09,129b31(00):候へしとある故に二尊を證にとり往生の大事をかけ 0000_,09,129b32(00):たる誓言也されは起請の名は上人の御素意にもとづ 0000_,09,129b33(00):き一枚の字は後人のよぶ所也選擇要決の中にも最後 0000_,09,129b34(00):の遺誓とある也誓とは起請の事也九卷傳にこれは勢 0000_,09,130a01(00):觀房一代の間常に首にかけて人に披露せす秘藏して 0000_,09,130a02(00):人にも見せす然るに河合の法眼と云ふ人あり加茂の神人と見へ 0000_,09,130a03(00):たりこれは師檀にして睦しく語り合ふ故に其樣子を物 0000_,09,130a04(00):語りぬそれ故法眼懃切に望みけれは乃ち一枚を寫し 0000_,09,130a05(00):て授けけりそれより以來世間に流布して上人の一枚 0000_,09,130a06(00):起請と云ふ也 0000_,09,130a07(00):上來は俗化講錄終正德元天七月十日京都に於て 0000_,09,130a08(00):義山和尚講之一二日にして終也 0000_,09,130a09(00):一枚起請辨 0000_,09,130a10(00):謹按此一紙示し殘し事勢觀房源智の請ひに應し給 0000_,09,130a11(00):へること也傳文分明なれは更に紛るる所なし一説に 0000_,09,130a12(00):存別義敢難信用者歟解義勸進共に其益尠し世に 0000_,09,130a13(00):一枚起請と名くる事是れ只一枚に記して釋迦彌陀爲 0000_,09,130a14(00):證替往生大事被仰けれは實に可 恐誓言也され 0000_,09,130a15(00):は一紙に記せる誓言なる故に一枚起請とこそ名付け 0000_,09,130a16(00):侍れ一枚起請の名は後人の名けし所也起請の名は上 0000_,09,130a17(00):人の素意にも思召含ませられたり正しく題號を加へ 0000_,09,130b18(00):けるは後人の所爲にして自ら題し給ふとは見へすさ 0000_,09,130b19(00):れはこそ傳にも上人の一枚起請と名けて世に流布す 0000_,09,130b20(00):るは是也凡此一紙の趣き和語縱容にして多義を含み 0000_,09,130b21(00):美言簡畧にして至要を括りけれはその深旨を窺ふに 0000_,09,130b22(00):及ては一旦にして盡す事不能されは始より正見の 0000_,09,130b23(00):徒にして習ひ聞く所の一家の安心起行は只この一 0000_,09,130b24(00):紙に至極す更に餘に心を不可移然るに其趣き難 0000_,09,130b25(00):心得樣樣思惟してかかる心得易き祖意を失ふはい 0000_,09,130b26(00):と悲しく覺え侍るその誤れる品品また一旦に難 述 0000_,09,130b27(00):以爲らく宗の安心起行はこの一紙に至極せるとてそ 0000_,09,130b28(00):の唱へ大切に聞ゆれともさせる深旨をは盡すとも見 0000_,09,130b29(00):えぬものをなと和語の讀み易きをあなとりて大事の 0000_,09,130b30(00):落居し難きをも知らさる也和語は吾か朝の詞天竺の 0000_,09,130b31(00):陀羅尼なること今始まりたるにあらす上人此國の俗 0000_,09,130b32(00):を化するに廣く萬民の讀み易きをさきとして漢字を 0000_,09,130b33(00):用ひ給はす蓋し其法流布の普からんとを欲し給ひし 0000_,09,130b34(00):故ならんされは和語の讀み易きを以て大事の决し難 0000_,09,131a01(00):きを决し給へる也凡そ世事にもあれ佛法にもあれ物 0000_,09,131a02(00):事の上に涉て一事にても落居しおほせて是非善惡の 0000_,09,131a03(00):問疑なく决斷し得んこと豈に容易にして之を得へけん 0000_,09,131a04(00):や上人は涉聖敎傳記等を曉めその敎かの傳に眼を 0000_,09,131a05(00):さらして終に往生の直路を示し末世凡俗出離の大道 0000_,09,131a06(00):をこの一紙に至極せしめ給へり何そその事を輕易に 0000_,09,131a07(00):すへけんや上人にあらずして誰か此仁に書し授けん 0000_,09,131a08(00):や大方人の仕置ける跋につきては誰もかほとには思 0000_,09,131a09(00):ひ企つへけれとも小事にても落居する事の難きは誰 0000_,09,131a10(00):れ人もよく知れる所也さてこそ一紙の趣きに引きか 0000_,09,131a11(00):へて或は觀念の念或は學文をして悟りたる念こそ念 0000_,09,131a12(00):佛の念なりと云ひ或は別の子細あり奧深き事を可 0000_,09,131a13(00):存抔と立てその事を落居する迄の功業には總て一代 0000_,09,131a14(00):の佛法に涉らすんはなと疑ひ無く是非分明なる事を 0000_,09,131a15(00):得へけんやされはこの一紙に事を落居し給へる中に 0000_,09,131a16(00):佛の御一代の敎法上人御生涯の勳功は悉く含み示し 0000_,09,131a17(00):給へることと斷する也世の奏狀の如く若干の巨細を入 0000_,09,131b18(00):るるものならんや世の常ね事繁くあや分け難くして 0000_,09,131b19(00):理を立て義を講する抔云ふ事未事知半途にしてこ 0000_,09,131b20(00):そあるへけん何そ義を裝り理を斷するの間を以て事 0000_,09,131b21(00):の至り道の極りとすへけんやさてもこの一枚は其詞 0000_,09,131b22(00):は和かに其義穩にして幽遠深妙也又言外の口傳もあ 0000_,09,131b23(00):る樣に云ひはやせと誰人に傳へ給ひしか知り難し思 0000_,09,131b24(00):ふに後人の憶談愚人を迷はすの妄傳なるへしそのゆ 0000_,09,131b25(00):へは凡そこの一紙の起りは一宗の安心起行につき最 0000_,09,131b26(00):も諸人の知り易きを本意として詞も和語の知り易き 0000_,09,131b27(00):を用ひ意も凡下の悟り易きをさきとして我宗の信行 0000_,09,131b28(00):の至極を只この一紙の面に顯し末世凡俗この趣きを 0000_,09,131b29(00):鏡とせよ全くこの外に奧深きことなしとこそ誓言あり 0000_,09,131b30(00):つるに何の所以有てか言外に深理を隱し給はんやこ 0000_,09,131b31(00):の中に口傳抔云ひあへるは最も信受し難きことにそ侍 0000_,09,131b32(00):るたとひ上人御口づから授け給ふともかかる胡亂に 0000_,09,131b33(00):きこえし自語相違の御仰せなるをは如何につたなき 0000_,09,131b34(00):吾等なりともなとおめおめと傳受すへけんやさばか 0000_,09,132a01(00):りの上人に二尊を證とせる誓言の外に何の傳受をか 0000_,09,132a02(00):隱し給ひて往生の一大事を失はせ給はんやもし實に 0000_,09,132a03(00):言外の口傳ありとならは殘しおかれし起請の益もな 0000_,09,132a04(00):く末世凡俗の岐路に迷ふなかだちとなり上人の御往 0000_,09,132a05(00):生もあやふくこそ侍れ其授る所の旨趣如何なる義を 0000_,09,132a06(00):か相承し侍らん覺束なしたとひ正見の類ひなりとも 0000_,09,132a07(00):信心決定のなかだちにせんにはこの一紙に對して傳 0000_,09,132a08(00):受し得んこと尤可誡也豈小利を見て大利の滅亡を顧 0000_,09,132a09(00):さらむや何に況や小利も稀也凡そこの一紙の趣き上 0000_,09,132a10(00):人の御素意只是れ末世の邪義を防かんかために如 0000_,09,132a11(00):是示し給ふ也今時はこの理に背きて種種に妄説を巧 0000_,09,132a12(00):み邪見を傳ふその説紛紛として巷に滿つ願くは早く 0000_,09,132a13(00):止邪可勵正也 0000_,09,132a14(00):もろこし我朝にもろもろの智者達の沙汰し申さ 0000_,09,132a15(00):るる 0000_,09,132a16(00):天台淨影等は唐土の智者也惠心永觀等は我朝の智者 0000_,09,132a17(00):也沙汰とはゆりそろゆると云ふ心にて諸師樣樣に料 0000_,09,132b18(00):簡せられしを云ふ也 0000_,09,132b19(00):觀念の念にもあらす又學文をして念の心を悟り 0000_,09,132b20(00):て申念佛にもあらす 0000_,09,132b21(00):按するに和語縱容にして多義を含みけれはこの一節 0000_,09,132b22(00):の心に樣樣の料簡あるへし凡そ觀念とは言は簡畧な 0000_,09,132b23(00):れとも義は廣し所謂理事無相等の種種の觀念可有 0000_,09,132b24(00):其理觀と云ふは法身無相の佛躰を念する等是れ也事 0000_,09,132b25(00):觀と云ふは報應二身を觀する等是れ也事理有相無相 0000_,09,132b26(00):異なれとも皆觀念の念佛と可名念の心を悟りて申 0000_,09,132b27(00):とは即相と云ふ悟りの念佛也去程に學文をして所觀 0000_,09,132b28(00):の境を辨へ能觀の念を悟りて修するもあり學文はせ 0000_,09,132b29(00):ねとも師家の敎に隨て直にそれを修するもあるへし 0000_,09,132b30(00):如是等の類一にあらされとも皆觀念の念佛也今こ 0000_,09,132b31(00):れを押へて學文をして念の心を悟りて念する觀念の 0000_,09,132b32(00):念にもあらすと云ふ也又只學文を假りにして三心な 0000_,09,132b33(00):んどを具さに詮義計りして稱名の事を失念する人も 0000_,09,132b34(00):あり故に上人の滅後建保二年の比かかる邪義を弘む 0000_,09,133a01(00):る人ありけれは隨蓮房この法門に疑を起す上人夢中 0000_,09,133a02(00):に來てこの疑を示し給ふ依て邪疑を拂ふと傳にも載 0000_,09,133a03(00):せあり凡そ是等の念佛は上人の所立にあらすよくよ 0000_,09,133a04(00):く心得て所立の念佛を修すへき也 0000_,09,133a05(00):但往生極樂のためには南無阿彌陀佛と申て疑な 0000_,09,133a06(00):く往生するそとおもひとりて申外には別の子細 0000_,09,133a07(00):候はず 0000_,09,133a08(00):この一段は始終の骨目也一宗の安心起行示之於 0000_,09,133a09(00):中南無阿彌陀佛は起行を明す其餘の文句は皆往生 0000_,09,133a10(00):極樂の安心を明す先つ但しと云ふはこれまた縱容也 0000_,09,133a11(00):一には諸師の所立を簡て云へる言にして餘事なきを 0000_,09,133a12(00):顯はす是れ即ち一節の諸句に通す二には所求の得益 0000_,09,133a13(00):を擇ふ所謂成佛得悟のためにはいさ知らず只一筋に 0000_,09,133a14(00):往生のために但た往生極樂のため等と云ふ也この一 0000_,09,133a15(00):句廻向心の意を含む上人廻向心を釋して終日自他身 0000_,09,133a16(00):につき今後世の爲にし餘の淨土にも都率天にも向は 0000_,09,133a17(00):す唯一向に極樂に往生せんと可廻向也とこそ或人 0000_,09,133b18(00):に示し給ふさても心をふらずして唯爲極樂往生心 0000_,09,133b19(00):得なば是れまた發願心とも可知如是料簡すれは唯 0000_,09,133b20(00):一向に南無阿彌陀佛と申につきて往生は决定するそ 0000_,09,133b21(00):と思ひ取るへし又この一句至誠心を含めりと云ふ心 0000_,09,133b22(00):は今世には名聞利養の爲に人目を飾るなかだちにな 0000_,09,133b23(00):さす唯往生のためと計りに思ひ入て直成に手を合せ 0000_,09,133b24(00):南無阿彌陀佛と可申也さればまことしく往生極樂 0000_,09,133b25(00):のためにし南無阿彌陀佛と申につきては往生は疑な 0000_,09,133b26(00):きぞと思ひ入るへしと也かく兩樣に料簡あれとも但 0000_,09,133b27(00):と云へるは一向にかぎるへし疑なくとは深心を明す 0000_,09,133b28(00):也往生するそと思ひとりてとは廻向心也また深心至 0000_,09,133b29(00):誠心も兼ねたり然れは三心と云へるも助け給への一 0000_,09,133b30(00):念にあることなれはこの一向に皆具足する也 0000_,09,133b31(00):但三心四修と申事の候は皆决定して南無阿彌陀 0000_,09,133b32(00):佛にて往生するそと思ふ内に籠り候也 0000_,09,133b33(00):まことしく往生を願へは助け給へと唱ふる念佛の一 0000_,09,133b34(00):念に三心は具足する也又深く本願力を仰きて念佛の 0000_,09,134a01(00):外餘行を心にかけず念時日の分に隨て之を相續し一 0000_,09,134a02(00):度この門に入りし始より乃至臨終の夕に至る迄懈ら 0000_,09,134a03(00):す唱ふれは是れ即ち四修具さに備りて一稱一念の中 0000_,09,134a04(00):を出てす然るに一流の相傳に行具の三心なんどと云 0000_,09,134a05(00):ひて此一節を誤り傳へたりさても行具の三心なるへ 0000_,09,134a06(00):くばなどてか思ふ内にこめ給ふらん唱ふる内にとこ 0000_,09,134a07(00):そのべ給へりされは我流の正傳なるには御言をまつ 0000_,09,134a08(00):すぐに誦へて機具の三心とこそ習ひ侍るべき也之を 0000_,09,134a09(00):三心四修の籠ると云ふ也行者の心念に相續して助給 0000_,09,134a10(00):へと思ふ内にこそ三心も四修も籠りて念念毎に心行 0000_,09,134a11(00):具足す是れ本願に誓ひ給つる念佛なるへしもしそれ 0000_,09,134a12(00):事を一心歸向の始にあづけて助け給への心なく而も 0000_,09,134a13(00):本願に相叶ひ祖意に相應すと云ふ此念佛相續しける 0000_,09,134a14(00):をは念念毎に三心も四修も闕けりと云ふへき也釋に 0000_,09,134a15(00):は願孤行孤所至なしと見へけれは順次往生の正定業 0000_,09,134a16(00):と難定凡そ本願の文の中には心行具足の念佛に於 0000_,09,134a17(00):て始終をあらへる詞も見へす畧説しける願文なれと 0000_,09,134b18(00):も安心起行具さに分たり何の障りありて念念の歸向 0000_,09,134b19(00):をきらへるそや若し本願を疑ひて自力を雜へなと云 0000_,09,134b20(00):ふへくんはたとひ歸向の心を用ゐさるにも本より决 0000_,09,134b21(00):定の信なき輩の疑ひは除くまし始より信心具足の人 0000_,09,134b22(00):に於てはたとひ念念に歸向すともなとかそれにより 0000_,09,134b23(00):て疑ひありとせんや疑の有無を云ふ事強て歸向の有 0000_,09,134b24(00):無にはよるましき也又若し歸向の心を先とせは必す 0000_,09,134b25(00):疑ひあるへからす若し疑ひあらは初の一念歸向には 0000_,09,134b26(00):なと疑を含まさるや一念も多念も歸向は同しく歸向 0000_,09,134b27(00):なるへし何そ始終を差別せんやもしそれ初の歸信を 0000_,09,134b28(00):起すとも自力にはあらすなど云て本願の他力による 0000_,09,134b29(00):と立てらるへくは後後の歸向も他力によるへしもし 0000_,09,134b30(00):然らずんは其所以云何果して其斷を得るに由なけん 0000_,09,134b31(00):もしさまでに不思議の願力なくんは一向に歸向せす 0000_,09,134b32(00):とも一稱くちに不思議還て思議に落ちたりと云ひつ 0000_,09,134b33(00):へし又それとても願力を加て疑を含まむ歸向の心を 0000_,09,134b34(00):起らしめはなと念念後後の歸向をも佛力を備へて疑 0000_,09,135a01(00):ひなからんやかく推徴して理を求むるに一流の相傳 0000_,09,135a02(00):益益信受するに足らす心已に然り况や行法相續に於 0000_,09,135a03(00):てをや凡そ上人一代の御示を尋ぬるに一念多念を簡 0000_,09,135a04(00):ふ事なく心には助け給へと賴み口には名號を唱へよ 0000_,09,135a05(00):とて若は一念若は多念只依心行具足こそ往生の得 0000_,09,135a06(00):不は定りたり南無と唱へなからも心にはさも思はさ 0000_,09,135a07(00):りしをばなど三業相應とは云ふへき本願念佛は聲に 0000_,09,135a08(00):出すを本としけるも三業相應するを賴て也如是云 0000_,09,135a09(00):へはとて凡夫の習ひ念念この心相應相續せさるまま 0000_,09,135a10(00):中間の數遍は無益になりて淨業決定せましなと不 0000_,09,135a11(00):可疑始より相續せばやとは思ひ入れたれと凡夫の 0000_,09,135a12(00):習ひ妄念の發るさに何時か忘れて思ひつづけねと因 0000_,09,135a13(00):等起の力引連れて皆淨業となして决定する也されと 0000_,09,135a14(00):巧みて後念をばなさすともとて自ら許してそれを怠 0000_,09,135a15(00):らは因等起の力彼れに障えられて中間に皆孤行とな 0000_,09,135a16(00):らん但但往生業の熟不は己か心の實と不實とによる 0000_,09,135a17(00):へしゆめゆめ心行具足を忽にすへからす 0000_,09,135b18(00):此外におくふかき事を存せは二尊のあはれみに 0000_,09,135b19(00):はづれ本願にもれ候へし 0000_,09,135b20(00):この一段は正しく起請の文言を述へたり實に往生の 0000_,09,135b21(00):大事をかけけれは誠に恐しき誓言なるをさのみ身に 0000_,09,135b22(00):そみて覺えさるこそ偏に祖師の思ひを忘れたる也上 0000_,09,135b23(00):人の御志世に超え給ひて深く生死の出て難きを悲み 0000_,09,135b24(00):偶往生の一路をこえて示し給ふされはこれをもて無 0000_,09,135b25(00):上の寳珠なりと云はさらんや深く可 信世に誓ふ黑 0000_,09,135b26(00):白の癩なんと良にこの類とするに非 有者也 0000_,09,135b27(00):念佛を信せん人はたとひ一代の法を能能學すと 0000_,09,135b28(00):も一文不知の愚鈍の身になして尼入道の無智の 0000_,09,135b29(00):輩に同して智者のふるまいをせすして只一向に 0000_,09,135b30(00):念佛すへし 0000_,09,135b31(00):凡そ念佛の一門に入て往生極樂の求路信佛力本 0000_,09,135b32(00):願任身には不用學力智惠不加偏可賴他力也 0000_,09,135b33(00):地前の菩薩より以下一切の凡夫報土に生るる事を得 0000_,09,135b34(00):るに就ては自力を用ゐてはとても叶はぬひたすら本 0000_,09,136a01(00):願にすかるへき也すかる心の淺さ深さはあるへけれ 0000_,09,136a02(00):とも己か力を加へぬに至ては有智無智共に等しかる 0000_,09,136a03(00):へしされは一代藏經をそらんずとも助け給へと思て 0000_,09,136a04(00):賴他力名號の功德に引かれて遂往生なれは愚癡 0000_,09,136a05(00):の凡夫にかはらさる也十向滿位の天親初地證得の龍 0000_,09,136a06(00):樹も文殊普賢の補處の大士も極樂を願ひ往生を求む 0000_,09,136a07(00):るに就ては只ひたすらに歸命の詞を述へて佛力の加 0000_,09,136a08(00):"祐を仰かれける也況や今時薄下の凡夫に於てをや愸 0000_,09,136a09(00):" 0000_,09,136a10(00):に智惠さかしくては自力聖道の得悟にさへ叶ふまし 0000_,09,136a11(00):きとて分別をやめ情識を忘れてなんと云ふ事なれは 0000_,09,136a12(00):他力の宗風なと情識を事とすへけんやなかなかに佛 0000_,09,136a13(00):法立さか慮智に涉れるをは自力にも他力にもきらへ 0000_,09,136a14(00):る事也されは佛法大海以信爲源然れは念佛を信せ 0000_,09,136a15(00):む人は勿論なるへしたとひ自力の證悟を事としけら 0000_,09,136a16(00):ん人も直に進て一の信より得入すへし去程に愚癡還 0000_,09,136a17(00):て極樂に往生すと云へるも情識を離れ證悟に至ると 0000_,09,136a18(00):云ふも智惠をかり分別を加ふる皆是れ初心の前方便 0000_,09,136b19(00):也自力の證悟他力の往生を期する所は各別なれとも 0000_,09,136b20(00):正しく得益を論するに至ては自も他も分別情識の及 0000_,09,136b21(00):ふ所にあらすと也何そ愚癡の念佛を下淺と下し智解 0000_,09,136b22(00):"得入を最上と執せんや愸にかく料簡しけれは我宗の 0000_,09,136b23(00):" 0000_,09,136b24(00):甚深還て諸宗にくみす即一往の對論なるへし若し再 0000_,09,136b25(00):往眞實の極意を談する時は聖道の初心は解會を棧と 0000_,09,136b26(00):し淨土の行人は眞直に超入す因分果分豈同日に語る 0000_,09,136b27(00):へけんや佛智無相を即し佛願この益を構へは自然悟 0000_,09,136b28(00):道の密意は極めて深奧也易行易修なれは凡愚も往き 0000_,09,136b29(00):易く極善最上なれは地上も生を求む下凡上聖行位悉 0000_,09,136b30(00):く隔つと雖其願生を論するに上地も歸命凡下も南無 0000_,09,136b31(00):也南無を漢語に翻して歸命と云ふ唯是れ助け給への 0000_,09,136b32(00):一念也然に一切の凡下智解輭弱也業障甚重也若し佛 0000_,09,136b33(00):願によらすんは何そ出離を期せむ佛智は不思議深妙 0000_,09,136b34(00):也不可疑されは決定の信心を益益深して歸命の一 0000_,09,136b35(00):念を彌彌可強唯信本願愚癡にひとしくして念佛せ 0000_,09,136b36(00):よと也南無阿彌陀佛